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1月31日(金) 第五回角川短歌賞(14) 受賞作品「冬木」(青木ゆかり)(4)(昭和34年)何時よりか逢ふ時間少くなりゆくを思ひつつ爪だちてコート着せかく眸(め)を上げて怺へむとせしたまゆらを舞ふ風花にまたこころゆらぐこころ静かに待つ楽しみも判り来てこのごろ我の病むこと少し年々に愛深まりてゆくこともしみじみと人は尚遠く住む吾を責むる父母のこゑ神のこゑ「他人の配(つま)を恋ふるなかれ」(つづく)
2020.01.31
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1月31日(金)万葉秀歌(下巻)(149)(注)解説は、簡略化しています。(ブログ製作者)斎藤茂吉 巻第十五 (4)竹敷(たかしき)のうへかた山(やま)は紅(くれなゐ)の八入(やしほ)の色(いろ)になりにけるかも(巻十五・三七〇三) 新羅使(大蔵麿)茂吉:一行が竹敷浦(今の竹敷港)に碇泊した時の歌が十八首のその一つ。「うえかた山」は、上方山(いまの城山であろう)。「八入の色」は幾度も染めた真赤な色。単純だが、「くれなゐの八入の色」で統一せしめたから、印象鮮明になって佳作となった。(つづく)
2020.01.31
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1月31日(金)島木赤彦歌集(119)中公文庫:日本の詩歌6より昭和五十一年四月十日初版歌集「柹蔭集」(51)大正十四年(9)峡谷の湯(1)馬上程遠し。ここは八ヶ岳の裾野なり。地高くして秋冷早く至る驚きて山をぞ仰ぐ雲の中ゆあらはれて見ゆ赤崩(あかく)えの山わが馬の腹にさはらふ女郎花(をみなへし)色の古(ふ)りしは霜や至りしわが足に馬の腹息(はらいき)を感じつつしまし見はるかす高野原の上皆がらに風に揺(ゆ)られてあはれなり小松が原の桔梗(きちかう)の花山かげに深山雀(ふかやますずめ)といふ鳥の蜩(ひぐらし)に似て鳴くあはれなり山の上に残る夕日の光消えて忽(たちま)ち暗し谷川のおと (つづく)
2020.01.31
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1月31日(金)一遍上人語録(33)岩波文庫:昭和60年5月16日発行巻上(28)道具秘釈(どうぐひしやく)(2)一 袈裟(けさ)南無阿弥陀仏。苦悩を除くの法は、名号に対(なら)ぶるものなきを信ずる心、これ即ち無対光仏の徳なり。一 帷(かたびら)南無阿弥陀仏。火(か)変じ風(ふう)と成り、化仏来迎(けぶつらいごう)したまふを信ずる心、これ即ち炎王光仏(えんのうこうぶつ)の徳なり。一 手巾(しゆきん)南無阿弥陀仏。一たび弥陀を念ずれば、即ち多罪を滅するを信ずる心、これ即ち清浄光仏(しようじようこうぶつ)の徳なり。一 帯南無阿弥陀仏。廻光囲繞(えこういによう)して、行者(ぎようじや)の身(み)を照らすを信ずる心、これ即ち歓喜光仏(かんぎこうぶつ)の徳なり。(つづく)(注) 無対光仏:十二光仏の一。帷:帷子。麻または葛で織った夏衣。火変じて…来迎したまふ:観経に、「地獄の猛火化して清涼の風となりてもろもろの天華を吹く。華上に皆化仏菩薩ありてこのひとを迎接す」とある。炎王光仏:十二光仏の一。手巾:手や顔を拭う布。清浄光仏:十二光仏の一。歓喜光仏:十二光仏の一。 (つづく)
2020.01.31
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1月31日(金)「内村鑑三書簡集」(岩波文庫より)(注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。明治42年より読書と苦痛人はわたしについてよく言います、わたしが本を多く読んでいるから、あのように多く語るのだと。しかし、わたしは自分をかえりみて言えます、それは苦しんだ分だけ語ることができるのだと。目でもって活字を追い、それをペンでもって書くことは容易のことです。一方、苦しんでそれを文字に顕すのは難しことです。わたしはいま神様に感謝いたします、すこし苦しむ機会を与えられましたので、人生の事実を語ることができましたと。
2020.01.31
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1月30日(木) 第五回角川短歌賞(13) 受賞作品「冬木」(青木ゆかり)(3)(昭和34年)時経(た)たば痛みやはらぐ如くにも悲しみ和ぎてゆくを待ちゐる自信なくなりて見てゐつ赤土の崩(く)え支へゐる著莪(しやが)に降る雨相據りてこころあたため合ふ日々にあはあはしけれ未来のことは生涯に幾度逢ひ得む手をとりて地に滲みゆく雨を見てゐるうつしみのいま滅ぶともあきらかにこの地の上に愛(かな)しみ合ひし(つづく)
