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真夜中の暴風雨には参りました。おかげで寝不足もいいところ。大阪というのはあまり台風の影響を受けないところなので、昨夜のあの暴風雨には面食らいました。 まだ風は少し残っています。ガタガタ家の中の引き戸が音を立てて小揺れています。台風一過の、掃き清めたような、あの澄み渡った青空はいつになったら見れるのでしょうか。 今朝は10時から交通事故の案件で面談。電話による話ではお互い車両保険には未加入とか。人身は大したことはないそうで(おそらく物損に比べてという意味か?)、過失割合で揉めているのだという。相談者の車の被害額は40万円だとか。任意保険会社が中に入ってくれているとか・・・。とりあえずは面談、解決策を模索するのはそれからのことだ。
2004年08月31日
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「冬のソナタ」の最終回に不満を持たれた方が多いらしい。あれだけ盛りあげといて終わりがあれではガックリというわけである。同感だ。 そもそもストーリーを考える場合、二通りある。帰納法と演繹法である。 帰納法とは「個々の事実から、それらに共通する一定のことがらをひき出し、一般的な法則や命題をみちびき出す方法」 つまり答えは未確定、未定ということ。読者や観客は専らこちらの手法で「あれこれドラマの行く末を案じながら」楽しむ。 一方の演繹法とは「すでに答えが確定、その答えを一般的な法則や命題から導き出す方法であり、帰納法と対局の位置にある。作者や演出家は本来こちらの手法を用いて小説やドラマを作りあげていく。落成式(最終回)の演出まで詳細な設計図を作成、落としどころを決めてねらい撃ちをする手法であるともいえる。 ところが「冬のソナタ」の作者は「とりあえずドラマを出発させてしまった」ようだ。エンディングはあとから考える。実はこういうことも結構あるにはあります。とにかく書きたい題材が見つかった場合などです。 ミステリー作家の内田康夫は帰納法の書き手として有名である。ただしこうした手法は内田氏だから出来るのであって、真似をすると収支がつかなくなってとんでもないことになる、というのが作家たちの一般的である。 しかし、今回のエンディングはお粗末すぎた。一貫して自己主張を殺しまくったドラマだっただけに、最後は自己主張をし、白黒をハッキリすべきだったのだ。 アメリカに「卒業」という小説がある。チャールズ・ウエッブの作品であるが、ダスティン・ホフマンとキャサリン・ロスが共演した映画があまりにも有名になったせいで小説のほうが萎んでしまった。 こちらのエンディングはすごい。さすがは馬に乗った銀行強盗が闊歩したガンマンの国だけのことはある。なんと結婚式会場に現れた若者が式場の花嫁を奪って逃げてしまうというものだ。 最愛の人と暮らすためならボクはどんなことでもやる! 拍手喝采だった。観賞後のスカッとしたどこか勇気が出てくる。あの爽快感はいまだ健在で、今後も古びないだろう。 おそらく「冬のソナタ」の作者も同様のエンディングが頭をよぎったにちがいない。しかし踏みとどまって、あの中途半端なソフトランディングを敢行した。なぜか? それは韓国だからである。韓国は儒教の教えが根強く残っている国であり、戦前までの日本同様、先祖を敬い、目上目下の上下関係が存在し、親の言うことには服従忍従するのが当たり前という土壌があるからだ。 今後も韓国ドラマがどんどん放映されると思う。しかし期待してはいけない。間違ってもみなさんが期待するような手荒いことは起こりえない。これだけは断言できる。
2004年08月30日
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事務所の朝は1本の線香に火をつけることではじまる。 かといって早とちりしないで欲しい。一隅で荒神さんや稲荷さんや八幡大菩薩を祀っているわけでも、在家出家であるわけでもない。 香木を焚くと妙に気分が落ち着くのである。ずっと香木を焚いていたが毎日となると結構費用が嵩む。代わりになるものといえば線香しかない。そこでいろんな線香を試してみたら「煙の少ない線香・森林の香り」というのがあった。発売元はあのダイソー。100均の品であるが悪くない。 長さが14センチ。燃焼時間が約25分はわが事務所の規模からすれば十分である。 ラベンダーの香りというのもあって買ったが、こちらは匂いが強すぎてよくないので墓参用に使っている。決して墓を粗末にしているわけではない。墓用の線香というのはその目的(悪霊を祓う)に適うよう匂いが強くなければいけないからだ。 これから車で高野山に詣でる。長姉夫婦と一緒だ。長姉は真正のオバタリやん、やかましい、姦しいで大変である。耳栓を用意しておこう。ちなみに運転手は長姉の次男である。私は後部座席の隅で居眠りをかますつもりでいる。
2004年08月29日
