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お昼のネットで読む新聞がいつの間にか産経になっていて、最近はそれを読んでいます。その中で気になった記事が、例の「赤福」問題でした。その記者は赤福に恨みでもあるのか、北海道のミートホープ社より悪質だとしていろいろ意見を述べています。解凍したものを生ものとして販売することで、「1個あたり30円安いものとして計算すると、650万個売れたから約2億円を消費者から騙し取ったことになり、許せない」、「マスコミも政府も野党も及び腰で赤福が怖いのだとしか思えない」?ミートホープより悪質かどうかはどこで判断されたのかわからないところですが、2億円騙し取ったから悪質だといいたいのかもしれません。でもなんだか釈然としない・・・その2億円は650万個を捨てていたら、消費者から赤福にはわたらなかったかもしれないが膨大なゴミは生じてしまうわけで、その分、値段が跳ね上がる、という結果になるのではないでしょうか?捨てる分の費用も上乗せさせないで売り続けるということは不可能だと思われます。そうしたら結局高いものを買わされるはめになりそうです。もちろん、偽装を奨励しているのではなく!、←間違ってもそんなことはごめんであります。ミートホープより悪質だというのがどうも腑に落ちない、というだけなのです。。。本題はどちらがより悪質か?ではなくて、比べるまでもなく、どちらも悪い、ということのはず。解凍したものでも十分おいしいのだということを今回のことは証明したようなものだと思うのですね。それを、産経さんが計算してくれたように、30円ほど安く売ればいいのだと思います。偽装が後をたたないことの理由の一つに、「生もの幻想」「ブランド志向」ということがあると思うのですが、それも問題だと思います。「生ものも解凍したものも、それほどの味の差はない」とか「ブランドものも大してありがたくない」ということが一般的になれば、偽装をしてもうまみがなくなります。しかし、これは大変難しいことかも。。偽装をしても儲からない!という風にならなければ本当には偽装はなくならないんじゃないか?という気も一方ではしているのですが・・・・ということでこんな社会を変えていきましょうと言いたいのでした♪
2007年10月26日
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今朝のテレビで、聞くともなしにきいていると、『3つ売るより1つの売れ残りを出すな』という言葉が何度か聞こえてきました。例の「赤福」の偽装問題です。この言葉、実は地球にやさしい言葉ではないか?と思いました。というのは、以前、コンビニでは、「お弁当は足りないより、余るように発注すべし」というお達しがあったと聞いたことがありまして・・・断然、余って捨てるより、足りない方を選んでほしいな~と思ったことでした。「作ったその日にのみ販売」するなんて、絶対売れ残りを出さないためには「一日何個限定」、とでもするしかないのでは?と思います。それでも売れ残りが出ないという保証はないですよね・・・「販売日が製造日」というのは幻想だと思ったほうがいいのかもしれません。昔、急速冷凍して解凍したものでも、「できたての味」とかいう宣伝文句があったように思うのですが、それは健康には影響はないと思われますし(←実は味にも影響があるかどうか、わからなかったりして)、正直に表示すればいいことなのですが、それでは「売れない」のですよね~・・消費する側も地球のために考えたほうがいいのでは?と思う面もあります。。。もちろん、製造日その他、偽装するなんてことは許されないことですが、他にもいくらでも!出てきそうな勢いで、市場経済の構造的な問題もあるのでは―売れるか売れないかは命がけ―?と思いました。
2007年10月24日
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いつものNHKのラジオ夕刊、今日はびっくりでした。テロ特措「新」法の件について、だったのですが・・・明らかに、「自衛隊による給油・給水ぐらいはするべき」、という立場からの発言だったのです。もちろん、そうはいいません。この解説者は今回、この給油をやめてしまうと、日本がアフガンの復興支援から手を引くということになり、”各国は、「日本はテロとの戦いをやめた、アフガン復興支援に手を貸している75カ国?にも背を向けた」という風にみなすだろう(!?)”、とのたまわりました。ほかは紹介しませんが、言葉の端々に、「何とかテロ特措新法をせめて早く成立させてくれ」、という思いがにじみ出ているような解説だった、としかいいようがありません。NHKの解説者というのは、もう少し弱者の視点からものを見る人かと思っていましたが、これでは単に、政府の回し者、ではありませんか?公平中立なんて望めないとしても、こんなにおおっぴらに、政府の立場に沿った発言とは許せない、と思ったことでした。第4の権力どころか、政治権力の縁の下の力持ち、だなんて・・・それが中立面しているのが、許せない、のです。政府の広報、という顔でしているならわかりますが・・・日本が行うべき国際貢献の中身というのは、断じて武力を伴うものであってはならない、ということで十分だと思います。NHKさんには、せめてそのくらいのことを言っていただきたい・・・
