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昨日、恵子は、午前中だけの授業だったが、昼休みにオーケストラの練習があり、その後、友達と発表の打ち合わせがあるから家に帰るのは遅くなる、という電話があった。結局家に帰ってきたのは午後4時ごろ。そのまま部屋にこもってしまった。夕飯になっても、下におりてこないので、部屋を覗きにいくと、洋服のまま布団をかぶって寝ていた。「具合が悪いの?」と聞いたら、「ううん、ちょっと疲れただけ・・・」と言われた。それで、そのまま寝かせることにした。朝、「具合が悪かったの? もう良くなったの?」と聞いたら、「昨日の物理のプレゼンの成績が悪かっただけ。」と言った。本人はかなり時間をかけて完璧に用意したプレゼンで自信を持っていたのに、3+と言われ、ショックだったらしい。それで、昨日はフテ寝していたわけ。先生には、納得できないと抗議したらしいけど、聞き入れてもらえなかったそうだ。まあ、そういうこともあるよね。わたしのほうも、今日もコースに行って来た。今日は、新しい先生だった。本来はEDV(コンピューター)の先生だが、コンピュータールームを2月末まで他のクラスが使っているので、それまでは週1回、職業訓練などに関する話をするらしい。今日は、ほぼ、フリートークという感じだった。先生が、「ここにきているだけではドイツ語は上達しない。地元の赤十字などでボランティアを募集しているはずだから、そういうところにいって何かできることを見つけるのもドイツ語向上には役立つはずだ。」という話をした。そこから派生して、なぜか献血の話になった。タジギスタン出身の女性が、「わたしの国では、献血するとお金がもらえて、さらに、2日間仕事を休むことができた。」と言う話をした。すると、「わたしの国では・・・」「僕の国では・・・」と話す人が出てきて、総合すると、旧ソ連では、以前はそういうシステムだったらしい。最初の話は、「へー」と思ったけど、同じような話や身内の体験談ばかりで、しまいには、ロシア語も飛び交い、かなり退屈だった。ウクライナ出身の女性が「わたしの国では、献血のあと、赤ワインを勧められる。」と話した。そこから、こんどはアルコールの話に飛び火。私は飽き飽きしてきたけど、唯一、「ほー」と思ったのは、ドイツでは、酔っ払ったまま自転車に乗ったり歩道を歩くのは違法行為になる、という話。現行犯で捕まった場合、自転車であっても、歩行であっても、自動車運転免許を取り上げられてしまうのだそうだ。そんなこといってたら、日本なんて、免停になる人続出じゃないのかな??そのほか、初めての先生だったので、今週3回目の自己紹介もさせられた。さすがに、クラスメートは私が日本人であることを知っているが、今日はさらにつっこんだことを質問された。「日本のどこから来たのか?」と聞かれたので、「東京」と答えると、「ほー」と感嘆する声が上がり、なぜか拍手までされた。東京に憧れのまなざしを抱いてくれるのはうれしいよね。ところが先生は、「私はアジアに行ったことがないの。毒蛇とかいそうで怖いから・・・」と言って私をしらけさせた。「アジアの服装と言えば、クビに何重ものジャラジャラした重たそうなネックレスをつけていたり、腕輪をつけているイメージがあるし、危険なイメージがあっていってみたいという気にならない。」とまで言った。私は、少なくとも、他人に教える職についている人が、この程度の知識しかないのか、とかなりショックだった。ロシアから来た女性は、ピアノの教師だったと言った、ドイツでも、ピアノ教師として働きたい、特に子供に教えたい、と希望を語った。すると先生は、「3つ、問題がある。」と言った。「まず、子供を教えるには、教育法などを学ぶ必要がある。つぎに、子供を教える場合は、特に、ドイツ語が流暢であることが求められる。そして、一番の問題は、音楽教師は飽和状態にあるということ。音楽学校等で職を見つけるのは至難の業だろう。個人で教える、もしくは、ロシア人学校などで教えることを視野に入れたほうがいい。」とアドバイスしていた。ウクライナから来た若い女性は、「仕立て屋としてウクライナで働いていたので、ドイツでも縫製関係の職を見つけたい。」と言った。先生は、これに対してもネガティブなコメントで、「今ドイツでは縫製関係の職はほとんどない。すべて、賃金の安いアジアなどに移されてしまった。」と言いながら、私を見た。先生は、日本と中国が違う国ということをしっているのだろうか?インドやパキスタンとは外見上もかなり違うということを知っているのだろうか?と思った。一般常識のありそうな人でも、アジアはみな同じという先入観を持っている人って多いのかな??
2011年01月27日
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今週から通い始めた「Berufsbezogene Deutschfoerderung」。日本語に訳すと、ビジネスドイツ語支援コースとなるのだろうか? 昨日、新たに3人参加者が増えたので現在17人。そのうち実に11人がロシア語話者で、旧ソ連から来た人たちだ。とにかく、教室内では、ロシア語ばかり耳にする。結構疎外感を持つ。ドイツに来て、10年以上の人もいるし、2-3年も人もいる。私のようにドイツでは一度も働いたことのない人も何人もいる。このコースは、生活保護か失業保険を受給している人には、交通費が支払われる。交通費が自費なのは私だけなので、私以外の人は、このどちらかを受給してるということになるのだが、ドイツに来てまだ2-3年で、ドイツでの就労経験もないのに、なぜ、そういう社会保障が受給できるのか、不思議に思う。難民ならわかるが、彼らは、明らかにそれとは違う。また、名前からしても、どっぷりロシア人で、祖先がドイツ人という感じでもない。とにかく、本当にロシア人パワーには圧倒される。以前、ハイデルベルグにいた時は、ロシア人をほとんど見かけたことはなかった。住んでた地域にそもそも外国人が少なかったのだが、今すんでいるところのロシア人比率は、異常なほど高い。それとも、それが、全ドイツ的には、普通なのか私にはわかならい。ドイツの移民というとトルコ人が真っ先に浮かぶけど、現在通っているコースでは、男性が一人いるだけ。なんだか、認識が変わりそうだ。
2011年01月26日
