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小さい頃何を集めていた? 私は、鉛筆を集めていた。 歯ブラシの形の消しゴムがついたもの、歯医者さんの鏡がついたもの、上半分が透明の筒で、綺麗な小さな石がいっぱいはいっているもの、サツマイモの形のもの。 そして、楕円形のアーモンドみたいなものと、長四角のチョコレートみたいなもの。 私の指は平べったい。 特に薬指が平べったくて、それは今はどこかへ行ってしまったチョコの鉛筆にそっくりなのである。 連日の爪ケアで、爪と甘皮が酷使されている。 深爪の人は好きだけど、自分が深爪なのは、とても毎日が過ごしにくいことがよくわかった (でも手元が可愛いのでご機嫌)
2008/05/30

今週は、美容関連で付いていないでしょう。 と絶対牡羊座のところに書いてある。今月の運勢!ぜったい。さがしてみて。 日曜日 パーマ賭けに行きたかった。 でも、予約いっぱいです、と断られてしまった。 水曜日、 いつものエステへ。 はじめて、うわさの、ガラス拭き職人に当たってしまう。 ガラス拭き職人というのは、人の顔をまるでガラスを拭くかのようにゴシゴシこする、下手くそなエステティシャン。 デリカシーなくて、超雑で、頭に巻くタオルはゆるくて髪の毛をガシガシ痛めつけられるわ、液体は全て耳まで垂れてくるわ、皮膚の薄い部分を重点的にグワシャーでゴリゴリ削られるわ、電気製品のコードが顔にべったりつくわで、とても不しゅーふ。 手がガサガサで、マッサージされても気持ちよくない。 いつもエステのときはぐっすり眠ってしまうのに、全然!眠れなかった。ずっと、早く終わって欲しい終わって欲しい、とそればかり考えていた。 今日。 金曜日。 質が落ちたのであまり行っていなかったネイルサロン(というと人聞きがいいけど、その辺の)。 フレンチネイルを頼んだら、前人未踏な新技を見せてくれた。 なんと、ベースコート塗って、先の白いのだけ塗り、トップコート。おわり。 地の色は、私の爪のピンク色だよ。なんて、ナチュラル・・・ 私、爪の先が真っ白なフレンチネイル、好きじゃないのでベージュとかちょっとパールっぽいのにして欲しかったのに、選択の余地なく、勝手に純白を塗られたの。 しかも、爪の削り方が、いまだかつて経験したことのない気持ち悪さだった。 何で自分で爪を削らないかというと、削るのが気持ち悪いから。なにか、気持ち悪い振動があるでしょう? 今日の爪削りは、その気持ち悪さから、最悪な気持ち悪さのみを抽出して、倍×倍増したかんじ!! 頭までグヮングヮンなるようだった。永遠に忘れられない、あの気持ち悪さ。 それにやっぱり、品質よくないな。マニキュアの。 塗ってもらってるそばから、ああ~~~今すぐ落としたい!!と思っていた。 今日も、美容院の前を通り、結構すいてたから、切っていこうかな、と思ったけど、これまでの美容不運を思うと、躊躇ってしまう。 たぶん今日パーマあてたら、とんでもなくひどいことになってしまいそう、この流れでは。 だから、ボサボサ頭だけど、もうしばらく辛抱します。
2008/05/30
巧(チャオ)!というのは、なんてまあ偶然な!みたいな意思の言葉である。 ばったり出くわすなんて、巧ね~!みたいな。 上海に来るまでの私の人生に、関西人はほとんど関与しなかった。 唯一みたことがある関西人は、ディズニーシーで親しくなった韓国中学生たちと、大学1年のとき同じクラスだったトンヤンくらいだった。 上海は、ほとんどの日本人が関西人といって過言ではないくらいだ。 今日はじめて会った人は、「二日酔いだ~」といって、オフィスの床に突然ごろんと寝転がるので、びっくりした。 全然私の中で繋がらなかったけど、なんとM谷さんの知り合いだった!! いま、上海にいる人の知り合いがに、今上海で会う、というのは、そんなに低い確率ではない。でも、2年か3年前に一瞬留学した時のMさまの知り合いに会うなんて、すごいびっくり!!ただの私の予備知識不足ではあるけれど… 私がMさまデータを豊富に備えているので、一体全体、M様の何なの??!と、危ぶまれてしまうほどだった。
2008/05/30

危うく連日ますさまの日記を書くところだった。や、やはり増す様の日記を二つ書こう。 マスさまと、いつの間にか日本に帰ってしまったらしいAさんに、変な酒バーに連れて行ってもらったことがある。 そのときもとても「巧チャオ」だった。 ちょうどその前日くらいに雑誌でそのお店を知って、ちょうど行きたいと思っていた。でもその情報では台湾にあるカフェだった。行きたいと直前に思っていたところの、系列のお店だったのであった。 すごく変で面白かった。 そしてすっかり忘れていた。 つい最近、そのお店のカードが出てきて思い出していた。 莉莉さんに「すごく面白い変なお店があるんですよ。今度いきましょう!!」とゆっていた。私と莉莉さん共通の知り合いがいて、その人に連れて行ってもらおう!とゆっていた。 その人の会社に遊びに行ったら、その人(ターゲット)の机の上に そのお店のカードが置いてあった。 莉莉さん、やることがはやい!もう「そのお店に連れて行って」ってゆったんだー!と感心しつつ、そのまま忘れてしまった。 それで全然関係なくご飯食べに行って、「じゃあ私これで失礼します」といったら、「もう一軒だけ行こうよ!!すごく面白いバーがあるからさ、30分だけ」といわれて、じゃあ、とのこのこ付いていった。 のが、またこの酒バー!! 莉莉さんが誘ったのではなくて、全然別であの会社ではやっているようだ。 確かに家に帰ってきたら、莉莉さんにあげたお店のカードが依然としてリビングのテーブルに置きっ放しだ。
2008/05/30
177 :とうきょう:2008/01/03(木) 22:51:32 HOST:usr220208009233.tcn.ne.jp今度娘が受験予定の父です。予備校テストでは40前後の偏差値になっていますが、実際の受験生のレベルはそれより高い子達が受験しているということになりますでしょうか?誰か印象で結構ですから教えてください。ちなみに同じ偏差値では東京順新とかめぐろ整備なんかがありますが、受験生のレベルは異なることになるのでしょうか・ 178 :@@@@ファン:2008/01/04(金) 15:13:56 HOST:usr042.pial171-01.wph.im.wakwak.ne.jpとうきょう様そもそもこの学校は通常のベーパーテストの偏差値ではかれない、口頭試問というテストを課す学校なので、単純に試験形態のちがう学校との偏差値比較は無意味だと思います。学力の目安としては、卒業生の合格実績や、どういう大学から推薦の指定校枠をいただいているかをみれば、ある程度おわかりになるのではないでしょうか? 最近また自分の中で@@(中高)を懐かしむ波が来ていて、@@のことをインターネットでいろいろ読んでは、感動して涙が出そう。 偏差値。 わたしは、ほんとーーーーーに、偏差値だの、何だのという言葉に疎くてよくわからない。 中学校受験の時から、大学受験が終わるまで、そしてこれからも永遠に、偏差値とか理解しないし、理解しようとも思わない。 @@は確かに偏差値が低いので、あほな学校だといわれる。 @@に合格して、小学校の担任の先生に何か進学先の資料を提出した時、当時すきだった同じクラスの吉田君が、私が行くのが@@だと知ってショックを受けていた。 というのも、私は吉田君の唯一のライバルで、もっと偏差値の高い有名な学校へ行ってほしかったようなのだった。 吉田君はそのまま偏差値重視の人生を生きたようで、私が大学まで偏差値を気にせず生きたことに、大学一年生の時会ったら、重ね重ねショックを受けていた。 私は四年生から@@受験専門の塾に行っていた。 要領のよさで、S1或いはS2(上から1番目と2番目)クラスに大抵いた。 S1クラスは模試などでも全国の小学生の中でもトップクラス、みたいな優秀な子達ばかりだった。雰囲気は一般的な塾みたいで、ピリピリしててスピーディで怖かった。 そして不思議なことに、S1クラスの子は、@@に受からない子が多いのであった。 一方、その頃他の塾に通っていたナモちゃんとかのこさん。 偏差値が全国最低レベル以下すぎて、@@なんかとてもじゃないけど無理です。と言われていた。 でもナモちゃんもかのこさんも、揃って@@に合格した。 彼女達も私も、@@の一般的な生徒だった(でも私たち、成績は最底辺だったね)。 私は四年生の時から@@にはいりたかった。 @@は一般的な偏差値観をくつがえす学校である。 だから私は偏差値を永遠に気にしない子になった。
2008/05/28
昨夜は雷がすごかった。 リビングのソファに紅い布をかけていたんだけど、もう夏だから暑苦しい!といって剥がれてしまった。 ひんやり気持ちよくなったので、剥がれたソファでまた新しいハードボイルド小説を読み始めつつ、うたた寝してしまった。 春のカラフルな花々が散り、いつの間にか、パッと突然梅雨の花が咲いている。 池に蓮の花が咲き始めた。 あと、高い木に、木蓮か何か、白い花が満開だ。とても梅雨なかんじ。 南国上海には梅雨がよく似合う。 上海に限って、はじまりは梅雨の季節だ(私にとって)。 なんだか、不安、かつワクワクもする。
2008/05/28

