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またまた低気圧の発生です。北マリアナ近辺で渦を巻いているトロピカル・ストーム、現在コンディション3ですが、どうやらこれも台風5号となってニッポンへ行きそうです。トロピカル・ドリンクみたいな感じで呼ばれているこちらの低気圧ですが、名前の割には結構凶暴で厄介です(笑)今年、日本は早くも自然災害の洗礼を随分と受けてしまったようですが、なんかまだまだ続きそうな気配ですね。ということで、昨日からお天気の悪いサイパン島からお送りする、道楽親爺のあまり役に立たないブログで一時の暇を潰して下さい(笑)いや~、しかし参院選、メチャメチャでしたね。ってか予想通りってか。それでも政治は変わらないでしょうが、たぶん、安倍さんは全然気にしないで続行することでしょう(笑)民意とか言ってますけど、安倍さんにとっちゃ民意なんてあんまし関係ないんじゃないですかね。道楽親爺的見方で言うと、この人、結構危ない「運命論者」みたいな感じがします。なんつっても因縁の「憲法改正」ファミリーの血統ですから、本人は「選ばれし者」と勝手に思い込んじゃってるように思えてならないんですね。これが俺の運命だ(笑)みたいなね。だから、この一点以外はどうでも良いみたいなところがあって、一族の「悲願」と天下国家の行方を握る「人物」が彼の頭の中で錯綜しているのではないでしょうか。まあ、言ってみりゃ、脳内トロピカル・ストームが吹き荒れている、みたいな感じでしょうか(笑)ってか、笑い事じゃないんですけどね、どのみち政権からは引き摺り下ろされることになるとは思いますが、粘れば粘るほど政治が乱れるというか、庶民が苦労するのはわかり切っていますから、早いトコ引導を渡す狂言回しの登場を願うばかりです(笑)でもって、次のキングは誰かって?そりゃ、福田さんに決まってるじゃないですか(爆!まあ、この人も政界のロイヤル・ファミリーですけど、安倍さんよりはもうちょっと大人かなぁ~みたいなところですか。でも、どっちにしたって政治家に人柄の良い人物なんているわきゃありませんから、どんだけ民衆を煙に巻くことができるかっつーことですよね。まあ、言ってみりゃ、「タヌキの技比べ」みたいなことですか(笑)ってか、「オレたちゃ、奴らほど嘘つきじゃない」ってタヌキに怒られそうですが(爆!
2007年07月30日
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さて、道楽者の原則について2日ほどノーガキこいて参りましたが、いよいよ今日でおしまいです(笑)道楽者の原則1は「徹底的な身内びいき」、原則2は「絶対に負けを認めない」でした。そしていよいよクライマックス、原則その3は「破れかぶれの正義感」です。本来、道楽者というのは、あまり立派な生活環境に身を置く人間ではなく、まして世間一般の常識の中できちんと納まるようなタイプの人物であることはまずあり得ません(笑)まあ、それでも歳なりにみんな適当に世の中に迎合していきますが、それは単に一般人の気ぐるみを着て本性を隠しているだけで、実は死ぬまで道楽者は道楽者であり続けるのです(笑)そしてこのような隠れ道楽者を「羊の皮をかぶった山羊」と言います(爆)そんな道楽者を支えているのが、それぞれが持つオリジナルの倫理観や人生哲学です。そして最もその気質を表すのが道楽者の正義感なのです(え?)まあ、大抵の道楽者は一般的にあまり品行方正とは言えませんが、道楽に埋没したが故に、人間と人間社会の中のたくさんの矛盾に早くから気が付きます。だからと言って「世直し」や「信仰」などを呼びかけたりはしません(笑)ただ、世の中の出来事、物事、状況を見極め判断する時は、常に独自の物差し、道楽者特有の倫理観が存在します。それが、今までお話してきた原則によって培われているのは言うまでもありません。つまりそれこそが今日のテーマ「やぶれかぶれの正義感」なのです。元々、世間のわずらわしさに関わることを好まない道楽者ですが、っていうか大体道楽者の多くが面倒くさがり屋というか、怠け者(笑)というか、できればやっかいなことには関わりたくないと思っていますので、心で「正義感」を描いても、自ら介入していくようなことはあまりないのです。ってか、なんにでも首を突っ込むことを道楽にしているヤツもおりますので、一概には言えませんが、まあ、道楽者の多くは、できれば「われ関せず」の立場をとるものなのです。(そうなの?)ところが、世の中と言うのは、これがまた上手い仕組みになってまして、ここぞと言う時にはかならず、頼みもしないのに、こうした道楽者の登場を用意してくれてしまうのです。それが先日お話しした「痴話喧嘩事件(笑)」みたいなことで、ヘラヘラ生きてる道楽者は、結局このような道楽者ならではのトラブルに巻き込まれるという、人生の落とし穴があるのです(笑)もちろん巻き込まれたトラブルを解決するのが、この道楽者の正義感ですから、もちろんこれは世間一般で言うところの「正義」とは一線を画します。下世話な例でご説明したとおり、「徹底的な身内びいき」は相手のことなんか考えちゃいませんし、自分の身内が助かれば、世間一般でどう言われようが、身内以外の人間がどうなろうが知ったこっちゃないってところですね(笑)更に、周りから「素直に負けを認めろ」とか言われても、絶対に性根は変わりませんから、お気軽な「和解」とか「平和」なんぞは絶対に受け入れません。道楽者の正義はあくまでも自身の正義であるし、逆に世の中まとめて「正義」で括ろうとするような馬鹿げた思想には反発したりします。ところが、道楽者も年齢を重ねるに従って世間一般が勝手にこの道楽者を引きずり出すようなことがあるのです。(へぇ~~)自らの道楽のために、道楽の正義感を振りかざしているうちに、知らぬ間に表舞台に出てしまう道楽者なんぞもいるのです。そんな代表的人物が作家の故梶山季之さんです。そして、今日のタイトル「破れかぶれの正義感」は、彼を慕う道楽者の仲間が彼を評して、彼の行動を表現した言葉なのです。彼の残した、梶山季之と月刊「噂」 (単行本)の凄さは、まさに道楽者の鑑と言えます。野次馬根性と物好き根性、そんな極め付けの道楽を崇高なインテリジェンスと無類のアホさ加減にまで昇華した彼の偉業は、後に続く道楽者の指標となることは間違いないでしょう。もし、チャンスがあったら是非とも彼の編集本をご覧になって下さい。復刻版が出されています。たぶん、彼も好奇心に導かれるままにこのような編集を行っていったのでしょうが、次第に彼のペースに巻き込まれていった人々が、なぜか彼を大衆評論の旗頭にまで担ぎ挙げてしまったのでした。そうしてそれは「破れかぶれの正義感」へとなっていってのです。独自の理屈と独自の観点が、いわゆる彼の「正義感」を大衆に迎合させてしまったのです。でも良く考えてみると、これってメージャーになった道楽者のほとんどがこの道をたどっていることに気が付きます。本人はただ道楽で遊んでいるだけなのに、まわりがどんどん勝手に回って行ってしまう。そうです、これこそが道楽の極地、道楽者パラダイス(笑)、濡れ手に粟、好きなことでメシを喰うという、夢の道楽者の世界なのです。ということで、道楽者三原則の最後はしまりのない終わり方ですが(笑)、これも道楽者らしくて良いのです。どだい、愚にも付かない道楽なんですから。BOMB!
2007年07月29日
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道楽者の皆様お元気ですか?さあ週末の土曜日、今日も道楽親爺のくだらないブログでひと休みして下さい。ということで、昨日は道楽者の三原則のひとつ「徹底的な身内びいき」についてお話しましたが、今日は原則のその2です。道楽者三原則その2は「絶対に負けない」です。(えっ?)これは言い換えれば「絶対に負けを認めない」ということです。え~、これは昨日の話にも出てきた、「絶対に非を認めない」というのに近いものですが、要するに道楽者はこのくらいの頑強さというか、頑固というか、負けず嫌いというか、往生際が悪いというか(笑)、その頑なさが強ければ強いほど道楽者としてのステイタスは高まるのです。(ってか、そんなものが高まって何か良いことあんのか?)もちろん、いくら「負けを認めない」ってことをポリシーにしてるからって、何でもかんでも突っ張っていたら、それこそ身が持ちませんね(笑)これはあくまでも精神的な、いわゆるメンタルな部分での原則と言えるでしょう。自分よりスゲー奴が出てきて、自ずから頭が下がるということも、人生には何度か起こります。これはもう、完全に精神部分で負けを認めざるを得ない状況で、素直に負けを認めるという行為です。素直に負けを認められるということは、自分の力量を見切っているということでもあり、それはやはり道楽者としての器量の深さでもあります。ところが世の中というのは、そんなに簡単な仕組みで人間の奥行きさを測ってはくれませんので、現実的、物質的、あるいは肉体的に負けの判定を下されることもままあるのです。社会に出れば、たとえ相手が年下だろうと、あるいは明らかに自分より能力の劣っているヤツだろうと、頭を下げなければならないときがあります。そんな時、心の中では「いっぺんブン殴ったろか、このバカタレは」と思ったとしても、身体の方はしっかり頭を下げていたりして(笑)、一応は社会的慣わしに順応する自分を再発見したりします(笑)あくまでも現象面で負かされてはいても、精神的には絶対に「まだ負けねぇーぞぉ」という信念をもつことこそが、道楽者の生き様なのです。(ふ~ん)そういう時は「勝負は棺おけに入るまでわかんねぇんだからな」と心の中でブツブツ言いながら、その悔しさを道楽パワーに還元して、明日の活力にするのです。(へぇ~)え~、いわゆるこういった道楽パワーこそが、FUNK魂に繋がるSOUL POWERなのです。(ってか、言ってることがようわかんが)もともと人間社会は、使う者と使われる者の2種類しかありませんから、どちらを選ぶかで人生に対する根本的なスタンスというものが決まってしまいます。まあ、大方の人たちが使われる方の役を選んでしまうのですが、道楽者の場合は、元々根がいい加減ですから(笑)、別にどっちを選んだって、オレはオレで変わらんもんね(笑)と言って、ヘラヘラとした道を歩みます。これは年を重ねるごとに、現実的な自分を演じることがだんだと達者になってくるので、年喰った道楽者、たとえば私のような道楽親爺の場合は、中々にその本質を見破ることができません。ってか、タヌキ親爺というか、世の中なめ切った(笑)というか、どんな場面でも決して真正面から衝突したりはしません。ちょっと斜に構えつつ、「いよっ!社長、偉い!」とかヨイショしながら腹の中では「おめーらとは違うんだよ、このバーカ(笑)」などと人を小ばかにして遊んだりします。