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人の余命がどれくらいあるのか、ドクターはある程度分かるのか?亡くなった父も主治医に余命2か月と言われていたけど手術も抗がん剤治療も断った。父は全く主治医を信用していなかったから。自分は高齢者だからがんも進みにくいはず。後二年は行けると勝手に思い込んでいた。医師が余命と言った2か月は余裕で過ぎた。2月に余命2か月と言われた父は春も夏も元気に過ごした。がんって誤診だったのかと思うくらいに。ところが夏が終わるころ徐々に弱ってきた。しんどいと寝ていることが増えた。そして弱りだすと急に弱って来て結局10月の末に亡くなった。父の主治医は若い女医さんで専門は皮膚科ですという。がんで入院している父に水虫の治療をしましょうという空気の読めないことを言ってた。がんに効くかもしれない薬を試すならわかるが。もう苦笑するしかない。主治医が一度ご家族と今後の治療について話しましょうと言っていた日の前の夜中に父は亡くなった。主治医にも話し合いの日まで持つかどうかはわからなかったようだ。その前日に私が言ったときは多少矛盾したことを言っていたものの、父ははっきり私のことがわかっていて、話もできた。私もそんな風に急変するとは思わなかった。逆にもう少し持ちそうだと安心して帰った。父が亡くなって8年、母も徐々に弱ってきた。母の主治医は今日明日ということはないけど徐々に弱ってくると言い、正確な余命宣告はなかった。母は食事も食べたり食べなかったりで以前は完食していたのが食べにくくなっている。点滴と栄養剤で持っているようなもの。時間の問題らしい。母の余命がどれくらいなのか主治医にもはっきりわからないのかもしれない。ホーム長さんは今日明日ということはないというのでとりあえず明日は予定通り大学病院に行く事にした。まだ看取り期間には入ってないという。でもいつ急変するのかと思うと何も手につかない。とりあえず一日は長女と母の面会に行くので予定をキャンセルした。今週は木曜日にもヨガの予定だけどそれも当日朝まで行けるのかどうかはっきりしない。本当にいつ亡くなるかというのは多分どんなに優秀な主治医にも分らないと思う。わかっているのは神様だけなのかもしれない。それなら神様にもう少し母の寿命をお願いしたい。神様はもう少しもう少しと言っているときりがないから渋い顔をされているかもしれない。希望する家族は多いと思うのですべての家族の願いを聞くことはできないと思っているかもしれない。母の孫は3人。うちの次女は先日面会済み、1日に長女と面会する。もう一人の孫と連絡を取った。まだ返事はない。来ないかもしれない。でも何年も会っていないし、母に会わせてあげたいと思う。それまで母が持つかわからないけど。
2023.11.28
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母のホームのホーム長さんと主治医の先生に母のことを今日明日にもということはないけどもう先はあんまり長くないと聞いて動揺しています。覚悟をしていてくださいと言われました。帰って来て長女と次女にメールしました。それから介護福祉士の友達にも。そして弟の元嫁に手紙を書いて今投函してきました。もちろん元嫁だから母にもしものことがあっても来ることはないと思いますが。元嫁に甥と連絡を取ってもらいたかったので。うちは複雑です。弟は元嫁との間に甥がいるのですが離婚して今弟は別の人と結婚しています。甥と言ってももう40くらいになっていますが、今関東の方で家族と暮らしています。うちの実家の父が亡くなったときは駆けつけてくれたのですがその後弟と何か仲たがいするようなことがあったらしい。以前母がホームに入っているから甥がもしこちらに来るようなことがあれば(高校までこちらにいて友達やうちの両親に会うために度々こちらに来ていました)母のホームに面会に行ってほしいと弟の元嫁に手紙を書きました。実家に会った連絡帳の甥の携帯番号は今は使われていなくて今の住所や連絡先もわからないので元嫁を通して連絡を取ろうと思ったから。元嫁は当時家族で住んでいた隣町の家に今も住んでいます。今はいないかもしれないので一応グーグルで確認しました。離婚後も名字を替えることなくそのままの名字の表札が出ていたので手紙を書いたわけです。元嫁は家の電話も解約したらしくそれしか方法がなかったので。でも元嫁は甥はこちらと縁を切るつもりで(多分弟と何かあったと思われます)携帯番号も変えているし、今後も連絡を取るつもりはありませんとのことで連絡先を聞くこともこちらの話を伝えることも拒否されました。