2020.01.30
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1月30日(木)万葉秀歌(下巻)(148)(注)解説は、簡略化しています。(ブログ製作者)斎藤茂吉 巻第十五 (3)天離(あまざか)る鄙(ひな)にも月(つき)は照(て)れれども妹(いも)ぞ遠(とほ)くは別(わか)れ来にける(巻十五・三六九八) 新羅使茂吉:前の歌の続き。「鄙にも月は照れれども」という句に哀韻があるのは、都の月光という相対的な感じもあり、いつのまにか秋になった感じもあり、都の月光と相愛の妻との関係などもあって、そういう愛韻をともなうのであろうか。人麿の歌に、「去年見てし秋の月夜は照らせども相見し妹はいや年さかる」(巻二・二一一)がある。
2020.01.30
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1月30日(木) 島木赤彦歌集(118)中公文庫:日本の詩歌6より昭和五十一年四月十日初版歌集「柹蔭集」(15)大正十四年(13) 柹蔭山房即時 久しくも夕顔の花の咲きつぎて棚(たな)にあまれる蔓(つる)伸びにけり夕顔の果(み)は垂り花は咲きに咲きてその末(うれ)の蔓は伸びに伸びにけり戸を閉(さ)さで灯影(ひかげ)のとどく草むらに蟋蟀(こほろぎ)鳴けりこの二夜三夜(ふたよみよ)うちよりて夜(よる)は茶を飲む子どもらの休暇も果てぬこほろぎの声小夜(さよ)なかに二たび起きて蚤(のみ)をとれりかかる歎(なげ)きも経(ふ)りにけり (つづく)
2020.01.30
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1月30日(木)一遍上人語録(32)岩波文庫:昭和60年5月16日発行巻上(32)道具秘釈(どうぐひしやく)(1)南無阿弥陀仏。一遍の弟子、まさに十二道具を用ゐるの意(こころ)を信ずべし。一 引入(ひきいれ)南無阿弥陀仏。無量の生命(しようみよう)、名号(みようごう)法器たるを信ずる心、これ即ち無量光仏(むりようこうぶつ)の徳なり。一 箸筒(はしづつ)南無阿弥陀仏。 無辺の功徳(くどく)、衆生の心に入るを信ずる心、これ即ち無辺光仏の徳なり。一 阿弥衣(あみぎぬ)南無阿弥陀仏。善悪(ぜんなく)同じく摂(せつ)する、弥陀の本願を信ずる心、これ即ち無礙光仏(むげこうぶつ)の徳なり。(注)秘釈:秘かに解釈したものという意。引入:飯を盛る椀鉢。法器:法要・法式に用いる器具。無量光仏:十二光仏の一。端筒:箸を入れる細い筒。無辺光仏:十二光仏の一。阿弥衣:網衣・編衣ともいわれ、麻の繊維を横に並べてあんだもの。無礙光仏:十二光の一。(つづく)
2020.01.30
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1月30日(木)「内村鑑三書簡集」(岩波文庫より)(注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。明治42年より救済の瞻望(せんぼう)神様は必ずやわたしたちの国をお救いくださるでしょう。それは、政府によってではなく、政府の役人によってでもなく、あるいは教師や宗教家によってでもありません。それは、神様が選びたまいし人によって行われるでしょう。それによって、救われた国が現にあります。同様にわが日本もそのようにして救われるでしょう。たとえ、世の中が腐敗していくように見えても、わたしは下を見下ろさずに常に天を、神様を仰ぎます。そうです、わたしは神様に救いを求め人間に頼ろうとは思いません。
2020.01.30
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よみうり文芸 入選歌(読売新聞静岡版) 妻逝きて花の乏しき庭隅に野菊の花が丈低く咲く 下田市 後藤瑞義(読売新聞静岡版 よみうり文芸 一月二十九日 入選 花山多佳子 選)
2020.01.29
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1月29日(水) 第五回角川短歌賞(12) 受賞作品「冬木」(青木ゆかり)(2)(昭和34年)時過ぎて戀ふる一途にものなべてみづみづし雨に光る冬木もさゐさゐと澄む天に冬の光満ち逢はぬ日長く長く堪へゐる青木の實紅くなりゆく晝も夜も堪へつつ負目のごとし戀ふるは澄む天を指して動かぬ冬の樹々長きひとりをあはれまれゐる身じろげば立つ微塵すぐにしづまりて昨日今日何もなくて過ぎゆく
2020.01.29
