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昨日予定時間よりずっと早めについた私はそこらをぶらぶらしていて当日参加の同級生女子と遭遇。何年も会ってないけど一目でわかった。彼女とは幼馴染、小学校から同じ。そして高校は違ったけど高卒後就職した会社でばったり。同じように同じ中学から高校が違って同じ会社に就職した子が何人もいてよくランチや買い物に行ってた。ばったり会って座れるところを探して(喫茶店とかには入らない、無料のベンチ(笑))に座っておしゃべりで時間つぶし。彼女が同じく同期入社のAちゃんの話題を出す。「この間Aちゃんに会ってね」と聞いてわたしはAちゃんの名前に聞き覚えは会ったものの会社の子?クラスメート?と一瞬考えた。「会社が一緒やった子やったっけ?」「そうそう」年令とともにだんだんあいまいになっていく記憶(笑)仕方ないけどね。同期入社の仲間も旦那さんの転勤で四国に入った子とかもいてほぼ交流はない。地元に住んでいる共通の友達のTちゃんの話題も出たけどは実はTちゃんとはいろいろあって今は疎遠になっている。今ベンチで座って話している彼女みたいに道でばったり会ってすぐに名前をおもいだしたり声を掛けたりできる相手はそう何人もいないと思う。皆当時とは変わっているし、私は目も悪いし多分気がつかない。逆に私は変わってないらしく(当時から老け顔だった?)よく旧姓で声を掛けられる。住んでいるのが中学高校の地元ということもあるし。そして集合時間の前に久しぶりに昔話をたくさんできた(^^♪すぐに時間がつぶれてクラス会会場に向かう。早すぎたかな?と思って席に案内されていくとほとんど来ていてびっくり。皆期待が大きくて待ちきれなかった?(笑)期待通り楽しい会でした(^^♪
2023.07.31
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なんということでしょう。夕べのクラス会、家に帰ってきたのは11時過ぎ。こんな時間まで外にいたのはいつぶりでしょう。クラス会は5時15分スタート、幹事がネット予約してくれた居酒屋でした。そこでいろいろ近況報告とか盛り上がり、欠席の予定だった先生も来られて8時過ぎまで大いに食べてしゃべって過ごしました。お腹いっぱいになったところでお開きになりましたが段取りのいい幹事さん。どこかへ電話していたなと思ったら二次会の段取り。近くのスナックに今日は休みのところ無理を言って貸し切りにして開店してもらったという。そんな無理が聞くほど通っている常連なのかな?それから10分くらい歩いてスナック到着。カラオケ飲み放題一人2500円なり。これがやすいのか高いのスナック何てめったに行かないからわかりません。これ+先生が来てご祝儀を奮発してくれたからそれも足してだそうです。本当はもっと高いのか?相場はわかりません。カラオケ何ていつぶりだろう。コロナの前は長女とたまにカラオケには行ってたけど、彼女の歌う曲はさっぱりわからない。私の歌う曲もほぼ長女は知らないであんまり盛り上がらない。それぞれ勝手に歌いたい曲を歌うだけだから盛り上がらない。でも今日は同世代、懐かしい知っている歌を次々歌って楽しかった。最後にみんなで「青春時代」うたってお開き。そこから駅前までまた歩いて電車に乗って駅に着いたら11時過ぎになっちゃった。途中夫から電話がかかって「ラブラブやん」と冷やかされたけど、そんなことはない。うちの夫は入退院にも付き添わない、荷物もあるのに車も出さないような人間です。病院が遠出で自分の運転が心配なら荷物を持ってついてくるくらいは誰でもするだろうに。そのくせ今日みたいにたまに帰りが遅くなると電話してくる。以前近所の友達の家に夜出かけて9時ごろになったら電話がかかって来て長女があきれていた。高校生じゃないんだから。ちゃんとひとりで帰れるっちゅうねん。今日は駅前からタクシーでご帰還。タクシー券を市役所からもらっているから。帰りの電車で別の同級生に遭遇。いや、同級生というか中学は10クラス会って一度も同じクラスにならなかった人は知らないまま。I君と言われても私は記憶がない。中学時代多分話したこともない人。それで思い出した。中学時代は話もしたことなかったけど、I君は地元で飲食店を営んでいて私はそこへ何度もランチに行ったことがある。I君私が時々来ていたのは覚えているという。ほんとに?ランチのお客は結構多くて覚えているなんて信じられない。しかも中学時代から私を知っているという。有名だったからってなんで?