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「内村鑑三書簡集」(岩波文庫)より (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治34年より 迷信と信仰の区別 道徳に関係のないもの、または道徳に違反するもの、これは迷信です。道徳と離れないもの、あるいは道徳を助けるもの、これは信仰です。自分の幸福や利益のみを祈るのは迷信です、正義を一途に求めること、これは信仰です。迷信と信仰の区別は、知識的ではなく道徳的であるかどうかです。
2019.01.31
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明石海人歌集 白描(173) 岩波文庫より (注)明石海人(本名野田勝太郎)は、大正7年沼津町立沼津商業学校(現:県立沼津商業高等学校)卒業で、私の先輩であることを知りました。 翳(二)(4) 協奏曲など はすかひに簷(のき)の花合歓(ねむ)うつしつつ化粧鏡は昏(く)れのこりたり 昏れのこる化粧鏡の合歓の花そよぎに遠きちまたのどよみ 鍵盤にはしる指は青みつつ芭蕉わか葉に夕明(あか)りひさしき 施盤にけづられてゆく砲身はイルクツクあたりの湖(うみ)を匂はす メンデルスゾーン作、ホ短調ヴァイオリン協奏曲を聴く 白日(ひる)の空しなひつつ飛ぶ投槍の秀にはひそむか聴神経節 貧婪(たんらん)を絃の妖婦(パンプ)は肉ぶとにはてしない夜の似顔絵を描く (つづく)
2019.01.31
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後藤瑞義の短歌(292) 「賀茂短歌」第43巻第6号(平成十年十二月発行) 伊勢海老(1) 社員食堂に伊勢海老なども出できたりホテルを閉める日の近づきて ひたぶるに勤め励みし二十五年いま清算を会社迎える 流木の横たわりいる砂浜の砂吹き上げて秋の風吹く 職を探しさ迷うわれか舗装路にミミズ一匹干乾びている 取る人のなき花桃の実はあまた踏みしだかれて蠅の止まれり(つづく)
2019.01.31
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後藤瑞義 入選歌 わが里に片足つけて今虹が天城の山を越えて輝く 下田市 後藤瑞義 (読売新聞静岡版 よみうり文芸 一月三十日 秀逸 渡 英子 選) (評)虹を擬人化して「片足つけて」と表現して発想が卓抜。作者の住む下田から天城山へむかって大きな円弧を描きながら虹が架かる瞬間を捉えている。伸びやかな叙景の歌である。
2019.01.30
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「内村鑑三書簡集」(岩波文庫)より (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治34年より 神の有無 ある人は神様はいらっしゃるといいます。またある人は、神様なんかいないといいます。神様が存在するという証拠がないという人がいますが、存在しないという証拠もありません。わたしは、存在すると信じて生きてゆきます。そうして、必ずや神様がいらっしゃるという証拠を得られると確信しています。神様の存在は科学的には仮説の一つであるでしょう。神様の存在については、わたしはもっとも確率の高い仮説であって、もっとも多くの不思議な事実を説明することが出来る仮説であると思っています。
2019.01.30
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明石海人歌集 白描(172) 岩波文庫より (注)明石海人(本名野田勝太郎)は、大正7年沼津町立沼津商業学校(現:県立沼津商業高等学校)卒業で、私の先輩であることを知りました。 翳(二)(3) 療養所 廻転椅子(まわりいす)片寄せられてひやひやと石牀(ゆか)ひろき午すぎの外科室 蔦わか葉陽に透く朝は牖(まど)ぎわの試視力表もほの青みたり ニツケルの吸入筒にうつりつつ白衣の人は裳翻(すそかへ)しゆく ひやびやと霧をふふみて明けそむる蘇鉄に遠き発動(ポンポン)船のおと いつしかにミシンのひびきやみにけり立(たち)藤の花黄なる曇り日
2019.01.30
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後藤瑞義の短歌(291) 「賀茂短歌」第43巻第4号(平成十年八月発行) 大きなる地球(2) 洞となり朽ちし巨木の根方にはひとかかへなす椎の木立てり 忙しなく動く雀のあな愛(かな)し足ほんのりと桃色をせり とげとげとひと日過ごしし身を沈めぬ少し熱めにしたる湯槽に 新緑の林を抜けて来し風に錆びたるブリキの板の音せり 新緑の山にことさら目に顕ちて幾とせを経し枯れ松の立つ
2019.01.30
