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明日という日は明るい日と書くのネェ~。。。。。。。(古っ!)皆様ご存知のアリとキリギリスのお話は、アリが明日という日を信じてコツコツと働いたのに対して、今日が楽しければそれで良いのさとばかりに、力一杯遊びまくったキリギリスが冬を迎えて人生を悟るというお話です。(笑)でも、このお話って今の時代には全然当てはまりませんよね。明日という日を信じ、将来の生活を考えて、アリのようにコツコツと働いてきた老夫婦は、年金だけでは生活していけません。しかも医療費も値上がり、真面目にコツコツと貯めてきた貯金も底を突き始めています。悲しいかな、人間には最終回のお約束がありません。生まれるときはそれなりのお約束があって、生まれる年や月ぐらいは見当がつくのですが、死にはそういうお約束がないのです。明日ポックリ逝っちゃうかもしれないし、10年も20年も頑張っちゃうかも知れない。ある意味死ぬまで面倒みてくれるはずの国民年金も既に破綻し始めています。更に、世の中便利になり過ぎちゃっていますから、他人の苦労なんて殆ど見えてません。ってことは今の世の中、キリギリスだらけってことじゃないですか。しかも、数少ないアリのウチに押し入って、ささやかな蓄えまで強奪してしまうキリギリスなども出てくるに至っては、アリなんてまったく良いところがアリませんね。(くだらねー駄洒落いってんじゃないっての!)結局この童話は、アリは夏の間遊びもせずに、汗水たらしてコツコツと蓄えをしたおかげで冬を越せたが、アリの忠告に耳を貸さず遊び呆けたキリギリスは、冬が来て寒さに震え後悔したといういわゆる教訓話ですね。じゃあこれを現代版に置き換えるとどうなるかというと、冬が来ることを知っていた女王アリは家来のアリたちをこき使って食べ物をせっせと蓄えさせ、キリギリスには冬の寒さなどを教えずにどんどん遊ばせておいて、冬になったら高値で食べ物をキリギリスに売りつけて大儲けしたというお話になります。(笑)現金のないキリギリスに女王アリは高利で金まで貸しました。(爆)さんざん働かされたアリは、もらえるはずの配給もキリギリスに売る分で制限され、食うや食わずの冬を迎えました。しかも運の悪いアリは、その少ない配給さえ残虐非道なキリギリスの餌食となり、奪い取られてしまったのです。ということは、ありのままのアリは、アリのままに生き、ありのままに死んでいくということです。(一部「あのねのね」より盗用・笑)そして、遊び呆けたキリギリスは、法外なツケを背負わされて厳しい老後を生きなければなりません。もうひとつオマケに現代版では、アリとキリギリスの他にハチも登場します。このハチは、アリやキリギリスに「絶対に儲かる美味い話がありまっせぇ~」と持ちかけて、シンショ根こそぎ吸い上げてしまいます。もちろん、そのハチも女王蜂に甘い汁はみんな吸い上げられて、死ぬまでアリとキリギリスを追いかけなくてはなりません。(ひぇっ~)そして、女王蟻と女王蜂は新しいアリとキリギリスを求めて未開の地へと繰り出して行くのでした。(爆!なんだか、とてつもなく悲惨な物語になってしまいましたが(笑)、問題はこのお話のモラルはどこにあるかということですね。一見、生真面目なアリが偉いとも思えますが、結果的にキリギリスと同じような目に遭うくらいだったら、楽しい思いをした分だけキリギリスの方がシヤワセかもしれません。これってよくいう、正直者は馬鹿をみるってことになるのでしょうか。道楽親爺的ノーガキをこかせてもらうならば、冬が来るからマメに働けといわれて従うアリも、明日はいつもハッピーだから心配するなと言われて遊ぶキリギリスも、更には、冬の後には春が来るから甘い汁が吸えるとそそのかされたハチも、結局は無防備に与えられた世界を受け入れたことに問題があるわけですね。アリもキリギリスも、決して冬の訪れには逆らうことはできませんが、どんな冬が来るのかくらいがわかっていたならば、もう少し違った明日を迎えることが出来たのではないでしょうか。それは言うまでもなく、自分の目で見て自分で考えるということですよね。それとも占い師にでも相談してみますか?
2007年01月31日
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昔から苦手な言葉に「ケジメ」っていうのがあります。子供の頃は、先生に「お勉強とお遊びのケジメをきちんとつけましょうね」とよく言われました。大人になって「男やったらきっちりケジメつけんかい」と凄まれたりして、ある意味怖い言葉でもあります。(笑)こうして自分の人生50年を振り返ってみると、私はどうやらこのケジメの機能というものにひどく欠陥があるように思えます。高校を卒業してディスコ業界に飛び込んで行った経緯だって、ずっと遊んでいたかっただけだし、DJだダンサーだバンドだと、目移りしていっただけのことで、別に向上心とか目標なんかがあったわけでもありません。ふつうにケジメのつけられる人なら、社会人として生活をしながら、遊びは遊びで余暇の楽しみとして位置付けるのでしょうが、私の場合は、生活イコール遊びというワガママの局地のような道を選んだのです。まあなるべくしてなったという感じですか。その後、ディスコブームも廃れ、年齢もひしひしと感じ始めて、フツーの社会人になろうと思ったりもしましたが、結局はその頃流行のレンタルビデオ屋などに迷い込んで、これも仕事と遊びがゴチャ混ぜな仕事で、朝から晩まで好きな映画や音楽ビデオを見ながらヘラヘラとしておりました。そのうち、この業界も著作権だのなんだのと規制が厳しくなってくると、面倒くさくなってしまい、憧れの南の島へと流れて行きました。好きなものをずっと食べ続けて来たような半生ですが、それはそれで、好きなものばかり食べ続けるのも忍耐とか根性が必要なのです。(笑)こうしたケジメのなさが未だに尾を引いていて、今の職場も、言ってみればリゾートで暮らしたい、しかも楽な仕事が良い、お金も少しは余裕があったほうがベター、というようなヒジョーに短絡的かつワガママ、極めていい加減な生き方と、一般社会から指摘されても仕方のないことでしょう。(笑)でもね、本音で言えば、こうした夢とか娯楽の部分は、カタにはまった社会生活があってこそ充実しているわけで、その中に入ってゴチャマゼで暮らすと言うのは、これが案外辛いこともあるのです。まあ一般的に考えて、こうした趣味や娯楽の世界というのは、ある意味、日常生活のストレスを発散させるための装置として機能していると思うんですね。じゃあ、その装置を動かしている人にはストレスがないのかっていうと、そんなことはないわけで、やはり人間が動かしている以上は、そこにもしっかりとしたストレスが発生するのです。では、そのストレスはどこで発散させればよいのでしょうか?むずかしいですね。人々が抱え込んだストレスを解放させるような環境の職場に従事しているのですから、そこで生まれたストレスは更に複雑です。ただ、これって基本的には水商売のセオリーと一緒で、人の生活の裏側をみて生活しているのですから、そこから生まれるストレスは、案外まっとうなものであったりするんですね。うまい表現ができませんが、南国の暖かい島にやってくる人は、みな裸になるんです。一般社会で身にまとった鎧を脱いで素っ裸になれる場所なんですね。良い意味でも悪い意味でも、社会的立場、要するに肩書きがあまり必要ない世界だってことですね。そんなところで働く私たちが守らなければいけないお約束は、この場所で起こったことはすべて一般社会に持ち込んではいけないってことです。そのお約束さえ守れれば、その代償として素晴らしい人生勉強ができるのです。50年もの間、ケジメなく遊び続けてしまった道楽者の私は、実は、この地で人生についての講義を受け続けているのです。遊びの島にいて勉強させられるなんて皮肉なものですが、これは世界のどんな大学でも受けることの出来ない、素晴らしい講師達の講義であり、これが私の生活の中の唯一のケジメだったのです。授業料は? もちろん私の残りの人生の時間です。そして、できればここで学んだことを、出来るだけポジティブ(正)の遺産として残していければと思っています。そんな大それたことではありませんが、実はそれこそが自身の抱えるストレスを発散させる方法であったことに気がついたのでした。そろそろ飽きられたかもしれませんが、道楽親爺の屁理屈はまだまだ続きますよー。
2007年01月30日
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え~昨日からちょっと風邪気味で、少々熱っぽい道楽親爺です。この季節は、日本から来る観光客に乗っかってやってくる風邪ウィルスが蔓延しています。このウィルスの存在というのがまたヒジョーに面白いのですが、この話をするととてつもなく長い屁理屈になりますから、今日は止めておきます。(笑)風邪を引いたら、まずは栄養と睡眠が大切ですね。さっそく親爺はスタミナドリンクと納豆を買ってきて体力をつけました。(笑)しかし、あの納豆事件はなんだったんですかねぇ、一体。納豆ダイエット?なんか根本的な部分が間違ってるような気がしますね。まず、なんで痩せたいのかってことがあります。肥満とか体脂肪とか、生命の危機に関わるようなことならわかりますが、美容のために痩せるってのもね、よーわかりません。あんたは女心がわかってない。よく、ヨメにそう言われますが、男心から言わせて貰えば(笑)、太るとか痩せるとか言う前に容姿という原型にも、もうちょっとこだわった方が良いという場合がままあります。(笑)やせる以前に原型を磨く必要があるということをないがしろにしてはいないでしょうか。(爆)それに、巷で言うところのダイエットってのは、健康とは反比例する行為だとしか思えませんしね。カリスマ的に美と健康を成就されている方なんてのは、ほんのごく一握りの人たちだと思うんですね。その殆どはそれが商売でもあるわけで、素人がお手軽にできるようなことではありません。親爺心として(笑)、老婆心ながら本音で言っちゃうと、お笑い芸人の松村がどんなに頑張ってダイエットして、ボディを鍛え上げたとしても、シルベスター・スタローンみたいにはなれないのと同じで、原型あっての美容健康法だと思います。特に若い子は、多少の凹凸があったとしても美しいのです。それが若さというものだし、これは万人の人生に1回だけ与えられた「才能」なんですから、有効期限があるのです。小奇麗に着飾ってそれなりに頑張ってるお姉さま方も沢山いらっしゃると思いますが、「納豆ダイエット」だ、それ行け~ってなことで、スーパーの特売の山に突っ込んでいくその姿は、美と健康にはほど遠いのではないでしょうか。(爆)所詮男は種馬ですから、若くてピチピチしたおねーちゃんが目の前を通れば、なんにもしなくたってボルテージはグイィ~ンと上がってしまうのです。そんなもんです。今日はちょっと熱っぽいので、自分でも言ってることがよくわかりませんが、とにかく、ただ痩せたいだけだったら、食べなきゃ良いのです。間違いなく痩せます。ちなみに、先日から大手食品会社のお偉いさんが沢山来られておりまして、皆口々に「あの納豆騒動に比べたら不二家なんて、あんなに大騒ぎするほどのことじゃない」とおっしゃっておられました。「納豆事件の悪質さに比べたら・・・・」と言っていたのが特に印象深かかったです。思うに、このメディアの姿勢というのは「奴等を吊るし上げろ!」って感じだし、「売るためならナニやったって構わない」というような、ヒジョーに幼稚な理屈が先行しているように思えるのは私だけでしょうか。
2007年01月29日
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このところちょっと読書にはまっておりまして、とにかく手当たり次第に本を読み漁っています。私はどっちかというと宗教哲学や実用書とかノンフィクション系が好きで、小説の類はあまり読みませんが、人に奨められたり貰ったりした場合は頑張って読みます。(笑)まあ、いわゆる乱読なんですけど、ジャンルとかテーマとかはほとんど考えずに、そのときのフィーリングというか気分でチョイスしています。でもって、読んでビビッと来た本は、感じた部分を適当にかいつまんでこのブログでウケウリ的にご紹介したりしているわけですが(笑)、そこらへんがお調子者というか道楽者の真骨頂で、かぶれ易いとでも言うのでしょうか、気に入ってしまうと、どんどん突き詰めていかないと収まらない。かといって、それにとことんこだわるかというとそうでもなく、ある程度自分の中で消化してしまうと、割とあっさりと止めてしまったりします。まさしく、熱しやすく醒めやすい性格そのものですね。ということで、最近ハマった本からウケウリをひとつご紹介しましょう。宮崎学著「こんな国は捨てよう」That's Japan 003http://item.rakuten.co.jp/book/1481876/当ブログでは毎度御馴染み、宮崎親分の著書です。本自体は86ページの小冊子で、値段の割にはセコイ本のように見えますが(笑)、これが中々面白いのです。まあ、私は元々宮崎ファンなので、そう思うのかもしれませんが、宮崎氏をまだ知らない方には入門編のような本でお薦めです。ただし、体質的に絶対に合わないという方もおられるでしょうから、そういう方は大手のブックセンターとかで2~3ページ立ち読みしてから判断して下さい。本好きな人ならば、立ち読みで充分読みきってしまえる本なので無駄遣いをせずに済みそうです。(笑)そんなこと言うと親分には怒られそうですが(爆)さて、今日のウケウリですが、これは85年のプラザ合意から始まった「バブル」と呼ばれた日本経済を振り返った解釈のひとつとして書かれているエピソードです。 マニュアル社会がバブルを生む1971年に出来た新宿副都心の京王プラザ。そこに、著者と知り合いの宮大工の棟梁が泊まりに行ったときのお話です。棟梁は京都で国宝級の建物の修復とかをしていた人で、人間のつくったものは、ある意味壊れることが前提になっていなければいけないのではないか、という根本的なスタンスをお持ちの方であり、壊れたら直す、直してもう一度建て替える、そういう中で一種の文明や文化が成立するのではないかというお考えのようです。ところが、この棟梁が見た京王プラザホテルは解体不可能なもので、「人間はとんでもないものをつくってしまったのではないか」という畏れみたいなものがあったと語られています。壊すほうがつくるよりも高くつくものをつくってしまったという意味です。(以下本文より抜粋)70年代に入って、日本が工業社会から情報産業社会に転換していく過程で、一方では社会そのもののマニュアル化が進んでいきます。つまりさっき言った話と同じように、自分のやる行動にしても経済活動にしても、それにメリットがあるかないかを中心にして、それをどんどん純化させていくと、結局はバブルが生まれてくると思うのです。そういう計算式からいくと、バブルが生まれると儲かりますから、人間はとんでもないものをつくってしまう可能性があったのではないかと思います。(中文略)だけどいまの理屈の大半は、特にアメリカで言われ始めている原子力発電所に関する意見は「動かしているほうが安全だ。止めるほうが危険だ」という話です。これはとんでもない文化だと思います。 今の時代は、こういう文化の時代に入りつつあります。こういった時代の考え方というのは、バブルともかなり表裏一体の関係にあると思います。この数日間、私がブログで書いてきた言いたかったことの本質が、ここにズバリと書かれてありました。バブルなんて言葉だけが勝手に独り歩きしていますが、これは過去の話でもなんでもなくて、今現在の世の中の仕組みのことなんですね。とにかく我々人間はとんでもないものをつくってしまったってことです。えっ?オレは知らないって?そーゆーワケにはいかないのですヨ。だってみんな「国」とかいうシステムの中でちゃんと暮らしているじゃないですか。
2007年01月27日
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こじんまりした商店街に、ある日便利なスーパーマーケットができた。半年もせず商店街は萎んだ。1年後、スーパーの隣にいきなりデッカイ百貨店が出来た。その半年後、デッカイ百貨店の隣に、更にデッカイ百貨店が出来た。半年後、スーパーマーケットは寂れた。そしてデッカイ百貨店二つは客の取り合いから安売り合戦を始めた。ある日、古い百貨店の資本が倒れた。みんな右往左往したが、潰れた百貨店の残した借金は殆どが踏み倒された。生き残ったデッカイ百貨店は安売りを止めて、まともな値段でモノを売り始めた。お客は、同じ値段なら近所の馴染みの商店街で買った方がマシだと言った。デッカイ百貨店は声を荒げて叫んだ。きちんとした流通商品を適正価格で売っています。じゃあ今まではどんな商品だったんだろう。更に、デッカイ百貨店は叫びます。まがい物ではなく、まっとうな商品を適正な値段で売る、正直な時代になったのです。温かみのある商売を心がけています。ゲームオーバー。果たしてリセットはできるのか?
