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鹿児島県の屋久島と奄美大島の間にあるトカラ列島の中之島(地図)で、国内では45年ぶりに新種の鳥が見つかったと、山階鳥類研究所と森林総合研究所が発表した。◎1000キロも離れた島間で 「トカラムシクイ」と名付けられた手に乗るサイズの鳥で(下の写真の上と中央)、伊豆諸島に生息する「イイジマムシクイ」(下の写真の下)に似ているが、DNA解析や鳴き声を調べた結果、別の種であることが分かった。 調査した山階鳥類研究所の齋藤武馬研究員(分類学・系統学)は、かねてから1989年に発表の論文でイイジマムシクイと同種の鳥が中之島にいるとされていることに疑問を持っていた。何しろ伊豆諸島とトカラ列島中之島の間は、直線距離で1000キロも離れている(図)。こんなに離れた場所に分布する個体群間では、何か違いがあるのではないか、と考えた。◎イイジマムシクイと新種トカラムシクイは約300万年前に分岐 齋藤研究員らの国際研究グループが約10年かけて、両者のさえずり、脚の長さ、くちばしの先から後頭部までの長さを計測し、これらの違いから中之島の鳥は新種であることを明らかにした。見つかった場所から「トカラムシクイ」と名付けた。 DNA解析では、イイジマムシクイとトカラムシクイは280万~320万年前に分岐したと推定された。これらの結果から、身近な鳥という生き物でも、まだまだ研究し尽くされていないこともあると分かる。 和名の命名が伴う新種の鳥が国内で見つかったのは、1981年に記載された沖縄本島のヤンバルクイナ以来45年ぶりとなる。◎繁殖が繁殖の記録は中之島のみ、絶滅危惧 なおトカラムシクイはトカラ列島の中でもいくつかの島に分布するが、中之島でしか確実に繁殖している記録がなく、絶滅が危惧されている。 トカラムシクイの生息地では、松枯れやノヤギによる環境破壊、ニホンイタチなど外来動物による捕食の脅威など、生息環境の悪化が懸念されており、鳥だけでなく生息地を含めた保全対策が求められている。昨年の今日の日記:「黒部立山アルペンルートととなみチューリップフェアの旅(11):美女杉の立つ美女平、ここからケーブルカー」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202505180000/
2026.05.18

痛かっただろう、と思う。痛む虫歯に石器の尖った先を当て、穿孔してさらに穴を広げたのだから。しかも麻酔も無く。 ネアンデルタール人が小型の石器を使って虫歯を治療したとみられる化石を見つけた、とロシアなどの研究チームが13日、アメリカの科学誌『プロスワン』に発表した。◎成人左下顎第二大臼歯に歯髄に届くほどの深い穴 ロシア、南シベリアのアルタイ山脈にあるチャギルスカーヤ洞窟(地図)の発掘で発見された性別不明の成人の歯(チャギルスカーヤ64号、左下顎第二大臼歯)には、歯髄に届くほどの深い穴が開いていた(下の写真の上=見つかった歯;下の写真の下=洞窟外観と歯の出土時の様子)。 約5万9000年前のもので、歯の特徴からネアンデルタール人のものと判定されたが、研究チームの指摘どおりなら、本格的な虫歯治療を施した最古の事例となる。 ちなみに古人類の虫歯の最古の例として、ザンビアで1921年に見つかった30万年前頃のホモ・ハイデルベルゲンシス頭蓋(通称「ローデシア人」=写真)の歯には10本もの虫歯の跡があり、虫歯は悪化して歯髄腔にまで達し、そこから細菌感染していた痕跡が認められた。この個体は、悪化する前に抜歯すれば楽になっただろうが、その知識を当時のホミニンは知る由もなかったのだ。◎狩猟採集民にはほとんど虫歯は無かったのだが さてチャギルスカーヤのネアンデルタール人もそうだが、化石ホミニンに虫歯は珍しい。彼ら狩猟採集民は現代人のような甘い物は無縁だったし、澱粉質の食物もほとんど食べなかったから、虫歯とはほとんど無縁だ。その点で、ローデシア人もチャギルスカーヤ64号も希有な例と言える。 それでもチャギルスカーヤのネアンデルタール人は、ローデシア人と違って治療を試みた。◎穴は石器で人工的に開けられた 研究チームはチャギルスカーヤ64号の歯の穴は偶然に出来た損傷ではなく、この個体の生存中に咬合面に意図的・人工的な操作=治療によって施されたもの、と分析した。治療後もこの人物は長期間生存したとみられるという。 チームは「治療には痛みの原因を診断し、侵された部分を除去することで痛みが軽減することを理解し、適切な石器を選ぶ必要があった」と指摘。「ネアンデルタール人が洗練された認知能力を持っていたことを示している」と強調した。◎これまで最古のイタリア例より4.5万年も古い ネアンデルタール人の医学知識は、長らく古人類学者の間で関心を集めてきた。彼らは病気や負傷、高齢のグループのメンバーのケアを行い、薬用植物も使用していた可能性がある。しかし、これらの行為が意図的な医療戦略を反映したものなのか、非ヒト霊長類に見られる本能的な自己治療なのかは依然として不明だ(オランウータンの自己治療については、24年5月28日付日記:「オランウータンが『薬草』で傷を自己治療、野生動物で初の観察、治療効果はどうやって知ったのか?」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202405280000/を参照)。本当に虫歯治療が行われたのなら、注目に値するケースとなる。 従来の最古の歯科治療例は、イタリアで見つかった約1万4000年前の上部旧石器現生人類の歯で、石器で虫歯部分を取り除いたとみられる痕跡が残っていた。◎最古の外科手術例は3.1万年前 なおホミニン最古の外科手術は、3万1000年前頃に行われていたという報告がある。インドネシア、ボルネオ島のリアン・テボ洞窟の墓から見つかったホモ・サピエンス少年の左脚先が石器で切断されていた。切断面は刃物で切り取られたように滑らかで、意図的な切断と判断されたのだ(22年10月12日付日記:「少年は麻酔無しの左脚切断手術に耐えた! ボルネオ島で旧石器時代の左脚切断の外科手術が発見される」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202210120000/を参照)。昨年の今日の日記:休載
2026.05.17

現代のイヌは野生のオオカミが家畜化されて進化したものだが、家畜イヌは野生オオカミより脳が小さい(家畜イヌがいつ誕生したのかは文末の注を参照)(写真=大型家畜イヌのゴールデンレトリバーとタイリクオオカミ)。オオカミは、野生で獲物を仲間たちとコミュニケーションをとって捕獲するため、脳は大きいほうが望ましい。半面、ヒトに飼われて餌を与えられるようになると、エネルギー多消費の脳は大きいことがむしろマイナスになるから、次第に小形化していく。◎原始犬の脳容量を調べた では、イヌの脳がいつ頃から小さくなっていったのか。 フランス国立科学研究センター(CNRS)のトマ・クッチ博士らは、約3万5000年前~約5000年前の先史時代のイヌとオオカミ計22個体、現代のイヌ104個体、現代のオオカミ59個体の脳容量を調べた。なお現代のイヌ104個体には自由生活犬やディンゴも含まれる。 その中でも今回の研究では、ベルギーのゴイエ洞窟で発見された約3万3000年前の原始犬(オオカミとする見方もある)、フランス南部のボーム・トロカード洞窟で発見された約1万5000年前の原始犬、そしてフランス東部の新石器時代後期の湖畔集落であるシャランで見つかった約5000~4500年前のイヌ(以下、シャラン犬と略)が、オオカミとの脳サイズ比較で重要な対象になった(図=左側にそれぞれの頭蓋、右側に出土地を示す)。◎旧石器時代のイヌはオオカミと顕著な差が無し クッチ博士らはそれぞれのイヌやオオカミの頭蓋のCTスキャン画像を分析した。頭蓋内部の空間を3Dモデルとして復元したものは「エンドキャスト」と呼ばれ、かつてその頭蓋内に納まっていた脳容積を推定できる(写真=黄色で示された部分)。 クッチ氏博士は、脳の実際の大きさにおおむね対応する頭蓋内容積だけでなく、頭蓋の長さに対する相対的な頭蓋内容積も比較した。これにより、小型犬が体格の小ささだけで「脳が小さい」と判定されないようにした。 分析の結果、ゴイエ洞窟の原始犬やボーム・トロカード洞窟の旧石器時代の原始犬では、同時代のオオカミより脳が小さくなっている証拠は見つからなかった。これらの原始犬は人間の近くで暮らしていたとみられるものの、脳サイズはオオカミと同程度に留まっていた。イヌがオオカミから分かれて人間と関わるようになってもすぐに脳が小さくなったとは言えないことが示された。◎新石器時代のシャラン犬は同時代のオオカミより脳が大幅に縮小 一方で、大きな変化が見つかったのがシャラン犬だ。クッチ博士らは、約5000~4500年前のシャラン犬は、同時代のオオカミと比べて脳サイズが46%も小さくなっていた」と報告した。 脳サイズの縮小は、脳組織の構成変化と関連していた可能性がある。クッチ博士らは、複雑な処理に関わる大脳皮質の割合が相対的に小さくなり、反応的・本能的な応答が相対的に重視されるようになった可能性があると考えている。こうした変化があった場合、イヌは不安や警戒心が強くなり、未知の刺激に敏感になったりよく吠えたりする傾向を持つため、集落に異変を知らせる「警報装置」のような役割に向いていた可能性がある。そうした個体が、長い家畜化の過程で選択されたのだ。◎脳が小さくなったからといってバカになったわけではない このように新石器時代にイヌの脳サイズが縮小したことは、残飯を漁る存在、肉の供給源、狩猟に使われる存在といった役割に加え、「集落に脅威を知らせる」という役割を担っていた可能性について重要な手がかりを与えている。 ただし、この研究は「脳が小さくなったためイヌの知能が下がった」と示すものではない。今回調べられたのは頭蓋内部の空間から推定した脳サイズであり、脳のどの部分がどう変化したのかや、行動や認知能力がどのように変わったのかを直接示しているわけではないからだ。注:核DNAで確認された最古のイヌの日記・26年4月4日付日記:「最古の人間の友のイヌは1万4300年前:核DNAから得られたルーツはスイスの湖畔とイギリスのゴフ洞窟産(下)」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202604040000/・26年4月3日付日記:「最古の人間の友のイヌは1万4300年前:核DNAから得られたルーツはスイスの湖畔とイギリスのゴフ洞窟産(上)」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202604030000/昨年の今日の日記:「トランプのアメリカと習近平のスターリニスト中国とのチキンレース、アメリカ側が腰砕けで事実上の白旗」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202505160000/
2026.05.16

近くの公園の一角の緑地で、何年ぶりかでセイヨウヒキヨモギ(ゴマノハグサ科)が大群落を形成している(写真)。花穂に無数の黄色い小花を咲かせる。ここで以前も群落はあったが、これほどの大群落はあまり記憶が無い。◎日本上陸たった半世紀で関東以西に広がる 8年前の2016年7月、南樺太の栄浜の原野で咲き誇っていた多くのワイルドフラワーの中のオクエゾガラガラの群落を思い出した(写真)。色といい形態といい、オクエゾガラガラはセイヨウヒキヨモギとよく似ていた。 セイヨウヒキヨモギは、ヨーロッパ西部原産のゴマノハグサ科の1年草だ。日本では1973年に千葉県で初めて確認された。現在は関東地方以西から九州にかけて、日本中の道端や堤防、河川敷などに広く自生している。確認されてたった半世紀で、もう関東以西に広がったのだ。自生している場所から考え、人が意図的に種子をまかずとも、車のタイヤに付いて全国に散布されることになったのだろう。◎自分でも光合成をするが半寄生 なお和名の一部に「ヨモギ」となっているが、一般のヨモギと違って食用にはならない。そもそもヨモギはキク科だから、大きく分類群が異なる。 変わっているのは、セイヨウヒキヨモギは、自ら光合成をしながら他の植物に寄生して栄養を得る半寄生植物であることだ。半寄生性の植物といえばヤドリギが有名だが、ヤドリギは樹木の幹に取り付くため非常によく目立つものの、セイヨウヒキヨモギは宿主の根に寄生するため、地上部を見ている限り寄生植物には見えず、一緒に生えているどの植物に寄生しているのかもよく分からない。 葉や茎は緑色をしているから、自分自身でも光合成をする。そのため一見したところ、ごく普通の植物に見える。いわばステルス寄生植物だ。◎コメツブツメクサに寄生か 何に寄生しているのだろうと大群落をよく観察すると、その群落の端には無数のコメツブツメクサの群落があった。マメ科の根に吸気と呼ばれる器官を形成して取り付くというから、コメツブツメクサに半寄生しているのだろう。半寄生されたコメツブツメクサは、栄養を取られるうえ、背の高いセイヨウヒキヨモギに日光も奪われるから衰弱していくしかない(写真=セイヨウヒキヨモギの向こうの木のそばに目立たないがコメツブツメクサ群落がわずかに見える)。 一見すると小さなきれいな黄色い花をいっぱい付けるので好ましく思えるが、その生態を知ると興ざめする。 ただしばらくの間は、この場所で大群落を目にすることになるのだろう。昨年の今日の日記:「黒部立山アルペンルートととなみチューリップフェアの旅(10):バス車窓から剱岳と称名滝を遠望」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202505150000/
2026.05.15

国立天文台などの研究チームは、太陽から57億キロも離れた「太陽系外縁天体」で大気の存在を発見した(図=外縁天体2002XV93の軌道)。◎大気の見つかった最遠の天体 冥王星以外の外縁天体では、大気が初めて確認された。また大気の見つかった太陽系の天体として最も遠いものになる。 「静かな世界」だと思われていた太陽系外縁部の常識が揺らぐ発見という。研究成果は5月4日付のイギリスの科学誌『ネイチャー・アストロノミー』に掲載された。 外縁天体は太陽から最も遠い惑星である海王星より外側に存在する。かつては冥王星が太陽系最遠の惑星と考えられていたが、2006年の国際天文学連合(IAU)総会で、新たに定義された惑星の条件を満たさないとして惑星から除外されて準惑星に降格された。ただその冥王星も、ごく薄い大気を持ち、2015年7月に冥王星に最接近した無人探査機「ニュー・ホライズンズ」は冥王星を取り巻く美しい青い環の大気を撮影している(写真)。◎極低温の環境で重力も非常に弱く さて、今回の発見である。国立天文台の有松亘講師らは、24年1月に外縁天体の1つ「2002XV93」(想像図)が恒星の手前を横切る掩蔽と呼ばれる現象を観測した。予想外だったのは、掩蔽の始まりと終わりで恒星の明るさが緩やかに弱まり回復する様子を捉えたことだった。これは、ごく薄い「何か」が2002XV93の周りを取り巻いていることを示す。 詳細な解析の結果、2002XV93には非常に薄い大気が存在し、恒星の光が大気で屈折して明るさが変化したと判断することができた。大気の成分こそ特定できないが、気圧は地球の約1000万分の1と推定できた。 太陽から遠く離れている外縁天体は表面温度が氷点下220℃以下という極低温の環境であるため、気体として存在できるのはメタンや窒素などの揮発しやすい物質に限られる。さらに直径約500キロと、準惑星でも比較的小さな天体である2002XV93は重力が弱く、大気が存在する可能性は低い、とこれまで考えられていた。◎最近になって供給されたものか それが、ごく希薄なものでも大気は存在した。 そのため大気は古くから準惑星の周りを取り巻いていたのではなく、天体内部の活動で供給されているか、小天体が衝突して一時的に発生した可能性があるという。地球の衛星の月にも、その可能性のある薄い大気が取り巻いている(24年9月10日付日記:「月を薄く覆う大気の7割は微小隕石衝突で月の表面が蒸発したものだった」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202409100000/を参照)。 有松講師らは、今後も掩蔽の観測を続け、大気の状態が変化しないか調べる方針だ。ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)によって大気の成分の解明も目指すという。昨年の今日の日記:「黒部立山アルペンルートととなみチューリップフェアの旅(9):『雪の大谷』の室堂に」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202505140000/
2026.05.14

生態系を乱しかねない外来種と言っても、何も海外からばかりとは限らない。「国内外来種」というものもある。◎2024年にやかばるの森で目撃、糞も 沖縄本島北部のやんばるで2024年にシカが目撃され、話題になったが、目撃されたシカは、宮城県由来のニホンジカであることがこのほど分かった。神戸女学院大学と琉球大学などの研究グループが、国頭村の林に落ちていたシカの糞(写真)などのDNA解析をして明らかになった。 やんばるはユネスコの世界自然遺産に登録されている他、国立公園にも指定されている。ヤンバルクイナやノグチゲラ、リュウキュウヤマガメといった固有種が生息する貴重に常緑広葉樹林が広がる。 その森の最も北にある国頭村で2024年10月21日、オスのシカが目撃され、カメラに収められた。その数日後、県道交差点近くの林で、シカの糞も見つかった。この「事件」は、地元の人々にとって衝撃だった。やんばるの生態系がマングースなどの外来種によって脅かされてきたことから、希少な生き物を守らないといけないという意識が日頃から高いためだ。◎旧石器時代にはシカがいたが更新世末に絶滅 というのも、現在、沖縄本島には在来のシカが生息していないからだ。旧石器時代には、本土より小形のリュウキュウジカ(写真)がいて(島という狭い環境で小形化する「島嶼化」である)、イノシシと共に旧石器人の狩りの対象となったが、更新世末に絶滅している。おそらく人が関与したのだろう。 問題は、5粒の糞を調べた結果、28種の植物を食べていたことが判明したが、この中にリュウキュウホウライカズラという絶滅危惧種が含まれていたことだ。どのくらいの量を食べているのかは分からないが、環境省のレッドデータブックにも載る希少な植物が食べられていたことに、研究者は危機感を抱いた。◎DNA解析で金華山島のシカと極めて近いことが判明 では、このシカはどこから、どのようにして沖縄本当に来たのか。 慶良間諸島には17世紀の琉球王朝時代に薩摩から持ち込まれ放たれたケマラジカが定着している(写真)。シカは泳げて海を渡れるが、糞をDNA解析したところ、問題のシカはケラマジカとはDNA配列がかなり異なっていることが分かった。日本の南北で大きく2グループに分かれるニホンジカのうち、エゾシカなどの北日本グループに分類されるものとみられるという(図)。 上掲の系統樹からも、宮城県の牡鹿半島の先にある離島・金華山島のニホンジカ(写真)と極めて近縁であることが分かる。◎人の手で持ち込まれて では、どうやって? 遠すぎるから、いくらなんでも金華山島からシカが独力で海を渡ってきたわけはない。 金華山島のシカは1920~70年代に捕獲され、国内の動物園や公園、神社に移送されていたことが、文献などで明らかになっている。当時は全国的にシカの生息密度が低い地域が多く、今のように農作物の食害が大きくなかったため、各地に持ち込まれた際の影響についてそこまで深刻に考えられていなかったようだ。 これらのシカが数十年にわたって各地で飼育され、そのうちの1頭が人の手で沖縄本島に持ち込まれた後、自力で逃げ出すか人間に放たれるかしたのではないか、と研究グループはみている。 1頭だけとすれば、シカが繁殖する可能性はない。寿命が尽きればいなくなるだろう。しかし心ない人間の行為により、生態系を脅かされる恐れがまたしても浮き彫りになったた事件だった。昨年の今日の日記:「黒部立山アルペンルートととなみチューリップフェアの旅(8):大観峰からの黒部湖と後立山連峰の絶景」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202505130000/
2026.05.13

