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【訃報】山中恒さん死去、94歳 児童文学作家、「ボクラ少国民」3/19(木) 時事通信↑上記の記事を読み、山中恒さんという児童文学作家(ご本人は児童読み物作家と称していたそうだ)のことを知り、図書館分館で絵本「ハルばあちゃんの手」と「この船、地獄行き」を借りてきた。山中さんの作品は少年向けのようなので、この本も私にはあまり親和性はなかったのだけど、おっちょこちょいでドジばかりの男の子は、こんな感じなのかなと思っていた。そういえば、我が家の二人の息子たちにもこんなところあったかも。私はいつも「男の子は理解不能」と思っていたっけ。それはともかく、読みながら自分の子ども時代にどんな児童読み物があったかなと思い返していた。私の子ども時代は、本は学校で借りて読むもので、今思えば小さな図書室がすべてだった。次々に借りて読んでいたものは、外国の作家のものばかりだったような気がする。赤毛のアンシリーズや、少女パレアナ、小公子、小公女などなど。それと世界の偉人伝や、小学校高学年の頃にはまった石川啄木などを思い出す。男の子向けの本はどんなものがあっただろう。冒険ものもあったと思うが、トムソーヤーの冒険とか、ハックルベリーの冒険なども読んだような気がする。今確認したら、両方ともマーク・トウェインの作品で、『ハックルベリー・フィンの冒険』『トム・ソーヤーの冒険』が正しかったんだ。『王子と乞食』も彼の作品だったんだと今わかった。『王子と乞食』は感動した記憶があるのだが、冒険ものは私があまり共感しなかったようであまり覚えていない。いずれにせよ、図書室に並んでいる児童向けの本はみんな外国からの翻訳&ダイジェストものばかりだった。私は本を友達として育ち、その後も本にはとても救われたり学んだりして来たので、息子たちにも本が友達になってほしいと思っていた。だから、保育園に通っていた頃は「子どものとも」を毎月とっていたし、小学生になってからはそれぞれ毎月一冊、好きなハードカバーの本を書店で選ばせて買っていた。しかし、その頃になると子ども達は漫画に夢中になり、ハードカバーでも漫画的なものばかり買っていた。私はそれでもいいと思い買っていたのだが、やはり本当に買いたいものは漫画雑誌だったようだ。まあ仕方がないなと思っていたのだが、大人になってからは二人とも結構本を読む青年~大人になった。勿論今でも漫画も大好きで、彼らの持っている漫画を読むようになって私も漫画ファンになっている。どんな本でもいいのだ。やはり本は友達である。
2026年03月31日
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米イラン、戦闘終結へ駆け引き 「ホルムズ封鎖」で誤算 イスラエル強硬、収拾遠く〔深層探訪〕3/29(日) 開戦1カ月を経た米イスラエルとイランは、攻撃の応酬を続ける一方で、戦闘終結への駆け引きを強めている。米国の軍事作戦の目標は、当初の体制転換から事実上封鎖された要衝ホルムズ海峡の開放へと軸足が移った。トランプ米政権は核放棄など15項目の厳しい条件を突き付け、逆にイランは賠償金支払いなどを求めて対抗。イランの「脅威」排除に固執するイスラエルは攻撃強化の方針を崩さない。各国の思惑が複雑に絡み、事態収拾への道筋は不透明なままだ。(後略)戦争や紛争とは昔からそういうものなのかもしれない。その国や民族のプライドや意地はそれぞれだと思うが、トランプには損得や勝ち負けしかないから、相手のメンツを潰すことの怖さを知らなかったのかも。この状態で一番困っている国はどこだろう。イランではないはずだ。そして、それ以上に困っているのは、こんな争いに巻き込まれている無辜の人々だ。
2026年03月29日
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「ローラとわたし」キアラ・ヴァレンティーナ・セグレ 文 /パオロ・ドメニコーニ 絵/杉本あり 訳【内容紹介】ローラはわたしの親友で、いっしょに暮らしている。はじめて出会ったとき、ローラはひとりで苦しんでいた。わたしは、ローラの力になろうと決めた。毎日の散歩や、はじめて行った海…。女の子と盲導犬がともにすごす日々を美しく描いた感動の絵本。IBBY障害をもつ子どもたちへの推薦図書選定。【著者について】キアラ・ヴァレンティーナ・セグレ1982年ミラノに生まれる。分子腫瘍学で学位をとり、サイエンス・コミュニェーションで働いている。イタリアの出版社から子ども向けの絵本や読み物を出版している。パオロ・ドメニコーニイタリアのモデナに生まれる。絵画を学んだ後、広告会社に勤務した。現在は子どもの本のイラストの仕事で活躍している。杉本あり大学卒業後、出版社勤務を経てイタリアへ留学。インテリアデザインを学ぶ。エコ・デザインなど「暮らし」と「デザイン」をテーマに取材・執筆をしている。著書に 「 イタリア一人歩きノート 」「 イタリア一人暮らしノート 」(大和書房) 「 フィレンツェ 四季を彩る食卓 」(東京書籍)など。視覚に障害を持つ人達と、以前の仕事の中で出会ったことがある。先天性の全盲の人から(一人は生まれつき眼球がなかった)、色々な原因で途中で視力を失った人もいた。盲導犬と一緒に暮らしている人とは、親しくはなかったけれど時々会っていたのでその都度盲導犬の能力に感動もした。本当に犬というものは、訓練されているとはいえ、人間の仲間で理解者なのだなと感心するばかりだった。同時に、視力を失った人たちの聴力や周囲の雰囲気を感じ取る凄さにも驚くばかりだった。かつて、全盲の大学の講師に講演をお願いしたことがあり、その時に会場のドアの前で「随分大勢の人が来てくださっているのですね」と言われてビックリした。その人には、私が昼食の時などにお手伝いをしたのだが、最初に昼食の内容を教えられたとおりに時計の針の方向などで示してお伝えしたら、その後は何も説明の必要はなく、指で位置を確かめながら見えているかのように食べつつ、私達との会話が続いた。さらに、一度自己紹介をしたなら、声でその人のことを記憶するのだろう、不都合なく会話も続いた。その人はもともと能力が高い人でもあったのだろうが、もう「恐れ入りました!」と言うしかなかった。もう一人、点字図書館で働いていた男性と久しぶりに会った時に、私は懐かしさから自分の名前を名乗らず「Sさん、お久しぶりです」と話しかけた時、すぐに「あ、みらいさん、お久しぶりです!」