特別勉強がよくできるわけでもなく特別美人で目立っていたわけでなくなんで有名と言っても理由は教えてくれなかった。どんな理由か気になるやん。I君は体調を崩して店を閉め、今は最寄り駅から二駅離れた今日のクラス会会場の最寄り駅前で小さな飲食店を出したという。飲食店の仕事がよほど好きなんだろうね。足も悪いのに仕事を続けている。ちゃっかりみんなに名刺を配る。商売上手。残念ながら今度の店はランチはしてないという。ランチの店でないとなかなか行く機会はないと思う。こんな時間までスナックにいるなんて私にとっては例外中の例外だから。次は忘年会かな。実は今回の幹事は以前の還暦同窓会の幹事とは別の人。その時の幹事さんたちは事情により欠席でした。今度はもっと大勢集まれるといいな。去年亡くなった幼馴染もこのクラスにいた。皆なくなったと聞いてびっくりしていた。その話を聞いて会える機会にあわないと会えなくなってしまうと他県に嫁いでいる一人は駅前のホテルを予約してまでやってきた。私も欠席がちだったから久しぶりの人もいて元気になってよかったと声を掛けられた。気持ちははるか昔の中学時代に戻って楽しい一日を過ごした。元気でいてまた会いましょうと握手をして別れてきた。みんないろんな事情を抱えていたり、悩みはもちろんあるようだけど飲んで歌って楽しいひと時を過ごすことができた。って私はほとんど飲めませんが、みんな陽気で楽しいお酒でした。
2023.07.31
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いやあ疲れました。歩いていくだけでも汗汗汗。ついたら冷風機や扇風機の前で一休み。体育館の中は広いので冷風機や扇風機ではなかなか冷えません。少し風がある程度。体操のメンバーは先生のところに依頼が来る各種イベントに出るメンバーとそれには出ないメンバーに別れる。イベントに出る一軍メンバーは10時から普通は始まるところ9時から朝練。イベント用のダンスの練習。そして11時半ごろに全員の体操が終わると1時までイベントの練習。わたしより年長の方もいるけどみんなよくそんなに体力あるなあ。9時から1時、休憩ははさむもののよく頑張れるなあ。結局ダンスが好きだから頑張れるということだろう。私はそんなにダンスに魅力を感じないからとてもついていけない。体力もないし出ないと宣言している。たくさん練習を積んだら一軍の皆さんに追いつけるかもしれないけどそんな体力気力もない。イベントが近づいたら夜にも別の場所を借りて練習するらしい。家族の理解がなければ無理だと言われている。家族の理解、うちは夫に理解されないと思うし、やめろと言われそうだ。反対を押し切ってまでどうしてもやりたいとは思ってないし。どうしても行きたい場所、やりたいことなら夫が何と言っても行くんだけどね。皆大汗を書くからきれいにメイクして来ても汗でメイクが落ちて大きな声では言えないけど、疲れ果てて実年齢+5歳10歳みたいになってる。平均年齢は70代、先生も70代。80代もちらほらいる。でもみんなお元気で声も大きい。ああいう風に年取っていきたいなといつも思う。足腰強くてパワーのあるおばあちゃんになりたい。
2023.07.28
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先ほどニュース番組を見ていたら公式戦には出られないけど野球部員になった女子選手のことを報道していた。神戸学院高校の野球部で野球を続ける彼女は公式戦には出られないのを承知で入学後野球部に入部した。兄の影響で小学校の時に野球を始めた彼女は甲子園を目指していた兄がコロナの影響で野球大会が中止になり涙をのんだ姿を見た。兄の代わりに甲子園に行こうと決意した。男子部員より体力の劣る彼女は人一倍練習を重ねた。高校野球予選の試合にマネージャーとしてベンチ入りを断って応援に回った。4回戦で八代高校と延長戦にもつれ込んで負けてしまった。応援の席で泣き崩れる彼女を見てもらい泣き。こんなに打ち込めるものに出会えた熱い青春。残念ながら甲子園には行けなかったけど、家族の応援のもと目標に向かって頑張ってきた。高三の彼女にとっては高校生活最後の夏。この後彼女はどうするんだろう?大学進学してまた野球を続けるのか?どうして野球は女子に門戸を開いていないのだろう?すごく残念な気持ちになった。数は少ないけど女子野球部のあるところに進学あるいは入社するのだろうか?また近い将来どこかで彼女の夢の続きを見せてもらいたいなと思った。
2023.07.28