「役者やのう」と、時々見破られることもありますが、大抵、この見破る相手も立派な道楽者という場合が多いので、お互いに心の中では「なかなかやるやんけ、われ」とか無言のうちに尊敬しあったりします(笑)とにかく、どんなにビンボーしようが、落ちぶれようが、はたまた塀の中に落ちようが、「まだ負けてねーぞ」と信じて疑わない生き方こそが、道楽者の原則なのです。実際に、落ちぶれたままビンボーのどん底でこの世を去って行った道楽者の先輩方も沢山おられますが(笑)、それはそれで一向にさしつかえありません。(えっ?)みんな自分自身の人生を所有して、自分自身の思い通りに生きているのですから、好きなように生きれば良いのです。時々、人の人生を勝手に評価して、ラベルを貼りたがるアホな奴らもおりますが、「人はなんのために生きているのか」なんてことを知ってるヤツぁ、この世に一人もいるわきゃないのです。もしそれを知ってて生きてるヤツがいるとしたら、そいつこそ人類の裏切り者、最低の人間ではないでしょうか(笑)ですから、人を捉まえてあれこれ言うのは、必ず、その土俵というかステージの枠の中での話ですから、人間の存在そのものにとやかく言いたがるヤツは要注意、危険です(笑)ディスコがどうしたとか、踊りがどーしたとか、それはその土俵内の話なわけで、それが車だったり、ファッションだったり、時には教育の話だったりと、それらはすべて道楽のジャンルでしかないのです。だから、その生きているジャンルが違えば、道楽のランキングも違います。それを資本社会、いわゆる「お金」という枠でひと括りにして分類しているのが、今の現実社会です。道楽的に言えば異種格闘技の世界と一緒で、道楽対資本社会みたいな構図ですから、初めからリングが違うのです。ですから賢明な道楽者の皆様は、決してこのようなリングで真っ向勝負を選んだりせずに、逆に道楽者のリングに引きずり込んでいきましょう(笑)どんなにぶん殴られて血だらけになろうとも、拉致されて袋叩きに遭おうとも、一旦は頭を下げて引き下がったとしても、「まだ負けてねぇ~ぞ」と叫び続けましょう(笑)負けたと思わせておいて不意打ち食らわせるとか(笑)、後でひとりづつきっちり御礼をするとか、勝負の仕方は千差万別、あなたのやり方で行けば良いのです(笑)相手のやり方に合わせて闘う必要はないのです。そして、本当の勝者は、最後の最後、棺おけに入るときに笑えた奴なのです。今日はちょっと過激だったかなぁ~(笑)明日はいよいよその3、完結編です。
2007年07月28日
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道楽者の皆様こんにちは。二日間のご無沙汰でした。さあ、今日もくだらない道楽親爺のブログで一息ついて下さい(笑)え~最近はどーらくにずっぽりとハマリまくってしまった親爺ですが、道楽まみれになりながらもどーらくの道を極めるべく、毎日ヘラヘラと生きつつ哲学を学んでいる今日この頃です。(なんじゃそりゃ)ということで、道楽者のリーダーとして、これだけは外せないという「道楽者」の三原則というのを考えていました(笑)そうです、こういったどうでも良いことを常にグダグダと考えることこそ、どーらく野郎の真骨頂、道楽にこの身を捧げた究極の道楽親爺の面目躍如、すべてのルーツがここにあるのです。(ふ~ん)でもって、道楽者の原則第一は「徹底的な身内びいき」です。(えっ?)そうです、道楽者は同じ臭いを敏感に嗅ぎ付け、これはと思う道楽仲間をずるずると道楽の世界に引き込み、知らぬ間にどーでも良いことに血道を上げる大バカヤロウをどんどんと増殖させてしまうのです。そして、道楽の道で繋がったお仲間たちは絶対に裏切らないという暗黙の「掟」によって繋がっているのです。これはどういうことかと言いますと、ある意味「やくざ」などの集団組織の形成に合い通じるものがあります。いったん「仲間」と認めたからには、たとえどんな状況になろうとも仲間を助けるためには、自分たち以外のルールはすべて無視するという、徹底的な身内びいきのセオリーが働きます。身近な例が思い浮かばないので、ちょっと下世話な話になってしまいますが、つい最近あった実話からご説明いたしましょう(笑)これは別に道楽者の仲間の話ではないのですが、私もいちおうは小さいながらも組織の管理者として生意気コイておりますので、自分のところの社員は全て身内と思っています。(まあ、どっちかというと古いタイプの人間なもんで・笑)でもって、ある日、ウチの社員のウェイトレスが旦那の浮気現場に遭遇してしまいまして、勝気なこのねーちゃんは、旦那の浮気相手めがけて突進してしまったのです。まあ、よくあるしょうもない痴話喧嘩です。ところが、この相手のねーちゃんというのも、中々にコンジョウのあるヤツで、一方的に蹴るの殴るの引っかかれるした怒りを、会社の上司に持ち込んで裁判沙汰にすると脅してきたのです。(やれやれ)しかも、このねーちゃんの働いていた会社がウチとも取引のある会社だったもので、話が大事になってしまいました。こんなしょうもないことで、会社を巻き込むなよと、相手方に公的立場で諭したのですが、相手のねーちゃんはどうにも譲りません。まあ、私の経験から言っても、こーゆーときは「金」で解決するしかないので、小金を包んで相手の会社に出向いた親爺でした。先方だって、こんなくだらない話しでガタガタするのもバカらしいと思っていますから、早速その件のねーちゃんを呼んで諌めようとしたところ、どうもこのねーちゃん、あまり頭が賢くないようで、「私は被害者、あんたは加害者。だから、私をこんな目にあわせたあの女をクビにしろ」とカチ込んできたのでした。(あーあ)ってか、この両者ともフィリピン人ですから、立場的には、ここでは一番弱い外国人なので、相手もこの浮気相手の女房に子供がいるのを知っていて、脅しをかけてきたんですね。もちろんメンツもあるでしょうが、目的は「小金」じゃなくて「大金」であることはミエミエです。まあ、本来ならば、こんな痴話喧嘩で裁判沙汰にまで発展したんですから、当然「解雇」して、後は自分たちでなんとかしなさい、ってことで終わりなんですけど、そこはそれ、自分も似たようなバカヤロウですから、こーゆーしょうもないヤツを世の中に放りだしてはイカンという、妙な責任感から、更に事態は大事になっていったのでした。(ってか大事にしてるんだろ自分で)さあ、ここで道楽者特有の気質である「徹底的身内びいき」が始まるのです。こういった弱い立場の者同志のケンカは、相手の弱みを嫌というほど知っていますし、弱い立場である分、特に陰湿で中々にやっかいです。親爺は早速、このしょーもない事件の真の犯人であるこの旦那に会いに行きました。話を聞けば、この旦那と浮気相手のねーちゃんは同じ会社の社員で、結構長く続いた関係とのことでした。ここで親爺は「勝利」を確認したのです(ほんとかよ)こうゆう揉め事は理屈では絶対に解決できませんから、とにかく力ずくで行くしかないのです(笑)それも絶対に自分の非は認めないというのが鉄則です。(へぇ~~)まずは相手の会社に乗り込んでいって社長を呼び出し、「おまえんとこの社員がウチの大事な社員の家族を飛んでもない目に合わせたんだぞぉ~、どーしてくれんだ!」と偉い剣幕で騒ぎます。ビビッた相手社長はすぐに当事者を呼んで話を聞きます。相手は色々と屁理屈こねつつ、弁護士だ、ハナだチョーチンだと涙ながらに訴えます。そこで親爺は更に激昂したフリをして「そんな泣き言を聞きにきたんじゃない。おまえは妻帯者と不倫をしたんだ。これは韓国だったら貫通罪でおまえは逮捕されちゃうんだぞ」と東洋人らしさを出して別けのわからない屁理屈を捏ねます。(自分を正当化するためには何でも言うヤツです)おねーちゃんはちょっとビビリましたが、中々勝気な性格の彼女、今度は自分の身内を呼んでくれと応援を頼みます。ここで、このおねーちゃんの親戚という経理係のおばちゃんがやって来ました。このおばちゃんは、殴られたり引っかかれたりした傷を見せながら、病院の治療代の領収書をひけらかします。「そんなこたぁ、オレは知らない。とにかくウチの会社の看板に傷がつくようなことは許せないから、そんならオレはこの会社を訴えるぞ」と相手の社長ににじり寄ります。「まあまあ、そう熱くならず」と宥めてきますが、元々は話を交ぜ返しに来ているんですから、誰が何を言おうと、理論的には噛み合うはずもありません(笑)そんな事態を見かねて、相手社長の秘書が人事担当者を呼びました。「そういうことなら、あくまでも個人的な問題ですから、当事者同士で話させたらいかですか」と調停案を繰り出してきたのです。「そんならこの女をクビにしろ」とジジイは突っ込みます(笑)「個人的な話合いにするなら、会社は邪魔だからすぐに解雇しろ」と更にワケのわからないことをごねまくります。おねーちゃんは、一体何を言い出すんだこの親爺は、という顔で見ていますが、ここで追い討ちをかけます。「この女をクビにしないのなら、ここに居る全員を訴える」とジジイは益々付け上がります。ってか、何を根拠に訴えるのか知りませんが(笑)、相手はもうかなり動揺していますから、裁判って言葉にはかなり敏感に反応します。「まあまあ、もうちょっと穏やかに話しましょう」と社長が間に入ってきました。「私は穏やかですよ。穏やかに話しているんです。おたくの行儀の悪い社員を何とかして欲しいと言ってるだけです」とここでちょっとインテリジェンスを滲み出させるジジイ。(どこがやねん)「じゃあ、あの女もクビにしてちょうだいよ」と更に往生際の悪いねーちゃん。「あのね、なんでオレがウチの善良な社員をクビにしなきゃならんの?」と更に開き直るジジイ。「彼女はね、旦那と別れて子供を自分ひとりで育てるって言っているんだ。そんな彼女の仕事私が奪えるわけはないだろう?」とちょっと泣きを入れます(笑)このあたりで、相手方の社長やスタッフは、だいぶこちら側になびいてきました。「まあ、今日この場で結論は出ないだろうから、話し合って決めて返事して下さい」と最後は社交辞令風に締め括って退出したジジイはここで勝利を実感したのです(そうなの)社長秘書から二人を解雇したとの電話をもらったのは翌日の昼過ぎでした。ジジイが捨て台詞を残し相手の社長室を退席した夕方、その社長と社長秘書、経理のおばちゃんをご夕食にご招待したのは言うまでもありません(笑)昼間の剣幕はドコへやら、事件当事者のウェイトレスのねーちゃんと10歳の娘を同席させ、いかに彼女が子供を思って真面目に働いているかをアピールしたのです。(裏技やのぉ~)そして道楽親爺はこの10歳の娘にやさしく声をかけたのでした。「いいかい、これが人生というものなんだ。強くなるんだよ。強く生きるんだよ」(おお~、シ、シブイ。じ~ん)たぶんこの娘の人生も多難の道となるでしょうが、人はみな与えられた人生を歩かねばなりません。そして、彼女が成長して自身を振り返ったとき、そういえば昔、日本人のヘンなおっちゃんがなんか言ってたなぁ~、とか思い出す日も来るのではないかとシミジミ思った道楽親爺でした(笑)まあ、こんなんがいわゆる「徹底的な身内びいき」ってやつではないでしょうか。くだらん正義を振りかざせば「ケンカ両成敗」みたいなことで、裁いた本人だけが気持ちよくなるみたいなところで収まるのでしょうが、道楽者の場合はそーゆーわけにはいかないのです。道楽者の身内は徹底的に庇うというのが暗黙の「掟」のような気がします。ってことで、長くなってしまったので第二段はまた明日。。。。。