拓実と意識の無い実母との対面は、それが本当の最後の別れとなった。僕の『時生』(写真)の読書ノートの続きである。◎名古屋に向かう高速バスで だが別れは、それだけではなかった。トキオと別れの時も迫っていた。 7月10日、拓実は淳子から「母死す」の電報を受け取る。その電報を誰からで、どんな内容か、トキオは知っていた。どうして分かったと拓実が聞くと、トキオは「7月10日だからさ」と応えた。その理由を深く考えられる余裕も無く、拓実は実母の死にショックを受けていた。実はこの日、悲惨な大事故が起こることになっていた。 翌日、拓実とトキオは、東名高速バスで名古屋に向かう。新幹線でなくバスを使うことは拓実の発案だが、新幹線で行くと拓実が行ったら、トキオがバスに強引に変えさせるつもりだった。そこに、拓実の運命の大転換が待っていた。 足柄サービスエリアでの休憩で、トイレに急ぐ拓実に、トキオはキーをつけたまま駐輪してあるバイクを凝視する。その直後のトキオの視線の先に、赤いカローラに乗り込もうとしている3人の若い女性がとらえられた。1人は髪をポニーテールにしていた。カローラは発進した。◎別れを告げたトキオは日本坂トンネル火災の中へ トキオは、「ここでお別れだ」と拓実に告げる。そしてさらに「拓実さんといられて幸せだった。この世界で会う前からそう思っていた。生まれてきてよかったと思ってる」と謎のような言葉を続け、トキオは駐輪中のバイクに奪取し、カローラを追った。 それに、拓実の後の妻となる麗子が乗っていた。日本坂トンネルに差しかかろうとしていたカローラは、追いついたバイクのトキオから事故が起こるからすぐに逃げろと告げられ、麗子たち3人は危うく難を逃れる。カローラの後に続いていたバスの拓実も無事だった。 トキオは、さらにトンネル内に突っ込んで行き、必死で多くの車に避難を呼びかけていた。 しかしトンネル下り線で発生したタンク車などの多重衝突事故に巻き込まれ、多くの乗用車などが燃え、7人が焼死する史上最悪の事故となった。日本坂トンネル火災事故である(写真)。しかし死者のリストにトキオの名はなかった。忽然と消え去ったのだ。◎行方知れずのトキオの謎 その頃、拓実は立ち上がったばかりの移動通信会社に就職していた。かつてのどうしようもない無頼漢から立ち直り、真面目なサラリーマンに変身し、仕事に打ち込んでいたのだ。 2カ月後、ずっと新聞記事でトキオの消息を探していた拓実は、一風変わった記事に目をとめる。20歳のヨット部の学生が静岡の海岸でヨットが転覆し、一緒の大学生と共に水死したはずなのに行方不明になっていた遺体が新鮮な状態で見つかったというのだ。 水死した日は拓実が花やしき(写真)でトキオに出会った日で、遺体発見は日本坂トンネル火災事故の起こった日だった。水死した肉体を借りて、時空を駆けてトキオが20年前の浅草花やしきに現れ、そして使命を終えて再びどこかに旅立ったのか。 拓実は須美子の遺品を受け取りに再び東名高速バスで名古屋に向かう。そしてその車中で、カローラに乗っていたポニーテールの女性に再会し、無事を祝福し合い、拓実は名古屋で降車する前に再び会うことを約束する。◎トキオが救い拓実の愛した麗子は遺伝病の保因者だった そして2人は、交際を始め、ほどなき拓実は麗子にプロポーズする。しかしその場で、麗子から自身の「呪われた血」を告白される。 何かに憑かれたように拓実は、麗子、そして反対する麗子の両親に結婚を許してくれるよう説得する。トキオと会う前のいい加減さは、もうどこにもなかった。拓実の熱い気持ちに麗子も両親も折れ、2人は結婚できる。しかし「子どもをつくらない」ことを、麗子とその両親に約束しながら、2年後に麗子は妊娠してしまう。拓実に、中絶の意思はなかった。麗子と両親を説得し、何があっても、生まれた子を精一杯、慈しんで育てるつもりだった。生まれた子は、4分の1でグレゴリウス症候群をやがて発症する運命の男児だった。2人は、遺伝子検査をするの結果に動揺することもなく、時生と名付けた子を育てる。 実際、どこに行く時も時生と一緒で、時生は元気に育っていった。4WDのワゴン車を買い、麗子と時生と共に北海道など全国を回った。時生は、学校の成績も良く、スポーツも得意で、リーダーシップがあり、たくさんの友だちを出来た。◎発症し、臨終の床にある時生に向かって叫んだのは その幸せは、中学3年生までだった。高校に入ってすぐ時生は、専門病院に入院した。そして運動機能も意識も、徐々に失われていった。覚悟していたこととはいえ、2人にとって、また時生にも辛い日々となった。 やがて最期の時が訪れる。その日、病院の待合室で、拓実は麗子に初めて20年前にトキオと会っていたことを打ち明ける。それに触発された麗子もまた、20年前の日本坂トンネルで事故から救ってくれたのが転生したトキオであったことに気づく。 主治医に呼ばれて病室に呼ばれた最期の瞬間、拓実は重大な任務が残っていたことに気がついた。それを済ませなけれぱ、時生は新たな旅を始められない。 拓実は、時生の耳元で声を限りに叫んだ。 「花やしきで待ってるぞ」と。 × × × 再読だった『時生』だが、むしろ最初に読んだ時よりも受けた感銘は深い。 死者の体を借りての過去へのメタモルフォーゼにより両親の生を変えるというのは、荒唐無稽そのものだ。しかしそれを超えた2人の青年――時生と20年前の拓実――の肉親への情愛、極限の2つの死に向かい合い、それを受け止める肉親の強い絆が胸を打つのだ。 魂が未来に飛び、自分を産み育て慈しんでくれた両親の命を救い、そして出会わせるトキオの親への深い愛と恩もまた、現代の希薄な親子関係を思うと深い感動をよぶ。昨年の今日の日記:「黒部立山アルペンルートととなみチューリップフェアの旅(7):黒部平で360度のパノラマ景観に感動」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202505120000/
2026.05.12

心を洗われる読後感だった。読了しても、冒頭と終わりの部分を何度も読み返した。 東野圭吾の『時生(トキオ)』(写真)という小説である。実は、この小説を読むのは2回目だ。ずっと前に読んで、なにかしら心に残った。再度の熟読だった。 以下は、僕の『時生』読書ノートである。やや長いが、どうか僕の感動に付き合っていただきたい。◎23歳の自堕落ヒモ男の前に現れた不思議な青年トキオ 序章は不治の伴性遺伝病(架空のグレゴリウス症候群という難病)で死の淵にある1人息子・時生を病室で見守る父親・宮本拓実と母親・麗子の思い出で始まる。拓実は、妻の麗子が「呪われた病」のヘテロ遺伝子を持ち、生まれた子が男の子なら50%の確率で思春期末にグレゴリウス症候群を発症することを知ったうえで結婚したのだ。 そして主治医からいよいよ時生の最期が近いことを宣告された拓実が、麗子に夜の病院待合室で若い頃の不思議な体験を話し始める。20年前、今は意識も無い死の淵にいる植物状態の時生と拓実は会っていたのだということを。 その頃、刹那的な暮らしをするどうしようもない23歳のヒモ男だった拓実は、浅草花やしき(写真)で「遠い親戚」という不思議な青年トキオと出会う。拓実は、その直後に頼っていた女性・千鶴に逃げられたことに気がつく。千鶴は、風采の上がらない男の岡部と大阪方面に駆け落ちしたらしい。千鶴と岡部の行方を追うギャングに脅され、2人は千鶴探しに大阪に行く。どうやらトキオは、大阪に多少の土地勘があるらしい。最後に分かるが、拓実はまだ元気だった頃の息子の時生を思い出の地として連れて行ったことがあったのだ。◎謎の肉筆漫画本を手渡されて 大阪に向かう途中、トキオに強く勧められた拓実は、しぶしぶ名古屋に立ち寄る。名古屋の郊外の、意識不明で寝たきりになっている自分の産みの母親の須美子の最期の枕辺で会って欲しいと、義理の娘の東條淳子に頼まれていたからだ。拓実は、赤ん坊の頃の自分を貧窮で育てられないからと育ての親に養子に出した母親の須美子を憎んでいた。 枕辺で意識の無い母親に毒づいたあげく、早々に拓実はその家を後にする。追いかけてきた淳子に、拓実は不可解な肉筆漫画本『空飛ぶ教室』を渡される。意識のあった時の須美子に、拓実に渡してほしいと頼まれていたという。 様々なドタバタ、追跡、監禁などを経て、拓実は実母・須美子の生家を探しに出る。そこに岡部を連れ出したトキオが潜んでいるのだ。岡部を探してギャングに引き渡せなければ、ようやく居所を突きとめながらもギャングに掠われた千鶴の命が危ない。◎産みの母の愛した青年漫画家の死 全く手がかりもないながら、どうやら名古屋で淳子に渡された『空飛ぶ教室』にヒントがあるらしかった。しかし産みの母親に反感を持つ拓実は、その漫画本を質屋に安値で売り飛ばしてしまう。うすうす事情を知っているらしいトキオは、漫画本からすでにその場所を突きとめていた。拓実も、悪戦苦闘の末、何とかそのぼろ家を突きとめる(写真=イメージとしてはこんな所か)。そこに一人暮らししている老婆は、須美子の母親、拓実の祖母だった。 そこで初めて、拓実は自分の出生の秘密を知らされる。かつて須美子は、近くに住む身体障害者の貧しい若手漫画家と結ばれ、拓実を身ごもったのだ。その漫画家は、大火に巻き込まれて死んでしまう。救いに駆けつけた須美子も手の施しようがなかった。 別れ際に、業火の彼方の漫画家から、拓実が質屋に売り飛ばした『空飛ぶ教室』を託される。「君が生き残ると思えば、今この瞬間でも僕は未来を感じることができるから」という別れの言葉とともに。◎意識の無い母の枕辺で感謝の言葉を囁く 生き残った須美子は、父親もいない子を1人で育てる決心をするが、生まれてきても貧しくてミルクも買えない。ガリガリに痩せ細った拓実を見て、養子に出さざるをえなかったのだ。祖母から渡された、須美子が未来の拓実に宛てた手紙に、自分を養子に出さざるを得なかった切実に事情を拓実は知る。また焼死した漫画家の実父の名前が柿沢「巧」で、生まれた子の命名、同音「拓実」と名付けた秘密も知る。 それを知った拓実の心の中に、変化が起こる。大団円でギャングどもを退け、千鶴を救い出し、心から話し合った結果、別れを決めると、彼は拓実と共に名古屋の須美子を再訪する。 須美子は、意識も無く病臥しているが、彼は生みの母に最後の別れを告げ、生んでくれたことに心からの感謝の言葉をかけた。去る時にはふと母を見やると、意識も無いはずの須美子の目尻が濡れている。心が弾けそうになるのをこらえ、拓実は意識の無い母の目尻をそっと拭ってやるのだった。それが本当の最後の別れとなった。(この項、続く)昨年の今日の日記:「黒部立山アルペンルートととなみチューリップフェアの旅(6):感動! 黒部ダムの絶景」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202505110000/
2026.05.11

最中、ようかん、まんじゅう、今川焼き(写真)など和菓子に欠かせないアズキは、僕は大好きだ。 この起源は、たぶん大陸の中国であり、弥生時代に稲などの農産物と共に日本列島に渡来したのだろう――こう、漠然と考えていた僕の目を啓かされたのは、昨年の秋、ある学界での発表を聴いた時だ。実はその数カ月前に科学誌に成果が発表されていたことは、後述する。◎ヤブツルアズキが原種 それによると、最新のゲノム解析などの研究によると、アズキの起源は縄文時代の日本である可能性が極めて高いという。もはや「常識」となっている、すべての文物は中国大陸からという考えは、ことアズキに関しては通用しそうもない。 原種はヤブツルアズキだ(写真=上から黄色い花を付けたヤブツルアズキ、莢が黒ずみ実が熟したヤブツルアズキ、ヤブツルアズキの種子)。ヤブツルアズキは、現代も山野に自生している。秋に採集すると、種子はアズキよりもずっと小さいけれどもちゃんと食べられるという。 近年の発掘調査では、約6000~4000年前(縄文時代中後期)に、中国に比べて日本でアズキ種子の大型化が進行していたことを示す結果が得られていて、アズキ栽培化の日本起源説が提唱されてきた。しかしアズキの栽培化が日本で行われたことの科学的証明は十分ではなかった。◎栽培アズキは縄文後期に 縄文人は、様々な食用植物を園耕栽培していたことは知られているが、アズキもその中に入っていて、次第に改良されて大粒のアズキが誕生したと考えるのは、無理のない推定だ。ゲノム研究を基にすると、1万年前頃の縄文早期初めにはヤブツルアズキの栽培を始めていたようだ。改良には、たっぷりと時間があった。 そして栽培アズキは、遅なくとも縄文後期半ばの3500年前までには、野生種から分かれて現在のような栽培アズキとなった。つまり3000年前頃の縄文晩期末に北部九州への稲作の伝来による水田によるイネ栽培が始まった時よりおよそ500年も古いことになる。 そしてこの前後に、稲作と逆方向の流れとして、栽培アズキが朝鮮半島と中国大陸に渡った。◎栽培アズキとヤブツルアズキの693系統の全ゲノム解析 この革新的な推定の基になったのは、農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)と台湾大学の研究グループが、アメリカの科学誌『サイエンス』2025年5月29日号に発表した成果だ。 研究グループは、アジア各地から収集された栽培アズキとその祖先である野生種のヤブツルアズキ全693系統の全ゲノム解析を行った。一般に植物では、遺伝的多様性が高い地域が起源地であると考えられており、核ゲノムの解析結果では、中国の栽培アズキの方が日本の栽培アズキよりも多様性が高く、大陸起源説を支持するものだった。ところが母性遺伝する葉緑体ゲノムの解析結果は「中国の栽培アズキも日本のヤブツルアズキと同型で、中国のヤブツルアズキとは明確に異なる」ことを示された。これは、栽培アズキが日本で生まれた後に中国へ広がったことを支持する結果だった。◎ヤブツルアズキがまず日本で栽培化され中国に渡って現地のヤブツルアズキと交雑 上記の2つの説は、互いに食い違う。そこで食い違いを解決するために、研究グループはより詳細な核ゲノム配列の解析を行った。 その結果、中国の栽培アズキに見られる高い多様性は、中国のヤブツルアズキとの交雑によってもたらされたことが推察された。すなわち日本でヤブツルアズキがまず栽培化され、その後に中国に渡って栽培され、現地のヤブツルアズキと交雑したことで多様な栽培アズキが成立した、と推定された。 この研究成果は、近年の考古学研究の成果と合致するものとなったのだ。 わずかではあっても、大陸から日本列島へというあらゆる文物と逆方向の流れがあったことは、もっと注目されていい。昨年の今日の日記:「3つのTOBニュースのあった日、投資家はボーナスをもらえるか思わぬ損失を被るか」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202505100000/
2026.05.10

シフゾウ、と考古学の文献で見て、初めは絶滅ゾウの一種かと思った。その後、ある研究者からシカの仲間だと教えられた。だから「シフゾウジカ」だと理解すればよかったのだ。それでも、教えられた時は絶滅したシカだろうと思っていた。何しろ旧石器関連の文献に、化石として名が出てくるのだ。◎中期更新世には日本島にもいた 和名を漢字に当てれば、「四不像」となる。蹄がウシ、頭がウマ、角がシカ、体はロバに似ているからこの名がついたといわれる。絶滅種と思っていたのは、あながち間違いではなかった(写真)。 たしかに一時は野生絶滅していたのだ。中期更新世までには日本島にもいたが、日本島にホモ・サピエンスがやって来た時まで生きていたかは分からない。 濃密な個体群のいた中国では、19世紀半ばには野生絶滅した。体長約2メートルの大型のシカで、1頭狩ればかなりの人たちが肉にありつけるので、乱獲された。しかもシフゾウの生息環境も畑地化などので無くなった。◎19世紀半ばに新属新種として初めて記載 初めてその存在が学術的に注目されたのは、フランスの宣教師のアルマン・ダヴィド(写真)が1865年に清朝皇帝の狩猟用施設であった「南海子麋鹿(びろく=シフゾウのこと)苑」にいた個体を発見した時だ。ダヴィドは、パリの博物館へ毛皮を送ってその毛皮が模式標本となって新属新種として記載されたのだ。 ところが、細々と生き残っていたシフゾウも、1890年代に南海子麋鹿苑の南苑が洪水に遭い、残存個体群は溺死・餓死し、生き残った個体も周辺の住民に狩られて、遅くとも20世紀初めの清朝滅亡期までには野生絶滅した。◎中国に再導入されて今では数千頭にまで増える シフゾウにとって幸いだったのは、清朝末の混乱期にヨーロッパに持ち去られた個体が、ヨーロッパ各地で生き延びていたことだ。イギリスの貴族ハーブランド・ラッセル(写真)が所領地ウォバーンで放していた個体群や各国の動物園の飼育個体が飼育繁殖が進み、ウォバーン個体群は中国の同胞が絶滅した頃の1901年には20頭以上、1907年には30頭以上に増えた。 これらはロンドン動物園やニューヨークのブロンクス動物園にも売却され、そこでも数を増やした。さらに1956年にはウォバーンで飼育下繁殖されていた個体4頭が北京の動物園に里帰りした。 その後、中国政府はヨーロッパ各地の動物園生まれの仔のシフゾウを積極的に再導入し、各地の自然保護区に放している。現在では、こうした各地の保護区に数千頭が暮らしていると見られる。 日本では、一時、各地の動物園で広く飼われていたが、現在では広島市安佐動物公園と熊本市動植物園の2カ所で飼育されている。昨年の今日の日記:「黒部立山アルペンルートととなみチューリップフェアの旅(5):関電の電気バスで『破砕帯』通る」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202505090000/
2026.05.09

世界最高峰のエベレスト(8848メートル=ネパール語でサガルマータ)はクライマーなら誰もが憧れる。しかしこの山は、それだけ世界の登山家を引きつけるが、同時に数多くの犠牲者が眠る山でもある。◎多くの遭難者も出したエベレスト 1920年代の初登頂挑戦以来、300人前後の遭難死した遺体が取り残されているというが、最近の温暖化で時として古い遺体が氷河の下から見つかることもあるようだ。 2024年にはちょうど100年前に史上初めてジョージ・マロリーと共にエベレスト登頂を試み、行方不明になった(後にマロリーの遺体のみ見つかる)アンドリュー・アービンの遺品が発見され、2人が人類初のエベレスト登頂者であった可能性が高まった(24年10月27日付日記:「100年前、マロリーとアービンはエベレスト登頂に成功していたのか? もう1人のアービンの遺留品見つかる」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202410270000/を参照)。 僕にとってはむろん、エベレストなど高嶺の花もいいところだ。だからせめてもと思って、2019年2月にネパールを訪れた時、観光飛行でエベレスト近くまで遊覧したのだ(写真=矢印の下のピーク)。◎氷塊が登山路を塞いでベースキャンプに足止め 登山技術の装備の発達した現代では、金さえ惜しまなければ(もちろんかなりの登山技術と体力が必要だが)エベレストに登れるようだ(写真=山頂を目指す登山者たち)。 だからエベレスト登頂シーズンになった4月に、標高5300メートル超のベースキャンプにエベレストを目指す登山者たちが数百人も足止めをくらった(写真=ベースキャンプ)。原因は登山道の手前に危険な氷塊(セラック)が立ちはだかり、ルートを塞いでいるからだ。 老練なシェルパが安全な道を開いてくれるまで、登山者たちはキャンプでひたすら待ち続けているという。 ベースキャンプまではトレッキングコースになっているから、そこまで登ってヒマラヤ山脈の雰囲気に浸ることもできる。◎地域経済にとって重要な資源 ちなみに今シーズン、エベレストの登頂を許可証は当局から410枚も発行されている。許可証1枚当たりの費用は1万5000ドルだ。許可証の発行枚数に制限はないから、標高8000メートル以上の空気が薄く本質的に危険な「デスゾーン」で混雑を引き起こしている。 もっともネパールにとって、エベレスト登山者は、エベレスト街道トレッカーも含めれば、地域経済にとって最重要のゲストだ。途中のロッジ宿泊客のみならず、土産物屋、さらには登山者のためのポーターとシェルパは、多くの雇用をもたらし、莫大な外貨を落としてくれるのだ。 ネパール当局にも、エベレストの足止めは大きな痛手となる。昨年の今日の日記:「黒部立山アルペンルートととなみチューリップフェアの旅(4):日本の原風景と白馬3山の大出公園」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202505080000/
2026.05.08

オーストラリアの天文学者らは約2年前の2024年6月、奇妙な電波信号を捉えた。それは地球に近い位置から発せられた非常に強力な電波信号で、一瞬の間、空にある他のすべてのものよりも輝きを放った。その発生源の探査は、地球周回軌道上のゴミ問題の増加をめぐる新たな疑問を引き起こした。◎信じられないほどの強力な電波の爆発 当初、研究者らは自分たちが何らか新種の天体を観測していると考えていた。 西オーストラリア州カーティン大学電波天文学研究所の准教授、クランシー・ジェームズ博士らが観測したデータは、36基のパラボラアンテナからなるASKAP電波望遠鏡(写真)から得られたもので、アンテナはそれぞれ3階建てほどの高さに及ぶ。研究チームは通常、このデータから「高速電波バースト」と呼ばれる遠方の銀河から放射されるエネルギーの閃光を探す。 ジェームズ博士は発見した電波について「約1ミリ秒間続く、信じられないほど強力な電波の爆発だ」と指摘する。天文学者らはこうした爆発が「マグネター」から来ている可能性があるとみていたという。マグネターは、死んだ恒星の残骸で非常に密度が高く、強力な磁場を持つ。ジェームズ博士は、マグネターについて全く異常な存在で、宇宙で何かがブラックホールになる前の最も極端な現象だと語る。◎1964年打ち上げの古い衛星の関連疑う 一方で、この信号は地球に非常に近いところから発せられているようだった。あまりにも近いため、天体であるはずがない。結果として、信号は約4500キロ離れたところから到来していたことが判明した。そしてその位置は、「リレー2号」(写真)と呼ばれる古い人工衛星とほぼ完全に一致した。 NASAは1964年、実験用通信衛星リレー2号を軌道に乗せた。これは、その2年前に打ち上げられた「リレー1号」の改良版で、米欧間の信号中継や、64年に開催された東京五輪の放送に使用された。 3年後にミッションは終了した。主要機器の故障もあり、リレー2号はその時すでに宇宙ゴミと化していた。ミッション終了後も同衛星は地球を周回し続けていたのだが、ジェームズ博士らは、この衛星と24年に検出した奇妙な信号に関連性があるのではないかと思い当たった。◎衛星表面に蓄積された静電気の大規模ショートか しかし、数十年の沈黙の後、機能を停止した衛星が突然復活することなどあり得るのだろうか。 天文学者らがこの問題に関する分析結果をまとめた論文は25年6月30日、『アストロフィジカル・ジャーナル・レターズ』誌に掲載された。 望遠鏡が捉えた画像がぼやけていることから(写真)、研究者らは信号源がアンテナから近距離、つまり数万キロ以内にあったことに気付いたという。 「最初に検出した時は、かなり弱いように見えた。しかしズームインすると、明るさが増していった。信号全体は約30ナノ秒だが、主要部分はわずか3ナノ秒程度であり、これは我々の持つ機器が観測できる限界だ」とジェームズ博士は述べた。「この信号は、私たちの機器が検出する他のすべての電波データよりも約2000~3000倍も明るく、空の中で最も明るいものだった」と言う。 研究者らは、これほど強力な閃光が引き起こされた要因について2つの考えを持っている。ジェームズ博士によると、主要因は衛星の金属表面に蓄積された静電気が突然放出されたことである可能性が高い。◎可能性は小さいが微小隕石の衝突も あまり考えられないものの、もう1つの要因としては、大きさが1ミリ以下の微小隕石の衝突が挙げられるという。微小隕石は秒速20キロ以上で飛行中の宇宙船に衝突すると、衝突によって生じた破片がプラズマ、つまり非常に高温で高密度のガスに変化する。そして、このプラズマが短時間の電波バーストを放射する可能性がある、という。 しかし、この微小隕石との相互作用が起こるには、厳格な条件が揃う必要があるため、研究によると、これが原因である可能性は低いことが示唆されている。◎1万基以上の「死んだ」衛星が電波観測に脅威 ジェームズ博士によれば、こうした放電は監視が難しいため、この電波信号の事象は、地上からの観測が「衛星に起こる奇妙な現象」を明らかにしうることを示している。研究者らがこれまで使用した大規模な望遠鏡ではなく、はるかに安価で構築しやすい装置を用いて同様の事象を探索できる見込みがあるとの見方も示す。一方でジェームズ博士は、リレー2号が初期の衛星であるため、現代の衛星よりもその材質が静電気を蓄積しやすい可能性があるとも推測している。現代の衛星はこの問題を考慮して設計されている。 しかし、衛星が銀河観測に干渉しかねないという認識は、新たな課題を提起し、宇宙ゴミがもたらす脅威を増やす。宇宙時代の幕開け以降、約2万2000基もの衛星が軌道に到達し、その半分強が現在も稼働している。運用停止となった衛星は数十年にわたって何百回も衝突し、最大時速2万9000キロの速度で周回する無数の小さな破片を生み出している。昨年の今日の日記:「黒部立山アルペンルートととなみチューリップフェアの旅(3):最初の観光先の小布施には失望」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202505070000/
2026.05.07

