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麗老(7)
一日がこんなに長いとは思わなかった。何もしないでボーとしていると時は過ぎないのだった。これには雄吉も困った。自由に生きると言う事がこんなに大変だとは・・・仕事を選べはよかったと思った。食べてテレビを見て眠る、そんな生活は一種の拷問だった。助かるのは、プロ野球が始まっていることだった。時間つぶしには格好だった。何処のファンということもなく見るのが好きだった。というより何処でもよくテレビの画面に何かが映っていればよかったのだ。
こんな生活をしていれば完全におかしくなると思った。妻を亡くして鬱になり苦しんだ経験があった。何か夢中になるものはないかと探した。趣味を持たない雄吉にとってそれは中々見つからなかった。とにかく、明日は庭の草取りでもしょうと思った。毎日のスケジュールを作ることにした。
野球を見ながら小腹が空いたのでお茶漬けを啜り込んだ。
「三十八歳か」
言葉がもれていた。意識してなくても何かを期待している心があるのか、寂しさ故に何かを求めたのか、女将の声が残っていた。そう言ってくれることはいやなことではなくありがたい言葉だった。
雄吉は定めに従順に生きてきていた。ここは逆らうことなく流れよう、それが定めならと思った。
妻を亡くして、それ以来女性との関係はなかった。誘ってくれる友もいたが行くことはなかった。潔癖症ではなくただのものぐさだった。お茶飲み友達がいてもいいなと最近思うようになっていた。仕事をしているときは一人の寂しさは感じなかったが、一日何をすると言うこともなく過ごすとき心に広がる孤独感を感じるのであった。
「散髪をして、デパートに行って最近はやりの洋服を買って・・・」と、雄吉は考えた。生まれ変わろう、そのためにはまず身だしなみからだと思った。外見をかえれば何かが変わるかもしれないと思い実行することにしたのだった。
麗老(8)
「今日はどこかへお出掛け」
「いいえ」
「何か違うわ」
「そう」
「明るくなった」
「服を変えたから」
「艶がよくなったわ」
「石鹸で顔を洗ったから」
「考えてくれた」
「なに・・・」
「この前の話」
「逢うだけなら」
「そう」
「どっちでもいい」
「悔しい」
「なぜ」
「断ると思っていたの」
「断ればいいの」
「後は上手くやって」
「なにを・・・」
「知りません」
「初めてだから・・・」
「そこまで責任は持てませんよ」
「責任て・・・」
数日後、女将は妙子を紹介したのだった。おとなしそうな女性だった。背に長い黒髪を垂らしていた。黒目がちの理知的な人だった。
雄吉は動揺することなく応接できた。こんなことがあっていいと思っていなかったから平常心で話すことが出来た。何もなくて元々だということだった。雄吉は寡黙で妙子の話を聴いているだけだった。
妙子は酒を何杯もあけこんなことは初めてだと言った。
逢った次の日、突然妙子が雄吉の家に現れた。
「一度逢っています・・・私から女将に頼みましたの」
応接間に案内した雄吉に妙子は言った。
雄吉は心を平静に保つことが出来なくなっていた。
「綺麗に片付けているのね」
と、当たりを見ながら言った。この家に女性が来たことはなかった。雄吉は周章ててカーテンを開き窓を開けた。淀んだ空気を入れ変えたかった。
「押しかけて来て・・・そこまで来たものですから・・・」
と、妙子は言い訳をした。
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