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昼や夜は食べなくても我慢できるが、朝食抜きは辛い。 朝起きがけの一杯(酒ではない、熱い緑茶)が何とも言えず、急須の残りを御飯にぶっかけて食べるお茶漬けは至福の味にも思える。 お茶漬けのことを河内弁では「ぶぶ漬け」と言う。宮中言葉で「おぶ」というのはお茶のことを指す。この「お」を取り除いて重ねたのが「ぶぶ」である。 かつて難波の港と奈良明日香の宮廷とを結ぶ交通の要衝であった河内地方。帰化人たちも多くすんだこの地方には地名や宮中言葉などが結構残っている。宮中言葉の「おむし」というのは「味噌」のことだ。今は誰も使わないが、私の祖父などは「おむし」と言っていた。 さて、話を戻そう。お茶漬けの友には何が一番よく合うか? ちりめんじゃこ、削り節、たくわん、なすびの浅漬け、梅干し、岩のり。挙げればまだまだいろいろあるが、中でもなすびの浅漬けが私の好物。 オーソドックスなヌカ漬けもいけるし、泉州地方の水茄子も美味だ。水茄子で思い出したが、新潟地方で栽培されている丸小茄子の水漬けは歯ごたえがあってこれも美味だ。ウズラ卵大の大きさで、ピンポン球より少し小さく、一方の先がとがっていて、ちょうど椎の実のような形をしている。噛めば酸味というか、きりりとした刺激が口中に広がる。 昔はなかなか手に入らなかったが、最近では近くのスーパーでも見かけるようになった。ただし本場物とは味は違うような気がする。 ところで今朝のぶぶ漬けの友は「削り節」と「たくわん」だった。「削り節」を食べると娘たちが「また猫の餌食べてる」と笑う。おにぎりといえばツナ味などを食べる世代の人間にはわからないというより理解できないだろう。 昔のおふくろといえば、なぜか貧乏で、いつも仕事ばかりしていて、節くれだった厳つい手をしていたものだ。そんなおふくろが忙しい中をさいて、こしらえてくれたのが御飯と御飯の間に醤油が一杯かかった削り節をはさみ、中央に梅干し、隅っこに卵焼きとウインナーを添えたお弁当だった。「おいしいか?」「うん!」 実にシンプルだったが、愛情だけは誰にも負けずに豊かで、実に味わい深い味だったように思う。 喉を詰まらせ詰まらせ、御飯をほうばりながら、子供心にも、「親に迷惑や心配かけたらアカンなあ・・・」「早う、大きいなって、オカンに楽にさせたらなあかんな・・・」 と自分に言い聞かせたものである。 しかしながら不肖な息子を持ったオカンは一度も楽をすることなく64歳で病で亡くなりました。
2004年08月28日
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風俗営業許可のセミナーを受けてきた。講師の言葉に頷いたり、苦笑をしたり、参考になることも多々あった。 現在大阪では新規にソープランドやファッションヘルスはできない。条例ができたからだ。それでも何とかなるものと勘違いしている人も結構いる。裏口入学と同程度に考えているのかもしれない。「絶対無理なんは判ってますねん。そこを先生の力でなんとか・・・」 このあたりは裏口入学などの切り口上と全く同じ。違うのは裏口はこの後、盛大な酒席があり、ほんの挨拶代わりだと、札束が無理矢理ねじ込まれるのだが、われわれは違う。「まっ、何とか頼みますわ。表がアカンかったら、裏からもありますやん。裏もアカンねやったら、横からも斜めからも、後ろからもありますやん。やり方はセンセに任せますよってに、なんとか頼みますわ。報酬? うまいこといったらタント弾みますがな」 横や斜めや後ろと、もともとの話が風俗営業なのでお尻あたりがむずがゆくなってくる。しかしまちがっても大金はもらえない。それが仕事だからだ。やって当たり前なのである。
2004年08月27日
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「icoca」というのは「行こか」のことだとばかり思っていたら、どうやら英語の頭文字を集めたものらしい。だからといってスペルまでは知らない。ところで「するっとkansai」はJRが使えないので「脇道kansai」にすべきと思う。 どちらのカードも回数券のような割引き制度がない。定期券は別にして、乗車券を(お金を)まとまって先払いするのだから恩典があってしかるべきと考える(ガメツい)関西人にはとてもじゃないが受け入れられないだろう。私などもこれでは利用したくない。 昔からある回数券の方がましだ。これを買えばそれだけで1割おまけが付いてくる。カミさんなどのオバタリアンは五人集まれば回数券(11枚綴り)を買うのが常識らしい。それで往復間に合い、しかも一枚おまけが付いてくるという算段。 実は税務の経費を考え、まとめ買いをしたほうが記帳が一度で済むので楽だ、と思ってスル-カードを検討したわけだが、得じゃないのでやめた。 大阪人は利便性より、得をするという言葉に弱い。だからといって損得が全てというわけではない。しかしながら選択する際の目安にはなる。 実は今どうしても買いたいものがある。何かというと、トトロのぬいぐるみ。できればメイも猫バスも買いそろえたい。それを事務所に置くのだ。中でもトトロは大中小(灰、青、白)は絶対に揃えたい。ナンバウオークにトトロを売る店がある。梅田にもある。 カミさんや子どもに言うと、「えっ? ○○とちゃうん?」 とあきれ顔をされるが、結構どころかかなりマジで考えているのだ。さっきも机で片肘突いてトトロのぬいぐるみを考えていた。
2004年08月26日