「あの・・写真撮らせてもらってもいいですか?」 と、いわれて、今日写真撮ってきた。 私がどんな人か話題になっていて、今回これなかった人たちに見せるんだとか。 いやいやいやいやいやいやいや、 そうやって、話を一人歩きさせないでくださいほんと・・・・・・ 永遠にその人たちに会いたくないよね そんな期待されて、実物が会いにいけないよね。 なんなんだよ、アイドルかよ、って話よね。中学生みたいだ。 外国来ると、たがはずれるのね。。。 やりにくいったら…
2008/05/26

中国で大人気の「火影忍者naruto」。 徐徐オタクの影響で、読んでいたけれどー、っていう程度の予備知識ですよね。ってばよ。 徐徐オタクの歩さんが漫画貸してくれた。 ありがとう。超久しぶりで面白かったよ。と伝えたい。 歩さんは日本語を突然勉強中でいつも私と目が合うと「螺旋丸!!」という。或いは「高橋ユウスケ!!」という。 かつての日本人が、「アレーなんでちょんまげが頭についてないのー?」とイメージ付けられていたような感覚で、現代の日本人は、国民総オタクであれ、と願われている。 日本語を全然知らない人も、「拙者」とか「われわれ」を知っているっていう。アニメの影響なんだって。面白いね。 ↓ツンデレ韓国人の日本土産で、中国人と日本人がお揃っているエヴァンゲリオンズ。 同じ鍵におそろいのキーホルダーつけてるなんて、天湖くんと夢見みた~い、我々。
2008/05/26

「ファニーフェイスの死」 60年代の東京の描写が面白い。 よくお母さんが「釜焼きピザをはじめて食べたのは新宿高野ビルのイタリアンレストランだった。すごくおいしくて釜焼きピザを食べたいときは高野に行った」とかそういう話をする。 私たちは生まれたときからマクドナルドはもちろんあり、釜焼きピザだってあちこちで食べられ、マツモトキヨシでもソニプラでも化粧品のテストカウンターはお馴染みだ。 そういった当たり前のものが60年代の東京には無く、或いは出てきたばっかりだった、ようだ。そんなの想像もできない!! 当時新宿には何も無かった。なんていうのも信じられない。 私たちは都庁が新宿にあることしか知らないもの。なんで「新宿副都心」っていうのかもわからないものね。 マイロードは違う名前だったんだよ。当時はミロードもルミネも無く、たしかステーションビル?が駅ビルだったよう。 表参道のことを「神宮通り?」といったことも驚き。 確かに、お父さんお母さんおばあちゃんおばさん。。たちが言う東京の地名等が、現代の一般通称と時々ちょっとちがう、と感じることがある。 例えば、今は無いものを、目印にして場所を説明したりとか・・ そういうところに、昭和の片鱗を感じるので、面白い。 青山から明治神宮まで、何も無いのでよく見渡せた、っていうのも、信じられないけど面白い驚きだった。お父さんが環七は空き地同然だったので、凧揚げをする場所だった。というのと同じ感覚かな。 過去に行きたいなあ 過去に生きたいなあ でも過去に行けないから、今が過去になったときのために今をよく見ておくしかないね。 きっと未来から見たら今も憧れの00年代ね。
2008/05/25
なぜ今テンションが高いのかというと、ドキドキして、とても嫌だったイベントが無事終了したからである!!! それは、私の会社のフォーラムで、日本と上海を接続し、私がペラペラペラペラしゃべらなければいけない、という拷問罰ゲームのようなもの。 台本があり、日本側では綺麗なお姉さん(プロ!)が、流麗にペラペラペラペラ~~っと喋る。 ああ、すごいなあ、お姉さん、素敵ーー!! って憧れている暇もない。 私も同じようにやれって言われるんだもの!!! 超無理すぎて死にそうなほど無理!! 無理な上にお姉さんと比較されるなんて、超無理!!! でも、お姉さんに迷惑をかけてしまうのがすごくいや!!! だから頑張って無理してお姉さんくらい立派にやった。 なんてことは、地球が引っくり返ってもありうるわけはなく、私はしどろもどろで、何度も間違えて、真っ赤ッかになって、駄目駄目だった。 しかし、お姉さんや、その周りでサポートしているたくさんの人たち、 またフォーラムの会場にいるたくさんの人たちが、非常に心強く支えてくれ、 こちらでは会社の中でこの業務が軽視されているどころか、存在を知られていないので、誰も助けてくれる人もいない中、何とかかんとか慣れてきた。 台本部分は最後までつっかかりまくりだったけど、いろんな人と喋って、 いろいろ褒めてもらったし、 面白かった~
2008/05/23

