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昨日は禁煙についてノーガキこきましたが、今日はひとつタバコにまつわるお話をしたいと思います。1970年代後半、私らがディスコ現役の頃、流行っていたタバコっていえば、やはりこの2つでしょうね。Kool(クール)とMarlboro(マルボロ)SOUL系の人たちはメンソールが主流でしたから、ほとんどがKool派でした。セーラムを吸ってる人もわりといましたが、やっぱし、名前がね、カッコよかったから、ほとんどがクールでしたね。当時は確か1箱250円くらいだったのかなぁ。もちろん国産タバコが120円くらいだったころの話ですよ。もう一方のマルボロは、ご存知、映画「サタデーナイトフィーバー」の主人公トニー(ジョン・トラボルタ)が吸っていたことから、一気にディスコ野郎の間でもてはやされました。この映画からは「セブン&セブン」って飲み物も流行りました。シーグラム社製の「セブン」を「セブンアップ」で割るっていう、結構甘めのドリンクでした。ちなみにアメリカ人ってか、ディスコ系では甘めのカクテルって結構飲まれていたんですよね。よく、カクテルなんてオンナの飲み物だぁ~、とか言われたりしますけど、体長2メートルくらいあるごっつい黒人のおっさんとか「スロー・ジンフィーズ」なんて飲んでたりして、カクテル=オンナとは一概には言えませんね(笑)さて、今日の道楽親爺のお話は、このタバコの名前の由来にまつわるくだらないエピソードです(笑)マルボロは、Marlboro=Man Always Remember Love Because Of Romance Onlyの頭文字を取っているという説で、直訳すると「男はいつもロマンスだけで恋人を想う」ってなことになりますが、まあ「男はいつも本当の愛を探している」みたいな意味になるのでしょうか。かたやクールは、Kool=Kiss Only One Lady 「キスは一人の女とするもんだぜ」あるいはKeep Only One Love 「ひとつの恋を貫き通せ」みたいな二つの語呂合わせ説があります。どちらにせよ、「一途な恋」ってことで「浮気のマルボロ、一途のクール」なんて言われたりしてました。そんでもってこのクール、なんでCOOLじゃなくてKOOLなのかってところで、当時の黒人マニアたちから色々な説が飛び出しました。KOOLの「K」は「KKK」から来てるってのが一時まことしやかに囁かれたりしました。KKK=クー・クラックス・クラン 白人至上主義組織 アメリカ史上最も悪名高き秘密結社の名前です。この結社がタバコ「KOOL」に関係しているという、色々なエピソードが噂になりました。実際、日本人にはこのKKKの怖さとか内容はあまり知られてはいないんですが、なんか当時の公民権運動とか、ベトナム戦争とか、ゴチャゴチャになって日本になだれ込んできたアメリカ文化の一端として、それなりの「知ったか野郎」たちの間で流行った噂のひとつだったのです。最近読んだ「都市伝説」って本にもこの話が出ていたので、未だにこんな話が語り継がれているのかと思ったら、案外「噂」の根拠もバカにはできないと思いましたね。そういえば「ユダヤ」系の話とかも、未だに色々な説があって結構楽しめますよね。どうせなら、道楽者の「ディスコ伝説」なんてのも編纂したら面白いかもしれません。当時のディスコって変な人一杯いましたよね。お店の噂ってのも一杯あったし。今度はみんなでその手の話を集めてみましょうか?(笑)新しい非生産活動になるかも(爆!
2007年06月28日
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米国では禁煙運動がかなり過激になって来ているようですね。日本じゃようやく路上喫煙を禁止する条例とかが出てきたりしたようですが、アメリカってのはやっぱり極端なトコがありますよね。南方系ではハワイが最初に「禁煙」運動を行った島らしいです。続いて、つい最近グアム島が全面禁煙を掲げました。ホテルの客室はダメ!吸いたければバルコニーでどうぞみたいなことになってるようです。ちなみにハワイでは、それなりに喫煙コーナーとかが用意してあるらしいですが、レストランは全面禁煙だそうです。ということで、このところ日本の観光客が減ってるみたいです。私は十年ほど前から煙草は止めてますので、ちっとも困りませんが(笑)、愛煙家にとっては益々厳しい状況になっていくことでしょう(笑)しかし、アメリカってのは昔からなんでも極端ですよね、やることが。その昔は禁酒法時代なんてのもあったくらいですから、思い込んだら一直線みたいな法律が好きなんでしょうかね(笑)まあ、世間一般の常識も変わってきてるってのもあるのでしょうが、煙草に関しちゃ昔ほど「おしゃれ」のアイテムにはなっていないようです。私のガキの頃は、煙草を吸うことイコール大人っていうイメージがあったし、背伸びして大人びたすることが不良イコールかっこ良いみたいな図式がありました。まずは、不良入門で煙草を吸うってのが儀式みたいなもんでした(笑)特に男の場合、酒と煙草は大人のオトコの代名詞みたいだったですね。今にして思えば、煙草を吸うってことよりも、法律を冒すってことがひとつの不良のステイタスだったのでしょう。同様に酒を飲むってのも、法を冒す「コンジョ」を見せるみたいな、単なるバカ自慢ですよね。そのうち、クセになって止められなくなっちゃったみたいな(笑)ってか、公認の年齢に来たらちっとも不良じゃなくなっちゃっうわけで、成人したら不良も優等生も関係なく、誰だって煙草吸うし、酒も飲みますから、なんの自慢もなくなっちゃう。「なあんだ、オメーら初めてかよ?オレなんか16から吸ってんだぜ」とか突っ張ってみたところで、「ふ~ん」てなもんで、拍子抜けしたりしてね(笑)ということで、なんでも人より早く体験したいってのが、不良少年の修行の第一歩でした。そう考えてみると、常に不良でいたいってバカ野郎は、とにかく一般人のルールを破ることで「コンジョ」を見せていたということで、これは歳を食うにつれて段々メーワク野郎に成り下がっていってしまいます。若い頃は、「スゲーなあいつ」とか言われて、かなりな羨望の眼差しを受けたりしますが、成人後は、「バカだねー、あいつは」とか言われて「かかわりあいたくない」なんて人物のひとりにされるのがオチです。だから、真面目な不良(笑)は早く落ち着いちゃったりするんでしょう。これ以上やったらプロになるしかない、みたいな岐路に立たされる時期が必ずあります。ですから、同じトンコ修行に明け暮れた不良仲間が十数年ぶりに会ったりすると、フツーのおっちゃん、おばちゃんになってたり、なんか妙に垢抜けたお調子者になってたり、その変貌振りに驚かされることもあったりします。ってかそれが普通なんですけどね。おねーちゃんなんか特にそーゆー変身ってのが凄まじいですよね。私らの時代じゃ、ズベ公系(笑)はたいてい高卒で就職して社会人になりますから、成人式を迎える頃には立派なOLとかになっちゃってて、「あんたらいつまでもガキと遊んでらんないの」みたいに見下されたりして、「遊び行こうぜ」とか言うと「そーゆーセリフはちゃんと自分でお金を稼ぐようになってから言いなさい」とか言われたりしてね、現実の厳しさを思い知るわけです。そんなミジメな青春時代を乗り越えて、不良オトコは30歳くらいからちょっと味が出てきますね。ここら辺で先手を取られた不良オンナを見返したりなんかしちゃいます(笑)それにしても、不良少年少女って、ほとんどがひどくまっとうな相手見つけて結婚しちゃったりするのがなんか可笑しいですよね。さんざっぱら笑われるようなバカなことしてたクセに、晩年はフツーの人になっちゃうってのもなんかのパターンなんですかね。もちろん例外も数多くありますケドね(爆!
2007年06月27日
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全国の道楽者の皆様こんにちわ。日々の労働ご苦労様です(笑)さあ、今日も道楽親父のくだらないブログで一休みして下さい。今日は、突然思い出した懐かしのレストランのお話です。実は今朝ほど、吉野家の牛丼が食べたいという身内話で盛り上がりまして、そういえば若い頃どの辺でメシ食ってた?みたいなことになりまして、なんと大変懐かしい「大戸屋」の名前があがった時には皆いっせいに驚きの声を上げたのでした。(ってかちょっとオーバーですね)私の場合は池袋東口にあった「大戸屋」を思い出して、あの食後の虚無感が甦って来たのでした。安かったけど、なぜか満腹になった後襲われるあの空しさはなんだったのでしょうか(笑)てなことで、1970年代の若者が通った東京のレストランを思い出してみることにしました。今でこそファミレスなんて便利なものがありますが、私らの時代はマクドナルドやケンタッキーだって敷居が高くて入れなかったんですから、今考えると結構笑えますよね。マクドナルドなんて、入った途端にいきなりカウンターでオーダーするってのは緊張しましたね、今までそんな経験ってか、習慣がないんですから(笑)更に若いおーねーちゃんがやたら愛想よくて気持ち悪かったし(笑)、オーダーするのも結構おどおどしたりしました。「ハ、ハンバーグ、ひ、ひとつ」「ご一緒にお飲み物は如何ですか」(やばっ!一緒に頼まなきゃいけないのかぁ~。。。)「コ、コ、コーラ、ひとつ」「サイズはS.M.Lとございますが?」(げっ?大きさが違うのかよ)みたいなね。ハンバーガー買うのに相当緊張しました。新宿あたりのレストランっつーか食堂で印象が強いのはやっぱ「三平食堂」ですね。なんかあの「食堂」って語感がほっとする感じがしましたっけ(笑)ちょっと生意気コイテ「じゅらく」かな。あとサンパークってのも覚えてます。サブナードから入れたんで便利でした。中村屋、高野もちょっと高級感があって、アフロ野郎には敷居が高かったです(笑)給料日後のデートとかね、一応特別コースだったかなぁ。紀伊国屋の地下食堂街もお気軽でした。カレーとかうどんとか良く食べました。そういえば紀伊国屋の並びに「オリンピック」とかいう、今で言うファミレスぽい洋食屋があったような気がするなぁ。2階建てで、ガラス張りのお洒落な店でした。新宿マイシティの食堂街もよく行きましたね。値段も安かったし、いろいろあって楽しかった。そういえば、あの頃のデパートの食堂って、それこそ今のファミレスだったですよね。メニューも色とりどり(笑)和洋折衷なんでもありみたいでした。そだ、当時はラーメン屋ってのがあちこちにありましたっけ。今でこそ、ラーメン屋はラーメンしか売ってないけど、昔はチャーハンだの餃子だの野菜炒めだのと、定食っぽい感じでしたっけ。喫茶店でもよくメシ食いましたっけね。スパゲティとかピラフとかカレーとか、食堂とは一味違ってなんかお洒落だったね、当時は。六本木で印象に残っているのは「ピクニック」かな。狭い店の割には繁盛してて、当時は若手OLなんかが昼飯食ってましたっけ。六本木食堂も凄かったですね。お水の食堂みたいで、お洒落な六本木の中にちょっと異色なお店でした。戦友のみなさんのおかげで最近ようやく記憶が戻った青山の「O&O」もお洒落でした。ここは深夜のムードがちょっとカッチョ良かったです。ここだって今で言うファミレスなんですけど、場所と客層がね、ちょっと雰囲気ありました。確かジュークとか置いてあって、ちょっとアメリカっぽかったかなぁ。青山キラー通りなんて名前も、当時にしちゃ粋でしたよね。赤坂方面と六本木方面に分かれたところがムードありました。それにしても、あの当時の原宿とか渋谷って、まだまだ若者の町ではなかったですよね。新宿、六本木、間に赤坂、青山があって、夜はそれでおしまい、みたいな(笑)あのころの「夜」って、今よりも長かったような気がするのはジジイの錯覚でしょうか?(爆!
