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今日は、おはぎを作りました。お彼岸は先週末だったでしょ、というツッコミが聞こえてきそうですがまぁ、あしからず。穀物菜食(マクロビオティックですね)の世界ではおはぎもお砂糖を一切使わずに作ります。お塩をしっかり使うことによって、食材に甘味が引き出されるんですね。だから、黄な粉の甘いこと、甘いこと!減塩すると、甘味が出ないから、どうしても余計なもの(=添加物)をいっぱい使わなくてはならなくなります。これは、先日の低糖度ジャムの話にも通じますね。穀物菜食料理では、かなりしっかりと塩をきかせます。私は、そもそも塩味大好き派なので割と自然に慣れました。疲れているなどは、特にすごく効きますね。今日は、☆あんこ☆きなこのおはぎを作りました。黒ごまのおはぎも作りたいところですが、我が家は息子がごまアレルギーなので、パスです。(根拠もなく、今はもう食べられるんじゃないかなと思ってはいるのですが)もち米は今日は使わずに、代わりにサトイモを入れました!これは、我が祖母から教わった作り方。お米の一割分ぐらいの量のサトイモを2cm角ぐらいに切ってご飯と一緒に炊きます。これで、もち米がなくとも、もっちりおはぎが作れるのです!さてさて、このお砂糖なしおはぎ、最初はびっくりします。これまで培われてきた概念が打ち砕かれるというのでしょうか。あの甘いおはぎを想像しながら口にいれると一瞬ぎょっとするかもしれません。でも、慣れてくると小豆の深い味わいがすごく美味しく感じてきます。今日の夫の反応がそうでした。一口食べて「普通の甘いのがいいな~」と言っていましたがその後は、うまいと言っていました。4歳の息子の反応はイマイチ・・・。そんなわけで、その後、普通の甘めのあんこ&甘めのきな粉も作りなおすことに。夕方、甘めおはぎを出したら、にこにこ喜んで美味しい!とぱくぱく食べてました。トホホ。急先鋒な改革は受け入れられませんね。ゆっくりと、ソフトランディングを目指さねば。が、どんなものかと思って私も少し食べてしまったら甘いものは食べやすいっ。食べすぎちゃいました。あ~後悔。・・・我が家は「完全穀物菜食!」「絶対に、肉、魚、乳製品、砂糖すべてNG!!!」と決めているわけではないです、今のところ。ハレのときには、お肉もケーキも食べてます。が、原則的に「北緯36度の生き方」をしたいなぁと思ってます。「身土不二」ですね。これは、人と土は一体であるという考え方のことです。人の命と健康は食べ物によって支えられている。食べ物とは土が育くむもの。それゆえに、人の命と健康はその土と共にある。つまり、その土地でとれるものを食べるのが人の身体に合っているということですね。これまた、尊敬する食生態学者の山田博士さんの提唱していることですが「すべての生き物は、あらかじめ食べるものが決められている」のです。私たち、人間の歯は、「臼歯:門歯:犬歯」が「5:2:1」の割合になっています。これは、「穀物:野菜:肉魚」を「5:2:1」の割合出食べなさいという自然の教えなのだそうです。私は、少なくともこれを大原則にしていきたいなと思って、日々料理をしています。
2007.09.30
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生落花生をゆでるのに、いろいろなやり方があるようですね。このゆで方が一番美味しいと思いましたので、アップしておきます。生落花生・・・250g落花生と水3.5カップ(700cc)、塩大さじ3を鍋に入れ、火にかける。沸騰してきたら弱火にする。蓋をして45分茹でる。茹で上がったらザルにとる。もし、圧力鍋をお持ちの場合は・・・落花生と水2カップ(400cc)、塩大さじ1.5を鍋に入れ、火にかける。おもりが回り出したら、弱火にする。おもりがゆっくり回る程度の弱火で8分。火を止めてから5分蒸らす。ザルにとる。普通のお鍋で茹でたほうが塩が効いてパンチのある味になります。圧力鍋使用のほうが、塩も食感もやんわりしている感じです。最近、週末になると、地粉(国産小麦粉)を使った子どものおやつ作りに精を出しています。今日は、黒豆黄な粉を使ったクレープを作りました。これはかなり美味しかった。また、子どもがお腹が空いて、騒いでいる時にいいのがすりおろしじゃがいもを使ったおやき。あっという間にできますので、ご飯まで我慢できないときにお菓子やパンを与える必要がなく我が家では非常に重宝しています。じゃがいも1個をすりおろしてボールに入れる。1に、地粉大さじ5、水大さじ2、塩少々を加える。好みの野菜を適当に加える。フライパンに油をひき、両面をパリッと焼いてできあがり♪ニラ、コーン、にんじん、枝豆、切干大根、ねぎ、たまねぎなど、割とどんな野菜でもそれなりのお味になります。大人の疲れたときの軽食にもいいですね。塩味が疲れた身体をびしっと引き締めてくれます。
2007.09.29
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東京・白金台。風薫るマンションの一室が『さろん楓(ふう)』です。ただいま開業準備中です。毎週金曜日だけ。1日2組限定。完全予約制。女性限定。サロン楓は☆手で触れること。☆潜在意識に働きかけること。☆気を変えること。☆語ること。☆食べること。こんな5つのコンセプトをもった、ちょっと“楓(ふう)変(が)わり”なサロンです。世の中では、日々新しいものがどんどん誕生しています。変わっていくもの、新しいものは、きらびやかで、それはそれで愉しい。ワクワク感があります。でも、他人が作り出した変化ではなく、自分の中で起きた感情の変化、感覚の変化のほうが実は、絶対に面白い。実は、これも自然のなせる業なんです。自分の中で生まれる自然~感情、気持ち~に目を向けてみませんか。 自分の中にある自然のうつろぎを共に愛でる、そんなスローライフを送ってみませんか。「元祖、女性は太陽だった」こんな有名な言葉がありますがそれは、現代でも変わらないと思います。いい笑顔の女性がいたら家庭が、職場が、地域が明るくなります。お母さんが幸せに笑っていたら、子どもが、家族が変わっていく。女性の笑顔は、社会を良くする力です。さろん楓はそんな女性の笑顔を応援していきたいと思っています。コースは1つのみです。セッションはこんな流れを予定しています。ぜひご期待ください。---------------------------------------<杏コース> トータル180分---------------------------------------☆ハンドリフレクソロジー☆すべては「手」から生み出されます。だったら、それは優しいほうがいい。まずは、あなたのその手をゆっくりケアしていきます。↓☆木のリーディング☆ 木は成長のシンボルです。あなたを木に例えるとするとそれはどんな木?まだ見ぬ可能性は?木は成長し続けます。これからどんな成長を遂げることができるか、リーディングしていきます。ぜひ、自分を越えた自分に出会ってください。↓☆ヒーリング☆あなたという木がすくすくと成長していけるよう、さまざまな障害や滞りをとりのぞくために、周囲の「気」を動かし、変化させていきます。これが気分転換上手への道です。↓☆語り・呼吸法☆リフレクソロジー、リーディング、ヒーリングのセッションを通してわかるあなたの今についてお話しましょう。人は、自分の感情を語ることによって、カタルシスを得ることができます。常に自分自身でいられるよう呼吸法も共に習得していきましょう。 ↓☆お食事☆食べるとは、文字通り、人を良くしていくこと。エネルギーが動くとお腹が空きます。ゆったりとリラックスしたところで、セラピストと共に旬の美味しいお食事を頂きましょう。基本的に、肉、魚、乳製品を使わない穀物菜食を提供させていただきます。--------------------------------以上、さろん楓からの「Coming Soon」のお知らせでした!
