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明石海人歌集 白描(49) 岩波文庫より (注)明石海人(本名野田勝太郎)は、大正7年沼津町立沼津商業学校(現:県立沼津商業高等学校)卒業で、私の先輩であることを知りました。 春夏秋冬(10) 秋 煙突の黄なる鉱石(いし)船ひとつゐて起重機のおと朝潟に鳴る 地ならしの丹(に)土の下に秋草の萩も桔梗も埋(う)もれてゆきぬ 人の世の涯(はたて)とおもふ昼ふかき癩者の島にもの音絶えぬ 紙うらに滲(にじ)みてかわく墨のあと深夜(ふかよ)をものの声は絶えつつ 暮れおちて冷えさし来(きた)るひむがしの窓をまともに月さしのぼる (つづく)
2018.09.30
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後藤早苗の歌 拾遺 (193) (ダブルかも知れませんが残されたノートより) (注)作成年月日の明記がありません(但し、10年以内) 仏壇に菊一輪と思えども蜂むれおれば近よりがたし 施設より帰宅のわが子家中をひっかきまわすうれしきあまり 知恵遅れのわが子の行く末施設にて守りたまえと必死に祈る 陳情の中におれども他の親の気魄に負けて話が出来ず 陳情の末席にいて一言も発することなく帰路につきたり 柿みかんたわわに実りわが里の恵みゆたかな大地を思う(つづく)
2018.09.30
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後藤瑞義の短歌(170) 「賀茂短歌」第31巻第1号(昭和62年2月発行) 恩師の忌(1) 友のさす傘に入りて二十年ぶりを語りぬ師の忌に会いて 先生の三周忌にと四十名集うはまれと老僧の言う まれに見る師弟愛という老僧の言葉聞きおり涙ふきつつ 蝋燭の炎のごとく身を削り真実求め逝きし人はも 先生の遺影に誓う税理士に必ずわれは合格すると (つづく)
2018.09.30
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明石海人歌集 白描(48) 岩波文庫より (注)明石海人(本名野田勝太郎)は、大正7年沼津町立沼津商業学校(現:県立沼津商業高等学校)卒業で、私の先輩であることを知りました。 春夏秋冬(9) 立秋 庭さきにさかりの朱(あけ)をうとみたる松葉牡丹はうらがれそめぬ 揉む瓜のにほひうすらに厨辺は秋立つ今日を片かげり来る 白楊の梢にたかきうろこ雲夕あかりつつうすれゆくなり X 夕凪ぐや眼下潟(まなしたがた)にしづむ日の光みだして白魚(はくぎよ)跳びしく あかあかと海に落ちゆく日の光みじかき歌はうたひかねたり (つづく)
2018.09.29
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後藤早苗の歌 拾遺 (192)9月26日(水)(ダブルかも知れませんが残されたノートより)(注)作成年月日の明記がありません(但し、10年以内)じりじりと老いというもの近づいて若き日痛めし足が疼けりつわぶきの黄色い花が暮れそめる庭にぼんやり浮かんで見える喜んで施設を帰る自閉児よそんなに家がわれらが良いか暗闇を手探り歩くごとくしてわれ独学で歌作りゆく西の風吹きすさぶ今日洗濯も掃除もせずに干し柿作る(つづく)
2018.09.29
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9月29日(土) 後藤瑞義の短歌(169) 「賀茂短歌」第30巻第6号(昭和61年12月発行) 言霊(2) 会いたしと思いおれども劣等生なれば会うなく師の訃を聞きぬ 弥陀のごと先生のみ名唱うれば昂る心鎮まりてゆく 先生のみ名を呼びたり百(もも)たびも心の中に呼びてしのびつ ふる里は変わらぬものと思いしにあの人もこの人も世になし 坂道をペダルを踏みて行きゆくに夕日まぶしも山の端にして(つづく)
2018.09.29
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明石海人歌集 白描(47) 岩波文庫より (注)明石海人(本名野田勝太郎)は、大正7年沼津町立沼津商業学校(現:県立沼津商業高等学校)卒業で、私の先輩であることを知りました。 春夏秋冬(8) 盛夏 罨法(あんぱふ)の湯すてしかば窓下の日蔭の土蠅の群(むら)だつ たてこめて茵(しとね)はにほふ暮々を募る暴風雨(あらし)に蠅一つ飛ぶ 風鳴りは向ひ木立にうすれつつ夕べを鳶のこゑ啼きいでぬ(つづく)
2018.09.28
