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車にべバストヒーターを取り付けて一ヶ月がたった。コストは本体と取付費で19万円ほど。べバストヒーターとは、自動車のエンジンを停止したままでも車内を暖めることのできるヒーター。類似の製品はほかにもあるようだが、ドイツで開発されたこのヒーターが世界シェアトップという。アイドリングをしなくても車内を暖められるので、ガソリン消費量が10分の1程度で済む。トラックなどに搭載する場合は補助金が出るエコ製品。だが、タクシーやバスなどの営業車はもちろん、寒冷地で使用する車にはデフォルトでついているといいと思うのが使ってみての感想。ふつう、車内が暖まるのは走り出して10分後。イスやハンドルなども冷たい。だから出発前にアイドリングするのが普通だが、これが冬季の燃費の悪さの原因のひとつになっている。しかし、このヒーターをつけておけば、まったく寒い思いをしないで済む。別売りでコンビネーションタイマーもあるので、毎日決まった時間に作動させることもできる。買い物などでも、帰りは寒い思いをしていた。それが、いつも暖かい車で運転できるのがこんなに快適だとは想像もしていなかった。車によっては、あまり寒いと暖房力が不足することがあるので、そういう場合にもいいかもしれない。問題は、エンジンを止めた状態で使うので、長時間使うとバッテリーがあがってしまうこと。計算してみると10時間くらいは大丈夫なようだが、キャンピングカーなどで使う人は、サブバッテリーを用意しているようだ。サブバッテリーを積むスペースはないので、ポータブル電源を買って万一に備えておくことにした。ガソリンの量が減ると着火しないという問題もある。ガソリンの量が20リットルを切ってくるとこの問題がときどき起こるようなので、ガソリンをいつも満タンにするクセがついた。気をつけなければいけないのは、大雪の場合などでの排気ガスの車内への逆流。アイドリングに比べればその危険ははるかに小さいとはいえ、ゼロではない。だから、大雪や暴風雪などの悪天時に車中泊で使用するのは控えた方がいいと思う。それにしても思ったのは、自動車というものの断熱の悪さ。ガラスからの放熱と、ドアのすきまからの風で、車内はヒーターを切るとあっという間に冷えてしまう。車中泊をしている人たちは、銀マットなどで工夫したり、断熱には苦心している。車を改造したりはしたくないので、手間いらずの断熱法を編み出してみようと思っている。キャンピングカーや釣り船などに取り付けて使う人が大半のようだが、最低気温がマイナス10度を切るような地域に住んでいる人には必需品ではないだろうか。
December 27, 2010
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2009年のフランス映画。ミリアム・トネロットというフランスの女性ドキュメンタリー作家の作品というので、よもや「子猫物語」のような幼稚な映画ではないだろうと考えて観てみた。原題はLA VOIE DU CHAT。ネコと人間の関係にスポットを当てたドキュメンタリーで、一部アニメも使われている。アニメをときおりはさむというこの手法が、ドキュメンタリーでありながら作品全体を優しく柔らかいタッチにしている。この女性監督の私的な感情がこの部分には特に強く表れているように思う。いちおうストーリー仕立てになっている。行方不明になった飼い猫のクロを追いかけると、いつの間にか芸術家や哲学者たちがネコを自由の象徴として愛した19世紀を通過し、「吾輩は猫である」の夏目漱石の日本に。そこは今や1兆円のペット・ビジネスの都であると同時にかつて水俣病の被害をいち早く受けたネコたちの子孫が暮らす場所でもあった。駅長たま、鉄道員ネコのエリカ、カメラネコのリー、おくりネコのオスカーといったネコたちのほかに、水俣で患者救済のために奔走した原田正純、1975年をターニングポイントに日本人が自我形成を経ることなく自己肯定に陥っていった際のネコキャラクターの役割を指摘する鹿島茂、駅長たまのアイデアを成功させた小嶋社長といったネコゆかりの人々、ネコカフェでくつろぐ客たちなども登場する。そうして浮かび上がってくるのは、ネコと人との関わりにおける人間の身勝手さであり残酷さでありずるさにほかならない。ネコを利用しながらネコに感謝することをしない人間たちへの、監督が意図したかどうかは別にして、静かで深い告発の映画になっている。というか、そういう映画になっていると感じない鑑賞者は水俣の海を殺したチッソと同じ感性・論理・倫理の持ち主だろう。そして感じるのは詩的感性と知性の間に分裂のない、フランス的というかヨーロッパ的知性の長所である。日本人はよくも悪くも感情的・情緒的だということがこういう映画を観るとよくわかる。エリカやオスカーの10分の1も価値のない人間が、どんなに多いことか。
