2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全28件 (28件中 1-28件目)
1
せんだって、いきなり満開になった東京の桜でございます。 ここらへん、ナイスな桜並木は多いんだけれども、特にJAXAんトコの桜の枝振りがよろしい。さすがお国の土地。 そしたら今日は、この強風。 JAXAの前は桜吹雪でございます。 一気に散ってしまわないか、心配。 なんてな夜のドライブに、なんとなく思いついてした会話。「なあ、渡辺淳一って、いっつも小説家が人妻とかと不倫して、殺したり心中したりする小説ばかりでキモチワルイと思わない?」「いや、別に」「いやさあ、あのプロットって主人公が小説家じゃなくてもいいじゃん。成立するじゃん。小説家ばっかりなんだよ」「わはは。でも、変態は才能だから」「才能ってのは、小説家じゃない職業に主人公をシフトしても同じような臨場感で書けることだろ」「そうかもね」「妄想垂れ流しでしょ、渡辺淳一のしてることは。おえー、キモチワルイ」「あ、スーパー寄ろう。牛乳買わなきゃ」 外は春の嵐でございます。 ただそこには、いつまでもいつまでも桜が散っている夜の森があるだけでございます。
2007.02.28
コメント(6)
せんだってもCMの話を書いた私だが、なんだかテレビばかり見ているようで、恥ずかしい。 あのホラー小説&映画『リング』のパチ台のコマーシャルを見たんだけど。 映画のようにテレビからはみ出てきている貞子が、片手にボトルを構えたところで「リンス」とナレーションが入る。 どうやらオチなんだな。 これが面白くて笑えるっつーレベルなわけだ。パチンコパチスロの人たちは。 うーん、すごくつまらない。レベル低い。むしろ腹立たしい。 パチンコパチスロをする人って「この台は面白い」みたいなことを言うよね。 景品を換金できなくても面白いんだろうか。 絶対そんなことねえよな。パチは、換金できるから面白いんだろ。 金がかかっている状態でのストレスと解放の連続が単にスリリングなだけでしょ。 ぱちんこは風営法などで「遊戯」とされている。遊戯ってのはGAMEなんだけど、いわゆるゲーム(ニンテンドーとかプレステとかだ)と同じ、GAMEだ。 草サッカーや草野球などのGAME(試合のこと)、トランプやUNO、MTGなどのカードゲーム、鬼ごっこやかくれんぼなどのGAME、あとVIDEO GAME。 金が賭かってなくても、GAMEって面白いものだ。遊びだからね。自己目的化できる。 そこに「面白さ」しかないぶん、純度が高い。純度が高いということは、面白さのピークが高いということです。 パチンコスロの台をおもしろいとかいう人は、賭博している罪悪感を誤魔化しているのだろうか。 投機的な金儲けの面白さは、わかる。だったらより派手なギャンブルでもすりゃいいのに。んでなきゃ、会社を興すなんてのもバクチですよ。金儲けが面白いんなら起業すればいい。ていうか働けばいい。 遊戯が面白いんだったら、もっと面白い遊びがあるだろうに、なんで「リンス」みたいな程度の面白さで満足できるのか。えー? 超ダサい。 お金もうけも、ハンパ。 GAMEとしても、ハンパ。 ホントにパチンコパチスロは、ダメだなあ。
2007.02.27
コメント(0)
せんだって見たCMが気になっている。 大塚製薬の栄養バー「SOYJOY(ソイジョイ)」のやつなんだけど、みのもんたがエッラそうに能書きを垂れている。「小麦粉じゃなくて、大豆粉」とか言ってる。 大豆の粉って「きな粉」じゃなかったか。 同じ大豆の粉でも、きな粉と大豆粉って違うのか。 と思ってググったら、きな粉は「煎った大豆を挽いたもの」、大豆粉は「薄皮を除いた生大豆を粉にしたもの」なんだそうで。 なにしろみのもんたが言ってるもんだから、ウソというか、誇大な表現なんじゃないかと思い、非常に印象が悪かった。 TBS『朝ズバッ』のやらかした【あるある】以上の捏造や、目下薮の中のセクハラ問題を抱える、もんた。 みのもんたのお蔭で、大塚製薬のSOYJOY(ソイジョイ)がインチキな商品なんじゃないかと思っちゃった。 代理店も、もっと配慮したまえ。
2007.02.26
コメント(0)
2007年3月20日、鴨志田穣が死んだ。2007年3月27日 植木等が死んだ。さ、いっちょブワーッと行くか。見ろよ、青い空、白い雲、そのうちなんとかなるだろう。好きな人がどんどんいなくなる。
2007.02.25
コメント(0)
タレント加護亜依さん、引退へ3月26日20時31分配信 時事通信 「モーニング娘。」元メンバーのタレント、加護亜依さん(19)の所属事務所は26日、加護さんとの契約を解除すると発表した。同日発売の一部週刊誌で、喫煙の目撃情報が報じられ、本人が事実と認めたためとしている。 加護さんは昨年2月にも喫煙問題が報じられ、それ以来、謹慎中だった。事務所は「今回で2度目ということもあり、復帰は断念することにした」と説明。加護さん引退後の辻希美さん(19)とのユニット「W(ダブルユー)」の今後は未定という。 最終更新:3月26日20時31分 全国の喫煙未成年が、バイトや仕事をクビになったり、学校を退学されられたり、未来を失ったりしますように。
2007.02.24
コメント(14)
せんだって、世界水泳でやたらシンクロナイズドスイミングのことをテレビで見かけた。 シンクロといって思い出すのはドラマ『ウォーターボーイズ』でのかけ声。シンクロ!(チャチャチャ)シンクロ!(チャチャチャ) この圧倒的な違和感はどうだ。 そして、フジテレビは巧いので、『ウィーターボーイズ』合わせで選手権みたいなことまでやってたが、それはまるで、そういう世界(全国の高校で男子シンクロナイズドスイミングが行われてて、地方の予選を勝った高校が集まる全国大会がある)が元々あったかのように見えた。すばらしい虚構構成力だ。 ドラマの中ではシンクロ!(チャチャチャ)シンクロ!(チャチャチャ) というひどく珍妙なエールが、なんだか当り前に使われてて、こっちもそれを受け入れていたが、いやいやいや、冷静になれ。 これが許されるなら野球!(チャチャチャ)野球!(チャチャチャ)も、アリってことになる。野球ならまだいい。応援するっつー文化がある。ゴルフ!(チャチャチャ)ゴルフ!(チャチャチャ)とかになったらどうなるのか。うるさくてかなわん。誰が責任をとるのか。スポーツならまだいい。声援を送るってのはそれだけじゃない。合格!(チャチャチャ)合格!(チャチャチャ) 進学塾の壮行会とかで叫ばれるエール。頭悪い。合格する気配がゼロではないか。 そして声援というのは心からの願いだ。蘇生!(チャチャチャ)蘇生!(チャチャチャ)みたいなことがICUから聞こえて来る日が来るかもしれない。来ない。
