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昨日は、午後から一人で外出。 マッサージに行ったが、先生から「少し肝臓と脾臓がはれているね。」と指摘された。 新年度が始まり会社関係の会食が続いたこと、兄の葬儀のこと、業務が拡大したことなどが重なっていたからだろうと感じている。「もう少し一人でリラックスする時間を取る方が良い。」とアドバイスしていただいた。 英会話のレッスンを受けた後で1年ぶりに歯科検診に行った。 衛生士さんから、「全体に良く磨けていますが、磨き残しのある箇所はやはり一年分の汚れがありますよ。歯周病に?がる可能性もあるので、3回程度きてもらったほうが良いと思います。」と指摘され、先生からも、「治療したところは何とか治まっているが少し手入れに来られたほうがよいですね。」と診断され、結局7月までに3回通院することとなった。帰宅途中で本屋に立ち寄り、娘の受験参考書3冊と清宮克幸氏が書いた「最強のコーチング」を購入した。 家には夜8時ごろに戻った。子供達は夕食を我慢して待ってくれていた。昨夜は、近くのお寿司屋さんで握り寿司を買って、家内が作ってくれたおかずとあわせて出した。 夕食後に、兄貴が送ってくれたDVDの中から、「小さな恋のメロディ」を取り出してきて、息子と2人で観始めた。 この映画は1971年の作品で、僕が中学生の頃にリバイバル放送され、一世を風靡したものだ。僕はもちろん、クラスの男子生徒の多くは、トレーシーハイド演じるMelodyちゃんのファンになり、BEEGEESが歌うサントラを購入しこの映画の話題で盛り上がっていた時期がある。舞台はロンドンの小学校。角川ヘラルド映画は次のように紹介している。 「イギリスのごく普通の家庭に育った小学生ダニエルは、同じクラスの親友トムと学校を抜け出して遊ぶ毎日。ある日、ダニエルはふと覗き見たバレエの授業でメロディという少女に一目惚れをしてしまう。メロディが気になって仕方のないダニエルの想いは、やがて彼女にも伝わっていく。初めてのデート、二人は互いの好意を確かめ合い、学校をさぼって海辺のデートへ、そして結婚の約束までしてしまう。あきれる大人たちをよそに、やきもちを焼いていたトムも二人に協力するため、クラスメートを巻き込んである作戦を立てる・・・。」 兄貴は、僕がこの映画が大好きだった事を覚えていて、生前に僕の為にDVDを購入してくれていたようだ。兄貴は大の映画好きだったので、部屋には沢山の作品が残されている。その中から、僕が好きだった作品や子供達が喜ぶ作品をいくつか送ってくれた。 小さな恋のメロディは、「初恋」にあこがれる多感な中学生達の心を虜にしてしまうような作品だ。中学時代に何度も映画館に足を運んで観たのだが、20歳を過ぎてからはほとんど観ていなかった。息子が映画の舞台となる生徒達と同じ小学5年生になったこともあって、一緒に観ることにした。 中々英語を聞き取ることは難しかったが、それでも、中学時代には字幕でしか理解できなかった内容が少しは理解できるようになっていた。 中学時代にこの映画を観て一度映画の舞台に行ってみたいと感じたこと、映画館に一緒に行った友人達のこと、そして、中学時代にあこがれていた女の子のことなどが一気に思い出された。 息子も、彼なりに真剣に見ていたようだ。映画を観ている最中に、家内から電話があり、バス停まで迎えに行ったのだが、この作品を息子と見ていることを伝えると、「少しずつ多感な年になってきているから、色々感じることがあるんとちゃう。」と言っていた。 僕は、この映画のラストシーンが好きだ。2人でトロッコをこぎながら草原の中を走りぬけてゆく。2人の未来を夢見て、一緒にいたいという思いを乗せてどこまでも続くレールを走り続ける。「僕達には未来があるんだ。」と言わんばかりのシーンだ。何だか、純粋だった中学時代の頃を思い出して、少し新鮮な気持ちになった。 息子にはまだ少し早い映画だったかもしれないが、今度感想を聞いてみたいと思っている。追記:・阪神は、安藤投手が6回無失点の好投とシーツ選手の先制3ランでリードしたが、7回2番手金沢投手が青木選手に痛恨の3ランを浴びて同点とされ雲行きが怪しくなった。ところが、ヤクルトは五十嵐投手、高津投手の四球がらみのチャンスに高井投手のエラーで勝ち越し、8回にも鳥谷選手のソロが飛び出し試合を決めた。・オリックスは新人平野佳寿投手が西武打線を6安打で完封し3勝目を挙げた。日ハムの新人八木智哉投手がソフトバンク打線を9回途中まで2失点に抑え、2勝目を挙げた。今年のパリーグの新人王争いは早くもヒートアップしてきた。
2006年04月30日
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今日からGW突入。初日は家族バラバラに行動する。息子は午前中学校行事、娘は部活後に外出、家内は京都に会合に出かけ、僕は午後から整体⇒英会話⇒歯科検診。連休中に、オーバー40の練習が予定されているのだが、実家に帰るので参加できない。娘も部活一色、息子もソフトと習い事で家族4人で出かけるのは難しいかもしれない。できれば、1日は4人で食事に、1日は家内と2人でランチに出かけたいと思っているのだが・・・。仕事も持ち帰っているが、連休中に鳥小屋と庭の整理はしよう。追記:阪神は、井川が暴投で勝ち越しを許した直後にラロッカに決定的な3ランを浴びてヤクルトに敗れた。エースが崩されての敗戦は本当に痛い。これで貯金1。とにかく、今日は一丸となって勝ちにいってほしい。
2006年04月29日
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昨日は二七日。会社の同僚達と食事をしたあとで実家に帰った。大阪出張が2日連続であるので、実家に戻ることを先週末に母親に伝えていたのだが、実家の玄関を開けると、兄の仏壇の明かり以外は真っ暗な状態だった。誰もいないのかと思って、兄の霊前にお参りにいくと、線香がつけてあった。霊前で手を合わせた後で、2階の寝室にいくと、「誰や」と親父が飛び起きた。二人とも、僕が帰ることはすっかり忘れていたようだ。「そうか、帰ってくるって言うとったな。すっかり忘れてたわ。今日は、色々行くところが多くて、疲れてはように(早くに)寝てしもた。」との弁。母親も寝ぼけながら、「帰ってきたん。」と気づいた様子だった。「ごめん、起こしてしもた。もう寝といて。」と言って、居間に戻った。お風呂に入り、少しくつろいでから眠りについた。今朝、目をさますと、母がすでにおきていて、兄の霊前の前で何か語りかけていた。僕も、朝の挨拶をしにいき、少し母の相手をした。ご近所の方々や元職場の同僚の方々、友人からいただいた花が飾ってあった。母は、花の説明をしながら、兄の思い出を少し語り始めた。「あんたの兄ちゃんは、あんたに嬉しい事があると自分の事のように喜ぶ人やったなあ。」とつぶやいていた。霊前には、母が病室で書き続けた兄の絵日記がおかれている。その数は5冊にもなっていた。母は、その絵を見ながら「書いといてよかったと思うなあ。」と言っていた。三七日は連休中なので顔をだせるが、それ以外は難しそうだ。七七日はきちんと休みを取って送り出してあげたいと思っている。追記:阪神打線が三浦投手を攻略し、9対5で勝って貯金を1にした。鳥谷選手はシングルが出ればサイクル安打という活躍だった。下柳投手も粘投で2勝目をあげた。今岡選手の5タコが気になるが、打線の調子は上向いているように感じる。