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お金のない人からお金を返して貰うのは至難の業であると言ってもよい。昔から「ない袖は振れない」というが、これは本当だ。 お金のない人はお金を浪費する人か、元々お金と縁のない人か、のどちらかであると思う。ないよりある方が良い、と思うが、有れば有るで守りの姿勢が強くなり、その分だけ猜疑心が強くなり、人とうまくいかないこともある。 私自身、事業をしていてずいぶんと小金を儲けた時期がある。ザクザク沸いてくるという経験もした。明日の稼ぎの当てがあるから使う方も使う。結局、浪費と無駄使いの積算で何も残らなかった。だからお金というのは私にとっては魔物なのである。 良い時ばかりはない。やがて儲からなくなった。お金が入ってくるのが少なくなると、今度はお金の存在感がぐんと増す。つまりは有り難みが判るようになる。有り難いと骨身に染みている分、使いにくい。使いたいが使えないというのは実に困ったことだ。 犯罪の9割はお金絡みだと聞いたことがある。だから根底から犯罪をなくすには、お金のない社会を作るべきだ、とのたもうた人がかつていた。しかしその偉人に問いたい! お金のない社会で価値観を測るには何を基準とするのか? 将来の安定の貯めに働くのか、遊ぶのに必要なお金を稼ぐ為に働くのか、どちらかと問われれば希望としては後者を選びたい。しかし実践するとなると「?」だ。 私のような仕事をしていると「銭金の問題じゃない」と意気込んでしまう場合が結構ある。安っぽい正義感だと笑われるかもしれないが、不正やよこしまな相手には拳をかざして向かっていきたい気持ちになる。「あれだけ親身に動いて、あんた、一体いくら貰ったん?」 この答えには「トホホホ」で誤魔化すしかない。 ところで、私はこれまで家業の他にいろんなサイドビジネスをやったが、結構今の仕事は自分に合っているような気がしている。だから今後も私の「トホホホ」は続くはずだ。
2004年08月25日
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今日は午後から盆前に申請した営業関係の実地検査日だ。何とか無事OKが出るように祈っているが、凡ミスぐらいはあるかもしれない。 明日は自動車リサイクル法の事前申請。中古車さんが解体業を取得したいということで受任した案件だ。これまでの産廃業者との関わりやフロン回収などのこともあり、いろいろ是正があるかも知れないと思っている。 雨が降ってめっきり気温が下がった。昨日から地蔵盆だが、雨に濡れた提灯が気になったりする。窓から流れ込む涼風から察するに季節は一気に秋に転がり落ちそうに思える。収穫の秋は行楽の秋でもある。日帰りバスツアーを眺めながら、のんびりバスに揺られるのもいいかもな、と思った。
2004年08月24日
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加害者が被害者になってしまうのが交通事故の案件。相手の罪を逆手にとって被害者がとんでもない要求をする。ときには脅しや強請などもあったりする。加害者なんだからこちらの言うことには何でもおとなしく要求を飲め!と言わんばかりである。 バイクと歩行者の接触事故。医師の診断は全治5日。ところが周囲の親族がわめきだした。家政婦代や通院交通費を要求するわ、食事代まで要求した。加害者夫婦はあまりの要求に悲鳴をあげ、当事者の奥さんなどはまさに悲壮な様相で相談に来られた。 70万円ほどの自賠責保険が出た。被害者請求もしたし、加害者請求もした。被害者の親族が出てきて金額に不満があると言った。「自賠責で出ない分は加害者が出せ!」 なんとも理不尽な要求である。保険で事実として認定されなかった分はいくら加害者であっても出せない。妥協案として要求額の1/5ほどを提示したが、そんな端金と蹴られた。 こうなったら開き直るしかない。「しかたありません。ご不満なら訴えてください! 裁判所の裁決なら応じますので!」 こう加害者に指示した。「裁判なんて面倒なことするつもりない。こっちはもらうもんは絶対にもらうから!」 捨てぜりふを吐いた被害者の親族。 こちらとしては内容証明郵便でさらに念を押すつもりで準備をしていたが、その日を境に被害者側から電話がかかってこなくなった。おかげでこちらは相談料のみの案件となってしまった(トホホホh) いずれにしろ撃退できたのなら「それでよし」である。 無茶と無理に対峙するには、頭を下げるだけでなく、時として強い態度に出ることも大事である。
2004年08月23日
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景気の後退に連れて田舎暮らしが老弱問わずに流行っている。本屋へ行くと田舎の不動産を紹介する雑誌まで売られている。 都会の束縛や雑踏にさよならし、自由闊達な生活を求めての田舎暮らしなら興味も湧くが、中には単に都会生活そのものに負け、そこからの逃避行の方もおられるみたいで少し心配になったりする。 帰農といえば昭和の初めに活躍した作家島木健作を思い出す。彼の代表作「生活の探求」は大学入試にも出るくらい有名だ。この小説は当時の若者に多大なる影響を与えた。加藤高明内閣の時に成立した普通選挙法は治安維持法と抱き合わせのように成立した。アメとムチである。治安維持法成立後は大正デモクラシーからの流れである言論出版の自由を奪われはじめることになる。軍国主義の台頭、言論の強権的な規制、未曾有の不況下、どこか投げやりな厭世観が芽生えはじめていた都会の若者にあって、この小説は汗水流して働くという労働の尊さの再発見を促し、当時の若者をして帰農現象まで引き起こすほどだった。 もうすぐしたらチラシ配りに出かける。今日のターゲットは主に旧村。高齢者と富裕層が多く、マスオさん家族も多い。相続や遺言に借家管理など抱えている問題は多方向にして多重的。ときには和解契約などもあったりする。今日のチラシ持ち出しは1000枚。すばやく配り終え、日曜だけ朝風呂営業している銭湯の心地よい湯船に浸かるつもり。湯上がりの一杯はたまらなく旨い。ひょっとすると現代の「生活の探求」とはこういうことをいうのかもしれない。
