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【多発性硬化症(MS)と自律神経失調症「汗」のお話2(私の場合編)】5/22のつづき。自分でも幼いながらに本当におかしいと思っていた。だけど、ただの多汗症だと勝手に思い続け、何か対策を取るようなことはしようともせず、悩みながらもずっと生きてきた。とにかく薄着で、脱ぎ着しやすい服装で。夏でも冬でも氷の入った冷たい飲み物で。辛い食べ物と酸っぱい食べ物は食べないで。そして多発性硬化症(MS)になり、自分なりにいろいろと調べていく内に、私はおそらく自律神経失調症を患っていたのだろうという結論に至った。もちろん症状は汗だけではない。ありとあらゆる症状が交差し、複雑に絡み合っていたのだと思う。交感神経と副交感神経のバランスが崩れる自律神経失調症について。「自律神経失調症」は、本当に様々な症状があるらしい。頭痛、めまい、生理不順、情緒不安定、不安感、不信感、冷や汗、冷え、吐き気、脈が早く打つ、人間不信、立ちくらみ、などなど。ざっと挙げるだけでも相当な数があり、私はこれらにほぼ当てはまっていた様子。ひどい頭痛なんかは毎日だったし、不登校、引きこもり、自殺願望、その他の精神的な思考も、おそらくそうだったと思われる。主な原因は、近頃は何でもかんでもストレスという枠に当てはめることが腑に落ちないが、結局のところ、ストレスなのだ。あの時、いろいろと調べ、この不調を治そうとしていたら…と考えてももうそれは過ぎ去った日々。MSを発病した後に、地道に取り組んだことを書こうと思う。つづく。
2013/05/31
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手で 水を すくってピアノが上達したいから、ピアノの先生にピアノを教わっていた。特に若かった大学生の頃は、練習をすれば私はまだまだ上手くなれる、もっと弾けると信じて疑わなかった。だから、毎日毎日明けても暮れてもピアノを弾いた。ピアノを弾かない日は、なかった。多発性硬化症(MS)を患い、のんびりした生活の中で、去年はある教室に通っていた。興味を持ち、プロに教わってみたいと思ったからだった。月に一度だったが、一年間楽しい教室となり修了した。今、私の中に、「誰かに何かを教わりたい」という気持ちはまったく以てない。よくよく自分自身を観察してみると、私にはできることがたくさんあるではないか。ピアノだって弾けるし、その教室にも通ったのだから、もう知識や技能は持っている訳だ。私は、とにかく資格を取らなければ、とか、もっと上手くならなければ、とか、自分を高めることに精を出してきた。誰かに勝ちたいという感情ではなく、敵はいつも「今の私」。だけど、みな、今のその人なりに十分持っているものはある。~しなければと思ったり、もっと上達したいと思う前に、ふと、今の自分を眺めてみると、結構良いものが手に握られているはず。虫ってかわいいよね。
2013/05/30
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綾風邪を引き、なぜかぶり返し、ヘルペスもでき、それに伴ってひどくなっていたアトピーがやっと落ち着いた。早2ヶ月。長かった…。やっぱり色素沈着が気になることは否めないが、ステロイドとのお付き合いは私には必要だということに、改めて気付かされた気がする。傍目からはわからないぐらいにまで回復しているけれど、そりゃあ、30年以上のお付き合いだから、アトピーとは。バラ園に行ってきました!