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後藤早苗の歌 拾遺 (191) (ダブルかも知れませんが残されたノートより) (注)作成年月日の明記がありません(但し、10年以内) 良い歌を作ると思えば難しい下手でもよいと思えば楽し 熟れぬままイチジク多く木にあるに天気予報が寒波伝える サツマイモ色々種類があるけれど人参芋とう黄の芋が好き どこそこの誰亡くなると声ひそめ話す我らは透析患者 この場所がそんなによいか払ってもはらってもまた蜘蛛が巣を張る(つづく)
2018.09.28
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後藤瑞義の短歌(168) 「賀茂短歌」第30巻第6号(昭和61年12月発行) 言霊(1) 億年をかけ十方にこだまする言霊ひとつ歌いゆくべし 真実を求め苦しむ師につきて限りなくわれは少年となる 幸福は量によらずと確信を持ちて語りぬ山桝先生 病いとも仲良くせよとほほえみぬ山桝先生癌を病みいて 山桝先生にめぐり会いたるたる一事にてわが一生は足ると思える(つづく)
2018.09.28
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編集より(歌誌「賀茂短歌」9月号) 前略「世間体」 白浜短歌会9月の作品のなかに次のような短歌がありました。 今朝の風秋のにおいは本誘う阿部謹也氏で「世間体」読む 参考までに私の(評)も書いておきます。 (評)「今朝の風秋のにおいは」という表現に感服しました。古今集、藤原敏行の「秋来ぬと目にはさやかに見えねども 風の音にぞおどろかれぬる」を思い出したからです。それはそれとしまして、作者は風のにおいに秋を感じ、本を読みたくなったようです。阿部謹也という著者についての知識をわたしは持ち合わせていません。ですから、「世間体」という本も読んだことはありません。しかし、「世間体」という題名にひかれます。作者も「世間体」について思うところがおありなのではないでしょうか。日本独特の風習なのかわかりませんが、世間体が良いとか悪いとか言われ、私達はとかく行動が制約される息苦しさがあります。「世間体」とは何だろう、どうしたら「世間体」とうまく付き合っていけるのか、誰もが関心のあることです。 私はこの短歌を読みまして、世間体と短歌との関係をふと思ったのです。わたしは選評などのときによく、常識にとらわれないようにと言っていました。それは、世間体にとらわれないでといっても通じるような気がしたのです。インターネットで調べましたところ同著者の「世間とは何か」という題名の本がありましたので注文しました。何か作歌の上でヒントが得られるのではないかと期待しています。 (注)阿部謹也:一橋大学学長などを歴任され、専攻はドイツ中世史です。 後述 テレビ報道等で、今貴乃花親方の引退(退職)のニュースが賑わしく報道されています。相撲界も歴史、伝統のある日本独特のものです。われわれの携わっている短歌も同様です。さて、「世間」という問題はといいますと、まさにこれも日本独特なもののようです。結局日本という独特な風土といいますか、伝統といいますか、何かが「相撲」であったり、「短歌」であったり、「世間体」であったりするような感じがしています。何か日本の独自性のようなものを自分なりに感じ取れたらいいなあと思っています。
2018.09.27
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明石海人歌集 白描(46) 岩波文庫より (注)明石海人(本名野田勝太郎)は、大正7年沼津町立沼津商業学校(現:県立沼津商業高等学校)卒業で、私の先輩であることを知りました。 春夏秋冬(7) 夏至 演習のやがてはじまる松山に夏うぐひすの声しづかなり 萌えいづる榁(むろ)の白芽に降る雨は匂ひあたらし音(ね)のあかりつつ x 暮れのこる土の乾きに甘藍は鉛のごとく葉を垂らしたり 夕焼の雨にかならしひとときを簷(のき)さきに鳴く一つ青がへる 廁戸のひらき重たく降る雨のやみ間を黄ばむ夕空あかり 夕まけて芭蕉わか葉にやむ雨は砌(みぎり)の石に乾きそめつつ (つづく)
2018.09.27
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後藤早苗の歌 拾遺 (190) (ダブルかも知れませんが残されたノートより) (注)作成年月日の明記がありません(但し、10年以内) 葬式や法事の他に逢うこともなき人なれど血縁の人 思い切りわれの血を吸いふくれたる藪蚊一匹打ち殺したり 亡き叔父の葬式なるも久に会い親戚縁者にぎやかに居る 亡き父にことに良く似る叔父逝きていよいよわれの頼る人なし 明日扱ぐと言いし隣家の干し稲に無情の雨が冷たくあたる(つづく)