2007年10月17日
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またまた太田総理の番組ですが・・石破防衛大臣のお言葉に疑問を感じました。「絶対に争いのない世界は来ない」、ということを断定するために、「国家や宗教・価値観が違うもの同士が仲良くできるはずがない」、ということを述べておられたようにお見受けしました。では、なぜ、それらが違うと仲良くできず、争わなくてはならないか?その論拠は示されないままでした。いや、今までの世界がそうだったとおっしゃりたいのかもしれません。が、もしそうなのだとしたら、それは”変えて”いけばいいことだし、そのために政治があると言ってもいいくらいのものだと考えますが?・・・いつまでたっても争いはなくならない、と断言したら、それは政治家として恥ずかしいことでは?争いはなくならないから、いくらかでも自国の利益を追い求めるのが政治家の仕事、と言いたい?(しかし、世界に争いのある限り、自国の民も守れないのだということはどうしてくれるのか?知ったことではない、のでしょうか?)争いはなくならない、という前提のもとでは平和を構築しようという熱意は感じられません。なぜ、宗教や国や価値観が違うと殺しあわなくてはいけないの?宗教も国も、価値観も、たまたまそこに生まれたからという要素が大きいのであって、絶対的なものではないと思います。たとえば宗教一つとってみても・・・たまたま日本に生まれたから、無宗教もありですが、これが一神教の国で生まれたのであればその宗教を信じる以外道はない、というようなものだと思われます。自分が生まれた場所によって人生しばられる・・・それだけならいいですが、別の宗教を信じる人たちと争わなきゃならないなんてことでは縛られたくはない、ものです。どんな宗教を信じていようと、同じ人間です。地球上の運命共同体、と言ってもいいと思います。もし、地球が明日は住めなくなるような状況になることを”共同の行為”によって防げるのだとしたら、”争っている場合ではない”、ということを理解できないわけがない。と思います。争いが何によって生まれているか?実は宗教とかそんなものじゃなく、このままでは生活できない、生きていけない、という切羽詰ったところから始まっているのだと思います。エネルギーの奪い合い、富の圧倒的な偏り、経済闘争、そういったものをなくすことができたら・・・・・争いのない世界も夢ではないと思うのです。みんなが豊かに生活できるのであれば、宗教対立なんて起こすのがばからしくなる、というか、宗教そのものがいらなくなる、ように思います。
2007年10月12日
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2ヶ月ぶりに!愛車のマーチが帰ってきて、”お帰りなさい\(^o^)/”って感じです。軽自動車がいいといいつつ、矛盾しているようですが、余裕がないので(*^_^*)、エンジンがなかなかかからなかったり、力がなくて加速が遅かったりするのが少しこまっていたのでした。でも小回りが利くところはとってもよかったですよ!古くても、燃費はそれほど悪くなく、地球に優しいような感じがしていました。マーチもあと5年は大事に乗り、その後は軽に変えようかな?とも思ったり・・・とりあえず、今日はつい頬がゆるんでしまっていますが・・・インド洋での自衛隊による給油継続問題で世論調査では賛成が反対を上回るようになったとの報道があり・・・笑ってはいられない、とがっくりきてしまいました。この責任は誰にあるのか?一番の戦犯?は民主党の小沢代表にあるのではないか?と考えてしまいます。というのが、自民党でさえ言わない、海外での武力行使に道を開く国連軍への参加を民主党の売りにしているから・・・ISAF(アイサフ・国連決議にもとずいて組織された多国籍軍の部隊)に参加したい、とのことで、これは自国の国権の発動には当たらないから憲法には抵触しないのだとかなんとか・・こうなると影なる自民党の応援団ではないでしょうか?そんな危ないところに自衛隊を出すくらいなら、より危なくなさそうな給油活動の方がいいのでは?と考える人がいても不思議ではありません。「海外での武力活動は憲法に違反する」と明言している福田総理の方が民衆にとって受け入れやすいというものではないか?・・・なんだか、民主党がこしくだけになりそうで心配です。民衆の立場に立って、あくまでも他国の民衆への武力行使につながらない道を進んでほしいものですが・・
2007年10月10日
