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【多発性硬化症(MS)と自己否定のお話(私の場合編)】今思えば「なんでそんなにも?」と首を傾げるばかりなのだが、冗談ではなく、本当に私は自分がこの世で一番劣っていると思っていた。特に不登校で引きこもっていた時などは、自己否定がとんでもなく強かった。例えば、試験に落ちると人間性までもが否定された気分になる。何か注意されただけで、もう自分には無理だと思う。お年頃で周りの友達がちらほら彼氏と付き合い始めると、もし私が男性だったら私なんかとは絶対に付き合いたくないと思う。がんばってもがんばっても、常にまだがんばり足りない気がする。妹と比べ、私は人間失格。アトピーがひどかった時は、顔を見られたくなくて下を向いて顔を隠す。汗が滝のように滴り落ちてくると、もうこの場から消えてしまいたくなる。周期的に訪れる自殺願望の波。自分はダメな人間、認めてくれる人なんていない、私はいない方がいい。もう書き切れないほど私の感情は自己否定で埋め尽くされていた。だから、多発性硬化症(MS)という病気になったのだとも思う。今はもう自律神経が整ったらしく、そんな気持ちになることはない。でも、長年私にとっては漬物石のような大きな重しを引きずって生きていたようなもので、とにかくしんどかった。その一言に尽きる。ほんの1ミリずつ、自分を認める努力をしていった。認めてもらいたいと思う前に、自分が自分のことを認めてあげよう。あれも私。これも私。それが自分治療の始まりだ。一日の終わりには、声に出して「尚、ありがとう」。朝は「尚、おはよう」。少し口角を上げて、笑ってみる。6月で多発性硬化症(MS)になり、6年になる。日々の積み重ねというものは、他のどんな治療よりも一番のお薬だと痛感する。今の私の身体は、精神面も含めて病気になる以前よりも遥かに健康的だ。自分が自分を好きになるのは、とてもとても難しい。人と比べるな、と言われても、それも難しい。私も未だに日々葛藤だ。だけど、一日に何か一つだけ自分を褒めてあげることはできた。その年月が、大きな力となっていった。
2013/03/31
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風邪が 風に乗って今日は、恨めしいほどの快晴。絶好のお花見日和だっただろう。うっかり風邪を引いている間に、桜の見頃が花びらと共に散りそうな予感。…。満開の桜が見たいなぁ。
2013/03/30
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さくら、満開今日は父の命日だ。私が元気に前向きに生きていること。それこそが父への最大の供養だと思っている。
2013/03/29
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粗食 咀嚼おいしいご飯や野菜、自然の恵みを受けて育ったものは、噛めば噛むほどおいしくなる。逆に、ファストフードなんかは噛めば噛むほどまずくなる、…のではないかと思うのです。今日、うぐいすが鳴きました!
2013/03/28
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逃亡の末母と妹のことで取り越し苦労していたら、風邪を引いた。ほんの微熱なのに、こんなにしんどいなんて。唾を飲み込むだけでのどがヒリヒリする。鼻が詰まって眠れない。全身がだるくて仕方ない。風邪を引いたのはいつぶりだろう。しばらくゆっくり休みます。果報は寝て待て。
2013/03/27
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生が巡るという意味只今双子を妊娠中の妹。どうやら、先月の健診でもう子どもたちの誕生日が決まったらしい…。というのも、妹が出産することにした病院。ここの病院は双子以上の場合は自然分娩ではなく必ず帝王切開になり、しかも、手術日は木曜日と決まっているとのこと。ということで、誕生日はもう決定済み。しかも、その双子。妹にはほんの軽い不妊の症状があったらしく、排卵がきちんとできていなかったとかでお薬を5日間処方され、おそらくその薬の影響で双子になったのではないかと思っているようだ。(というか、たった5日間のお薬で妊娠したのだから、 それを不妊だったと言えるのかは甚だおかしいと思うのだが。)それと、なぜか妹は、帝王切開は手術扱いになるので、費用が安くなるから嬉しいと言っている。そういや、インフルエンザにかかりタミフルを飲んだとも言っていたような…。私は疑問でならない。不妊治療云々、お薬の影響性、生まれるかなり前から既に誕生日が決まっている…。費用などは論外だと思うのだが。生命の誕生というものは、そんなものなのか?どこか人工的に自然が歪められているように感じられてならないのは、私だけだろうか。明日は妹が泊まりに来ます…。
