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後藤早苗の短歌(98) (平成25年11月) 抜き柿 祭りには毎年抜き柿作りしに天候不順な今年はいかが 水槽の目高食べると入りたる蛙つかまえ遠くに放す 大島に今年の二月行った日は噴火収まり静かだったに 畑より帰りて服を着替えればダンゴロ虫がポタリと落ちる 冬眠の場所をさがしているらしい急な寒さに蛙もまよう(つづく)
2018.01.31
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後藤人徳(瑞義)22年1月の歌(伊豆新聞より) 賀茂短歌会(1月の歌)の中より たましいを取り戻したるごとくして霜の枯野が朝日をあびる 白浜短歌会(1月の歌)の中より 六千度の熱で焼かれて肋骨(あばらぼね)ばかりとなりし原爆ドーム
2018.01.31
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平成30年1月31日(水) 短歌集「日まはり」:三好達治(58) 昭和九年六月二十五日:発行 椎の木社:出版 発哺(はつほ)温泉にて(13) 谿の霧 この湯の宿の 一百の ランプを戀ひて 捲き来るらし 秋深み 石の上にも葉ずゑにも 蜻蛉(あきつ)らを見ず はやもほろびし 西海に 平氏の亡ぶさまににて 山にうせたる あはれ蜻蛉ら (つづく)
2018.01.31
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よみうり文芸 入選歌生きること罪と思うや死を望む若き女性のいくたりもいる 下田市後藤瑞義(読売新聞静岡版 よみうり文芸 一月三十一日 入選 梅内美華子 選)
2018.01.31
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編集より(同人誌「白浜短歌会」一月号より) 私ごとですが、昨日(一月二十一日)無事妻の一周忌の法要を終えることが出来ました。月並みの言い方ですが、あっという間といった感じでした。その間月命日(多少日にちがずれた月もありましたが)には必ず墓参りが出来ました。なにか、自慢めいて申し訳ないですが、自然体で別に無理なく毎月一度は墓参りに行くことができたのでした。実家の墓地の近くに子供の墓を造ってあったのですが、それを造り替えたのでした。妻の生前、墓参りは妻が行っていました、もちろん同行することはありましたが、年に数回、盆とか彼岸とかに行く感じでした。それを思うと心境の変化があったことは確かでした。 妻の歌を整理していますが、歌歴も長くそれによって歌数が多いためになかなかはかどりません。妻の歌を一口に評することはむずかしいですが、ごくありふれた身の回りのこと、好きな野菜作りのこと、それにともなう、例えば蜜蜂であったり蛇であったり、蛙であったり、ささいなものを歌っています。実は、その簡単のようなことが実際は難しいのですが。 さて、今までも何回となく話していることですが、わたしと短歌の出会いです。 確かに、妻との結婚は、わたしが短歌を作るに至った大きな要因でした。しかし、十年余り妻が短歌を作っていることを知りませんでしたし、知った後も無関心でした。十年の間には長男の死などもありましたが、それでもわたしが短歌を作ることはなかったのです。 命の危険をおかして妻が障害を持つ子を出産しました。産後の肥立ちも悪く寝たり起きたりの時期があり、そんな時に、短歌でも作ってみようかという気持が起こりました。少しは妻の慰めになるだろうかと単身赴任の身で思ったのでした。 ですから、障害を持って生まれた子供の存在がなかったならば、多分わたしは短歌を作ってなかったと思います。 妻の存在、障害をもった子供の存在、そしてわたし、この三者をしっかりと結びつけている強力な接着剤、短歌をわたしはそんな風に思うようになったのです。 もしわたしから短歌がなくなったなら、この三者がばらばらになってしまいます。妻との結婚も、障害を持って生まれた子供もなんら意味のないものになってしまうように感じるのです。 短歌にこだわり、短歌にしがみついているかぎり、常に妻を身近に感じ、障害を持って生まれた子供を大切な存在に思うことが出来ます。短歌は私にとってはなくてはならない、絶対に失ってはならない大事なものとなっていると、そんな風に自覚するようになりました。 ながながと、個人的なことを書いてしまいましたが、今年も短歌とともに生きていきたいと思います、どうぞ、よろしくお願いします。
2018.01.30
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後藤早苗の短歌(97) (平成25年10月) 鳥 名も知らぬ鳥に毎朝起される今までここには居なかった鳥 強風に吹きとばされた栗の実を拾い集めて今夜のごちそう 厳しかる残暑に耐えて夏野菜いつまでたっても成り終らない 庭に出ればまってましたと集って所かまわず刺してくる蚊よ 畑には蚊取り線香ぶら下げて長袖を着て完全装備 (つづく)
