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少し、時間の流れも、若い頃とは違う感覚だなと思う。老いが始まって、時計がゆったりと進むようになった。同じ1分でも、10秒ほど余計に増えたような1分とでも言おうか。体感温度とかいう現代語があるが、それを真似て、体感時間という言葉を当てはめてみたい。間延び、ねっとり、或いは、通奏低音。なんだか、そんな単語が頭に並ぶ。決して爽やかではない。湿った、皮膚にまとわりつく時間。感覚も老いるのだな。体や心だけでなく、五感で感じ取るすべてのものもみな一様に歳を重ねるのだ。
2022/05/31
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物欲というものがめっきりなくなって久しい。今なんでも物が高過ぎて私なぞには手が届かないという理由ももちろんあるが、年々財布の紐が堅くなってゆくというか、そもそも欲しい物が見当たらないのは私だけだろうか?まず第一に、例えばこれを買ったとして、すぐ不要になるな、と考えてしまうのである。安い物ならすぐ壊れるのは当たり前、最近はある程度の値段を出して買った物でさえもびっくりするほど質が悪かったりする。要するに割に合わない。また、自分にとって少し背伸びした値段の高い買い物をしようとした場合、果たしてこの物にそれだけの価値はあるのだろうか、それなら大好きな美術館へたくさん行って経験としての価値を身に付けた方がよっぽど実りあるんじゃなかろうか、とすぐさま頭をよぎる。で、結局私は天秤にかけるまでもなく美術館を選ぶ。ということがここ何年も続いているので、物欲がますますなくなってゆく。去年めがねを買ったが、この買い物は心から良い買い物をしたと思う。高かったけれど、それなりの価値はあるものだし、ずっと長く使うものなのだから、自分でもここぞというタイミングを逃さずまっとうな判断ができたと自負している。何より私はこのめがねがとても気に入っている。世間に流されず、こういう感覚は持ち続けたいと思う。普段は必要最低限の買い物だけで済ませ、これだという時にだけ質の高い良い物を潔くポンと買う。そして愛情を持って末永く寿命が来るまで使う。こうすることで心から満足を得られるし、これこそ一番賢い買い物の仕方だと思う。今の世の中はどうだろう?使い捨ての、その場限りの買い物ばかりではないだろうか?
2022/05/30
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ヘルペスが3ヶ月できていない。大体月に1、2回のペースで、多い月は3回ほどのペースででき続けていたが、急にパタッと止まった。私は更年期が始まったことが影響していると考えている。更年期とは、女性ホルモンが減っていくことで自律神経が乱れることを指すが、なぜか私のヘルペスには好都合だった模様だ。そもそも私は神経疾患なのだから、更年期が始まる以前だって1年365日自律神経はもちろん乱れ続けていた。半身浴をするなど自分治療に励んだりして、ひたすらに自分の身体に向き合い、なんとか自力でここまで良くしてきたけれど、皮膚など他は良くなっても、結局最後の最後まで残るのはヘルペスであり、どんなに努力してもヘルペスが度々でき続けることを止めることはできなかった。どうしたってできる。決してできなくなることはない。気まぐれ極まりないヘルペスは私の悩みの種で、どうすればヘルペスができなくなるのかわからず、ほとほと困り果てていた。実にヘルペス歴35年。顔と鎖骨に何百回できたことか。それが、更年期が始まったことで解決するだなんて、なんて私の身体はひねくれているんだろう。自分でも笑っちゃうや。更年期が始まったことによって更に自律神経の乱れに拍車がかかったのだから、ヘルペスのできる回数がこれまでよりも増えると考えるのが当然だと思う。それなのに、できなくなるってなぜだ?できないに越したことはないし、心底うれしいけど、疑問だけが残ることは否めない。本当に、一体何がどう良い方向に作用したのだろうか。さっぱりわからない。ただ、思い当たる節は心なしかあった。今、自律神経の“質”は明らかに変わったなとは感じているのである。更年期が始まってから、私の身体は今までには感じたことのない身体になっていることは確かであり、それは滝のように流れていた汗が一切出ないことで証明されているように思う。少し、これまでの神経とは違う神経の感覚の身体の中で今生きていて、私は医学的な知識はこれっぽっちもないから説明のしようがないけれど、たぶん原因はコレだ。私のヘルペスと、不意に訪れたこの更年期の自律神経の乱れは、思いも寄らず歯車が噛み合った。意外にも、ピタッとはまった。人体の不思議。もとい、“私の”人体の不思議。これだけ日々向き合って来ても、歳を重ねれば身体は刻々と変化していく訳で、まだまだ知らない自分を発見できることが我ながらおもしろい。