2006年04月27日
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阪神は、浜中選手が2本塁打4打点の活躍、矢野選手も本塁打を含む2安打、金本、今岡選手もマルチ安打を放ち、12安打10得点でオフスプリング投手に来日初白星をプレゼントした。浜中選手は、早くも10本塁打。それもマルチ本塁打が3試合と絶好調。「3、4打席あるから、リラックスできる。守って気分よく打席に入れる」とコメントしている。今季は心配だった肩の故障も癒え、堂々のレギュラーだ。矢野選手、今岡選手、金本選手も復調の兆し。岡田監督としても、一つでも貯金を増やして甲子園での巨人との直接対決に望みたいところだろう。追記:今日は二七日。2日間大阪出張なので、実家に泊まろうと思っている。
2006年04月26日
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阪神が、江草-藤川-久保田の同級生トリオの投手リレーに、今岡選手の先制3ラン、金本選手のダメ押しタイムリーを含む15安打で巨人に快勝し、連敗を5で止めた。岡田監督が、「久しぶりの1回の先制点。あの3点が大きかった」と言うように、今岡選手の先制パンチは昨日の勝利への執念を感じさせる一発となった。金本選手も「ここで(連敗を)止めたのは大きい。うちには地力がある。自信を持って戦える」と力強いコメント。昨日の藤川投手、久保田投手のピッチングは昨年を彷彿させる雰囲気があった。あとは、今岡選手、矢野選手の打率が上がってくれば、戦力は整うのではないだろうか。「これで(気持ちの)切り替えができる。当然流れを変えないといけない。」との岡田監督のタクトに期待したい。追記:昨日も、日本ハムの新庄選手が1本塁打を含む3安打と大暴れし、淡口コーチに「打って、守って。きょうは新庄劇場だね。」と言わしめる活躍を見せた。本当に引退するのかと思うパフォーマンスに正直驚いている。
2006年04月24日
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今日は、午前中は家事、午後からは英会話という一日となった。息子をソフトボールの練習に送り出した後で、洗濯機を回し、そのまま、久しぶりに近くの喫茶店に行って、雑誌とスポーツ新聞を読み漁った。自宅に戻ったあとで、洗濯物を片付けて、昼食の準備に入った。メニューは、カレーうどん。昼食を作っている最中に息子がソフトボールから帰ってきた。「お、うまそうやん。」という言葉を残して、「おれ、友達と遊んでくるわ。」と再び外出してしまった。昼食の準備が終わったところで、呼びにいった。息子は「おいしい、おいしい。」と言って食べてくれた。息子が食べ終わったところで、娘が帰宅。娘も、ペロリと平らげてくれた。昼食を終えてから、息子と2人で外出。息子は習い事に、僕は英会話教室に行った。行く途中で、ソフトボールのことを尋ねると、「今日はエラーが3つ、アウトが2つ。打撃は6打数ノーヒットやった。」と教えてくれた。それでも、6年生チームのメンバーに入っているそうだ。「結構しんどいもんやな。」と言っていたが、汚れたユニフォームを見て、楽しんでいる様子が伝わってきた。久しぶりに英会話に行ったが、生徒の一人が小学6年生だったのでビックリした。インターナショナルスクールに通っているそうで、3人の中では、先生とのコミュニケーションが一番取れていた。5月中旬までに読まなければならない本(もちろん原書)があると言っていたのだが、帰り際にその本を見せてもらってまたまたビックリ。親御さんの教育方針もあるのだろうが、凄い時代になったものだと感じた。兄貴を送ってから、1週間がたった。徐々に通常のペースに戻りつつあることを実感している。疲れも、さほど溜まっていないように思う。もう少しでGWだ。あと1週間踏ん張って、GWでリフレッシュしたい。追記:ラグビーワールドカップ・アジア一次予選の日本対韓国は、50対14で日本が完勝したようだ。
2006年04月23日
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息子は、今年から地域のソフトボールチームに参加している。息子の地域はこの時期に子ども会で新チームが発足し、平日も休日も地域の野球好きのご父兄がコーチをし、子供達のお母さんたちも、交代で世話役をして練習している。息子には、ラグビースクールとの掛け持ちなので、スクールの試合などがあるときは、スクールを優先するように伝えているのだが、本人は「俺、野球のほうが良いな。」と主張している。このブログにも書いているが、息子は、ラグビーの試合にはほとんど興味を示さない。小学1年生のときから、夜はプロ野球を見続けているし、休日はケーブルTVを駆使しての3元中継。夏休みにいたっては、朝から高校野球を4試合見たあとで、プロのナイターを見るというほどの野球好きなのだ。その合間に、野球ゲームもする。ラグビースクールに行っている時間と、習い事をしている時間以外は頭の中は野球一色だ。それほど野球が好きなのに、彼は、野球チームには所属したことがない。我々両親の事情によるのだが、高学年になって、自らソフトボールをしたいと言い出した。そして、先週から練習が始まったようだ。昨日もスクールから帰宅後、昼食を早々にとってからソフトボールの練習にでかけて行った。ポジションはサードかセカンドだそうだ。息子は学年一小さいのだが、結構器用で、僕の目から見れば、素人としてはそこそこ上手な方だと思っている。ただ、バッティングはまともに練習したことがないので、期待できないだろう。今朝は学校で朝早練習。チームのユニフォームに着替えた息子の姿を見ると、初めてユニフォームを着て練習に行ったときのことを思い出して嬉しくなった。今日は、午前中、みっちり練習するそうだ。どんなことにもチャレンジして、楽しんで欲しいと思った。追記:今日は、午前中は娘は部活、家内は料理教室、息子はソフト練習で一人になる。こんな日は久しぶりだ。
2006年04月23日
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今日はスクール練習だった。先週は、兄貴の葬儀で欠席していたので、2週間ぶり。今年度に入ってからは、初めての本格的な練習だ。今年から、2学年を1ユニットとして練習している。僕は、高学年(5、6年)の担当なので、息子と一緒に練習するということになる。それは、わかっていたのだが、いざ、一緒に練習に入ると、少しぎこちない感じがした。それでも、息子が逞しく成長した姿を見て、やはり嬉しい気持ちになった。僕は、基本的には、スクール選手の親は自分の子供をチームの中で指導しないほうが良いという考えでいる。いくらコーチとして公私を区別していても、やはり、親として気になってしまうのではないかと思っているからだ。逆に言えば、親が率いるチームで回りに文句を言わせないくらいの選手でなければ、レギュラーとしては認められないということではないかと感じている。そういう点で、学生野球やラグビーで父子鷹というケースを見て、レギュラーで活躍する息子さんを見ると応援したくなることが多い。例えば、関東学院大学の春口監督は、かつて息子さんをSHのレギュラーとして使い続けた。翼選手(息子さん)が父が監督をするチームへの入部を決めたことも凄いが、そこで、誰もが認める戦力としてレギュラーの座を掴んだことは本当に凄いと思う。