2018.01.30
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後藤人徳(瑞義)22年2月の歌(伊豆新聞より) 賀茂短歌会(2月の歌)の中より 寒風に晒(さら)し干さねば人間もスルメのごとく味が出ないか 白浜短歌会(2月の歌)の中より 前歯折れまな板の鯉となりており詩歌に遠き歯科治療台
2018.01.30
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平成30年1月30日(火) 短歌集「日まはり」:三好達治(57) 昭和九年六月二十五日:発行 椎の木社:出版 発哺(はつほ)温泉にて(12) 秋たちぬ 人と別るる 旅の日の 沓打茶屋の きりぎりすかな もの振りて わが名よぶらし うかららを 沓打茶屋の 高處(たかど)より見し 空青し 人と別れし高原(たかはら)に 耳鳴りににし 音のきこゆる 秋深み 黒き蝗の 一つゐて 羽すり鳴けり 赭土の路(つづく)
2018.01.30
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後藤早苗の短歌(96) (平成25年9月) 梅干 最後までランを飾りて無料にて客を迎える洋ランセンター 欲しいもの買ってもらえず店先で泣くことなどはわれには無かった 好天に恵まれ梅干干し終り壺におさめて二年後を待つ 迎え火に帰りくる子は逝きし日の一歳のままか三十過ぎしか あの雲が雨に変って降る事を願いつついる日照りの日々に
2018.01.29
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1月29日(月)後藤人徳(瑞義)22年5月の歌(伊豆新聞より) 賀茂短歌会(5月の歌)の中より 花吹雪舞いちるなかに紛れゆき蝶の姿が見えなくなりぬ 白浜短歌会(5月の歌)の中より 一本の道まっすぐに伸びており轍(わだち)の水を金色に染め
2018.01.29
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平成30年1月29日(月) 短歌集「日まはり」:三好達治(56) 昭和九年六月二十五日:発行 椎の木社:出版 発哺(はつほ)温泉にて(11) 晝の雲 舟のさまして動かざる 鹿島鎗てふ 藍の山かな 牝雞ら 二羽三羽きて 路の上に 蝗の蟲を 捕へけるかも 山の湯に 鷽の雛飼ふ 秋の日の 二百二十日となりにけるかも(つづく)
2018.01.29
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後藤早苗の短歌(95) スイカ (平成25年8月) 電線に止まりし烏の視線には大きくなったわれのスイカが 一日ごと大きくなりゆくスイカなりながめるわれを烏が見ている 早朝に草刈機使い昼間には部屋で静かに寝ているわれか 楽しみにしていたスイカ三日間の猛暑のあとに枯れてしまえり 洋服を年相応に選びいて年をとること自覚している(つづく)
2018.01.28
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1月28日(日) 後藤人徳(瑞義)22年6月の歌(伊豆新聞より) 賀茂短歌会(6月の歌)の中より 添い生きる性を知れるや藤の蔓花房を垂れ誇ることなし 白浜短歌会(6月の歌)の中より 父の日に何が欲しいと問われたり安眠枕と返信をする
2018.01.28
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平成30年1月28日(日) 短歌集「日まはり」:三好達治(55) 昭和九年六月二十五日:発行 椎の木社:出版 発哺(はつほ)温泉にて(10) 山畑に トマトやうやく色づきし 二百十日の 晝のしづけさ 秋立ちし 山懐ろの葱畑に 雲母(きらら)の羽を いこふ蜻蛉(あきつ)ら あけの雲 黒姫山をつつみたり テニスコートに 鳴ける馬追ひ (つづく)
2018.01.28
