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だいぶん涼しくなってきた。お急須で淹れる緑茶がおいしいねぇ。えー、この度、一つ目標を立てた。もう散歩なんて全然したくないけれど、やっぱり歩くことは大切だと思うから、気が乗らなくても歩きに行こうって。せっせと掃除をするから心に風が吹くように、重い腰を上げて一歩家を出ると心も晴れる。あまり深く考えずに先に行動、それを目指そうと思う。引きこもりがどんどん進む前に手を打たなくっちゃね。その一歩がものすごく踏ん張らないといけないんだけどね。ということで、たんまり本は借りてあるのに図書館へ行ってみた。気持ち早めに歩くことと大股で歩くことを意識して。なんだか発病後を思い出すなぁ。図書館へ行って帰ることでリハビリのようなことをしていたのだった。まさかあの頃に戻るなんてね。人生とはなんて皮肉なんだろうね。
2022/10/31
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1800年代前半に書かれた海外文学を読んだりすると、もう、読むだけで一苦労で難解極まりない。時代背景はもちろんちんぷんかんで、そもそも私には歴史の知識が乏しいこと甚だしく、ただ読みたいという欲望だけでやっとこさ読了していると言っても過言ではないと思う。翻訳者によって、その小説のおもしろさは10倍にも100倍にも膨れ上がる。言葉の選び方や言い回しの粋、特に一般庶民の遣う言葉の巧みな表現は、心から感動したりする。たった一冊の小説を訳すのに10年かかることもあるのだとか。そうやって仕上げられた小説を今この令和の時代に生きる自分が読めることの素晴らしさ。私自身、流行りの言葉を遣わずにできるだけ真っ当な日本語を選んでブログを書きたいという決め事をブログを始めた当初から考えている故、とてもとても勉強になる。小説は読める限りもっと読みたい。そして良い文章が書けるように努力したい。
2022/10/30
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ーセット価格が単品価格ーちょっとぐらい趣味であるカフェを楽しもうと思ったが、いやぁ値上げしてるね、どこもかしこも。以前なら甘いものとドリンクのセット価格だったものが、その価格が甘いもの単品のみの値段となり、+ドリンク代が別にかかるという感じになっている。ちょっとこれじゃあ断念するしかない。せっかくまたカフェ巡りを始めようと考えた矢先にこれなんだから、まったく。やっぱり潔く甘いものを辞めなさいって意味なのかしら…。
2022/10/29
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ーコントロールの難しさー3ヶ月目の1ヶ月間は、ストレスを感じて甘いものに走ってしまった。戒めの意味を込めて自らの尻を叩き、再スタートを切った。この先長く続けていくことが第一なので、サッサと軌道修正。今は7割減ほどを目標としている。精神を自分自身でコントロールすることの難しさを改めて痛感した今、どの程度達成できるかわからないから手探りで模索しているという感じだ。できることならば9割減を目指したいというのが本音だが、それをストレスと感じるのであればおそらく挫折してしまうので、それならば多少は妥協して8割減にするとか7割減にするなどした方が良いと思った。一筋縄ではいかない。更年期の諸々も大きく占めるようになったから尚更である。これが薬の世話にはならない自分治療の大変なところである。
2022/10/28
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この間歯の定期検診に行ったら、奥歯を食い縛る癖があると言われた。グッと奥歯で噛み続けていたら、これから先歳を取った時に歯が欠けたり割れたりするんだって。まぁ自覚はあるんである。ピアノを弾いていた時から食い縛っていたし、本を読んでいる時もたぶんそう。それから、私は口があまり大きく開かないとも言われた。一般的に40mmほど縦に開くが、私は35mmしか開いていないとかなんとか。そうですか。通院後すぐだったということもあり、右から左である。歯は大事だけど、難病に比べたら歯なんてさ、と思っちゃった。
2022/10/27
