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仕事上知り得た情報を外部に漏らしてはいけないのは、どの職業においても同じだと思う。私の職場でも徹底されている。職業訓練校で同期だった人は「家族にも話さない」という誓約書を書かされたと言っていた。私は今週かなりぶっ飛んだ人の所得税申告の仕事をした。その話を誰かにしたくてたまらないのだが、家族や近所の人に言うわけにはいかない。ここに書いてすっきりしたい。神父さんの所得税申告だったのだが、まず神父さんが月給をもらっていることに驚いた。たくさの領収書を整理していると、ちょくちょく女性の名前が出てきた。カトリック教会の神父さんなのでもちろん独身なのだが、別宅に彼女と子供を住まわせているのは公然の秘密らしい。神父さんは普通のサラリーマンと同様毎月のお給料から所得税のほか連帯税と教会税も源泉徴収されている。教会税はキリスト教徒でなければ支払う必要はない。教会税を払いたくないからキリスト教徒であることをやめる選択をする人もいる。それは信仰の自由だから誰も阻止できない。しかしこの神父さんも自ら「教会税を払いたくないからキリスト教から抜けるつもりだ」とまじめに話している。そういう人が教会の仕事をしているのはどうなんだろうか?そもそも神父さんの給料はみんなが払っている教会税が原資になっているのではないのだろうか?神父さんって案外世俗的なのね、というのが率直な感想だ。
2018年11月17日
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昨日はショックを受けることがあった。まずは朝、ニコの担任と話し合いを持った時のこと。にこの学校での様子を聞いたところ、「ニコは自分が悪いことをしてもそれをすぐに人のせいにするし、なぜそれが悪いのかを理解できない。自分の意に反することがあるとすぐに激怒する。扱いに困っている。クラスにも悪影響を与えている。ニコは体格面でも思考力においても秀でていると一部の子には思われているようだが、その子たちが実はそうでもないと気付いたときに、ニコは友達を失うのではないかと心配だ。」と言われた。具体例として、1.学年初めに学級委員を男女一名ずつ選んだ。(実はにこちゃんも立候補したが落選した)そのうちの一人のLちゃんのことを「あいつには学級委員の資質がない」と決めつけ、Lちゃんを学級委員から辞めさせるためにクラスの署名を集めた。先生は何度も再選挙はしないとにこに伝えたがLちゃんへの攻撃をやめなかった。2.スポーツの授業は学校から徒歩5分ほどのところにある市営の体育館で行っているが、いつも体育館に行く道中、別のクラスの生徒といがみ合い、相手を殴ったこともあった。ニコはかなり攻撃的な性格である。3.授業中私語が多すぎる。今は最前列に一人で座らせているが、それでも回りと大声で話すので罰としてドイツ語の教科書1ページ分をノートに書き写す課題を出した。その時、ニコはすぐにその課題を授業中にやり始めた。家でやってくるようにと注意しても「家でやる気はない。今こここで終わらせたい。」と言って書き続けたので、ノートを取り上げニコが書き写したページに赤で×をつけたところ、ニコは激怒した。全く反省が見られない。と説明された。ショックで涙が出そうになった。ギムナジウムの時はここまで攻撃的ではなかった。先生は「たぶん現在自分が置かれている状況に満足していないのでしょう。これからも連携して対処していきましょう」と言ってくれた。家に帰ってにこちゃんと話した。「一度みんなで決めた学級委員をやめさせようとするのはいいことではない、自分がやりたいならみんなの模範となるような行動をしていれば、来年チャンスは回ってくるはずだ。」と諭した。にこちゃんは「僕は自分がなりたいからLをやめさせようとしているのではない。単純に学級委員の資質がないからやめさせたいだけ。」と言った。「Lはすぐに先生に告げ口をする。頭に来る。」とも言っていた。