2007年01月26日
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未だ偶然と必然の違いがわかりませんが、ちょっとした出来事が不思議に思えたり、暗示っぽく感じたりすることってありますよね。特に人との出会いなんてのも、「今にして思えば・・・」なんて神秘的に思える経験もあるのではないでしょうか。まあ、云ってみれば結果論に神秘性をこじつけただけのことかも知れませんが、何か目に見えない導きのようなものを感じることがあります。ちょいロマンチック?残念でした。今日のお話は「ネジ」です。(ネジってあのネジ?)そうです。マジにネジのお話です。(つまんねー駄洒落言ってんじゃねー)なんてったって道楽親爺のエピソードですからね。つい半年ほど前のことです。私の末娘が大のお気に入りで愛用の折りたたみ式ベッドが壊れてしまい、道楽親爺は緊急呼び出しを受けたのでした。どんだけ酷い壊れ方をしたのだろうと、いざ現場に駆けつけてみるとなんのこたぁない、折りたたみの部分のチョウヅカイのネジが外れただけのことでした。ところが、このネジはボルトとナットの固定タイプで、ネジは穴にぶら下がったままでしたが、肝心の留めに使うナットが見当たりません。大邸宅に住んでるわけでもなし、狭い家なんだから必ずあるはずだってことで、一家あげての大騒ぎとなりましたが、みんなで床を這いずり回って探したにもかかわらず、とうとう見つかりませんでした。そのベッドは韓国製で、島にたった1台しかない、というのが娘の自慢ですから(笑)、ネジ式も果たして代用品があるかどうか、さすがの道楽親爺もやや意気消沈。東急ハンズみたいな便利なお店はありませんし(笑)、家具や修理器具などはすべてUSタイプなので、日本の規格や韓国の規格にあう部品を探すのは中々に厄介です。その日、雑貨店やらスーパーやら、日曜工具店やらを回りましたが、結局同じものはなく、とりあえずは応急処置の針金で固定しました。さて、その翌日、道楽親爺は在留日本人協会の集まりで、某ホテルの会議場に出かけました。少々早く着いたものですから、時間まで会議場の外の中庭にあるレンガ造りのベンチに腰掛けて待つことにしました。よっこらしょ、と腰掛けてふと足下をみると、何故かそこに小さなナットがあるではないですか。おいおい、こりゃいくらなんでも話が出来すぎだろ、って思わず自分でも笑い出しそうになりましたが、その足下に転がっているナットを拾ってポケットに入れてウチに持ち帰りました。「おおっ!ピッタリだぁ~!」実話です。(笑)驚きましたね。そんなこともあるんですね。しかも、なんの脈略も関係もない、ホテルの庭に落ちていたんですよ。でもって、私の頭に閃いたのは、その偶然の一致そのものより、ネジとナットの存在についてでした。(でたぁ~親爺の屁理屈)まあ、そのサイズはともかくとして、道端に転がっているネジとナットなんて特別珍しいことでもありませんよね。でも、そのネジとナットが必要とされている人の手に入ったということが意味を持つわけですね。だって、もし私がナットを必要とする人間でなければ、というか、そのときの私がナットに価値を見出さなければ、それは何の役にも立たない単なるゴミくずだったわけですよね。下手したら、そんなナットすら目に留まらなかったかもしれません。別に教訓じみたことを言いたいわけでありません。ただ、そんなことがあったというだけのことです。自分のまわりにあるものすべて、結局は自分の価値判断で存在の有無が決まるってことですよね。
2007年01月24日
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調子を整えることをチューニングと言いますが、楽器の調律やラジオの周波数をキャッチすることを指して、波長を合わせるという意味でよく使われています。震動が共鳴することで同調を確認するわけですね。楽器を調律する場合、代表的なチューナーとして音叉という道具がありますが、近代はこの震動をデジタル信号にしてチューニングを素早く行うチューニング・メーターなるものが一般的になってきているようです。昔はピアノの調律なんて、調律師なる職人技の耳に頼っていたものですが、最近はデジタル・メーターでチャッチャッチャで済んでしまいます。絶対音保持者というのも大変に興味深いことであるのですが、それよりもまず音の波が共鳴するということの方がとても面白い現象だと思います。音波に限らず、私達の住む世界は全て波動や震動によって存在していると思うと、色々な波の渦の中にいる自分にあらためて興味が湧いてきます。あの人とは波長が合うんだよね。といった具合に、脳の震動が共鳴することを誰しも体験していると思います。ラジオのチューナーに置き換えてみると、もっとわかり易いかもしれません。ROCK系の局とは波長が合わないけど、演歌系の局にはピッタシとかね。(笑)男女の関係なんかにもありますね。一生懸命波動を送っているんだけど、相手が全然受信してくれないとか。そんな脳の波動も、デジタル化したら面白いかもしれませんね。携帯デジタル・相性チューナーみたいな。(笑)まず出会ったらお互いでチューニングします。ピピッ!チューニング・ポイントが赤く点滅したら合致。後はプラス・マイナス表示でお互いのマッチ・ポイントをチューニングします。「ラーメンでも食べない?」「う~ん、そうだねぇ~」メーター・ポイント・マイナス1.「じゃ、チーズバーガー」「そうだねぇ~」ピピッ!マッチポント。「なんだよ、合ってんじゃん。素直にOK出せよ!」という具合に、脳波動と実際の態度が違うのも人間の本質でしょう。でも、そんなメーターが出てきたらちょっと厄介ですね。恋の駆け引きみたいな遊びはできなくなるし、気まぐれみたいなサプライズもなくなるだろうし、特に私みたいなへそ曲がりはすぐに正体が見破られてしまうので、想像力も創作力も失ってしまいます。
2007年01月23日
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「蓼(たで)食う虫も好き好き-辛い蓼を食う虫があるように、人の好みはさまざまである」(広辞苑)。人はよく、この「虫」という言葉を使って色々な表現を用います。なきむし、よわむしなんてのは、もう「虫」という存在を飛び越えて、すっかり名詞として収まってしまっていますね。「また悪い虫が出た」とか言う表現も面白いですね。なんだか寄生虫を飼っているようです。(笑)そういえば「悪い虫がつかないように」なんて言い回しもありましたっけ。若い女の子によく使われますね。でも、これってよく考えてみると、虫がほっとかないほど魅力があるってことで、虫もたからないようじゃおしまいってことですか。(笑)虫に喩える表現があるなら、最近の農産物を喩えにしてみるのも面白いかも知れません。殺虫剤をせっせと撒いて、虫一匹も手出しできないように育てられた野菜はとても美しいですが、中味はどうでしょう?「虫も喰わない」って表現もあるくらいですから、まずいのかなぁ。(笑)できるだけ農薬を使わずに育てた野菜は、多少は虫にかじられた痕なんかが付いてますが、見てくれに比べて中味は良好です。昔は「温室育ち」なんて言い方もありましたけど、最近は温室というより、農作地自体が人工的に環境管理されています。虫にも色々と好みがあることでしょうが(笑)、虫が食べるほど美味しい野菜が少なくなるってのはちょっと淋しい気がしますね。
2007年01月22日
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場所っていうと、ある特定の土地とか地区を指すように思えますが、もっと広い意味で解釈すると、空間とか環境にも当てはまります。でもって、人間が暮らしていく上での環境といったら、やはり人間関係こそが一番重要な環境であり空間ではないでしょうか。「居心地の良い」空間を創り出す人。誰だろう?普通に考えれば、恋人とか配偶者とかになるのでしょうか。友人なんてのもいますね。あるいは、ライブ・コンサートとかで空間を共有するアーティスト。親兄弟はどうなんかなァ~。(笑)「恋に落ちて」足が地に着いていない空間に存在するパートナー。何をしても、何をされても、シヤワセになっちゃう。(笑)もう随分と昔のことですが、確かにそんな居心地の良い場所がありました。錯覚だったのかなァ~。(笑)いやいや、そんなことはありません。人だって日々変化しているのです。自分は変わらないと思い込んでいるだけで、実は毎日毎日変わっているのです。相手に不変を求めるならば、自分だって不変でなければなりませんね。変わらないと思うから、どこかに無理が出てくるのです。(笑)恋人でも、夫婦でも、兄弟でも、友達でも、みんなお互いに居心地の良い関係を求めているのです。肝心なことは、自分たちだけの時間と空間を共有することができる人がいるということが、シヤワセだということではないでしょうか。でも、よ~く考えてみると、家族とか身内なんてのは、実際には離れていても心の空間にきちんと存在してますよね。不思議だなぁ~。まるで空気みたいな感じです。そうか、空気って普段は特に意識してないけど、心地良さってことではダントツなんだね。
2007年01月20日
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かれこれ20年ほど前、私はそれまでのデタラメ人生のツケに追われ、失意の日々を送っておりました。(笑)いずれはそんな日が来ることを薄々は感じていたのですが、実際にその現実に直面してみると、それはかなりの重圧を伴って、それまでの自分がすべて否定されていくような毎日でした。取り敢えずはおとなしく過ごし、次の道が見えるまでは死んでいようと思いました。(笑)それは、抜け殻になった自分を自分自身で見ているような、そんな、なんとなく虚ろな自分を演じていたのかもしれません。赤坂2丁目にあったボロアパートで、同じようなゴミ連中となんとなく群れてウダウダしながら、これから先、どうなんのかなぁ、などとまるで他人事のように思いながらも、勝手に回りだした新しい日常と向き合っていました。そんなぼんやりとした毎日の中、週に一度の休みには、始発に乗っかって湘南海岸へ出かけていました。それはもう、まるスケジュールをこなしていくように、毎週出かけていました。ウォークマンにお好みの曲をどっさり入れて、一日中湘南海岸を散歩していました。別にそれが特別楽しかったわけでもなかったし、海が見たくて通っていたわけでもありませんでした。ただ、傷心の自分には湘南が似合うと思っていたようです。(笑)それまで、ずっと夜の繁華街で生きてきた反動もあるのでしょう。なんとなく、普通の、子供の頃の自分に戻れるような気がして、小田急線のロマンスカーに乗ってみたり、江ノ電で鎌倉まで行ってみたり、時には途中下車して多摩川の川原を歩いてみたり、なんとなく、ただなんとなくそんなことを繰り返していました。そのうちに、自分の中であるひとつの妄想のようなものが芽生えてきて、それが何か自分の夢であるような錯覚へと膨らんでいき、しまいにはそれが、毎日の生活のひとつの支えにすらなっていきました。それが、南の島で暮らす、ということだったのです。例えば、こんな風景を心の中に描き、現実逃避にも似た夢想を繰り返すようになっていきました。(笑)もちろんそれは私にとって、とても居心地の良い場所となりました。日々の煩わしさから解放される空間がそこにあったのです。お気に入りの音楽を聴いて、平和な南国の島に佇む自分を思い描いてはシヤワセな気分に浸っていたのです。時には、湘南の海をそんな楽園の海に見立てて、夢の世界を描いていました。そしてその数年後、その夢はついに実現され、私の中のその居心地の良い場所が現実のものとなりました。果たして、実現された場所は本当に居心地の良い場所だったのかどうか。その昔、心の中にいつも描いていた風景が、今も毎日の生活の中にあります。そしてそれは当たり前のものとしてずっと目の前に存在しています。好きなものをずっと食べ続けたら・・・・・・・・。映画やドラマのように、夢をつかんだところで終われば人生も楽しいでしょうが、残念ながら、人間のエンドマークは生命終了まで現れてはくれません。ということは、夢が見られるうちはまだ楽しめるということですね。
2007年01月19日