2007.09.28
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今、「低糖度ジャム」なるものが出回っています。今月の始めだったでしょうか、日経新聞に「健康を考える人に低糖度ジャムが人気」という記事が載っていましたね。そんなわけで、スーパーにリサーチに行ってきました。「砂糖不使用」のジャムがある、ある!「砂糖・保存料・着色料不使用」ときた!でも、ですよ。そもそも、ジャムって、お砂糖によって防腐、殺菌しているからこそ保存できる食品になっているのです。だから、お砂糖を使っていないジャムは、もうジャムではないと言っても過言でないでしょう。そして、本当のジャムは、砂糖が保存料になるわけですから別に保存料を添加する必要なんてないはずなのです。着色料に関しては言語道断ですよね。ちなみに、ジャムにおけるお砂糖の役割は、甘味をつける以外に●殺菌、防腐効果●くだものの水分を引き出す●とろみの素であるペクチン(果物の皮や種にある成分)の作用を促進という働きがあるのです。通常、手づくりでジャムを作る場合お砂糖の量は、50-70%です。最低でも30-40%。これぐらいだったら、お砂糖だけでれっきとしたジャムが作れます。これ以上お砂糖の量を減らすと、ペクチンの働きを引き出せないのでとろみがつきにくくなります。また、日持ちも悪くなってしまうのです。ですから、砂糖不使用の低糖度ジャムはその代わりに何か別のものを使っているわけなのですね。言い換えれば、砂糖は使わない代わりに他の「便利な」何かを使うのです。それは商品によってマチマチでしたが果汁、濃縮還元果汁、砂糖+ぶどう糖という表示が多数。しかし、ですよ。そうした果汁がどのようなものかは、表示だけでは全くわかりません。砂糖を使わずに、果汁だけで、どれほどの防腐効果が出せるかそのあたりまではリサーチしていませんが、果汁が何たるやがわからないことだけは、一目瞭然です。食品の品質表示には、実は裏の世界があります。たとえば、その原材料を作り出すのに使った保存料や添加物は記載しなくてもいいという変なルールがあったりするのです。ですから、表向きには保存料は使っていなくても果汁の段階で含まれていることは否定できないと思います。だから、決して低糖度ジャムはカラダにいいとは言えないと思うのです。むしろ、怖いのです。それなのに、「健康にいい、身体にいい」と喧伝されていることがもっと怖い。さらに、それを鵜呑みにする消費者もそれをそのままレポートする報道機関も怖い。ちなみに、そうした不信感だらけの私は家で食べるジャムはほぼ手づくり製品のみ。時には、買うこともありますが、原材料のわかるシンプルなもの、信頼のおけるメーカーのものしか買いません。そもそも、今はパンを食べる朝食は週に1回だけなのでそれほどの量は消費していないのですが。・・・連日、巷に出回っている食品にモノ申すシリーズとなりました。どうにも熱くなっちゃうんですよねぇ。。このテーマ。企業の思惑に乗せられないよう、騙されないよう最もらしく響く広告やキャッチコピーには、くれぐれもご注意くださいね。本質を掴む力つけていきましょう。そのための訓練、続けていきましょう。
2007.09.27
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それは、ズバリ「黄色4号」というタール色素です。これを使うと、食材に黄色、緑などのキレイな色をつけることができます。「これだけは避けたい添加物」は、私の尊敬する食生態学者の山田博士さんが提唱しているものです。これらを身体に摂り入れると、「喘息発作やじんましん、鼻づまり、目の充血などのアレルギー症状が出る」ことが分かっています。数ある合成着色料の中で、特に、黄色4号は、わずか1時間以内にそれらの症状が表れるといわれている主犯格なのです。最近、まっかっか、まっきっきというようなお菓子などは、さすがに身体によくないというイメージが定着したので子どもに買い与える人もそうそういないと思うのですが、近頃は、もっと注意を要する事態となっています。なぜって、あたかも健康そうと思われる食材に、依然、これらの着色料は堂々と使われているといるからです。白金台界隈では高級といわれているスーパー、GARDEN。確かに質のいい調味料なども置いているので、私もときどきお世話になっています。先日、生麩を買おうとしたところ2つの売り場に分かれていました。1つは、豆腐売り場の隣。まぁ順当です。もう1つは、特産品のところ。この特産品コーナーの生麩は、老舗京都の生麩と銘打っています。確かに、高級感、伝統感溢れています。でも、あれれ変な色だな、と思って、緑色と黄色の生麩をひっくり返してみたらやはり使っていました、黄色4号。・・・こういうことが平気で起きているのです。もう一方の生麩は、とりたてて老舗とも京都とも関係ないようですが緑色の生麩はきちんと蓬であるようでした。同じように危険なのが、甘納豆です。これなぞ、お菓子の中では、シンプルな昔ながらのお菓子ですよね。そもそもは豆だし、健康にいいというイメージがあります。私もそう思っていました。実際に美味しいですし、ね。原材料は、最もシンプルで良心的な製品で「豆、お砂糖、重曹」。現実には、多くの商品で「還元水飴 ソルビット、漂白剤」などを多用しているようです。ただ、時に、中に含まれるえんどう豆に黄色4号が使われていることがあるのです。でも、一見しただけでは、即座にわからない。健康的というイメージだけで、手にとってしまわないとも限らない。さらに、驚いたのは、ドライマンゴー。これも、元はフルーツだし、生のマンゴーのように身体を冷やさないということからもおやつ品として愛用している方も多いと思います。実際美味しいですし、ね。でも、多くの商品にばっちり黄色4号が使われています。パッケージの裏にはちゃんと記載されてはいます。しかし、怖いのは、スーパーやデパートでの量り売りです。量り売りの場合は、添加物を記載するというルールがないのです。ですから、黄色4号まみれのマンゴーを喜んで試食したり買ったらおまけしてもらってルンルン♪なんて事態が平気で起きちゃうのです。(私もかつてやってしまったクチです)ノルウェーでは、1978年以来、これらの合成着色料の使用を一切禁じています。いろいろ反発はあったそうですが、当時の厚生省の女性専門官が踏み切ったのだそうです。それを聞くと、これらの使用が許されている日本ってどうなんだ???と思えてきませんか。漬物、飴、薬・・・。どうぞ気をつけてください。他にももっとあるはずです。和菓子は、実は、タール系色素の総合商社かもしれません・・・。それを言ったら、洋菓子も同じかな。特に今怖いのは、マカロンですね。あのおしゃれ感、美味しい食感にどうぞ負けないで。(マカロンの本場は、フランスのボルドー。パリも行ったことないのに、なぜかボルドーには行ったことがある私ですが、あんなカラフルな色は存在していませんでした)表示をよく見て、商品の背景にある世界、法的なからくりの真実を想像できるように共に、日々眼力を磨いていきましょう。
2007.09.26