私は先生からこの話を聞いたとき、にこちゃんは自分がなりたいのになれなかった腹いせに行動しているのかと思った。そもそもLちゃんを男の子だと思いこんでいたので、Lちゃんをやめさせることができたら、自分が代わりに学級委員になれる、という考えから起こした行動だと勘違いしていた。事実は、単に自分のことを先生にしょちゅう告げ口するLちゃんがうっとうしかったという話。それでも年下、女の子、自分より弱い子、を攻撃するのは卑怯である、選挙で選ばれたのだから尊重すべきだと伝えた。にこちゃんは「そもそも選挙は学校が始まってすぐにあったからだれがどんな子かわからない状態で行われた。それはおかしい。」と納得はしなかった。それでも女の子を攻撃するのは男の子がすることではない、自分がその立場に立ったらどう思うか考えなさい、と何度も伝えると、最後は「わかったよ。明日謝るよ。」と言ってくれた。ほかのクラスの子を殴ったことについては、「向こうから侮辱するようなことを言ったり、うなじをたたいてきたり、ちょっかいを出してくる。だから一発殴ってやった。先に手を出した向こうが悪い。」と反省ゼロ。「暴力はどんなことがあってもしてはいけない。」というと、「じゃあ、相手を侮辱するのはいいのか?今度なんか言われたら、何倍にもして言い返してやる。」と言った。「そういう時は先生に言えばいいだけ。やり返すな。」と注意すると「先生に告げ口なんてしたくない。自分のことは自分で解決できる。」と変な理論で返された。それでも今後は暴力を振るわないことを約束させた。罰として与えられた課題を授業中にしたことについては、「授業中にしてはいけないとは誰も言わなかった。授業中してはいけないとは知らなかった。せっかくたくさん書き写したのに、赤ペンで大きく×をつけられ頭に来た。Aさえ先生に告げ口しなければ全部授業中に終わらせられたのに」とここでも全部他人のせい。一向に反省が見られないのは本当に残念なことである。昨日の夕方、地元のスーパーで買い物していたら、偶然元同僚のKさんに会った。Kさんは私の家の近くの税理士事務所にこの夏転職した。Kさんは「本当に転職してよかったと思っているわ。前の職場はわからないことはその都度いろいろな人に相談できたけど、今は最後まで自力で仕上げなくてはいけないから戸惑うことも多いけど、少なくともあの社長の元から離れられてうれしいわ。」と言った。私は普段社長に直接相談することはないし、フロアも違うのであまり接点がない。「研修させてもらった事務所の社長が最低だったから、今の社長はとてもやさしくいい人に思える。」と私が言うと、「そうじゃない面も持っているよ。私が辞めるときに勤務成績表(ドイツではとても重要)を書いてくださいってお願いしたの。そしたら「3」の評価だった。最低でも「2」はもらえると思っていたから納得しなくて弁護士に相談したの。だって社長が送ってきた成績表には会社のロゴも入ってないし、弁護士が「これは正式な成績表の体をなしていない」って驚いたぐらいなんだよ。それで弁護士と成績表の文を起草して社長に送って、これにサインをくださいとお願いしたら、拒否されたの。だから今弁護士を立てて闘っているの。一生懸命尽くしてきたのにこんな評価で心が折れるよ。弁護士代は350ユーロと高いけど、成績表は今後の人生で重要になるから、私はあきらめないわ。」と言った。Kちゃんの自己評価「2」は妥当だと思うし、むしろ「1」でもいいくらいだと思う。一番若いということもあったのだろうけど、雑用も率先して引き受けていたし、残業もいとわず、傍から見ていても彼女は献身的だったと思う。パラダイスだと思っていた事務所だけど、今年に入って次々に人が辞めていき、入ってくるのは「会社におしゃべりしに来ているの?」というような人たちばかり。この先この職場は大丈夫なんだろうか?と不安を感じる。
2018年11月14日