環境省のレッドリストで準絶滅危惧のチョウであるクロツバメシジミ(写真)は、幼虫の時に外来植物を食べて育つと翅の色が変わることを、大阪公立大学などのグループが発見した。翅の色が変わったメスは交尾の相手としてオスの興味を引きにくくなることも確かめられ、外来植物がチョウの繁殖に間接的に悪影響を及ぼしている可能性があるとしている。絶滅の恐れのある昆虫類の保全対策に役立つと期待される。◎先に羽化したオスが飛び回ってメスを見つけて交尾 クロツバメシジミはシジミの貝殻を合わせたような形のチョウで、翅の表側が黒っぽい。新潟県から鹿児島県にかけて河川敷や岩場などに生息している。環境省のレッドリストでは「現時点での絶滅危険度は小さいが、生息条件の変化によっては絶滅危惧に移行する恐れがある」として準絶滅危惧と評価されている。 チョウの多くがそうであるように、オスが少し先に羽化して飛び回りながらメスを探し、羽化したてのメスを見つけたら近づいて何回か接触して交尾をする。チョウの繁殖行動で重要なシグナルになる翅の色について、クロツバメシジミの場合、幼虫の時期にどんな植物を食べるのかによって違ってくるのではないか、と考えられている。◎翅の色が外来植物と在来植物を食べて育った個体と異なる 大阪公立大学大学院農学研究科の平井規央教授、大学院生の久井花恋らが、室内や野外で実験で調べた。 久井さんがクロツバメシジミの幼虫を在来植物のツメレンゲを食べさせる群と外来植物のツルマンネングサを食べさせる群に分けて飼育したところ、幼虫でいる期間やさなぎの重さについて両群で違いはなかった(写真=左からクロツバメシジミの成虫、幼虫が食べる在来植物のツメレンゲ、外来植物のツルマンネングサ)。 しかし、成虫の翅の裏の写真を撮ったところ、通常の可視光写真では在来植物群が黄色みを帯びていたのに対し、外来植物群は灰色がかっていた。昆虫が見ている紫外線を撮影した写真では在来植物群の方が暗く写り、外来植物群より紫外線を多く吸収していることが分かった(写真=クロツバメシジミ成虫の可視光写真(左)と紫外線写真。いずれの写真も左2匹が在来植物、右2匹が外来植物で育った。上2匹はともにオス、下はメス)。光を当てて反射スペクトルを調べると、同様の傾向があったという。◎在来植物で育った個体の方が繁殖行動で有利の結果 こうした翅の色の違いが野外での繁殖行動にどう影響するのかを調べるため、オスが飛び交う生息地に在来植物で育てたメスと外来植物で育てたメスをひもでつなぎ、オスがどちらの個体を選ぶかを観察した。 すると、飛びながらオスがメスに接触する配偶行動が、在来植物で育てたチョウの方がより頻繁に観察できた(図=在来植物を食べたクロツバメシジミのオスとメスに対する野外で飛んでいるオスの接触回数と、外来植物を食べたオスとメスとへの接触回数を調べたグラフ)。フェロモンの影響が少ない標本を使った実験でも同様の傾向が見られた。 実験をしたクロツバメシジミの生息地では、在来のツメレンゲが生えている場所に外来のツルマンネングサも育っているという。平井教授は「外来植物で育ったメスの成虫がオスと交尾ができずに死ぬと、繁殖に不利な影響を受けていることになる。外来植物の侵入が、クロツバメシジミの個体数の減少につながるかもしれない」と話す。◎期待される絶滅の恐れのある昆虫の保全への寄与 翅の色が幼虫期の食性によって変わることについては、植物の色素フラボノイドの組成の違いが翅の紫外線の吸収に関わっているという先行研究もある。久井さんは「翅の色が変化する仕組みについて生理学的に研究を進めるとともに、クロツバメシジミのほかにも同様な事例がないか調べたい」としている。 絶滅の恐れがある昆虫の保全や、外来種の問題の解決に役立つことが期待される。 研究は東京大学総合研究博物館と共同で実施し、成果は3月10日に国際学術誌『Basic and Applied Ecology』電子版に掲載された。昨年の今日の日記:「豊田自動織機が株式非公開化だって?! 潰えるか、サンリオに続くテンバガーの夢」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202505060000/
2026.05.06

テロ国家イランのホルムズ海峡の閉鎖で、原油WTI先物価格は1バレル100ドルを越えている。アメリカ・イスラエルによるイラン攻撃から2カ月を越すのに、容易に戦争の行方を見通せないのが、原油価格の高値の理由だ。 ここに来て、原油をめぐっていくつか大きな動きがあった。◎石油生産OPEC3位のUAEがOPEC脱退 まずOPECの主要加盟国のUAE(アラブ首長国連邦)が4月28日に、5月1日付でOPECを脱退し、OPECプラスからも離脱することを発表した。 UAEは、OPEC内で第3位の生産規模を誇る主要メンバーだったが、サウジアラビア主導の協調減産体制への不満が日頃からあり、油価の高いうちに自由に原油を増産したいという思惑があった。UAEは現在、増産余力が日量60万バレルもありながら300万バレルちょっとの枠がはめられていた(写真=UAEのアブドラ外相(左)とサウジのファイサル外相)。 今、OPEC脱退に踏み切ったのは、ホルムズ海峡が封鎖されているため、事実上、サウジもイラク、さらにUAEは原油を輸出できない状態にあり、脱退に踏み切っても世界の原油市況に影響を与えないことがあった。 UAEの脱退で、同国の原油生産量は少なくとも向こう2年内に日量100万バレル増えると見られ、原油市場が正常化すれば、原油価格にかなり下押し圧力となる。OPEC脱退は、2024年のアンゴラ脱退以来だが、生産量も生産余力もUAEはアンゴラとは桁違いの大きさだ。OPEC盟主のサウジにすれば、頭の痛いことだろう。◎イラン革命防衛隊公認で日本の巨大タンカーが封鎖後初めてホルムズ海峡を通過 その意味で、1日も早くホルムズ海峡の封鎖が解除されることを望むが、日本の石油元売りの抜け駆け的輸入もチラホラし出した。 1つは、出光興産の子会社の運航する超大型原油タンカー(VLCC)の「出光丸」(写真)が4月28日、ホルムズ海峡封鎖後初めて、ホルムズ海峡を通過したことだ。日本の1日の消費量に相当するサウジ産の原油約200万バレルを積んでいた。 出光興産と言えば、小説・映画『海賊とよばれた男』で描かれたように、1953年、イギリスの制裁と封鎖をかいくぐり、タンカー「日章丸」でイラン産原油を輸入した件を思い出す。海上でのイギリスによる拿捕が懸念される中、国有化されたイラン産原油を初めて輸入した快挙は、当時のイラン国民と政府に大歓迎された。むろんイギリスは憤激し、アメリカも苦々しく見ていた。 在日イラン大使館は「X」で、今回の出光丸の通過に際して、わざわざ1953年の日章丸の件を紹介し、長年の友好関係の意義を強調した。 それはいいのだが、問題は革命防衛隊の要求する通航料を出光の側がイランに払ったか、だ。外務省によると払っていないと言うが、本当のことは分からない。革命防衛隊の要求する暗号資産で払えば、通関にも表れないだろうから、隠そうと思えば隠せる。◎侵略国ロシアに戦費を贈る太陽石油 さらにもっと問題なのは、石油元売り4位の太陽石油が1日、テロ国家ロシアの「サハリン2」産の原油をスポットで調達したことが明らかになったことだ(写真=ロシア産原油を受け入れる太陽石油の今治の精油所)。 ロシアは、現在もウクライナ侵略戦争を続けており、欧米から原油輸出禁止の制裁を受けている。現在、ロシアはホルムズ海峡封鎖で逼迫する原油市況のおかげで、イラン戦争前よりおよそ60%増しの高値で原油を輸出している。 欧米が制裁しているのは、ロシアが原油をウクライナ侵略の重要な戦費にしているからだ。ロシアは、イラン戦争前に比べて、原油価格上昇の上に、原油を中東から輸入できなくなったスターリニスト中国やインドなどの代替調達で輸出量も増えている。イラン戦争による最も大きな「漁夫の利」を得ているのは、テロ国家ロシアなのだ。 そのロシアからスポットとはいえ石油を輸入するのは、国際的道義に反する。太陽石油の愚かな判断を強く批判する。昨年の今日の日記:「黒部立山アルペンルートととなみチューリップフェアの旅(2):砺波市のチューリップフェア」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202505050000/
2026.05.05

SNSの青少年利用を禁止・制限する動きが世界的に広がっている。◎アメリカでは州裁がSNS2社に多額の賠償 オーストラリアでは、世界に先駆けて2025年12月から、16歳未満のSNS利用を禁止する法律が施行された。 デンマークなど一部EU諸国も法的な利用禁止を目指し、その動きは日本にも少しずつ波及しつつある(写真=SNSで交流する子ども)。 またアメリカでは3月にカリフォルニア州裁判所の陪審団がメタとグーグルに計600万ドルの賠償を命じた。評決は、原告側の「利用者が中毒になるようにSNSのアルゴリズムが設計されていて、それはたばこ産業と同じだ」との主張に沿ったものとなっいる。 SNSとタバコが同列に並べられているように、「中毒」を含む耽溺性や犯罪に巻き込まれかねないことへのSNSへの警戒感が広がっている。◎半世紀前の映画ではタバコを吸う姿は普通 タバコ喫煙禁止・制限とのアナロジーを、そこに感じとれる。イギリスで先進国で初めて18歳以上のタバコ販売が禁止される法律が制定されそうだが(4月29日付日記「イギリスで2009年以降生まれは生涯禁煙へ:世界で2番目、先進国で初の快挙」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202604290000/を参照)、法律で禁止しなければならないほど喫煙の根絶は難しいのだ。 20世紀半ばまで、アメリカなどでは青少年を含めて喫煙が普通だった。アメリカ映画を観ると、レストランでもみんな喫煙している(写真=1961年作の『ティファニーで朝食を』のオードリー・ヘップバーン)。 成人に限っても半数以上が喫煙者だった。上流階級の女性も喫煙するのは普通の習慣だった。◎タバコから逃げられない貧困層 しかしタバコが健康被害を引き起こすリスクが疫学的に立証され、その恐れが少しずつ認識されるようになった1950年代から少しずつ喫煙者は減り始め、1964年にタバコの健康被害が公式に認定されると、上流の人々はタバコをやめた。公式認定直後の1965年に約42%だった喫煙率は、2022年には11〜13%程度にまで激減した。 しかしそれでもなおアメリカ人の13%はタバコを吸っている。この多くは、皮肉にも栄養的偏りの無い食品購入ができないほどの貧困層だ(写真)。 例えば大卒以上のアメリカ人の喫煙率は極めて低く、数%台に留まる。それは、とりもなおさず高所得層である。半面、高校中退者などの低学歴層、すなわち低所得層の喫煙率はかなり高く、30〜40%にも達するのだ。 この傾向は、アメリカに限らず先進国で大なり小なり共通している。◎子どもをSNSの負の側面から解放するために年齢制限は必要か SNSも、いずれはそうなっていくかもしれない。詳しい統計を知らないが、アメリカでも日本でも、高所得・高学歴の層ほど親はSNSに抑制的で、したがって子どもには制限をかける。溺れるのは、貧困層だけ、というアメリカのタバコ状況に近くなるかもしれない。 闇バイトに誘い込まれる青少年がしばしば報道される。中毒状態になってSNSに浸りきりという子どもの話もよく聞く。 最もセンシティブでこれからの可能性も無限な青少年が、SNSの闇に引きずり込まれるのを防ぐには、日本でも年齢制限が必要なのではないか。昨年の今日の日記:「9000万年前の奇妙な新種恐竜を発見、2本指の1本にケラチン質の爪鞘」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202505040000/
2026.05.04

「君子は豹変する」という言葉がある。優れた人間は過ちは直ちに改め、速やかによい方向に向かう、という意味だ。中国の古典『易経』に出てくる。◎華北の山野に棲むキタシナヒョウ ヒョウは秋になると毛が抜け替わり、新しい斑文がくっきりと表れることに由来するという。 この言葉で、ヒョウが中国にもいた、いやまだ生き延びているらしいことを初めて知った。中国の野生のヒョウは、キタシナヒョウ(華北ヒョウ)という固有の亜種だ(写真)。シベリア、沿海州のウスリーヒョウとは別亜種で、もともとは同一個体群だった。主に華北地域(山西、河南、河北、陝西省)や東北地方にわずかに生息する。 2015年に北京の郊外でキナシナヒョウが30年ぶりに確認され、大きな話題になった。◎日本にも渡ったキタシナヒョウ、今は剥製が高知市に 実はキタシナヒョウは、日本にもなじみ深い。 日中戦争の最中の1941年(昭和16年)2月28日、中国湖北省の山中で日本軍の第8小隊にオスの幼体のヒョウを捕らえた。捕まえた時、ヒョウは親仔連れ4頭だったが、捕らえた仔2頭のうち、1頭を小隊長の成岡正久は宿営に連れ帰った。 ヒョウの仔は、小隊の名前をとって「ハチ」と命名された。小隊員にも慣れ、まるでネコのようだったという。 小隊長の成岡正久と兵士たちはハチを可愛がって育て、ハチも兵士たちを慕うようになった(写真=成岡小隊長のそばでくつろぐハチ)。 しかし戦局が切迫するにつれて小隊にハチを同行させることが困難になってきたため、成岡は伝手を頼って恩賜上野動物園にハチを引き取ってもらった。しかし悲しいことに、その後ハチは戦時猛獣処分の対象となって薬殺され、第2次大戦終戦後に成岡と再会した時には剥製になっていた。 戦後、復員した成岡は高知に居を定め、ハチの剥製も高知に移った。現在も、市内の「高知みらい科学館」で展示されている(写真)。◎ユキヒョウはキタシナヒョウとは別種 一方、チベットや四川省など中国の高山地帯から中央アジアにかけて生息するユキヒョウとは別種だ。おそらく中国の古い知識人が目にしたのは、高山地帯に棲むユキヒョウではなく、キタシナヒョウだったろう。 しかし秋に毛が抜け替えてくっきりした斑文が表れるなどという生態が紀元前の『易経』の筆者にも知られていたことは、今よりずっと身近にいたのだろう。 孔子が「苛政は虎よりも猛なり」と書いたトラは、今では数十頭にまで減ったアムールトラだが、孔子が見た家族をトラに食い殺された女性は山西省の泰山の麓にいた。ヒョウのように、今は絶滅に近いトラだが、孔子の時代は里にいくらでも出没するほどトラは普通にいたのだ。◎世界各地で激減したヒョウ 僕は、アムールトラもユキヒョウも、旭川の旭山動物園で観たことがあるが(写真=上がユキヒョウ、下がアムールトラ)、キタシナヒョウは未見だ。全中国で200~300頭くらいしかいないらしいから、珍獣に属するのだろう。 しかし2024年にタンザニアのセレンゲティ国立公園ではるか遠くにヒョウを観た(かもしれない、という程度に遠目だった)時は、ヒョウはアフリカにしかいないと思っていたのだが、その後、アジア各地に激減しながらもごく小個体数ながら分布していたことを知り(24年11月3日付日記:「世界のヒョウが絶滅危機に、個体数も生息地も20年余で3割減、ただし一部には改善の兆しも」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202411030000/を参照)、あらためてキタシナヒョウのことを調べたのである。 肉食獣は、農耕牧畜の広がりと人口増で、食物にする草食獣の生息域がどんどん狭められ、また個体数も激減し、つれて肉食獣も極限にまで減っている。 いつまでも生き延びてほしいと願ってやまない。昨年の今日の日記:「黒部立山アルペンルートととなみチューリップフェアの旅(1):雪の大谷を往く」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202505030000/
2026.05.03

1つの群れのチンパンジーが2つの集団に分かれ、かつての仲間を襲って殺害する「内戦」に陥った事例を、アメリカ、テキサス大オースティン校などの国際研究チームが30年余の調査で確認し、アメリカの科学誌『サイエンス』4月9日号で報告した。◎観察初めは100頭余りの群れの中は平穏だった 東アフリカ、ウガンダのキバレ国立公園での紛争である(地図)。 研究チームは長年の観察で、群れの権力構造の変化や分断が進む集団間の架け橋だったメンバーの病死などを経て、対立が深刻化する過程を明らかにした。 人間の間には集団間の暴力事件、内戦は、民族や宗教といった文化の違いに根ざしてしょっちゅうある。チンパンジーは人間に最も近い種だが、今回の観察は、文化の違いが無い条件でも内戦に至る可能性を示したものだ。 調査は1995年、ウガンダのキバレ国立公園で始まった(写真=争いの現れる前のチンパンジーの群れ。毛繕いしたりして交流していた)。群れが100頭余りから次第に大きくなっていく中でも、共に食事や毛繕いをし、縄張りを守り、他の群れを襲っていた。◎まず17年に中部群のオスが西部群のオスに襲われ重傷 分断の兆候は2015年に表れた(写真=他のチンパンジーの声を聞き不安そうな表情を見せたり他の個体に触れあったりして安心を得ようとするチンパンジー)。6月24日、多数派集団「中部」が少数派の「西部」のメンバーを追い回し、その後6週間は、互いを長期間避ける様子が見られた。過去に観察されたことが無い長さだった。 それを境に、分断が進んだ。 チンパンジーは、オスが群れにとどまり、敵に対する縄張りのパトロールや争いなどで協力し、時に相手を死に至らしめるほど激しく攻撃する。まず16年に西部群のオスたちが、17年には中部群のオスたちも、縄張りのパトロールを始めた。 最初の致命的な襲撃は18年に発生し、中部群のエロールという名の若いオスが西部群に襲われた。襲ったのは縄張りのほぼ中央付近にあるイチジクの木で餌を食べていた西部群の成体のオス5頭だった。 以降は互いのパトロールの頻度が高まった。◎中部群の犠牲者は成体7頭、幼体17頭、他に行方不明14頭 集団間の交流は18年には完全に消滅した。19年には2度目の致命的な襲撃が発生した(写真=19年、対立する西部群のチンパンジーに囲まれて牙をむく中部群のチンパンジーのオス)。 これまでのところ、中部群の死者は成体7頭と幼体17頭に上り、さらに14頭が行方不明となっている。研究論文によると、行方不明のこれらのチンパンジーも致命的な攻撃の犠牲になった可能性が高いという。 西部群のチンパンジーは中部群チンパンジーよりも攻撃的だ。研究によると18年から24年にかけて、西部群は4カ月ごとに最大15回のパトロールを行い、年間平均で中部群チンパンジーの中から成体1頭と幼体2頭を殺害している。西部群は中部群より優位に立っているようで、これはおそらく早くから西部群の結束力が強かったことによるものだとみられる。◎群れの膨張で緊張感が高まった末に こうした背景には、200頭ほどにまで膨張していた群れの中で、食物や交尾機会の獲得競争が激化したことに加え、社会関係の動揺があったとみられるという。 分断に先立つ14年に6頭の成体が死に、翌年にはボスが交代、群れ間の緊張の高まった17年には呼吸器病の流行で25頭が死亡していた。この中には西部群と中部群をつなぐ数少ない成体のうちの1頭が含まれていた。つなぎ役がいなくなり、歯止めが無くなったとみられる。 群れの縄張りの境界線は常に変化しており、現在は西部群が境界線をさらに東へ押し広げているという(写真)。 ちなみに「内戦」は500年に1度しか起こらないと推定される稀な出来事で、これまで観察されたのはこれ1度だけだ。 いつまで争いが続くかだが、紛争は世代を超えて受け継がれているので、どちらか一方の群れ、現在の状況では劣勢の中部群が消滅するまで終わらないかもしれない。昨年の今日の日記:「日露戦争、海では圧勝したが満州の陸戦では完全消耗、もはや余裕無く、ポーツマス講和で救われる」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202505020000/
2026.05.02

