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お天気も良く心配した電車が遅れることもなく、ちゃんと時間通りに式場に到着。早すぎるのでマクドでお茶をしてから式場に行ったのですが、夫コーヒーの飲み方がわからない。喫茶店でないところにはほぼ行ったことがないので。容器の開け方もわからないから孫ちゃんに爆笑される。式場への道中もうるさいし、歌うたうし、静かにし手と何度も後ろを向いて注意する。ちゃんとついてきてと気になって何度も振り返りながら。普段の買い物なら勝手に見たいものを見に行ったり、突然黙ってトイレに言ったりする夫。ここは夫の来たことないところだからちゃんとついてこないと探さない。置いていくよと何度も注意してきた。何とか無事到着したものの私たち(私、孫ちゃん、長女)はつくまでに疲れ果て"(-""-)"「途中で置いてきた方がよかったかも」などと言い合っていました。式が始まったら緊張のベールダウン。ちょっとドキドキして娘に言葉をかける余裕がなかった。気がつくと何も言ってなかった。わが子ながら今までで一番きれいでした。肩の出るウエディングドレスは上半身がきゃしゃな次女によく似合っていました。新婦にしては36歳ですがとてもそんな年には見えず結構初々しかった。先方の親せきの2歳くらいの子がぐずったりしていたけど、それも笑いが起こって和やかな雰囲気の中で行われました。新郎新婦が一口ずつ食べさせ合うなんて言うんだったかな?イベントとか参加者全員が幸せのお裾分けということでフォークをもってケーキを一口ずついただいたり。孫ちゃんが指輪を持ってくるリングガールを務めました。孫ちゃん緊張してがちがち。でもいい思い出になったようです。ママがきれいでうれしかったようです。ママの結婚式でリングガールを務める経験などなかなかできないしね。1時間ほどで終わって写真撮影。式場は神戸のモザイクの中にある式場なので海が近く海辺のいろんなホテルなどをバックにテラスで写真を撮ったんだけど、高層建築の後ろには山も見えて最高の景色。お天気も晴れてよかったし。ここで家族写真や二人で撮る写真を撮る。新郎が孫ちゃんを呼んで3人で撮りました。3人とも笑顔で幸せそうでした。マスクを取って写真撮影、いつぶりだろう。カメラマンさんが笑ってと言っても笑い方も忘れていました。そのあと一同でご飯を食べに行って解散。新郎が車で来ていて夫と二人家まで送ってもらいました。疲れたけど充実したいい一日でした。(^^♪娘を持った幸せを満喫しました(^^♪
2023.04.23
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母がホームに入って母がそれまで住んでいた県住を引き払うとき、母の本箱に宝石箱があるのに気がついた。そんな高価なものはなさそうだったけどホームには持っていけないので持ってきて私の部屋に置いている。私の知っている母は会社勤めをしていてアクセサリーに興味のある人ではなかった気がする。母の会社は工場でアクセサリーを付けて出勤するような職場でなく、母はいつそれらを付けていたのだろう?明日母の宝石箱に会った真珠風の3連ネックレスを借りていく。母がかわいがっていた次女の結婚式に母も参加しているような気がする。明日は母も式を見守っていると感じる。母も見守っている気がする。母には次女の結婚は話していない。多分次女の名前も覚えていないと思う。以前孫ちゃんの写真を見せた時もわからなかったから。次女が離婚したこともすぐに話せなくて少したってから母に話した。母の年代では離婚なんて言うのはほぼなくて多少の我慢はしても添い遂げる人が多かった。次女は子供のころおとなしかったのにずいぶん思い切ったことをしたなと母は私に言った。まるで次女が悪いことでもしたかのようないいようにびっくりした。離婚するにはそれなりの理由もあるけど細かいことまで話せなかった。当時健在だった父が結婚の挨拶にも来ないし、結納や結婚式も揚げないような結婚は認めないと言っていた。自分が反対して結婚を中止させようと本気で考えていた。父の反対を次女に言っても多分聞く耳がなかったと思う。私も不安はあったものの強く反対はしなかった。もし父が健在ならやっぱり自分の言った通り離婚して帰ってくるようになったなと言っていたかもしれない。離婚した時には父はもう亡くなっていた。長く生きてきた父の見る目は間違っていなかったということかもしれない。父が健在なら再婚を喜んでくれていただろうか?色々回り道をしたけど今度こそ次女が幸せになるよう祈りながら見守りたい。孫ちゃんのために再婚はやめておいた方がいいとかいうかもしれない。かわいがっていた孫の結婚をどこからか見ていてくれるかもしれない。亡くなった人の思いはわからない。想像するのみ。
2023.04.22