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「内村鑑三書簡集」(岩波文庫)より (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治34年より 事業 全身全霊を事業に注いでも事業が成功するとは限りません。常に神様に目を向けていて事業は自然と成功するのです。事業も神様が成し遂げるものですので、神様を信じる人が失意の生涯を送ることはないのです。
2019.01.29
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明石海人歌集 白描(171) 岩波文庫より (注)明石海人(本名野田勝太郎)は、大正7年沼津町立沼津商業学校(現:県立 沼津商業高等学校)卒業で、私の先輩であることを知りました。 翳(二)(2) 毒蝶は薊の蜜を吸ひつくしかげらふ昏き森に消えたり 玻璃ごしに盗汗(ねあせ)の肌を嗅ぎ寄るはおのれ光れる冥府(よみ)の盲魚か 無花果のまばら枝すでに萌えそめて空のうるみに反(そり)の明るさ やや強き風に耐へゐる海岸(うみぎし)の染井吉野の昼のかがやき (つづく)
2019.01.29
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後藤瑞義の短歌(290) 「賀茂短歌」第43巻第4号(平成十年八月発行) 大きなる地球(1) 大きなる地球の中の一部分この砂浜に波なぎて寄る ウォアーとヘレンケラーの叫びしは水に触れたる魂ならん 建て替えと思いていしに屋敷跡駐車場にとなり果てにけり 結実のさくらんぼあまた地に落ちて踏みしだかるる見る人もなく 悠久の時をかけるや漆黒の巌洗いてたゆまざる波
2019.01.29
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「内村鑑三書簡集」(岩波文庫)より (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治34年より 忍耐 神様は永遠に存在するものです。神様が天地をお造りになり、そのなかの万物もお造りになりました。日々刻々天地万物を支えていなさる神様、しかしけっして神様は疲労したり、手を抜いたりはいたしません。神様は高遠な理想を着実に実行をしておるのです。忍耐は神様の偉大な特性の一つです。わたしは神様を信じることによって、走っても疲れず、遅々とした歩みの時もいやになったりしません。
2019.01.28
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明石海人歌集 白描(170) 岩波文庫より (注)明石海人(本名野田勝太郎)は、大正7年沼津町立沼津商業学校(現:県立 沼津商業高等学校)卒業で、私の先輩であることを知りました。 翳(二)(1) 妻(1) このごろの便り遠のく妻のこと梨の芽立に想ひてゐたり こゝろにはいくたりの人朽しつつたもつ不犯(ふほん)はおのれ悪(にく)めり 人ごみに遠ざかりゆく襟あしの繊きがなかに眼には沁みつつ 隕石(ほし)の群ながるる白日(ひる)のしづけさに雷針の金高くまどろむ かはたれはクロバ畑に紋白蝶(もんしろ)が降らす微粉に咽せて醒めたり (つづく)
2019.01.28
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後藤瑞義の短歌(289) 「賀茂短歌」第43巻第3号(平成十年六月発行) 共生(2) 新しく八手の若葉開きたりユーゴ空爆は激しさ増しぬ 西方に向きて平和を祈らんかユーゴに似たる雲も夕焼 民族のかなしき性のありありと難民と化す白人もまた 難民の護送にあらずかたく目をつむりて座せり朝の電車に 鬼神をもあはれと思わす歌なれば詠み継ぎゆかん拙けれども
2019.01.28
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1月27日(日) 「内村鑑三書簡集」(岩波文庫)より (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治34年より 無教会 わたしは、わたしの崇拝するイエス・キリストにならって教会など建てません。教会は真理を制限するものと考えます、ですから真理のいわば自然繁殖をすることが出来ないのです。わたしは真理そのものを伝えて、それによって真理を保存ししっかり世の中に定着させようと思っているのです。わたしたちは、単純な伝道者であるようにと心に決めています。
2019.01.27