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今日も、ニコちゃんは、幼稚園でパズルを壊したそうだ。とうとうニコちゃんに「パズル禁止令」が出てしまった。金曜日に新しく買いなおしたパズルを持っていったとき、先生は、ニコちゃんに、「もう、パズルは壊しちゃだめだよ。」ともう一度念を押した。ニコちゃんは、「Ja!」と返事したので、先生は、「きっと、もうこれからはしないと思う。」と言った。その時、私は、「注意されたときは、わかったと返事をするが、すぐに忘れてしまうので、また同じことを繰り返すのではないかと心配だ。」と伝えた。先生は、「もうすぐ4歳だから、していいことと悪いことの判断は付くはずだ。」と言った。しかし、やはり、私が危惧したことは、もう現実になった。ニコちゃんに、「今日は、幼稚園で何をしたの?」ときいても、「Popo-Rutscher(おしりすべり)をしたの。」を繰り返すだけ。「パズルを壊したんじゃないの?」と聞いても、「壊してないよ。」と言い張る。彼の記憶には残っていないようだ。今日は、公立の図書館に見学に行ったのだけど、それすら覚えていないようなのだ。"Popo-Rutscher"も実際に今日したのかどうかもわからない。こちらから、「今日は、図書館に行ったんだよね?どんな本があった?」と誘導しても、自分が興味を持っていることに話題をかえてしまう。いったい、どうしたらいいものか・・・・今日は、「Berufsbezogenen Sprachfoederung」というコースに行って来た。今日は初日で説明会。明日から授業が始まる。このコースは、移民局が後援しており、コース費用は無料。失業保険や生活保護を受けている人は、交通費も支給される。交通費が自己負担なのは、私だけだった。名簿には、24名ぐらい名前があったが、今日来ていたのは、14人。そのうち女性が10名。その10名中、8名がロシア語話者。ロシア、カザフスタン、キルギス、ウクライナ・・・・。うんざりするぐらい、教室内ではロシア語が飛び交っていた。2年前に参加したIntegrationskursの時は、半分以上がトルコ人だった。Integrationskursは、ドイツ語初級レベルからだったし、新しくドイツに移住してきた人は滞在許可を取るために参加を義務付けられているらしい。しかし、今回のコースは、一応、最低限ドイツ語はB1レベルで、職業につきたいと思っている人が対象。移住してきたトルコ人女性で働いている人は少ないように思うが、ロシア人は、言葉ができなくても、とりあえず、工場などで働く人が多いようだ。だから、こういう偏りになるのだろうけど、それにしても、恐るべきロシア人勢力だと思った。このコース、カレンダー通りの休みだけで、7月半ばまで続く。最後の1ヶ月は職業研修を受けるらしい。先週から、我が家も車が2台体制になり、私もずいぶん動きやすくなった。4月や6月にそれぞれ2週間づつ子供の学校の休みがあるので、それが気になるが、せっかくなので、通ってみようかな、と思っている。
2011年01月24日
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昨日、今日と雪。昨日の朝は、道路の除雪が全くされておらず、運転が怖かった。幹線道路の真ん中で止まっている車があり、余計渋滞を招いていた。幼稚園は坂をあがったところにあるのだが、雪にはまった車を4人ぐらいの登校途中と思われる高校生ぐらいの子が押してあげている光景にも出くわした。日本から戻ってきてから、割と早起きだったのに、今朝は寝坊してしまった。7時過ぎに、ドアチャイムの音で起こされた。恵子の友達が迎えにきてくれたのだ。でも、恵子は、今日は、1時間目と6時間目が休講。ギムナジウムは、本当に休講が多くて、いつ勉強しているんだ、と思うほどだ。恵子は、昨日遅くまでプレゼンテーションの準備をしていたようで(たぶん、そのうちの半分の時間は、ネットで最近はまっている「犬夜叉」を見ていたのだと思うが・・・)、まだ寝ていた。1時間目はあるはずの賢浩もまだ寝ていた。いつも、恵子に起こしてもらうからだ。仕方ないので、私はパジャマ姿のまま、ドアを開け、「ごめんね。まだ寝ていて、これから起こすから、先に行って。」と代わりに謝ったのだが、友達はきょとんと言う顔をしていた。そこで初めて、自分が日本語をしゃべっていることに気が付いた。あわてているせいか、ドイツ語が全く浮かばなかった。ま、それでも、状況を理解してくれたようで、「気にしないで。先に行きます。」と言って、彼女は去っていった。ドアを閉めると同時に、賢浩の泣き声が聞こえた。前の日に時間割を整えろ、という、小学校1年生に言うようにことを毎日賢浩に言っているのだが、そういう簡単なことすらできない。いつも、朝登校間際に時間割を整え、一回出ても、「忘れ物したー」と取りに帰ってくることが良くある。今朝も、時間割をしていなくて、泣きながらかばんにつめていた。遅刻が泣くほどいやなら、もっとちゃんとすればいいのに、と思う。それにしても、顔を洗おうとして鏡を見たら、髪の毛がはねていて、すごい顔をしていた。こんな姿を子供の友達にさらしてしまって、だらしないお母さんと思われたに違いないと思うと、子供に腹が立ってきた。今朝、幼稚園にニコちゃんを連れて行くとき、先日ニコちゃんが壊したパズルと同じものを買ったので、それも持っていった。先生に渡して、「どうして、こんなことになったのでしょうか。」と聞いたら、先生に、「お見せしたいものがあります。」と言われた。ニコちゃんが壊したほかのパズルも見せられた。厚紙でできたジグソーパズルなのだけど、ピースの突起部分をニコちゃんはちぎっては床に落としてしまうのだそうだ。今週が初めてではなかったので、買い直してくださいと言われてしまったわけだ。私としては、先生の監督不足も原因ではないかと言いたかったのだけど、それを言ってしまったら、モンスターペアレントになっちゃうよねー。ニコちゃんは、注意するとその場では、「わかった」と返事をするが、またすぐに同じことを繰り返す。やっていいことか悪いことかという判断基準はなくて、おもしろいかおもしろくないか、という基準が中心になる。怒られたことに懲りて、2度としない、ということは、ニコちゃんには期待できない。そのことを先生に伝えた。先生は、「2歳児ならそういうことはありえるが、普通、私達の幼稚園に入ってくる子は、その時点(3歳)ですでに、物事の善悪の判断が付いている。ニコは、もうすぐ4歳というのに、していいことと悪いことの区別が付かないのですか?」と問われ、戸惑ってしまった。ニコちゃんは、空間感覚がものすごく悪い。2m先ぐらいから、「あれとって」とニコちゃんの足元におちているものを指差しても、わからない。リモコンは机の下にあるよ、と言っても、わからない。指をさしているのに、あそことかそこの概念がない。また、時空の概念もない。「今日、新幹線乗ったね。」「今、どら焼き食べたね。」と日本でしたことをよく話す。それも、脈絡なく、突然言うのでびっくりする。よく話題にするのが、上野の科学技術館内でみた、360度シアターの恐竜の映像。「トリケラトプスは、(角をティラノザウルスに)がぶっとされて、いたいいたいになったねー。」と突然夕飯時などに言い出す。本当に唐突だし、今までの出来事はすべて現在形で語られるし、未来のことは、すべて「明日」になるので、何を話しているのか、理解に苦しむことが多い。3-4歳児ってもっとおしゃべりが上手なのではないかと思う。もちろん、ニコちゃんは多言語環境で育っているので、言語発達は遅いのは仕方ないけど、どの言語もレベルが低いのが悩みの種。恵子は、ドイツ語はできなかったけど、英語と日本語は母国語並の力があった。3歳時点ですでに、ひらがなとアルファベットは全部読めた。恵子と比べるのは良くないと思うが、それにしても、もしかして、ニコちゃんって、どこが一本ねじが抜けているのかも・・と心配になってきた。