2018.09.27
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後藤瑞義の短歌(167) 「賀茂短歌」第30巻第5号(昭和61年10月発行) 健一郎(2) 子の危篤思い駆ければ明あかとわが家(や)は点る夜更けの村に なきがらの前に座りて名を呼びぬ大きく呼びぬわれは父なれば 健康になれと名付けし健一郎一歳半に命終りぬ 火葬場の煙ひと筋空に消ゆさびしきまでに晴れ渡りたり 肉体は煙となりて消えゆけり健一郎の顔に似る雲 (つづく)
2018.09.27
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よみうり文芸 入選歌 自らの病のことは触れずして楽しと農事歌いたる妻 下田市 後藤瑞義 (読売新聞静岡版 よみうり文芸 九月二十六日 入選 梅内美華子 選)
2018.09.26
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明石海人歌集 白描(45) 岩波文庫より (注)明石海人(本名野田勝太郎)は、大正7年沼津町立沼津商業学校(現:県立沼津商業高等学校)卒業で、私の先輩であることを知りました。 春夏秋冬(6) 波 きりぎしの坂を越ゆれば松の秀(ほ)にうねりは濶き真昼あを濤 梅雨霽れの岸辺をさして沖つ浪崩れつ湧きつひた寄りに寄る 登りきて見放(さ)くる沖のかくり岩うねりうねりを見えて泡だつ (つづく)
2018.09.26
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後藤早苗の歌 拾遺 (189) (ダブルかも知れませんが残されたノートより) (注)作成年月日の明記がありません(但し、10年以内) 「お変りはありませんか」と定まりの問に同じく「無いです」と言う 新薬の毛生え薬の宣伝にすでに反応しない夫は 教え子のわれが分かるか恐る恐る会釈をすれば笑顔の恩師 露に濡れ眠る野菜を朝の日がもうあさですとやさしく起こす 汗をかき働くわれを鳥小屋の鶏たちが並び見ている(つづく)
2018.09.26
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後藤瑞義の短歌(166) 「賀茂短歌」第30巻第5号(昭和61年10月発行) 健一郎(2) 共に住む日はいつ来るや幼子を残し過疎の村を出で行く 輪禍ありし跡かと思う舗装路に花束雨にぬれてあたらし 坂道の途中にトラック止まりおり無人にあれば避けて下りぬ 赴任地の夜の電話に子の危篤妻は告げたり父なるわれに 死ぬはずは絶対になしと暗き道危篤の子供思いて駆ける(つづく)
2018.09.26
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九月号歌評(同人誌「賀茂短歌」) 下書き 後藤瑞義 夕立に追はれ追はれて追ひ着かれ老いにつれないびしょびしょの風 原 明男 (評)作者はウォーキングを趣味と実益をかねて行っているようです。突然の夕立ちに、「追はれ追はれて追ひつかれ」た作者。オ音のくりかえしが、「老い」までつづき、一首にリズムを与えています。夕立ちが遠くから速度を上げて作者に迫ってくる様子がうかがえます。と同時に、夕立に追いつかれてびしょびしょになった作者。それは、雨に濡れたのではなく、びしょびしょの風に濡れたんだと感じるところが新鮮です。ずぶ濡れになったのを風のせいにして文句を言っているところに少しユーモアがあります。さりげなく老いにも触れています。 この猛暑いつまでつづく空の青万物なえてあぎとう如く 鈴木菊江 (評)まったく今年の暑さは異常です。「この猛暑いつまでつづく」は、まさにこの通りです。「空の青」、雲ひとつない青い空、そこに燃えるような太陽が照り輝いているのです。「万物なえてあぎとう如く」、まるで池の鯉が餌を求めてあぎとうように、万物が涼を求めて口をパクパクしているイメージです。スケールの大きな歌になりました。作者は百歳になります。 登りきてやつぱり暑い墓どころ小さな草がぎつしり茂る 黒田幸子 (評)「登りきてやつぱり暑い墓どころ」、墓地のイメージは涼しい感じがします。それに、「登りきて」ですから高いところにある墓です、それでもやっぱり暑かったということでしょう。期待外れの作者の思いを感じます。そのうえ、きれいに草取りをしたにも関わらず、もう小さな草がぎっしり茂っている、やれやれといった感じでしょう。今年の夏の異常な暑さ、せめてお墓くらいは涼しくあってほしいという願望もあるでしょうか。