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「これが村上春樹か……」 読み終えて、そう思わずにはいられなかった。 文章は平易、しかし、ストーリーは難解…… 読後に残る、行き場のない戸惑い……。 「羊」に入り込まれた3人の、それぞれの人生模様。 そして、強大な権力を手に入れんがため、 自ら進んで「羊」に入り込まれようと目論む4人目の男。 彼は、3人目の男から「羊」を引っ張り出すために、僕を利用する。それとは知らず、僕は「羊」をめぐる大冒険を北の国で敢行。そこで、旧知の仲である3人目の男と、久方ぶりに再会を果たす。ただし、それは、鏡に映らない存在。そして最後に、3人目の男は、4人目の男の目論見を木っ端微塵に吹っ飛ばす。ストーリーのアウトラインはこんな所か。しかし、特別な耳を持つ女の子は、なぜ「羊をめぐる大冒険」を知っていたのか。それは、あくまでも、耳の力によって、気付いただけだったのか? まぁ、そういうことなのかも知れない……。これにて、青春三部作は一応完結。しかし、『ダンス・ダンス・ダンス』は、更なる続編という位置付けらしい。鼠は、ジェイは、果たして再登場するのか?昨日、ネットで、すでに発注を済ませた。
2009.06.28
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『スタバではグランデを買え!』が、とってもヨカッタので、期待して購入。 クルマの「価格の決まり方」について、よく分かったし、 高級レストランの格安ランチの秘密も、よく分かった。 これらは、『スタバ……』と共通する内容でもあるから。 それにも増して興味深かったのは、パチンコ必勝法! そして、オークションにおける過当競争。 私も、少しだけネットオークションの経験があるので、 その気持ち、感情の昂ぶりは、痛いほどよく分かる。 そして、前半はスイスイと読み進めていたのだが、後半に入ると、いきなりその速度が鈍ってしまった。著者の専門分野(?)である「金融」絡みの話になってきた辺りからである。著者の主張というものも、前面に出てきはじめ、それまでとは趣が一変……。サラサラと読み飛ばすような読書では、私の手に負えないレベル・難易度。ちゃんと理解するためには、後半部分は、再度読み直す必要がありそう。それでも、とりあえず、本著によって「サンクコスト」という言葉に出会い、その概念を知ることができただけでも、たいへん価値あることだった。 研究開発のために費やしたコストや、 大きな設備をつくるのにかかったコストなど、 過去に支出したコストのうち、 いまとなっては回収できない部分をサンクコスト(埋没コスト)と呼びます。 たとえば、200億円をかけて整備した工場設備があるとして、 それを売却しても70億円しか回収できないとすれば、 回収できなくなった部分の130億円はサンクコストになります。 合理的に行動したいなら、 サンクコストはすでに消えてしまった価値として、きっぱりとあきらめるべきです。(p.179)いつまでも、過去に拘っていては、前に進めない、本当に大切なものを見失ってしまうということか。「きっぱりとあきらめるべきです」のひと言が、とってもイイ。「経済だけでなく、人生においても、そういうことがあるかも」と思った。
2009.06.28
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1か月ほど前、TV「ザ!世界仰天ニュース」を見て興味を持ち、 すぐさまネットで発注、そして、読んでみました。 400ページに届こうかという、持つ手にズッシリとくるボリューム、 そして、その内容の濃さに、スイスイ読了というわけにはいきませんでした。 しかしながら、どれだけ時間をかけてでも、読んでみる価値のある一冊。 近年、ADHDが、教育現場等で、かなり知られてきているのに対し、 ADDの方は、どこでも、それほど認知されていないのではないでしょうか。 また、双方の違いについて語れる人は、それほど多くなさそうです。「ADHD」。これは、注意欠陥多動性障害と訳されるもの。それに対し「ADD」は、注意欠陥障害と訳されるもの。恥ずかしながら、私自身も、本著に接するまで、ADDについては、本当のところ、しっかりと理解できていませんでした。そして、このことを知った今、身の回りで起こっている、色んなことに合点がいくようになったのです!まさに、目から鱗が落ちる思いです。片づけられない人たちには、片づけられない理由があったのですね。 ADDの一次的な症状(集中力がない、思いつきに流される、 活動レベルが高すぎる、または低すぎる)で冒されるのは、 家事や学業、仕事、それに何より、雑事や掃除という分野だが、 二次的障害では、主に、目標達成、感情、 そして人間関係という三つの分野が影響を受ける。(p.144)これが「ADD」というものを最も端的に表現した一文。そして、p.242からは「悲嘆の受容サイクル」五段階が説明されています。それは「否認」「怒り」「取り引き」「落ち込み」「受容」。あれっ?これって何かで見たような……そうそう、『死ぬ瞬間』で示された「死に瀕した患者が死に至る5段階」と同じです!