2011年01月21日
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私達が日本に一時帰国していた間、ドイツでは、鶏卵や鶏、豚肉のダイオキシン問題で騒ぎになっていたと聞いた。飼料に廃油を混ぜていた業者がいたからだ。スキャンダルが発覚して、改善されたらしいけど、すでに体内にたくさん入っていると思う。その業者が廃業になったと聞いても、卵や肉を食べるのが怖い。根菜を食べると、繊維に付着してダイオキシンを体外に排出できる、ときいたので、早速きんぴらごぼうを作ることにした。ドイツでも、ごぼうが売られているのは知っていたが、日本のと見た目が違うので、今まで買ったことがなかった。しかし、今回の問題を機に、多少まずくてもダイオキシンが少しでも排出できれば、と思って購入した。ドイツに来て、初めて作ったきんぴらごぼう。レシピには、唐辛子をいれるとあったので、そのとおりにしたら、辛くて、子供には大不評。私は、なかなかいけると思ったのだけど・・・・。我が家は、この田舎に引っ越してきてからタイ米を主食としている。日本米を売っている店が近くにないからだ。最初、においが気になり、まずいと思ったけど、慣れとは恐ろしいもので、今では普通に食べているし、少なくとも、スーパーで売られているお米よりはおいしいと思う。子供たちも、普通に食べていたのに、日本から帰ってきてからは、「お米がおいしくない。」と文句たらたら。しかし、戻ってきてから10日間たった今、子供たちからも文句が出なくなった。今日は、久々に就職活動支援コースに行った。このコースは、失業保険をもらっている人は、6ヶ月間通うことが義務になっているようだ。もちろん、その間に就職できれば、その時点で来る必要はなくなるわけだ。私は、失業保険をもらっていないのだけど、なぜかこのコースに通っている。でも、明日で終わり。つまり、通い始めてから6ヶ月がたったということになる。結局、ドイツ語もPCも上達せず、意味がなかったなーと思う。このコースで仲良くなったのは、同じ町に住むベトナム人女性。やっぱり、アジア人に親近感を持つし、話が合う。彼女は、10月からこのコースに通っているが、自分で店を持つのが夢で、失業保険をもらっている間は、就職しようと言う気はないらしい。コースに来ても、いつもベトナム語のサイトをみている。ところが、先週、Arbeitsamt(職安みたいなところ)に呼び出され、今まで何社に応募したか、と尋ねられたそうだ。0社と回答したら、「今後2週間で10社に応募しなさい。それができなければ、失業保険を打ち切る。」と言われたそうだ。彼女は、旦那さんに頼んで、どこでもいいから10社に送ってもらう、と言っていた。私が、「Job Coachに聞いたら、履歴書の書き方とか教えてもらえるよ。」と言ったら、「いいの、だって、就職する気ないから。応募した事実さえあればいいの。」と彼女は笑った。一昔前まで、ドイツでは失業保険で左うちわのばら色の人生(大げさかな?)を送っていた人もいたらしいけど、今は、すごく厳しくなってきたそうだ。失業保険を受給するのは、もはや当たり前の権利ではなくなってきているようだ。
2011年01月19日
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昨日、賢浩の机の上を見たら、「授業中は静かにするべきだ。」という文を20回ぐらい書き綴ったレポート用紙があった。本人に聞いたら、案の定、授業中騒いだ罰で書かされることになったらしい。すでに、5年生になってから2回目。賢浩は、学校のことは、自分の都合のいい話しかしない。怒られた話は、こちらが証拠をつかんで問い詰めるまで、自分からはしない。ノートには、落書きばかり書いてあるし、いったい授業中何をしているのか不安になる。ニコちゃんは、すっかり時差ぼけがとれ、朝起こすのが大変。昨日、幼稚園に行く途中、近所のヨハネス君のお母さんにあった。ヨハネス君とニコちゃんは同い年。残念ながら幼稚園では違うクラスなので、あまり一緒に遊ぶことはない。来月ヨハネス君は4歳になる。お誕生日会をするので、ニコちゃんも招待したいと言ってくれた。ニコちゃんがお友達のお誕生日会に招待されるなんて初めて。ちょっと想像ができない。ニコちゃんも、あと2ヶ月で4歳になる。でも、お誕生日会を開くなんて考えられない。そもそも、招待するような友達がいないし、お誕生日っていう概念がないような気がする。賢浩の時は、4歳の誕生日会を開いて、クラスのお友達を6人ぐらい招いた記憶がある。ニコちゃんって、そういえば、お友達がいないなーということに気づいた。幼稚園で誰と仲がいいのかも全然わからない。幼稚園児の場合、ママ同士が仲がいいから子供も一緒に遊ぶということが多い。私は、幼稚園のクラスで知っているお母さんが一人もいないので、ニコちゃんにも影響しちゃうのだなーと思う。昨日、幼稚園の先生が、ニコちゃんは今年に入ってから、口数がすごく増えた、と教えてくれた。ドイツ語がだいぶ口を付いてでるようになったようだ。それでも、おもちゃの取り合いになった時などは、口より先に手がでてしまうようだ。今日は、賢浩が幼稚園にお迎えにいってくれた。家に帰ってくるなり、20ピースからなるパズルを私に見せ、「ニコちゃんが壊したから、新しく買いなおしてくださいって言われた。」と伝えた。よく見ると、いくつものピースが、破られてていたり、欠けていた。わざと折ったり曲げたり破かないとこうならない。我が家のおもちゃも壊れている物が多い。ニコちゃんが無理やり分解するからだ。また、賢浩が迎えに行ったとき、同じクラスの男の子が、「ニコが僕のおなかを殴った。」と訴えてきたそうだ。人を殴るな、噛むな、引っ掻くな、つねるな・・・と言うことはもちろんしょっちゅうこちらも注意しているし、物を壊すなということも教えている。でも、そういう基本的物事の善悪をニコちゃんはあまり理解できていないように思う。先日、州立ギムナジウムを見学に行った時に、もらってきたパンフレットの中に、「秀才児は、第1子である確率が高い。特に、第1子で男の子と言うケースが多い」と書いてあった。それを読んで、なるほど、と思った。兄弟を決して比べてはいけない、ということも書いてあった。私も、わかってはいるけれど、それでも、気になる。恵子と賢浩を比べると、恵子は賢かったなーと思うし、賢浩とニコちゃんを比べると、賢浩のほうが、適応力や理解力があったなーと思う。ニコちゃんは、運動神経抜群。末っ子丸出しで、かわいくて、ついつい甘やかしてしまうのだけど、これでいいのかな、と思う今日この頃。
2011年01月18日