草の生命力と墓の中の死者との対比もあるかもしれません。 凌霄花(のうぜん)は短き命をおしむがに強風(かぜ)に煽られ健気に泳ぐ 小池美恵子 (評)凌霄花(のうぜんかずら)の花は、毎日のようにすぐ散ります。「短き命」がそれです。そんな凌霄花に無慈悲にも強風が吹き付けます。しかし、凌霄花は強風に煽られても健気に泳ぐようにゆれているというのです。凌霄花が短い命をおしむようだと見ているところに作者の思い、感情移入がうかがえます。揺れているようすを泳ぐようにと表現したのが新鮮でした。困難な世間をすいすいと泳ぐイメージもあるでしょうか。 三日月のほほえむごとき身姿に薄雲そっと寄りそいて見ゆ 鈴木きみ (評)「三日月のほほえむごとき」、ここで小休止となるのでしょう。三日月がほほえむと見るところは、注目しました。もっとも花王石鹸のマークを思い出したりもしたのですが。欠けた月、三日月を人の横顔とイメージした花王のマークも感心します。さて、「身姿」は「みすがた」と読みますか、「みなり」と読むのが一般的のようですが。「御姿」のミスプリントでしょうか。それとも造語でしょうか。「ほほえむごとき」に続けるとしましたら、「ほほえむごとき横顔に薄雲そっと寄りそいて見ゆ」といった表現が、私なりにはしっくりするのですが。どちらにしましても、相手は横向きのようです。おだやかに横を向いてほほ笑んでいる人に薄雲がそっとよりそうように見えるといったことでしょう。薄雲に自分の思いを托した、作者の憧れのようなものを感じました。 見はるかす雪のアルプス青空にすっきり見ゆる渋峠に立つ 土屋文恵 (評)群馬県へ旅行した作者の連作の一首です。「見はるかす雪のアルプス青空に」、すがすがしい、広々とした景色の中に雪を被いたアルプスの雄姿が浮かびます。遠くあこがれのような心持で見上げているであろう作者の姿が浮かびました。作者の立つ場所が渋峠というのも、見上げるアルプスとの対比とし面白く読みました。現実とあこがれといった対比、「渋」の文字がきいているように思ったのです。
2018.09.25
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明石海人歌集 白描(44) 岩波文庫より (注)明石海人(本名野田勝太郎)は、大正7年沼津町立沼津商業学校(現:県立沼津商業高等学校)卒業で、私の先輩であることを知りました。 春夏秋冬(5) 泰山木 鹿児島県星塚敬愛園長林文雄先生の御慶事に――新夫人大西ふみ子先生は曽てこの 島の医官たりき しら花のたいざん木は露ながら空のふかきに冴えあかりつつ 楽生病院以来病める我らの第二の母として喜びも悲しみも頒ち給ふ人に いつの日かわが臨終は見給はむ母とたのみつつこの人に頼(よ)る (つづく)
2018.09.25
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後藤早苗の歌 拾遺 (188) (ダブルかも知れませんが残されたノートより) (注)作成年月日の明記がありません(但し、10年以内) 代々の土地売ることは出来なくて跡継ぐ人の重荷となれり 思い切り食べることなどしなくとも透析仲間笑顔の宴会 菊の花きれいに咲けばこれもちて逝きたる吾子(あこ)の墓に行きたし 菊の花すすきりんどうほととぎす深まる秋は楽しかりけり 昇りゆくエレベーターに我一人不安とともに閉ざされている(つづく)
2018.09.25
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後藤瑞義の短歌(165) 「賀茂短歌」第30巻第4号(昭和61年8月発行) 松(2) あたふたとナース出入りする部屋の中には何があるか知られず 治療終え妻に抱(いだ)かれ来(きた)る子の頬に一粒涙残れり 入院の子を見舞いたる帰り道雑草白き花をつけおり 舗装路の裂け目に生(お)うる雑草の花に紋白蝶の止まれり 休日の昼を籠れば蟇(ひき)一つ日に啼きておりさみしき声に (つづく)
2018.09.25
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明石海人歌集 白描(43) 岩波文庫より (注)明石海人(本名野田勝太郎)は、大正7年沼津町立沼津商業学校(現:県立沼津商業高等学校)卒業で、私の先輩であることを知りました。 春夏秋冬(4) 松籟 内務省衛生局予防課長として、歌集『銀の芽』の歌人として我等に親しき高野六郎氏、 「恵みの鐘を撞きに」と来園せらる 「屎尿屁」の筆のすさびに親しもよ課長の大人(うし)は厳(いつか)しかれど 賓人(まらうど)の撞き給ふらむ高鳴るや鐘の響はほがらほがらに (つづく)
2018.09.24