2022/05/29
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家に閉じこもっている時間がめっきり増えた。大嫌いな夏に近付くから、これからもっと家にいることになると思われる。せめて歩きに行かなきゃ運動不足だと思うけど、面倒くさいという気持ちの方が勝ってしまう。自分の部屋の、同じ場所にずーっと座ってる。朝から晩までここから動かない。こんな生活でいいのかい?外に出たくないという訳じゃないもん。じゃあ出れば?そうだけど、別に行きたいところもないし。足が動かなくなるよ。うん、そうなんだけど…、ワクチンも打ってないし。言い訳が多いね。う…、もう気力もなくてしんどいんだよ。
2022/05/28
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「現世において完全なものといったら、不幸以外になにもない」「わが身のとつおいつする不決断」「こんな小石でも、なにかの役に立ってるんだよ」「生命の流れをせくことが人間にできるじゃろうか」「物質的な所有からなにがのこる?観念だけじゃ。それにくらべて、あらゆる現実をわが身の思想のなかにきざみこみ、みずからの心のなかに幸福の源泉をもち、地上の汚れにそまぬかずかぎりない理想の快楽を、心のなかから引き出せる人の生活はなんと美しいことじゃろう」「ははあ、光栄か。情けないしろものでね。買う時は高いが、保(も)ちがわるいんだ」「富者のまずしさ、貧乏人のゆたかさ、古来芸術家にしてこの両者のあいだで迷ったりしたものがいただろうか」「彼はすべてを侮蔑していた、自分自身の将来までも」
2022/05/27
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体は重く、年々目に見えて鈍感になってゆく私。相変わらず例の直感は働くが、それに反応してパッと行動できなくなったもどかしさ。それは違うからやめておけと直感が教えてくれても、わかってはいつつも受け流す場合も度々出てくるようになってしまった。当たって砕けろとか、若いって素晴らしいとかいう言葉の意味が、ようやく身に染みてわかり始めている。今の私は、出不精と億劫と面倒臭いという言葉の中に絶えずいる。まぁいっか、明日でもいいし。そのうちね。なんだかそんなだらしない日常になってゆくことが情けないが、これも老いなのだからゆっくりのんびり生きるしかないと、都合よく自分を甘やかすこともまた老化であった。もう、人生まずまずならそれでいいんだ。
2022/05/26
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30代の半ば頃だったか、度々「今が一番幸せな気がする」と思ったものだったが、やっぱりその直感は当たっていたなと今になって思う。病気を患ったものの、私はありがたいことに再発もなく軽症で、しっかり自分の足で歩けるまで回復した。自分治療と名付けて、半身浴をするなどして身体を良くしようと精を出し、結果みるみる内に体調は上向いていった。今思えばこの時が一番充実していたなと思う。今年に入り、老いの始まりという難儀なものが覆いかぶさるようになった為、30代半ばのような訳にはいかなくなった。心身の変化、つまりありとあらゆることが階段一つをトンと下りたように衰えたことを自覚している。人生において“良い時”とは極めて短い。風のように、瞬時に過ぎ去る。これからますます老いが拍車をかけるのだから、何か、今この瞬間だ!とピンと来た時にはそのチャンスは逃さないようにしないと、二度とそれは巡って来ないのだと、今ひしと感じる。後の祭りだ。過ぎ去った日々はもう戻ってこないのであった。
2022/05/25
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顔の湿疹がひどく、皮膚科という言葉とステロイドという言葉が目の前を散らついて仕方なかったが、なぜだかサーッと湿疹が引いてきた。先月からゴールデンウィーク辺りまでは、久しぶりにあの頃のアトピーの辛さに引き戻されたようだったが、少し落ち着いている。すると、精神も鎮まってゆくから、気持ちが前向きになる。ひどくなった原因は一体何だったのだろう。今となってはわかるはずもないけれど、皮膚科へ行かずに済んだから兎にも角にもホッと胸をなで下ろしている。
2022/05/24