2009.06.28
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「これが精神科医の仕事なのか?」 本著で紹介されている患者と医師との言葉のやりとりの内容は、 セックス、不倫、失恋、薬物、アルコール等々、まさに人生相談そのもの。 これって、診療室でなく、どこか他の場所で語られるべき事柄では? もちろん、その悩みが原因で、本当に精神的に病んでしまっており、 薬の処方や医療的行為が為されるべきと思われるケースもあったけれど、 多くのものは、ちょっと場違いな印象を受けるもの。 「何だかなぁ……」というのがホンネ。でも、そんな話が持ちこまれるほどに、精神科を訪れるということに対する敷居が低くなったのは間違いない。しかしながら、その敷居の低さは、別の問題を生み出しているようだ。それは「流行」。 当時は、トラウマ理論全盛の頃で、入室してくるなり、 自分がいかにAC(アダルトチルドレン)であるかをとうとうと、 述べる患者さんで、診療室はあふれかえっていました。 自称ACの渦の中に殆どの精神科医はまきこまれ、 その余りの親に対する攻撃ぶりに、ちょっと違和感を感じながらも、 とりあえずは受容的に接することに追われる毎日でした。(中略) そんな一~二年が過ぎるうちに、斉藤先生自身が、 AC概念を一般家庭にまで広げすぎて、いろいろ問題点が出てきてしまったので、 ACはアルコール依存症家庭に限定したいと理論修正をしてしまいました。(中略) それが『アエラ』誌上で発表されるやいなや、 あっと言う間に、自称AC患者は姿を消してしまいました。 そのあとは、多重人格ブームがきて、一時期は、連日のように 自称多重人格者(乖離性同一性障害)が、訪れてくるようになりました。(中略) 今は、リストカットとパニック障害と過食症が全盛です。(p.262)これは、本著の『文庫版のあとがき』に書かれたものであり、本著(文庫版)が出版されたのは、2005年5月のことである。そして、現在、2009年6月、最近の流行は、やはり「うつ」ということになるのだろうか。
2009.06.28
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さて、村上さんの青春三部作を締めくくる本作品は、 上・下分冊でボリュームたっぷり。 しかも、お話しの時間の流れが行き来するという、 村上さん得意の手法も駆使され、いよいよらしくなってきた。 『風の歌を聴け』、『1973年のピンボール 』に引き続き、 僕・鼠・ジェイが、今回も登場。 僕は、バツイチだったのか。しかも、元妻はあの子か。 でも、前作では、鼠はジェイに、街を出るって伝えてたはずだよなぁ……。とりあえず、僕は、謎の羊を探し求め、鼠がいると思われる、北海道へと旅立つことに。そして、これから僕の進んでいくところを、まるで知り尽くしているような、特別な耳を持つ彼女の正体は、一体何? ***さて、このお話の中にも、洒落たセリフが沢山出てきた。中でも、私のお気に入りは、これ。 「つまり、あなたの人生が退屈なんじゃなくて、 退屈な人生を求めているのがあなたじゃないかってね。 それは間違ってる?」(p.63)特別な耳を持つ彼女が僕に言った言葉。そして、もう一つ、気になったセリフがこれ。 「気持ちはよくわかるよ。 山を崩して家を建て、その土を海まで運んで埋めたて、 そこにまた家を建てたんだ。 そういうのを立派なことだと考えている連中がまだいるんだ」(p.140)ジェイが僕に言った言葉なのだが、これって「山、海へ行く」のことか?村上さんが青少年期を過ごした場所から考えると、まず間違いないと思われる。そうすると、p.145~149に描かれている街の景色は、あの辺りのイメージかな。あまりのローカルさに、ますます親近感がわいてしまった。
2009.06.27