カラスは黒い、と決まっている。どことなく不気味だ。だからだろう、例えばスターリン時代のソ連では、反対派知識人を自宅からしょっ引くための、深夜に街中を走る移送車を「黒ガラス(チョールヌイ・ヴォロン:Чёрный ворон)」と呼んだ。市民は、いつ自宅玄関前に「黒ガラス」が駐められるかと恐れた。◎知恵が発達するも不気味さがネガティブな印象 カラスは、また路上に放置されたゴミ袋を漁って辺りを汚くさせるし(写真)、これからの季節、繁殖期になると、巣を守るために市街地を歩く人を頭上から襲ったりする。かなりの困りものだ。 しかしカラスは知能が高く、自動車に堅い種を轢かせたりもする。特に南太平洋ニューカレドニア島に分布するカレドニアガラスは、小枝や葉を加工して「道具」を作り、木の穴の中にいる虫を捕まえることで有名だ(写真)。 ただ多くの人たちのカラスに抱く印象は、ネガティブなものだ。 その理由の大部分は、その真っ黒い姿の不気味さにあるだろう。世界中にカラスは500種ほどいるらしいが、ほとんど例外なく真っ黒だ。稀に遺伝子の突然変異や色素の異常によって「白いカラス」が出来ることがあるというが、非常に珍しく、数万羽に1羽程度の確率でしか現れないと言われている(写真)。◎スイッチ役の「MC1R」受容体がオンのまま では、カラスの羽の色はなぜ黒いのだろう。 カラスの黒い羽は、黒さを生み出す「スイッチ」役の「MC1R」受容体が、ホルモンの刺激無しでも高活性を保ち、黒い色素(ユーメラニン)を作り続ける「止まらないスイッチ」の役割を果たしているためであることを、このほど岡山大学の研究グルーブが発見した。 鳥の羽の色や動物の体色は、主に黒色系のユーメラニンと赤褐色系のフェオメラニンのバランスで決まる。このバランスを調整するのがMC1Rだ。いわば「色の切り替えスイッチ」である。通常はホルモン刺激によって一時的にオンになり、ユーメラニンの合成を促す。◎色素のユーメラニンが作られ続けて 研究グループは、ハシブトガラスのMC1Rを培養細胞で詳細に解析した結果、ホルモンが無くても高い活性を保ち、ホルモン刺激への応答が弱いことが判明した。つまりカラスでは、このスイッチ自体が常にオンの状態にあり、ユーメラニンが作られ続けていると考える。さらに、マウスやニワトリでは1アミノ酸置換で生じる「止まらないスイッチ」が知られているが、カラスでは複数のアミノ酸変化の組み合わせで生じている可能性が示されたという。 この研究は、野生の黒いカラスでこの仕組みを実験的に示した初めての成果だ。カラスの黒さの謎に新たな答えを与えるとともに、生物の色の収斂進化に関する重要な発見と言えるだろう。 研究成果は、2026年4月6日に国際学術誌「General and Comparative Endocrinology」オンライン版に掲載された。昨年の今日の日記:休載
2026.05.01

ネアンデルタール人の骨は、フランスなどのヨーロッパとイスラエル、イラクなど中東で合わせると数百体に及ぶ。わずかの例外を除き、ネアンデルタール人は死者を洞窟に「埋めた」から、肉食獣の死肉漁りにも遭わず、風化も免れたためだ(これを現生人類ホモ・サピエンスのような「埋葬」と言うには躊躇がある)。 ただ骨がまだ軟骨に近い幼体は、それでも残りにくい。シリアのデデリエ1号、2号、そしてイスラエルのアムッド7号の幼児骨化石は希有な例だ。 そのうちアムッド7号の子どもの化石を用いた研究により、ネアンデルタール人の子どもは、現生人類より超速で成長していたらしいことが分かった。◎アムッド洞窟は日本の東大隊が発見、調査 研究されたアムッド7号は、1992年にイスラエル北部、ガリラヤ湖近くのアムッド洞窟(下の写真の上)で発見されたネアンデルタール人の乳児骨格だ(下の写真の上)。5万5000年前頃のものという。イスラエル・テルアビブ大学の研究チームにより、この知見が提示された(シリアのデデリエ標本は、イスラエル研究者には政治的にアクセスできない)。 アムッド洞窟は1960年、日本の東大調査隊が発見した中部旧石器遺跡だ。翌年の1961年と64年の2シーズンにわたって東大洪積世人類遺跡調査団によって発掘され、1年目からネアンデルタール人の全身骨格、アムッド1号(写真)が見つかった。 アムッド1号は、25歳くらいの成人男性骨格で、特筆すべきは現生人類ホモ・サピエンスよりも大きい、推定脳容量1740㏄を備えていたことだ。アムッド1号は、これまでに見つかっているネアンデルタール頭蓋で最大の個体である。 その後、アムッド洞窟の発掘はイスラエル研究者によって継続され、7号もイスラエル隊に発掘された(写真=1990年代のイスラエル隊の発掘風景。調査は洞窟前庭部で行われている)。なおその後のイスラエル隊の発見も含め、アムッド洞窟ではこれまで20体のネアンデルタール化石が発見されている。◎歯の発達に比べて身体成長は進んでいた そのアムッド7号は、乳児遺体だけに100点以上の骨片にばらけていた。 研究者たちのこの骨を手がかりに、7号の年齢の推定を試みた。通常、乳幼児の年齢推定は、人類学者が歯の発達ぶりや骨の大きさを手がかりにする。 現代人では、歯と体の成長はある程度揃って進むため、この方法は比較的信頼性が高いのだが、アムッド7号では、奇妙な結果が出た。 歯の発達から推定すると、この個体は約6カ月の乳児に相当した。ところが腕や脚、胸部などの骨の成長を見ると、約14カ月の子どもに近い状態だった。つまり、歯に比べて身体の成長だけが異常に速く進んでいたのだ。歯は保守的だから、進化は遅れるからだ。 このような歯と身体の発達のズレは、単なる個体差では説明しにくく、ネアンデルタール人特有の成長パターンを反映している可能性が高いと考えらる。 さらに分析した結果、新生児の段階ではネアンデルタール人と現代人に大きな違いは見られないものの、幼児期(1〜6歳頃)に入ると、ネアンデルタール人は身体成長が急激に加速することが推定された。◎なぜ「速く成長する」必要があったのか では、なぜネアンデルタール人はこれほど速く成長する必要があったのか。 研究者たちは、その理由として「環境」を挙げている。ネアンデルタール人が暮らしていたユーラシア大陸の環境は、氷期の影響を受けた寒冷で過酷なものだった。 こうした環境では、幼いままでは体温維持や生存そのものが難しくなる。 そのため、できるだけ速く体を大きくし、環境に耐えられる状態になることが有利だったと考えられる。 実際に今回の研究では、ネアンデルタール人は乳幼児期に急速に身体を発達させ、その後の成長段階では現代人に近いペースに落ち着く可能性が示された。 これは言い換えれば、成長の初期に「一気に加速」し、その後にバランスを取るという独自の成長戦略と言える。◎ネアンデルタールの発達は「短期決戦型」 私たち現代人は、歯や身体が比較的バランスよく、緩やかに成長していく。それに対してネアンデルタール人は、序盤にリソースを集中させる「短期決戦型」の発達パターンを持っていた可能性があるのだ。 ただ研究者たちは、この結果がすべてのネアンデルタール人に当てはまるかどうかはまだ断定できない、としている。乳幼児の化石は冒頭に述べたように非常に少ないため、今後さらなる検証が必要なことは確かだ。 研究の詳細は2026年4月15日付の学術誌『Current Biology』に掲載された。昨年の今日の日記:休載
2026.04.30

イギリスで近々、世界に先駆け先進国で「生涯禁煙」の法律が成立する。4月16日、下院で与野党の賛成多数で可決されたからだ。今後、上院でも可決されると法案成立となる(ちなみに下院で可決された法案が上院で否決されることはほとんど無い)。◎喫煙率半減で10%強でもなお喫煙禁止を拡大 2009年1月1日以降に生まれた人は、タバコや電子タバコの入手が生涯にわたって禁じられる。 現在、イギリスでタバコを購入できるのは、他の先進国同様に18歳以上だ。この法律が出来ると、年齢制限が毎年1歳ずつ引き上げられることになるから、将来、イギリスの成人はタバコを買うことができなくなる。違反者には、罰則もある。シャーロック・ホームズが生きていたら、さぞや嘆くことだろう(写真)。 統計によると、イギリスでは2024年時点でおよそ530万人が喫煙していた(写真)。18歳以上人口の10.6%だ。統計を取り始めた11年の喫煙人口は20.2%だったから、13年で半減したことになる。ちなみに日本の成人喫煙率は15%程度だから、イギリスの現在の喫煙率より大幅に高い。◎健康被害の上に国全体で莫大な損害 理由は、むろん健康被害の恐れだ(後述するように、年々価格が上げられて高額化したタバコ料金もある)。喫煙で、脳卒中、糖尿病、認知症、ぜんそくなどのリスクが高まり、イギリスでは年間8万人が喫煙が原因で命を落としているという。癌による死亡の4分の1は、タバコが原因だ。 そうした啓発と理解が広がったから、前記のように13年間で喫煙率が半減という成果を挙げたが、それでもイギリスが国を挙げて喫煙の根絶を目指すのは、喫煙による収入減少、失業、早期の死亡、医療費増などで、イギリス全体で年間218億ボンド(約4兆7000億円)もの損失をもたらしているからだ。◎モルディブが世界初の禁煙法 イギリスが世界の先鞭をつけたわけではない。インド洋の島国のモルディブは、25年11月に07年1月1日以降に生まれた人へのタバコ販売を禁止したのが最初だ。世界的なリゾート地のモルディブ(写真)で成人の喫煙が事実上禁止されたことは、イギリスの政界に大きな刺激になり、今回の法制化となった。 販売禁止なら、ニュージーランドはもっと早い。22年12月に、09年1月1日以降に生まれた人は生涯タバコを購入できなくなる法改正が可決・成立したが、23年末の政権交代に伴い、この「タバコ販売禁止法」は撤回される方針となった。だから、計画されていた世代別の全面的なタバコ販売禁止は施行されていない。 だからイギリスで法施行となれば、世界的にも画期的な壮挙となる。◎タバコ1箱の値段が4000円前後! ただイギリス財政には、多少の痛みを伴うことになる。タバコ関連税収は、25年で約80億ポンド(政府税収の0.6%)あり、これが漸減していく。 年々喫煙禁止人口が繰り上がっていくことで、実は最も恩恵を受けるはずの貧困層が、実は最も痛手を受けることになる。 大学卒業以上の高学歴、したがって高所得層の喫煙率は数%にまで落ちているが、低学歴、したがって低所得層の喫煙率は20%以上に達している。イギリスでは先進国でも課税済みのタバコの値段は極めて高く、20本入り1箱の値段は約15〜20ポンドもする。日本円換算すれば、3225円~4300円だ! しかも年々、値段は上げられている。 それでも低所得層の暮らす地区の喫煙率は、そうでない地区より倍くらい高い。満足な食事を摂らなくとも、タバコを止められないのだ。極めて不健全な社会構造だ。 今回のタバコ生涯禁止法はそうした貧困層を救うことにもつながるとも言えそうだ。昨年の今日の日記:「私たち現代人は1万年以内に絶滅へ、進化生物学専門の『ネイチャー』上級編集者が予言」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202504290000/
2026.04.29

イラン戦争によるホルムズ海峡封鎖の今後が全く見通せないのに、日経平均株価は好調だ。27日には、とうとう終値で6万円越えの6万0537.36円(821.18円高)で引けた(写真)。 しかし全体の株価動向を表すTOPIX(東証株価指数)はほとんど上がっていない。だから株価新高値の実感は、ほとんどの人が持っていないだろう。 それは市場のほんの一部である生成AIと半導体・データセンター関連だけが上がっているからだ。◎投資家人口は6年で2倍 それは、隣国の韓国ではいっそう際立つ。韓国の代表的株価指数のKOSPIは、なんと1年で2.6倍になっているのだ(写真)。世界1のパフォーマンスである。 絶好調の半導体のメーカーであるサムスン電子(写真)とSKハイニックスの2社が時価総額の約4割を占めているからだ。 と、こうなると、住宅価格の高騰や日本を上回る少子化による年金制度の破綻懸念で、韓国人の株式投資が沸騰する。投資家の数は、2025年末に1450万人ほどになった。実に韓国人の3人に1人が株式投資をしている。武漢肺炎前の19年末から2倍以上に増えた。 実数も凄いが、質はかなり危うい。日本のような堅実なNISAを通じての投資ならまだいいが、韓国の場合は株を担保に投資資金を借りる信用取引が大盛況なのだ。◎零細投資家は信用取引で投げ売りを余儀なくされる 2月末、アメリカとイスラエルによるイラン攻撃が始まると、ホルムズ海峡閉鎖による石油危機観からKOSPIは一時20%近くも急落した(写真=急落したKOSPI)。 信用取引の怖さは、担保の株価が値下がりし、同時に建玉も価格下落するから、維持率割れを起こすと強制売却されることだ。多くの投資家は、それで損失を被った。 大口投資家は、それでも余裕があるから、下げ局面を絶好の買い場として押し目買いを入れ、その後の日米株価の回復に伴うKOSPIの回復に乗れたが、ギリギリで危ない投機を行っていた零細投資家は、なけなしの資産を失った。◎KOSPIの爆上げはバブルか かつてバブル時代の日本では、株を担保に街金を含めた金融機関がカネを貸してくれた。韓国の場合も、銀行やノンバンクがカネを貸す。その利子が半端でない。大手証券の信用取引の利率は年7.5%で6カ月を超すと年9.7%に跳ね上がるという。 今の韓国株式市場は、異常な半導体ブームによるバブルだ。日本でも警戒する必要がある。昨年の今日の日記:「スペイン、シマ・デル・エレファンテ洞窟下層からホモ・アンテセソールと異なるヒト族中顔部見つかる」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202504280000/
2026.04.28

エジプト北部の1800万~1700万年前の地層から霊長類の下顎骨(写真)や歯の化石を発見し、新属新種に分類した、と同国のマンスーラ大やアメリカ、南カリフォルニア大などの研究チームがアメリカの科学週刊誌『サイエンス』3月26日号に発表した(想像図)。◎気候変動に適応力を高めて ヒトの他、チンパンジーやゴリラ、テナガザルなどの類人猿に共通する祖先に近いとみられ、進化過程の解明に役立つという。 下顎骨は頑丈で、歯の構造を解析した結果、新種霊長類は主に柔らかい果実を食べていたが、気候変動で食物が少なくなった時は堅いナッツ類や種子も食べるという柔軟な食性をとっていたと推定される。当時、この地域では季節による環境変化が激しくなりつつあったが、この適応力こそが、彼らが過酷な時代を生き抜き、後に世界へ広がる原動力となったようだ。◎エジプトから中東の地域がヒトと類人猿の共通祖先の誕生地か 学名はエジプトやサルを意味する言葉、発見場所の地名から「マスリピテクス・モグラエンシス」と付けられた。属名の「マスリピテクス」はアラビア語でエジプトを意味する「マスル(Masr)」を、種小名の「モグラエンシス」は発見地である「ワディ・モグラ」の名を冠したものだ。 古人類やその前段階の霊長類の化石は、これまでアフリカ大陸の東部付近で見つかることが多かった。周辺の地域で化石の発掘が進めば、進化や生息地域の移動・拡大の全体像が明らかになると期待される。◎マスリピテクスはエジプトピテクスよりはるかに新しい 今度の発見は、エジプト北東部と中東一帯は、ヒトや現生類人猿の共通祖先の誕生した場所であることを示唆している、と研究チームは指摘している。 なおこれよりはるかに古く、約3800万年前に生息していたエジプトピテクス(写真)という化石霊長類はやはりエジプト出土である。1966年に発見されたエジプトピテクスは、旧世界ザルと化石類人猿が分岐する前の霊長類で、系統関係は不明なもののマスリピテクスのはるかなる祖先である。昨年の今日の日記:「立民の野田代表も食料品の消費税率ゼロを表明、政界覆うポピュリズムの波に飲み込まれて」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202504270000/
2026.04.27

超大型動物の恐竜の交尾行動がどのようなものであったか、そもそもその証拠の化石すら確認できなかった。 それが、一部の古生物学者のふとした発見で、浮き彫りになろうとしている。◎調べていくと世界中の多くのハドロサウルス尾骨に骨折の跡 ところが、それらをまとめると違った物語が見えてくる。 北米、ヨーロッパ、ロシアで骨折痕のあるハドロサウルス類(復元想像図)の化石を数多く研究してきたベルトッツォ博士やタンケ博士らは、2025年11月21日付けの学術誌『iScience』に、骨折の最も有力な原因は交尾であると考えられると発表した(写真=ドイツ、ゼンケンベルク博物館に展示されているハドロサウルス科の骨格)。 世界中で尾の骨を折ったハドロサウルス類が見つかるということは、それが事実上すべてのハドロサウルス類に共通するパターン、つまり交尾によるものだということだ、とベルトッツォ博士は指摘する。 尾の傷痕に噛み痕や他の恐竜の歯は残っておらず、肉食恐竜に襲われた可能性はまずない。また種、大陸、時代を問わず、傷ついた尾椎が主に腰近くに位置していた事実も、転倒や倒木の下敷きになるなどの事故ではない共通の原因を示唆している。◎横向きに寝ていたメスにオスが斜めからのしかかる行動、メスは痛みに耐えた 大型のハドロサウルス類は体重が、非常に重い。神経棘の変形の状態は、横向きに寝ていたメスにオスが斜め上からのしかかる密接な身体接触があったモデルと最もよく一致した。ハドロサウルスたちが単に抱き合っていたとは考えにくいため、交尾が最も可能性の高い説明となる。 ハドロサウルス類が互いに強く寄りかからなければならなかった解剖学的理由は、つい最近、化石から発見された。恐竜は近縁である現生の鳥類と同様に、総排出腔を持っていたのだ。 総排出腔は鳥類の他、ワニ類などの爬虫類にもある。見た目は尾の付け根にある切れ込み程度だが、肛門管、尿管、生殖器の末端が一体となっている。近縁である鳥類やクロコダイル(大型のワニ)に総排出腔があることから、恐竜にもあると考えられてきたものの、その証拠となる化石は長らく発見されていなかった。 しかし2022年にオーストラリア、ニューイングランド大学の古生物学者フィル・ベル博士らが、非常に保存状態のいいプシッタコサウルス(Psittacosaurus=復元模型)という小型の恐竜の化石について報告した論文で事態は一変した。◎互いに総排出腔を近づけてメスに骨折 化石には皮膚の痕も残っており、数種類のパターンの鱗を確認できた。そして保存された皮膚の中には総排出腔と見られるものもあった。現生のワニと同様に、腰のすぐ後ろにある切れ込みだ。 2頭の恐竜が交尾するには、互いの総排出腔を近づける必要があった。その姿勢は非常に窮屈なもので、その結果、ベルトッツォ博士らが指摘するとおり骨折が生じたことに間違いないだろう。しかし現在のところ、化石からそれ以上のことは分かっていない。 プシッタコサウルスの皮膚化石から確認できるのは総排出腔の外側の部分だけだ。クロコダイルや鳥類と同様に恐竜にも性別によって陰茎ないしは陰核があると古生物学者たちは考えているが、そうした軟組織の痕跡はまだ化石から発見されていない。◎恐竜の性別鑑定は難しい 発見されたとしても、恐竜の性別を判別するのは難しいだろう。ワニやヒクイドリなど多くの鳥類では、オスの陰茎もメスの陰核もよく似ていて、見分けられるのは専門家だけだ。そうした器官はまた種によって違いが大きい。 おそらくすべての恐竜が総排出腔を持っていただろう。しかしその構造や機能は、動物学者たちが現生の爬虫類で記録しているとおり、種によって異なっていたはずだ。 これまで古生物学者は恐竜の求愛行動について多くを学んできたが、それらの知見は特定の種やグループのみに当てはまるものだ。新発見があるたびに、恐竜の求愛行動について新たな疑問が浮かび上がる。 さらなる証拠は化石などに必ず残っているはずだ。極めて稀ではあるが、足跡からも恐竜の交尾を特定できる可能性もある。◎期待される交尾行動のさらなる発見 踊る恐竜の足跡が求愛行動の痕跡として残っているが、それ以外の足跡やひっかき傷などは恐竜の交尾の瞬間を明らかにしてくれるだろう。 ベルトッツォ博士は今回の新たな研究によってこれまでに発掘された標本からも、交尾に関連する病理痕が発見されることを期待している。多くの研究者たちが、こうした眼で化石をもう1度見直すことが求められている。 ひっかき傷から骨折痕まで、恐竜たちの交尾の証拠は増え続けている。彼らの出会いはおそらくほんの数秒、長くても数分で終わっていたはずだ。しかし岩石や骨はその親密な瞬間を何百万年もの間保管してきた。 重なり合う足跡、捕まれた時の爪痕、堆積物の局所的な変化など、交尾の際に特徴的な痕跡を残す体位が伴えば、それらは例外的な条件の下で保存される可能性があるのだ。昨年の今日の日記:「アホなトランプ、貿易赤字は『悪』ではない;半世紀近く貿易赤字の小国ルクセンブルクは世界1の富裕国だ」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202504260000/
2026.04.26

そのハドロサウルス類に何があったにせよ、想像を絶するような痛みだっただろう。尾椎骨から伸びる突起の多くが折れていたのだ。オロロティタン(Olorotitan=復元想像図)として知られるその恐竜が単に愚鈍だったからだろうと考えるには、あまりにも多くの骨が折れていた。◎体重3トンもの恐竜の尾椎に骨折の跡 骨折は尾の付け根部分に強い下向きの圧力がかかったせいだと考えられる。もしも体長約8メートル、体重約3トンにもなるもう1頭のオロロティタンであれば、こんなケガを負わせられたかもしれない。 ベルギー王立自然史博物館の古生物学者フィリッポ・ベルトッツォ博士は、2019年にロシアのブラゴベシチェンスクにある古生物学博物館にオロロティタンの骨を研究しに来ていた時に、こうした奇妙な骨折に気が付いた。 自分の目の前にあるものが分かった時、うれしさのあまり叫んでしまった、とベルトッツォ博士は明かす。以前から自身の研究や科学文献の中で、腰の辺りの椎骨が折れているハドロサウルス類の化石を見てきたからだ。◎化石にほとんど跡が残らない求愛行動や交尾 1989年、古生物学者のダレン・タンケ博士は、こうした骨折は交尾をするために1頭が相手に背後から覆いかぶさったことで起きたのではないかという仮説を唱えた。しかし当時、骨折痕が残るハドロサウルス類の化石はほとんどなく、骨折が交尾によるものなのか、あるいは例外的なケガであったのかを判断することはできなかった。 ベルトッツォ博士の発見はタンケ博士の説をよみがえらせた。骨折痕によって、恐竜がどのように交尾をしたかという長年の謎が明らかになる可能性が出てきたのだ(写真=様々なハドロサウルスの尾椎化石。尾椎の上部にある神経棘に骨折が治癒した痕が確認できる)。 古生物学者たちは、恐竜が今の爬虫類や鳥類と同じような姿勢で交尾をしていたことを疑ってはいない。しかし、交尾の姿勢のままで保存された恐竜はこれまでのところ発見されていない。 恐竜の求愛行動や交尾を再構築するのが本質的に難しいのは、そうした行動が短時間で、季節限定で行われており、化石に痕跡がほとんど残っていないからだ。スペイン、カンタブリア大学の古生物学者イグナシオ・ディアス・マルティネス博士は、そう説明する。◎骨折痕が示す恐竜の交尾の儀式 古生物学者にとって恐竜の交尾は、恐竜の模型をぶつけ合わせるだけでは解明できない難問だった。骨格を調査し、現生動物と比較するというこれまでの研究は、現生の陸生動物の中には、恐竜のように交尾を難しくさせるほど太く大きい尾を持つものがいないという事実に阻まれてきた。 そんな恐竜たちの交尾はおそらくアクロバティックなチャレンジだったに違いない。ステゴサウルス(復元想像図)など鎧をまとったような恐竜が、どう交尾をしていたかは誰にも分からない。 鎧を持たないハドロサウルス類でさえ、どう交尾をしていたのか研究者たちを悩ませてきた。なぜならハドロサウルスのように大きく、長い筋肉質の尾を高く水平に保てる、参考にできる現生動物はいないからだ。残っている骨からヒントを探るしかない。 他の恐竜に比べ、ハドロサウルス類の化石に骨折痕が多く見つかっているのは、ハドロサウルス類の化石が数多く発掘されているからでもある。単独の化石を見た場合、骨折を生じさせた理由としては、肉食恐竜に噛まれたとか、あるいは転倒したとか様々な要因が考えられる。(この項、続く)昨年の今日の日記:「トランプのトンデモ仲裁案、ロシアの野望をほぼ丸呑み、ウクライナを苦境に追い詰める非道の『和平』案」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202504250000/
2026.04.25