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夫が今週もスピード違反の手紙を受け取り、今年に入って合計300ユーロ罰金を払っている。まあ、そのうちの1回はスイスでの信号無視でそれだけで250CHF。この話を同僚にしたら、「私の夫もスイスからスピード違反の手紙が送られてきたけど、ドイツ国内じゃないから払わなくても問題ないよ、といって無視していたんだよね。そしたらある日(ドイツの)警官がうちに来てびっくりしたわ。それもRosenmontagに来たのよ。」と言った。ほかの国の事情は知らないが、スイスでの交通違反はスイスフラン表記の横にユーロでの換算がすでに表記されており、ユーロ建てでスイスのドイツ国内にある銀行口座に振り込むようになっている。スイスの信号はドイツよりも黄色から赤に変わるタイミングが早いという話を何人からか聞いたことがある。スイスにはこれからも何度も行くことがあるだろうが、とにかく気をつけようと思う。恵子はオーケストラのコンサートの練習と大学の勉強で毎日忙しそうだ。クリスマス休みも取れそうもないと言っていた。1月に大学の試験があり、その後は実験にはいるので、さらに忙しくなるらしい。恵子は9月に運転免許の実技試験に落ち、10月上旬に2度目めの実技試験にも落ち、傷心(?)のままスイスに戻った。その後ドイツに帰ってくる時間もないので、運転の練習もできていない。3回目の試験の前には何回か練習をしないと本人も怖いと思うのだけど、そういう時間がいつになったら取れるのかわからない。筆記試験には8月に満点で受かっているが、その後何か月以内に実技試験を受けないといけないなどの制約があるのだろうか?最悪来年の6月まで時間的余裕がなさそうなのだが、2度目と3度目の試験がそんなに空いてしまっても無効にならないのか心配だ。今まで使った2000ユーロが無駄になってしまったらショック。本人に話しても「先生にWhatsAppで聞いてみることはできる」と言ったが、彼女にとって優先順位が低いようで、まだ連絡もしてないようだ。夫は30年以上前にイギリスで運転免許を取った。30年前の免許なので、ものすごく前近代的。ただの紙切れで、写真もついていない。しかしドイツではそのまま使っても問題はない。だが、イギリスがEUから抜けるとなると話は変わってくる。イギリスの免許で運転している人はドイツの免許に書き換えたほうがいい、という記事を読んだ、それを夫に伝えた。珍しく夫はすぐに行動に移した。しかし、夫がイギリスでとった普通自動車運転免許は、ドイツでいえば、Cクラス(ドイツの普通車免許はBクラス〉にあたり、バスの運転もできると担当者から教えられた。そしてそのためには視力を含めた健康診断書を提出する必要があり、書類を集めるだけで200ユーロ以上かかった。すべての書類がそろい、夫は先週免許書を書き換えにいった。しかし結局は書き換えなかった。夫のイギリスの免許書は、70歳まで有効で、ドイツではバスも運転できる。そして今のところ全ヨーロッパで通用する。しかし、もし今ドイツの免許に書き換えるとしたら、イギリスの免許は失効になる。ドイツの免許に書き換える場合BクラスかCクラスかを選べる。Bクラスを選んだ場合、当然ながらバスを運転することはできない。そして15年ごとに更新手続きをする必要がある。Cクラスを選んだ場合、更新は5年ごとで、その都度健康診断が必要になる(つまりお金がかかる)。その説明を聞いて、夫は当面書き換えを見送ることにしたらしい。そもそもバスなんて運転する場面がないので、Cクラスなんて必要ないのだが、わざわざダウングレードさせるのがもったいないと感じたようだ。それにしても、一昔前まではドイツの免許書は無期限有効だった。今は15年になっているとは知らなかった。私たち家族の滞在資格が夫の英国籍に頼っているので、Brexitは本当に衝撃的だった。しかしその後ほとんど進展がなくて、今後も不透明なまま。EUが20世紀の西欧クラブでいてくれたままのほうがよかったというのが私の本音。
2018年11月11日