2007年06月25日
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「知らぬ仏より知ってる鬼」こんな言い回しをご存知ですか?二者択一を迫られた時に使う台詞です。困難に直面して、人の助けが必要になった時、あなただったら仏と鬼のどちらを選ぶでしょうか?たとえば、あなたがどうしてもお金を借りなければならない状況に迫られた時、そこで二つの選択肢に直面したとします。ひとつは、未だ会ったこともない近所で評判の親切おじさんをたずねるか、嫌々ながらも長く付き合いのある親戚筋のちょっと偏屈なおじさんに借金を申し込むか、そんな状況を想定してみて下さい。道楽者の遊びですから、あんまりマジにならないように(笑)とにかくやたらと評判の良いおじさん、でも話したことも会ったこともない未知の存在。親戚筋では一番資金力のあるけれども、少々意地悪なおじさん。さて、あなたはここでこんな風に考えます。親切おじさんの根拠は人づてに聞いた「親切話」だけで、本当のところは自分で会ってみるしか確かめようもありません。しかし、今回の金策はそんなに時間をかけて関係を作るほどの余裕はありません。体当たりでぶつかってみるしかないのですが、果たしてどんな話になるやら、まったく想定できません。片や、意地悪おじさんは、長い付き合いの親戚関係、絶対に借金はできますが、果たしてその条件は厳しいだろうし、借りてる間中はネチネチといたぶられるのは目に見えています。それでも、とにかく至急の金策はこれで解決できるし、借金によって負うリスクもある程度は読みきれます。さあ、どっちを選びますか?両方行く?それはある意味正解です(爆)そりゃ、可能性のあることは何でもトライするのが当たりまえですね(笑)それじゃ、その猶予が1日しかなかったとして考えてみましょう。たった1日で現金を用意しなければなりません。「知らぬ仏より知ってる鬼」まあ、通常は意地悪おじさんを訪ねるでしょうね。確実ですから。親切おじさんを訪ねても、たぶんお金は貸してくれるでしょうが、人物像が未知というのは、その後の展開が読みきれないから不安が残ります。親切は表向きの顔で、実際は業突張りの金貸しだったらどうしようとかね(笑)ふつう、人間は予測のつかないリスクは冒さないものです。ここら辺が、人生の別れ道みたいなことになるんでしょうかね。ある程度、想像のつく世界の中で自分を位置づけて進んでいくのか、それとも、ある程度のリスクを背負ってでも新しい人間関係に乗り出してみるのか、どちらにしても判断は自分の感性でしょう。
2007年06月24日
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最近チョイ忙しくしている道楽親爺、このブログもこのところ1日おきになってきてしまいましたが、たまには真面目なことも書いてみたくなったので、今日はちょっと哲学的なお話をしたいと思います。ってか、ある「本」のご紹介とウケウリなんですけど(手ぇ抜くなぁッ!)、たぶん道楽者の皆様には気に入ってもらえる内容だと思います。玉村豊男『花摘む人 ヴィラデスト・ワイナリーができるまで』新潮社1,200円(税別)ご存知のように私は高校卒業と同時に人生を投げてしまった男ですが(笑)、立派な社会人(笑)になるまでの間、結構いい加減な幻想に惑わされていました。なんせ私は元々出来の悪い「不良分子」なもんで、ようやく最近になってこの幻想に気が付いたんですね。そんなきっかけになったのがこの本です。私はかれこれ30年近く、それなりに社会に出てお仕事をしてきたわけですが、かつて創業やビジネスが「簡単に」「急速で」「成功した」事例を見たことがありません。最近あちこちでもてはやされている「スピード成功」みたいな「神話」を聞くたびに、「良いなぁ」「うらやましいなぁ」「ちきしょう、うめぇことやりやがって(笑)」とか思うんですが、よおく考えてみると、自分の周りにはそんな事例はまずありません。ってか、たかだか50年程度の自分の人生なんですけど、振り返ってみても、自分の周りにはそんなスピード立身出世物語なんてありませんでした。たぶん、フツーの人たちも似たようなもんだと思います。かろうじて、「バブル」時代に、あっという間に大金掴んで、あっという間に消えていった(笑)という人物何人かには会いましたが、それは創業者とか事業家なんてものには程遠い存在でしたね。そう思うと、「こうすれば簡単!」「知識なし、経験なし、金なし。でもこうすれば成功する!」という手の話は昔からあったし、今もあのバブル時代にドカンとハジけた「大当たり野郎」たちが、今の時代にも存在してるってことがちょっと気になります。なんか、この手の話で踊らされる若者がちょっと気になるんです。ただでさえ拝金主義の塊みたいな日本ですから。そもそも成功って、何なんでしょうか? 黒塗りの車で出勤すること? ファーストクラスで海外旅行に出かけること?黒塗りに乗って不幸のどん底にいる人もいれば、満員電車に揺られながらでも一杯の幸せを感じている人はいるはずです。そんな「暑苦しい」拝金日本の中にあって、本当に栄養のある、おいしい有機栽培野菜のような本が、この本なのです。もちろんタイムラグのある道楽者推薦ですから、新刊ではありません。●玉村豊男『花摘む人 ヴィラデスト・ワイナリーができるまで』から引用自然の流れにさからわず、その方向を見極めて、ある瞬間に思い切って流れに身をまかせる、しかも流されながら自分の位置を意志をもって制御していく、というのが、私が人生の選択を迫られたときに取る方法なのである。(p.12)文章を書き、絵を描き、料理をつくり、農業をやる。どれが趣味でなにが仕事なのか、と問われると私は返答に窮する。・・・中略・・・それは趣味でもない仕事でもない、していえば、生活そのものなのだ。(p.13)目の前にあらわれた仕事をひとつひとつ片づけていくうちに一日が終り、そうして一年が終っていくのが「生活」であり「人生」であるということをはっきりと教えてくれる農業という価値観に出会い、自分がこれまでやってきたことのすべてがこの農園での生活に収斂していく、不思議に安らかな感覚を抱くようになったのである。(p.14)もっとも現実的な選択肢だけが「与えられた条件」なのではない。そこにみずから一石を投じて波紋を起し、その波に揺られる中で自分の向っていく新しい方向を探してみたら・・・。 (p.18)もしうまく行くようなら、というのは、企画は仕掛けてみるが、無理をせず、多くの人に声をかけているうちに、自然にその方向に向って流れができるなら、という意味である。運があれば、天が道筋をつけてくれるはずだ。(p.19)そのかわり、案ずるより産むが易くトントンとものごとが運ぶようであれば、もっとも難しいバリアもその勢いで乗り越えることができるに違いない・・・(p.20)たまたま見つけたサイトの、この本の書評が素晴らしかったので、こちらもコピー掲載しておきますね。(こらー、手ぇ抜くなぁ~!)ちなみに評は阪本啓一さんです。●現実は予想できないぼくも起業した体験があるのでわかるが、ものごとがうまくいくときは、トントンといく。しかし、現実は複雑で、簡単には単純化できない。レゴブロックで何かを作るとして、青を3つ、黄を4つ、緑9つ、赤3つで設計したとする。レゴならそのまま組み立てれば完成するが、現実は思いもよらないところで思いもよらない人が出てきたり、用意しておいたはずの青がどこかに行ってしまって使えなかったり、「プランのその先」が、必ずある。このときこそが起業の楽しみであり、醍醐味なのだが、現実の波に翻弄されているときにはそうは思えないのが人情である。そして玉村さんも、予想できない出来事に次々と翻弄されていく。●不思議なシンクロニシティ玉村さんは資金3億円を必要とする。これは生涯初めてのことという。そこで宝くじなど買ってしまう。たまたまその夜テレビで、長者番付の常連の人のコメントがあって、「落ちている一円を通りすぎるようではお金はたまらない。一円を大切にする人にお金は集まる」というのを玉村さんは聞く。するとその翌日、東京駅で落ちている一円玉を発見してしまうのである。このようなシンクロニシティは、「きっとこのあとてんこもりのイベントがある」という予感をさせるのだが、現実の玉村さんにも、てんこもりのイベントがふりかかる。さて、このあと玉村さんがどうやって巨額の資金を集め、ややこしい役所の許認可を得、鍵となるシェフを見つけるか。山あり谷ありの大冒険である。あとは読んでのお楽しみとしましょう。●「成功」とは何か。何をもって「成功」とするのかという、成功の定義だ。お金だろうか。ではそのお金を何に使うのか。お金は稼ぐより、使うほうが難しい。自分の生活品質(QOL)の理想の状態とはどういうものか。まずはそこの定義から始めよう。最後に、玉村さんが好きで、本の中にも掲載しているラテン語の諺を引用して、しめくくろう。Nさん、いい本を、ありがとうございます。勤勉なる農夫は、みずからがその果実を見ることのない樹を植える。 (p.37)ということで、今日の道楽親爺は、ひがみでもなく、負け惜しみでもなく、素直な気持ちで皆様に「成功の定義」をお伝えしたかっただけです。特に私のようなディスコ野郎出身者(笑)には、「趣味でもない、仕事でもない、それが生活」という言葉にかなり触発されました。昨年あたりから私が抱き続けている「塊」がこれだったのです。私は間違っていなかった。そう思えたひとときでした。
2007年06月23日
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全国道楽ファンの皆様こんにちは。さあ今日も厳しい現実の一時、大した役にも立たない道楽親爺のブログで息抜きして下さい。しかし、ホントにまたかよ~って感じですね。豚肉ミンチ事件(笑)元々ミンチなんだし、豚でも牛でも良いじゃねーかって、不真面目な道楽親爺は思っちゃいました。こんな事件が起こるたんびに同じこと言ってますが、製造業者だけを「叩く」メディアもそろそろアングルを変えろよって言いたいですね。おまえらマスコミ野郎の本当のお仕事は、こうした事件の背景を追っていって、人々に問題提起をすることだろ?豚のミンチをどうやって牛ミンチに混ぜたとか(笑)、そんなこたぁどーでも良いっつーの。別にハンバーグの製造工程を勉強したいわけじゃなんだから(笑)買ってる方だって、別にそれで死人が出たとかいうもんじゃなし、もっと深いところを突っ込めよって言いたいですね。逆に豚入りの方が美味かったとかね(笑)なんでそんなことまでして出荷しなきゃならんかったのかってことが、まず第一ポイントでしょ。次に、何故発覚したかってことが第二ポイント。そして、これを買ってる消費者の食品に対する認識が最終ポイントだと思いますね。特に街頭インタビューとかで主婦代表みたいなオバちゃんが必ず出てきて、毎回判を付いたように「怖いですねー。食品管理がどうなっているのか、徹底調査して欲しいです」とかのセリフ回しみたいなご意見だって、結局、自分たちでその大事な管理を放棄しちゃってんだからしょうがないですよね。どんな企業だって必ず「安全」はうたいますよ。ウチはちょっと管理が甘いです、なんて言うわきゃありませんよね。食品業界だけじゃなくて、建設業だって、縫製業だって、どんな商売であろうと、「安全」の旗は掲げています。それを手放しで受け入れているんですから、しかもお金払って(笑)そんで、「私たち庶民の信頼を裏切った」とか言って、業者イジメみたいことして溜飲を下げる、みたいなパターンですね。でもよく考えてみたら、その品質基準とかを管理してるのは誰なんだってことでしょ。前の耐震強度の問題だって、結局、「悪者」をスケープゴートにして、未だに監督官庁には公のメスが入っていませんね。たぶんもうウヤムヤでしょうけど(笑)ジジイ的に何が言いたいのかっていうとですね、これは業者の問題とか、管理の問題とか、そういった単純な事柄だけで片付けられる問題ではなくて、製造、販売、流通、そして行政管理といった一連の構造的な問題だということです。更に、本来ならばこうした構造を暴いていくはずのメディアが、スカートの中を暴くこと(笑)に血道を上げているのですから、これじゃ益々混乱していくのも仕方ないことなのかもしれませんね。。。。。締めくくりに、昨日書いた中国製歯磨き粉事件の続編をお伝えしときましょう(笑)なんと、アメリカでは南アフリカ製の偽物が騒ぎになっているようです。なんでもコルゲートのスティッカーが貼られて売られているこの歯磨き、中国製同様に中味から毒性の化学物質が検出され緊急回収されているらしいです。笑っちゃうのは、その見分け方。チューブの文字に誤字があるそうです。“isclinically” “SOUTH AFRLCA” “South African Dental Assoxiation”という誤字を見つけたら偽物だそうです。ってか、ニセモノダからって手ぇ抜くな!もっと真面目に作れよみたいな(笑)
