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NHK-BSで放映された「河内山宗俊」(山中貞雄監督)をうっかり見逃してしまったので、たった一日、それも二回しか上映しない「白痴」を見逃すわけにはいかなかった。当時31歳の原節子に会うのは、これを逃したらいつになるかわからないからだ。1951年、人口32万人の札幌でロケされた作品、ということで今回「シネマの風景フェスティバル」に取り上げられたのだが、それとわかる場所は少ない。この映画を観てそうしたノスタルジーにひたることのできる人はもうほとんどいないにちがいない。すごい映画だった。短縮版でも2時間46分という長尺(完全版のフィルムは失われてしまったらしい)にまったく長さを感じなかった。それにしても、ドストエフスキーの「白痴」を、よくぞこうした密度の濃い映画にできたものだと思う。黒澤明自らが脚本を書いているが、物語の核心をぐいとつかまえてざっくりと示すその才能には驚嘆させられる。ただ、最後の一言、久我美子に言わせた「白痴の人がいちばん賢い」というセリフだけはよけいだった。それは作品を観た人間なら誰でもわかることだからだ。有島武郎の長男、白痴を演じる森雅之の演技はすばらしいの一言に尽きる。ヤクザ者の役である三船敏郎の演技が役柄ゆえに大仰になるのはある程度しかたがないにしても、少しわざとらしくやり過ぎに感じられるところがあるのに対し、知的に抑制されて静謐ながら雄弁。わたしは日本の映画俳優に精通しているわけではないが、森雅之以上の俳優というのはちょっと想像しにくい。白痴の青年を押し付け合いながら奪い合う二人の女性の演技も迫力があった。特に、この二人が出会い、ある種の不条理な「対決」をする場面は圧倒的だった。顔のわずかな表情の変化がどんな演技よりも雄弁に心理とその変化、感情の動きを表していて圧巻。全編、冬の札幌でのロケであり、これでもかとばかり豪雪や吹雪のシーンが表れる。建物の中にあたりまえに雪が入り込んでいたりするが、風の吹き込んだ石炭ストーブが火を吹く場面と同様に、このあたりは黒澤的過剰の世界で、楽しめる人とやり過ぎと感じる人がいるにちがいない。日本映画の黄金時代には、この映画のような名作がたくさんあるにちがいない。大画面テレビで観るしかないケースがほとんどだが、やはり映画館の大画面は情報量が圧倒的にちがう。特にこの映画のようなちょっとした表情の変化が映画の重要な要素である作品はなおさらだ。その大画面のおかげでおもしろく感じたのはこの頃の「スタア」たちの歯。原節子は銀歯が見え隠れするし久我美子の歯並びは悪い。美容歯科などというものはこの頃にはなかったということだ。黒澤明は晩年になるほど駄作が増える。どうも映画監督というのは、音楽家や美術家とちがって若い頃の作品の方が優れていることが多い気がする。しかしそうした作品と接する機会は少ない。初期から中期にかけての、世界中の映画学校で教材としてして使われているような「クロサワ映画」を集めた映画祭があるならぜひ出かけてみたい。
June 27, 2010
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音楽監督・尾高忠明の指揮で初夏にふさわしいフランス音楽特集。一曲目はスイス人でフランスで活躍したオネゲルの「夏の牧歌」。パストラールと名付けられた多くの作品の中でも、最もその曲名にふさわしい雰囲気を持った曲。演奏は決して悪くはなかったが、特に弦楽セクション(バイオリン)に柔らかい音色が出ればと思った。少し低体温の演奏。2曲目と3曲目はサン=サーンスのチェロ協奏曲第1番と第2番。ソリストは来日不能になったイッサーリスにかわってロシアの女性チェリスト、タチアナ・ヴァシリエヴァ。覚えにくい名前で損をしていると思われるが、これはぜひ名前を記憶しておきたいチェリスト。ロシアのチェリストにありがちな粘着系ではなく、のびのびと明るい音楽を奏でるその腕前も音楽も超一流。さほど名曲とは思えないサン=サーンスの第1協奏曲や、ほとんど印象に残らない第2協奏曲ではなく、それこそオネゲルの協奏曲あたりで聴いてみたかった。後半はデュリュフレのレクイエム。たしかこの曲は20年以上前に定期で取り上げたことがあった。そのときも思ったが、繊細なハーモニー進行に魅力があるにせよ、記憶に残るメロディも、構成の妙もない作品。駄作とまではいかないが、年に10回しかない定期演奏会のメーン曲としては魅力を欠く。演奏は手堅いものだったが、コーラスもオーケストラもフォルティシモで「吠える」のが疑問だった。フォルティシモの部分ではまるで劣悪なオーディオのように音が割れてきこえた瞬間もあった。独唱はメゾ・ソプラノに加納悦子、バリトンに三原剛が起用されていたがこの二人は見事だった。特に三原はたった2曲の出演というのがいかにももったいないという印象。この人の歌をたっぷりと聴くことのできる曲だったらとさえ思った。
June 26, 2010
