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ごうごうと水が渦巻く滝谷の橋を渡る。今でこそこんな立派な橋が架かっているが以前は倒木を渡しただけの橋であった。この場所は滝谷出合と呼ばれ、見上げれば大きな滝がある。その滝の横に穂高へ登るクライミングルートがあるが過去に多くのクライマーが命を落とした場所でもある。河のほとりには今でも避難小屋があるのだが実は死体安置所としても使われていたという。この場所は登山道入り口から徒歩3時間の場所にある。20年程前の明け方まだ暗いうち、多分5時ぐらいにライトを頼りに登っていたことがある。夜明けの湿った空気に混じって線香の匂いを嗅いだ。真っ暗な安置所の横を越えてすぐだったので全身に悪寒が走ったことがある。岩を積み上げて作った滝谷慰霊碑に線香が焚かれていた。まだ半分しか燃えていない線香からしておよそ30分程前に火をつけられたと推測できた。あんな夜明けに歩いている人なんていたのか?と今でも不思議な気持ちである。
2010年09月30日
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19歳の息子は岩登りに興味がある。4年前に家族でバリ島に行った時も僕とヨメで隣り町まで仕入れに行っている間子供達だけ3人をクタの街に置き去りにしておいた。おめえら勝手に1日過ごしとけや、と別行動させておいたのだ。子供達だけで過ごす初めての海外の1日は片言の英語とインドネシア語を使って楽しんだようだった。その時、息子はフリークライミングに挑戦したそうで15歳、初めてながら上級編をクリアーしたらしい。(その岩遊びのランクがどれ程か知らないが)最近、我が家から本当にすぐの所に【プレイ・マウンテン】というフリークライミングの練習場がオープンした。本格的なクライミング練習とまではいかないがルートによってはかなり楽しめるんじゃないだろうか。(先日の南岳でちょこっと岩遊びをしているワタクシ)
2010年09月29日
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今回のハイキングはきれいな写真がいっぱいなのでフリーページの山コーナーに別枠で載せました。 ⇒【秋の南岳ハイキング】
2010年09月28日
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開店直後から店が大混雑になった。修学旅行の団体が来店したのである。オーストラリアの高校生達だ。「おお、この店スゲエ!」と買い物しまくり、写真撮りまくりである。日本での滞在は2週間。東京、京都、奈良、広島などを回るそうでその中で岡崎も入れてくれたことに感謝である。多分、歴史の先生が日程に入れたんだろうなあ。徳川家康ゆかりの地ということで岡崎城や大樹寺にも行くんだろう。ここ岡崎市は本来ならば観光旅行者がもっと来るべき場所だ。市の観光課の宣伝、誘致が機能していない感がある。自分達の市の収益は自分達で得る。それが市役所観光課の仕事ではないだろうか。国からの予算でやっているようではダメだと思う。おんぶしてくれ、抱っこしてくればかりじゃダメなのだ。国(会社)への依存がぐうたらな国民(社員)を産み出すのだ。さて、「一緒に写真撮って下さい」とその修学旅行生達に言われ店内で記念写真をバカバカ撮られたのであった。「じゃ俺もブログにキミ達の写真載せるよ」と撮らせてもらった。岡崎に来てくれてありがとう。
2010年09月24日
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台風の北上に伴い山の天気がマズい状況だ。今朝、臨時で発表された【槍ヶ岳周辺登山状況 最新版】を見ると「稜線は通行困難な状態」と書いてある。山小屋ブログによるとキャンセル続出だという。出発まで猶予はあるが、槍ヶ岳から南岳の縦走は危ないかも。これは槍平から直登で南岳に登った方が良さそうだなあ。岐阜県側から登るので台風の影響は少ないだろうが稜線に出た途端に強風に遭うんだろうなあ。出発は明日の夜なので、それまでに見通しが立つといいなあ。こんな時は個人単位の行動は楽でいい。人に頼ることなく自分の判断で撤退ができるからだ。最近は中高年の団体ツアー登山が増えていて旅行社やガイドさんも簡単には中止が出来ない。天気が悪い日に山に無理して登るなんて。この週末、疲労凍死の遭難でも起きるんじゃないだろうか?登頂を諦めて森の中の山小屋でのんびり1泊、それもいい。
2010年09月23日