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昨日は、州立ギムナジウムの一般公開日で、見学に行って来た。一言で言えば、すごい! ものすごく恵まれた環境の学校だった。広い敷地に広がる芝生、モダンな建物のメンザ(食堂)や体育館。テニスコートも2面あるし、バスケットコートも卓球台もある。図書館も充実していた。寮は、2人部屋だが、きれいだし、くつろげる雰囲気。10人で共有するキッチンやリビングルームもある、リビングルームには、大きなソファーやテレビや雑誌が置いてある。キッチンにはオーブンも付いており、自分で何でも料理することができる。部屋ごと、つまり二人にひとつ水面台が与えられており、シャワーとトイレはは10人で3つを共有。寮の一番上の階は、ホビールームになっており、ピアノも3台置いてあった。全校生徒は、7年生から12年生で現在215名。9年生までは一クラス。10年生から2クラス体制になる。一クラスは20-24名。恵子の通うギムナジウムでは一クラス平均30名だから、かなり少ない。そのうえ、語学と数学は、さらにレベルテストが行われ、10年生からは2クラスをレベル別に3クラスにわけて授業を行うそうだ。それでも授業が簡単すぎると感じた場合は、上級生のクラスに参加できるシステムになっている。そのため、語学と数学は、全校生徒、同じ時間帯に授業があるように時間割が設定されている。寮は、2週間に一度週末クローズされる。そのため時間割は、2週間を単位として考え、最初の週は、土曜日も授業があるが、翌週は木曜日までの授業で、その後家に帰ることになる。そして、日曜日の夜までにまた戻ってくる。ここは州立学校なので、BW州在住の生徒が全体の80パーセント以上でなければならないという規定があるそうだ。しかし、20パーセントは他州の生徒も受け入れる。ただし、2週間に一度帰宅するシステムなので、あまり遠いと大変だ。コンピューターが持ち込めるのは10年生以上で、9年生以下は学校のコンピューターを使うことになる。第2外国語は、ラテン語かフランス語の選択。これは、恵子の学校も同じ。恵子の学校では、フランス語選択者が圧倒的に多く、他の学校でもそういう傾向だと聞いている。実用性のないラテン語より、隣国の言葉を学ぶほうが有益と考えるのは普通のことだと思う。実際に話すチャンスがあったほうが面白い。しかし、州立ギムナジウムでは、フランス語選択者のほうが圧倒的に少ないのだそうだ。第2外国語でフランス語を選択する生徒がゼロの時もあったそうだ。一般のギムナジウムとの違いが際立つ話だと思った。この学校で学べる語学は、英語、ラテン語、フランス語、スペイン語、イタリア語、ギリシャ語、ロシア語、アラビア語、中国語。AG(クラブ活動)も盛んのようだ。10年生では、地元の幼稚園や老人ホームや盲人学校などで、社会教育実習が課せられる。とにかく、生徒数の割りに、施設やプログラムがものすごく充実している。予想以上だった。また、見学者もすごく多くて、びっくりした。私は、1年前は、この学校の存在すら知らなかった。こんなに人気のある学校なのか・・と驚いた。
2011年01月16日
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昨日、恵子が毎朝一緒に登校しているMちゃんのお母さんにばったり道であった。「恵は、転校するんですって。淋しくなるわ。」といわれ、びっくり。水曜日の朝、賢浩がMちゃんに、「今日は朝、迎えに来なくていいよ」という電話をした。そのとき、賢浩は、「Landesgymnasiumの試験を受けるから今日は恵は学校に行かないから。」と言ったようだ。私は、Mちゃんのお母さんに向かって、「試験を受けただけで、まだ受かるかどうかもわかりませんし・・」と説明した。しかし、Mちゃんのお母さんは、「恵なら、絶対試験に受かるわよ。あんなにできる子だから、転校するのは仕方ないけど、私達的には残念だわ。」と言われた。「まだ、何にも決まっていませんから。」と私は何度も否定したのに、既成事実のように語られてしまった。怖い、怖い・・・夫が、単身赴任状態なので、毎晩、電話をしている。ニコちゃんが話したがってしょうがない。受話器を離さないで、一人漫談状態。でも、意味のない単語の羅列で、言っている意味が全くわからない。昨日も夫は、しばらく我慢してニコちゃんに付き合い、その後電話を賢浩に渡すように頼んだ。その後、私に順番が回ってきたのだが、夫の第1声が、「賢浩の生物のテストの結果が3だったそうだが、どこを間違えたのか、ちゃんと見てやれ。」だった。私は、初耳・・・「えっ、テストが返されたなんて話、聞いてないよ。」と言い返したら、「君に怒られるのが怖くて、言わなかったのだろう。君は子供を怒りすぎだ。こういうことは怒鳴っても解決しない。」と言われた。そのくせ、夫は、私に賢浩の勉強をもっとみてやれ、という。子供の面倒は全部私に押し付けるのに、わたしのやり方にいちいち文句をつけるのが気に食わない。とにかく、賢浩は勉強しない。勉強の仕方がわかってない。テストがあるとわかっていても、教科書すら開かない。勉強してできないのは仕方ないが、何もしないで悪い成績をとってくるのは許せない、と前々から賢浩には伝えている。3とか4という成績は見たくないので、そういうテストにはサインしないし、見せなくてもいい、パパにサインをもらいなさい、としょっちゅう言っているので、賢浩も私にテストを見せなかったのだろう。もう、こちらも怒ったり、勉強しろと言うのがバカらしくなってきた。実は、今日も数学のテストで、以前からわかっていたのに、何にもしなかった。あまりにも頭にきたので、日本から持って帰ってきたコミックの「NARUTO」を全部とりあげた。「勉強しなくてもいいが、その代わり、漫画も読ませない。」と言ったら、かなりへこんでいた。夫は、賢浩はほめて伸びるタイプだというのだけど、ほめる場所がない。賢浩をみていると、子育てに自信をなくす。と、ここまで、書いてUPしたあと、すぐに電話が鳴った。Landesgymnasiumからで、恵子は試験に合格したが、試験日に親が一緒に来なかったので、明日の一般公開日に来たらどうですか、という電話だった。次の選考試験は、プロジェクトなんとか、というらしく、そのときは、親への説明会や施設見学はないので、寮などを見学したければ明日が最後のチャンスになるらしい。だから、本来は、合否の知らせは手紙で行われるが、それでは明日に間に合わないので、わざわざ電話してくれたようだ。実は、恵子は、生物のプレゼンテーションのグループ発表が近々ある。冬休み中、恵子がいなかったので、明日が皆が集まれる唯一のチャンスらしい。しかし、わざわざ電話で知らせてきたということは、恵子が入学許可がもらえる確率はかなり高いのだと思う。まだ、第3次選考が残っているので、もちろんわからないが、やはり、明日は見学に行ったほうがいいのだろう。
2011年01月14日