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後藤早苗の歌 拾遺 (187) (ダブルかも知れませんが残されたノートより) (注)作成年月日の明記がありません(但し、10年以内) なすトマト彼岸というに実りいて秋まき野菜の遅れてしまう 十五夜の芒にくだもの供えつつなぜか心が満たされてゆく 休耕田一面に葛茂りいて根より作れるくず粉が浮かぶ われを避けいるかもしれぬ休日に出勤をする夫を送る 一定の距離おきわれの後を来るチャボを抱こうとすれば逃げたり(つづく)
2018.09.24
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後藤瑞義の短歌(164) 「賀茂短歌」第30巻第4号(昭和61年8月発行) 松(1) 大き松しんしんとして立てるあり日当たる枝(え)ありあたらざるもあり 何時もなら下車する駅を病院に子を見舞うゆえ通り過ぎたり トンネルの内壁面(うちへきめん)のところどころ水沁み出でて輝いている 悲しみのひとつひとつを耐えゆきてさみしもわれは強くなりゆく ガラス戸につく雨粒のひとつひとつおのおの外の景色映せり(つづく)
2018.09.24
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明石海人歌集 白描(42) 岩波文庫より (注)明石海人(本名野田勝太郎)は、大正7年沼津町立沼津商業学校(現:県立沼津商業高等学校)卒業で、私の先輩であることを知りました。 春夏秋冬(3) 暮春 帰り来て人の語るは死顔に刷(は)きし化粧の清かりしこと 骨あげにしばし間のあり火葬場の牡丹ざくらに蜂は群れつつ 訪(おとな)へば日暮るる縁に佇みて友はしまらく亡き妻を言ふ(つづく)
2018.09.23
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後藤早苗の歌 拾遺 (186) (ダブルかも知れませんが残されたノートより) (注)作成年月日の明記がありません(但し、10年以内) 何日も餌をやらぬに生きている金魚というは不思議な生き物 如雨露(じょうろ)持ち畑に行きば野菜たち早く水をと悲鳴をあげる 投稿歌とられ喜ぶすぐ後にこれが最後か不安にもなる 自閉児の静かな寝息聞こえきて午後の九時にて解放される 分かったと返事をすれば良いものを意地悪われは断りにけり 「はい」という返事が出来ず意地を張るわれにはわれの言い分のあり(つづく)
2018.09.23
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後藤瑞義の短歌(163) 「賀茂短歌」第30巻第3号(昭和61年6月発行) 老木(2) チューリップ咲きたる夕べ長男の一歳半の一世終りぬ 一歳が唯一覚えしチチという小鳥呼ぶ声耳に残れり 殻硬く身を鎧いおり蟹や貝亀蝸牛か弱きものら 鶺鴒の尾を打ち振るは時のゆき刻むがごとし惜しむがごとし 掛け替えのなき一瞬と思うとき自ずと息は深くなりたり(つづく)
2018.09.23
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明石海人歌集 白描(41) 岩波文庫より (注)明石海人(本名野田勝太郎)は、大正7年沼津町立沼津商業学校(現:県立沼津商業高等学校)卒業で、私の先輩であることを知りました。 春夏秋冬(2) 春(2) いたむ眼を思ひつつ来る温室に護謨の芽だちの紅あはあはし 簀を洩るる陽縞うすれて幽(かそ)けさや朱(あけ)の牡丹の花びら寄りあふ 花びらの白く散りしき牡丹の影一むらにほふ夕日のながさ 柿わか葉一日ののびの夕あかり湯屋の廂に羽蟲は群れつつ ヒヤシンス香にたつ宵は幽かなり眼のいたみさへ夢に入りつつ 転(さへづ)りのこゑはあかるき板縁に猫かのこせる昨夜(よべ)の足あと(つづく)
2018.09.22
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後藤早苗の歌 拾遺 (185) (ダブルかも知れませんが残されたノートより) (注)作成年月日の明記がありません(但し、10年以内) もの言わぬわが子のためにくちなしを植えたりかくのごとく匂えと 台風の過ぎ去りし朝何事も無きかに蝉が声張り上げる くちなしの花の名前ともの言わぬ吾子重なり白き花咲く 昼は蝉夜は虫の音にぎやかに夏の終りのわれの住む家 休耕地家の周りに増えゆきて農道の草刈らねばならぬ(つづく)
2018.09.22