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私は昔から常に、自分はニュートラルな立場でいたいと思っています。それは、できるだけ先入観にとらわれずに物事と接していきたいという願いでもあります。車のギアでいうニュートラルと同じように、どのギアにもはまらない状態でいて、事あればどこかのギアにガチャリとはまり、一区切りつけばまたニュートラルにもどる、そんな風な生き方に憧れているのですが、これが案外むずかしいことなのです。ニュートラルなんてカタカナ英語で言うとカッコよく聞こえますが、要は、宙ぶらりん、ちゃらんぽらん、優柔不断、そんな生き方と紙一重のようなものです。(笑)まして、まったくの先入観を持たずにあらゆることに対峙できるかといえば、それはまず不可能でしょう。個人的資質や性格だってありますから、おのずと好きなもの、趣向というもので自然選別されてしまいます。でもまあ、ひとつの考えに凝り固まらないように、常にものを疑って見るという性格は、子供の頃から持っているようで、いわゆるへそ曲がり根性の典型ですね。(笑)無防備に何かを信じきってしまっている人を見ると「危険」だと思うし、逆に、その方が楽なんだろうなとかも思います。いわゆる、宗教とか、オカルトとか、神秘とか、この類に多いですよね。最近の科学は充分に論理的解釈で、これら不思議な現象を随分と説明できるようになってきたにも関わらず、そーゆーマニアックな人たちは聞く耳すらもちませんね。絶対にわからない力があるんだ、とか言って、頑なに拒否します。まるで「俺たちの楽しみを奪うな」みたいな感じですか。まあ、楽しみ程度で遊んでる分には誰にも迷惑をかけないから良いのですが、「そんなことでは貴方は不幸になる」とか「怨念で死にます」とか、大きなお世話で他人の生活を脅かす人には困ったものです。特に心霊現象とか、超能力とかいうジャンルには、こんなのばっかりで辟易します。私も、若い頃随分とこんな類のことに関わりもしましたが、そのほとんどがインチキというか、たいした根拠もなく人を怖がらせては悦に入ってるアホたれが殆どです。もちろん、私はそれらの現象を否定するつもりはありません。逆に、私達の気付いていない「力」=FORCEが確かに存在すると思っています。まあ、このお話はいずれあらためてすることにしますが、人間と言うのは、現在自分が置かれている、あるいは身を置いている環境に対しては意外と意識が低いものなんですよね。ご存知のように、私は南国の小さな島で暮らしていますが、もう、私自身の頭の中では、透き通るような海や、高い青空は当たり前の日常として同化してしまっています。だから、なにかモノを考える前提にはこうした日常の風景、環境はごく当然のこととして捉えてしまっているのです。これって、要するに先入観に近いものですよね。だって、日本で暮らしている人にとっては、今私の目の前に広がっている海の景色は、非日常的なものです。反対に、日本で暮らしている皆さんの目の前に広がっている便利で快適な生活は、私にとっては非日常的な風景です。また始まった親爺の屁理屈ですか?(笑)私が言いたかったのは、もし私がニュートラルな自分でいたいのならば、それは非日常的な空間を求めるのではなく、目の前にある日常景色を新しい感性で見ることのできる心を養わなければいけないってことに気づいたってことなんです。今の生活を素直に受け入れる目がなくて、新しい感性が育まれるわけがありませんよね。たとえ非日常空間にギアチェンジしても、それはただ環境が変わったというだけのことで、刺激は与えられはしますが、それはただ目移りしただけのことです。ってか目移りがクセなんですけどね。(笑)ということで、みなさんも今日はひとつ、目の前の変わり映えしない風景を見直してみて下さい。ひょっとすると何か嬉しくなるようなことに気がつくかもしれませんよ。
2007年01月18日
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今年に入ってからちょっとしたエッセイ?コラムのようになってきたこのブログですが、51年間デタラメな生き方をしてきた道楽親爺からのメッセージとして、読んだ人が元気になるようにと、そんな願いを込めて毎日セコセコ、コツコツと書いています。年齢や環境は違っていても、こんな混沌とした時代に生きているということでは皆同じです。まあ、そんな偉そうなことではありませんが、せめてこのブログを覗いてくれた人がほっとひと息ついてくれれば本望です。もちろん書いてる私は、書くことによって多少のストレスが発散されていますから、結局は自分のために書いているようなものなんですけどね。ただ、根が道楽者ですから、どこまで続くかわかりませんが、せめて皆さんと一緒に元気を出して毎日頑張ろう!みたいな姿勢だけはとり続けていきたいと思います。さて、以前このブログで、人が人間を辞めちゃう理由のひとつに「明日が見えないから」だって書いたことがありますが、その見えないってことについて今日はちょっとノーガキ垂れてみたいと思います。(笑)「見えない」っていう意味がどういうことかというと、これは先が読めないってことじゃなくて、実は先が読めちゃって絶望しちゃうということなんですね。つまり、小さい頃から、こうすればこうなる、こうしたらこうなるっていう考え方を徹底的に教え込まれてしまった子供たちは、生き方マニュアルに則った読み方しかできなくなってしまいます。これは養老孟子先生の本の受け売りなんですが、子供の出産からしてマニュアル化してしまってますよね。下手すると、仕込みまで計算しちゃうから(笑)、予定通り、計画通り進んでいかないと、無理矢理に軌道修正しちゃいます。何日に仕込んだから(笑)、何日に生まれるみたいな感じですか。だから出産予定日に産まれないと困る(笑)からって、どうしても予定日に産ませてしまいます。そんな風に生まれてきた子供ですから、育児マニュアル通りに育たないとおかしいってことになります。たまごっちじゃないんだから、こうすればこうなるってワケにはいきません。(笑)たとえ人工的な出産を行ったとしても、生まれてくる子供(人間)は自然の生きものです。それがたとえ人工授精であったとしても、人間自体は人工じゃありません。更に、こういう学校に行ったらこういう大人になって、卒業したらこういう職業についてこういう生活ができるって、そんなマニュアルが出来上がっています。笑い話ではありません。おおかたの人の潜在意識には、すでにこのようなマニュアルが埋め込まれてしまっているのです。ですから、マニュアルから外れた子供たち、あるいは大人になってから落ちこぼれたり、軌道がずれてしまうと、もうナニをどうして良いのかすらもわからなくなってしまう。落ちこぼればかりではありません。きちんと軌道に乗っかってマニュアルを読み進んでいくと、いずれは自分の人生の終点まで見えてきてしまいます。もちろん、そんなに都合よく終点までたどり着けるはずはないんですけどね。親と子の関係がこんな状態ですから押して知るべしで、世の中全体がマニュアルなくして動かないってことでしょう。しかもこのような意識は、すでに何世代にもわたって続いてきています。エッセイストの山本夏彦さんが言っていた「一寸先は闇がいい」ってのがズバリ言い当てています。先が真っ暗で見えないからこそ明日と言うものに期待するわけで、生きる気力も湧いてくるわけです。人間だって動物ですから、未知のものとか、先が読めない時にこそ、生き生きとして生存本能が目覚めるので、先の見えた世界でナニが楽しいんだってことですよね。だいたい明日を読むマニュアルなんて絶対にありません。私達の住んでる世界は自然という環境の中に存在しているんですから。ということで、道楽者の皆様は、是非とも現在の与えられた環境に感謝して下さい。お先真っ暗な人生こそ、最高に素晴らしい人生であるのです。(笑)だって、この先どうなるかわからないでしょ?こんな素敵なことはありませんね。みんなでもっとこの見えない明日を楽しんで生きましょう。
2007年01月17日
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昨夜、私はいつものように馴染みの食堂で夕食をとっておりました。すると、そこのマスターから、今日は重大な発表があると言われ、薄々は気付いておりましたが、ついに来たかぁ~という感じで厳粛に拝聴いたしました。(笑)「今月一杯で閉店します」サイパンで25年間の長きにわたり営業を続けてきた老舗も、やはり時代の流れ、長引く不況には勝てず、とうとう玉砕となったのです。実にサイパンらしくて、こんなにいい加減で楽しく、在留日本人の古株が集るお店は他にはありません。たいへん残念ですが仕方ありません。ここのマスターは、私と同じくらいに島に流れ着いてきて、まだ観光開発が始まる前、いわゆるバブル前の時代からのお隣さんです。子供も偶然同じ時期に生まれ、家族構成も非常に似ていて、その生き方のデタラメさも共感できるものがあります。(笑)約1週間違いで生まれた長女同志も仲良く、小さい頃はお互いの家を行き来する間柄でしたが、残念なことにこの長女は、二年前に交通事故で亡くなってしまい、そんなことも閉店へと繋がったのかもしれません。なんせこのマスター、高校に5年も行ってたというツワモノで(笑)、千葉じゃちょっとは名の知れた走り屋だったらしく、車の改造やメカにはやたら詳しくて、そんな自身の体験から、娘にも16歳で運転免許を取らせ、ピックアップまで買って与えてしまったことが、逆に不幸を招いてしまったというような後悔の念に苛まれてしまったようです。最近はコンピュータにのめりこんでいて、どうやらそっち方面へのビジネス転向を考えているようです。なんでも、ミクロネシア地域じゃちょっとした顔を持っているらしいです。先日もマイクロソフトのリージョナル・マネージャーが尋ねてきていました。なんか、この手の生き方してる人って、似た傾向があるのですかね。機械好きみたいな。(笑)ということで、身内話になりましたが、今、サイパンは、というより北マリアナ政府は重大な局面に立たされています。(ちょっとマジな話デス)北マリアナ連邦というのは、第二次大戦後、日本統治から国連の信託統治に変わり、その後、米国の自治領として独自の政府を持つに至ったのですが、所詮、米連邦政府からの援助によって成り立っており、長い間この関係が続いています。自治と言っても、わかりづらいかもしれませんね。要は、島は米国領土であり、島民は皆米国籍を持っているのですが、米国連邦の州としては組み込まれずに、独自の政府を持っているわけです。ですから、憲法及び法律も米国連邦法に準拠しつつも、自らの政府による法を維持しています。まあ、簡単に言うと、北マリアナ政府の入国管理法や労働法をもっているので、入国に際してビザの発行は自治政府の権限で行われ、労働基準法も独自の規準を持っているということです。だから中国人でも簡単に入国できるのです。つまり、米国の法律に準拠しながらも、安い賃金で外国人労働者を雇い入れることが容易な政府ということです。だから外国人労働者がやたらと多いんですね。その要となっていたのが縫製工場で、中国の安い労働力を大量に導入して製品製造を行い、米国に出荷するという、独自の産業を立ち上げたのです。ここは米国領ですから、米国に出荷するにあたり輸出にはならないので関税が掛かりませんから、国内法でコストを抑えることができたのです。ところが!(ここがポイントです・笑)一昨年、WTO(国際貿易機構)が中国の加盟を認めてしまったので、関税の問題が緩和されることになったのです。ということは、低賃金労働力を無尽蔵(笑)に抱える中国にとっては、何も外国に工場を作らずとも、自国で充分に収益を上げることが可能になりました。もちろん、この背景には、米国が支援してきた、メキシコや他の地域の工場からの政治的バッシングを受けてのものだったわけです。北マリアナのおかげで生産受注が激減してしまったからですね。とまあ、そんなこんなで、いよいよ米国が乗り出してきて、北マリアナをグアム島と一緒に準州にしてしまおう、みたいな動きが出てきたのです。当然、背景には米軍の沖縄基地の移転問題が深く関わっています。さて、そんなサイパンは、なんとなく明治維新のような趣があり、あらゆる価値観、パラダイムがイッキに変わる時代に突入したと言えそうです。道楽親爺にとっては、生活の不安よりもそっちの方に興奮してしまって、今からワクワクものです。だって、こんな体験は私の人生最後の超特大イベントですからね。新撰組でも組織するかぁ~(笑)このお話は、実況中継的なブログ立ち上げてレポートしようかな。(笑)
2007年01月16日
