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http://www.nntt.jac.go.jp/release/updata/20001417.html 今日、サイトで公表されました。 「薔薇の騎士」は決行。但し、7日の公演は中止として、10日が初日に。 指揮者はアルミンクではなくて、マンフレッド・マイヤーホーファーという人。........知らんなぁ。しかし、アルミンクは降りちゃったのね.........................フーン.............. オーケストラは予定通り新日フィル。まぁ、ここは変えることはないか。 歌唱陣は、オックス男爵以外はキャスト変更。オクタヴィアン、ファーニナル、ゾフィーは恐らくアンダースタディの日本人に変更。これが、小粒だなぁ、と..... 新日フィルには、頑張って頂きたいと思います。 4月7日公演のチケットは払い戻し。S・A席の場合は、残席に余裕のある13日、19日、22日の公演への振替も、4月4日から7日の間受け付ける由。 更に、他の公演日の場合も、「来場が困難なお客様」には払い戻しを受け付けるそうです。「来場が困難な」理由までは訊かれないそうですので、「キャストを見て来場が困難になった」というのもあり、なんでしょう、ねぇ..... まぁ、取り敢えずは、今回の判断それ自体は尊重したいと思います。 事実上払い戻しに応じるという対応なのも評価。 ただ、それはそれとして、このキャストは、魅力無いなぁ.....この面々で、高いチケット持ってたら、申し訳無いけれど「払い戻そうかな」と思うと思います。正直。 まぁ、行きますけどね。ただ、アルミンク聞きたさに結構買っていた身としては、正直、一度は行くけど、後はどうしようかな、という気はしています。 それと、この条件で敢えて「薔薇の騎士」公演を決行するのはまぁいいと思うけど、それが新国立劇場として相応しい対応なのかどうか。言い換えれば、今の環境下でどういうつもりで「薔薇の騎士」を上演するのか。まぁ、多くは期待出来ないなぁ、と正直思います。二期会の二線級じゃねぇ..... せめても尾高忠明がピットに入るべきではなかったかなぁ。 まぁ、観てから文句を言うべき、でしょうしね。
2011年03月31日
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http://www.tokyo-harusai.com/news/news_787.html 昨日、果たして「薔薇の騎士」をやるべきや?という話を書きましたが、昨日の内に、これが発表されていたんですね。 東京・春・音楽祭のオペラ公演「ローエングリン」は中止になりましたが、その日程を利用して、9日には室内楽のマラソンコンサート、10日にはN響で第九の公演をやるそうです。指揮はズビン・メータ。フィレンツェ歌劇場公演の中止で帰らざるを余儀なくされたメータが戻って来るそうです。 やっぱりインタビュー記事は本当だったのね..... ただ、この第九、結構なお値段のようではあります。まぁ、チャリティーだから、ありかも知れませんが。 第九はベタだろう、と言われればそうだけれど、そういうことに関わらず、やっぱり、分かりやすいとは思うんですよね。 新国立劇場はどうするんだろうな。先にこの手を使われては、同じ手は二番煎じになりかねない。 正直、今から公演内容を大幅変更するには苦しいタイミングになってきたので、ここまで来るともう中止か決行かどっちかなんですが。何せ初日は7日。後一週間てとこです。 今ここで「薔薇の騎士」をやることの意味が、尚更問われるような気がします。
2011年03月30日
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いや、答えはないんです。ただ、敢えて問いたいと思ってしまったもので。 御存知の通り、「マノン・レスコー」は中止になりました。その判断を最早云々する気は無いんです。 ただ、その後の状況から、つまりは原発事故の不確実性とか、停電の可能性とか、そういったことを考えると、さて、4月の「薔薇の騎士」はどうなるのか。 で、いろんなところを見て回っていたのですが、掲示板の類いとか、ブログとか、色々見ていて、今日になってはたと思い当たったことがあるのです。それは、「薔薇の騎士」の公演について、やってほしいとか、停電があるからやれないだろうとか、要は「出来る出来ない」という議論は結構あるのですが、私が見て回った限りでは、"今「薔薇の騎士」をやるべきなのか?" という議論が見当たらなかったこと。 こういう時に音楽やら芸術やらが力になれるかどうか、ということを議論する気はありません。ただ、例えば、フィレンツェ歌劇場は、地震の後、原発の危険性が叫ばれるや、市長が帰れって命令したから、という理由で、さっさと帰ってしまいました。まぁ、気持ちは分かる。分かるけれど、結局、今そこで苦難に陥っている人を前にして音楽をやるより、自分の命を優先したのは事実。それで止められるのは、結局、彼らの公演が「興行」だからなのだと思います。