December 20, 2010
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沖縄へ行ってきた。3泊4日。北海道からの直行便がなくなって久しい沖縄は、東アジアに行くよりも遠く感じる。そうした地理的・物理的な距離のせいだけでなく、文化や風土も外国のようだ。言葉が通じるだけに、よけいに「違い」を感じておもしろい。高齢者を連れているのでマリンスポーツはできないしその時期でもない。前もって決めていたのは天候が悪くても楽しめる美ら海水族館だけで、あとはホテル滞在をメーンに考えた。そうするとホテル選びが最重要事項になる。しかも3泊程度だと連泊が望ましい。沖縄旅行で難しいのは、自由に動こうとすると旅費がひどく高くなり、さりとてパック旅行だと制約が大きくなってしまうことだ。しかも羽田発那覇行きの午前便や那覇発羽田行きの夕方便は早々に売り切れてしまう。結局、宿泊場所の選択肢は狭まるが、航空会社のツァーを使うのが短期旅行の場合のベストチョイスになる。今回はANAのスカイホリデー、マッタリーナホッコリーナを利用。ホテルは最上級で3朝食1ランチ1夕食、バーとカフェの利用券が1回分ずつ、レンタカー4日間で7万円ほど(ANAカード利用者5%OFF)。希望時間のフライトが空いている日を検索すると11月下旬の時点で最短は12月12日。それも数席しかなかった。レンタカーは追加料金1日500円を払ってハイブリッド車にした。ホンダのインサイト。ANA指定の会社はニッポンレンタカーだったが、これがよかった。何しろ国道58号線沿いで、大きな木の形をした樹上レストランの隣なので、返却時に迷うことがない。滞在するザ・ブセナテラスのある名護市までは国道を走って90分ほど。ちょうど昼食時になったので、宜野湾市にある「あらはビーチ」を望むイタリアン・レストランに。このビーチは最近できたらしいが、基地が近いせいか外国人が多く、まるで外国のビーチに来たような気がするほど。このあらはビーチは穴場と感じた。那覇に滞在しても、ここならすぐ来られるし手軽にリゾート気分が味わえそうだ。万座毛に寄る。ここは次の日も来たが、この日は風が強く、波がすごい迫力だった。ビデオムービーを持ってこなかったのを後悔した。ブセナテラスに着いたのはちょうど日没の時間。このホテルはカウンターではなく吹き抜けのテラスでチェックインする。そのテラスからの眺め。翌朝は曇天だったが、部屋からの眺め。10階建の8階。オーシャンビューの部屋だとだいたい同じように見えると思われる。曇天なのにエメラルドグリーンのイノーは何時間見ても飽きない。沖縄は天気予報のあたらないところらしい。1日の間でもくるくる変わる。好天も悪天も長続きしない。13日の天気予報は曇りということだったが、万座毛では晴れたし、ビオスの丘でも陽が差して、汗ばむほどの陽気。「ビオスの丘」はうるま市にある自然観賞施設=植物園。沖縄本島に4頭しかいない水牛のうち2頭がいる。売り物は所要時間20分ほどのジャングルクルーズで、天然のランやサルオガセモドキを見ることできる。このガイドの語りがいかにも沖縄人風でおもしろい。展望台の階段に変わった昆虫がいた。ナナフシの一種だと思われる。このガイド=船頭が教えてくれた小宇利島に翌日行ったが、「沖縄本島で最高の海」というだけあって絶景だった。ここを全く載せていないガイドブックもある。沖縄在住のメル友にきいて地名だけは知っていたが、このガイドの一言で行くことを決めた。14日はやはりこのガイドおすすめの美ら海水族館でのイルカショーに。ここは3度目だが、こんなアトラクションがあるとは知らなかった。ダイビングをやらなくても海中体験ができるこの水族館はときどき来る価値があると思う。今回はウミガメの美しい模様が印象に残った。イルカショーのときは雨が降ったのに晴れてきたので、水族館近くのエメラルドビーチとフクギの森に行った。エメラルドビーチのいちばん奥は砂浜ではなくなり小さな島がある。このあたりからフクギの森から始まる。森の中には細い道があり、人家があって集落になっている。何とも日本離れした不思議な光景だ。以前来たときは水族館の徒歩圏のペンションに泊まり、この森を散歩したりしたが、ここは観光客も少なく静かで長期滞在にはよさそう。小宇利島は、美ら海水族館からは近いのにけっこう時間がかかった。行き方もわかりにくいので、カーナビがなければかなり詳細な地図が必要かもしれない。小宇利島の手前にもうひとつ島があり、その島との間の大橋からの眺めは、橋の両側がかなり広いイノーになっていて雄大。ブセナテラスは沖縄本島ではカヌチャベイと並び称せられる高級ホテルらしい。