以前そういわれたけど母の余命が後少ししかない今、もしできるなら母に会わせてやりたいと思って手紙を書いたわけです。甥に伝えてもらっても甥が行く気はないといえばそれまでですが、甥はおじいちゃん子おばあちゃん子でよくしてもらったのは覚えているはずだしもしかしたらと少し期待しています。そして弟とも連絡を取りました。弟はこの前の日曜日に面会した時は元気そうだったのにと少し驚いたものの冷静でした。もうあかんやろうと思ってた。老衰やしとかいうクールな反応。葬式はどうする?とかいうのであきれました。まだそこじゃないし。ただいつでも連絡がつくようにはしておくとの反応でした。母の兄弟は姉が一人いるきりで去年亡くなっているから連絡する親せきはいません。その叔母の家はいとこが継いでいるけど遠いから無理に来てもらわなくても亡くなってから連絡しようと思います。今日明日でないにしても近い将来?あと何日くらい?何も手につかない感じ。母のホームは近いので夜中でも急変したらすぐに行けます。覚悟ってどんな覚悟をしたらいいのでしょう?何を準備したらいいのでしょう?まずは落ち着かないとですね。わかってはいますが。なかなか動揺が抑えられません。
2023.11.25
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今日は次女と孫ちゃん1と孫ちゃん2を連れて母の面会に行きました。母は寝ていたけど、起こされて話しました。と言ってもほとんど話はできず。母にはおばちゃんの孫とひ孫を連れてきたよと話したんですが、わかっているのかいないのか?孫ちゃん2を見て可愛いなとは言ってました。途中何度も寝そうになってしまう。起きているのもつらそうでした。途中孫2ちゃんが泣きだしてミルクタイム。ミルクが終わったら記念の写真を撮りました。このメンバーで会えるのは最後かもしれない。ホーム長さんといろいろ話しました。急変した時は救急車を呼びますか?呼ばなくていいです。救急車で病院に運ばれたら心臓マッサージや点滴の管をいっぱいつけられて苦しい最後になりそうだったのでそう答えました。看取りはここでお願いしたいとも。今日明日にもということはないけど覚悟はしてくださいと言われました。その後いつもホームに来ている主治医の先生と面会しました。隣の市で私は地理がよくわからないからタクシーで行きました。約束は1時半でしたがクリニックはインフルエンザの予防注射で混んでいて呼ばれたのは2時過ぎでした。ホーム長さんも来てくださって二人で先生のお話を聞きました。30代か40代の先生でした。もともとこういう性格なのか、それともあまり深刻に話したくないのかわからないけどなんだか軽い感じの話し方で。90歳まで生きたら十分でしょ?みたいな言い方をされて少しムッとしました。犬や猫も最後の時が近づいたらご飯食べなくなるでしょう?などというたとえ方も何か無神経な感じ。もっとほかの言い方はないのかと思う。結局ホーム長さんの意見も主治医の意見も今日明日にもということはないけどもう先は長くないとの結論でした。やっぱりいつ連絡が来てもいい覚悟だけはしておかないと。子供として母の最期を見届ける義務があると思っている。ホームに来て母はよく笑うようになった。この穏やかな日々が少しでも長くと思っているけど。そろそろ終わりが見えてきたのかも。
2023.11.25
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ホームにいる母が点滴治療を始めた。水分をあまりとらないための処置です。そしてホーム長さんが「延命治療」と言われたのでもう母はだめなのかな?危篤状態なのかなと思って弟に連絡をしました。弟が日曜日に面会に来て思ったより元気でびっくりしたらしい。私もホーム長さんの言葉で母が苦しい思いをするだけなら延命治療はやめた方がいいのかなと思っていた。弟と相談の上点滴はやめてもらおうと昨日ホームに連絡をした。ホーム長さんはお休みだったので直接話はできなかった。先ほど折り返しがあった。母はほぼ食べられなかったのが食欲も出て食べられるようになってきたらしい。そして今日病院で委託している内科の先生の診察があって、点滴を続けたほうがいいと言われたらしい。だからホーム長さんが点滴は今やめるより続けたほうがという意見。私の早とちりだったのか?ただ訪問介護の看護師さんに点滴をしてもらっているので費用が掛かるという。それは母の貯金から払っているから別に構わない。ホーム長さんの言うのには点滴で水分をとれないのを補えばもう少し現状維持はできそうとのこと。改めてしばらく点滴治療を続けてもらうようにお願いした。電話での伝え方、伝わり方は難しい。母が少しでも元気になり食欲も出てきたのならよかった。先に逝った父にお迎えはもう少し待ってと伝えよう。弟と娘たちにまた連絡しないと。でも90歳と高齢だからいつ何があっても不思議ではないということは心に止めておこう。