2007年07月27日
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え~、数日間にわたってくだらないノーガキをこかせて頂きましたが、文句ばかり言っていても仕方ないので、明るく前向きに生きて行きたいと思います(笑)ということで、今日も道楽親爺のあんまり役に立たないブログで一息ついて、貴重な1日の暇潰しをお楽しみ下さい。さて、今日のサイパン島はドップリ雨雲に包まれて、まるで日本の梅雨のようです。これって低気圧なんですかね。もしそうだとしたら、後3~4日したら日本で台風になるかもしれませんね。しかし、今年の日本はまた、踏んだり蹴ったりの状態で、自然災害の脅威をまざまざと見せ付けられたみたいですね。そこで今日はちょっと古典的な自然からの教えについてノーガキ垂れてみたいと思います。つまらない愚痴をこぼすよりも、こういうお話の方が皆さんに元気を出してもらえるかも知れません。いつものようにウケウリですから(笑)、別に私が垂れたノーガキではありませんので、どうぞお気軽にお読み下さい。昔の偉い人が樹の成長を通して、人間というもの、あるいは人間社会を戒めた草月流の教えです。懐の蒸れ(ふところのむれ)樹が勢い良く成長している時には枝も葉も良く繁る。ところが、なまじ繁り過ぎたばかりに内側の方へは日光も風も通らなくなる。すると内側の成育が悪くなって、その部分から枝葉が枯れてくる。樹も人間も、外からの力ではなく、自分の内側から腐敗堕落していく。梢止(うらどまり)どんな樹も梢が無限に空に広がって伸び続けることはない。すなわち成長には限界がある。「巨木があれば背の低い灌木もあるように、人も能力に応じて成長に違いが出ます」それを見極めよ、ということ。もう伸びない部下にいつまでも頼っていても仕方がない。逆に巨木に育つ可能性を秘めた若者の芽を摘んではならない。部下の方も同じで、どの上司が将来社長という巨木になるかには、少なからず関心がある。もちろん、水や栄養を吸い上げる力によって、樹の成長が違うように、知識や情報を急襲する努力いかんで人も差がつく。しょせん人間にも「うらどまり」がある。裾発(すそあがり)空へ向かってどんどん枝葉を繁らせていくのに反して、幹の下の方に横枝が枯れ、見苦しくなってくることがよくある。知らないうちに裾がやられているわけで、上ばかり重いからやがて倒れる。「たとえば、人のようやく貴くようやく富みて、世の卑しき者に遠ざかるに至れるまま、いつとなく世情に疎くなれるがごとし」世情に疎くなるということは、つまり情報から遠ざかることで、管理職が陥りやすい危険です。もっと怖いのは、管理職の耳には良い話しか入ってこないということです。部下がどんどん情報を持ってくるから、何でも解っているような気持ちになる。ところが、そんな情報は都合よく脚色されていて生きた本物ではない。そういう情報を鵜呑みにしていたら、いずれは必ず判断を誤ります。上ばかり向いている管理職ほど末端の情報が解らなくなってつまずくのです。梢枯れ(うらがれ)生長の限界である「うらどまり」に至る前に、梢が枯れてくることがある。根が水を吸い上げず、幹も水を保てなくなったからで、こうなると樹はおしまいである。虫付(むしつき)幹や葉に虫が付くと、樹は次第に蝕まれていくが、人間に付く虫として、アルコール虫、おしろい虫、丁半虫がある。酒、女、賭博が人間を駄目にする。「一哀まず起これば、二哀、三哀引き続きて現れ、五哀具足して長幹地に横たわるに至る」え~、この最後の虫付ってのが、道楽者にとっては一番耳が痛いのではないでしょうか(笑)でも、これはあくまでも世間一般から見た人生哲学ですから。ご本人がご自身の哲学をお持ちであれば、それはそれで宜しいのではないでしょうか。私なんかは「踊りの虫」とか「音楽の虫」とかに蝕まれた道楽者ってな、そんなところだったのでしょうか(爆)今は? そうですね、ノーガキの虫とかへそ曲がりの虫とかになるんですかね(笑)
2007年07月24日
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全国の道楽マニアの皆様、厳しい現実からしばしの憩い、何の役にも立たない道楽親爺のブログでしばしおくつろぎ下さい(笑)さて、一昨日からコキ下ろしているホテル・ニッコーいじめ(笑)ですが、あんまり悪口ばかり言ってると自分の気持ちも滅入ってくるので、このシリーズは今日でおしまいにします。ということで、今日は「市場破壊」などについて、ちょっとノーガキこいてみたいと思います。前から言ってますが、サイパンはJAL撤退後、日本人観光客は激減、もう死活問題とかは通り越して、死ぬのを待っているような状態です(笑)簡単に言っちゃうと、飛行機が飛んでこないからお客さんが来ないってことです。そりゃ、なんてったって島ですから、唯一の交通手段の航空便が減るということは、入国者数=来島者数の総数が減るってことです。しかも今までだって、十分な便数が飛んでいたわけではありませんから、今の状態はすでに限界点を超えてしまった常識外と言えます。これではわかり難いと思いますので、もうちょっと簡単な説明をすると、今まで満席で1500席くらいを運んでいた航空便に対し、ホテルの客室数が約2000室あったわけです。もちろんこれには、日本だけでなく、韓国とか中国とかからの便も含まれています。まあ、ホテルの場合、2千室といっても通常は一部屋二人(ツイン)仕様ですから、概算で約千室が稼動することになります。もちろん、旅行は3泊4日が基本ですから、ホテルの稼動率としては平均5割から6割といったところでした。全盛期で7割から8割ですから、この時点でもうかなり危ない経営状態ってことですね(笑)それが、JALの撤退で半減、更に昨年は独占運航していたノース・ウェスト社が減便したのですから、もう観光産業は「死ね」と言われたも同然です。具体的に言うと、日本からの飛行機が満席で1日600人を運んできたとしても、それを待ち受けるホテル数は昔のまんま2千室=4千人分あるわけですから、これはもう尋常ではありません。単純計算して、全ホテル一律にお客さんが行ったとしたら、その稼働率は約10%です。つまり、200室のホテルで20室しか利用者がいないってことです。まあ、実際には一律で宿泊ホテルが分けられるわけではありませんから、どこかで5割稼動したら、どこかはゼロとかいうことになってしまいます。そんな状況で各ホテルはお客の獲得に向かうわけですが、ここでもやはり資本力があるところとないところでは雲泥の差が生まれてしまいます。それでも、どの経営者も、経費(コスト)削減、価格アップという動きを見せるのは当たり前のことです。それこそ、今まで50室売って採算を確保していたところが、30室前後で採算を取らねばならなくなりますから、それはどこも必死です。そうなるとある程度資本力のある会社は、何とか赤字を最小限にして、将来に備えるような施策をします。資本力の乏しい会社は、売却か、その施設の一部(レストランとかバー)を休業して持ちこたえようとします。さあ、こんな時代のこんな状況で、ニッポンを代表するニッコー・ホテルは、なんと、部屋のバーゲンをやらかしたのです。この業界も中身を語ると結構複雑なんですが、通常は旅行代理店がホテルと飛行機をセットにして販売するのが最もポピュラーで、皆さんご存知のパック・ツアーというやつです。ですから、このバーゲンと言うのは旅行代理店に出回るホテル料金と言うことになります。一番頭を使わずにお客を呼び込む方法は「割引」ですね。「安くして客を呼ぶ」この理屈にはなんの知恵も努力もありません。もちろん安くして損をするのはその会社ですから、他人がどうのこうの言うべきことではありませんが、ひとつだけ大事なルールがあります。それは「市場原理」とか呼ばれるものです。今まで旅行代理店のパンフレットに高級ホテル(ってかサイパンはそんなランク別けは元からありませんが)で並んでいた「ニッコー・ホテル」「ハイアット・リージェンシー」「アクアリゾート」「タガ・タワー」などの料金体系がこれで崩壊しました。市場には相場というものが歴然と存在して、それこそが価格体系を維持するひとつの目安となっています。お客さんの立場で言うと、高級ホテル、中級ホテル、下級(笑)ホテルというカテゴリー、あるいはランキングは、まさしくその商品価格で判断する以外ないのです。当然、世界的な規模のチェーン店ハイアットとかニッコーなんていうのは、ひとつのブランドですから、料金も去ることながら、まずはそのブランド名が品質を保証していると言っても過言ではありません。そんな暗黙の掟を、ニッコー・ホテルは破ってしまったのです。観光客がふんだんに訪れているような時代ならともかく、パイの大きさが決まっている市場でダンピングをするということがどういう結果を招くか、どんな小さなホテルの経営者だった見えないわけがありません。というか、逆に小さい規模だからこそ、資金力の無い分、なんとか現状維持で凌ごうと考えるのが当たり前で、落ち目の市場で自らを安売りしたらどうなるかは、大手以上に切実に感じ取っています。さて、このニッコーのダンピングがどのような結果を招いたか?まず、同格のホテルの稼働率がどんと下がりました。当たり前ですね。たとえばブランド専門店で、グッチ、エルメス、ヴィトン、シャネルのバッグがほぼ同額で並んでいる商品棚、ある日ヴィトンが半額の正札を付けたらどうでしょう?好き嫌いはともかくとして、とりあえずバッグを買いに来た人は半額に飛びつきますね。しかも、その販売地の人口が限られたものだとしたらどうでしょう。まあ、こんなことは有り得ませんから、想像もつきにくいでしょうが、潜在的購買層というのは限りがあります。サイパン旅行に行こうと考えている人が100人居たとして、その内の20人くらいがブランド志向(笑)で、いちおうは名の通ったホテル、あるいは一番高級なホテルにしか泊まらないとしましょう。さっきも言ったように、高級=高価が基本にあります。そんなときに目玉商品が出てくれば、まずはそこがお買い得ですから、20人中18人は買うでしょうね。更に、普段は安いホテルで満足してる顧客層も、予算内で高級ホテルに泊まれるんだったらと、買いに走るでしょう。