友達になれる男性は、私が「ブス」とか突然言ってもひいたりしない人だ。 この見極めはとても難しく、人間関係や信頼をぶち壊してしまいかねないので、そう多くの人にはブス話をふれない。 反対に、ブス話が出来る人とは、とても気が合い、話が超盛り上がるのでとても楽しい。 ブス話をできる男性は、必ず私に恋愛感情を抱かない人で無ければならない。 私のことをブスとか美人の範疇外に置き、とにかく私のことはタイプではない。と心から言い切れなければならない。 そういう人たちは、自分の好きな容姿のタイプが確固としている。 そしてとても客観的に人の容姿を判断できる。 性格の良し悪しや、人間関係とは切り離して、容姿を考えることが出来る(もちろんそれは悪趣味なことである。必然的に性格が悪い人たちだ)。 最近の私の周りでは、D部長や、GZWさんが、そういうブス話仲間であるといえる。日本であれば、たとえばN沢君はそういう仲だろうと思っている。 彼らとは普段は全然気が合わないし、心底性格が悪いなあ!って胸糞悪くなるが、ブス観に於いて、精神世界をともにするので、やはりどこか通じるものがある。
2008/05/22
工事にベンダーさんがつれてきた新人の女の子が、漫画から抜け出してきたかのような、まさに絵に描いたようなブスでさ、すごいまじまじ見ちゃった。 すごーーーーーく!私の好きなタイプ。 恵まれてない人って、どうしてとことん恵まれていないんだろう?? 非常に不平等すぎて、酷である。 まず顔が非常にまずい。 一個一個のパーツがとことんまずい上に、全体のバランスが滅茶苦茶である。 無関係ではないんだと思うけど、身材も恵まれていない。 たぶん、呼応するんだろうけど、ファッションや髪型も超いけてない。 たぶん、始まりは本当に些細な「`」なんだと思う。 でも芋づる式にすべてが繋がって、ゴロゴロ崩れていくんじゃないかしら? つまり、顔が非常にまずいせいで、外見を繕う努力をしないでいてしまう。 外見を繕うことに全然興味が無くなってしまう。 人に見られることに慣れないようになってしまう。 人が自分を見てるだなんて、思いもしなくなってしまう。 という悪循環で、きっと抜け出すのはとても困難だろう。 私が苦手なブスは、シャキシャキしてて、取り仕切りやで、つべこべ言って、ねじくれていて、「はいはーーい、みんな静かにするー」とか唇とんがらせて言うタイプ。同級生の中なのに、先生面するような。 それ以外のあらゆるブスは本当に好きで、積極的に友達になりたいと思う。 馬鹿にしているんじゃないよ?好奇心でもなく、ただ、なんかとても、萌えるよね このベンダーさんの新人の女の子は、むっつり大人しく、ドンくさく、気が利かなく、ドジで、失礼で、品が無い(訊いても答えない。お客さまの物を壊して工事をストップさせる。狭い通路の真ん中に突っ立ち、人が通ってもどかない。じろじろ人を見る。ひょい、と線を飛び越えるつもりで引っかかって、線を抜けさせてしまう…)。 ふむふむ、いい傾向だ。 深入りはしたくないけど、友達にはなりたい。 今後もいろいろな工事であえるといいな。根掘り葉掘りきいていきたい。
2008/05/22

とうとう読破した。「撃つ薔薇」 だらだら、複数の本を何又も浮気して読んでいるのに、こんな短期間で読破したのは久しぶりだ。やっぱ小説って読みやすいのね。 「森に囲まれた家が見えた。 それは家というよりは小さな宮殿のような姿をしていた。 無骨なつくりではあるが確かに宮殿だ。 開発途上国の独裁者がセンスの無い設計家に造らせた建造物のように映った。 建物自体は立方体をしており、正面にあたる部分に太い二本の柱と、その柱にはさまれた階段、スロープがある。実際は四階分の高さがあるが、フロアは二層しかないようだ。」 ↑一番悪い人の家の様子 イメージできない、と思っていたら、そんな建築物をちょうど見つけた。 そうかあ、ここが社長の家だったんだー・
2008/05/22

三段棚を完成させて、大得意になっていた頃、洗面所の電球(まるいの)が、切れた!! 絶望的だ。 面白いほどに、私に試練が降りかかる。 私が? 電球を??? 笑っちゃうよね。付け替えられるわけ無いじゃん。 だって人生で電球を付け替える機会があると想定して生きてきてないもん。 おとうさ~~~~~ん ・・・・・ 最初の一週間は泣いて過ごした。 そして次の一週間をかけて、なんとか電機の笠を外した!! これはだいぶすごい。 もうそれだけで、生きてきたことを全うした、と思ったね!!! 次の一週間をかけて、電球を外した。 山田かまちみたいに死んでしまうんじゃないだろうか、と覚悟した。 それで大部分の過程が終了したかと思ったら、電球がなかなか手にはいらないのであった。そんなに珍しいものでもないと思うんだけど・・ 真っ暗闇でお風呂に入るようになってから、もう一ヶ月くらいたってしまった。 私に技量がないせいで!! 私が何もできないせいで!!! 瀬に原は帰られない。背に腹は代えられない。 私が電球を手に入れて、取り付けなければ、誰も取り付けてくれない。 私ががんばらなきゃ、誰も私のためにがんばってくれない。 おとうさ~~~~~~~~~~ん 枝里子、何もできないけど、でも何も出来るようになりたくないよ でも、出来ないととっても困るよ。 えーーーーーーーーん・・・ 泣いてグズグズ過ごしていたら、奇跡的に電球が見つかったので、飛び上がりたいほどうれしく、スキップして帰ってきた。 「どうしよう!!どうしよう!!!!!」とひとりで言いながら、 山田かまちみたいに死ぬかな、と思いながら、 スキップのテンションの余韻を利用して、電球を取り付けてみた!!! 外すほうが難しかった。 そして、電気が、ついた!!! で、で、電気がついたよ!!!!! えこすごーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!! えこ、えこをとってもいい子と思うよ! 今日、自分が何も出来無すぎて、今日もいっぱいガッカリしたんだけど、でも最後に、電灯つけるなんて、とーってもすごいことを成し得たから、えこは、えこに満足した。 凄いいい夢見れそう! うれしくって何度もかちかち、電気つけてしまう。
2008/05/22

もうすぐ、今回上海に来て二年になる。 なんて公言をはばかられるほど、私の中国語は全然うまくなっていて、恥ずかしい限りだ。 ほんとうにほんと。全然進歩が無い。 2004年?に留学に来たばかりの頃、これでは駄目だ!せっかく上海まで来たんだから、貪欲に言葉を身につけていかなきゃ!!と、思い立ったことがある。 そうして、一日一言は中国語をしゃべる。と目標を立てて、意識して知らない人とかに話しかけるようにした。 だけど、すぐに気づいた。私は、日本でだってそんなに喋らないのだ。 外国にいるからといって、突然 ペラペラ喋れるようになるわけないじゃない、性格が変わるわけじゃないんだもの。 だから、一日一句運動は、すぐに終結した。 うまくなるには、間違いを恐れずに、とにかくいっぱい喋ること! とよく聞くし、そんなことは分かっているんだけど、間違いももちろん怖いし、何しろ「はいはいはーーーい!」って発言するオプション機能が私には無いんだから、そもそもが無理なのである。うまくなれなくたって仕方ない、そういう性格なんだもの。 だから、今でもうまくないままでいる。 私よりあとから中国に来たのに、とっくのとうにペラペラな人たちを見て、感心してる。 そんな中、先日、お客様に「中国語うまいね!」って誉められた。 その人は香港人で、中国語の発音がよくなく、あまり聞き取れない。 そして、とっさに言葉が出てこないらしい。 その人のほかの人(たぶん上海人)にも「うまくなったね!びっくりした」と誉められた!! そのお客様は、私がはじめて担当したお客様で、以後、定期的にお会いしている。 最初は、ほんとに全然コミュニケーションできず、でもとてもいい人なので、なんとなくコミュニケーションできている、みたいな感じだった。 そして、上海人たちが上海語で話している内容を一生懸命聞いていて、それは私の仕事の範囲であり内容が予測できる上、聞き慣れた専門用語とかがよく出るので、だいたいの意味が聞き取れた。さきほどの香港人のアレックスさんは、「全然全然わからない」と言った。わたしはだいたいわかった。 そうかあー、私、向上心無いけど、向上はしているんだなあ!びっくり。 道理で「台湾人?」と訊かれることが多くなってきたんだな。 日本とか韓国だけじゃなくて。 そうそう、でも昨日、駅の近くを超集中して歩いていたら突然うしろから声をかけられて、超びっくりして「わー!!!!」と声を上げてしまうほどびっくりして、ほっぺの内側を食い千切ってしまった様だ。血まみれで痛い。 それは何かの怪しい勧誘で(なんかの調査といっていた)、「わかりません、すみません」ときっぱり日本語でゆったら「ソーリー・・」と後退りしてくれた。 都合よく外国人面したりもしている。
2008/05/21