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ある紅茶のティーバッグを買ったら、2、3分蒸らしてくださいと書いてあった。私は濃いめが好きだけど、このメーカーがそう言うんだから一応この通りに淹れてみようと思い、3分蒸らしてみた。はて、白湯に少しだけ紅茶風味があるぐらいだが。ティーバッグを戻し蒸らすこと5分。薄い。更に蒸らして8分。まだ薄い。どんどん時間は延びていって、結局13分蒸らした末、しこたまティーバッグを入れたら出したりしてちょうど良い加減になった。こりゃダメだ。
2022/05/23
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寺を出てすぐ、心がスーッとしてつっかえが取れたな、来てよかったな、と目を潤ませていると、ふとそこにねこちゃんが2匹座っている。あれ、どこから来たの?小麦色のねこちゃんの頭をなでるとゴロゴロとのどを鳴らし、じっと私の側から離れない。と、その時、どこからともなく胸に染み入る低い鐘の音がボーンと聞こえてきた。そうか、ねこちゃんと鐘の音はお父さんからの合図だ。きっと来てくれてありがとうって言ってるんだ。お墓に行く時は呼ばれてる時なんだよってパートナーが教えてくれた。私はまた一人泣いた。日傘で顔を隠しながら。やれやれ、明日もまた生きようか。完
2022/05/22
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先の日記の下書きをしていた時、ふとまた父の墓参りへ行こうかと頭を掠めた。ちょうど今年は他界して20年の節目でもあったので、思い立ったが吉日。そう、ゴールデンウィークに妹一家が帰って来ていた時、私は墓参りへ出かけていたのである。1年半ぶりだ。少し辺鄙なところにある為、自宅からは電車と徒歩でたっぷり2時間半はかかる。一人トボトボ向かう途中、お決まりのビールを買う。カラッと晴天。いつも掃除が行き届いている墓は、さっぱりと清々しい様子で並んでいた。父は義理の父母の墓へ入ることを望んでいるのだろうか、本当は旧姓の、お父さんの実家の方の墓へ入りたいんじゃなかろうかと、納骨の時に何度も何度も考えたものだったが、なんだか雲の上は心地良さそうね。墓に光背が見えるもの。初めて父の娘として安堵という二文字がスッと胸に下りた気がした。近況報告も兼ねて、1年半前の「尚、生きろ!」の言葉を糧に今日まで生きてきたと伝える。墓にところどころコケが生えていたので、ブラシで擦り落としつつ独り言。今日は連休だからどこもかしこも人でいっぱいだよ。お父さん、妹の旦那に会ってみたかった?今日帰って来てるよ。安心して、妹はなんの心配もいらないから。双子もすくすく育ってるよ。ビールを供えて南無阿弥陀仏と唱え、また来るよと手を振った。
2022/05/21
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半身浴をし始めて5年と10ヶ月。両耳の中の湿疹がびっくりするほど良くなってきた。耳の穴をかさぶたが塞いでしまって、普通サイズの綿棒が入らず赤ちゃん用の極細のものしか使えなかったのに、最近は綿棒すら使っていない。少しカサカサして皮はポロポロめくれるけど、腫れも引いたし、スッキリとして聞こえも良い気がする。というか、耳の穴が広いし長い。おゝ、なんて素晴らしいんだ。このままぶり返さず完治してくれたら、こんなにうれしいことはない。家では、ずっと真冬と同じ下半身の服装で過ごしていたが、さすがに暑いので、ようやくレギンスやらを減らした。それでもまだまだたくさん履いている。できるだけ下半身は冷やしたくないから、梅雨明けまではこのままだろう。顔の湿疹がかゆい。手の平と指の水ぶくれもびっくりするほどぶり返してしまって、今一番の悩みの種。膝も。背中も。良くなる気配すらない。歳を重ねると年月の進むスピードが速く感じられるようになっていくと聞くけれど、あながちそれも間違っていないのかもしれないなと思う昨今。1ヶ月単位で、1年単位で、とおもむろに振り返ってみても、確かに若い頃より速くなっているとは思う。一体なぜなんでしょう?なるほど、これも老いたということである。あのね、2日前に蛙が鳴いた。うれし過ぎる♪
2022/05/20
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「それこそ七十八年の生涯なんてものは、そのまま七十八年の恐ろしい呪いだったと言ってもいいんじゃないでしょうか?」「人間一生の終りに近づくにつれて、何かだんだん人生の環(わ)の円周が、出発点に向って近づいて行くような気がするんだね」「<イエスのたまいけるは、われは復生(よみがえり)なり、生命(いのち)なり。我を信ずる者は死ぬるとも生くべし。すべて生きて我を信ずる者は、永遠(いつまで)も死ぬることなし> ヨハネ伝」「悲しみ、そして絶望には、たいへんな力があるものですからねえ」「だが、物にはどこかでやめ場所がある。要するに、問題はだね、どこでやめるかってことなんだよ」「向うではもう『時間』というものもなければ、いっさいの苦しみ悩みもない」「<比較は、喜びを盗む泥棒だ> ルーズベルト」
