全3件 (3件中 1-3件目)
1
原発事故以来、日本も中国を笑えなくなったなと嘆かわしく思っていたのだが、さすがに、日本ではこんなことはないでしょう。<中国高速鉄道>早期再開に市民ら疑念毎日新聞 7月25日(月)23時41分配信これは、落雷事故なんてことじゃないような気がするのは、私だけではないでしょう。相当まずいことがあるので、証拠隠滅を図ったとしか思えない。この期に及んで、中国鉄道省の報道官が高速鉄道に自信を持っていると言ったのも、ひょっとするとシステムトラブル以外の要因があったせいでは?それにしても、こんなことをやって信頼回復できるとでも考えるとするなら、あまりにも世界の常識からかけ離れていて、この情報社会になんと愚かなと思うしかない。隣の国の愚かさに、日本政府はちょっと救われたかも。こんな記事も見つけたけど、あんな手荒な破壊をしておいて、正しい調査ができるとも思えないし…。中国、批判受け方針転換か、事故車両を詳細に調査へ。(情報提供:共同通信社)
2011年07月26日
コメント(2)
原発事故が起きてしばらくたってから、武田邦彦(中部大学)教授のHPをしばしば読んでいる。私は武田先生の主張にとても共感しているが、批判的な人もいるようだ。それでも、今日のブログはとても共感したので、転載しておきたい。どうしても原発を動かしたい人にお願い! 使命感か、お金か、経済か、それは不明だけれど、どうしても原発を動かしたい人がいる。立派な人でも原発再開に賛成している人がいる。だからあながち間違っているとは言えないかも知れない。 ・・・・・・・・・ でも事実はこうだ。 2007年に震度6の地震が2つ起こり、石川県の志賀(しか)原発と、新潟県の柏崎刈羽原発が破壊した。 震度6以上で設計していたら、破壊してはいけない。 2011年に震度6の地震が起こり、青森県の東通、宮城県の女川、福島県の福島第一、第二、そして茨城県の東海原発が壊れた。 さらに静岡県の浜岡原発が運転を休止した。 つまり、震度6で、東日本の青森から石川までの原発はすべて壊れたのだ。 東日本は全滅した。 この事実をみて、「原発は安全だ」という技術者はいない。日本の技術者は全員、おそらく「原発を止めて欲しい。私たちが誤った。このままでは危ない」と思っているだろう。 技術とはそういうものだし、私もそういう人生を送ってきた。原発がもろかったことに強く反省しているが事実は事実である。 ・・・・・・・・・ 福島の子供たちは苦しむだろう。 福島の農家の方は苦しんでいる。 なんの咎もないのに、苦しんでいる。 それは、私たちが電気を使いたいからというだけだ。 ・・・・・・・・・ それでもどうしても原発を動かしたい人たちがいる。 彼らにも彼らの正義がある。だから、残念だが、それを認めなければならないだろう。自分は神様ではないから、自分が間違っているかもしれないからだ。でも、2度と再び、福島の子供、福島の農家の苦痛を拡げたくない。 ・・・・・・・・・ どうしても原発を動かしたいなら、救命ボートを用意してください! 原発の救命ボートは簡単です。 1) インフルエンザ用のマスク、 2) 当面の水、 3) 気象庁が風向きをテレビで連続的に示す、 4) 市役所が放射線をはかって高いところを示す、 5) 県は女と子供を避難させるバスを用意する。 これだけやってくれれば、原発の近くの人も被爆しない。 そしてさらに国家は 6) すぐ除染を始められる体制をとる、 7) 農家などの1年分の生活費を用意する(1年で除染する)。 この7つができたところから原発の再開をしたければ仕方がない。 私は技術者として再開して欲しくないが、どうしても電気が欲しい人がいれば仕方がない。 でも、救命ボートだけは用意して欲しい。なにもしないで再開したら、また福島の農家の人の苦しみを繰り返す。そんなことはどうしても我慢できない。 (平成23年7月14日 午後11時 執筆)
2011年07月15日
コメント(2)
先月末の土曜日、中学時代の同期会が開催された。四年に一度の同期会も、今回で5回目。5クラスの担任の先生が全員出席して下さったのには、私達幹事一同も大喜び。実は、もう少し早くこのことについて書こうと思ったのだが、ちょっと忙しかったのと、自分の心の整理がなかなかできなかったことで、ブログに書くことができなかった。今回は、「還暦同期会」と銘打って各クラスに呼びかけたのだが、やはり参加者は似たような顔ぶれである。それでも、この4年のうちに何人か亡くなったり、病気で入院したりした人もいる。一番大きい変化は、「定年退職」の時期を迎え、第二の仕事についていたり、しばらくは骨やすめと「主夫生活」をしているなど男性の面々の雰囲気が変わっていたことだろうか。女性達はますます元気になっている感じであった。今回は、本州からの幼なじみといえる小学校時代からの参加者があって、私は、土曜日~月曜日までの三日間、彼らと付き合うことになった。