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この1ヶ月間、なんだか慌しかった。妹の帰省、病院と免許更新と歯科の定期検診まで行った。こんなにも予定があるなんて珍しや。ようやくホッと一息ついて、年内は気持ち穏やかに過ごせそう。G・ガルシア=マルケスの「百年の孤独」。10年以上前からずっと読みたいと思っていたがついに読了した。かなり読み応えがあるけれど、今年読んだ小説の中で1位です。死ぬまでに読みたい小説に値すると思う。よければ是非。ここ、実は広〜い和室の美術館です。建物すべてが写真OKというなんとも奔放な美術館なのですが、最近のお気に入り。光がスッときれいに入ったので、モノクロにしました。
2022/10/26
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今年は免許の更新である。この上なく行きたくなかったが、まぁ、仕方ない。ということで、重い尻を上げて行ってきた。長らくペーパードライバーで、身分証明だけのための更新だが、はて、私はいつまで更新し続けるのだろうか。まぁ、今回で最後だな。もう運転するつもりはないのである。足がしびれているからという理由はもちろんだが、車という大きな物体を動かすなんて、もう怖くてできない。更年期で朦朧としてきているし、集中力も体力も続かない。時間が限りなく正確で、座ってうつらうつら居眠りしているだけで目的地へと運んでくれる電車が、私には一番合っている。
2022/10/25
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更年期が始まったことによって病気までもがひどくなったような気がしていたが、そうではないことを知り心の底からホッとした。大きな荷が降りたようで気分が晴れた。だが、老いてくると、その人のもともと持っている“弱い部分”が露わになることは避けられないようで、つまり私の場合はどう考えても神経と皮膚である。病気とは関係ないなんて言えるはずがない。私の身体はこの一つきりなのだから、病気があってのこの身体であることは疑いようもない事実だ。これから先は、今まで以上に用心しようと思う。皮膚の乾燥がひどくなってきたので、顔にはオイルを塗るようになっているし、最近では手にも塗るようになった。いずれ体にも塗るかもしれない。神経は、これは長年第一に考えていることであり、私の人生は神経中心に回っている。いつしか紅茶も飲まなくなった。少しでも神経を荒立てることなく安らかに過ごしたいと考えたら、カフェインを減らそうと思い立ち、家にストックすることを辞めた。飲むのは外出先でのみ。また一歩神経のために進んだ格好だ。ずっとモヤモヤしていたが、通院後、ようやく病気と更年期のこの身体の道筋が見えた気がした。無理のない範囲で病気と老いの両方と向き合って自分治療に励んでいきたい。
2022/10/24
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病気には更年期は関係ないことを知った。ただ単に私は老いた。老いという領域に一歩足を踏み入れた、それだけのことだった。なんだか病気が悪化したかのような錯覚を抱きつつ半年余り過ごしたが、ホッと胸を撫で下ろししたと同時に、更年期ってなかなか厄介なのだなと改めて感じたことは確かだ。もう更年期という名の病気のようなのである。仕事を辞めざるを得ないほどまでの状況に陥るというのも、わかる。更年期症状ではなく、その更に生活に支障をきたすほどにひどいものを更年期“障害”という言葉で表す意味も、今ならわかる。これは一種の病気なのである、本当に。なんというか、最近は女性特有の体の変化や不調を公にするようになってきた世の中だが、この女性の更年期に関しても、もっと大きく取り上げていくべきじゃなかろうか。30代後半からのいわゆるプレ更年期という若年者の更年期から、本来の更年期という期間までをも含めてザッと計算しても、15年以上長ければ20年近くはこの不調と付き合っていかなければならない。あまりに過酷な日々である。昔は更年期を迎えるまでもなく寿命だった。今は更年期が終わっても、人生100年時代と考えたら40年以上の命がある。これはやっぱり何らかの策が必要だと思う。
2022/10/23