2007年06月21日
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ガス爆発!ってか東京のど真ん中で凄いですねー。しかも温泉って、なんかよーわかりませんが、お亡くなりになった犠牲者の皆様のご冥福を慎んでお祈り申し上げます。しかし、最近の事件、事故って、下手なドラマより意外な展開で、ちょっとついていけませんね。みんなどこかのネジが狂っちゃってんですかね。まあ、もともと人間なんて生物自体が、生態系から狂った存在なんですから、あたりまえっちゃあ当たり前かもしれません。このところ私の住む南洋諸島もやたら暑くて、地球温暖化をヒシヒシと感じています。平均気温で摂氏32度はあると思います(熱!とにかくホントに熱いです(笑)かといって温暖化政策でエアコンの使用を止めたら、たぶん死人が出るでしょうね、間違いなく(笑)日本みたいに、適当に暑くなったり寒くなったりしてくれれば、それなりに凌ぎ方もあるのでしょうが、一年中暑いところで、暑さを我慢しろっていったら、イコール今の生活を棄てろってことです(笑)まあ、道楽親爺的にはそれも悪くないかななんて思っちゃったりしますけどね。朝早く起きて一仕事。お昼から夕方の涼しくなる時分までお昼寝。日没までに一仕事。夜は一家団欒で星を見ながら晩ご飯。そんな漫画みたいな生活になるのでしょうか(笑)でもね、これが案外できないんですよ、ワレワレには。文化と言うか、文明と言うか、ワガママと言うか(笑)、便利な暮らしを知ってしまった者は、退行するような生活はまず無理でしょう。2~3日だったらそれなりに楽しめます。体験コースみたいな(笑)でも、本当に自然の中で暮らすことなんてのは、ほぼ不可能でしょう。そんなことを考えていたら、またしても思いも寄らないニュースが飛び込んできました。「ホテルや旅館で使われている中国製歯磨き粉から、大量に飲むと健康被害の恐れがある毒物性物質ジエチレングリコールが検出されたため、製造販売会社が自主回収を始めたと発表されました。~厚生省より」ちなみに米食品医薬品局FDAも今月から、ジエチレングリコール検出を理由に中国製歯磨き粉の使用自粛を米国内で呼びかけています。ちょっと怪しい感じもしないでもないですが、何があっても驚きません。相手は中国ですから(笑)なんかこのところ中国の生産物がやたらと問題になっているのは偶然でしょうか。でも、ラ○オンとかサン○ターとかの全製品も、日本の工場で作っているのでしょうかね?パッケージとかチューブなんてのは大抵中国製ですよね。中味は良くても、入れ物から毒物が検出されたとかなったらどーすんだろ?安さを追い求めた結果がこんなことなんですかね。そりゃ、原価を落として利益を得るってのも、ビジネスの基本かも知れませんが、なんでも限度ってのがあります。前にも書きましたが、120%売っても儲からない運賃で商売してたJALなんていうのは、もうアホの典型ですね。安く、安く、って言ってるうちに、しまいにはお客にお金払って飛行機に乗ってもらってたんですから、「安い」を叫ぶのもそろそろ潮時じゃないんでしょうか。ってか、それって裏を返せば、今までどんだけボロ儲けしてきたんだよ、てことにも繋がるので、中々正体は現せません(笑)笑っちゃうのは、そーゆー、大手の隙間を縫って「安売り」で成功した業者が、いつのまにか「正当価格」をうたっちゃったりしてるのが可笑しいですよね。でもって、大手が「安さ」に力を入れたりして、もう、何がなんだかわかりません。結局、そーゆーことやってる人たちが一番わかってないのかもしれませんね。やはり「安いにはワケがある」を肝に銘じるべきでしょう、これからの時代は(爆)
2007年06月20日
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全国のどーらく者の皆様こんにちは。南の島の道楽親爺がお送りするあんまり役に立たないブログで、ひと休みして下さい。最近やたらと「地球温暖化」が叫ばれていますが、どうもニッポン人気質というのは、こういった掛け声みたいなのが好きなようでして、メディアがちょっと煽ると、ネコも杓子もお題目のように同じことを言い出します。まあ、掛け声かけた分だけ皆が意識を持って何かを変えようとすれば、それは効果的なんでしょうが、言ってることとやってることが違うっつーのも世の慣わしみたいなもんで、この「温暖化」に対して、ワレワレ庶民は一体何をしたら良いのでしょうかね?ニッポンの場合、掛け声かけて団体行動ってのは比較的容易だと思いますから、誰かがきちんとした「行動方法」を示せば、割とカタチのある行為にはなっていくと思うんですけどね。しかも、有名人とか高感度の高い著名人とかが声を上げれば、かなりの効果が期待できると思います。石原都知事とか、たけしさんとか、瀬戸内寂聴さんとか、三輪明宏さんとか、ハマコーさんとか、東国原知事とか(こらこら)、そんな人たちが「これをやりましょう!」みたいなことメディアで煽ったら、一発でしょうね。安倍ちゃんじゃダメだろうね、やっぱり(笑)こーゆーのは、理屈抜きで一般庶民が「参った」って言っちゃいそうな人物じゃないとだめでしょうね。それがたとえ奇人でも変人でも、影響力が強ければ具体的な力となることは間違いありません。アメリカのゴアさんなんかはやっぱ凄いですよね、映画まで作っちゃって世界を回っていますもんね。なんかニッポンってこういう啓蒙活動みたいなことって苦手ですよね。そのくせオウムとか、ねずみ講(笑)とかすぐに走りたがりますよね、庶民は(笑)なんでだろう? ちょっと不思議に思いませんか。アフリカの飢餓を救うとか、希少動物の絶滅保護とか、愛は地球を救うとか、感情に飲み込まれやすいものは比較的浸透しやすいのに、もっと大本の一番大切な自然環境について、みたいなデカイ話になっちゃうと急にトーンダウンしちゃうのは何でですかね。道楽ジジイが思うに、これはひとつの「癒し系行為」だと思うんですね。つまり感情移入できるボランティアというのは、自分の目の前の現実はそのまんまにしておいて、「人のため」とか「愛の行為」とかに浸れるからだと思うんですね。不自由の無い万全な生活の中で、ちょっとだけ、貧しい人たちに施しをする心の余裕、これが実は本人の癒しに繋がるからではないでしょうか。片や、温暖化対策なんていうと、実際の自分の生活に入りこんでこられちゃうからメンドーなんですね。だって、この対策っていうのは、先進国の便利さを否定するところからスタートするわけですから、法規制でもかけて足並み揃えていく以外は無理だと思います。誰だって、自分だけ不便な思いしてまでやってられるかってなことになります。しかも、あまり突っ込んで行っちゃうと、資本主義経済を動かしている企業問題にもぶつかりますから、的を射るような政策にしていくのは難しいでしょうね。それでも確実に環境破壊は日々進んでいるのですから、そのうちドッカーン!ってな日がきちゃうかもしれませんね。ジャッジメント・デイってやつですか(笑)昨日「ターミネーター3」見ちゃったもんで(爆!
2007年06月18日
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いや~、なんだか今週は怒涛の1週間って感じでしたね。道楽親爺も、なんと52歳になってしまったのですよ。52年も生きてるなんて、自分でも信じられませんね(笑)若い頃は、自分がジジイになることなんて想像すらつきませんでしたが(笑)、結局はなるのですねぇ~、一人前のジジイに(爆)ということで、若い皆様も決して目の前の現実に憂うことなく、自らの人生を自らの気持ちに従ってお歩き下さい。心配はいりません。あなたもいつかは、絶対に立派な「お年寄り」になれるのですから。そして、人は皆間違いなく一度は死ななければならないのですから、それまでは無理して死のうなどと思わず思い切って人生を楽しみましょう(笑)さて、このところ妙な忙しさにかまけて、ちっとも非生産活動を推進していない私ですが、これは委員長として大変に恥ずかしく、また、皆様に申し訳ないと思っております。(笑)バカなことしてなくてごめんね(笑)ってか生きてるだけで十分バカだろとお思いの方もいらっしゃるでしょうが、これでもそれなりに悩みながらも一生懸命生きているのです。ただひとつ、体質というか才能というか、ものごとに対してまじめになれないという弱点というか強みというか(笑)、しょーもなない特技があるのです。(ってかそれって技かよ?)まあ、正直言って真面目さに欠けるって表現がぴったりな私です。すぐふざけちゃうんですよね。ってか、ふざけないと生きていけないみたいな。この体質の根底にあるのは、やはり私なりの哲学「人生はジョークだ!」ってのがあるんです。なんか月並みな言葉のようですけど、人間の世界って、本当に冗談だと思ってるんです。だから、どんなにシリアスなことでも、どんなにムツカシー顔してノーガキたれていても、心の中は常に醒めているみたいな感じなんですよね。身近な例で言うと、晩飯時のテレビニュースなんてのがわかりやすいですね。メシ喰いながら人の不幸の心配とかしてる自分が、やたらと可笑しく思えちゃうんですよね。「う~ん、大変だね、北朝鮮も、食い物がなくて」とか言いながら、ゴハンを口に運んでいる自分が笑えますね(笑)更に、「絶滅寸前のトキ、人工孵化に成功」とかのニュースの合間にフライドチキンのCMが流れたりとかね。そうやって身の回りのものを見渡してみると人間ってかなりデタラメですよね。実は、そーゆーデタラメなことを解っていてやってるヤツ、っていうのを突き止めてみたいというのが、この非生産活動推進委員会の真の目的なのです。(おおっ~!)解らずにデタラメをやっている人を責めてはいけません(笑)私も昔は何もわからずデタラメなことを随分と繰り返してしまいました。まあ、いわゆる「世間」と呼ばれる得体の知れないものが、このデタラメさから人を遠ざけているのです。そんな私も、ようやく52歳のジジイになって、このデタラメさの本質に少しずつ気が付き始めたのです(笑)デタラメな世の中でデタラメなことをすると真実が見えてくる。(おお~っ!)これぞ究極の道楽、非生産活動の極めつけです。(ばかやろう!)その昔、映画界の巨匠と呼ばれた黒澤明監督の映画で「狂った世の中で気が狂ったんなら、それは本気だ」っていうのがありましたが、そういう狂い方をしてみたいもんです。ちなみにその映画は「乱」です。この前もギャグネタでひとつ書きましたが、テレビニュースで時々流れるコメントに、「ただいまのニュースで事実と異なっていた部分があるので訂正いたします」ってのも良く考えたらムチャクチャ可笑しいでしょ?テレビは事実と異なったことを流してはいけないって言ってるわけですよね。これって、ニュース番組だけが事実を伝えてるってことなんですかね。え~、1週間の疲れが見え隠れする道楽親爺のくだらないノーガキにお付き合い頂きましてありがとうございました。謹んでお喜び申し上げます(爆!みなさま、どうぞ良い週末をお迎え下さい。
2007年06月16日