2013/05/29
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心の お掃除先日、部屋の大掃除をした。年末は寒いので、あまり捉われずに毎年この時期に大掃除をするようにしている。普段掃除をすることのないクローゼットの中やたんすの裏側など、部屋を丸ごときれいにすると、何やら視界が明るくなり、とっても気持ちのいい空間となった。掃除をすると、心も洗われてきれいになったような気になる。積もりに積もった心のほこり。それをゆっくり丁寧に落としてあげることは、生きていく上で必要なことだと思う。そして、きれいになった部屋でずずずと飲んだお茶はとてもおいしかった。明日はお休みしますね。
2013/05/27
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与えられたこと一応これでも、多発性硬化症(MS)を患うまで子どもに携わる仕事をしていた私。子どもがとっても好きだった。今ではもうその仕事をしたいとはまったく思わないし、その仕事をしていた自分のことを想像もできない。同時に、子どもことも好きではなくなった。幼い頃は、母や周りの大人と同じように、私もいずれ結婚し子どもを出産するのだろうと何も疑わなかった。だんだんそれが現実的になってきた頃、私はまだまだ経済的にも精神的にも自立していないし、何より子どもだし、余裕もないし、実際無理だと思っていた。そしてMSを発病し、今現在。ついに妹が出産を間近に控える『姉』という立場に立った時。私には、子どもを持つという選択肢はない人生だったように感じている。もちろん病気を抱えているということ。私はもともと悲観的だから、今の日本において子どもを持ちたいという気持ちがほぼないということ。これからの私の人生において、特に子どもという存在を必要としていない考えを持つ自分がいること。女性は、選択できる、とよく言われる。仕事をするかしないか、結婚するかしないか、子どもを持つか持たないか。それは自由であって、昔とは違う。昔の考えに縛り付けられることは、もう今の世の中には合わない。誰に決められることでもないはずだ。私は、病気に関係なく、ずっと子どもは好きだったが、なぜか子どもを持っている自分が想像できなかった。結局そういう道だったのだろう。私は、パートナーと奥地でひっそり、日々息をすることに精を出し、淡々と自分の役目を果たし、天から与えられた命を、それだけをまっとうしようと、そう思う。
2013/05/26
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「また明日」多発性硬化症(MS)になって、もうまもなく6年を迎えようとしている。当時は、医者に「楽しみを見つけて生きてください」と言われたが、ショックで打ちひしがれている中でそんなことできっこないと思った。だけど、不思議なもので、今はそれなりに楽しみもたくさんあり私らしく生きている。皮肉なことに、MSになる以前より今の方が遥かに自分に自信が持てている。MSという身体、その事実を曲げることはできない。だけど、明日は今日の私が創る。1年後、5年後の私も「今日」の私が創る。その積み重ね。明日の事実は自分で創ってゆくのだ。かなり暑いですが、みなさん大丈夫でしょうか?私はすでにバテ気味です(苦笑)
2013/05/25
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今の日々なんとなく思う。今が、私にとって、人生の中で最も幸せなときかもしれないということを。
2013/05/24
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目の 財産美術館へ行くことが、目下の趣味。国内外問わず、古い職人技に心魅かれる。もともと仏像なんかも大好きで、美術館でもよく見る機会があった私。最近では、お寺や神社の特別拝観に赴くことも趣味に加わり、私の中では美術館へ行くことと同等の高揚ぶりだ。やっぱり、有名と言われるお寺や神社、お祭り、行事なんかには足を運んでおきたい。どうしても人が混むからという理由が先に立ってしまっていたが、「行った、見た」という経験は他の何者にも変えられないはずだと思う。ずっと以前から一度は見ておきたいと思う第一位は、青森の『ねぶた祭り』。美術館好きの私には、とんでもなくそそられる。あ♪
2013/05/23
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【多発性硬化症(MS)と自律神経失調症「汗」のお話(私の場合編)】私は、温度調節のできない身体だった。例えば、冬。屋外から暖房の効いた屋内へ入ると、滝のような汗。暑くて耐えられず屋外へ出ると、滝のような汗が一瞬にして凍りついたように冷たくなり、唇は紫色になって震え上がる。暖房の効いた屋内で、熱い飲み物を一口飲めば大量の汗。例えば、夏。屋外でとにかく尋常でない汗をかくから、異様に体力を消耗し、とてつもない疲労感。髪の毛は毎日頭にぺたりと貼りついたよう。マスカラが黒い涙となって頬を伝う。幼い頃から、手の平と足の裏は年中を通して冬でも汗でべたついていた。小学6年生の時、1年生と手を繋いで遠足に行くという行事があったのだが、「濡れてる」と言われショックを受けたことを今でも覚えている。顔は真っ赤に火照る。手の平と足の裏は緊張した時のようにいつもべたべた。わきの汗もひどい。夏の汗は滝のようなのに、不思議だったことは、なぜかくるぶしから足先は年中を通して冷たかったことだった。つづく。