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村上さんによる、青春三部作の第二弾。 若き日の村上さんから、現在の村上さんに向かって、 『風の歌を聴け』から、ハッキリと一歩前進していることが分かる作品。 「村上ワールド」の片鱗が、随所に見受けられる。 僕と双子の不思議な関係。 ピンボール・マシーン「スペースシップ」との再会に至るまでの 何とも言えないワクワク感。 そして、寂寥感に押しつぶされてしまいそうな「鼠」等々。もちろん、『海辺のカフカ』のレベルには、まだまだ遠い。ボリュームだって、たったの176ページだから、あっと言う間に読めてしまう。それでも、この本には、私を引き付けるフレーズが、たくさん出てきた。それは、こんなところ。 「そうさ、猫の手を潰す必要なんて何処にもない。 とてもおとなしい猫だし、悪いことなんて何もしやしないんだ。 それに猫の手を潰したからって誰が得するわけでもない。 無意味だし、ひどすぎる。 でもね、世の中にはそんな風な理由もない悪意が山とあるんだよ。 あたしにも理解できない、あんたにも理解できない。 でもそれは確かに存在しているんだ。 取り囲まれているって言ったっていいかもしれないね。」(p.92)これは、ジェイが鼠に言った言葉。理由のない悪意……確かに、山のように存在している気がする。次は、僕が事務所の女の子に言った言葉。 「僕は不思議な星の下に生まれたんだ。 つまりね、欲しいと思ったものは何でも必ず手に入れてきた。 でも、何かを手に入れるたびに別の何かを踏みつけてきた。 わかるかい?」(p.105)このことに、僕は三年ばかり前に気付き、それ以後、もう何も欲しがるまいと思ったという。これからも、誰にも迷惑をかけずに済むから、一生そうやっていこうと。それに対する、女の子の言葉が、 「本当にそう思うんなら、 靴箱の中で生きればいいわ」僕が言うように、確かに、とっても素敵な意見だ!そして次は、鼠がジェイに言った言葉。 「それでも人は変わりつづける。 変わることにどんな意味があるのか俺にはずっとわからなかった。(中略) そしてこう思った。 どんな進歩もどんな変化も結局は崩壊の過程に過ぎないんじゃないかってね。 違うかい?」(p.137)そして、ジェイは答える。 「違わないだろう。」これは、よく分かる。まさに、真実……。しかし、後日、鼠はジェイにこう語るのだ。 「ずいぶん考えたんだ。 何処に行ったって結局は同じじゃないかともね。 でも、やはり俺は行くよ。 同じでもいい。」(p.164)あぁ、これこそが人生、っていう感じ。読後の満足感が、一作目に比べ、格段に大きくなった二作目だった。
2009.06.25
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「ズシンと響く」か、と言われると、 本当のところは、子どもに聞いてみなくちゃ分からないけれども、 大人の私に「ズシン響く」ようなひと言は、 残念ながら、そんなに多くなかったような気がする。 もちろん、たったのひと言で、子どもの胸の奥深くまで、しっかりと響き渡るような そんな特別な言葉が、この世に存在するはずなどなく、 そのひと言に至るまでの、親の様々な言葉や態度・働きかけがあってこそ、 ズシンと響くひと言に、はじめてなりうるのである。そういう意味で言うと、本著は、そのひと言を説明するための、紙幅が余りにも少なすぎた。たくさんのひと言を、読者に紹介しようとするサービス精神からか、一つ一つのひと言に込めるべき手間暇が、若干疎かになってしまっている感がある。 ***もちろん、納得させられたり、感心させられたりする部分は、本著のあちこちに、本当に多数見受けられる。 大事なことは、まず不平等に生まれついている事実を認めることです。 その上で、運動神経はいまひとつだが、 この子には他にできることが必ずあると信じて、 それを探そうとしなければなりません。