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今日は、道楽親爺の日記メモです。時間差攻撃でカード届きました。YUKI姐さんありがとうございました。なんだかまとめて歳喰ったような感じです(笑) 食物責めみたいな~ゲップ(笑)これで3年くらいは御祝い無しで頑張れそうです(爆SHUN兄のくれた本「都市伝説」ウケました。道楽者の皆様にはお薦めの1冊です。なんか妙に説得力の有る馬鹿話のオムニバスでした。ってか、中味は割と濃い目です(笑)関 暁夫著ハローバイバイ・関暁夫の都市伝説―信じるか信じないかはあなた次第 信じるか信じないは貴方次第。このセリフがこれほどピッタシに本もないでしょう。ということで、「信じるか信じないは貴方次第」という本をもうひとつ。杉浦 一機著 地に墜ちた日本航空―果たして自主再建できるのかなんつったってこれは日本航空の実体を描いた力作です(笑)ってか、小説ではありません。これはノンフィクション・ルポです。実は、私は3年ほど前に、当時のJASの千○社長に会ったことがあるのですが、その時社長はこの道楽親爺に向かって「今のまんまじゃロード・ファクター100%でも赤字」などと平気な顔をしておっしゃったのでした。(マジです)でもってその翌年、世界各地でJALの路線撤退が行われました。私の住むサイパンも全面撤退というデタラメな決断をされ、地元民はすぐに結束して陳情に行きました。そしてJAL本社で陳情団を迎えてくれたF常務は、「ロード・ファクター120%でも赤字」とコイたのでした。え~、ここでチョイ説明をしておきますが、ロード・ファクターというのは、いわゆる稼働率みたいなもんでして、座席数の販売率とお考え下さい。ですから、100席の航空座席が満席で100%ということになります。ということは、この日本を代表する一流企業の最高幹部責任者は、世界の何処にあるのかすらわからないような南方の小さな島の、たかだか100室にも満たない小さなリゾートの、どこの馬の骨ともわからんようなマネージャー(この私です)に向かって、いけしゃあしゃあと「日本航空は100%座席を売捌いてもまだ赤字」と言ったのです。更に、その親方日の丸、本社のF常務は「120%でも赤字」などと言い放ったのです。飛行機につり革は付いてねーぞ!バカヤロウ!新幹線とか特急ひかりとかだったら120%は可能です。立ち席や新聞紙広げたりして(笑)座り込んでも許されますが、飛行機は100席だったら100席しか乗れないのです。こんな発言をもっともらしく垂れたこの方たちは、撤退、路線休止の最後の最後まできちんとした説明にも来ませんでした。駅前商店街でたこ焼きを焼いているおっちゃんだって、1日、どう頑張っても100個しか焼けないたこ焼きを「120個売ったら儲かるんだけどなぁ」とは絶対に言いませんね(笑)日本を代表する大企業を動かしている役員には、経営責任というものはないのでしょうか?あたかも評論家のような発言、しかも小学生だってわかりそうなこんな計算式すら理解できずに飛行機を飛ばしているのでしょうか?こんな私の体験は、あまりにもショックと言うかジョークというか、今まであまりにもバカバカしすぎて話す気にもならなかったのですが、なんとこの本には、福岡県で同様に行われた陳情に対し、同じ役員がまったく同じセリフを言ったことが活字として載っていたのです。これでもう言い逃れはできねーぞ!ってな感じです。こんなアホタレが、ニッポンの一等地に並ぶデカイビルでふんぞり返っていると思ったら、思い出したように腹が立ってきた道楽親爺です。そのうち、もっとデカイ媒体でメチャクチャ書いてやろうと決意したジジイでした。2年前にも「きちんとした説明を求める」という書簡を送りつけましたが、なんだかんだと言い訳をこいて、そのF常務はとうとう一度も顔を出しませんでした。いまだに来てません。待ってろよー、ジジイのリベンジ、怒涛の書き込みで責めてやるからなー!覚悟しろよ。オレはしつこいぞー(笑)(やっぱ2ちゃんねるかな?笑)(あー、ちょっとすっきりした・笑)ということで、最後にもう一冊、気になる本を御紹介してお別れです(笑)鈴木宗男 佐藤優 共著「反省 私たちはなぜ失敗したのか?」タイトルが良いですねー(笑)目次はこんな感じです。目次 第1章 国策捜査のカラクリ反省1 まさか検察があそこまでやるとは思いませんでした反省2 検察の杜撰さは、まったく予想外でした反省3 裁判所がここまで検察ベッタリの偏向姿勢だとは、理解不足でした反省4 国家権力のメディア操作に、すっかり乗せられてしまいました反省5 メディアと外務省の黒い友情を、黙認していました第2章 権力の罠反省6 権力のそばにいて、前しか見えませんでした反省7 男の嫉妬、ヤキモチに鈍感すぎました反省8 自分の力を過小評価して、声を上げなさすぎました反省9 歴代首相や組織トップから、重用されすぎました第3章 外務省の嘘反省10 外務省の一部にある反ユダヤ主義に、足もとをすくわれました反省11 外務官僚の無能さが、私たちの理解を超えていました反省12 外務官僚のカネの汚さは、想像を絶するものでした反省13 非常識な賭け麻雀に、見て見ぬふりをしていました反省14 外務省の官僚たちのたかり行為に、素直に応じすぎました反省15 外務省が仕掛けた田中眞紀子さんとのケンカに、乗せられました反省16 共産党に外交秘密を流すほどの謀略能力は、予想していませんでした反省17 外務省にはびこる自己保身・無責任体制を見逃しました反省18 外務省を大いに応援し、不必要に守りすぎました第4章 「死んだ麦」から芽生えるもの反省19 超大国アメリカという存在に、鈍感すぎました反省20 「二元外交」批判に、もっと毅然として反撃すべきでした反省21 日本外交の停滞を招き、国益を大きく損ねてしまいました反省22 これまで外務省改革の処方箋を、提示できませんでした反省23 日本外交の将来像について、あまりに語ってきませんでした第5章 見えてきたこと反省24 支持者、同僚、部下たちに多大な迷惑をかけました反省25 かけがえのない友に心配をかけてしまいました反省26 信じ続けてくれた家族に大変な苦労をかけましたどうです?おもしろそうでしょう?正直言って、私も未だ読んでないんですけど、この目次見ただけでかなり楽しめそうです。屁理屈好きの道楽者には絶対お薦めでしょう(笑)
2007年06月15日
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ってことで、千葉のSOUL BRO.& SIS.を見送ってまいりました。あとは無事飛んでくれる事を祈るばかりです(笑)North Westは世界有数のスバラシイ航空会社ですから、ひと月に最低2回のキャンセルはお約束みたいなもんです(爆)明日はイベントらしいので、なんとか無事に帰国してもらいたいものです。そういえば前回は、出発が遅れたせいで「ライブ」見逃したんでしたっけ。今回、イベントは明日だから、最悪明日でも間に合うかなぁ~。。。。まあ、そんなこんなで楽しい3日間をありがとうございました。「ヒトヤマ当てたらみんなで面白いことしよう!」という、道楽者ならではの合言葉とお約束で、惜しむお別れをしました(笑)しかし、お馬鹿な青春を生きた戦友もみな50歳あたりをうろつく年頃になって、少しは大人になったのかなぁ~と思ったりもしましたが、あんまり変わっちゃいませんね(爆)多少は屁理屈が増えたってことで、まともなジジイには見えますが、結局中味はあんまり変わっていないということに気が付いて、逆にほっとしたりなんかして、更に戦友も同じだとわかってひと安心みたいなところでしょうか(笑)全国の戦友の皆様、更には我々爺婆の後に続く、ロクデナシ道楽者の皆様、ご安心下さい、とりあえず50歳まではそのまんまで行けます(爆)此処から先は前人未到の領域ですが、たぶんこのまんま道楽に明け暮れて年老いていくことでしょう。(はっきり言って自信はありませんが・汗)こんだけデタラメな生き方してきても、なんかそれなりに生きてるから不思議です。ですから、多少目の前の現実が厳しくて辛いことがあっても、ヘラヘラと生き抜いて下さい。何か目標を持って頑張るのも素晴らしいことですが、どうせ道楽者の皆さんの未来ですから、夢の大きさと現実のギャップは大きければ大きいほど、お楽しみだし、間違っても死のうなどと思わないように心がけましょう。つい最近あった実話ですが、3歳の子供が原因不明の病気に苛まれ、近所の病院で明日には死ぬでしょうと言われた親がいました。それでも一縷の望みを託し、米軍に依頼してジェット機でハワイの病院に搬送してもらいました。ひと月後、奇跡的とも思えれる回復を経て、来週には日本に帰国します。運が味方したのでしょうか。何はともあれ、この3歳の子供の命は繋がりました。治療費? 保険を使っても残金は80万ドル、約9千6百万円。ハワイの病院での入院費は1日100万円と言われ、米軍ジェットの輸送費が200万円と言われ、手術代が500万と言われ、頭の中ではまるでタクシーのメーターがカシャカシャ上がるようだったと言ってました。それでもその時は子供の命を救って欲しいという一念だけで、たとえ何億円掛かっても構わないと思ったそうです。そのときお見舞いに行った友人は、その親子の姿を見て、今の自分の悩みがどれほど小さいかと思って反省したらしいです。ところが、その生死の境をさまよった親子ですが、一命を取り留めたとなると、夢から醒めたような現実が急に襲ってきたとも言ってました。この治療費どうすんだ?一生かかっても返せないかも知れないって。無責任なギャラリーの会話。「そりゃ、やっぱ踏み倒すしかないだろうな」「退院させてくれたってことは、踏み倒しても良いってことなんじゃねーの」「米軍からは一切連絡が来ないって言ってたね」「そりゃ軍隊なんだから、請求書は発行しないんじゃないの」「アメリカだからさ、100年返済とかの証書でも受けてくれるんじゃねーの」「しかしさあ、今回のことで思ったんだけどさ、これって貧乏人は死ねってことだよね」「ああ、今回は旦那がたまたま軍のツテがあったから無理できたけどさ、フツーだったら、とっくに死んでただろうな」ということで、現実はあるがままに受け入れた方が勝ちです。(えっ?)だから、与えられた命を全うしましょう。どうせ、あなただって間違いなく死ぬのですから、いつかは。だから、それまではテキトーに生きて行こうじゃありませんか(笑)生きてりゃ楽しい事だってあります。良いときばかりの人生でもないですケド。
2007年06月14日
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え~、先日から千葉唯一のSOUL BAR & DISCO(ってか肩書きはよーわかりませんが・笑)の戦友お二人が、年老いたディスコ野郎(笑)の慰問に来てくれてまして、昨夜は地元でもちょっと異色なお店でSOULFULなディナーを楽しませて頂きました。以前にもこのブログでちょっと御紹介させてもらったことがありますが、昭和40年代あたりから以降の歌謡曲ってか、演歌ってか、ニューミュージックってか、そんな歌が流れる居酒屋で馬鹿話に盛り上がったのです。(ってか、それってソウルフルなの?)では、そのソウルフル・ナイトの現場レポートをお楽しみ下さい。「じゃあさ、今日は例のお店行ってみる?昭和歌謡で盛り上がっちゃう店・笑」てな具合で、ジジイの案内でメイン・ストリートからはドンと外れた大通りにあるひっそりとしたビルの前に到着した一行は、駐車スペースにぎっしりと停まっている車を見て、ちょっとビビリました。「ありゃ~、今日は混んでんのかなぁ」戦友お二人はやや不安な表情。これって単なるオフィスビルだけど、こんなとこに居酒屋があるの?みたいな無言のメッセージを背中で感じつつ、ドアを開ける道楽親爺。いらっしゃ~い!と客だか従業員だかわからない地元常連から声が掛かりました。「あ~、今日は一杯だねー」とちょっと引き気味の道楽親爺。「3人?大丈夫、大丈夫、ほらここ空いてるから」と、何故かおなじみの常連さんが、ちょっとボックス風のテーブルに案内してくれました。「へぇ~、こりゃあ本当に日本の居酒屋だね」と感心するお客人。「そうでしょ、ここまでやるか、って店でしょ?」もちろんBGMに流れているのは三人の時代にピッタシの昭和歌謡です。ってことで、あーだこーだ、評論を垂れること約15分以上。水を持ってくるでもなければ、オーダーを取りに来る気配もなし。少々、この状況を飲み込めないお客人、いつものように気が利く姐さんが立ち上がってメニューを頼むと、「ハイ」という良いお返事でメニューだけが運ばれてきました。。。。。。。。。。更に10分経過。そこで、道楽親爺のもったいぶった解説が入ります。「あのねー、ここは趣味のお店だから、忍耐が必要なの。客に媚を売らないっていうか、料理が好きなオヤジの趣味の店だから、地味ぃ~に待つしかないのね(汗)」「それにしてもこんだけ繁盛してるんだから、味は良いんでしょうねぇ」(とチョイ疑惑?)「味はね、美味いよ。だって趣味で料理作ってんだから。客の気持ちなんかカンケーないのね。自分の気に入った料理を作ることだけに拘った店だから」かれこれ20分ほど経過した頃、ようやくフィリッピーナの女給が小さな黒板を持ってやって来ました。