2013/05/22
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友私は海外へ行ったことがないのだけれど、観光で日本へ来ている外人さんなどを見かけると、つい話しかけてみたくなる。「ハロー」と。因みに、私は英語はまったく話せない。
2013/05/21
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一握りの 幸せ今日は趣味のカフェ巡りへ行ってきた。以前から行きたかったカフェだったので、とても満喫。楽しい一日となった。3月に数年ぶりに風邪を引き、たかが微熱だったが私にはしんどく、何やらすっきりしない日々が続いていた。少なからず出産を控える妹のこともストレスになり、もちろんまったく関係が良くならない母とのことも、その他にも納得のいかないことがあったりと、いつもより増して悲観的だった私。このブログにも、それがはっきり出ていた気がする。心に余裕がなくなると、悲しいかな、感謝の念もなくなる。何をしても文句ばかりの日々。そんな我が身を振り返り、今の自分の身体を大切にして、今やれることを少しずつこなしていこう。今年はアルバイトを始めることが私の目標だった。風邪も完治したことだし、無理のない範囲で働ける先をゆっくりと地道に見つけようと思う。私にはやりたいこともあった。すっかり頭の中から抜け去っていたが、やっぱり夢は夢。叶えたいに決まっている。進んでは戻り、また戻り、そしてやっと少し進み、それでいいのだ。それが、私。お花はいつでも素直だね。
2013/05/20
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ありがとうございます。私のパートナーは物好きだ。私が多発性硬化症(MS)を発病した後に知り合い、日々このブログに綴っているような私のこの考えが、なぜか良いと言ってくれる。それ以来、ずっと変わらずに私の心に安心をもたらしてくれ続けているパートナー。もし、私と逆の立場ならば…、と考える。もし、私と逆の立場ならば、MSを発病後に足を引きずっている初対面の者なんかに、「パートナーになりましょう」などと思うだろうか。私は心がさもしい人間だ。僅かな同情心を抱きはするだろうが、恋愛関係に発展するようなことはまずないと否定から入るだろう。私はとても恵まれていたのだ。安心を得たおかげで、ありがたいことに身体は徐々に回復。母や妹との悩みを訴え続けても、決して私を非難することはしない。むしろ、肯定してくれたりする。なんて、なんて変わり者なのだ。そんなパートナーに、本当に、心の底から感謝する。
2013/05/19
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渦の中で私のオアシスは自分の部屋だ。一日の大半をここで過ごしている。数年前から徐々に持ち物を見直し、部屋を大掃除するようになり、ますます自室の環境を整えるようになった。あれほどあった物は必要最低限の物だけとなり、むしろ今は殺風景だ。それが私にとってはとても心地良い。風通しを良くすることは大切だと思う。私はいつも無音の空間に身を置いている。テレビなどはほぼ見ない。音楽とももう無縁だ。聞こえてくるのは、車が走る音か人のしゃべり声かのらねこのケンカか、自然の声。そんな生活を送っている内に、目に入る色までもがうるさく感じるようになってきた。人口的で派手な色ももういらないらしい。つくづく思う。世の中には必要のない物が多すぎると。それを減らしたら、どれだけ人が人らしく生きていけることか。そして、母にも言いたい。物は持っては死ねないんだよ、と。過ごしやすい季節は少ししかないね。
2013/05/18
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キラキラ本物の空の青が見たければ、その目の前にある網戸を開けないと。ちら。
2013/05/17
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エスケープ妹が産休に入った模様。日に日に迫る出産日。私がいると迷惑だから、母と妹水入らずで産後を過ごす為、私はエスケープしようと思う。家の前でカエルがゲコゲコ鳴いてます(笑)
2013/05/16
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和へ30年ほど、毎日欠かさず朝には食パンを食べていた。どれだけ朝寝坊をした時でも、まず口にするものは食パンだった。それを、数カ月ほど前からご飯に換えた。ついでに歯磨き粉も数カ月前から自然のものに換えた。はて、何か変化は現れるだろうか。
2013/05/15