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1月29日(水)万葉秀歌(下巻)(147)(注)解説は、簡略化しています。(ブログ製作者)斎藤茂吉 巻第十五 (2)わたつみの海(うみ)に出(い)でたる飾磨河(しかまがは)絶(た)えむ日にこそ吾(あ)が恋(こひ)止(や)まめ(巻十五・三六〇五) 作者不詳茂吉:この歌も、新羅使の一行が、船上で「古歌」として吟誦したもの。一首の意は、「海にそそぐ飾磨川の流は絶ゆることは無いが、若し絶ゆることがあったら、はじめて俺の恋は止むだろう、」というのである。「ひさかたの天つみ空に照れる日の失せなむ日こそ吾が恋ひ止まめ」(巻十二・三〇〇四)をはじめ同じ結句の歌は数首ある。
2020.01.29
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1月29日(水)島木赤彦歌集(117) 中公文庫:日本の詩歌6より昭和五十一年四月十日初版歌集「柹蔭集」(12)大正十四年(10) 高木村(2)信濃下高井郡野沢温泉 雪のこる遠山白し湯の庭の桑(くは)の高木に実の熟(う)るるころ桑のみを爪(つま)だちあがり我は摘(つ)む幼きときも斯(か)くのごとせしはるけくも年はなりにけり桑のみを口さへ染(そ)みて我は食(は)みけむ 二月三日寺沢・高田二氏と舟遊す土肥(とひ)の海榜(こ)ぎ出(い)でて見れば白雪(しらゆき)を天(あめ)に懸(か)けたり富士の高根は富士が根はさはるものなし久方の天(あめ)ゆ傾きて海に至るまで (つづく)
2020.01.29
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1月29日(水)一遍上人語録(31)岩波文庫:昭和60年5月16日発行巻上(31)時衆制誡(じしゆうせいかい)(4)専ら西方(さいほう)を持念(じねん)して、心を九域(きゆういき)に分つことなかれ。専ら菩提(ぼだい)の行を修して、遊戯(ゆげ)の友に交(まじ)はることなかれ。専ら知識(ちしき)の教えを守り、恣(ほしいまま)に我意(がい)に任(まか)すことなかれ。 我が遺弟等(ゆいていとう)、末代に至るまで、すべからくこの旨を守 るべし。努力(つと)めて三業(さんごう)の行体を怠ることなかれ。南無阿弥陀仏 一遍 (注)九域:十方のうちから西方を除いた他のすべての方域。知識:善知識の略。仏道に縁を結ばせる者のことであり、 時衆では一遍および一遍のあとをつぎ教団を統率する者の呼称。 三業:身業・口業・意業。
2020.01.29
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1月29日(水)「内村鑑三書簡集」(岩波文庫より)(注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。明治42年より宗教を棄てよわたしは人に宗教を変えなさいとは言いません、むしろ宗教を棄てなさいと勧めます。儀式とか規則だとか信仰箇条とかを厳しくすることによって、普通の道徳に代えようとする宗教を棄てなさいと言うのです。仏教を去ってキリスト教に入るのは、一つの悪事を去って他の悪事に入るにすぎないのです。米国の思想家エリシャ・ムルフォードが、かって言っています、「キリストの宗教のみが唯一の宗教ではない」と。ほんとうに、イエスがすばらしいのは、彼が宗教を建てたのではなく、むしろ壊したからでした。ですから、真にキリストの心を知る者はすべての宗教に反対します。人間はまずすべての宗教(キリスト教も含んで)を棄てるのでなければイエスの善き弟子にはなれないでしょう。
2020.01.29
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1月28日(火) 第五回角川短歌賞 受賞作品「冬木」(青木ゆかり)(11)(昭和34年)へだたりてこころ通ふといふあはれかりそめならぬ年月を経て疑はれ過ぎむ一生も仕方なく雨に濡れゆく木肌見てゐる子を生みしことなきはだへ衰へぬこのうつしみの沁みてさびしき冬の座に星移りつつ光澄むあやまたざらむ一生と思ふユッカの葉霜に垂れゐる幾日すぎ少しづつ君に逢ふ日近づく(つづく)
2020.01.28
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1月28日(火)万葉秀歌(下巻)(146)(注)解説は、簡略化しています。(ブログ製作者)斎藤茂吉 巻第十五 (1)あをによし奈良(なら)の都(みやこ)にたなびける天(あま)の白雲(しらくも)見(み)れど飽(あ)かぬかも(巻十五・三六〇二) 作者不詳一首は、奈良の都の上にたなびいて居る、天の白雲の豊大な趣を讃美した歌である。