結果として、今まで住み分けが出来ていた市場に変動が起こるわけです。この商法自体が間違っているとは言いません。ただ、戦略にはTPOというものがあり、もっと大切なことは「市場」というものがあるということです。果たしてこの戦略でニッコー・ホテルはどれだけの収益を上げたでしょうか。飛行機の座席数が限定されている現在、パンフレットに載った料金から逆算して、まずは6割から7割の稼動でギリギリといったところでしょうか。ということはこの設定自体が初めから無理ということです。これだけなら、別にニッコーが損するだけだから良いでしょう。客を取られた他のホテルだって、同じく安くすればまたお客を取り戻せるだろう、ってお思いでしょうが、市場というのはそんなに単純なものではないのです。まず、販売している旅行代理店はこう思うでしょう。「この値段で営業できるのなら、他のホテルだってもっと安くなるはず」消費者はどうでしょう。「なあんだ、この値段で売れるんだったら、今までぼったくりしてたってことじゃん」更に今後の商品価格の基準は、このバーゲン価格が引き合いに出されることでしょう。では、ニッコー・ホテルの有能なセールスマンは、どうしてこのような素人商売のような手段を講じてしまったのでしょうか?だって、資金力のある会社ですから、赤字だろうがなんだろうが、社員の、特にこのセールスマンの給料が滞ったり、資金フォーローが追いつかなくなることなんてまず考えれられません。同業の皆様に迷惑をかけても、マーケットが壊れても、そんな犠牲を払ってまで行ったこの戦略、それは、社内人事のためでしょう。すでに売却が決まっているホテルに勤務している日本航空の社員は、数字でしか自分をアピールすることしかできないのです。それが直接の利益に繋がらなくても、どっちみち、この地に長く住むわけではありませんから、在任中に数字が上がれば良いのです。そんな素晴らしい(笑)経営陣が運営する高級ホテルは、客室清掃が遅い、レストランが高くてまずい、サービスが悪いと、苦情が絶えません。お客さんは「ニッコー」の名前で選んだのですから、小さな無名のホテルのサービスに対する評価とは基準が違います。この有能な経営陣(笑)はみな日本の天王洲のビルを見て仕事しているのです。
2007年07月23日
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昨日に引き続き、ニッコーいじめ第二部です(笑)もし読者(笑)の中にニッコー関係者の方がおられましたら、大変僭越ではございますが、私の話はノン・フィクションでございますので、苦情でも異議申し立てでも何でも率直にお受けいたしますので、いつでもメールをお送り下さい。ただし匿名ではなく実名を名乗っていただくことを原則とさせていただきます。もちろん私もきちんと名乗りをあげますので、ってか、小さな島でこんだけのこと書いてたら、隠さなくってもバレバレですけどね(笑)ということで、昨日のお話に続きまして、今日は更にしょーもないエピソードをお送りいたします。昨日お話したホテル・ニッコー・サイパンの社長N氏が6月一杯で引退され、つい先日ご帰国されたのですが、こうした日本人が本国に戻る際は、たいてい地元の有志というかご友人とか関係者が送別のために空港に出向きます。まあ、このあたりは日本人特有のシキタリみたいなものもありますが、そこはそれ、たとえ業界ではいがみ合った仲だとしても、こんなちっさな離島で生活を共にした縁は誰しも生涯の思い出になるわけですから、仲間同士連絡を取り合って心ばかりの送別を行うわけです。もちろんその人の人徳、人望がきちんと現れますから、多いときには2~30人近くが集って「万歳三唱」とか、とてつもなく恥ずかしいアホな醜態を見せたりします(笑)。まあ、これも各人の一生のうちで一度くらいしかないであろう経験ですから、それなりに馬鹿馬鹿しいと思いつつも、洒落として皆、つい調子くれてしまいます。さて、そんな習慣のサイパン島で、天下のニッコー・ホテルの社長が引退ご帰国されることになり、仲間同士で出発時間などを確認して空港に出向いたのでした。すでに今年に入ってすぐに、JAL本社ではサイパンのホテルは売却するとの声明を出していますので、遅かれ早かれこの社長の引退は決まっておりました。そんな事情もあってか、ご本人は謙虚に静かに旅立ちたいという意向をお持ちでしたので、ごくごく身内だけで送り出そうということになり、私も含め4~5人が空港で社長を待ちました。さすが元フィリピン支店長のN氏、時間には正確です。きっちり2時間前にチェックイン、出発ゲートには1時間半前に姿を現しました。送別に集った面々は、系列の洗濯屋の支配人、某ゴルフ場支配人、現地旅行社支配人などでした。(しょぼっ)ぐるりをあたりを見回しても、ニッコーの社員はおりません。かろうじて系列の洗濯屋のおっさんが、「本日はN社長のためにご足労頂きありがとうございました」と、一同に礼を述べました。ちなみに、ホテル・ニッコー・サイパン現ホテル総支配人はこのN社長の推薦で、前支配人を外してまで引っ張られて来た人物です。更に昨日のエピソードに登場したアホ(ゴホン、失礼)、非常に優秀なセールス・マネージャーも、ワザワザ社長の肝入りで栄転して来た人物です。あいにく私は高卒のディスコ出身なので、大企業のシキタリなど知る由もありませんが、人として、少なくとも先輩である方の旅立ちにその直轄の部下、後輩が、挨拶にも来ないというのには、のっぴきならない事情でもあるのでしょうか?そう疑いたくなるのも無理はないでしょう。つい昨年までは、日本人会の秋祭りだぁ、餅つきだぁ、ハナだチョーチンだと、日本を背負って立つような代表者として皆で持ち上げていた、彼ら取り巻きのメンタルはどのような構造になっているのか、非常に不思議な思いの道楽親爺です。それは、腹立たしいとかいうよりも、情けないというか、こいつら本当にどーしょーもないヤツだなとという思いで一杯になったのです。こんなフツーの、当たり前な、ごく一般常識さえ、頭の中に浮かばないようなしょーもないヤツがマネージメントしているホテルが一体どんなものか、言わずもがな、、まさに押して知るべしですね。そんでもって、こいつらいっちょまえに「ホスピタリティーについて」とかノーガキこくんですね(笑)そういえば、6月に千葉の戦友お二人がここにご宿泊になりましたが、ひどく驚かれていたのを思い出しました。何がって?そりゃいちおうはニッポンを代表するホテルですからね。まあ、こんな高卒のディスコ野郎あがりの私に「サイパンでホテルって呼べるのはハイアットだけだね」と正面切って言われて、何も言い返せないヤツですから、結局は日本の方見て仕事してるんでしょうね。地元の野郎なんか相手にできるかってな感じなんですかね。でもね、自分らだけのことなら、それはそれで私も知ったこっちゃないんですけど、このアホたれたちは、業界にも多大なるご迷惑をおかけしているんです。しかも、サイパンがこんなに疲弊している時期に、市場を破壊するようなバカなことをやらかしてしまったのです。このお話はまた明日ネ(笑)
2007年07月22日
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サイパン維新で活躍中の道楽親爺です(笑)米軍の陰謀でいよいよその終焉が近づいてきているサイパン政府を見ていると、大国の庇護の下で安穏と暴利を貪った組織の腐敗、人間の欲望などが露わになってきて、人生大学で最後の講義を受けているような気がする今日この頃です(笑)そのうち、この実情もこのブログでも少ずつ載せていこうと思っていますが、まずはこの動乱の中で揺れ動く大手日系企業の実態などに触れてみたいと思います(笑)サイパン島の観光産業を代表する企業「日本航空」が2年前に撤退して以来、今や総崩れとなった日本企業ですが、それにもましていわゆる大手企業の体質というか、構造というか、これももう、来るところまで来たという感じです。JALについては過去、何度も書いてますが、このJALの経営するニッコー・ホテルも、もう本当にどうしようもないって感じです。先日、現地社長のN氏が引退してご帰国されたので、これでもう誰に遠慮することもなく、ニッコー・ホテルに関するノーガキがこけるようになったので(笑)、今日はこのニッコー・ホテルをイジめて見たいと思います。別にN社長には特別世話になったというわけでもないのですが、まあ、しょっちゅう顔合わせてたもので実態をバラすのはちょっと気が引けてたんですね。本人には結構言いたいこと言わさせてもらってましたが(笑)しかし、もう大手はみんなダメです。体がデカくなり過ぎたのか、もうあちこちで澱みが出て来ています。特にサイパンなんて、はっきり言って本社の出世コースからは外れたようなヤツしか来ませんから、言ってみれば使い物にならんようなヤツの吹き溜まりみたいなもんです。まあ、その本社の出世コースなんてのも、こりゃまたどーしょーもない、処世術で成り立っているような実情ですから、仕事ができても処世術が下手で左遷されてきたなんてヤツも混ざったりして、もう手が付けられません。私自身の体験から得た教訓として、人間というのは、ギリギリの瀬戸際で本性が現れますから、まさに今のサイパンの現状から言えば、死ぬか生きるかの往生際なので、まさしく皆が素のままの姿を現します。ではそのエピソードをひとつ御紹介いたしましょう(笑)つい2ヶ月ほど前になるでしょうか。現地観光局に勤務する日本人女性の御子様(2歳)が原因不明の病にかかってしまい、現地病院で死の宣告を受けました。焦ったご夫妻、旦那は現地の方なので、米軍のツテを頼ってハワイの病院に子供と奥さんを搬送してもらました。幸いにもなんとか一命を取り留めたものの、その費用は莫大で、一生かかっても返せるかどうかというような額でした。そこで、地元の有志が募金集めをやろうと呼びかけ、ちょっとした支援グループが組織されました。まあ、どこにでも義侠心のある日本人が居て、まだまだ日本も棄てたもんじゃないね、などと私も、僭越ながら一端を担がせて頂きました。元々、アメリカはこうしたカンパとか募金とかは当たり前みたいな風潮がありますので、現金ばかりでなくモノもあちこちから寄付してもらい、それを賞品にしてゴルフコンペや、バザー、くじなどで金集めを行います。そんな話の中で、以前、私が担当した「台風被害の募金運動」で使った募金箱を再利用して、あちこちに置かせてもらおうということになりました。早速、その古い募金箱を拝借に回りました。1回きりしか使わなかった募金箱ですから、どこの会社も埃にまみれて倉庫に眠っており、お役に立てて嬉しいですとばかりに、皆快く承諾して貸してくれました。賛同して自らの店舗で置いてくれたりもしました。さて、ニッポンを代表するホテル・ニッコー・サイパンは3個の募金箱があるとのことで、支援グループ代表が借り受けに行ったところ、思わぬ対応に目を白黒させたそうです。