(p.33)「自由・平等」を掲げることばかりに気を取られている現代社会において、このことは、得てして忘れられがちであり、また、「自由・平等」を、変に誤解している人たちもかなり多いため、理想と現実とのギャップ・矛盾に、翻弄されてしまっている気がします。 つまり、どうなるかわからないからこそ、必死で努力をするのです。 愚直に貫き通すことが大切なのです。 わがままに見えようが、未熟さが気になろうが、 子どもが自分で決めたことなら、中身は何でもいいのです。 それを守り通し、それを途中で投げ出さずに貫くことを、 評価できる親であって欲しいと思います。(p.58)極力、リスクを回避しながら、効率よく、マニュアルに従って、決められた行動を、規定通りにこなしていくことで、予測される成果を、最大限に獲得することを良しとする現代社会。そんな大人たちの姿ばかりを見せつけられては、子どもたちは、マニュアル人間に成長していくしかありません。 私はよく、「優秀な先輩もいいけどね、ドジる先輩はもっといいよ」 「後輩に失敗を見せてやれ。尊敬されるより愛されなさい」と、 あらたに先輩になる子どもたちに話しています。 本当に自信のある子どもはこの言葉どおりにできますが、 自信のない子どもは、やはりどうしてもいい格好をしようとするものです。 いい先生や親というのもこれと同じで、 ありのままの自然体で子どもたちと接しているがゆえに、 多くの子どもたちから慕われ愛されるのです。(p.85)これは「本当にそうだよなぁ……」と思わされたところ。でも、親って、子どもに対しては、どうしても格好をつけてしまいがちです。自然体というのは、本当に難しい。 数パーセントくらいの比率でいつも鳴っている不協和音を抑える協和音の力があれば、 協和音だけの組織より一段上の調和を持った組織になるのです。 そうなると、不協和音が快く聞こえてくるのです。(p.148)これは、スゴイの一語!実際、そうなんだけれど、残念ながら、気付いていない人が、あまりにも多い。逆に、不協和音ばかりが気になって、それを抑えるべき協和音の力が弱まると、その組織は、どんどん弱体化していってしまう……。 ***こうやって、ブログを書きながら、読み返してみると、どの項目においても、著者の指摘は本当に鋭く、的確にポイントを突いている。一つ一つのひと言に対する、著者の考えや思いを、もっとじっくり、心にズシンと響くまで、読ませてもらいたかった。
2009.06.22
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発注していた村上さんの文庫本8冊が届いたので、 まずは処女作の『風の歌を聴け』から読み始める。 読みやすい文章であり、ボリュームも150ページほどだから、 あっと言う間に読了。 時間が行き来したり、 突然、違うエピソードが飛び込んできたりするのが、 いかにも村上さんらしいところなんだろうけど、 『海辺のカフカ』から村上ワールドに踏み込んだ私には、スッキリ軽めの印象。それ故、読み終えた後に「?」の部分は、ほとんどない。逆に、心の中に、何ものかがいつまでも引っかかり続けるような、沈殿した重々しい充実感を、心ゆくまで堪能するなんていうことは到底無理。あくまでも、軽く、さらっと、青春の一ページが語られている、若き日の村上作品。 *** 何かを持っているやつはいつか失くすんじゃないかとビクついているし、 何も持っていないやつは永遠に何も持てないんじゃないか心配してる。 みんな同じさ(p.117)この部分は、とっても納得。私は、もちろん、ほとんど後者かな。それでも、少しばかりは、前者の部分も持ち合わせているし……みんな同じでしょ? 「何故人は死ぬの?」 「進化しているからさ。 個体は進化のエネルギーに耐えることができないから世代交代する。 もちろん、これはひとつの説にすぎないけどね。」(p.130)この部分は、さらに納得。スゴイなと感心させられた。これって、本当に誰かの説なのだろうか?もし、あなたが知っておられるならば、ご教授願えれば、本当に嬉しいのですが。
2009.06.22