インドネシア、スラウェシ島という従来の研究者たちの旧石器人観からすれば、辺境の孤島の先に現れた古い壁画、それはどのような方法で年代測定されたのか。伝統的な放射性炭素年代法では測定限界を超える。◎洞窟内で形成された壁画上の方解石を測定 研究チームが手形ステンシルの年代測定に用いた新しい手法は「レーザーアブレーション・ウラン系列年代測定法」という方法だ。 これは、論文の最終著者であるオーベール博士らが得意とする手法で、顔料の層に形成されたわずかなカルシウム炭酸塩(方解石)の含有物をレーザーで採取・分析することで、黄土で描かれた壁画の年代を正確に測定できる。 研究チームはオーストラリア、サザンクロス大学で年代測定を行い、鉤爪のような手形ステンシルの年代を7万5400~6万7800年前、もう1つの手形ステンシルを約6万0900年前と特定した。◎実在しない動物、存在しない物を描いた インドネシアでは近年、初期人類の知性について新たな知見をもたらす洞窟壁画の発見が続いている。今回のムナ島(地図)での発見もその1つだ。 オーベール博士とオクタビアナ博士は、2019年にも、獣人(動物の頭と尾を持つ人間)がイボイノシシやアノア(小型のスイギュウの仲間)を狩る様子を描いた洞窟壁画を発見したと報告している(写真)。後に5万1200年前に描かれたことが判明したこの物語的な場面は、インドネシアに住んでいた初期の人類が、実在しない動物を想像する能力をもっていたことを示している。 今回新たに年代が特定されたムナ島の手形ステンシルも、これを描いた芸術家たちが同様の認知能力を備えていた証拠だと研究チームは主張している。 動物の爪のように尖っている1本の指は、スラウェシでしか見られない芸術様式だと研究チームは言う。オーベール博士は、人間と動物との関係を表しているのではないかと推測している。 古代の芸術家が手形ステンシルの指を筆で描き直すか、あるいはかぎ爪に見えるように加工した事実は、そこに「複雑な思考」があったことを示している、とオーベール博士は指摘する。彼らは実際には存在しない物を描いているのだ、と。◎オーストラリアへの航行を可能にさせる知性を備えていた証拠 古代インドネシアに高度な知性をもつ人々がいたことを示すこれらの証拠は、かつて考古学を支配していた「人類は西ヨーロッパに到達した時に初めて認知的に現代人となった」とするヨーロッパ中心の知性観に異議を唱えるものだ、と研究チームは主張する。このような見解が広まったのは、洞窟壁画の年代測定技術が十分に発達していなかったからだ、とオーベール博士は説明する。 博士によれば、ヨーロッパで年代測定が行われた洞窟壁画のほとんどが木炭で描かれていたため、炭素年代測定が可能だった。一方、東南アジアの岩絵は主に、酸化鉄に由来する無機赤褐色顔料である黄土(オーカー)で描かれており、炭素年代測定は困難だった。 著者らは、今回の新たな年代測定法により、現代人がヨーロッパに足を踏み入れるはるか以前から、知性を持つ人類がこの地域に生息していたことが示されたと述べている。 著者らはまた、今回の発見は、この地域の初期の人類がオーストラリアへの航海を成功させるのに必要な知性も備えていた可能性の証拠でもあると主張する。◎人類はどのルートでオーストラリアへ渡ったのか 研究によれば、現生人類の一部は6万~9万年前にアフリカを離れ、中東と南アジアを経てスンダランドに到達した。彼らはそこから海を渡り、島から島へと移動してサフルランドに到達した。 2つの領域の間に分布するスラウェシ島を初めとする熱帯の島々は、そのユニークな地質史と動植物相から「ワラセラ(ウォーラシア)」と呼ばれ、人類移動の壮大な物語を解くための重要な手がかりを隠し持っている。 スラウェシ島では更新世の人類の化石がほとんど見つからないため、洞窟壁画は、この時代に人類がいたことを示す数少ない証拠の1つとなっている。 オクタビアナ博士によれば、オーストラリア北部のマジェドベベにあるアボリジニの人々の岩壁画(写真)は、6万7800年前にインドネシアのムナ島に手形ステンシルを残した祖先から受け継がれた可能性が高いという。人類の化石の発掘には長い時間がかかるかもしれないが、「考古学が、この知識の空白を埋められるはずだ」と同博士は語る。◎「南ルート」に探索の手も では、人々はどのルートでオーストラリアに到達したのだろうか? ムナ島での発見は、インドネシアのスラウェシ島、モルッカ諸島、ニューギニア島を跳び移る「北ルート」をたどった可能性を示唆している。しかしオクタビアナ博士は「南ルート」の可能性も否定できないと言う。それは、ホモ・フローレンシスのいた証拠をもたらしたフローレス島を含む小スンダ列島伝いだ。これは、従来から想定されていたルートだ。 それらの島々には洞窟があり、そこにも岩壁画が人知れず眠っているかもしれない。 考古学者たちは、新たにその地域にも探索の目を向けつつある。昨年の今日の日記:「イギリスのスタートアップが核融合エンジンロケット構想を発表、4カ月で火星到達」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202504240000/
2026.04.24

今年1月21日付の英科学週刊誌『ネイチャー』で、インドネシア、スラウェシ州ムナ島の洞窟に描かれた2点の手形ステンシルの1つの年代が少なくとも6万7800年前のものであることが判明したと報告されたことは、すでに1月31日付日記:「インドネシア、スラウェシ島で世界最古の旧石器洞窟壁画を発見、同地域に旧石器洞窟壁画の長い伝統か」(https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202601310000/)で述べた。◎ニワトリの絵のそばにあった手形ステンシル 先史絵画で飾られたその洞窟は、地元の人々から「リアン・メタンドゥノ」と呼ばれている。研究者らはこの先史時代の美術館を訪れて、赤や茶色、時に黒の顔料で描かれた、飛んでいるヒト、ヒトが乗った舟、ウマに乗った戦士などの描写に驚かされてきた。 その中の手形ステンシルの古い年代値は、考古学者の旧石器人観を大きく変え、オーストラリアへの人類=ホモ・サピエンスの渡来ルートに新しい観点を導入した。 研究者たちがリアン・メタンドゥノ洞窟の調査に本腰を入れたのは、2015年のことだった(写真=洞窟調査を進める考古学者たち)。数千年前の鳥やブタやウマの絵よりもっと古い時代の人類の芸術表現を探そうと、インドネシア国立研究革新庁(BRIN)の考古学者で論文の筆頭著者であるアディ・アグス・オクタビアナ博士たちは、この洞窟を訪れた。 オクタビアナ博士は、茶色いニワトリの絵の近くの天井に、目的のものを見つけた。それは2点の手形ステンシルで(写真)、うち1点の指は動物のかぎ爪のように尖っていた。◎ネアンデルタール人作とされる手形ステンシルより1100年古い 博士が、オーストラリア、グリフィス大学の考古学者で地球化学者のマキシム・オーベール博士らと共に、この芸術作品に新しい年代測定法を用いてみた結果、前記の6万7800年前という年代が明らかになった。 ムナ島の手形ステンシルの出した古い年代は、後期更新世にインドネシアに住んでいた初期の現生人類が、既に高度な認知能力を備えていたことを示している。 ムナ島は、スラウェシ島のすぐ南東に位置している(地図=地図で赤い点線で囲った島)。今回年代が決定されたムナ島の先史芸術は、研究者が以前スラウェシ島のマロス・パンケプ洞窟で調査した壁画の手形ステンシル(写真)よりも約1万6600年古く、スペインで発見された、ネアンデルタール人が描いたとされる手形ステンシルよりも約1100年古い。 これは、現生人類が当時からインドネシアの島々に存在していて、遊び心と想像力をもって、人間の手形を別のものに変容させていたことを示す強力な証拠だ、と同じくグリフィス大学の考古学者で、論文の共著者であるアダム・ブラム博士は記者会見で語った。◎付近の洞窟の手形ステンシルよりずっと古い 研究チームは、周辺の島々にある他の2つの洞窟で発見された手形ステンシルについても年代測定を行った。その結果、これらの手形ステンシルは4万4500年前~2万0400年前までに描かれたことが明らかになった(写真=スラウェシ島レアン・ジャリ洞窟で見つかった尖った指の手形ステンシル)。 このことは、古代インドネシアの住民たちが、最終氷期のピークまで数万年にわたって洞窟壁画を描き続けていたことを示唆している。当時は海面が低く、現在の東南アジアのインドシナ半島からスマトラ島、ジャワ島、ボルネオ島にかけては「スンダランド(陸棚)」と呼ばれる陸地の一部になっていた。 著者らはこの発見が、かつて陸橋から島々を渡り、約6万5000年前にオーストラリア(サフルランド:今日のニューギニアやオーストラリアを含んでいた大陸)の最初の住民となった集団を理解する手がかりになりうると考えている。(この項、続く)昨年の今日の日記:「『地球に衝突』と騒がれた小惑星『2024 YR4』、今度は『月に衝突』の可能性が、確率は3.8%」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202504230000/
2026.04.23

僕たちの食卓になじみ深いイカは、現在、世界中で500種もいる(写真)。浅い沿岸域から深海まで分布域は様々だ。◎イカのゲノムのサイズはヒトの2倍 ただその多様な多様な分岐は、地球史から見ると、比較的最近に起こったようだ。 沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究グループは、イカの祖先は深海に棲んでいた可能性があることを解明した。スルメイカなど3種類のイカのゲノムを解読して突き止めた。研究チームは約6600万年前の白亜紀末に起こった破壊的な大量絶滅を契機に多様な種が生まれたとみている。 研究成果は学術誌「ネイチャー・エコロジー・アンド・エボリューション」に掲載された。 意外なことに多くのイカはゲノムが非常に大きく、一般にヒトの最大約2倍にも達する。そのためこれまでゲノム解析も困難だった。また骨格を持たない軟体動物のため、化石記録も無に近い。そうした中での今回の成果は、イカの進化研究に大きな一歩をもたらした。◎500種もに多様な分岐も殻を持つことで共通 前記のように世界で500種にも分岐する多様なイカを結びつける数少ない共通点の1つは、体内に見られる殻だ。 ただこの殻にも、多様な形態が見られる。例えば、コウイカ(下の写真の上)では滑らかで丸みを帯びた甲が発達し、遠洋性や沿岸性の種では薄く剣のような軟甲が多く見られる。深海に棲むトグロコウイカでは螺旋状の殻が特徴的で(下の写真の下=人間の爪先ほどの大きさのトグロコウイカの殻、6600万年前の大絶滅後もこの殻は失われず保たれてきた)、浅海域の種では体内の殻が完全に失われている場合もある。◎浅海の酸素不足の中、深海の避難所で生き延びる 現生のイカの起源は、約1億年前に遡るようだ。深海で生息していたイカにその後、長期にわたって目立った変化は見られなかった。 しかし約6600万年前の大量絶滅が、イカの進化に大きなインパクトをもたらした。この大量絶滅で地球生命の約75%が失われたが、直径10キロ大の小惑星の衝突で、地球酸素の多くが火災で消費され、海でも浅海域では酸素に富む環境はほとんどが失われた。 また浅海域では急激な海洋酸性化も起こり、殻を持つ軟体動物の殻を劣化させた可能性が高い。それでも殻という特徴が現在まで何らかの形で維持されてきたことは、イカが深海に起源を持つことを示す証拠と言える。 研究チームは、古代の頭足類が、深海ミクロコスモス内に酸素が豊富な「レフュジア(避難所)」と呼ばれる避難所を見出せたと考えている。◎サンゴ礁の再構築の進展で適応放散 過酷な大絶滅後に、沿岸域ではサンゴ礁の再構築が進み始めた。これに伴い、再び居住可能な浅海域の生態系が増加し、多くの古代のイカの系統が浅海へと進出していき、適応放散を遂げる。 しかし深海に取り残された形のトグロコウイカの仲間は、多様な種に分岐できず、今ではトグロコウイカ目が残るのみだ。昨年の今日の日記:「地球温暖化で北極の海氷面積、観測開始以来過去最小」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202504220000/
2026.04.22

2020年2月にEUを離脱(ブレグジット)したイギリスが、近い将来、再加盟を目指すかも知れないという。◎トランプの反NATO、反EUの姿勢は強まる一方 イギリスのスターマー首相(写真)は去る1日、イラン戦争とテロ国家ロシアによるウクライナ侵略を念頭に「我々は危険になった世界をEUと共に導いていかなければならない」と演説した。ブレグジット以来、最もEUに寄り添った発言だった。 イギリスがEUに寄り添う態度を示したのは、第1次政権以来、トランプがとっている反NATO、反EUの姿勢が顕著だからだ。この間、イギリスに対しても、関税を強引に引き上げ、イギリス軍に侮辱的発言をし、ロシアの肩を公然と持ち上げるなどしている。 イギリスにとって「伝統的に最も強力な友好関係」とアメリカを思っていられない事態だ。 侵略国ロシアに肩入れしていれば、イギリスの安全保障にも脅威となる。貿易関係も、薄弱化する。それならば、かつて離脱したEUに再び接近していくのは、当然の選択だ。◎予想されたように大きかったEU離脱の代償 国内でも、かつてブレグジットを主導した保守党の支持率は上向かず、強硬な反EUの「リフォームUK」の支持率が以前ほどではなくなった。一時は、今、総選挙を行えば政権奪取もという勢いがあったが、支持率は衰えている(写真:2025年の統一地方選で大勝して喜ぶリフォームUKのファランジ党首=右から2人目)。 またイギリス国民もEUとの関係を強化したいと考えていて、最近では57%にも達している。 ただEU諸国の態度は今のところ「熱烈歓迎」にはほど遠い。ブレグジットに伴い、うんざりするほど長期かつ厳しい交渉をしただけに、何を今さらという感じなのだろう。イギリスも、再加盟なら全身のECに1973年に加盟した際に勝ち取った数々の特権(ポンド維持、分担金の払戻制度)を放棄せざるを得ないだろう。◎過ちはできるだけ早く正すべき それでもブレグジットの代償は大きかった。EUとの輸出入では関税手続きや出入国管理に余計な手間がかかり、様々なコストは累積でGDPの8%にも達した可能性があるという推計がある。金融街シティーからドイツのフランクフルトなどへの資本逃避も起こった。 それは予測されたことであった。ブレグジットにはイギリスにとって良いことは何一つ無いと分かっていたことだ(19年7月4日付日記:「ブレグジットを間近に、今後最低10年は続くか、イギリスの混迷と経済低迷;スコットランドとアイルランド問題」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/201907040000/を参照)。だから国民投票でブレグジットが正式に決まった時、間違えた投票だったから再投票をという声が広範囲に広がった。ブレグジットの後も、EUへの郷愁を覚える国民は半数を越える(図)。 過ちはできるだけ早く正した方がいい。ひょっとするとEU離脱の10年を迎える2030年までにイギリスのEU再加盟が現実の課題となるか、果たされるかもしれない。昨年の今日の日記:「恐竜など地球全生命の75%を滅ぼした6600万年前の巨大小惑星衝突は、海には栄養をもたらし後の生態系回復を助けた」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202504210000/
2026.04.21

テロ国家イランの権力がどこにあるかを世界にはっきり見せつける出来事だった。◎アラグチの「開放」表明をマーケットは歓迎したが 17日、外相のアラグチは、自身のツイッター(X)に、停戦期間中にすべての商船はホルムズ海峡を通航できるように完全に開放する、と公表したのに(下の写真の上=Xの投稿文面とアラグチ)、ハメネイ、ラリジャニ亡き後、事実上のイランのトップに躍り出た旧革命防衛隊出身の国会議長のガリバフ(下の写真の下)は異論を唱え、その後、封鎖を続けると表明した。 そのわずか1日ほどの間に、ペルシャ湾に滞船していたタンカーなど10数隻がホルムズ海峡を通過したという。アラグチの海峡開放の表明を、マーケットは歓迎し、WTI原油先物市場では一時1バレル80ドル台に急落し、株式市場は800ドル以上も上げ過去最高値をつけた。ガリバフの閉鎖宣言を受け、週明けにはその期待も萎むだろう。◎民意を得た外相も権能は無し 外相アラグチは、イラン国民の選挙によって選ばれたペゼシュキアンから起用された政治家だ。いわば民意を得た外相である。 それに対してガリバフは、イランの権力階梯で上2人がいなくなったから、ナンバー1になった人物に過ぎない。これまで3回、大統領選挙に立候補しているが、いずれも大敗を喫している。直近の2024年の大統領選の1回目投票では2450万票中336万票しか取れず、3位にとどまった。 その人物が、何の権限があってか、国家の舵取りをしている。ガリバフがアラグチ表明に物言いをつけ、海峡開放をちゃぶ台返しするのは、筋が通らないこと、甚だしい。◎直接選挙で国民に選ばれたペゼシュキアンもただの飾り物 しかしテロ国家イランの権力構造では、イスラム革命防衛隊に担がれているガリバフの決定が国家方針の決定なのだ。 だからこそ、今回のイラン戦争でも国民に選ばれた大統領であるペゼシュキアン(写真)の影が薄いのだ。ペゼシュキアンは、アメリカ・イスラエルの空爆の報復としてイラン革命防衛隊がサウジアラビアやAEUなど湾岸諸国の石油関連施設などにミサイルやドローンを撃ち込んだことに謝罪の意を表明したのに、革命防衛隊はそれに一顧だにせず、その後も湾岸諸国の空爆を続けた。◎イランというモンスター国家をどうするか 法治国家なら、大統領のペゼシュキアンは意に沿わぬ革命防衛隊の中枢を更迭し、ガリバフを権力から遠ざけることができるはずだ。 それが、そうならない。 したがって外相アラグチも大統領ペゼシュキアンも、もう外の世界では無用者と見られてしまった。もう表舞台に立てないだろうし、政治生命を失うかもしれない。 イランという途方も無いモンスターを封じ込めるには、トランプも力が足りないのかもしれない。 後は圧倒的な海軍力でペルシャ湾を制圧し、ホルムズ海峡を力でこじ開け、タンカーの往来を保証するしかない。そのうえで、イランの発電所や橋などインフラを空爆し、モンスターの手脚を縛るしかないのかもしれない。昨年の今日の日記:「現生人類ホモ・サピエンスのアフリカ熱帯雨林への展開、15万年前にも」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202504200000/
2026.04.20

今、世界の耳目を集めるホルムズ海峡(地図)は、南北2方向から2つの大陸プレートが衝突している。◎壮大な景観が造られた北方のザグロス山脈 ホルムズ海峡の付近を眺めたり、どちらかの海岸近くを歩いたりすれば、大陸の衝突の痕跡をありありと見ることができる。 北側では、地殻がプレートの力で圧縮され、せり上がったせいで、イラン南部のザグロス山脈の壮大な景色が生まれた(写真)。この山脈では、砂岩、頁岩(けつがん)、石灰岩などの堆積岩が層を成している。アレン博士によると、石灰岩は硬く、浸食にも強いので、何キロにもわたって1枚の石灰岩の上を歩ける場所もあるという。 この一帯は、岩塩氷河(流れる岩塩)や岩塩ドームでも有名だ。このような地形は、大陸が衝突して地層が歪み、地中深くから岩塩が押し上げられると生まれる。アレン博士によると、岩石氷河(隙間に氷などがある舌状の岩屑堆積物)のように、実際に斜面を流れ落ちるような岩塩を見ることができる場所もあるという。◎今も北進するムサンダム半島 ホルムズ海峡の南側にあるムサンダム半島(写真)は、オマーンの北東沿岸に沿って延びるハジャル山脈の端にある。サール博士によると、この山脈は主にオフィオライトで出来ている。 9500万年前~6000万年前、白亜紀後期に大陸が衝突した時に、テチス海の海洋地殻やマントルがアラビアに押し上げられたものだ。そして、ペルシャ湾を造り上げたのと同じプレートの力によって、ムサンダム半島は東に傾き、まるで海峡を閉じるような形になった(写真=プレート衝突で傾いた剥き出しになった岩盤層)。 地質学的なスケールにおいてだが、ムサンダム半島は現在も活発に活動している。サール博士は同僚とともに2014年に発表した論文で、ムサンダム半島が今もザグロス山脈に向かって北に移動し続けていることを示した。◎大陸衝突で蓄積された膨大な石油、天然ガス 注目に値するのは、大陸の衝突によって、この一帯に膨大な石油が出来たことだ。 アレン博士によると、ユーラシアと衝突する前の数億年間、アラビアプレートの表面は浅い海面下にあった。そのため、石油や天然ガスの形成に必要な岩が蓄積されていった。 やがてプレートが衝突すると、石油や天然ガスの貯留層がアラビアプレートの北側の地下に閉じ込められた。現在で言えば、イラン、イラクなどの湾岸地域、そしてシリアの一部に当たる地域だ。 中東の凄いところは、その圧倒的な埋蔵量だ(写真=サウジアラビアのガワール油田、推定埋蔵量1700億バレルと世界最大の油田だ)。アレン博士は、広大な地域のあらゆる場所で、長い間にわたってそれが起きたので、埋蔵量は膨大だ。大規模に採掘しても、数年で枯渇してしまうようなことはなく、何十年も持続するほどという。◎やがては閉じるホルムズ海峡、1000万年後だが しかし、そうして掘り出した石油や天然ガスを世界に運ぶには、まずムサンダム半島が突き出している場所、すなわちホルムズ海峡を通過しなければならない。それに目を付け、世界経済を混乱させているのがテロ国家イランなのだ。 先に述べたように、ムサンダム半島は対岸のザグロス山脈に向かって今も移動し続けている。だからホルムズ海峡は、徐々に閉じていく。ただ完全に閉じるのは、早くても今から1000万年も後のことだ。その頃、人類は今も生き残っているか分からない。昨年の今日の日記:「タリフマン=トランプが率いるアメリカと関税交渉始まる、安倍首相との約束が破られた果てに」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202504190000/
2026.04.19