2022/05/19
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40歳を迎えようとしていた私は、悩み苦しんでいた。そろそろこの世から退散しようか。もう良い頃合いなんじゃなかろうか。40年もがんばって生きてきたじゃないか。もう思い残すことはない。潮時さ。そうだ、その前に父に会いに行っておこう。そう考えた私は父の賛同を得る為に出かけたのだった。久しぶりの父の墓へ。大好物だったビールを供える。尚はそろそろお父さんの元へ行こうと思います。生への希望が見出せません。彼岸での暮らしは優雅ですか?此岸での暮らしは辛く悲しいものでしかなく、母との二人の生活ももう限界を越えています…。不動明王に別れを告げた後、私は御守りを一つ持ち帰った。それと共に、父と共に、一年を生きた。私が発病する5年前に父は他界したが、父が身代わりになってくれたことは明白な事実だった。あの世へ行く道を辿っていたのは、きっと私の方だったはずなのだ。私の方が順番は先だったのだ。それを親である父が子である私の身代わりになって、先回りしたのだと。だから私はこんなにも軽症で済んだのだと。私の胸には父がいる。生きなければ。そう思い、今日も私はここにある。
2022/05/18
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恐る恐る本堂の中心へ立つと、そこには私を見下ろす巨大な仏像が鎮座していた。それは歯を剥き出しにしてものすごい形相でこちらを睨む不動明王だった。私の体は凍りついた。身動き一つ取れなくなる。心臓が高鳴る。瞬きもできない。息もできない。胸が詰まる。熱い涙がとめどなく頬を伝って流れた。それは父の目だった。そこには父の魂が宿っていた。「尚、生きろ!」とその目は言った。天から父の声が降って来る。父の顔が不動明王と重なり、夢か幻か、それは生きた父そのものだった。そう、前日に、私は父の墓参りに出かけていたのだった。
2022/05/17
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これは、私が来月40歳の誕生日を迎えるという、39歳の時の話。実はとても不思議な体験をした。ある山の頂にある寺へ行った。数百段もの階段を登り続けるという、私にとっては少し過酷な道のりの寺へ。ここへ来た理由は偶然でしかなかった。その山の麓には別の有名な寺があり、なんてことはない、寺巡りが趣味である私はその有名な寺の方へ行きたかったのである。すると、ふと目に留まった。聞いたこともないこの山の上の寺へ導かれるように、なぜかこの階段を登って行かなければならないような気がした。10月だったが、まだ陽の光はギラギラ強く、私は日傘を差していた。息が上がる。足はだんだんと動かなくなってゆく。登っても登っても天まで続く階段は果てしなく、いつしか玉の汗をかいていた。と、一瞬にして視界が開け、実に立派な懸崖造りの本殿が現れた。まるで雲に浮かぶ宮殿のようだった。人っ子一人いない。こんな山の上までよほどの物好きでなければやって来ないようだった。この日思いがけず特別公開をしていた。仏像を間近で拝観できるらしかった。本堂へ一歩足を踏み入れた途端、ピンと張り詰めた冷気が私の皮膚を刺す。怖い、誰かに見られている、と思った。
2022/05/16
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妹家族が一泊で帰って来ていた。私は、母とは不仲で一切口を利かず、一家の“腫れ物”なので、消えるしかない。これは私自身の問題であり、まだ幼いもんもんを巻き込んで悪影響を及ぼすことだけは避けねばならないので。はて、どうしよう。こんなゴールデンウィークに。どこもかしこも人でいっぱいだ。うーん。うーーん。あ、そうだ!数ヶ月前から行きたいと思っていたところがあったのだった。行き先はすぐに決まった。ここなら誰もいない…。
2022/05/15
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映画を観るようになって久しいが、おそらく合計すると1000本は観たと思われる。まさか、これまでの人生で僅か数本しか観たことがなかった私がこんなことになるなんて、自分でも信じられない。最近は美術館ばかり行っている。先日は調子がよかったので、2館はしごしてみた。今こちら関西ではそそられる展示が目白押しで、うれしくって仕方ない。やっぱり大好きだ、美術館。住みたいな。映画にしても美術館にしても、ま、現実逃避なのである。オードリー・ヘプバーンが今話題ですが、私は抜きん出て「パリの恋人」が好きです。踊ってるシーンは釘付けなのです。是非♪