2023.11.21
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子供たちが小さかったころ、夫は子供たちを連れて買い物に行くのを嫌がって週末の度に子供たちを実家の母に預けていた。母は当時働いていてゆっくりできるのは週末だけなのに母の週末は子守でつぶれている状態。母にはずいぶんお世話になったのに夫は孫を見れて喜んでいるはずと言って感謝の気持ちがない。母が怒っていると聞いても全く気にせず。母は孫を見て喜んでいると思っているなら義実家に預けたらいいという。でも夫は何かと理由をつけて義実家には決して預けようとはしなかった。母は当時夫のことを良く思っていなかった。でも母に子育てで世話になったのは事実。それなのに夫は母に感謝する気持ちもまったくないようだ。今母の様子を聞いても心配するそぶりもなく、しゃべれるうちに会いに行こうという気もない。母の様子を娘たちに伝えると長女も次女もしゃべれるうちに会っておこうということになった。近いうちに長女も次女もホームの母に面会する。その話をしても夫は我関せず。まあ感謝の気持ちもなく会いたいとも思わない人を無理に会わせるつもりはないけど。夫の感覚はおかしい。義理の親、嫁の親とは言え長い付き合いで世話にもなっているのにと言っても僕の親は死んだから嫁の親は僕の親ではないし関係ないという気持ちらしい。実際にそう言ってたし。そういえば父が亡くなったとき喪中はがきを用意するのに夫もいる?と聞いたら僕は関係ないからと言って夫は普通に年賀状を書いた。そういうもの?嫁の親って夫側の人間でないから夫は喪中でない?そういえば義実家も父の亡くなったときは完全に無視していてお香典もなかったしお悔やみの電話一本なかった。母はその時はまだしっかりしていて義父母が自分より年上なので元気にしているかいつも気にかけていた。そのとき母には義実家はこういう考え方なんだから母も今後は付き合わなくていい、義父母がなくなってもお葬式に参加しなくちゃとか考えなくていいよと母には話した。私は義父母の死を母に伝えなかった。今はもう母も義父母のことなど覚えていないようで全く気にはしてない。まあいろいろ考えてしまうけど、夫のことは置いておいて母のことをしっかりみとどけるのが大事ですよね。娘として最後の仕事になるだろうし。
2023.11.19
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ホームにいる母の脱水症状がひどくなってきて今週3回点滴をしてもらっています。ホームのスタッフさんでなく訪問介護の方がそのために来られています。脱水から脳梗塞を起こすこともあるし、最近食事の時も途中で寝てしまうので昨日は脳外科を受診してきました。脱水からの脳梗塞とか傾眠傾向が脳梗塞の症状の場合もあるらしいのですが、今のところ脳梗塞の兆候はないそうで一安心です。けれど今朝ホームの電話して昨日のお礼やら今後のことやらをホーム長さんと相談しました。点滴の回数を増やすことも考えているけど本人は嫌がって外そうとするからスタッフさんが見張っているという。これは一種の延命処置だと言われた。点滴は介護職の方が行えないので訪問介護の看護師さんに来てもらっています。回数を増やすとその費用が増えてしまうと言われました。費用に関しては母の貯金もあるしこちらは別に構わないけど嫌がるのを無理に点滴して延命と言われてまでする必要があるかなとも思うし。母は今年90歳になりました。毎食完食するくらい食欲があったのが少し減ってきました。ここで点滴をやめれば最悪の結果を覚悟することになるかも。自分からどんどん飲む人でないし。点滴はとりあえず来週いっぱいやってもらってその間に弟と話し合って点滴をどうするか結論を出しますと答えた。母を生かすも死なせるのも私が決めるみたいな緊張感。どうしたらいいのかわかりません。決められません。母が自発的に水分を取ってくれるならそれが一番いいのだけど。母に残された時間はもう少ないのかもしれない。でも結論が出ない。出せない。
2023.11.18