ってか本当に目が白くなったり黒くなったりしたかは定かではありません。あくまでも当人の談です。(くだらねーこと言ってんじゃねー、ばかやろう!)支配人「使用目的と借用日時を書面で提出して下さい。できれば趣旨もお願いします」代表「はあ? あの、箱を借りるのに手続きがいるんですか?」支配人「いえ、社長から協力するように指示をもらいましたので、できれば私共のレストランに置こうかと思い、それには社内で稟議書を上げなければなりませんので」代表「り、りんぎしょ、ですかぁ?」支配人「はい、いちおう事務的な手続きですから」代表「あの、別に置いてもらわなくても良いので、箱だけ貸していただけませんか?」支配人「それでも、いちおうは内容を書面で頂きたいのですが」代表「貸借証みたいなもので良いですか?」支配人「できれば趣旨説明なども付けていただきたいのですが」はいはい、どうも失礼こきました(笑)ってことで、借り出しはご遠慮申し上げて退散したそうです。ちなみに対応してくれた支配人は、セールス&マーケティング担当で、社内の話では営業が得意と誉れ高き方だということです。(ふ~~~ん)まあ、お蔭様でこの募金運動、なんだかんだで1万2千ドルほどの寄付金を集めて、先週日本に戻っている彼女の元に送られました。律儀にも、代表者全員にお礼の電話をしてきた彼女ですが、もちろん皆が彼女を支援した理由は、在職中の彼女の働きぶりを評価してのことです。それは彼女が仕事を通じて築いて来た、地域の人々との信頼関係が評価されたということに他なりません。それは、タイプが早く打てたりとか、電話の対応が上手かったりとか、理論的に優れているとか、そういった意味の仕事ができるということではなくて、地域を思う心、如いては人々を思いやる心が、彼女の仕事に生かされていたということです。オマケですが、ホテル・ニッコー・サイパンの集客稼働率は毎月、底辺をさ迷っています。きっとセールスマンが優秀だからでしょうね。つづく。。。。。。。(ってか、まだまだ書き足りないので・笑)
2007年07月21日
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しばらく留守にしてました(笑)ってか、別にどこかに行ってたわけじゃないんですけど、このところやたら忙しいもんで、ゆっくりとタイプを打ってる時間がないという、そんなちょっとご多忙な道楽親爺です。いよいよ道楽への道を極めつつある私ですが、とにかく寿命の半分は使ってしまったジジイですので、後半はできるだけ世のため人のため、もちろん道楽のためにこの身を捧げる覚悟で精進しています(笑)ということで、まずは現在の居住地であるここサイパン島で道楽親爺は戦闘を開始したのです。何の戦い?それはもちろん「道楽」の旗印の下(笑)、ビンボー救済と権力との戦いです。ってかそんなタイソウなもんじゃありませんが、とにかく時代のパラダイムが変わろうとしている世界を存分に楽しもうと思っています。これは言うなれば「明治維新」みたいなもんで、サイパンというちっぽけな島が、日米という大国の利益のためにその波に呑み込まれていく、まさにその瞬間を生きている自分がとてもシヤワセに思えるのです。(サイパン維新か?)ディスコで燃え尽きた道楽者は、今ここで人生最後の道楽に出会ったのです。長かった潜伏期間(笑)、ついに生涯最後の道楽の始まりです。ってか、まだまだ序章に過ぎないので、もう少し全貌が見えてきたら、このブログも巻き込んでみんなで遊びたいと思っています。ってか、言ってることがよくわからないと思いますが、私的には、その昔、ディスコでグダグダしてたころ、何故か知らぬ間に自分の回りに人が群れ出してきて一大ムーブメントとなっていった(笑)、あの頃の感覚に似たものがあるのです。自分で言うのもなんですが、昔からどうも私は人を知らぬ間に扇動してしまうタイプのようで、気が付けば一塊になっていたみたいな感じなんですね。ただ、昔の若い頃と違うのは、今度はきちんとした行く先が見えているということです。どんな行き先かって?それは「みんなで楽しむこと」なんですね。残り少ない人生ですから、みんなで本当に楽しいことをしましょうってことなんですね。(なんか当たり前のような。。。。そのまんまっつーか)まあ、当たり前のことなんですけど、ただね、ジジイが楽しみたいのは、この時代をシェアした数少ない道楽者の皆様、特に過去の道楽のツケで厳しい現実を背負わされている戦友の皆様と、棺おけに入るまで「笑って」生きて行きたいということなんです。もう、僕らはしょーもないロクデナシ野郎なんですから、今更、一般人のお仲間には入れませんので、せめて、道楽者は道楽者らしく、最後まで突っ張って生きたいと願うジジイなのです。ですから、過去は道楽をして遊んだけれども、今は更生してそれなりの生活をエンジョイしておられる更生道楽者(笑)の皆様は、こんなくだらないジジイの戯言に乗らず、どうかそのまんま最後まで穏やかな人生を全うして下さい(笑)過去の道楽のツケがキツ過ぎて、未だに社会復帰出来ない純道楽者の皆様や、更生しようと思っていても運からメチャクチャ見放されてしまったというような皆様、そんなどうしようもない道楽者の皆様、ジジイと一緒に後半戦を笑って生きて行きましょう。(ってか、具体的にどーするわけ?)ゼニのない奴ぁオレんとこへ来い!オレもないけど心配すんな~お金は絶対に必要ですが(笑)、お金以上に大切なものがあるってこと、この歳になってようやくその本当の意味を理解し始めた私です。まあこれから生涯最後の道楽をボチボチと始めて行きますから「乞うご期待」ってとこでしょうか。では最後に、道楽野郎の合言葉で締め括らせて頂きます。「人生、ビビったら負け。オレたちゃ、まだ負けてネェ~ぞ!」
2007年07月20日
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台風4号もようやく収まったようですね。沖縄~九州地方はだいぶ被害が出たようですが、今回の雨台風は、水害の恐ろしさを改めて認識させてくれました。水不足とか言っていたのがまるで嘘のようですね。さて、そんな騒動の中、ちょっと気になるニュースが目に付きました。米国で「CHNA FREE」表示の製品登場チャイナ・グルーブじゃないよ、チャイナ・フリーだよ。(えっ? 中国はタダ?ってか違うだろ!ばかやろう)最近やたらとお騒がせの中国ではありますが(笑)、ついにここまで来たかって感じですね。タイプは違えど、こちらも極端な体質(笑)では中国にも引けをとらない世界の大国アメリカです。まあ、言ってみればこれは、アメリカが世界に向けて発信した「ええ加減にせんかい、中国!」というようなメッセージのような気もしないでもありません。ちょっと道楽者的屁理屈で解説すると、人類初の野望、世界統一を目指すアメリカの中国侵攻作戦プロローグみたいな感じでしょうか(笑)しかし、このコピーはちょっと凄いですね。かなり露骨ですね。シュガー・フリーとかいうニュアンスで言ったら「中国は入ってません」ですよね(笑)「中国抜き」みたいな(笑)これって在米の中国人はかなり傷ついているのではないですかね。しかも、今や国際的な基準で経済大国の仲間入りを果たし、オリンピックに沸く中国国民にとって、この事態はどう捉えられているのか興味があります。出る杭は打たれるってことわざがありますけど、どうなんだろ、この場合。杭は確かに出たけど、元々ちょっと無理して出て来た杭だから、下手したら杭が中から腐って折れる場合もあるかもしれませんね(爆)そういえば、最近中国本土で「コピー製品」を排除しようなんていう、とってつけたような政府の動きもアピールしたりしてましたけど、どのくらいの規模で浸透していくんでしょうかね。疑問ですね。ミッキー・マウスのコピーに対して、これは「耳の大きなネコ」だと言い張った中国人に頭が下がりましたね、正直言って(笑)なんせ、私も似たような経験はしょっちゅうしてますから、別に驚きませんでしたけどね。ってか、日本に居る人たちは、たぶんジョークだと思ってるかもしれませんよね(笑)洒落かよ、みたいな。でも、彼らはしっかり本気ですからね。コピー製品に無いものは無いってくらい、世界のブランド品がひしめく大国ですから、言い訳なんてあってないようなもの。思いついたら何でも言うし、絶対に非を認めたりしないでしょう。このブログでも紹介しましたけど、映画「トラ・トラ・トラ」のDVDを借りたら、中身が「パール・ハーバー」だったんで、文句言ったら「これは真珠湾戦争だし、同じお話だから」って言って、決して詫びない人たちですからね(笑)まあ、私なんかはそういった思いがけないコメントを尊敬してしまうくらいですから、逆に別の楽しみ方で遊べるんですけど、今回の騒動は動物の命や人命に関わることですから、あまり笑ってもいられません。でもね、よ~く考えてみると、コストを安くするという理由から、中国を選んで、それを求めた側の責任ていうのはないのでしょうかね?中国の生産工場の大お得意さんはアメリカだし、農作物や海産物のお得意さんは日本でしょ。なんでもかんでも安くして売れば良い、みたいなことがこんな弊害を生み出したってことも原因のひとつにはあるはずです。昔から言いますよね「安かろう、悪かろう」って。まあ、通常は「安いのにはワケがある」ってことですよね。まともにやってて安くしたら、そりゃ単なるバカですからね。どこかの航空会社みたいに、120%売っても赤字とかね(笑)
2007年07月16日