2004年08月22日
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朝7時半、いつものように夏期講習に出かけた末娘から携帯に電話。「途中で自転車パンクして走られへん。学校まで送って!」 土曜は休日とばかり、ガレージで寝そべっている愛車のワゴンRを叩き起こし、エンジンをブンブン回してとにもかくにも現場へ急行した。 後輪がペチャンコ。後部座席を前に倒し、自転車を押し込む。娘を助手席に乗せ、学校へ。閉門時間に間一髪セーフ! 指の腹で探ると大きな古クギが刺さっているのがわかった。古クギでパンクというパターンは昔なら結構あった。最近では珍しい。タイヤをはずしゴムのパテをして修理、接着液が乾くまで放置する間にナルを洗う。 柴犬にしてはナルは毛が深くて長い。シャンプーをたっぷりつけ、ごしごし手で洗ってやる。気持ちが良いのか、このときばかりは細い目をさらに細め、至福の笑みを浮かべている。中でもシャンプーの匂いが気に入っているような気がする。ちなみにラベンダーである。 朝からパンク修理と犬の洗髪でひと汗もふた汗もかいた。汗で濡れた上着を取り替える。このまま事務所のデスクに座ると風邪をひくこと間違いない。夏バテ気味のところに風邪をひいたらさらに仕事が遅れてしまう。用心に越したことはない。 今日は溜まっている仕事を体力の限界に挑戦する意気込みでさばくつもりだ。高校野球もオリンピックも冬のソナタも観ないで頑張る! つもりだ。
2004年08月21日
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三重県のK行政書士さんからの車庫証明の依頼があった。開業以来ずっとヒマをしている○×君に声をかけてやった。士業は実践がなにより大事なのだ。仕事を通じて仕事を覚えていく。これ以外に最短の道はない、と私は思っている。「明日ヒマ?」「はい!」 返事だけはやたら元気が良い。これも人柄か。「車庫証明やってみる?」「ぜひ。お願いします」 ということで途中の駅で待ち合わせ。 炎天下の中、最寄り駅からテクテク15分、目的の駐車場に到着。メジャーで周辺道路等の寸法を測っていて、自治会の立て看板に気がついた。「不審者を見かけたら○○警察へ」 あれれ。住所からすると△△警察のはず。どういうこと? とりあえずは○○警察に電話。「市は違いますが、そこの車庫証明はうちの管轄です! はい!」 ファインプレーだ。あやうく△△警察に行くところだった。「さすがですね」 と○×君が言うから、「こういうのは臭覚の問題だ」と威張ってみせた。 で、ファミレスで昼食をすませ、書類を作成、電車を乗り換え、最寄り駅からこれまた徒歩15分の○○警察へと出向く。 一発受理! やれやれ、良かったね、と喜んでいたら、帰路の車中で事務所のカミさんからいきなりメール。 開くと、「名前が間違っているので訂正印を持って来て下さいとのこと!」 次の駅で途中下車、反対車両に飛び乗ってまた徒歩15分の○○警察へ。汗だくだ。「ファインプレーと凡ミスが一個ずつやね」 二人で苦笑。 担当官に頭を下げ、言われるままに訂正印を押し、事なきを得た。 予定より一時間遅れたが、ターミナル駅で缶ビールを一杯飲んで別れた。今日だけで2時間以上は歩いた。凡ミスを思い浮かべてのため息まじりのビールなど旨いはずはない。 いずれにしろ依頼者の期限には間に合うことができ、そういう意味ではやれやれである。
2004年08月20日
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古本などを買うとたまに蔵書印などが押してあることがある。気になる名前だったりすると、人は決まって記憶を辿って蔵書印を押した持ち主を探し出そうともがく。 団塊の世代がこぞって愛読した柴田翔「されどわれらが日々」もそこから物語がはじまっている。「これを売った人はどんな人でしたか」 主人はもう一度私の顔をじろりと眺めると、「古本の市で買ってきたんだから、そんなことはわかりませんよ」 と素っ気なく答え、黙った。 外に出ると、雨は相変わらず降り続け、その冷たさは背広や襟や、袖口から入り込んで、肌に執拗にまとわりついてきた。私はH全集を買ってしまって、なぜか不安な気持ちになっていた。私は、背中から体中に広がってくる悪寒に耐えながら、なお小一時間かかって下宿へ帰った。 古本などで住所や氏名などが書かれていたり、走り書きなどのメモが挟まっていたりすると変に気になったりします。ひょんなところから犯罪に巻き込まれたりすることもあるそうですから、みなさん、古本を処分するときは気をつけましょう。
2004年08月19日
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世界遺産に登録された熊野古道がすごく賑やかだそうだ。行ったわけではない。聞いただけだ。かつては「蟻の熊野詣で」と呼ばれるほどの盛況ぶりだった熊野に至る参道、その先、新宮からはさらなる聖地補陀落山(中国)を目指し、熱心な僧侶が渡海していった。 南海の地から眺めた海原は広大にして荒々しかった。潮風をいっぱい含んだ風が鼻腔の奥まで忍び込む。那智の滝は衰えを見せる気配なく、爆音をあたりに響かせている。その先は鬱蒼とした原始林の群生、魔境を思わせる湿気と静けさは今なお熊野が健在であることの存在感を誇示しているかのようであった。 ところで愛ちゃんがまた勝った。今度は堂々のストレート勝ち。長島ジャパンも絶好調男中畑の指揮采配が冴え、堂々の三連勝だ。女子ソフトと男子サッカーは意外だった。どちらも実力差の負けではないだけに口惜しいだろう。 雨があがってまた夏日が戻ってきた。朝からきびしい日差しだ。豊作が予想される収穫の秋を楽しみに、もう少し「やんちゃな夏」とつきあってやるとするか。