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今朝も3時半に目が覚めた。昨日は、午後6時少し前に恵子が帰ってきた。第一声は、「疲れた-」だった。やはり、無賃乗車状態だった急行の中では、胸がどきどきして、2時間近く乗っているのに、何も手につかなかった、と言っていた。隣に人が来るたびに、心臓が爆発しそうになったらしい。おまけに、鼻血まで出てしまい、「本当に最悪の状態だった。」と振り返っていた。奇跡的に、検札官は回ってこなかった。乗り換えたあとの急行や、帰りの急行や特急では、必ず検札されたそうで、本当に幸運としか言いようがない。夫が前日の夜に、担当者に、娘は8時40分に駅に着くので、できればピックアップして欲しい、というようなお願いのメールを出し、念のため、恵子の携帯の番号も知らせておいた。その予定の電車には恵子は乗ることができなかったのだが、その次の急行に乗ったことを私は担当者に電話をしておいたので、駅に着く頃を見計らって、担当者が恵子に電話してくれて、ハウスマイスターがちょうど駅前を通るから、といって、その人が恵子をピックアップしてくれ、学校まで連れて行ってくれた。恵子の話によると、恵子以外はみんな保護者と来ていたそうだ。子供たちが試験を受けている間、校長の話を聞いたり、質疑応答があったり、施設見学をしたようだ。試験は、知能テストのみ。延べ2時間半ぐらいテストを受けていたようだ。グループテストと言われていたのだが、みんなでいっせいに受ける、という意味だったらしい。来期7年生から10年生になる子供たちが試験を受けたのだが、学年によって、難しさのレベルが違ったそうだ。試験を受けた子は12人で、女の子は4人だけだったと言っていた。ドイツ全国から来ていたようだ。この学校は、寮生活になるので、どこに住んでいようと関係ない。帰りは、途中まで現在7年生の女の子とその子のお母さんと一緒だったそうだ。この州立ギムナジウムは、レベル的に、たぶん、日本で言えば、偏差値70以上という学校になると思う。ドイツには、そういう学校が少ない。一般のギムナジウムは、たぶん、偏差値50ー55レベルではないかと思う。一緒に帰ったこのお母さんの話によると、偏差値の高いギムナジウムがドイツに少ないうえ、この州立校が一番費用がかからないので、他の州からも受けに来る人が多いのだろう、とのことだった。ちなみにこの学校の学費は、公立校だから無料。寮生活費と事務費が月々500ユーロ弱(約5万5000円)かかる。この子のお母さんは、「今日、この試験を受けることは、内緒にしているの。だから、学校にも、風邪のため欠席する、と言っておいたわ。だって、もし、試験に落ちてたら、はずかしいでしょ。」と言ったそうだ。しかし、私は、昨日の朝、学校に、「今日は、急遽試験を受けることになり、欠席します。」とバカ正直に理由を伝えてしまった。まあ、いずれにしても、学校側には、推薦状も書いてもらったわけで、恵子が受験することを知っているから、いまさら隠すことでもないと思う。結果は来週わかるそうだ。テストに受かれば、その次は面接がある。書類選考でテストに呼ばれると聞いていたが、恵子の場合、月曜日の午後に書類を郵送し、火曜日にはテストの通知を受け取ったわけで、書類は関係なかったのではないかと思う。やっぱり、知能指数が一番問題になるのかもしれない。今週の土曜日は、その学校のオープンデー。しかし、夫は、その日の夕方に上海に行く。「学校には家族みんなで見学に行って、その後、僕をStuttgart中央駅で降ろして、君達は家に帰ればいい。」と言われたけど、一人で車を運転する自信がない。地元の慣れた田舎道は全く問題ないが、交通量や車線の多い道路やアウトバーンを走るのは苦手。しかも、初めての道は、どこで曲がるのか、どの車線を走っていればいいのか迷うので、夫が助手席にいない状態で運転するのは怖い。今度こそ、恵子のために何かをしてあげなくては・・と思うけど、私には荷が重い。
2011年01月13日
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時差がまだ抜けず、8時に寝て3時に起きる生活が続いている。子供たちも、早寝早起き。特にニコちゃんは、生活サイクルが4-5時間ほどが狂っている。ちなみに、ドイツと日本の時差は8時間。夫は、月曜日にまた北の果てに行ってしまった。向こうに着いたのが夜の8時30分ごろで、家に電話をしたけど、誰も出なかった・・・とメールに書いてあった。8時には眠たくなるので、7時にこちらから電話するとメールの返信をして、昨日夜7時に電話をした。夫は、「さっき僕が転送したメールを見た?」と言った。急いでチェックしたら、なんと州立ギムナジウムからの選考試験のお知らせのメールだった。試験日は、今日!昨日の日付のメールで、今日の試験のお知らせって、ひどすぎる。州立ギムナジウムには、応募要項を月曜日に発送した。今週の土曜日が一般公開日になっており、参加するに当たり、事前に予約する必要があるのかと昨日夫が問い合わせをしたらしい。その時担当者に、明日入学選抜試験があるから、来てください、と言われたらしい。夫は、明日と言うのはあまりにも急すぎるので無理だと最初は断ったらしいが、「わが校に入学するには、試験に受からなければならない。受からなければ、一般公開日に来ても意味がない。」と言われたそうだ。電車で行かなければならないので、時刻表を調べたら、6時20分の電車に乗れば間に合うので、参加することにした。この学校の来期の入学応募は、2月末が締め切り。しかし、入学選考試験は、日程が決まっているわけではなく、12人集まり次第行うようだ。今日の試験に、たまたま空きがあったので、こういうことになったらしい。試験費用は30ユーロ。州立ギムナジウムの選考試験は、「知能テスト」。IQ130以上が最低条件になっている。ここでスクリーニングされる。そのほか、グループテストがあるようだ。試験時間は、休憩も含め、約3時間と書いてあった。子供が試験を受けている間、親は、校長と話したり、学校の施設を見学できる、と書いてあった。ということは、ほとんどの子供は、親と行くのだろう。しかし、我が家の場合、ニコちゃんや賢浩を連れて行くこともおいていくこともできず、恵子に一人で行ってもらうことにした。とりあえず、駅から学校までの地図や、時刻表などをプリントアウトして、恵子にもたせた。集合は、午前10時。ということは、終わるのは午後1時ごろだから、その間おなかもすくだろうし、軽食も持たせた。しかし、ニコちゃんも早くから起きており、「あれしたい」「これしてくれ」と要求がうるさい。「ママは忙しいから、待っててね。」と言っても、聞いてくれる相手ではない。出かけようとしたら、「ニコちゃんも行きたい!」とぐずられ、大変だった。私は切符を買ったりするために、恵子を駅まで見送りに行ったが、ニコちゃんにわずらわされて、家を出たのがぎりぎり。駅に電車が入ってくるのが見えたので、あわてて走った。切符を買う時間もなく、恵子を飛び乗らせた。うちは、田舎なので、電車の本数が少ない。