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セラは私が初めて買った車です。発売まもなくのことで、値引きもなく、備品を千円くらい負けてもらっただけでした。事故も何回かありました。それが今日、知り合いの修理工場の主人に、タダで引き取られて行きました。思い出は多すぎて、これ以上は書けません。16万キロ以上走りました。さようなら。おそらく、最後の車になるでしょう。
2003年10月31日
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我慢して がまんして省みすれば 無駄遣い 結局今月もだめでした。 でも私は負けません。
2003年10月29日
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先の大戦後、日本はいくつもの戦争に参加してきた。朝鮮戦争、ベトナム戦争、そして湾岸戦争では、最大の戦費負担国となった。また、自衛隊が違憲であることも明らかである。護憲、護憲と言っている人たちは、それを飯の種にしているに過ぎない。土井たかこなどはその最たるものである。今の憲法のままで、政府が「解釈」をあれこれ弄しているからこそ、護憲屋が生きていけるのだ。憲法改正は憲法に明記された、現行憲法の範囲内のことで、それこそ護憲である。
2003年10月23日
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近い将来、日本の医療費は国民生活を圧迫するほどの莫大なものになる。すでにそうなっなっていると言えなくもないが、もっと深刻なものになる。地下鉄に乗れば、老若男女問わず、まともに座り、立つことの出来ていないものがほとんどだ。背中は曲がり、または広がり、腰も曲がりという惨状だ。ひたすら携帯を打ち続ける彼らには、自分の体がどうなっているか気づく余裕などない。老人は先に死ぬ。残された若者が老人になる時、若さというつっかえ棒はない。○×健康法という気休めと、政府の保険政策を槍玉に挙げる愚痴と、眉間にしわの寄った顔が、今の若者が将来に保証された年金だ。
2003年10月22日
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さて、視点を変えてもう一度。日本は敗戦直後、医師も看護婦(*)も不足していた、そこである医療施設では、医師免許も何も無い、その施設の用務員(多分男性)が手術を手伝っていた。何度も手伝ううち、ついには、盲腸の手術に関しては本当の医師よりうまくなってしまった・・・この話は以前ある雑誌に、実話として紹介されていたので、ご存知の方もあるでしょう。この記事から出てくる議論は、「医師でなくても、一定の技量に達していれば、特定の医療行為が可能ではないのか」というものだ。それについてのこの記事の結論は、「NO」だが、かくも医療過誤や、リピーター医師問題が大きく取り上げられる昨今の情勢に鑑みて、この議論は、今こそ一考に価するものと思う。たとえ、結論的にはやはりNOであったにしても、患者にしてみれば、「医師免許を持ったへたくそより、無免許の名人」の方がありがたいに決まっているからだ。しかし、この雑誌記事の中では、なぜ「NO」であったか。たとえば盲腸の手術中に、患者がそれ以外の疾患を併発している事がわかったとか、不測の事態に陥ったとか、やはり医師でないと対処できないから、というのがその理由だった。なるほど、と思った。それを読んだ時は。しかし今、その一定の技量すら、満たしていない「医師」がいるとしたら、いったいどのように考えればよいのか。
2003年10月18日
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医療ミスを繰り返す医師を「リピーター医師」というらしい。彼らにも、自分がしでかしたことが何かということぐらいはわかるとすれば、一回のミスで二度とメスをもつことは出来ないはずだ。出来ないことが出来るというのは、自分のしたことの重大性を自ら気づこうとしない一種の防衛機制が働いているのだろう。彼らはおそらく、「つぶし」がきかない人たちである。すなわち、医師をやる以外、それも今いる施設で、特段やめさせられもしない限り、そこで医師をやる以外、道の無い人たちである。ただし、この際最も問題としなければならないのは、そういう医師を辞めさせられない、その施設(病院)の責任者たちである。そこには、「人権の壁」がある。医師や、病院のための壁である。
2003年10月17日
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やっぱりメンテナンスはまめにしないといけない。ブラウザー(Sleipnir)の調子が悪くなって、終了しても通信の切断がない、などの症状が出ていた。大きな情報量をダウンロードしていて、途中でやめるということをすると、不具合が起こりやすい。そこで「窓の手」やらを駆使してメンテをしたところ、症状改善はもちろん、表示そのものも速くなった。クッキーも削除したので、しばらく面倒なことになるが、メンテはすべし。
2003年10月14日
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人の親切断る勇気身を守る人がしてくれたこと、でも、それは自分がしたこと、になってしまう。「自分はそれをするか?」しないなら、断固断れ!
2003年10月11日
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自分で、まだまだ大丈夫、今引退するのは惜しいというところで身を引かないと老醜をさらすことになる。自分が何を言い、何をしているか自覚できないのは老若問わないことが多いが、老人のそれはひたすら哀れである。その実例をここに記してもよいのだが、今日は「これくらいで勘弁したる」、です。
2003年10月10日
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このたび、「ぱそこん梁山泊」なるページを作ろうと思い立った。しかし、「水滸伝」を読まないうちは、梁山泊を名乗るのは気がひける。というので、amazon.comで一冊ものの「ザ・水滸伝」全一冊、というものを注文したのだが、安いなりのことはあり、誤字脱字、印字のつぶれ等がひどく、結局返品、返金ということになった。それはもちろん、その本の出版社の責任である。やっぱり頼りは岩波ということなんだろう。こちらは前者(70回本)と違い100回本(ほぼ120回本と同じ)を元にしているので、後半が違うということになる。が、「完訳」を名乗るだけのことはあろう。それに「水滸伝」は単に何回本がどうの、ということより、底本とするものが何回本だった、という言い方のほうがよいのだろう。と、能書きはこのくらいにして、はよ読まんかい!
2003年10月09日
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なぜ自分はぐずなのか。ぐずは防衛機制のようにも思える。自分はぐずをやめる。
2003年10月08日
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我が家の筋向いに酒屋がある。この酒屋、今日も風鈴をつっている。確か昨日はやめていたので、わざわざ出したものである。そういう宗教があるのかどうか、とにかく、風鈴は一晩中つっている。実はここの夫婦は、自分の小、中学校時代の同級生だ。・・・・虫の音(ね)に風鈴の音重なりて 道家
2003年10月07日
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自分はあるサイト(懸賞サイトに登録させるメールの発信者)に向けて、自分の悪意の塊のメールを送った。勝手にメールを送ってきておいて、「登録の削除は自己責任で」とか、削除の依頼は受けませんとか言っている。そして、削除しにくいように仕掛けしてある。このような発信者に対して、おまえの母親の顔が見たいだの、ばか、あほだのと言葉を連ねた。そして、ものはついでと、「ばかちょんカメラ」とも書いておいた。言っておくが、ばかちょんカメラと在日韓国朝鮮人とは、何の関係もない。しかるに、「傷つく人がいます」「言葉には力があります」だのと、説教たれて、自分はいい子になり、しかもそれを安全な場所から発信しようというのだらご丁寧なことだ。堂々と怒鳴り込みに来い!メールでいいから名前ぐらいは書いとけ。
2003年10月03日
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「買うまで」が一番楽しい・・・のか。しばらくは「WS30」です。検索すると、「WS30の世界」というホームページなんかも見つかります。ここの管理人さんは自分などとは違って、筋の通ったポリシーの下、デジカメ選びに一家言お持ちの方です。
2003年10月01日
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