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毎日異常な暑さ、水分制限のある透析患者さんには一段とつらい夏だろうと思う。お父さんが透析をしているという女性と話した。お父さんは減塩薄味の食事をおいしくないと嫌がって不機嫌になるという。お母さんは厳格に制限を守った食事を作ればいいのか、それともお父さんの好きなものを食べさせて毎日を機嫌よく暮らしてもらったらいいのか悩むらしい。事実好きなものが食べられないストレスで死んだほうがましだという人も見てきた。生きる希望までなくすほどの厳しい制限は続けられない。水分の制限を厳格に守りすぎて熱中症になり救急車で運ばれた人も知っている。どの程度制限を守るか、周りの家族も守らせるか難しいところ。私は透析の時一番つらかったのは水分制限だった。でも夏場は飲まないと熱中症になる。だから夏場は制限を緩めた。冬場は水分を食事の時のお茶だけにすることも可能だったけど夏は無理だと思った。私は一日500㏄と言われていたけどこれでは食事の時のお茶だけしかのめないことになる。コーヒーや紅茶を楽しむことは不可能だ。でもたまには今日はいい日というのを作って友達とお茶をして楽しい時間も作った。そういう日もないと長い透析生活を乗り切れない。カリウム制限のために果物や野菜も制限がある。果物が大好きという人はどうしても果物を食べたいと思って先生にカリウムを体内に取り入れにくくする薬を出してもらっていた。薬というよりそれは恐ろしくまずいゼリーだった。私はこのセメントみたいな味のゼリー(セメントを食べたことはないけどもし食べたとしたらこんなアジではないかと思えるゼリー)は食べたくないと思ってこれを食べるくらいなら果物は食べないでおこうと思った。カリウムが上がりにくい体質の人はイチゴを一パック食べてもどうもない人はどうもない。人により上がりやすいもの、上がりにくいものがあり、食事制限の内容が微妙に違う。長年安定して透析をしている人は自分の気を付けるものをよく知って時には厳しく時には緩めながらうまく自分をコントロールしている。透析を30年40年続けて、趣味や友達との楽しい時間も時々持って人生を楽しみながらやっている。いったん透析になると移植以外に透析から離脱する道はない。だから透析にならないように心がけるのが大事だと思う。腎機能がよくないと言われた人は透析にならなくていいようにその段階から気を付けるべきだと思う。高血圧を放置せず、ちゃんと塩分制限を守り、気を付けて行けば少し悪い腎機能を維持したまま透析に入らないで行く事も可能だと思う。後、風邪や肺炎など高熱が出る病気は腎機能にダメージを与える。熱が出たら無理をしないで休むとかちゃんと熱を下げるべく病院に行くとか。今透析になっていな人は自分は大丈夫と自分の腎機能を過信しないで自分の腎臓を大事にしてほしい。今透析になっていない人は一生透析をしないでいいように,なってしまった人はそれ以上悪くならないように。酷暑の夏。皆さん自分の腎臓をいたわってあげてくださいね。
2023.07.27
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最近私の周りのある人が言っていた言葉。私がその人に「あの人ちょっと変わってるね』といったところ、「生き方が違うだけや」という。私も含めて人間は自分の定規で人を見て判断し「変わっている」とか言いがち。でも人の数だけ生き方があるし、その人によって何を大事にしているかの優先順位も違う。自分の生き方考え方と違う人を見ても、生き方が違うから大事にしていることもちがうと納得できるようになってきた。物事は一つの方向からだけでなく別の方向から見たり、別の見方をしてみることも大事だと思う。別の方向から見てみたら案外その人のいい面が見えてくるかもしれない。人は結構いろんな一面を持っている。それを探すのもいいかもしれない。自分と違う生き方の人を否定するより、いろんな生き方考え方があるということで見方も変わって、自分の視野も広がっていいかもしれない。いろんな人を見て自分なりにいろいろ考えていいほうに変わっていければいいな。
2023.07.25