当然、大学生であるので、我々スクールの子供達とは選手に対する扱い方も異なるだろうが、それでも、やはり、親父が監督をしているチームでレギュラーを取るというのは、普通の選手以上の努力が必要だろうと思う。今日の練習は、本当に楽しかった。5年生は身体は小さいけれど、6年生よりも声が良く出ているし、思い切り良いプレーを連発してくれた。6年生も、5年生の姿勢に感化されたのか、気持ちの入った練習をしてくれた。練習前に嬉しい知らせが届いた。我がチームの6年生が、地域の代表として、近隣のチームと対戦することになったそうだ。我々の地域は、この時期、球技大会や陸上大会等が重なり、中々練習にメンバーが揃わないのだが、ご父兄の理解もあり、当日はほとんどのメンバーが参加するという。昨秋の大会当時のようにモチベーションが上がっていないが、それでも、ほぼフルメンバーが集まるのはおそらく昨秋の大会以来だ。受験組みも、ラグビーをやりたくて仕方がないのだろう。ぜひ、ラグビーを楽しんでほしいと思う。いよいよ、シーズンが始まった。色んな事情で、上級生のレギュラー陣は集まりがよくない。それでも、練習に参加するメンバーにとっては、チャンスである。ぜひ、上達して、昨年のレギュラー陣を追い出し自らレギュラーとしてチームを引っ張る存在に成長してくれることを願っている。追記:安藤投手が矢野選手に3ランを浴びてノックアウト。打線も内海投手を攻略できず1対6で敗れ5連敗。星野さんも解説で発言されていたが、きちんと反省して、切り替え明日の1戦に集中してもらいたい。頼むよ岡田監督。
2006年04月22日
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昨日は、夜9時前に家に帰った。途中で家に電話を入れると、息子が、「今、井川と上原の投手戦で、まだ零々や。」と言っていたのだが、帰宅をしたら1対1で延長11回に突入していた。息子は宿題をやりながら、野球をチェックしていたのだが、何と放送が終わってしまった。すると、ラジオを引っ張り出してきて、引き続きラジオ中継で応援。関本選手のタイムリーが飛び出すと、「よっしゃ」と言って大喜びしていた。「これで勝ちや」と言っていたところに、電話が鳴った。「ちょっと話が聞こえないから、ラジオの音小さくして。」というと、そのままスイッチを切ってしまった。もちろん、勝利を確信したからだ。それから、寝る準備をし始めた。電話が終わって、スポーツニュースを見ていると、阪神がサヨナラで負けているではないか。それも、守護神久保田投手が、巨人の第70代4番李選手に外角高めのストレートをレフトスタンドに叩き込まれる最悪のパターンで。息子は、「え~。何でやねん。」といいながら布団に入って、そのまま寝てしまった。それにしても、主軸が打てない。昨日も、クリーンアップが大ブレーキの無安打5三振。今岡選手の打率も一向に上がってこない。久保投手コーチも、リリーフ陣への負担を気にし始めているようだ。昨日の収穫は、井川投手のピッチングだろう。前回の完封に続き、好調巨人打線を相手に、エース対決で7回被安打5で自責点は1。福原投手が戻ってくるまで、何としても阪神投手陣を引っ張って欲しい。これで、とうとう借金1。今日、明日の巨人戦で、打線の意地を見せてもらいたいものだ。追記:・オリックスは、ソフトバンク相手に土壇場の9回に日高選手の犠牲フライで追いつき、再び勝ち越された10回にも、馬原投手を攻略し、最後は北川選手がセンター前にサヨナラヒットを放ち勝利を呼び込んだ。これで、昨年王者ソフトバンクに引き分け一つを挟んでの3連勝。オリックスの選手達にとって大きな1勝となるだろうと思う。・兄を送り出してから、無事に職場復帰して週末を迎えることができた。さほど疲れも感じていない。今日からはラグビースクールにも参加する。徐々にではあるが、普段どおりの生活に戻りつつある。
2006年04月22日
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娘が修学旅行から帰ってきた。僕へのお土産は「メモばさみ」だった。家内へも、息子へもお土産を買ってくれたようだ。旅行中に体調を崩したといっていた。おそらく、兄の件で緊張もあって、疲れが出たのだろう。それでも、長崎の平和祈念像のことなどを詳細に語ってくれた。平和祈念像は、高く天を指す右手は原爆の脅威を、水平に伸ばした左手は世界の平和をあらわし、軽く閉じた瞼は原爆犠牲者の冥福を祈っているという。僕も中学時代に修学旅行で訪問したところだが、忘れていた意味を思い出させてくれた。僕のときは、福岡から入り、佐賀・伊万里焼き、長崎・平和祈念像・グラバー亭、大分・別府温泉のコースだったように記憶している。中学3年のクラスは、担任の先生は体育の女性教師で、クラスメートも結構良い仲間が揃っていて、大学卒業の頃まで、毎年、仲の良かった者同士集まり、お正月に先生の家へ押しかけて、近況などを語り合ったものだ。受験勉強も大変だったが、それ以上に、運動会、文化祭などで皆一丸となって協力し、競技に、演劇に、そして演奏に取り組んだことを思い出す。結構、提案型で物事を進め、チームワークの良いクラスで、先生が退職された後にお会いした時に、「大人のクラス」だったと評価してくださっていたことを思い出した。娘も、9月まで続く部活と勉強の両立が大変だと思うが、きっと、思い出に残る一年になるだろうと思っている。まずは、この1週間の疲れを癒して、生活のリズムを戻してくれればと思っている。追記:イチローが昨日のレンジャース戦で彼らしいバッティングで4打数4安打の固め打ち。これで、エンジンがかかるだろう。
2006年04月21日
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昨日は初七日だった。兄が逝去した日から数えて6日目なのだが、初七日となるという。但し、告別式の夜に初七日の法要を済ませているので、とくに何もしなかった。僕は、たまたま出張があったので、夜に実家に帰った。そして、兄の霊前で挨拶をし、両親と少し話してお風呂に入った。風呂から上がり、兄のPCでブログをチェックしている間に、母が居間のソファーに座ってうとうとしはじめた。そんな母の顔を見ていると、随分年老いたものだと感じた。母は、少し疲れているようだった。兄の世話、葬儀、身の回りの整理などの疲れが一気に出ているのかもしれない。母を起こして、布団で寝るように諭した。今朝は、父も出勤日。先日のように2人で出勤しようと思っている。追記:阪神がまたしても中日に敗れた。守護神久保田でのサヨナラ負け。今岡選手の不振が気になり始める、そんな試合だったようだ。
2006年04月20日