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SOULが好きな方なら、まずこの人の名を知らない人はいないでしょうね。アメリカ合衆国のアフリカ系アメリカ人公民権運動の指導者として、人種差別の撤廃と各人種の協和という高邁な理想を簡潔な文体と平易な言葉で訴えた人です。1964年にはノーベル平和賞を受賞しました。そして今日、1月15日はそのキング氏の誕生日です。アメリカでは彼の栄誉を称え、彼の誕生日(1月15日)に近い毎年1月第3月曜日が「マーティン・ルーサー・キング・デー (Martin Luther King, Jr. Day)」として祝日になっています。なお、アメリカにおいて祝日となった個人は他にクリストファー・コロンブスとジョージ・ワシントンのわずか2人です。彼はプロテスタント・バプティスト派の牧師で、米国南部アトランタでバプティスト派教会の牧師をしながら、全米各地で公民権運動の指導にあたりました。この公民権運動は1964年7月2日に公民権法が制定されることで勝利を収め、法の上における人種差別が終わりを告げることになりました。その後、彼はベトナム戦争反対運動に立ち上がりましたが、ベトナム戦争が泥沼化して行く最中の1968年4月4日に、遊説活動中のテネシー州メンフィスで白人男性によって暗殺されました。彼の有名な言葉、「I HAVE A DREAM~私には夢がある」にどれだけの人々が勇気付けられたことでしょう。「夢」すなわち「明日」が来ることを信じるということ。私は、人間を神格化して思考停止に陥れてしまう人間のエゴというものの怖さを知りつつも、やはり人類の歴史に深く関わった人から学ぶ姿勢だけは持ち続けていきたいと思っています。「人は兄弟姉妹として共に生きていく術を学ばなければならない。さもなくば、私たちは愚か者として滅びるだろう」キング牧師がメンフィスで語った言葉です。誰にでも理解できる考え方で、たぶん誰にでもできることなのに、未だ実現されていない理想ですね。私には夢がある。そして間違いのない事実がひとつ。それは、マーティン・ルーサー・キングJRも、私と同じひとりの人間であったということです。
2007年01月15日
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昨日は津波騒ぎで大変でした。さすがに通報は早く、日本時間の午後2時過ぎには警報が発令されて、海岸付近には近づかないように各方面から情報が流されました。幸いにも、北マリアナ諸島への被害はありませんでしたが、突然にやってくる自然の力に畏怖を覚えました。人間の歴史っていうのは、この自然の驚異との戦いでもあったわけですよね。もちろん負の力に立ち向かうばかりでなく、正の力もうまく活用しながら私たちは文明を築いてきたのですが、近代に入ってからはちょっと自らの力を過信しすぎているような気がします。私のような道楽親爺が言うことですからたいした信憑性はありませんが、過信と言うよりも、なにか自然を自分たちの世界から無理やり締め出そうとしているように思えてならないのです。早い話、自然の存在そのものを意識の中から排除しているような気がします。私の子供の頃は、道といえば土だったし、アスファルトの道路がものめずらしくて、わざわざ自転車に乗って舗装された道路を走りに行ったりしました。最近はどうですかね。道っていえばアスファルトですよね。ってことは、もう今の人たちの意識の中には土の道ってもの自体が存在していないってことですよね。そんな風に周りを見渡すと、いわゆる自然というか、本来の形のままで存在しているものがだんだん少なくなってきています。いつも言っているように、それが良いとか悪いとか言いたいわけではありません。私たち人間がそういう方向で進むことを選択したのですから、今更後戻りもできません。それに、人間には素晴らしい適応能力というのもありますから、環境の変化にはそれなりに人体も対応してきているはずで、あまり良い表現ではありませんが、都会には都会の環境に適応する体系、田舎には田舎に対応する体系というものが間違いなく存在すると思っています。現に、アフリカのマサイ族などは、もう何百年もその生活体系が変わっていません。そうは言っても、自然環境だって少しずつ変化していますから、まったく同じ状態で生きているというわけではありませんね。自然の変化と環境の変化、人が生きる時間の流れが違うという表現が適当かもしれません。マサイ族の血圧に興味を持った日本人医師が、彼らの社会に入り込んで調べたところ、老若男女、ほとんど全員が正常値を示したそうです。更に理由を調べて驚いたのは、彼らは1日1回、牛の乳を腐らせたヨーグルトのようなものを飲んでいるだけでした。時々牛の生血を混ぜて飲むことによって、鉄分などの要素も補給していました。本当にそれだけで強靭な体を維持しているのです。もちろん、こんな真似が私たちにできるわけがありませんが、もうひとつ気になったことがあります。彼らの生活に密着している家畜、つまり牛の存在です。牛だって自然環境の中で生きているからこそ、彼らの乳や血がマサイ族の生命の源になっているわけで、これが化学飼料などで育てられた家畜から摂取する要素だったらどうなるのでしょう?素朴な疑問です。最近富に言われる、自然食品とか、無農薬野菜とか、そう簡単に受け入れてよいものかどうか、ちょっと考えてしまいます。経済合理性の中で生産された食品と、昔ながらの手法で生産されたものの違いはもちろんあるはずですし、数値的にも効果は現れていると思います。でもちょっと待って下さい。それならば、受容する私たちの環境はどうなんでしょうか。人工的な生活環境の中にいて、いわゆる非人工的な自然食品を摂取するということはどういうことでしょう。逆の視点からマサイ族の例で考えてみましょうか。自然の大地に暮らす彼らが、畜産農家から送られてくるヨーグルトを食べ続けたら?本当に逆説的ではありますが、子供の頃からレトルト食品や、人工栄養素で育った人間にとっての自然とは、すなわち人工的食材を無理なく摂取するということになりませんか。それを飛び越えて、生のままの自然を体に注入したら、下手すると拒否反応だって起こりかねませんね。現在の日本の生活環境の中で、自然のものに拘ることこそが反自然的生活になるのではないでしょうか。高額な自然食品を定期的に入手し、実生活でもかたくなに人工的なものを拒否する。それでも、その生活基盤は人工社会の中にある。確かに身体的には良いことかもしれませんが、精神的にはちょっと無理があるような気がします。心だって自然に育まれるべきものです。もう一度みんなで、この「自然」というものについて考える時代に入ってきているのかもしれませんね。
2007年01月14日
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若い頃、「素直になれ!」ってよく言われました。もちろん持って生まれた私のへそ曲がり根性を指してのことです。嬉しいときには素直に喜んで、悲しいときには素直に泣け、みたいなことなんですが、若い時分はこれが中々むずかしくて、確かに感情表現がちょっと屈折してました。さすがに最近は、年喰ったせいか、わりと率直に感情を表すことが出来るようになりましたが、本質的なへそ曲がりは直らないようです。(笑)まあ、おおかたの人がそうであるように、年齢と共に見栄とかツッパリとか段々落ちていって、それなりのおっちゃん、おばちゃんになってくると、昔、あんなに拘っていた「我」が、以外にもあっさりと消えてしまって、あまりにもフツーの人になってる自分に自分で驚いたりします。反対に、昔やたら素直な子供だったようなヤツが、大人になって、妙にイジケタ野郎になってたりして驚いたこともあります。何が彼をそうさせたの?みたいな感じですか。(笑)まあ、そんな浮き沈みを繰り返しつつも、人生の半分くらい生きてしまうと、そんなイジケすらも可愛く思えてきたりして、人間は中々にやっかいな生きものです。(笑)特に、私のようなある程度自然っぽいところで暮らしている親爺にしてみると、都会の華やかさ(笑)から来る見栄みたいなのが、極端に薄れてしまっていますから、時々自分でも、オレはもうかなり仙人に近づいたんじゃなかろうか(笑)、などとくだらねーことなども考えてしまいます。でもって、これがいわゆる素直ってやつかぁ?とか自問自答するのですが、素直ってことは、自分の感情そのままに生きるってことですよね。ってことは、思ったまま、感じたままをありのままに出すってことでしょ。でもそれって、社会生活においては結構危ない面も含んでますよね。「おまえ、オレのオンナどう思う?正直に言ってくれ」「正直って、感じたままを言っていいのか?」「ああ、思ったままを言ってくれ」「そうか、じゃ言うけど、おまえにゃ向いてねぇと思うし、ひょっとするとおまえ、騙されてるかもしんねぇぞ」「な、なんてこと言うんだよ。あいつはそんな悪い女じゃねぇ」「おまえがそう思うんならそれでいいじゃネェか」「そんな言い方するなよ。相談してるオレのこともちゃんと考えてくれよ」「だって、おまえが素直に言えっていうから、言っただけじゃねぇか」「おまえは、俺達は別れた方が良いっていうのか?」「そんなこと言ってねぇだろ。オレはただ、おまえの望みどおり思ったままのことを言っただけだろ」「そんならもう少し親身になって言ってくれよ」「オレにナニを言わせたいんだよ?」大変むずかしいですね。素直に生きるってことは。あんまり素直になりすぎちゃうと、友達なくすかもしれません。(爆)
2007年01月13日
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いやぁ~、ボーっとしてるうちに1月はもう半分が終わってしまいます。本当に毎日がジェットコースターのようで(笑)、どんどん日が進んでいきますね。そのワリには生活自体があまり代わり映えしないのは何故でしょう。(爆!やはり私は古い人間なので、1月の半ばというと成人式という頭があります。1月15日成人の日って、今は違うんですよね。そりゃあもう、私にとってはかれこれ30年以上も前の儀式(笑)のことですから、あまり感心がなくても当たり前です。ここ数年前から、各自治体で行う成人祝賀会が問題になっていますが、言ってみればこれも教育システムの結果として現れてきたことだと思うし、それをみんなで寄って集って議論するってのも、なんか、本当にニッポンって平和ですよね。まあ、儀式自体はさほど悪いことだとは思いませんが、どうして何でもかんでもカタにはめ込んでしまおうとするのかわかりません。大体、式場で酒飲んで暴れるとか、来賓客を詰るとか、ただ目立ちたいだけのバカと、素直にやってきた坊ちゃん嬢ちゃんたちを一緒にして「めでたい」ってことが、もう完全に間違ってますね。どんな時代でも、どんな地域でも、バカの一人や二人は必ずいるんです。そんなバカの先導に乗っかって調子に乗るバカも沢山いるし、坊ちゃん嬢ちゃんたちが困れば困るほど喜ぶアホたれたちなんですから、そーゆー子供達を「みんな一緒」にしてはいけません。個性の教育とか、個人主張とかを尊重するのならば、式場もちゃんといくつかに分けて行うべきなんですね。例えば、「武闘派成人祝賀会決起集会」とか「よいこの成人祝賀会」とか「成人祝賀ファッション大会」とか、色々な参加イベント別にしてやれば良いのです。どうせ武闘派とかいったって、ほとんどがただ目立ちたいだけで本当の暴れ者なんて少ない筈ですから、そういうタイトルをつけちゃえば、ちょっとビビって出て来れないヤツなんかもいて、きちんと整理されます。もちろん、祝辞を述べる来賓にはK-1チャンピョンとか、○X兄弟とか呼んじゃって、暴れたいヤツ同士で一戦交えてもらって、根性のありそうなヤツはスカウトしてもらうとかね。大人しくて良い子たちは、それこそ文壇の先生なんか呼んじゃって、詩の朗読とかね、地味ぃ~な式でね、親も安心みたいな。ここ一番でセレブを演じてみたい親子には、一世一代の見栄を張りまくってもらって豪華絢爛成人祝賀ファッションショーにして、親子で吹きまくるなんてのも楽しそうです。でもって、残りの殆どは普通の一般家庭の一般的儀式で、従来の祝賀会ってことで、みんな丸く収まります。そういえば、夕張市の祝賀会は有志が自分たちで企画して資金まで集めたらしいですね。テレビで見ましたが、みんなとてもよい顔してましたね。大人のツケを自分たちできちんと清算して成人していく姿に、道楽親爺はちょっと感動しました。まだまだニッポンの若者も捨てたもんじゃないね。(笑)まあ、彼らの心意気を買って支援してくれた大人も沢山居たわけですが、なんといっても私が一番感動したのは、そんな義捐金を自分たちは手を付けずに、来年成人する後輩に残したってところです。先輩のツケを払った上に、後輩に資金まで残したところが凄いですね。欲を言えば、この志というか、彼らの真心が、後輩たちにきちんと受け継がれていくことを祈りたいです。これこそ文字通りお金ではなくて、彼らは一生に一度の素晴らしい「宝」を手に入れたことになるのではないでしょうか。やっぱ、世の中少しくらいビンボーな方が人生を楽しめるのかもしれませんね。
2007年01月12日