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明石海人歌集 白描(169) 岩波文庫より (注)明石海人(本名野田勝太郎)は、大正7年沼津町立沼津商業学校(現:県立沼津商業高等学校)卒業で、私の先輩であることを知りました。 白描以後(7) 御快癒を待ちつつ(長歌) 「小島の春」の著者小川正子先生二捧ぐ いとけなき少女(をとめ)の子らの ある日わが家に来て云ふ にこにこと笑みて 物云はすは園長先生 おいしき藥下さるは小川先生と 幼子は心の直 ぐ いみじくも云へるものかな 良薬は口に苦しと 古の人は云へど も たはや女の心やさしく 良き藥味ひ甘く ととのへてたまはる君 を 幼子も少女の子らも むくつけき不自由者我らも 母のごとまた姉 のごと 敬ひつつなつきつつ経にけるものを 明暮のみとりのわざの 劇しきあまりにか 医局にもおん姿の無きは 此の頃をこもりたまふと か 秋たてど未だは暑き朝夕をいかにますらむ いたつきの疾(と)く癒えま して ほがらなる御声を聞かむと 人も云ひ我も願(ね)ぐなり 島里の秋を さやかに 風渡る頃ともならば すこやけき君をこそ見む 島の子ら心 をこめて かくもこそ祈れ やがてまたゆたけき笑顔に 園を守(も)りま せ 良き薬も甘く盛りませ うつくしき御歌も詠みませ 待たるるは其 の日ぞ 待たるるは実(げ)にもその日ぞ 反歌 こもりますわが師の君のおもかげも現に見えておもひの傷む ひたごころひたぶるに願ぐわが恃む医師(くすし)の君のまさきくとこそ (つづく)
2019.01.27
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後藤瑞義の短歌(288) 「賀茂短歌」第43巻第3号(平成十年六月発行) 共生(1) ゆうゆうと道あゆみいる猫おりて共生という言葉浮かび来 海亀の死因はこれとビニールの袋をあまた胃より医師出す 買物は必ず袋持参すとドイツの主婦の映像うつる 国会の議事堂前のプランター花枯るるとう祖国日本 核の恐怖知りたる君はもの言えぬ恐れに夜半を目ざむと言うや
2019.01.27
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「賀茂短歌」一月号歌評下書き 後藤瑞義 大丈夫と云ってくれるがこの頃の吾とんちんかんよ忘れてばかり 鈴木菊江 (評)多分お嫁さんが、「大丈夫ですよ」と言ったのでしょう。その前に、「この頃私はとんちん かんで、忘れてばかり」と言った作者の言葉があったのでしょう。それに対しての「大丈夫で すよ」でしょう。お嫁さんの作者をいたわる気持ち、またそうしたお嫁さんに対する作者の心 遣い、それがこのような会話になったのでしょう。ほのぼのとしたものを感じました。 自分をもう一人の自分が見つめて歌にする、歌を詠う自分を大切にしたいと思います。詠 う自分が本来の自分だとわたしは思っています。 華やかに集い祝いて下さるは平成の次を担う人達 黒田幸子 (評)「華やかに集い祝いてくださる」人達は、たぶん花嫁の友達、花婿の友達なのでしょう。 みな若い人たちで、それは、「平成の次を担う人達」なのでしょう。作者は、その若い人たち をまぶしく眺めたことでしょう。「これからの時代はあなたがたの時代ですよ、がんばってくだ さいね」と、花嫁、花婿それにその友人たちに向けて作者は、心のなかでつぶやいたかもし れません。「歌は世につれ」という言葉があります、われわれも世の移り変わりに敏感であり たいものです。それにしても、さりげなく元号が変ることを詠み込んでいて良いと思います。 明け方の寒さに目覚め確むる夫の寝息や温り等を 小池美恵子 (評)作者は持病が御有りのようです。ですから、人一倍ご自分の体に注意されているよう に思われます。ただ、だからこそご主人への体のことが気になるのではないでしょうか。まさ に、そのままを詠っているようですが、寝息だけではなく、「温り」などまで確かめるところに、 ご主人へのなみなみならぬ愛情を感じたのでした。私事ですが、妻が亡くなった時てっきり 眠っているものと思っていました。ですから、「温り」という言葉を目にしたときに、はっとした のでした。そこまでの細かい気配りがあったならもう少し早く死亡を確認できたかもしれませ ん。 夕ぐれて東風(こち)吹く街の静けさにかってのにぎわいいつか戻らむ 鈴木きみ (評)「東風(こち)」は、春に東方から吹いて来る風です。(辞書を参照してください。)「東風 吹かば匂いおこせよ梅の花あるじなしとて春を忘るな」が有名です。ですから、「夕暮れて風 (かぜ)吹く街」と普通の表現でよいと思います。海辺に住んでいないのでよくわからないの ですが、冬は西風が強いのではないでしょうか。さて、時は夕暮です、それでなくとも寂しい 感じになのに、風が吹いても静かな街の風景が描写されています。それでも作者は「かって のにぎわいいつかもどらむ」と詠んでいます。「戻らむ」の「む」は、推量の助動詞でこの場合 「戻るだろう」という意味です。今はさびれていてもいつかは「戻るだろう」という意味になりま す。「戻るや」、「戻るか」とすると、「戻るだろうか」という否定的な意味になります。原作のほ うが、明るい未来を見つめる歌になっていいと思います。 群青の海は冬色今朝目にす雨上る朝季節移ろう 土屋文恵 (評)群青色の海、つまり紫がかった深い青色の海です。作者は白浜に住んでおります、で すから海を熟知していることでしょう。ですから、「…海は冬色」という言葉が自然と出て来た のでしょう。そして海を見て季節の移り変わりが分かったのでしょう。雨が上がって空が晴 れ、海の色が灰色から青色に変ったのでしょう。それも群青色になっていたのでした。そこで 作者は「ああ冬になったんだ」と思ったのでしょう。参考はあくまで参考です。同じ言葉はリフ レインの効果をねらったとき以外は避けることにしています。 参考:群青の色に染まれる冬の海雨上る今朝季節うつろう二首目の歌に、「大東風」を「おおならい」とルビをふっていますが、「ならい」は普通「西風」 のことだと思っていますが、念のため調べて下さい。もっとも海辺に住んでいないので分か らないのですが、下田の冬は東風が強いのでしょうか。それなら分かるような気がします。