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今週末から大阪在住の姉と富士山に登る予定だったが姉の仕事が忙しいそうでキャンセルになった。ということで長男と次男と一緒に槍ヶ岳に行くことにした。しかし、天気が心配である。晴れたとしても今季1番の冷え込みになるらしい。新穂高から槍ヶ岳経由の南岳を目指しているので徹夜でそれだけ行動するのは40代にはキツい。思えば3年前のこの時期、独りでそのルートを歩いた。【その時は天候に恵まれて最高の山歩きだった】今度は息子2人と行動なのでペース配分も必要だ。新穂高から槍平まで登った時点で雲の動きを読んで稜線が強風が吹いているようであれば槍ヶ岳に登るのをやめて南岳直登に変更しようと思っている。ま、雨だったら行くの中止だけどね。 ⇒【槍ヶ岳から南岳のコース案内】
2010年09月22日
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最近はAKB48とかSKE48とかが人気になっているがよく考えてみるとあいつら、うちの娘より年下なんだよな。それにしてもあんな大人数をまとめるマネージャーってなんか学校の先生気分で大変だろうなあ。当然グループ内で派閥もできるだろうし。まあ、1~2年もすれば消えてなくなるグループだろうがプロデューサーは短期間でバカ稼ぎだろうなあ。昨日発売になった雑誌「リバ」の原稿を書いた際、本当は山に行ったことを書こうと書き始めたのだが途中からいつの間にかAKBに関する文章になり「あれれ?まいっか」と発表したのが下記エッセイである。 ⇒【AKBとOYJ】
2010年09月21日
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真っ黒の髪と大きな二重瞼の瞳が印象的だった。背は僕の肩ぐらいのミャンマーの女だ。名前は忘れた。3歳の子供をミャンマーに置いて夫婦でタイに来た。ビザはないから よくありがちな不法就労だ。旦那は飲んでばかりでロクに働かない。今じゃもう会話もない。女は20代中頃だろうがもっと若く見える。毎日朝から晩まで働いて休みは月2日だけ。月給6000バーツ(¥16000程)の半分はミャンマーにいる家族に仕送りをしている。彼女の働く店で2万バーツの買い付けをしてお釣りをチップとして渡そうと思っていたが止めた。彼女の日給分をポンを渡すのは逆に失礼に思えたからだ。失礼なのではない、僕が惨めになるからだ。「これで子供にお菓子を」という言葉は呑み込んだ。「一緒に写真を撮って」というから並んで撮ったが送ってない。多分、送らない。彼女の店から仕入れた商品は今僕の店にあってハロゲンライトの灯りで乱反射している。
2010年09月20日
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ブログの足跡を見ると10日前ぐらいからuk、de、auなど海外からの足跡がちらほら見られるようになった。カンチャナブリのC&Cゲストハウスを英語を混ぜて紹介したためだろう。バンコクからカンチャナブリへの行き方も説明したのでそれを海外の人達がふむふむ、と読んでいると思われる。「お、いい宿見つけた」と思ってくれたらいいのだが。僕は、いや、我が家は【郡山ハルジブログ】のファンである。ハルジさんの文章は非常に上手くて面白い。僕が雑誌編集部勤務ならばエッセイなど依頼しているだろう。しかし残念ながら内容があまりに濃過ぎる時もあるので楽天ブログでは常連さんしか訪問しないらしいのだ。いや、訪問はしてるけどコメントしてない、という影の訪問者は多いかもしれない。下手にコメントすると鬼畜仲間と思われるのを恐れているのだろう。あんな楽しいブログを一部の人だけで読むのは勿体ない。ハルジ氏に「英語併記」でブログを書いてもらいもっとあの日記を全世界に知ってもらいたいと思っている。(英語併記だと僕らもスラングの勉強になるし)
2010年09月19日
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夏目漱石の【夢十夜】は中学生の時に読んだことがあるがブックオフで中古があったので買ってみた。今はこういった短編ならばネットで読むことができるが我が家では家族が買った本は回し読みする習慣があるので子供達もこういう文学を読んでおいた方が良いと思ったのだ。各人の趣味嗜好が家族全員で共有され混ぜられるのである。【夢十夜】は漱石が41歳の時に書いたといわれている。死んだ女の再生を待って百年経った、という第一夜は学校の教科書にも載ったのではなかったろうか?僕が気に入ったのは第一夜はもちろん、第七夜の真意である。現代の僕達もまた、同じ船の乗客なのだ。皆さんにはこちらから読んでいただきたい。【夢十夜 第七夜】我が家の子供達は作文を書くのがうまい。中3の次男が書いた夏休みの作文は祖母をテーマにしたものだったが僕が読んでも「見事!」と思っていたがやはり代表として選ばれた。子供が本を読むのは大事だと思う。【⇒ でもこれだけ本を貯めるのも問題アリではないでしょうか?】夢十夜価格:483円(税込、送料別)