と返事をされた時はビックリした。私の声はそれほど特徴的なのだろうか? いや、そうではなくて、彼は私達が顔を覚えるように、声と人を覚えているのだと思う。彼はほとんど見えていないと言っていたが、(ぼんやりと影が見えるような感じらしい)白杖も使わずにあまり不自由なく歩いている感じだった。その時は夜のイベントの会場だったのだが、彼は私たち以上に不自由なく動き回っていた。もう一人の鍼灸師の男性は、彼の言葉によれば「朝起きたら、何も見えなくなっていた」そうで、それから視覚障碍者として生きていくために鍼灸師の勉強をしたらしい。まだ目が見えないことに慣れていなかった頃(彼の言葉)、横断歩道を渡れずに一時間くらいそこで立ち止まって逡巡していたという。「その時が一番怖かったなあ」と笑いながら言っていたが、本当に不安で恐怖の時が何度も何度もあったことだろう。色々な障害があり、どれもが大変な不便があると思うが、私には目が見えなくなるのは一番怖いと思った。何よりも、私の楽しみは「本を読むこと」。これができなくなるのはとても怖い。当時は30代後半だったので、点字ボランティアにチャレンジしようかとも思ったことがあるが、忙しすぎて体験だけで終わってしまった。その時に点字図書にも触れてみたのだが、私の鈍感な指先ではただの凸凹にしか感じられず、白杖体験もしてみたが、アイマスクをつけて傍らには介助者もいるのにもかかわらず、一歩足を運ぶのにもとても不安だった。ためしに、アイマスクをしてまっすぐ歩いてみたらどうなるのか。スイカ割をしたことがあれば、目の見えない状態でまっすぐ目的の方向に歩くのが難しいことはわかると思う。まあ、そんな私でも本当に視力を失ったなら必死に頑張るのだろうが、私にそれができるのだろうかと、障害を持った人たちを心の底から尊敬したものだ。絵本からはちょっとはずれた思い出話になってしまったが、この絵本は中途失明者の不安や恐怖、そんな心を理解して寄り添うものの存在の大切さ、やがて勇気を出して歩き出し、次々と新しいチャレンジをしていく姿、その傍らに信頼できる相棒がいることがどんなに素晴らしいことか。そんなことを疑似体験させてくれる絵本だと思う。最初は「ローラつてどっち?」と思いながら読んでいたけれど、ああそうか、と思った時に静かに感動が広がった。犬はとても賢いし、人の言うことをよく理解するので、盲導犬だけではなく介助犬としても活躍しているはずだ。調べたら「日本介助犬協会」があったので、そのサイトを見たら色々わかると思います。実はこの絵本、友人のお勧めだったのだが、彼女が書いてくれた著者とは違っていた。別の本があるのだろうか。
2026年03月28日
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「かぐや姫のおとうと」広瀬寿子 作/丹地陽子 絵想は竹林で、いささ丸と名のるふしぎな少年と出会う。彼は1200年の前からくり返されてきたという生まれ代わりの話をする。信じられない想に、涼ちゃんが持つみごとな竹のじゅず玉こそ、その生まれ代わりの証だと…。時を超えて紡ぐ壮大な愛のファンタジー。図書館分館の絵本コーナーや児童書をブラブラしていて目についた本。「かぐや姫のおとうと」なんて面白い着想だなと借りてきた。出版社のサイトでは、「中学1年生に贈る読み物セット」と説明されているので、中学生向けなのか。ただ、読んでみたら引き込まれてとても面白かった。何だか、小中学生時代に本を読んでいた頃の気分が甦った感じ。物語の中に吸い込まれて行って、主人公やその他の登場人物と同じような気分で、ハラハラドキドキしてしまう。今でも私はそのような気持ちになる本が好きだし、そうならない本はまた違う気分で考えつつ読んでいる。さてこの本、確かに中学・高校生の少年少女の気持ちに添ってはいるが、憧れから恋愛、そして成長して大人としての愛に戸惑う気持ちがファンタジーの形をとってはいるがよく描かれている。同時に、現代の少年少女がかかえやすい様々な問題と、それを悩みながら乗り越えつつ成長していくプロセスも。最近は本を読まない子ども達が増えているらしいが、心の成長のためには、本を読みながら感じたり想像したりする時間はとても大切だと思う。そして私たち高齢者にとっては、たまには児童向けの本を読んで、かつての瑞々しい感情や感性を思い出すことも大切かも。
2026年03月27日
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「ハルばあちゃんの手」山中 恒 文/木下 晋ハルは海辺の小さな村に生まれた。「おや、ほくろのあるいい手じゃ。きっとこの子は器用だし、幸せになるよ」とハルの手をみて、みんながいった……。ハルばあちゃんの手を通して、歴史と社会が変わっていくなか、懸命に生きる女性の姿が浮かんでくる。その人生は、一見、大勢の同世代の人々と変わらず、平凡なようにみえるが、その生涯を貫いた深い愛が大河ドラマのように胸に迫ってくる。簡潔で力強い文に、モノクロの鉛筆画の奥深い世界が展開されている。新聞で山中恒さんという児童文学作家の訃報のことを知った。ご本人は「児童よみもの作家」と自称していたという、反骨の作家だったようだ。実はこの人のことを知らなかったのだが、お書きになったものを読んでみたいと図書館の分館に行った。しかし、彼の作品はあまり所蔵していなくて、この絵本があったので借りてきた。鉛筆で丁寧に描かれている絵が、ハルばあちゃんの人生をしみじみと感じさせる。ああ、私の祖母もこんな手をしていたかもしれないと思う。農家に生まれ、農家の嫁となり、あらゆるものをその手で作ってきた手。農作業で節くれだち、決して美しい手ではなかったけれど、たくましく頼もしい手だった。実はこの絵本、書庫にしまわれていたのだが(少し汚れもあるからかな)できれば多くの人に手に取ってほしいと思う。子ども向けの本というよりは、高齢者や大人が子供と一緒に読んでもらいたい。
2026年03月26日