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鑑賞:歌集「悲しき玩具」(五十六)下書き 後藤瑞義 (注)歌の順序は歌集の順序によります。 おれが若しこの新聞の主筆ならば、 やらむ――と思ひし いろいろの事! 一行目で、一気に上の句を述べています。これは、思いつめた気持を爆発させた感じを受けました。常に心に沸き上がる思い、現在の主筆に対する日ごろからの不満、そんなものを感じました。 主筆、広辞苑によりますと、「新聞社・雑誌社などで、記者の首位にあって主要な記事・論説などを担当する者」となっています。 この作品は、啄木が何歳のころのものか私は知りません。啄木の年譜を見ますと、明治四十二年啄木二十三歳のとき「東京朝日新聞」(現在の朝日新聞東京本社)の校正係となると書かれています。主筆と校正係なんとかけ離れた地位の差でしょうか。 啄木は、十代の頃「岩手日報」に短歌や詩だけでなく、色々な評論も書いていたようです。前衛短歌の旗手であった塚本邦雄の十代の啄木の評論を絶賛した文を読んだことがあります。(十八歳の啄木が書いたワウグナー論、岩手日報「ワグネルの思想」がそれです)(注)塚本邦雄によりますと、啄木はワーグナーを、たぶん耳では聞いていないだろう、目からの知識で書いているのではないかと書いています。エジソンが蓄音機を発明して二十年余りしが経っていない頃のことでした。二行目も注目に値します、まず「やらむ」という言葉です。「書かん」だろうと思われるのですが、「書かん」では内の思いを表すのには弱いのでしょうか。また、「やらむと思ひし」と続けるのではなく、「やらむ――と思ひし」とダッシュが入っています。こらえきれないような、「やらむ」という激しい気持ちを少し間をもたせて、鎮めているようにも感じます。 三行目の「いろいろな事!」、いろいろな事とはどんなことかは分かりませんが、文字通り「いろいろな事」なのでしょう。それも「!」がついています。それは、啄木自身はもちろん、われわれに対しても感動的な、いろいろな事だったように思います。たとえば、先にワーグナーのことが出ましたが、今のコンサートのようなことをあるいはしようとしたかもしれません。これなら、「書く」ではなく「やる」が適当です。なにはともあれ、いろいろな事が実現できなかったのが、非常に残念に思います。 おれが若しこの新聞の主筆ならば、 やらむ――と思ひし いろいろの事!
2018.01.27
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後藤早苗の短歌(94) (注)結社誌「賀茂短歌」より転載 (平成25年7月) 枇杷の実 ジャガ芋が取れればジャガ芋瓜なれば瓜が出てくる我が家の食卓 父の日に娘より届きし万歩計肌身離さず身につけている 庭の花次々咲きだし仏壇の花に不足の無きがうれしき 枇杷の実が取っても取っても無くならないカラスが食べてもまだまだ残る 過疎の村歩いてゆけばあちこちに枇杷の実たわわに実りていたり(つづく)
2018.01.27
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1月27日(土)(注)平成22年6月、5月分は現在調査しています。 後藤人徳(瑞義)22年4月の歌(伊豆新聞より) 賀茂短歌会(4月の歌)の中より 十分に落葉を食べて太りたる大地の息吹が今聞えくる 白浜短歌会(4月の歌)の中より 綿帽子被り新たなわたくしにならんとするやたんぽぽの花
2018.01.27
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平成30年1月27日(土) 短歌集「日まはり」:三好達治(54) 昭和九年六月二十五日:発行 椎の木社:出版 発哺(はつほ)温泉にて(9) 爪黄なる 蟹の甲羅に たまゆらの 水の飛沫の うつりてあるかも 黒き蝶 物置小屋の小廁に とまりて歩む 秋の朝のま 婢(をんな)きて わが住む部屋に音をたてて 箒(はは)くさま見ゆ このうら山ゆ (つづく)
2018.01.27
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後藤早苗の短歌(93) (注)結社誌「賀茂短歌」より転載 (平成25年6月) 火事 真夜中にサイレンの音けたたまし近くの火事とも思わず又寝る 大学の保証人なりし叔父が逝く疎遠となりて数年が過ぐ 妹と子供の頃を思いつつ黒船祭りの花火見に行く 二晩も庭を荒した犯人はこんな小さな猪だった 我を見て一目散に逃げてゆく小さな猪庭はめちゃめちゃ (つづく)
2018.01.26
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1月26日(金) 後藤人徳(瑞義)22年7月の歌(伊豆新聞より) 賀茂短歌会(7月の歌)の中より 産み月も海に入りて芸をするイルカ一族生きるためなり 白浜短歌会(7月の歌)の中より うつむける小さきちいさき八つ手の葉天狗の団扇となりて日に向く
2018.01.26
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平成30年1月26日(金) 短歌集「日まはり」:三好達治(53) 昭和九年六月二十五日:発行 椎の木社:出版 発哺(はつほ)温泉にて(8) 馬糞茸 はかなき命寄りて生ふる そのまろ山を 見つつをかしき 南瓜うれ この一山(いちざん)の岩燕 数をへりつつ 秋ふかみけり 上林(かんばやし) 渋(しぶ)の方より しまきくる 夕立雨に 岩燕まふ(つづく)