端的に言えば、そこにそれほどの意味はないのだ、ということだろうと。無理にここでやる必要性は無い、ということだったのだろうと。 まぁ、引越公演というのは結局「お客様」だし、メータは、あくまでそのように語っていただけだけれど、日本のオーケストラに慈善演奏会の打診をしたそうだから、皆が皆そうだとは言わない。 でも、これはファンタジーだと言われるかも知れないけれど、私は、個人的には、オペラが単なる興行以上の意味を持つのか、ということをいつも考えていて。つまりは、もし本気でオペラというものを云々するなら、単なる興行ではなく、それが表象する何事かがあるのではないか、少なくともオペラは芸術だなどと口走ってしまうなら、そういうものについて考えることからは避けられないと思う訳です。 興行だったら、フィレンツェを呼んでくればいいわけです。そうでなくて、わざわざオペラハウスという態を取って、継続的に公演を続けて行くというなら、そういうものを避けては通れないだろうと。 私は、音楽とか芸術とかいうものは、基本的にはそれが根差している社会の反映に過ぎない、と思っています。が、その反映ですらないものは、本当にただの消費対象に過ぎないのだと思います。 その根差している筈の社会である、日本社会が、少なくともその半分は、大きなダメージを受けている。動揺していると言っていいと思います。 その中で、果たして、「薔薇の騎士」を上演することは、オペラの役目として妥当なのか? 別に「薔薇の騎士」が不謹慎だとか、そういうことを言っているのではありません。でも、今の時期というのは、大きく揺さぶられたこの社会が、不安定ながらある種の着地点に向かっている所だと思うのです。基本的に音楽とか芸術というものは、社会の反映に過ぎない。けれど、こういう状況下では、社会に対し音楽とか芸術とか文学とかが、より良く何事かをフィードバックしてくれることが求められるのも事実だと思うのです。 その中で、新国立劇場は「薔薇の騎士」を上演することで、何をフィードバック出来るのか? よく分からないんですよね。 でも、その点を議論しないままに、淡々と、出来る/出来ないの結果として公演をしてしまうというのがいいのかどうか。やらないよりやった方がいい、とは思うんですけど、それだけで終わってしまっていいのか、ちょっと分からないんですよね。
2011年03月29日
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サントリーホール 18:00~ 2階右手 モーツァルト:レクイエム K.626 ~ Intrpitus, Kyrie, Sequentia ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」 ソプラノ:森麻季 メゾソプラノ:竹本節子 テノール:福井敬 バリトン:三原剛 東響コーラス 東京交響楽団 指揮:小林研一郎 先週の3連休はめぼしい公演は殆ど中止、今週も中止が相次ぐ中、東響は中止とは出ていなかったので、電話してみた所、チケットはあります、但し演目は変えます、とのこと。取り敢えず行ってみました。良し悪しはあるんだけど、聞けるものなら聞いておこうかな、と思ったので。 元々のプログラムは、リストやらベルリオーズのテ・デウムやらを予定していて、指揮はユベール・スダーンで、独奏にガヴリリュクを迎えてフランクをやる予定だったのが、指揮者も独奏者も渡航自粛勧告とかで来日キャンセル。 指揮者は小林研一郎、独唱陣を逆に増やして、急遽モーツァルトのレクイエムをラクリモサまで上演。後半はベートーヴェンの英雄。 当然のように、義援金も集めるということで、会場には募金箱が。 行ってみると、流石に週末2回分コンサート類が無くなったからか、会場はかなりの混雑ぶり。そこそこ空きもあったけれど、8割以上は埋まっていたのでは。地震直後のチェコ・フィルの時とは雲泥の差という感じ。ある意味、お客の方も落ち着いて来たんでしょうね。 冒頭、小林研一郎の挨拶と共に、黙祷。そのままレクイエム。 合唱は、東響コーラスをベルリオーズのテ・デウムの予定のまま起用した模様。そのままですから、240人あまりがピット席を埋め尽くしている態。これが、まぁまぁ普通の編成のオケとやるので、合唱がとんでもないことに。加えて、演ってる方の緊張感がやはり尋常ではない。もう抑制なんか効かない合唱がピット席全体から飛んで来る感じで。これは、まぁ、なんというか、今時そう滅多に聞けるものではないのは確か。とはいえ、これは良し悪しを云々するものではないのでしょうね。実際、恐らく準備に1週間あったかどうかというところでしょうし、よく間に合わせたものだと思います。 ......とはいえ、このラクリモサは力入り過ぎだろう、とは思うけれど、こういう時には、聞く方もやる方も、こういうのもありなのでしょう。 終演後、小林研一郎が再度スピーチ。今一度、震災の犠牲者の為に、ラクリモサを再演したいと。拍手は御遠慮下さい、とのことで。 今度は、先にも増して、思い入れの深い、フェルマータの掛かりまくった演奏。うん。まぁ、気持ちは、分かる。 