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「怪物はささやく」パトリック・ネス 著、シヴォーン・ダウド 原案ジム・ケイ 装画本文挿絵、池田真紀子 訳【内容紹介】カーネギー賞、ケイト・グリーナウェイ賞ダブル受賞! 怪物は真夜中過ぎにやってきた。墓地にそびえるイチイの大木の怪物がコナーのもとに現われて言う。「おまえに三つの物語を話して聞かせる。わたしが語り終えたら、おまえが四つめの物語を話すのだ」闘病中の母の病気が悪化、学校では孤立……。そんなコナーに怪物は何をもたらすのか。夭折した天才のアイデアを、カーネギー賞受賞作家が完成させた、心締めつけられるような物語。児童文学に関わる仕事をしている友人に、「お勧めの児童書は何?」と聞いたら、紹介してくれた二冊のうちの一冊がこれ。当市の図書館にはこの本が所蔵されていたので、早速借りて読んだ。主人公の少年のコナーを取り巻く環境は、とても大変だ。離婚してシングルマザーの病気の母親、そりの合わないおばあちゃん、お父さんは別の家庭を持っていてなかなか会えない。それに加えて、家庭環境の噂がきっかけで、学校でも居場所は次第になくなり、かついじめっ子の標的になっている。ここまで概略を書いても、少年コナーがどれほどのストレスを背負いながら日々を送っているかわかるし、ちょっと想像力のある人なら、夜な夜な悪夢に襲われ真夜中に現れてよく理解できないことを話す怪物に悩まされていることはリアルに感じられるだろう。私も、コナー少年の心理状態に影響されながら本を読み進んだ。全体的に楽しい物語ではない。むしろ、読んでいて息苦しくなるような作品だ。しかし、その息苦しさは子どもが成長する過程で自分自身を見つめ、周囲の状況を理解しようとし、やりきれない思いを抱えながらも自分の本音は押し殺し、何とかうまくやっていこうとする時に生じる共通の心理だと思う。しかしそれを、このような物語で表現するとは!いや、児童向けの物語は多かれ少なかれそのような要素はあると思うのだが、これは規格外だ。怪物のささやきには、人間の真実がちりばめられている。人が根源的に併せ持っている善悪。苦しい時には嘘だって信じてしまう心理。生と死を見つめた時には、必ず伴う不安や孤独、かすかな希望や反転する絶望。そのことの矛盾に耐え切れず自分自身にさえ嘘をついたり、それを相手に転化したり。これは子どもだけではない、人間すべてに当てはまるし、まさに現在世界中で起きていることはそれによるものではないか。きっと、それぞれの世代によって、あるいはその人の体験によって、この本で受け止めるものは随分違うだろう。しかし、この本を多少でも面白いと感じたり、ドキドキしたり苦しくなったりする人は、コナーや周辺の人達に思いを重ねるはずだ。自分の中の混沌とした感情を揺さぶり、それを物語という形で客観視することは、老若男女誰にでも大切なことだろうと思う。さて、怪物とは何者なのか。怪物の存在を感じたことがある人ならば、思い当たることでしょう。とても良い作品だと思うので、興味のある人にはぜひ手に取っていただきたい。ネットで検索したら、映画化されているようですね。映画「怪物はささやく」
2026年03月24日
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壱岐と長崎への旅の記録ばかりで、その途中の出来事はスルーだった。ということで、この一週間の出来事メモ。3月15日(日)この日の午前中に中学時代の同級生から電話がある。「急だけど、久しぶりにKさんと会えないかな」基本的に嫌でないことは断らない私は勿論OK。ということで一人暮らしの彼女の家に行き、三時間ばかりおしゃべり。中学時代にはさほど仲良しという関係でもなかったけれど、ずっとクラス会の幹事をしてきたおかげで、彼女たちとも親しくなってきたような気がする。いつも、話すたびにそれぞれに対しての新しい発見がある。二人とも、結婚して子育てをするようになってから色々な出来事があった。それを悩みながらも乗り越えてきて、今の穏やかな生活がある。人生、こうじゃなくちゃねと思う。3月20日(金)このことについてはずっと心配していたので記録しておこう。友好ムードの会談を野党歓迎、中道・小川代表「多としたい」…共産は「情けない対米追随外交」と批判3/20(金)読売 高市首相とトランプ米大統領の首脳会談で経済や安全保障などに関する連携強化が確認されたことに対し、与野党から評価する声が上がった。与党は会談の成果や意義を強調し、野党は国会での報告を求めた。 自民党の小林政調会長は20日、「首相とトランプ氏の強固な信頼関係の下、両国の経済、経済安全保障、安全保障それぞれの面において更なる連携強化が確認されたことは非常に意義深い」とのコメントを発表した。中東情勢が緊迫化する中、「わが国へのエネルギー供給を強化する日米間の取り組みに合意できたことは大きな成果」とも指摘した。 日本維新の会の斎藤政調会長は取材に対し、ホルムズ海峡の安全確保に向けたトランプ氏の協力要請について「日本として法の枠組みの中でできること、できないことがあるのを説明し、友好的なムードで会談を行えたことは大きかった」と語った。与党内では「今回の首脳会談は今後の政権運営を占う山場だった。首相のコミュニケーション能力と政府の準備の良さが光った」(維新幹部)との声が出ている。 野党も会談が友好ムードで行われたことを歓迎している。中道改革連合の小川代表は20日、高松市内で記者団に「非常に厳しい環境の中、温和な雰囲気で会談をやり切ったことは多としたい」と評価した。その上で、会談の詳細が不明だとして、衆参両院の本会議で報告することを要求した。 国民民主党の玉木代表は自身のX(旧ツイッター)に「友好的な雰囲気で終わって良かった」と投稿した。ホルムズ海峡での航行の安全確保については「日本自身の問題として主体的に考え、解決していかなければならない課題だ」との考えを示した。 一方、共産党の田村委員長は20日、党本部で記者団に「戦争と混乱をもたらしている張本人を礼賛する情けない対米追随外交に抗議したい」と批判した。私は、とにかく変な宿題を受け取らずに終わったことにはホッとした。トランプに抱きついていった姿にはギョッとしたが、その姿を見て(彼女は役割を果たすためには捨て身で行ける人なんだな)とも思った。なにしろ、トランプのようなタイプの人は、懐に飛び込みご機嫌を取り、彼の気分を損なわないようにすることが一番なのだから。奇襲攻撃についてのトランプの発言にはムッときたし、多分高市さんも皮肉の一つも言ってやりたいところだっただろうが、よくこらえたと思う。高市さんも随分入念に準備をしていったようで、今回のことは私としてはよくやったとねぎらいたい。彼女の態度を追従し過ぎだとか、ご機嫌取りしすぎるなど批判する人の気持ちもよくわかるが、ではどのようにしたら良いというのだろう。私は毅然とした態度で接して彼のプライドを傷つけた時の方が恐ろしい。普通じゃない人に対しては、普通じゃない対応しかないだろう。本当にお疲れさまでした。【WBC】今大会無安打の近藤健介「何もできずに終わってしまった」 侍敗退後は報道陣へ丁寧対応 【WBC】伊藤大海への誹謗中傷が海外で報道「度を越えた悪口」「敗戦の張本人として非難」期待された【WBC】は、まさかの準々決勝敗退。これには日本中がガッカリしたのは仕方がないが、選手たちはみんな必死に頑張ったのだ。それに対して誹謗中傷がネットで炎上しているなんて、もっとガッカリだ。日本人の心の劣化が垣間見える。そのベネズエラがアメリカを破って優勝したのは、とても嬉しい。ベネズエラの人達は、どれほど喜んでいることだろう。この結果に拍手しかない。