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自分の目を 信じて一般的によく知られていて、「良い」とされているもの。著名人が是非にとお勧めするもの。必ずしもそれが「自分にとっても良い」、という訳ではない。例えば、私は最近ある有名メーカーのレギンス(男性でいうズボン下)を買った。使用したことのある人は、みな口を揃えて「良い」と絶賛。私もいろいろと調べた結果、これはアトピー肌の私にも良さそうだと思い、購入してみた。ところが、私にとってはサイズも縫製の仕方もまったく合わず、むしろ心地良くなかった。例えば、テレビ。私は騒がしい音が耳に流れてくることにストレスを感じるので、ほとんど見ない。知識を得るには、本の文字を目で追って自分なりにあれこれ考え噛み砕きながら読み進めることが、私には一番合うらしい。値段が高いから物が良い、値段が安いから物が悪い、という訳でもない。これはあらゆることに当てはまると思う。大事なことは、自分の身体には何が必要で、どんなものに心地良さを感じるか、何を求めるか、どんな人生を歩みたいのか、など、他人の意見や周りの環境に左右されることなく、終始自分を基準に考えることだ。それは人それぞれで、決して良い悪いという問題でもない。ただ自分の身体に向き合って心の声をゆっくり聞いてあげること。それに尽きると思う。「自分で見極める力」。「取捨選択」。曲がることのない軸さえ持っていれば、たとえどんなことが起きようとも、この先自分を信じて生きてゆけるのではないだろうか。ヘルペスできてしまいました(泣)
2013/05/14
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私が生きる道には、ピアノの先生とは私が高校生の時からの付き合いなので、家族のこともすべて知っている。先生は、もし妹に私と同じだけのピアノの技術があると仮定して、「妹にはピアノは弾けないわよ」と言った。私にとっては、この上ない褒め言葉だった。母とわかり合えることができたのなら、もしかしたらこのブログは終わるのかもしれない。母は私がこうなった理由を知らない。「なんでこうなったんやろうなぁ、おかしいなぁ」と言う。もちろん妹だって知りはしない。親の心は自分が親にならないとわからないと言う。だったら、私には一生わからないままだ。だって、私に子どもを産む意思はないのだから。春眠暁を覚えず…。
2013/05/13
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のしのし私はほぼ一年中の花粉に反応しているので、秋からずっとマスクをして外出していた。だが、さすがにもう暑いので、マスクを外した。当たり前だが、マスクをしていた口周りは、この春初めて日を浴びた訳である。ずっと保護されていたので、急に日の光を浴びることになり、赤く軽い湿疹ができてしまった口周り。なんて敏感で弱い肌なのだろうと少なからず落ち込む。ついでに、急に暑くなったものだから、足の付け根と太ももの辺りがじーんと痺れ、なんとなく足が前に出にくくなった。とてもとても外からの影響を受けやすい私の身体。私だってもっと丈夫な身体に生まれたかった!と思うが、こればかりは仕方がないので、そんな身体とゆっくり付き合っていくことにしよう。藤色ってきれいだよね。
2013/05/12
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許すって?負の感情は、人の心を蝕む。それと同時に、身体をも蝕む。要するに、私は長年自分で自分の心と身体を蝕み続けている訳だ。パートナーは、「許すことは自分の為」だと言う。確かにそうだ。憎しみほど大きな負の感情はないだろう。だけど、私は、たとえそうであったとしても、どうしても許せないだよ。
2013/05/11
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傘とちょうちょ昨日は、こちら関西ではじんわり汗をかくほどの陽気だった。ということで、ついに日傘が登場した。ほんの少し日に当たるだけで赤くただれたようになっていた私の肌。一年の半年は日傘を持ち歩くことが当たり前だった。たかが信号を渡るほどの距離だけでも神経質に日傘を開いていた。だが、数年かけて徐々に太陽の日に慣れる努力をしてきたおかげで、今年はこの気候になるまで日傘を差さずに過ごせたことをとても誇らしく思う。最近では男性の日傘姿もちらほらと見かけるようになったが、遮るものがあるのとないのとでは、雲泥の差だ。日傘を上手く使い、太陽の日も適度に浴び、今年は初の帽子と併用してこの夏を乗り切りたいというのが、私の目標である。「あ~、お出かけ楽しかったわ。」
2013/05/10
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身体に 目を向けて6月で多発性硬化症(MS)になり6年を迎える。6年が経ち、足全体のしびれはまだ遺っているものの、やっと安定して気候や体調に関係なく歩けるし、走れるようになった。ほぼ完治の私の足。どこからどう見ても、普通の足だ。だんだん夏が近づくにつれて、若い女の子たちが、ショートパンツに素足にサンダルという格好になってゆく。私も学生の頃は素足に高いヒールの靴を毎日履いていた。もうあんな生活はできない。病気で、という意味ではなく、あんな不健康な、という意味で。周りの目ばかりを気にし、外見ばかりを繕う日々。ちょっとぐらい足に合わなくてもかわいい靴だから履く。細すぎるデニムだって骨盤が痛くても無理矢理ボタンを留める。体調は悪い極まりない。そりゃあ、あんな生活を続けていれば病気になるはずだ。外に向いていた目を自分の内面に向けるとどれだけ楽になったことか。それを教えてくれたのは、紛れもなく病気だった。若い女の子たちにも一言忠告したいものだが、誰が何を言ったところで火に油を注ぐだけだと思う。それは、自分で気付くしかないのだから。「明日はお出かけてしてくるわ。」
2013/05/08