2010年09月18日
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昨日は雨だったので富士山行きを中止したのだがなんと美都ちゃんは添乗員として富士山に行っていたようだ。晴れていたら時間的にも会えただろうに残念だった。昨日の山頂の最高気温は3.6度、そして昨晩は氷点下2度にまで下がっていた。いよいよ初雪になるんだろう。ちょうど今週、新田次郎の「芙蓉(ふよう)の人」を読み終えた。富士山山頂に冬期気象観測所を作って夫婦で冬籠りした実話である。読んでいるだけで高山病にかかりそうな臨場感ある文だった。この本は先日のバンコク行きの際に持って行ってトランジット中に時間潰しのために読んでいた。薄い本だが読み切れず、完読したのは帰国後になってしまった。というか、南国にいながら厳冬期の小説を読むというそのギャップが我ながら変だなあ、と思っていたのであった。
2010年09月17日
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明日は定休日なので今夜から出発してヨメと富士山に登ろうと思っていた。しかし天気予報は雨なので断念である。ここにはあまり登場してこないが実はヨメとはよく登山をしたものである。槍ヶ岳や宝剣岳の鎖場も登ったことあるし縦走もしたことあるので登山靴も持っている。さすがに新春雪山ハイキングは「行かない!」と言うがオフシーズンの富士山には1度登ってみたいそうだ。富士山行きは来期に持ち越しとなったが明日は劇的に天気が回復してくれないかなあ。娘も休みなので3人で近場の山に行きたいなあ。
2010年09月15日
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バンコクから帰国する時には空港行きのミニバスを利用する。ハイエースに定員一杯の人数とみんなのザックを詰め込み車線変更するだけでもタイヤがスキール音をさせるという猛烈に過激な運転をする面白いバスである。今回の帰国便はバンコク発台北行きが朝の8時過ぎ。6時にチェックインカウンターということだった。最近のバンコク空港は出国の際も荷物検査がうるさく7時に空港に着いたのでは多分間に合わないのだ。町から空港までは渋滞がなければ所要時間は約1時間。ところが僕は出国時のフライト時間を10時と思い込んでおり朝の渋滞を考慮して6時のバスチケットを買っていた。通勤アワーに引っ掛かるとバンコクは交通麻痺になるのだ。さて最終日の夜、荷物のパッキングをしていて何気に見たチケットでフライト時間の思い違いに気付いた。6時のバスでは間に合わないではないか。ということで慌てて夜の裏通りを走っていくと幸いにもチケットカウンターはまだ開いていた。早朝5時のミニバスに予約変更して一件落着。無事帰国した次第である。今回のバンコクではワケあって雑貨も買ってきた。こんな感じのガラス細工である。用途はごく一部の人にしか分からないかも知れないが僕の店ではこのテの物はよく売れるのである。 日本の通関では商業用課税申告の赤ランプに並ぶのだがエアマットに梱包されたこのブツは何か?と訊かれガラス細工の置き物です、とクリアーしたことはここでは伏せておくことにする。
2010年09月14日
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今回のバンコクでは取り引き先の若い女性店員、アンナちゃんと特別仲良くなった。(特別といってもそういう特別ではないよ)彼女と会ったのは今回で3度目である。彼女は日本大好き少女であり、毎週TVで放映されるという日本の文化紹介番組を欠かさず見ているという。僕のデジカメに残されていた桜や山の写真を見て全部メールで送って、と言ってきたほどだ。彼女からはたくさんのフルーツを貰った。税関で没収されちゃうからさ、と言うと「じゃあ今からここで食べましょう」と色んなフルーツを次から次へと出してくれた。そんな中、初めて食べた物が2種類あった。1つは見た目が小さなジャガイモのようなフルーツでぶどうの房状になっているもの。ライチほどではないがおいしくて水っぽい。もう1つはレッドドラゴンフルーツ。1キロ30バーツ(¥80程度)で1キロといえば6個ぐらいということは1個あたり¥15弱ということになる。日本で買ったら一体いくらになることやら。⇒ と思ったら案外安いやん。
2010年09月13日