ハードボイルド小説第二段「撃つ薔薇」!! 「心では重過ぎる」から先に読んで良かった。 「撃つ薔薇」も面白いんだけど、なんか私たちが高校生の頃書いていた交換小説に似ていて、親近感を感じてしまうのだ。 私たちが書いていた交換小説たちは何処へ行ったかな? チャーリーズエンジェルの映画が大!好きだったので、完全に影響されて、すぐに小説を書き始めた。 あと、忍者が大!好きだったので忍者の小説も書いていた。 また、醜女が大!好きで、整形手術に非常に興味があったので、そんな小説も書いていた。 オタクで、面識の無い後輩が、移動教室の机に忘れた恥ずかしいオタク小説の後を引き継ぎ、極力オタクっぽく小説を書いていたこともある(面識の無いオタクな後輩に直接「一緒に書こうよ!」って誘ったら、こっちが受験生なのに、「勉強が忙しいから」と断れた件)。 短編をこころがけて、ファンタジー小説を書いてた。 宇宙小説も書いていた。 あと、薬師寺さんと、メールで金魚の小説を書いていた。 「撃つ薔薇」をよんでいると、そんな交換小説の世界を思い出す。 私たちは、もちろん何も知らず、全て想像だけで書いていた。 または映画や雑誌の情報からイメージして、書いていた。 人物や物事や場所を。 今読んだら面白そうだし、また書きたいな、交換小説。
2008/05/21

タコ坊って、タコ部屋みたいだけど、別にタコ部屋じゃないんだから!! タコ坊は意外に有名みたいだけど、私が知ったのは、偶然だった。 いつものように徘徊していて、恐る恐るさまよいこんでみたら、すごく面白そうだったのだ!! こういう、物事との出会い方ってとても好き。 これ!と決めて、それを求めてグングンゆくのも好きだけど、当て所なくいつの間にかたどり着くのもいいよね(富はどっちかというとこういう感じ)。 タコ坊は行く度に、どんどん変わっている。 とてもいい感じに変わっていて、いつも行く度に、圧倒されて、心浮き立ち、そして、ああ、とガッカリもする。 自分がそこに参加するほどの才能とか無いことにとてもガッカリ。 とても大好きなのに才能が無いのは、悲しいことですね。 でも、中で掻き回す人にはなれなくても、憧れて外から見てる人にはなれるよね。だから私は何度も迷い込んで行っているんだと思う。 ただ、思わぬところに猫がいて、にゃーー、とか言っているので、漫画のように2m位とびあがって、一目散で逃げ出さなければならないことがよくある。
2008/05/21

結構、土日はぐうたらしていることが多いので、自分を叱咤激励して、無理やり出かけたりする。 なんか勿体無いんだもん!!土日が。 でも土日になると、ゆっくり休みたくもなるでしょう?? ジレンマ・・ 日ごろの行いが悪いので、家を出た途端雨が降ってきた。 そして家を出た途端、お腹がすいてきた。 途方にくれながらも、森ビルについて勉強しながら(最近かおりんから習得した技、podキャスト!)、なんとなくタコ坊に続きそうな道をいってみた。 着いたところは、タコ坊にやや遠いところ。 そして、雨足は結構強く、虚弱なアイポッドはフリーズしてしまった。 とぼとぼ雨に濡れながら歩いていったら、急に雨がやんだ。 驚いてみあげると、街路樹にぎっしり葉が茂っていて、道路を覆いかぶさっているのであった!!! そういえば、ここはよさこいの申し込みに来たところでもある。 そのときもこの辺の道を通り、街路樹の密度にびっくりした。 お母さんは、街路樹に興味があるようで、あちこちへ旅行しても「この木はなんなのか、運転手さんに訊いてみてよ!」という。 そのおかげで知っている。この木は、フランス梧桐!です。
2008/05/21

い.接写機能をもっと高度にして欲しい 私が写真を撮る目的の8割が接写といってもいい。 しかし、この撃ピンクは接写に向いていないので、思うとおりの撮影ができない。 接写モードにしても、接写しようとするとピントが合わない。接写モードでも30センチは離さないとピントが合わない。背景にピントがあってしまったりする。接写モードの意味が無い。 接写を成功させるためには、接写モードにして、カメラと対象を離して、アップにしなければならない。でも拡大するとその分、ぶれるでしょう? それに、思うところが狙えなかったりする。 PanasonicのLumixシリーズと、また以前使っていた携帯電話もPanasonicだったのだけれど、やはりカメラの性能がとてもよかった。特に接写機能がよく、私の思うがままに撮れた。ろ.内蔵画像をメディアにコピーするとき、既存画像を自動削除する機能が欲しい 「既存画像を削除しますか?」という選択項目があればいいのに。 よくうっかりメディアを入れるのを忘れたまま使ってしまうので、カメラ本体に画像が保存される。SDカードに移すとき、もとの画像を消せないので(SDカードを取り出して、電源つけて、全てを削除、は面倒くさい)、どんどん残ってしまう。 次の画像郡をまたSDカードに移すとき、いちいち画像を選択するのは面倒なので、「すべてを選択」を選んでしまう。そうするとSDカードの中に同じ画像が複数存在してしまう。あるいは複数のSDカードに同じ画像が存在してしまう。は.充電と画像をPCにいれるのは、ケーブルでもできるようにして欲しい。 私がオプションを知らないだけかもしれないけど、現在、充電する際は電池を取り出して充電器にかちっとはめている。 画像を取り込みたいときは、SDカードを取り出して、カードリーダーに差し込んだり、パコそんに差し込んだりしている。 なので、SDカードがころころ変わって、欲しい写真が何処にあるのか分からなくなったり、写真を撮ろうと思ったら、電池が入ってなくて、見ることすらできない!ということがよくある。 それに、電池とSDカードをいれるところのふたは薄いので、いつかパキッと壊れてしまいそうで怖い。
2008/05/21
世の中に苦手な物がたくさんたくさんあり、そんなものは極力避けて生きたい。 でも苦手なものがたくさんありすぎて、避けきれない。 苦手なは少なければ少ないほどいいはずだ。 だから、私はこの人生の大半を、苦手なもの克服に努めてきた。 でも苦手なものはどうしようもない。苦手すぎてどうしようもない。 たとえば、私は猫が大変、非常に苦手なせいで、薄暗がりの植え込みの中の小道なんかを歩くことが出来ない。突然ぬっと猫が出てきた場合、対処できないからだ。 苦手なものがあるということは、その分、行動や可能性が狭められるということだ。 それは悔しくてしょうがない。 では、私は猫を克服できるかどうか? 荒療治で、猫を飼ってみたらどうだろう? と自虐的に書いてみることすら、実は気を失いそうに怖い。 ぜったい、ムリ!! 猫と同じくらい苦手なことがある。 それは、人前で発表すること。 日本人は往々にして苦手かと思うんだけど(奥ゆかしいことをよしとする文化であるため)、その中でも私はだいぶ苦手なほうだと思う!! 一対一でも恥ずかしいのに、一対多数、ひいては、一対大人数なんて、拷問すぎて拷問過ぎて、豆腐の角に頭ぶつけて死にたいくらいだ、今この瞬間。 だって、自己をアピールしないように! 発言することを恥らうように!と教育されてきたのに、いまさらそれを覆せって、無理な話じゃない?アイデンティティの崩壊じゃない?? もう、ほんとに、まもなく、ほんと、いやな催し物がある。 台本まで用意されていて、私の名前がいっぱい書いてある。 ほんと、ほんと、泣きそうだ。 なんで????? わたし、ほんとに裏手でみんなを支える役のほうが好きなんだって! 無理だって! どうしよう、ほんと、どうしよう・・・・・ シャキシャキなんて喋れないよね・・ でも迷惑だよね。もーー・・・ほんとにどうしよう。お腹痛くなって休みたい。
2008/05/20