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朝いつも通り起きて朝のストレッチだけはやった。朝ごはんを食べてあまりの暑さに何もする気がしない。一応洗濯物を干して一階だけざっとモップ掛け。エアコンの前から動く気がしない(笑)自分がナマケモノになった気分。いや元からナマケモノかもしれない(笑)妄想で涼しくなったらまたどこかに行きたいなとか考えてみる。長女は年内別の旅行も計画中で多分付き合ってもらえそうもない。次女は9月出産予定でしばらく忙しそうだから、お手伝いコールが来たら行くかも。今回退院後の里帰りはたぶんないと思う。その分買い物の要請とかあれば手伝いたいと思う。先日買い物とかあれば言ってねとメールしたら旦那さんの休みにまとめ買いするから大丈夫と断られた。前回孫ちゃんの出産のときは産後うちにしばらくいた。前の旦那さん。一度も孫ちゃんに会いに来ないし、お世話になっていますの電話もなかった。ちょっとなあと思った。隣の市で近いのに他人事みたいだなと思った。孫ちゃんは今12歳。あの頃は私も若かったから透析をしていたけどお世話を頑張った。洗濯や食事を作ったり孫ちゃんのお風呂を手伝ったり。今は正直里帰りされても同じようにはできる気がしない。それは次女もわかっていると思う。でも出産前後はあまり予定を入れないで何かあれば飛んでいけるようにしないと。入院中はコロナで面会ができないらしい。しばらくお泊りの旅行は無理かな?行きたい候補先を絞って計画を立てる妄想旅行で楽しもう(笑)マイミクの皆さんの推薦の観光地やこれは食べる価値があるという飲食店情報ありましたらコメントお願いします。北海道旅行に向けて次は2,3泊の旅行を計画したい。それができるだけの体力がないと北海道旅行は無理だし。まだ誰といつ行くかも決めてないけど、おひとり様旅行にもあこがれる。おひとり様旅行、日本国内なら何とか言葉が通じるし何とかなるかな?といろいろ頭の中で妄想だけはしている(笑)ただのナマケモノにならないために一応ウオーキングの代わりにユーチューブの室内ウオーキングを二本やった。それから今ダラダラと整理ダンスの片付け中。もう着ない服は処分。これが終わったら晩御飯の用意だ。晩御飯はほぼ火を使わないメニューを考えている。暑すぎて火を使いたくない(笑)
2023.07.23
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先日私が次女の結婚式で撮った写真をもとに動画に編集した。パソコン教室の先生に見せたら、写真が下手すぎると酷評。そこで結婚式の時にカメラマンさんが撮った写真のデータをもらってそれをもとに編集した。あまりに枚数が多いから前撮り編と結婚式編に分けて前撮り編は先生がお手本ということで編集して曲をつけてくれた。結婚式編は私が編集した。動画を見ながらいろいろ思い出してきて。次女と孫ちゃんが前の旦那さんと一緒に住んでいたところから突然うちに身を寄せることになったころから離婚をめぐるあれこれ、離婚するということで前よりお給料のいいところを探して再就職。ようやく離婚が成立しても夫と次女の仲が険悪になり、夫は次女居候早く出て行けなどという。私もつらかったけど次女はもっとつらかったと思う。私は初期費用は出すから外にマンションを借りて出てくれと次女に言った。いつ頃今の旦那さんと出会ったのかは私ははっきりしらない。次女に頼まれて時々孫ちゃんと過ごすことがあった。その時に孫ちゃんが「昨日○〇ちゃん(次女の彼氏さん)が来て泊まってん。これ、○○ちゃんのキープしているバスタオルと干してあるタオルを見せる。タオルを紹介されてもどんな人なのかさっぱりわからない。苦笑するのみ。ああ、お泊りする彼氏さんができたのだなとわかった。もう子供じゃないから何も言わなかった。でも次女は子供がいてバツイチ、彼氏さんにもご両親がいるだろうけど喜んでもらえそうな相手とは思えない。孫ちゃんからは時々「3人でどこどこへ行ったよ」とか聞いて順調に交際しているようだなと思った。出来れば結婚してほしいと思うけど私からせっつくわけには行かない。心配しながら見守っていた。やはり彼氏さんも子供がいるということでうまくやっていけるかずいぶん悩んだのだろう。二人が出会った職場が突然閉鎖になり、彼氏さんは別の仕事に再就職、次女も別の職場に転職。そんなハプニングがありながら二人は順調に愛をはぐくんできたんだな。今年になってようやく具体的に話が進んで4月に結婚式をすると聞いてうれしく思った。次女は前の結婚では結婚式もしてもらえなかった。だから今回が初めての結婚式。ビデオの中の次女と彼氏さんは本当にうれしそうで時々顔を見合わせては笑い合っていて本当によかったと改めて思った。中島みゆきの糸をバックミュージックにつけた。二人は出会うべくして出会った運命の人なのかな?離婚に当たり次女が転職したその転職先で二人は出会った。離婚していなくて仕事も変えてなければ出会ってなかったかもしれない。次女もいろいろ大変だったし悩んだこともあるだろうけど、こんな出会いがある何て離婚したころには考えられなかったね。