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団地の出口に車が止まっていて、入る車と出る車がそこでハチ会い―当然入る車が遠慮して待っているかと思ったのです。こちらは左をまっすぐ行くだけで、入るほうの車は右へはみ出さなくては前に進めない、という状況でしたので。。ところがずんずん進んできて、こちらもずんずん進んだので、・・・危なくはなかったのですが、あろうことか!「ここは一方通行ですよ!」と怒鳴られたのです。←ちょっとおおげさ(^^♪。「違いますよ!」ちょっと遅れてこちらも怒鳴り返し←冗談です―ました。団地に住んでいる人なら一方通行でないことは自明のこと。ということは団地に住んでいない人が???なんで?・・・ただ、すれ違いざまに言われているので、何度も通っている方なのでしょう。その少し先が一通になっているので、勘違いしているのかもしれません。その辺のところを懇々と説明してさしあげたかったのに・・・言われっ放しで終わったような気がしてなんだか、損をしたみたい・・・そこで自分も少し反省しました。知ってるつもりで、全然正反対のことを得意そうに言ってたことはなかったか?しかもそのことを当の相手は私よりよく知ってる人だったりなんかしちゃったりとか・・ありそうです(~_~;)。。。気をつけたいと思います(きっとしばらく、は♪)。
2007年10月07日
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「食事を作るのは女性」、というのはそう呼んでいいのでしょうか・・・いつも気になっているのです。芸能人の婚約・結婚会見で、絶対といっていいほど聞かれているのは「奥様(彼女)の手料理でお気に入りは~・・・」瀬戸浅香さんとV6のイノッチの会見をみました。やはりそう聞かれていて、お二人は当然のように普通に答えていて、洗い物はイノッチが「手伝ってくださる」とのことでした。丁寧語に言い換えていましたが♪こうしたやりとりが全然違和感をもって捉えられていない、ということに、違和感を感じてしまうのです。周りが全員そうだと誰も不思議に思わなくなるものではないでしょうか・・・子供が育つ環境で、誰もこの類の質問に違和感を唱えないでいると、そういうものだと思わせる結果になるのでは?とすごい老婆心を感じてしまったのでありました。普通の仕事ではないゆえに、余計にそう思うところもあります。(←他の仕事でも思うのに)女優とか歌手とかいった方々は、それこそ、男性だろうと女性だろうと、性による仕事の差別があろうとは考えられません。女性だからという理由でお給料が高かったり低かったりはしないであろう世界で、帰宅時間も、就業時間も、性による差はないのでは?と思うと、その世界ですら、「食事は女性が作る」のが当たり前なの?と不思議に思うのです。ムロン、ホントはどっちが作ろうと知ったことではないのですが。。。なぜ、「どちらが食事を作るのが多いですか」、とか、「お互いの得意料理を教えてください」、とかいう言葉は聞かれないのでしょう?公共の電波を使って、一方の価値観のみを流し続けていていいのだろうか?と苦言を呈したいのです。「男性は仕事、女性は家庭」という役割分担に反対の人が、統計を取り始めてから初めて過半数になったと最近知りました。それなのに、旧態依然の質問の仕方。。。聞いている方も女性で、しかも自分も同じ働く女性なのに。。。それとも、食事を作るのは女性、という考え方は間違っていない?のでしょうか?個人的には、女性だからお料理を作るのは当然、という考え方はどうもよくない気がしています。女性だから、という理由でなく、人間だから、という理由でなら納得がいくのですが・・・男性には強制でなく、女性にだけ強制するのはよくない、ですよね?もちろん、どちらにも強制ではなく、好んでする、というのが一番いいわけで、子供たちには男女にかかわらず、お料理好きになってほしい、というのがあります。それには小さい頃から差別なく、お料理の楽しさを知ることができる環境にあれば~と思うのですが。。男性と女性が支え合って生きていく上で、とてもよい経験になると思います♪「あらゆる分野での男女の共同参画」という言葉を自治体もうたってますよね・・・ちょっと違う話ですが―おりしも、埼玉県では10月が「ライフワークバランスの推進月間」だそうで、県の取り組みがいくつか「彩の国だより」(県だより)に載せられてますが、育児に男性を参加させるべく、「男性を早く帰すために、企業に定時退社への協力を呼びかける」というようなことや、後は後援会へのおさそいなどがあるくらいで、とても抜本的な対策は望めそうもありません。男性が定時に帰るくらいでは、とてもおいつかない。子育てしやすい社会にするためには、男性も女性も、労働時間を大幅に短縮させなくてはだめでしょう。傍を楽にする仕事はみんなで分かち合うことによって、そうでない仕事はどんどん削ることによって、社会に必要な労働時間は大いに短縮しうるものと思います。
2007年10月01日
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