2013/03/25
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大切なものは 何ですか?いつも忙しい。いつも焦っている。寝る暇もない。大きくて立派な家。高級外車。ブランドの服やかばん。欲しい物を手に入れる。満足感でいっぱい。ご飯はコンビニ弁当。缶コーヒー。「忙しいんだから仕方ないんだ。」優先順位が違うでしょ?下向きが魅力的。
2013/03/24
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古文母には母の、妹には妹の苦労がある。父にも父の苦労があった。家族の血の繋がりが、こんなにも煩わしいものだったなんてと改めて実感する。憎しみのない世の中へ行けたらどんなにいいことか。家族間の争い事は、絶えることを知らない。骨肉の争いは、時に一番残酷だ。それなのに、結局みんな家族を作ることに精を出し、家族に光を求めようとする。なんて滑稽な世の中なのだ。これこそが、大昔から存在し、ひたすら続く終わることのない「悩み事」なのだ。
2013/03/23
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ものがたり春の光を浴びて光合成。足が赴くままに歩を進め、自然を吸い込むのが何よりも気持ちがいい。そして、良くも悪くもこのブログに日々の感情を吐き出し、我が身を保つ。このブログは私の「物語」だ。その時々の出来事や想い、写真を休むことなく淡々と続ける。自分を残す記録であると共に、続けていると必ずどこかへ繋がると信じているから。ありがたいことに、継続する力は持ち合わせているらしい。これも一つの恵みだと受け取り、私の取り柄にしよう。胸の一番奥に抱き続けている夢に繋がればいいなとは思うが、こればかりは私にもわからない。だから今はできることをこつこつと。これに尽きる。
2013/03/22
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針を動かして繕いものをしていると、気持ちが静まり、いつしか無になっている。ミモザ。
2013/03/21
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菜の花日に日に、母と価値観が遠ざかっている私。6月でMS歴6年になるに当たって、価値観が変わったのは、紛れもなく私の方だ。良くも悪くも、物の価値観から始まり、自分の生き方、定義、人生観など、自分でもこんな風な考えになるとは、想像もしていなかった。こうならなかったら生きていけないと思ったから、という理由も無きにしも非ずなのだが。だけど、もう以前の私ではないのだ。多発性硬化症(MS)になっていなければ、おそらく今も母や妹との価値観とさほど変わっていなかったと思う。だから、余計に母や妹との溝が深まっている。よく、離婚の原因は価値観の相違などと言うが、最近その気持ちがわかる気がしている。この家にいることそのものの違和感を感じてしまう、今日この頃。母と上手くいっていない、ということ以前に、もうこの家に住むこと自体が潮時なのかもしれないと、ふと頭を過る。
2013/03/20
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空に 雲が 流れ以前は、自律神経がおかしかったので、感情の振れ幅がそれはそれは大きかった。楽しい感情を10、苦しい感情を1とした場合、基本的には3辺りに留まっていることが多かったのだが、それが1に落ちるとしばらくは這い上がれず、とてもとても苦しくなる。たまに感情が高ぶって10を超えたりすると、これまた次の日には1にどんと落ち、とてつもなくしんどくなる。その波は、一日の中でも激しく起こり、自分で自分をコントロールできない状態に気付きながらも、どうしようもできない葛藤にずっと悩まされていた。最近は、ほとんどそのような波は起こらなくなっている。もちろんその日の体調や、女性なのでホルモンの関係もあったりするが、大体5辺りで安定していると思う。自分自身がとても楽に過ごせるようになった。日々の感情に左右され、体力を消耗することもないので、自然と心が穏やかになった。私は、それを望んでいた。特別楽しいことは必要ない。毎日、淡々と、自然に、穏やかな毎日を過ごせることこそが、私の幸せの価値観だと思う。そろそろ日傘が必要かしら?