富市と私が離れていると、富市の心境を知る由もないから、みんなだって富市が心配で心配でならないんでしょう??? 昨日、マンションのポストを覗いたら、お母さんからはがきが来ていた(藤娘の絵葉書)。 鯉幟と柏餅の絵が描いてあった。私にじゃなくて、郵便を運んでくれる人にあてて描いた絵であるようで、「KASHIWA」と説明書きがしてある。 ほんと、こういうとこにてると思う、絶対郵便局の人見てないのに、「もし見た場合」を想定して描いてしまうとこ。 前回の、家への手紙に「富たんはお元気ですか?先日、家に帰ったときにお父さんが、そろそろ富を保健所に連れて行く、といっていたのが気がかりでなりません。私たち姉妹は富たんを要にしているので、富がいなくなったら家に帰る意味も半減します。」と半ば恐喝のようなないことを書いた。 お父さんは、本当に怖い目で「富を保健所に連れて行く」とゆったんだよ!! ふ、ふ、ふゆえ~~~ん と、富たんも、泣いちゃうよね。こわいよね、え~~~ん 上海に帰ってきて、何度、保健所に連れて行かれる富を想像して枕を濡らしたことか。 動物を外国に連れてくるのって、本当に大変で、本当に可哀相と聞くけど、保健所で殺されるよりはマシかなあ、と何度計画したことか。 そうしたらお母さんの手紙に富の近況が書いてあった。 「富は変わりなく元気です。 でも随分、老いました。散歩に行くとたくさんの若いシュナ犬に遇うけど、毛並みが違います。 また、尿漏れも多くなってきたので、子犬の頃のお漏らしシートを引っ張り出してきました。富がビリビリにしてしまうあのシートです。」 富たんったら、ほんと何やっても、どうなっても可愛いのね~~ 早く日本に帰りたいな。 富の最後は絶対に看取りたいんだ。
2008/05/19
格好いい人はどうして格好いいのだろう? 格好よさとは、洋服や髪型などに由来することが多い。 素材は差不多でも、洋服や髪型が垢抜けているだけで、格好よく見えることは必須だ。 しかし、格好いい人の中には、もしもボロを着てスポーツ刈りだったとしても格好いいだろうな、という人がいる。 かといって、では顔が彫刻のように美しいのかというと、そうでもないケースもある。 それは、きっと長年の積み重ねに因るんじゃないだろうか? 格好いい人は、きっと昔から格好いい、と言われ慣れて、見られ慣れているからかな。 磨かれるのかもしれない。
2008/05/15

久しぶりに家に電話したが最後、結構遠い駅から家までずーーーーっとお母の話を聞いていた。 おとといはおじいちゃんの命日だったのでおばあちゃんの家にいっていたそうなんだけど、おばあちゃんはいつも話し相手がいないから、たまに行くと話が長くて大変!といっている割に、自分自身がそうなっている、お母さん。 私も普段話し相手がいないので、来たばっかの頃は毎日家に電話してお母さんとおしゃべりしていたけど、最近では強くなり、また内面にとじこめる癖がついてしまったので、家にすら電話しない。誰にも何も言わない。 私にはある伝説がある。 口から生まれてきた伝説。 私の家はよくキャンプとか山登りとか潮干狩りなど外に積極的に出て行く家庭だ。 ある年、親戚一同で潮干狩りに行った。 一日中貝を掘って疲れきったみんなに、私はまだ人間の言葉を覚えていないくせに、乳母車に乗っていて全然疲れていないもんだから、ずーーとペラペラ喋り続けているんだって。でもそれは枝里子語だから誰にも理解できないんだって。それでも枝里子はずーーっと楽しそうに喋っているんだって。 親戚は今でも、枝里ちゃんといったらよく喋る子、というイメージを持っているけど、実際私、あまり喋らなくない?ましてや、今回上海に来てからは、一日に二句、三句しか発していない。 現に、私を見慣れている会社の人たちが、ある集まりで日本人のお姉さんたちをたくさん目にしたとき、いっぱい喋ったり笑ったり大きな声を出したりするもので、ビックリしていた。「日本人の女性って大人しくて、あまり喋らないもんだと思っていた!!」って。
2008/05/14
『斉藤さん』を最近見てる。 先日日本に帰ったときお父さんがはまっていたドラマで、随分分かりやすく解説してもらったので、はじめて見るドラマなのに、あー、なんか知ってる!というデジャヴを感じる。 当たり前だけど中国と日本ってほんとに全然習慣や文化や教育が違うので、毎日戸惑ったり泣き寝入りしたりしている。 斉藤さんは毎回毎回「人様に迷惑かけないの!」といっているけど、だってそんな言葉は中国語にないでしょう?? 隣で見ている莉莉さんは、いつもケラケラ笑っている。 たぶん、言いたいことをなかなか言えないだとか、権力者の陰に隠れたがるとか、そういう日本人の国民性ってさぞかし可笑しいんだろうなと思う。 私だってきっと、日本でこのドラマを見たら、私はこんなにうじうじしたりしない!!って偉そうにするかもしれない。でも、中国にいて中国人に囲まれていると、毎日自分の日本人っぽさを痛感する。 もちろん日本人らしいことは悪いことじゃないし、私はこのまま日本人らしくいいところも悪いところも保存しておこう、だってそれがよいと思って教育を受け入れて育ってきたんだもの。と思うけど、そればっかりでは負けてしまう、ほんとうに。却って人に迷惑をかけてしまったりする。
2008/05/13
多数決で負けて『斉藤さん』を中断して四川省大震災のニュースを見てた。 驚いたことに四川省には「地震局」があって、副局長がずっと記者会見をしている。地震のないこの国で、地震局の人って何しているんだろう?? 大都市上海の電信局だって、派出所だって、いっつも暇そうなのに、四川省の地震局って、普段何しているの???超謎。 日本って地震とか台風の時の報道が大変優れていると思う。 地震の決定的な瞬間にも必ずどこかのカメラが廻っている。 記者もすぐさま現地に駆けつけて、被災者から実のある内容を訊き出している。 そうして客観的に冷静に分析し、対処し、まとめて視聴者に伝えてくれる。 中国の地震報道を見ていて、全然だめじゃん!!って再認識した。 中国のバラエティ番組が死ぬほどつまらないけど、ニュースすらつまらない!! 最初は、衝撃とか情報とか何かしら受け取るものがあるんだけど、 ずーーーっと同じことを繰り返してばかり。 また、恐らく視聴者の嗜好に合わせて、インパクトのある映像ばかり。 例えば昨日の場合は、病院の様子ばっか映していた。 病院の外に大事につれてこられて、木陰とか車の中で点滴を続ける患者や赤ん坊達。 有意義なインタビューとかないし、広場で座り込んで発泡スチロールの容器でご飯を食べている若者なんか映されても、それが日常的なことなのかどうかすら、こちらは判断できないじゃない。 携帯電話を手にしている若者に、「通話が輻輳して電話が利用できなかった」ことを訊きたかったらしいんだけど、インタビュアーも若者もなんかテキトーで、結局なにもつたわってこなかった。 なんか、日本の素晴らしい報道に慣れているので、もどかしくって仕方なかった。 しかも、いつものことだけど、「では10時のニュースを終わります」とかの言葉がなく、突然ブツリとドラマに切り替わる。インタビューの途中なのに!! そして他のチャンネルに廻してもみんないっせいにニュースが終わってる。
2008/05/13