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激動のサイパン島から道楽親爺のお送りする、あんまり役に立たないブログです(笑)またまた、しばらくお休みしてしまったジジイをお許し下さい(汗;なんか最近慌しくて、ゆっくりタイプ打ってられないんです。ということで、先日、北マリアナ諸島を通過したばかりのトロピカル・ストームは、予想以上に大きくなってニッポン列島を縦断しそうです。いや~、サイパンを通過したときも「こりゃデッカイぞぉ~」とかみんなで騒いでいたんですが、思ってた以上に大きくなりましたね。沖縄ではかなりの被害が出たみたいですが、いよいよこれから本土上陸の兆しです。どうぞ皆様、くれぐれもご注意下さい。ってか、こればっかりは防ぎようがありませんね。まずは、ラジオとか非常食とかを確保して、万全の体制で非難して下さい(笑)ってか笑いごとじゃありません。この台風、雨風がやたらキツいので、本当に危険です。もちろんこちらを通過したときも、安普請の桟橋とか海岸線の遊歩道をいくつかぶっ壊して行きましたから、これだけでも恐ろしさがうかがえます。ふつう、トロピカル・ストーム(亜熱帯性低気圧)でコンクリートまで壊されたことって、あまりないんですよね。それが今回は大きいところで2件、コンクリートが大波で削られ陥没、樹木も相当倒されました。幸いにも怪我人は出ませんでしたが、これが台風になっていたらと考えるとゾッとしました。え~、ちなみに千葉在住の戦友の情報によりますと、今日は全国的に「プール開き」の日のようで、子供たちにとっては辛い週末となりそうですね(泣)でも、子供って、意外となんでもアソビにしちゃう才能がありますから、大人の心配をよそに結構「台風」でも遊べたりしちゃうんですよね。私も子供の頃は「ノアの箱舟ごっこ」とか、「嵐の冒険」とか、ようわからん遊びしましたっけ。台風接近で学校が休みになると、近所の鼻タレを集めて「探検隊」を組織して近所のドブ川とかに行きましたね(笑)嵐に向かって「ウ~、ヤ~、タぁぁ~!」とか叫んでみたりとかね(笑)カッパにゴム長で氾濫するドブ川の溝をジャブジャブ歩き回ったり、流れてきたザリガニだの廃品だのを引き上げてきてはせっせと空き地に運んだり、危ないこともしてましたっけ。小さいドブなんかは水嵩が上がってきて、境目がわからなくてズッポリはまっちゃうガキとかもいたりして、異様に興奮しました(笑)中には浮き輪とかプラモデルの戦艦とか持ってくるワケのわかんないヤツも居ましたが、ガキ同士だと「おおっ、スゲー!」とか、意味もなく感動したりして、羨ましがったりなんかして、まあ、とにかく台風で2~3日は充分遊べました。持ってきた本人はドブ川で一気に流されて泣いちゃったりなんかしてんのに、周りでは「おお~スゲーっ!まるで本物みたいだぁ」とか言って盛り上がったりしてね。ってか「本物」見たことあんのかよ、みたいに突っ込むヤツもいませんでした(笑)今時の子供はどうなんでしょうかね?やっぱ、しらけてて、大人みたいに家でこじんまりとしてるんでしょうかね。そういえば、昔は家に木だの板だの打ち付けて風避けとかしましたっけ。昔はちょっとした台風で壊れちゃう家なんてのも随分ありましたもんね。私の住んでた長屋も「汲み取り式」でしたから、便所が溢れてきて往生した覚えがあります。今にして思えば、危ない環境でしたよね(笑)まあでも、そんな環境で育ったから、こうして未開の島でも平気で暮らしていけるんですから感謝しなくちゃいけませんね(ってか誰に?)っつーことは、ウチの子供たちも大きくなったら親に感謝してくれるかもしれませんね。ワイルドな世界で育ててくれてありがとうみたいな(笑)なわきゃねーだろなぁ~(爆
2007年07月14日
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全国の道楽者の皆様お元気ですか?ちっとも懲りない道楽親爺のあんまり役に立たないブログで、今日も貴重な暇を潰して下さい(笑)え~、今日は私達道楽者の生態についてちょっと考察してみたいと思います(^^;ヨーロッパ方面(笑)ではよく「人はみな遊ぶ為に仕事をする」とか言われますが、こういう考え方って、日本にはあまり馴染まない考え方ですよね。最近はどうか知りませんが、私らの子供の時分も、仕事というのは常に「神聖」さが保たれていて、遊ぶ為の金を稼ぐ手段みたいな考え方はひどく軽蔑されました。でも、よくよく考えてみれば、どんな人だって娯楽ってものはあるし、たとえ貧乏していても殆どの人が趣味を持っていますよね。ってことは、やっぱり「遊ぶ」ために金を稼いでいることには違いないわけで、ただこれを公然と言っちゃうと「波風が立つ」みたいな感じで、できるだけ内側に押し込められていたというのが実際のトコではないでしょうか。こういった発想って、「お食事」にも当てはまりますよね。味を楽しむとか、ゆったりと食べるとかいう行為は、どこか「罰当たり(笑)」みたいな後ろめたさが付いて回ります。ってか、これはビンボー人だけでしょうか(笑)貧乏人の場合は、まずお腹が一杯になるという欲求が前提にありますから、できるだけ早く腹を埋めろ、みたいな忙しい食事が一般的です。お米が好きな人はまず間違いなく「庶民」でしょう(笑)とにかくお米でお腹を満たすことがビンボー人の「食事」のポリシーであり、重要なコンセプトですから、モタモタしてると周りから白い目で見られたり、肝心なオカズがどんどんなくなっちゃったりして、結局育ちの良さが裏目に出るというような社会であります。特に営業関係なんて、仕事の合間にささっと食べるってな感じですから、ゆっくり味わって食べるランチなんて、夢のような生活でしょうね(笑)私は昔、ファーストフードってのは「早く食べるゴハン」のことだとばかり思ってましたから、ファースト・フードで食べてるヤツはみんなせっかち野郎だと信じてました。ということで、今日の道楽親爺は何が言いたいのかというと、結局、日本人は無理してヨーロッパ文化を追わずに、日本独自の食文化を大切にして欲しいってことです。まあ、早い話、お腹が一杯=シヤワセ、みたいなことで良いということですよね。だから仕事だって、無理して遊びと仕事を分ける必要はないってことです。元々、日本人にとっては仕事が遊びのひとつなんですから、わざわざ無理してこれを引き離すこともないわけです。仕事と遊びが一緒だったから、文句も言わず、家庭を顧みず、朝から晩まで働きまくったわけで、そんなニッポン文化が現在の日本を作ったんですから、これを否定しちゃあ、今の経済の礎となったお父さん、お母さんに申し訳ありません(笑)モーレツ人間とか呼ばれた時代もありますが、家庭や家族を顧みず頑張ったお父さんだって、しっかり財産を残してくれたんですから文句を言ってはいけません。道楽三昧で逆に借金を残して、家族を奈落の底に突き落としたおとっつぁんだって居るのですから、金だけでも残してくれたおっさんに感謝すべきですね。ということで、なぜ今日はこんなことを書いたかというと、私の大先輩であるお隣さんが、いよいよ全てを引き上げて日本に帰ることになりまして、このおじいちゃんからそのモーレツ時代の話を聞いていて、日本文化について書いてみたくなったんです。このおじいちゃん、今年で70歳を向かえ、さすがに単身赴任もそろそろ限界だということになり、ようやく自身で帰国を決意したそうです。某大手土建屋さんで設計士として世界各地を渡り歩き、最後の赴任地サイパンで引退、その後も単身赴任のまま現地建設会社に顧問として残り、現役のまま約10年を頑張りました。そんなおじいちゃんの話を聞いていると、やっぱり「設計」が楽しかったと言うんですね。もちろん時間外労働も厭わず、仕事に打ち込んだと。まあ、その見返りで色々なものも手に入れたとは言ってましたが、結局は、仕事以外に趣味なんてなかったし、家族に金を送るのが生き甲斐だったとも言っておりました。だから、自分の仕事はある意味、趣味にも通じていた、と断言していました。いやあ、これが我々日本人気質というか、文化なのではないかと、ふと思った道楽親爺です。若い頃ならいざ知らず、それなりの年になれば、いくら金を稼ぐ為とはいえ、嫌いな仕事はしたくありませんよね。そこまで割り切って仕事ができるかっていうとちょっと疑問です。ってか、これはあくまでも私自身の話ですので誤解のないように(笑)ってことは、私のお仲間、戦友の皆様は、なんだかんだ言いながらも、結構シヤワセな人生を歩んでおられるのではないでしょうか。
2007年07月11日
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このところ忙しい日々を送っている道楽親爺です。最近、やたらと外出が多いもので、ゆっくりタイプする時間がなくて往生してます。(汗;ということで、今日はちょっと趣を変えて、ある人物を御紹介したいと思います。今から15~6年ほど前になりますが、ちょっとしたきっかけでめぐり合った素晴らしい女性がいました。当時の私はまだ四十前で、日本の景気もバブル真っ盛りというような、すべてがとても元気の良い時代でした。彼女と出逢ったった時の第一印象はというと、「大宅政子か?」(笑)ってな感じで、体格も良く、年齢の割にはやたら派手なファッション、前歯のワンポイント(詰め物・注:差し歯じゃないよ)にはダイヤモンドが光輝き、有る意味「オーラ」に包まれての登場でした。ご同行されていたもう一人のご年配女性は、こちらより少々若くて落ち着いた感じの、さぞや昔は美人だったろう(失礼)、というような方でした。もう随分と昔の話なので、匿名ではなく実名出しちゃいますね。どちらかというと彼女たちを讃えるエピソードですから(笑)オーラに包まれて登場した女性は、当時ドイツのホフブロイ・ビールの輸入元をされていた麻生弥壽子社長、御供の女性は千葉県市川市在住(たぶん現在もおられると思います)の書道家・近沢百合子先生のお二人でした。たまたま、このお二人のホテル・ケアをしたことから、お二人にとっては息子さんほどの年齢差の私でしたが、何故かとても気に入って頂き、長いお付き合いが始まりました。ビール好きな方ならご存知かと思いますが、このドイツのホフブロイというのはミュンヘンを代表するビアホール・ホフブロイ・ハウスのオリジナル・ブランドです。そして、ちょうど私たちが知りあった年に、麻生社長は新宿でこのホフブロイ・ハウスを開業しました。私はあまり縁がありませんでしたが、とにかくドイツ・ファン、ミュンヘン・ファン、ビールファン、そんな各界の著名人が集う、当時でもひと際斬新なお店でした。まあ、出会いはこんな感じでしたが、当時はなんといってもバブル全盛期ですから、彼女以外にも、それこそ名前は明かせないような大物の方々(笑)とも随分とお知り合いになったりして、こうした出会い自体、さほど珍しい出来事ではなかったんですね。ところが、たまたまサイパンにビール工場が出来たところから、一気に彼女の世界へと引き込まれて行ってしまったのです(笑)偶然にも日本の業者とオーストラリアの業者が、同時にビールの生産を始め、いわゆる地ビール、生ビールのレストランを開業したのです。今から16年程前になるでしょうか。現在でもUSテリトリーのビールはバドワイザー帝国に支配されているので、当時も結局は地元だけの生産販売ということでしたが、これが中々美味いビールで、それなりの好評を博したのでした。まあ、そんな工場を視察したいとのご希望で、私はこのご婦人方お二人をオーストリア風レストランにお連れしたのでした。そして、このオーストラリアのレストランで流れていたオーストリア(アイリッシュ)民謡を、なんとこの麻生社長がかぶせて歌いだしたのです。しかもかなりの大声で(笑)驚きましたねー、いきなりですからね。周りの客も注目!でした。更に、オーナーが現れて一緒になって大合唱を始めたのです。何でもこの店のオーナーはドイツ系のアイリッシュで、お店のカラーとしてオーストリア民謡をBGMにしていたのだそうです。そしてこの麻生社長は、日本でもかなり有名なドイツオペラの歌手だったのです。