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今日はちょっと硬いお話です。(^^;最近、あまりにも過激で陰惨なニュースばかりが目に付くので、ちょっと気になることを書きます。どうも最近の日本人は、不合理というものを極端に生活の中から追い出してしまったのではないでしょうか。そんな社会の風潮の根本は何かと言えば、やはりそれは「金」にあるのでしょうね。金を追うということは取りも直さず、合理性を追うことであり、人間そのものを合理的な生きものとして扱うことが金を得るための原則になります。私も昔は多少羽振りの良い生活などをした時代もありました。(笑)羽振りが良いと必ず人が群れてきます。もちろんそのほとんどが、その金目当てで近づいて来るのですが、まあ、金回りの良い時はそんなことは薄々感じつつも、お山の大将気分で悦に入って調子くれて遊んだりしていました。当然そんな生活が長続きするはずもなく、そのうち自分自身が行き詰って、その日のメシ代にも四苦八苦するような暮らしに転落していきました。そこで、昔面倒見たつもりの取り巻き連中、少なくとも金を貸したヤツを訪ねて、いくらかでも回収しようと考えました。情けないとは思いましたが、借金の取立てという大義名分もあるし、昔の恩返しでいくらかは用立ててくれるだろうと思いこんでいました。ところが、そういう連中は元々金回りの良いヤツに集っていたようなろくでもない奴等ですから、自分以上に貧乏していて金を借りるどころの話ではなく、逆にすがられたりしてしまいました。そんな、満足にメシも食っていないヤツを目の前にして、私はなけなしの電車賃と全財産のいくらかの小銭をはたいて、そいつと二人吉野家の牛丼なんぞを食ってしまいました。一文無しになった私は、トボトボと歩いて半日かけて母親のうちへ行き、みっともない話ですがわずかな借金をしました。ご存知のように、私は母子家庭出身者(笑)ですから、年老いた母だってそんなにゆとりのある暮らしをしているわけではありません。それでも、やはり親子ですから、バカな息子が尋ねてくれば多少なりとも用立ててくれました。照れ隠しにその日の出来事を母親に話すと、「気の毒にねぇ、その子は大丈夫なの?」などと、貧乏人のクセに自分の息子だけではなく、そんなバカヤロウの心配までしてくれました。別に人情話をしたかったわけでもないし、母親の自慢をしたかったわけでもありません。っていうか、今の時代じゃ、こんな話は自慢にもなりませんね。逆にアホかって言われそうです。そんなことしてるからいつまでも貧乏なんだろ、みたいな。(笑)ただ、私が言いたいことは、昔はたいていの家庭がこんな感じだったと思うし、そんな心意気こそが貧乏人としての最低限のプライドでもあったような気がします。もちろん、昔は良かったとかいうノスタルジーでもなんでもなくて、それがごく自然な生活だったということを言いたかったのです。つまり、つきつめていくと情で生きてたというか、動物的というか、不合理極まりない生活がきちんと存在していたんですね。だから、社会の枠から多少ハミ出しても、そこに救いがあった。逆説的ですが、そういう世界が一般社会を支えていたとも言えます。車の排気ガスみたいなもんですね。ガスは有害なんだけど、車はそういうガスを吐き出さなきゃ進めないみたいな、必要悪なんて言うつもりはありませんよ。もちろん有害なものは排除した方が良いに決まってます。でも、その排除の仕方があまりにも合理的方法だったから、世の中全てが合理的に動かないと収まらなくなっちゃった。合理性っていうのはある意味、隙間のないシステムです。無駄を極力排除して効率よく物事を進める。イコール金儲けなんですけど、そうして生産性をどんどん高めていくと、人間の情感を溢れ出させる場所がなくなってしまう。限られたスペースでしか人間としての情感を発露できない。所詮私たちも動物ですから、必ずどこかで感情のバランスを保つ必要があります。まあ、最低限、それが家庭であり、親であるわけですが、その唯一の拠り所の家庭の中さえも、現在は合理性が幅を利かせてしまって隙間がない。昔なら、こういう隙間のない家庭の子は外に飛び出して、更なる拠り所として不良グループ(笑)なんぞに所属してバランスを保ったんですけど、近頃では、こういった一番不合理の似合う集団でさえも、合理性の中に埋没してしまっているから救いがありません。私がそんな不合理性の中で育ってきたから特にそう思うのかもしれませんが、感情は決して理屈で理解はできませんよね。でも、それを無理矢理に理屈でねじ込んでいってしまうと、感情そのものが磨耗していってしまうのでしょう。そうして不合理な感情を喪失していって、合理的な感情だけが残っていくのかもしれません。そういえば、ちょっと前でしたか、新大久保の駅で線路に落ちた人を助けようとして自らの命を失った青年がいましたが、理屈で合理性を計算していては、決してできる行為ではありませんよね。その青年が韓国人であったというのも、今にして思えば日本人に対する何かの暗示だったのかもしれません。では最後に、道楽者らしい締めくくりとして、ラーメン名人佐野先生の言葉をご紹介しておきましょう。別に私は佐野さんが好きなわけではありませんが、ちょっとこの言葉が気に入ったものですから書きます。ちなみに佐野さんのラーメンは好きです。(笑)「スープってのはなぁ、理科の実験じゃねぇんだよ。人が手を加えて味を出すってことはだなぁ、1たす1が必ず2になるとは限らねぇってことなんだ。よく覚えとけ!」たとえ、いくら合理的な世の中になろうとも、人と人がぶつかって回っている以上は、不合理なものが必ず存在するわけで、その存在を否定したら人間を辞めるってことになってしまいます。確かに辞めちゃった人もいるけど、みんなでもう少しジタバタしてみましょうよ。
2007年01月11日
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生まれて初めて感動したことって覚えてますか?。感動というとちょっと大げさかも知れませんが、ビビっと心に飛び込んできたものとか、どーんと体に激震が走ったみたいな、そんな感覚です。その衝撃っていうのは、たぶんその後の人生を左右するほどの大きな核になっていると思うんですね。悪く言えばトラウマとも言えなくもありません。そんなインパクトでも、意外と幼少時のことは記憶に残っていない場合が多いですね。いわゆる潜在意識のような中に包み込まれていて、本人は無意識のうちに趣向として生活に現れてくることがあります。色の好みなんていうのは典型ではないでしょうか。好きな色、って特に理由もなく趣向が決まってますよね。それを前世まで遡るのか(笑)、幼児の頃まで遡るのかはわかりませんが、感覚の中枢に位置する色彩が存在しています。人間が生きていく上で、これらの本質的な嗜好が自分を無意識のうちにコントロールしています。何故かわからないけど、惹かれてしまうなんてことよくありますよね。そしてこの無意識上に、ある程度自分自身の記憶に残っている感覚が積み上げられていきます。それは「感動の一場面」のように、いつまでも心の中に残像として残っていて、自分の生き方に次々と道筋を付けて行きます。まあ、大概の人は、この個人的嗜好というものを極力押さえ込んで、日常生活に迎合しているわけですが、時々、頑なに譲らないヤツも出てきたりします。(笑)「誰がなんっつってもオレはこれが好きなんだぁ~」とか言ってダダこねるヤツです。それでも子供のうちは面倒みてくれる親や大人たちが居ますから、ほどほどのところでワガママも通りますが、これが一旦社会にでると、そう易々と自我を通させてくれるほど世の中甘くはありません。そこら辺が、一般大衆庶民として生きるか、どーしても自我を通してはみ出し野郎になるかの瀬戸際です。そうですね、年齢的にも22歳ってとこですか。いわゆる大学を卒業する年頃ってあたりでしょうか。たぶん、おおかたの人は大学と趣味の二股かけていて、卒業までの半年で答えを出すわけですが(笑)、すでに成人前にこの選択をしてしまった人は、少々早めの悟りを啓いていたりします。「ふん、人生なんてどうせ一度限りよ」なんて嘯いて突っ張ったりしてますが、内心はドキドキ、ハラハラ、これから先どーなるんだろ、なんてのが本当のところですね。でもって、この嗜好を心の中に押さえ込んで大人になられた方々は、その嗜好を趣味の世界で発散させようとします。かたや、嗜好だけを拠り所にして大人になった者たちは、社会との適度な妥協をしなければ生きていけなくなります。前者は、学生時代JAZZ喫茶やライブハウスの常連客として、ちょっといい顔だったことが自慢の、某大手企業支店の中間管理職。後者は、高校中退してミュージシャン目指したものの、夢破れてカラオケ・パブのマスターとなったおっちゃん。そしてこの二人の現在の関係はというと、中間管理職のおっちゃんは、ミュージシャン崩れのマスターが営むパブの常連。そんなどっちもどっちのハンパ者の夜が今夜も深けていきます。「マスターっ!次はアレかけてよ、アレ。煙が目に沁みる」(おまえ等オレを誰だと思ってんだ。いいかオレの歌をよーく聴けよ)「おお、さすが課長、歌も上手いけど、よーく知っておられますねー」(そんな爺臭い音楽誰も聞きたかねーんだよ。特にテメェの歌じゃ尚更だぜ)「おっ!今日は最初から飛ばすねー、いつも渋いよね」(あーあ、またこの音痴の調子っぱずれな歌聞かされんのかよ。カンベンしてくれよ。客連れて来てくれるから我慢してるものの、これで金払いが悪かったら最悪だね)「マスター、ピッチ変えてよ。オレのキーはGだから」(どうせおまえ等にゃわかんねーだろけどな、オレはそこらへんの中年とはちょと違うんだよ)「課長、昔バンドかなんかやってたんですか」(どうせハンパな趣味でギターかなんかかじっただけだろ)「はいはい、キーはGね、ちょっと待ってね」(ってか、オメーのキーはCだよ。ってか、どうせ音はずすんだからキーなんていらねぇっつーの。カラオケだっていらないくれぇだ)「なあ、おまえ等も少しは遊びを覚えなきゃだめだぞ。そんなんじゃ良い女にもめぐりあえねーぞ。オレの若い頃はなぁ~、銀座のクラブをハシゴしたもんだ」(ったく、最近の若造は遊びにポリシーもねぇし、銀座で飲んだこともねぇんだからな)「いやいや、課長を見習いたいもんです。今度粋な遊び教えて下さいよ」(そんな古臭い遊びなんか誰もしたかねーんだよ。大体遊んでてあの程度のカミさんなら、遊ばない方がましだろ)「さあ、入りましたよ、Smoke gets in your eyes、渋い声聞かせて下さいよー」(ああ、またあの調子っぱずれな歌が始まるのかぁ~。これはある意味拷問だなぁ~)この物語はフィクションです。登場する人物、団体等は実在のものとはなんら関係がありません。(爆!遊びのセンスは千差万別、人それぞれですから、決して押し付けてはいけません。くれぐれも注意しましょう。(笑)
2007年01月10日
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鼻ピアス、タトゥー、ガングロ、メイド、ヲタク、ひきこもり、ニート、ニッチ、ネット、携帯、メール、シニアと団塊、ってこれはちょっと違うか。(爆!いやいや、はっきり言って50過ぎの親爺にはもうついていけません。最近の子供がナニを考えてるのかなんてわかろうとも思いませんし、わかりたいとも思っちゃいないんですが、それでも何か言いたくなってしまうノーガキ癖を持つ困った親爺の大きなお世話話です。(笑)私らの頃は、銀座、原宿、六本木、バギートップにヒップボーン、で始まるカッコマンブギなんてのが代表的なファッションでしたね。アフロヘアーにラメラメシャツ、リングにピアスにペンダント、ナニをこしゃくな縞々パンツ~カッコマンになりたくて、カッコマンになりきれない、カッコマンになりきれなきゃ、それが悩みのタネじゃん、なんて歌詞を今でも覚えています。私の時代は、そーゆー派手なカッコとか、ちょっと風変わりなファッションっていうのが、ひとつの自己顕示欲の現れで、目立ちたいってのがまず先行していたと思うんですね。ニッポンっていうのは昔から民族的に、ひとつのパターンを追うみたいな習性をもったところがありますから、30年前だって、巷で流行ったものは必ずみんなが必須アイテムとして着用するみたいなファッションの流れがありました。そんな大同団結学生服みたいなコンセプトから、ひとり外れることがカッコいいことだと思っていたわけです。バカなことして目立つことがひとつのステイタスであり、それはひどく少数派だったからこそ注目を集めることが出来たんですね。それは理論的には今も大差ないと思っています。ただね、最近はその外れ方が昔ほど突飛じゃなくなっちゃったから、つまりバカやって目立つ奴等ばかりになっちゃったから、思ったほど自己顕示欲があまり満足させられないんじゃないですかね。私なんぞも、昔はでっかいアフロして、体中ギンギラに飾って街を歩いてましたから、当時の大人たちは、そんな私を「ナニ考えてんだろうね、このバカは~」みたいに見ていたのでしょう。でも、そう思われることに一種の快感を感じていたのも事実ですね。(笑)どーだ、スゲーだろ、オレはおまえ等と違うんだよ~、みたいなね、ある意味自意識過剰の自己満足ですね。中味なんてほとんどなかったし、人と違うってこと、それも、ど~んと違うってことにプライド持ったりしてました。