独唱陣は、福井敬以外は急遽起用された面々で、勿論全員これまた慌てて仕上げたのでしょう。まぁ、云々しませんが......でもちょっとだけ言うと、森麻季は.....相変わらず、声は奇麗に響くけど、何歌ってるのかいまいちはっきりしない、か、なぁ、と..... 休憩時間中には、独唱陣がロビーに出て、義援金箱持って募金を集めてました。2階だったから、わざわざ行かなかったけど。 後半は、ベートーヴェンの英雄。 うーん。やっぱり、この曲は、あまり好きではない。よほど上手いオーケストラで聞けば、また印象も変わるんでしょうけれど、それほどでは無かったかな。 まぁ、この曲にしても、急遽アサインしたわけでしょうし、そんな暢気なことを言っていられる身に感謝すべきでしょうし、ね。 とか言いながらまた色々言うのですが、しかし、小林研一郎の指揮、改めてしげしげと眺めてみましたが、よくこの指揮でみんなついて行けるなぁ......出の所の合図とかは割合分かるんだと思うんですが、テンポとか、これで本当に分かるんでしょうか......ある意味凄いなぁ....... 帰り掛けに、募金箱に幾ばくか入れてきました。終演後は小林研一郎も募金箱を持って募ってました。
2011年03月27日
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3月31日、平日だけど後半だけでも聞ければ...と思って買っていた、イアン・ボストリッジのリサイタル@オペラシティ。 延期がアナウンスされていましたが、具体的な日程の案内が来ました。 1月10日だそうです........................................................................................................................ はい?! オペラシティの告知:http://www.operacity.jp/topics.php?number=316 主催元の告知:http://www.pacific-concert.co.jp/ 2012年1月10日(火) 9ヶ月後に延期って...........もう延期じゃないやん(苦笑) 払い戻しにも応じますし、チケットはそのままでもOK、だそうです。 どうなるか分かりませんが、取り敢えず持っておこうと思います。払い戻さないのも業界支援というもの........リスクはありますけどね...... 新日フィルの三重公演が先の週末にありましたが、予定していた指揮者の音楽監督・クリスティアン・アルミンクが来日せずというか出来ずというか、急遽代役を立てたそうです。ということは、恐らく、4月の「薔薇の騎士」の準備に入れないということで......この間の事情はまだ新日フィルでも新国立劇場でもオープンになっていません。 首都圏の計画停電は、4月頃には随分弛むとは思いますが、平日夜に4時間も掛かるオペラをやるのはリスキーだし、どうするのかなぁ。アルミンクもどうするんだろう。新国デビューだったのに.... 東響は、26日の公演について、これまた常任のユベール・スダーン、独奏のアレクサンダー・ガヴリリュクが渡航自粛勧告により来日出来なくなった、とはっきり告知。まぁ、アルミンクも多分同じ理由。 http://www.tokyosymphony.com/concerts/news/news_110322.html そのため、指揮者を小林研一郎に変更。曲目も、ベートーヴェンの「英雄」とモーツァルトの「レクイエム」より、と変更するそうです。歌唱陣は勿論日本人で固めております。 というか、ミューザ川崎が9月まで使えなくなった関係で、東響は相当影響を受ける筈。今、代替策を検討中らしいですが、そもそも指揮者や独奏者が来られるのか? 渡航自粛勧告、っていったら、危ない国に対して出るもの、というのが通り相場だったんだけど、まさか自国が危険な国になるとは...... 都響は4月7日の東京文化会館バースデーコンサートの中止が決定。都響はどちらかというと自粛色が強いのでしょうね。 東フィルとN響は今のところ直近でコンサートが無かったのが幸い。でも、そろそろ4月はどうするか、という話になるかと。 アルゲリッチは別府に来るのか、とか、6月のMETは来るのか、とか、色々影響がまだまだ出そうな勢いです。
2011年03月23日
