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何からの卒業かというと子育てからの卒業。長女38歳、次女36歳。さすがにもう卒業でしょう。遅すぎるくらいかも。いつまでも長女に援助を続けるのももう終わりにしたい。意思を強く持って(^^♪次女は再婚して旦那さんができた。孫ちゃんが生まれた時は一番先に抱っこしたし、その後の子育ても手伝ってきた。離婚してうちに帰って来てからは積極的にかかわってきた。幼稚園の送迎や一緒に遊んだり、お風呂に入ったり、次女の帰りが遅いときは寝かしつけ迄やっていた。自分が子育てしているときは無我夢中でそんなに丁寧にかかわってこなかった気がするから子育てをやり直しているように思った。次女は再婚して来月赤ちゃんが生まれる。前回と違って今次女と夫の関係がよくないから今回は里帰りはなし。次女は出産して退院したら自分の家に戻って夫や孫ちゃんと協力して子育てするらしい。一応買い物とか手伝えることが会ったら手伝うよと声はかけた。でも旦那さんの車で旦那さんの休みの日にまとめ買いするから大丈夫と言われた。そして次女のマンションからスーパーは歩いて2,3分なので足りないものがあれば孫ちゃんでもお使いできる。実際今も家事をよく手伝ってくれる旦那さんなので、何とかなるかなとは思っている。孫ちゃんの生まれた時ほどかかわらなくても何とか行けるかも。二人目で孫ちゃんが中学生だから学校に行っている間に夜中に起きて世話をしている分の睡眠不足は寝て補えそうだし。一応旦那さんにもメールで出産前後に手伝えることが会ったら何でも言ってねと言っている。旦那さんからは甘えさせていただくことがあるかもしれませんがその時はよろしくお願いしますと返信が来ました。まだ数回しか会ってないから私への返信はまだまだ堅苦しい(笑)でも最近は次女も私の体調を気遣ってあんまり何も頼んでこないし、今回は頼まれることがないかもしれない。逆に体調を気遣うメールが時々来るくらい。一緒に住んでいたときは私にあまりにも甘えっぱなしで時々もめたりしていたけど次女もすっかり気分は親離れ気分になっているようだ。私の時は実家に頼りっぱなしだったことを思うと次女の方が成長しているかもしれない。逆に頼られなさ過ぎてちょっと物足りない気がしているけど、もういい加減子育て卒業したい気分もある。あまりいろいろ構いすぎるとうるさく思うかもしれないから向こうから何か頼んで車ででしゃばらないででそっとしておくほうがいいのかな?それとも私が前回より年取って頼りにならないと思われているのかも(笑)旦那さんが協力的なら実家が遠かったり、両親が年取ってて頼れないとかの事情のある人も何とか産後を乗り越えている人もいるんだから、とりあえずやってみるのもいいかもしれない。無理だけはしないでほしいけど。前回の孫ちゃんの時はしばらく専業主婦だったけど今の職場は産休、育休が取れる職場で正社員だからそのまま復帰するつもりらしい。まずは体に気を付けて母子ともに元気に出産を乗り越えてほしい。だんだん娘たちの子育てから卒業して私は私で楽しみを見つけて楽しもう。自由に楽しめる時間はだんだん少なくなってきてるから。楽しむのは今でしょという心境(^^♪
2023.08.28
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長女38歳、独身、隣の市で一人暮らし中。今どきのご時世だから結婚しないととか言うつもりはない。結婚したい相手が見つかれば結婚したらいいし、しないならしないでもいい。でも長女は正社員でなくパート。有休や健康保険はあるけどボーナスはない・時給。だから残業が多ければ多少手取りは増えるけど安定はしていない。同じ職場のパート仲間のおばちゃんには「一人暮らしができるようなお給料ではない。早く親に謝って実家に帰れば?そうすれば家賃は要らない」などと言われている。確かに自活できるようなお給料はもらっていない。それでもあえて一人暮らしを始めたのは夫とうまく行かないというか夫と一緒に住んでいたくないから。帰宅時間や寝る時間までうるさくて遅くまで起きていると部屋まで来て早く寝ろと怒鳴り散らす。部屋にいても声も掛けないでいきなりふすまを開けるるとかプライバシーを守るような感覚のないおやじなので。そして何とかやりくりして一人暮らしがちゃんと成立しているならまだいい。この前洗濯機が壊れて買い換えるお金がないというので援助した。去年は前歯の治療が保険外でお金がないというので援助した。こんな風に度々援助している。今住んでいるマンションの初期費用もうちで出している。初めに住んだマンションはちょうど長女が派遣社員でお給料が多かった時。