今度こそ幸せになってほしいとビデオの中の幸せそうな次女を見て思った。二人の出会いに運命的なものを感じたのでバックミュージックは中島みゆきの「糸」にした。でも曲だけの方がよかったかな?それとも歌入りの今の方がいいかな?そして前奏が長いからカットしたほうがいいかな?次のパソコンの時に先生に相談してみよう。これをDVDに焼くのだけどこれを次女に渡しても次女の家にはビデオもDVDプレーヤーもないから見られない。どうしようかな?次女はできたら見せてというけど。夏休みに次女の家にパソコンを持ち込んで鑑賞会するかな?次女は来月から産休に入るから家に居る。次女の体調が良ければの話だけど。彼氏さんは今でもよく家事を手伝ってくれるから一応安心はしているけど今回の出産は孫ちゃんもいるし、退院後うちには来ないらしい。まあ夫がいたらストレスになるしね。彼氏さんはいい人だけど休みが少ないらしい。なんとか二人で乗り切れるのかな?まあ頼まれてから手伝おう。あんまり横からごちゃごちゃいわないで見守ろう。(^^♪
2023.07.22
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今日のタイトルは「今を、限りない今を 大切に生きる」生まれつきの障害児として生まれた講師の方は一歳を過ぎても歩けなかった。両親は悲観してこの子のこと一緒に死のうとまで思い詰めた。でも周りの説得でこの子と一緒に生きていこうとお母さんが決意して訓練が始まった。お父さんは3歳で亡くなりお母さんと二人三脚のつらい訓練。周りの子たちが楽しく友達と遊んだりしているのに自分は毎日訓練ばかりのしんどい毎日。お母さんはなんとかこの子を歩けるようにしたいと思って幼稚園の頃には障碍者の訓練を専門にしている施設に預けられたりした。お母さんとしては何でも自分でできるようにしてやるのがこのこのためということであえて厳しい施設に入れたと思う。苦しい訓練ばかりの年月の末小学校2年生の時お母さんの元に戻った。お母さんは教育委員会に掛け合って母親が毎日登校から下校まで付き添うことという条件付きで普通の小学校に入学ができた。なかなか普通の子には障害を理解されず、またいつも母親と一緒にいるので学校生活はあまり楽しいことがなかった。修学旅行にまで母親が同伴する生活。お母さんにとっても大変な生活だったと思う。高校生になったとき障碍者団体が主催するキャンプに誘われた。お母さんがいっしょやなくていいから、ボランテイアがいるから参加してみないと言われて参加したことが彼女の人生の転機になったという。そこに参加していた障碍者の人たちが明るく元気で、今まで自分が我慢していたこと、つらかったことを聞いてもらって楽になった。できないことはボランテイアの人に頼んでありのままの自分を出していける、つらかった自分の人生を変えられる気がしたと言います。幼いころからお母さんにはお世話になったけど、お母さんもだんだん娘を介助する生活に疲れてきていてお母さんと意見が食い違って対立することが増えてきた。お母さんにどうしてこんな体に産んだんだと責めたり、とうとうお母さんには理解されないまま家を飛び出して自立生活を始めてしまった。だんだん考え方が変わって過去を恨んだり、未来は必ずいいものになる後将来ばかり見ていた。でもそれは現実逃避していただけ、自分と向き合うのが嫌だっただけだと気がついた。過去に縛られることなく、未来に期待することなく、今の自分をどう生きるかを考えていくべきだと気がついた。今彼女は障碍者のカウンセリングを行うNPOの理事として働きながら、理解ある伴侶にも恵まれ幸せ太りで10キロ太ったという。つらい過去の話も笑って話せる彼女は今はとても輝いていると感じた。私も一応障碍者として毎日を送っているけど、生まれついての障害のあった彼女の方がずっと長くつらいことが多かったと思う。全くつらいことがなかったと言えばうそになるけど、彼女の方が数倍もつらかったと思う。今の自分をどう生きるかというのは私も時々考える。透析もしなくてよくなった。時間はたっぷりある。やりたいことをやるのは今だと思う。彼女に生きていく勇気をもらった気がする。私の友達も病気を抱えているけど、私と百まで生きようと約束している。百まで生きてやりたいことをやりつくして、もう何も後悔することはないと言って死ぬのが理想だと二人で言い合っている。病気のある人もない人も、人生は永遠ではない。いつ終わりが来るかわからないからこそ今を大切に生きる。いい言葉だなと思う。
2023.07.19