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本文を読み始めるまで、すっかり勘違いしていた。 それは、この物語のタイトル。 表紙には、自転車に乗った女学生のイラスト。 だから、すっかり「ハルカ・エイティーン」だと思い込んでいた。 以前読んだ『ツ・イ・ラ・ク』のような ティーンエイジャーの女の子の物語だと思ってた。 でも、読み始めてすぐ、それが大きな間違いだと気付く。 この物語は、80歳超、大正生まれのハルカさんの「女の一代記」。 「文庫版あとがき-後日談に代えて」で、著者の姫野さんは、こう述べる。 大正九年に生まれ、太平洋戦争のあった昭和を生き、 平成に暮らすひとりの女の物語……というと、 次から次へと手に汗にぎる事件がおこるような 講談調の小説を期待される方もおられるかもしれませんが、 すみません、そういうことは何もおこりません。 本著はひとことでいうと「何もおこらない一代記」です。(p.550)確かに、ハルカが遭遇する数々の出来事は、本当に日常的な出来事ばかり。事態があまりにも深刻になりすぎて、自分も周囲も、がんじがらめの泥沼状態、その息が詰まるほどの緊張感の中で、誰もが喘ぎに喘ぎまくる……というような展開には、全編を通じて、一切なることがない。それが、ハルカの生きる道。それが、ハルカの日常の生活。そして、80歳のハルカが、ここにいる。でも、これが、全ての人にとって「日常的」かと言われると、ちょっと困る。 *** 一九五二年。 ハルカは阪神宝塚線のある駅で下りた。 宜間の家を建て替えるあいだに仮住まいで借りたアパートの駅から四つ目。 アパートのある駅よりは大きい駅。(p.341)「阪神宝塚線」という見覚えのない言葉に反応し、ちょっと調べてみた。ひょっとして、これのことかな?幻の「阪神宝塚線」……結構、勉強になった!
2009.06.21
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この物語を読み終えた時の感覚は、 これまで、私が経験したことがないものだった。 それは、多くの謎が明らかにされないままエンディングを迎えているのに、 それでも、このお話は、しっかり終わったと納得させられてしまうというもの。 田村カフカにとって、佐伯さん、甲村家の長男は、誰だったのか? そして、田村浩一はジョニー・ウォーカー? さくらとの繋がりは? さらに、佐伯さんと大島さんとの関係って何? 『海辺のカフカ』の詞、そして絵が真に意味するものは……あくまでも仮説。ところで、ナカタさんって、本当のところ、何だったのか?また、登場のしかたが、本当にさり気なかったにもかかわらず、後半、予想以上の大活躍を見せてくれたホシノくんって、これからどうなる?おまけに、カーネル・サンダース……彼こそが、この物語の大いなる謎!そう、細かいところは謎だらけ……でも、このお話は、ちゃんと完結している。田村カフカの自分探しも、ちゃんとケリが付いている。これが、村上春樹の世界なのか?この物語を読み終えた後、村上さんの作品を、ネットで8冊発注した。 *** たとえば俺はこれまで中日ドラゴンズを熱心に応援してきた。 でも俺にとってドラゴンズというのはいったい何なんだ? 中日ドラゴンズが読売ジャイアンツに勝つことで、 俺という人間が少しでも向上するのだろうか? するわけないよな、と青年は思った。 じゃあなんでそんなものを、 まるで自分の分身みたいに今まで一生懸命応援してきたんだろう?(p.209)物語の展開に、それほど大きな影響を持つ部分ではないけれど、今年、信じられないほど勝利の女神に見放され続けているプロ野球チームを見放すことができぬままに、しつこく応援し続けている私の心に、強く、強く残ったところ。日々、こんなことに多大なる時間を使い、その日だけでなく、翌日の気分まで左右されてしまうのは、自分にとっても、周囲の人たちにとっても、本当に考えもの。えぇ、今日も、また負けましたよ……本当に弱い!