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サントリーホール 15:00~ P席 チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番 <独奏アンコール> ショパン:夜想曲 op.9-2 ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」 <アンコール> ドヴォルザーク:交響曲第7番~第3楽章 ピアノ:チョ・ソンジン チェコ・フィルハーモニー管弦楽団 指揮:チョン・ミュンフン 地震の前から、色々とごたごたしていて、全然blogに書けていませんでした。書きたいことは色々あるんですけどね。 地震が起きたのは3月11日の金曜日。この日は被災地は勿論のこと首都圏全域で交通が大混乱。12日には新日フィルの公演があったけれど、これは当日朝キャンセルになった。13日、日曜日にはこの公演。正直、金曜日から、ある意味非常に神経ささくれ立った状態だったので(それは誰でも多かれ少なかれそうだったのではないかと)、やるなら行こうと思ってました。 結局、当日まで中止のアナウンスは無し。この時点では、原発も緊急停止後あまり状況が良くない、程度の情報に止まっていたので、交通さえ大丈夫ならやる、という判断だったのではないかと。結局、この日の後の金沢(16日)、名古屋(17日)の公演は、「チェコ政府からの帰国命令により」中止になったそうです。我々からすると金沢や名古屋は問題無いんだけど、まぁ、国の宝だから、仕方ないのかも。ちなみに18日は仙台公演の予定が、状況的に中止、19日のミューザ川崎の公演はホール天井崩落の為中止。仙台公演は、きっと行く予定だった方の多くが被災されたのでしょう。中には命を落とされた方も居られるやも知れません。それを思うと心が痛みます。が、そうは言っても、無事な者は無事な者なりに生活を営んで行かなければならないのだと思います。亡くなられた方々を悼みつつも。まぁ、言葉ではなんとでも言えてしまう、と言ってしまえばそれまでですが。 いや、実際、13日時点でも、まだ我々は事態の全貌を理解していなかったのだと思います。勿論今でも全貌を理解しているのか、疑問は残りますが。 そんな中、やや異様な雰囲気の都内を、サントリーホールへ。 演目、オケ、指揮者、人気の出ない筈のない公演。本来、完売していた筈なのですが、行ってみると大体6割くらいの入り。まぁ、そうでしょう。まだ余震も続く中で、11日の交通大混乱も記憶に新しい。TVでは原発の状況が良くないと伝わって来ている。来ようと思えば来られても、とても行く気になれないという人も多かったのでは。その気持ちも、分かります。 忘れていたのですが、この公演、買っていたのはP席。本来あまり好きではないのですが、この公演結構高かったし、声楽じゃないから、まぁ裏でもいいかと買っていたのでした。 オケが出て来ると、何時にも増しての拍手。そして指揮者登場。何の特別な挨拶も無く、そそくさと指揮棒を振り下ろすチョン・ミュンフン。途端に響く重厚な弦。見た所、14-14-12-10-8くらいの編成だったので、サントリーホールとしてはかなり厚い編成だったと思います。それも低い方に。これが、あのチャイコフスキーの協奏曲の重厚な前奏を弾くのだから、悪かろう筈が無い。弦のチェコフィル、響きのチェコフィル、健在なり。 一昨年の秋、ブロムシュテットで、ブラームスの1番を聞いた時は、これはちょっと暴れ過ぎではないですか?と思わなくもなかったような演奏でしたが、多分それとはそう違わないのだと思います。等質性といったアンサンブルの良さみたいなものは、失われた訳ではないだろうけれど、それが売りではないんですよ、ということなのだと思います。前回は、それをそれほどいいとは、正直思わなかった。ブラームスの1番だったし。でも、今回は、こんな状況の中で聞いていて、そのどっしりとした響きに、ある種の落ち着きを取り戻させてくれた感がありました。 ピアニストのチョ・ソンジンは、ごく年若い男の子でしたが、決してオケに位負けすることなく、いい演奏をしてくれました。 ピット席というのがまた、こういう場合には大当たりなのですね。オーケストラに格段に近い所に居ますし、特に低音パートには、圧倒的にピット席の方が近い訳ですから。腹の底に響いて来る音を一身に浴びるというのはなかなかいいものです。 そして、後半は「新世界より」。良かった。 チョン・ミュンフンも、オーケストラもそうだけれど、チャイコフスキーから一貫して密度の濃い演奏でした。やはり、演奏する側にとっても、ある種異様な雰囲気だったのだと思います。けれども、その中で、決して浮き足立つことなく、プロフェッショナルな、集中力の高い演奏を聞かせてくれました。第2楽章のコール・アングレの「あれ」にしても、第3楽章の躍動感も、最終楽章の一気呵成に突き進むような力強さも。見事、見事。まぁ、こっちも冷静さを欠いていたのではないかな、と思わなくはないけれど。 けれど、この演奏を聞いていて、この48時間ほどの間の、凡そ想像を絶するような事態に接して浮き足立っていた心持を、かなりの部分引き戻されたのも確かです。 私は、音楽を聞いて癒されるなんて冗談じゃないと思っているし、癒しとしての音楽なんて薬にもしたくないと思っています。自分は音楽を聞くことを楽しみとしているけれども、人によってはそうではないとも思う。もし、社会にとって音楽は絶対に必要か、と問われれば、それは優先順位付けの問題に過ぎないし、決して社会全体の要請の中で、優先順位の高い方ではない、と答えると思います。音楽に力はあるのか、と言われれば、そんなもん世迷い言だ、と答えると思います。 けれども、あの狂躁状態の中で、このコンサートを聞けたことは、自分にとっては、やっぱり良かったのだと思います。