2026年03月22日
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この日は旅の最終日。ホテルを出て駅前のコインロッカーにスーツケースを預けて、前日ガイドさんに教えてもらった長崎歴史文化博物館へ向かう。バスも体験しようと、博物館に近いバス停の路線を調べてバス停に。長崎は市電もバスも充実しているのか、あちこちにバス停が分散されていて、田舎者の私はちょっと戸惑ってしまう。そこは、私よりは都会に住んでいるKさんに頼ってしまう。バスを降りてからも彼女のスマホに依存しながらも、何とか博物館に到着。長崎歴史博物館どれもとても興味深く、一つ一つ説明を読んでいたらあっという間に時間が過ぎてゆく。今までの私は、夫とツアーに参加する旅行が多かったのだが、ツアーで物足りないのはミュージアム全般が日程に入っていても、時間が足りなくてサーッと見るだけになってしまうこと。しかし今回は、そのあたりが自由がきくので本当に良かった。また、見ていても彼女と少し意見交換などもできて、さらに印象深いものになる。とはいえ、この日は帰る時間が決まっているので、最後は少し急いでタクシーで長崎駅へ。また電車の中で食べるお弁当を買い、12時42分発の新幹線かもめに乗り込む。今回も武雄駅で乗り換えなくてはいけないので、乗り過ごさないようにと二人とも緊張。だが、この日は失敗はせず、無事に午後二時過ぎに博多駅へ。博多駅からは地下鉄空港線があるので、それに乗って福岡空港に到着。実は、私はジェットスターで千歳空港に向かうのだが、そのチェックインはスマホでするという。私はそんな方法でやったことがないので、それで大丈夫なのかと不安だった。ということで、まずは受付カウンターに向かったのだが、やたら混んでいる。やっと順番が来て、私のスマホ画面はもう一つ手順が必要だったのだが、何かのアプリが入っていなくて中途半端だったらしい。それで、紙のチケットを渡してくれたので本当に安心する。やはり、アナログ人間の私にはちゃんとしたチケットがありがたい。ここで知ったのは、予定の飛行機が一時間ほど遅れるということ。まあ、そんなこともあるさと気にせず、時間までは二人で最後のおしゃべり。その後ジェットスターの出発ロビーに向かったのだが、これが一番端っこ。発着便が遅れているせいなのか、やたら混んでいる。ちょっとでも席を立つともう座れなくなる状態なので、隣に座った女性二人組に荷物の見張りをお願いしあってトイレに立つ。その後もまだ時間があったので、隣の女性に声をかけた。「北海道には観光ですか?」すると、二人とも札幌で開催される「嵐」のコンサートに行くためだという。「えーっ、九州からわざわざ北海道まで?!」聞けば、第四希望で札幌になり、慌てて飛行機やホテルをとったのだという。そういえば、嵐のコンサートのために、孫は本州での用事から帰るための飛行機のチケットが取れなかったと言っていた。テレビなどでも、札幌近辺のホテルの価格が爆上がりして、旭川にまでホテル予約が殺到しているとも聞いた気がする。「それでは、チケット代もホテル代も高かったのでしょう?」と聞くと、両方とも五万円近くだとか。それには本当に本当にビックリ仰天だった。私の航空チケットの四倍である。「嵐」って本当に凄いんだなあと、改めて驚くばかりだった。ということのせいか、飛行機は満席。隣に座った親子連れも、コンサートに向かうようだった。きっと、着いてからホテルに向かうのだろうが、地下鉄も混んでいるのだろうな。と思いつつ、千歳についてJRに乗り込んだらやはり混んでいた。気のせいか、みんな嵐コンサートに向かう人のような気がしてくる。という感じで私の旅は無事に終わった。今回も天気は全行程晴れていた。「晴れ女」の面目躍如である。今回は、高校時代の同級生として出会ったKさんとの初めての旅行だったのだが、これまでの空白の時間を埋めるように色々な話をすることができた。そして、お互いに知らなかったこと、知らない一面を発見することになったと思う。彼女とこんな時間を過ごすことになるなんて、高校生の時には想像もつかなかった。やはり、「縁」があったのだろうと思う。彼女と話していて、「きっと亡き父は、私に彼女のような人になってほしかったんだろうな」と思った。父が生きているうちに彼女に合わせたかったなとも思った。彼女のやっていること、性格、関心事は、父とは私よりも話が合いそうな気がする。ひょっとしたら、私たち二人を背後から&空から追いかけていて、雲や雨を払いのけ、一緒に旅を楽しんでいたんじゃないかという妄想すら湧いてくる。ともあれ、旅に誘ってくれて本当にありがとうね、Hちゃん。またどこかに行きたいね
2026年03月18日