まあ、言ってみれば素直なバカってヤツですから、案外あつかいやすいバカだったのかもしれません。ところが最近の「よくわからん若者たち」はちょっと複雑です。私らの頃のように根が単純じゃないんですね。ちょっとねじれてる。どーゆー風にねじれてるのかはわかりませんが、昔の自分と比べると、バカさ加減がより現実的になったというか、カッコだけじゃなくて中味も少し本当のバカになってきたみたいな感じですか。(爆)バカばかりの中で目立つバカになろうとすると、それはバカをやめることだったりしてね。(笑)ひとつ勘違いしてはいけないことは、ファッション感性というのは時代の感覚ですから、この感覚を論理的に説明しようとすると、それはもの凄く現実から遠ざかる逆説的行為になってしまいます。感覚に対して論理というのは非常にモロいものなんですね。だから、わかったようなことを言う評論家みたいなのが出てくると、みんなわからないもんだからすぐに同調してしまう。昔はそれで平和だったんですけど、最近は、同調する方も分析する方も、ジャンルが多すぎて取り留めがつかないってのが本音ではないでしょうか。そう考えてみると、今取り沙汰されている団塊の世代なんてのは、最もこのパターンにはまった人種ではないでしょうか。ひとつの大きな波に呑み込まれていって、みんなその波に乗ることで時代を共感したみたいな。でも結局はそれも群集心理的な安心から抜け出てないと思うんですね。だから、最近、このリバイバル・ブームみたいなのが胡散臭くて仕方ありません。言ってみれば、時代が生んだ文化ってのは、それぞれの時代に必ずあるわけで、取り立ててその時代だけが異質だったとは思えないんですね。そうでなければ、ヒッピー族(死語?)が大人になって、ちゃんとした社会人として勤め上げ、今や定年を向かえ、老後の青春(笑)なんてノーガキ垂れてるのはおかしいわけです。そりゃ何人かは本当にドロップアウトして未だにアウトローしてる人もいますが、人口に比べたら凄く少数です。ってことは大方が、結局は体制のなかで普通の暮らしをまっとうしたということに他ならないわけです。ぶっこわせ!とか、革命だぁ~、ドラッグだぁ~、フリーセックスだぁ~、解放だぁとか叫んで旗振っていた若者たちが、今、フツーのジジイとなってけっこう洒落たことを言ってるわけですね。(笑)嘘くさいですねー。しかも大変に自分勝手なノーガキをこいてますね。そーゆー嘘くさいジジイたちが通った後を私らが歩いているわけでして、更に私らの後に続く世代の先端にいるのが、この日記の冒頭に書いた妙な若者たちです。子供は常に大人のツケを払う存在なのです。いずれは彼らも、私ら同様に年を喰って爺婆になるわけで、そのツケはまた次の世代に受け継がれていきます。そして、きっと思うはずです。「俺らにもそんな時代があったなぁ~」
2007年01月09日
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確か、映画「ランボー2」のエンディングだったと思うのですが、主人公のシルベスター・スタローン演じるランボーが元上官に向かって言ったセリフだったと思います。随分昔に見た映画なので曖昧な記憶ですが、以下のようなセリフのやり取りだったと思います。上官「もうこれでおまえは自由の身だ。これからどうするつもりだ?」ランボー「日々を生きます」一人背を向けて立ち去るジョン・ランボー。じ~んと感動の一瞬。(笑)もちろんこれは字幕だったので、セリフ原文ではどのような言い方をしたのかは定かではありません。主人公のランボーはベトナム戦の特殊部隊に所属していた元ソルジャーです。パート1では、除隊後立ち寄った小さな田舎町で些細なことで揉め事を起こしてしまい、最後は地元の警官隊と銃撃戦まで繰り広げる大騒動となり、たった一人でこの田舎町を壊滅状態にしてしまいます。確か原題はFIRST BLOODで、「ケンカを売る」みたいな意味だったと思います。平和な片田舎の町にふらりとやってきたベトナム帰りの胡散臭い男を、地元の警官が職務質問したことから口論となり、挙句の果ては町が潰れるほどの惨事となってしまった。そのきっかけが「ケンカを売った」ということを指すタイトルなのでしょう。そしてそれは、戦闘員としての特殊能力が一般社会ではなんら役に立たず、逆に社会から疎外された存在であることの矛盾がテーマとして描かれていました。パート2では再びその特殊能力を買われたランボーが、刑期の破棄と引き換えに同胞救出のために戦闘に向かうというストーリーです。戦後も捕獲されたまま拘留されている兵士達を救出するため、ランボーは再度ベトナムのジャングルの中へと入って行きます。文字通り命がけの救出奪回作戦に無事成功したランボーが、同胞兵士たちを連れ帰ってみると、そこには思いがけない現実が待っていたのでした。(なんか安物の映画評論家みたいだなぁ~)1作目、2作目を通じて描かれているテーマは、国家権力と戦争に関する欺瞞と、特殊な人間へと改造されてしまった兵士の慟哭です。「戦争では、何千万ドルもする高価な兵器を与えられ、人を沢山殺した者が英雄になった。でも、戦争が終わって町に戻ってみると、皿洗いの仕事すら与えてもらえない」余談ですがパート3では、結局は戦闘の中でしか生きていくことのできない自分を悟ったランボーは、今度は国のためではなく自身の戦争をアフガンの中に見出します。つまり、これはプロの戦闘隊員をヒーローに仕立てたアクションドラマですが、ある意味、反戦映画と言えなくもありません。戦争の中でしか、自分の存在を確かめることのできなくなってしまった人間に与えられた自由。そんなひとりの戦士ランボーが呟いた一言です。「日々を生きます」でも、これって兵隊さんに限らず、私たちにも当てはまるような気がするんです。特にこの頃そう思えて仕方がありません。企業戦士とか呼ばれ、家庭や家族も省みず、他人を押しのけてもピラミッドの頂点を目指してた人。何百万円もする経費を縦横無尽に駆使して大活躍。会社を離れた後の人生は?借金までして莫大な資金を注ぎ込んだ塾漬けの毎日。学業成績が生活の全てと一流校、一流企業を目指した人。テストのない世界では?天才、秀才、エリートと讃えられ、社会的義務すら無視しても芸術家を目指した人。英才教育が実を結ばなかった現実に直面したら?こんな時代だからこそ思うのかもしれませんが、なんの気負いもなく、人工的に与えられたものではない、日々を生きる。素晴らしい響きと感じてしまうのは私だけでしょうか。
2007年01月08日
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種は種でも一番厄介なのが悩みのタネです。このタネは人の心に根付いてジワジワと芽を出し、そして増殖していきます。みなさんはどんなタネをお持ちでしょうか?私はこの「悩みのタネ」の中で最強最大の、ビンボーというタネがしっかり根付いてしまって、まったくもって身動きが取れません。(笑)私は、もの心つくようになってからずっと、ビンボーの治し方について模索してきましたが、未だに解決の糸口さえも見つけることができていません。ただ、さすがに長い間ビンボーと向き合っているおかげで、ビンボーと上手く付き合う方法だけは見つけることができました。それは取りも直さず、ビンボーのセオリーに気がついたということでもあるわけです。(なんじゃそりゃ?)そうです、ビンボーのセオリー、それさえ知れば、タネが芽を出すことはないのです。したがって、この法則をきちんと理解さえすれば、ビンボー以外の悩みが増殖することを未然に防ぐことができるのです。(へぇ~~~。。。。)では、私が五十年の歳月をかけて編み出した、悩みのタネを増やさない克服法、「ビンボー3つの法則」をご紹介いたしましょう。法則その1. ビンボーはお金以外では治せない。(爆!当たり前ですね。しかし、この原則を忘れるととんでもないことになります。時々、オカネでは買えないものがあるんじゃ~!とか言って、強引にビンボーを駆逐しようとする人がおりますが、これは詭弁と言うか、ロマンというか、予備校的(笑)というか、気分的には多少の前向き効果はありますが、根本的にはなんの解決にもなりません。「敵に勝つためにはまず敵を知る」という格言もあるように、まずは、貴方の敵「ビンボー」そのものを知らなければ勝負には勝てません。(えっ!勝負するのか?)そして、ビンボーの正体こそが、敵の最大の弱点であるのです。そうです、ビンボーはオカネに弱いのです。法則その2. ビンボーは比べるところから増殖が始まる。つまり、ビンボーというのは、他人との比較から生まれた病気です。(えっ!?貧乏って病気だったの?)そうです、ビンボーは人の心を蝕む病気なのです。人間という生きものは、全てを同族との比較で自分を確認する生き物なのです。ただし、体の違いを比べて「ビンボー」を感じる人はひとりもいません。私はあの人よりオッパイが小さいからビンボーなのよ、なんて言う人はいませんね。貧乳などと言う紛らわしい漢字を使ったりはしますが(笑)、体の大小や能力の差には決してビンボーという概念は当てはまらないのです。ここがポイントです!(おおっー!)ビンボーというコンセプトは、実は、この肉体的比較を補うために必然的に生まれてきた均等処理機能なのです。(えっ?)体力も知力も人並み優れた青年がいたとします。ところが、残念なことにこの青年は人並み以上のブ男であるがために、暗くて孤独な青春を送ります。かたや彼の同級生には、体力も知力も、人並みの教養すらない男が、人気者として春爛漫、素晴らしい思春期を過ごしています。「く、くっそ~、あんなアホなスケこまし野郎がなんであんなシヤワセな人生を送っているんだぁ~」と、その怒りを金儲けにぶつけ、数十年で巨万の富を築きます。彼はカネの力にモノを言わせては、暗い青春時代を取り戻そうと派手な生活をエンジョイします。そして、思春期を素晴らしい生活でエンジョイしたもう一人の青年は、貧しい暮らしで細々と暮らしています。もうおわかりですね。(笑)こうして、人の世はある意味均等を保ちつつ回っているのです。ずーーとビンボーしてるヤツもいるって?そういう場合は、どこか東南アジアの貧しい国へ行って自分を比較して、均等法を見つけて下さい。とことん行くと、均等すら必要ない世界もあります。(爆!法則その3.以上の2つの法則をきちんと理解すると、ビンボーから生まれる悩みのタネを極力押さえ込むことができます。なぜかというと、ビンボーから派生する悩みは、実際には金銭ではなく心に根付くものだからです。法則2の例で登場した二人の男性の場合を取り上げてみましょう。大金持ちになった男は、ある日金策に行き詰まり、なんと1億円からの借金を作ってしまいました。ビンボーなスケこまし青年は、若い頃した女遊びのクセが直らず、ヤクザの情夫との三角関係で100万円の強請をかけられました。さあ、ふたりとも結局はお金でトラブルを起こしてしまいましたが、ではお互いの心の中はどれほどの違いがあるのでしょうか。彼らの実生活の水準に合わせて考えれば、1億円も100万円も、悩みという点では同じことです。100円で悩むも10円で悩むも一緒と言うことですね。結局、悩みそのものは解決されることはないのです。そして、身体的能力や、知能そのものの比較からは、けっしてビンボーという概念は生まれてこないのです。最後に一言。人と比べるからビンボーが顕在化してくるのです。比べるのはやめましょう。いくら貧乳と言われようとも、いくら祖チンと詰られようとも、自分の唯一の持ち物ですから、お金で何とかしようなどとは思わないことです。(笑)ハゲだっていいじゃないか、健康ならば。(なんか強引なオチだなぁ~)みなさん、楽しく生きてゆきましょうね。
2007年01月06日