2007.02.23
コメント(0)
せんだってから世界フィギュアをやっている。なんだかキム・ヨナが気になるボクだ。細身で一重まぶた。ポイント高い。お国では「国民の妹萌え」とか言われてるらしく、まさか国を挙げての総アキバ系とは思わなかった。困るなあ。 浅田真央は「ノーミスをする」という表現を使うね。これが勝者のメンタリティなんだ、とか言われるとそうかと思っちゃうが、アメリカンなスポーツメンタルなんだろうな。 ところで、ミスが目立ちますね。 私が好きなフィギュアスケーターは、今も昔もこれからも、フィリップ・キャンデロロ(仏)だ。長野オリンピックから時間が止まっている私です。 審査のルールも変わったんで一概に言えることじゃないかもしれないし、そもそもフィギュアに詳しくないけど、キャンデロロとかプルシェンコは、基本技術は出来てて、ミス無しは当り前で、その上で表現力のレベルで勝負をしてた気がする。 ナン回転ジャンプが成功しないと勝てない、みたいな、できるかどうか怪しいワザの成功不成功で勝敗が決まるようなギリギリのスポーツではなかったはずだ。 最近のフィギュアは「転ばなければ上位入賞」みたいな、なーんか大味なスポーツに見える。 いや実際、どうなんでしょうね。魅了される、みたいなことが無さ過ぎる。
2007.02.22
コメント(0)
せんだって、オシム監督がこう言ったそうな。「(中村俊輔は)フリーキックだけの選手ではなくなった」と。 つまり、かつては、そういう評価をしていたということですな。 今日もフリーキックからの得点のみで、じゃあ、ウチとセルティックのなにが違うのかって思うよね。 強引なフォワードか。 シドニー五輪予選の時の高原は鬼神そのもので、とりあえずペナルティエリアにボールを投げたらなんとかしてくれる気配があった。いまその気迫とフィジックスを取り戻しつつある寿司ボンバーだが、なんだか周りと合ってない感じ。 「考えて走るサッカー」とかいう、愚にもつかないキャッチフレーズは忘れられたようでなによりだが、そういうサッカーテツガクつまりプリンシプルの不徹底があるではないか。いつものことだが。これは欧州のクラブチームとJリーグの差かというと、そうかもしれない。 自慢の気迫がチームの足を引っ張っているトゥーリオは、早くやめて欲しい。ガタイだけのDFは要らない。 プレイの自由に責任を課しているように見えるオシムのサッカーには期待している。 サッカー協会には、なんの期待もしていない。
2007.02.21
コメント(0)
せんだって、私の愛読誌のひとつである『サイゾー』の4月号が発売されてたから買った。読んだ。 オタキングこと岡田斗司夫(大芸大客員教授)が連載を持っているのだが、そこではメディアリテラシーについていろいろ書かれている。 今回は、岡田斗司夫が関西ローカルの情報バラエティ番組に出演した時の話。 若手お笑い芸人が「面白い人」のVTRを紹介して、それについてあれこれ言う審査員の役で出演したんだという。 それはそれとして、その番組についてネットやブログで書かれていることに、岡田先生は、頭がクラクラする思いだったそうだ。 ネットやブログで見ると、そのVTRはお笑い芸人みずからが企画して撮ってきたものだと思っている人がすごく多かったという。そんわけないのに。 「●●さんは、目のつけ所が違う」「●●さんは、面白い知り合いが多いんですね」とか書いてるんだって。 本当は、番組スタッフが撮ってきたVTRを、お笑い芸人が打合わせを経て面白おかしく紹介してる。芸人みずから目をつけたわけでも、知り合いを撮ってきたわけでもない。そんなん、見ればわかることだ。 で、岡田教授はこう思った。 「普通の人ってスタッフが見えないんだ!」 本文はもっと面白いので『サイゾー』の4月号を買って読んでネ。 岡田斗司夫は、20年ほど前の素人のころから、ロボットアニメを見ては「今週は韓国のプロダクションの作画だから悲しかったよな」みたいなことを話し合ってたような人である。 早くからテレビ番組をスタッフの「仕事」として鑑賞・評価してた。 オタクは「監督買い」とか「アニメーター買い」とか「声優萌え」ってことをするくらいなんで、テレビ番組の向こう側にスタッフがいて、彼らがどのような仕事をしているかもだいたいわかって見ている。 オタクにとって、これが「普通」なのね。 だから、「フィクションと現実の境目があいまいになってしまう」オタクってのは、定義的にありえないことなのね。とはいえもちろん温度差はあるから、オタクを自称する人がすべてそうだってことじゃないけど。 んでも、だからこそ岡田斗司夫は、「普通の人」がスタッフワークをあまりに意識していないことにクラクラしちゃったんだろうと思うし、世間では「普通の人」の方が多数派であることを考えると、「あるある問題」のようなことは、まあ当り前にあると思ったほうがいい。 オタクと違って「普通の人」は、フィクションと現実の区別がつかないんだから。 というか、創作が作り話なのか本当かなのかということに興味がない、っていうか。 これは、趣味や資質ではなく、訓練の問題なんだけどね。オタクは訓練される環境にいる。 だから、オタクの中でもメディアリテラシーが高い側の人間にとって、たとえばテレビ局があっちの番組でマリア・シャラポアのニップルを取上げ、こっちの番組で「ロリコン」を人道犯罪のように嘆いてみせる振る舞いをすることの、意図はわかりやすい。 