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≪3月12日(木)≫ この日の朝は二人とも疲れていたのか寝過ごして、私はギリギリ朝食を食べることができたが、彼女は食べないままに駅に向かう。長崎駅にある長崎市総合観光案内所で受付をして、いざ観光バスへ。9:30 長崎駅西口 出発→9:37 長崎原爆資料館(下車観光)→10:32 平和公園(下車観光)今回、長崎原爆資料館に行くことを希望していたのは、Kさんである。私は、改築前と改築後の二回この場所に来ているのだが、どちらもツアーだった。やはり、最初に資料館を見た時の印象が強かったせいか、今回は(こんな感じだったかな)と思ってしまった。広島の原爆資料館にも同じように二回行ったと思うのだが、強いショックと印象は最初に見学した広島の方だった。長崎の方が威力の強い原爆だったようだが、地形の関係で範囲は狭く、被害者も広島より少なかったという。それと、印象ではあるが広島の方が被害の残酷性を感じる展示が多いような気がしている。また、長崎は歴史的にキリスト教信者が多いせいだろう、原爆の非人道的な部分と共に、キリスト教の教えの影響なのか、原爆投下国へ怒りや恨みを中和させる空気があるようにも感じる。それでも、展示物の説明を読んでいると、あらためて(そうだったのか…)と思うことも多かった。ツアーは時間が決められているので、その後は平和公園の方に向かう。この日の天気も快晴。ここの上空で原子爆弾がさく裂したのだと思うと、なんとも言えない気持ちになる。たまたまこの場所にいた人たちは、その直前まではそんなことを予想もしていなかっただろう。予想もつかないことがこの世には起きるものだとは言え、自然災害ではなく人の心の中にある悪魔の仕業だ。敬虔なクリスチャンの多いこの地をどうして選んだのだと、複雑な思いが沸き上がってしまう。その後は車窓から如己堂(車窓)→浦上天主堂(車窓)→一本柱鳥居(車窓)→諏訪神社(車窓)→11:30 出島(下車観光)→12:30 長崎駅如己堂は車窓からチラッと見ただけだったが、本当に小さくてビックリ。この浦上の人達が材木を集めて建ててくれた二畳の家に、親子三人が何年も過ごしたとのこと。永井隆 (医学博士)は放射線の研究者だったので、原爆投下以前から白血病にかかっていたとか。それは今まで知らなかったことだった。出島は、私達のイメージは海に突き出た小島といういうものだが、現在は周囲が建物やビルに囲まれていて、海はどこだ? という感じ。しかし、復元された建物などで当時に思いをはせることができる。その後、長崎駅で降車して各自昼食となる。駅構内にあるかもめ市場では、お土産店や飲食店が並んでいて、私はやっぱり長崎ちゃんぽんが食べたかったので、平和公園でお話をするようになった一人参加の女性と三人で、ちゃんぽんが食べられるお店に入った。メニューに「長崎ちゃんぽん」と「長崎皿うどん」があり、写真ではどこが違うのか判然としない。とりあえず、私はちゃんぽん、Kさんは皿うどんを頼んだと思う。ちゃんぽんは塩ラーメンに近い感じ、皿うどんは麺にあんかけをかけたもので、どちらも美味しかった。14:00 長崎駅西口 出発→オランダ坂(車窓)→14:10 孔子廟(下車観光)特筆すべきは、孔子廟での変面ショー。動画を見つけたので貼り付けてみる。見れるかな?京介変面ショー 孔子祭2025 長崎孔子廟 2025年9月20日変面という芸能(?)があることは知っていたが、間近で見るのは初めて。毎日このショーがあるわけではないということで、本当にラッキーだった。音楽に合わせて踊りながら瞬時に顔が変化するのには本当にビックリ。しかし、どうしてそうなるのかを知りたくなるのも自然のことで、真剣に演者の顔を見つめてしまう私だった。知覚に来た時に、そのお面が布製だと感じた私は、重ねた伸縮しやすい布を外していくんだろうと予想したが、今ネットで調べてみて(やっぱりそうだったか!)と思っている。しかし、それを観客にわからないように瞬時に行うのはやはり技術だろうし、面をつけていない素顔を見せてからまた変面をするのはどうやっているのか。とにかく、とても面白かったし見ることができて本当にラッキーだった。その後、大浦天主堂(外観見学)→14:43 グラバー園(下車観光)→新地中華街 北門(車窓)→出島(車窓)→16:30 長崎駅グラバー亭は高台にあり、結構風が強かったと思う。それでも、色々と建物を巡って歩いたが、今、強い記憶に残っているのは、眼下の港に停泊していたダイヤモンドプリンセス号。本当に大きくてビックリ!午後四時に出向とのことで、グラバー亭から出港のイベントなのか、和太鼓演奏の音がずっと続いていた。良いものを見ることができて、またまたラッキー。長崎駅に戻って、バスガイドさんに半日で見学できる良い場所はないかとお聞きしたら、長崎歴史博物館が面白いと教えていただいた。次の日の予定も、これで決定。ということでホテルに戻り、次の日の予定などを打ち合わせした後、夕食のために外に出る。この日は、ホテル近くの別の居酒屋さんに行こうと思っていたのだが、そこが満席だったので隣の「活魚処海人」へ。ここが大正解だった!最初は(長崎に来て沖縄料理か…)とちょっと思ったのだが、大好きな海ブドウやお刺身、沖縄で食べて美味しかったと記憶しているパパイヤチャンプルー、初めて食べたもずくの天婦羅、島らっきょにえーと何だっけ。料理に合わせる飲み物は、Kさんはもちろん古酒、私はさんぴん茶。今回はアルコールに弱いことが本当に残念でした。そうそう最後のデザートの黒糖アイスも絶品だった。ということで、この日もラッキーと充実感に満ちた一日となりました。
2026年03月18日
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「明らかに侵略戦争」イラン側から見た実情…「国際法は今や存在しないのか?」「象徴的な戦争」研究者が解説3/18(水) イラン情勢が緊迫化する中、イラン側の内情はどうなっているのか。イランを40年以上研究している同志社大学大学院の中西久枝教授はイラン側から見た光景は不条理に尽きると指摘する。 中西教授は「どのように戦略的に考えても“無謀としか言えない攻撃”。国際人道法を完全に無視した戦争が現在行われている。明らかに侵略戦争だと思う」との見方を示す。イランから見るとすべての主権国家を無視し、核兵器を持つ国が持たざる国に一方的に攻撃を仕掛けていると中西教授は語る。 2002年、アメリカのブッシュ大統領がイラク・北朝鮮と並びイランを「悪の枢軸」と呼び、一方的にイランへの制裁を強化した。 核開発問題を巡っては一度はそのテーブルに戻り制裁は解除されたものの、トランプ大統領が就任し一方的な理由で制裁を再開。そして今回も同様の道を歩んでいる。 地元メディアなどによると、ハメネイ師殺害に関してイスラエルは数年前からテヘランの交通監視カメラをハッキングし、現地の詳細な地理やハメネイ師の日々の動向を把握していたという。 また、イスラエルはハメネイ師が殺害されたテヘランの邸宅付近の電話のネットワークを妨害し、警護要員に通話できない状態にしていたという。