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「彼にはまだ、年齢の渋味が ー 悲哀・失望・諦観の生むいたみが ー 欠けていた」「人生って恐ろしいわ、意地悪だわ」「ことは決して期待通りに運ぶものではないという、たいていの人が幼少の頃に学ぶ教訓」「幸福をともにするということが愛を喚起するのではない。不幸をともにするということが愛を喚起するのだ」「同情は残酷だ」「どの夢も遠ざかってゆく」「平気よ、妹には妹の考えがあるんでしょ、訊いたところではじまらないわ」「心は万物(すべてのもの)よりも偽わるものにして甚だ悪(あし)し誰かこれを知るをえんや」
2022/10/22
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ー再スタートー3ヶ月が過ぎた。今月は、妹が帰省していたことによるストレスから甘いものをたくさん食べてしまい、振り出しに舞い戻ったかのような結果だった。今また気を引き締めてがんばっているところだけど、精神をコントロールすることは実に難しいと感じるので、少し方向転換をします。えー、9割減改め、7割減ほどを目指そうと思う。つまり、楽しみのためにカフェへ出かけるという意味である。少しはカフェで甘いものを食べて幸せに浸り、そうすることで引きこもりの悩みも解消され、運動にもなる。秋と冬は甘いものがおいしい季節だしね。一筋縄ではいかないことを痛感した今、じっくりと取り組んでいくしかないと気持ち新たにした。たった3ヶ月かもしれないけれど、私にとっては3ヶ月もがんばった。これは認めてあげたいと思う。この絶好の機会をむざむざ逃す訳にはゆかない。兎にも角にもこのまま励むに限る。既に始まってしまったのだから、波には乗り続ける。ところで、今更だけど、よくコーヒーを辞められたなと心底思う。私、どうやって辞めたんだろう?もう思い出せないんだけど。
2022/10/21
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半身浴をし始めて6年と3ヶ月。涼しくなってきた。レギンスなど、下半身の服の枚数が急に増える。雪だるまのように膨れ上がり、あったか〜い♪年賀状という言葉をあちこちで見かけるようになり、あ、来年は卯年なんだと知る。季節の変わり目なので、湿疹はたちまち悪化し、たった2、3日でギョッと目を剥くほどにひどくなった。両耳の中、背中、左膝、そして右手。特に右手はグーもパーもできないほどにパンパンに腫れ上がり、炎症を起こしているから熱を帯びて熱く、どうにもこうにも耐え難く限界だ皮膚科へ行くしかないと思った途端に、なぜかこれまた数日でサーッと引いてまぁまぁ落ち着き、事なきを得る。ふぅ。日本には四季があるから、毎年◯月にはまったく同じところに湿疹が出、それを四季それぞれで延々と繰り返すという終わりなき年月。堂々巡り。時にすべて放り出してしまいたくなる。精神が不安定になると甘いものに縋り付きたくなる。甘いもの9割減が順調に進んでいたが、3ヶ月目にして停滞、いや後退。全然ダメだった。ということで、私、無理をしていたのかもしれないと悟る。少し考え直して方向転換しようと思う。この先ずっと細く長く甘いものを控える生活を保っていかないと意味がないから、今ここで早々とぶっ倒れる訳にはいかないのである。そして病院へ行ってきた。病気+更年期が初めてのことなので、MRIの検査結果は一体どうなのだろうと戦々恐々としていたが、まさかの病変は増えていなかった。毎年1つ2つ増え続けていたから、むしろ良くなっているではないか。あゝ、うれしい。この上なくうれしい。まんじりともしない夜は明けた。が、気疲れしてしばらく寝込んだ。MRIで強烈な磁気を浴びるのも原因の一つだと思うけど…。
2022/10/20
