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2019.01.20
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カテゴリ: 昭和期・歴史小説
​   『赤ひげ診療譚』山本周五郎(新潮文庫)

 時代小説であります。
 主人公は、江戸幕府の小石川養生所の医師「赤ひげ」こと新出去定であります。初めて作品に現れるシーンは、簡潔にして印象的。こんな具合です。

​ 渡り廊下をいって、右に曲ったとっつきの部屋の前で、津川は立停って自分の名をなのった。部屋の中から、はいれという声が聞えた。よくひびく韻の深い声であった。​

 実はわたくしは時代小説については、とんと疎く、何冊か少し囓ったことはありますが、まとまって読んだことがないため(なにせ、時代小説をお書きになる方々ってのはなかなかの健筆でいらしって、やたらと長編だったり作品が多かったりしませんか。私の愚かな偏見でしょうか)、本作が時代小説の中でどの様な位置づけにあるのか等、さっぱり知りません。

 筆者山本周五郎についても、二、三冊読んだくらいで(『さぶ』と『季節のない街』と後……)、ただ『季節のない街』は時代小説ではなく、というか、私はほぼシュールレアリスム小説として読んだのですが、とても面白かったです。

 そもそも私は、つらつらと自らの来し方を反省してみまするに、時代小説に対して故のない偏見がありはしなかったか、と。
 そしてその偏見はどこから生まれてきたかとさらに考えますと、ひとえにおのれの無知さかげんのせいではなかったか、と。

 ただ少しだけ言い訳じみたことを加えますと、確か三島由紀夫の文章に、はっきりと時代小説とは書かれていなかったですが、いわゆる日本的ウエットな小説はだめなんだみたいなことが書いてあって、それを読んだ愚かな私は時代小説はだめだと一直線に、……ああ、考えますほどに、改めて私の思考なんぞは無知蒙昧の巣窟であるなあと……。

 ……さて気を取り直しまして本書です。
 数少ない時代小説読書経験から比較検討致しまして、私は本書の特徴を二点考えてみました。

 まず、本書は上記に触れた舞台と主人公を八つの連作短編でまとめた作品です。
 まー、テレビ時代劇の『大岡越前』(このテレビドラマは今でも時々放映されているんですかね、わたくし寡聞にて存じませんが)みたいなものですね。

 今私はテレビドラマとの類比を行いましたが、まさにテレビドラマと比べますと、各回のエンディングが、とてもそっけないです。たぶん、他の小説に比較してもとてもそっけないと思います。
 これで一応は、えー、まぁ、終わっている、かな、という程度にちょっと考えてしまうほどに薄味です。

 これは筆者の持ち味なんでしょうかね。
 一概に評価はできないですが、物足りなさと、しかし、ある種の広がりも、確かに感じられます。
 だとすれば、この筆者の「持ち味」はなかなか渋く玄人好みで、誰にでも読めるように易しく書いていそうに見えて、ねらっている高みはなかなかのものだと言えそうです。
 私の好みを我田引水的に書けば、純文学志向めいたものを感じます。

 さて二点目の特徴ですが、少し書き方を変えてみますが、8作の中でどれが一番できがいいだろうと考えてみたのですが、私は、「鶯ばか」というのが一番いいかな、と。

 もちろんわたくしのごく個人的な嗜好からのチョイスですが、ここに描かれているのは、一家心中をして子どもはすべて死んでしまったのに夫婦だけが生き残った男女と、あまりの貧しさから精神に異常をきたしてしまった男の話です。

 私は、彼らの取り上げられ方の中に、上記で触れた『季節のない街』から感じられる少しシュールな知的操作を感じました。
 例えば助けられて生き残った母親(おふみ)が、こんな事を言います。

​「生きて苦労するのは見ていられても、死ぬことは放っておけないんでしょうか」おふみは枕の上でゆらゆらとかぶりを振った、「――もしあたしたちが助かったとして、そのあとはどうなるんでしょう、これまでのような苦労が、いくらかでも軽くなるんでしょうか、そういう望みが少しでもあったんでしょうか」​

 また、精神に異常をきたし、いない鶯の姿を見て声を聞く男(十兵衛)がこう言います。(この一文が、この短編のラストシーンです。上記にも書きましたように、薄味加減と「深み」が感じられるような終わり方です。)

 登は側へいって坐り、ぐあいはどうだ、と云いかけたが、すぐ十兵衛に「しっ」と制止された。十兵衛は鴨居のほうへそーっと耳を傾けた。そうして、静かにそっちを指さしながら、登に向かって頷いた。
「聞いてごらんなさい、いい声でしょう」と十兵衛はたのしそうに云った、「この鶯は千両積んだって売れやしません、なんていい鳴き声でしょうかね、あの囀り、――心がしんからすうっとするじゃありませんか」

 山本周五郎は「庶民派」とはいわれつつ、そして多分その通りではあるのでしょうが、当たり前ではありましょうが、作品を作るに当たってはかなりシビアな知的構築をしていると、愚かな私はしきりに感心したのでありました。

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Last updated  2019.01.20 11:09:58
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analog純文 @ Re[1]:父親という苦悩(06/04)  七詩さん、コメントありがとうございま…
七詩 @ Re:父親という苦悩(06/04) 親子二代の小説家父子というのは思いつき…
analog純文 @ Re:方丈記にあまり触れない方丈記(03/03)  おや、今猿人さん、ご無沙汰しています…
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