そこは交代制で夜勤もあったから結構もらっていた。その時に借りたマンションは派遣期間が終わって仕事を変わったら家賃を払えなくなった。わたしが引っ越しを勧めて今のマンションに引っ越した。家賃ははるかに下がったけどこれで貯金もできるねと言ってたのに。やりくりが下手なのか貯金なんてできないから何か特別な出費があるたびにあたふたしている。最近私は私の援助ありきでできている一人暮らしはおかしいと思い出した。無理に一人暮らしを続けて借金をしないかと心配する。借金をさせないために援助しているようなものだ。どう考えてもおかしい。一度長女に言った。生活が成り立たないなら(貯金もできない、特別な出費を捻出できない)なら一人暮らしをやめて実家に戻ったら?と言ってみた。聞く耳を持たない。一度自由を味わったらあのかごの鳥のような実家生活にはもどりたくないらしい。夫の束縛は愛情からというより、自分の支配下に置きたいだけに見えるから余計に嫌なのだろう。私ももう40近い娘にこんな風に援助を続けるのはよくないとは思っているので毎回これで最後とは思っているけど、困っていると連絡が来たらついつい援助してしまう。こんな依存関係をいつまでも続けるのはよくない。長女も結婚願望がないわけではない。お付き合いした人は何人かいたけど結婚には結びつかなかった。次女は一度は離婚したけど孫ちゃんを連れて再婚できた。いいお相手に恵まれてよかったと思っている。家族思いの旦那さんで一つ肩の荷が下りた思いがしている。長女に心無い言葉を投げかける人がいて「二度も妹に結婚を先越されたの?」言っていいことと悪いことがある。それを聞いて私も腹が立った。長女も実際妹の結婚を心から祝福は難しかったようで、最初は結婚式には出ないと言っていたのを私が説得してお祝いはいいから、姉として出席だけはしてやってと言った。わたしも未婚のころ友達とか後輩に先を越されて晩婚だったので気持ちはわかるつもり。でも嫉妬しているとか思われたくなくて意地もあってちゃんとお祝いをして結婚式に出席を求められたら笑って出席してきた。人の幸せを素直に喜べないようでは自分も幸せになれないと思っている。でもそれは長女にはむずかしかったようで。次女が産休、育休を取っているから一度長女次女とわたしと孫ちゃんでご飯に行こうと提案したら、それはパスと言われた。ご飯は私と二人なら行くけど次女とは行きたくない。次女の幸せそうな様子を見るのがつらいらしい。最近次女は私にまで旦那さんのおのろけ話をメールしてくるから、たぶん会ったら長女の気持ちなんて考えないでのろけまくると思う。それでなくても長女と次女はもともとあんまり会わないし連絡も取り合わない。姉妹でもお互い悪口を言うこともあってあんまり性格も合わないようだ。結婚式にはどうにか出席はしたけどこの前二人があったのは数年前だろう。とにかく今無理に会わせるのはよくないと私も思った。二人きりの姉妹、できれば仲良くしてほしいけど私の気持ちを押し付けるわけにはいかない。親子関係、姉妹の関係。いろいろ難しいことが山積みで悩ましい."(-""-)"成人した娘さんをお持ちの方のご意見をお待ちしています。
2023.08.22
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夫は携帯電話を持ったのはうちで一番遅かった。まだ仕事に行っていたころで職場で連絡網を作ったら夫だけが家電だったから僕も持とうとおもったらしい。仕事に行っていたころは職場の女子社員とメールしたりしていたけど、今はほぼ誰ともメールしない・わたしが出先でメールを入れても全く見ない。というか見方やメールの仕方は忘れちゃったらしい(笑)そして最近は全く出かける時持ち歩かない。持ち歩かないと携帯の意味がない。家に居ないと連絡が取れないようでは緊急時に困る。夫に言った。もしも出先で事故とか急病で救急車で運ばれたりしたらどうする?どこの誰ともわからない。家族に連絡を入れようとしても連絡先もわからない。救急車の人や病院の人に迷惑がかかるよ?現に友達の高齢の一人暮らしのお父さんは外で倒れて救急車で運ばれた。救急車の人か病院の関係者かわからないけどが、お父さんの携帯で家族と連絡を取ろうとした。友達はこんなこともあろうかとお父さんの携帯の電話帳の名前の後ろに娘。娘婿、孫、孫嫁と関係を書いておいた。連絡を取ってくれた人は順番に連絡を取った。娘も娘婿も孫も仕事中で連絡が取れなかった。連絡が取れたのは自宅にいた孫嫁ちゃん。孫嫁ちゃんは小さい子を連れてタクシーで駆けつけた。連絡先を書いていたとしてもなかなか家族に連絡がつかないこともありうる。孫嫁ちゃんはそれから何度も他の家族に連絡を取り続けた。結局全員に連絡が取れたのは夜だったらしい。幸いお父さんは命に別状はなくほどなく退院してホームに入った。こういうことがあると一人暮らしも家族は心配だしね。家族関係も携帯に書いておかないと誰に連絡したらいいものやら連絡する人が困るだろうしね。それを聞いて私も電話帳に関係を書いた。最近娘婿が増えたからこれも追加しないと。突然事故とか急病で倒れて意識もないなんて言う状態は想像したくないけど、だんだん高齢になってきたらこれから先、絶対にないとは言えないからね。それにしてもいくら言っても携帯を持ち歩かない夫問題はまだ解決していない"(-""-)"