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後藤瑞義の短歌(162) 「賀茂短歌」第30巻第3号(昭和61年6月発行) 老木(1) 苔なども生えたる黒き老木に今年も花は咲き盛りたり 幽かなる音とたてつつ葉隠れの山椿の花散りて地に落つ 倒産の工場(こうば)の屋根に春雨は桜の花を散らし積らす 倒産の工場の昼はひっそりと白き下着の干されていたり ほっかりと木蓮の咲く昼つ方犬つながれてしきりに吠える(つづく)
2018.09.22
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明石海人歌集 白描(40) 岩波文庫より (注)明石海人(本名野田勝太郎)は、大正7年沼津町立沼津商業学校(現:県立沼津商業高等学校)卒業で、私の先輩であることを知りました。 春夏秋冬(1) 春(1) 裏山の歯朶のつもり葉ふふませて昨日も今日も雨のけむらふ 転(まろ)びゐる枯歯朶山の日だまりに近づく声は大瑠璃(るり)のたぐひか 鳶二つ舞ひもつれつつ草丘に昼の陽あしはうつるともなし うつらうつら眼下海(まなしたうみ)に照り翳る春日のうつろひ見つつ遥けさ 海寄(うみより)の風に堪へつつ閑かなりさくら一むら昼をかがよふ 坂道をくだり来つれば薔薇苑は香に籠りつつうすら日の照る いつしかもミシンの音はやみてをり立藤のはな黄なる曇りに(つづく)
2018.09.21
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後藤早苗の歌 拾遺 (184) (ダブルかも知れませんが残されたノートより) (注)作成年月日の明記がありません(但し、10年以内) 午前中畑の草取り午後からは庭の草取り今日は草取り 孵りたるツバメが巣立つその日まで蛇や雀を追う日は続く 一年間投稿続けようやくに一首載ったと夫は笑う くちなしの花の名前にもの言わぬ自閉児わが子と重ね見ている 美味しいと言ってもらえるうれしさに食べ切れぬほど野菜を作る(つづく)
2018.09.21
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後藤瑞義の短歌(161) 「賀茂短歌」第30巻第2号(昭和61年4月発行) 伊豆の雪(2) ささいなることにしあれど妻われの血液型を違えて言えり あさましきことにしあるか死にし児の墓の形を妻と諍う ささやかな蓄え積りて七回忌亡き児の墓をつくらむとする 仏壇に線香をたてる習慣の六年となる長男逝きて 家継がぬわれ長男を失いて父かたへに般若経聞く (つづく)
2018.09.21
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鑑賞:歌集「悲しき玩具」(六十四)下書き 後藤瑞義 (注)歌の順序は歌集の順序によります。 自分よりも年若い人に、 半日も気焔を吐きて、 つかれし心! この歌は、年下の人間に、半日も発破をかけて疲れてしまった。そういった単純な歌ではないように思いました。 「自分よりも年若い人に」という言い方、特に「年若い人」、「人」と言っているところに注目しました。「人」とは、単なる人間というのではなく、特別な人、恋人や妻や夫であったもします。ですから、啄木にとって単に年下の人間、後輩というより、もっと深い関係のある特別な人と解したのです。 なにかこの若者を啄木は立てているように思ったわけです。それは、年下や後輩と言わず「若い人」と言ったり、二行目の「半日も気焔を吐きて」という言葉にも関連してゆきます。 若者が気焔を吐くのを、年長者が、「まあ、そんなに熱くならないで」と抑えるのが普通のように思えます。それが、逆転しているのは、この若い人に啄木は一目置いているように思ったのです。自分より若い人なんだけど老成した感じだったのかもしれません。だから、自分が年下のように気焔を半日も吐いてしまった。馬鹿なことをしたものだといった反省の気持ちが伝わります。 たとえば晩年の啄木は社会主義思想に傾倒していたようです。そうしたなかで、その人間は自分より年若いが冷静な、理論家であったかもしれません。(これは根拠のない、私の単なる想像であり、空想です。) 「つかれし心!」とはどういうことでしょうか。「気疲れ」ということばがありますが、疲れし心は、気疲れではないように思いました。気疲れは、他人に対してあれこれ気を使い疲れる事です。心疲れは、本当はそんなことをしたくないのだがしてしまった、そんな反省の心のように思ったのです。 年が自分より若くても、一目を置いている人に対して、体調もすぐれないのに「半日も」気焔をあげ、無理をして疲れてしまったことを反省している啄木が浮かびます。 自分よりも年若い人に、 半日も気焔を吐きて、 つかれし心!