視聴率が欲しい。 見せたいもんは、ティーンのエロス。数字が取れるコンテンツ。 でも、そのまま出したらいろいろ問題がある。免許もあるし、公器だし。 だから、スポーツの枠に入れてみたり、憤激している踊りを見せたりしている。 切り口は違えど、「ロリコン」が数字を取れるジャンルだから、電波で流している。 罪だとか、悪いことだとか、それほど思っちゃいない。そうでなきゃプチエンジェル事件がないがしろにされた意味がわかるめえ。 「許せない許せない、これ見てくださいイヤラシイ」って言いながら、それを見せて数字を取りたいだけだったりする。 昭和30年代以降ずっと下降トレンドにある少年犯罪を、増えた増えたウソをついている理由はわからんが、そういってると社会正義の代弁者みたいな立場を取ることができるんでね。あとまあ免許事業だし。 コメンテーター、みたいな人たちも、そういう番組の「空気」を読めないと番組に起用されない(プロデューサー面接がある)。だから、基本は芸者です。 だけどジャーナリストの肩書きを使ってる人は、芸者であってはいけない。大谷昭弘という人は、平気でウソをつき、意図的にデマを流布し、それがバレても謝らず、逆に、苦情を申し立てた人を脅迫者呼ばわりする、倫理の底が抜けた、わりと危険なタイプの人間なんだけど、番組に都合のいいことを話すのでテレビに出ている。 「普通の人」ってのは、多数派だから「普通」って言われるわけですけど、まあそういう世の中において、視聴率とか売上げがメディアのモノサシになっている現状は、僕はすごくイヤなんですね。イヤって言うか、怖い。 そういうことを、岡田斗司夫のテクストと、前回の日記のコメント欄を読んで、まあ、思ったわけです。
2007.02.20
コメント(5)
せんだって、週刊文春で取り上げられてからテレビでもけっこう流されてるようですが、子供のTバック水着姿のDVDがけしからんとかなんとか。 自分でネタを探さずに後追いでオイシイものを、みたいなことですよね。 いや、世の中、そういう商品があるんですよ、奥さん。 イメージビデオってんですか。 ほら、山口百恵が何歳の時に「♪あなたに女の子のいちばん大切なものをあげるわ」と唄ったかは知りませんが、まあ間違いなく「児童」の時ですよ。あのノリ。 (いまWikipediaで見た。 >1974年(筆者注:15歳の時だね)『ひと夏の経験』がヒット。年端のいかない少女が性行為を連想させる際どい内容を歌うという、いわゆる性典ソング路線が話題になり絶大な人気を獲得する。歌詞の内容は際どかったが、辺見マリや夏木マリ、あるいは70年代に復活した山本リンダなどのセクシー路線の歌手と違い、百恵は年齢が低くビジュアル面では純朴な少女というイメージだった。歌とビジュアルのギャップ、それに伴うある種の背徳感が、百恵の人気を独特なものにしていったと言えるだろう。これは百恵の芸能人としての資質によるだけではなく、所属事務所やレコード会社による周到なイメージ戦略のたまものでもあった。 だってさ) んで、今日の『スタ☆メン』(フジテレビ)でも、この後追い企画をやってて。 車載テレビで聞いてただけなのでよくわかんないけど、弁護士の橋下さんがワーって言って、太田光がワーって言い返すっていう感じだった。 橋下さんは、「人間の遺伝子に、こういうのを楽しめる情報は乗ってない」的なことを堂々と言った。 なにゲノムの話なのかさっぱりわからないが、きっとペドフィリア(幼児性愛)のことを言いたかったのではないかと思うが、それは確かに病気で治療せんとイカンが、いわゆる「児童ポルノ」って明らかな矛盾を抱えてて、年度で数えて18歳以下が「児童」とされてるけど、民法では女子は16歳から結婚はできてさ、ってことは未婚か既婚かで性的にアンタッチャブルな差異つまり差別があるってことでさ、このこととそれを踏まえた大人社会の振る舞いが、女子の自意識そのものにいかなる影響を与えているかっていうと、とっくに性的な存在になっている自分と「そうじゃないゾ」っていう矛盾を抱えたルールの間に挟んで無意味に悩ませ、不幸な場合はそのストレスが罪の意識ナシの援助交際に駆り立てたりする可能性もあったりするわけだけど、まあ10歳のTバックは悪趣味ではあるよね。じゃあ何歳ならいいのか。分別のつく歳になったらTバックはオッケーか。人間は、何歳になったら分別と呼べるものを身につけることができるのだろうね。児童ポルノは外国は厳しい罰があるとか、日本は特に野放しとか言われるけど、ウソだしね、ウソっていうか「あるある問題」と同じようなケースっていうかさ。「児童」って言葉の定義が間違ってて同じ言葉に意味が数多く重なっててワケがわからなくなっているまま法律の名前になってる結果、守られるべき対象へのケアが最も薄い。 まあ、まとめると、今回の『スタ☆メン』のように、ロリータコンプレックスとペドフィリアを混同したまま議論を白熱させても意味がないからやめたほうがいい、世の中にとってかえって危ないから、ってことでしょうか。 ペドフィリアは病気で、ロリコンは普通の人間です。 ここをはっきり分けないと、危ないんだって。 普通じゃないと思う人は、山口百恵、安藤美姫、浅田真央、ミシェル・ウィー、シャラポワ、モーニング娘。、新垣結衣、おニャン子クラブなどが、メディアでどのように消費されている(いた)か、ちょっとは考えてくれ。頼むから。
2007.02.19
コメント(16)