2004年08月18日
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屋根の上に鎮座、ずいぶんと長い間使用していない温水器を取り外すことになった。見た目にも朽ちている。放置しておくと危険だった。 そんなわけで朝から屋根の上。絶景かな、と言いたいところだが高所恐怖症。ブルブル恐る恐るの作業、能率が悪いことこの上ない。それでもどうにか正午過ぎには無事屋根から撤去。 地上に降りればこちらのもの。殴る蹴る、八つ裂き引きちぎり、と散々の悪態をついて破砕した。 邪魔になるので有料で引き取ってくれると聞いていた市役所清掃課に電話を入れると、「屋根の上にある物は有料であっても引き取りできません。産廃業者に申し出て下さい」「なんで屋根の上はダメなの?」「そういう決まりですので」「そういう決まりの根拠を知りたい」 そういう決まりですので、と返答無し。 問答が面倒になってきた。しかたない。引き下がるか。この件は知り合いの産廃業者にでも当たる。 ところで温水器には6本の水槽筒が収納されていた。直径と長さから容量を逆算する。大人二人分の体重が荷重として屋根にかかっていたことになる。 へえっ、とあらためて屋根を見あげる。さぞかし肩の荷が下り、さっぱりしたはずではないか。こちらも落ちはしまいかと気になっていた温水器を撤去でき、こちらの気苦労もひとつ減った。
2004年08月17日
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眠い。昨夜サッカーを観ていたからだ。 4年に一度の祭典とはいえ、寝不足はまずい。まずは仕事を最優先に考えるべきであり、だるいや眠いという泣き言はダメ。深く反省している。 末娘とおないの愛ちゃんが勝った。八尾(ミキハウスの専属)に住んでいたこともあって、みんなで応援している。 男子サッカーは予選敗退確実だが、女子(なでしこ)は決勝リーグに進んだ。そこでひとつだけ注文。中盤をなんとしてでも制し、スピードに乗った攻撃をはかるべし! 横パスより、相手DF陣の裏を突く縦パスを多様、持ち前の走力で振り切るべし! 負けない慎重なサッカーも結構だが勝つサッカーだ。攻撃は最大の防御である。
2004年08月16日
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きのうは真夜中に何度も起きてTVをつけた。オリンピックというか男子サッカーが気になって仕方がなかったからだ。番組表では午前2時半から放映予定だったはず。ところが実際に放映が始まったのは3時を過ぎていた。しかも日本の出番はなし! なんということだ! 普段なら熟睡中のはずなのに・・・。何度も新聞を見直したが、確かに「日本VSイタリア」という文字はどこにも見あたらない。すっかり当てがはずれ、また寝直したものの、すっきりとはいかない。朝からも頭の芯がぼんやりでどこか自分の身体ではないような不安定な感じ。 情報化時代だけど生半可な情報を鵜呑みにしてはいけないことを教わった。今後気をつけることにしよう。
2004年08月15日
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昨今のラグビーのルールではトライをすることがイコール得点という図式となっているが、そもそもラグビーが生まれたころはそうではなかった。 トライをするということは(あえて訳すまでもないことだが)挑戦権を得るという意味だったのだ。では挑戦権とは何に対するものなのか? ラグビーはサッカーの試合中に偶然生まれたスポーツである。イギリスのラグビー校、試合中に思わず手でボールを拾った少年が持ったままゴール目指して駆けてしまった。 サッカーではボールをゴール内に蹴りこむことで得点と認められる。創生期のラグビーも全く同様だった。選手はゴールキックをする権利を得るための条件として、ゴールラインを超えてボールをグランディングする必要があったのだ。 ゴールキック、これが案外難しいのである。ましてや楕円球、少しでも急所を(的を)外すととんでもない飛び方をする。人生も同様、トライの後のゴールキックが最重要なのだ。 ところで、スポーツに限らず人生はトライの連続だと私は思っている。受験生は進学、学生は就職活動、士業を目指す人は難関な資格試験に、創業をする人は新たな人生とビジネスにトライする。そして運良くトライできたとき、頑張ったねと周りも喜んでくれるし、まずは万々歳である。 現在のラグビーのルールではトライすれば5点、その後のゴールが決まればさらに2点、合計7点が加点される。トライへの過程での面白さがゴールを(グリコの)オマケにしてしまったのである。ラグビーはそれでよしとして、われわれにはトライのあと、ゴールキックという最大にして最難関の関所が待っている。これをはずすとせっかくのトライも無となってしまう。これまでの努力が徒労と化してしまうのだ。希望通りに創業をしたり、夢叶って士業となり、開業したものの肝心の仕事がなく、廃業する人が後を絶たないのはこのゴールキックを決められない人が多いように思う。