何がどう、と言われると、曰く言い難いものはあるんですけれどね。 あの第2楽章を聞きながら、今こそフジテレビはあの狂躁状態のニュースを一旦止めて、これを中継すべきだ、とも思ったのも事実。(このコンサート、フジテレビが主催だったのでね)そんなことして何になる、と言われれば、何にもならなかったかも知れないけれど、あれだけ報道各社が煽り立てるように危機を報道し続ける中で、一社くらいちょっとの間だけでもそういうことをしてみるのもいいのじゃないのか、と思ったのは事実です。 音楽に力は無いんですよ、やっぱり。でも、時に、音楽は、聞く人の中から某かの力を引っ張り出す契機になるくらいのことは有り得る、くらいには思うのです。何事かを為すのは、結局は人なのです。 まぁ、私みたいなアチャラカが落ち着かせてもらったところで、どうなる訳でもないんですけどね。 そんな訳なので、コンサートとしては、行って良かった、と思ってはいるけれど、状況が状況だけに、良し悪しというのとは、ちょっと違うんだろうなぁ。
2011年03月21日
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このところの騒ぎで、払い戻し券が続発。本来この時期はコンサート日和なんですよ.... で、色々チェックしていたら、GWの5/6、アンジェラ・ゲオルギューのチケットがだぶっていることが判明!おいおいおい.....どんだけ行きたかったんだ......<自分 なので、B席ですが定価でよければお譲りします(^^; LDだかRDだかだから、いわゆるサイドや裏じゃないし。 というか、GWに来てくれることを祈るばかりです.... 閑話休題。 ラ・フォル・ジュルネの話。 先週のフレンズ先行抽選は、まぁまぁでした。大体が、あんまり入れ込む内容ではないので.... 先行先着もぼちぼち。 で、22日まで、手数料が掛かりますが、ぴあの先行抽選を今やってます。これで大体終わらせたいんですけどね.... その後の予定は、26日から、イープラスとローソンチケットで先行発売。 4月2日から一斉発売です。出来れば2日はもう参戦したくないんだけど...
2011年03月20日
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結局、新国立劇場の中止公演の払い戻しは、4月30日まで期限となりました。 クレームしてみるもんですね...... 実際、被災された方など、事情があってチケットなど準備出来ない人も最後まで救済したい、とのことでした。(まぁそこまではサイトには書いてないんだけど) http://www.nntt.jac.go.jp/release/updata/20001406.html 結果的に対応が改善されたのなら、それはそれでいいと思うんですけどね。だって、こんな事態、誰も経験したことないんだもの..... で、この間は公演中止情報を書き出していたんですが、実際、その後更に公演中止が続々と。この3連休、めぼしい公演は殆ど中止。 正直、それもどうかと思うんですけどね。前にも書いたような気がするけど、平生の日常が送れるなら、それに越したことはないので、平生の日常の暮らしを送るべきだと思うのです。 勿論、そんな状況じゃないのは分かってます。テレビでは、未だに救援が行き届かない被災地の状況が流れ、切り替わった画面では原発の危機的な状況が報じられている。首都圏ではいつ停電するかと戦々恐々、放射能が怖い、放射線が怖い、放射性物質が怖いと恐怖感のみ煽られる。こんな中で日常って!お前は何処ぞの某球団オーナーか!と言われそう。 でも、我々の生活は、日常の生活を送ることで営まれる経済活動が支えているのも事実。その中で、過度の自粛に走るのは、それはどうなんだろう、という気はします。まぁ、あのオーナーなんかは、かなり利己主義的な理由で言っているとしか思えず、しかもそのことを自分でもよく分かってないという状況かと思うので、もうなんともなんですけども。 問題は、日常を取り戻すことだと思うのです。被災地で、殆ど命の危険にさらされているような状態で、餓えと寒さに震えている人達のことを思うと、のんびり外食してていいのか、という気分になるのは分かるけれど、端的な言い方をすれば、それで飯を食わなければ被災者が助かる訳ではない。それを我慢することは、例えば水や保存糧食を買い集めるなどということはともかく、普通は被災者を本当に助けることにはならない。むしろ自己満足ではないのかと。 この週末なんかは仕方ないと思うんですけどね。さすがに。気持ち的にも。 でも、それを過ぎたら、無理にでも日常に戻るしかないんだと思うのです。 或いは、それを鈍感だと罵る向きもあるとは思うのです。でも、それは何かおかしいと思うのです。 敢えて言えば、品の問題、でしょうか。 例えば、今の原発騒ぎ。確かに極めて深刻かつ憂慮すべき事態なのはその通りだとは思うのですが。でも、皆大騒ぎする割には、原発のことをなーんにも知らないんですね。別に熟知している必要はない。でも、原発とはどういうもので、放射性物質というのは何故危ないのか、何故発熱してるのか、そういう仕組みを全然知らないままに、自分で調べようともしない。