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コーヒーを辞めて神経が落ち着いて心からよかったと思っている。今甘いものを控えているところだが、一進一退しながらもまま順調に進んでいる。そろそろカフェインも飲まなくなるかもしれない。が、なんだか不満も感じるこの頃。これらが引きこもりを後押ししているなとも思う。大好きだった喫茶店に行かなくなった。カフェで甘いものも食べなくなった。更には、紅茶を飲まなくなる日もそう遠くないように思う。出かける楽しみが一つ一つと失われていったのであった。趣味を諦めたことと引き換えに得たもの、それは神経の安定だった。更年期症状を除き、今一番身体は整っていると自負している。が、それに引きこもりがおまけで付いてくるなんて、そんなトンチンカンなことがあろうか。私はこんな結末を予想していた訳ではない。今日はあのカフェへ行こうかな。(ダメだ、甘いものを控えているんだった。)この路地裏を通ってみようかな。(喫茶店を見つけてもコーヒーは辞めたんだった。)更年期の影響はもちろんあるが、ワクワクする好奇心までもが根こそぎ失われていったのである。身体の為、いや神経の為にこのまま精進するか。心の平穏と足を動かす為に出かけて行って少しぐらい甘いものだって摂るか。実に悩ましい。決して本末転倒とまでは言わないが、自分で自分の首を絞めていることは確かだと思う。どこかで私は目指すべき道を逸れてしまったのかもしれない。
2022/10/19
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ー3歩進んで2歩下がるー心身共に落ち着きを取り戻しました。たくさん食べてしまったけど、気持ち新たにまた地道にがんばります。
2022/10/18
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ところで、先日の病院は珍しく午前中の予約だった。辛うじてラッシュ時は過ぎていたものの、まま電車は満員で、久しぶりに朝のこの慌ただしい様子を味わった。病院に着くと、院内がガラリと模様替えされていて驚いた。何せ一年ぶりなのでそりゃ病院だって変わる。受付がどこかわからずウロウロし、機材なども新しく、ただ一つ変わらないことと言えば、いつの日も病院は大賑わいだということ。病院というところはなぜこうも人で溢れ返っているのだろうか。その一回の通院を辞めたところで何も変わらないのに、むしろ来ない方が元気になるのにと思ってしまうが、もう患者は病院のされるがままなのだろう。神経系の患者の特徴として挙げられるのは、とにかく皆一様にげっそりと痩せこけていることだと思うのだが、介助をしていた職員のある女性は、まぁ見事な堂々とした体躯、丸々と肥えて、スイカを思わせた。歩く度に地面が揺れた。私たちとあまりに対照的なこの女性をうらやましく感じると共に、今日のお昼ごはんは何を食べるんだろうと、一人想像を巡らせてしまった。混みに混んでいたから、診察は結局60分遅れとなった。二つ向こうの診察室は120分遅れ。本が進む進む。待合室では、隣に手が震えるおじいちゃんが座っていた。どこからどう見たって70代いや80代と見受けられたが、予防治療してるんだってよ。その歳で“予防”治療するなんておかしいと思わないんだろうか。26歳で発病し、早15年。私は私の意思でこの病気と向き合っている。病院の言いなりになんかならないんだ。難病なのだから要するに治療法はない。だからこそ、自分自身で切磋琢磨したら道は開けると信じている。
2022/10/17
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えー、簡潔に。頭部MRIは“変化なし”と言われました。ということは、この一年間病変は増えていなかったということです。毎年通院の度に1つ2つ増えていると言われ続けてきて、今年は厄介な更年期までもが始まってしまったものだから、もっとたくさん増えているような気がしていたのです。なんと!“変化なし"という先生のこの一言を聞いた途端、胸がスーッとしてつっかえが取れました。更年期で病変が増えるということではないんだ!更年期が始まって以来悶々としていて、病気が進んでいたらどうしようと恐れていたのですが、私の取り越し苦労だったようです。あ〜よかった。なんだか拍子抜けしました。更年期についてあれこれ先生に聞こうと思っていましたが、病気は病気、更年期は更年期なんです、おそらく。だから、ただ単に更年期が始まっただけのことであり、病気云々ではないんだなとわかったので、一切更年期に関しては聞きませんでした。今の私には“変化なし”のその一言で十分事足りました。今回は、私の目論んでいる通りの診察風景でした。どうですか?ー元気です。じゃあまた一年後の予約でいいですか?ーはい、お願いします。何かあれば日を置かずすぐに救急で来てください。ーはい。5分、これで終わり。去年からお世話になっている新しい主治医は予防治療については何も言いません。これこそ私の望む病院との関わり合い方です。こうやって年一度のMRIで細い繋がりを保ちつつ、もし今後再発した場合入院できる場所だけは確実にある、それが私の理想です。ホッとしました。それと同時にドッと疲れが出ましたが、今回は実りある通院となりました。心の底から安心できて本当にうれしいです。更年期は更年期と捉え、これからは、更年期も女性の人生の一つの歩みとして向き合っていけそうな気がしました。