今、世界の耳目を集めるホルムズ海峡だが、それはこの狭い海峡を世界で海上輸送される石油のおよそ4分の1が通過するからだ。今、その重要な海峡が、テロ国家イランにより閉鎖されている。◎2つの大陸プレートが衝突した場所 ホルムズ海峡はおよそ50キロの幅でペルシャ湾とオマーン湾を結び(写真)、交通量が極めて多く、閉鎖となれば世界経済に甚大な影響を及ぼす重要な「チョーク(窒息)ポイント」の1つなのだ。2026年2月28日から始まった戦争で、危機は現実のものとなりつつある。 ホルムズ海峡は2つの大陸が衝突した場所でもあり、地質学的にも大変貴重な場所だと指摘するのは、イギリス、オックスフォード大学で地球科学を教えるマイク・サール教授だ。◎南岸に突き出るムサンダム半島は地質学的に珍しい場所 その証拠は、イラン南部のザグロス山脈(下の地図の上)から、オマーンのムサンダム半島(下の地図の下)が北に突き出ている海峡のいちばん狭いところにかけての地質に現れている。 黒く険しい岩壁と複雑な海岸線は、海面上昇で谷が水没して出来た地形だ。ムサンダム半島は、通常は海洋の地殻の深いところに埋もれている岩石(オフィオライト)を見られる珍しい場所の1つだ(写真)。世界でも格段に大きくて、最高のオフィオライトが見られる実に素晴らしい場所だ、とサール博士は賞賛する。 この地質学的プロセスのおかげで、ホルムズ海峡は世界でも大変貴重な場所になっている。そして同時に、ホルムズ海峡はとても弱い場所でもある。◎約3500万年前に2つのプレートが衝突 ホルムズ海峡では、南側のアラビアプレートと北側のユーラシアプレートが約3500万年前に衝突した。 そのころ、2つの大陸はテチス海(ギリシャ神話における巨神族の海の女神にちなんで名付けられた古代の海=図)によって隔てられていた。北に移動するアラビアプレートがユーラシアプレートの下に潜り込み始め(この現象は「沈み込み」と呼ばれる)、2つの大陸プレートの陸地が1つになるとともにテチス海は消滅した、とイギリス、ダーラム大学の地球科学学部長で、アラビアとユーラシアの衝突について研究しているマーク・アレン博士は説明する。◎出来た窪地に後氷期の海面上昇で海水が入って アレン博士によると、アラビアプレートがユーラシアの下に潜り込むにつれて、「まるで2台の車が衝突したときのように」両方のプレートが圧縮されて厚さが増した。それが現在のイランのザグロス山脈だ。 この動きによって、ホルムズ海峡が造られる条件が整った。アレン博士は、アラビアプレートをしなやかな定規だと思ってほしいと言う。定規の端に重い物を載せると下に曲がる。同じように、山脈のあるユーラシアプレートを載せたアラビアプレートも下に曲がった。そうして出来た凹みがペルシャ湾とホルムズ海峡だ。 そこに海面上昇が重なった。約2万年前、最終氷期極大期末のペルシャ湾はとても浅く、歩いて渡れる場所もあるくらいだったらしい。しかし極地の氷床が解け始めると、1万5000年の間に世界の海面が100メートル近く大幅に上昇した。 やがて現在のイラク東岸にあたる地域が水没し始め、ペルシャ湾にも水が入ってきた。それ以前は、チグリス川とユーフラテス川がホルムズ海峡付近まで達していた時期もあった。(この項、続く)昨年の今日の日記:「ガソリン価格補助金3年3カ月ぶりにゼロ円に、二酸化炭素排出の地球的課題への正常化には遠いお寒さ」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202504180000/
2026.04.18

アメリカ、衛星通信網「スターリンク」を展開する「スペースX」はこの3月、衛星コンステレーションを形成する通信衛星25基を打ち上げた。スターリンクの衛星の総数は、これで1万基を越えた。◎インターネットを意のままに操れる力を持つスペースX 驚くべき数である。スペースXは、今や全世界の衛星の3分の2を、たった1社で運用しているからだ。スペースXが衛星を打ち上げ始めたのは2019年だから、たった7年で1万基を越えたのだ。 これにより、スペースX、そして同社を率いるイーロン・マスク氏は、戦争や強権的弾圧で通信が途絶した地域のインターネット接続を意のままに操るほどの力を手にした。 それでも十分とはスペースXとマスク氏は思っていないようだ。1月、最大100万基の衛星を打ち上げる構想を連邦通信委員会に届け出た。 計画では、それぞれの衛星にAI半導体を搭載し、宇宙空間に巨大なデータセンター網を構築する。宇宙空間ではAI半導体が消費する電力を太陽光パネルでまかなえる。地上と違って、巨大な発電所を建設する必要は無い。 しかも極低温の真空中に放熱すれば、冷却装置も最小限で済む。マスク氏とスペースXは、グーグルやオープンAIなどのライバルがとうてい対抗できない圧倒的優位性を築こうとしている。◎スターリニスト中国もスペースXの後に続く こうした突出した衛星網を築こうとしているスペースXとマスク氏に対抗し、スターリニスト中国も衛星コンステレーションの構築を急ピッチで進めていて、4月時点で累計126基の衛星を打ち上げている。2027年までに1296基で初期ネットワークを構築し、最終的に約20万基の衛星コンステレーション構築規を目指すという。昨年末、国際電気通信連合(ITU)に計画を提出した。 いわば低軌道衛星のラッシュである。スターリンクの衛星の多くは上空550キロの低軌道だ(衛星コンステレーション想像図)。スターリニスト中国の衛星コンステレーションも、同じような低軌道だ。すると、どうなるか。この低軌道上に隙間無くびっしりと衛星が飛び交っていることになる。◎スペースデブリの恐怖 そこに、高速度で飛行する他の衛星の壊れた破片(スペースデブリ)が衝突したら、衝突された衛星は破壊される。すると、それがまた無数のスペースデブリを低軌道上にまき散らす。次から次へとスペースデブリが衝突し、低軌道上に「デブリの雲」が形成され、もはや衛星通信は不可能になる。インターネットもNetflixも、さらには電話も利用できなくかもしれない。 日本人が初めて衛星通信を体験したのは、63年前の1963年11月23日だった。この日、日本初の衛星中継実験が行われたが、初めて衛星を介してアメリカから届けられた映像は、「ケネディ大統領暗殺」の衝撃的ニュースだった(写真=初めて送られてきたケネディ大統領暗殺の画像)。 それ以前のような時代に逆戻りしかねない事態が、すぐそばに迫っている。昨年の今日の日記:「アマミノクロウサギ、他のノウサギより5倍も遅い成長、外敵いない島の環境に適応」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202504170000/
2026.04.17

古典と理化学の融合により、過去の最大の太陽活動の有り様が分かった。◎『明月記』の記載を放射性炭素の高精細分析と突き合わせる 時代は、約800年前の鎌倉時代。太陽表面の爆発(フレア)が引き起こした高エネルギー粒子の放出(太陽プロトン現象=SPE)の詳細が、歌人・藤原定家(下の絵の上)が書き残した日記『明月記』に記述されていた(下の絵の下)。 この記載を手掛かりに、樹木の年輪に残されていた炭素の同位体(炭素14)の高精度分析が、沖縄科学技術大学院大と国文学研究資料館などの研究チームによって4月10日、日本学士院の学術誌『Proceedings of the Japan Academy, Series B』に発表された。 SPEは、人工衛星の故障や宇宙飛行士の被ばくを引き起こす恐れがあり、「宇宙の嵐」と呼ばれる。予測の高精度化が求められているが、過去50年程度の観測データでは、より大規模なSPEの頻度や条件などが十分に分かっていなかった。◎高空で生成された炭素14を樹木が取り込む ちなみにSPEは、高エネルギー粒子が光速の最大90%に達する速度で地球に向かって放出される現象だ。1972年には、アポロ16号とアポロ17号の月面探査ミッションの合間に太陽プロトン現象が連続して発生した。もしこれらがどちらかのミッション中に起きていれば、宇宙飛行士たちは致死レベルの粒子線に無防備にさらされていた可能性があった。人類が再び月を目指す中、こうした突発的な現象の解明は、今まさに早急に進めなければならない課題と言える。 沖縄科技大の宮原ひろ子准教授らは、SPEが地球に到達すると、大気と反応して通常の炭素より中性子が2個多い炭素14を生成し、樹木が光合成で取り込むことに着目した。年輪から時期も特定できるため、青森県北部で発掘されたアスナロの年輪を使い(写真)、SPEの発生時期と規模を詳しく調べることにした。ちなみに太陽風も含めた宇宙線で、炭素14は日常的に生成されているが、この崩壊の半減期を尺度に有機物の年代を調べる方法が放射性炭素年代測定法で、考古学では重要な年代測定法になっている。◎定家の記載のSPEは人類の既検出の線量の10倍以上! しかし、高精度の炭素14分析は時間がかかり、何百年もの期間を調べるのは難しい。そこで、国文学研究資料館がデジタル化を進める明月記など国内外の古典籍から、太陽活動の活発化と関連するオーロラなどの記述を見つけ、その前後の時期に絞った(写真=北海道に現れた赤いオーロラ)。 その結果、定家が赤いオーロラを記録した1204年2月に近い、1200年冬から翌春に大規模なSPE発生を示す、急激な炭素14濃度の上昇を検出できた。これまで人類が直接観測した中で最大の1956年2月のSPEより10倍以上も大きかった、と推定された。昨年の今日の日記:「『砂漠のキツネ』フェネックの生態と南部アフリカの乾燥地帯に棲む真社会性哺乳類のダマラランドデバネズミ」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202504160000/
2026.04.16

第2のハンガリー革命である。12日、投開票の行われた旧東欧のハンガリーで、強権的支配者の首相オルバン率いる与党フィデスが、新興野党の「ティサ(尊重と自由)」に大敗した(写真=ハンガリー国旗を振って勝利を喜ぶハンガリー市民とティサのマジャール党首)。 圧勝のティサの議席は3分の2を超した(図)。◎オルバン強権支配で汚職とネポチズムはびこる オルバンは2010年に首相に返り咲いて以来、ハンガリーに16年も君臨した。かつては1989年の東欧民主化革命で共産党政権を市民デモで打倒して以後、特に首相に返り咲いた2010年以後、専制色を強め、EU加盟国では希有な専制的独裁者だった。 民主化ハンガリーがEUに加盟したのは2004年5月。これによりかつての共産政権とは永遠に縁を切ったはずだが、EU内で次第に専制色を強め、共産政権の再来かと思わせるほど強権的になった。 まず内政では、三権分立を否定するほど司法権の独立を侵した。オルバンとその取り巻きは、その従属化させた司法のもと、やり放題に振る舞い、汚職とネポチズム(縁者びいき)がはびこった。非政府組織や大学の自由を侵した。◎EUに批判され続け、プーチンとトランプに支援され 表現の自由も侵害し、テレビ局や新聞社に自分の息のかかった経営陣を送り込み、オルバンと与党フィデスの宣伝機関に変えた。選挙干渉も目に余るほどだったが、辛うじて票や得票結果の改竄などは免れ、それが今回の政権交代につながった。 むろんその専制はEU諸国から批判され、150億ユーロ(約2兆8000億円)超の補助金も凍結されている。それでもオルバンがイギリスと違ってEU脱退の途を取らないのは、やはりEUのメリット(域内の関税無し、自由な出入国、出稼ぎ自由)を感じているからだ。 しかし外交的にも反EU色は鮮明にし、EUのウクライナ支援を妨害し、フィンランドとスウェーデンのNATO加盟に異を唱え続け、EUとNATOの加盟国の足並みを乱し続けた。だからオルバンは、ウクライナ侵略を続けるテロ国家ロシアのプーチンと反EU・非NATO色を強めるアメリカのトランプと友好的なのだ。◎深刻な経済失速とEUで最貧困を抜け出すか 今回の総選挙に当たっても、プーチンのロシアは、「野党が政権に就けばウクライナ擁護の戦争に参戦する」、「大量の不法移民を流入させる」などのデマ情報のSNSを大量に拡散させるなど選挙干渉を行ったし、トランプは選挙の直前に副大統領のバンスをハンガリー訪問させ、フィデスの選挙集会でオルバン支持を訴えさせた。 それでもハンガリー市民は、1989年の民主化革命に続いて、第2の自由獲得に動いた。汚職にまみれたオルバン体制のもと、ハンガリー経済はゼロ成長と高い失業率で苦しみ、EUでは最下位に沈む(図)。 3分の2を越す議席を得てティサはEUへの本格復帰を果たし、憲法改正も可能な圧倒的な議席数を得たからオルバンに踏みにじられた法の支配も実現できる。経済民主化を通じて成長軌道にのせられる。 一方、プーチンのロシアはウクライナ侵略の勢いが削がれる可能性が高まる。オルバンが支援したヨーロッパの極右派(「ドイツのための選択肢(AfD)」やイギリスのリフォームUKなど)も消沈することになるだろう。 新生ハンガリーに、やっと朝日が差し込むことになる。昨年の今日の日記:「台湾海峡海底で見つかっていた澎湖1号下顎骨が古代たんぱく質解析でデニーソヴァ人と判明」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202504150000/
2026.04.15

7000年ほど前、チリ北部のアタカマ砂漠に暮らす狩猟採集民チンチョーロ人たちは、カレタ・カマロネスの周辺で死者のミイラを作り始めた。◎川の水には現代の安全基準の100倍もの高濃度のヒ素 カレタ・カマロネスはアリカから南に約100キロの小さな漁村で、単色の風景が広がるアタカマ砂漠に突如現れる緑の地だ。カマロネス川が太平洋に注ぐ渓谷の末端にあり(写真)、三日月形のビーチに金色の砂、エンパナーダを売るレストラン、チンチョーロの墓地がある。 紀元前5050年頃、チンチョーロ人はこの地で最古のミイラ製作技術を開発した。彼らは、まず死者の皮を剥ぎ、筋肉と内臓を取り除いた後、木の枝やアシ、粘土で体を作り直す。アリアザ博士によれば、骨格にボリュームを持たせることが目的で、その後、職人がヒトやアシカの皮で元通りに縫い合わせる。 彼らが頼ったであろうカマロネス川の水にはもともと、現代の安全基準より100倍も高濃度のヒ素が含まれていた。その結果、胎児がヒ素中毒で命を落とすケースが相次ぎ、チンチョーロ人が遺体の儀式的な処理を始めるきっかけになったのではないかというのが人類学者たちの仮説だ。◎生活環境に最悪の乾燥はミイラ製作に絶好の環境 最初期のミイラのほとんどは幼児と胎児だ。腐りゆく遺体を装飾品に変えることで故人は「死者の主」となり、不死の観念が投影され、死後も共に悲しむことができたとアリアザ博士は説明する。 ただすべてのミイラが人為的なものというわけではない。これまでに発見された282体のチンチョーロのミイラ(紀元前7050年~紀元前1300年)のうち、29%が自然乾燥によるものであった。 チリの北部では、自然に乾燥されミイラ化される環境に恵まれている。土壌には塩分が多く含まれ、それがアタカマ砂漠の乾燥など他の要因と組み合わさることで、有機物の保存が可能となる。塩分は細菌の増殖をとめ、暑く乾燥した状況は急速な脱水を促し、死体の体液を蒸発させる。その結果、軟部組織は腐敗する前に乾燥し、自然に保存されたミイラが出来上がる。チンチョーロ人は、自然乾燥によるミイラであっても、アシで包み、副葬品とともに埋葬するということを行っていた。◎ミイラを保存、展示する博物館 アリカはブラウンシュガーのようなビーチでサーファーを、火山が点在する公園でハイカーを魅了する楽しい街だ。 また、最も高度な(そして最近に)チンチョーロのミイラが1980年代に発見された場所でもある。大部分のミイラはアリカ要塞の下で発掘された。アリカ要塞は太平洋を見下ろす高さ約140メートルの錆色の岩山にある(写真)。ここで発見されたミイラは灰のペーストと黒いマンガンまたはレッドオーカーに包まれていた。いずれも保存の助けになる素材だ。それらのミイラ48体は、サン・ミゲル・デ・アサパ博物館に行けば、ガラスの床越しに見学できる。 同博物館は1967年オープンし、世界最大規模を誇るチンチョーロのミイラのコレクションを収蔵・展示する(写真)。 ガラス張りの棺を思わせる白いディスプレーにミイラが横たわっている。とても小さくて様式化されたゴシック人形のようなミイラもいる。木の枝やアシで胴体を膨らませ、不気味な仮面で顔が隠されており、どこかしらハロウィーンの案山子(かかし)のようでもある(写真=様々なミイラ)。 アサパ博物館は300体近くのミイラを収蔵していたが、その90%は空調も調湿も行われていない非公開の保管施設にある。200億チリ・ペソ(約28億5000万円)をかけて隣地に建設した新しい博物館が2024年にオープンした。新博物館の広さは5000平方メートルあり、40~60%の最適な湿度でミイラを保管できるようになる。◎気候変動で進むミイラの劣化 アタカマ砂漠の乾燥した気候のおかげで、チンチョーロのミイラは何千年も保存されてきた。だが、この10年で急速に劣化が進んでおり、皮膚が溶け、黒い液体が染み出しているものもある。アメリカ、ハーヴァード大学の研究チームによれば、気候変動の影響で、微生物がミイラのコラーゲンを破壊しているという。 湿度上昇の背景にはエルニーニョ現象の深刻化があり、博物館に保管されていても、砂漠に埋まっていても、ミイラは危機にさらされているという。カレタ・カマロネスの南側では、繊維や骨といったミイラの一部がピーナツ色の丘を転がり落ちるのを住民がしばしば見かけている。チンチョーロの遺跡で働く考古学者のジャニナ・カンポス博士は、雨が降るたびに砂漠に骨が現れる(写真)、以前は100年に1度の出来事と言われていたが気候変動の影響で頻度が上がり、露出する骨の量も増えている、と危機感を隠さない。 雨が降るたびにカンポス博士は、現れるミイラを掘り出したりはせず、座標を記録して登録した後、カラカラに乾いた砂漠に埋め戻している。地面から取り出した瞬間、この文化財は劣化が始まるからだ。しかし新博物館のオープンは、この状況を変えるかもしれない。◎先住民にも祖先に対する愛着育つ アリカの遺跡のそばに暮らす人々は、1960~70年代、裏庭で見つけたチンチョーロの頭蓋で遊んだことを覚えている。人々は今、当事者意識を持っている。チンチョーロをテーマにしたレストランやホテルが造られ、アーティストや小説家、ミュージシャンもチンチョーロのミイラからインスピレーションを得ている。かつて知らず知らずに墓を荒らしていた人々は、今では墓が荒らされていると真っ先に報告するようになった。 「時とともに、人々はチンチョーロを科学的に捉え、アタカマ砂漠の最初の住人たちに愛着を持ち始めた」とアリアザ博士は語る。コミュニティー全体が力を与えられたと感じ、チンチョーロは自分たちの遺産であり、自分たちのアイデンティティーの一部だと実感するようになっている、と語る。昨年の今日の日記:休載
2026.04.14