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問屋街ビルを出たら外はすっかり夜になっていた。違う出口から出たために一瞬どこだか分からなくなった。日本の知らない街にいるのか、異国にいるのかすら分からない。行き交う車の大騒音も耳に届かない感じ。帰ろう。帰ろうって、どこに?運河ボート乗り場に着いて河を見つめる。きれいな光が人の気も知らずに踊っている。我ながら素直なヤツだと思う。その時の感情が写真に表れるのだ。揺れる心、ってやつか? ボートを降りて街を歩く。歩きたいのだ。今はどこまでも歩きたいのだ。歩き疲れてもう1歩も歩けなくなって倒れた場所が俺の宿。笑ってドアを開けてくれる永遠の棲み家。疲れ果ててそこで眠りたいのだ。
2010年09月12日
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バンコク中心部の某問屋街。世界各地からバイヤーが訪れるビルがある。特にこのエリアはアクセサリー関連の日本人バイヤーが多い。というか、日本人業者専用の問屋街と呼んだ方が良さそうな程だ。しかしこのエリア、今年5月のバンコク暴動によって反政府集会デモ、ビル放火及び倒壊の起きた地区だ。大通りを通る人達を見ると暴動は過去のようである。すっかり元通りのバンコク商業地区に戻ったように見える。このビルは11時頃から日本人バイヤーがやって来て夕方6時過ぎまでの時間は活気がある。昼の3時、そのビルに入る。ん・・・?明らかに暗い。活気がない。それどころか・・・。 ↓なんじゃこりゃ。7割8割が撤退しているではないか。延々と続くシャッター。歩いている日本人、ゼロ。取り引き先の店に「暴動の影響がまだ残ってるの?」と訊くと「そうじゃない。暴動の時は10日間ビルが閉鎖されただけだ。 日本が不景気でバイヤーが激減したからだ」というのだ。日本人バイヤーが激減(ピーク時の9割減)、しかも買い付け額も激減。タイの問屋から見て日本のファッション業界は瀕死の状態だそうだ。その影響で次々と倒産するタイのアクセサリー問屋。この光景を見て背筋を冷たいものが走る。僕の店はこれからどうなるのか?このまま続けていて正解なのか?
2010年09月11日
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一時期、バンコクでの究極の安宿を探し歩いたことがある。ただし、それは「何が何でも安い宿」という意味ではない。自分の理想と値段とが見合っているか?という意味である。安宿の理想。・静かに眠れるか?(隣室にマイクルがいないこと!)・ドアを開けた時ベッドに当たらないか?(あるんです、1.5畳の部屋って)・窓はあるか?(南国で窓がないのは最悪)・移動時のアクセスは良いか?(買い付け荷物が多いため)・天井のファンの軸がブレていて、回すと大音響にならないか?それにプラスして「裏通りにあるか?」が僕の理想の宿である。さらにプラスして「日本人が泊まりそうにない宿」が理想。そして行き着いた理想の宿がココである。その名も「BARN THAI(タイの納屋)」宿に行くまでの細道が何ともよろしい。人と擦れ違うのがやっとの細道だ。 数年前にこの宿を見つけた時はおばあさんが経営していて(今は息子さん、と言っても60歳ぐらいが経営)おっとりとした綺麗な英語でこう言ったのである。「雨が降ってきたら床に置いた荷物をテーブルの上にあげてね」あの晩、見事にスコールが降ったのでリュックをテーブルに乗せた。翌朝、僕の草履は部屋のベッドの下にプカプカ浮いていたのである。そんな訳で(どんな訳だ)それ以来この宿を利用させて貰っている。1部屋200バーツ(トイレ・シャワー共同)とやや高いのだが(日本円にして約¥500強)大変気に入っている。中庭には各国のバックパッカーが集まって語り合い洗濯物は木に引っ掛けておけるのも嬉しい。3月に息子と行った際もこの宿に泊まって息子はひどく感激していた。彼にとって初めて外国人と対等に会話する機会となった場所だ。カオサンエリアにおいて「朝は鳥の声で目覚める宿」、これがいかに凄いことかは行った人にしか分かるまい。日本でいえば原宿や歌舞伎町に泊まっているわけだから。若い女性の一人旅でも安全な安宿である。(今回泊まった部屋は2階の隅で、窓が2つあって快適だった)
2010年09月10日
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何もないのどかな風景を走っていると小さな街が現れた。水上マーケットで有名なラチャブリである。いかにも観光のために作られた場所のようで僕1人だったら訪れることはなかっただろう。 それでもやはり異国の光景である。華やかな果物や土産物を載せた小舟が往来している。川岸に座ってバーミーを食べた。 水上マーケットを出てバンコクに向かうにつれだんだんと田舎の風景が少なくなっていった。カオサンロードで車を降りてタイ人カップルと別れた。僕の休日はこれで終了である。数時間後にはバンコクの都心に買い付けをしに行くのだ。その前に今夜からの宿を探さねば。あのお気に入りの安宿は空いているだろうか?