せんだってから三月弥生の春である。 三月年度末の風物詩といえば、道路工事だ。お金があればいろいろイイコトができる部署もあるだろうに、例えば待機児童問題とかだけど、それはそれとして、ただ穴を掘って埋めるという完全な無駄な税金づかいが、おおっぴらになされている。すごいことだと思うけど、慣れというのは恐ろしい。気にしなくなってるでしょ。 夜に車で走ってたら、道路工事で渋滞してた。 警備員のコスプレをしたおばちゃんが、交通整理の棒振りをしてた。コスプレじゃなくてホントに警備員だったかもしれない。 このおばちゃん警備員、空前の渋滞を引き起こしながら、棒を振るでもなくぼんやりとしてて、そりゃもうものすごく危なかった。 片側通行の先頭でずっと待たされてるトラックの運転手とかは殺気立ってて、むりやり曲がったりしてる。 あまりにも進まない渋滞の後ろのほうで苛立った車の運転手も、はるか遠くから右折レーンに侵入してきて、で、どうなるかというと、渋滞の先頭は道幅一杯、整理されていない自動車で埋まりつつあり、各自の判断で動こうとしている。 最高に危ないこういう状況で、おばちゃん警備員は、ピカピカ光る棒を持ったまま、なにもしていない。本当に。 十字路なんである。 十字路に、四方向から車が進入してきてて、交通整理すべき場所にいる交通整理を任されたおばちゃんは、まあきっとどうしていいかわかんなくなっちゃったんだろうけど、時々思い出したように棒を振る。車を促すのではなく、待ちきれなくて勝手に入ってきた車へのリアクションで、棒を振っている。すごい鈍感力。轢かれても気がつかないのではないか。 振り方もファニーで、意図がわからない。 横向きの棒を下から上に振るのは、ススメなのかトマレなのか。 そんな様子なので、各自の判断に任されたのだろうと、四方向の車は互いにアイコンタクトを交わして、一台ずつ交差点を抜けているという状況。 妻は、運転したことない人間に交通整理を任せるなと激昂していた。激しく同意した。 不景気ですし、別にだからどうとか言うつもりはないけど、田嶋陽子センセみたいなタイプの人に、こういう現実を突きつけたいと思ったね。 人間、向き不向きはある。 こういう人は、惣菜屋とかに勤めて欲しい。好き好んで交通の現場に混乱を生むことはなかろう。 でも、それはそれで、惣菜屋のレジに空前の渋滞を引き起こし、苛立った客に春雨なんかをぶつけられてしまうのかもしれない。 多重衝突事故の原因になるよりはマシだけどな。
2007.02.18
コメント(0)
せんだって、風呂上がりにビールを飲みながらニュースを拝見してたら、なんですって、中国では「毎月11日は『並ぶ日』」キャンペーンとかいってるじゃないですか。 もちろんオリンピックまでに人並みの国になろうという悪足掻きなんであるが、ひどい。 ビール片手に「そこからか!」と嘆息したね。 並ぶ、ということを未だに知らないわけです。北京の人たちは。 来年のオリンピックまでに並ぶというお約束を身につけなければいけない。 まったくのゼロから始めないといけないのか、あの国は。 いやいや、国によって文化は違うだろう。キレイゴトではそうです。 でもさあ、「順番に並ぶ」って、文化というより文明でしょ。 ある程度、人間が多く集まっている都会であれば、わりと自然発生的に行列って守られるものじゃん。 順序良く並んだ方が、結局みんな得をするから。 人が多いとこでは、並ばないと余計な混乱が増えて苛立ちが治まらないでしょ。 都会の知恵として、行列はうまれるものでしょ。 中国の首都ってのは4000年の間ずっと都会なのに、なんで未だに並ぶ知恵が生まれる環境が整ってないんだろう、って、まあわかるけど。 世界四大文明だとか、なにかと歴史を自慢する中国ですが、未だに近代以前の文明レベルじゃないですか、これじゃ。 オリンピックで恥をかかなきゃいいよな。
2007.02.17
コメント(0)
せんだってから大人気の、地元に道路を作るのが得意な閣僚・松岡農水相ですが。●国会で「水道にナントカ還元水を取りつけた」と言った。 みんなそれを聞いたし、記録も残ってる。●民主党の議員が見に行ったら取りついてなかった。 極めて高価な水ということでボトル入りのミネラルウォーターではないかと取り沙汰されているが、まあ待てよ。 水道に取りつけていなかったんだろ。 もうそこで終わりでしょ。 はっきりウソじゃないか。子供のウソよりお粗末じゃないか。土壇場に弱い。能力が無い。 国会議員が帳簿で小細工してることくらい常識なんだから、民主党は身内の生贄は置いといて、国会で粗末なウソをついたという現行犯で突っ込めばいいのに。 左舷、弾幕薄いよ、なにやってんの? とブライトさんも言っている。 で、確定申告の用意にてんてこ舞いの私だが、今年の水道光熱費には、ありったけのミネラルウォーターの領収書とナントカ還元水発生装置「コスモクリーナー」の領収書、その他ワケのわからない冷暖房の領収書、静止軌道上に配置した人工太陽の領収書、ベランダに置く予定の小さなビニールハウスの領収書を用意して、999999999999999999999億兆円つけといてやった。 今年の水道光熱費はなんでも通るに違いないからな。 あ、ウソです。冗談です。
2007.02.16
コメント(0)
せんだって、迷い鯨を移動させようとして船がひっくり返された事故があった。 人が亡くなっているのでなんだが、近年、鯨は賢いとか、鯨はかわいいとか、鯨は癒しとか、そういう風に言われすぎてたことでの、なんというのか、甘えというか猛獣を舐めた感じがあったのではないかと感じている。ペット感覚というか。 メルヴィルの『白鯨』やC・W・ニコルの『勇魚』を引くまでもなく、マッコウクジラは畏れるに値する獰猛な生き物だ。捕鯨をする人たちは知っていただろう。鯨は、命がけで相手をしなくてはならない「敵」なんだろう。 迷い鯨や、浜に乗り上げてしまった鯨は、昔なんかはきっと、天の恵みとばかりに食べられていた。鯨を無駄なく食べる文化圏では、鯨は「そういうもの」だった。 ペット扱いして守ったり救ったりしていいものではなかった。畏怖すべき生き物だから舐めてはいけないのだ。 きっと人間が動物にやっていいことは、殺して残さず食べることだけだ。 今度また迷ってきたら、曳航してお助け申し上げるなんていうおこがましいことはグリーンピースとかせんだって日本の捕鯨船に体当たりした国際無知テロリストの船に任せればいい。 無理してあぶないことをしなくてもいいと思う。
2007.02.15
コメント(0)