粘着質の蛇年生まれなので、なんでも、一度はまると骨の髄まではまってしまう癖がある。命果てようとも、それの方が大事。寝食なんてもちろん忘れる。すごい集中力。 大学2年生の思い出といえば、世界を作るゲームだけだもの。学校に行く以外の時間は全て世界に費やしていたね。 先日買った「キューブ」ていうゲームが面白すぎる!! 寝る前にも、起きてすぐにもつい何時間もキューブぶつけをやってしまう。 台所の下に、お醤油とか油類を置いているんだけど、頭がキューブになっているから、オリーブオイルをごま油にぶつけて・・・って、つい考えてしまった。危険すぎる。 また姉の話なんだけど、スーパーまりお3にはまっていた時、姉とお使いに出かけて、「車とかぶつかっても平気だし、ピョーんってとび越えられそうな気がするよね」って話していた。姉も同じこと考えてるんだ~、ってびっくりした。 母もまた同じで、一時期わたしがソリティアにはまっていたとき「カチカチっていう音ですぐに分かるんだからね。やめなさい!」って怒っていたくせに、次の週くらいから自分がはまっていた。カチカチってずっとやっていた。
2008/05/11

結構私にもクレイジーな血筋が混ざっていて、夜中に突然なにかをはじめることがある。 一番クレイジーな伝説は、二番目の姉が夜中に突然、使っている洋服ダンスを破壊し始めたこと。今でも語り継がれている。草木も寝静まる丑三つ時に突然思いついて、いきなり破壊からはじめたのだ。ほんと、あれは、狂ったかと思ったね!! そのたんすの3段目の引き出しには、昔私が二段ベッドのはしごを倒して、作ってしまった傷跡がある。せめてその段から破壊すればいいのに、無事な綺麗な段からまず破壊したんだよ。お父さんがすぐ飛び起きて、とりあえず次の日にしなさい、と言ったんだったかと思う。 私はずっと、今の部屋に何か収納の棚がほしいと思っていた。 グズグスいろいろ探し回って、先週やっと見つけたものの、なんと、「これ」と指差して出してきてもらったのが、組み立て式!!! 気絶するかと思ったわ。 私が組み立てる? できるわけないじゃないの、 枝里子だよ?? 友里子じゃないよ??? でもしぶしぶ買ってきて(部屋にまで持ってくるのが大騒ぎ)、当然、ほうっておいた。 次にお父さんが来るときまで置いておこう、と。 私は本当にあきれるほど何もできないのだ。 自転車も空気がなくなってしまって、マンションの自転車置き場の自動空気入れと格闘したんだけど、30分やって、全然空気が入らなかったので諦めた。もうずっと乗ってない。 お料理もできない。肉売り場が怖くて近寄れない。ましてや切るなんてとてもとても!! DVDの機械をTVに接続するとき、どこを何処に差せばいいのか分からなくて、白黒で見てる。 何もできないというのは、本当に日常生活において不便である。 ああ~、なんでお父さんいないんだろう??? おとうさ~~~ん しばらく泣いていたけど、どうしようもないので、 夜中に突然、ダンボールをはがして、棚を組み立て始めてみた。 穴にボンドを流し込んで、木のねじを入れて… おととし、扇風機を組み立てた!!(奇跡だった)とき買ってきたドライバーで、ねじをグルグルして… 「出来ないよ~え~ん、ぐずぐず」って言いながら、トントンかんかんやっていたら、 出来た!!!!! 三段棚できたよ、お父さん!!! みてみて、後ろにはちゃんと、補強用の△と、ミニねじが付いているのよ。 横のねじ穴は、木目のシールで隠してあるのよ!! こうやって、日記に記録している今も、感動して再び泣きそうだ。
2008/05/11

私の仕事って、待ち時間が結構あるんですが、はじめて工事現場に連れて行った徐さんが、シーンと静まり返ったお客様の事務所で突然、「お腹すいた~~!」と言いました。 工事が終わって、お客様に確認してもらっているところだったんだけど、そのタイミングで「お腹すいた~」というのは、「私たちの仕事はもう終わったのに、あなた達の確認がタラタラ遅いせいで、なかなか帰れないじゃないの!」という不満を表すことになります。 しかも、別にそんなに長引いているわけじゃなく、思いっきり業務時間内です。お客様はそもそもお客様だし、せかされる筋合いはまったくありません。 なのに、そんなに無邪気に「お腹すいた~」なんていわれたら、私の立つ瀬がありません。ビックリしてしまいました。 そもそも、この工事のためにお昼も抜いてる私が言うならまだしも、徐さんは午前の仕事をさっさと切り上げて、食堂でご飯を食べてきたのです。
2008/05/09

バラの季節ですよね。 バラってどうしてこんなに、心をときめかせるのかしらね。 デザインもいいし、漢字もいいし、「薔薇の匂い」もいいし、「薔薇味」もおいしいよね。 昨日今日と、カメラを持っていないときとか、車に乗っているときにばかり、わーーー!って歓声をあげたくなるような見事な薔薇をいっぱい見かけた。 黄色とか、ピンクとか、赤とか!! 今度の休みにはいっぱい散策に行かなくちゃ!! さっき、気付いたんだけど、薔薇の魅力のひとつは、葉っぱじゃないかしら?? 何気なく見過ごしていた、引き立て役の葉っぱ。 そういえば、他の植物より、青っぽい深緑色ですね。 花が華やかで目を引かれるけど、実は、葉っぱも綺麗なんだって、さっき気付いた。 桜の、幹が綺麗なように、薔薇も葉っぱが綺麗だ。
2008/05/07

歩くことに先日、すごく面白くて新鮮な感覚を感じた。 歩く時私は、遠く遠く向こうを見るんだけど、ふと目を前にしたまま足元を目の端で見たら、地面が動いていたの。 目を足元に向けたら、脚が右ひだりみぎ左・・って出てくるでしょう。それは普通なんだけど、歩くことで地面が前から後ろに通り過ぎていくんだよ。おもしろくない??
2008/05/07
小さい頃は一人っ子に憧れたものだけど、やっぱり3姉妹でよかった。バランスが良いし、他人より勿論近いのだから、分身がいっぱいいるようだ。 父が国内で単身赴任をしていたとき、母は「別荘がいっぱいあるみたいね☆ いろんなところに行けて楽しい♪」ととても楽観的だった。父はいつも「お母さんが明るい人だから、本来なら大変なことも楽しいことに変えてくれる。本当に結婚してよかった」と言っている。 夫婦もそうなら姉妹もそうで、姉妹が散り散りになっていることは、なんだかその分、自分が制覇している土地が広がったような感覚だ。 姉が静岡に行かなかったら、私たち家族は毎週末のように沼津までお寿司を食べに行っただろうか? 私が上海に来なかったら、両親は中国に遊びに来ただろうか? また、実際赴かないまでも、そこに家族がいるというだけで、ニュースの中で「沼津」とか「上海」という文字に目が引かれるようになるでしょう。友達でもそうなんだから。(*姉はもう沼津にいませんが) 間もなく、私の家族はまたバラバラになる。 私は自分自身が離れたところにいるので、特に実感は湧かないけど、なんだか楽しみだなあ! 今まで興味が湧かなかったところにも興味が湧いて、人生で行く機会がなかったかもしれないところに、今、いつ行こう、どうやって行こう??と画策しているのだから。 急にその土地が魅力的に見えてきたりとかして。 私も上海の次は、他の国に行きたいんだよね。やっぱ行こうかな!!
2008/05/06