2018.01.26
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後藤早苗の短歌(92) (注)結社誌「賀茂短歌」より転載 (平成25年 5月) 蜜蜂 蜜蜂の羽音も心地良くひびき冬の野菜の花咲きそろう 静岡に支店ができたらまっさきにそちらに移ると子の声はずむ ようやくに風邪も癒えたり畑にて夏の野菜の植え場所決める 家の廻り百足と蛇の薬まき草刈なども念入りにする その車左に寄って止まりなさい家の近くでよく聞く言葉 買うものを忘れてしまい買ったのを忘れてしまう六十五歳は 新婚のあの頃買いたるこの皿は今も欠けずに食卓にのる (つづく)
2018.01.25
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後藤人徳(瑞義)22年8月の歌(伊豆新聞より) 賀茂短歌会(8月の歌)の中より さっぱりと汚れ流して手のひらを八つ手は雨後の陽にひろげおり 白浜短歌会(8月の歌)の中より 葉の先に留まりている雨粒のその一瞬の白き輝き (つづく)
2018.01.25
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平成30年1月25日(木) 短歌集「日まはり」:三好達治(52) 昭和九年六月二十五日:発行 椎の木社:出版 発哺(はつほ)温泉にて(7) 蜻蛉(あきつ)より やや高く飛ぶ 秋の雲 光かがよひ 山に入るかも 薬師湯の 赭土庭(あかつちには)にたつ馬の 尾をふる影も さやけし 秋は 天狗湯の 天狗の宮の小太鼓を うつ戯れも 秋は身にしむ(つづく)
2018.01.25
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後藤早苗の短歌(91) (注)結社誌「賀茂短歌」より転載 (平成25年4月) 猪 撃取った猪のせた軽トラがこれ見てくれと言うがに通る 蛇蛙爬虫類館見に行けばまぶたに浮かびしばらく眠れず 突指の手当もせずに放っといたむくいか今日はずきずき痛い 会津藩と松崎町とは縁深しと郷土史話す翁の熱弁 二、三日腰痛となり伏せる夫(つま)もう治らぬか不安になりぬ (つづく)
2018.01.24
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後藤人徳(瑞義)22年9月の歌(伊豆新聞より) 賀茂短歌会(9月の歌)の中より 図書館の窓開け放ち扇風機三台付けて歌会をする 白浜短歌会(9月の歌)の中より コンクリの上を歩けるわが影の陽炎となりゆらめいている
2018.01.24
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平成30年1月24日(水) 短歌集「日まはり」:三好達治(51) 昭和九年六月二十五日:発行 椎の木社:出版 発哺(はつほ)温泉にて(6) 向つ山 人の住まざるまろ山の 青草山に 雲の影見ゆ まらうどの 熊蜂ひとり卓をしむ 南瓜の花の 黄なる部屋かな 路のべに 子らの築(つ)きたる これはこれ 山鳩の墓 野兎の墓(つづく)
2018.01.24
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後藤早苗の短歌(90) (注)結社誌「賀茂短歌」より転載 (平成25年.3月) 豌豆 春の日を感じとったか豌豆がこの数日で一気に伸びる 三原山島民避難の日も遠く何事無きかのように静まる 天皇陛下が見舞にくるというだけで島の道路が出来たと笑う 卵からひよこがかえる不思議さよ食べてしまえばそれだけなのに 一冬を越して目覚めし野菜達ザワザワザワととうを立たせる 正月に帰る子の無い友あれど帰る子にわれ振りまわされる やわらかくいか大根が煮えていて二人静かに食事始める
2018.01.23
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1月23日(火) 後藤人徳(瑞義)22年10月の歌(伊豆新聞より) 賀茂短歌会(10月の歌)の中より 読み終えし「斜陽」に朝の光射し再生という言葉浮かび来 白浜短歌会(10月の歌)の中より 海よりも安全なるかかたつむり殻やわらかくなりてしまえり
2018.01.23
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平成30年1月23日(火) 短歌集「日まはり」:三好達治(50) 昭和九年六月二十五日:発行 椎の木社:出版 発哺(はつほ)温泉にて(5) ひなぐもる この裏山の道標(だうへう)に 鶺鴒一羽 嘴(はし)をとぎゐし 油蝉 山毛欅(ぶな)にきたりて しまらくは 川瀬の音を 歌ひけしたり 山兎 箱に飼はれて あるときは 伸びして見せつ あはれ深しも (つづく)
2018.01.23