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去年の年末、年賀状シーズンにプリンター購入した。プリンターの接続ですったもんだしてあちらこちら聞きまわってマイミクさんたちにもいろいろ聞いてようやく設置完了。続いて先生のくれたマニュアルを印刷したらあまりに膨大な量で早速インクが終了。買ってきて一度は自分で替えられたのに。最初のついていたインクカートリッジの取り付けと二回目のインクカートリッジはつけられたのに、今回は最初からつまづき。前のやり方をすっかり忘れてる"(-""-)"替えたい黒インクを取り外すのに四苦八苦。推しても引いても外れない。どうやるんだっけ?悩んでエプソンのチャットで相談するところに聞いてみる。これは前回マイミクさんに教わったところ。そして今回はなかなかつながらず。つながったら「ここを見て」と教えられそこを見る。私はプリンターの電源を入れてなかったからカートリッジが外れなかったわけらしい。電源を入れたら簡単に取り外せた。なんだ、こういうことか。マニュアルの懇切丁寧な解説に従って無事取り換え完了。多分次回も悩むだろうと思ってマニュアルを印刷した。これで次回は大丈夫だろう、たぶん(笑)ところでカートリッジの説明書に「プリンターのファームウエアアップデートを行ってくださいとある。これは一度もやったことがない。やるべきなの?また詳しい方のお答えをお待ちしています。本当にパソコンを初めて使う用になってから20年以上たつというのに知らない分からないことばかりで万年パソコン初級、プリンターは初級というより入門編。一つ一つ覚えていくしかないですね。衰えかけた記憶力との闘い(笑)、脳活(笑)80代でもパソコンバリバリの方もいるのに。情けないことです。"(-""-)"それにしてもパソコンにしてもプリンターにしても昔は分厚い懇切丁寧なマニュアルがついていたと思うのに最近はネットで見てね見たいなことが増えて。紙のマニュアルください(笑)
2023.07.15
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今日は60代からユーチューバーになられた方の講座でした。3年前まで全くユーチューブも見たことがなく職場でコロナの影響でオンラインで会議をやるからと言われてそれをきっかけにIpadを買ってそれがスタート。そして一年後ユーチューブを始められた。講座の中でちらっとその方のユーチューブの発信を映していいたのですが、とても生き生きとして楽しそうになさっていました。今は長年飼っている猫ちゃんを相棒に一人暮らし。彼女の一日の生活もユーチューブの動画を撮影したり編集したり、仕事もなさっててジムにも通われてとても充実している。彼女だけでなくこの高齢者大学に通っていろんなことにチャレンジして頑張っている高齢者の方の講座を見る機会があった。仕事をしてなくて時間はあるのだから、もっといろいろチャレンジできるかも?新しいことにチャレンジするのは、少しの勇気と行動力。そうやって自分の力で毎日を生き生きと楽しいものにしていく。そして今日は参加者が少なかったので椅子を円に並べて感想や自分の挑戦などを言う。超盛り上がりで一時間以上話し合いが続いた。いろんな方がいるなと思った。いろんな方がいろんなことにチャレンジして生き生きと生活しておられる。パワーを分けていただいた気がした。一人の方と終わってからも話し込んだ。Fさん。私の高校時代の友達と同じ姓。なかなか人名を覚えられないけど一人ずつ覚えて行こう(^^♪彼女は今日高齢者大学デビュー。入学は毎月できる。願書を出してオリエンテーションを受けたら60歳以上ならだれでも入れる。そして興味のある講座だけ申し込む。オンラインで自宅で聞ける講座もある。今日も私の通っているパソコン同好会の方々が家で聞いておられたみたいだった。今一番暑いときだからそれもあるかも。私は人が好きで人と顔を合わせて話したいのでオンラインより出席することにしている。だんだん顔見知りもできてきて楽しい。やっぱり高齢者に大事なのは健康としゃべれる友達をたくさん作ること。家に引っ込んでいたら早々にぼけそう。今日は思い切り喋れたからすっきりした。ちょっと深めの自己紹介。男性陣は定年前されていた仕事の話、定年後どうされているか?とかの話。女性は私を含めて3人。お二人は海外旅行も経験しておられてとても何でもよく知っておられる。いろんな人と会って話してたくさん刺激をもらえる。大体ここの中学の校区から通われている人が多いけど校区も広いしもともと知っていた方にはめったにお目にかからない。新しく知り合う方がほとんど。でも先日はここの講座で40年ぶりに20代のころ務めていた会社の先輩に会う機会があった。市内でちょっと離れたところにお住まいで仕事を辞めてから会うこともなかった。この方はうちの校区の施設でやっている講座を聞きたくて遠征してこられた。各中学校校区ごとにこういう講座や地域の方の習い事などができる施設がある。明石市民なら校区外でも聞きに行く事はできるから。日々わくわくするような出会いが一杯。これぞ究極の認知症予防かもしれない(笑)