2004年08月14日
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毎日犬のナルと散歩する河の土手の雑草が異常に繁茂し、かなり歩きづらくなっている。 なんとかしようと草を刈るつもりで朝から鎌を研いだ。砥石を使い慣れていないのでうまく研げない。結局サビを落としただけの鎌を持って草を刈ることになった。 案の定、切れない。鉈やのこぎりのような使い方をして塞いでいた散歩道をどうにか歩けるようにまで拡張した。 しゃがんで草を刈るのは結構重労働だ。すぐに腰あたりが痛くなってくる。汗も出る。セイタカアワダチ草などの青汁が指や腕に付着して痒い。掻くとすぐ赤く腫れあがったりする。 刈った草を束ねて空き地に山を作った。天候が良ければ明日あさってには干からびてしまうだろう。枯れた草が堆肥となってまたそこから草が育つ。そういう意味では、人間なんかよりずっと強い生き物なのかも知れない。 本を整理していて「革命か反抗か」=カミュ・サルトル論争を見つけた。新潮文庫定価がなんと120円! いつの発刊かと裏をめくると昭和47年である。 「革命か反抗か」は大学に入学した頃に読んだ(というか読まされた)記憶がある。この手の本や「共産党宣言」を読まないと学生とは認めてはもらえなかった時代だった。 封鎖中の学内で、夜を徹して熱弁を聞いた記憶がある。 時は冬、降っていた雨が夜半には雪に変わり、朝になると一面の雪景色であった。吐く息が白く濁り、バリケードの外は機動隊が取り巻いていた。高揚すべきはずなのに妙に醒めた気分でインスタント珈琲を啜っていたような気がする。 「革命か反抗か」を繰りながら、今の学生さんなら「就職か留学か」ぐらいになるのかもしれないな、と思った。 きょうから串本ロイヤルホテル。ワインを飲んで釣りでもして、風呂に入って海の幸で舌鼓と言いたいところだが、仕事が黒子のように背後について回る。旅行鞄に仕事を詰め込んだ。電車の中で草稿をまとめ、部屋で一気に書きあげるつもりだ。
2004年08月11日
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長い間空き屋になっていた家屋に買い手がついた。不動産屋さんの声がうれしさのあまり裏返っている。彼の受け取る仲介報酬料を頭でざっと計算する。嬉々とする理由もわかるような気がする。 空き屋の管理者としてはこれで仕事がひとつ減ることになる。少額だが毎月定額が入るのは当てにできるので魅力だ。 不動産の仲介や斡旋は免許がいる。しかし管理業(マンションを除いて)は要らない。オーナーから信用してもらえればすぐにでもできる業務である。標準月二回、家屋をくまなく点検、換気をし、清掃をする。ここの部分はアウトソーシングでまかなう。時間は自分の空いた時間、一回2時間足らずの仕事ということで結構希望者がいる。できるだけ家屋のご近所の方を優先する。異変などがあってもすぐ駆けつけられるし、なにかと目が行き届くからだ。 庭に植木があれば剪定、雨降り時に樋から水が漏れていればはしごを掛けてのゴミの掻き出し清掃と仕事はある。いずれもオプションなので有償だ。 お金を惜しんで放っておくと、わずか半年あまりで「お化け屋敷」のように朽ちてしまう。女性の肌と同様、手入れにはそれ相当のお金が要るものである。
2004年08月10日
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チラシを配り終え、銭湯に入り(360円也:大満足!)、駅前で一杯やるつもりが駅前はシャッター街。日曜日はどこも休業なんだとか。駅前のコンビニで缶ビールと枝豆を買い、図書館脇の小公園でグビグビやったあとベンチで横になった。木漏れ日が揺れてこちらの眠りを妨げる。ベンチの具合か、なにやら腰や背筋あたりが痛い。しばらくして帰りの電車に飛び乗った。 カミさんが台所で手を切った。 痛っ! と言うから、やった? と思った。鮮血がしたたり落ちていることを想像、バンドエイドを持っていくと、血が出ていない。「どうしたん?」「指切った」「血が出てへんやん?」「でも切った」 肉が厚いので血がでないということか? 日ごろ、体脂肪を目の敵にしているが、敵対視してはいけないし粗末にしてはいけない。血がでなかったのはまさに体脂肪様による御利益である。 お盆の休みに入っているのか、今朝は静かだ。事務所の前の道路はいつもなら通勤カーが列をなしているのだが、まるで休日のように静かである。猫や犬が大きな顔をして道を横断している。あまりの静けさにこちらも寝過ごしてしまった。
2004年08月09日
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先週は在留資格認定許可が相次いで届いた。何よりも嬉しい知らせだ。依頼者からは感謝の声をいただき、報酬額を超える額をくださった。中にはお中元をくださる方までいる。報酬をいただいている上のことである。平身低頭する以外に感謝を表す言葉や仕草がみつからない。さっそく電話でお礼を述べ、さらには礼状を書く。18Kのペン先を持つ愛着の極太モンブランは快調に紙の上を滑ってゆく。少しおおげさだが、気分は至福そのものだ。 ただいまの時刻は午前6時すぎ、もう少ししたら隣接する柏原市をターゲットにチラシ配る予定。猛暑もようやく峠を越えたようでぎらつく暑さではなくなった。ショルダーバッグに1000枚押し込み、最後にはタオルと石けんをくるんだビニール袋をサイドポケットに押し込む。 タオルは判るが石けんは? とおっしゃる方の為に付け加えると、予定枚数を配り終えたら日曜日だけ朝風呂を営業している銭湯に入るため。 風呂を浴び、駅前の食堂で刺身を相手に一杯やり、わずかひと駅だが帰路はJRに乗る予定。けだるい徒労感と朝風呂の高揚感に軽いアルコールとが混ざり合って絶妙のハーモニーを奏でる。これが昨今の私にとっては最高の贅沢であり、最適なストレス発散法なのである。こういうわけなので、いくら忙しくてもポスティングは当分やめられそうにない。