2013/03/19
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梅ふぶきまた、行きたかった場所へ行ける喜び。また、会いたい人に会える幸せ。「また」がこれからもたくさんずっと続けばいい。
2013/03/18
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鳥の 水浴び最近は、たっぷりとお散歩をして公園のベンチでパンを食べるのがお気に入り。私は特に天然酵母のシンプルな硬めのパンが好きだ。噛めば噛むほどおいしくなる。地元の好きだったパン屋さんが8年の歴史に幕を閉じ、屋号を変えて新たに移転オープンするそう。笑顔の素敵なご夫婦にまた会いに行こうと思う。太陽を浴びながらおいしいパンをいただき、うとうと。かるがもがスイーと泳いで水浴びをしている姿を見ると、私も泳ぎたくなる。お花がきれいな季節になりましたね。
2013/03/16
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あのね。お散歩していると、人の優しさに触れられる。今までは、空やお花などの自然、鳥やのらねこに会う楽しみを求めて歩いていた。でも、すれ違う見知らぬ人と挨拶を交わしてみたり、のらねこを撮っているとおじさんが餌をあげに来たり、とっても素敵な帽子を被っている人を見かけたり、背中を見てかっこいいと思う人が前を歩いていたり、ふいに話しかけたくなるような雰囲気の人を見て私もそんな空気を纏いたいと感じたり。人との出会いが最近のお散歩の醍醐味だったりする。今日でこのブログを始めて5年になりました。
2013/03/15
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春色へメジロが、私の目の前でチーと鳴いた。小鳥がぷくぷくと丸く太っている姿を見ると、妙に幸せな気分になる。虫やちょうちょが飛び始めたり、お花が少しずつ蕾になり、花開く姿も愛おしい。春は芽生えの季節。ピアノを教えている男の子が無事に大学合格です♪
2013/03/14
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【多発性硬化症(MS)と顔と体を洗うことのお話(私の場合編)】2/15~参照。今、髪の毛を洗っているアレッポの石鹸。この石鹸は全身洗えるしメイクも落とせるので、髪の毛と同じように、顔もメイクをした日はアレッポ。メイクをしなかった日は、石鹸を使わずお湯洗いのみにしている。実は、2,3歳の頃にアトピーになってから、体のステロイドは部分的に止めることはできても、顔だけはどれだけ弱いステロイドでも止めることはできなかった。数日止めることはできても、またステロイドに逆戻り、ずっとその繰り返しだった。さらに、季節の変わり目や体調の悪い時は、少し強めのステロイドになる。それなのに、アレッポに変えてから、さらにメイクをしない日はお湯洗いにしてから、なんと顔に塗っていたステロイドを止めることができたのだ。もう3,4カ月は経っただろうか。人生初、こんなにも長い間ステロイドを塗っていない。単純に考えて約30年ぶり。こんなに嬉しいことはないというぐらい、私にとっては最上級に嬉しい出来事なのだ。「石鹸を使って洗わない、お湯洗いだけ」にしただけで、アトピーは良くなるらしい。目から鱗の連続とは、まさにこういうことだった。体も、母と妹が使っていたからという理由で私もずっとDH○のボディソープを使っていたのだが、アレッポの石鹸に変え、さらに今はお湯洗いのみだ。つまり石鹸を使っていない。もう半年以上が過ぎたかと思うが、至って肌の調子は順調。要するに、私の身体には化学物質は合わないのだ。今使っているものをどれか一つだけでも自然のものに変えると、何か変化が現れると思います。
2013/03/13
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だから良いのです。もう、自殺願望はない。死が向こうからやって来てくれるのなら願ったり叶ったりだという感情があることは否めないが、今は生きることに前向きだ。そして、この間美術館へ行った時にふと感じたことがあった。それは、私たちの命には限りがあるから、それぞれの年代でその人らしい輝きが現れるのだと。限りある命、だから良い。
2013/03/12