2023.07.13
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新しく知り合った人に子供さんは何人?孫さんは何人?と聞かれることが増えた。当然だけど周りの友人知人の中には子供がいない、孫がいないという人もいる。そういうことをあいさつ代わりに聞くことはどうなんだろうと考えてしまう。中には今までいろいろ嫌な思いをしてきたのだろうか?いきなり私は子供も孫もいないからと言ってきた人もいた。子供のことや孫のことは聞くなと言われたような気がした。子供のいない知人が別の人に子供さんは?と聞かれて、私はその人が子供がいないことを知っているのだけどその私の前で「娘が二人いる」と平気でうそをつく場面に遭遇したことがある。え?と思ったけど位「いない」とは言いたくなかったのかな?あまり親しくない相手には本当のことは言いたくなかったのかな?と思った。平気でうそをついたのではないのかもしれない。いろいろ嫌な思いをした挙句のことかもしれない。私が「娘二人」と答えると「跡継ぎに男の子を欲しかったね」といった人もいた。いや、私は別に娘二人でも授かっただけでもよかったと思っている。男の子がいないから残念とも思ってない。でも男の子を生むのが当たり前と思っている人もいるんだと改めて思った。大体産む産まないということは神様の領域だと思っている。産まないと思っていても妊娠することはありうるし、欲しい欲しいと思っていても生まれない、できないということもある。まして生まれてきた性別に文句を言うなんてありえないと思っている。男の子でも女の子でも元気で生まれてきてありがとうという気持ち。子供を育てることはどの子にもそれなりに悩んだり苦労もあったけど、子供と出会えてよかったなと思っている。独身の頃はそんなに子供が好きではなかったけど、子供を持ってみたら少なくとも自分の子供はいくつになっても心配だし愛情は感じている。子をもって知る親の恩ではないけど、子供に教えられたことも多かった。子供のいない知人が宴会の席で「どうして子供がいないの?作り方を知らないの?」と酔っ払いのおじさんに絡まれているのを見たこともある。聞くほうは何気なく聞いてるのだろうけど立派なセクハラだと思う。子供がいてもいなくてもその人との今後の付き合いには何の支障もない。その人はその人だと思っている。人のプライベートなこと、微妙な問題に土足で足を踏み入れるようなことは聞かないようにしたいと思っている。その人が聞かれたくないと思っている事柄を空気で察知したいなと思っている。そういう配慮ができるのが大人だと思うけど、場の空気を読むのはなかなか難しい。私もまだまだ大人の修行中だと思っている。色んな配慮のできる大人になりたいと思っている。あれこれ聞き出そうとしたり、あるいは変な同情は必要ない。
2023.07.11
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金曜日、今度の連休に京都嵐山に一泊で出掛ける件でメールを入れた。メールの返信がなく既読だけついてた。忙しかったり、疲れていたら今までもそんなことがあったから、そんな日もあるだろうなと思ってた。土曜日、仕事が終わるころ、夜、何度かメールしたけどすべて既読もつかず。どうしたんだろ?と不安に思った。長女は隣の市で一人暮らし。仕事はエアコンもない暑い職場なので熱中症で部屋で倒れていないか心配になった。今朝体調が悪いの?返信内から心配していますとメールした。長女は今日は仕事なので早くに起きるはず。電車の中とか更衣室でメールを見て返信が来るかもと思ったら返信来ず"(-""-)"それで今日中に返信がなければ明日そっちに確認に行くからとメールした。明日は長女は休み。すると昼休みにようやく返信が来た。二日ぐらい返信が来ないだけやと開き直るような態度。私にしたら心配するのは当たり前と思うけど長女にしたら煩わしいとかめんどくさいとか思うらしい。友達などに聞いてみたら何か月も親と連絡を取らないのもふつうだという。