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ホームにいる母の脱水症状がひどくなってきて今週3回点滴をしてもらっています。ホームのスタッフさんでなく訪問介護の方がそのために来られています。脱水から脳梗塞を起こすこともあるし、最近食事の時も途中で寝てしまうので昨日は脳外科を受診してきました。脱水からの脳梗塞とか傾眠傾向が脳梗塞の症状の場合もあるらしいのですが、今のところ脳梗塞の兆候はないそうで一安心です。けれど今朝ホームの電話して昨日のお礼やら今後のことやらをホーム長さんと相談しました。点滴の回数を増やすことも考えているけど本人は嫌がって外そうとするからスタッフさんが見張っているという。これは一種の延命処置だと言われた。点滴は介護職の方が行えないので訪問介護の看護師さんに来てもらっています。回数を増やすとその費用が増えてしまうと言われました。費用に関しては母の貯金もあるしこちらは別に構わないけど嫌がるのを無理に点滴して延命と言われてまでする必要があるかなとも思うし。母は今年90歳になりました。毎食完食するくらい食欲があったのが少し減ってきました。ここで点滴をやめれば最悪の結果を覚悟することになるかも。自分からどんどん飲む人でないし。点滴はとりあえず来週いっぱいやってもらってその間に弟と話し合って点滴をどうするか結論を出しますと答えた。母を生かすも死なせるのも私が決めるみたいな緊張感。どうしたらいいのかわかりません。決められません。母が自発的に水分を取ってくれるならそれが一番いいのだけど。母に残された時間はもう少ないのかもしれない。でも結論が出ない。出せない。
2023.11.18
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笑いには免疫力を高める効果があると言われている。以前ニュースでがん患者を吉本新喜劇を見に連れて行って帰宅後検査したら免疫力が上がっていたという研究データもある。日常生活でたくさん、大笑いするようなことはそんなにはないかもしれない。統計によると男性より女性の方がよく笑うらしい。だんだん年を取るにつれて笑う頻度が少なくなるらしい。一番笑わないのは高齢男性ということで教えてくれた人は家でご主人を笑わせてあげてと言ってた。(笑)笑う生活のためには家に引きこもっていてもそんなに笑うことは少ない。どんどん出て行って友達と会ったり、習い事に出掛けたりの生活がいい。人と会えば自然に会話も生まれ笑うことも増える。笑う門には福来るとも言われている。笑って免疫力を高めて長寿を目指そう。悩み事も笑い飛ばそう。笑っていたほうが苦しいときも道が開ける気がする。ということで皆さんもどんどん笑いましょう(^^)
2023.11.18
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長女は一人暮らしをしているけど正社員ではなくパート。ボーナスもないしパートだから働いた時間数だけのお給料。いつもお金がないと言っていたから度々援助してきた。洗濯機が壊れた時も買ってあげたし、歯の治療で保険の効かない前歯だったのでそれも出して上げた。旅行に行く余裕もないだろうと私が出して旅行にも連れて行った。でももうすぐ40になる娘をこんなに甘やかしていいものかといつも迷っていた。今回長女は韓国旅行に行ってきた。あれ?と思った。そんな余裕があるなら援助しなくてよくない?長女には何も言ってないけど、来年こそは本当に援助をやめていく方向で。旅行も友達と行こう。あるいは私の一人旅。会った時の食事代くらいならともかくそれ以上の援助は考える。以前お金を貸したこともある。月々返していくということで一部は返してもらったけど結局うやむや。いくら残っているのか、いくら払ったのかわからなくなる。それで私がもういいと言って打ち切った経過もある。親がいつまでも援助できるわけではない。厳しいことを言う用だけど私の援助なしに一人暮らしができないなら実家に戻るべきだとも思う。援助してまで一人暮らしを続けさせるのはおかしいと思うようになった。パートだけど長年働いてきてそれなりに時給も上がったという。自分の楽しみとして韓国語講座にも通っている。自分で何とか月謝を捻出している。それなら援助って必要ないだろう。いつまでもするべきでないとも思うし。旅行も今後長女が自分の分は出すなら行ってもいいけど、全部私の負担なら考える。長女との旅行はたしかに楽しいけど、私が全額負担してまで行くのはおかしいと思うし。厳しいことを言う用だけど、いい年をした子供にいつまでも援助をするのはおかしいと思う。来年こそは長女に本当の意味での自立を促したいと思う。もしかしたらそれが親として娘にできる最後の仕事かもしれない。一人で経済的に自立させてこそ本当の意味での子育ての卒業と言えると思う。