2022/05/14
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更年期って、「更年期という名の病気」なんじゃないの?って思うほど、なんだか病気を患っているみたいなんだけど。そして更年期へ入り思うこと。6年近く一切のステロイドを絶ってどれだけひどい湿疹が出てもひたすらに耐え忍んで来たが、あまりに心身耐えられないようだったら、ステロイドに戻るかもしれないということ。短い期間ステロイドを塗って、心身鎮めて、やっぱり肌がきれいになると心も明るくなるから、更年期の今はその方が良いかもね。かゆいの悪循環を少しだけ絶ってあげるだけで、日々のしんどさも和らぐように思うから。これだけがんばってきて屈辱以外の何者でもないけれど、意地を張らず限界を認めることも今後の為には豊かなことかもしれないと思ったりする。何事も、身のほどをわきまえて、ある程度の妥協って必要だ。気分が落ち込む原因の“芽”を一つだけでも摘んであげるとでも言おうか。それが逆に罪悪感に苛まれて自分を責めることになるのであればステロイドはやっぱり塗らない方が良いと思うけど、きっとその見極めもこれからは大事なんだと思うな。でも、あ〜また皮膚科に通うのか〜。それはちょっと…。
2022/05/13
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更年期の始まりを自覚するようになった今年。肩凝りや首凝り、めまい、疲れ、やる気が出なくて気分が沈み何をするのも億劫で面倒臭い、夜中睡眠が浅くて何度も目が覚める、容姿の衰え、精神の衰え、ついに老眼か?など、何かそんなことが一気にドッと押し寄せた。少なからず戸惑いを感じながらも、女性として生まれたのだからこれも普通のことなんだと、ちょっとだけそう思えるようになっている。まだまだスタート地点にも立っていないけれど、これまでの経験では太刀打ちできないような日々を覚悟しつつも、自分なりに上手に付き合っていくしかない。あまりにしんどいようだったら薬を飲むことも視野に入れようと思うし、決して無理だけはしないように、そしてそんな自分のことを卑下せずによしよしと労ってあげよう、今はそういう風に思っている。今現在症状は少し治まっているが、これまでとは、病気とは、更年期はまったく違った。正直、女性の体の歳月の流れとはこういうものであるとは、実に想定外であり、それは私にとっては何かとてつもなく巨大な得体の知れない壁でもあるように感じられる。難病になって15年、病気の身体であることはベテランだけど、更年期はまだ0歳。今までの経験は一切通用しないらしい。老いるってなんぞや?肉体が滅びゆく過程ってなんぞや?病気という土台を持つ女性の更年期とは?まだまだわからないことでいっぱいだが、病気の時と同じように、いつかこれも点が線になるのだろうか。身体と心がしっくりと一致する日は来るのだろうか。そしてこの巨大な壁を乗り越えられる日は来るのだろうか。今年は、つまり41歳は、大きな変化の年であることだけは確かであり、未知の世界へついに一歩踏み込んだなという感は否めない。でもその想いこそこのブログに綴っていくべきだと思う。ここまでコツコツと、自分史を書くように続けてきたブログだ。きっとブログにも年輪がある。これまでとはひと味もふた味も違う未体験の世界へ、自分でもどんなブログに変わってゆくのか楽しもうじゃないか。
2022/05/12
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甘いもの、結局辞められない。いえ、むしろ今は楽しんでいる。コーヒーがんばったからいいや。楽しみがないと人生やってけないもん。毎日気分が落ち込む日々の中で、甘いものはホッとひとときの幸せを分けてくれる。おいしいなぁ、甘いものって。今は一日の中で一番好きな時間かもしれない、パクッと一口甘いものを食べて紅茶を飲んでる時が。
2022/05/11
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「だがね、いったい人間というものは、完全に阻隔し合っている同士の間よりも、非常に愛し合っている同士の間に、かえってわからないことがあるものなんだ」「なに、そんなら、その考え込むのをよせってんだ。考え込んだりよりはな、平突くばってる方が、まだしもよ。邪魔になることは、どっちだって同じだァな」「<自分自身を知ることが、すべての知恵の始まりだ> アリストテレス」「行くべき所へ行くよりほかないんだし、最期もまあ決ってるとおりになるだけのことよ、ね」「心もとみに重くなり、それはまた日々に重さを加えて行った」「それにしても旅は最後まで続けるほかにない」「遺憾ながら、時世の流れは、恐ろしく急速に、そしてまたどうにもならない勢いで動いていた」「生きるって大変なのよ」