親にしたら体調でも崩しているのかと心配するのは当然だと思うけど。以前別のマンションに住んでいたとき日曜の朝SOSが来たこともある。どうしても体調が悪くて職場に休みの連絡を入れようとしたら携帯の調子が悪くてつながらない。病院に行きたいけど付き添ってくれないかと言われた。すぐに長女のところに行って私の携帯で長女の職場に休みの連絡。日曜でもやっている救急病院を探して一緒に行った。点滴を打って返された。一人暮らしだと具合が悪くなったらどうしようもない。救急車を呼べたらいいけど呼べない場合はどうなることか。私が心配しすぎる?40近い娘に過保護?まさに親の心子知らず。返信しなかったことも別に悪いとは思ってない様子。親の気持ちが通じないもどかしさ"(-""-)"昔弟が大学に行くために地元を出た時も母はちゃんとご飯を食べているか、病気をしていないかと心配していた。母の好きな曲はさだまさしの案山子・歌詞はこうだ。げんきでいるか 街にはなれたか?友達出来たか 寂しかないか お金はあるか 今度いつ帰る。城跡から見下ろせば青く細い川橋のたもとに作り酒屋のレンガ煙突。この町を綿菓子に染め抜いた雪が消えればお前がここを出てから初めての春手紙が無理なら電話でもいい「金頼む」のひとことでもいいお前の笑顔を待ちわびる お袋に聞かせてやってくれ母はこの歌を口づさ見ながら離れて住む弟に思いを巡らせていたのだと今になって母の気持ちがよくわかる。子をもって知る親の恩という言葉もある。今は携帯もあるけど、子と連絡が取れなくて心配したり寂しく思う親の気持ちには変わりはない。返信が面倒なら「生きてるで」だけでもいい。私が子離れしてなくて子供に依存しすぎるのかな?あれこれ考えて昨夜はよく眠れなかったというのに。何もなくてよかったけど、腹立たしいやら悲しいやら複雑な気持ち。
2023.07.09
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私は大学病院に通院している。腎臓移植後のフォローのために。移植して丸5年。今年で6年目。大体大学病院に通院している人は地元のかかりつけ医にかかっていてかかりつけ医から紹介状をもらって大学病院に来ている。入院治療とか通院での治療がある程度進んだら大学病院からまた紹介状をもらって地元のかかりつけ医に通うようになるシステム。でも私のような移植患者は地方の病院で受け入れる病院が少ない。それでずっと大学病院に通うことになる。高齢になると通院が大変。病院内では家族などの付き添いで来ている高齢者や車いすなどで通院する人を見かける。今は何とか一人でも通院しているけど、今後もっと年取ったら一人で通院できるのかなと思っている。ここの大学病院には県外から通っている人も結構いるらしい。朝、始発の電車で出てきて夜帰宅する。あるいは病院の近くに一泊する人もいるだろう。その人たちに比べたら私はまだましかもしれないけど。ある他県の移植患者の人は大学病院が地域の病院に月に一度医師を派遣する日に地元の病院に通院している。そういうシステムにしてくれないかなと思う。私の移植手術を行った執刀医の一人が開業された。私の住んでいる市に近いところならいいなあと思っていたら反対方向でうちからは大学病院よりも遠くなる。転院を勧められたけど断った。今より遠くなるし、そこでは入院や検査の一部はできなくて大学病院に行く事になる。それではということで私は転院を希望しなかった。普段の通院での待ち時間はずっと短くなるらしいけど。私たち移植患者は一生免疫抑制剤を飲む必要があるらしい。これの調整や管理はどこの病院でもフォローできないらしいから地元の病院には転院できないらしい。年を重ねてだんだん通院が負担になってくるだろう。薬局は地元の薬局に変えた。病院近くに多数の薬局があるけどここも待ち時間がすごい。診察会計が終わってまた薬局でも相当待つのはなと思って地元の薬局に変えた。診察が終わって処方箋が出たら病院内のコンビニから薬局にファックスする。電車に乗って地元に帰ったら地元薬局で薬を受け取る。コロナになって通院の間隔が毎月から二か月に一度になった。そのうち出かけなくてもオンライン診療とかになるだろうか?高齢者にはそれも負担が多いという人もいるだろうし。将来どうなっていくのかな?移植患者も年々増えているから大学病院も考えてはいるだろうけど。安定してきたら地元病院。何かあれば大学病院に戻すという風にならないかなと思っている。
2023.07.06
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