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今週は秋休みで、にこちゃんは毎日友達と遊びまわっていた。まず秋休み前の金曜日、にこちゃんはクラスメートのMちゃんと遊ぶ約束をしていた。にこちゃんがMちゃんの家に行くと出かけたあと、すぐにMちゃんから電話があった。「英語の教科書を借りたいから、持ってきてくれるように伝えたかった。」とMちゃんは言った。「英語の宿題があるの?」と聞いたら、「休み明けにテストがあるから勉強したいけど、教科書を学校に忘れてきたから」とMちゃん。しばらくしてにこちゃんとMちゃんがうちに英語の教科書を取りに来た。必要個所をコピーしてすぐに返してくれるものと思っていたが、一向に返す気配がない。自分が勉強しないといけないなら、相手もそうだと思わないのだろうか?秋休み中、他人の教科書でテスト勉強という自己中な考えが私は好きではない。でも、にこちゃんはもともと勉強する気もないし、Mちゃんのことが大好きだからまったく気にしてない。私のほうがやきもきして、いつ教科書を返してもらえるの?と毎日にこちゃんに聞いているが、「電話したけどいなかった」「今日はこれから出かけると言われた」と進展がない。借りるときは電光石火の早業なのに、返すのがそんなに困難なのはなぜだろう?にこちゃんの中ではMちゃんはトリプルA評価だが、私の中のMちゃん株は大暴落。秋休み前まではMちゃんと遊ぶことが多かったが、秋休み中はMちゃんは忙しいようで、にこちゃんの遊び相手はC君。にこちゃんは携帯を持っていないので、遊ぶ約束は家電でするしかない。誰にかけたのか、どんな人からかかってきたのかチェックすると、C君からの電話履歴が尋常じゃない。朝8時から夜6時まで、1時間おきぐらいにかかってきていることもあって驚く。水曜日の夕方にこちゃんから「今、C君の家にいるが、C君のパパがピザを焼いてくれたから食べてから帰る。8時半ごろになってもいいか?」と電話がかかってきた。私は「まさか、ハロウィンで近所をまわってお菓子を催促するんじゃないよね?」と確認したら、「しないよー」といった。しかし、夜家に帰ってきたら、お菓子をたくさん持っていた。やはりC君と一緒にハロウィンの仮装をして近所をまわったそうだ。C君はゾンビのコスチュームで、C君のパパも万一トラブルがあった時のために、後ろからついてきていたそうだ。C君のパパは「Süßes oder Saures」(お菓子かいたずらか?)というだけでは能がない。ちゃんと呪文をいいなさい、と言って「Wir sind kleine Geister, essen gerne Kleister, wenn Sie uns nichts geben, bleiben wir hier kleben」という詩をいうようにアドバイスしたそうだ。どこの家でも「ちゃんと呪文まで言ったのはあなたたちだけよ。」といって喜ばれたとにこちゃんは話してくれた。実際に喜こばれたかどうかは怪しいが、「僕は初めてハロウィンをしたよ。楽しかった。来年はもっときちんとした仮装をしてやりたい。」と言っていた。でも「ママはハロウィンが好きではない」ということはC君たちにも伝えていたそうで、だからうちには来なかったと言っていた。C君の家はパパやママも子供たちがハロウィンに参加することを全面的に肯定している。渋谷のバカ騒ぎに比べれば子供たちが仮装をしてお菓子を集めるために近所を回る程度に目くじらを立てることでもないのだろうが、やっぱり私にうっとうしいし、できれば自分の子供にはしてほしくない。金曜日もC君と遊んでいた。夕方二人で家に来た。「C君の家に泊まってもいいか?」と聞かれた。C君は「うちの家族もニコならうちに泊まるのは大歓迎と言っている。」と言ってくれた。G君のママの件があったので、余計にそう言ってもらえるとうれしい。しかし夜8時ごろににこちゃんは一人で戻ってきた。C君が急に片頭痛に襲われたそうだ。にこちゃんは、近くの水路のトンネルの中に懐中電灯を持ってはいり、魚を捕まえるということを夏休み以降好んでしている。毎回足元がびしょぬれで帰ってくる。夏ではないのだから水遊びはやめてくれと言っているのだが、秋休みも懲りずにしていたようだ。冒険心をかきたて、楽しいのは理解できるが、友達が次々に風邪をひいている。にこちゃんは半ズボンに素足にサンダルという真夏のような格好で出かけていく。それなのに全く風邪をひかない。だからもっとあったかい恰好をしろと言っても全然いうことを聞いてもらえない。昨日スイスから交通違反切符が届いた。夫が恵子の荷物を運んだ時のもの。05秒差で信号無視の罰金250スイスフラン。スイスはドイツよりも緑から赤信号に切り替わるのが早いとは聞いていたが、それにしても罰金が高い。