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ちょうど1ヶ月前に訪れた奈良・吉野。あまりに想いが強すぎて、レポを書くのに一ヶ月もかかりました。・・・というのは半分本気、半分冗談ですが。---------------------------------橿原神宮駅から、朝、一番の特急で吉野へ。その特急列車で吉野駅に降り立ったのは、私一人でありました。うーん、なんというプレミア感。夏の終わりの太陽が降り注ぐ山間の駅。8月の最後の週。余命少ない蝉が力の限り鳴いています。朝の8時ですが、太陽は容赦なく地表を照りつけています。吉野が近づくにつれ、心沸き立っていました。うっすらと幾重にも重なる山並みがそれはそれは美しくて。車窓から、吉野川の流れを見て感動したり。子どもの頃から、地図好き、地理好きだったので憶えていた地名、山や川を実際に見ると異様な感動があるのです。そして、迎えにきてくれた友人の車で急な坂道をぐんぐん登っていきます。「ご縁」とは本当に不思議なものです。この奈良への旅、そもそもの目的は、橿原神宮で開催された藤井フミヤ氏ライブに参加するためでした。なぜ、神社でライブ?という疑問もあろうかと思うのですが、それはまた別の機会に譲ります。家族で行く案、友人を誘う案などいろいろあったのですが、結局のところ、単身で行くことに。そのとき、橿原神宮まで行くのなら、絶対に吉野まで足を伸ばそうと心に決めていたのです。それを、ファン限定SNSに書いたことから「ご縁」は始まりました。吉野在住の方が私の書き込みに目を留めてくれたのです。ネットを通して見知らぬ誰かと友達になるなんて体験は初めてのことでした。そのご縁もさることながら、いざ会ってお話してみたら初めて会ったとは思えないような、なんだか昔から知っているような不思議な感覚があったのです。だから、私にとって吉野という地は、この「ご縁」を抜きにして語ることはできないわけなのです。吉野といえば、桜の名所。桜の木が連なる山道をぐんぐん登る。これがすべてピンクに霞んでいる世界はどれほどのものかと想像しながら。そして、辿りついた奥千本。この時、その後に忘れられないような素晴らしい充実したトレッキングタイムを過ごすなんて、私も友人も想像さえしていませんでした。友人は吉野在住ですが、そこまでは行ったことがなかった、とのこと。これが人とコラボする楽しさですね。下界はかなり気温は高かったですが、相当涼しいです。歩いていて非常に気持ちいい。私たち以外に人は全くいません。吉野杉がまっすぐに天へ向かって伸びています。耳に届くのは鳥のさえずりと風の音。なんと、この時点でまだ朝の9時なんです。だから、朝の爽やかさがまだまだ残っている。午前中の木漏れ日は、穏やかで柔らかで、それがなんとも美しい。吉野・奥千本には、歴史的に隠れ家にされたスポットが点在してます。源義経の隠れ塔然り、西行庵然り。西行庵はなんとも印象に残る場所でした。平安時代の放浪の歌人、西行法師は都での生活に疲れ、3年の月日をここで過ごしたと伝えられます。どんなことがあって、世を儚んで、隠遁生活を送ることを決めたのか、その細かな心情はわからないけれどでも、その場所は、自然の精霊が見守ってくれるような雰囲気さえありました。さらにその近くには、西行がたびたび足を運び、歌にしたという「苔清水」が。まさに苔むした岩場からちょろちょろと溢れ流れ出る清い水。飲んでみたら、それほど冷たくはないけれどすっと何の抵抗もなく喉を通り体内に吸収されていく気持ちのいい水でした。東京に帰ってからも、もう1ヶ月ほど経つけれどあの清らかさは何度でも思い出すことができます。後世になって、こうした西行法師の足あとを松尾芭蕉が辿ったといいます。だから、ここかしこに芭蕉の句が掲げてありました。そうして、何とも入り組んだ道を歩き続けていたらなんと修験道の道を歩いていたらしい。メインストリートに戻ったとき明らかに「戻ってきた」という感覚がありました。そう、シャバに、現実に戻ってきたという感じ。確かに、俗世とは違う空気が流れる場所でした。歴史を振り返れば、南北朝時代に、後醍醐天皇は朝廷を吉野に置くことを定めました。歌人・西行法師も華やかな都を捨て、ここに隠棲しました。兄頼朝に追われた武将源義朝もここに逃げ隠れました。今のような詳しい地図も情報もない中でどうして人々はここに辿り着いたんだろう???気がついたら、約1時間も歩いていました。かなりの山道ですから、もう早朝トレッキング。なんともすがすがしかったのです。その後は、世界遺産に指定された神社や千利休がデザインしたという庭園を訪れながら吉野山を下っていって、友人オススメのお店「八十吉」で生くずきりを食しました。注文を受けてから作るというこの味わいも忘れられません。そして、車中の共に柿の葉寿司を買いました。そう。吉野に滞在できたのは、実は午前中のわずか数時間。昼過ぎの列車に乗って私は東京に戻るのです。柿の葉寿司は東京でも買えます。食べられます。でも、全く違いました。柿の葉すし「たつみ」では、目の前で寿司メシと鯖、鮭を柿の葉にくるみ、ぎゅっつと押してくれます。杉の香りのする木箱。帰りの近鉄線の中、感動しまくりながら食べましたっけ。・・・我が家からは、品川や芝浦方面の高層ビル群が見えます。これはこれで綺麗です。でも、それを眺めながらも、同時に私のスクリーンには、奈良のあの柔らかな山並みも同時に映るのです。今、それがなんとも幸せです。大好きな写真家、星野道夫さんがかつてこんなことを本に書いていました。「自分が日本の満員電車に揺られている同じ瞬間にアラスカでは、カリブーが大地を移動し海では、くじらが潮を吹き上げている。」と。(記憶の中にある文章なので正確ではありません。あしからず)私はそんなふうに世の中を捉えられるようになりたいとずっとずっと思い続けていました。20代の頃の私は、いつもいつも目の前の何かに翻弄され続けていましたから。自分の日常の中に吉野の山並みが映る今少しはそんな境地に近づけたのでは、と思えてすごく嬉しかったのです。帰りの近鉄線の中から見えたのは、澄んだ吉野川の流れ。電車の中からでさえ、川底がきれいに見えます。そして、その浅瀬で遊びまくる子どもたちの姿。それも美しい光景でした。私の日常にそんな世界が存在していないことを憂える気持ちももちろんあります。一人の親として、子どもにそんな日常をあげたいという思いももちろんある。でも、それは、自分の利益・不利益も関係なくなってしまうぐらい圧倒的に美しい光景でした。自分がもってなくても、自分の周りになくともこんな場所がこの世にあるだけでいいという感じでしょうか。1ヶ月経った今もこうやってその風景が心の中で生き続けていることが本当に不思議です。藤井フミヤさんも、今回橿原神宮で歌うことになったのは「ご縁」だと話していましたっけ。「ご縁」という見えない糸。思えば、今関わりのある方、モノ、場所すべてが「ご縁」なのですよね。その存在に敏感でいたいと改めて思いました。
2007.09.25
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オーブンで焼き芋をつくりました。さつまいもを2本。1本は塩をすりこんでから。もう1本は塩なしで。こうして作ってみたら、塩ありは、甘~く、でも粉がふくようなさっぱり感。塩なしは、ねっと~り、優しい食感。塩でこんなに変わるんですね。初めて知りました。さつまいもは陰性です。陽の塩をプラスすることによって、陰を和らげることができます。塩なしを好む人は、陽性が強い人。塩ありを好む人は、陰性が強い人。さぁ、あなたはどちらが好み?ちなみに私は、どっちも好き。敢えて選ぶとなると、今日はねっとり塩なしが美味しい!と思いました。
2007.09.24