せんだって日記を書いてるオッサンはオッサンなので『あいのり』が大好きなんだけど、そのことで妻にイヤミを言われることもしばしばなほど、それはそれは好きで見ているのだ。 ゲーム理論の公開実験場だからというだけでもなく、悪魔的演出と野放しドキュメントの境目をこれほど面白く見られるコンテンツはなかなかないって。 ほんで、今週のはまたことさらおもしろかった。 ウザいバカップルの女性のほうが、男性の気持ちを試すというタブーを犯すという流れなんだけど。 やさしさを試すために、ワザとつれなくするという。そのつれなくする仕方が理不尽で頭がおかしく、私の予想では人格障害レベルの行動ルールで、身近にいたら迷惑この上ないタイプ。 それはまあ、テレビの中のことなんでどーでもいいんだけど。 そういう風に演技して男の気持ちを試そうというのなら、金取ってやらなきゃダメだ。 ああいう酷いことを、タダでやってはいけない。絶対。 演技を見せて気持ちを揺さぶろうというのなら、これからそうしますよと宣言して、お金を取ってやらないとダメなんだ。スジが通らない。
2007.02.14
コメント(0)
せんだって聞いた話。 ある売れない役者がいて、活躍の場は電波に乗るような類いのものではなく、レンタルするか買うかしないと彼の仕事っぷりは見られないわけだけども、それは置いといて、イヤがる女の子を水槽に沈めて責め苛むシーンの仕事を受けた。 『野生の証明』で言えば、薬師丸を責める脇役のアレですね。 台本を読みながら出番を待ってると、沈む女の子役者とヘアメイクとの会話が聞こえたという。 「私、パニック障害で、混んでる電車とかにも乗れないんですよ」 もうね、当然なんだけど、彼は嫌な予感がしたというね。 しかし、ペーペーで、他に仕事がたくさんあるでもない彼は、そのシーンを台本通り演じることにした。 シーンが始まって、女の子の顔を水中に押し込んだとたん、手応えが消えた。 ほれ見たことか。 あわてて引き上げると、女の子はテンパった顔で、深く速い呼吸をしている。 過換気症候群。過呼吸だ。 予想通りだ。 ヘアメイクの人が、ビニール袋を持って来た。 驚いたことに、ディレクターは過呼吸を知らなかった。何が起こったか理解できず、ぽかんとしてたという。 ディレクターがそうなんだから、他のスタッフもそうで、総出で無知にしてキョトン。怖い話だ。 過呼吸のケアができるのは、演者である彼と、ヘアメイク、そしてハッハハッハ言ってる女の子当人しかいないという有り様。 彼は、なんでパニック障害の女の子をこういうシーンに起用するのかが理解できなかったのだが、知らねえんじゃしょうがない。 知らないというのは恐ろしい。 無知ゆえに、あやうく女の子ひとり殺すとこだったじゃないか。 まあ、もっとヘンなのは、その女の子はこういうシーンだとわかってて仕事を受けたことだ。ビニール袋を被るハメになることくらい簡単に予想できるはずだ。 何を考えているのか、なにも考えてないのか? うーん、やはりただ仕事が欲しいのかなあ。
2007.02.13
コメント(0)
せんだって、また警察官に呼び止められ、ふたりのおまわりさんに取り囲まれて荷物を見られた。白昼堂々、新宿駅で。 残念だ。 新宿駅の地下といえば、いまや条例違反となったスカウトマンの集団が我がもの顔で闊歩する無法地帯なのだが、なんでソイツラに眼もくれずオレに来るのか。 連中の顔を見れば、ポケットナイフやエクスタシーの1個や2個、簡単に出てきそうだぞ。ノルマ稼ぎなんだったら、そっち系のイタいホストっぽい男に当たればいいのに。お巡りさん、ホストが怖いのか? 確かにオレの風貌は人畜無害だ。言うまでもなくエロカッコイイちょい不良だ。 しかし、周りにひと目でわかる犯罪者がぞろぞろといる中で、オレだけ(というか、おとなしそうなオタク)に目をつけられて職質されるのは、気分が悪いだけでなく、警察不信に拍車がかかる。 だってオレ、なにもしてないし。アイツラはいままさに現行犯だし。もうなんなんだよ。 カバンの中をいやらしく覗かれたわけだが、オレに眼をつけたのは腰にぶら下げたチョークバッグを怪しんだんだと。 ナイフを持ってるヤツがいるから、とか言ってた。 ケータイと煙草ですよ。ナイフをお探しなら、オレじゃなくて向こうのギャル男が持ってそうだろうがよ。 いやしかし危なかった。 なにしろそのときエロカッコイイジーンズのポッケにはナイフはなかったが、RPG-7や89式装甲戦闘車や戦術核やスパイ衛星やF-2が剥き身で入ってたからな。そして財布には「実弾」が二、三枚。トートバッグにはデスノート(本物)もあった。これが見つかったら大変だったわい。 あとたまたま持ってなかったが、すっごくいやらっしいものを買った後だったら、なんだか恥ずかしい思いをすることになってただろう。 まあ、なにもない男を職質したんだからなにもなく解放されたんだけど、こんなことしてたらお巡りさんを嫌いになっちゃうよ。 嫌いたくないのに。 聞いた話だけど、バッグの中の裁縫セットにハサミがあったってことで、警察署まで引っ張られた女性がいたんだとか。バカみたいな話だ。 下のようなニュースもあるしさ。 いいかげんにしてほしいね。まじめにやれ。 お巡りさんの前を通るなら、言い掛かりをつけられっから、チョークバッグは使わないほうがいいよ。裁縫セットもご法度だ。なんなんだ治安ってのは。 <犯罪警官>警察の匿名発表相次ぐ…身内に甘い体質に批判 1月22日3時6分配信 毎日新聞 警察官が犯罪にかかわった事例で、警察が「逮捕していない」などの理由で容疑者の実名発表を拒んだり、発表自体をしない例が全国で相次いでいる。収賄容疑のほか、傷害、万引き、飲酒運転など民間人であれば逮捕されてもおかしくないケースばかりで、身内に甘い体質に批判が出ている。(以下略)
2007.02.12
コメント(2)

せんだって、すげえ天気が良くてさらに妻が家計の足しにとパートタイムに出ているのをいいことに、ひとりドライブに出かけた。 行き先を決めずに、エコ車のHDDプレイヤーに山口百恵の2枚組みCDを飲ませるくらいの距離を走ろうと思ったら、神奈川の外れにある大型ショッピングモールに着いた。 写真はそこで撮ったもの。 チントンシャンときてウチと握手どすえ、とか言うんだろうな。 私は妻への土産のプリンを買い、茶漬け食べて帰った。