2023.08.20
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日のお昼次女家族とランチして来ました。次女と旦那さんと孫ちゃんと私。夫には留守番をしてもらいました。4人掛けのテーブルの奥に私と次女が座り、手前の椅子に孫ちゃんと旦那さん。孫ちゃんと旦那さんは仲良く一緒にサラダバーを選びに行くその後ろ姿はどう見てもふつうの親子です。連れ子ということで孫ちゃんの心配をしていたけど大丈夫なようです。血がつながっているとか関係ないんだなと思った。家族って何だろうと思った。血がつながっているから、生まれてきたから親子になるわけではない。親子になろう、家族になろうと思うから慣れるんだろうと思う。旦那さんのお盆休みに3人は名古屋に行ってきた。名古屋は旦那さんの生まれたところ、お父さんとお兄さん夫婦と子供たちが住んでいる。お母さんは兵庫県某所に住んでいる。何か事情があるらしいが聞いてない。でも離れていてもいい家族らしく結婚式には全員集合。お父さんは孫ちゃんにとても気を使って話しかけてくれるのを見ていい人だなと思った。自分と血のつながった孫でなくても息子が選んだ人の子供は孫同然という気持ちがあるのだろう。兄嫁も孫ちゃんに文具セットを用意していてくれていたという。向こうのご家族はとても暖かく次女親子に接してくれているのを感じた。次女も孫もあちらの家族に温かく迎えてもらった。ほっとした。次女の以前は私には結構きついものの言い方をしていたけど最近はすっかり優しくなって私の体を気遣うメールをくれる。旦那さん一族のやさしいオーラを浴びてすっかり優しい子に変身した。そばで見ている私までとても幸せな気分になる。血がつながっている家族でも仲が悪かったり、疎遠だったりする。やっぱり思いやりや愛が人と人をつなげると思う。お婿さんから夕方メールが来た。今日はごちそうになりありがとうございましたって丁寧な文章。先日渡した結婚式と孫ちゃんの成長のDVDのお礼もあった。いよいよ来月出産。みんなで赤ちゃんの誕生を心待ちにしている。再婚家庭に生まれてくる赤ちゃんをセメントベビーと呼ぶらしい。赤ちゃんは両親はもちろん孫ちゃんともママが一緒でつながっている。つまりすべての家族をつなぐ存在だからセメントベビーと呼ぶらしい。次女家族にはもっともっと幸せになってほしい。
2023.08.17
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わたしは腎臓移植をしているので、移植関連のニュースには特に注目している。今朝の新聞に日本初の肝臓移植手術を執刀した医師の話が出ていた島根医大の助教授だった永末直文さん。医師になろうと思ったきっかけは子供のころ兄たちと近所の池に飛び込んで遊んでいて浮かび上がった瞬間に、続いて飛び込んだ兄と衝突、脳震盪を起こした兄はそのまま沈んで亡くなってしまった。不幸な事故だった。そして兄の分も生きて人の命を救う医師になろうと思った。どんな困難があっても逃げない医師になろうと決意した。どんな世界でもファーストペンギン、群れの中から最初に海に飛び込むファーストペンギンになることは難しい。1989年9月中旬。かつての同僚から生体肝移植が必要な子がいる。君にしか頼めないという電話を受けた。「脳死を人の死」とする見解へが分かれていた当時、脳死移植は制度化されておらず現実的ではなかった。生体移植でも肝臓は技術的に難しかった。紹介された男の子はまだ生後間もない赤ちゃんで、余命半年、長くて10か月と診断されていた。家族は父親からの肝臓移植を望んだ。男の子は夫婦の初めての赤ちゃんで何もしないで死んでいくのを見ていたくないという。医師も助けてほしいと願う患者とその家族に背を向けることはできない」と手術を決意した。移植には学内の倫理委員会の承諾を得る必要があった。そんな時間的な余裕はなかったので反対する声を「時間がない、私がすべて責任を取る」と押し切り、家族にも「この手術の結果によっては大学をやめることになる。」