2019.01.26
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1月26日(土) 「内村鑑三書簡集」(岩波文庫)より (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治34年より 世の要求(応ずべからず) 世の中の人の要求に安易に応じてはいけません。世の中の人は快楽を常に求めたがるからです。わたしはむしろ世の中は苦難を常と思い、すすんで苦難に立ち向かってゆきたいと思います。世の中の人はわたしを嫌うかも知れませんが、自らの信念を貫いてゆけば、いつかは世の中の人自体が改めるようになるのではないでしょうか。
2019.01.26
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明石海人歌集 白描(168) 岩波文庫より (注)明石海人(本名野田勝太郎)は、大正7年沼津町立沼津商業学校(現:県立沼津商業高等学校)卒業で、私の先輩であることを知りました。 白描以後(6) 五月(絶詠) 夏はよし暑からぬほどの夏はよし呼吸器管など忘れて眠らむ 起き出でて寝汗を拭ふひとしきり水鶏の声は近まさりつつ 梅さくら躑躅いちはつ矢車草枕頭の花に年闌けむとす 起き出でて採る溲瓶(しびん)の前後かかるしぐさに年を重ねし (つづく)
2019.01.26
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後藤瑞義の短歌(287) 「賀茂短歌」第43巻第2号(平成十年四月発行) 葉隠れ(2) バンザイの形の枝に幾千の電球を付け夜を点せり 新しき芽を育みているだろう葉を落したる冬木の枝枝 正月の人気あらざる路地の先外灯ひとつ点滅をする 枝寒く今はなりたる柿の木の根方を月の光照らせり 靴底のひび割れたるをそのままに履きおり子等の知らざる世界
2019.01.26
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「内村鑑三書簡集」(岩波文庫)より (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治34年より 所有 わたしの事業と言ってはいけません。わたしの品性などとも言ってはいけません。事業も品性もなにもかも神にささげなさい。自分に属するものはなにひとつない状態にしなさい。そうすれば、神様の持っているものが自然とあなたの属性となるでしょう。そして、万物はあなたのものとなるのです。
2019.01.25
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明石海人歌集 白描(167) 岩波文庫より (注)明石海人(本名野田勝太郎)は、大正7年沼津町立沼津商業学校(現:県立沼津商業高等学校)卒業で、私の先輩であることを知りました。 白描以後(5) 花咲き花散る 屋をめぐる春の夕なれ女童等近づき遠のきはてもなく笑ふ 潮騒の今宵久しさみんなみにひらく浦曲に童となりにし さへずりの声のまにまに朝ぼらけ眠たくもなし食ひたくもなし 喉穿りて冬を疎めば島里に花咲くといふ花散るといふ 見えぬ眼を窓より放ちこの年の葉桜風かと聴きとめにけり 癩は君に幸せりと人の云ふに 病む歌のいくつはありとも世の常の父親にこそ終るべかりしか (つづく)
2019.01.25
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後藤瑞義の短歌(286) 「賀茂短歌」第43巻第2号(平成十年四月発行) 葉隠れ(1) 葉隠れにヒヨドリ鳴けり葉隠れに咲きて散りゆく花のあるべし 美しく霞みて見ゆる山もみじ霞みてあらな人も生活(たつき)も 根の付ける流木タイヤヘルメットペットボトルの散らばれる浜 片隅に赤く塗られて消火器がぽつりと立てり涙ぐましも 新しき門出の二人見送るに落葉吹き上げ車去りたり
2019.01.25