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整形外科のリハビリはおためごかしにか思えず、鍼治療では痛みが強くなるという結果になった。そこで週明け、硬膜外ブロックを試してみようとペインクリニックを訪れた。大病院の勤務医より開業医がいいだろうと思って調べてみると大都市札幌といえどもペインクリニックは3軒しかない。そのうち、ホームページの解説が詳しい病院に行ってみた。もうすぐ70歳になろうかという医者は、とにかく頭の回転が速い。決断も素早い。持参したMRI画像を見た10秒後には治療方針が決まっていた。ちくっとする麻酔注射のあと、ほとんど痛みのない注射。治療時間それ自体は全部で1~2分というところか。注射のあと30分ほどベッドで休む。おそるおそる立ち上がってみると麻酔の影響で少しふらつくが、座骨神経痛はほとんど感じない。あまりにあっけなく、痛みに耐えていた数ヶ月が何だったのかと悔やまれた。もっとも、完全に痛みがなくなったわけではない。朝などは疼痛がするし、ときおり「またかな?」という程度には痛む。波がある。しかし、痛みにめげて物事に消極的になる、ということはかなり減った。とある体験者のブログを読むと、2年間苦しんだ座骨神経痛がたった2回の硬膜外ブロック注射で完治したという。ぎっくり腰なら1回の治療で完治するらしい。ペインクリニックのことを教えてくれたのは、会ったこともないメル友。たまたま話題にしたらこの手の話に詳しい人だったのが幸いした。困りごとは、どんどん口に出すことだ。この数週間は、腰を曲げると痛かったので、3食とも手でつまんで食べられるお鮨ということもあった。腰を曲げる動作、椅子に座る姿勢は腰に負担がかかるので、そういうことを避けるクセがついた。このブログも立ったまま書いている。あと数回、硬膜外ブロックをやって調子がいいようなら、この間ガマンしてきたことを次々と実行するつもりだ。虫歯の痛みを鎮痛剤で抑えて根本的な治療をしない、というのでは困る。しかしペインクリニックで痛みをとることがまず先決というような病気の方が多いのではないだろうか。
June 21, 2010
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腰痛との付き合いは長い。ぎっくり腰は30代のころに数回経験した。体重増加と運動不足を反省し、ジムに通うようになって腰痛は克服したと思いこんでいた。重いモノを持ったり、庭仕事を長時間したときには腰痛になる。しかしそれも温泉や湿布やウォーキングなどで克服してきた。だが今回の腰痛は様子がちがう。腰からずっと足の下まで、ふくらはぎの辺りまで痛い。立っているときはそうでもないが、おじぎをするような姿勢をすると痛みが走る。座骨神経痛、そしてその原因として椎間板ヘルニアが疑われた。そこでMRIを撮ってみたところ、第5関節と仙骨の間にヘルニアがあり、どうもそれが神経を圧迫して痛みが走るようだ。さっそく、整形外科で温熱、低周波、牽引の3点セットとリハビリを受けてみる一方、腕がよいと評判の鍼灸師にマッサージと針をやってもらった。一度目の針はよく効いた。ウソのように痛みが消えた。しかし、あまり長続きはせず、また痛くなった。二度目の針はひどかった。翌日は激痛に苦しんだ。一度目のような改善を期待していただけに落胆した。整形外科と鍼灸院を同じ病気で同時には受診できない。そこで針に絞ろうと思っていたので困った。椎間板ヘルニアは2~3ヶ月で自然に治るものらしい。いっそどちらもやめて、筋肉トレーニングだけで治そうかと思案している。
June 19, 2010
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札幌出身、主に東京で活躍しているソプラノが定期的に開いているリサイタル。伴奏の丸山滋も札幌出身で、共に東京芸大~ドイツ留学という経歴。トリにマーラーの「リュッケルトによる5つの歌」がプログラミングされているので、このコンサートにはぜひ行きたいと思った。この曲ほど、知性と感情の高度なバランスが求められる曲は少ないからであり、楽譜づらに比べて演奏は至難。ピアノ・パートもオーケストラ的な広がりやイメージが求められる。そのピアノ・パートの演奏がすばらしかった。決して歌のじゃまをすることなく、しかもポイントとなる音や和音は少し強調する。そうすることで一本調子の「歌曲」ではなく、静かな、しかし深いドラマが生まれていく。もちろんもう少しユダヤ的な粘りを感じさせてもいいという部分は歌を含めてあったが、これほどの伴奏ピアニストは世界的に見ても稀ではないかと思う。高橋節子はドイツ語の発音のしっかりした、安定した実力の持ち主。ただ、このマーラーの名作は、他の作品、やはりアニバーサリーのシューマン(女の愛と生涯、ほか4曲)、ヴォルフ(メーリケ歌曲集)での自在な演奏に比べると今ひとつ。努力と研究のあとはうかがえるものの、観客をマーラーの世界に没入させるまでには至らなかった。この人は札幌の大谷短大の出身で、今回が初めて母校のホールで開いたリサイタルという。しかし母校の学生とおぼしき聴衆はまばら。非常に水準の高いコンサートにも関わらず聴衆は100名にも満たず寂しかった。マリア・カラス、バーンスタイン、小澤征爾などの例を持ち出すまでもなく、優れた音楽家は例外なく優れた音楽鑑賞者である。とすると、最近、共学の4年制音楽学部になったこの大学の将来にはあまり期待できない。同内容のコンサートは7月11日、東京の白寿ホールでも開かれる。