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先日、戦友のYU-JIさんから「お年玉」をもらいまして、久しぶりに若い血潮が騒ぎ、ちょっと元気な日々を送る道楽親爺です。せっかくですから、皆様にも「元気」のお裾分けでもしたいなぁと思い、誠に僭越ではございますが(笑)、お薦めの「元気が出る映画」をご紹介させていただきます。レンタル・ショップに足を運ぶ労力と、いくらかの小銭、そして2時間少々の暇がある方は、まあ、モノは試しですので、一度ご覧になってみて下さい。たぶん、ほんの束の間ではあるでしょうが、ほっとして、少し元気が出てくると思いますよ。まずは、お年玉でもらったDVDがこれです。頭文字D (実写版) The Moviehttp://review.rakuten.co.jp/catalog/001/AVBF-22497/1.0/以前にも書きましたが、最近リリースされた「TOKYO DRIFT」のルーツといったところでしょうか。カーマニアの方ならばすでにご存知のアニメ「頭文字(イニシャル)D」の実写版です。何故か香港映画です。それにしても、この監督といい製作者といい、かなりマニアっぽい人たちなんでしょうね。峠レースは必見。エンジンのピストンのアップには驚きました。話の中味はなんてことありませんが、とにかく見せてくれます。昔、暴走族とか街道レースとか体験したことのない方でも、不良の心得が少々ある方ならば(笑)、かなり興奮させられると思います。そういえば、私の娘の同級生の父親がこの映画を絶賛しておりました。彼は香港人です。(笑)もちろん中国語バージョンのコミックスも所有しているそうです。年代的に、やっぱはまるツボは同じなのかなぁ。彼も、TOKYO DRIFTはこの映画のパクリだと言っていたそうです。(笑)次は、中高年オヤジ必見のニッポン映画です。陽はまた昇るhttp://catalog.rakuten.co.jp/rms/sd/catalog/detail/sv0g101370cidJVBF-52001/西田敏行さん演じる工場長が、仲間と共に会社を立て直すという、オヤジ的感動巨編です。(笑)ストーリーは実話で、家庭用ビデオ・プレヤーの開発に携わった企業戦士の奮闘記ですね。もちろん、ビクターVHSとSONYベータマックスの戦いであり、私も個人的に時代の先駆けでレンタルVIDEOショップに関わったことがあるので、内容は手に取るように解りましたし、このシェア争奪戦の行く末は、身を持って体験した時代のひとりとして、当時の熱気ある企業戦士の活躍に少々ウルウルきてしまいました。こんな良き時代も企業にはあったのです。でもって、ちょっと感傷的感動好みの方はこちら。プリティー・リーグhttp://catalog.rakuten.co.jp/rms/sd/catalog/detail/sv0g101355cidHHD-14589/トム・ハンクス、ジーナ・デイビス、マドンナほか豪華スター共演で贈る、1943年から1954年にかけアメリカで実存した全米プロ女子野球リーグの選手達の姿を描いた感動のスポーツドラマです。第二次大戦中、野球選手も次第に戦地に刈り出されるようになり、娯楽のためのスポーツとして苦肉の策、女子リーグがスタートします。はじめのうちは色物扱いされていたリーグですが、けなげにプレーする選手たちの姿にマスコミも段々と引き込まれていってしまいます。同じ時代をひとつの世界で生きた実在の女子選手たち。エンディングではホンモノの選手が登場します。そしてキャロルキングのエンディングテーマにゾクッときて、思わずじーんとした親爺でした。さらに古いアメリカ映画をもう1本。チャンスhttp://catalog.rakuten.co.jp/rms/sd/catalog/detail/sv0g101355cidBGP-00938/ピーター・セラーズの遺作となった作品で、生まれてから一度もその家の敷地から出たことのない庭師が、その富豪の死とともに外界に出されるといところから始まるちょっとコメディな心温まるストーリーです。もうすでに老境にはいろうとするこの庭師は、生まれて初めて現実の世界へと飛び出すことになるのですが、現実世界の人々との掛け合いがとても軽妙に描かれています。この映画は絶対にお薦めですヨ。特に中高年の皆様には、きっとほのぼのとした感動を味わって頂けると思います。最後は中国映画です。初恋のきた道http://catalog.rakuten.co.jp/rms/sd/catalog/detail/sv0g101355cidTSDP-30386/都会からやってきた若い教師と、彼に対する想いを手作り料理に込めて伝えようとする18歳の少女の恋を綴った感動のラブストーリー。「グリーン・デスティニー」のチャン・ツィイー初主演作品。最近の中国映画の人気を一気に飲み込んでしまったコンビの初期作品です。地味な映画ですが、もうとっくに忘れてしまったアジア人特有の恋愛感情で、しばし涙ぐんで下さい。いまどきの子供たちには、たぶんこの感覚はもう理解できないかも知れません。素朴な作りで、定番のお話なんですけど、やっぱりはまります。この映画のチャン・ツィーイーの表情は最高ですね。「さゆり」をご覧になった方は、この映画で魅せる彼女の表情にはたぶん驚かれると思います。ということで、今日は安物の映画評論家のようになってしまいましたが、ちょっと暗くなってる方、パッとしない方、是非こんな映画でも見て元気出して下さい。元気な人はどうぞそのまま元気を持続させて、生産活動に従事してしっかり道楽に励んで下さい。ではまた明日。追伸~YU-JIさん、DVDありがとうございました。とても面白かったです。久々に熱くなりました。ってか、ここは年中暑いけどね。(笑)
2007年01月05日
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人生楽ありゃ苦もあるさぁ~。水戸黄門のお話ではありません。(笑)まあしかし、水戸黄門みたいな爺ちゃんが本当に居て、諸国漫遊して世直しでもしてくれたら、どれだけ人生は楽しくなるでしょうかね。とは言うものの、実際にそんな爺さんが、いきなり自分達の生活に乗り込んできて「控えおろう」とか言い出したら、それもちょっと困りもんです。(笑)所詮人間なんてものはげんきんな生きものですから、自分が困っているときはじーさんでもばーさんでも親身になって心配してくれる人の言葉をありがたがって聞きもしますが、自分が楽してハッピーなときは、鬱陶しい年寄りの小言くらいにしか扱いませんね。それでも、ある日あるとき、年寄りの言葉が輝きを持って甦ってくることがあります。それは、自分が適度な年齢を経て世の中というものが少しはわかり始め、あらためて生きるということの本質にぶち当たったとき、昔聞いた年寄りの小言が、実は人間社会の普遍性について語られていることに気づかされます。そんなとき、落ち込んでいた自分、思い悩んでいた自分の中で、ぴんと張り詰めた心の糸が、ほっと一息ゆるんで思いがけない心地良さを感じることがあります。最近は身近に年寄りがいなくなったせいか、こうした小言を聞く機会も少なくなりましたが、ある意味、人生の先輩がたの小言は、世代や時代を超えた生きた言葉として現在に甦ることも多いのです。もちろん単なる小言ってのも沢山ありましたが。(笑)偉い先生や、デッカイ会社の社長さんの人生訓ばかりが座右の銘ではありませんね。私の子供の時分は、近所の大工の棟梁とか、米屋のおばちゃんとか、ちょっと危なげな渡世人のおっちゃんなんかも、事あるごとに近所のガキを前に訓示をたれたりしたものでした。(笑)そんなごく日常的な場面で聞きかじった小言が、後年、輝きをもって心に甦ってきたなんて経験は一度や二度ではありません。要するに人間自身が抱えてる問題なんてものは、時代や職業、地位や名誉に関係なく、本質は皆同じってことなんですね。しかも、それは案外単純で、未だに解決されていないってことでもあるわけです。解決されていないから生きている、みたいなものですね。ということで、今日は私がばーちゃんから教えを受けた小言をひとつご紹介しましょう。「甘い辛いは子供でもわかる。お茶の味がわかるようになって、初めておとなと言えるんだよ」深いですねぇ~。実に深い。(笑)さしずめ水戸黄門なんてドラマは「甘い辛い」の極めつけみたいなもんですね。さて、そんな私も、少しはお茶の味がわかるような立派なジジイになりました。ということは、私も近所のガキを集めてノーガキを垂れる年頃ということになりますね。あいにく近所にいるガキは日本語がわかりませんので(笑)、ジジイはこうしてブログで小言をたれることにします。
2007年01月04日
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以下、某雑誌に載っていた某評論家の談です。勝手に掲載しちゃったので名前は伏せておきます。ってか、別にこの評論家についてノーガキこきたいわけじゃないので、別に隠す必要もないのですが、変な誤解を招くとメンドーくさいのでやっぱり伏せておきます。(笑)「大企業のリストラ、中小企業の倒産などにより、収入減で人並みの生活ができなくなった人達の急増である。20代の失業率は12年前の3.7%から9.3%になり、経済的理由での自殺は2300人から1万6000人に激増した。生活保護世帯は10年間で2倍近く増大するという悲劇である。」ざっくばらんに解釈すると、大手のリストラや中小の倒産等の影響や、就職難のために人並みの生活ができなくなって自殺が激増し、生活保護世帯が10年で倍になった、つーようなことです。この後、この評論家のおっさんは小泉内閣の政治責任についてノーガキをこいておりますが、道楽者の私には政治経済などを論じるほど賢い頭脳を持ち合わせておりませんので、そーゆー話はノーガキこいてメシ喰ってるおっさんたちに任せて、道楽親爺はこのおっさんの揚げ足を取ってみたいと思います。(笑)まず、人並みの生活ができなくなったという人達についてですが、具体的に言って、一体どのような生活環境を指すのでしょうか?さあ、みなさんもご一緒にお考え下さい。このおっちゃんの言うところによると、経済的理由を苦にして死んじゃうくらいですから、大晦日の夜に1杯のかけそばも食えないような生活をしている人ということになるのでしょうか。(ってか、古くねぇ?その話)そう言えば、つい先日、NHKのニュースで、どこぞのアホたれ中学生がホームレスのオバちゃんから金を巻き上げようとして、寄って集って殺したって事件がありましたが、っつーことは、このアホたれ中坊たちは、路上生活者の金を奪わなきゃならんほど人並みの生活ができない奴等だったのでしょうか。ん!?ちょっと待って下さいよ。20代の失業率9.3パーセントで、人並みの生活ができないからって自分で死んでいっちゃう世の中で、年金貰って路上生活している年寄りが居るっつーのも、なんか変じゃありませんか。しかも、その年寄りの年金狙って襲っちゃうアホたれ小僧が居るっつーのも、もっと妙な話ですよね。どうも私は出自が卑しいもので、どうもこの「人並み」って言葉に過激に反応してしまう習性があります。たぶん私の場合、この評論家のおっちゃんが言ってる「人並みの生活」などは、生まれてこの方一度も経験したことがないのではないかと思います。(笑)もちろん現在もね。(爆!ってことは、幸か不幸か、私は人並みの生活ができないおかげで、こうして生きながらえることができているということですか。(笑)まあ、この評論家のおっちゃんの言いたいことも解るのですが、ひとつだけ違うと思うのは、決して経済的理由が自殺の直接の原因ではないということですね。一度、アジアの貧しい国へ行ってみればわかると思いますが、経済的理由が自殺の原因なら、とっくに国のひとつやふたつは無くなっていることでしょう。(笑)そりゃ、日本独自の事情だろって?そんなことはないと思いますよ。ビンボーは万国共通、どこにいっても辛いもんです。(笑では、ナニが言いたいのかっていうと、ちょっとクサイ言い方ですが、人が絶望するのは「夢が見れなくなるから」なんですね。(くっさぁ~いセリフだなぁ~)ジジイのくせに青いですか?(笑)要は、「人並み」って言葉で括られてしまったおかげで、夢見ることさえ奪われてしまったから生きていくのが嫌になっちゃうんですね。明日を思い描けなくなる。そりゃそうでしょ。子供の頃から「みんな一緒」とか言われて、「人並み」モノサシを与えられちゃうんですから、それを信じて疑わない子供は、現実のモノサシはひとつじゃないってことすらも気がつかずに成長して、ある日、自分がモノサシから外れたと知ると、ナニをどーして良いのか考えることもできなくなってしまうんですね。ビンボーの真っ只中にいると、「人並み」なんて言葉は社会通念上の「社交辞令」くらいにしかなりませんから(笑)、そんな規準も知らないし、人並みの定義だって持ち合わせていないので、人がどんなモノサシを振り回そうと知ったこっちゃない、みたいなもんです。ビンボー人はビンボーなりの自分のモノサシを持っているから、あえて無理なモノサシで自分を測ろうとはしませんね。つまり、それが夢を見るっつーことじゃないんでしょうかね。人並みに与えられた夢じゃないから、生きてるうちにどんどん変わって行っちゃう。変わっていくから生きていくのも面白いと思える。荒唐無稽な夢から現実的な夢まで、夢を見る人は決して「人並みの生活」を意識してはいませんね。もっとも、夢なんてものは元々想像の世界なんだから、デタラメな夢の方が見ていて楽しいし、それが生きるってことだと思うんですね。人並みの生活を目指したら人並みの夢しか見ることができなくなるし、人並みの生活ができなくなったら人並みの夢も見ることができなくなります。まあ、その人並みってのが一番いい加減で、嘘くさいんですけどね。一体どんな生活が人並みなんですかね。ほんとに。人が並ぶってことなんかなぁ~。(笑)生活の全てが「人並み」にある以上、そこからは生涯抜け出せないということになりますね。道楽者のみなさん。ビンボーで良かったね、いろんな夢が見れて。感謝しましょう!