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昨日は、久々にバレエのレッスンに行きました。バレエといっても、回転レシーブのあのバレーではありません!踊るバレエなのですが、別に子どもの頃からやっていたわけではなくOLになってから始めたストレッチ中心のクラス。年齢不詳の身体の柔らか~いおばさまもいれば私のように決して美しく足が上がるわけではない人もいます。それでも、生ピアノの合わせてバレエの基本に添ったストレッチを1時間15分。筋肉から出るさらっとした汗が実に気持ちいいのです。ここ2-3年、このバレエクラスからは遠ざかっていたのですが、今年中に復帰するゾ!という07年の目標を9月も終盤になってやっとクリアすることができたのでした。(まだ達していない今年の目標、まだずいぶんあるのですが^^)久々に身体を動かしてみて思ったこと。意外に動くではないか!正直なところ、もっとダメかと思ったのです。クラスメイトに「ブランクを感じさせない」と言われたりしてちょっといい気になってみたり(笑)そんな話はさておき、身体の後ろ側の筋肉ってほんとに日常的に使われてないのですね。だから、今筋肉痛でバリバリになっています。一方、腹筋をはじめとする身体の前の筋肉はまったく影響なし。普段、とりたてて運動などはしていないものの意外や日常生活で使っているということがわかり嬉しい驚き!東京・港区の坂をアシストなしの自転車で頑張っているご褒美かしら!?ここで、ふと「歩き方」のおかげかも、と思いました。皆さんは、日々どうやって歩いていますか?歩くって「別に、普通に歩いているよ」と思われるかもしれません。確かに、気がついたら人は歩いていたわけでとりたてて、歩き方を習ったり、学んだりするものでもないですよね。それとも、デューク更家さんのウォーキングなどなど学んだ人が多いのかな。カルチャースクールにも「歩き方講座」「ウォーキング講座」はたくさんありますし。昨日今日と街行く人を見ていましたが、そのような成果を見つけるのは難しかったです。けっこうぺたぺたヨタヨタ歩く人が多いです。私が学生の頃、学んだ歩き方は、☆かかとから着地。☆足を前に出す時に膝を伸ばす!というものでした。この歩き方でツラいと思ったのは、膝と太ももの前面。膝を伸ばして足を前に出すというのがなかなかしんどい。膝回りに効くぅ~という感じでした。ところが、それを続けていたら、なんと!スカートがゆるゆるになったのです。当時まだウエストジャストではくスカートが普通でした。ズバリ、腹筋に効くのです!!!歩くってこんなに腹筋を使うんだぁというのが当時の感想。歩いているだけでいいわけですから、何ともお得。今も、その歩き方を続けています。決して、人に見せるような割れたお腹ではないのですがそのおかげなのか、意外や腹筋は使っているようです。(ただ単に筋肉痛にならなかったという理由からだけですけどね^^)今、現代人の誰もが運動しなきゃ、と焦っていると思います。でも、身体を動かす習慣のない人にはこれがなかなか難しい。スポーツクラブのチラシを見ると、入りたくなってくるけど忙しい人にとって、その時間を作るのは至難の業ではないでしょうか。好きな人はもう既にやっていると思います。そうじゃない人が始め、そして、続けるのが難しい。入ったから、お金がもったいないから行かなきゃという思考になってしまったりね。子どもがいたりしたら、まぁそんな時間はとれない。そんなわけで「ながらトレーニング」ができるのが一番いいですよね。お掃除上手な人は、毎日のほんの一手間でおうちをぴかぴかにしています。(私はこれに関してはダメです。ようやく片付けながら料理することができるようになった程度)それと同じように、敢えて運動する時間を作らなくても毎日の生活の中で筋肉を動かせればいい。というわけで、又しても「読んで頂いたのも多少のご縁」のご提案です。どうぞ、今この瞬間から「膝を伸ばして、かかとから着地」で歩いてみてください。自然と姿勢がよくなります。どうぞ、弾むような感じで。ショーウインドウに映る歩き姿はけっこうかっこいいですよ。そして、もし、「腹筋に効いた!」という方がいらしたらご報告いただけたら嬉しいな。どこで、誰にその歩き方を学んだか?!というのは靴と大いなる関係があるのです!そちらはまた次回に。
2007.09.23
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我が家では基本的に玄米を食べています。時には、分づき米にもしますが一分か二分か、という程度。五分づきにするともう白米だね、という感覚です。もちろん4歳の息子もそのご飯を食べるわけですがウンチに粒がそのまま出てきます。若干ユルいわけです。玄米食は消化に負担がかかる幼児に玄米は重いという説、よく聞かれると思います。そもそも本当に嫌なものは子どもは絶対に口にしません。子どもは大人と違って頭ではなく本能で食べるので食べ過ぎるということもほとんどないといっていいでしょう。(ただ、砂糖と油はその感覚を容易に狂わせるので要注意なわけですが)だから、子どもが望んで食べるなら、便秘になるよりは、多少ユルくてもいいか、と思っていました。でも、それでも少々気になっていたのも事実でした。今月から、食物の陰陽や生命のバランスを整える食べ方に関して学び始めました。そこで、得たこと。幼児の場合、ウンチに粒が出てくるようなことがあっても科学的にはきちんと消化されるから、問題ないとのことです。このことを知って本当に安心しました。玄米菜食家庭の子どもたちは皆そうやって育ってきているそうです。玄米は重いから分づき米に、とはよく聞くことで私もそうやって人に奨めたりしたこともあるのですがこれは、本質的に的を得ていない道だなと思うようになってきました。なぜなら、玄米と分づき米では、生命力が格段に違うからです。玄米はそこからまた芽を出す(=新たな命を育む力)があります。でも、分づきご飯にしてしまったら、たとえそれが、一分づき、二分づき程度であろうとそのお米は決して芽を出すことはありません。生命力の差が歴然、なのです。だからこそ、玄米が重い、消化に負担がかかる と感じる場合にすべきことは、量を減らすこと。雑炊やおじやなどにすること。・・・我が家は、玄米は食べるけれど、厳格な穀物菜食に徹しているかというとそれはそうではありません。正直なところ、今後、どうするかもまだ決めきっていません。ただ、動物性たんぱくを摂らない生活は身体が楽になるし感覚が澄んでくるとは思います。でも、粒がウンチに含まれてても消化されていないっていうことではない。ということを知って、すごくほっとしたというのは事実。学べば学ぶほど食は科学料理は科学です。さろん楓でも、食べることは「人を良くすること」であり「命の本質をつくること」であると考えています。どんなにいい食事でも、その人に合っていなければ意味がない。さろん楓の食事、ご期待いただきたいと思っています。
2007.09.21
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渋谷のBunkamuraシアターコクーンでやっているお芝居『ドラクル』を観てきました。長塚圭史作・演出、市川海老蔵、宮沢りえ主演による18世紀フランスが舞台のドラキュラのお話です。この作品に関して、長塚圭史がこんなことを言っていました。「人が苦悩している姿が好き。強い人間が負ける瞬間がたまらなく色っぽい。」これを読んで私は、自分がなぜ『ゲド戦記』にいたく感動したのかわかったような気がしました。この舞台で、一番私が印象に残ったのは永作博美演ずる女性が、愛されない女の妬みを表現するシーンでした。なんとも言えぬ凄みがありました。(そんなシーンで、隣の席の女性がしゃらしゃらとビスコを食べているのが信じられないほどでした!暗くて見えなかったけど、あの匂いは絶対にビスコだ!(笑))永作さんは、TVでは、特に何とも思わなかったのですが舞台を見るようになって、すごく好きになりました。こういう人間のネガティブな一面を力強く表現できる才能にものすごく惹かれる私です。
2007.09.19