2023.11.15
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先日借りてきた山口恵以子さんの「工場のおばちゃん。あした朝子」を読んで昭和のころを思い出した。本の中で主人公が嫁いだ家は工場経営していて職人たちが住み込みで働いていた。結構な大所帯なのにお風呂がない。歩いて数分のところの銭湯を社長の旦那さんも他の職人さんも皆利用していた。お風呂ができたのはもっと後になってからだった。私も子供のころは家にお風呂がなかった。隣近所もない家が結構多かった。私が小学校の高学年の頃にようやく父が日曜大工でお風呂場を作った。買ってきた風呂桶を置いて毎日家でお風呂に入れるようになった。けれどガスも水道も引いてなくてバケツで水を運んだ。沸かすのは石炭とか木切れ。排水とかもどうしていたのだろう。細かいことは覚えていない。要するに風呂桶を置く小屋ができたということかな?8歳上の夫の家でも最初のお風呂はそういう感じだったようだ。そして冷蔵庫がなかった時代だから主婦は毎日買い物に行く。本の中では歩いて数分の距離に個人商店、八百屋や肉や、魚屋や雑貨を売る店などがあって近所で買い物ができる。今のようにスーパーとかはなかった。個人商店以外には商店街もちょっと足を延ばせばある。私が子供のころ住んでいたところも同じようなもの。今は個人商店や商店街がどんどんやめている。儲からないのかな?時代が変わって昭和がどんどん遠くなる。私たちの生活は便利になりボタンを押したらお風呂が沸く、トイレもくみ取りでなく水洗。昭和とは大違いでちょっと寂しく思うこともあるけど今更昭和のころには戻れない。
2023.11.13
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夜借りている本を読み始めたら面白くて夜中まで一気に読んだ。前にも書いたと思うけど山口恵以子さんの「工場のおばちゃん、明日の朝子」この人は食堂のおばちゃんをしながら小説を書き続けて賞をもらったこともある。以前に読んだ本も面白かったので見つけて今回は二冊ともこの人の本を借りてきた。旅館の娘に生まれた主人公の朝子がひょんなことから工場を営む男性に嫁ぐ。下町のはさみ工場で舅は理容師が使うはさみを作る職人。業界では名の通ったはさみでそれを作る工場には職人もいて大所帯。そこを切り盛りしていく様子が時代背景とともに描かれている。最後にわかったのだけどこれは山口恵以子さんの実家の話で実母が主人公だった。もちろん全部が事実でなくフィクションもあるだろうけど笑いあり涙ありの起伏にとんだ展開がとても面白かった。小説が発行された2018年時点でお母さんは91歳、今も健在だろうか?著者は結婚しないで母とずっと暮らしてきた。そんな娘を母が詠んだ句がある。恋もなく 晴れ着も知らずひとすじに もの書く娘 道果てしなくいい親子なんだなとしみじみ思った。
2023.11.13
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昨日朝予約を入れて体操が終わってから行ってみたけどまだまだだったから、いったんキャンセルにして今朝予約を入れなおした。今日は79番。それで何とか1時間前に帰ってきました。一時間ほど前に帰ってきました。79番だからほぼ終わりの方かと思ったらまだまだ後ろがいました。90番台まで表示されていて百人近く診るようです。でも昨日よりは進み具合が早かったと思う。お昼ご飯を食べて行ったら意外に早く呼ばれた。耳鼻科で双子ちゃんをベビーカーに載せたパパが来院。おまけに4歳くらいのお兄ちゃんまで一緒で。3人とも騒ぐこともなくおとなしく待っている。双子ちゃんの一人がぐずりだしたらお兄ちゃんがそばに行って対応。ママは仕事なのかな?いい家族だね(^^♪最近は土日にウオーキングとかするとパパと買い物?散歩している子供たちをよく見かける。やっぱり家庭や子育ては夫婦協力しなくてはね。最近は共働きも多いし。うちの夫は私が働いていても体調が悪くてもお構いなく自分にしたいようにしてきたけど。文句を言うと僕を束縛しないでという。いや結婚は束縛と思うならずっと一人でいればよかった。夫は一緒に家庭や子供を育てていく覚悟もなく結婚したんだらろう。多分深い考えもなく親が言うから、親孝行のつもりでとか孫の顔を見せるのが親孝行とか思っていたのだろう。こういう人は結婚には向かない。だんだん夫のような人は少なくなりつつある。若いパパたちはちゃんと自覚して結婚し子供をもうけている、時代は変わったね(^^♪まあ今は男子生徒も家庭科を学ぶ時代。家庭科の中には育児もあるらしい。だんだん時代に合った教育が進んでいる。夫のような家事や育児は女の仕事ととおもっている旧人類は今や絶滅危惧種。(笑)というわけで二日がかりの耳鼻科受診が終わった。2月までの薬をもらったので当分は行かなくていい。(^^♪