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後藤早苗の短歌(89) (注)結社誌「賀茂短歌」より転載 (平成25年.2月) ひよこ 作りたる野菜を子等に送りやるあと何年の仕事なるかと 世の中はさぞかし寒しと思うらん大寒の今日かえりしひよこ ここまでと決めて始めし草取りをはりきりすぎて一気に終らす こごえる手たき火にかざして草を取る春一番にじゃが芋植えんと 届きたる野菜の種に背を押され今年初めの草取りをする(つづく)
2018.01.22
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1月22日(月) 後藤人徳(瑞義)22年11月の歌(伊豆新聞より) 賀茂短歌会(11月の歌)の中より 藤はその花房垂らす葛はその花房上げる同じ蔓類 白浜短歌会(11月の歌)の中より トンネルの彼方かすかな光見えそれを目指して暗闇走る
2018.01.22
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平成30年1月22日(月) 短歌集「日まはり」:三好達治(49) 昭和九年六月二十五日:発行 椎の木社:出版 発哺(はつほ)温泉にて(4) 女客 白き靴ぬぎ 石の上に 干して しばらく そこに立ちたり 白き馬 郵便物をのせてきぬ 燕むらがる 山の湯の宿 山畑に 馬鈴薯(じやがたらいも)の花さけり つばくら番(つが)ふ 八月の晝 (つづく)
2018.01.22
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後藤早苗の短歌(88) (注)結社誌「賀茂短歌」より転載 (平成25年1月) 庭の草気にはなれども冬の風何もするなと言うがに吹けり こんもりと葉の茂りいるコニファーに剪定ためらうカマキリの卵 行員がわれを目ざしてやってきて振込詐欺に気を付けろと言う 蒔き時が遅かったのか白菜がまとまらないで今年は暮れゆく 思いきり剪定をした木蓮に明るくなりし庭とよろこぶ 木の中で鳥のさえずり聞く時は伸び放題の庭をよろこぶ (つづく)
2018.01.21
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1月21日(日) 後藤人徳(瑞義)22年12月の歌(伊豆新聞より) 賀茂短歌会(12月の歌)の中より 施設にて皆と仲よく暮らすこと学べよ息子父母を離れて 白浜短歌会(12月の歌)の中より 二時間に一本通るバス停に雨に打たれて時刻表あり
2018.01.21
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平成30年1月21日(日) 短歌集「日まはり」:三好達治(48) 昭和九年六月二十五日:発行 椎の木社:出版 発哺(はつほ)温泉にて(3) 蛇の皮 ほろりほろりと轉がりぬ 白き鶏(かけ)ろの 後ろにちかく 牝鶏ら ふふみ鳴きする 日の日なか 洗濯ものに 虻のとまれる 虹の橋 谿にかけたり 七彩の 橋の袂に なける鶯 (つづく)
2018.01.21
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後藤早苗の短歌(87) (注)結社誌「賀茂短歌」より転載 (平成24年12月) 無気力な自分と思えども年の瀬の仕事はぼちぼちこなしてゆけり 大津皇子の近くにありて流されし人のみ社守る人無く 夜がふけてどこかの畑で猪が餌を捜しているかと思う 耳かきのような刀で彫り出すとう象牙の松は神の技かも 信じたる宗教により輸血せぬ友は歩けぬ程に弱りぬ 五十パーセントの降水量に期待して秋蒔野菜の種蒔き終る 大工にも個性あるらしあの家とこの家は同じ大工が建てた 叔母を連れ待合室に座りおれば亡き母と居る心地してくる (つづく)
2018.01.20
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後藤人徳(瑞義)23年1月の歌(伊豆新聞より) 賀茂短歌会(1月の歌)の中より 台風をやり過ごしたる山々が吐息のごとき霧におおわる 白浜短歌会(1月の歌)の中より その力尽し果てんとするさまに山の入日がわが目射るなり
2018.01.20
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平成30年1月20日(土) 短歌集「日まはり」:三好達治(47) 昭和九年六月二十五日:発行 椎の木社:出版 発哺(はつほ)温泉にて(2) 油蝉なくが静けし 樺の森の 梢に淡き 晝の月見ゆ 渋の湯へ 駄馬も下りぬ 雷の後 ほととぎす啼く 志賀の高原(たかはら) 鶺鴒の 足跡ありて めぐりたる テニスコートの 水溜りかな (つづく)
2018.01.20