黒板には白いチョークでギッシリと今日のお薦めメニューが書き込まれています。そのメニュー群を見てさすがに兄さんも姐さんも驚きの表情は隠せません。「クエのから揚げ、鮭のみそ焼き、めかぶにおつまみ天ぷら、・・・・・」まあ、日本では当たり前なメニュー群でしょうから、オーダーはトントンと進みます。「あのね、趣味の料理だから、御飯ものは先に頼んどいた方が良いよ。飲み終わった頃、そろそろ仕上げにメシ喰うぞっていっても、そこから大体、平均で20~30分は掛かるからね(笑)」「ん~、じゃあアタシはウナ玉丼にしようっと」「そんじゃ、こっちはおにぎりでも頼んどく?」「でも、こんなにツマミ頼んじゃったから、御飯食べれるかなぁ~」「じゃあさ、一人1個づつにしとこうか。ここのおにぎりデッカイから」「そうだね、じゃあそうしとこおうかな」「はいはい、じゃあ、鮭のおにぎり二つね、ツー、TWOよ、わかる、大丈夫?」「ハイ、ダイジョブ、サケノオニギリ、ツー・オーダーネ」てな調子で、結構ポンポンと頼んでしまいましたが、意外とオーダーは早めに出てきました。ってかひとつずつだけどね(笑)「思ったより早いじゃん」手当たり次第にパクつく3人はしっかり、この店のムードにはまりつつありました。「日本でもこんなに真面目な居酒屋って少ないよね」「料理だって、これ全部手作りだしね。味もいけてるよこれ。ただね、量がちょっと多いかなって感じ?」「だから言ったでしょ。趣味だから、料理作るのが好きなんだから、量も自分の気持ちを精一杯現してるワケよ」まあ、大方のオーダーがテーブルに並び、お酒も少々回ってきて、ちょっといい気分みたいなところで、忘れてた「クエの塩焼き」の登場です。「えっ?忘れてたよクエ。もうお腹一杯ってか、食えよクエってか?」駄洒落も苦しいくらいにお腹も張ってきた3人のまえに、からっと揚ったクエの頭が鎮座しております。「美味いよこれ。でもこれが先に出てきて欲しかったなぁ。ってか、オレはこれだけで充分だったかも知れない。ゲプっ・・・」更に、ハーイ、オマチドサマ、なんて舌っ足らずの日本語でウナ玉丼が運ばれてきました。なんなんだこの時間差攻撃は。。。。と言いつつも無理に口に運ぶ3人。。。ゲプっ。ハーイ、オニキリデス。トドメだぁ~、みたいな(笑)「で、でけぇ~、なんだよこれ、ひとつで2個分はあるぜ」お皿には大きなお茶碗を重ねたくらいのおにぎりが二つ、3人を威嚇していました。「私の聞き違いじゃなければもう一個来るよ」「えっ?まさか、オレ、ちゃんと二つって言ったはずだけどなぁ~、まさかふたつって・・・・」「でも、ワンモアって言ってたよ、確かに。まだ耳はモウロクしてないから(笑)」オマチドーサマ。ドッカーン!来ちゃったよ、ふた皿。「ツー、オーダーデショ?」だって。。。。。。。。結局、これはお持ち帰りのテイクアウトとなりました。今朝もまだ胸焼けが少々・・・・。ってか、どこがSOULFULだったんだよ(爆!お腹がフル!(バカヤロウ)
2007年06月13日
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ってか、いきなりですが、今日はすごく当たり前なノーガキです(笑)ビンボーに苦しむ道楽者の皆様、私も思い切りビンボーです(爆)しかし、このビンボーってヤツは意外と奥行きが深くて、簡単に語れないところが少々厄介です。たとえば、我家のビンボーと地元低額所得者のビンボーを比べた場合、どう贔屓目に見ても我家のビンボーの方が贅沢です。しかし、これを日本在住のいわゆる平均的日本人家庭と比べてみると、やはり我家のビンボーは10点満点中5点くらいの位置付けになります。(そうなの?)でもって、更にこの視点を海外に向けて、イタリア人の平均的家庭の生活水準と比べてみると、何を基準にするかで迷ってしまいます(笑)ってか、たまたま知り合いがフィレンツェに住んでるもんで、例にとっただけですから、特に深い意味などありません(爆)回りくどいこと言ってないで、結論から言え!って怒られそうですが、私の現在の生活環境を見渡すと、これはもうジョークとしか思えないようなビンボーが多数混在してるわけです。上から下まであまりにも幅が広すぎて、果たして「ビンボー」の存在とは一体なんなんだろうという疑問が湧いてきてしまうのです。さっき低額所得者と言いましたが、では一体いくらが低額所得かっていうと、平均月収$500くらいが基準値です。え~日本円でいうと6万円から7万円ってとこでしょうか。もちろん独り者もいれば、これで家族4~5人なんてのもあります。南方系は多産系ですから、多いところだと10人家族くらいがこの月収で生活しています。マジですよ。ただ、社会保障みたいな米国の支援がありますから、まあ、これにフードスタンプ(食料品引換券)が$300くらい付くのでしょうか。多めに見て労働収入$600に支援金$400で約$1,000が月の生活費として、家賃やら光熱費やら、子供がいれば養育費やらを払って現金収入はほぼ放出、食費はフードスタンプで賄う、みたいなのがパターンです。更に、フィリッピンとかバングラデッシュとか、他国からの出稼ぎ人は、アメリカ人としての生活支援は受けられませんから、労働所得だけで生活し、かつ母国の家族に仕送りまでしています。どんな生活なんだろうって思われるでしょ?ちょっと想像つきませんね。ザクッと表現しちゃうと、ほぼ廃墟に近い一軒屋とかを借りて、数人で生活します。家賃はというと、そうですね、月200ドルくらいですか。(日本円にして2万4千円くらい?)これを4人とか5人で割って住みます。もちろん食事も皆で負担して作ります。バス・トイレは配管は付いていますけど、自分たちで修理して使います。だから、殆どの家は水シャワーです。ってか南国だから、別にお湯じゃなくてもOKみたいな(笑)余談ですが、こうした人たちに、日本人がお風呂のお湯がぬるいと言って文句を言うと、「コレワ、オユデス」と強引に言われます(笑)もうひとつ重要なポイントが、私らみたいな高給取り(ってかここでの話ですよあくまでも・笑)も、彼らのような貧困層も、同じ食材を同じスーパーで買ってるってことです。もちろん、食材に限らず、衣料品だって同じものを買ってき着てるんです。それって凄くないですか?どこか知らないアジアの果ての民と自分を比べてるんじゃなくて、同じ環境にこうした各種カテゴリーの生活圏が混在してるんですよ(笑)ってことは、私だって、その水準で生活可能ってことですよね。じゃあ、私の生活基準はなんなんだっていうと、それはやはり日本人の価値基準で測られているってことなんですよね。その基準を守ろうとすると、ビンボーになっちゃうんです(笑)こうした各国のバラバラな生活基準がひとつの島の中に共存してるってことが、どれだけ凄いことなのか、これは住んでる人にしかわからないかもしれませんが(笑)、こうした異種格闘技戦みたいな生活環境の現場に、たまに招待されることがあります。そうした共同体家族(っていうか同居者)の子供の誕生日とか、特別な御祝いとかいうパーティに招かれることが時々あるのです。凄いでしょ、この生活で、自国に仕送りまでして、更にパーティーまでやっちゃうんですから。そんなところに出張った日は必ず彼らが羨ましくなります(マジですよ)「ああ、オレもフィリッピン人だったら良かったのになぁ」ってな感じです。何故かって? そりゃ、なんてったって今を楽しんでるからなんです。たぶん彼らは将来のことを考えたりすると、その時点ですべてが完結してしまうから、目の前にある現実を消化することに集中してるんですね。比べて、私はというと、将来襲ってくるであろう「苦労」に怯えてすったもんだしてるわけです。あ~金がない、とか、あ~美味いもん喰いたい、とか、そんなことで悩んだりしてるわけですね。もっと言っちゃうと、24時間ちゃんとお水が出てくるお風呂とか水洗トイレとかじゃなきゃ暮らせないし、冷房器具が取り付けてある部屋じゃなきゃ眠れないとか、そんなことを当たり前のこととして、自分の基準に則って生活してるんです。え~少々愚痴っぽくなりましたが(笑)、別に深い意味はありません。ただ思ったことを言ったまでですから、どうか皆様はあまり深く考えないで下さい(笑)あんまり深く感が過ぎるとロクなことにはなりませんので、くれぐれもご注意下さい。ひとつだけ、どうしても言っておきたかったのは、「すべてビンボーが悪い!」ってことだけです(爆)ご賛同頂けましたら、是非皆様も「ビンボーの治し方」についてひとつ御検討頂ければ幸いかと存じます。
2007年06月12日
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いや~、昨日の日曜日は久々に丸々一日のんびりと過ごしました。ビデオも片っ端から見たし、秋刀魚も焼いたし(笑)、子供とも買い物行ったし、思い残すことはなんもありません。ってか、おかげで今日は、朝から後遺症でやや頭がぼんやりしてます。ってかいつものことなんですケド(笑)でもって、昨日のビデオでひとつオマケみたいな映画があったので、そいつを肴にちょっとノーガキたれときます(笑)実は、この映画、流しっぱなしにして見ていた録画DVDの中に収録されていたもので、偶然ぶち当たったものでした。本当にたまたま見ていたテレビでやってたって感じです。以前、この原作が気になっていたこともあったので、テレビ画面にこのタイトルが出てきた瞬間、なんか「当たり!」みたいな感じでちょっと嬉しかったですね(笑)原作は小川洋子さんの小説で、第一回本屋大賞を受賞した作品です。出版当時、あちこちで随分と評判が良かったので、興味はあったのですが、私は「さんすう」が大の苦手でして(笑)、文章に数字とか数式とかが出てきたら嫌だなぁって、ちょっと敬遠していたんですね。そんなチョイわけアリ(笑)小説だったので、偶然にもその映画が見られるってことで、日曜日のほんのささやかなシヤワセをもらった気分でした。でもって、お話はというと、事故が原因で1日たった80分しか記憶が持続しない数学博士の家に、家政婦としてやってきた女性、そしてその子供の心の触れ合いが織り成す人間ドラマといったところでしょうか。本を読んでいないので原作と映画の違いがよくわかりませんが、中々良く出来た映画だと思いました。数学~数式を、人生と人間に暗喩していく手法がとても上手だと思いました。特に私のような数字大嫌い人間が、すんなりと入りこめたくらいですから、原作の感性を殺さずにうまく描かれていたのではないかと推測できます。この手のドラマは理屈に拘りすぎて、説明に頼らざるを得ないような展開になりがちですが、なんとかこの映画は、その説明しない部分をうまく役者の立ち回りで表現できていたのではないかと思います。無理して原作を読まなくてもこれで充分でした。まあ、さほど感動もしませんでしたが、なんかほっとする映画だったことには間違いありません。あと、私の母親も家政婦をしていたので、なんか自分の子供の頃の記憶が交錯して、ちょっと感情移入しすぎた部分もあるかもしれません。ウチの場合は、ばあちゃんがいたし、こんなに明るい家庭じゃなかったんですけど、なんかね、このドラマに出てくる母子家庭の少年の心がちょっとわかるみたいな感じでしたね。ドラマの最後は「数式」に込められた博士の愛情、というか人生哲学みたいなものが、それこそ数学的に、明快かつ啓蒙的に表現されていて、屁理屈好きの道楽親爺にはうってつけでした。おかげで久しぶりに哲学的ロマンの世界にワープしました。「ゼロ」の概念っていうのがね、とても良かったです。ともすれば権威的哲学みたいなことになりそうな理屈も、すんなりと聞けたし、その説明の仕方がとても良かったですね。しかし、1日80分の記憶しか持続できないって設定、ある意味羨ましいです(笑)何やったって、すぐ忘れちゃうんだから。もちろん、これは病気という設定ですけど、アルツハイマーみたいに、全ての記憶が失われていくってことではありませんから、都合よく考えれば、毎日、日々これが新しい現実ってことで、案外シヤワセかもしれません、この博士は(笑)そういえば以前読んだ養老孟子先生の本でも言ってたんですけど、「昨日の自分なんてどこにあるの?」ってのを思い出しました。養老先生は、昨日の自分なんてものは有り得ないって言ってますね。つまり、昨日の自分というのは、自分が行った行動の記録、つまり、単なる「情報」でしかないって言っておられます。もし、「昨日の自分」っていうのがいたら、ここに連れて来てくれ(笑)とも言ってましたっけ。これも単なる屁理屈ですか?