と決意を伝えた。手術は15時間以上に及んだ。男の子は小さな体で耐え抜いた。その後男の子は拒絶反応や免疫力低下による感染症など、約40種類の合併症を乗り越えて手術から4か月後集中治療室から一般病棟に移った。その時のことを母親は「添い寝をしたり体を拭いたり本当にうれしかった」と話す。初めてあーちゃんと呼んだ。永末さんは小学校に入るときにはランドセルをプレゼントするからねと語りかけた。しかし事態は急変、大量出血が起こり再び集中治療室へ。強い拒絶反応が起こり、手術から285日目男の子は息を引き取った。告別式で永末さんは「もっと勉強して君と同じ病気を持つ子供や大人を一人でもたくさん助けることを誓います。助けてあげられなかったこと許してください。」と弔辞を読んだ。男の子の死亡により内外から批判の声が起こって永末さんは二度と移植の機会がなかった。でも最初にすべてを背負う気持ちで一例目の手術を行ったことで続く二例目三例目の手術の後押しになり今に至る。日本では脳死移植がなかなか進まない中、生体肝移植は2021年末に累計一万件を超えた。2019年男の子の手術から30年となった節目に「決断」という記念碑が建てられ男の子地元の病院には男の子の像が設置されている。生まれてから一度も歩くことがなかったという男の子の母親の希望で像は立像になったという。いろんな人の熱意や努力によって日本で臓器移植に道が開かれて行った。そして私もその恩恵で腎臓移植を受けることができた。移植の歴史を知ることができてよかったと思っている。
2023.08.13
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今日は次女の婿を自慢したいと思う。次女は今年の4月に結婚した。正確に言うと今年中一の孫を連れての再婚。婿さんは初婚。交際中から孫とは仲良しでよくなついているし、いいお相手に巡り合えてよかったと思っていた。結婚式の最後に屋外でカメラマンさんが二人の写真を撮ろうとしたとき、婿さんが孫ちゃんに手招きをする。二人で撮るところを三人での家族写真になった。三人ともとてもいい笑顔で写真に納まった。これから3人で家族として頑張っていくという婿さんの決意を見たような気がしてうれしく思った。この人なら大丈夫と安心できた。お婿さんとは何度かお茶や食事を一緒にしたけど私たちに財布を出させない。でも毎回これでは気を使うからお盆休みにご飯に行こうと提案した。そして今度はうちが出すからと宣言した。実家の両親が元気だったころうちの娘たち、孫ちゃんが生まれてからは孫ちゃんも一緒によくご飯に行った。そのことはいい思い出になっているので次女一家ともそういう関係を築きたいと思っている。台風の進路によってはいつ行けるかまだ未定だけど婿さんは私を家まで迎えに来てくれるという。実家の母の通院に車を出すのさえ文句たらたらの夫とはえらい違いだ。比べるまでもないか?母は自分の親でない。僕の親はもう亡くなったという暴言もある。自分の親でないから大切にできないというのはひととしてどうなの?嫁の親を自分の親とまったく同じようには考えられないとしても、それを露骨に態度や言い方に出すのもどうなの?婿さんは連れ子の孫ちゃんだけでなく私にもよくしてくれる。親として娘が婿さんに大事にされて幸せそうなのを見るのはうれしい。私まで幸せな気分になる。私の夫選びは失敗したかもだけど、次女の婿選びは大成功だったな。今度はしっかり両目を開けていい人を選んだなと娘を誉めたくなる。
2023.08.11
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今日は次女の婿を自慢したいと思う。次女は今年の4月に結婚した。正確に言うと今年中一の孫を連れての再婚。婿さんは初婚。交際中から孫とは仲良しでよくなついているし、いいお相手に巡り合えてよかったと思っていた。結婚式の最後に屋外でカメラマンさんが二人の写真を撮ろうとしたとき、婿さんが孫ちゃんに手招きをする。二人で撮るところを三人での家族写真になった。三人ともとてもいい笑顔で写真に納まった。これから3人で家族として頑張っていくという婿さんの決意を見たような気がしてうれしく思った。この人なら大丈夫と安心できた。お婿さんとは何度かお茶や食事を一緒にしたけど私たちに財布を出させない。でも毎回これでは気を使うからお盆休みにご飯に行こうと提案した。そして今度はうちが出すからと宣言した。実家の両親が元気だったころうちの娘たち、孫ちゃんが生まれてからは孫ちゃんも一緒によくご飯に行った。そのことはいい思い出になっているので次女一家ともそういう関係を築きたいと思っている。