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知らなかった。なんと、あの新庄剛志選手が引退宣言をしていたなんて。昨日は、出張から早々に帰宅したので、夜は、息子が操る3次元中継(ケーブルTVと民放で、中対神、巨対ヤ、日対オ)を見ながらくつろいでいた。息子は、下柳投手がウッズに2ランを打たれた後は、オリックス対日本ハムを見ていたが、こちらも新庄選手の満塁ホームランが飛び出したところで見るのを諦めたようだった。僕は疲れが溜まっていたので、10時頃に早々に布団に入った。そして、今朝、野球の記事をチェックしていたら、「新庄、今季限り引退 地元球場満員で決断」との見出しがあるではないか。昨日の試合後のヒーローインタビューで「今シーズン限りでユニホームを脱ぐことを決めました」と語ったそうだ。以下に、新庄選手のコメントを列記する。4/18のヒーローインタビューで:「え~、今日はこのヒーローインタビューという最高の舞台で、みんなに報告したいことがあります。タイガースで11年、アメリカで3年、日本ハムで3年…。今シーズン限りでユニホームを脱ぐことを決めました。最後のユニホームの姿を球場の方に足を運んでいただいて、目に焼きつけてほしいと思います。残りのシーズン、どんどん楽しみたいと思います」。札幌での開幕戦を見て:「球場が満員。オレの夢が叶った。開幕戦で4万3000人来てくれて自分の仕事は終わり」。体力的にまだまだやれると聞かれて:「守備で「捕れるな」と思った(浅い打球)がワンバウンドしたり、(打撃で)まっすぐ1本にしぼって待っていて、詰まったり。納得がいかなくなった」。引退を決めてからの気持ちを聞かれて:『僕は今、成績がよくない。「ベンチで応援してくれる若い選手に悪いな」という気持ちと、「最後だからプレーしたい」という気持ちと……。複雑でした。』シーズン中の引退宣言について聞かれて:「(ためらいは)ないです。本当は開幕戦の次の日に言いたかったぐらい。十分楽しみましたから。アメリカ、セ、パを経験してもう言うことはないでしょう。残りシーズンはもちろん楽しみます。開き直れるので、一番よい成績を残せるかもしれない」。プレーオフ、日本シリーズを目指すことについて:「もちろん(目指す)。そこで頂点に立てたら、死んじゃうと思います」。3年前の入団交渉の席で:「ぼろぼろになるまでやりたくない。人にユニホームを脱がされるのではなく、自分で決断して辞めたい」。新庄選手といえば、・優勝争いをしている1992年の対広島戦での劇的なサヨナラ2ラン、・藤田監督との確執から派生した引退宣言、・槙原投手の敬遠球を打ったサヨナラヒット、・野村監督時代のオープン戦での登板、4番として最高打撃成績・メッツへの仰天移籍・日本人メジャーリーガー初本塁打と初の4番・日本ハム時代のオールスターでのホームスチール・2004年シーズン終盤のダイエー戦での幻のサヨナラ満塁本塁打等々数々の印象をファンに残している。まさに、「記憶に残る選手」だ。野村監督は、打撃以外はメジャー級と絶賛し、彼に考えさせる場を与え続けて、彼の実力を引き出した功労者かもしれない。球団の大社啓二オーナーは「グループ全員の総意として、全力で慰留に最大限の努力をしたい」とのコメントを発表し、慰留する方針を示している。一方、ヒルマン監督は「驚いた。米国でもシーズン中の引退表明はあり、事前に知らせる場合も突然表明する場合もある。わたしは知らなかったが、それも彼の人生だ」と新庄流のやり方に理解を示したそうだ。 さて、どうなるか・・・・。あっと驚かせる会見をする新庄選手だが、今回ばかりは、決心が固そうだ。印象に残る選手の一人だけに、残念な気もするが、彼らしい決断のような気がする。最後のシーズンを見守ってあげたいと思う。追記:阪神打線が苦手とする中日・中田投手を打ち崩せず、散発5安打で完封を喫し、0対3で敗れた。これで、貯金は1に減った。下柳投手は、ウッズに打たれた一球が悔やまれる。
2006年04月19日
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昨夜、実家から戻った。娘は塾に行って不在だったが、息子が「お父さんお帰り」と言って出迎えてくれた。家内からも、「お疲れ様でした。お風呂が沸いているから先に入って。」といつもの口調でねぎらってくれた。僕は、家内と息子に「色々ありがとう。2人ともお疲れさんやったね。」と声をかけた後でお風呂に入った。湯船に浸かると、少し緊張から開放された感じがした。昨日は、両親ともに、役所や病院への手続き、ご近所への挨拶など慌しくしていた。僕は、両親のそばにいながら、会社の仕事を始めた。昼食を食べて、そして、仕事を終えた後、両親の了解を得て兄の遺品を少し分けてもらった。兄の位牌にそのことを報告し、実家を後にした。電車の中でも、やはり兄のことを思い出していた。自宅から私鉄に乗っていると、線路沿いに兄が倒れたフィットネスクラブが見える。兄は、このクラブに20年以上通い続けた。きっかけは僕だった。学生時代、クラブをしていてウェートトレーニングで、僕の身体が2回りほど大きくなった。それを見ていて、自分も始めようと考えたようだ。僕が実家に戻ると、「一緒にフィットネスクラブに行こう」と誘ってくれた。そして、当時流行り始めていたエアロビクスにも引きずり込まれ、非常にテレながら女性インストラクターのまねをしたことを覚えている。兄は、もともと、ダンスが得意なので、エアロビクスもテンポ良くこなしていたが、僕はどちらかというとリズム感がなく、ぎこちない動きしかできなかった。その時は2時間以上トレーニングしただろうか。トレーニングの後で飲んだビールが美味しかった。(もちろん兄貴が奢ってくれた)自宅に戻る直前に、実家に電話を入れた。母が応対してくれたが、元気な声で「2人とも大丈夫。安心して普段の生活に戻ってね」と言ってくれた。風呂からあがると、家内が夕食を支度してくれた。少し、告別式の後のこと、今後の我々のスケジュールについて相談していると、娘が塾から帰ってきた。娘にも「ありがとう。」と伝えた。そして11時過ぎに娘を除く3人は寝床についた。今朝も6時前に目が覚めた。家内は、「やはり寂しい感じがするね。」と言っていた。僕は、兄の写真に「おはよう」と声をかけ、そして、この日記を書き始めた。今日から通常の生活、通常の勤務に戻すつもりだ。そうすることを、兄も、両親も望んでいると思う。早速、今日、明日と日帰りの出張だ。当分、兄からもらった遺品を身につけて行動しようと思っている。
2006年04月18日
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4月14日夕刻、会議中に母から一報が入った。「病院からの連絡で、容態が急変し、今日、明日が山場だから夜に病院に来てほしい。」と。その後、家内に連絡し、慌てて残務を処理していると第2報が入った。「今、病院からだけど、間に合わなかった。」と。それから、上司や仲間に状況を報告し、予定されていた出張などもキャンセルして自宅に礼服を取りに帰った。家内とは、子供たちも含めて通夜と告別式には来るように、習い事や部活をキャンセルするように伝え、礼服と着替え、そして通勤用のバッグを持って予定されている葬儀場に移動した。電車の接続が悪く、葬儀場に到着したのは午後11時を回っていただろうか。あまりに遅いので心配になったのか、母から再度携帯に連絡が入った。「最寄駅なのでもうすぐ着くから。」といって、コンビニで少し食べ物を買って葬儀場に入った。部屋に入ると、母が一人で兄の守をしていた。兄は、人工呼吸器もはずされ、若干、皮膚のただれなどはあるものの、綺麗な顔をしていた。父は自宅に戻ったと言っていた。母も、僕も、もちろん父も、相当前から、兄が旅立つ準備をしていることに気づいていた。というのも、数ヶ月前に肺炎を起こし、その後は、体温が35度をきる状態が続いていたし、医師も、1ヶ月ほど前から、「危険な状態に入っているので長くはないかもしれない。」と伝えてくださっていたからだ。その晩は、僕が兄の側で寝させてもらった。兄の側で寝るのは恐らく昨年の正月以来ではないだろうか。その日は1時頃には渦巻き線香に代えて寝入った。翌朝は6時頃に目が覚めた。