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落花生の移設、無事に終了しました。本当はもっともっと大きい鉢のほうがいいのでしょうけれど近くの園芸ショップではこれが限界。あ、でも、単純にプランターのほうがよかったんだろうか・・・。こうして、時々土のある生活に憧れが募ってくるのですが、なんと、その時に結実している落花生ちゃんたちを発見。立派な2粒。小さくとも^^、これ、収穫の喜びですね。ところで、落花生は、夜になると葉を閉じます。ご存知でしたか?夜になると眠る植物としては、ネムノキが有名ですが落花生だけでなく、大豆、インゲン豆、葛などの豆科の植物も皆、夜になると眠るのだそうです。一番身近なところでいえば、クローバーもそうですね。我が家にあるエバ・フレッシュもネムノキの仲間。この子も夕方6時ぐらいになると少しずつ、開いた葉を閉じていきます。じぃーっと見ていると不思議な感じがします。当たり前なんだけど、ものすごい生命の躍動を感じてちょっとぞっとしたりすることも。このように植物が眠ることを睡眠運動というようですがなぜ、眠るのかというと、本当のところ解明されておらず2つの仮説があるだけのようです。1つは、夜、放射冷却によって葉から大気中へ熱が逃げるのを防ぐためというダーウィンの説。もう1つは、植物が開花するためには一定の闇の時間が必要で月光によって邪魔されぬよう葉を閉じておくといつドイツの植物学者の説。でも、結局のところ、わかっていないのだそうです。こういうよくわからないことに出会うとちょっとワクワクしてきますね。そういうときの自分はなかなかいい状態。イライラしていたりするときは、このわからなさに我慢できなかったりします。自分が何かに囚われているときって、自分が生きていることに必死ですからなかなかそんな生命の不思議に心を解き放つこともできず、本当に今までどれだけの植物を枯らしてしまったことか。自分がわからないんだから、他人を理解することもできない。ましてや、植物の気持ちを理解するなんてとんでもない、というわけです。でも、いろいろな時が流れて、いろいろなご縁があってこのように植物の不思議に思いを馳せることができる余裕をもってみるとこれぞ、スピリチュアルなひと時だなぁと思います。スピリチュアル、スピリチュアリティっていろいろな解釈があると思うのですが私は「私とあなたは同じ」と思えるかと言うことに尽きるのではないかと考えています。先日、りんごの自然栽培の木村さんについて書きましたがやはり著書の中で「自然の中から答えを見出すためには、『もしも私が○○だったら』とわが身に置き換えてみるといい」と書かれていました。恐れ多くも「おー、同じことを書いてる!」と思ってしまいました。作物や田畑を自分のことのように思えるか。赤の他人のことを自分のこと、自分の家族のように思えるか。何かの時に、ふと立ち止まってそうやって考えてみるとふと、想いが変わってくることがあります。見知らぬ人によくしろということではなく、そうやって自分の想いが変わっていくことが大事だと思います。縁あって、今、このブログを読んでくださっている方。数あるブログの中で、このサイトに心を留めてくださったのも本当に何かのご縁だなぁと思います。これもご縁ということで、ぜひいつも『もしも私が○○だったら』と考える癖をつけてみませんか。自分が優しくなれると、自分が幸せになる。癒される。見知らぬ猫からも、子どもからも、通りすがりの人からも、やっぱり愛されたほうが人は幸せです。嫌いな人、自分を傷つけた人に対してできるか?というとそうそう容易いことではないけれど必ず、それができる時が来ます。「天の下のすべてのことには季節があり、すべてのわざには時がある」とは旧約聖書の伝道の書にある言葉だそうです。私は不良クリスチャンなので、実はよく知らないのですが、でも、この言葉の示唆するところはすごいなぁと思います。なぜ、落花生からこんな話に飛躍するのか(笑)落花生といえば、今年は残留農薬のため、中国産落花生の輸入が全面禁止になったというニュースも出ていましたね。たった今、国産の生の落花生が出回っています。ぜひ、塩茹でして、旬を召し上がってみてください。毎晩葉を閉じては、朝目覚めて太陽を浴びてきたことに思いを馳せながら。
2007.09.16
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落花生の季節です。昨日、生の落花生を塩ゆでしてみました。柔らかくて実に美味しい。薄皮に包まれたしっとりした感じがたまりません。実は、それとは別に、ベランダで落花生を育てています。そちらはまだまだ収穫には程遠いのですが。この落花生、豆類にしては珍しく落花生は土の中で結実します。黄色い可愛い花が咲き終わるとそのめしべが地中に潜りそこに実を実らせるのだそうです。字のごとく、花が落ちて実が生きてくるのですね。ところが、我が家の落花生ちゃんは鉢が小さすぎて、めしべの下に土がない状況っ!まだ間に合うそうなので、明日には大き目の鉢に移設する予定です。ナッツ類は輸入物がほとんどという昨今。我が家では、人が集うときのおつまみにはたいていこの落花生をチョイスしています。食べすぎには要注意ですが。明日、写真もアップする予定です。アナログ派なので、イマイチ、フットワークが鈍いのです。。。
2007.09.15
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『自然栽培ひとすじに』という本を読みました。無農薬、無肥料のりんご栽培を手がける木村秋則さんの著書です。この方は、去年(2006年)12月のNHK『プロフェッショナル仕事の流儀』に登場されてるので、ご存知の方もいらっしゃるかもしれません。今、有機野菜、無農薬野菜、減農薬野菜に注目が集まっていますがそもそも、それぞれが具体的にどんな「お育ち」のお野菜ちゃんなのかものすごく曖昧になっているように思います。ズバリ、有機と書いてあれば「安全」と思っていませんか?農薬は使わないほうがいい。それは異論はないはずです。けれど、野菜を育てるのに肥料は当然と思っていないでしょうか?私も思っていました。著者の木村さんが手がけるのは、無農薬はもちろんのこと肥料や堆肥も全く使わずに、本当に土、太陽、水、空気という自然の要素だけで作物を育てるという「自然栽培」です。「有機栽培」とは、実は、規定内の農薬を使っています。そして、化学肥料は使わなくても、有機肥料をふんだんに使っています。過保護すぎると弱くなるのは人も野菜も同じ。今、実はこの有機肥料って秘かな大問題になっています。某コンビニエンスストアが売れ残ったお弁当やお惣菜を廃棄せずに家畜の飼料としてリサイクルすると発表してましたが、恐ろしい!!!はっきりいって、世も末ですよね?リサイクルと言えば、なんでもOKというようなエコブームは本当に怖いです。またまた飛躍しましたが(笑)そんなわけで、有機=安全と解釈するのは、ホントにホントに早急なのです。さてさて、りんご栽培とは、実は、病気との闘いの連続だそうでりんご農家と農薬散布は切っても切れない関係にあります。経済的な打撃を受けぬよう、農薬は必須。全国のりんごの生産量の40%を抱える青森県では肥料、農薬を使って徹底管理するよう県の条例が定められているほどです。なんとも皮肉なことです。経済的な豊かさをもたらすために、農薬被害の苦しみが正当化され、強制されるなんて。木村さんが無農薬のりんご栽培を志すきっかけもそこにありました。奥さんが農薬被害に苦しんでいたからでした。木村さんは、そのりんご農家のお婿さんだったんですね。無農薬、無肥料のりんご栽培を手がける決意をしたとき木村さんは決死の覚悟でお義父さんを説得しようとします。十中八九反対されるだろうと思っていたらあっさりと「やってみなさい」と言われたのだとか。お義父さんは「どうせ無理だから、2-3年後にはやめるだろうと思っていた」のだそうです。まず、ここで涙出そうになっちゃいました。人が何かを成し遂げる時、周囲に必ずこういう度量の大きい人が存在しているのだなぁと思います。「やめなさい」と禁止するのは簡単だけど敢えて、やらせてみる。痛い思いをさせてみる。血のつながりのない父と婿でもこれほどの信頼感が作れるのですね。とはいえ、無農薬栽培に切り替えてから8年間というもの、木村さんのりんごの木は、花を咲かせることも実をつけることもなかったそうです。