結果、政府や東電の言っていることは信じられないと、自分の無知=理解力不足を棚に上げて文句を言い、不信感を募らせ、挙げ句に反原発団体やら論者やらの言うことを鵜呑みにし始める。 ここには、自己を見つめる眼差しが欠けているのです。自分で知らないのを棚に上げて、「分からない」を「嘘を言っている」「隠蔽している」と他責の形にして騒ぎ出す。決して当局が正しいことを包み隠さず説明出来ているとは言わないけれど、何でもかんでも「当局は信用出来ないからそれとは違うことを言ってる人が真実を言ってるんだ!当局は都合の悪い事実を隠してるに違いない!」という、およそ無責任な発想がある。 結局、自分が知らない、無知であることを認めたくないが故に、信じる旗を変えてる程度の話なんですよね。多分。 それを自分で思ってる分には影響はないけど、人に向かって垂れ流したり、訳の分からん無根拠な当局批判とか、恥ずかしいから止めて欲しいと思うのですけどもね。そんな自分の無知に振り回されてどうする、と。 実業というものに携わったことのない人には分かりにくいのかも知れないけれど、この社会というものは、実に色々な仕組み、システムの集合体として出来ている。その基盤が相当深刻なレベルで壊されてしまっているのが今の状況。TVやネットで見ている限りでは気付かないだろうけれど、別に原発の周りや被災地だけじゃなくて、社会の本当にいろんな所で、今起きていることについてどうやってシステムを元の状態に、或いは現状から見て出来るだけ良い形に修復しているか、各所で悪戦している訳です。それは、決して直接被災者を助けることにはならないかも知れないし、それで原発が沈静化される訳でもない。でも、それはこの広い社会全体を元の状態、或いは出来るだけ良い形に持って行こうとする動きの一部ではあるのです。 それが日常を復活させる、ということだと思うのです。 だから、日常に復帰出来るものは復帰させればいいと思うのです。或いは、今出来る形で最善のものにしていけばいいと思うのです。その成果が我々に日常への復帰の道標となるように。 まぁ、だからってそういう考え方でなければおかしいとは言わないんですが。 停電が落ち着いて来たら、そろそろ、ね。
2011年03月18日
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いや、暫く前に、申し込みに対して回答はあって、あれこれネゴってたんですが。 今日、アレンジ連絡と共に、「ところでチケットはどうしますか?送る代わりに、チケット売り場でキープしておく?」と訊かれました。 こんなことですっかり有名になってしまった日本..........それはそれで問題なんだけど、一方で、こういう配慮を示してくれることが有り難いと言えば有り難い..... 何処ぞの誰かさんとは大違いですな。こういうこと言いたかないけどさ。
2011年03月16日
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新国立劇場から、災害影響で中止した3月公演のマノン・レスコーについて、払い戻しの案内が来ました。それはいいんだけど、案内されたサイトを見たら...... http://www.nntt.jac.go.jp/release/updata/20001394.html ん?「払い戻しを御希望のお客様は」? 所定の用紙をダウンロードして印刷しろ? 3/30必着? 郵送料は客負担? あのですね。一般のお客さんなら、払い戻し方法も多少は仕方ないと思うけど、アトレ会員もそうなるの? かつ、これはあたかも「払い戻してやるから払い戻して欲しかったらこちらの都合に合わせろ」と言わんばかりのように思えるのだけれど、気のせい? 残念ながら、東京・春・音楽祭も中止だそうですが、こちらは、同音楽祭のサイトでチケット購入したお客に対してですが、4/28までに、特定記録郵便で返送、その際は必要事項のメモ(だから書式は自由)を送れ、だそうです。そしたら郵送料も含めて返してくれるとのこと。 これがまともな対応でしょう.... 特定記録郵便で送れ、というのはちょっと念が入り過ぎているけど。 なんか新国立劇場は、というかその運営財団は、ちょこちょこと変なんだよな。
2011年03月15日
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ということはつまり「マノン・レスコーの公演取りやめ」ってことになります。 http://www.nntt.jac.go.jp/release/updata/20001398.html 自粛というより、出来なくなった、という感じで、最初は演出器材が持って来られないからか、と思ったのですが、どうやら停電の影響みたいです。 しかし、それ言い出すと、4月の「薔薇の騎士」の公演も危ない..... まぁ仕方ないんでしょうけど、ちょっとやり方を考えるなりして、来月はなんとかやってもらいたいもんです。被災地が大変なんだから、というのは確かにあるんだけど、普通に出来る人達は普通にするべきだとも思うので...