2022/10/16
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「人生というものが、君、彼には重荷だったんだな」「人間、いつも健全な精神状態でいられるというわけのものじゃないからね」「僕は、人生って、もっと単純な、そして ー もっとすばらしいものだと思っていたんです」「この世の中もあまり結構な“ねぐら”じゃないからな。むろん、私たちは、それに適応しているわけなんだけれども」「私個人といたしましては、希望は持てませんですね。もう絶対に持てません」「人生という奴は、時に、全く奇妙なことをやりますからな」「若い時は憐愍の情なんて感じないものですよ。憐愍の情は大人の感情です」「ああ、私たちに将来のことが見通せたらいいんですがなあ…」
2022/10/15
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「あるいは、あきらめてしまった方がもっといい、自分そのものをあきらめてしまった方がもっといいのかもしれない…」「二年間も自殺の利益を考えつづけていたとしても、最後の決断をつける ー 理論から実践に移る ー のには暇のかかるものだ」「造園術というのは花よりもずっと深いんですがね。今日じゃ、園芸といえば花ばかりです」「ものうい無為の世界」「自分でなりたいと思ったものがいくつかあったわけだけれど、その中のどれを、僕は実際にえらんだんだろう」「しかし、できないことを求めても仕方がない」「考えたり首をひねったりする以外に何もすることがないと、毎日がとても長く感じられましてね」「ほこりより静かなものがあり得ようか?」「たまにはぶっ飛べ 人生一度だ」
2022/10/14
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「これからの一週間が、計り知れぬ空虚感をたたえて、彼の前にひろがっていた」「ひとり住いの男はたいていそうだが、彼もまた、自分の習慣が万人共通のものだと思いこんでいるのである」「何が弱点か、それは弱点か」「人生が、苦痛と倦怠と不信と憎悪以外のものを提供してくれることを、彼らはまだ期待していた」「そして、原っぱの向うまで逃げていって、隠れてしまった。だが、隠れたところで、結局は出てこなければならぬことになっているのだ」「夢をみる能力が乾からびたようだった。彼は夢をもちたかった。しかし今の彼にでき得ることは絶望のみであり、」「人は美徳の陥穽(かんせい)に落ち、美徳に裏切られている」「世界は何と狭苦しい場所なのであろう」
2022/10/13
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今日は気分が良かったので、ようやくエアコンの掃除をした。皮膚科に行くことを決意させたほどにひどかった右手の湿疹が少しばかり落ち着いたから、拭き掃除もできるようになった。きれいになってうれしいな。それにしても結構汚れるものですね、エアコンって。更年期が始まってから、気分の良い日がふいに訪れたら、ほい来たとばかりにそれに乗ることにしている。どんよりとしている日が当たり前になってしまったので、気分の良い日なんて滅多にやって来ず貴重なのである。週末は暑くなるとかいう予報なので、扇風機はまだ出しているが、秋仕様に衣替えすることは私にとってはうれしい準備。半身浴もホクホク気持ちいい。日帰りでちょっとそこまで出かける予定でも立ててみようかなぁと前向きにもなる。
2022/10/12