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「内村鑑三書簡集」(岩波文庫)より (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治34年より 偉業 わたしが何かを成し遂げるのではありません、神様より成すようにされるのです。私は神様の奴隷です、神様の指示通りする機械です。わたしは自分がしたいことを自由にすることは出来ません、したいと思わなくても神様の力によって成し遂げるのです。神様はわたしに対してわたしの思う以上の素晴らしいことをするように話されます、そしてわたしの力以上のことを成し遂げさせてくれます。わたし自身は小さな人間ですが、神様に頼ることによって、神様の力を得て大きなことを成し遂げられる人間となります。
2019.01.24
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明石海人歌集 白描(166) 岩波文庫より (注)明石海人(本名野田勝太郎)は、大正7年沼津町立沼津商業学校(現:県立 沼津商業高等学校)卒業で、私の先輩であることを知りました。 白描以後(4) 夢ぬちの妻に囁きうつつなくものを言ふこそわりなかりけれ 面会に来よと我言ふ身の果に老づく妻か声は聞くべし 発熱と衰弱のため年久しく入浴することもなくて過ぐれば 日の暮に語るを聞けばうつし世の浴するてふ慣(ならひ)もありき 髯を剃りシヤボンをつかひ背を流すなべて他界の記憶のごとし 縁先に浴の後の爪を截りしかの頃ぞ我が壮(さかん)なりける (つづく)
2019.01.24
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後藤瑞義の短歌(285) 「賀茂短歌」第43巻第1号(平成十年二月発行) つはぶきの花(2) 桃色のバラ咲きおりて一面にたでの花咲く廃園の庭 二千年余りを経ると立て札のあり見上げれば葉ある枝あり 星空を点滅しつつ進み行く飛行機のあり仰ぎ見ている 宙返り何度も出来る無重力重き心も吹く飛ぶらんか 宙返り何度も出来る無重力夢見ごこちというのだろうか
2019.01.24
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後藤瑞義 入選歌 重々(おもおも)と頭(こうべ)を垂るるススキの穂休耕田に稲穂はあらず (読売新聞静岡版 よみうり文芸 一月二十三日 入選 渡 英子 選)
2019.01.23
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「内村鑑三書簡集」(岩波文庫)より (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治34年より 犠牲 今後、わたしの名前が世の中より消え去ってもかまいません。しかしながら、どうかわたしの崇拝します神様の御名はいつまでも崇められますようにお願いします。わたしが属している教会がなくなってもかまいません。どうか、わたしの同胞が救われますようにお願いします。わたしとわたしに属しますすべてのものが消えうせましても、わたしが崇拝する神様の栄光の日々がますます高められますようにお願いいたします。
2019.01.23
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明石海人歌集 白描(165) 岩波文庫より (注)明石海人(本名野田勝太郎)は、大正7年沼津町立沼津商業学校(現:県立 沼津商業高等学校)卒業で、私の先輩であることを知りました。 白描以後 雪の夜の船路の沖の暗からし長き汽笛は我を聴かしむ もの音のけはひは絶えて屋内(いえぬち)にわが脈鳴のひとり昂る 盲ひては幾年ならむ明暮を己が顔さへ思ひ忘れぬ わが癩の極まるらしも酸き甘き舌の味さへ日にうすれつつ 事もなく来る日往く日を衰へぬ夜なか夜明を汗に染(し)みつつ (つづく)
2019.01.23
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後藤瑞義の短歌(284) 「賀茂短歌」第43巻第1号(平成十年二月発行) つはぶきの花(1) つはぶきの花に心は明らみぬ潮風荒き曇り日の浜 渚道ワシントン椰子並び立ついづれも胴を豊かに肥し 親切を謝すアンケートに制服のしみ指摘するお礼に添えて 背広着て立てる案山子は頭に肩にあまた雀を止まらせている コスモスも茅も押えて帰化植物の泡立ち草は蔓延りいる
2019.01.23
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鑑賞:歌集「悲しき玩具」(六十八)下書き 後藤瑞義 (注)歌の順序は歌集の順序によります。 猫の耳ひつぱりてみて、 にやと啼けば、 びつくりして喜ぶ子供の顔かな。 啄木晩年の作品と想像します。どのような状況のもとで作られたのか想像しまし た。 自宅で病床に臥せっている啄木です。子供、長女の京子ちゃんと思われます、五 歳くらいでしょうか。「おとうちゃま大丈夫」と部屋に入って来ます。半身布団より起 きた啄木、布団のそばで眠ったようになっている猫、その猫の耳をひっぱってみた のです。猫は突然のことで「にや」と鋭く牙を向けて啼きます。おとなしそうな猫の 野生にかえって牙をむく、その状態に、いままで体験したことがない衝撃を受けた であろう子供の顔が浮かびます。猫はすぐまたもとのように、何もなかったように 目をつむります。その変化に子供は喜びの顔をしたのでしょう。子供の喜ぶ顔を 見た啄木、満足をしてまた床に臥したのではないでしょうか。 猫の耳ひつぱりてみて、 にやと啼けば、 びつくりして喜ぶ子供の顔かな。