この電車を逃したら、10時には間に合わない。だから、恵子を無理やり乗せてしまったのだけど、結果的に無賃乗車をさせてしまったことになる。ドイツは、改札口がなく、電車の中で検札官が回ってくる。そのとき、有効な切符を持っていない人には、罰金が課せられる。電車のドアにも、「乗る前に切符を買ってください」「キセルは犯罪です」と言うようなことがでかでかと書いてあった。無賃乗車が見つかった場合、身分証明書の提示を求められ、名前などを控えられてしまう。自分の娘を犯罪者にしてしまったような気分になった。恵子も、いつ検札官がくるかもわからず、すごく不安だったと思う。ただでさえ、急な試験で気も動転しているし、緊張もしているし、初めての場所に一人で行かなくてはならず、心細いのに、さらに追い討ちをかけるように、不安な気持ちにさせてしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。駅からの帰り道、恵子の心中を察するといたたまれなくなり、泣けてきて仕方がなかった。家に帰って、すぐにインターネットで調べたが、途中下車をして切符を買ってから、次の電車で行ったのでは、間に合わないことがわかった。何が何でも、終点まで行くしか方法はない。恵子からすぐに電話があった。すごく声が不安そうだった。検札官が来たら、ありのまま事情を話し、言われるとおりにしなさい、と伝えた。万が一、幸運にも、検札官が来なかったら、Stuttgartの駅で切符を買いなさい、とも伝えた。その場合、特急には乗り継げないが、次の急行でも間にあうので大丈夫だと言うことも教えた。奇跡的に、検札官はこなかったそうだ。いずれにしても、電車が遅れ、特急には乗れなかったようだ。でも、急行には乗れたので、良かった。私は、学校に連絡して、駅からの行き方を聞いて、恵子に電話した。恵子は、急行に乗ったら、すぐに検札官が来た、と言っていた。なんて、幸運だったんだろう。駅から学校へ何番のバスにのってどの停留所で降りるかを伝えた。しかし、しばらくして、恵子から、「ママ、今自分がどのへんにいるのかわからなくなっちゃたの。もしかして、駅、過ぎちゃったかも・・・・」と心細そうな声で電話があった。ドイツの電車では、ほとんどアナウンスがない。各駅や急行では、止まる駅が多すぎて、自分がどの駅辺りにいるのか、初めて乗る電車だとわかならんくなることはよくある。時刻表どおりであれば、もう通過している時間だった。しかし、そこで電話が切れてしまった。恵子に持たせている携帯はプリペイドカード式のもの。もしかして、もう残高がないのかもしれない。昨日の今日だったので、料金を追加することができなかった。こちらからかけても応答がない。もう本当に心配で心配で仕方ない。恵子は、もっと心細いと思う。我が家では、「大きい子」という扱いをしているけど、なんといっても、まだ13歳。一人で電車に乗って、全くなじみのない遠くの町まで行って、試験を受けるなんて、酷なことをさせているなーと思う。神様、どうか恵子が無事に試験会場までたどり着けますように・・・
2011年01月12日
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今回の日本滞在は、前半は九州旅行、後半は東京の実家で過ごした。ドイツから東京に着いた日、気温が15度もあって、子供達は「夏みたいだ!」と驚いていた。翌日から九州旅行だったのだが、東京がこんなに暖かいなら、鹿児島はもっと暑いに違いないと思い、なるべく荷物を減らすため、厚手の服をあまり持っていかなかった。ところが、九州には寒気団がきており、めちゃくちゃ寒かった。毎日、冷たい雨。最後の二日間は雪だった。九州旅行は、私たち4人を含め総勢15名。3歳から80歳と年齢も幅広い。子供はうちの3人と義姉の友達夫婦のところの2名。6歳と8歳の女の子だった。私と子供達は、日本語で話し、あとの人たちは広東語で会話している。でも、私たちと話すときは、みんな英語を使ってくれる。驚いたのは、6歳と8歳の女の子も、英語がかなり上手だったこと。彼女たちは、家では広東語しか使っていないそうだ。幼稚園はインターに通っていたそうだが、小学校は、公立で広東語で授業が行われる。英語は授業で習っているだけ。中国語(北京語)の授業もあるそうで、北京語もかなりできるらしい。ドイツも、私たちの州は小学校1年生から英語の授業があるが、日常英会話が支障なくできる子なんて、家で使っていないかぎり、いないと思う。日本でもそうだと思う。今の事情は知らないが、中学から英語を本格的に習っても、中学生で堂々と英語で会話できる子が何人いるのかと思う。どうしてこんなに英語がしゃべれるのか彼女たちのママに聞いてみたら、たぶんてれびを見ていて覚えたのではないかと思う、と言った。香港では、私が住んでいたときは、地上波は4つチャンネルがあり、二つが広東語、あとの二つが英語放送だった。放送局は二つで、それぞれが英語と広東語のチャンネルを持っていたように記憶している。同じ番組でも、広東語と英語の両方で見ることができた。もちろん、ケーブルに加入すれば、日本語放送も含め、さらにいろいろな番組がみることができる。1997年までイギリスの植民地だったので、公用語は広東語と英語のふたつで、役所の書類は、すべて2ヶ国語で用意されていた。今は、たぶんそれに中国語(北京語)も加わっているのではないかと思う。つまり、日常生活を送るだけで、自然に2カ国語、3カ国語に触れるチャンスが多い環境になっているというわけ。女の子二人の上手な英語を聞きながら、本当に私は感心してしまった。私たちの今回の旅行は、すべてアメリカに住む義兄が計画を立ててくれた。ホテルもすべて彼が予約してくれた。義兄は日本語が上手なので、現地でも、率先して立ち回ってくれた。ローカル電車やバスの時刻表もあらかじめインターネットで調べ、すべてプリントアウトしてあった。鹿児島に着いた翌日、電車とバスで、流しそうめんで有名な唐仙峡と指宿の砂蒸温泉にいったのだけど、電車やバスの本数の少ないところだった。でも、義兄があらかじめ全部計画を練ってくれていたので、スムーズにすべてのことが運んだ。冬に流しそうめんなんて、ちょっとびっくりだったが、観光地のようで、年中無休という看板があった。さすがに人は少なく、だるまストーブにあたりながら流しそうめんを食べるのは不思議な感覚だったが、初めての経験だったので、話のネタにはなった。私たちは、どこに行っても、不思議な団体に思われたようだ。3カ国語が飛びかっているし、老人から幼児まで、年齢もばらばら。義兄は日本語が達者だが、アクセントで外人と一発でわかる。だから、私が日本語を話すと、「あら、あなた、日本語上手ね。」「えっ、日本人なの? どおりで、日本語がうまいと思ったわ。」としょっちゅう言われた。旅館の仲居さんに、「失礼だけど、あなたたちのご関係はどうなっているの?」と直接聞かれたこともあった。レストランでみんなのオーダーを取っている時に、「悪いけど、添乗員さんが、みなさんの注文をまとめてくれる?」