「心の整理ができなかった」と書いたのは、その幼なじみたちのこれまでのことや、今回の再会で知った同級生の現在の状況にとても重いものがあって、「楽しかった」では済まされない感情が渦巻いていたのだ。私は小中学校、そして高校生まではいわゆる「いいこちゃん」で通っていたと思う。そうなるにはそれなりの環境があり、プロセスがあり、決して良い子ちゃんを楽しんでいたわけではない。それゆえに、当時の私は自分のことで精一杯で、周囲のクラスメートがどのような家庭環境にあり、どのような気持ちで日々を過ごしていたか、想像もしなかった。それが、この年齢になってはじめて語れるということもあり、今回は何人かのそのような思いに触れることがあったのだ。一言でいえば、「みんなよく頑張って生きてきたな」ということだ。そして、まじめに頑張り続け、我慢し続けてきたことが、必ずしも幸せな状況につながるわけではないという現実も知った。同期会に集まるような人たちは、基本的には現在の生活や心理状態が安定している人がほとんどだ。しかし、特に私達のクラスは担任の先生が家庭的に恵まれない子たちを精一杯フォローしていたこともあり、「先生に会いたい」という気持ちで参加する人が多い。これは、他のクラスとは違うところだ。つまり、私は今思えばとても良い担任と、良いクラス集団の中にいた。それなのに、「いい子ちゃん」を演じ続けることに神経をすり減らしていた私には、人生のうちで一番苦しかったのが、その中学時代なのだ。今回も、自分の認識や思い出と、周囲のクラスメートたちの思いのあまりのずれに、中学生の頃の自分の愚かさを呪いたくなることが何度もあった。様々な事情で大変な状況にあっても、思い切って参加してくれて正直に今の思いを語る人たち。その多くは、中卒で働いたり家業を手伝ったりしてきた人たち。本当に苦労が多いことだったであろう。そして、その苦労が必ずしも報われているというわけでもない。それでも、「おかげさまで何とかやってるよ」と言う笑顔に、本当に尊敬されるべきは、このように日々を誠実に謙虚に生きている人たちだと思った。同期会には参加できない友を、幼なじみの5人で訪ねた。(行く前には、昨年亡くなった友のお墓参りもした)今は病の中にあり、家庭的にもとても辛い状況にあるその人を訪ねることに、私は始めは躊躇した。この5人は男2人と女3人。実は、思春期から成人の頃にかけて、もう一人の男性を加えて6人で色々あった。私が異性関係に極端に慎重になってしまったのは、その時の色々が影響していると思う。つまりは、「思う人に思われず、思わぬ人に思われて」の状態がこの6人で複雑に絡み合った。その時以来私は20年間、男性達とは会うことをしなかったくらいだ。そんな事情もあったので、私は正直なところ行くのをためらった。しかし結局は、運転手役の人に強引に連れて行かれたわけで…。その短い時間は、私には辛かった。辛抱強く、優しく、努力家でおしゃれで、みんなに優しかった彼が、どうしてこのようになってここにいなくてはならないのだ。友達に同情されることは彼の望みではないと思うので、「会えて良かった」という態度に徹しようと思うのだが、病気のために十分に言葉も発せず、歩くことも辛そうで、一瞬見せた笑顔に救われはしたけれど、私達が帰った後に彼が何を考えたのかと思うと、どうしようもない切なさが今も続いている。彼の病気が、長年の家庭的なストレスの影響もあるのではないかと思うとなおさらだった。それでも、再会の時間を作ってくれた彼らに、今は感謝している。彼が私に与えてくれた課題は、とても大きいものだったからだ。これから迎えるであろう老いや病に向き合うきっかけを、間違いなく彼は作ってくれたのだ。みんな、本当に頑張って生きてきたのだ。今回参加しなかった人たちも、みんな精一杯生きてきたのであろう。辛い季節を乗り越え、「あの時期があったから今がある」とみんなが笑えるなら一番いいのだが、人生そんなに甘くもないし平等でもない。理不尽なことが起きるのが現実だし、運・不運も必ずある。それがこの世だとはわかっているけれど、どうにもやりきれない思いが渦巻く。まだまだ書きたいことは多いのだが、思いを書きつくせそうもないのでやめておく。万年幹事の私は、「次は4年後だよね。またよろしくね」の声に「わかったよー」と返事をし、私なりのこのクラスでの役割を果たすしかない。4年後、どのような再会があるのかないのか誰もわからない。私が幹事をやっているかどうかだって、実はわからないことなのだ。大切なのは、今現在だ。現在を大切に生きていたら、辛い状況になったって少なくても恥じることはない。もしも私が寝たきり状態になっても、みんなを抵抗なく迎えられる自分になることが、これからの私の目標である。還暦って、やっぱり人生の節目なのかもしれない。
2011年07月07日
コメント(0)
全3件 (3件中 1-3件目)
1

![]()