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あす3.11一人一人、日本の明日を考える時間を。小鳥が木の実をついばんでいました。
2013/03/11
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太陽と ともにこれまでの私は『物』に興味があった。自分を着飾る物、部屋に飾る物などなど。だけど、最近は物にはめっきり興味も示さなくなっている。服なんて数枚あればそれでいい。部屋も一掃して物はほとんどなくなったので、むしろ殺風景。生活に必要な物は必要となった時に買い足す。本はすべて図書館で。それより、昔ながらの自然な暮らしをお手本に、自分の手で食材を選び、自分の手で料理し、作れるものは自分の手で作り、必要最低限の暮らしをしていきたい。そんな想いが日に日に募るばかり。贅沢なんてまったく欲しくない。私が望むのは、身の丈に合った丁寧でゆっくりとした暮らし。あら、素敵なお家。
2013/03/10
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夜の とばり多発性硬化症(MS)を発病して以来、下半身がしびれたままだ。これだけ急に暖かくなると、自分が思っている以上に足は順応できないらしく、夜中にしびれというより震えに近い感覚で目を覚ました。ふと思う。私の脳は、一体どうなっているのだろう。
2013/03/09
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蓄音器から流れる音楽に 酔いしれてお茶の時間はつくづく大切だと思う。ほっとリセットし、我を振り返る時間。どんな時も、気持ちに余裕が必要だ。たて並びがかわいいよね。
2013/03/08
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いざなってくれる 場所私は美術館へ行くことが趣味だが、だんだんその好みも変化してきているよう。以前は、海外の有名画家と言われる絵なんかは大好きだったのだが、なぜか最近はあまり興味をそそられない。それよりも、一言で言うと、「とにかく細かいもの、昔のもの」に魅力を感じるのだ。例えば、モザイク。例えば、幾何学模様。例えば、版画。例えば、ステンドグラス。例えば、キリスト教などの宗教関連のもの、教会。例えば、器に一筆一筆絵筆で描かれた絵付け。例えば、ガラスの切り子などの繊細なカット。例えば、仏像なら断然「千手観音」。例えば、絢爛豪華な装飾。例えば、彫金に細かく彫られた模様。例えば、布や着物や民族衣装に一針一針縫われた刺繍。国内外問わず、とにかくそういうものに心奪われ、考えただけでうっとりしてしまう。最近は、大々的に取り上げられるような美術展にはあまり行かなくなった。個人で営んでいるような美術館の方が所蔵が遥かにおもしろい。だんだんと私はマニアックになってきたということか。美術館巡りは、私の心の糧だ。
2013/03/07
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はちみつ なめて花粉が今ピークなのに、花粉症がかなり楽になった。朝起きた時、毎日が結膜炎で、あれだけ目やにがバリバリに乾燥して開けられなかったのに。私の場合、花粉症の症状はほぼ目だ。多少の鼻水、のどの渇き、耳の痒みはあるものの、目が少し赤い程度で収まっている。もちろんコンタクトは中止してめがねなのだが、目薬の回数も大幅に減り、かなり過ごしやすくなった。おそらく、生活改善と食生活の改善だと思う。それと、むやみやたらに清潔にし過ぎないことも花粉症には良いらしい。春の花粉症は5月の初めまで続き、また夏が終わる頃には秋の花粉症が始まるのだが、今年は去年より楽に過ごせるような気がする。
2013/03/06
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何度目の 春にピアノの道を志したのは、高校生で不登校だった時。約10年をピアノに継ぎ込んだ。今は人生模索期だ。多発性硬化症(MS)になり、何もないところから何となく見えてきた光に向かって歩いている。ただ太陽の光を浴びて歩くこと。身体に優しい暮らし、食事を心がけること。そしてこのブログを続けること。まだ何も具現化されていないものの、方向性は必ずこの中にあると思っている。ピアノという一時代が終わり、今、私は、新たな時代へと築きを固めている。数年後に綴られるであろう、このブログを楽しみにして。今日は啓蟄だよ。