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後藤早苗の短歌(86) (注)結社誌「賀茂短歌」より転載 (平成24年11月) 午前中種蒔きをして午後からは外を眺めて雨降るを待つ 広告を穴あく程にながめてた子育ての頃今はなつかし 年ごとに縮小されゆく祭でも祭の日には心騒げり 猪に電気柵まわし雉よけにネットを張りて育てた野菜 ブロッコリーの防虫ネットをはずしやれば折れた葉っぱが背伸びしている 花畑いろんな虫で賑わいて小人がひそんでいるかと思う (つづく)
2018.01.19
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1月19(金) 後藤人徳(瑞義)23年2の歌(伊豆新聞より) 賀茂短歌会(2の歌)の中より 殺処分される牛豚われの住む伊豆半島の人口越える 白浜短歌会(2の歌)の中より 明け方の白む空気の有難さ今日の最後の巡回終る
2018.01.19
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平成30年1月19日(金) 短歌集「日まはり」:三好達治(46) 昭和九年六月二十五日:発行 椎の木社:出版 発哺(はつほ)温泉にて(1) 山の湯の 軒端の籠に なれて歌ふ 丹(に)の頬鳥(ほほどり)の 鷽(うそ)の鳥かな 山の湯の 軒端の籠に なれて眠る 鷽の小鳥を 燭(ひ)を秉(と)りて見し みすず刈る 信濃の國の 蚤をとると ランプの蕊を まさらしめたる (つづく)
2018.01.19
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白浜短歌会一月歌評(一月二十五日)下書き A子さん 新年を迎えいただく年の数もはや我が身も九十二才 寒さ増し用事無くして家のなか手持ち無沙汰で休まる手足 1. この歌は、新年詠としてすでに先月いただいています。新年を迎えるおめでたと九十二才になる作者との対照です。年をとることを「いただく」と長命の有難さに感謝している感じと「もはや我が身も九十二才」という高齢に対する複雑な気持ち、それが伝わってきます。 2.「寒さ増し」は実感でしょう。「用事無くして」という表現が目に止りました。「用事がなくて」ではなく、「無くす」という表現です。どう解釈したらよいかちょっと迷います。用事を自分の方から放棄した、無くしたそんな感じでしょうか。その結果「手持ち無沙汰」になってしまった。しかし一方、そのお陰で長年酷使続けた手足を休めることが出来ている。なんとも複雑な作者の感情の起伏を感じます。一つの行為が、見方によってマイナスに見えたり、プラスに見えたりする不思議も感じます。 B子さん ぜいたくと無縁の暮し我なれどちょっとこ洒落(じゃれ)て生きる愉しむ 百舌の背に朝日射されど淋しげで我の背中もあのようかしら 女々しさをすました顔に変換す自己防衛が上手になりて 1. 「ぜいたくと無縁の暮し」とご自分を分析している作者です。そうした暮らしのなかでも、ちょっと「こ洒落」て(ちょっとしたおしゃれをしたり、軽くふざけたりすることでしょうか)生きる工夫をしている作者です。結構わたしは、わたしで人生を愉しんでいるんですよと言っている作者の笑顔が浮かびます。 2. 百舌が枯木にでも止まっているのでしょうか。折しも朝日が百舌の背中に射しています。それは、今日という日の始まる生命力の溢れるよう時刻でしょう。背に朝日が射す光景は、後光がさしているようにも思える光景でしょう。それを作者は「淋しげ」と表現しています。そして、自分の背中もあんな感じだろうかとさみしんでいるように思います。まず、わたしは宮本武蔵の百舌の絵を思ったのです。ほそ長い枝にぽつんと一羽の百舌が止っている絵です。なんともいえない孤独感がただよっている感じを受けます。深読みしますと、やはりご主人の不在による孤独感を感じたのでした。 3. 「女々しい」は、いくじがない、未練がましいといった意味でよいでしょう。そうした、自分の本当の姿を隠して、「すました顔」、何事もなかった顔、平気な顔をよそおうているのだと作者は告白しています。それは自己防衛が上手になったためと分析し、告白しています。こうした、自己の心に鋭い視線を向けることが文学には必要となるようです。 C子さん どんど焼き燃えゆく山の向こうから海を持ち上げ陽の昇り来る 毎回の世話人さんの心いきしるこ豚汁熱燗美味し 1.「どんど焼き」の光景を歌っています。どんど焼き、左義長ともいわれ、小正月の火祭りの行事です。海は山の向こうにあるようです。ですから、海辺でのどんど焼きではないようです。それにしても、「海を持ち上げ陽の昇り来る」という、非常に力強い表現に圧倒されます。これは、日の出を想像しているのでしょう。まるで海を持ち上げるような力強さで陽が昇って来るというのです。早朝のどんど焼きの燃え上がる炎と日の出の太陽とのコラボレーションでしょうか。 2.前作からの連作として読む歌でしょう。