2011年03月14日
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総務省の行政ポータルサイトです。 首相官邸の記者発表文書、各省庁へのリンク集などがあります。例えば経産省のサイト経由で、原子力安全・保安院の緊急情報などが見られます。文科省のサイトには、大学入試対応情報があります。国税庁のサイトには、被災地域の国税確定申告期限延長対応情報があります。 必要な方、どうぞ。また、周辺に必要としていそうな方が居たら、教えてあげて下さい。 http://www.e-gov.go.jp/
2011年03月14日
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昨日は大変でした...... 直接被災した訳ではないし、正直、電車で都心に通勤してる人よりは相当恵まれてたけれど。 災害に接して無責任に感想を述べたり哀悼の意を表したりするのはあまり節操が無くていやだなとは思うのですが、これだけの激甚災害にあっては、流石に粛然とならざるを得ません。 首都圏も未だ交通は大混乱。今日は新日フィルのコンサートがあったのですが、今朝、中止の発表がサイトに出ていました。 ついでですので、他公演の情報も集めてみました。 新国立劇場:今日、3/12の公演は中止 新国立劇場は、帰宅困難者の受け入れ先になっていたそうですから、ある意味当然かも。 今月の「マノン・レスコー」は大丈夫かな? ミューザ川崎:ホールの天井が落下したとのこと。今日明日に限らず、当面、3月中の公演は中止だそうです。 ..........ええええ!そんなに酷かったの?川崎での揺れって...... その結果、19日のチェコフィルなどもいろいろ中止みたいです。 東京文化会館:本日小ホールで予定の堀米ゆず子のコンサートは中止 あそこの資料室も被害が出たそうで、今日明日は臨時休室、休館日の月曜日を挟んで、15日以降は未定、だそうです。 東京交響楽団:特になし とはいうものの、ミューザ川崎がホームグラウンドなので、既に何公演か中止が決まっているものと思います。昨日の公演は中止になったようだし。 東京オペラシティ コンサートホール:特になし 東響の中止になったコンサートの開場がオペラシティでした。 今日は公演予定ありですが、予定通りだそうです。 東京芸術劇場:今日明日の公演中止 BBCフィル、NODA MAPの公演などが中止だそうです。 みなとみらいホール:今日の小ホール公演は中止だそうです。 日本フィル:サントリーホールで今日公演がありますが、やるそうです。 神戸市室内合奏団:紀尾井ホールでの3/12公演は中止 都心近郊目についた情報を取り敢えず拾ってみました。 東京近郊での被害は、北関東地区を除けば、基本は交通の混乱による影響を考慮して、というのが中心だと思ってたのですが、ミューザ川崎..... 今後、来日出来ない、準備が間に合わない等の理由でキャンセルになるものが出て来るかも知れないですね。 他にも情報があればTBでもコメントでも結構なので宜しくお願いします。 追記:チケットぴあのサイトで、公演中止・払い戻し情報のページがありますが、そちらに今回の地震関連で纏められていますので参考にどうぞ。 http://www.pia.co.jp/t_pia_info/real/index.html
2011年03月12日
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今週は身内に不幸があったりで、全然まともに動けませんでした。やれやれ.... そうこうする内に、いよいよフレンズ先行の抽選販売申込が明日から始まります。 抽選販売は専用サイトからの申込で、3月11日(金)11:00~3月14日(月)18:00の間に申し込み、翌3月15日(火)に結果連絡メールが帰って来るようです。 その週の内に、先着順の先行販売も行われますが、発売開始日は3月17日(木)、つまり平日。それは無理..... 一般発売前に、ローソンやe+でも先行があると思うので、そっち狙いかな。まぁ、今年はいまいちテンション上がってないし、適当に押えて良しとするかなぁ...... ちなみに公式サイトはこちら。 http://www.lfj.jp/lfj_2011/
2011年03月10日