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いつも思う。これまでも、限界だ皮膚科へ行こうと何度か頭を過ぎったことがあった。どうにもこうにも耐え難く、この湿疹を今すぐどうにかしてくれと言わんばかりに。そうやって皮膚科へ行くことを決意したや否や、湿疹がスーッと引いていくのであった。なぜかあれだけひどかった湿疹が手の平を返したようにピークが過ぎて、まぁ耐えられなくはないかという程度にまで落ち着きを見せ始めるのであった。これはとても不思議な現象だった。まるで皮膚科から遠ざけるように、否、引き離すように、お願いですから行かないでと訴えかけるように。忌み嫌う湿疹だって私の一部分である。私の皮膚の組織であることに変わりはない。張り詰めていた糸が切れて皮膚科へ行こうと腹を括った途端に、末端の湿疹にまでも伝達されるのだろうか。私の本能的な何かが、もうステロイドは塗ってくれるなと懇々と諭しているのだろうか。
2022/10/11
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ところで、わざわざ言うまでもなくみなさんわかっていらっしゃると思うが、私は今後薬を使ったり予防治療をしたりする気はさらさらない。じゃあなぜ一年に一回病院へ行くのかと言うと、答えはただ一つ、MRIを撮ってもらう為これのみである。つまり頭部の定期検診ということだ。行く度に病変は増えていると言われ続けているのだが、私自身に症状はなく、要するに経過観察である。それが15年以上続いている。それでいい。それが私の目的である。特定疾患とされる難病なのだから、その年一度の検査で画像データを記録として病院に残しておいてもらいつつ、病院との繋がりは保っておく。再発の不安は一生消えることはないから、この繋がりだけは心の安心の為に必要だと思っている。できるものなら通院も辞めたい。でも、もしもと考えた時、天秤はこのまま年に一度通院しておくという方へ傾く。薬も予防治療もしないけれど、心の定期検診だと思ってこれからも行く。
2022/10/10
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今月は、恒例、年に一度の病院です。頭部のMRIを撮ってもらうことになっています。今年に入ってから更年期が始まり、少し身体が変わりました。もしかしたら頭部の病変が顕著に増えているかもしれません。病気になってから再発もなくここまで来ましたが、今回の検査は珍しく不安が過ぎります。こんな不安を感じるのは発病してから初めてのことのかもしれません。多発性硬化症(MS)という病気が土台として鎮座している身体に加わった更年期症状。この更年期が始まったことによって病気に変化があるのかないのか。つまり頭部のMRIに何かが現れるのか否か。分厚い雲が広がる感覚は拭えません。ま、先生に相談してみる良いきっかけでもあるので、のどのつっかえが残らないようにちゃんと話してみます。更年期が始まったが、病気との関連はどうなのかってね。前回から主治医が変わり、話しやすそうな先生なので、これだけは安心です。
2022/10/09
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母と妹から逃げ続け逃げ続け、私は一体いつまで逃げるのだろう。私は母を嫌っているから、3人で同じ空間にいることはどうしても避けたい。だからいつも逃亡する。「尚、いつもどこ行ってるん?」うすうす、いえはっきりとそれに気付いているもんもん。一生向き合わないままなんてこと、できるはずがないのに。
2022/10/08
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背中、両耳の中、右手の指、左膝。特に右手が、久しぶりに“皮膚科”という三文字が頭に散らつくほどにひどい。もう更年期の諸々で気力もないんだし、ステロイドを塗った方がいいのかもしれない。行こうか、皮膚科。ステロイドを塗ったら、ものの3日で治る。辛い思いして湿疹に耐え続けるよりも、心身の安やぎを得る方が良い年齢に差し掛かっているように感じる。これまでは気力があった。きっと乗り越えられるという自信もあった。でも、もう正直しんどい。延々と繰り返す湿疹をじっと見つめ、かゆいかゆいと黄色い汁を拭いながらイライラする、治ったと思ってもすぐにぶり返す終わりの見えなさ、ステロイドを塗ればこれらの精神的苦痛がすっかり取り除かれるのだもの。6年余りがんばってきたんだし十分じゃないか。かなり良くなったのは明らかだ。