2007.02.11
コメント(0)
せんだってバルセロナの選手の名前が耳に入って、口から出た言の葉。 虞や、虞や、汝をグジョンセン いや実は、いつか用いる機会があろうかと温めていた駄洒落だが、よく考えるとそんなチャンスを待ってることがアホらしくなった。 出来はいいのに使う機会がない駄洒落を如何せん。
2007.02.10
コメント(0)
![]()
せんだって、『涼宮ハルヒの憂鬱』を読了。 いまさら読んだのは、なんか読んどいた方がいいのかなって。言い訳じみてるなあ。マンガやアニメではなく、小説で読んどいた方がいいと思った。 ハルヒは「鳥坂センパイ」に似ていると思った。 鳥坂センパイというのは『究極超人あ~る』の登場人物だ。 余談だが、『究極超人あ~る』と『げんしけん』を巡って、オタクの世代間格差に関する極めて面白い話があるようだが、詳しくは[鳥坂センパイ]でググって欲しい。 『ハルヒ』にはいろんなタイプの女の子が登場する。萌えたかというと、別に。読者にとって都合のいい女というか、マーケティング主導の気配さえするティピカルなキャラクターに感じられ、オヤジである私はちょっと、もう、いいかなって思った。 『ハルヒ』は、主人公・キョン(男子高校生。八丈島生まれかどうかは知らない)の一人称で書かれる小説だ。ハードボイルド小説のようなニヒリスティックな語り口。フィリップ・マーロウのようだが、やせ我慢をしたりはしないし、女性に裏切られたりもしない。 オリジナルである小説版のいいところは、主人公が一人称で語り、姿が見えないことだと思う。これをアニメにしたりマンガにしたりしたら、この作品のアドバンテージが台無しではないかと思うのだが、マーケットの様子を見るとそうでもないらしい。これは、このラノベがどのように読まれたかってことについて示唆にあふれる状況だと思う。キャラかー。ライトねー。 『ハルヒ』のお話は、SF的なアイデアをメインに展開する。あの時期、このアイデアで一本お話をこさえたのはすばらしいと思うが、残念ながら私は『ハルヒ』の前に『万物理論』を読んでいた。 『ハルヒ』ファンのみなさまには『万物理論』も読んで欲しいと思う。 読んだ後は身体が戦き、チャクラが開く。数学から悟りに至るプロセスを小説で顕されたら、誰だって興奮する。読むMDMAだ。同じアイデアでここまで「速い」作品を書けることを、私は知っちゃってたんだね。『ハルヒ』は「遅い」のだ。 でね、いまや、フィクションの活字を眼で追うことが苦痛ではなくむしろ習慣になっている集団はオタクくらいのものですから、なおさら読んで欲しいんだなあ。『ハルヒ』が好きなら絶対に『万物理論』で興奮できる。興奮できなきゃそれは『ハルヒ』が好きなんではなく、都合のいい女の子たちに囲まれたぬるま湯のような青春が好きなんだってことになる。そんなん、誰だって好ましいに決まってるじゃんね。あの小説を唯一無二のものにしているのは例のアイデアなんだから、例のアイデアの部分でピンとこないんであれば、『涼宮ハルヒの憂鬱』ではなくてもラノベならなんでもいいということになる。 鳥坂センパイとフィリップ・マーロウが、綾波レイとラビアンローズとものわかりのいい東丈に見守られながら神の振るサイコロで強い人間原理を確かめ続ける、生暖かいディラック宇宙の中に居続けるか。 その虚数空間を素因数分解してこなごなに砕いて飲み込む境地に到るか。 ってなことを考えるのは、私が第2世代のオタクだからなんだろう。つまりオッサンチルドレン。
2007.02.09
コメント(5)
せんだって見たネットニュースで、いささか古い話題ではあるが。 【中国】ジダン氏「中国人選手は乱暴」チャリティー試合拒否3月2日18時38分配信 サーチナ・中国情報局 確かに中国の観客は質が悪く、中国のサッカーは乱暴かもしれん。オリンピックを主催するなんていう悪い冗談がいよいよ間近になってたりもする。 しかし、ジダン、お前が言うなと。 このニュースバリューはそういうことだろう。 ジダンが自らの引退試合かつワールドカップの決勝で、チョーパンくれて退場になった時に気に障ったことがあるんだけど。 マテラッツィ(伊)がジダン(仏)に「悪い言葉」を投げかけて、ジダン(仏)がカチンときてマルセイユ仕込みの本場の頭突きをかましたわけですけれども。 当時のニュース(主に報ステ)なんかでは、その時の「悪い言葉」は、母親か姉を売春婦に喩えたものだったと言われていた。 いわゆるfour letter wordsとかの、ごくごく普通の悪口である。 英語で、さのばびっち。 スペイン語では、いほでるぷーた。 日本で言う「お前のかーちゃん、でーべーそ」くらいポピュラーな悪口だと、普通の人は言ってたわけなんだけど、報道ステーションの中では「許されないこと」になっていた。 肉親を売春婦のように言う悪口は許されないと。 たぶん日本語の常識で、「直訳」したんだよね。ホントは、「意訳」しなくちゃいけない。仮にも「報道」なんだから、正しいニュアンスを伝えるのが存在意義だ。 ボキャブラリーが貧しい。 ジダンとマテラッツィの間にどのような問題があったかもわかんないし、ジダンがその程度のユルい挑発になるような人間だったってことも考えられるし、頭突き問題がどうだってこたないが。 いわゆるfour letter words的なものに過剰に反応した日本のテレビが、すげえ情けない。レベル低っ。 現実面でオピニオンをリードしているテレビのボキャブラリーが貧しく、それゆえに事実が曲がって伝播するのは、害だ。 例えば「リセット」。 ゲームに親しんでいる人間が言う「リセット」と、ゲームを知らない人間が使う「リセット感覚」は、意味が違う。 ゲームを知っていれば、リセットは「やけっぱちのちゃぶ台返し」ではないことを理解できる。 経験を生かした再スタートのことだ。 だから、例えば追い詰められた子供が止むに止まれずやってしまった過ちに対して「リセット感覚」とラベルを張ってより追い詰めることで、「識者」と視聴者が安心するテレビ的な言説は、非常に危険である。 救われるべき人が誰も救われない上に、誤った認識で過ちを再生産する方向に世間をドライブするからだ。 相互無理解の拡大再生産。 だから、メディアのボキャブラリーが貧しく、それゆえに事実が曲がって伝播するのは、害だ。