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先週母を脳外科に連れて行った日に足の裏が急に痛くなった。どうにか母を連れて行って翌日整形外科を受診。足の裏の筋膜炎ということで痛み止めをもらい、リハビリの指示が出た。そして今日は整形外科の先生の指示でリハビリ。ここのリハビリは去年も来ている。去年は外反母趾。11月から1月末まで行ってた。担当はNさんという女性療法士さん。シャキシャキした女性。結構受け持ちの患者さんが多くてNさんの予約が取れなくて、日によって違う男性療法士さんになることもあった。私は息子がいないから男性、それも若い療法士さんに足を触られるのはちょっと気を使う。Nさんはベテランらしく若い学生が見学についていることもある。実習かな?2月3月リハビリはなくてその間骨折、ようやく4月12日に骨折が直ってるから治療終了になったところ。すぐ翌週12日に今回の筋膜炎の初診。整形受診が続いている。これが年取るということなのかな?いつものように受付、健康観察(コロナのために新たに加わった)の後リハビリ室の前で呼ばれるのを待つ。私に前にはおばあさんが二人座っていた。おばあさんが9時半から来て待っているのに全然呼ばれないと隣のおばあさんにこぼす。隣のおばあさんが「聞いてみたら?」というからおばあさんがリハビリ窓口の女性に聞いてみる。おばあさん予約時間になってないのに呼ばれないと騒いでいた。何時に来ても予約時間でなければ普通は待たされる。他の患者さんもいるから当然。早く来たから早くしてもらえる早い者勝ちのところもあるかもしれないけどここは予約制。おばあさんは両ひざ手術したという。大変だったという。隣のおばあさんは家の中で転んだという。どちらも70代後半くらいかな?呼ばれてリハビリ室に入る。室内にはずらりとベッドが並んでいる。ベットの周りにはいろんなリハビリに使う道具が並んでいる。この治療に使うベッド、月に一度千円かかるらしい。私は障碍者ということでこれは要らない.治療は一回600円×月2回まで。3回目以降はただ。隣のベッドにはさっきの両ひざ手術のおばあさんがいた。見ていたらズボンの外側、足首から膝にかけてファスナーで開くズボン。ひざを見てもらうのにちょうどいい。こんなリハビリや診察用のズボンてあるのね。ベテランのNさんにいろいろやってもらいながら聞いてきた。やっぱり外反母趾や土踏まずがないからこういう風になりやすい?それも原因でしょうね。今回左だけどまた今度は右とか再発とかありうる?あるかもしれない。再発しないように歩いた後の足の手入れが大切です。フムフム、さすがベテラン療法士、いろいろな質問に答えてくれる。家で何をやったらいいかもアドバイス。今日は治療は短め。なぜかと言うと外反母趾と筋膜炎では決まっている治療時間が違うので今回は短くなるという。症状によって保険で時間まで決まっているらしい。ベテラン療法士の手による治療となんだか筋肉をほぐすという機械療法。あっという間に治療が終わる。後はまた来週。家でもできることは頑張ってねと言われて帰ってきた。家で言われたことを続けるのが大事らしい。体操のメンバーの人もここに通っている。腕が痛くて上がらないらしい。言われたことを全く家でやってなかったら次に行ったときに「やってます?」と聞かれたそうだ。「やってない」と答えたら「症状が逆戻りしている」と言われたそう。自分でも治す努力しないとなかなか治らない。Nさんも言ってた。私たちの治療は週に一回家でもやってもらわないとと。確かにそうだ。週に一度だけではなかなか効果が出ないだろう。歩くのに足の裏の痛みは薄れてきたけど、ずっと家にこもっていたら筋力が落ちた気がする。病院の待合の椅子から立ち上がるのに、2回失敗して3回目にようやく立ち上がる。いつもは一回ですっと立てるのに。足の裏の筋力が衰えたせい?またすんなり立てるように頑張ろう。まだまだ老け込む年ではない。年齢に逆らっていつまでも元気でいたい。また元気に外を歩きたい。多分今週21日の体操も休んで月末の28日の体操には参加できると思う。無理をしてぶり返さなければ。徐々に慣らしていこう。慎重に。
2023.04.19