2018.09.21
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明石海人歌集 白描(39) 岩波文庫より (注)明石海人(本名野田勝太郎)は、大正7年沼津町立沼津商業学校(現:県立沼津商業高等学校)卒業で、私の先輩であることを知りました。 鬼豆(5) 沈丁花 三浦環女史を迎へて きざしくる熱に堪へつつこれやかの環が声を息つめて聴く 沈丁のつぼみ久しき島の院に「お蝶夫人」のうたをかなしむ (つづく)
2018.09.20
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後藤早苗の歌 拾遺 (183) 9月17日(月) (ダブルかも知れませんが残されたノートより) (注)作成年月日の明記がありません(但し、10年以内) 真夜中にうごめくものの気配ありて残飯入れが荒らされている 自ずからスイカ畑に足が向く今朝十五個に日付札置く 車からニコニコわれに手を振れど誰であったか思い出せない くちなしの匂いに心ひかれおり自閉児わが子よこのようにあれ 透析の減塩食事続けおるわが汗しょっぱい味がしている(つづく)
2018.09.20
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後藤瑞義の短歌(160) 「賀茂短歌」第30巻第2号(昭和61年4月発行) 伊豆の雪(1) 伊豆の雪珍しければ口ぐちに言いつつ子等は外に出(い)でゆく 頭上より火花散らして雪の中電車はホームにすべりつつ来る 車窓より見ゆる公園のぶらんのの板にも雪は厚く積もれり 降り積る雪の下にも眠りいん春萌え出ずる草花の芽は ベートーヴェンモーツァルトの心地よさ単身赴任の任地にて聴く (つづく)
2018.09.20
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明石海人歌集 白描(38) 岩波文庫より (注)明石海人(本名野田勝太郎)は、大正7年沼津町立沼津商業学校(現:県立沼津商業高等学校)卒業で、私の先輩であることを知りました。 鬼豆(4) 鬼豆 春未だ木草は萌えず寂び寂びと葉枯れ歯朶山日にしらみたり 緑あかきランプの笠も母が声も熬(い)る鬼豆の香に匂ひつつ(つづく)
2018.09.19
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後藤早苗の歌 拾遺 (182) 9月16日(日) (ダブルかも知れませんが残されたノートより) (注)作成年月日の明記がありません(但し、10年以内) 皿までも舐めるようにも新ジャガのサラダを施設j帰て子は食ぶ 孵りたるウコッケイの雛五羽のうち四羽が雄と知りたる朝よ 家事手伝い花嫁修業若き日はニートなどとは言われず過ぎぬ 蜜の味色々あらん花により寄り来る蜂の種類異なる 虫たちもそれぞれ好みがあるらしくカボチャは蜜蜂ばかり集まる 趣味あればうつ病などにならないとそうかわれには短歌が味方(つづく)
2018.09.19
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後藤瑞義の短歌(159) 「賀茂短歌」第30巻第1号(昭和61年2月発行) 烏瓜(2) 向かい合う車窓に視線を交えつつ束の間にして離れたる人 山里の庭に咲きたる石蕗は潮風吹きすぐ山に向き立つ 山間の湖底のごとき里なれど川あり池には鯉泳ぎおり わが庭に佇み思ふふる里の家には庭のなかりしことを 庭持つを念願とせし父なれどわが家の庭を訪うはまれなり(つづく)
2018.09.19
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よみうり文芸 入選歌 速ければいいのだろうか怪物と化したる新幹線の風圧 下田市 後藤瑞義 (読売新聞静岡版 よみうり文芸 九月十九日 秀逸 梅内美華子 選) (評)技術が進歩し利便性を追っている。その裏には危険や不安があることを気づかせる歌である。作者の率直な疑問は「風圧」を「怪物」と感受し怖れている。
2018.09.19
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明石海人歌集 白描(37) 岩波文庫より (注)明石海人(本名野田勝太郎)は、大正7年沼津町立沼津商業学校(現:県立沼津商業高等学校)卒業で、私の先輩であることを知りました。 鬼豆(3) 除夜 年祝(ほ)ぎのよそほひもなく島の院に百八つの鐘ただ静かなり 島山の鐘の撞木の丈(たけ)ながの綱手の垂れに朝は凪ぎつつ 元日をきたる年賀の文ふたつうちのひとつはふるさとの子より 追羽子の音もあらなく元日のこの静けさをひとり籠らふ 宵の間の疾風(はやち)は落ちて枯庭に霜は降るらし月かげり来ぬ 砂浜にむしりすてたる白き羽毛(け)のしづけさ深し陰(くもり)冷えつつ(つづく)
2018.09.18