デザイン、ホスピタリティ、サービスのどれをとっても文句のつけどころがない。このホテルを企画した人の、そのセンスや創造力には脱帽。単なる高級ホテルというより芸術作品とさえ言ってもいいかもしれない。すべてのサービス業関係者は、このホテルに数泊してホスピタリティの何たるかを知っておく必要がある。特に北海道のそれは(笑)旅とは思い出を作るためのものである。思い出の主要な部分を占めるのはホテルだ。旅の正否はホテル選びでかなり決まるということだが、このホテル以上のホテルはもういらないというくらい気に入った。小さな岬部分を作られたホテルだが、その岬の先には海中展望塔があり、そこへは細い橋を歩いていく。この橋が狭いので、まるで海の上を歩いているよう。なかなかほかではできない体験だと思う。沖縄は最高気温26度。ブセナテラスのバーは冷房が強くて寒かったくらいだが、帰り着いた千歳は氷点下、銀世界でまるで外国のようだった。
December 16, 2010
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指揮者の下野竜也を持ち出すまでもなく、最近は地方の旧国立大学芸術系から優れた音楽家が出てきている。そこで、こうした学校の定期演奏会や卒業演奏会にはできるだけ行くことにしている。必ずと言っていいくらい新しい才能の発見があり、得られるものは大きい。札幌校から岩見沢校に統合された芸術課程音楽コースの2回目となる定期演奏会(8日、キタラ大ホール)では、やはり刮目すべき才能に出会うことができた。ところで、日本では国際コンクールで上位入賞した演奏家を「大器の器」などと賞賛するのが音楽評論家の仕事になっている。しかしそれは何も言っていないのと同じだ。国際コンクールで上位入賞した演奏家を批評するなら、むしろヴァン・クライバーンのようにその後伸び悩んで消えてしまう可能性や危険性にこそ着目するべきである。前半はオーケストラ曲(シベリウスの交響詩「フィンランディア」)と弦楽アンサンブル曲(バルトーク「ルーマニア民族舞曲」)。シベリウスの祖国フィンランドとバルトークの祖国ハンガリーはこの大学の音楽科との関わりが深い。そういうことで選ばれた曲でもないのだろうが、ただ曲を並べたというわけでもなさそうだ。続いてソロ楽器とオーケストラの曲が3曲。モーツァルトのフルート協奏曲第2番第1楽章、ドビュッシーのクラリネットとオーケストラのためのラプソディ第1番、エルガーのチェロ協奏曲からフィナーレ。学内選抜を経たであろう出場者はみな練達。フルートの牧ほのか(3年)は勝ち気な音楽、クラリネットの福井遥香(4年)は完璧かつ雄弁な表現が特徴だったが、チェロの鈴木友美(3年)は、テクニックといい音楽への集中の高さ深さといい、圧倒的。「大器の器」とは、彼女のような演奏者に対してこそふさわしい言葉だ。この先いったいどこまで伸びていくのか想像できない。プロ・オーケストラの首席奏者級の実力をすでに持っているし、国際コンクールでの上位入賞もありえるだろう。この鈴木友美という人は、知人によれば両親とも音楽家とのことだが、時代を経て、北海道でもサラブレッドが育ってきているのかもしれない。鈴木友美の発見がこの日の最大最高の収穫だったが、後半、モーツァルト「レクイエム」も興味深かった。名前はわからなかったが、ティンパニ奏者の演奏が際立って見事だったのだ。機敏かつ的確な演奏に、ついティンパニばかり聴いてしまったほど。この奏者は、長い休みが続くときは、合唱のパートを一緒に歌ったりしていた。こういう光景はプロはもちろんアマチュアの演奏会でも見かけることのないものであり、すでにセミプロ級のテクニックを身につけた音楽家の卵たちによるコンサートならではだ。そして合唱の声の若々しいこと。日本の合唱界は、他のジャンルよりも急速に高齢化がすすんでいて、まともな聴取に耐えられない団体ばかりになりつつある。それだけに、平均年齢20歳前後の若者集団のコーラスの明るい音色、機敏な表現がひときわ鮮烈に、新鮮に感じられたのだった。阿部博光の指揮は中庸のテンポで、ドラマティックというより音楽的な美しさやメロディーラインを大切にした好感のもてるものだった。無理なドライブや煽動はない分、やや緊張感に不足し、造型にも甘さがあったが、滋味あふれる「モツレク」だった。20年近く前のクリスマス時期にミュンヘンで2流のコーラスやオーケストラで聴いたことがあるが、その舌足らずな演奏に比べると、細部まで血の通った充実した演奏だった。この「レクイエム」でバスを歌った下司貴大(4年)は今年のPMF「ラ・ボエーム」に出演していたが、この日も立派な歌唱でひときわ光っていた。
December 9, 2010
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