2022/05/10
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顔の湿疹がちょっとひどいのだけど。皮膚科に行きたいと思ってしまうのだけど。なんだか悶々とするのだけど。でも、ステロイド使ったらきっと罪悪感に苛まれる。6年近くもこんなにもがんばってきて、なんで今更?って。ステロイドを塗ったら、ものの2、3日で治る。それを私は6年近くも。幼い頃から薬漬けで育ったから、薬を断ちたくて断ちたくて。そんなアホみたいなことはしたくない。わかってはいるけど、気弱になってステロイドに縋りたい時もある。
2022/05/09
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16歳で引きこもり、21歳で父が他界し、26歳で難病を発病と、5年毎に大きな災難を経験してきた。次の31歳の時には一体何が起こるのだろうかと、正直気が気じゃなかった。一人の人間が一生をかけて経験するような出来事を、ぎゅっと凝縮したように20代までで経験したのだし、もうこれ以上の災難なんてないだろうと思っていたけど、それでも怖かった。言葉では言い表せないほど、ヒヤヒヤした。そして、無事に31歳が過ぎ、その5年後の36歳も何事もなく過ぎ、つまり2度“飛んだ”訳だ。実に、実に心身穏やかで、フワフワと風に靡く草原のような10年間を過ごした。こんなに平和だったことがこれまであったろうか!さて、更に歳月は流れ、5年後の41歳の今年。凪いでいる。むしろ止まっているんじゃないかと思うほど、凪いでいる。唯一米粒のような変化は、自分の老いが始まったことぐらいだ。母がそろそろ高齢にはなってきているものの、まったく以ってピンピンしているし、常に覚悟はしているが今すぐにということはまだなさそうである。6月で発病してちょうど15年。このまま平穏に42歳を迎えられますように。3度目も“飛び”ますように。それだけを天に祈る。
2022/05/08
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「なるほど、見た目には立派でしょうねえ。だが、大空の下、白日の光の中で、ほんとうの姿をごらんなさい、それはただ、浪費と、乱脈と、誅求(ちゅうきゅう)と、負債と、抵当と、圧制と、飢餓と、赤貧と、そして悲惨との塔、しかもくずれかかっている塔なんですからね」「あのエデンの園が常夏を誇った大昔から、今はすべて末法の世、たいていは寒い冬であるという今日に至るまで、」「もう今のような生活は、つくづくいやになっちまったんだ。何かほかに変化でもあれば、まだしもなんだが、それも全くないんだからね」「思いもかけない苦い丸薬には違いなかったが、どうせ飲まねばならぬとなった以上は、彼は、いさぎよく飲んだ」「僕の一生というのは、全部ことごとく、こと志と違ったことばかりなんです」「声や目の輝きはなくなった」「もう次の時代にでもなれば、わたしのいた場所などは、全くの空白というわけさ」「<幸せの秘訣というのは、さらに多くのものを求めることにあるのではなく、少ないことを楽しめる能力を磨くことにある> ソクラテス」
2022/05/07
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パートナーとは、私が病気を患った後に知り合ったのだが、こんな私と波長が合っているぐらいなのだから、少々変わり者だ。病気になって仕事も辞め、自宅療養をしていた時、一体どれだけの知人や友人に「仕事はどうするの?」と聞かれたことか。家さえも出られず一日中寝っ転がっている状態なのに、私の身体のことなんてみんなどうでもよく、これからどうやって食っていくのかということしか興味がないようだった。そんな中、パートナーは、寝といたらいいと言った。確か卒業アルバムの話題になった時には、私は2年間引きこもっていて高校を中退しているから高校の卒業アルバムは持ってないと言うと、かっこいいと言った。パートナーの高校時代はまったく実りないものだったようで、今もし高校生だったら絶対に行かない、勉強するなら大人になってからの方がいい、と言った。引きこもり万歳とも言う。世間一般では受け入れ難いとされることも、パートナーは至って寛容。だから私には居心地が良い。
2022/05/06