停滞していた「心では重過ぎる」を読み終わるため、セガフレッドザネッティへ。 だって、私の部屋の電気、ほの暗いんだもの。 椅子がSの形なのが気に入った。 お客さんがいなさ過ぎる。 一日でお客さん、私だけだったんじゃないだろうか。 お客さんがいないと入りにくいよね。 そうするとお客さんがいなくなり、そうすると入りにくくて・・ という悪循環よね。 BGMが大音量のノラ・ジョーンズで、私は「心では重過ぎる」のBGMは2000年頃のあゆの歌と決めてるのに、ムードぶち壊し。 ノラ・ジョーンズは確かに良いけど、流行りすぎだろう。 カフェ=ノラ・ジョーンズをとりあえずかけとけば問題ない。みたいなイメージが蔓延しすぎだろう。 「心では重過ぎる」のラストが、のんびり穏やかなイメージになってしまった。
2008/05/06
別に上海に来たばかりじゃないのに、最近健康が気になって仕方ない(サプリおたくは私じゃなくておばあちゃんです)。かといって別に健康にいいこと、一つとしてやってないけど。。 なんだか最近とみに、上海の空気の汚さが、すごくすごく気になるの。 ほんとーーーに臭いし、苦しくない?? 今まで鈍感だったのかな。 水も食べ物も空気も悪いでしょう? 水も空気も、顔をしかめながら、摂取することはできるけれど、やっぱ積み重なっていくでしょう、そうすると絶対身体に悪いよね。 今まで上海で生きてこられたのはきっと、超人的に身体が丈夫だったんだと思う。 でも上海にもう2年も生きてしまったから、きっと20年くらい寿命が縮まったんじゃないかな。 20年をかけるほど、そんなに価値がある毎日だろうか?? 健康をかけるほど? 私は、ほとんどすべてのことを惜しみたくないけど、何かを惜しんで今の何かを手にできない、というのがすごく嫌なんだけど、健康だけはやっぱ、惜しみたいよね?? こんな空気の中で生きた身体は、日本に帰って、「ピュア」の薬で、浄化されるかな? タバコは生まれてくる赤ちゃんに悪いっていうでしょう? タバコよりもっと極悪そうな上海の空気を毎日吸って吸って吐いている私から生まれたら、本来健康優良児なはずの赤ちゃんも、弱くて不健康になってしまうのかな。 私、いつか自分が赤ちゃんを産むのをとても楽しみにしているのに、そんなことになったら悲しい。 お父さんにもお母さんにも、悲しい。せっかく健康優良児に生んでくれたのに。 上海にいることは、私の現在で、それはとても楽しい、いいことなのに、でも確実に健康を害してしまうのは、それはとても嫌だな。
2008/05/05
いろいろ試してみてるけど、まさか中国で免許は取らないからね!!もう持ってるもん!! (国際免許も取らないよ!!) 莉莉さんが教習所に通い始めた。 莉莉さんは上海人じゃないので、教習所の入学資格を得るまでが大変だった。 上海に家を買った友達の親戚で、そこに一緒に住んでる、という証明書を作ってもらって、他にもいろいろな書類を山ほど提出して、やっと入学できたみたい。 昨日は、莉莉さんのはじめての教習だった。 私のときは確か、前半は学科、何日目かから実際に運転して、何日目かからやっと公道を走る。という流れだったと思う。 莉莉さんはなんと、初日の昨日、すでに運転して、二回目の来週は家から教習所まで運転していくんだって!!! いやじゃない? 運転二日目の人が走ってたんだーー、公道。 道理で怖いわけだ。
2008/05/05
ちょうちょ結びはいつできるようになった? 私は3~4歳の、教会の幼児教室のときに、教わった。 「まずこのように持って、次にここをくるっとして・・」と、先生がいってやってみせてくれた。それを見ながらみんなで一緒にそれぞれチョウチョ結びをやってみた。 私は、ひもだったかリボンだったかを持って、自分で考えて試行錯誤の末、自分流のチョウチョ結びを編み出した。 仕上がりは確かにチョウチョ。でもみんなとやり方が違う。先生とも違う。今まで25年生きてきて、このようにチョウチョ結びをする人に出会ったことがない。 幼稚園の頃、ひそかに特訓して、みんなと同じチョウチョ結びも出来るようになり、不器用なため、うまく出来ないけど(猫村さんみたいに縦結びになっちゃう)、今ではすっかり普通にチョウチョ結びが出来る(フリをしている。) 何かを得たり、解ろうとしたりする時に、私は「こうなんだよ」「こう決まっているんだよ」って言われてすんなりやるよりも、ああでもないこうでもないといろいろ試して、無駄なことやって、効率わるく得る。 一番良いのは、「こうなんだよ」という先人の作った道をまずゴールまでみてざっと把握し、それからコツコツ試行錯誤することなのかな。 一番嫌なのは、「こうなんだよ」を頭から信じて、ざっと確かめもせずにコツコツをはじめること。これは一番、性に合わない。
2008/05/05
夢で富とあった!! すごくふわふわで可愛くて可愛くて「とみとみとみ~~~」って、いっぱいさわって頬擦りして会話してぎゅうぎゅうした。 夢と思えないけど、でも最近富にあってないんだからやっぱ夢だよね。 でもすごーく可愛かった。 昨日、スリッパの鼻緒のふさふさ(激ピンク)をさわさわしてたからかな。 ぎゅうぎゅうしたら振り返って、今にも目に噛み付かれそうだったのがリアルだった。
2008/05/04

え? 日本のゴールデンウィークは始まったばかり?? 中国のはもう終わってしまいました。 明日はかろうじて28歳以下の青年のみ半日のお休み。 日曜日なのにね。 ほんと、勤労な国民だよ。 そんな会社いったって、やることないんだってば。
2008/05/03

針がぶっ刺さってる~~~~~ と、とうとうやってしまった 生まれてはじめての鍼!! 先日日本に帰ったとき、鍼灸を勉強しているマリホちゃんに実演してもらって、初めて鍼と言うものを見て本当に驚いたんだけど、全然やってみるきなかったのに、や、やっちゃった!! バー火グァンとどっちか、って言われたから、え、じ、じゃあ鍼で。。って。だってバー火グァンも痛いんだもの!!変な跡残るしさ。水着着られないじゃないの。 4本も刺さっていただなんて。 道理で動けなかったわけだわ。 注射よりは痛くないけど、もう一度してみる?と言われて、積極的に「はいはい~~、刺したい刺したい」とはとてもいえない感じ。
2008/05/03

つい最近仲間入りしたハートたち。 金色ののが、ポテコみたいなのがお気に入り。 $とかのヤンキーっぽくもあるね。 本来私は、小さい繊細なネックレスがすきなんだけど、嗜好が変わってきたかな??
2008/05/02

まさかと思ったけど、ワイルドスワンより細雪よりも凄い勢いで読み進めている、おじさん小説「心では重すぎる」。 この勢いは水疱瘡のときの「果てしない物語」に匹敵する!! そろそろお話も終盤に差し掛かったので(今は小倉の死体発見!というところ)、もう新しいテーマは出てこないと思うけど、凄い盛りだくさんだ。 ここまで出てきたテーマは ・携帯電話やインターネットが日常のものになって以降の世代の若者の人間関係構築方法 ・薬物と更生施設 ・黒社会 ・漫画出版 ・才能の枯渇 ・SM ・宗教 など。 ここまで読んでくると、お話がとても上手なので、全部ひとつにまとまってでしか考えられなくなってくるけど・・ とっても古い感じがするけど、2000年に出版されたものだって。 2000年といえば私がちょうど女子高生だった頃だけど、(中学生かな??)、他の部分は専門でないのでよく分からないけど、女子高生の表現に関してのみいえば、全然間違っていると思う! 女子高生の流行は、ITの流行よりも更に速く変化するものだから。 作者のようなおじさんからすれば、小説のモデルとなっている世代の女子高生と、私の世代と、今の世代は大差ないかもしれないけど、どれも全然ちがう。 その部分に於いては納得いかないけど、他の部分はとても面白く、もうすぐ読み終わってしまいそう。たぶん今日中に。 今週は、夜寝る前に読み、朝起きたらまず読む、という毎日。 次はなに読もう。。
2008/05/02