2009.06.20
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今月に入ってから、石川県では、 大量のオタマジャクシが、空から降ってきている。 石川県以外にも、広島、岩手、埼玉、宮城、長野で降ったらしい。 オタマジャクシ以外にも、カエルやフナ、小魚も降ったらしい。 一方、この物語で、イワシやアジ、ヒルを降らせたのが、初老の男性・ナカタさん。 その数の多さは、今回のオタマジャクシとは比べものにならない。 ナカタさんは、東京都から知的障害者のための補助金を受けながら、 猫と話せる特技を生かして、迷子の猫を探し出し、その謝礼金で暮らしている。 そして、もう一つのお話しは、1944年11月7日、山梨県の山中が舞台。キノコ取りに出かけた小学生たち16人が、引率の女性教員を除き、全員気を失い倒れる。小学生たちは、一人を除いて、しばらくすると、現場で意識を回復したものの、キノコ取り開始後の記憶を、全く失ってしまっていた。このように、時と場所が違う二つのストーリーを、同時並行で進行していくという試みは、他の作品でも見受けられるものではあるが、その多くは、読者に混乱を与えるだけ与えて、モヤッとしたまま終わってしまう。しかし、この作品においては、そんな混乱に巻き込まれる読者は、多分いない。それほどに、二つのストーリーは、きちんと鮮明に書き分けられ、混乱を招くような隙は、とことん排除されている。しかも、この物語のメインとなっているのは、この二つのお話しのいずれでもなく、15歳の家出少年、田村カフカと名乗る、主人公「僕」のお話しなのである。つまり、この作品では、三つのお話しが、同時並行で進行していく。二つのお話しを交えるだけでも、読者の頭の中を大いに混乱させ、作者が意図する効果を十分発揮できぬまま、結局、破綻してしまうケースが多いのに、この作品には、全くそういうところがない。「これが、世界の村上春樹の実力か……」恥ずかしながら、私が村上作品を読むのは、今回が初めてである。そんな初対面の私に、本作品は、いきなり大いなる衝撃を与えた。そして、今では、私はすっかり、村上春樹の魅力に取り憑かれてしまっている。 ***さて、同時並行で進んでいく三つのお話しであるが、もちろん、これらが、全くバラバラの、関連のないお話しであろうはずがない。1944年の事件で、唯一、現場で意識を取り戻せなかった少年はナカタサトル。この少年の未来の姿が、猫探しのナカタさんであろうことは、容易に想像できる。そしてさらに、上巻の終盤で、ナカタさんは、「僕」がいる高松へと、どんどん接近してきている。「僕」の父が殺害された事件と、ナカタさんが、ジョニー・ウォーカーを殺害した事件も、関連があるだろう。また、「お前はいつかその手で父を殺し、いつか母親と交わることになる」という、「僕」に対する父親の言葉や、気がつくと「僕」が、血まみれで深い茂みの中に倒れており、それにまつわることに関する記憶が全くないいう出来事も、三つのお話の関連性を強く感じさせる。それでは、三つのお話しの関連性を解明すべく、下巻へと読書を勧めていきます。
2009.06.18
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退化は咀嚼(そしゃく)器官である口から進行する。 下顎(したあご)の骨と、それを頭蓋骨にぶら下げている筋肉が衰えると、 下顎の位置の安定度が低下し、 歯列不正や不良補填物が下顎偏位の力として働くと、簡単に大きく偏位してしまう。 下顎が偏位すると、人体は重心を補正するために、 首を曲げ、左右の肩の傾きを調節し、胸椎や腰椎を弯曲させ、骨盤をひねり、 胸を突っ張り、腕を動かすなど、全身を使って防御反応を示すので、 姿勢が歪んでしまい、その歪みが、様々な身体症状を引き起こす。その症状は、首と肩のコリや痛み、頭痛、頭重感、背中のコリ、目の痛み、重圧感、視力低下、涙目、腰痛、脚の麻痺、疼痛、冷え、ふらつき、めまい、吐き気、無気力等々、実に様々である。逆に、噛み合わせを治すことで、様々な能力が向上することがあるという。 最近、小顔がもてはやされているが、 昔、八重歯がチャーミングだなどといわれた状況と同様、 本質を見失った愚かな認識である。 本来の活力に満ちた日本人の美しい体形とは何かを忘れた誤った美意識である。 下顎が細くなり、下顎の先端の頤(おとがい)が後退するといわゆる小顔になる(中略) 下顎が後退すると同時に、偏位も左右、前後、上下の三次元的方向に生ずる。 これによって体の重心が狂い、姿勢が崩れて脊柱側弯状態となる。