そしてサイパンという島もドイツの植民地時代があり、この時初めて、この血統を知ることになった私でした。そうなんです。ドイツの血統が未だ生きていたんですね、この地に。とにかく驚かされたことばかりで、こんなちっぽけな島でも世界の歴史が脈々と流れていたことを再認識した私でした。とまあ、そんなことがきっかけとなって、この女社長の半生を知ることになり、またまた仰天した私でした。ドイツオペラだけではなく、ヨーロッパ文化に詳しい社長、若い頃はNHK仙台で文化番組の司会なども務められたり、その手の知識人の間ではちょっとした著名人でもあったのでした。でも、私が感動したのはそんな「表」の顔ではなくて、実はこの一人の女性の戦歴(笑)の凄まじさだったのです。仙台の造り酒屋に嫁いだ彼女は、封建制度ギチギチの中でヨーロッパ文化の紹介、普及という相反する活動を続け、結局は古い制度に収まりきらず子供を連れて家を出ました。その後、この調停に入った麻生弁護士に強く求められ子連れで再婚。再び破局して、ドイツビールの輸入元兼レストラン・オーナーとなるまでの、それはそれは文字通り波乱万丈な人生であり、道楽者の私はいつの間にか彼女のファンになってしまったのでした。とにかくこのカリスマ性というか、壮絶な生き様は、道楽なんて生易しいものではなく、その軌跡を知れば知るほど、その強靭な精神力に頭の下がる思いでした。ただ、彼女がその壮絶な人生と引き換えにして失ったものが家族であったという事実も、私の心に強く残っています。そして、約10年ほど前、新宿のご自宅の高層マンションから落下、一命は取り留めましたが、左半身が麻痺して動かなくなり、引退、現在はイタリアのフィレンツェに隠居されています。当時、息子さんと会社の経営をめぐる確執から、自殺とも騒がれましたが、結局、現役は引退されたものの強靭な生命力で、77歳の現在も、養老施設などを巡っては歌を歌うボランティアなどに精を出されています。そんな彼女から毎年バースデー・カードが届きます。もちろん今年も来ました。そしてカードには必ず、イタリアの歴史に関するちょっとしたエピソードなどが添付してあり、この人のひたむきな生涯学習欲のパワーと生命力の力強さを注入されるような思いで一杯になります。私が最後にこの地サイパンで彼女と会った時、彼女が薦めてくれた映画がありました。「ブレイブ・ハート」彼女は、この映画の最後で主演のメル・ギブソン演じる中世の騎士が叫ぶセリフこそが、ヨーロッパの精神だと教えてくれました。今にして思えば、この時彼女はご子息との確執の中で、自らの精神が圧迫されていたのではないかと思えます。この映画に描かれた「精神」、それはまさに彼女の心の叫びそのものであったのではないかと、今でも思っています。そして、今でも私は、お互いを、縁の薄い親子がめぐり会った擬似母子ではないかと思っているのです。彼女は私との会話で、失ってしまった息子たちと適わなかった会話を、そして私は素直に心が開けなかった母親との会話を、お互いが演じているのではないかと思っています。素養や背景はまったく違う二人ですが、親が子を思い、子が親を思う心に変わりはないのです。
2007年07月10日
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日本ではすでに台風4号として確認されましたが、カロリン諸島周辺の亜熱帯性低気圧の影響で風雨に包まれているサイパン島からお送りする、道楽親爺のあんまり役に立たないブログです。毎日の辛い現実からしばしのマインド・ワープ、今日もくだらない日記で心の「暇つぶし」をお楽しみ下さい(笑)しかし、この亜熱帯性低気圧、現地ではトロピカル・ストームと呼んでいますが、南国っぽくて可愛らしい名前の割には結構凶暴です(笑)海岸付近では椰子の木をなぎ倒したり、山間部では土砂崩れなどを誘発したりします。排水溝は氾濫し、山の上から汚水を海に吐き出してきます。そんな厳しい現実を目の当たりにすると、「トロピカル・ドリンクみたいに言ってんじゃねー!」とか叫びたくなってしまいますね(笑)たぶん2~3日後には日本の太平洋側地域が暴風雨に襲われるのではないでしょうか。ってか、もうそんな季節なんですね。今年日本は夏が早く来たようですから、台風もチョイ早めの訪問ということになるんでしょうが、これじゃ今年の夏休みの海水浴はちょいと厳しいかもしれませんね。でも、最近の子供たちって、夏休みに海外旅行なんか行っちゃったりするんですよね。時代ですかねぇ~。私らの子供のころは、せいぜい江ノ島か大磯辺りまでが精一杯、ちょっと奮発して伊豆白浜みたいな感じでした。40日の夏休みで1回か2回、海水浴に行ければそれで夏の行事はおしまいでした。しかも日帰りですよ(笑)そういえば平和島とか船橋ヘルスセンターなんてのも、遠い記憶に残っています。どこにあったんだろ? まったく位置関係は覚えがありません。竹芝桟橋から船に乗って勝浦とかにも行きました。当時は船に乗るってことがかなりスゲー出来事だったですね。今にして思えば、東京近郊にも充分遊べるところがあったんですよね。昨日、NHKで浦安の特集してましたけど、埋立地にマンションが立つ前は漁師町として随分と賑わったようです。確か小学生の頃だったと思いますが、私も潮干狩りに行った記憶があります。テレビでは投網漁の伝統を残す親子とか、父親から屋形船の船頭を継いだ20代の娘さんとかが出てましたが、下町の風情が消えていくのはちょっと寂しいですね。東京近郊では、どちらかというと湘南の方がメージャーな扱い(笑)を受けていますが、千葉も中々に情緒のある海岸地帯です。ウチのヨメも銚子出身ですが、千葉の海岸は湘南海岸に比べて、マーケティングがイマイチのような気がしますね(笑)先入観かもしれませんが、湘南は娯楽的な要素が多く盛り込まれたイメージで、千葉は漁業(笑)ってな感じのイメージが先行しているような気がします。別に若者が集るからって、それが素晴らしいってワケじゃありませんが、どうもディズニーランドに押されて、「海」のイメージが希薄になっているのがジジイ的にはチョイ不満です。地上自治体の観光部門の皆様、もうちょっと千葉の海浜イメージを上げて下さい(爆)ってか大きなお世話?こりゃまた失礼いたしました。ドッカーン!
2007年07月09日
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このところ、やたらと調子付いている道楽親爺です(笑)道楽と仕事と遊びと金儲けをみんなまとめてやっつけちゃおうという、とんでもないことを思いついた道楽者のあんまり役に立たないブログで、今日も辛い現実からしばし逃避して下さい(笑)今日はちょっと「道楽者ビジネス論もどき(笑)」です。実は今私は、究極の道楽に踏み出しておりまして、この道楽もいずれは皆様と一緒に楽しみたいと考えておりますが、その根幹をなす、資本経済と道楽の融合について思索しているのです。(おおーっ、なんかようわからんけど、凄い!)まあ、簡単に言ってしまうと、果たして道楽で金儲けは可能か?という、結構デタラメなコンセプトを実践しようという壮大な試みに挑んでいるわけです。(ふ~ん)ということで、まず最初に思いをめぐらした、「道楽は儲からない」「従来のビジネスは儲かる」という二者択一の図式について考えてみることにしました.え~、いつものように、道楽者の遊びですからあまり真面目に考え過ぎないように、テキトーにお読み下さい(笑)でもって、今日のタイトルの意味ですが、いわゆる、企業は自社のビジネスの定義を、製品・サービスによってするのではなく、「生活者に何の価値を提供したいのか」という本質による定義をしなければならないということを表現した言葉です。まあ、ひじょうに当たり前の「理屈」なんですが、最近のビジネス・シーンはどうもここら辺がグチャグチャになってしまっているようで、できれば皆様も一緒になって考えていただけると嬉しいです(^。^)私の住んでいる南洋諸島は「水」が大変な貴重品です。特に飲料水に関しては、直接日常生活に関わるアイテムですので、多少のコストをかけてもキレイな水を確保したいと誰もが思っています。そこに「わが社は浄水器を販売しています」というセールスマンがやってきました。彼は名刺と共にマニュアルどおり、製品・サービスによる自社のビジネスの定義を始めました。まあ、日常、どこにでもあるヒトコマですね。さあ、ここで今日のタイトル「ドリルが欲しいのではなく、穴が欲しいだけ」を思い出してみて下さい。私たちが欲しいのは「浄水器」ではなくて「キレイなお水、おいしいお水」なんですね。つまり、企業は時代の潮の流れの中で「生かされて」いる生き物であり、流れが変わったら製品・サービスもお払い箱になってしまうおそれがあるということを言いたかったのです。(特にこのセールスマンにね)ここで、道楽親爺は元ディスコ野郎らしく(笑)、面白い例を御紹介しましょう。このブログでも御馴染みのビジネス・コンサルタント坂本啓一さんの登場です。(またしても古い本でごめんね)坂本啓一著『スローなビジネスに帰れ』(日経新聞社)まずは、この本の中で事例として挙げられたレコード針メーカーを見てみましょう。「できるだけ原音に近い、いい音を再現したい」という目的のもと、レコードの音にうるさいヘビーな顧客を巻き込んで彼らの意見も聞きながら製品改良に努めた。レコードの音溝にかかる圧力は平方センチメートル当たり3~6トンにもなる。満員電車でハイヒールのかかとに踏まれたときの圧力が25キロというから、その120~240倍の、途方もない力だ。針が磨耗するのも激しい。そこで、レコード音溝の接触面にダイヤモンドを使うまでになった。音質も、はるかに向上した。ところがCDが出現した。レコード針にとっては「破壊的技術」((c)クレイトン・クリステンセン)となったわけだ。おかげで「いい音」の定義が塗り替えられた。「いい音イコール、CDの音」になったのだ。音はそんなに単純なものではなく、自然界の音がCDによって完璧に再現されているはずもないのだが、世の中は「正しい」「正しくない」は関係なく動く。世の中に残ったもう一つの「真実」は、「レコードは時代遅れ」というフレーズだった。レコードとレコード針メーカーは、努力しなかったのだろうか?努力した。顧客の声を無視しただろうか。よく耳を傾けた。しかし、レコード針メーカーにとっての不幸は、自社のビジネスの定義を「良いレコード針を開発・製造・販売する」としてしまっていたことだ。え~、なんだか70年代から80年代のディスコの衰退と相まって、ちょっとブルーになってしまう道楽親爺ですが(笑)、もうみなさんもおわかりですね。そうです、音楽好きな人々が求めているのは「極上の蓄音機」(笑)ではなく、「良い音を聴く」ということそのものなわけです。リラックスした頭で考えれば、ごく自然に、当たり前なこととしてわかることなのに、ここに「お金儲け」というバイアスが掛かると、なぜか道を見失ってしまうという、これまた企業が陥る定番のような命題がここにあるんですね。そして、ではこの「核」を突き詰めてみると、やはりそこには立派な「道楽」が存在していることに気が付きます。一般的に「こだわり」とか「とんがり」とか「頑固」とか「石頭(爆)」とか言われますが、これにしても、何にこだわるかが、ビジネスと道楽の融合点になるのではないでしょうか(笑)更に突っ込んで言うと、そこには「満足」のシェアがあることに気が付きます。自己満足で終わるのか、それとも満足を人と分かち合えるのか?言い換えれば、人を喜ばせることでどんな満足を手に入れられるかということですよね。