幼稚園にはいる前、教会の幼児教室に通っている頃、おうちの絵を描くのが一番好きだった。今の枝里子が「なんか絵かいて」っていわれたら、うずくまって寝てる富を描くのと同じように、3~4歳のときの枝里子は、おうちの絵を描くのが一番 慣れていた。(あとピンク色のウサギの絵) 私は、絵を描くのが好きだけど、それはオリジナリティのあるものじゃなく、何かから影響されたもののイメージの再現である。そこに才能の限界を感じてとても残念に思っている、高校生くらいのときから。 さらに残念なことには、人の模写しかできなくなってしまったのは、意識して模写を積極的におこなった中学生以降の話じゃなくて、幼稚園、幼児教室の頃からだったのだ。ってことだ。 このおうちの絵、も色々なイメージを集めて成り立っているのだ。 写真はその頃の枝里子の絵を再現したもの。 当時は更に、この絵に物語性をくわえて、ドアから野球ボール(ちゃんと縫い目が点線で描いてある)が入っていって、煙突からポーンと出て行く。というのをよく描いていた。 この家は、少なくとも私の家ではない。 私の家には煙突があったことはないし、壁も茶色であったことはない。 大きく影響しているのはまず、幼児教室の通園バッグだ。お母さんが作ってくれたもので、他のみんなはただの四角い布かばんだったのに、私のだけ窓が付いていたり、ドアが開くようになっていたりして、とても凝っていたので、お気に入りだった。 次に、20年経た今でも使われているお母さんの珈琲カップ。 ご近所さんがカップケーキを作って、くれたのが、このカップに入っていたんだって。それは赤い屋根の家がたっている丘の絵で、花が咲いて、蝶ちょが飛んで、持つところが虹になっている。 もうひとつのイメージソースはディズニー絵本の「小さな家」だ。 幸せだった小さな家が、周囲の環境の変化によって悲しいことになってゆくお話。 うちには大きなディズニー絵本がたくさんあって、「王様の剣」とか「小さな車(青い車?)」とかを姉妹でよく読んでいた。 もちろん、4歳とか3歳のころ、人の絵を模写しようだなんて考えもしないけど、でも赤い屋根の家、なんて自分の実体験ではみたことないんだから、やっぱ模写だったといえる。(うちはその頃も今も赤い屋根の家ではあるけど) お母さんがユニセフの募金をして、かわりに絵葉書とかもらうのが好きで、積極的にではないけど、もう20年くらいやっているようだ。(あと、ユニセフの切手とか) その絵葉書というのは、ユニセフの活動の対象となっている土地の子供たちが描いた絵である。小さい頃はただ「下手くそな絵だなあー、私のほうがずっとうまく描ける」とだけ思っていた。 今そういう絵を見ると、うらやましく思う。彼らは生まれたときからまわりにディズニーの絵とかが存在しないので、模写することなく、自分自身の絵を描いているように見える。太陽が黄色いから、太陽は黄色く描く、とか。 私のように「肌ははだいろ。はだいろのクレヨンで塗らなければならない」という固定概念がない。
2008/05/02

中国のシロツメクサが大きすぎる!! このとき偶然かったばかりの牛乳を隣において大きさを比較してみたの。 牛乳がミニサイズなんじゃなくて、富がミニサイズなんじゃなくて、シロツメクサがビッグサイズなんだよ!! こんなの、気持ち悪くて、花冠にできないよね。。。。。
2008/05/01

可愛いでしょ~~ 盛世年華の前に、昔は果物屋さんの大八車(そのごトラックを購入!!)くらいしかいなかったのに、今ではちょっとした市場の様相を呈している。 最近その一隊の中に、瀬戸物屋さんが加わった。最初は5個6個を並べるだけだったのが、手ごたえを感じたのか日に日に陳列数が目に見えて増えている。 花瓶、壷、お香合?、蓋置き?、ウサギや子供の形の置物、各種おおきさのお皿や器、湯飲みと急須のセットなど。 よくよく見ると、その絵付けは手書きなのか、一つ一つが微妙に異なる。 鳥のお皿を買ったけど、同じ模様の中にも、太っていたり目がやさしかったり、いろいろな表情があった。
2008/05/01

ハート型、かわいいよね。 えこ、ハート型を集めているの。 でも、ただただハート型であればいいわけじゃない。 何か私のすきな、ハートがある。 これらは、大好きな形ではない。 あまり、丸っこいのは好きじゃなく、えぐれ過ぎも好きじゃない。 色は、黒とか、金とか、銀とか、そういう邪悪なハートが可愛い。 ハートは、女の子っぽい可愛いかたちなので、色や質感はあまりぶりっ子じゃないほうがバランスがいい。 このお店のハートは、とっても私の好きなハーートなの。 他のものも、ビミョウな色合いで、いっこいっこが合わなくて、かたちもいっこいっこが合わなくて、難しいので面白い。
2008/05/01

歌詞は、えーーー、って感じだけど、音楽はほんとに好ティン♪ こんな自虐的というか、盲目的な、相手至上主義の、完全に尽くしたい、報われないことが幸せ~~というようなタイプには、私は永遠になれない。 報われてこそ幸せだと思う。 私は恋愛の歌を、よく、富と置き換えて、犬と飼い主であっても、このような相手を思いやる感情はありうる、と思って聴きなおすことがある。 だいたい「きみ」を「とみ」に置き換えても、筋が通るもので、私は、私と富の歌、とほとんどの歌を捉えている。 しかし、いくら私にとっての富であってもこの「好ティン」は罷り通らない。 富のいうことであれば、どんな言葉でも是で、何でもあり。ということなんて、絶対にない。 富でなくて、どんな人でも、どんなに尊敬する人でも、その人の全て全てが完璧、なんてことはないと思う。
2008/05/01

つくづく思うんですが、私友達がいないんですよね。 友達多そう、って言われるし、環境に対して、私の類がマイノリティであるため、友達になりたいって言ってくれる人はとても多いのだけど、友達って「友達になろ!」ってゆってなれるものじゃないでしょう? とはいえ、友達が少ない。 積極的に友達を作っていないからかな。 上海に来たばっかのとき、私は自分自身が生きていることだけに精一杯で、友達を作る何処ろじゃなく、精神のよりどころは家族や日本にいる友達だけだった。 そうこうしているうちに、機を逸して友達を作れなくなってしまった。 そうして、その環境になれて、友達がいないことを、心地よく感じるようになってしまった。 その分、できた友達は、とてもいい友達ばかりだ。 それは、たとえるならmixiで、手当たり次第コミュニティに入るのではなくて、自分の心と向き合って厳選したコミュニティにだけ入る、ような感じ。私はそういう、環境の築き方が好きなの。 最近知り合った陳さん。 まだ2回しかあってないけど、もうこれからも何回も会う約束したの 陳さん凄く可愛いでしょう!! でも、実物はもっと可愛いのーーー 最初はぶりっ子かと思ってひいてしまうかもしれないけど、ぶりっ子なんじゃなくて、本当の「可愛い」なのだからしょうがない。 陳さんの真似して、私も自分を「わたくし」と呼ぼうかな。 陳さんに会って気付かされたこと。 中国ってどうやら女子校とかが無いんだけど、国籍や育った環境に関係なく、「女子校体質」のようなものがあるんじゃないだろうか。 陳さんはとても女子校出身っぽいの。 だから気が合うのかもしれない。 みんなでご飯を食べて、わーわーーとやっているとき、ふと、困惑した表情の陳さんと目があうことがある。そういう時、私の目もたぶん困惑している(話題には関係ない)。 なんだかそういう瞬間が女子校者っぽいのだ。なんというか。
2008/05/01
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