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いやあびっくりした。午前中母を脳外科に連れて行って色々あってへとへとになって帰ってきた。帰ってお昼食べてボーっとしてたら。奇襲攻撃?次女の彼氏さんのお母さんが突然来襲。少し離れたところに住んでいらっしゃって、今日来られるのは知ってた。次女からもしかしたら夕方会ってほしいとなるかもしれないと予告はされてた。つぶやきにも書いた通り、今日は孫ちゃんの入学式が午後にあるからその時間は外して夕方と言っていたのに。電話もなくいきなりピンポンが鳴って。インターホンに出たら〇〇です。っていうからびっくりした。出てみたらお母さんがご挨拶に来ましたと言って手土産持参。玄関先であわただしく帰られた。わかっていたら玄関回りだけでもキレイにしておいたのに."(-""-)"彼氏さんが小さな声で今日の夕方と言っていたのはなしになりましたからって。ちょっと一癖ある姑さんかも。まあ私はほぼかかわりがないからいいけど。結婚式で会ったらもうそうそう会うこともないだろうし。次女が苦労するかも。とちょっと思った。まあ仕方ないよね。何もかも理想通りの結婚なんてないし。本人がいくらいい人でも姑に難のある人っていくらでもいるだろうし。きょうの感じでは彼氏さんはお母さんに頭上がらない感じだったし。とにかくいきなり奇襲は勘弁してほしい。初対面なのにアポなしってねえともやもやする。
2023.04.11
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母の脳外科受診に付き添う2からの続きです。診察が終わってタクシーを呼んだら女性運転手さんだった。仕方ないから何とか二人で乗せる。後ろからお手伝いしましょうか?と声をかけてくれる女性もいたけど何をどう手伝ってもらったらいいのかわからない。トイレにも連れて行ったけど、思ったより母の筋力が衰えていて一苦労。私も90歳になるとこういう風になるのかな?90歳で身の回りのことはすべて自分でできる。トイレもお風呂も自分でできるのが理想だけど、なかなか難しくなるのかな?年より笑うな行く道じゃという言葉がある。もちろん母のことを笑うつもりはないけどわたしも90になるとこういう風になるのかな?まず90歳まで生きられるかな?大きな病気をしないで長生きする。なるべく人の世話にならないように日常生活を送れるかな?だんだん足腰も弱ってくる。物事の理解力も落ちてくるだろう。出来ないところは人に頼るようになるのは仕方ないのかな?母の姿に将来の自分を重ねる。やっぱり足腰鍛えておかなくちゃな。
2023.04.11
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認知症の人の検査は技師さんは慣れているとはいえ結構大変だろう。検査が終わって診察を待つ。母の検査は一年に一度。一年ぶりやね。元気やった?と先生が聞いても母は無反応。私が今日誕生日で90歳になりましたと答える。先生が90歳かすごいね。頑張ってるね。おめでとうと言ってくれた。またしても母はきょとんとしている。知らない人と会話は難しいようだ。ホームのスタッフさんたちとは結構しゃべるんだけど。後は会計を残すのみ。タクシーを呼んでもいいけど夫が家に居るのではないかと電話してみたらいない!また思いついてどこかに車で出かけたらしい。仕方ないのでタクシーを呼ぶ。タクシーが来たら女性運転手。40代か50代くらい。母をタクシーに乗せるのは大変なので正直男性運転手さんがよかったと思った。
2023.04.11
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母の脳外科受診で朝から出かけていました。朝夫の車でホームに迎えに行って、脳外科へ。同じ町内だけどちょっと離れている。車で20分くらい。結構有名な脳外科で入院や検査の設備も整っている。MRIを先にとってから受診。MRIに呼ばれて行くと、母は技師の方と受け答えできないから私がすべて答える。母は立ち上がるのもできないから技士の方が持ち上げようとしたけど持ち上がらす。手伝いの人を呼んできて二人で母をベッドに持ち上げる。母は耳も遠いし何をされるか不安だったらしく声を上げた。怖かったらしい。かわいそうなことをした。もっと私が安心するように説明してあげたらよかった。
2023.04.11
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今のM家の写真も一応撮ってきた。母に見せるかどうか考え中。母はもう実家のことも姉のことも忘れているだろうか?母にもし見せて叔母がどうしているか聞かれたらどうしよう?色々考えてしまう。叔母が亡くなった話は母の耳には入れてない。覚えていてショックを受けて食欲が亡くなったりしたら困るし。母と面会してもそんな話はしないから覚えているかどうかはわからないし。ちょっと考えてみます。故郷は遠きにありて思うもの。母も故郷を思い出すことはあるのだろうか?認知症の人は生まれた家に帰りたがるという。帰りたいと言われても困るけど。亡くなったおばも入院していた病院で家に帰りたい、退院したいと亡くなるまで言っていたという。お墓参りで若くして亡くなった母の妹のE子さんの名前も見つけた。以前写真で見たことがあるけどきれいな人だった。後、同じように早くに亡くなった祖父の弟や妹たち。祖父がそれらの人たちの名前を代々の墓の横に石板に彫ってある。そして叔母の前に亡くなったおじの名前は書くところがなくて石板の裏側に彫ったという。叔母の名前もいづれその叔父の名前の横に彫ってもらうという。M家の歴史を伝える石板。感慨深いものがある。私の実家のO家には墓はない.代々あるお寺に納骨している。祖父母も叔父叔母もそして父も。いづれは母もそこに納骨する。M家とO家のルーツはT地区にあった。今回いろんなことが分かった旅だったな。