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【多発性硬化症(MS)と月経のお話4(私の場合編)】4/30のつづき。(※必要のない方はスルーをお勧めします。)そして、今回が最終回。最後にもう一つ、「月経血コントロール」というお話。最近、「月経血コントロール」という言葉を聞くようになった。講習会なども各地で行われている様子。私はこの言葉の意味を知らなかったのだが、文献を読むと、知らず知らずの内に私もしていたようだ。月経血というものは、本来、便や尿のように自分でコントロールすることができないからナプキンというものを使用する訳だ。だが、「月経血コントロール」というものは、字の如く、自分で月経血をコントロールできるという考え。昔、今のようにナプキンなどない時代(ショーツを履かない女性も多かった)、女性たちは月経血を便や尿のようにコントロールしていた。なんと、トイレで便や尿と同じように排泄していたのだ。インナーマッスルを鍛えることで、月経血も「自分の意思でコントロールできる」ということ。女性の中には月経中にまったくナプキンを使用しない人もいるらしく、つまり、ナプキンというものがまず必要ないらしい。私もよく考えてみると、なるべくナプキンに付く月経血の量を減らしてトイレで、という意識があったので、私も50%ほどはそうしていたような気がする。以前は、月経というものがおっくうで仕方がなかった。でも、最近はそうでもない。むしろ、月経は身体を健康に保つバロメーターである訳で、「訪れてくれてありがとう」という思いだ。このシリーズで書いている日記のテーマは、あくまで自分でできる範囲内の「自分治療」。最近はかわいいテキスタイルの布ナプキンや、専門店までもが現れるようになっている。思い切って布ナプキンに変えるだけで、これまでの意識ががらりと変わり、毎月月経が訪れることが嬉しくなるかもしれない。完
2013/05/07
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顧みること。最近、不妊治療の末に双子を妊娠するケースが増えているという。妹がその典型的なケースだ。私は経験もないし、あれこれ口出しできる立場ではないことは重々承知の上。ただ少し言わせてもらうなら、思うに、重い病気や障害で妊娠することができない女性を除いて、実は本当の不妊の人はほとんどいないのではないだろうか。現代の生活状況。食生活。もちろん切実な悩みなのだとは思う。だけど、これまでの生活に気付き、顧み、改善することが一番の不妊治療ではないのか。だんだん暑くなってきたし、風邪もほぼ完治だし、マスク、取ろうかな。
2013/05/06
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麦藁帽子 と 風鈴もう、欲しいものはない。今買うものと言えば、私は実家暮らしなので、交通費と食費を除いて本当に日用品だけとなった。服も数枚を着たきり。あれだけ物に囲まれていることに安心し、物に溢れた生活をしていたのが、まるで嘘のようだ。だけど、一つだけ欲しい物ができた。それは帽子。もうそろそろ日傘を使い始めようかと悩む気候になってきたが、今年の夏は少しつばが大きめの帽子で乗り切りたいと思っているところ。私のこれまでの生活の中に帽子なんてものは存在しなかったのだが、日光に当たることにも慣れてきたため、ついにデビューしようかしら。今日は立夏。この春はいっぱい寝ました。
2013/05/05
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心の 葛藤「かゆい」という言葉しかこの世に存在しないのではないかと思うほどアトピーがかゆく我慢できなくなったので、またステロイドを塗った。風邪を引き、なぜかまたぶり返し、ここ最近ではピークにひどかったアトピー。「毎回もうステロイドはこれで終わろう」と誓うのに、すぐに再開してしまうこの情けなさ。そして自分との葛藤。やっぱりステロイドは止められない。塗れば一気にかゆみは治まり、精神衛星上とても良い。私にステロイドを止められる日は来るのだろうか。麻薬中毒者なんかも同じような心境なのだろうな、とふと思った。
2013/05/04
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誕生日プレゼント例えば高級ブランドのかばんより、無農薬有機栽培で太陽の光をたっぷり浴びて丁寧に育てられた野菜を使ったご飯の方が、私は遥かに欲しい。みなさん、お休み楽しんでますか?
2013/05/03
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うねり道松の木のように、あっちへうねり、こっちへうねり。決して天に向かってまっすぐではない。だけど、そのうねりが素晴らしく美しい。いつの時代の人々の心をも魅了する。私の人生も、松の木のように。気持ちよさそうです!
2013/05/02
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だんまりスト発生。あ、我が家の電化製品のことだが。パソコンやテレビ、DVDプレーヤーなど、突然付かなくなるのだ。あれ?故障?と思った後、しばしそっとしておき、おもむろに翌日電源を入れてみると、何事もなかったかのようにしれっと動く様。ちらと横目で窺うが、「なにか?」と問いたげ。ま、人間と同じで動くのが嫌な時があるのね、と寛大に見守ってあげている。「な に か?」
2013/05/01
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