母も、僕も、5時間くらいは眠れたようだ。母は、兄の遺品や、告別式までに必要なものを準備するために一旦自宅に戻った。9時前に父と一緒に会場に戻ってきた。父は、案外元気そうだったので、安心した。10時ごろ、葬儀場の担当者の方と、通夜と告別式の打ち合わせを行った。打ち合わせを終了したのは12時前だった。母を残して、一旦、僕と父は自宅に戻った。自宅に戻る前に、父から「お前から家族の代表挨拶をしてくれ。」と頼まれた。父は「お前は会社でも話慣れているだろうから。」との理由だったが、恐らく、感情が抑えられなくなる自分を見られたくないからなのだろうと思った。僕は、お風呂に入った後で、父に昼食を作ってあげた。父は必要なものをそろえたあとは、「功名が辻」を見ながらお昼を食べていた。出かける前に、「この本持っていくか」といって、父が使っていた挨拶に関する本を渡してくれた。僕は、田舎のお寺のご住職をお迎えに行き、タクシーで葬儀場まで連れて行くのが役目だった。田舎に移動し、お迎えにあがるまでの数時間の間で、挨拶文を考えメモにとった。葉桜の時期になっていたが、田舎から葬儀場まで、実に綺麗な風景を眺めながら移動した。移動した道は、兄が大好きだったルートだった。兄の車で田舎から自宅まで送ってもらう時、いつも大好きな音楽を聴きながら、「俺はこの道が好きなんや。ほら見てみ。ここからみる山郷の風景はすごく綺麗やろ。よく、一人で来て、デッサンするんや。」といっていたことを思い出した。約2時間ほどかけて、葬儀場に到着。すでに、僕の家族も到着しており、兄は、最後の清めの「湯棺」をし終えて、棺の中に入る準備をしているところだった。親戚の方も数人こられて、兄のことを尋ねたりしている様子だった。喪服に着替え、我々家族全員で、棺の中の兄の周りにすわり、兄の顔を眺め、そしてお祈りをした。通夜の会場には、すでに生前兄がお世話になった友人の方々も来られていた。そして、通夜が始まった。家族葬としていたのだが、実に沢山の方々がお見えになられた。参加してくださった方々のお悔やみいただく時間が終わり、あっというまに、最後の挨拶の場となった。通夜の席だったので、少しフランクな口調にして、お礼の挨拶、直接死に至った要因と、倒れてからの状況について説明した後で、兄の人生について紹介した。50年にも満たない人生だったけれど、関西の地に戻ってきてからの兄の人生は充実していたと思う。そして、若かりしころに両親に心配をかけたことを詫びるかのように、後半の人生では、両親や家族のことを大切に、そして、自分自身も仕事に趣味に活動範囲を広げ、まじめに、懸命に生きてきた、そんな様子を参加してくださった方々に紹介した。通夜が終わり、酒肴の席を設けた。ご友人のかたもご参加くださり、わずかな時間だったが、兄の思い出話を伺うことができた。酒席も終わり、片付けをして、父と僕の家族は自宅へ戻り、兄の守は、母、僕、そして一人の叔父と3人ですることになった。会場の方にお願いして、CDプレーヤーをお借りし、兄の好きだったCDを流しながら、3人で色々と思い出話をした。1時過ぎには渦巻き線香に代えて眠りについた。昨日も6時ごろに目が覚めた。母はすでにおきており、当日の焼香順や、食事の数などを整理していた。8時ごろ、家内に電話を入れた。昨日は、息子は12時過ぎまで寝付けなかったそうだ。そして娘は3時ごろまで起きて、勉強していたそうだ。(と父が証言していた)10時半ごろに父と僕の家族が到着。通夜の席に来れなかった叔父さん夫婦も、駆けつけてくださった。会場のご担当の方は、僕が準備していたCD2枚の曲をテープに吹き込み、式が始まる直前まで流してくださった。そして、告別式が始まった。喪主の父を筆頭に、親族が焼香し、そして一般の方々にも御焼香していただいた。僕の挨拶が終わって、兄の棺に皆で花を添えていく。僕は、棺の中に挨拶文を書いた紙を入れておいた。挨拶が終わるまでは絶対泣くまいと思っていたが、やはり別れの時は涙が止まらなかった。子供のころ両親の変わりになって僕を守ってくれたこと、上京して2人とも下宿していた頃に仕事途中でいつも野菜や果物を下宿に持ってきてくれたこと、僕の結婚式が決まって僕たち2人を祝ってくれた事、子供たちを可愛がってくれた事、そして最初で最後のメール交換、兄から受けた恩恵ばかりが一気に脳裏を駆け巡った。なのに、僕が兄にしてやれたことはほとんどなかったように思う。ずいぶん前に、ある親戚のかたが言った一言が忘れられない。「君のお兄さんは、家族の犠牲になったのでは。」と。兄の骨はすごく太く、処理にあたられた担当の方も、「随分鍛えられていたのでしょうね。骨に悪い箇所はまったくありませんよ。きれいなままです。」と言っていた。お骨上げを追え、そして初七日も終えて、葬儀場のかたとの最後の打ち合わせを終えて自宅に戻ったのは夜8時を回っていただろうか。兄の仏壇がくるまでの祭壇をご担当の方が準備くださり、ようやく落ち着く事ができた。その後、両親と今後のことについて少し話をして、夜11時ごろに床についた。両親も、僕もお別れのとき以外は涙を見せていない。兄貴が倒れた直後の数ヶ月で、兄への悲しみはすべて流したのかもしれない。兄貴は、本当に9ヶ月間よく頑張って生きてくれたと思う。そして、皆が見送りに来やすい時期まで待って、旅立っていったのだろう。人の魂はなくならないと聞いた事がある。現世の家族は、仮のもので、魂の家族は別にいるのだそうだ。そして、魂は、現世の家族とともに生きることで修行し、修行を終えると魂の家族の下への戻っていくそうだ。現世に残る我々にとって、兄貴の寿命だったと割り切ることはあまりにも切なく悲しい。しかし、兄貴が僕たちに残してくれた沢山の思い出や教訓を心に刻み、そして兄が生きた証を一つでも後世に伝えていく事が、兄貴に対するせめてもの恩返しになるのではないかと思っている。このブログをはじめようとしたきっかけとなったのも、兄貴が生きる事の大切さや意味を僕に考えさせてくれたからだ。機会があれば、また、兄の遺品の絵画などの作品についても時期を見て紹介したいと思う。「兄貴、ありがとう。」
2006年04月17日
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オリックスは、延長12回、一死満塁から水口選手がレフト前にサヨナラ安打を放ち逆転で首位西武の連勝を止めた。今年のオリックスは本当に楽しみになってきた。昨日も、2点差を追う9回裏に四球がらみで掴んだチャンスに代打後藤選手が値千金のライト前ヒットで同点、1点を勝ち越された12回裏も北川のヒットと2つの四球で満塁としたあと、代打水口選手が、皆の思いを乗せるようなヒットで勝利を手繰り寄せた。大リーグから復帰した中村選手にも、昨年不調だった谷選手にも1発が飛び出した。デイビーも、初回に失策がらみで3点を失ったが、それ以降は立ち直り、8回4失点(自責点1)と先発の役目は果たした。これで、4連勝。それも、ロッテ、ソフトバンクに勝ち越し、西武の8連勝を止める延長逆転サヨナラの勝利に、チームもファンも活気付いているだろう。首位西武との差は1に縮まった。試合をテレビで見ていた息子がボソっと言った。「ああ、スカイマークにいって、こんな試合を生で観たいな。」と。また、時間を作って、息子と一緒に応援に行こうと思う、そんな試合だった。追記:・阪神が5点リードを守れず、逆転で中日に敗れて連勝は5でストップした。アレックスの2発に沈没した形だが、下柳投手の崩れ方が良くない。四球を出して一発を喰らったから後味が悪いだろう。藤川投手も能見投手も打たれての敗戦。・昨日は、久々にゆっくりと眠れた。今日、明日と頑張ろうと思う。