2007年06月11日
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久しぶりに昨夜は、な~~~んも考えずに朝方までテレビ見てました。とにかく積みっぱなしのDVDの山を、手当たり次第に片っ端から見ていきました。バラエティあり、ドラマあり、歌番あり、ちょっと見てつまらなそうだったら、パス!っで、失われた過去の2週間分を一気に取り戻したみたいな感じでした。ひとつ心にど~んと来たのが、我が故郷、世田谷の街が紹介されていた「アドホック天国・人情路面電車の旅」でした。世田谷区民なら誰でも知っている「世田谷線」にスポットを当てて、その路線周辺を探索するという、かなりニッチな番組(笑)でした。昔は「玉電」と呼ばれてたこのチンチン電車は、渋谷-三軒茶屋(ここで分岐して)下高井戸と二子玉川を結んでいました。現在は、下高井戸と三軒茶屋の間、約5kmしか走っていませんが、10数年ぶりに懐かしい景色を見ることができて嬉しかったです。(姐さんありがとうございました・笑)各駅ごとに思い出がぎっしり詰まっていて、久しぶりに故郷が偲ばれました(笑)しかし、三軒茶屋なんてもう、昔の面影はまったくありませんね。下高井戸は母親が10年くらい前まで住んでましたから、子供たちも懐かしがって見てました。もう自分の跡形なんてとっくの昔に無くなっちゃってますが、やっぱり私にとっては、この界隈が自分の故郷なんでしょうね。ということで、シミジミしたところで、せっかくだからと、「懐かしのフォーク」ってヤツを見ることにしました。これは、昭和40年代、いわゆる団塊の世代の青春群像(笑)みたいな、フォークの大御所が集うという企画モノでした。最近(ってか良く知りませんが)、つまこいコンサートなる催しがあったそうで、昔の若者(笑)でごった返したなんて言ってました。オープニングは「我が良き友よ」ムッシュ・かまやつさん他出演者合唱(笑)~下駄を鳴らしてヤツが来る~、腰に手拭いぶら下げて~結構、懐かしかったです。なんかこーゆーほのぼのとした感じ=フォークって感じがしますよね。続いて「戦争を知らない子供たち」~ジローズ、杉田二郎さんですか。これはあんまりピンと来なかったなぁ。当時もあまり好きじゃなったし(笑)後はもうヒットメドレーみたいに、かぐや姫だの拓郎だのハナだチョーチンだと、オンパレードでした。途中で森山良子さんが「なだそうそう」を歌ってたのに、ちょっと聞き入ってしまいました。ってか、これって今の歌じゃん、みたいな感じでしたが、この後、アリスとかが登場してきたあたりでギブアップ(笑)、やっぱりダメでしたぁ~。まあ、せいぜいが「赤ちょうちん」あたりまででしょうかね、辛抱できたのは(爆どうも、フォークギターでがなりたてて歌うってのがダメですね、私には(笑)これ、あくまでも個人的なセンスですから、フォーク・ファンの皆様、どうか気を悪くなさらないで下さい(汗;どうも、この手のパフォーマンスって、押し付けがましいってか、屁理屈くさいっつーか、なんかインテリを否定した似非不良みたいな感じがしてしまうんですよね(なんじゃそりゃ)加藤登紀子さんみたいな、あーゆーのが苦手ですね。ジジイになってもやっぱりダメでした(爆!だから、正直言って、長渕剛さんとかもダメですねぇ~。なんかあーゆー、もろに「オレは不良だ!」っていうような歌詞とかを臆面もなく歌われると、力が抜けますね(笑)やっぱ、不良って言うのは、シャイな部分が詩になるからカッコ良いので、そのまんまを乱暴な口調で歌うっつーのがね、たまりません(笑)ということで、なんか口直しにないかなぁ~って探したら「ビギン・コンサート」ってのがあったので、早速プレイ。。。。。。。。ヨカッタです。巷で言われている「癒し系」、わかるような気がします。なんかね、ほっとしたし、つい口ずさんでしまう、みたいな、ほのぼのしたものがありました。トークでね、面白いこと言ってた。なんでも、彼らは東京で20年やった後、今沖縄にもどってるらいんですけど、生活の主軸が「沖縄」だって言ってるんですね。どういうことかというと、東京では、彼らの仕事、つまり演奏活動が何よりも優先で、生活のパターンが組まれていくのに対して、沖縄では、その前に婆ちゃんの面倒見たり、親戚の用事に行ったりするのが優先で、仕事の優先順位は3番目くらいになっているそうなんですね。「仕事があるんだけど、まあ良いか、こっちの方が大事だもんね」みたいな感覚が自分の中にあるって言うんです。それで最後に一言。「これが本当の普通の暮らしなんかなぁ~。沖縄の時間で生きてるから」理屈じゃなかったですね。そうなんですね、生まれた土地の時間で生きるってこと、良い響きの言葉でした。なんかね、そういう故郷っていうのがあるってことがうらやましかったですね。世田谷にはそういう時間はありませんから(笑)ってか、そういう土着の民と共に流れている時間ってのが、東京には少ないですよね。でも、私にはサイパンがある(笑)この島の時間もゆったりしてますよ~。
2007年06月10日
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全国のろくでなしファンの皆様こんにちは。最近、雑用に追われる道楽親爺のくだらないブログで、一週間の疲れを癒していただければ幸甚と存じます。なんちゃって(笑)ってことで、ようやくやって来ました週末の土曜日。なんかこのところ慌しい毎日が続いていたもんで、なんかひと息ついたって感じです。でもって、今日はちょっと愚痴っぽくなるかもしれませんが、超個人的ひとりごとをだらだらと書かせてもらいますので、御用の無い方は軽~く、すっ飛ばして下さい(笑)とにかく、このところゆっくりモノを考える暇も無いほどバタバタしておりまして、それというのも遊びと仕事と道楽をいっぺんにやっちゃおうなどと、とんでもないことを思いついたせいで、結局はタコが自分の足を食っているような状況となりつつあります(泣)そんなわけで、道楽親爺の楽しみのひとつ「戦友会」もこのところご無沙汰で、なんか、もう収拾がつかなくなってきてしまってます。ホントに。ビデオも満足に見てないので、明日こそは久々に、一気に道楽の限りを尽くそうかと思っています。しかし、このところテレビのイベントのような「謝罪会見」ですが、あれってもうちょっと何とかなんないですかね。折りたたみの長テーブルにジジイたちが横一列に並んで、「申し訳ございませんでした」って、なんか毎度御馴染みになっちゃいましたよね。要領を得ない質疑応答でグダグタした後、「はい時間です」みたいにジジイたちが一斉に立ち上がって頭を下げる、バシャバシャとフラッシュの渦、ってか、ホントもう見飽きましたね、いいかげん。セリフもワンパターンで「慎んでお詫び申し上げます」とか「深く反省しております」とか、なんか儀式化してきてませんか?悪いことしたら、この所作書式で謝って下さい、みたいなマニュアルみたいなのがありそうですよね。セリフもちゃんと「実例集」(笑)みたいなのがあって、幹部連中が一生懸命選択するみたいなね。でもって仕出屋みたいなのに電話して「不祥事謝罪セット1つ。う~ん、今回は公務員絡んでないから、5万円の竹セットでお願い。イスは3つで良いから」みたいなね、業者発注したりして。それにしても、メディアもメディアですね。どーしてこういうワンパターンを指摘したり、もうちょっと違う演出で視聴率稼ごうとか思わないんですかね(笑)。ってか、そのメディアも同じパターンで頭下げてるくらいだから、もうニッポンのメディアとかジャーナリズムなんてのも、とっくに死んじゃってるんでしょうね。どうせなら、時代劇風セットかなんかで、ジジイたちの膝の上に石かなんか積んで、遠山の金さんみたいな代官風の恰好した司会者が、瓦版屋みたいな記者たちから質問を受けるなんて趣向が面白いですよネ。記者「今回の件は社長の指図だったと手下の者が申しておるのを聞いております」司会「ふむ、このように申しておるが、社長、その方、異論はないか?」社長「私はそのような指図をした覚えはございません」司会「その方の申すことに偽りはないな?よし、ならば石をもうひとつ乗せてみよう」てなことで、公開拷問みたいにして、根を吐くまで苛めるとかね。あと、記者会見の後の控え室にドッキリカメラが入るなんてのも面白いですよね。楽屋に引っ込んだジジイ連中の前に関係者が出てきて、「なんか検察側では、取締役幹部ではなくて、現場の責任者引っ張って納めるとかいう話になってきてます」とか言ったりして、ジジイ連中がすっかり気が緩んで本音が出始めたら、ドッキリ「おとり捜査」のプラカードを持った警視庁の捜査官とか出てきて「はい、お疲れさんでした」とか言って手錠をかけたりしてね。てか、こんなジョークよりも現実の方がはるかに冗談キツイですよね。話はぶっ飛びますが、最近ジジイ的にヒジョウーに面白かったネタがありましたので、これをひとつ御紹介して、今日は終わりとさせて頂きます(笑)「ではテレビ討論会を始めます」「北朝鮮への経済制裁はどうなってるんかね?」「ええ、やってますよ、それも厳しくやってるんですけど、あんまり効果がありません」「なるほど、どうりで、この前買ったパチンコ必勝ガイドの出版元が外務省だったわけだ」「そういえば、パチンコ屋で打ち止め4連チャンしながら経済制裁してやるー!って怒鳴ってたオヤジが居たなぁ」「でも、そのパチンコ屋、ミナミって言うんだけど、それって制裁になってるわけ?」え~、只今の放送の中に事実と違うことがありましたので、お詫びして訂正させて頂きます。「えっ?テレビでは事実と違うことを言ってはいけなかったのか。し、知らなかった!」(終劇)明日は日曜日。お仕事の人も居るでしょうが、私は休みです。朝の気分次第でブログを書くかどうかが決まります(笑)ということで、道楽者の皆様も楽しい日曜日をお過ごし下さい。
2007年06月09日
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なんだよ、いきなりって感じですが、御馴染みどっぷりタイムラグの南洋諸島からくだらないお話です。道楽者の皆様、週末の一時、しばしの憩いをお楽しみ下さい(笑)実は、今日のタイトル「すーすーすー」は博多弁なんです(えっ?)といってもたぶんわからないでしょうが、随分と前に千葉唯一のディスコ「ZOOM」のYUKI姐さんから送ってもらったテレビドラマ「東京タワー」が今、サイパンでブレイクしてるんです(ってか、かなりニッチな身内ウケなんですけど)いったい、どんだけ遅れてるんだよ、おまえらは、ってな感じですが、このドラマの福岡訛りが最近やたらウケちゃって、なにかっつーと「したらね」とか「くらわすぞ!」とか言っては身内ウケしてるんです。中でも一番大ウケしたのが、タイトルの「すーすーすー」なんです。これは私の部下に福岡出身者がおりまして、もとは彼がこのドラマっつーか原作っつーか、大変興味を持っていたらしいんですケド、こいつ、私に聞くのがちょっと遅かったもんで、残念ながら原作本はとっくにUSインディアナに飛んでしまった後でした。そんで、ドラマならあるから貸してやるよってことで、このドラマが在留邦人のニッチ・マーケット(笑)に出回ったのでした。ってなことで、このDVDが回り始めるきっかけが福岡出身の彼だったことから、彼のお国自慢を酒の肴にと、皆で囲んで福岡弁で盛り上がる今日この頃なのでした(笑)でもって、話を戻しますと、「すーすーすー」というのは、冬場の会話で「(風が)すうすうする」って表現です。(なんだよ、そのまんまじゃん)はい、確かにそのまんまなんですけど、これが、ちょっと日本語のわかる現地人とかに言うと、きょとんとして「それって日本語?」みたいな顔されるのがやたら可笑しくて、それ以来、その福岡出身者と顔合わせる度に「すーすーすー」って言うのが流行っちゃったんですね。くだらねーおっさんばかりですみません(笑)よっぽど日常生活に面白いことがないのでしょう(爆!そんなバカ話の最後は「したらね」って言い合って、別れて行きます。(あーあ)しかし、福岡訛りっつーか博多弁っつーか、結構面白いもんがありますよね。ちょっとビビったのが「ぼてくりこかす」でしたね。なんでもボコボコにする、みたいな表現らしいです。語感がね、なんかゲンコツでやたら頭を殴られる感じですね(笑)なんでも、福岡でも、ある地域では方言が違って言葉が通じないトコもあるそうです。その福岡出身の部下は「タガワ」の山を越えると鬼が出ると言われて育ったそうです。たぶん筑豊炭鉱の部落とかの話だと思います。本人も知らない時代のことなんでしょう。「花と龍」とか「青春の門」とかの舞台になった地方ですね。そういえば最近、博多花丸、大吉って福岡出身の漫才コンビがウケてるみたいですけど、彼らも堂々と博多弁使ってますよね。こーゆーお国柄ってのが出てるエンターテイメントって、味があっていいですよね。アマチュア系で栃木弁の漫才ってのも面白かったですね。そう考えると津軽弁とかでDJやってた「いなかっぺい」さん、なんてのは、時代を先取りしてたんですかね。沖縄パワーも今じゃ当たり前になってきてるし、こーゆー個性を大事にしたエンターティナーは「色物」扱いされるからリスクも大きいですけど、たまに見ると凄く新鮮で楽しいですね。まあ、沖縄カラーはなんといっても「ビギン」の貢献度が高いでしょうね。せっかくだから道楽親爺は、海外に出た日本語の、日本逆輸入ってのにチャレンジしてみようかな(笑)
2007年06月08日
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時たま、っていうか、突然昔のことが甦ってきたりすることがあります。自分でも妙な気がするんですけど、意味もなく突然、昔のこととか思い出したりするんですね。でも、そーゆー思い出って、嫌なことばかりだから不思議です。あんまり良い思いでは甦ってこないんです。やっぱ年のせいかなぁ(笑)私の場合、18歳で水商売っていうか、ディスコ業界に入って27歳までどっぷり浸かって、その後足を洗って3年ほどカタギ(でもないか)の暮らしを経て、30歳でサイパンにやって来たので、戦友の皆様が体験したディスコの終焉はこの目で見てはいないんですよね。まあ、よく言えば一番よい時代を生きて、そのままの想い出を抱えて今日まで生きてきたという、ちょっとシヤワセなヤツかもしれません。だから、ディスコの想い出っていうのも1982年あたりでブチっと切れているんですね。その後は、せいぜい風の噂を耳にした(笑)くらいで、実際にその後の業界がどんな風になっていったかはまったく知りません。だからこそ、昔のシーンをはっきりと覚えていたりできるのかもしれませんね。時々、初対面の人とかに「日本でも同じ御仕事されてたんですか?」って聞かれることがありますが、いつも返答に困ってしまいます。だって、私自身の中での日本=若い時代=ディスコですから、「はい、昔は死ぬほど踊っていました」とか「DJやってました」とかはね、やっぱ言えませんよね(笑)かといって、ディスコ業界以外のことなんて殆ど知りませんから、履歴に関する質問が一番困ります。「おとーさん、日本でどんな仕事してたの?」なんて、時々自分の子供に聞かれることもあるんですけど、「ディスコで踊ってた」としか言いようがないんですよね(笑)あとはせいぜい「DJやってた」とか言うくらいのもんで、本当にそれしかやってなかったから答えようがないんですよね。まあ、子供ならそれですみますけど、これが大人の場合だと殊更やっかいです。たいていの場合が社交辞令的に「ずっとこのオシゴトされてきたんですか?」みたいな質問にはね、ちょっと悩みますね。そりゃ、現在も昔の仕事の延長線上にいるよう自分だったら、別に惜しげもなく率直に言えますけど、なんせ今はそれなりにフツーのジジイを演じてますから、もし「昔はディスコで働いていたんです」なんて言うとね、なんかワザとウケ狙ってるみたいに思われるだろうし、逆に「昔、オレは悪だった」みたいなね、なんか臭いヤツ(そーゆージジイがいるんですよ、けっこう・笑)とかにも思われたくないし、中々ムツカシー年頃なんですよ(笑)とりあえず当たり障りのない回答として「水商売を少々嗜んでおりました」(笑)とか、「営業関係です」みたいなね(笑)営業には違いありませんから(爆別に、自分の履歴を恥ずかしいとも思わないし、隠しているわけでもないのですが、やはり立場上、あまり正直に言っちゃうと、周りが引いちゃう場合もあるので、一応こうした遠まわしな表現もある程度マナーかなとも思っているんです。先に言った、「ウケ狙い」のつまらないジジイとかにもなりたくないし、独りよがりの「悪ぶり親爺」みたいにも思われたくないし、かといって、対面的にも会社の人間とかが誤解されるのも困るし、これでも結構気を使っているのです、道楽親爺としては(笑)特に現在の私は過去の姿の微塵もありませんから、やっぱ浮いちゃいますよね。だから、男の履歴は顔とか行動で示すしかないと思って、時々カラオケでシャウトしちゃったり、踊っちゃったり、ラップしちゃたりとか、小出しにしてアピールしてるんです。なんかタダモノじゃない、このジジイは。みたいなね、そんな表現が自分的には一番カッコいいかななんて思ってるんですよ(笑)でもって実際はどうかっていうと、フィリッピーナにはやたら人気者のジジイになれますが、日本人の皆様には中々、このジジイのセンスがわかってもらえません。「へぇ~、英語の歌とかよく知ってるんですねぇ~」とか「若いですねぇ~、お子様の影響ですか~」とか言われて笑われるのが関の山です(笑)だから、どうしてもプライベートでお友達になっちゃうのはフィリピン人が多いですね。年なんか、もう親子ほど離れていたリするんですけど、一緒に踊ったりすると「ダンス、ウマイネ」とか素直に褒めてくれるし、昔のヒットソング、スタンダードなアメリカン・ポップスとかも一緒に歌ったりして、一緒に遊べちゃうから不思議です。でもね、「よく知ってんなぁ~、こんなオールドソング」って言うと、「ムカシ、ママガヨクウタッテクレタカラ」なんて返事が返ってくると、ドッカーン!って感じです。オレ達は親子かよ~みたいなね。「じゃあ、今度おかーさん紹介して」とは、さすがに言いませんけどね(爆!
