昔のお話・・・・![]()
夏になると 自転車の後に箱を乗っけて アイスキャンディを売りにきました。
チリンチリンとベルのおじさんから カランカランと鐘を鳴らすおじさん。
ただの色つき砂糖水を固めただけなのですが、子供にはとても魅力的でした。
かき氷は少し高いので こちらは当時5円か10円だったかな。
「買ってぇぇぇぇ ぇぇぇぇえええええええ」と言うと(わめくと言った方がいいかな)
お腹毀すから駄目と絶対に買ってくれませんでした。
たしかにかなり不衛生な代物で 疫痢とか伝染病にもなる可能性がありました。
かき氷は 少しだけ黄色っぽい密のは ホントの蜂蜜入り
真っ赤ないちごのは 色つき砂糖水
とても良いことがあると 金時といってゆで小豆の入ったものを 半分食べさせてくれました。
遠州地方は 「みかん水」というワケわかんない飲み物があり、ミカンなんか入っていない
砂糖水 みかん風というやつがありました。
これは最近 復刻版で販売されているようです。
最高の氷菓子は 当時 浜松駅の弘済会で売っていたアイスクリーム。
材料がいいのか、まったりとおいしくて、鉄道員だった叔父が オートレースで当てると
買ってくれました。
当時50円とか100円だった記憶があり、今でいうと500円のアイスクリームでしょうか。
木箱に入って モタモタ食べていると 融けだして手がベタベタしました。
このベタベタも舐めてしまうほど おいしかったなぁ。
叔父はオートレースが好きで、叔父の家に行くと 私だけオートレースに連れて行って
くれました。多分 この家の子供だと オートレースで損したとか儲けたなどが
即 叔母に漏れていまうからだったのでしょう。
当てると サキイカとかキャラメルを買ってもらい オートに来たのは内緒だよと口止め。
そこそこ 口が堅かったので よく連れて行ってくれました。
この叔父も 既に いませんが、結核で死にそうになったのが大手術でなんとか生き残った人です。
昭和30年代は まだまだ結核が猛威をふるっていました。
じーちゃんは すいかを井戸で冷やして 食べさせてくれましたが、
待ちきれなくて 弟と二人で 「まだあ?」「早くぅ」と冷える間中 うるさかったです。
昼寝も たたみに直に寝てしまうので、昼寝の後はほっぺに畳跡がくっきり。
ちび丸子ちゃんは 昭和40年代の一般家庭 私には少し新しい年代です。
手回しで体力が要るかき氷の機械 ![]()
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