そんな状態ですから、周囲から変人扱いされるだけにとどまらず、当然経済的に行き詰まります。借金も当たり前です。銀行への返済額を実家から工面して支払いに行ったところ「生活費に充てなさい」とお金をつき返した銀行マンがいたそうです。そして「10年後には、あんたの時代がくるよ」と言ったのだそうです。他にも、もう自分で立て替えようと思ったという消費者金融の営業マンもいたそうです。この人たちも皆、自分の仕事を愛している人ですね。だって、自分が貸したお金で前代未聞の大きなことをやってくれるならそれは銀行マン冥利につきるというもの。表面的な数字に表れないところに、職業の本質はあるのだと思います。ここでも涙が出そうでした。「自然栽培」とは、病気や虫を作物が教えてくれる何らかのサインととらえて、自然に寄り添いながら作物を育てる手法。これは、自然療法と全く同じ考え方です。熱や痛みなどの不快な症状は、身体からの何らかのメッセージ。その声を聞きながら、身体が不要なものを排泄できるよう手助けしてあげる。この夏、息子の水イボもそうやって克服することができました。「薬を使えば一気にきれいになることはわかっているけれど、やらない」その苦しさは、木村さんが過ごした8年と比較するようなものではないけれどでも、同じ種類の、強さを必要とする苦しみだと思いました。その時、思ったこと。 自然を相手にすると人は信心深くなる。 科学を信仰すると人は信心を失う。 その信じる心にこそ、何かが宿っていくのだと思うのです。あー、写真と短いメッセージでブログを綴れるような人になりたいと思いつつも長々と読んでいただき、ありがとうございました。
2007.09.14
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毎週、自然栽培の野菜を届けていただいているのですが昨日届いたお野菜ちゃんたちの中に白い茄子がありました。白い茄子は初めて見ます。普通に「白なす」と呼ぶようです。ちょうど昨日は、食材の陰陽論に詳しい食養の大家である料理研究家の先生とお話する機会がありました。そこで、この白なすのことをうかがってみたら・・・。昔は、台湾など南のほうで白いなすが栽培されていたといいます。それが、日本で自然に作られたものなのだとしたらそれだけ温暖化が進んだ証拠でしょうと言われていました。なすは、そもそも陰性の野菜ですが白という色は、より「陰」が強い食材です。だから、白なすは相当「陰性」が強い野菜ということになります。陽性、陰性と聞くとなんとなく、陽性のものがカラダによくて、陰性のものはよくないというイメージをもっていませんか?私も「きゅうりやなす(=これぞ陰性野菜ですね!)は身体を冷やす」から夏でも食べないようにと勘違いしていた時期がありました。人も野菜もすべて、世の中の森羅万象は陰陽のバランスで成り立っています。熱い時期は「陰」の作物を食べることによって体内の余計な熱をとります。そのため、熱い「陽」の土地で生きている人が「陰」の作物を食べるよう熱いところで陰の作物が獲れるわけです。なすの原産地はインドだそうで、納得ですね。話はそれましたが、つまりそれだけ極陰の作物がとれるようになったということはそれだけ日本が陽、つまり熱帯化しているということです。この白なすの産地をチェックしたら、岐阜県群上市とのこと。今夏、40.9度の最高温度を記録した多治見市も岐阜県。この白なすちゃんもおそらく40度を超える灼熱の太陽のもとで育ったお野菜ちゃんであることでしょう。もちろん、ハウスやさまざまなバイオテクノロジーによる栽培法だとこの陰陽論はあてはまりませんので、ご注意を。バイオで思い出しましたが、今、大手町には、某企業による地下農場があります。太陽も土もないのに、人工照明と栄養剤だけでお米、トマトやレタスなどの野菜、バラなどが栽培されているそうです。私はまだ実際に行ったことがないのですが、知人によると、害虫も野菜の病気も皆無。葉っぱはぴかぴかだそうです。・・・これは怖いです。こういう生命のない、人造の野菜は外食産業にとっては好都合です。味はあとでつけるから、味も癖もないきれいな野菜が歓迎されるわけです。中国産野菜に危険信号が灯っている昨今、今後、こちらが脚光を浴びていくかもしれません。「食」に関して、見た目の美しさはすごく大切ですがそれだけに振り回されると本質を見誤ります。今日、食べたものが、明日の私たちの身体と気持ちをつくっていきます。今、選んだものが、次の世代の世代の社会をつくっていきます。だから、目の前にある食材の生まれた背景を想像する一手間を私たちは絶対に失くしてはいけないと思うのです。あー、どんどん話が飛躍しましたが、この白なす、火を通しても崩れにくくて、食べ応えがあるのだとか。うーん、しかし、どんなふうにして食べたらいいかまだイメージが沸きません。どなたかいいアイデアをお持ちの方いらっしゃったら、ぜひ教えてください^^
2007.09.13
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8月中旬に軽井沢でブヨに刺されました。夕方、馬の厩舎のすぐそばで。現地の人に言わせると「そんな格好しているのが悪い」そうですが着替えを持って歩いているわけでもないのでもうしょうがありません。夫も同伴のご夫婦も皆、刺されました。不思議と子どもは刺されていませんでしたが。やはり、大人たちの血液はかなり酸性に傾いているということでしょうか。でも、私たちは慌てて市販のかゆみ止めを買うことはしませんでした。なぜか?かゆみは止めたい。でも、かゆみ止めには、できれば肌につけたくないものがいっぱいだからです。避けたいものとは、<1>合成界面活性剤<2>ステロイド<3>合成防腐剤・酸化防止剤です。ステロイドは、入っていないものもあります。子供用などには入っていませんが、○○アルファ、△△スーパーなど高い効能をうたっているものには含まれていますね。でも、1と3は、基本的に市販のかゆみ止めにはすべて含まれています。たとえば、液体のかゆみ止めには、「浸透性が高い」と書いてありますがまさに、この役割を担うのが合成界面活性剤なのです。皮膚には、本来バリア機能があって、どんな異物をも体内に入れないようにデザインされています。この皮膚の機能ってすごいのです。これは、もう神の存在を感じないかけにはいかない素晴らしい創造物です!(こーゆー話になるとつい興奮気味になりますネ)でも、その皮膚を破って、体内に有効成分を入れようとするのが合成界面活性剤なのです。体内に有効成分がダイレクトに入るので、確かに効きます。効果は高いのです。でも、どうして、それがまずいのでしょうか。かゆみ止めに含まれているのはそうした有効成分だけではありません。いろいろな添加物もセットになって体内に進入することになります。口から入った異物は、肝臓で解毒されます。でも、皮膚は、もともと何も入れないことを大前提としているので入ってしまった異物を解毒したり、排泄したりするルートをもたないのです。出口がなければ、当然、体内に留まることになります。・・・合成界面活性剤が発明されてまだ50-60年。これからもずっと使い続けて大丈夫なのか。この答えはまだ誰も知りません。でも、きっと多くの人が感づいているはずのことです。そして、これは、何もかゆみ止めに限った話ではありません。石けんもシャンプーも、洗濯洗剤も台所用洗剤もすべて全部。普通の薬局で売られている商品にはほとんど合成界面活性剤が使われています。だから、使いたくないのです、かゆみ止め。でもかゆみは止めたい。特に子どもの虫刺されは、放っておくととびひになってしまう可能性もありますね。だから、かゆみは抑えましょう、ということでアロマの登場です。ホメオパシーでも、虫さされのケアはできますがエッセンシャルオイルのほうが、より一般的でスタートしやすいのでは、と思います。かゆみとは、実は痛みの変形なのです。