2007年06月07日
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昨晩、御飯を食べていたヨメが突然沈黙を破って叫んだのでした。「これよ、これっ!私らのお金がまさにこれなのよ」なんなんだよ、いきなりって感じでしたが、ヨメは食べかけの御飯を噛みながらテレビを指差しました。テレビは毎度御馴染みNHKニュース(こればっかりでゴメンね・笑)、「行方不明の年金」問題で、役所の窓口に住民が殺到というものでした。「私らのお金もここに入っているんだよね」そうです。確かに私ら夫婦は日本に居るとき、約10年ばかり毎月コツコツと国民年金を払っていたことがあるのです。「だからって金が戻ってくるわけじゃねーだろ」といつもクールな道楽親爺。「そーゆーことじゃなくて、私らのお金がうやむやにされるのは許せないの」といつも熱くなるヨメ。「でもよぉ、たかだか10年で20万円にも満たないし、大騒ぎするほどのもんでもないだろ」「私、まだ年金手帳持ってるから、証拠はあるからね」「で、どこに行くの?グタイ的に」「すぐに行かなくたって、いずれ白黒つけなきゃいけないでしょ」「領事館にでも行くのか?」「そういうことじゃなくて、わけのわからないことに使われるってのが許せないでしょ?」「まあなぁ、そりゃそーだけど、テレビに向かってグズグズ言ったところでしょうがねーし」とまあ、そんな具合に私らの年金が今問題になっているわけでして、そう考えてみると、私らのように途中で止めちゃったヤツも少ないでしょうから、こりゃ結構な額が浮いてるわけですよね。チキショー、うめぇことやりやがって、と遅れて腹の立ってきたジジイでした。しかも、証拠がないからって、追い返された人もいるなんて聞かされて、かなりムカついてきた道楽親爺でした。(おせーよ、もっと早く気が付けよ)よおし、こうなったらオレが出張ってノーガキコキまくってやるぞ、と思いましたが、はて、どこにこの怒りをぶつけたら良いのでしょう(笑)まさか、いくら道楽者だからって、そんなことのために高い航空運賃払ってまで日本に出張るほどのモノ好きではありません。ってか、ただ単に金が無いだけなんですけどね(笑)しかしまあ、しょうもないですね、役所仕事なんてのは。窓口で領収書がないからって断れた人たちも気の毒ですけど、私らのように今まで気が付かなかった掛け捨て保険みたいな人たちも、うやむやにされていくのがちょっと悔しいですね。まあ、昔からあまりカタギな仕事をしていたわけじゃないんで、偉そうなことは言えませんが、役所仕事なんてのは、ご近所の皆様のためのご奉仕活動なんですから、もちょっと真面目に対応してあげるべきですよね。たぶん強面のおっさんとか、口うるさいオバちゃんあたりが乗り込んできたときは、それなりに一所懸命調べてくれたりするのでしょうが、気の弱い人や年配の人なんかが相手だとかなり高ビーな態度を取ったりする姿が想像つきますね。そういえば、私も役所で親切にされた経験なんで殆どないですもんね。(ってか人相が悪いからじゃねーの)20年ほど前に年金止めるときも、説明してくれた若いおねーちゃん、まったく要領を得なくて、最後は結局切れちゃいましたね、「もうイイよ、どうせ外国に住んでんだし、ヤメヤメ」みたいなね(笑)今にして思えば、あの時もうちょっとわかり易い説明してもらっていたら、年金に対する考えも変わっていたかもしれません。ってかどっちにしろ払えなかったと思うから同じかな(笑)確か2005年から日米通商条約が改正されて、どちらの国でも交差して年金受給ができるようになったので、当時、年金についてもうちょっと真面目に勉強しておけば良かったと思っています。ってか、今、そう思ってるだけです(爆)ということで、大きなお世話ですが、皆様の年金は大丈夫ですか?義務として払ったものは、権利としてしっかり受け取らなきゃいけません。私らの受給時代には破綻しちゃってるかもしれませんが(笑)、そんなときにはいつでも役所に乗り込んで行って、直談判できるくらいの知識はお持ちになっておくことをお薦めいたします。ってか、ホントに大きなお世話ですか(爆
2007年06月06日
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昨日からマリアナ諸島上空が騒がしいです。今日も朝から米軍のジェット戦闘機がやたら飛び交ってまして、小さな島に爆音が響き渡っています。戦争でも始まるんかいってな感じです。もちろんこれはグアム島にあるアンダーセン空軍基地の軍事演習なのですが、昨日からやけに頻繁に周回しているのでちょっと気になります。ってことで、よく考えてみたら、今夜、米国内務長官とその一行が米国領域のパシフィック・アイランドを視察に来るんですね。つまりこれは、ある意味防衛のための威嚇行為ではないか、と気が付いたジジイでした。先月の25日、ブッシュ大統領は米国の最低賃金法改正(値上げ)法案に署名し、これが60日以内に法制定され、現行の最低賃金時給$5.75が$7.25へとど~んと上がります。この値上げによって税収を上げ、その増収分を継続するイラク戦争の支援資金として使うことが目的です。この法案の通過に際しては、民主党のヒラリー女史はイラク戦線からの米兵撤退資金としての活用を叫んでいましたが、これは大統領が法案を拒否しました。ってか、簡単に言っちゃうと、使用目的が違うだけで賃金アップは行われ、その分の増収がアメリカ政府にもたらされるということです。ということで、ここ北マリアナ諸島も米国領域ですので、この賃金アップの影響を受けます。他にアメリカン・サモアなどが対象となっていますが、もちろんこの区域の最低賃金は米国基準からはかなり低いので、8年という年月をかけてUSスタンダードに持っていくという施策がとられます。そんな政治的動きの中、現地の政治経済を視察するために米国内務省から長官ご一行が来島されるのです。もちろんこの巡航には、沖縄からグアムに移設される海兵隊基地建設が重要なファクターとなっていますから、そんな意味も含めデモンストレーションとして米軍戦闘機が飛び交っているのでしょう。まあ、のどかな島も、ちょっと裏を覗けば大国の利益が見え隠れして、ご多分に漏れず同盟国の日本も基地建設資金を14兆円近く出してますし、大手ゼネコン・建設業者は当然のごとく見返りキックバックで工事を請け負うでしょうから、南海の楽園を舞台にしたバブルの誕生ってことですね。すでにグアム島では不動産バブルの様相を呈しています。海兵隊八千人が住むのですから、そりゃ一大事業ですよね。家族も含めたら1万2千人くらいの人口が増えるってことですから、島の経済も活性化されるし、インフラも改善されるし、生活環境は著しく向上するでしょう。それがシヤワセなのかどうかわかりませんが、元々貧しい小さな島が経済的に潤うってことですから、まあ、誰も否定はしないでしょう。強いて言えば、基地がある分だけ危険のリスクを背負うってこともありますが、このアジア圏内で米軍基地を襲うとしたら、どこの国ですか?北朝鮮?なんか仮想敵国をでっち上げるのも中々大変ですよね。ひょっとしたら、テロがあるかも?まあ、大義名分はどうにでも作れますから、基地を置くって決まった時点でそんなストーリーは出来上がっていると思います。心配なのは、911のように、民衆に危機感を覚えさせるために人命を失わせるようなヤラセ事件だけはやって欲しくないってことですね。世界の正義、アメリカは、利益のためなら自国の大統領まで葬ってしまうような凄い国ですから、何があっても驚きませんが、せめて無人家屋の破壊くらいにしておいて欲しいものです(笑)え~、今日はちょっとマジでノーガキこいてしまいましたが、日米同盟の行方もこの先、目の離せない問題ですね。今のところ北朝鮮と中国が極東アジアのカギを握っているのではないでしょうか。ってことで、また明日。。。。。。(爆!