この一首だけでは、催し物が何かはわかりません。ただ、世話人さんがいて、しるこや豚汁や熱燗をふるまってくれた。美味しかったとだけ言っています。そして、その言葉の裏には世話人さんへの感謝の気持ちが溢れています。それが、一首のなかから感じられます。 Dさん 雑煮餅あぶないからと子等達は独り母を案じ連れゆく ぼけ防止九十三才の夕ご飯カレーがいいよとテレビ教える 年賀状たった二枚届きたり九十三才だもの仕方がないね 1. 雑煮がのどにつかえると、一人だと救急車も呼べないし、あぶないと息子さん(あるいは娘さん)たちが、連れて行ったというのです。どこへ連れて行ったかは書かれていませんが、たぶん息子(娘)さん家族の家なのでしょう。案外作者は独り暮らしが気楽でもあり好きなのかもしれません。そこが、息子さんたちとの気持ちのずれがあるように感じました。「連れてゆく」という表現にそれを感じたのです。 、 2. ぼけ防止にはカレーがいいとテレビで、どこかの病院の医師か大学の教授か誰かが話していたのかもしれません。「良いことを教えてくれた」と作者は早速夕ごはんをカレーにしているようです。「九十三才の夕ご飯」と年齢を夕ご飯に付けて、「ぼけ防止」に重みをつけているのでしょう。 3.今年作者は二枚の年賀状を受け取ったようです。それを「たった二枚」と表現しています。それは、去年はもっと届いたのかもしれません。自分自身はもっと出しているのかも知れません。ですから、もっと多くの枚数の年賀状が届くと期待していたのかも知れません。しかし、作者は思い直し「九十三才だものしかたがないね」としています。なぜ九十三才では仕方がないのでしょうか。その理由までも作者は述べていません。それは、多くの友がいまや亡くなられておるのかも知れません。あるいは、施設などに入られているのかもしれません。作者は、届いた年賀状の少ない現実に、あらためて「九十三才」という年齢に思い至ったのでしょう。 E子さん 新島がきらめく海に浮かんでる打ち寄す波も新年祝う 国道にみかん一個が転がりて一台セーフ二台目アウト 1.新島が、日にきらめく海に浮んだように見えます。大島でも三宅島でもなく、新年に新島はぴったりします。出来たらここで一首をまとめたかったと思ったのです。初心の頃先生に注意されるのは、短歌は一点集中で詠みなさい、あれこれと二つ以上のことを詠まないようにという注意でした。この歌は、「新島」と「波」の二つを詠んでいるようです。打ち寄せる波は、新島に打ち寄せる波なのか作者のいる浜辺に打ち寄せる波か不明です。わたしは、作者のいる浜辺に打ち寄せる波だろうと思ったのです。ですから、二つのことを詠んでいる様に思ったのです。新島は遠いので、打ち寄せる波まで見えない前提で評を書いています。しかし、新島に寄せる波までも見えたのであればこの歌でよろしいと思います。参考は、新島に寄せる波をも見ている前提ですこし手を入れました。 参考:新島がきらめく海に浮びつつ打ち寄す波も新年祝う 2.これは、なかなか面白い歌です。このようにみかん一個に、あるいは些細なことに視線を向け ることが良いと思います。どうしてみかんが国道に転がったかは、不明ですが、みかんが一個車の行き来の激しい国道に転がったのです。この歌は、大袈裟に言えば一個のミカンの運命を詠んでいるのです。無事であるようにと作者の祈るような気持ちが伝わってきます。と同時に、二台目でつぶされたみかんへのあわれさが伝わります。この歌は、とるにたらないような一個のみかんにこころを寄せる作者の人となりが分かる歌でもあるでしょう。 、 F子さん 年毎に世界情勢不穏なり平和を願い初日に祈る 焦らずにゆっくり歩む八十路すぎ早く逝きたる姉の分まで 1.新年詠らしい、世界の平和を初日に祈るという歌です。「世界情勢の不穏」はやはり北朝鮮の問 題が浮かびます。第二次世界大戦を経験している作者です、平和に寄せる思いの深さを感じます。 2.「あせらずにゆっくり歩む八十路すぎ」で一拍おいて、「早く逝きたる姉の分まで」と読みくだすのでしょう。お姉さんが早逝されたようです。それにひきかえまして、作者は八十歳を越し、最近米寿の祝いをしています。「焦らずにゆっくり歩む」というのは、「焦らずに、ゆっくり歩むように生きてゆこう」と言う比喩的な表現でもあるように思いました。早く亡くなられたお姉さんの分まで、長生きをしよう…。命の尊さ、大切さを思う作者の気持ちが伝わってきます。 木守柿 原 明男 木守柿(きまぶり)の風を交して色褪せど夕日に一つ空を極めり パソコンも粗大ゴミかも二十年心残りの風過ぎる窓 1.「木守柿」は、来年良く実るようにというまじないで、いくつかの実を取り残しておく風習です。その柿が風に晒されて色があせています。しかしながら、おりしも夕日を受けて一つの柿が「空を極め」ているというのです。「空を極める」という表現をどう解釈してよいかむずかしいのですが、色褪せた一つの柿が夕日に生き返ったように茜色に輝いているように感じたのでしょう。