デフレの正体 0
原発 0
体罰 0
糖質制限食 0
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日本浄土私:俺が、藤原新也氏を知ったのは、十数年前に書店で集英社文庫の「全東洋街道」を見たときだね。 衝撃的な写真が載っていて早速買ったね。 以来、紙質の悪い朝日文庫の「印度放浪」「西蔵放浪」「台湾 韓国 香港」と2,3年間で発行されたのを買ったね。 それまで、この地域の写真は自然や史跡が中心だったが、藤原氏の写真は、これらの地方の下層階層の生活に飛び込んだ生きた生活写真だね。A氏:藤原新也氏は、カメラをもって放浪しているんだね。私:文章もいいね。 文庫本の書棚の奥から、埃をかぶった「印度放浪」をさがしだした。 「ぼくは歩んだ。 出会う人々は、悲しいまでに愚劣であった。 出会う人々は、悲惨であった。 出会う人々は、滑稽であった。 出会う人々は、軽快であった。 出会う人々は、はなやかであった。 出会う人々は、高貴であった。 出会う人々は、荒々しかった。 世界は良かった。」 と3人の印度人が立っている写真に書き込まれていたね。 ところで、この「日本浄土」という本は、昨年発行されたものだ。 図書館で順番待ちで借りた。A氏:藤原氏は1944年生まれだから、もう60歳台だね。私:氏は、故郷が福岡だが、この「日本浄土」では、子ども時代や青年時代に関係した地方を回る。 島原、天草、門司港、柳井、祝島、尾道、能登、房総だね。 そして、以前は、個性があった地方が、時代の波とともに、画一化してきて、古きものは跡形もなく破壊され、無感動な風景となっていた。 写真にならない風景が展開してきたという。A氏:高度成長とアメリカ文化が、まだ、古きよきものを残していた昭和を破壊したね。 平成になってそれはさらに進む。私:氏の旅行の仕方はさすがにアジアの底辺を放浪しただけに、ユニークだね。 レンタカーを嫌う。 田舎でバスが来るのを3時間待つ。 せせこましい都会生活になれた若者は我慢できないで「キレル」だろうね。 あるときは、バスがないので、偶然にあった古道具屋でママチャリを2千円で買い、数時間、田舎道を宿がある場所までこぎ続ける。A氏:そういう個性的な旅から、まだ、生き残っている日本の古い姿を探し出すことができるんだね。私:氏が、天草の通詞島(つうじしま)でバタッリ出合った漁師との口論が面白かったね。 氏は、漁港の周辺にある「イルカウオッチング」の看板が気に入らない。 漁師に「漁師が客からカネをとってイルカのあとをついて行くのは、観光業だ。 漁師のプライドが許さないのではないか」と、ちょっと気分を害するようなことを言う。A氏:漁師は怒るだろうね。 日本近海の魚は減って収入が減っているんだからね。私:しかし、話して分かり合えるのだが、藤原氏も、写真に取りたい風景が減っており、「俺も失業状態だ」と言うね。 ところで、氏が30年くらい前に放浪した「全東洋街道」「印度」「西蔵」「台湾 韓国 香港」は、今、どうなっているだろうかね。 経済発展によって、自然が崩壊し、公害が出たり、格差が拡大したりしているのではないだろうか。 氏が再度、印度を放浪したら、「悲惨な人々」が増え、「貧しいが高貴な人々」は姿を消したのではないのかね。 「西蔵」では漢民族に支配されている姿を見ることになるだろうしね。 「世界は良くなっている」のかね。
2009.02.19
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ゴールデンウィークの海外旅行は、アジア地域に多いそうである。私は、今年は別に遠方に出かける予定はない。近所の自然公園での新緑を見に出かけるくらいである。 昨日、NHKテレビを見ていたら、スタジオパークで「緒方拳が語る世界の旅の魅力」をやっていた。面白かった。今度、NHKとBBCが5年をかけて共同制作した「プラネットアース」の紹介もしていた。惑星・地球が作り出した不思議に満ちた自然景観と驚くほど多様な生き物たちのドラマを、かつてないスケールで描くというもので、緒方拳がナビゲーターとなる。11集で、5月7日より、最初の4集を4日間連日放送予定とのこと。後はNHKスペシャルのサイトで、数分だがすばらしい紹介動画をご覧あれ。 緒方拳の話によると、どこか忘れたが、巨大な4百メートルくらいの縦穴があり、その地底に入るらしい。ハングライダーで飛び降りる人がいるほど、巨大な穴である。この穴の途中に、何か黒い塊があり、これが夜になると動き出すのだという。それは、約3百万羽のコウモリだという。そのフンが地底に積もり、それをゴキブリの大群が食べているのだそうである。緒方拳は、それをみていると虫というのはかわいいものだと感ずるという。 この話で、連想して思い出したのは、二十年位前に読んだ作家開高健の「もっと広く!」である。氏は釣り好きで、かつ、魚は釣っても、また水に返す。この本は、釣りをしながらの南米縦断旅行記。上下2冊の文庫本で写真が豊富。この中で、今でも鮮明に印象に残っている箇所が一つだけある。 それは、次のチリーの海岸での釣りの話である。 開高健が、最初の朝、礒岩に登り釣りをしながら沖を見たとき、氏は驚く。何千羽、何万羽、数知れぬ鵜の大群が、二、三列の縦隊で、ゆっくりと南下していく。鵜の飛び方もゆっくりである。氏は、その最後尾を見届けようと、釣りをやめ、タバコを何服もすって見ているのだが、ついに根負けして、釣りを始める。釣りの間、ときどき、沖を見るのだが、まだ、南下する群れは続いている。 時間もとまり、風景もとまり、心もとまってしまうくらいの無量であり、大数である。大群は夕方になると今度は南から北へ、夕陽の中を帰っていく。これが毎日繰り返される。 氏はテントに帰り、地元の人に「すごい。これまでに世界のあちこちを歩いてきたが、こんな鳥の大群を見るのは、初めてだ。すばらしい光景だ。これだけで満足だ。」と言う。しかし、地元の人は、別に驚かず、以前は、もっと多く、ここ二十年くらいで八割も減ったという。減った原因は、鵜のエサになるイワシの乱獲だという。 この時空を超えた壮大な自然の流れは、1日中見ていても飽きないであろう。想像を超えた壮大さであろう。これを何日も、ぼんやり見ていたら、文明で汚れた頭が洗われるであろう。最高に贅沢な時間の過ごし方である。 残念ながら、当時は、まだ僻地でのビデオ撮影が難しかったから、この鵜の大群の様子は写真でしか分からない。緒方拳の「プラネットアース」ではそのような動物の雄大な姿の動きをテレビで見ることができるだろう。 開高健氏の旅行記から二十年たち、この間、氏も六十才を待たずに急死したが、この鵜の大群の流れは、今も続いているのだろうか。現場で見たいが、かなうことのない夢である。イワシの乱獲がまだ続き、もうその光景は期待できないかもしれない。 ゴールデンウィークで海外に行きホテルでゴロ寝している人もいるというが、同じゴロ寝でも、このような雄大な自然の中でしたいものである。そういうゴロ寝企画はないものか。それこそ、真の世界の旅であるような気がする。
2006.05.02
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