2019.01.22
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「内村鑑三書簡集」(岩波文庫)より (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治34年より 救済の真意 わたしが、もしわたしの同胞を救うことが出来ないとしたら、自分自身をも救うことは出来ないでしょう。自身を救うことと同胞を救うこととの関連はたいへん深いものがあります。わたしがひとり天国に昇ろうと欲して昇れるものではありません。わたしが救われるのは同胞が救われるためなのです。一人部屋にこもって自分の救いだけを求める人は、救済がどういうものか少しも分かっていない人です。
2019.01.22
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明石海人歌集 白描(164) 岩波文庫より (注)明石海人(本名野田勝太郎)は、大正7年沼津町立沼津商業学校(現:県立沼津商業高等学校)卒業で、私の先輩であることを知りました。 白描以後 越冬 霜の夜は痰の乾びに呼吸管の塞ること屡々なり 呼吸管の乾きを護る雪の夜は見えぬ眼を闇に瞠(みは)りつつ ものみなの眠りひそまる夜の底を器に屎(まり)す寒に打たれつつ 気ちがひは憚らざれや遠妻を淫(みだら)と呼びて夜半をののしる 雪しづれをりをりにして隣室の気ちがひ患者は寝しづもりたり (つづく)
2019.01.22
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後藤瑞義の短歌(283) 「賀茂短歌」第42巻第6号(平成九年十二月発行) 葛の花(2) おみなごの寝姿山の胸あたりケーブルカーの昇りゆきたり 雑草と共に抜かれて捨てられし鶏頭の花に蝶の止まれり 迢空の色紙かざられいたりけり唐人お吉の墓ある寺に 黒船の町松陰の町唐人お吉の町下田の町は 恋人と鳴らせば願い叶うという恋人岬の鐘ひとり振る
2019.01.22
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「内村鑑三書簡集」(岩波文庫)より (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治34年より 死せる宗教 神様に対しては受身でありなさい、しかし人に対しては活動的でありなさい。あなたは、単に自分を高めるためにだけ宗教を利用してはならないでしょう、宗教はみんなのためでなければなりません、国家を守るためのものでなければならないでしょう。みんなのためであり、国を守るものであっても、隣人を愛さない宗教は死んだ宗教と言えるでしょう。
2019.01.21
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明石海人歌集 白描(163) 岩波文庫より (注)明石海人(本名野田勝太郎)は、大正7年沼津町立沼津商業学校(現:県立沼津商業高等学校)卒業で、私の先輩であることを知りました。 白描以後 よろこび 光田園長救癩四十年祝賀 日の本の癩者をまもる太柱いさをあまねし齢(よはひ)は芽出度し 白猫献本式 癩者吾が命をかけし歌書をまづ園長(そのをさ)の大人(うし)に捧げむ 勅題 朝陽映島 白霜も茜さすべし東雲の鐘のひびきに島は凪ぎつつ (つづく)
2019.01.21
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1月21日(月) 後藤瑞義の短歌(282) 「賀茂短歌」第42巻第6号(平成九年十二月発行) 葛の花(1) 切岸を這い上り咲く葛のつる舗装路に伸び踏みしだかれる 盛り上り盛り上りくる力あり崩れる前の一瞬の波 ごみ漁る烏小枝に飛び退きて人過ぐと見るや舞いもどりたり 一面の休耕田の草むらにま昼をただに満つる虫の音 くろがねの南部風鈴響くなり仕舞い忘れし台風の夜半
2019.01.21
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後藤瑞義入選歌(NHK全国短歌大会)石くれのごとくなりたる野ぼとけにいまだほほえむおもかげのこる (平成三十年度 NHK全国短歌大会 一月十九日 秀作 大島史洋 選) 飾り置く子育て地蔵の風車かぜのなければ息ふきてやる (平成三十年度 NHK全国短歌大会 一月十九日 入選 )
2019.01.20