2006年04月13日
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昨日は、実家から、親父と一緒に出社した。こんなこと、かつてない出来事だった。この年になって、親父と一緒に電車にのって会社に向うなど、想像したこともなかった。だから、妙に新鮮で、楽しいひと時だった。親父は、小さな自動車部品会社のエンジニアだった。まじめで、実直で、出社する時間も、帰宅する時間も同じ。外で仲間とお酒を飲むなんてことはほとんどしたことのない人だった。そんな親父が、定年退職をしたのは当時55歳。僕が大学に入学した年だった。高度成長期を必死に働いて、定年退職を迎えようとしても、兄貴も僕も上京しての下宿生活。ドラ息子たちは学費と生活費が嵩む選択をしていた。僕も、地元の大学へ進学する道もあったのだが、両親に東京の大学に行かせてほしいと頼んだ。親父は、小さな会社に再就職し、第二の人生を歩み始めた。仕事は何と経理業務。不慣れな簿記を独学で勉強し、あっという間に、その会社の経理を任される存在になったようだ。小さな会社なので、スペシャリストがいなかったのだろう。80歳を目前に控えた今でも、嘱託として月の半分は会社に足を運び、決算前の時期には陣頭指揮をとって経理担当者を指導しているという。小さい頃、家に製図道具があり、親父が図面を描いている姿を何度かみた記憶がある。小学生時代には、勉強もほとんど親父に教わった。そんな、親父の背中を見ながら、自然と理科系の道を選び、今、僕自身もエンジニアと呼ばれる職業に就いている。親父は、2回、癌の摘出手術を受けている。酒もたばこもやらない、古風でまじめな人なのに、神様はなんてことするんだと思った。でも、僕達家族の祈りが通じたのか、転移した2回目の手術からもう15年が経った。兄貴が倒れた後、病室で窓の外を眺めながら涙ぐむ親父の背中を見て、かつての大きな存在が影を潜めていることに気づいた。親父に、「悲しいんやから、我慢せんと思いっきり泣いたらええやん。」というと、僕の前で、初めて自分をさらけ出してくれた。戦前生まれで、戦中・戦後の最中に青春時代を送り、就職直後に親父(僕の祖父)をなくし、親代わりとなって5人の弟・妹たちの面倒を見てきた苦労人だ。我慢強く、まじめなだけがとりえの親父だが、その背中から本当に多くのことを教えてもらっている。あと何回、昨日のようなことがあるのだろうか。兄貴のことがなかったら、ずっとなかった出来事かもしれない。そんな機会を与えてくれた兄にも感謝したい。
2006年04月12日
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昨日、今日と大阪出張だったので、実家に顔を出した。昨夜は、会食があったので、帰宅したのは夜10時を回っていた。父はすでに布団に入り、母は奥の居間でテレビを見ながら待ってくれていた。お風呂に入った後で、母と少し話をした。仕事のこと、兄のこと、家のことなど、1時間以上話しただろうか。母も、60歳まで勤め上げた人なので、仕事の話をしても、色々と貴重なアドバイスをしてくれる。昨日も、「言葉の威力」について、上司としての心構えや、部下への配慮のしかたなど具体的に自分自身の例をあげながら、助言をしてくれた。僕が母とこんな話をするようになったのは、学生時代のころからのように思う。当時は下宿をしていたし、母もまだ現役で働いていたので、中々、語り合う機会は少なかったのだが、それでも、お盆休みの時などに、夜遅くまで色んな話を聞かせてくれた。今にして思えば、母から受けた影響もかなりあるように思う。そんな母も、すっかりお婆ちゃんになってしまった。背中を丸めながら座っている姿は、僕のお婆ちゃん(母のお母さん)に似ている。兄のことで、一気に年を老いたようだ。機会を見て、また帰ってこようと感じた夜だった。追記:昨日から、関西地方は雨が続いている。涙雨なのだろうか。この雨を見ながら、昨日逝った仲間のことを思う。
2006年04月11日
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阪神の金本知憲外野手(38)が昨日の横浜戦で904試合連続フルイニング出場を果たし、カル・リプケン氏(元オリオールズ)が持つ米大リーグ記録を超えた。 金本はこの試合も4番左翼で先発出場。3打数無安打だったが、2四球を選び、内野ゴロで1打点を挙げた。試合は、前半から乱打戦の様相を見せたが、6回に浜中選手の2本目となる本塁打で勝ち越し、8回にもヒット4本を集めて4点をとり横浜を突き放した。金沢投手も復活星を記録した。金本選手はインタビューで、「あと3年でも5年でも続けたい。究極的には全イニング出場が途切れた後、もう1年フルイニングをやりたい。」と抱負を述べていた。彼がプレーヤーとして活躍し続けることは、阪神にとっても、プロ野球界にとっても本当にすばらしい財産となるであろう。ぜひ、40歳を超えてなお、フルイニング出場していて欲しいと思う。追記:西武の涌井、炭谷の10代バッテリーはすごい。ニュースでしか見ていないが、炭谷捕手の強気のリードが光った。今年の西武は面白いと感じる内容だった。
2006年04月10日
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学生時代のクラブの仲間の一人が逝った。昨日、訃報が流れてきた。彼は、大学からラグビーを始めた仲間の一人だった。少し痩せ型ではあったが、足が学年で1番速く、トップスピードの彼を止めるのは難しかった。彼はお洒落だった。いつも、アイビースタイルで通学していた。トンボめがねも妙に似合っていた。彼は仲間思いだった。自分がゲームで足を複雑骨折して担架で運ばれたとき、交代で入る後輩に「頑張れよ」って声をかける、そんな男だった。僕が、「クラブを辞めたい」といった時も、「そんなこと言うな。一緒にやってきたやないか」って引き止めるやさしい男だった。しかし、彼は自ら僕達の前から去っていった。自分の居場所がなくなったと感じて、最終学年を待たずに、自らクラブから去っていったようだった。在学中に学内で会えば、気軽に声を掛け合うことはできたが、あの時以上に深く語り合えることはなかった。お互いに一線を引いてしまったのかもしれない。就職してからは、完全に僕の記憶から遠い存在となっていた。そんな彼の記憶が、昨日の一報で一気に蘇ってきた。卒業後はどんな人生を送ったのだろうか?彼の身に何があったのかもわからない。わからないまま、同期の仲間数人に連絡を取り、代表して弔電を打った。見送りにいけないもどかしさが残った。彼に、20年以上ご無沙汰していた僕達の言葉が届くだろうか。安らかに眠って欲しい。
2006年04月10日