2004年08月08日
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「その日ママが死んだ」ではじまるA・カミュの「異邦人」はその題名の通り、実親の死にも何ら動揺することなく、無味乾燥なまでに乾いている主人公ムルソーをして、この世界にはいない変わった考え方をする、不条理な人間として物語を書きつづった。 一昨日だったか、母親を殺した同居の男を手伝って母を冷凍車に運んだ13歳の少年のことが話題になっていた。 少年は「母親がいなくなった」と近辺には漏らしていたという。実親や実子を殺すことなど、さらにはその死についても、もはや平気でいられるほどにも人々の不条理さが増しているのだとすると、カミュ等という作家の存在価値など全くないと言ってもよいかもしれない。 いつから日本はこんな国になってしまったのか。まだまだ海援隊の「贈る言葉」に涙する人も大勢いるはずだとは思うが、同時に狂人としか思えないような人間もすぐそばで共棲していることを忘れてはならない。 ドストエフスキーの「罪と罰」の主人公ラスコーリニコフには貧乏インテリゲンチャとしての殺人に対する(きわめて幼い思考ではあるが)、いかにも若者らしい、資本主義社会への怒り(常に金持ちが貧乏人を搾取すること)に対する悲しいまでの脆弱な正義感抵抗感が見え隠れもした。 しかし昨今の猟奇事件には異常以外の言葉がみあたらない。泉州のこどもをイジメていた親などが罪深いのは異常者がプチブルの衣装を纏い、世間の忠告を聞こうともせず、名に食わぬ、大きな顔をして生活していることである。 内向の時代だとずいぶんと言われて久しいが、少なくとも作家にとっては書きにくい時代である。
2004年08月07日
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ここ数日に限ればなぜか帰化申請の相談が増えている。相談者の多くは韓国の方だ。お話を伺いながら常に脳裏をかすめるのは小田実の短編「アポジを踏む」だ。 小田実はベ平連華やかなりしころ、最先鋒のコメンテイターであった。高津高校から京都大学というコースはあのオダサクこと織田作之助と同じだ。 私が高校生だった頃、小田実の生家があった桃谷の細工谷商店街を日々通学の為に歩いていた。当時から小田実はいろんな小説を書いていたが、この「アポジを踏む」ほどの名作は見あたらない。それほど優れた作品だと私は思う。「オダクン、ぼくはね。死んでも生きたまま国に帰るんだよ」 妻の親父であるアポジはいつもそういっていた。 苦しい戦中を生き延び、戦後は神戸の長田に住まいを定め、「僕の作った長靴はとぷように売れたよ、オダクン」といつも自慢していたアポジ。昭和天皇の葬式を見ながら、「やり方が僕の国の葬式と同じだよ、オダクン」と言っていたアポジ。 クライマックスは亡くなったアポジを埋葬、みんなが「アイゴー!」と泣きながらアポジを踏む箇所である。 良い作品は忘れた頃に顔を出す。いちど読んだら忘れない。 オダクン、僕はね、日本の警察に犬や猫のように「とつかれたよ」というアポジの言葉が何ともリアルすぎて僕の脳裏から離れない。紳士然として淡々と話すアポジの口調の底には民族の誇りとともに、有史以来常に他民族に迫害され、脅かされてきた弱小民族の達観めいた諦念が流れているようにも思う。 世の中、キムチに始まり、冬のソナタで一気に韓国ブームとなっている。古き日本の面影を残す儒教の教えが今だ色濃く残る韓国、道徳や躾などの観点からもわれわれ日本人は韓国に学ぶべき部分が多くあるように思う。こんなことを書くとアンチ儒教の作家伊沢元彦に怒鳴られそうだが・・・。 いずれにしろ「アポジを踏む」は原稿用紙にして30枚足らずの作品、村田喜代子と共にその年の川端康成文学賞を受賞した。皆さんも今年のお盆休み、騙されたと思って読んでみてください。
2004年08月06日
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夜、行ったり来たりする友人たちと一杯飲むのが長らくの楽しみだったが、最近は業務に追われてそれすらもままならない。 朝日が昇ると起き、夕陽が沈むと仕事を終え、後は気の許す友と一杯やるのが最高の贅沢だと思っている。自分が望んで飛び込んだ仕事ではあるが、実に贅沢千万、身勝手なものである。 娘たちはみんな良い子に育った。毛嫌いをされることもなく、カミさんと区別されることもなく、靴下を共用で履いたりもするし、買い物にも一緒に行くし、懇談会にもカミさんではなく私をご指名してくれたりする。閑なときなどこちらが迷惑するほどあれこれうるさいほど話しかけてもくれる。学校のアンケートで尊敬する人に名には必ず私の名前を書いてくれたりする。 ところがわが家には晩酌をしてくれる相手がいないのである。相手がいないで一人で飲む酒は旨いときもあるがまずいときの方が圧倒的に多い。 晩酌の相手といえば昔から息子が定番だが、わが家には息子がいない。いやいや、いないというのは正確な表現ではない。いた。わずか半年だったが確かにわが家にいた。私の不注意から夭逝した。生きていれば今年19歳、一緒に晩酌を酌み交わしていただろう(飲めなくても父親命令で飲ませているはず!) 最近は夢こそ見なくなったが、今も掌には病魔に冒されながらも口元に無邪気な笑みを浮かべていた息子のぬくもりを感じる。 人は苦悩を背負って人生をおくる。苦悩があるからこそ神や仏が存在するのだ! 私は人一倍神仏を崇め拝むが、神仏に救いは求めない。自分など決して救われるはずがないと思うからだ。かといって自虐的ではない。罪を背負って生き続けるのが私の宿命だと疑わないからだ。