あるいは空全体も茜色に染まっていたのかも知れません。表面上の解釈はこんなところですが、この木守柿に作者自身を重ね合わせている感じもしました。 2.「パソコンも粗大ゴミかも」、「パソコンも」の「も」が気になります、「人間もそうであるように」という含みのある「も」のようにも感じたのです。パソコンは文明の利器であり、最先端のもののはずですが、そのパソコンでさえも粗大ゴミのように捨てられるということに対する作者の思いが出ているようです。そして、突然「二十年」が出て来ます。それは、二十年使ったパソコンということでしょう。そのパソコンは、まだ使用可能なのか、二十年使い馴染んだ愛着なのか。「心残りの」がそれを表しています。「心残りの」は、「風過ぎる窓」に続くのかどうかが一つ思案するところです。続くとすれば「心残りの風過ぎる窓」とはどういうことでしょうか。これは作者の心象風景のように感じました。窓に二十年間の色々な思い出が、風のように過ぎ去るように見えたのかも知れません。パソコンと窓、ウインドウは日本語で窓ですので、たいへん縁語的な含みもあるでしょうか。
2018.01.18
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後藤早苗の短歌(85) (注)結社誌「賀茂短歌」より転載 (平成24年10月) 適当な雨と残暑で夏野菜いつまで成るのか毎日豊作 携帯も持たないわれにアイホーン並んで買うなど理解できない 土の上で卵を抱く雉みつけたり畑荒すと思えど追えず 朝夕に卵抱く雉見に行けば雉も馴れたか顔を上げたり 雌を呼ぶ声と聞いたら鹿の声秋でなくてもなぜかかなしい 取り忘れのオクラがたった一日で二十センチになる天候の良さ 花畑いろんな虫で賑わいて小人がひそんでいるかと思う (つづく)
2018.01.18
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後藤人徳(瑞義)23年3月の歌(伊豆新聞より) 賀茂短歌会(3月の歌)の中より 風強き河原に立てる枯ススキ下流に穂先をみな向けている 白浜短歌会(3月の歌)の中より 雲抑え冠雪の富士高々と聳えていたりこれぞ富士山(つづく)
2018.01.18
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平成30年1月18日(木) 短歌集「日まはり」:三好達治(45) 昭和九年六月二十五日:発行 椎の木社:出版 信濃路(1) 水浴みし 山の乙女ら おのもおのも ほとをかくして たちにけるかも 小浅間の緑の袖に 大浅間 額(ぬか)をかくすと うなじこごめし 高原(たかはら)の 甘藍畑(きゃべつばたけ)ゆたつ鳥の 浅間が嶽に むかふひと列(つら) 大鴉 枝豆青き畦にゐて 肩かがやかし かへりみするも(つづく)
2018.01.18
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後藤早苗の短歌(84) (注)結社誌「賀茂短歌」より転載 夏草 (平成24年9月) 楽しみしスイカ畑に夏草が我が物顔ではびこりており 赤ヘビが我におどろき逃げてゆく蝮とちがって逃げるヘビは良い 草の中ゴロゴロカボチャが出てきたり取り残しでもとてもうれしい 同窓の友が明日は富士登山するからくつを買ったと言いたり 近道をしようと山道入りたれば民家のそばまで猪の足跡 猪(いのしし)に猿に雉にと荒されて待合室の話題はつきぬ (つづく)
2018.01.17
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平成30年1月17日(水) 短歌集「日まはり」:三好達治(44) 昭和九年六月二十五日:発行 椎の木社:出版 をりふしの歌(2) 火食鳥 土を啄む網の外(と)に 幾輪咲きし 向日葵の花 松が枝に 寄生木の實もうれにけむ 日にしばらくを 鵯どりなくも 百ばかり 枯萱山の日おもてに 鴉下りゐる 冬ふかみかも (つづく)
2018.01.17
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後藤人徳(瑞義)23年4月の歌(伊豆新聞より) 賀茂短歌会(4月の歌)の中より 久びさの雨が大地を打ちている起きよおきよ春は近いと 白浜短歌会(4月の歌)の中より 花散りて茎のみ残るチューリップ今日はわが子の命日である
2018.01.17
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よみうり文芸入選 紅葉をしたる山々うるおいて湯気のごとくに霧立ちのぼる 下田市 後藤瑞義 (読売新聞静岡版 よみうり文芸 一月 十七日 入選 梅内美華子 選)
2018.01.17
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