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2023.07.26
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カテゴリ: 気になる本
図書館で『科学で大切なことは本と映画で学んだ』という本を、手にしたのです。
どこを開いても、面白くてウンチクに溢れているが・・・さすが、サイエンスライターにして翻訳家という略歴は伊達ではないようです。




渡辺政隆著、みすず書房、2021年刊

<「BOOK」データベース>より
本から映画、映画から本へ縦横自在に往き来して科学を語る。ハメット、ヴォネガットからダーウィン、「時をかける少女」に「アナと雪の女王」、寺田寅彦、中谷宇吉郎、グールドにドーキンス、憧れのS.コネリー、「ひょっこりひょうたん島」、「崖の上のポニョ」、ビッグヒストリー、ダイアモンド、ハラリ…芸術も科学も文化、科学の知識があれば人生はさらに楽しい。心おどる科学研究の最先端はもちろん、科学のわき道・回り道、科学と科学者のいかにも人間味ある営みを捉えて随一の書き手の物する無類のサイエンスライティング。挿絵・山本美希。

<読む前の大使寸評>
どこを開いても、面白くてウンチクに溢れているが・・・さすが、サイエンスライターにして翻訳家という略歴は伊達ではないようです。

rakuten 科学で大切なことは本と映画で学んだ



まず「はじめに」から、見てゆきましょう。
p5~10
<タフでなければ>
 出会いはなんでもそうだが、ほんとの出会いにも絶妙なタイミングがある。レイモンド・チャンドラーの『さらば愛しき女よ』との出会いがまさにそうだった。大学を卒業し、大学院での研究生活を開始した当初のことだった。

 優しきタフガイ、フィリップ・マーローは、好むと好まざるとにかかわらずトラブルに巻き込まれてゆく。「トラブル・イズ・マイ・ビジネス」「タフでなければ生きてゆけない、優しくなければ生きている資格がない」とつぶやきながら。

 モラトリアム状態にあった自分とは対照的なヒーローがまぶしかった。これを機に、海外のハードボイルド小説に耽溺した。
 設立されたばかりのハードボイルド小説ファンクラブ「マルタの鷹協会」にも、友人の誘いで入会した。当時はちょうど、ロバート・B・パーカーやジェイムズ・クラムリーらの新作が刊行されていた時期で、ネオ・ハードボイルドの全盛期だった。

 ただしパーカーのスペンサーシリーズは、日本語の語り口と、主人公スペンサーがマッチョすぎて、今一つ感情移入できなかった。それに対してクラムリーの『さらば甘き口づけ』は探偵の酔いどれぶり、ビールを飲むブルドッグなどのキャラクターが絶妙で、チャンドラーの再来との誉れが高く、個のみだった。

 もっとも、その点に関して、訳者の小泉喜美子さんの参道は得られなかった。二日酔いの朝はチャンドラーを読み返すと公言するほどのチャンドラーファンだった小泉さんにすれば、マーローに匹敵するヒーローはいなかったのだろう。

 チャンドラー作品に関しては、最近になって、新訳の村上春樹版も登場した。今や古典ともいえる清水俊二訳とは一長一短だが、ことタイトルに関しては、旧訳に軍配を上げたい。

 マルタの鷹協会を通じて、小泉喜美子さんや小鷹信光さん、木村二郎さんなど何人かの作家や翻訳家の方とも知り合いになった。そして自分自身、商業誌へのデビューを果たした。小説ではない。光文社の「EQ」誌1982年9月号に「マルタの鷹を探せ」と題したエッセイを寄稿したのだ。
 タイトルは、もちろんダシール・ハメットの『マルタの鷹』に由来する。影の主役ともいうべき黄金の鷹像のモデルとなった「鷹」の種類を推理するという趣向である。モデルはあっけなく特定できてしまうため、話の展開に苦労した覚えがある。小説の原題はThe Maltese Falconであり、文字どおり、鷹ではなくハヤブサの像なのだ。ハヤブサとなると、地中海地方には一種しかいないのだ。

 チャンドラーよりもハメットのほうが、文体も生きざまもハードボイルド度が強い。実人生のパートナーだった劇作家リリアン・ヘルマン原作の自伝的映画「ジュリア」にはハメットも登場する。ジェイソン・ロバーズ演じるハメットが、ぼくにとってのヒーローとなった。ハメットが創造したサム・スペードでも、それを演じたハンフリー・ボガートでもなく、ハメット自身が。

<人生なんてそういうものだ>
 SFに初めて心を揺さぶられたのはスタニラフ・レムの『ソラリスの陽のもとに』だった。正確に言えば、それを原作としたタルコフスキー監督の映画「惑星ソラリス」を観たのが先である。SFが、架空の舞台設定を借りて人間の本質をえぐる文学たりえることを知った。

 レムの重厚なスタイルに比べると、カート・ヴォネガットは軽妙洒脱である。ぼくはレムでSFに本格的に入門し、ヴォネガットに進級した。
 ヴォネガットの作品は、もはやSFというジャンルに収まらない。ファンタジーに越境していると同時に純文学でもある。
 ただしその作品は、軽妙ではあるが決して明るくはない。それには彼自身の戦争体験が反映している。第二次世界大戦のヨーロッパ戦線に従軍し、ドイツ軍捕虜としてドレスデン爆撃を体験しているのだ。

 連合軍による1945年2月13-15日のドレスデン爆撃は、同じく焼夷弾を多用した1945年3月10日の東京大空襲の10万人をも上回る14万人の死者を出したといわれている。
 その地獄を生き抜いた作家として、ヴォネガットにとって避けて通れないテーマを扱ったのが『スローターハウス5』だった。ただしその語り口は、時空を奔放に移動する主人公を配した、いかにもヴォネガット流のひねりの利いたものだ。

 そこには、味方による大量殺戮を目の当たりにし、人生に諦観した作家ならではの諧謔が込められている。作品中では「そういうものだ(so it goes)」という決まり文句が繰り返される。人知ではいかんともしがたい事態に関して発せられるつぶやきだ。ヴォネガットの作品では、この種の寸言のリフレインが通奏低音として効果的に発せられる。

 軽妙だが深刻、おかしいが悲しい、荒唐無稽っぽいが妙にリアル。ヴォネガットの小説は、複雑にして単純な人間の姿をみごとに描き出してきた。エッセイにしてもまたしかり。


カート・ヴォネガット『国のない男』1 がお奨めです。





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Last updated  2023.07.26 08:25:17
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