2023.11.11
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日曜日はクラス会、月曜日は友達とランチ。そして友達っていいなと思っていい気持ちになっていたら、嫌なことを思い出した。友達に利用されそうになった話。私がまだ透析もしていなくて元気にパートに行っていたころのこと。当時は月曜から金曜まで長時間のパートに電車で通っていて土日祝日は休み。友達から電話がかかった。彼女は小中学時代一緒で高校は違っていたけど高校を卒業して就職した会社も偶然同じで、20代30代、結婚しても子供ができても結構仲がよかった。彼女の旦那さんは会社員だったけど結婚後派遣会社を作っていた。その彼女が私に聞く。「土曜日何か用事ある?」ランチのお誘いかと思って「別にないけど?」と答えた。「うちの会社のパートさんが土曜日に休むから代りにシフトに入ってほしい」という頼みだった。なんで?と思った。たまのやすみになんで仕事しないといけないの?もちろんそんなことは言えないから、家でする家事もあるし、土曜日は家でのんびりしたいから悪いけどと断った。すると彼女は私が断るとは思っていなかったようで逆切れした。「〇〇ちゃん(その子も同じように小中学校同じで会社も一緒だった共通の友達)は快く引き受けてくれたのに」〇〇ちゃんも当時は平日はどこかに仕事に行ってたと思う。私と〇〇ちゃんは同じ立場と言えば同じだけど、そんな風に言われるのはおかしいと思った。困っているのはわからないでもないけど、こういうの一度引き受けたら今後も頼まれるかもしれないから断る方がいいと思った。いくら友達からの頼み事でも引き受けられないこともある。私ならそれじゃあ仕方ないね、ごめんねと引き下がると思う。もう一つ嫌だなと思うことがあった。彼女の旦那さんの会社が客先に提出する見積書をエクセルで作ることになったから協力してくれという依頼があって3回ほど彼女の家に通った。彼女の家は電車で通う距離、私は見積書くらいならある会社で作っていた経験があるからできるだろうと気軽に引き受けた。その見積書を作るのは彼女なので簡単なエクセルの入力も教えた。彼女は全くのパソコン初心者。見積書の形を作って入力に最低必要なことだけを教えた。もちろんお金をもらおうなどと思わなかった。でも電車の駅まで送ってはくれたけど交通費も出してもらえなかった。彼女の家に遊びに来たのではない、旦那さんの会社の仕事を手伝いに来たのに交通費も出してもらえない。ちょっとあれ?と思った。先にシフトにはいってと頼まれた件もあるしなんかうまく利用されているような気がしていやな気持になった。私の取り方がおかしいのかな?友達との関係はだんだん月日とともに変わってくる。もしかしたら友達との関係が変わったのではなくてお互いの性格や考え方が変わってきたのかもしれない。付き合い方や距離感、いろんなことでだんだん疲れてきてもういいやと思うこともある。会って楽しい付き合いなら続けていけるけど、疲れるとかおかしいとか思うような付き合いを我慢してまで続けたくない。もしかしたら私が変わったのかもしれない。会わないまま連絡も取り合わないまま10年くらいは年賀状を出していたけど、年賀状だけの付き合いならもういいかなと思って年賀状を出すのもやめた。向こうからも年賀状が来なくなった。ほぼ縁が切れた形。最近はお互いに全く連絡を取り合わないから今彼女がどうしているのか全く知らない。他の友達と会ったときに噂くらいはするけど私も知らないと答える。今後同級生のつながりや会社OBのつながりでもしかしたら会うかもしれないけど自分から連絡を取ることはない。会えば「久しぶり」とあいさつはできるけど個人的にはもう付き合いが復活することはないと思う。
2023.11.01
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