「“パンドラの箱”を完全に開けてしまったのが今回のイラン攻撃の最大の問題点。核保有国だと事実上ほぼ世界が認めているイスラエルとアメリカが核保有国でないイランに対して攻撃をしたということは、しかもトランプ政権のように関税を武器に『自分こそが主導権をとるんだ』と覇権を進めていく。国際法など今や存在しないのか?と思うような事態が平然と行われている。一体正義はどこにあるのか?根本的に考えさせられる非常に象徴的な戦争」(中西教授) また、中西教授は、私たちの知る情報もまた、一方的ではないかと指摘する。「イラン側の被害がどれだけ甚大なものか報道しきれていない。アメリカ兵の(死者が)1桁に対して(イランは)4桁が亡くなっている。無実で何の悪いこともしていない人たちの命が毎日失われていることに対する感覚が普段の報道では十分にされていない」。 アメリカの掲げる正義は、侵略を受け、命を失った側から見れば言われなき暴力にすぎない。(『ABEMA的ニュースショー』より)上記の内容はとてもよく理解できる。それだもの、イランが下記のようになるのもよくわかる。“アメリカとイスラエルが屈服まで和平なし”イラン新指導者のモジタバ師 停戦拒否し強硬姿勢 ロイター報道 就任後、初の外交政策会議3/18(水)こんな戦争の協力者には、日本は絶対になってはならない。トランプ氏はネタニヤフにそそのかされてはめられたとも言えるし、トランプの目的はユダヤ人脈へのご機嫌取りと、経済問題での優位性や彼の得意とする(と思っている)ディールでの勝利だから、そのあたりをうまく利用してディールで多少の勝ちを譲り、それによってイランとの争いを終結させるようにして「貴方は偉大だ!」と乗せるしかないんじゃないか。だから下記のことは理解できる。米国産原油を日本で「共同備蓄」、日米首脳が合意へ…対米投資で増産分・価格安定化や調達先の多角化図る高市さんには本当はトランプと会ってほしくないのだが、(会ってうっかり発言で戦争に巻き込まれるのが怖い)どうしても行くのであれば、何とかうまくやってくれと祈るような気持ちだ。
2026年03月18日
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≪3月11日(水)≫ この日は、壱岐に別れを告げて長崎に向かう。この日も気持ちの良い天気で、徒歩で郷ノ浦ターミナルに向かう。壱岐は麦焼酎発祥の地だということを前日聞いたので、売店で麦焼酎や少しの壱岐土産を購入。郷ノ浦 発09:25 → 10:35 博多港着→ タクシー→JR博多駅博多駅 10:53→(特急リレーかもめ)→武雄温泉→(新幹線かもめ)→12:29長崎駅博多駅で駅弁を買い、特急に乗り込む。ここで私達おとぼけコンビは、その特急がまっすぐに長崎まで運んでくれると思い込んでいた。駅弁を食べてからも、色々な話に夢中になっていて、車内アナウンスをちゃんと聞いていなかったのだ。武雄温泉に到着した時、なぜか乗客が次々と降りてゆく。「えっ? どうしてみんな降りるの?」と気付いた時には、ほとんどの人が降りてホーム反対側に待っている新幹線に乗り込んでいた。やっと気づいた私達は、大慌てで荷物を持って新幹線に移動。やれやれ、思い込みというものは本当に怖い。アブナイ、アブナイ。そんなドタバタはあったけれど、無事に長崎に着いた私達は、まずは宿泊予定の東横INN長崎駅前に向かう。まだチェックイン前だし、午後六時に夜景観光バスに乗るまでには時間があるので、ラウンジでそれまでの間に行ける場所などを探し、徒歩圏内に「日本二十六聖人記念館」があると知りそこに向かうことにした。長崎は坂の町と聞いてはいたが、道路も曲がりくねっている。私達は方向音痴を自認する二人なので、スマホを頼りに歩き始めたのだが、実は私はスマホナビもなんだか苦手。というわけで、スマホは彼女に任せることがそれからも多かった。それでも何とか「日本二十六聖人記念館」に到着する。1597年2月5日、豊臣秀吉のキリシタン禁教令により日本で初めてキリシタン26人が処刑されました。殉教の地である「西坂の丘」に1962年、日本二十六聖人列聖100年を記念して建立された資料館で、世界的に知られるカトリック教徒の公式巡礼地です。(サイトから転載)私はキリスト教には詳しくはないけれど、禁教令が出てからも信仰を守り続けた人たちのことや、磔になろうと信仰を捨てようとはしない人間の魂の純粋さや崇高さを感じるとともに人をこのように殺しても平気になってしまう人間の愚かさや怖さを同時に感じることになった。こんな残虐な命令を出した人(秀吉)に、ヒトラーやトランプ、ネタニヤフなどをついつい重ね合わせて考えてしまう。本当に権力や欲に囚われてしまった人間は怖い。色々と思いを巡らせながら記念館を後にして、バス乗車を申し込んでいた東横インに向かったのだが、ここで私は間違いをしてしまった。来るときに電車の線路を通ってきたと記憶していたので、最初の電車道に添って歩き始めたのだが(ホテルは線路に面している)、どうも様子がおかしい。つまり違う路線の線路だったのだが、ずいぶん遠回りしてしまったそれでも無事に稲佐山展望台「夜景見学ツアー」の観光バスに乗り込むことはできた。やはり夜になると展望台あたりは風が強く寒かった。それでも晴れていたので、夜景はとてもきれいだった。夜景を見てホテルに戻り、遅めの夕食をとることにした。ホテルの目の前に「ばんざい」という居酒屋があったので、そこに行くことにした。私はアルコールは強くないのだが、Kさんは強くてお酒は大好き。飲めなくても居酒屋料理は好きなので、久々の居酒屋メニューにわくわく。残念ながら写真を撮っていなかったので何を食べたかほとんど覚えていないのだが、とても印象に残っているのはきびなごのお刺身。あんな小さなお魚を、こんなに美しい刺身にするなんてと、それだけで感動!ありがたさに美味しさが増すようだ。他にも色々いただいて、お腹いっぱいの大満足でホテルに戻った。長崎初日も、充実した一日となった。
2026年03月17日