2007.02.08
コメント(0)
せんだってからあったかい日が続き、もう春ですねなんて雰囲気の今日このごろであるが、今日の風は凄かったですね。 外に出る用事があれば、数多く記憶している「パンツ見えるスポット」の界隈をうろついたりもするが、家にいっぱなしでごうごうという風の音に脅えていた私だ。 で、ニュースかなんかで「強風にあおられる街の人」がしばしば映されるわけだが、だいたい女性、しかもスカート履いている女性の画が多い。 甚だしい場合は、スカートの裾から腰上までのクローズだったりする(顔を映さない配慮に見える)。 カメラ狙ってんだ。 きっと撮ってる。 で、放送されるのは、無価値な方の素材なんだ。 無価値、ってんじゃないな。ああいうのも趣きがあるよね。 でも、カメラマンが欲しくて待ち望んでる瞬間はボツになる。仲間うちで回してるのかな。 いずれにせよ、変な話ですよ。
2007.02.07
コメント(0)
2ちゃんねる管理者、敗訴43件も制裁金4億円不払い3月5日14時34分配信 読売新聞 「この掲示板には、ウソも書かれます」と看板を掲げたところに、ウソ(かもしれない)情報を書かれて不利益を受けたってことで、その正直な掲示板の管理人が民事で訴えられた件で、書いた人間ではなく管理人を訴える方もどうかとは思うが、最近法律も改正されたらしいから、管理人を訴える事案は少なくなるに違いないのだが、ひろゆきのケンカの仕方でさらにややこしいことになっており、背景にはもっとややこしいこともあるらしく、この事件についてどうこういうことはないが、 原告側は勝訴にもかかわらず賠償を得られない状態で、ネットの無法状態と司法の限界が露呈した形だ。 この記事を書いた読売の記者の頭は大丈夫か? 無法状態ならば裁判に成り得ないだろ。法が無いんだから。 裁判が成立し、しかも立派に敗訴してんだから、ネットに法の秩序が及んでいるってことのなによりの証拠だろ。 読売ってのは、こんなパープリンな記事上げても給料もらえんのか? 上司であろうデスクもこの記事を通したわけで、末端のいち記者がパーだってだけでは済まない。 部署まるごと、パープリンだ。 例のなりふりかまわないネットへのネガティヴキャンペーンなんだったら、もっとしっかりなりふりかまわないと逆効果ですよ。
2007.02.06
コメント(0)
せんだってネットニュースでみた爆笑記事。 細木数子の参拝作法は「誤り」 全国の神社から苦情 [ 03月01日 18時11分 ] J-CASTニュース まだ細木信者っているのね。 神社方面の人たちは弁えたもので、数子に抗議をしたりしないようだが、オレはこのブログでコップの中の嵐を楽しむぞ。 数子は、墓参りの作法や「私の紹介するお店で墓石を建て替えないと、アナタ死ぬわよ」という風な言動で財を成した人というもっぱらの噂ですから、お参りに関してはプロフェッショナルなわけです。 自分の専門分野で大間違いをしてて、それをテレビで全国に知らしめた。 すげえ、すげえよ。 どんだけツラの皮が厚いのか。 数子よりもよく当たる占い師のオレ様が、細木信者のお嬢さんたちに予言しとくけど。 細木数子の言うことを信じてたら、ど貧乏になって死ぬぞ。
2007.02.05
コメント(0)
昨日、六本木を歩いてたら、切込隊長こと山本一郎氏を見かけた。 本当にばんばん歩くんですね。 自分の脚で歩いて移動する社長。うむ。
2007.02.04
コメント(0)
せんだっての「Wiiと見立て」の続き。 Wiiのコマーシャルで私が一番驚いたのは、Wiiリモコンを飛行機のオモチャのように持って、そこにプロペラ機の効果音がかぶさってたヤツだ(つまり、モーメントではなく三次元座標を拾っていることがよくわかる)。 飛行機プラモデルの世界で、俗に「ぶーん、どぅどぅどぅ」と呼ばれる作法である。 完成したプラモデルを片手に、ドッグファイトや機銃掃射を演じさせて「ぶーん、どぅどぅどぅ」とつぶやき、悦に入ることをいう。プラモデル者の中でも、飛行機はけっこう年齢の高い人が多い層だ。たとえば石坂浩二などは超プラモ好きで知られる(彼が「ぶーん、どぅどぅどぅ」をしているのかは知らない)。 そういう分別の付いた大人でさえ抗うことができない「ぶーん、どぅどぅどぅ」の魅力。 Wiiリモコンは、飛行機はもちろん、飛行機の模型にさえ見立てることができるわけだ。操縦桿は言わずもがなね。 これはすごい可能性だ。 もうぜひとも4人プレイとかで『飛行機プラモ狂四郎』みたいな遊びがしたい。 いい歳したオッサンが集まって、あのリモコンを手に手にドッグファイト、「ぶーん、どぅどぅどぅ」という声をマイクが拾って機銃を発射、なぜかシムシティ的なゲームでこさえた【オレの都市】の制空権を争うこともできるなんてなオプションがあっていい。 ドライブゲームもさ、ハンドルに見立てるなんてお利口さんなことをするよりも、自動車そのものに見立てて、「ぶーん、ききーっ、ばいーん、ずががが、どかーん」とカースタントをしたいじゃないか。なぜかシムシティ的なゲームでこさえた【オレの街】のストリートレースなんていうオプションがあってもいい。 この面白さはなにかっていうと、積み木やママゴトの快感なんですよ。 この逆らい難い楽しさを、Wiiリモコンはがっつり鷲掴みできるデバイスなんですよ。 んでまあ、こういうくっだらねぇソフトが出ない限り、私はWiiを買う気になれないがするのである。 保守的なゲーマーだから、手触りが大事なんです。 一人称視点の『牧場物語』とかも歓迎する。鍬、振るうぜ。 飛行機のゲームは出ているが、お利口さんな作りだからあまり興味がない。
2007.02.03