2010年09月09日
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C&Cゲストハウスで仲良くなったタイ人のカップルは実はハネムーン旅行中なのであった。それを聞いた僕は「じゃあ離れた部屋に移るわ」と言ったらその言葉は通じなかったどころか部屋前のテラスに誘われて手料理なんかで接待され、夜遅くまで飲み明かしたのである。(アルコールがダメな僕も結構飲まされた)「明日はどうするんだ?」と訊かれたので「昼までにバンコクに戻って仕事だ」と答えたら「俺達もバンコクに行くんだ。車に乗ってくか?」と言うので「いやあ、ハネムーン中なのに悪いな」と誘いに乗ったのである。翌日は彼らのピックアップ・トラックに乗って出発。ハネムーン旅行に飛び入りだなんて、と思うだろうがそれもまた彼らの思い出になるだろう。カンチャナブリからバンコクに向かう途中で水上マーケットに寄って行かないか?と言うので大きく迂回して向かうことになった。どうせ旅などサイコロ転がすようなものなのだ。白い雲に誘われて行き先変更、それでいいのだ。
2010年09月08日
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昨日の日記で紹介したカンチャナブリのC&Cゲストハウスは優しいおじさんとおばさんとヨーヨー(犬コロ)が経営している。「わしゃあパソコンとか使えんでウェブで宣伝できんだよ」と言うので「それならば僕が宣伝ページを作りましょう。 日本語と英語で作っておきますよ」と引き受けたのである。つたない英語表記もしてあるのでミスに気付いたら教えて下さい。【C&C ゲストハウスの紹介ページ】検索でこのサイトが引っ掛かって1人でも多くC&Cのお客が増えますように。
2010年09月07日
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バンコクに着いた翌日はカンチャナブリへ向かった。仕入れの仕事は後回しである。とにかく心の休息を。僕は絶対にツアーを利用しない。あくまでもローカルな旅を、自分だけの旅をする。というわけで観光客の利用しないミニバスに2時間揺られカンチャナブリに向かったのである。 といいつつも一応観光地に足を延ばしてみた。「戦場にかける橋」の舞台となったクワイ河鉄道である。鉄橋を歩いて渡った。 今回泊まったのはカンチャナブリの「C&C ゲストハウス」だ。1泊200バーツ(約¥500)という大金を払ったのである。宿泊客は僕と、タイ人のカップルのみ。 C&Cはクワイ河に浮かぶフローティング・ハウスだ。ボートが通るとコテージ自体がゆらゆらと揺れるが酔いそうになるとかそういうことはない。気分良く、程良く震度3程度に揺れるのだ。 部屋の前から見た夕焼け。これはヤバかった。すげえ感動したのである。夕焼けのショーが終わると星空が広がった。タイ人カップルと遅くまで一緒に食事をしたり話したりした。 夜中の3時頃に目が覚めて部屋から出た。部屋の前のテラスで寝ることにしたのである。河を渡って来る夜風が涼しい。河沿いは蚊がいないのが嬉しい。ゲストハウスの中庭(部屋から10m)は芝生広場になっており湿った芝生に寝転んでブルーアワーを過ごした。 ここが夜中から寝たテラス。豪勢な冷房完備のホテルに泊まって豪勢な食事を食べるよりこんな自然のままのワイルドな旅の方が絶対面白い。まさにプライスレスの素晴らしい旅だった。
2010年09月06日
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竹亭さん、ウチャラさん、バンコクではありがとうございました。お2人ともご多忙の中お会いして下さって感謝します。竹亭さんのブログからはいつもパワーを貰っていますが実際にお会いして直接お話を伺っていると「俺も楽しく前向きにがんばろう!」とインスピレーションががんがん湧いてきます。本当にありがとうございます。ウチャラさんもタイでコンサルティングをされていて超多忙な毎日を送られていて頭が下がります。莫大な利益をあげているのも頷けます。竹亭レストランで注文した料理を片っ端から食べ尽くすあの食欲にも脱帽です。(帽子被ってねえけど)さて、僕は普通に帰国して溜まっている仕事をこなしています。新作の陳列やネット対応などで時間が足りないほどです。それにしても木曜日の夜のスコールは凄かったですね。最終日の夜は雨音と雷鳴がうるさくて眠れませんでした。朝5時にゲストハウスを出る時には幸運にも雨があがって結局雨季のバンコク、今回も雨に濡れることなくミニバスに乗って夜明けの空港に向かいました。では、お2人ともご自愛下さい。取り急ぎお礼まで。
2010年09月05日
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