2013/03/05
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それ、いるの?電気代がもったいないとか、水道代がもったいないとか、私は貧乏性だからもちろんそう思うけど、それより無駄なことは止めようよ、と思う。
2013/03/04
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梅 桃 ピンク「きれいな言葉は真珠に変り、いやな言葉はヘビやひき蛙に変りますよ。」桃の節句、ですね。
2013/03/03
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【多発性硬化症(MS)とシャンプーコンディショナーのお話3(私の場合編)】2/23のつづき。そして、もう一つわかったことは、私はずっと「清潔にし過ぎていた」ということだった。最近では、どこかへ出かけた日はきちんとアレッポで洗うが、一日家にいた日などはアレッポも使わずにお湯洗いだけにしている。そもそも汚れというものは、70%は水洗いで落ちるのだそうだ。髪の毛にしても毎日石鹸を使ってきれいにし、その結果必要な油分や水分までをもねこそぎ洗い落していたらしい。ちょっとぐらい汚れが付いていた方が、免疫も強くなり、いいのだと思う。だから、私は残りの30%の汚れと共存することにした。そうすると、とてもとても調子が良い。私は今まで一体何をしてきたのかと頭を傾げるばかりだ。だって、洗わないという行為だけで、こんなにも良くなったのだもの。手間が省かれて楽だし、経済的だし、一石三鳥ではないか!下着にしても、シャンプーにしても、何か一つを自然のものに変えると、ケミカルなものに過剰に反応し、身体が「もういらない」と拒絶するようになった。ナイロン素材の下着などは、もういらない。過度な匂いの付いたシャンプーや香水、あんなものはただ人工的に作られた匂いであって、良い匂いでも何でもない。むしろ、最近では鼻を覆いたくなる。アトピーというストレスが大幅に軽減されたということ、あるいは自然の石鹸に変えたということは、多発性硬化症(MS)にとってもそれはそれはプラスだったと思う。シャンプーに関しては、今の状態になるまで結構時間がかかったのだが、是非みなさんにお勧めしたい。自然のままの髪の毛へ。まだまだ私は良くなれると確信している。完
2013/03/02
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こたつと 毛布と 湯たんぽ あるよ。私は幼い頃からアトピーだったので、皮膚科もいろいろと通った。幼い頃片道2時間かけて通っていた田舎の皮膚科。ヘルペスが頻繁にできるようになって大変お世話になった皮膚科。有名な先生だと知人から紹介された某有名病院の皮膚科。都会の医療ビルに入るおじいちゃん先生の皮膚科。現在通っていて信頼している地元の皮膚科。など、覚えている限りでも7,8つほどの皮膚科へ通ったと思う。その中でも苦い思い出しか残らなかったのは、某有名病院の有名だと謳われていた先生。知人の紹介がきっかけだったのだが、私には今までに掛かった皮膚科で最悪な先生となった。もう名前も覚えていない。当時私は一番アトピーがひどい状態で、当時の写真なんかはもう見たくもない。不登校になる直前の時だったので精神状態も普通ではなく、いつも俯き、顔の表情も乏しかった。初診でまずその先生に鼻で笑われ、「触らなければいい」と言われた。つまり、ぼりぼりと掻かなければいいということだ。私はこの医者は何を言っているのかと思った。掻かなければいいと、そんなこと誰だってわかっているよと。アトピー患者はそれをわかっていながらも、痒さが我慢できなくてひたすら掻くのだ。掻いて掻いて、赤くただれ上がっても尚掻くことを止められない。なんでこの先生が有名なのかと謎だった。何のための皮膚科医なのか。私が今信頼を置いている先生は、そっけなくてぶっきら棒だが、とても良い先生だ。必要な時には強いステロイドを塗り、良くなったらすぐに使用を中止する。だけど、不安を取り除くため、家には常備しておいていいよと言ってくれる。他のいろいろな病気と同様、アトピーだって精神状態が多分に影響する。今信頼できる先生がいるという安心。それこそが治療なのだ。
2013/03/01
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