(p.25)歯科医としての、多くの臨床例から導き出した著者の論述には、説得力がある。また、小顔の問題とともに気になったのが、顔の歪みの問題である。 たとえば、下顎が偏位して、左でばかり咬んで成長すると、 下顎骨も上顎骨も左のほうが大きく成長し、右は小さくなる。 この力は顔や頭骨の形成にも影響をおよぼす。 幼少期から、あまりにも咬合関係が大きく乱れて、下顎の偏位が大きいと、 脳室も含め、頭部、顔面全体の形成が非対称となる。 現代の若い人の顔を観察すると、この非対称がかなり認められるので、 テレビ、雑誌の写真も含め、よく観察してみて欲しい。(p.87)p.139に掲載されている「縄文人、弥生人、現代人の歯列の変化」という3枚の写真では、下顎歯列が「U字型」から「放物線型」へ、さらには「ひょうたん型」へと変わっていったことが一目瞭然である。そして、最近40年の、退化的な形態変化には、著しいものがあると、著者はいう。さて、本著後半では、著者は文化的・社会的な問題にまで踏み込んで、「退化」に言及している。 社会的にも内部的にも、かくあるべしという規範がない現在の日本では、 何でも許されると考えられるようになってしまった。 とくに形を崩すこと、だらしないこと、甘えることが限りなく許容され、 それが個性や多様性を重んじているかのように錯覚する傾向を強めている。(p.173) 日本ではこのような本質的な破壊に対して寛容になりすぎている。 それが進歩的であり、人権主義的、自由主義的であると錯覚しているのだろう。 伝統を守るべきだといえば、古い人間として非難される。 目上の人、年長者や親、教師などに対しては、礼をもって接するべきだといえば、 封建的だと非難される(p.191)「外見が壊れると本質も破壊される」とする著者の、「保守性はなぜ必要か」についての論述には頷けるところが多かった。
2009.06.14
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勝間さんがどういう人なのかを知るのために、最適な一冊。 なぜなら、本著は、彼女が世に出した初の単著を、新書版にしたものだから。 今では、数多くの著作が、本屋さんに並ぶ彼女であるが、 その原点が、本著の中にある。 本著の中で、彼女が20~30代の働く女性たちに発信しているのは、 1.年収600万円を稼ぐ、10%の人たちの仲間入りをしましょう。 2.パートナーは年収1千万以上を稼ぐ、10%の人たちから選びましょう。 3.経験やスキルを身につけ、年をとるほどトータルでのいい女度を上げましょう。この3本柱だけにとどまらず、本著の中で彼女が発信している事柄・内容には、私にとって、「!」と手を打つ部分も多いが、「?」と首を捻る部分も多かった。もちろん、それは、どんな人の書物の中にも、あって然るべきことなのだが、本著においては「!」と「?」の間の落差が、あまりにも大きい。しかし、これこそが勝間さんという人の考え方・生き方なのであって、それが、今、世間で大いに注目を集めている。彼女の各種メディアへの露出度や、その著作数の多さ・発行部数を見る限りにおいて、おそらく、多くの人たちに受け入れられているのであろう。
2009.06.14
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懐かしのキャラたちが勢揃い。 道化のバギーに、バロックワークスのMr.3&Mr.2。 しかし、彼らは、いずれも、今では捕らわれの身。 世界一の海底大監獄インペルダウンの囚人たち。 そこへ乗り込んできたのが、我らがルフィー。 蛇姫の助けを借りて、兄・火拳のエース救出にやって来た。 今巻のお話しは、この懐かしのキャラたちと、再会を果たしながら、 力を合わせ(?)、エースがいる下層へと向かっていくというもの。インペリアルダウンは、LEVEL1から始まって、下層に行くほどLEVELが上がり、エースがいるのはLEVEL5か、さらにその下らしい。そして、各フロアには、牢番や獄卒獣なんかがいて、守りを固めている。これらの難敵を、次々に打ち破りながら、とりあえず、4人は、LEVEL3までをクリア。しかし、次のLEVEL4では、所長以下全戦力が集結し、待ち受けている。果たして、この強豪揃いの状況を、どんな風に打開していくのか?当然、クマさんによって、色んな所に飛ばされた仲間たちも、次巻では、何らかの形で合流し、力を合わせることになると期待しています。そして、蛇姫の今後の動向・活躍にも大いに注目!
2009.06.03
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