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「内村鑑三書簡集」(岩波文庫)より (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治34年より 日本人とキリスト教 もし日蓮に法華経でなく聖書を授けられたなら、かれはルーテルのようなキリスト教の改革者になったでしょう。もし馬琴がナザレのイエスの心を知ることが出来たなら、サッカレーまたはディケンズのような小説家になったでしょう。日本人にラファエルのような画才がないわけではありません、ただ彼のような崇高な理想がないだけです。日本人にイングランド教会を樹立したクロムウェルの義憤がないわけではありません、ただ、彼を導いた神の光明が日本人に届いていないだけです。神様どうか日本人に人類の最高の光明であるキリストを与えてください、そうすれば西欧人になんら遅れをとりません。
2019.01.20
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明石海人歌集 白描(162) 岩波文庫より (注)明石海人(本名野田勝太郎)は、大正7年沼津町立沼津商業学校(現:県立沼津商業高等学校)卒業で、私の先輩であることを知りました。 作者の言葉(3) 本書は、下村海南、山本実彦、両大人の御厚意と、本園々長光田健輔、医官内田守人両先生の御尽力によって、世にでることになったもので、茲に謹んで謝意を表す次第です。また、目の見えない上に声の出ない私を扶すけて、煩瑣な草稿の整理に当たって呉れました病友、小田武夫、春日英郎、山口義郎三君の労苦にも深く御礼を申し上げます。 此の小文でもっと詳細に私の周囲を紹介したいと思いましたが、既にその労に堪えないので、常に傍らにあって私の心身両面に慈しみの眼をもって護って下さる内田国手に、跋文を御願いして補って頂くことにしました。 では歌集白描を送ります。この一巻が救癩運動の上に、また我々癩者の生活の上に何等かの意義を持ち得るなら、それは望外の幸です。 昭和十四年一月 長島愛生園にて 明石海人 (つづく)
2019.01.20
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後藤瑞義の短歌(281) 「賀茂短歌」第42巻第5号(平成九年十月発行) 遠花火(2) 鶴の群れ紅(くれない)そまるエレベスト越えつつあらむ声の切つなし 蝉時雨激しくなりぬ父さんの木工場に人ひとりいぬ 工事場は昼休みなりシート敷き皆木陰にて横になりおり 熱海城上空にして開きたる花火は錦が浦を染めたり 遠花火大き輪描き消えにけりしじま戻りてのちに音する
2019.01.20
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明石海人歌集 白描(161) 岩波文庫より (注)明石海人(本名野田勝太郎)は、大正7年沼津町立沼津商業学校(現:県立 沼津商業高等学校)卒業で、私の先輩であることを知りました。 作者の言葉(2) 第一部白猫は癩者としての生活感情を有りの儘に歌ったものです。けれども私の歌心はまだ何か物足りないものを感じていました。あらゆる仮装をかなぐり捨てて赤裸々な自我を思いの儘に跳躍させたい、こういう気持から生まれたものが第二部で、概ね日本歌人誌に発表したものです。しかし、仔細に見れば此処にも現実の生活の翳がさしていることは否むべくもありません。この二つの行き方は所詮一つに帰すべきものなのでしょうが、私の未熟さはまだ其処に至っていません。第一部第二部共に昭和十二年より十三年に至る作で、中には回想に拠ったものも少なくありませんが、西郷さんの銅像の紙礫も縊れた病友の袷の縞目も、私にとっては今朝の粥の味よりも鮮やかな現実です。 この集の草稿の整理は、気管切開の手術を受けた前後を通じてなされたので意に満たない点が少なく有りませんが、今は健康が赦されないので満身創痍の儘世に送る外はありません。 (つづく)
2019.01.19
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「内村鑑三書簡集」(岩波文庫)より (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治34年より 神を信ずるのみ わたしは、いかなる境遇になっても神様を信じるだけです。裕福になっても貧乏になっても、成功しても失敗しても、徳を積むことが出来ても罪に陥ることになっても、世の中に受け入れられ迎えられても友に裏切られ捨てられても、生きていても死んでしまっても、天国に昇っても地獄に落ちても、わたしはただただいちずに神様を信じるだけです。ですからわたしには未来の展望はありません、過去の悔いもありません、悲しみ歎くこともなく、失望することもなく、すべて今いまを生きるだけです。すべてのことは歓喜に変り、わたしの生涯は信、望、愛が連続して循環し心は常によろこびに満ちあふれます。
2019.01.19