2020.01.28
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1月27日(月)島木赤彦歌集(115)中公文庫:日本の詩歌6より昭和五十一年四月十日初版歌集「柹蔭集」(47) 大正十四年(10)高山国の歌(3)木曽街道より入ること六里にして氷ケ瀬に至る折りをりに心にとめて聞きにけり耳に馴(な)れにし谷川の音霧はるる岩より岩にあな寂し傾きざまに橋をかけたり石(しゃくなげ)楠花の花にしまらく照れる日は向うの谷に入りにけるかな 氷ケ瀬に泊る雲下る真木山(まきやま)並(な)みの谿(たに)にして我は宿らむ夕ぐれにけり谷川に米を磨(と)ぎたる宿の子の木の間がくりに帰り来るなり(つづく)
2020.01.28
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1月27日(月) 一遍上人語録(25)岩波文庫:昭和60年5月16日発行巻上(25)時衆制誡(じしゆうせいかい)(2)専ら慈悲心を発(おこ)して、他人の愁(うれ)ひを忘るることなかれ。専ら柔和(にゅうわ)の面(おもて)を備へて、瞋恚(しんに)の相を現はすことなかれ。専ら卑下(ひげ)の観(かん)に住して、憍慢心(きょうまんしん)を発(おこ)することなかれ。専ら不浄の源(みなもと)を観じて、愛執(あいしゅう)の心を起すことなかれ。専ら無常の理を観じて、貪欲(どんよく)の心を発(おこ)することなかれ。(つづく)(注) 慈悲心:衆生に楽を与えるのを慈、衆生の苦を除くのを悲という。瞋恚(しんに):怒りで、柔和に対する語。不浄…観じて:人間の死屍を観じて迷いをはなれる観で、これに九想(脹想・青瘀想・壊想・血塗想・膿想・爛想・噉想・散想・骨想・焼想)ある。貪欲:欲深くむさぼること。
2020.01.28
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1月28日(火)「内村鑑三書簡集」(岩波文庫より)(注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。明治42年より凋落の希望葉が落ちて、木々の枝がさみしく空を向きます。しかし、わたしは知っております、芽がうちから芽生え出してから葉は落ちることを。木を割ってみますと、真冬の梢の皮下にはすでに春に花咲く花芽が隠れています。ですから、衰えは復興の兆しです。世の中が日に日に衰えて行くように見えるのは、むしろ新しい世の中になる準備なのです。
2020.01.28
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1月27日(月) 第四回角川短歌賞 受賞作品「四旬節まで」(生野俊子)(10) (昭和33年) 門脇の飾りケースの太きなる聖書盗まれて四旬節来る あまり働くなと言いて出でゆく牧師のボスと心を触るるなくて過ぎ来し 教会に来よとはいわぬ牧師のもと祭祭のいつしか楽し 癒えゆけば仮の勤めと思いつつ牧師のボスを三度かわりぬ キリストの血を配る壺の届き来て復活祭のいつか近づく
2020.01.27
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1月27日(月) 万葉秀歌(下巻)(145) (注)解説は、簡略化しています。(ブログ製作者) 斎藤茂吉 巻第十四 (25) 葦(あし)の葉(は)に夕霧(ゆふぎり)立(た)ちて鴨(かも)が音(ね)の寒(さむ)き夕(ゆふべ)し汝(な)をば偲(しの)ばむ (巻十四・三五七〇) 東 歌 茂吉:防人の歌。一首は、「葦の葉に夕霧が立って、そこに鴨が鳴く、そういう寒い晩には、汝をば偲ばむ」というのである。 「葦(あし)べゆく鴨の羽交(はがひ)に霜ふりて寒き夕は大和しおもほゆ」(巻一・六四)という志貴皇子の御歌に似ている。 (つづく)
2020.01.27
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島木赤彦歌集(115) 中公文庫:日本の詩歌6より 昭和五十一年四月十日初版 歌集「柹蔭集」(47) 大正十四年(10) 高山国の歌(3) 木曽街道より入ること六里にして氷ケ瀬に至る 折りをりに心にとめて聞きにけり耳に馴(な)れにし谷川の音 霧はるる岩より岩にあな寂し傾きざまに橋をかけたり 石(しゃくなげ)楠花の花にしまらく照れる日は向うの谷に入りにけるかな 氷ケ瀬に泊る 雲下る真木山(まきやま)並(な)みの谿(たに)にして我は宿らむ夕ぐれにけり 谷川に米を磨(と)ぎたる宿の子の木の間がくりに帰り来るなり (つづく)
2020.01.27