台風の進路によってはいつ行けるかまだ未定だけど婿さんは私を家まで迎えに来てくれるという。実家の母の通院に車を出すのさえ文句たらたらの夫とはえらい違いだ。比べるまでもないか?母は自分の親でない。僕の親はもう亡くなったという暴言もある。自分の親でないから大切にできないというのはひととしてどうなの?嫁の親を自分の親とまったく同じようには考えられないとしても、それを露骨に態度や言い方に出すのもどうなの?婿さんは連れ子の孫ちゃんだけでなく私にもよくしてくれる。親として娘が婿さんに大事にされて幸せそうなのを見るのはうれしい。私まで幸せな気分になる。私の夫選びは失敗したかもだけど、次女の婿選びは大成功だったな。今度はしっかり両目を開けていい人を選んだなと娘を誉めたくなる。
2023.08.11
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母の面会に行ってきました。今は空いている限り予約は取れる。一日二組。7月は二回行って、そのうちの一回は次女と行ってきた。今月は一回目。月に二回くらいのペースで行きたいと思う。次は長女を誘いたい。母も90歳になっていつどうなるかわからない。だから会える時に会わせておきたいと思って。いつ永遠の別れになっても後悔しないようになるべく会える時には会っておきたい。母はだんだん食事の時とおやつの時だけ呼びに来られて食堂に行くけど、そのほかの時間はほとんど部屋で休んでいるらしい。どこと言って悪いところはないようだけどやはり以前のように元気がない。食欲だけはあるようだけど、あんまり何かする意欲がない様子。食堂ではほかの入所者の人が話していたり、何かの作業をしていたりしている。ここでは洗濯物をたたんだり、食器を拭いたりなどの作業をできる人はやっている。しゃべるのも今日はあんまりしゃべらない。元気か?とか歩いて来たのか?と聞いたくらい。後は沈黙。だんだんしゃべるのもおっくうになるのだろうか?でも母に会えただけで私は満足。もうすぐ次女に赤ちゃんが生まれることを話した。母にはひ孫、5人目のひ孫。母は二人の子を産んでその子が孫を3人産んでその孫が5人目の孫を産む。命が引き継がれていく。母の穏やかな日々がもう少し続きますように。また来るねと言って手を振って別れてきた。別れ際に主任さんが母のズボン?スカート?なんて言うんだろう?ズボンにしては短めでキュロットみたいになっているのを渡してきた。ひざに大きな穴が開いている。繕うにしても大きな穴。これは無理かな。子供でないのでアップリケというわけにもいかないし。とりあえずもらってきた。これは見覚えがある。父が亡くなって母が一人暮らしを始めたころ。母のところへ行ったら母が「あんたええの着てるな。同じようなのを買ってきて」というので買ってきた。私は夏の間普段はほとんどこれを着ている。夏に長いズボンは暑すぎる。みじかめで軽いし裾から風が入って来て快適なのでこれを愛用している。母の依頼でこの手のを2~3枚買ってきて渡した記憶がある。母の写真を撮った。母との思い出をどんどん重ねて行きたい。できるだけ長く母と一緒にいたい。
2023.08.07
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クラス会でしみじみ感じた。会いたい人には会える時に会っておかないと会えなくなる。去年亡くなった幼馴染はクラスメートでもあった。彼女の訃報はあらかじめラインで私から報告していたけど、みんなショックを受けたらしく他県に住んでいるクラスメートもホテルを予約してまでやってきた。皆親を亡くしているような年代だし。これからどんどん訃報が増えていくかもしれない。中学高校と同級生はたくさんいるけどクラス会が多いのはこの中三のクラスだけ。一度もクラス会が行われていない学年もある。やっぱり会いたいと思って音頭をとって連絡してくれる人がいるからこそ実現できる。ありがたいなあ。なかなか人の先頭に立って計画するのはむずかしい。今日の体操の時。なぜか早口言葉で始まって水戸黄門の「人生楽ありゃ苦もあるさ]というのをみんなで合唱する。代表さんが早口言葉と水戸黄門の歌詞を大きな紙に書いてきた。体操クラブだったはずだけど、まあいいや。楽しければ(^^♪イベント好きアイデア豊富な代表さんが考えたのかも。もちろんその後は普通にいつもの体操。確かに歌詞の通り人生は楽ありゃ苦もあり。山あり谷あり。生きているうちに人生を楽しもう。エンジョイライフ。(^^♪
2023.08.04
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