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毎々のコンサートやらの事とは別に書きたいことがちと貯まっている今日この頃なのですが、このところ忙しかったりなんたりで、まとまって書く暇がありませんでした。いや、今も無いんだけども、本当は。 この間、新国立劇場の椿姫を観ながら、藤原歌劇団のニューイヤー椿姫のことを思い出していました。 最後の公演が5,6年前だったか。オーチャードホールで、開場の年かその翌年からだったか、毎年成人の日を中心に、椿姫を3公演ほどやっていたのですが、まだ記憶に新しいところ、と言えるのでしょうか。 「若い人達にオペラに足を運んでもらおう」というコンセプトで、毎年成人の日にやっていたのですが、最終的には「役割を終えた」という理由で止めてしまったんですよね。都合15年くらい続いたのではなかったか。 まぁ、止めた理由も色々あるのだとは思うのですが、確か「役割を終えた」的なコメントに違和感を感じた覚えがあります。 あのニューイヤー椿姫は、その時々でいろんな歌手を起用していて、マリエッラ・デヴィーアやエヴァ・メイを起用したこともあれば、これ誰ですか的な人もあり、日本人歌手もあり、3日連続公演だったので大抵ダブルキャストを組んでいたので、その点でもバラエティに富んでいたという楽しみがありました。 と同時に、毎年毎年同じ演目を繰り返し上演する、その中でも何度か演出を変えていたし、歌手も毎回変わるので、決して陳腐化していたわけではないのです。実際、こういう試みは、新国立劇場では今のところ出来てはいません。精々高校生の為のオペラ教室で蝶々夫人をやっているくらいでしょうか。でも、あれとこれとではちょっと違うんですよね。 日本では、オペラに限らず、演劇でもバレエでも、コンサートだって実はそうなのだけど、舞台を観るということにあまり慣れていない人が多いと思います。というより、舞台を観るということが習慣づいている訳でなく、といって教育を通じて教わっているともいえず、というところではないかと。というより、そもそもああいうのは教わってどうにかなるもんじゃなくて、いわゆる場数を踏むことで、観るべきポイントとか、約束事とか、どうやって事を運んでいくのか、とか、そういうことが分かって来るものではないかと思うのです。 とはいえ場数にも踏み方というものがあって、闇雲に数を観ればいいというものでもない。いや、良い悪いではないんだけれど、言ってみればこれは料理の盛りつけ方とか皿とか食卓の配置とかを見るようなものであって、それ故にその方向に意識を働かさなければ絶対に気付かない種類のものだと思うのですが、とっかえひっかえ見るだけでは目先の変化にのみ気を取られて、結局料理の味は云々しても、周辺のことは分かりません、みたいなことになる。これはテーブルマナーも同じで、幾らいいもの喰ってても、一体なんであなたはそんな汚い食べ方するの、みたいなことになったりする。 それは本質的ではない、と言えばそうなんです。が、やっぱりそうではないんですよね。それは、食事をする以上盛りつけというものがあり、皿があり、食卓があり、食卓をともにする人とのプロトコルというものがある、それを無視していいんだ、というのに等しい。 とはいえ、食事であれば、そういうものにまぁ大抵日に3回は接する機会があり、多くの場合家庭や学校で多かれ少なかれ色々教育されたりする。勿論場数を踏む。それでも尚「なんだろこの人....」という妙な人は居るし、個人差もある。況や舞台芸術に於いてをや。でも、日常的ではない分、舞台芸術の方は分かりにくいんですよね。場数も踏めない。 毎年決まった時期に同じ「椿姫」を観る。というのは、定期的に反復して経験を積む、という意味では、得難い機会だったと思うのです。新国立劇場があるからそれを果たす必要はもうないんだ、というのは止める理由にはなるんだけれど、若い人というのは毎年毎年現れる訳だし、決して止める必要はなかった、と思うんですけどね。むしろ、今年の椿姫は去年のと違うし、一昨年のとも違う、何が同じで何が違う、といったものの見方、考え方、言わば立体的に観ること、懐を深くする、という点で有意義なものだったろうし、今でも十分有意義だと思うんですが、もうやらないんだろうかなぁ。 新国だ外来だ海外だと目移りしそうな感じで観るのも悪くないし、決してお勉強の奨めではないんですが、自分の目の前で展開されているものがどうであるか、より複眼的に見る目というのは、ある程度まで行くとどうしても必要だと思うのですね。 本当は別にそんなもんなくたって困りゃしないんだけど、あんまり薄っぺらいのもどうかと思うんですよね。だからって毎年椿姫見てりゃいいのかっていうと勿論そうではなくて、結局は観る側の意識の問題なんだけど、それでも契機としては十分付加価値があったと思うんですけどね.... いや、もう一つ付け加えれば、やる方にだって同じことは言えるのでありまして.....
2011年03月04日
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