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1月27日(月) 一遍上人語録(25) 岩波文庫:昭和60年5月16日発行 巻上(25) 時衆制誡(じしゆうせいかい)(2) 専ら慈悲心を発(おこ)して、他人の愁(うれ)ひを忘るることなかれ。 専ら柔和(にゅうわ)の面(おもて)を備へて、瞋恚(しんに)の相を現はすことなかれ。 専ら卑下(ひげ)の観(かん)に住して、憍慢心(きょうまんしん)を発(おこ)することなかれ。 専ら不浄の源(みなもと)を観じて、愛執(あいしゅう)の心を起すことなかれ。 専ら無常の理を観じて、貪欲(どんよく)の心を発(おこ)することなかれ。 (つづく) (注) 慈悲心:衆生に楽を与えるのを慈、衆生の苦を除くのを悲という。 瞋恚(しんに):怒りで、柔和に対する語。 不浄…観じて:人間の死屍を観じて迷いをはなれる観で、これに九想(脹想・青瘀想・壊想・血塗想・膿想・爛想・噉想・散想・骨想・焼想)ある。 貪欲:欲深くむさぼること。
2020.01.27
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1月27日(月) 「内村鑑三書簡集」(岩波文庫より) (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治42年より わが同志 わたしの同志は、わたしのところに来てわたしといっしょに働く人ではありません。わたしの同志は、わたしのようにひとり神様を頼って働く人です。その人は、政府や教会に頼らないのはもちろんですが、どんな人にも頼らない人です。というのは、独立の人だけがお互に尊敬しあい、お互に愛することが出来るからです。真の信仰者の交際は独立した人と独立した人との交際でなければならないでしょう。わたしたちが、お互に固く結ばれようと思ったならば、お互に頼ることはやめ、神様だけを頼りにして立ち上らなければなりません。
2020.01.27
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1月26日(日)第四回角川短歌賞 受賞作品「四旬節まで」(生野俊子)(9)(昭和33年)ドアの前牧師の赤き椅子ありて吾に説かれざる神にこだわる躓きつつ広告係つとめ来て宣教誌ファイルに五冊たまりぬ杜撰なる牧師らの事務に苛立ちし一日を終えて鳴らすミサ曲神学校に八人の生徒教えむと海越えて来る青年を待つ聖霊の来り援けぬひとつにて教会建てむ丘の土地の値(つづく)
2020.01.26
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1月26日(日)万葉秀歌(下巻)(144)(注)解説は、簡略化しています。(ブログ製作者)斎藤茂吉 巻第十四 (24)防人(さきもり)に立(た)ちし朝(あさ)けの金門(かねと)出(で)に手放(たばな)れ惜(を)しみ泣(な)きし児(こ)らはも(巻十四・三五六九) 東 歌茂吉:「金門」は、「門」。「手放れ」は手離で、別れること。別れに際して手を握ったことがわかる。君命を帯びて辺土の防備に行く、その別れを悲しむ歌である。 (つづく)
2020.01.26
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1月26日(日)島木赤彦歌集(114)中公文庫:日本の詩歌6より昭和五十一年四月十日初版歌集「柹蔭集」(46)大正十四年(9)高山国の歌(2)駒ケ嶽は東方にあり木曽谷の雲を隔(へだ)てて相向ふ二つの山の雪斑(はだ)らなりわが友と御嶽山(おんたけやま)の雪は見てなほ峡(かひ)ふかく入り行かむとす谷川の水はやくして藤波(ふじなみ)の花をゆすぶる風吹きにけり峡(かひ)の雲はれゆく見れば檜木山(ひのきやま)黒々として重(かさ)なりにけり 鞍馬に至りて谿漸く深し岩あひにたたへ静もる青淀(あをよど)のおもむろにして瀬に移るなり (つづく)
2020.01.26
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1月26日(日)一遍上人語録(28)岩波文庫:昭和60年5月16日発行巻上(28)時衆制誡(じしゆうせいかい)(1)専ら神明(しんめい)の威を仰ぎて、本地(ほんじ)の徳を軽(かろ)んずることなかれ。専ら仏法僧を念じて、感応(かんのう)の力を忘るることなかれ。専ら称名行を修して、余の雑行(ぞうぎょう)を勤(つと)ることなかれ。専ら所愛(しょあい)の法を信じて、他人の法を破ることなかれ。専ら平等心を起して、差別(しやべつ)の思ひを作(な)すことなかれ。 (注) 時衆:一遍の教団に入った僧尼(道時衆)、または教化に浴した有縁の人々(俗時衆)をいう。本地:衆生救済のため、仏・菩薩が神のすがたをとり、日本に現れたのを垂迹というに対し、仏・菩薩としてのもとの姿を本地という。雑行:称名を正行というに対し、称名以外の一切の行を雑行という。 (つづく)