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後藤早苗の歌 拾遺 (181) (ダブルかも知れませんが残されたノートより) (注)作成年月日の明記がありません(但し、10年以内) 一匹のカツオをさばくわが腕も上達したり三十年経て 梅の実がふくらんできてはや五月もうあと少し風に負けるな 看護師の血圧計る仕草にもさまざまのあり性格思う 何日も餌を食べずに卵抱く鶏がわれを威嚇してくる 出荷前に病みたる媼のキャベツ畑紋白蝶が乱舞している 腰痛を病みたる媼のキャベツ畑出荷の時期を過ぎてはぜおり(つづく)
2018.09.18
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後藤瑞義の短歌(158) 「賀茂短歌」第30巻第1号(昭和61年2月発行) 烏瓜(1) 高き枝に導きゆきし蔓枯れて朱くたれたり烏瓜らは あの山の向うがわれのふる里と車窓に見つつ通り過ぎゆく 車窓よりふり返り見るふる里の黒き山々紫の空 吊革を握らむとして子は伸びを試みるなり二度も三度も 天井の蛍光灯に照らされて手持ち無沙汰のごとき吊り革(つづく)
2018.09.18
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明石海人歌集 白描(36) 岩波文庫より (注)明石海人(本名野田勝太郎)は、大正7年沼津町立沼津商業学校(現:県立沼津商業高等学校)卒業で、私の先輩であることを知りました。 鬼豆(2) 芝居 患者にて組織せる劇団を愛生座と呼び、春秋二回の芝居日には近村 よりの来観者に賑ふ 喜多八が関西訛りに啖呵をきる癩療養所の芝居たぬしも 会堂の宵のぬくとさ飛びありく童の声も憎からなくに (つづく)
2018.09.17
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後藤早苗の歌 拾遺 (180) (ダブルかも知れませんが残されたノートより) (注)作成年月日の明記がありません(但し、10年以内) 春の日に庭草一気に伸び始めパンジーガーベラ埋もれて見えぬ この辺にダリアが植えてあるはずと雑草かきわけ芽ばえを探す 庭の木も光求めて伸びおるをわれの好みに枝打ちをする 今日もまた叱られている看護師に離れ住む子が重なりてくる 自閉の子透析のわれ何という不幸な家と人は思うや 初成りのいちごをわが子の皿にのせ喜ぶ顔を楽しんでいる(つづく)
2018.09.17
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後藤瑞義の短歌(157) 「賀茂短歌」第29巻第6号(昭和60年12月発行) 日航機墜落(2) 日航機墜落事故に四十余名小中学生もいけにへとなる 自転車を習い覚えて自力にて右に左に子のくねりゆく 老木の四五本切られ並木道明るくなりぬ淋しきまでに 泥濘(ぬかるみ)を素足に駆ける幼な子を正装をする少女見ている 桃色の足にて歩む群れ鳩に片足の一羽まじり跳ねおり(つづく)
2018.09.17
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明石海人歌集 白描(35) 岩波文庫より (注)明石海人(本名野田勝太郎)は、大正7年沼津町立沼津商業学校(現:県立沼津商業高等学校)卒業で、私の先輩であることを知りました。 鬼豆(1) 木魚 去る年の秋石井獏氏来園せらる。氏は木魚の音を愛でて屡々伴奏に用ひ、時に自ら之を拍つて門弟の踊るに和す 踊手に木魚打ちつつ見入る漠のまなこの光喰ひ入るごとし 点光に影をみだして踊る漠の素肌の胸を汗はしたたる(つづく)
2018.09.16
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後藤早苗の歌 拾遺 (179) (ダブルかも知れませんが残されたノートより) (注)作成年月日の明記がありません(但し、10年以内) 白々と夜明け初(そ)める早朝に一人静かに歌作りいる 作ろうと思うとなかなか作れない自然に歌の湧き来るを待つ それぞれに個性をもって咲いているバラはバラなり菊は菊なり 十月は野草の花が美しい休耕田の一面のタデ ハロウィンや恵方寿司やらいつの間に昔なかった行事がふえる 芋掘りを終えてよたよた歩く夫七十二才の歳に勝てぬか(つづく)
2018.09.16
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後藤瑞義の短歌(156) 「賀茂短歌」第29巻第6号(昭和60年12月発行) 日航機墜落(1) 単身の勤めの社員食堂に自ずと座る位置定まりぬ 単身の勤めの社員食堂にほうじ茶すする朝に夕べに ほうじ茶の熱きをすすり今日もまたジャンボ機墜落事故を思えり 九ちゃんの遺体五日後判明す胸に下げたるペンダントにて 真夏日の十日は経ちて肉親の遺体確認にマスクしており 浪人のころ歌いたる九ちゃんの歌思い出すニキビのことも(つづく)
2018.09.16
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