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後藤瑞義の短歌(280) 「賀茂短歌」第42巻第5号(平成九年十月発行) 遠花火(1) 朝なさなわれの座席の真向いに座れる乙女今日は来たらず 牧水の愛でし千本松原はテトラポットに覆われている 閉されし電車の窓に逃れんと一匹の蛾が這い回りおり 麦秋の丘を登れり過ぎ去りしひとつの恋をこころにいだき 君詠みし真紅なせるエベレスト思い浮かべて眠らんとする
2019.01.19
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「内村鑑三書簡集」(岩波文庫)より (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治34年より 強健なる宗教 宗教は、個人的にならなければいけないでしょう。個人的にならない宗教は基礎のない、浮草のような宗教です。宗教は社会的にならなければならないでしょう。社会的にならない宗教は、単なる利己的な宗教となるでしょう。深く個人の心に根を張り、幹と枝を広く社会に伸ばし生気を得るような宗教です。ですから、渇くときも決して枯れず、いくら揺すっても決して倒れない、そのような宗教のことを言います。
2019.01.18
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明石海人歌集 白描(160) 岩波文庫より (注)明石海人(本名野田勝太郎)は、大正7年沼津町立沼津商業学校(現:県立 沼津商業高等学校)卒業で、私の先輩であることを知りました。 作者の言葉(1) 私が歌を習いはじめたのは昭和九年頃で、当時視力はもう大分衰えていたが註釈を頼りに万葉集などに読耽った。園内には長島短歌会と云う同好者の団体があって、之によって作歌の便宜と刺戟とを受けたことが尠くない。昭和十年一月水甕に入社させていただき、同じ八月日本歌人に転じた。この頃には全く明を失って読むのにも書くのにも人手を借りなければならなかった。 此の間、日本歌人社の前川佐美雄氏は癩者の私を人間として認めげ呉れたのみならず、いつも劬り励まして下すった温かい御気持には感謝の言葉もない。 (つづく)
2019.01.18
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後藤瑞義の短歌(279) 「賀茂短歌」第42巻第4号(平成九年八月発行) 自閉症の吾子(あこ)(2) 十五歳自閉症の子を幼児語になだめ車内のトイレを探す 自閉児のわが子の用を助けおり電車のトイレドア開けしまま 施設にてしつけられしや手をつきて自閉児わが子が謝りにけり 空缶を日ながらつぶし自閉児のわが子千円の月給を得る 自立にはほど遠けれど自閉児のわが子千円の月給を得る
2019.01.18
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「内村鑑三書簡集」(岩波文庫)より (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治34年より 平人の宗教 キリスト教は貴族の宗教ではなく、平民の宗教です。キリスト教は富める人の宗教ではなく、貧しい人の宗教です。キリスト教は学者の宗教ではなく、学のない人の宗教です。キリスト教は僧侶の宗教ではなく、平民の宗教です。キリスト教により世間の常識はくつがえるでしょう。つまり、高慢な人が卑しい人と見られ、貴人は賤人のように見られ、賢い人は愚かな人のように見られます。キリストのものの見方によって、今までと違って物事が見えてくるからです。
2019.01.17
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明石海人歌集 白猫(159) 岩波文庫より (注)明石海人(本名野田勝太郎)は、大正7年沼津町立沼津商業学校(現:県立沼津商業高等学校)卒業で、私の先輩であることを知りました。 第二部 翳(33) 翳(3) 夜をこめてかつ萌えさかる野の上にいちめんの星はじけて飛びぬ 新緑の夜をしらじらとしびれつつひとりこよなき血を滴らす 聡(さか)しかる星のたむろをのがれきて若葉のみだれ涯なきをあゆむ 暗すまの壁にむかひて明暮を外面(とのも)にきほふ青葉は知らず 簷(のき)をめぐる青葉若葉にうづもれて今朝は真白なるペーヂを披く うづたかき簷の青葉を揺すぶつて覗見すれば巷に日の照る (つづく)
2019.01.17
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後藤瑞義の短歌(278) 「賀茂短歌」第42巻第4号(平成九年八月発行) 自閉症の吾子(あこ)(1) 久びさに梅雨の晴れたる朝の道草々の露光りかがやく 栗の花切なく匂う朝の道十五歳なり自閉児わが子 いとけなき胎児のおりにいかばかり障り受けしや自閉児わが子 自閉症の言葉とならぬ吾子の声聞きて車内の視線集まる じっとしておれぬ自閉児わが子なりすぐにトイレの指合図する
2019.01.17
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