2020.01.26
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1月25日(土)「内村鑑三書簡集」(岩波文庫より)(注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。明治42年より平和の途神様にもし背くとしますと、わたしはすべての人々の敵となるでしょう。すべての人々もわたしを敵視することでしょう。神様を仰ぎすべての人々のために尽くすことを誓えば、こんどは全ての人々がわたしの味方になってくれるでしょう。人々が自分にたいしてどのような態度をとるかは、わたしが神様に対してとる態度によって定まるように思います。理想の愛に満ちた生涯は、案外容易ではないでしょうか、それはこの世の唯一の存在である神様に対して、自分自身を投げ出し任せることです。それによってわたしは全ての人々を友とすることができるようになると思うのです。
2020.01.26
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後藤瑞義入選歌(NHK全国短歌大会)詳細なる地番頼りに七万の多磨霊園に師の墓見付く(NHK全国短歌大会 令和二年 一月二十五日 入選発表 )(注)令和元年7月3日ゼミの恩師山桝忠恕先生の墓を一人詣でる。次の歌もメモ帳にあります… 無沙汰わび師の奥津城に額づけば黒御影石小雨に光る強風に花びらのなきユリのはな蕊のみ長く残りていたり…昨年は秀作になりましたが、今年は入選止まりでした…
2020.01.25
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1月25日(土)第四回角川短歌賞 受賞作品「四旬節まで」(生野俊子)(8)(昭和33年)壁に向き暗く冷たきわが机キリストの像の位置直し去る居残りて多くは悔いず異教徒として恥ずるなく受けむペイのため食卓に眞白き布の掛けありて晝集い来る牧師らを待つ何ひとつ強いられるなく働きて抽出しに辞書の傷みゆくかな教会に一度ゆきてより 頼られて働く日々の何うしろめたく(つづく)
2020.01.25
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1月25日(土)万葉秀歌(下巻)(143)(注)解説は、簡略化しています。(ブログ製作者)斎藤茂吉 巻第十四 (23)昨夜(きそ)こそは児(こ)ろとさ宿(ね)しか雲(くも)の上(うへ)ゆ鳴(な)き行(ゆ)く鶴(たづ)の間遠(まどほ)く思(おも)ほゆ(巻十四・三五一五) 東 歌茂吉:「雲の上ゆ鳴き行く鶴の」は「間遠く」に続く序詞。一首は、「あの娘とは昨晩寝たばかりなのに、だいぶ日数が立ったような気がするな、」というのである。 (つづく)
2020.01.25
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島木赤彦歌集(113)中公文庫:日本の詩歌6より昭和五十一年四月十日初版歌集「柹蔭集」(10)大正十四年(8) 高山国の歌(1) 大正十四年五月三十日木曽福島町に斎藤茂吉君と会す。 その夜大衆木曽踊を踊る踊り止みて静かなる夜となりにけり町を流るる木曽川の音仏法僧鳥(ぶっぽうそう)一声を聞かむ福島の町の夜空に黒きは山なり 五月三十一日やや暫し御嶽山(おんたけやま)の雪照りて谿(たに)の曇りは移ろひにけり (つづく)
2020.01.25
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1月25日(土)「内村鑑三書簡集」(岩波文庫より)(注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。明治42年より平和の途神様にもし背くとしますと、わたしはすべての人々の敵となるでしょう。すべての人々もわたしを敵視することでしょう。神様を仰ぎすべての人々のために尽くすことを誓えば、こんどは全ての人々がわたしの味方になってくれるでしょう。人々が自分にたいしてどのような態度をとるかは、わたしが神様に対してとる態度によって定まるように思います。理想の愛に満ちた生涯は、案外容易ではないでしょうか、それはこの世の唯一の存在である神様に対して、自分自身を投げ出し任せることです。それによってわたしは全ての人々を友とすることができるようになると思うのです。
2020.01.25