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半身浴をし始めて5年と9ヶ月と半月。じわりじわりと夏が近付いてきたが、家での下半身の服装は真冬と一切変わっていない。山ほど靴下やらレギンスやらを履いている。まず枚数を減らすのは上半身から。今年も一年365日湯たんぽを使い続けるつもりだ。両耳の中の湿疹。えー、ざっと5年半ほど続いているんじゃなかろうか。少し良くなっている。こんな夏へ向かう季節になぜ?普通に考えたら梅雨や夏はひどくなるんじゃなくって?本当に理由がわからない。が、耳垂れが止まらず、ティッシュを突っ込んで眠れぬ夜を過ごした日々を振り返ると、遠い記憶であることと同時に、実に感慨深い。素直に、はい、うれしいです。一方、膝の湿疹は大いにぶり返してしまった。このまま治るかと思っていたのに、まさかこんなことになるなんて。膝を付くのが億劫だから、しゃがむしかない。手の平の湿疹もぶり返し中。汗をかく季節になってきて、また水ぶくれができ始めた。後は、もう治る気配もない背中。ど真ん中の湖のような湿疹は、何年もここに停滞したままである。と、顔。また少し湿疹が出ているので、マスクとめがねでほぼ隠れることがありがたい。ついでに首もちょっとかゆいな。ブツブツ言ってますが、年々ちゃんと良くはなっている。比べるのは去年の今と今年の今だからね。世はGWの真っ只中。早く終わってくれないかなぁー。
2022/05/05
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どうにもパッとしない日々。特に何がってことではないけれど、鬱々と気分が下がる。家にいることが本当に多くなってしまった。趣味は散歩と言っていたが、そのうち趣味ではなくなるかもしれない。更年期をなんとなく自覚し始めたのは今年から。つまり41歳から。更年期症状とは、女性ホルモンの減少が原因で自律神経が乱れることによる不調のことを指すが、なぜか、ピタッとヘルペスができなくなった。そもそも私は自律神経が乱れていることが常日頃であって、乱れているのが当たり前。それなのになんで?単純な頭で考えると、普段よりも更年期の症状で更に自律神経の乱れが倍増したのだから、今まで以上にヘルペスもできそうなものなのに。今年に入ってから一度もできていないのはどうしてだろう。あれだけ頻繁にでき続けていたので、なんだか拍子抜けしてしまう。今年に入って更年期症状を自覚し始めたら、それと同時にヘルペスができなくなるってどういうことなのかしら?もちろんヘルペスができないってすっごくうれしいこと。でも、本当に自分の身体が不思議でならない。私の自律神経は一体どうなっているんでしょう?まぁ、イカれてるのは確かね。きっと救いようがないのね。
2022/05/04
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寝ることが生きがいのようになっている。寝ることは楽しい。歩くことが人生だと思っているが、寝ることもまた人生だと思う。夜布団に入ると、ゆっくり呼吸することを意識して、精神を鎮めてゆく。スーッとスーッと夢の中へ。この眠りに入る瞬間の気持ちいいことと言ったら。このまま永遠に目が覚めなければいいのに。
2022/05/03
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「批判も受けるべきよ」「血圧はまあまあだね」「先生たまにはいいこと言うね。老いは治せない」「彼もまた、いまでは相当世間のことも経験しており、およそ世の中に心からの忠実な奉仕ほど美しいものはないこともわかっていた」「いっさいのものは、それぞれおのが道を歩むにまかせておけばよい」「たまには回りを見渡せ」「誰も彼もみんな、いわば永久に終ることのない仮装舞踏会のために装っている」「だんだん悪くなってゆく世相、それでいて、まだどん底だとはいえない暗澹たる世相」「生れながらの運命には、ちゃんと従う方が、いいのじゃないかな」「とにかく短所を大事にしろ」
2022/05/02
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でも、私の場合、なぜか、自分の人生これでよかったのか?という悔恨の感情は一切湧いてこないことが不思議である。生まれてから死ぬまでの筋書きは、生まれる前には既に出来上がっている覆しようのないタイムテーブルのようなものだと思っているからだろうか。所詮、自分の力じゃどうにもならないものなんだ。それよりも、なぜ私はこの筋書きを天から手渡されたのか、その方がよっぽど興味がある。こうやって、老いを自覚し始めた時にじっと自分の歩んできた道に思いを馳せ、しみじみ振り返ることそのものが、ある意味更年期特有の症状なのかもしれない。
2022/05/01
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