2007年01月03日
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ありがたいことに、道楽者一家にも人並みなお正月がやってまいりました。南国ですから、元々お正月の実感なんてほとんど味わったことはありませんが、いちおう日本人の家庭なので、「おせち料理」みたいなものと「お雑煮」は食べます。今年は、日本食品の輸入販売店が2店舗になり、中々品揃えも豊富になりました。それでも、さすがに子供たちも大きくなると、そんな日本の風習にも無頓着になりがちです。そのくせ「オトシダマ」とかはしっかり期待していて、元旦早々、中身の殆ど入っていない財布をこれ見よがしに取り出してきては無言のアピールが入ります。「おとーさんだってビンボーしてんだ」とか、ワケのわからないことを言いつつも、しっかりオヤジのお小遣いは巻き上げられてしまうのです。まあ、日本と違って、ふんだんにお金を使うほどの遊び場があるわけでもなし、せいぜいガ映画を見に行って御飯を食べるくらいのことですから、親にとってはこの環境はシヤワセなのかもしれませんが、年頃の子供たちにしてみれば、遊ぶところがないってのもかわいそうな気がします。これがもし日本だったら、ファッションや遊びで使うお金は、もう親の負担する範疇を超えているような気がしますね。もちろん自分だって子供の頃は、遊ぶ金がなくて年中ピーピーしてましたが、今時の子供たちの遊び方とは比べようもないほど、まだまだ稚拙だったような気がします。小学生や中学生でブランド物なんて、信じられないと言うか、全く意味解りませんね。まあ、そんな子供たち本人もよくわからずに踊らされているのでしょうが、少なくとも子供は親の反映ですから、結局自分たち親子の関係すらわからなくなってしまっているのかもしれませんね。根本的に、自分たちが描く生活水準と言うか、生活環境のモノサシってなんだろうって考えると、それはやはりお隣との比較、あるいはご近所との比較でしか成り立たないわけですね。その比較する基準が、自分達の生活レベルの水準であるわけです。なんというか、棲息テリトリーの階層みたいなもんでしょうか。(笑)海の中で言うと、浅瀬付近で棲息する種、海中で棲息する種、深海で棲息する種のように、各階層で種類が違いますが、環境に適応するという面からいうと、各層ごとで同じグループに属することになります。これを人間の世界に当てはめてみると、資本主義的ヒエラルキーによって分類されていることがわかります。(笑)ビンボー層、ちょっとビンボー層、少しビンボーみたいな層、本当はビンボーなんだけど小金でごまかされてる金持ちモドキ層、そして大金持ち層、ですか?(笑)ニッポンの場合、大方の人たちは「中流意識」みたいなもので洗脳されちゃってますから、その水準に少しでも外れることが、とてつもない不安を招いてしまうのでしょうね。それと、昨今の価値基準がメチャクチャになってしまってますから、自分たちが唯一頼れるモノサシが「お金」でしかないということなんでしょう。こんなノーガキを垂れると、ビンボー人の遠吠えのようですが、ビンボーな島で壮絶なビンボーに囲まれて生活していると、同じ遠吠えでも、その滑稽さが見えてくるから不思議です。最近、ちょっとしたマーケティング・セミナーとかに出る機会があって、真面目なジジイのフリをして参加してみたのですが、これがまた結構お笑いで、結局、現状をきちんと理解して説明できる人なんていないんですね。ということで、ジジイが笑った疑問をみなさんも一度お考えになってみて下さい。その1.ユニクロで買った500円のTシャツを着て、10万円以上のヴィトンのバッグをぶら下げている女性の価値観。その2.電車を乗り継ぎ成田まで出かけ、エコノミークラスのパックで旅立つ先で待ち受ける3泊4日のリゾートの意味。その3.4WDフル装備の車を駆って郊外のバーベキューを楽しむ人たちの、環境保護と自然破壊に対する認識。その4.家ダニ、ゴキブリ、ネズミ駆除を駆使して清潔な住宅を維持する人たちが望む、無農薬野菜の定義。え~、書き出すと止まらなくなるので、この辺でやめておきましょう。ちなみに、私が参加したセミナーの主題は、企業収益を上げるための対消費者戦略についてでした。どうすればモノが売れるかってことだけを考えた素晴らしいテクニック講座でしたね。(笑)そーいえば、10代後半の頃、似たようなセミナーがいくつもあったなぁ~。永久エンジンオイルとか、魔法の化粧品とか、高級羽毛フトンとか。これで一瞬金持ちになったヤツもいたけど、みんな友達無くしたっけな~。(笑)
2007年01月02日
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松本清張の推理小説ではありません。(笑)その昔、人生の大先輩に言われた人間関係についての「教訓」です。昨日、その大先輩からグリーティング・カードが届き、もう十数年以上も前のことになるのですが、ちょっとその言葉を思い出してしまいました。「人と人との出会いは点だけれども、いずれはその出会いも線で結ばれていくもの」ポツンポツンとあちこちに点在する出会いの数々。いわゆるこれらの「点」はすべて、自分を中心にして線で繋がっているということですね。それは、必ずしも自分が介在した線だけではなく、他の点同士もいずれは線で結ばれていって、更に大きな点と線になっていく、というような意味も含んでいます。ただ、その時に私が諭されたのは、こんな抽象的な教訓ではなく、出会いという「点」はいずれ「線」で結ばれていくものだから、出会いは決してバラバラに存在するものではなく、そのひとつひとつに責任を持たなければいけない、という戒めでした。一瞬の出会い、偶然の出会い、紹介された出会い、人には色々な出会いがありますが、その出会いの場で、軽い気持ちで言ってしまった一言でも、いずれは線で結ばれていくものだから、たとえその場限りの出会いだと思ったにしても、言動には注意すること、それがこの点と線の教訓でした。よく言う「一期一会」の教えですか。例えばこんな状況を想像してみて下さい。貴方が訪れた旅先で、ちょっと興味をそそられることがあったとします。それは例えば、立ち寄ったレストランで見た旬の特製ケーキだったり、たまたま宿泊したホテルのフロントに飾られてあったメンバー専用キーホルダーだったり、とにかく、それが特別なものであるため余計に興味を引かれたものだったとします。滞在中に是非食べてみたいケーキ。メンバー会員ではないが、デザインがとても気に入ったので入手したいキーホルダー。そんな思いを持ったままの貴方ですが、残念なことに、急用で至急その地を移動しなければならなくなりました。予約日程より早い出発をホテル側に告げ、すぐにチェックアウトを済ませ、駅までのタクシーを頼んだところ、あいにく空車が無く、どんなに早くとも20分以上は待たなくてはなりません。20分遅れると汽車の時間に間に合わず、そうなると移動地への到着が半日遅れてしまい、全てのスケジュールが台無しになってしまいます。そんな困惑する貴方のために、親身になって心配してくれるホテルのスタッフは、アチコチに電話をかけまくってくれますが中々車の手配ができません。そんな緊張が高まっていく貴方は、そのホテルのスタッフから思いもかけない親切を受けることになりました。たまたまそのスタッフの友人が車でこちらに向かっているので、その友人に駅まで送ってもらうということになったのです。その友人がホテルに到着するまでの間、貴方はフロントに飾ってあるメンバー用キーホルダーを指して、非売品とは知りつつも、もし可能ならお土産に購入したいと、それとなく尋ねます。そのスタッフは、もし次回来られる機会があれば、その時ご用意しましょう、と答えてくれました。貴方は内心、この人は中々の商売人だなと思いますが、その態度は決して不快なものではなく、むしろ好感の持てる接客態度だと感心したりします。しばらくして友人の車が到着、貴方は駅へと向かいます。車中、貴方はこの親切な初対面の方に御礼方々世間話をしていると、その人は偶然にも貴方が是非食べてみたかったケーキのあるレストランのスタッフでした。ここでまた、貴方はそのケーキを食べることなくこの地を離れる無念さを告げると、その人はさりげなく、もし次回こちらに来る機会があれば事前に連絡を下さいと言って、名刺をくれました。旅先で受ける親切ほどありがたいものはありません。貴方は、またあらためてこの地を訪れることを心に強く思います。半年ほどして幸いにも貴方は、友人と共に再びこの地を訪れる機会に恵まれ、早速この時お世話になった二人に連絡を取り、意気揚々と旅立ちます。もちろん貴方は同行する友人に、親切にされた出会いを自慢げに話して聞かせます。さて、ホテルで出迎えてくれたその時のスタッフは、その時のままの笑顔と温和な対応でチェックインの手続きをしてくれました。もちろん貴方は、心ばかりの手土産などを持って充分な礼を尽くします。そしてフロントデスクには前回同様、メンバー用の特製キーホルダーが飾られてあり、貴方はそれを指してスタッフにそれとなく声をかけます。「本当にこのデザインは素敵ですね」スタッフは笑顔で答えます。「ご入会申し込み用紙はお部屋にご用意しておきました」そして、その言葉どおり、客室の案内の中にはホテル会員の入会申込書が入っていました。もちろんこの入会には入会金などの多少の出費が伴います。貴方は少々この成り行きに違和感を覚えましたが、思い返せば自分自身の思い込みだったのだろうと、自嘲気味に自身の感情を納得させます。その夜、貴方はもうひとつの出会いであった、もう一人の親切な人が働くレストランへ出向きました。もちろん、そのレストランのショーウィンドウに飾られている旬のケーキは、半年前のケーキではありません。それでも、そこに飾られている、その季節に合わせたデコレーションは、貴方を駅まで車で送ってくれた人の人柄が出ているようでした。貴方はホテルで感じたときの違和感が、ここでも起きはしないかと少し不安を抱きながらもお店に入ります。「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」声をかけてくれたのは、あのときの親切な人でした。そしてテーブルに案内され、席につくと同時にケーキが運ばれてきました。それは、あの時ショーウィンドウで貴方が見た旬のケーキでした。もちろん、貴方と同行した友人の分もちゃんと用意されていました。この特別な歓待は、貴方に同行した友人への思いがけないプレゼントとなり、新たな出会いが生まれました。このお話はフィクションですので、実在の人物、団体等とは一切関係ありません。(笑)もし貴方がホテルで親切なスタッフに出会わなければ、二つ目の出会いもなかったであろうし、あるいは、後にどちらか一方の人と疎遠になったとしても、貴方を介して二つの出会いは線で結ばれています。更に貴方を介して友人もまたひとつの点となり、あらたな線で結ばれていきます。まあ、ごくごく当たり前なことなんですが、こんな簡単なことを理解するのに、私は51年間も費やしてしまいました。(笑)私は根がへそ曲がりなもので、年頭の誓いとか、抱負とか、そんなことを真面目に言える性格ではないので、年明けの節目にちょっと皆様がほっとするようなことを書いてみたかっただけです。今年は○○するぞぉ~とか、今年一年は○○で行こうとか言う類の、誓いとかお約束なんてものは、所詮1年限りのことになってしまうわけで、毎年毎年そんな言い訳みたいな生き方をするくらいだったら、最初から掛け声なんてかけない方が良いと思うし、志なんてものは口にした途端、露骨に嘘くさくなるので、それはやはり行動で顕わして行くしかないのかなぁと思っています。(ほんと、良い性格してますね。。。笑)ということで、今年もノーガキこきまくり、非生産活動に従事する道楽親爺を何卒よろしくお願い致します。そして、2007年が皆様にとって素晴らしい年となることをお祈り申し上げます。
2007年01月01日
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