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1月24日(金)第四回角川短歌賞 受賞作品「四旬節まで」(生野俊子)(7)(昭和33年)その地にて受けし迫害を吾は知らずドイツ民謡を君は愛しつ牧師夫妻の日々の祈りに入るという神を知らざる吾とメイドと骨折りて打ち終りたる表ひとつ窓明ければ匂い来る冬の雨わが未来に向くごとくして朝々をガス蔽う街の空に向き歩むインク染ませ古りし原書を返し来る譯をたのみし人貧しくて(つづく)
2020.01.24
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1月24日(金) 万葉秀歌(下巻)(142)(注)解説は、簡略化しています。(ブログ製作者)斎藤茂吉 巻第十四 (22)我(あ)が面(おも)の忘(わす)れむ時(とき)は国(くに)溢(はふ)り峰(ね)に立(た)つ雲(くも)を見(み)つつ偲(しの)ばせ(巻十四・三五一五) 東 歌茂吉:一首の意は、「あなたが旅にあって、もし私の顔をお忘れになるようなときは、国にあふれ立つ雲の峰を御覧になっておもい出してくださいませ、」というのである。防人の妻が詠んだ歌だろう。
2020.01.24
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1月24日(金)島木赤彦歌集(112) 中公文庫:日本の詩歌6より昭和五十一年四月十日初版歌集「柹蔭集」(7)大正十四年(5) 土肥(2)逝きし人々の面影今にして皆遥かなり。心閑なれば即ち想ひ出づ。今年一月末伊豆土肥温泉にありて 亡(な)きがらを一夜(ひとよ)抱(いだ)きて寝(ね)しこともなほ飽(あ)き足らず永久(とは)に思はむ二月三日寺沢・高田二氏と舟遊す土肥(とひ)の海榜(こ)ぎ出(い)でて見れば白雪(しらゆき)を天(あめ)に懸(か)けたり富士の高根は富士が根はさはるものなし久方の天(あめ)ゆ傾きて海に至るまで (つづく)
2020.01.24
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1月24日(金)「内村鑑三書簡集」(岩波文庫より)(注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。明治42年より信仰と行為信仰がないと言って悲しむ人が多くいるようです。しかし、信仰がないのはそれほど悲しまなくてもよいでしょう。行動が大事なのです。人間はだれでも神様を深く感じることが出来るわけではないのです。しかし、神様の戒めを守って行動することは出来るでしょう。神様の愛について、神様を感じることが出来なくとも、愛をこめた行動は努力すれば出来るはずです。信仰はその人の行動が正しければ自然と神様から与えられるでしょう。信仰が先ではなく善い行動が先であって、信仰は後から生じるのです。
2020.01.24
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1月23日(木)第四回角川短歌賞 受賞作品「四旬節まで」(生野俊子)(6)(昭和33年)紙帽子かぶりし二人居るホームあたたかく夜の雨ふらんとす机椅子乱れしままの事務室に朝来てひらくクリスマスギフトより幼く異教徒の心まもりつつメイドはクリスマス・ツリーを外すクリスマス過ぎて静けき終日をチャイコフスキー弾く牧師館嵩ばりし「フィラデルフィヤポスト」送り来る君は軍隊に学ぶユダヤ人(つづく)
2020.01.23
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1月23日(木)万葉秀歌(下巻)(141)(注)解説は、簡略化しています。(ブログ製作者)斎藤茂吉 巻第十四 (21)高(たか)き峰(ね)に雲(くも)の着(つ)く如(の)す我(われ)さへに君(きみ)に着(つ)きなな高峰(たかね)と思(も)ひて(巻十四・三五一四) 東 歌茂吉:「高い山に雲が着くように、私までも、あなたに着きましょう、あなたを高い山だとおもって、」というのである。(つづく)
2020.01.23
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島木赤彦歌集(111) 中公文庫:日本の詩歌6より昭和五十一年四月十日初版歌集「柹蔭集」(6)大正十四年(4) 土肥(1)磯山(いそやま)の椿(つばき)の花は咲けれどもいまだ寒けし大海の色 土肥(とひ)の山に二日(ふつか)ありける雪とけて風なほ寒し海あれの音八木沢(やぎさは)の山下海(やましたうみ)に櫟(くぬぎ)葉(は)の古葉(ふるは)の落つる春に向ひぬ (つづく)
2020.01.23
