高校一年の夏 一度登ってもう沢山です・・・・・。二度行くのはバカだそうだ。
ちゃんと 途中で一泊しましたよ 高山病なんか誰もなりませんでした。
須走から 降りて帰るのだけは爽快 バスケットシューズはぼろぼろになりましたけど。
他人様が出歩く時は おうちでゆったり これが一番です。
働くのもいいかもしれません。
コンビニのバイトは 涼しくて 天国。
お金がもらえて 涼しくて 後でゆったり夏休みって 頭いい!
かくいう私も 勤務した会社が なぜか6月決算のところばかり。
ひどかったのは 子会社はバラバラの決算期だったのを
銀行が連結決算した数字が必要と要請され もう決算期を同一にしちゃえと
自分でやった事なので 仕方ありません。
毎年7・8月は地獄です。 そして社会保険の算定がある。
おかげで 毎年遊ぶ費用ゼロ 決算後の手当をしっかりもらっていました。
当時 会社にクーラーはなくて 扇風機を使うと伝票が舞い上がるし
散々な夏を過ごしました。 当時は振り替え伝票と算盤 そしてバインダーの元帳。
子会社の伝票は 連結して同時起こしなので 振替伝票には社名も入れました。
助かったのは 社長の子供達が バイト代目当てで手伝ってくれた事。
他の社員は みんな手伝ってくれません みんなお休みです。
しかし決算書ができる頃 夏休みが終わる数日前 また地獄が・・・・・。
そう 手伝ってくれた子供達の 夏休み宿題の始末。
やりたくない科目のは みんな私がやるように残っているんです。
小学生や中学生の頃は チョイチョイとできましたが 高校生になると大変です。
忘れていた因数分解やらベクトル そして化学式 生物 政治経済ぁららら
なんとかボロを出さずやりましたが 子供達が一流高校だったらと思うと ぞっとします。
まあ 一流高校なら 私に頼んだりはしないでしょう。
長男だけ 私に難しいものをわざと残すんです。私にテストして喜んでいるヤツ。
高校の頃 必死でやっておいてよかったと・・・・・・・。
なんで私が 英語の辞書と首っ引きで・・・・と 今ならネットでチョイチョイですけど。
まあ 宿題はちゃんとやりましょうね・・・と言いつつも 私とて同罪です。
昔は お習字 図画 工作と宿題があって 習字と図画は 母 工作は爺様
あまり上手なので バレバレでしたけど 一応提出すればいいのでOK
当時の小学校って ホント宿題ばっかりでしたね。
今頼まれたら ダッシュで逃げる
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