なので、実は痛みのケアと本質は同じ。痛みに効く代表的なエッセンシャルオイルは、ラベンダー、ペパーミントです。ペパーミントには、メントールという芳香成分が約50%も含まれています。ご存知、あのスッとするやつです。かゆみ止めにも、メントール配合の製品は多いですね。キンカンとかね。これが血管を収斂(しゅうれん)させて、痛みを抑える効果があるのです。一方のラベンダーには、鎮静、鎮痛効果のある成分がこれまたたくさん含まれています。それで、痒みも腫れもすっとひいていくわけです。・・・蚊に刺されてばかりで痒いと蚊という存在そのものが憎くなります。そうすると、そもそもなぜあいつらは刺すのだ???と思ったりしません?かつて、そう思った私は調べてみたことがありました(笑)蚊は、産卵のために人間の血を吸い取るようです。でも、それでぴしゃりと叩かれてしまったりする可能性もあるわけで彼らも命を繋ぐために必死なのですよね。蚊の命のためには仕方ないかと言えば、そうでもなくて虫刺されは、私たちにとっても必要性のあることのようです。刺されて化膿することで、なんと免疫剤をつくってくれているのです。酸性に傾いた人間の血液を吸って、蚊は免疫力を高める菌を入れてくれているのだそうです。血液が弱酸性の人は、たとえ刺されても特に変化もないのだとか。つまり、蚊に刺されるということは、果物やお酒、甘いものを控えたほうがいいと警告でもあるのです。耳の痛い話ですが。長くなりました。参考になれば幸いです。
2007.09.12
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市販のかゆみ止めについて書く予定でしたが、スミマセン、後日に回します・・・。『ゲド戦記』原作を夢中で読んでいたのは今年の3月のこと。7月のDVD発売から早2ヶ月。やっとやっと、映画『ゲド戦記』観ました。 うーん、多くの方が言われる通り やはり原作とは全く別物と言わざるを得ないですね。 5巻にも及ぶ壮大なゲドのストーリーを わずか2時間足らずのドラマに収めようとするわけだから 確かに無理はあるというものです。 が、ゲドの弱さとか愚かさといった人間的魅力が 半分も描かれていないのは実に残念。 少なくとも、なぜ顔の傷を負ったかは説明してほしかった。 ただ、原作を知っている人はともかく 映画で初めてゲドの世界に触れた人にとっては かなりの疑問点があったのではないでしょうか? そもそも、なぜ、テルーは竜になるの?とか。 ゲドとテナーの関係もあれだけで伝わる? テナーがいた墓所って何?どんなところ? そもそも「墓所」という漢字にさえ変換されてないままなのでは? などと、沢山の疑問が生まれては、そのまま置き去りにされて それが人物像描写の甘さにつながっているように思われてなりません。 ゲドとテナーは、映画では、それぞれ中年の男と女として描かれているわけだけど、2人の過去が全く語られていないわけだから、原作の中にあるロマンチックさが全くないのが残念すぎる。中年になって、夫ともう一度そんな恋ができたら素敵♪と思えたし年とるのって素敵なことだと思えた関係だったのですよ。ゲドがただ世界の均衡の大切さを語るだけの大賢人なのであれば、 あれは単なる『アレン戦記』かもしれません。 でなけりゃ、最後に体を張って闘うのはアレンなのに なぜ、この物語は『ゲド戦記』と呼ばれるのか説明がつかない。 でも、クレジットを観た限りでは、脚本は宮崎駿さんのようですね。 映画である以上、ストーリーは完結していかなきゃいけないし もちろん興行成績も大事。 ジブリ=子ども受けを考えると 「いのちを大切にしない人は大嫌いだ」という わかりやすいメッセージが確かに必要になるのかもしれません。 でもですね、原作と別物だったとしても あのストーリー立てだったとしても テルーの声優の人選が非常に残念でした。 テルーって本当に本当に重要な役なのですから、 そんな棒読みの新人を充てちゃぁいかん!と思う。 テーマ曲を歌った手蔦葵さんという新人さんがテルーの声をやったようですが 歌は彼女でいいから、声は別の人にして欲しかった。 そのほかの役が菅原文太さん、田中裕子さんと大御所が並ぶ中で そのへんのコマーシャリズムが嫌だナァと思いました。 アレン役のV6岡田くんはよかったと思うけど。 でも、何はともあれ、あの壮大なストーリー、壮大な物語の世界を ビジュアル化しようとした努力には敬意を表したいと思います。 アーキペラゴ(多島海)の映像アニメーションは本当に美しかった。 ホートタウンの街は、私が読みながらイメージしていた世界よりもはるかに 彩度が高くて、色数が多くて驚きました。 シリーズものにしてもっと丁寧に作ればよかったんじゃないかな、とか 私がもし脚本をやるとしたら、 (まぁ言うのはタダですから^^ほっといてください) ゲドの回想シーンを入れて、人間『ゲド』をもっと浮き上がらせたいなぁと思います。 でないと、絶対『“ゲド”戦記」じゃないから。それぐらい、ゲドの弱さも愚かさももった人間らしいヒーロー像は今の世の中に一石を投じるものと思うのです。
2007.09.11
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今年の夏は、虫除けスプレーが売れなかったそうですね。というのも、蚊の活躍が最も活発になるのは28~33℃ぐらいから。8月は35℃を越えているのが当たり前という感じでしたよね。この猛暑で蚊もへたっていたということでしょうか。で、今になって適温で出番ということのようで、蚊さんたち、ご活躍の様子です。今日は保育園の帰りの自転車上で4箇所も刺されてしまいました。あ、と思っても払えない。悔しいです。うちでは、虫刺されには、ラベンダーのエッセンシャルオイルを塗ります。エッセンシャルオイルは基本的に肌に直接つけないものですが、ラベンダーとティートリーだけは別格。肌に直接つけてもOKです。ラベンダーには、瘢痕形成といって、傷痕を目立たなくさせる効果があるのです。虫刺されの腫れも驚くほどすっとひいていきますよ。火傷跡にもラベンダーがオススメです。今年の夏、軽井沢ではブヨに刺されてしまい、痒い痒い。今年はなぜかラベンダーを持たずに行ってしまったのですよ。大ちょんぼでした。旅行にはラベンダー。忘れてはいけません。市販のかゆみ止めは、やはりできれば避けたほうがいいと思います。かつてはキンカンのヘビーユーザーだった私ですが・・・。その理由は・・・。<明日に続く>
2007.09.10
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個人差はありますが、人は、3歳を過ぎると揉め事が起きた時でも、自分たちで解決することができるようになります。これは、妊娠中に出会ったあるお母さんが教えてくれたこと。あるピンクのお箸をとりあって、5歳の男の子と女の子が喧嘩になったそうですが「ピンクのお箸は一個しかない。2人とも欲しいのね。さぁ、どうしたらいいかしら?」と問いかけて、しばし放っておいたところ、2人で話し合って、2人とも使わない結論を出したとのことでした。まだ、実在の子どもとの接触がなかった時期のことでしたからその話を聞いたときには、なんともいえない驚きと感動がありました。私がそうやって育てられていなかったからでしょう、ぜひそうやって子どもに接したいものだとかねてから思ってきたのです。我が息子と周囲の子どもたちもそんな年齢に突入してきましたので実際に、私もそのような「行司」に徹する機会が増えてきました。今日も、我が家は保育園状態。勝手に、白金台3丁目きらきら保育園と称しています。年中・・・1名年少・・・2名計3人の男の子が一緒に遊んでいます。私は、まぁ保育士兼調理師といったところ。夕方、食事の席の取り合いが発生しました。