と私に言った人もいた。私たちは韓国人と間違えられることが多かった。それほど韓国からの旅行客が多いのだろう。どこに行っても、韓国語と中国語の表示はあった。東京では見慣れた光景だが、九州もいたるところでそうだった。鹿児島からは、ソウルや上海に飛ぶほうが、東京より早い。鹿児島県からも、天気のいい日には韓国が見えるほどの近さらしい。鹿児島からは香港への直行便もでている。地方の国際化って私が思っている以上に進んでいるのだなーと感じた旅行であった。もうひとつ驚いたことは、どこに行っても、消毒液のスプレーがあったこと。ホテルでも、旅館でも、水族館でも、レストランでも、本当にいたるところにおいてあった。私は、日本人の潔癖症は、ちょっと過剰すぎると思った。マスクをしている人もいたるところにいる。しかも、接客しているのに、マスクをしているのが、すごく気になった。別に風邪をひいているわけではなく、たぶん予防のためにしているマスクだろう。ドイツでの生活になれた私にとっては、ものすごく違和感を感じる光景だ。病院でもないのに、こんなにしょっちゅう消毒していたら、免疫力が低下するのではないかと思う。特に、消毒のしすぎは、乳児以外の子供にはかえってよくないのではないかと思った。 インフルエンザ予防のため、と言う表示があったが、口蹄疫騒ぎも関係しているのかもしれない。それにしても、私には、この光景は異常に映った。
2011年01月11日
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行きほどではないが、帰りのフライトも大変だった。私たちのような一時帰国組は、月曜日からの生活を考えて、だいたい土曜日に帰ると予想していたので、きっとすいているだろうと考えていたが、世界で一番大きなジェット旅客機エアバス380なのに、行きと同じく満席だった。でも、今回は、あらかじめ予約していたとおり、通路を挟んで、2名づつ並んで座ることができた。4人一列で座るより、話もしやすいし、出入りも楽だし、すいていたら、3列席は、隣が空席になるかもしれない・・・と考えたからだ。ところが、結果的には、あまり良くなかった。まず、賢浩は恵子と座ったのだが、隣の人に、「椅子をがたがた揺らさないで」「もう少し静かにしてね。」と注意されていた。ゲームをしていて、エキサイトしていたからだ。ニコちゃんは私と座ったが、やはり隣の人に、何度も、「静かにして」と注意されてしまった。その人は、静かにして、と言ったわけではなく、人差し指を唇に当てて、「シー」というしぐさを何度も何度もニコちゃんにしていた。それがものすごく私に無言のプレッシャーになった。途中で、席を交代して、ニコちゃんを通路側にして私がその人の隣に座るようにしたが、それでも、気に障ったようで、連れの人とその人も席を交換し、最初は4人がけの真ん中に座っていた二人は、端と端に座るようになった。ニコちゃんに、トイレを何度も聞いたのだけど、ぎりぎりになるまで行きたいと言わない。行きたいと言ったときには、すでに我慢の限界に近く、でも、トイレ前にはいつも列ができていて、困った。ニコちゃんは、股間を押さえながら、足踏み状態で、それを見て、みんな「お先にどうぞ」と譲ってくれた。本当に申し訳ない。フランクフルト着陸間際になって、3度目の「しっこ」と言われ、CAに頼んだが、やはり無理だった。シートベルト着用のサインが消えてから、トイレに行ったのだけど、トイレは座席後方。みんな、荷物をとりだすために通路に立っているし、出口は前方で、前方に行く体制なので、流れに逆行する感じになってしまう。それでもニコちゃんを抱えてトイレに向かった。2歳児ならまだオムツもありえるが、3歳児はほとんどの子がパンツのはず。みなさん、長距離フライトの時はどうしているのかな、と思った。フランクフルト空港では、乗り換えに3時間もあった。でも、賢浩はぐったりベンチに横たわった状態。具合が悪いと言っていた。搭乗ゲートに早めにいったが、オーバーブッキングだったようで、ボランティアで電車でシュトゥッツガルトまで行く人を募るアナウンスがあった。特急券と補償として105ユーロ支払うと言っていた。もし、私が一人旅だったら、補償につられて電車で帰ったかもしれない。しかし、ぐったり疲れきっている子供3人と荷物を抱えていまさら駅まで歩く気力もなかった。フランクフルトでは、飛行機までバスに乗ることになった。ゲートを通って、1階に降り、薄暗い廊下のようなところでバスを待っている間、賢浩が吐いてしまった。ジャケットは汚れるし、床も汚してしまって、どうしよう・・と思った。ゲートまで戻って、係りの人に伝えた。「清掃する人をそちらにやります」と言ってくれたけど、全然こなかった。バスを待っている間の10分は、その汚物がいやでも目に入り、その上に新聞をかぶせたけど、周りの人の視線がつらかった。とにかく、冬場は、ジャケットが邪魔。空港内では暑いので、子供達は着たがらない。だから手に持つことになるのだが、そのほかに、普通の手荷物もあり、さらに、ニコちゃんに抱っこをせがまれたりと、こちらも目一杯。賢浩の面倒まで手が回らない。フランクフルトからシュトゥッツガルトまでの飛行時間は30分ほどで短い。でも、子供3人は熟睡。到着してから、恵子と賢浩は目を覚ましてくれたけど、ニコちゃんは、全くおきない。仕方なく、全員が降りてから、ニコちゃんと荷物をかかえて、飛行機を降りた。CAさんが「手伝いましょうか?」といって、ニコちゃんを抱っこしてくれたけど、それも、飛行機の出口まで。そこからは、ニコちゃんをかかえて荷物のターンテーブルまで行かなくてはならず、腕が折れそうだった。夫に迎えに来てもらったので、そこからは、楽だったけど、ニコちゃんと賢浩は車中ズーット寝ていた。ニコちゃんは、家についてもおきず、そのまま歯も磨かず、洋服も着替えず、寝かせることにした。日本に行くのは楽しいけど、とにかく、行きと帰りが大変すぎて、二度と子供たちとは旅行したくない、と思ったほどだ。ところで、今回、日本では九州旅行をした。冬でも鹿児島なら暖かいだろう、という発想だったのだが、東京より寒くて、大雪にも見舞われた。鹿児島から、熊本のグリーンランドという遊園地にも行ったのだが、このとき、私たちは、九州新幹線つばめにも乗車した。すごくきれいで快適だった。で、この新幹線をのるため、事前にJR九州パスを購入した。このパスは、基本的には、外国人旅行客向けなのだが、日本人でも、海外に永住している人は使用できる。ただし、外国で購入する必要がある。わたしの場合、アメリカに住む義兄がオンラインで購入してくれた。その予約票をみどりの窓口に行き、PASSに交換するのだけど、この手続きに、2時間もかかってしまった。パスポートとわたしの場合は、永住を証明できるものを見せればよいのかと思っていたが、航空券のEチケットの番号が必要と言われた。そんなことは誰も知らなかったので、皆ホテルのセキュリティーBOXに預けていたし、私にいたっては、東京の実家に丸ごとおいてきた。