コメント(0)
せんだって、見事に『ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス GC版』を終えた私だ。 実は私、Wiiを欲しいとは思っていない。 いまのところ、WiiはあのWiiリモコンをメインにしたソフトが多く、なんていうかひとりではさみしい。ワリオはもちろんWiiスポーツなどは、アレ、パーティグッズである。ふたり以上で遊んで最大のポテンシャルを発揮する遊具だろう。 ずいぶんせんだっての話になるが、Wiiのコマーシャルをテレビでばんばん流してた時に、感動したことがある。 Wiiリモコンの動きに効果音をかぶせたものなんだが、Wiiの楽しさって「見立て」なんだ! という、強い主帳を感じたのである。 あのリモコンが短めの棒状のカタチをしている理由がよくわかったじゃないか。 バット、ラケット、ゴルフクラブ、銃、釣り竿、ボーリングの玉、シャンパンボトル、筆、フライパン、手綱、ハンドル。なんにでも見立てることができる。フライパンはすげえ。 酒席の冗談では、『ぼくはAV男優』というゲームが欲しい、という企画案も出た。出すな。 フランスの思想家ロジェ・カイヨワは、遊びを四種類に分類した。・アゴン(競争)・アレア(偶然)・ミミクリ(模倣)・イリンクス(めまい) Wiiリモコンはミミクリを入り口に、眩暈と競争と偶然の幸運を楽しむようにできている。 これってすごいことなんですよ。 「見立て」というのは日本独特の感覚で、このへん、ゲームをバーチャルだから悪いみたいな言い草で毛嫌いしている右翼民族派のオヤジたちに突っ込みたいことなんだけど、Wiiはその日本独特の文化の上に乗っかった、伝統に連続した遊具なんである。 落語の所作で、手拭いを財布や帳面に見立てたり、扇子を箸や筆に見立てたりしますわな。 枯山水の庭や築山のある庭園なんてのも、川や富士山に見立てているわけ。 茶道、盆栽、日本画、歌舞伎も見立てを抜きには語れない。 見立てを解釈するのには、文化的な積み重ねが必要で、そういう意味でWiiがプロデュースする楽しさは、オヤジの好きな伝統文化と直結している。 ざまあみろ、と言おう。ざまあみろ。-続く-
2007.02.02
コメント(0)
せんだって、ニンテンドーゲームキューブ版「ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス」のオンライン販売ページから『ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス GC版』を買った私だが、さきほど、エンディングを迎えた。 いや、賞賛は結構。 すばらしい時間を過ごした。 終わりに思う感情は『のび太の宇宙開拓史』に似た、さみしい感じ。春にふさわしい、晴れやかな寂しさだ。 当然だが、ゼルダは終わりに向かって進めるようなビンボ臭いゲームではない。 ゲームの世界を触ってる時間を楽しむもんだ。 この愉快な時間をプロデュースするために費やされた知恵に、素直に感動する。 操作感覚はもちろん、細かな演出ももちろん、地図のデザインそのものに楽しさを狙った意図がある。任天堂のゲームがいいのは、こういうファイナルチューニングが粋だからだ。新世代ゲーム機のゲームは、大容量化の弊害でバグが取りきれないということが言われていて、もちろん本作にもバグはあるのだが、んでもいいやってくらいに、コントローラーを触っているのがキモチイイ。 マリオがジャンプ主体、ゼルダが剣振りアクションという違いだけで、ニンテンドーのフラッグシップタイトルの内容は、実はそんなに変わらない。気持ちいい身体感覚を大切にしているんだな。ゲームの操作と、実体験の感覚のリンク。実際にスライディングをやったことがある人はマリオの「やっふー!」が人一倍キモチイイし、実際に弓を引いたことがある人ほどリンクの射的に燃えることができる。 これって、すごいことなんですよ。 ゼルダみたいなのは、剣振りアクションゲームなんだけど、実際に面白いのは宝探しとか寄り道でね。 ああっこんなところに洞窟が!? とか。 あそこにあからさまに宝箱が見えるんだけどそこまで行くルートがわからん、とか。 なんてんでしょう。ガキの遊びの楽しさなんだけど、近いのは英語のscoutかなあ。ボーイスカウトのスカウト。斥候ですね。 勇者とかいって、まあ実体は偵察兵ですよ。 罠を解除したりスレスレのトコで躱したり、小さい足場を作りながら崖を登ったり、鍵をこじ開けたり、隠されたスイッチを見つけたり、カンテラぶら下げ洞穴遊びですよ。 「謎解きアクション」なんてカテゴライズしちゃうとアレだけど、斥候ごっこが楽しいのね。 で、マリオと違って、勧善懲悪のストーリーがあるわけです。「伝説」っすから。 気骨あるゲーマーの中には、いまさら物語なんて聞かされてたまるかという気分があるんだけど、しかしこの大作、しかも新型マシンWiiのラウンチともなると、体裁は整えないといけない。 勧善懲悪だから、はじまりと終わりは、そんなに思い切ったことはやりにくい。 今回のゼルダは、挿入される各エピソードの演出がザッツエンターテインメントで。 さすが、新しい遊びを提案するマシンのラウンチタイトルだ。 西部劇、騎士道ロックユー、ホラー、ちょいエロ、武侠モノ、ゴスロリ、西部劇、追跡劇、西部劇。今回のゼルダは、大向こうを張るエンターテインメントたらんとする、強い意志が見えたね。これはきっとWiiがそういう性格のマシンなのだろう。 いやなんかよくわかんねえけど、駅馬車ミッションは燃えたね。レッドデッドリボルバーってこんなんなんだろうな、やってねえけど。 本作はWiiのために作られたんだけど、ゲームキューブ版も通販でのみ売られている(GC版は鏡像世界である)。 オッサンがWiiでゼルダをやると、肩がめっぽう疲れるらしいので、ゲームキューブがちょうど良い。 でも、魚釣りだけは、Wiiの方が楽しいと思う。
2007.02.01
コメント(2)
全28件 (28件中 1-28件目)
1

![]()