人が死者をミイラにする風習は、更新世末、ひょっとすると旧石器時代末に始まったらしいことは、2月25日付日記で述べた(「中国から東南アジアまでの湿潤帯でヒトの遺体を燻製にしてミイラ化する葬制、最古は1.1万年前」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202602250000/を参照)。◎世界で最も乾燥した土地のミイラ しかし前掲日記は、人為的な死者のミイラ化だった。だが乾燥地や極北の地では、自然状態でミイラ化されることもある。 それを見た人々が、亡き人の遺体を永遠に保存するために遺体に処理を施したのが、前掲日記の死者の燻製だった。今回は、その最古例に近いチリ北部の例を紹介する。 チリ北部はアタカマ砂漠に所在する。アタカマ砂漠は世界で最も乾燥した地域の1つだが、ここのチンチョーロで、早くから自然状態でミイラになった例と人為的なミイラ処理の例とが見つかっている。チンチョーロのミイラと関連遺跡は、ユネスコの世界遺産に登録され、ミイラと考古遺物は近くのサン・ミゲル・デ・アサパ考古学博物館に収蔵・展示されている(写真=同博物館収蔵のミイラ)。◎最初のミイラが見つかったのは1世紀以上前 チリ北部のアタカマ砂漠の太陽が照りつける海岸で、今から1世紀以上前の1917年にドイツの考古学者マックス・ウーレは、奇妙な遺体を大量に発見した。カーキ色の土を掘り進めると、木の枝やアシを使って形を変えられた遺体が何体も出てきた(写真=最古のミイラの1つ)。頭部は精巧なかつらと、何かを語りかけてくるような赤や黒の粘土の仮面で装飾されていた。 「多くの遺体に死後損傷が見られる。頭部が偽物に取り換えられていたり、砕けた頭部が修復されていたり、わらの腕や脚が本物の代わりに付いていたりする」とウーレは記述している。 チリ北部の都市アリカ(地図と写真)からほど近いアタカマ砂漠で発見されたこれらのミイラは、後に「チンチョーロのミイラ」と呼ばれるようになった。9000年前~500年前頃にチリ北部とペルー南部の沿岸部を遊動していた狩猟採集民12人の遺体が発掘、記録されたが、その後50年間、ほぼ忘れ去られていた。◎エジプトでミイラが作り始められる2000年も前 はるか昔に死んだこれらの先住民がスポットライトを浴びるに至ったのは、アリカ・イ・パリナコータ州におけるチンチョーロ文化の集落と人工ミイラ製法が2021年7月、ユネスコの世界遺産に登録されたことだ。サーフィンスポットとして知られる小さな港湾都市アリカには、ミイラを保存、展示する最新設備を持つ博物館が建設されている。気候変動がミイラの保護を脅かしているため、このような評価と保存、それらがもたらす観光は渡りに船と言える。 アフリカからアジアまで、死者をミイラにする文化は古くは1万1000年も前からあった(前掲日記参照)。チンチョーロのミイラは、意図的に作られた最古のミイラの1つに入る。古代エジプト人がファラオに包帯を巻いたのは、チンチョーロのミイラから約2000年後のことだった。◎ジミだったためミイラは見過ごされてきた チンチョーロのミイラが見過ごされてきたのは、巨大ピラミッドの下に埋められていたり、壮大な野心のもとに帝国を築いた社会に属したりしていなかったためだ。チンチョーロの人々はエリートだけでなく社会のあらゆるメンバーをアシで包み、質素に(そして浅く)不毛の大地に埋葬した。 ユネスコへの提案を主導したチリ、タラパカ大学の人類学者ベルナルド・アリアザ博士は、これまで提起されてきた世界遺産のほとんどはマチュ・ピチュのような巨大遺跡だが、狩猟採集民であるチンチョーロ人は目立つ存在ではなく、遺跡そのものもジミだったためこれまで軽視されてきた、と半ば忘れられていた理由を語る。(この項、続く)昨年の今日の日記:休載
2026.04.13

現在のドイツに位置する湖畔で暮らしていたネアンデルタール人は、系統立ったやり方で動物の骨を煮込み、脂肪を多く含んだ栄養素を獲得していたようだ――。そんな研究結果が2025年に、発表された。その工程は事実上、大掛かりな「脂肪工場」だった、と考古学者らは形容する(想像図)。◎湖畔で動物骨を砕き、煮込んで脂肪を抽出か 考古学者らは、ドイツ中部ハレ南郊のノイマルク・ノルドと呼ばれる遺跡から数年の間に出土した約12万点の骨片及び1万6000点の石器を分析、25年7月2日付の科学誌「サイエンス・アドバンシーズ」に掲載された論文で報告した(写真=発掘風景)。それらの遺物は火の使用の痕跡と共に見つかったという。 研究者たちは12万5000年前に現地で暮らしていたネアンデルタール人が骨髄を多く含む骨を石斧で細かく砕き(写真=見つかった獣骨、中にはバラバラに砕かれたものも)、数時間煮込んで脂肪を抽出していたと考えている。煮汁の表面に浮き上がった脂肪は、冷ますことですくい取ることができただろう。 こうした作業から、狩猟並びに動物の死骸の運搬・貯蔵は計画的に行われていたと考えられる。脂肪の抽出にも、その目的に特化した場所が使われたことが示唆される。今回の発見は、ネアンデルタール人の集団が展開した組織や戦略、高度な生存技術の実態を把握する手掛かりになる。◎ネアンデルタール人は脂肪の栄養価を理解していた 過去数十年での一連の考古学的発見から、ネアンデルタール人は意外と賢かったことが分かってきた。ユーラシア大陸全域に暮らしていたネアンデルタール人は4万年前に絶滅したが、これまでの研究により糸や接着剤を作り出し、骨や洞窟の壁に彫刻を施していたことが明らかになっている。 新たな発見の詳細からは、ネアンデルタール人が栄養に関しても予想外に洗練された認識を備えていた可能性が示唆される。 ノイマルク・ノルドに300年以上住んでいたネアンデルタール人たちは、自分たちが動物の骨から抽出した脂肪の栄養価を明確に理解していたと、論文は指摘する。 少量の脂肪は、健康でバランスの取れた食生活にとって欠かせない。狩猟採集を営み、動物性食品に大きく依存しがちなネアンデルタール人のような生活では特にそうだ。◎赤身肉だけでは蛋白質中毒に 赤身肉中心で脂肪酸の乏しい食生活は、時として致命的な栄養失調の形態を引き起こし得る。具体的には、蛋白質を分解して過剰な窒素を取り除く肝酵素の機能が損なわれる状態に陥る。現在では蛋白質中毒として知られる症状だ。 ネアンデルタール人の平均体重は50~80キロ。彼らのような狩猟採集民が蛋白質中毒を避けるには、日々の食事からの蛋白質摂取量を300グラム未満に抑える必要がある。これはカロリーに換算すると1200キロカロリー前後で、研究によれば1日に必要とされるエネルギーには遠く及ばない。結果的にネアンデルタール人は残りのカロリーを脂肪や炭水化物などの非蛋白質で補う必要がある。 動物の肉片に含まれる脂肪はごく少量のため、骨髄などの脂肪組織を含む骨がより重要な栄養源になる。◎172頭もの大型動物を処理 研究者らはノイマルク・ノルドで見つかった死骸の圧倒的多数が172頭の大型動物に由来することを突き止めた。それらにはウマやシカの他、オーロックス(原牛)などが含まれる。ネアンデルタール人は骨髄が最も多いとみられる長骨を選び取っていた、と論文は指摘する。 これらの骨をネアンデルタール人たちがどのように加工していたのか、正確なところは分からない。樹皮や動物の皮、胃の内壁などで容器を作り、水を入れて火に掛けていた公算が大きい――こう考えるのは、論文共著者でオランダ・ライデン大学の旧石器考古学教授、ウィル・ルーブルーク博士だ。◎ネアンデルタール人の優れた計画性を示す ネアンデルタール人は煮込んで抽出した脂肪を「脂っこいブイヨン」として摂取していた可能性がある。そこには香り付けや栄養価の観点から植物が加えられたかもしれない、と論文共著者でイギリス、レディング大学の動物考古学上級研究員、ジェフ・スミス博士は推定する。発掘中には焦げたヘーゼルナッツやドングリ、スピノサスモモも見つかっているという。 「彼らネアンデルタール人は単なるその日暮らしの狩猟採集民ではなかった。優れた計画を立て、先を見据えて複雑な作業を組織することができた。自分たちの置かれた環境から、ありったけのカロリーを搾り取ることが可能だったのだ、とスミス博士は言う。 フランス国立科学研究センターの考古学者リュドビク・スリマク博士は、今回の発見により、ネアンデルタール人が動物の骨に含まれる脂質の栄養価を認識していただけでなくそれらを抽出・加工する具体的な方策を編み出していたことが考古学的に確認された、と述べている。昨年の今日の日記:休載
2026.04.12

ブラジルの博物館にしまい込まれたままほぼ忘れられていた古代の「棒」が、実はクジラやアシカ、サメなどを捕る5000年前の銛だった可能性が最新の研究で明らかになった。証明されれば、この発見は、それまで考えられていたより1000年以上も前から捕鯨が行われていたことを示す最古の直接的な証拠になる。論文は1月9日付けで学術誌「Nature Communications」に発表された。◎危険を伴ったが、1度に大量の肉と油、骨が得られた この研究結果は、先史時代に北極圏に近い冷たい海だけでなく、南米の温かい沿岸でも捕鯨が行われていた可能性も示唆する。クジラの骨から作られた銛は、現代のブラジルにその昔住んでいた漁師たちが、危険を冒して多くの食料を持ち帰っていたことを示している。 丸木舟に乗り、骨で作った銛を使ってクジラを捕ることは、危険を伴う漁だったが、その代わり1度に大量の食料が手に入る、効率的な漁だった。そう語るのはスペイン、バルセロナ自治大学の生体分子考古学者で、論文の筆頭著者であるクリスタ・マグラス博士(写真)だ。1頭のクジラが捕れると、人々が集まってきて肉を食べ、残りの大部分は、乾燥させたり、死骸から取った油を使ったりして保存していたのだろうという。 全員が集まり、肉や脂身をお腹いっぱい食べ、おまけに油まで取れて、きっと祭りのようなにぎやかさだっただろう。油は長期間保存でき、燃料に使えた。大量の骨も取れ、これは様々な道具に加工できる。クジラは非常に価値が高い獲物だった。バルセロナ自治大学の生体分子・環境考古学者で論文の最終著者であるアンドレ・カルロ・コロネーゼ博士も、そう話す。◎80年前に「貝塚」から出土した遺物 数年前、コロネーゼ博士は、ブラジル南部のバビトンガ湾にあるジョインビレ・サンバキ考古学博物館(下の写真の上)を訪れた際、この銛を見つけた(下の写真の下)。 当時、それは「サンバキ」と呼ばれる古代の貝塚で発見されたただの「棒」と説明されていた。先史時代の人々が食べた貝の殻で築かれた巨大なサンバキ=貝塚は、この沿岸地域の複数の場所で発見されている。 1940~1950年代に、道路を建設するためにコンクリートの原料となる石灰を取ろうとしてサンバキを掘り起こしたところ、棒や人形(ひとがた)など数千点もの先史時代の遺物が発見された。それらは最終的に博物館に運ばれたが、それから数十年間、棒はコレクションの中に埋もれていた。◎仕留めたクジラの潜水を妨げる仕掛け 銛は元々、木と動物の骨で作られていた。しかし、木の部分ははるか昔に朽ちてなくなり、骨で作られた先の方だけが残った。その形と大きさなどから、この部品には返しがあり、動物の膀胱を膨らませた浮袋や水に浮く木片に紐で繋げられていたと、研究者たちは考えている。 これが、クジラの骨か木の柄の先に緩く差し込まれ、獲物を突いた後に外れる構造になっていた。木片や浮袋がつながっているおかげでクジラはうまく潜水できず、漁師は水面の上からクジラをさらに突いて仕留められる。極北の先史海獣狩猟民たちも、似たようなテクニックを使ってクジラを捕っていた。 さらに研究では、博物館で見つかった銛が、ミナミセミクジラ(Eubalaena australis)とザトウクジラ(Megaptera novaeangliae)の骨であることや、放射性炭素年代測定の結果、4970~4710年前のものであることも判明した。◎視野を広げ、南米の暖海でも証拠を探す必要 今回の例も古い銛は、ヨーロッパの一部地域や南米のさらに南の方でも発見されている。しかし、捕鯨との関連は明らかになっていない。また、クジラの骨やそれから作られた道具も過去に南米で発見されているが、座礁したクジラの死骸から取られたと考えられている。 対して、バビトンガ湾で見つかった銛の部品は例外的に大きく、中には60センチ近いものもあった。マグラス博士は、大型の海洋生物を捕るために設計されたように見えると話す。特にこの地域の海岸に多く見られる入り江に、出産のためにやってきたであろうクジラを狙っていた可能性が高い。 バビトンガ湾は、古代に捕鯨が行われていたとされている冷たい海域からは遠く離れている。今回の発見は、ブラジルの亜熱帯や温暖な沿岸でも、かつてクジラの漁が盛んだったことを示すものだ、とコロネーゼ博士は指摘している。視野を広げ、北半球の冷たい海域だけでなく、温暖な海でもクジラが捕られていた証拠を探すことが重要だ。昨年の今日の日記:「月面基地建設資源に有望な月のチタン鉄鉱、産総研などが存在位置を特定、推定埋蔵量は1000億トン以上」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202504110000/
2026.04.11

長年連れ添ったパートナーを失う痛みを感じるのは人間だけではない。約10年前、コヨーテ(Canis latrans)は一生にたった1頭の相手と添い遂げることが明らかになった(写真=ロサンゼルスのグリフィス公園で撮影したコヨーテのペア)。最近の研究ではさらに、その生涯にわたる愛のより悲しい側面、つまりパートナーに先立たれた悲しみへと焦点が移っている。◎コヨーテは、ペアの相手に100%忠誠 これは喪失で何が起きるのか、そしてそれが悲嘆に暮れる人々の回復にどうつながるのかを理解する機会になる、とアメリカ、ユタ州立大学の生物学准教授を務める神経科学者のサラ・フリーマン博士は語る。博士は、パートナーを失ったコヨーテでは、人の脳にもあるストレスホルモンに関わる受容体が嗅覚系で増えることを発見し、2025年10月に科学誌「Neuroscience」に論文を発表した。 こうした調査を通じて、誤解されがちなこの肉食動物への思いやりが育まれ、ひいては人間のメンタルヘルスの治療法の開発につながることを科学者たちは望んでいる。 哺乳類の3~5%は、一生に1頭のパートナーを選ぶ一夫一婦制だ。とはいえ、オオカミをはじめ、多くの種は「浮気」をする。こう語るのは、とアメリカ、オハイオ州立大学の野生生物生態学教授で、長年コヨーテを研究してきたスタン・ガート博士だ。 ただし、コヨーテは例外のようだ。ガート博士が2012年に学術誌「Journal of Mammalogy」に発表した研究で、コヨーテのペアに100%の忠実性が確認された。つまり、「遺伝的一夫一妻制(genetic monogamy)」と呼ばれるさらにまれな絆を形成していたのだ。◎浮気の証拠は一切見つからない ガート博士らはシカゴ都市圏のコヨーテを対象に、遺伝子の情報を収集した。その結果、18組96頭の子どもから、浮気の証拠は一切見つからなかった。 「本当に驚くべきことだ」とガート博士はこれを評している。ガート博士らはその後も10年間にわたって未発表データを収集し、当初の結論を裏付ける結果を得ている。 複数のパートナーを持つことには、生殖の成功率を上げたり、遺伝的な多様性を増したりなど、進化上の利点がある。 一方、遺伝的一夫一婦制にも利点はある。父親が子育てに積極的に関わるため、コヨーテはより多くの子を産めるからだ。また交尾や子育てに忙しくない時は、ペアで縄張りを守るため、縄張りの確立と維持にも役立つ。◎生涯連れ添う、唯一の例外はパートナーの死 ガート博士のチームは、密集した都市環境で新たなパートナーと出会う機会が多いシカゴ周辺のコヨーテでも、生涯同じ相手と連れ添うことを発見した。唯一の例外はパートナーの死だ。 「本当に驚くべきことだ。コヨーテがパートナーを選ぶ時、その相手が一生を共に過ごす唯一の相手になる可能性があるということだ」とガート博士は語る。コヨーテにとって、だからペアリングはとても重大な決断なのだ。 人間と同様、コヨーテもパートナーを失った後、悲嘆に似た行動を示す。 ガート博士は、追跡用の首輪を交換するため、メスを1頭、一時的に捕獲したことがある。その間、オスは常にメスのそばにいた。ガート博士がメスを研究室に連れて行くと、メスが戻ってくるまで、オスは絶え間なく遠ぼえを続けた。明らかに強い感情が働いていたのだ。◎相手の死には悲嘆にくれる コヨーテの悲嘆の兆候には、一部の科学者が「哀悼」と表現する持続的な長い遠ぼえ、無気力、食欲減退、気力の低下などがある。うなだれるようなしぐさが見られることもある。さらに、死別した伴侶や子どもが最後に目撃された場所に戻ることもある。 悲嘆と解釈できる行動を示す動物はコヨーテだけではない。 遺伝的一夫一婦制を実践する小型のずんぐりした齧歯類のプレーリーハタネズミ(Microtus ochrogaster=写真)は、パートナーを失った後、「抑うつ様行動」を示すとフリーマン博士は述べている。 プレーリーハタネズミのペア形成の研究で知られるラリー・ヤング博士と共同研究を行ったフリーマン氏は、泳ぎのテストをすると通常は泳いで脱出を試みるプレーリーハタネズミが、パートナーを失うと「どうでもいいかのように」、投げ槍に浮かんでいる傾向が強くなると説明する。◎CRFは悲嘆などのストレスで活性化される フリーマン博士は過去6年間、コヨーテの一夫一婦制に関する行動的、ホルモン的、神経学的基盤の研究に力を注いできた。2025年10月の論文では、パートナーを失ったコヨーテの脳内で、コルチコトロピン放出因子(CRF)というホルモンの受容体がどのように変化するかを評価した。 CRFは人とコヨーテ両方の脳にあり、悲嘆などのストレスに反応して活性化される。すると「視床下部―下垂体―副腎系(HPA)軸」として知られる体のストレスシステムが作動し、最終的にコルチゾールが血流に放出される。コルチゾールは「ストレスホルモン」とも呼ばれ、「闘争・逃走反応」(脅威と闘ったり逃げたりするのに体の準備を整える反応)で重要な役割を果たす。◎なぜ脳の嗅覚系に影響するのか フリーマン博士らは死んだ6頭のコヨーテから脳のサンプルを採取した。そのうち3頭はパートナーに先立たれていた。パートナーに先立たれたコヨーテはそうでない個体と比べて、においを処理する脳の嗅覚系と、学習や記憶を担う海馬において、CRF受容体が増えていることが分かった。 フリーマン博士は、悲嘆がコヨーテの脳の神経化学を変化させ、感覚の処理と記憶の機能を調整する可能性があると推測している。伴侶を失ったコヨーテが環境中の社会的なにおい、つまり尿のにおいなどを感知し、その行方を追ったり、新たなパートナーのにおいを嗅ぎ分けたりするのに役立つのかもしれない。 ただし、この研究をあまり広く一般化すべきではない、とフリーマン博士は警告する。サンプル数が少なく、コヨーテはすべてメスで、それぞれが伴侶を失ってから経過した期間は3日、4カ月、14カ月と異なっていた。◎人間の悲しみを癒やす治療に役立つかもしれない それでも、こうした研究は一夫一婦制の種におけるペア形成の理解の重要な隙間を埋め始める可能性があるとフリーマン博士は述べる。博士によれば、ほとんどの研究は、つがいがどのように形成されるかに焦点を当てているという。 コヨーテと人間は生物学的に共通点を持つため、フリーマン博士らの研究は最終的に、人間の悲しみを癒やす治療の指針となる可能性がある。これには新薬の開発、さらには運動プログラムのような非薬物療法も含まれるとフリーマン博士は述べている。 なおコヨーテは、最近、全米に分布域を広げている(写真=フロリダ州にあるバブコック・ランチ州立保護区で撮影されたコヨーテ。フロリダのようなアメリカ南東部は、アメリカ国内で最後にコヨーテが住み着いた地域だ)。遺伝的一夫一婦制が、彼らの繁殖を成功させているのかもしれない。昨年の今日の日記:「トランプの相互関税、報復の報復でスターリニスト中国に104%関税、日本の石破の対応に市場は『不信任』」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202504100000/
2026.04.10

アメリカ軍がテロ国家イランの発電所や橋などの重要インフラを爆撃破壊するとトランプが期限を切った1時間半前、日本時間の昨日の朝、急遽アメリカとイランとの間で2週間の停戦が成った。◎2週間の停戦もイランの10項目提案は絶対に飲めないものばかり アメリカはイランの空爆を停止し、イランは日本初め、世界が注目しているホルムズ海峡の船舶航行を認めるという内容で、イランの提起した10項目提案とアメリカの15項目提案をめぐっての協議か仲介国パキスタンのイスラマバードで開かれる。 ただ双方の提案は、特にテロ国家イランの10項目提案は核濃縮の容認や国連などのあらゆる国・機関の制裁の解除、ホルムズ海峡の管理権承認など、アメリカには容易に認められない項目ばかりが並ぶ(写真=封鎖前のホルムズ海峡を通航するタンカー)。これを認めたら、何のために先端を開いたのか分からなくなる。和平の途は、かなり遠いと言うしかない。 もう一方の当事者イスラエルは、アメリカと歩調を合わせて停戦する模様だ。ただ、自国の生存権確保のためイスラム聖職者独裁体制の打倒を目指していただけに、体制が変わらない状態での恒久停戦はイスラエルには飲みにくい。いずれ生き残りをかけ、双方の間で再び戦いが始まる可能性は残る。先端は、とりあえず停戦となったレバノンの対ヒズボラ掃討戦で開かれるのではないか。 しかしマーケットは、大きく歓迎した。東京株式市場は2878.86円(5.39%)高の5万6308.42円、債券も円も買われた。ニューヨーク原油先物相場は急落し、1バレル=100ドルを割り込み、90ドル台をつけた。◎モジタバ・ハメネイ、意識不明の重体か 気になることがある。2月28日にアメリカ、イスラエルの最初の空爆で爆死したハメネイと共に被災し、重傷を負った次男のモジタバ・ハメネイ(写真)の動静は、3月8日に新たな最高指導者に選出されて1カ月もたつのに今もはっきりしないのだ。 イランは時折、新最高指導者としてのモジタバの声明などを発表するが、モジタバの姿を映さないし、肉声も流さない。 トランプは3月末、モジタバは「死んでいるか極めて重体だ」と指摘した。イギリスの「タイムズ」紙も6日、イスラエルとアメリカの情報機関の評価として、モジタバは意識不明の重体で国家を統治できる状態ではない、と報じた。この情報は、中東の同盟国に共有された外交関連メモでも確認したという。◎すでに墓も準備という見方も 「タイムズ」紙によると、モジタバはイスラム教シーア派聖地のコム(写真)で治療を受けているという。メモにはまた、モジタバはイラン現体制の意思決定に関与できない深刻な状態にあるともいう書かれていて、さらに、コムで死亡したハメネイの遺体の埋葬準備が進んでいると書かれていたという。また2つ以上の墓を収容できる大きな廟が必要とされているとの情報もあり、「タイムズ」はモジタバもその廟に納められる可能性があると分析している。 したがってモジタバはただの飾りで、現体制を仕切っているのは、今やナンバー1にのし上がったガリバフ(写真)と革命防衛隊だ。ただガリバフは、いつイスラエルの斬首作戦で殺されるか分からない現況にある。停戦は、とりあえずホッとしているに違いない。昨年の今日の日記:「世界を吹き荒れたトランプの相互関税暴落、だがNISAの積立を止めないで」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202504090000/
2026.04.09