2018年11月04日
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夕方ピンポーンと音がした。にこちゃんが帰ってきたのかと思ってドアを開けたら、お面をかぶった3人の男の子が立っていた。肩から下げているバックからして、にこちゃんの(元)同級生だとわかった。すごくびっくりしたふりをしてあげた。悪さをされたくなかったらお菓子を頂戴、というお決まりの文句を彼らは恥ずかしそうに小声で言った。ハロウィンには興味ないし、にこちゃんにも「他人の家にお菓子を集めに行ってはいけない。ママはほかの子がうちに来るのも嫌いだから、にこちゃんにもそういうことをしてほしくない。」と伝えてある。だから、お菓子なんて全く用意していなかった。でも手ぶらで返すのも悪いかな、と思って、賢浩がアメリカから買ってきたお土産で、まずいと言って誰も食べないチョコレートがあったので、それを一人に2個づつあげた。すごく喜んでお礼まで言われた。こんなに素直に喜んでくれるなら、ちゃんとしたお菓子を用意しておいてあげればよかったかな、と罪悪感でいっぱい。せめてうちで不人気だったチョコが彼らの口に合いますように!今日は先週亡くなった同僚の息子さんのお葬式があった。会社の人はほとんど全員参列するので、今日は仕事は12時までになった。月曜日に全体ミーティングがあり、その時にお葬式には事務所としてたすき(?)を送ることを決めた。また12月上旬にクリスマス会をレストランで行う予定になっているのだが、子供が亡くなって1か月ちょっとでクリスマス会をするのは酷ではないか?今回は見送って、来年別の形で会を開くのはどうか?という案が出た。みんなが心から楽しめなければ開く意味がないが、残された人の人生は続いていくわけで、いつまでも下を向いてもいられない。どうしたいかは、みんなで話し合ってきめてくれ、と社長が言った。同僚は山の上の小さな町に住んでいる。私が住んでいる町も小さいが、彼女の住んでいるところは「村」といったほうがふさわしいようなところだった。お葬式は教会で開かれたが、教会に入りきれない人は中庭に設置されたベンチに座った。ベンチにも座れずに立っている人も大勢いた。私を含め大勢の人が、北風の中、教会の外に設置されたスピーカーから聞こえてくるミサに耳を傾けた。そのあと隣の墓地に移り、穴の中に棺を納め、そこに参列者が水をかけたり花を投げこんだりした。お子さんの同級生と思われる子も親に連れられたくさん参列していた。村中の人が参列していたのではないかと思うほど、たくさんの参列者だった。教会の鐘が鳴り響いた。2時間以上寒風の中にいたので、体中が冷え切ってしまった。同僚の息子さんはまだ11歳だった。半年前までは元気だったのに、5月に腫瘍が見つかってからあっという間だった。私は息子さんにお会いしたことはなかったが、それでも本当に悲しく思った。息子さんと一緒に遊んだ思い出がある人にとってはもっとつらい別れだっただろう。同僚の息子さんは素晴らしい家族や友達に恵まれ、幸せな人生だったんだろうな、でももっと生きたかっただろうな、と感じた。できることは今しておいたほうがいい。嫌なことを考えるより楽しいと思えることに目を向けたほうがいい。子供のあらを探すより、長所を見つけてあげるほうがいい。そんなことを私はお葬式中ずっと考えていた。
2018年11月01日
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