私は実家に電話をしたり、他の人たちは、ホテルに帰ってとってきてくださいとまで言われていた。今回の旅行は、私たちのほか、香港から来たグループとアメリカから来たグループがいた。彼らは、いずれもインターネットで航空券を予約していたので、インターネットでチェックすることができた。しかし、アメリカから来た義姉夫婦は、「アメリカでは、Eチケット番号はない。予約番号を伝えるだけで発券してもらえる。」と言ったら、「そんなはずはない。」とそこでもめてしまった。何度、Eチケットナンバーはないと言っても、それはおかしいと言って、納得してもらえなかった。航空会社に問い合わせますとまで言われた。しかし、その日は週末で航空会社は休みだった。それでは、日本に来た時の搭乗券の半券を見せてくれ、と要求された。義姉は、そんなものは捨ててしまった、と言った。埒が明かなかった。最後には、発券してもらえたが、とにかく手間取った。最近になって、申し込み記入用紙のフォームが変わり、確認事項が増えたそうだ。私たちは、最初、旧式の、申込書に記入させられ、あとで、向こう側がそのことに気づき、新しいフォームに記入することになったので、2度手間になったわけだ。たぶん、外国人留学生も増え、国籍を問わず、日本に住んでいる人は使えないPASSなので、航空券の確認もすることになったのだろう。かなりチックが厳しかった。でも、日本人であっても海外永住組は、問題なく使える。新幹線も乗れるし、指定席も料金がかからずとれるので、便利なPASSだと思う。
2011年01月10日
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昨日、日本から帰国した。家に着いたのは夜の8時。今朝は子供達は学校や幼稚園に復帰できるか心配だったが、時差のせいで、みんなこちらが起こさなくても早くに起きてきた。みんな、「行きたくなーい。」と文句を言いながらも出かけていった。日本は楽しくて、ドイツに帰りたくなかった。しかし、日本での滞在目的の「嵐三昧」はあまりかなわなかった。どちらかというと、SMAPばかりが目に付いた。日本に行けば、もっと町中に嵐の広告があふれていて、テレビをつければ、いやでも目に入るのかと思っていたが、見れたのは、紅白と2本の特番ぐらい。はっきりいって、日本滞在中は、この半年で、一番嵐ごとから遠ざかってしまったぐらい、嵐とはあまり縁のない生活だった。海外にいるほうが、情報を求めないと入ってこない分、よりFanaticになるのかもね。ところで、フライトは、行きも帰りも散々だった。当日は雨で、雪でキャンセルの心配はなかった。Stuttgart空港について、チックインカウンターに並んだとき、どれだけほっとしたことか・・・・。ところが、悪夢はここから始まった。なんと、私の予約は、キャンセルされており、2時間早い便に変更されていたと言われた。「あなたは、旅行代理店で、頼んだのね。それじゃあ、旅行代理店が普通、あなたに予約の変更を告げているはずだけど、聞いてないなんて、変ね。旅行代理店に電話して確かめてみて。」といわれ、思わずその場で私は泣き崩れてしまった・・・・恵子が、「ママ、しっかりして、私が電話はかけてあげるから。大丈夫だよ、きっと。どうにかなるよ。」となぐさめてくれた。まったく、どちらが親なのか・・・・・。係りの人が、「旅行代理店にはわたしがかけてあげるわ。」といってくれたが、「その前に、次の便に予約をまたしなおせばいい話よね。」と手続きをしてくれた。ところが、次の便では、フランクフルトでの乗り換えに間に合わないことがわかり、「電車で行ってください。今ならまだ間に合うはず。」と言われた。旅行代理店にクレームする時間的余裕なんてなくて、そこからは、走りっぱなし。シュトゥッツガルト空港駅からシュトゥッツガルト中央駅に行き、そこのルフトハンザのカウンターで、フランクフルト空港駅行きの特急券を発券してもらった。荷物を預けたかったが、もって行ってくれ、と言われた。ニコちゃんは疲れて歩けない状態で、恵子がおんぶ。私と賢浩は大きなスーツケースを持って、ひたすら駅構内を走り、ぎりぎりで特急に間に合った。「空いている席に座ってくれ。」といわれたが、空いている席なんてなかった。すごく込んでいたし、大きな荷物で立っている場所を確保するのも大変だった。ニコちゃんは途中で寝てしまうし、電車は遅れるし、駅に到着したのは、出発40分前。駅のルフトハンザのカウンターでチェックインできるといわれたが、すでにクローズで、発券できないといわれた。駅から空港のチェックインカウンターまで、恵子はニコちゃんを抱っこしたまま、私たちは重い荷物を引きながら、猛ダッシュ。どうにか発券してもらったのが、「スタンドバイ」。つまり、空席待ちになってしまった。最後の最後まで搭乗出来るかどうかわからない状態で、体力も神経も消耗しきってしまった。運よく、4人とも乗れたが、ばらばらの席。わざわざ6ヶ月前から通路側の席を指定していたのに、誰も交換したくない、3人がけの真ん中、4人がけの真ん中の席になってしまった。賢浩は、着陸間際、酔って、吐いてしまったそうだが、エチケット袋がどこにあるかわからず、手に吐いて、洋服まで汚してしまった。隣の席の人が助けてくれたそうだが、私はこの事実を飛行機を降りてから知った。わたしの隣に座っていた人は、前日に名古屋空港に帰る予定が、悪天候でキャンセルになり、その日は朝7時から空港につめて、日本に行きの便の空席待ちをしていた、と言った。その人は、名古屋発着のツアーの参加者で、ツアー参加者23名中、成田行きに10名、関空行きに13名のって帰ることになったらしい。「私たちは、ラッキーよ。1泊伸びただけだから。この雪の影響で、空の便が麻痺して、2日間以上足止めを食っている人もいるそうよ。」と言っていた。悪天候での欠航は「天災」になるので、成田から名古屋に帰る新幹線代は旅行会社の負担ではなく、自腹負担になるそうだ。そう考えれば、私たちはキャンセル待ちになったとはいえ、結局は乗れたのだから、文句は言えないのかもしれない。しかし、それでも、本当に大変で、やはり腹の虫が収まらない。今朝、旅行代理店に文句を言いに行ったら、「私たちは、あなたのフライトの予約を変更してはいない。」と言われた。調べてもらったら、その当日に私たちが乗る便のキャンセルが決まったそうだ。理由は悪天候ではなく、たぶん、乗客があまりいなかったからだろう、とのこと。だから、旅行代理店も知らなかったし、結局は、私たちは、余分な支払いをせずに電車でいけたので、それが「弁償」に相当するといわれた。しかし、一応、旅行代理店からルフトハンザにクレームをつけてもらうことにした。ルフトハンザのカウンターでは、旅行代理店の責任、といわれ、旅行代理店では、ルフトハンザの責任、と言う。このままで済ますのは、あまりにも癪に障る。
2011年01月10日
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