げっきゅ
ー
びで
ある
。
でも昔のようなときめきがないのも事実で・・・
今や現金手渡しなんて職場は少ないだろう。
取っ払い即渡しなんて 税務署がにらんでるし、いちいち面倒。
経理屋さんから言わせてもらえば ホント楽です。
昔は 前日までに金種の計算もして 1円いくらとか全部やって
朝 銀行に寄っておろしてくると 封筒詰め ピコピコ チャリーン
この作業がないのは 快適
だけど 振り込みだと昔は振り込み明細を3営業日前に 銀行に届けておかなくてはならないし
この時 そのお金がないと受付してもらえないとか 資金繰りも大変だった。
日曜日が給料日の時は 前日支払いとなり 売掛金は支払いが日曜だと
翌日になるのが 慣例だったので このタイムラグでやりくりもあったし
給降りをしている会社って かなり安定した会社でないとできなかった。
官公庁は振り込み実施がかなり遅くて 遅れていると批判されたものだ。
現金のため 事務処理とかでかなりの人工(にんく)がかかっていたようだ。
今は前日に ネットで処理をしておけばいいけど 昔はなにかと面倒な給振りだった。
そして 事務屋は仕事が楽になり とーちゃんの権威は大幅に失墜した。
なんといっても げっきゅーび
くらいは とーちゃんがげっきゅー袋を持って帰るのが
家族の一大イベントであったのに これが かーちゃんの手元のキャッシュカードで
済んでしまうのだ。
ここから 親父の受難時代が始まったとも言える。
まあ 最近は かーちゃんも稼ぐ時代で とーちゃんの影はますます薄いからなぁ
キャッシュレス時代 そして マイルだのポイントだの 段々世知辛い事も販促として使われて
役人の出張のマイルまで あーたらこーたら取りざたされる始末。
そのうち役人になる人は 減るのかな・・ でも親方日の丸だからそうでもないか。
アジアは賄賂が横行するところで 役人は薄給を賄賂で調整している国もあるとか。
日本も 江戸時代 大奥も最初は給金はなかったらしい。
春日の局は 口利き役で賄賂をもらい 大奥の運営に当てていたそうで
賄賂を批判されたので 給金なしで どうやってこの大所帯をまかなうのだと
啖呵切ったらしい そして やっと給金制度ができた・・・・
徳川様も ケチだったのね。
職人の世界のお勘定は25日あたりで締めて みそかとか5日払いが多い。
昔は 半勘定といって給料を月2回に分けて支払った。
みんな 自転車生活で 前借りよりマシということだったのだろう。
強盗区にフジクラ電線の大きな工場があったころ(戦前の話)
近くに洲崎という遊郭があり ここのお女郎さんが げっきゅーび
に ずらりとならんで
掛け取りで待っていたという。
なかなか粋なモンじゃありませんか。
元の娼館で 現在はマンションなんかが建ってます。
もう遊郭のなければ フジクラ電線の工場もありません。
フジクラの跡地はサトーココノカドーやシネコン ショッピングモールになり
当時の面影はありません。 ただ1軒だけ 終戦直後に建てた飲み屋だけ
ちゃんと残って営業しています。
トマト100円 モツ煮込み300円なんて 工員さんの御用達価格です。
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