2004年08月05日
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まさかのために○○保険というCMがあったかと思う。最近このCMが聞かれなくなったのはおそらくは合併や併合騒ぎのせいだろう。そういえば「伊東へ行くならハトヤ」も聞かなくなったし、「目標○○○店のヒグチ薬局」も「新世界のづぼらや」も「行くよし、たよし」も「かに道楽」もめっきり聞かなくなった。 休み明け早々、ちょっとした問題があって猛暑の大阪の町中を車で走り回っていた。 夕刻にはどうにか形がつき、週末にアポを取っていた大東市の顧客の元へ定刻に到着することができた。 備えあれば憂いなし、とよく言うが、備えあっても備えにならない場合も時にはあったりする。「まさか!」というのがその代表例であり、今回もそのまさかであった。「やっぱり」なら予測範囲でこちらも次の手だてを考える余裕もあるが、「まさか!」はほんとにまさかであって、こればかりはおくら経験してもドキッとさせられる。 許認可に絶対はない! わかりきったことだが、それでもついつい詰めが甘くなってしまう。 今回の場合は初歩的なミスではないが、慎重に事を進めていれば事前にわかったことかもしれない。「まさか」そんなことはあるまい、という思いこみが招いた結果だと思う。「まさか」を「またか」と読み替える、そこまで慎重な性格でなければ行政書士はつとまらないことを身にしみて感じた一日であった。 失敗もまた貴重な勉強、身に染みる財産といったところだろう。
2004年08月04日
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「宴のあと」を書いたのは三島由紀夫だった。川端康成に影響を受けた彼らしい作品だ。 宴といえば、1年に1回、南河内の夏空を極彩色に染めるPL教団主催の花火の宴が昨夜終わった。 今年はカミさんと中部防災基地のヘェンス越しに見ることになった。昔は家の二階からよく見えたものであるが、先のマンション群にすっかり遮蔽されてしまった。そのマンション群からの眺望もまた新たにできたマンション群に遮蔽されたとのこと。 放浪画家山下清はPLの花火を描いている。数年前に現物を阿倍野(近鉄だったか?)で見た。苦というものを知らない人だったのだろう。暗い夜空に燃えさかる幾十もの火の輪が見たまま見えたままに描かれてあったと記憶している。 いよいよ8月だ。好天に恵まれた今年の海や山はおそらく大盛況だろう。 ところで春から夏までは長いが、夏から冬へはあっという間だ。 潮騒や渓流のせせらぎを思い浮かべながら今週も仕事。あせらず、さぼらず、しっかり仕事をしようと思う。そして木枯らしが吹くだすころにはアリさんでありたい。まちがってもキリギリスなんかにはなりたくないからだ。いくら立派な肩書きや優れた才能があっても食えなければ値打ちなどない。
2004年08月02日
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もうすぐしたらカミさんとスーパー銭湯に行く。 東大阪は石切の「風の湯」、サウナ付きで500円というのが嬉しい。 風と言えば「風の歌に聴け」がまず浮かぶ。あの村上春樹のデビュー作。東京で学生生活を送る十九歳の僕は休みで神戸に戻っている。ネズミ男と呼ぶ友だちと、つかの間の暮らしの中で自分の存在感を見つめ直すというような内容だったか、と思う。ずいぶんと昔に読んだので記憶が定かでない。少なくとも村上龍よりは優れているな、と思った。 風の湯はビルの一階にある。タオルを肩に掛けて入る感じではない。背広が似合う風呂屋さんだ。 今から出かけて二時間ほどじっくりと湯に浸かる。肩凝りとストレスの解消にはもってこいの湯だ。 あっそうそう、背広で思い出したが、どうして昔から漫才コンビは背広を着て舞台に立つのだろう? ざっくばらんな笑いを提供するコメディアンが揃って背広を着ている。しかもおしゃれを気取ってか、体型からするとかなりスリムに作ってあったりする。あの窮屈そうな姿を見るたびに、こちらのほうまで肩が凝ってきてしようがない。 私も業務では背広を着る。しかし私の場合、初面談こそ、さすがに背広を着るが、二度目からはラフな格好でおじゃますることが多い。性格的に肩苦しいのが嫌いなせいもあるが、依頼者とうち解けるにはラフな格好が一番だ(威厳はなさそうですが)と思うところがあるのだ。 そういえば、あのビートたけしもよく首を傾け肩を持ちあげていた。もっともたけしの方はクセなんだろうが・・・。
2004年08月01日
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