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≪3月09日(月)≫楽しみにしていた壱岐・長崎への旅、一日目。九州なのだから暖かいのだろうと思ってその用意をしていたが、前夜の湿った雪で足元はツルツル。夏靴は危険なので冬靴にして、上着もキルティングのもの。荷物は極力軽くしていざ出発。天気が心配だったのだが、旅行中は晴れの予報。よしよし。SKY772 札幌(千歳)→福岡 (10:30 → 13:15)→タクシー→博多港→15:30 九州郵船ジェットフォイルヴィーナス→ 壱岐(郷ノ浦) 16:40着JRで新千歳空港から福岡の直行便に搭乗。いつものことながら、一人での空の旅はワクワク感がある。午後一時過ぎに福岡空港に到着して、羽田から飛んでくるKさんを待つ。無事に合流してからすぐにタクシーで博多港に向かい、壱岐へのジェットフォイルターミナルへ。少し時間があったので、そこで軽いコーヒーとワッフルでティータイム。ジェットフォイルに乗船してからは、久しぶりの再会に話は尽きない。壱岐に着いたのはすでに午後五時近いので、まっすぐに壱岐アイランドハブへ。一息ついてから、その日の夕食と次の日の夕食のお店を予約。この日はホテルから徒歩5分くらいの三益寿司へ。お寿司、お刺身、魚のあら炊き、えーっとまだ何かいただいたような気がするが、どれもとても美味しかった。彼女は貝類が好きだそうで、アワビのお刺身に感動していたような…。なにせ、久しぶりのおしゃべりが尽きない合間に食べていたので、せっかくカウンターに座ったのに、いただきながらのご主人とのお話はほんの少々。お腹がいっぱいの大満足の後、お会計をすませてから立ってから、ご主人夫婦との諸々の話に花が咲いてしまった。でも、次の日からの旅の期待も含めて、とても良い1日となった。≪3月10日(火)≫ 壱岐の島観光ホテル→オリックスレンタカー 壱岐郷ノ浦店 9:00に軽自動車受け取りこの日は彼女の運転で壱岐の島の観光を予定していた。まずは ① 一支国博物館(いきこくはくぶつかん) そもそも壱岐に行きたいと思ったのは、昨年、彼女と国立科学博物館の見学 をした時に、壱岐がとても日本の古代ではとても重要な場所と知ったことがきっかけ。だから、まずはこの場所で壱岐の歴史などを頭に入れてから遺跡巡りをしたいと思ったのだ。ここでは、展示物もとても興味深かったけれど、来館者が多くなかったことで学芸員さんに色々とお話を聞くことができたのがとてもありがたかった。やはり、展示物を見て説明を読むだけでは理解できないことが沢山ある。その意味では、とてもラッキーなスタートだった。② 原(はる)の辻遺跡(弥生時代の王都跡、住居・倉庫・王の区域、祭祀空間、集落構造)博物館は高台にあるので、原の辻遺跡はよく見えた。実は私達は二人とも方向音痴で、ナビを頼りにしていても何となく不安なコンビである。それでもさほど時間もかからず、遺跡を復元した場所に行くことができた。よしよし。予想していたより広大な敷地のこの遺跡は、弥生時代前期から古墳時代初期にかけての大規模環濠集落。当時交流のあった朝鮮や中国からの客人が泊まる建物などは、素人から見ても朝鮮風。かつて、この地で色々な民族が交流・交易していたのだと想像すると、何だか嬉しくなる。当時は、お互いに仲良くしていたんだなと思い、ついその後の争いや現代の争いを考えてしまう。③ ランチ「うにめし食堂はらほげ」うに丼などは北海道でもよく見かけるが、「うに飯」は食べたことがないのでこれをいただく。とても美味しかった。④月讀神社祀られている月讀命(つきよみのみこと)は、天照大御神の弟だそうで、ふーん。思ったより小さな神社だったのだけど、ここで引いたおみくじは大吉。よしよし。⑤壱岐古墳群ここには本当にたくさんの古墳があった。鬼の窟(いわや)古墳は前室・中室・玄室まで入ることができる。掛木古墳では、観光タクシーでやってきた人と出会い、観光ガイドさんが説明している時に遭遇。私達はずうずうしくもついつい質問などしてしまい、とても詳しい説明を聞くことができた。壱岐の歴史にとても詳しい専門家のように思えたのでお聞きしたら、以前は博物館でお仕事をされていたとか。何とラッキーなことと、幸運に感謝するばかり。月讀神社のおみくじの大吉は本当だった。壱岐で予定していた場所はほとんど巡ったら、レンタカーを返却する時間になった。壱岐は予想していたより平地は少なく、山坂で細い道も多く、北海道の道路に馴染んでいる私としては少し怖い場所。そんな場所を運転してくれたKさんには感謝しかない。夕食は、前日予約を入れてあったお店お食事処まる辰に向かう。二階の個室で「ふぐ会席」を予約していたのだが、実は私はふぐ料理のフルコースをいただくのは初体験。どれもとても美味しかったのだが、特に鍋の最初に白子を冷たいダシから温めて、ポン酢でいただいたのが絶品。しかしその後、鍋の後に出てきた白子の茶わん蒸しは、超絶品だった。ふぐってこんなに美味しいんだと感動の連続だった。実は、このコースはできれば二日前に予約するべきだったそうだが、前日の予約で準備してくれたことに感謝である。大満足の壱岐の一日だった。
2026年03月15日
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明日から旅行なので、スマホから書けるかテストです。高校時代からの友人との旅行、どんなことを感じる旅になるのか、どんな話ができるのか、本当に楽しみです。とりあえず、書き込めることはわかった。
2026年03月08日
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函館に住む孫が里帰りしたので、久しぶりに家族が集まっての食事会。ひ孫も九か月となり、這い這いが上手になった。赤ちゃんがいたら間違いなくその子が主人公。息子も一人前のおじいちゃんになって、膝に抱っこしてまんざらでもない様子。今回の会食は、夫の手打ちそば、煮物にポテトサラダ、野菜のかきあげ、お嫁さんが持参した野菜サラダ、そして回転寿司でチョイスしてきた生寿司。妹が持ってきたイチゴやミカンのデザート。お正月より人数が多い大宴会だった。それにしても、このひ孫が成人する時にはどのような時代になるのか。イランやイスラエル、アメリカ、ウクライナとロシアのことを考えると、やはりそれが心配。でも、今までも人類は様々な争いや困難の時期を乗り越えてきた。日本人も縄文以前から乗り越え乗り越え今につないできた。そのことを信じたいと思う。次に集合できるのはいつになるかな。
2026年03月05日
