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一時にある程度の額を失うと、何とか取り返さねばとかどこかで補わねばとか考えるものだ。だが、毎日少しずつ浪費しているものについては私は実に寛容である。要するに己に甘い。日々少しの我慢が足りないばかりに、いざという時、金や物がない。覚悟もない。せめて今日からは、一つだけ自分で守れることを守るとしよう。
2011年07月28日
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「原発 是か非か」この問いは、それ自身間違っている。もし、ここにマッチというものがあって、それを用いるのが是か非か問うとするとそれは是である。しかし、その管理が、常に何か別のことに心を支配されているような馬鹿に属するとしたら、非であろう。今、ここに、危機管理なき原発、非常事態において尚、管理体制の枠を打破しない「想定」頼りの原発があるとしたら、たとえうまく行ったとしても、それは管理でなく、博打だ。
2011年07月22日
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「想定外」 これほど恐ろしい言い訳はない。およそ日本の危機管理において、この常套句が使われ始めて久しいが、ついに原発事故にまでそれが及んでしまった。私は、かつて「原子力モニター」「電力モニター」を通じて原発のあり方への意見を上程してきたが、そのつど感じることは、自分の意見が決して汲まれることはないだろうということだった。すなわち、「原子力発電は危険なものだから、危険なものをやる、という前提、姿勢でやって欲しい」という趣旨の意見を述べ、またレポートとして提出した。それはあまりにか細い声だった。さて、その「想定外」。その恐ろしさ。思考停止。事故は起こるという前提はない。だから避難訓練やヨード剤の配布も無い。===今を去ること二千年の昔、紀元前四年の生まれというから、キリストと同年齢のセネカは著書の中で、「思っていなかった」は人間にとって最も恥ずかしい言い訳だと述べている。科学技術がいかに進もうと、思索そのものは遅々として進まない。進まぬどころか、昔の人は偉かった、昔は良かったと、年寄りの愚痴にも劣る程度のことである。それがなんと、二十一世紀の日本にあろう事か。
2011年07月19日
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とうとう無線で印刷できた。アイコンが三つもできていて(プリンターはもちろん一つ)、完璧とは言いがたいがこの際少々のことは目をつぶるとして、できたことを大いに誇ろうではありませんか!
2011年07月11日
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新しい仕事を始めます。準備もようやくできて、今日からです。この日を忘れないため、ここに書いておきます。
2011年07月11日
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先日の和歌山の地震。ここ大阪の生野区当マンションでも揺れを感じました。またまた大地震が来たのかといやな予感がよぎりました。しかし、今はっきりしていることは、世界中から善意の義捐金が届こうと、数ヶ月を経て被災者のもとには届かないということです。もう覚悟決めました。その和歌山の地震にしても、ちょっと前ならもう少し大きく取り上げられていたのでしょう。とにかく3.11の規模でなくて良かった。
2011年07月07日
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繋がっていたのは、半分だけだった。いったいどういうことかというと、スキャンした情報は取り込めるが、印刷はできないというなんとも哀れな状況。無線で繋がっているプリンターとUSBケーブルで繋がっているプリンターとがあると認識していたらしい。それで、無線で繋がっているプリンターを「常時使うプリンター」にして、USB接続のプリンターは「削除」。ここまでやったがやっぱりだめなので再起動とかやったがやっぱりだめ。どうもドライバーがインストールされていないという認識であるらしい。なんとも、とほほな状態ではある。
2011年07月02日
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本日、ついにやりました。WiMAX WiFi ルーターを介してパソコンとプリンターが繋がり、念願の無線LANを確立しました。繋がったのは昨日だったんですが、印刷もスキャンもやる用がなく、実際の使用は本日となりました。パソコンとルーターとの間は少し前に確立していたのですが、なかなかプリンターとの間がうまく行かず、今回それが突破でき本当にうれしいです。良かった、よかった。
2011年07月01日
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