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さっき、スクールの初日が終了した。今日は天気もよく、すばらしいスタートが切れた。9時前に会場準備に入り、入校手続きを開始した。高学年の集まりはあまり良くなかったが、低学年は新しく参加する生徒も各学年数人いるようで、中学部を入れると70名くらいが入校手続きを完了したのではないだろうか。以前、一緒にコーチをしてくださった方も、今回はご子息を体験入校したようで、「また、ぜひ一緒にやりましょう。」と声をかけた。グランドもきれいになり、本当にすばらしい環境になってきている。今年から、小学生は2学年制を導入する。そうすれば、人数の少ない学年も、チームプレー、ユニットスキルの練習ができるし、上位学年の子供達にも、先輩としての自覚が生まれると考えたからだ。スクールの体制、年間の練習・試合のスケジュールや、合宿予定もほぼ確定した。今年は、いろんなイベントが予定されているので、裏方としては色々と雑務も多くなりそうだが、多くの子供達にラグビーを楽しんでもらい、多くのご父兄の方々にラグビーファンになってもらえるように、微力ながら頑張っていこうと思っている。追記:練習後に高学年のコーチと話をしていたら、息子がその学年のキャプテンに選ばれたという。子供達に選ばせたそうだが、習い事と重なる日が多くなるので、少し心配だ。帰りに、息子に聞くと、「皆が、やれやれって言うから、決まったんや。俺は、別にどっちでも良かったから、結局やることになったけどな。」という。息子は、どちらかといえば、キャプテンのタイプではなく、口うるさい補佐的なタイプだ。それでも、これを機会に「チームを纏める」「自ら率先してやる」ということを学んでくれればと思う。
2006年04月09日
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今日から、いよいよ今年度のラグビースクール活動が始まる。数年前から、対外試合も増やし、ゲームを楽しみながらラグビーをする環境作りを目指したことが、コーチやご父兄にも受け入れられ、子供達もラグビーというスポーツを楽しむようになってきたと感じることができるようになってきた。今年は、生徒数も減少することが予想されるので、新たな試みとして、2学年合同での練習スタイルを取り入れる。対外試合についても、人数が少ない学年は他のスクールさんと混成チームにする他ないだろうと思っている。それでも、ラグビースクールに来てくれる生徒達の為に、何とか試合を楽しむ環境を提供するのが、我々スタッフの仕事と思っている。試合を楽しまずして、スポーツを楽しめるはずかないし、試合を通じて、個人やチームのスキル、判断力、精神力、チームワークが養われる。また1年後に、子供達の成長を実感できるような活動にしていきたいと思う。
2006年04月09日
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阪神が、今岡の2発と安藤-久保田のリレーで横浜を5対2で下し4連勝を飾った。今日は、朝から、整体の先生にお世話になり、その後職場に出向いて机上周りを整理した。結局、職場を出たのは6時を回ったころだった。途中で、行きつけのお店に立ち寄り、テレビを見て阪神の勝利を知った。打率があがらなかった今岡選手が2本塁打し、安藤投手も安定したピッチングを見せ、一安心。鉄人金本選手は、連続フルイニング出場を903に伸ばし、あのリプケン選手の記録にならんだ。明日の横浜戦で世界記録を達成する。衣笠選手といい、広島の選手ってすごい!追記:今日予定されていた花見は中止になった。今日は、関西は黄砂の影響で、「花見日和」というまでにはいかなかったが、それでも、観光地は花見客でいっぱいだった。職場のメールをチェックしていると、大学時代の先輩からメールが入った。同期会を関西でするので、参加してほしいとのこと。日程が合えば参加するつもりだ。今回は強引に関西在住者が幹事になって、企画したみたい。ひとつ上の先輩たちだが、仲がよいので楽しみだ。
2006年04月08日
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昨日のオリックスは、前川-菊地原-大久保が完封リレーでソフトバンクを下した。前川投手は、前回の先発登板も1失点、今回も7回を自責点0に抑えている。阪神時代は結局1勝もできなかったのだが、今年の彼は一味違うようだ。制球も安定し、玉のスピードも増している。そして、3年ぶりに白星がついた。昨日の平野投手につづいて、前川投手もローテーションを確実なものにしている。それも、王者ソフトバンク相手なので、自信にもなるだろう。次回の登板にも期待したい。追記:・阪神打線が井川投手の粘り強い投球に応え、8回に6本のヒットを集めて4得点して逆転勝ちを納めた。帰りの電車の中で、ハッピを着たおじさんがいたので、「今日どうでした?」と尋ねたら、「勝った、勝った」と答えてくれた。久保田投手も3人をピシャリと抑えての勝利。ようやく、阪神のパターンで1つ勝った。・高橋尚成投手の手術が成功したようだ。全治2ヶ月と診断されている様子。青木選手も一安心だろう。
2006年04月08日
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京産大出身のルーキー、オリックス・平野佳寿投手が、昨日の試合で、強力ロッテ打線を5安打無失点に抑え、完封で2勝目を上げた。オリックスが8対0で勝ったのは新幹線の中のテロップで知ったのだが、平野投手が完封したのはスポーツニュースを見るまで知らなかった。関西六大学通算36勝、404奪三振記録保持者の実力は本物のようだ。直球とスライダーで勝負する本格派投手だ。打線も、ルーキーの頑張りに応え、13安打を放ち8得点を上げた。投手の駒不足が心配だったオリックスだが、明るい材料が増えた。強力打線になりつつあるし、今年は昨年以上に期待できそう。1度息子とスカイマークスタジアムに足を運びたい。追記:・昨日は、同僚と関東の工場に出張。同僚は、6年ぶりに訪問したとのことで、現場の状況の変化に感心していた。往復の新幹線の中で、久しぶりに色々と語り合った。また、一緒に仕事ができることを楽しみにしている。・今年の巨人はちょっと違うかもしれない。こちらも新人福田聡志投手が2番手で登場し、ヤクルト打線をしっかり抑えて試合の流れを引き戻して2勝目を手繰り寄せた。高橋尚成投手は気の毒だ。今日手術するそうだが、復帰までは数ヶ月かかるだろう。
2006年04月07日
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ヤンキースの松井秀樹選手が、アスレチックスとの開幕戦で3ランを含む4打数4安打4打点の活躍で、勝利に貢献した。オープン戦終盤での不調が報じられていたが、そんな心配を吹き飛ばす活躍。また、城島選手も、エンゼルス戦に先発出場して、挨拶代わりの1発を放ったようだ。2人とも、やはり只者ではない。日本を代表する選手達が、メジャーを舞台に活躍する。城島選手も捕手として、どこまでメジャーで通用するのか楽しみだ。今シーズンのメジャーリーグも見逃せない。追記:・横浜対清峰は、なんと21対0で横浜が歴史に残る得点を挙げて松坂投手を擁して優勝した98年以来8年ぶりに選抜大会を制した。・昨日から3日間出張が続いている。新年度の挨拶も兼ねているのだが、厳しいスタートとなった。今日は近隣の工場へ出張した後に東京へ移動。明日、関東の工場で会議をして深夜に帰宅する強行軍。最近、睡眠不足が続いているので、少し身体が重い。新幹線の中で少し休もうと思っている。
2006年04月05日