2023.04.03
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亡くなったおばに私の色黒はTの血筋とからかわれていました。今日いとこの奥さんのkさんに迎えに来てもらって母の実家に向かう途中聞いてみました。Tという地区はあるの?そこは亡くなった祖母の実家のある地区だそうです。その母方祖母と私の父方祖父は兄妹だったのは知っていました。それでその二人の実家の血筋で色黒と言われていたのを納得しました。つまり私の両親はいとこ結婚だったのです。Tという地区にはいったことがありません。Kさんは一度だけ祖母をその地区に車で送っていったことがあるそうです。今では母の実家のM家もそこにある祖母の実家とはほぼ付き合いがないそうです。祖母の葬式には祖母実家から当主が来ていたそうだけどそれ以来行き来がないそうです。
2023.04.03
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淡路島の母の実家に行ってきました。去年11月に母の姉の叔母が亡くなってお葬式にも行けてないのがずっと気になっていました。ようやくコロナも下火になり思い切っていってきました。明石港からジェノバ高速艇に乗って岩屋まで15分あっという間です。淡路島には明石大橋を通って高速バスで行く方法とジェノバ乗船の二つの行き方があります。船は明石大橋の下を通るので,橋の写真を撮ろうとした。お天気も良く明石大橋がよく見えましたが、写真は多少船が揺れるのとカメラを持ったおじさんが行ったり来たりしてなかなかうまく撮れず。岩屋に着くと母の実家からいとこの奥さんが車で迎えに来てくれていました。30年以上ぶりの再会。彼女は私と同じ年、同じ9月生まれです。でも嫁いだときは大舅、大姑、そして舅、姑が住んでいてさぞ苦労が多かっただろうと思います。彼女から見て大舅、大姑は私の祖父母、舅姑は私の叔母夫婦です。叔母は母の姉で長女だったから婿養子におじを迎えて実家を継いでいました。今は4人ともなくなっていとこ夫婦が家を守っています。いとこの奥さんはKさんという名前。今回Kさんは高速バスやジェノバの時間を調べてくれたり、迎えに来てくれたり大変お世話になりました。叔母にはお供えを、Kさんには気持ちだけお礼の品を持参しました。お昼ごはんはKさんのお手製ランチ。調理師免許を持つKさんの手料理大変おいしかった。写メはありません。お店じゃないから撮るのは遠慮しました。たけのこご飯、アサリのお吸い物。はまちの刺身、エビの天ぷら。酢の物。おいしくいただきました。Kさんはお兄さんの食堂を手伝っているそうで料理の手際もよくさすがのお味でした。それからお寺まで散歩がてら歩いていきました。多分昔も母とお寺に行ったと思うけど記憶にあるようなものはほとんどなく浦島太郎の気分。お寺までの道は田んぼや畑のある田舎道。ちょうちょが飛んでいて、鶯も鳴いていました。今どきこういう風景はうちの近所では見られない。家の前の川は昔のままで昔祖母が洗濯をしていたという話を以前母から聞きました。まるで昔ばなしの世界。さすがに今は川で洗濯する人はいないようだけど。帰ってお茶。Kさんお手製のケーキをいただきました。料理もケーキもお上手で家の庭はお花がキレイでした。素敵な奥様ですね(^^♪それから伊弉諾神宮に案内してもらいました。日本神話に出てくるあの有名な場所です。今日は日がいいのか花婿、花嫁さんがいました。そして神宮の庭の池では鯉が泳いでいて、鯉を奉納する儀式?を神主さんがやっていました。めったにこんなのは見られないとKさんがいうので最後まで見ました。Kさんは毎月お姉さんとここに来るそうです。Kさんの娘さんはまだ未婚なのでいいご縁が欲しいとお願いしているのだそう。うちも長女をお願いしましたが、はたして御利益は?(^^♪そして先ほどたくさんのお土産をいただいて帰ってきました。お土産の内容はイチゴにトマトに,海苔、せんべい。Kさん大変お世話になりお土産までいただいてありがとうございました。(^^♪お墓参りに行くつもりが春の楽しい日帰り旅行みたいになりましたが、楽しかったからまあいいかな?(^^♪
2023.04.03
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