私だって100%完治するなんてことはあり得ないってことぐらいわかっているさ。アトピーなんて一生治るものではないんだ。それよりも、ここまで良くなったことを誇りとし、後はステロイドと共に歩んでいけばいい。依存せず上手く付き合うようにすれば問題ないだろう。耐え続けるかステロイドに頼るか、これまでなんとか平衡を保っていたが、このご時世そして更年期の始まりによって徐々に傾くようになっていった。ステロイドに縋りたい。ステロイドによってもたらされる安心に包まれたい。だが、縋ったところで、そのすぐ後には、6年余りもこうして耐え続けてきたのについに薬に縋ってしまった自分への精神的苦痛が始まるのはわかりきっていた。
2022/10/07
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ーやらかしたー妹ともんもんが帰ってきていた後、ものすごくストレスを感じて、アホみたいに甘いものを食べてしまった。自分でも抑えられず。やらかした。
2022/10/06
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半身浴をし始めて6年と2ヶ月と半月。10月かぁ〜。“年末”という二文字が突然頭にポンと現れる。ようやく朝夕は過ごしやすくなってきた。秋と冬は私の季節だ。うれしいの一言に尽きる。だけど、涼しくなると無性に眠くなる。目がしょぼついて開かない。寝ても寝てもまだ寝られる。昏々と眠り続けたい。季節の変わり目だから、汗もは治ったけど代わりに湿疹が悪化。せっかく治りかけていた耳の中も背中も大いにぶり返してしまった。あーあ、また黄色い汁が出てきた。綿棒も入らないかも。特に右手の平の指は最悪もいいところ。あまりに湿疹がひどく、グーが握れない。よく物を落とす。腫れてるから、左手より右手の方が2倍大きい。顔に大きなヘルペスもできていた。左膝もひどく、膝を付いて座れない。でも、去年の今と比べると、やっぱり良くなってるよねという結論に至る。ところで、歳を重ねると月日の流れが早く感じるようになっていくと言う。年々、ますます、どんどん進むわよ、とこれはよく聞く話。そう言えば私もふとそう思った。このシリーズの日記は月に2回更新しているが、確かに以前よりも早く感じる。あれ?この間書いたばっかりじゃないっけ?もう半月も経ったの?と、こんなところにも老いは現れるのであった。実は妹ともんもんが帰ってきていた。私はやっぱり逃亡。母と3人水入らずの家の中では、私は邪魔者だ。居場所なんてあるはずがない。
2022/10/05
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「今日の父親は威光なんぞありゃしません」「死者について悪声を放つなかれ」「あたしたちの血のなかには沢山の国家があるんじゃない?ー だけど人格は一つだけよ。もしあたしたちが国家に対してでなく愛に忠誠をつくしていたら、世界はこんなひどい混乱に陥っているでしょうか?」「だがその“いざ”をどうして選ぶか?」「<うばい合えば足らぬ わけ合えばあまる> 相田みつを」「<人生は積み重ねだと誰でも思っているようだ。僕は逆に、積み減らすべきだと思う。財産も知識も、蓄えれば蓄えるほど、かえって人間は自在さを失ってしまう> 岡本太郎」「痛みが去った後も深い傷痕が長く残った」「船長さん、この世と私は合わないの」
2022/10/04
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ー味覚は変わります。ーさて、私は今、朝食に食べる雑穀米入り白米と納豆と味噌汁がこの上なくおいしいと思うのだが、実は幼い頃は納豆が大嫌いだった。長らく口にすることさえもしなかった。発病した後、生活習慣をガラリと変え、朝食もパンからご飯へ変えた。で、この時から納豆を毎日食べるようになったのだが、これがまたびっくりするほどおいしかった。今では納豆は大好物である。この朝食を食べて舌鼓を打たないと一日が始まらない。こういう味覚の変化は、歴とした老化現象なんだとか。大人になってから嫌いだった食べ物が好きになるなど、その典型的な例らしい。薬味などの苦いものや、いわゆる大人の味というものを好むようになる。そうなのね、私もいい歳になったのね、とその時はそう思った。で、本題。その残りの1割の甘いものを食べた時。