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1月23日(木)「内村鑑三書簡集」(岩波文庫より)(注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。明治42年より希望と前進人間は、言ってみれば、希望的動物だと思います。人間は未来に望みをかけるのが自然であって、後ろを還りみるのは不自然です。ですから、希望が健全であり回顧は不健全です。「後ろにあるものを忘れ、前にあるものを望み」(ピリピリ書三章十三節)と。ですから、人間は罪を忘れ、疾病を忘れ、失敗を忘れ、怨恨を忘れ、神様と、生命と、成功と愛とに向かってただ進むだけです。
2020.01.23
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後藤瑞義 入選歌雲もなく風のない日はただひとり枯れたススキに触(さわ)りつつ行く 下田市 後藤瑞義(読売新聞静岡版 よみうり文芸 一月二十二日 秀逸 花山多佳子 選)(評)雲もなく風もない初冬の日。晴天のいい日なのだが、何か空虚でもある。ススキに「触りつつ」というところに、よるべなさがうまくでている。ここに居ることを確かめるように触る。
2020.01.22
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1月22日(水)第四回角川短歌賞 受賞作品「四旬節まで」(生野俊子)(5)(昭和33年)復活の祈りこめたる年賀状異端(バガン)の吾と牧師とが刷る言葉少なく祝電を置きて帰りゆきぬナザレと呼べる建築業者ローマ字の信者名簿を作りつつ腹立つこともなく勤め来ぬ己れありて生くるすがしくキリストの書にかこまれてタイプ打ち居り独立と自由異端となる世界ともに食前の祈りなしつつ(つづく)
2020.01.22
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1月22日(水)万葉秀歌(下巻)(140)(注)解説は、簡略化しています。(ブログ製作者)斎藤茂吉 巻第十四 (20)児(こ)もち山(やま)若(わか)かへるでの黄葉(もみづ)まで寝(ね)もと吾(わ)は思(も)ふ汝(な)は何(あ)どか思(も)ふ(巻十四・三四八四) 東 歌茂吉:一首は、「あの子持山の春の楓の若葉が、秋になって黄葉するまでも、お前と一しょに寝ようと思うが、お前はどうおもう」というのである。 (つづく)
2020.01.22
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1月21日(火)島木赤彦歌集(109)中公文庫:日本の詩歌6より昭和五十一年四月十日初版歌集「柹蔭集」(41)大正十四年(4)峡谷の湯(4)馬上程遠し。ここは八ケ岳の裾野なり。地高くして秋冷早く至る驚きて山をぞ仰ぐ雲の中ゆあらはれて見ゆ赤崩(あかく)えの山わが馬の腹にさはらふ女郎花(おみなへし)色の古(ふ)りしは霜や至りしわが足に馬の腹息を感じつつしまし見はるかす高野原の上皆がらに風に揺(ゆ)られてあはれなり小松が原の桔梗(きちかう)の花山かげに深山(ふかやま)雀(すずめ)といふ鳥の蜩(ひぐらし)に似て鳴くあはれなり山の上に残る夕日の光消えて忽(たちま)ち暗し谷川のおと (つづく)
2020.01.22
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1月22日(水)「内村鑑三書簡集」(岩波文庫より)(注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。明治42年より教師と教壇神様に祈るのに特別の声を出したりする必要はありません。父親に何か頼むような感じで祈り求めれば十分です。人を説くのに特別の方法は必要しません。友人に語るようにすればそれで十分です。教師は役者ではないのです、教壇は舞台ではありません。神様に対しても人に対してもわたしたちは、演技したりすることのないように注意しなければいけないでしょう。
2020.01.22
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1月21日(火)第四回角川短歌賞 受賞作品「四旬節まで」(生野俊子)(4)(昭和33年)異教徒の心とざしてタイプ打つわがととのえし書架に向かいて働きて蛹の如き日と思う温度計下げし窓を閉して苦しみし概ねは精神のことならず異教の室のあたたかきかなボスの居ぬやすらぎありし事務室に何かむなしく鍵かけて出づ土地売りて俄かに狭き前庭に楢の古木を並べ植えさす(つづく)
2020.01.21
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