2007年06月05日
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昨日の日曜日は、このブログの楽天広場がメンテナンスのため午前中のカキコミができず、結局そのまんまほったらかしで外出してしまいました。私の場合、ブログの書き込みはどんなに遅くても午後2時くらいまでが限界で、それを過ぎたら、その日は終わりみたいな感覚がありまして、たとえ夕方、手が空いたとしても、その日の日記は書きません。ってかどーでも良いことなんですが、いちおうそれが私の生活パターンなのです(笑)ってことで、結局昨日はブログはお休みしました。悩める中高年の皆様、全国どーらくマニアの皆様には大変淋しい思いをお掛けしたことと存じ、慎んでお詫び申し上げます(爆)なんちゃって。。。。。(^^;実は昨日、道楽ジジイはちょっとした知り合いに呼ばれ出かけていたのでした。はい、またまたジジイの交遊録、玄人登場です(笑)こちらの方は新宿の某テキヤ系ご一家に所属される方で、最近は右翼団体の会長を務められております。(やれやれ、こんなんばっかですんません)こちらのご一家とは、先代の池田総長時代からのお付き合いがございまして、このSさんともかれこれ15年くらいのお付き合いをさせて頂いております。知り合った頃は、まだお互い若かったので(笑)、それなりの出会いでそれなりの友好関係ということでございましたが、その後なんと二人は同い年と知って、互いにたまげたものでした(笑)そんなこんなしてるうちに「稼業だけじゃ喰っていけないから・・・・」ってことで、建國舎なる団体を立ち上げて、自ら会長の座に座られました。そういえば、数年前にこれら東京の右翼団体をまとめていた「ソウフウシャ」という一大結社の事務所で銃撃戦がありましたっけ。確か赤坂の事務所が住吉会系のヒットマンに襲われ、数人が重軽傷、死者を出す事件だったと思います。まあ、私の場合、そんな危ないお付き合いは殆どありませんから、皆様がこちらに来られたときは一緒に戦没者の慰霊に回るというような関係でございます。JALも飛ばなくなったので、最近ではこの手のお客様もかなり減ってきています。しかし、慰霊の際、供養のためにお持ちになられる菊の御紋の入った煙草やお線香を頂くたびに、言葉にはできない熱いものが胸にこみ上げてきます。6月はサイパン最後の戦いが開始した月ですので、これから終戦記念日の8月15日までは慰霊団や、宗教関係者の方々が数多く来島されます。最近の映画「硫黄島」の影響かもしれませんが、若い人たちの中にもこうした戦史に興味を持つ人も出てきているようです。今朝は、こんな日記を書いている私の頭上を米軍のジェットが演習で飛び交っています。なんだか複雑な気分です。そういえば先週は、沖縄からの遺族会の皆様が慰霊に来られていましたが、もう皆様随分とご高齢になられていて、こうした慰霊団も年月と共に消滅していくのでしょうね。思い出したくもない「戦争」でしょうが、忘れられては欲しくない「戦争」、そんな体験者やご遺族の方々の気持ちが伝わってくるようで、なんとも言えない気分です。ということで、Sさんは、私もつい忘れがちなそんな想いを、思い出させてくれるための関係なのかもしれません。そしていつもいただくお土産、「虎屋の羊羹」、毎回、重い思いをして持ってきて下さるその気持ちが嬉しいのです。お互いに新宿に思い入れのある二人ですから。
2007年06月04日
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のどかな土曜日、皆様いかがお過ごしでしょうか?道楽親爺は、我家の一大イベントも無事終了し、平和な週末を迎えつつあります。お金が有ろうと無かろうと、暇が有ろうが無かろうが、週末は万民のもとに訪れてくれるのです。(なんじゃそりゃ)ということで、相変わらずのビンボー暇だらけ(そのまんまじゃん)の私は、なんと、今日はクライアントのご希望で、あるクスリの購入に出かけてきたのでした。そうです、あの有名なクスリ「バイアグラ」です。(ヤッター!ってか何が?)最近はどこでも手に入るので、こーしたお願いはこのところ少ないのですが、たまにご年配の方(ってか年配しか買わねーだろ)から頼まれることがあるのです。おっさんも好きやねー、って心の中で思いつつも、こーしたものに頼らなきゃならん時代が私にも来るんかなぁ~とか思ったりするジジイでした。こう言うと、なんか私が未だ現役バリバリみたいに聞こえますが、ご多分に漏れず、私もそれ相応と申しますか、歳成りにブルーです(笑)今日はちょっとシモネッタ系も入りますので、上品な方はご遠慮頂く事をお薦めいたします(笑)ってか別にスケベな話じゃありません。まず、このバイアグラ購入の顛末を簡単に御紹介しておきましょう(笑)え~、数年前はこのバイアグラ、日本では医師の処方箋が必要だったので、外国で入手される方が多かったわけです。価格もそれなりにボラれていましたから、いわゆる「密売」系の臭いを醸し出していたんですね。ってことは、御馴染み、中国マフィアみたいな連中の登場です(笑)まあ正直言って、此処でも裏の稼業はほとんどが中国系ですから、やはりそれなりのコネクションを持つのと持たないのでは、ルートも値段も違うし、下手をするとニセモノを掴まされたりして信用を失うこともあるわけです。(ってかなんの自慢してんだよ)かといって、私もすでに20年近くフツーのジジイを演じている関係上(笑)、いくら仕事とはいえ、まさか法に触れるようなことはできません。ここじゃ外国人だし、つまらないことで問題を起こしたら子供たちにも申し訳が立ちませんから、まあ、それなりの余興みたいなことで、こうしたご依頼を受けたりしていたんですね。まあ数年前は、そんな如何わしいところで買う雰囲気を楽しまれる御仁もおりましたので、それはそれ、旅の演出と申しますか、できるだけそれっぽく遊んであげたりしたわけです。ってか、元々ここではバイアグラは違法薬物でもなんでもありませんから、フツーにお土産屋さんとかでも売ってたんですけどね、やっぱ本人が堂々と買いに行くのは恥ずかしいってことで、車の中で取引したりとか、それなりの雰囲気を出して遊んだりしたものでした(笑)後は、やはり数が少なかったせいもあって、相場が変動的だったんですね。だから、こっちの売人よりこっちの方が$10安いとかね、ちょっと雰囲気出して遊んであげたりしたんです(笑)とまあそんな歴史もあって、道楽者は地元の裏稼業人ともまあそれなりのお付き合いがありまして、今日もその昔馴染みの密売人Sに電話をして用意してもらったのです。「もしもし、あ~S? ウン、オレオレ、そうXX。ブイある?じゃ、1つお願い。今から行くから、頼むね」(ブイってとこがちょっと玄人っぽいでしょ?ばかやろう!)でもって、いつもの待ち合わせ場所に着くと、Sは私の車の横にさっと自分の車を付けてきて、素早く私の車の助手席に乗り込んできました。更に無言で小さな黒い包みをそっと運転席の私の膝辺りにねじ込みました。私が丸めたドル札の束を彼の手に握らせると、Sはさっとポケットにねじ込んで車から降りました。ドアを閉めるときに「アリガトネ」と言って、素早く自分の車に乗り込んで行ったのです。(雰囲気出てるでしょ?ばかやろう!)密売人Sは中国人ですが、吉林省付近の朝鮮族なので、朝鮮語も話せるため韓国人マーケットにも顧客がいます。もちろん、本当に危ないものも売ったり買ったりしています。4、5年前に一度、ブランドの偽物商品を闇で売っていたときに、日本の在日系の組織の方に脅されて、ちょっと困っていたことがありました。裏の稼業はそれなりに色々なネットワークが形成されていますから(笑)、彼のようにきちんとした所属がない稼業人は後ろ盾がないので、このようにお金で解決しなければならない問題も沢山あるのです。朝鮮人でもなく中国人でもない、そんな彼の境遇がちょっとジジイ好みだったので、ちょっと力になってあげたりしました。そんな彼の御礼と言えば、やはり極上の女性を差し出すってのが、彼なりの誠意の現れだったのでしょう。思い切り如何わしい「中国カラオケ」に招待されたジジイはそこで、終戦直後の日本の盛り場にタイムスリップしたような世界を体験したのでした。「アー、コノコ、イイヨ、ダイジョブ、コンヤネ、ヘヤツレテクカラ、ブイ、モタセタカラネ」彼の横に居るロングドレスを身にまとった中国女性は、どう見ても私の母親の時代を生きているとしか思えない容姿でありました(笑)もちろん、私は助平なジジイではありますが、さすがにおふくろみたいなクーニャンと一夜を共にするよな根性はありません。ってか、相手がどんなに美人でも、やっぱ此処じゃそーゆーことは出来ませんよね。狭いトコですから。こうした義理は義理でツケにして残しておいた方がいずれは役に立つこともあるので、この御礼はまた今度ということで、その晩は中華料理だけ頂いて帰りました。そんな関係でこの密売人Sは、今でも、私がちょっと面倒な頼みごとをしてもそれなりに手配してくれるありがたい存在でもあります。まあ、当局に引っ張られないことを祈りつつ、それなりの友好関係を保っています。言うなればバイアグラの関係ですか(笑)しかし、このバイアグラってのも、世の中を変えましたよね。まあ、正直って私はまだお世話になるほど萎えていませんが(爆)、結局、男は立ってナンボ(失礼)ってことを証明してしまったようなものですよね(笑)どんなにカッコつけようが、ノーガキここうが、結局役に立たなきゃ男じゃないって、面と向かって言われたようなものではないでしょうか?(ケッコーつらいものがあります)まあ、私もそろそろ賞味期限が切れそうなお年頃ですが(笑)、このお薬を購入されるご年配の方々を見るたびに、いつまでたっても男は立つことに拘るんかなぁ~と、自身の将来を憂う道楽者でございました。
2007年06月02日
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昨日は我家の一大イベント「卒業式」でご多忙してました(笑)なんと、長女と次女のスケジュールが重なってしまったため、父母別々参観ということになってしまいました。田舎に取っちゃ年に一度の大イベントなので、普通は学校同士が相談して、日程を上手く調整するのですが、今年は色々な事情があって、たまたま2校が重なってしまいました。長女は19歳でハイスクール卒業、次女は12歳で小学校卒業です。高校生なら18歳だろ?ってお思いでしょが、ダブったわけではありません(笑)まあ、似たようなものかもしれませんが、ウチの子の場合、英語がネイティブじゃなかったので、幼稚園から1年落としてのスタートだったのです。出生日も2月15日ですから、日本だったら早生まれってことになりますが、こっちは9月新学期ですから、ちょうど良かったのかもしれません。反対に次女は小さい頃から姉兄に鍛えられて育った(笑)ので、K4(4歳からの幼稚園)でデビュー、その後根性で此処まで来ました(笑)さほど頭が良いわけじゃないんですが、さすがに家でお姉ちゃん、お兄ちゃんに揉まれてますから、自立心が強いというか、勝気というか、物怖じしない態度で勝ち抜いた感じです。おかげで、次のジュニアハイはステップが認められて、いきなり2年生からスタートです。なんて言うと、もの凄く出来の良い子みたいに思われるでしょうが、教育費1年分節約ってことで、親と学校の陰謀です(笑)貧しい国ですから、親がきちんとした職業で標準以上の収入がある場合、公立学校への入学が拒否されてしまいます。学校数も少ないし、教師も少ないので、どこも定員オーバーなんですよね。だから、ウチの場合も全員が私立校なんで、費用だけでもバカになりません。ホント、おかげで親は年中ピーピー言ってます。(泣)左がウチの娘です。南洋小太り(笑)典型的な南方系ですね。ということで、次女の卒業式は父親が付き添いました。どこの学校の卒業式も伝統的なスタイルに則って行われるとこが面白いです。でもって、長女の方は母親が付き添いました。しかし、母娘って関係は結構面白いもんですね。もう、この卒業式というイベントを前にして、2週間以上盛り上がってました。高校生になると「プロム」っていうパーティがありまして、女の子はカクテルドレス、男の子はタキシードとかの正装で、ホテルのバンケットとかを使って催されるもうひとつのイベントなんですね。ウチの子はご存知のように、どちらかといえばお調子者系ですから、ひょうきんな恰好で目立ちたいとか、お笑い系で行きたいとか言っては母親を困らせました(笑)っていうか、私の目には、どうも母親が娘を通して自分が楽しんでいるように見えて仕方なかったんですよね。ドレスの色からデザインから、そりゃ、朝から晩まで大騒ぎでしたね(笑)卒業式に友達に送る花束とかレイ(南方系ですから、フラワーレイが定番です)のオーダーとか、やれ造花はダメだ、生花を添えろ、バラだプルメリアだ、ハナだチョーチンだと、それはそれはひどく盛り上がりました。その割には娘はウダウダしてましたね。姉妹でコロコロ南方系でしょ(笑)卒業式ダブルヘッダー(笑)、前半を終了したおとーさんが後半戦に駆けつけたところです。校長先生と記念撮影でした。母親はぐったり疲れて、会場の隅でへたってました(笑)しかし!道楽者一家ですから、こんなにスムーズにENDマークになるわきゃありませんね。実は、このお調子者のおねーちゃん、単位が2つばかり足らなくて補習があるのです。本来ならこの単位を修得するまで卒業させてもらえないんですけど、さすが親譲りの要領の良さで、補習単位前借でなんとか卒業まで漕ぎ付けました。式の後、会場で抱き合ったり、泣いたりする友人たちを前に、「どうせ来週また学校行くんだし、なんかあんまり悲しくないんだよね」とかノタマッタのでございます。「ちょっとは自分の不甲斐なさに悲しくなれよ~」みたいな親の心配をよそに、「今夜アメリカに行っちゃう娘送りに行くから、おとーさん空港までよろしくね」とこの屈託の無さはやはり南方系なのでしょうか。そんな娘は、卒業後の進路は未だに決まっておりません。ウチだってビンボーなんだから「奨学金」申し込まなきゃダメだぞー、なんて言ってるうちに卒業してしまいました(笑)ちなみに、母親はインターネットを屈指したり、ハワイの友人に電話したりと、まるで自分の受験のようにアレヤコレヤと世話を焼いておりました。これも、やはり疑似体験みたいなもので、結構楽しんでいるように思えたのは私の偏見でしょうか(笑)「こっちは、ホノルルから遠いけど、美術系のクラスが充実しているし、こっちはデジタル・アートだから、今時のアートには向いてるケド・・・・・」当の本人は今夜もまたご友人と長電話でゲラゲラと大笑いしております。おとーさんは、一家の財政危機から逃避するようにパソコンの前を離れません。長男は相変わらずPS2とMPにのめりこんでいます。次女だけが現実をシビアに捉えて「お母さん、明日は学校ないから、私がパンケーキ焼くね」と明朝のご朝食の下準備に掛かっておりました。ということで、本日は道楽者一家の特別な1日の顛末を御紹介させて頂きました。
2007年06月01日
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