2007年07月07日
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厳しい毎日を生きる道楽者の皆様こんにちは。今日も道楽親爺のくだらない日記で、しばしの憩い、テキトーにおくつろぎ下さい(笑)今日のノーガキは道楽者的「懺悔」についてです。(えっ?)え~、長いこと道楽を続けておりますと、ある日無性に過去の自分に嫌悪感を抱くことがあります。なんであんなことしちゃったんだろうなぁ~とか、もうちょっと真面目にしとけばよかったとか、まあ、どっちにしろ取り返しのつかない出来事を思い出しては、わずかな劣等感に苛まれたりするわけです。そんな時に必ずつぶやく言葉が今日のテーマ「過去は全て善」なんです。これは、やはり私同様、ある道楽者の先輩が、色々な経験を重ね、見出した人生哲学のようなものなのですが、とにかくどんなことにせよ、自分でしたことは全て「善」だと言うのですね。う~ん、そうかなぁ、オレって結構悪いことしてきたしなぁ、いい加減なことも一杯あるし、「善」とは言えないような気がするなぁ、と誰しも思いますよね。でもって、その先輩にそう言うと、「そうじゃないんだよ。その劣等感とか嫌悪感が持てる自分は既に善なんだよ」と、まるで禅問答のような答えが返ってきたのです。この先輩曰く、自分の心に「善」があるから、自分の行いに対して罪悪感を抱くので、もし「悪」の心で一杯だったら、逆に毎日が楽しくてしょうがないはずだそうで、だからこそ、過去が間違っていたとは絶対に思うな、ということらしいです。(なんか、よーわからん理屈ですが・笑)とにかく、騙されようが、騙そうが、はたまた人を傷つけようが傷つけられようが、すべては今の自分の支えになっている事実なんだから、なにも後悔することなどないのだ、と豪語されるのです。でもって、「どんなに悩もうが悔いようが、決して過去は消すことはできないのだから、そんなことに拘っていては何も始まらない」とのたまうのです(笑)確かにごもっともな説でございます(笑)当然、この哲学の結論は「昨日学んだことを今日活かせるか?」ということが一番大事なコト、というような、たいへん月並みな人生論へと帰結していくのです(笑)まあ、でもね、この言葉、「過去は全て善」って、なんかほっとしますよね。だから、心がちょっと暗くなると必ずこの言葉を思い出して、頭の中で繰り返しつぶやいてみるんですね。「そう、オレは間違っていない」ある意味自信過剰な部分もありますが、自分は自分の力だけで生きてるわけではないし、人は人の力だけで生きているわけではないということが、人生の基本にあるとするならば、自分の歩いてきた道を否定するよりは、肯定していくことの方が大切です。たとえ昔はでっかいアフロヘアーをしていたとしても(笑)、歩行者天国のど真ん中で踊っていたことがあったとしても(爆)、それもすべては善、今日の自分にどう活かすか、なのです。(しかしこんなことって、何かの役に立つことなのかなぁ~・爆!)
2007年07月06日
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道楽者同志のみなさん、そして貧乏同好会のみなさん(爆)、このところ調子付いてる道楽親爺をお許し下さい(笑)なんか最近とても忙しくて、ゆっくり座ってタイプなど打っていられないのです。さて、昨日はアメリカの建国記念日で、島中お祭り騒ぎだったのですが、この7月4日は、私の働いているリゾートの開業記念日でもありまして、はたまた、サイパン島の「解放記念日」でもあるのです。オメデタ3連発みたいな記念日なんですけど、道楽親爺は少々複雑な気分でした。というのも、アメリカ建国記念日とサイパン解放記念日の意味が、現地住民以外にきちんと理解されていないところがちょっと気になるんですね。特に、この記念式典のパレードで神輿とか担いでる地元日本人会の人たちを見ていると、なんかヒジョーに複雑な心境になってしまうのです。まあ、アメリカの建国記念日は、アメリカのコンセプトでもある「移民が創り上げた国」の御祝いなので、私ら日本人も、こうしてアメリカのテリトリーで暮らしている以上は、移民とは言わずとも、同じ国を支える市民という意味では納得いくし、コミュニティへの奉仕みたいな気持ちも少なからずあるわけです。ところが、サイパンの解放記念日というのは、第二次大戦後、米軍が日本軍を負かして、生存者を捕虜収容所に拘束、約1年後の建国記念日に捕虜を解放したという、そんな意味の記念日なんです。なにはともあれ解放されたんだから良いじゃねーか、とお思いの方もおられるでしょうが、よ~く考えて下さいよ。日本人はともかくとして、現地の人々は日本国民、あるいは属国民として一緒に捕虜収容所に収監されていたのです。そして、ようやくこの捕虜から解放されたのが、アメリカの建国記念日、たぶん恩赦にも似た記念すべき日を敢えて選んだのだと思いますが、じゃあ、この解放っていう意味はどういうことですか?米軍の捕虜から解放されたってのはモチロンわかりますが、解放された自国(自分たちの島)の国旗は、果たして「日の丸」か「星条旗」かってことですよね。だって、日本の統治下にあった島の人々は、少なくとも日本人であったわけでしょ。確か当時は2等国民とか呼ばれていたらしいですけど。でもって、解放された島は戦争に勝った米軍、連合軍のものとなりました。さあ、ではここで捕虜収容所から解放された島の人々は、どうなるのでしょう?史実で言えば、その解放された日から、国連の統治下の人々として無国籍状態になってしまったわけです。まあ、その先はグダグダ言う必要もないのですが、私が言いたいのは、じゃあ、この解放ってのは、日本国から解放されたって意味じゃないですか。捕虜から解放されたのなら、自国、つまり当時の統治国日本人に戻るのが当たりまえですよね。でもここで、米軍、つまり米国は、地元島民を日本国の束縛から解放したという記録を残したのです。あまり突っ込んだ話をしてもしょうがないのですが、そんな宙ぶらりんの島にしてしまった、日米、あるいは戦争と言う名のエゴが、南国の小さな島にもたらしたものは一体なんだったのかなぁ、と、毎年この記念日の度にそんな複雑な思いが湧きあがってきてしまうのです。最近、一皮向けた(笑)道楽親爺の胸中に燻る「複雑」な思いが、新たな道楽道のはじまりなのかなぁなどと考えつつ、南洋諸島の日々は過ぎていくのです。(しみじみ)ちなみに、今日7月5日は道楽者の伴侶のお誕生日です。ということで、この中年男の郷愁漂うムードにケジメをつけて、奥方の好きなチーズケーキを買いに走るジジイでした。(なんのこっちゃねん)
2007年07月05日
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悩める中高年の皆様お待たせしました。道楽親爺の元気が出るブログ、3日ぶりに復活です(^。^)このところやたら忙しくて、しばらくブログを休んでしまいましたが、少々調子くれてる道楽親爺が復活しました(笑)まずはこの歌からお聞き下さい。ってか音は出ませんので、詩だけお読み下さい(笑)金のない奴ぁ、オレんとこへ来い!オレもないけど心配すんな(爆)見ろよ青い空、白い雲そのうち何とかなるだろうぉ~ イッヒッヒィ~(笑)知る人ぞ知る、クレージーキャッツの名曲「だまってオレについて来い」の名文句です。実は今の私の心境がまさにこの詩にピッタシなのです。苦節52年(笑)、ついに道楽の集大成、デタラメをやり倒してきた道楽親爺がついに究極のデタラメに出会ったのです(ってか意味わかんねーぞ)金なし、家なし、学歴なし、コネなし、賞罰なし、妻子あり(笑)の私、道楽親爺が、道楽を通してついにたどり着いた境地、それが「糞も味噌も一緒(汚くてゴメンね)」だったのです(爆)どれが遊びでどれが仕事、どれが道楽でどれが仲間、不真面目な私が長年悩み続けた「ケジメ」にようやくと「ケジメ」をつけることができたのです。そうです。ケジメをつけないというケジメをつけることにしたのです。(屁理屈オヤジ面目躍如?)昔から気に入っているフレーズに「さよならにさよならする」ってのがあるんですけど、これと意味は同じですね(笑)今まで、なんとか真面目になろうと一生懸命努力してきた私ですが(ふ~ん)、いわゆる真面目になるためには、道楽と世間一般の常識にケジメがつけられる人間になることが大事だと私はずっと思いこんでいたのです。つまり、自分の道楽は、世の中の一般常識からはみ出した所に存在するものだとばかり思い込んでいたのです。だから、世間の皆様のお仲間入りをするには、こうした道楽を心の奥底に押し込まなければいけないと思っていたのです。それは、ある日何気なく空を見ながら散歩をしておりましたら、風にたなびくアメリカの国旗が目に入ったのでした。バタバタと風に煽られている旗を見て私は、そこでハタと気が付いたのです。(つまんねー駄洒落言ってんじゃねー)旗は風があってこそ旗のカッコよさが出せるので、もし風が無かったら、柱の上でだらりと垂れ下がる単なる布切れに過ぎません。ってことは、旗を考えた人は、そこに風があるから旗を作ったので、旗を作ってから風を求めたのではないってことです。(あたりまえだろ)そう、あたりまえのことなんですけど、旗のデザインとか素材に拘るってことは、暗黙のうちに風の存在を前提にしているわけで、その旗の創造の先にあるビジョンは、風にたなびく「旗」がイメージされているってことなんですよね。相変わらずのジジイの屁理屈、ようわからんという方もままあると思いますが(笑)、旗と風はセットになっているものだし、旗がどんなに素晴らしくても風がなければ「旗」には成りきれないのです。じゃあ風は?そうです、そこがポイントです(笑)自然の風を受けるには、その流れを見極めなければなりません。風に乗るってことですね。人生のターニング・ポイントを迎えた道楽親爺52歳は、今ここに「道楽」の旗を掲げて風の流れを追うことにしたのです。(あーあ)
2007年07月03日
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