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所属するオーバー40チームの前半活動予定とスクールの年間試合の日程もほぼ確定し、いよいよ週末より本格的な活動に入る。オーバー40の試合は、基本的にスクールの交流試合も合わせて実施するので、数はそんなに多くない。当面は、9月までに数試合の調整を終えたようだ。我々のラグビースクールは、土曜日の練習が多いので、日曜日に開催される交流試合を含めると、年間45日程度の活動が予定されている。僕が参加し始めた頃に比べれば、おそらく2倍近くの活動日になっているのではないだろうか。当時は4月~12月まで月に2~3日程度しか活動していなかったように記憶している。生徒数は年々減少しているのだが、活動日は増加している。何とか一人でも多くの子供達に参加して、ラグビーのすばらしさを感じてもらいたいのだが・・・。肩の痛みは、冬場ほどはひどくなくなってきた。ただ、激しいコンタクトプレーやタックルには不安がある。もう少し様子を見ながら、少しずつ筋力トレーニングを開始しようと思っている。追記:メジャーリーグも開幕した。ホワイトソックスの井口選手は、1安打2打点の活躍で、開幕戦勝利に貢献した。明日はいよいよマリナーズ城島選手が登場する。
2006年04月04日
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知らなかった。今日は、新年度初日、人事異動もあって、朝からドタバタとしてあっという間に一日が終わった。帰って来て、高校野球の結果を見て少しガッカリした。PL・前田君が清峰打線につかまり12安打を浴びてノックアウト、一方の清峰・有迫君はPL打線を散発2安打で完封で初出場で決勝進出を決めた。決勝は、12対4で岐阜城北高校を破った横浜と清峰との対戦。清峰の勢いをどのように止めるか、横浜の戦い方に注目したい。追記:朝8時に出社し、9時過ぎに退社。あっという間の一日だった。新年度でもあり、体制も役割も見直された。心機一転、頑張ろうと思っている。
2006年04月03日
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阪神が開幕3戦目にしてようやく1勝目をあげた。打線が江草投手の好投に奮起し、2日間の鬱憤をはらす16安打の猛攻で小刻みに得点を重ねて9対1でヤクルトに大勝した。終盤の7、8回には、シーツ選手の連続本塁打を含む4ホーマーと神宮の杜に連続花火を打ち上げた。先発の江草投手は、8回を被安打4、四死球3で、ヤクルト打線を翻弄し、無失点に抑えた。とにかく、開幕3連敗は免れてホッとしたのは僕だけではないだろう。金本選手も4の4、前日に自打球を顔面にあてた藤本選手も元気に登場した。心配なのはリリーフ陣。今週の広島、横浜との対戦での活躍に期待したい。追記:昨日は、仕事の後で、家族4人で食事をした。非常に楽しい雰囲気だったのだが、帰宅後、娘に小言を言ったのがきっかけで、家族から総スカンを食らった。それでも、少したって、本音で「社会生活を送る上での心構えとモラル」について語りかけると、真剣にこちらの話に耳を傾けて聞いていた。これから、自らの夢や希望を実現するために、どんどん行動範囲が広がっていくだろうと思う。やりたい事を手に入れるためには、自らの行動を律することも必要となってくるだろう。親の思いで、彼女の行動を規制するのは好ましくない。むしろ、自分で「何をすべきか、どうやって、やるべきこととやりたいことをバランスさせるか」を判断して行動して欲しいと思う。「夢に向ってチャレンジする」事に対しては精一杯応援しようと思っている。
2006年04月03日
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昨日は、実家から戻ってきたあとで、マッサージを受け、そのまま英会話教室に行った。先週は、睡眠が浅かった上に、出張も重なって、かなり疲れが溜まっていたようだ。自宅に戻り、夕食を食べた後で、リビングで横になると、そのまま寝てしまった。家内と息子が、「ロードオブザリング」を見ていたようだった。10時過ぎまで2時間ほど眠っただろうか。娘が塾から帰宅したときに一度目が醒めたので、少し家族で会話をしたのだが、結局、また寝床にもぐって眠りに付いた。計10時間位眠ったと思う。こんなにぐっすりと眠ったのは本当に久しぶりだ。明日から新年度が始まる。組織や体制が少し変わるので、緊張もあったのだろう。今日は、残務処理のために、今から会社に行く。折角、娘が「家族で久しぶりに出かけよう。」と提案してくれたのだが、残念だ。夜には、食事にでも出かけたいと考えている。追記:高校野球はいよいよ準決勝。関西在住者としては、やはりPLに期待したい。
2006年04月02日
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週末の出張で、ヤクルト対阪神のゲームはまったく見れていない。なんと1点差負けの連敗スタート。それも、サヨナラ。それにしても早稲田出身のルーキー武内に同点3ランを浴びるとは。「ちょっとなめたんちゃうん。」って言いたい。(確かにすばらしい打者だが。。。)そして、最終回は四球から始まって、押出サヨナラ。「負け方が悪すぎるんちゃうん。」って言いたくなるような試合だったようだ。明日1つ、そこから始めましょうよ。岡田さん。頼むで!追記:昨夜は実家に泊まった。母がようやく風邪が治ったようだ。実家に帰宅するまえに、外から家を眺めていると2階の兄貴の寝室に明かりがついていた。帰って親父に伝えると、全く気付いていなかった様子。どうやら、母が数日前に兄貴の寝室の片づけをした後、電気をつけたままにしていたようだ。両親も年老いてきたんだなあと感じざるを得なかった。今日、家を出るときに、母が玄関先まで送り出してくれた。ペコリと頭を下げるその姿に、少し、寂しさを感じてしまった。機会を作って、また顔を出そうと思う。
2006年04月01日
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選抜の準々決勝、早実が横浜に3対13で敗れた。斉藤祐樹投手は、3日連続で先発したが、連投の疲れからか、さすがに強打の横浜打線を抑えることができなかった。それにしても、投手の役割分業が一般化している昨今において、斉藤投手が見せたパフォーマンスは立派の一語。関西戦は2試合334球を投げぬいて、24年ぶりのベスト8を手繰り寄せた。斉藤投手の将来の夢は「感動を与える人」だと言う。彼は、文武両道を目指して、単身上京し、早実を選んだ。そして、夢の甲子園で2勝。昨日の横浜戦でも、和泉監督が最後のマウンドを託したのはやはり彼だった。この春、彼は、夢のひとつを達成したのではないか。「感動を与える」という点で、全国の早実ファンや高校野球を目指す子供たちに強烈なインパクトを残したと思う。早稲田ファンとしては、神宮のマウンドに立つ彼を楽しみにしている。追記:昨日、兄のお見舞いに行った。兄は、3つ目の病院に転院したばかりだ。綺麗な病院で、老人の患者さんが多い。昨日は、手を握ったりしても、まったく反応してくれなかった。久しぶりのお見舞いだったので、子供たちのことや、僕たち夫婦のこと、両親のことなどを色々語りかけた。母の話では、体温が低く、少し状態が悪いという。それでも、顔のつやは、以前より少しよくなっているようにも感じた。入院して8ヶ月が過ぎた。父から、昨日付けで会社の退職手続きを完了したと聞いた。兄の生への執念と頑張りに、僕たち家族も感謝している。
2006年04月01日
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