まもなく5歳のSくんが「おれ、ここ」と決めたら3歳半のHくんが「さっき、おやつのときは自分がそこだった」と大泣き。Sくんは、「いいこと考えたよ」と言っては手を変え、品を変え、自分の主張をもっともらしく言うばかり。Hくんの泣きはますます激しくなります。でも、しばらくは放っておきました。そして、時をおいて、「ここの席はひとつしかないから皆で考えよう」と提案してみました。私「どうしても2人ともここがいいなら、2人でくっついてここに座ったら?」子「やだ」私「じゃぁ、Sくんがお兄さんだから膝の上にHくんを乗せてあげるのはどう?」子「やだよぅ」私「じゃぁ、Hくんの膝のうえにSくんが乗るか?」子「え~?そんなのやだよぅ」私「困ったねぇ・・・」不思議ですが、こうした気を抜いた押し問答を繰り返して時間稼ぎをしていると、少しは気持ちが切り替わってくるのでしょうか。ふと私がその場を離れたわずかに時間にこの小競り合いは見事に解決していました。子どもたちの力だけで。トーマスのお箸を交換する替わりに、Hくんが席をSくんに譲ったのです。「お箸を変えてもらったから、こっちの席で我慢する」とHくん。Sくんもお箸の交換なら、なんともなかったようで納得しています。見事、交渉成立。パチパチ。すごいぞ、子どもたち。「年上の子を我慢させよう」とか、「他人の子どもを優先しよう」とか大人社会の論理を持ち出して、子どもを納得させようとしても子どもの気持ちは絶対に収まらないのですよね。それぞれ納得したときの子どもたち、爽やかないい顔してました。私も勝手に自己満足です。
2007.09.08
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誕生日の日、朝一番のメールは母だった。ここ数年、母が誕生日に送ってきたメッセージの中で今回のメールが一番シンプルでストレートで嬉しかった。気持ちを感じた。我が実家では、ここ数年いろいろなことがあって、すごく簡単に言えば、経済的な余裕を失くした。数年前までは、食事や旅行などのプレゼントもあった。お花とか見栄えのいいモノをあげるとき実は、あげるほうも気持ちがいい。でも、それができなくなったとき、あの人はどんな思いをしたのだろう?それからは、手編みのショールを作ってくれたりしていた。(母は編み物が得意なのでね)去年は、子どもの頃のアルバムをもう一度作って送ってきたっけ。それは、嬉しくもあり、重くもあった。でも、今年はシンプルに「おめでとう」の言葉だけ。「たとえ、自分が変わったとしても、それを相手が受け入れられるようになるまでにはすごく時間がかかる。」私のセラピストが言っていたこんな言葉を思い出した。あの人もやっとそれができるようになったのだろう。そして、それをこんなに嬉しいと思える自分がいる。1日遅れて、今日、父から電話があった。誕生日に父から電話をもらうのは初めてのことかもしれない。死の淵まで行った人だからきっと、今までそんな余裕もない日々を過ごしていたのだろう。こちらもただ「おめでとう」「元気か」とそれだけ。でも、むしろ、それだけのほうが嬉しさが際立つのはどうしてだろう。この世に生まれてきた日を憶えていてくれてそれを祝ってくれることがシンプルにただただ嬉しくて涙が溢れてきたりする。私も息子の誕生日はどう考えても忘れないだろうから親にとっては当たり前のことかもしれない。そんな当たり前のことをありがたく思えるのは私が一度は親をあきらめ、訣別しようとした過去があるからなのかもしれない。捨てようとしたことがあるからなのかもしれない。アダルトチルドレン(AC)ゆえの想いなのかもしれない。いろいろなものを失ったけどそれによって、今、こんなものが手に入るのだからやっぱり癒しの神様はいる、と私は心から思う。そして、実は、親とのこのぐらい距離感がとても心地いい。思えば、やっとこうなれた、という気さえする。母がメール。父が電話。父はおそらくメールはできないのだと思うのだけどその手法も彼ららしい気がしてならない。
2007.09.07
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35歳の誕生日にブログ開設、と秘かに心に決めておりました。なんとか船出をすることができてほっとしています。誕生日。誰かがそれを憶えていてくれるということ、人の記憶に残っているということ自体がギフトだなぁと思った1日でした。メッセージを下さった方、本当にありがとうございます。さてさて、ここ1週間ほど、ホメオパシーの実力を実感する出来事が続いています。「ホメオパシーは何ぞや?」というところから始めるとつい難しくなり、読む気が遠のいていく気がするのでまずは具体的な事例からお話します。何よりこの療法の凄い力を知っていただきたいから。1.コフィアの巻昨夜、いつも21時半から22時に寝付くはずの息子が全く眠りません。この日に限って早めに寝かせようと21時半前には布団に入り歌を歌い始めたのに・・・。挙句の果てには、10時半過ぎても「眠くない」という始末。・・・どうも興奮していたらしいのです。明日はママの誕生日だということで。4歳。初めてママの誕生日を意識できたわけで、無理もないかもしれません。特別な気がしてしょうがなかったんでしょうね。私も「この一手」に気付くのがだいぶ遅れてただ寝ないことにイライラしていたのですが、おおーっ!と思い出し、<コフィア>を一粒。ちなみにこれをレメディといいます。小さな小さな直径2-3mm程度の甜菜糖から作られた砂糖玉です。その次の瞬間、私がコンタクトを外すために寝室を出ました。「ママ、どうしたの~?」とまだしゃべっています。そして、その次の次の瞬間、寝室に戻ったらもうころりと眠りに落ちていました。ヒットしたんですね。これは、面白かった!2.ベラドンナの巻その前日、息子は発熱していたのですが、アコナイト、ファーランフォスを与えベラドンナをリピートしていたところ・・・。熱が上昇してきました。そして、熱い身体で眠りつつも、途中で泣きわめき、トイレに行き、おしっこを大量にしてコテンと眠る×2回ほど繰り返しているうちに、熱は下がっていきました。おしっこをすることによって、身体の熱が放射されていったようです。翌朝には、平熱。このスコ~ンと治る回復の早さもホメオパシーの特徴です。念のため、翌日は保育園を休ませましたが夕方の発熱でも、翌朝復活していることがほとんど。ホメオパシーは、症状をどんどん推し進めていくため長引かない。体力を消耗しない。よって回復が早いのです。ホメオパシーは、働く母親の強い味方ともいえます。3.ストロモニウムの巻先週は、初めてストロモニウムというレメディを使いました。この日、保育園でのはじめての給食当番で緊張とはりきりすぎで発熱したようです。おそらく頭が痛いという体験が初めてで、かつ怖かったのでしょう。早々に眠りについたものの途中で、発狂したかのように叫び、足をばたばたさせて暴れます。しかし、今思うとけっこう冷静でした。思いつくレメディを試行錯誤しながら飲ませていったところ・・・これかも、と思ったストロモニウムですっと落ち着いて嘘のように静かに眠りにつきました。よかったぁ・・・。このストロモニウムは、せん妄状態にいいといわれているレメディです。うわごとをいう時など、ちょっとイッチャッているとき。こんなレメディを使う日がくるなんて想像だにしませんでした。このときほど、ホメオパシーを知っていてよかったと思ったことはありません。あんな様子が続いたら、やはり救急かと思ってしまうのが普通・・・。おかげで、4歳になりますが、未だに夜間診療のお世話になったこともないほどです。「ホメオパシーとは何ぞや?」は、他のサイトでもいろいろ説明されていると思いますので今日はパスして、追々私なりにお話していきたいと思います。
2007.09.06
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