うーん、なんて言うか…以前ほどのおいしさは感じない…。以前は甘いものを口に入れた瞬間に、あま〜いおいし〜い♪、とすこぶる幸せだったが、そういう感覚は見事に失せてしまった。半減、いやもう少し少ないかも。いえね、今以前って言ったけど、そんな何年も前の話ではないのである。つい最近、7月の話だ。この変化はまったく以て想定外だった。これは、コーヒーを辞めた時にはなかった変化だったと思う。だって、コーヒーを辞めても甘いものはちゃんとおいしかったから。これはきっと老化などの変化とは違う、身体の本質の変化だ。甘いものを9割減らしたことによる、何かこう、ちゃんんと目に見える実感としての身体の変化だと思う。まだたったの2ヶ月しか経っていないけど、既に実りは十分過ぎるほどにある。
2022/10/03
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朝夕は少し涼しくなってきて、私にとってはうれしい限りである。病気による足のしびれも楽になるし、暑さによるしんどさも楽になると、俄然元気が出てくる。と、まずはやっぱり掃除がしたくなる。拭き掃除が一番きれいになると思っているので、隅から隅まで、家具の脚なども念入りに拭く。そうすると心に風が吹く。ついでに、服や下着の確認もしておこう。服装の好みも大きく様変わりした。そもそも私は流行りなどは追わないスタイルを貫いているが、変わったというより、まぁ、30代の頃に着ていた服は似合わなくなってしまったというのが正直な気持ちである。老いて削げて体型が貧相になったので、特に首元がVネックに開いているものはもう着ない。ほどよく丸首のもので鎖骨辺りは隠したい。それから、重さ。これが以前にも増してとても重要な条件となった。とにかく軽いものが良いのである。服やかばんや靴など、それ自体が重たいものだと身体がますますしんどくなって足に負担がかかるので、できるだけ軽いものが良い。身一つのような軽快さで出かけたい。そうやって時を経て、いろいろと好む服装も変わってきた。が、良いこともあった。かなり神経が整って滝のような汗が出なくなったので、少し首の詰まったハイネックのようなものが着られるようになったのである。これは私にとっては本当に天と地がひっくり返るほど奇跡に近い出来事であり、こんな服が着られる日が訪れるなんて思いもしなかった。歳を重ねれば着たい服も変わってゆくのは自然のことだ。その時々の自分に見合う服装を無理なく楽しんでいきたい。
2022/10/02
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ー針はゆらゆら揺れるー甘いものをあまり食べなくなると、そもそも紅茶もいらないかもしれない。特にコーヒーをブラックで飲んでいた時は、甘いもので右にいっぱい、苦いもので左にいっぱい、と両極端に針が振り切れるものを交互に食べることに快感を覚えていたが、そもそもコーヒーを辞めて紅茶に変え、甘いものも減り、針は僅かしか振れないようになってくると、少しでも針が振れるものは欲しなくなるらしい。不思議なもので、甘いものが減るに連れ、コーヒーの半分以下のカフェイン量の紅茶でさえ針が振れるんだと感じるようになるのである。コーヒーを辞めて以降、紅茶が極めて中庸に近いと感じていたのに。中庸、つまり限りなく真ん中の0に近い位置で針が止まっていることが、人間にとっては一番調子が良いのだ。紅茶のカフェインを控える為に、今家にストックしている紅茶のティーバッグが底をついたらカフェインレスのルイボスティーに変えてみようと思っていた。だが、別にわざわざ無理して飲まなくてもいいんじゃないか?きっと、酒にはつまみがいるように、コーヒーや紅茶にもちょこっとした甘いものが華を添える訳で、だからこそ“コーヒーもしくは紅茶と甘いもののティーセット”がおいしいのである。とは言え、今の私にとってはホッと一息つきたい時間は大事だし、この時間には何かお茶を一杯飲みたいなぁとは思う。やっぱり一度ルイボスティーを試してみようか。いずれは白湯に戻るような気はしなくもないが…、一向に煮え切らぬ。なぜかこんな些細なことをああでもないこうでもないと延々と考え込んでしまって、笑った。
2022/10/01
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