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天気が良かったので、カーブス仲間でもあるIさんとカーブス後に長沼へ。長沼の舞鶴橋近くのガレット専門店で、久しぶりにランチとおしゃべりをする。そのお店は、一年前に中学時代の友人が教えてくれたのだが、Iさんがガレットを食べたことがないというので、そこに行くことにしたのだ。「カフェ コフェル」私達は、同じような役割で出会い、一緒に活動を続け現在に至っているので、共通の関心や話題にはことかかない。だから、多分エンドレスで話は続くような気がするので、できればお互いに長生きしておしゃべり相手になってほしいものだと思っている。今回の話題はやはりトランプを巡る話や世界の救いようのない争いのこと、読んでいる「世界99」で感じていることや、彼女が面白いと思う本。そして共通の知人についての懸念している話などなど…。その後、近くで丹頂鶴が増えているというので、できればそれを見たいと車を走らせる。昨年、中学時代の同級生に丹頂が繁殖する場所に連れて行ってもらったのだが、そこがどこかわからないのでその方向に車を進めると、丹頂をみようとして集まっているような車列が!そこには展望デッキがあり、立派なカメラを抱えた人たちが何人もいた。結果的には、そこでは二羽だけ確認できたが、その先に進んでいくと六羽が群れている姿を見ることができた。丹頂鶴の舞は確認できなかったが、鳴きあう声は良く聞こえた。スマホで撮影したが、逆光でもあり少し離れた対岸だったので、まるで隠し絵のようにしか見えない。でも、良い一日になった。舞鶴遊水地のタンチョウの様子
2026年03月04日
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「世界99 上・下」村田沙耶香 集英社(AIによるあらすじなどコピー) 村田沙耶香の『世界99』は、主人公の如月空子が成長しながら、現実と異なるディストピア的な世界での葛藤を描いた作品です。あらすじ物語は、主人公の如月空子(きさらぎ そらこ)が、周囲の人々に合わせて自分の人格を使い分ける「人間ロボット」としての生活を描いています。彼女は、過去のない街「クリーンタウン」で、他者の期待に応えるために「呼応」と「トレース」を繰り返しながら生きています。物語は、空子の成長とともに年齢を区切りとして章立てされており、彼女の内面的な葛藤や周囲との関係性が描かれています。 物語の中で、空子は「ピョコルン」と呼ばれる動物の遺伝子を持つ愛玩動物と出会い、彼女の人生に大きな影響を与えます。ピョコルンは、技術の進化によって特別な能力を持つようになり、社会の様相を変えていく重要な存在となります。 テーマと特徴『世界99』は、現代社会の病理やアイデンティティの分裂、ジェンダーロールの歪み、無自覚な差別の構造を鋭く描写しています。村田沙耶香は、読者に対して「普通」や「常識」を揺さぶるような作品を提供しており、物語を通じて深い思索を促します。 この作品は、村田沙耶香の集大成とも言える内容であり、約900ページにわたる大作です。読者は、空子の成長を通じて、自己のアイデンティティや社会との関係について考えさせられることでしょう。 読者の反応多くの読者は、この作品がもたらす衝撃や感情的な負荷について語っており、村田沙耶香の独特な世界観に引き込まれる体験をしています。作品の中には、直接的な性描写や社会問題に関する描写も含まれており、読む際には注意が必要です。 このように、『世界99』は、村田沙耶香の独自の視点から描かれた深いテーマを持つ作品であり、読者に強い印象を与えることでしょう。この作品のことを新聞などで知り、図書館で予約して借りた。来週は友人と旅行に行くので、実は上巻と下巻の少しだけしか読んではいない。しかし、読み始めた数ページで不思議な感覚にとらわれ、それはあまり気持ちの良いものではなかった。主人公の空子は周囲の人たちに合わせて自分の人格を変化させながらの人間関係を紡ぐ。それは、若い時の私の人間関係戦略であったからだ。戦略というよりは、当時の私は人と争うことはイヤで、友達と仲良くしたかったから、たとえ苦手な人とでもできるだけ笑顔で相手の話に合わせて自分を主張しなかった。しかし、高校生頃になると、自分にはしっかりとした考えや意思がないように感じて不安になった。私は読書が好きだったから友人たちよりはたくさん本を読んでいたが、それも影響していたかもしれない。面白い作品があったらその人の作品をゲップが出るほど読み続け、何冊か読んだらなぜかストーリーも予想されてしまうほどになったらその作家を卒業する。そんなことを繰り返していたので、ある時は虚無的になり、ある時は楽天的になりなんてこともあったはずだ。自分が発する言葉が誰かの模倣のように感じて、自分の内部は誰かの寄せ集めで本当の私はないような不安な感じ。それは、この「世界99」の最初の部分そのままのようだった。とても複雑な気分と、途中からは受け入れがたいおぞましさで、もう読みたくないとまで思った。しかし、作者が結局何を表現したいのかということに興味があったので、何とか上巻を詠んだのだが、その最後はとどめのような衝撃があった。この世界は何なのだ!そして確信した。人間の持つ業というか欲望が、科学技術の発達によってこんな風に向かっていくかもしれないということを書いている。私は下巻は完読していないのだが、空子に感情移入し続けて読んだためか、下巻の三分の一くらいで彼女がどのような選択をしてゆくのか見えるような気がしている。その状態でこれを書いている。多分当たらずとも遠からじではないかと思うが、返却期限が近いので読了はできないだろう。ここまできたら結果はどうでもよいような気がしている。現代がこのような矛盾と価値観の混乱、気候変動や科学技術の悪用、世界的な争いや権力者の妄想などで振り回されている中で、個人が自分の生き方や周りだけのささやかな平安や小さな幸せだけを求め、他の世界から自分を隔離しやすい状況は、地球規模で考えたらこれほど怖いことなのだ。
2026年03月03日
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トランプ氏、 イランで大規模作戦開始と表明 体制転換呼びかけ2/28(土)イラン革命防衛隊、ハメネイ師の「殺害した者たち」への報復誓う3/1(日)ハメネイ師死亡の報にイラン市民歓喜 映像で確認今後どのようになっていくのか、本当に心配だ。日本はこんなことにもアメリカを支持したりしないよね。
2026年03月01日
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