June 18, 2010
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札響チェロ奏者の文屋治実が毎年開いているリサイタルシリーズの19回目。「エルンスト・ブロッホの世界」と題して、ユダヤ人作曲家ブロッホの無伴奏チェロ組曲全3曲と「3つのスケッチ」「ヘブライの瞑想」「ニーグン」というプログラム。たいていの音楽ファンは、聴いたことのある曲、知っている曲をスター音楽家が演奏するコンサートに行く。これは音楽鑑賞ではなく、単なる消費行為である。たしかにそこでも癒しや感動や興奮は得られるかもしれないが、一過性の、そのときだけのものだ。しかもそういうコンサートは大きなホールで行われることが多い。コンサートの印象や記憶はホールの大きさとほぼ反比例する。できるだけ小さなホールの、無名の演奏家の、知られていない作品を演奏するコンサートを選ぶのが「消費的でない」音楽ファンである。当然だがそういうコンサートには質のよい聴衆が集まるので自然によい雰囲気のコンサートになる。ただ、出演者の弟子筋が客の過半を占めることも多いので、その場合はだらけた雰囲気になる。このリサイタル・シリーズは以前は「パームホール」という定員120名ほどのホールで行われていた。このホールの閉鎖によって定員200名ほどの「ザ・ルーテルホール」に移ったが、今回は80名ほどの聴衆を集めていた。プレイガイドでチケットを買っての有料入場者はたぶんその半分にも満たないと思われる。ブロッホは「コル・ニドライ」一曲で知られるが、よほどの音楽ファン、チェロ音楽愛好家でも、この日演奏された作品に通じている人は少ないだろう。わたしも、すべて初めて聴く曲だったが、こうしたコンサートに関心を持つのは1万人に一人もいないということだ。ブロッホ最晩年の無伴奏チェロ組曲は、それぞれが15分くらいの、新古典主義的作風の音楽。20世紀にあってはこうした保守的な作風が今ひとつ評価されなかった原因だと思うが、いかにもユダヤ的な重厚で瞑想的な音楽で、演奏も緊張感を保って見事だった。文屋治実はもちろん超絶技巧の持ち主とか、カリスマ性のあるソリストというわけではないが、不思議と歳をとらないその外見とは裏腹に、年齢なりの円熟を感じさせた。後半、浅井智子のピアノと演奏された3曲も、いずれも暗い曲想の瞑想的な音楽。とくに「ヘブライの瞑想」は「コル・ニドライ」を思わせる深さがあり、名作と言っていい。アンコールに同じユダヤつながりでバーンスタインの「マリア」(ウェストサイド物語)。隣接した大通公園では同じ時間に「よさこいソーラン」が行われていて、その騒音がホール内部にまで侵入してきて驚いた。PAで増幅された汚い音に何も感じない圧倒的多数の人々は美と無縁の世界に生きている。
June 11, 2010
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昨年亡くなった叔母の遺産のうち、懸案だった不動産の処理が終わった。7町歩(約20000坪)の土地は、よくわからないが叔母にとっての甥夫婦のような人たちに相続されることになった。相続人は、地元の、ユニークな経営で日本農業大賞を受賞した会社に土地の大部分を貸し、いずれ売却するつもりらしい。わたしが相続するかもしれなかった4000坪の耕作放棄地は、農地として再生することになる。岩手県金ヶ崎町のあたりの水田は1町歩100~200万円、つまり坪300円から600円ほどらしい。相続放棄せず農業体験ができる温泉ペンションでもやったらと一瞬考えないでもなかったが、平均年齢29歳の農業会社の社員たちの方がよほど有効に利用してくれることだろう。手続きの中で、4年前に亡くなった叔父のエピソードをきいた。何でも、日本が太平洋戦争に勝ったら、オーストラリアで大規模酪農をやるのが夢だったという。先の戦争ではニューギニアで従軍し、飢えとマラリアで復員したときは白髪だったらしいが、オーストラリアの手前まで行ったのに敗退したのはさぞ残念だっただろう。何というか、昔の人はスケールがちがう。夢が大きい。国境を超えることにためらいがない。復員後は20町歩の原野を手に入れて開墾し半分は水田、半分で酪農を営んでいたという。20町歩の土地が7町歩に減ったのは、大型農機の購入のためだったらしい。大規模営農の困難さが窺われる。そういう経緯を知ると、叔母の遺産はありがたくて手がつけられない。
June 5, 2010
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