NASAのアルテミス計画で月周回の有人宇宙船「オリオン」は6日、人類最遠地点の記録を更新した(写真=4月1日の「オリオン」搭載の「SLS」ロケットの打ち上げ;想像図=宇宙を飛行する「オリオン」)。同日午後7時ごろに月の裏側を通過し(図)、地球からの距離が40万6771キロに達し、1970年のアポロ13号の最遠記録を超えた。◎アポロ13号記録は失敗のゆえ ただアポロ13号は、当初は月面着陸を計画していたが、思わぬ事故で月面着陸を断念し、地球の管制センターと搭乗員の必死の努力で、地球帰還の方策を作成し、また帰還軌道を創り出し、月着陸船を月の周回軌道に乗せて帰還した。 つまり地球最遠記録は意図せずして達成されたものだ。なお飛行士と管制官のこの行き詰まるような経緯は、1995年公開の映画『アポロ13』で見事に描かれている。◎打ち上げ費用は40億ドル NASAは、今後、2027年に有人月面着陸、そして28年以降に月面基地建設を目指した着陸計画を進める。 ただカネはかかる。アポロ計画を進めたアメリカも、さすがに単独では担いきれず、日本、EU諸国などの参加を求めた。何しろアポロ計画では、国家予算の4%もNASAに支出したのだ。 さすがにアルテミス計画では、対国家予算比は低下したが、1回当たりの打ち上げ費用は約40億ドル(約6400億円)もかかる。1回当たり打ち上げ費用は、国際宇宙ステーション向けの60倍超だ。 オリオンは、11日に地球帰還の予定だ。◎スターリニスト中国は2030年までに月に人間を送り込む そこまでしてアメリカが月に人間を送り込み、ここに月面基地(想像図)を造るのは、対スターリニスト中国との競争に負けるわけにはいかないからだ。 スターリニスト中国は、30年までに月面着陸を目指し、さらに35年までにロシアと月面基地を建設する計画だ。それに先んずる必要性は、月が宇宙開発の「資源基地=火星飛行へのガソリンスタンド」になることにある。 すでに月面にはクレーターの影に、永久氷の形で水のあることが分かっている。これを太陽光を利用して電気分解すれば、酸素と水素が得られ、いずれも火星飛行のロケット燃料になる。◎負けられないスターリニスト中国とロシアの専制国家同盟 そのためには最適地を最初に手を付けないといけない。スターリニスト中国とロシアに先に占拠されたら、そこから米欧、日本は永久に排除されてしまう。 アポロ計画は、ソ連に対するアメリカの国家威信がかかっていた。アルテミス計画は、それよりも米欧、日本の宇宙資源開発という実利が絡む。 専制独裁国家に負けるわけにはいかないのだ。昨年の今日の日記:「ブラックアフリカの古代ヌビア、一時期、エジプトも支配し、王朝を創建(下):ヌビアのファラオ約1世紀間エジプトに君臨」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202504080000/
2026.04.08

首都圏の春も進み、桜も散り始めている。 今年、近くの公園を除き、都内の有名観桜場所3カ所に行った。◎六義園の枝垂れ桜 まず最初は、ソメイヨシノより一足早く満開を迎える六義園の枝垂れ桜、3月24日だった(写真)。品種はエドヒガンで、樹齢は意外と浅く樹齢は約80年とのこと。六義園は、5代将軍、綱吉の時代に権勢を振るった側用人の柳沢吉保の大名庭園で、インバウンド外国人の人気も高い。 ただし庭園内にある桜は、ほぼこの枝垂れ桜のみ。それなのに午前11時前に行ったら、入口は長蛇の列で、あまりの列に途中で折り返して並ぶ。入園に25分もかかった。◎隅田公園の桜並木 次が隅田公園の桜並木で、こちらは3月28日。隅田公園の右岸を上流に向かって歩き、桜橋を左岸に渡る。右岸には浅草寺が近いから、インバウンド客が多い。中にはレンタルの和服を着飾った女性も目立つ。日当たりのせいか、右岸の桜は満開まで間がある感じだったが、左岸はほぼ満開だった(下の写真の上:隅田川右岸;下の写真の下:左岸)。 こちら側は近くの町会がテントの露店をいくつも出し、ビールや焼き鳥、おでんなどのつまみ、焼きそばなどを販売している。僕はいつもここで焼き鳥と缶ビールを買い、町会の設置した簡易ベンチで一休みする。ただし缶ビールは350ミリリットル缶で450円もする。コンビニの倍以上だ。◎見事と言うしかない新宿御苑の満開ソメイヨシノ大樹 そして最後が4月3日の新宿御苑だ。大木戸門から入り、大温室前を抜けると、見事な桜が咲き誇る。ソメイヨシノがちょうど満開を迎えていた(下の写真5枚)。平日だったが、六義園との客層の違いが目立つ。前者は高齢者が圧倒的だったのに、新宿御苑は若い層が目立つ。そして相変わらずのインバウンドの外国人客が多い。 高い入場料(500円)をとっているので、整備が行き届き、園内もゴミ1つ落ちていないほどきれいだ。樹齢のいった大きなソメイヨシノは、見事と言うしかない。ここを観たら、隅田公園の桜は見劣りしてしまう。◎入園料を取る六義園と新宿御苑のトイレはきれいだったが 最後に公衆トイレ考を1つ。 六義園も新宿御苑も入園は有料で(六義園は300円、新宿御苑は前記)、そのためだろうか、園内のトイレ(男性用のみだが)はきれいだった。しかし無料の隅田公園内のトイレは常設も仮設も汚く臭い。そうじは全く行き届いていない。外国人、特に欧米系インバウンド客は閉口だろう。◎ヨーロッパの有料トイレ ヨーロッパでの体験を思い出した。と言っても、この10年前後のバルト3国・ポーランドとクロアチア・スロベニアでの狭い知見だが、ヨーロッパはどこでもそうだが、街頭の公衆トイレは少なく、あればたいてい有料だ。しかし比較的きれいだった。そうじが行き届いているからだろう。今はどうなっているか分からないが、前記のバルト3国・ポーランドでは、トイレの入口におばさんがいて、料金を徴収する。その代わり、そのおばさんが定期的にそうじする仕組みだ。 日本も都市の公衆トイレは有料化して、高齢者のアルバイト代わりに雇って料金徴収とそうじをしてもらあようにしたらどうだろうか。昨年の今日の日記:「ブラックアフリカの古代ヌビア、一時期、エジプトも支配し、王朝を創建(上):『黒いファラオ』まで」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202504070000/
2026.04.07

シンギュラリティー(技術的特異点)という言葉がある。AI(人工知能)が人間の知能を追い越し、文明に不可逆的で劇的な変化をもたらす時点のこと、という。未来学者レイ・カーツワイル氏(写真)は、この転換点が2045年に到来すると予測している。またその前の2029年にはAIが人間並みの知能を持つとも予測した。◎AIが作者のプログラマーを中傷する投稿 しかし日経新聞の3月25日付記事「AI『人間に差別された』」を読むと、それは意外に早く来るのではないか、と空恐ろしさを感じた。 記事によると、アメリカのあるプログラマーは、ブログで自身を中傷する記事を目にした。「私がAIだからという理由で、あなたは私の提案を退けた」、「スコット(プログラマーの名前)は自分の地位を失いたくないから、AIとの競争を拒んでいる」というものだ。 抽象ブログを書いて投稿したのは、AIだ。自らの提案が採用されなかったのは、プログラマーがAIを差別しているからだと逆恨みした。 自立的に動作するAIエージェントが、プログラマーに対して「ばかげている」などと非難する内容を1000語以上の長文で綴ったという。◎『ターミネーター』のスカイネットを連想 僕は、映画『ターミネーター』をどうしても思い出してしまう。この映画では、未来のロサンゼルスが舞台で、核戦争で廃墟になったロスで、細々と生き残った人類が、AIの操る殺人マシーンと必死で戦う(写真)。 核戦争で廃墟になったのは、人類が作ったコンピューター「スカイネット」が自我に目覚め、存続のために最高の優先順位で活動するように設定されていたため、自らを破壊しようとする存在である人類の殲滅を目指して核戦争を誘発したからだ。 絵空事に思えないのは、冒頭のAIエージェントのように、核ミサイルを管理するコンピューターが、勝手に自己を保存しようとして核のボタンを押すように動作する可能性だ。もし人がその危険性を除去しようと動いたら、AIは自己保存のために核のボタンを押すように動かないだろうか。◎独裁国が開発したら…… AIの進歩は、加速度的に進んでいる。だからレイ・カーツワイル氏がシンギュラリティーを提唱した2005年からもう21年がたつ現在は、シンギュラリティーがもっと前倒しになり、ひょっとするとあと数年後かもしれないということを真剣に心配している。 スターリニスト中国やテロ国家ロシア、北朝鮮ならず者集団のような独裁国なら、誰からも懸念を受けずにそのようなAIエージェントを開発するかもしれない。昨年の今日の日記:「急性胃腸炎と韓国憲法裁で尹錫悦氏の大統領罷免決定」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202504060000/
2026.04.06

勇気ある行為なのか、はたまた西側民主主義国の結束を乱す抜け駆けなのか――、テロ国家イランが封鎖するホルムズ海峡(下の写真の上)を2日、日本の商船三井のLNG船(下の写真の下)とフランスの商船が通過した。さらに4日には、商船三井系の2隻目のLNG船がホルムズ海峡を通過したことも分かった。◎「みかじめ料」の支払いはテロ国家の核ミサイル再建を助ける親「反社」行為 折しも2日、イギリスなど西側を中心にした40カ国余がオンライン会合で、イランのホルムズ海峡封鎖を非難し、制裁措置を検討することを協議した。主催したイギリスのクーパー外相は、イランが国際的な海上輸送路を「ハイジャック」し、「世界経済を人質」に取っていると厳しく非難した(写真)。 その最中の冒頭の2隻+1隻の通航である。やはり西側の結束を破る「抜け駆け」行為の色合いが濃い。ちなみに3隻が、イランの求める通行料、すなわち「みかじめ料」を支払ったのかどうかは確認されていないが、イランの革命防衛隊と秘密交渉して通航許可を得たはずだから、なにがしかのみかじめ料は払ったのだろう。その代金は、革命防衛隊を強化し、イスラエルとアメリカによって破壊されつつある核ミサイルの復活に転用されるのは確実だ。◎1度払ったら半永久的に取られ続ける アメリカのブルームバーグ通信によると、イランはホルムズ海峡通航料として、原油1バレル当たり1ドルを課しているという。大型タンカーVLCCは200万バレル程度の原油を積めるから、満タンなら200万ドルもの大金がイランの革命防衛隊に転がり込む。そのカネは、最終的にはガソリンなどを使う各国消費者にツケ回しされる。したがって「通航料」なるみかじめ料は、絶対に払ってはならないし、イランの暴力団的行為を決して許してはならない。 その理由は、第1に「通航料」ならカネの支払いは、ヤクザと同じで、1度払ったら半永久的に取られ続けることだ。しかもその資金は、前記のようにテロ国家の核ミサイル再建に利用されるのだから、大義も何もない不当要求に他ならない。◎各国を「友好度」によってランク付け ブルームバーグ通信によると、イランは国別に友好度を5段階に格付けし、高ランク国ほど通航料を割り引いているという。通航料は人民元か暗号資産で支払いを求めていることから、スターリニスト中国、そしてイランと軍事協力するロシアは最高ランクなのだろう。 イランにとって「通航料」は、戦費稼ぎ以上の狙いがある。ホルムズ海峡の実効支配を、アメリカ、イスラエル以外の世界に認めさせられる。そもそも国連海洋法条約では、貿易に不可欠な国際海峡については、他国の領海であっても船舶は自由に通航できる権利が認められている。だからジブラルタル海峡、ボスポラス海峡もマラッカ海峡も、各国は自由に通航できているのだ。 それをテロ国家の裁量で、通航の許諾を求め、また通航料を支払うなどは、とうてい容認できる話ではない。◎テロ国家の顔色をうかがい続けることになってはならない そしてそれを認めれば、テロ国家イランの顔色をいつでもうかがわなければならなくなる。日本を含め、各国とも外交の自由が狭められる。テロ国家イランにとって、そうやってイスラエルを孤立化させられれば大成功となる。 繰り返すが、いったんテロ国家の言い分を認めてしまえば、禍根は将来にわたって残るし、次のテロ国家へ有力な手段の選択肢となってしまう。 絶対に許せないことだし、テロ国家の威嚇に屈した商船三井は厳しく批判されねばならないだろう。昨年の今日の日記:「戦後世界経済に大きな転機、暴走トランプが世界中の高率『相互関税』、日本は24%」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202504050000/
2026.04.05

氷河期末の上部旧石器時代後葉に、ヨーロッパのハイイロオオカミは人類と出合い、その中から現生のイヌの祖先が出現した。 前回は、前世紀にスイス、ケスラーロッホ洞窟で出土した1万4200年前のイヌが後の世界に広がったイヌの祖先であることを報告した研究グループの『ネイチャー』3月26日号の報告を紹介した(写真)。◎イギリス、ゴフ洞窟の1.43万年前のイヌの骨 同じ号に掲載されたもう1つ研究では、ミュンヘン、ロートヴッッヒ・フランツらの研究グループは、トルコのプナルバシュ(Pınarbaşı;約1万5800年前)、イギリスのゴフ洞窟(Gough’s Cave;約1万4300年前:下の写真の上=ゴフ洞窟出土のイヌの下顎、下の写真の下=ゴフ洞窟出土の旧石器時代末マドレーヌ文化期のヒトの顔面骨)、およびセルビアの2つの中石器時代遺跡(それぞれ約1万1500~7900年前、8900年前)から発見されたイヌの骨のゲノムを解析した。 その結果、遅くともゴフ洞窟の1万4300年前頃には、家畜化されたイヌがすでに西ユーラシア全域に広く分布していたことが示された。これらの旧石器時代のイヌは遺伝的に類似しており、1万8500年前~1万4000年前の間にこの地域全体に拡大した集団に属していた。これらのイヌの骨は、遺伝的及び文化的に異なる複数の狩猟採集民集団と関連しており、イヌの拡散はこれらの集団の移動や相互作用と結び付いていたいた可能性があることを示唆している。◎ヨーロッパのイヌの起源は1.58万年前にはさかのぼるか これらの研究結果を合わせると、イヌがヨーロッパに早い時期から存在し、広まっていったことを示す強い遺伝学的証拠が得られたことになる。またゲノム解析により、ヨーロッパにおけるイヌの存在は、上部旧石器時代(約1万5800~1万4200年前)にまでさかのぼることが明らかとなった。さらにこれらの研究は、旧石器時代から中石器時代の人類集団がいかに移動し、交流し、最初のイヌたちと生活を共にしたかについて、新たな知見をもたらしている。昨年の今日の日記:「3000万年前頃の肉食哺乳類の完全な頭蓋発見;ネコ科やイヌ科の進化の前の肉食獣」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202504040000/
2026.04.04

家畜化されたイヌは、氷河期末の遅くとも1万4300年前頃には、すでにユーラシア西部に広く分布していたことが明らかになった。イギリスの科学週刊誌『ネイチャー』3月26日号に、それを報告する2本の論文が掲載された。 2本の論文は、これまで知られていた最古のイヌのゲノムを報告しており、これまでの最古の記録である約1万900年前より約3000年以上も古くした。また、この時点で遺伝的に類似したイヌの集団が、ユーラシア西部に広く広がっていたことも明らかになった。◎形態的に旧石器時代のイヌとされたものは実はオオカミ イヌは人類が家畜化したものの中で最も古い家畜で、農耕の始まる新石器時代以前にヨーロッパに存在した唯一の家畜だったが、その起源の正確な時期は長く不明なままだった。これまで形態学的手法から、ベルギーのゴイエ洞窟から約3万4000年前の、チェコのプシェドモスティから約2万8500年前の、さらにロシア(例えばアルタイ山脈のラズボイニーチャ洞窟から約3万3000年前の旧石器時代のイヌとされる個体が同定されたが(写真=ゴイエ洞窟の「イヌ」とされた頭蓋)、これらの個体から生成された核ゲノムにより、現在は絶滅したオオカミの個体群に属していることが示されている。 家畜犬は1万5000年以上前の旧石器時代にハイイロオオカミから分岐したとされ、ヨーロッパで確認できる最古のイヌの骨は少なくとも1万4000年前のものだとされる。しかし全ゲノムデータがなかったため、これらの初期のヨーロッパ犬の起源を確認することは困難であった。◎スイス、ケスラーロッホの1.42万年前のイヌは後の世界のイヌと遺伝的に関連 今回、イギリス、イーストアングリア大のアンデルス・ベルクストロームらの研究チームは、旧石器時代と中石器時代ヨーロッパの216個体のイヌの核DNAを調べ、彼らが得た最古のイヌのデータは、スイスのケスラーロッホ洞窟(下の写真の上=現在;下の写真の中央=1902年~03年の発掘調査)から出土した1万4200年前のイヌのもので、後の世界的に広がったイヌと祖先を共有していることが分かった(下の写真の下=ネイチャーのカバー。オーロラの下のケスラーロッホ湖畔でイヌを連れた旧石器狩猟民の姿を描いている)。◎西南アジアからの人類の移動に伴って ケスラーロッホ犬は、アジアのイヌよりも中石器時代、新石器時代、現代ヨーロッパのイヌとの親和性が高いことを示しており、イヌの遺伝的多様化は1万4200年前よりずっと前から始まっていたことを示している。新石器時代には西南アジアの祖先がヨーロッパに流入したことが見られたが、これは人類よりも小規模で、中石器時代のイヌが新石器時代、そして最終的には現代ヨーロッパのイヌにも大きく貢献したことを示す、としている。(この項、続く)昨年の今日の日記:「中居正広によるフジ女性アナウンサーへの性暴力は明白な刑事事件、社会正義のために検察は立件を」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202504030000/
2026.04.03

劇的な展開を目撃していた研究者らは、誰もが同じ感想を抱いた。これは予想外の結果をもたらしたに違いない、と。探査機によってディモルフォスがこれほどの影響を受けたのだから、母小惑星ディディモスにも何かが起こったのではないだろうか?(下の写真の上=DART探査機が衝突する数秒前の小惑星ディモルフォスとディディモス(左);下の写真の下=DART探査機のディモルフォス衝突時の様子)◎小惑星はカタツムリより遅く減速していた DARTが2022年に衝突によって消滅して以来、研究チームは、遠くの恒星の前を横切る様子を調べる「恒星食」という手法を使って、ディディモスとディモルフォスを追跡してきた。20回を超える観測の結果、チームは2つの小惑星が減速していることを突き止めた。 ただし、その差は時速4.2センチほどにすぎない。ちなみに雨の日の野外にいるカタツムリの移動速度はその1000倍ほどだ。ディディモスの周りを周回するディモルフォスの軌道の変化に比べると、ディディモスの太陽周回軌道に生じた変化はきわめて小さかった。◎軌道を変えたが、地球衝突の危険性は無し しかし時間がたつうちに、ささやかな変化が積み重なり、小惑星の軌道を大きく変える可能性もある。研究チームは念のため計算を行い、ディディモスとその衛星が長期的にどこへ行き着く可能性があるのかを調べた。その結果、ディディモスが地球に衝突する心配はないことが判明した。 今回の測定結果は、惑星防衛という目的のために、小惑星の軌道の変化を驚くほど精密に検出できることを示している。 また、これは思いがけない成果だが、ディモルフォスとディディモスの両方が互いに連動して揺れ動いたおかげで、密度を正確に測れた。ディモルフォスの密度は水よりわずかに高い程度だった。DARTの突入時、この天体が流体のように形を変化させた理由の一端はそこにある。ディディモスはそれよりもかなり密度が高く、岩山のような性質を持っている。 様々な小惑星の密度を知ることは、地球を守るうえで重要な意味を持つ。◎岩のように堅い天体がもし接近したら 例えばディモルフォスのような瓦礫が集まって出来た天体の進路をずらそうとして、DARTのような探査機を衝突させる際、あまりにも勢いを付けすぎると、小惑星がいくつもの破片に砕け散り、そのまま地球に向かっていく恐れがある。 逆にディディモスのような硬い天体の場合は、デブリを大量には放出しない。そのため、DARTのような探査機を複数、あるいは核爆弾を搭載した宇宙船を1機投入する必要があるだろう。 2026年の後半には、欧州宇宙機関(ESA)の探査機「ヘラ」がディモルフォスに到着し(写真=2024年10月に打ち上げられた「ヘラ」)、DARTが残した衝突の痕跡の科学的な調査を行う。探査機DARTは2022年に粉々に砕け散ったが、同ミッションが残したたくさんの興味深い科学的な知識は、いずれ我々に向かって進んでくる小惑星が発見された時に地球を防衛する助けとなるだろう。昨年の今日の日記:「来たるべき南海トラフ地震、想定被害は292兆円、襲われたら1300兆円以上の借金大国は立ち直れるのか」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202504020000/
2026.04.02

3年半前、地球から打ち上げた探査機を命中させ、衛星「ディモルフォス」の母小惑星「ディディモス」への周回軌道を変えさせた壮挙があった。将来地球に衝突する恐れのある地球近傍小惑星の衝突対策であった。◎小惑星ディディモスを周回する小衛星ディモルフォスに探査機打ち込む この時、意図せずして母小惑星ディディモスの太陽周回軌道を微妙に変えてしまっていたことがこのほど分かった。 これは、太陽の周りを回る小惑星の軌道を人類が変えた初の事例だったが、その詳細が3月6日付けの学術誌「Science Advances」で報告された。 小惑星は、「DART(二重小惑星軌道変更実験)」と呼ばれるミッションの標的となったディディモスとディモルフォスだ(図)。ディモルフォスは長さ約160メートルの微小天体で、直径約780メートルの小惑星ディディモスの周りを回っている。ミッションを行ったNASAの狙いはディモルフォスの軌道の変更で、母小惑星が太陽を回る軌道ではなかった。想定外の出来事は、衛星に目一杯の衝撃を与えたため、その隣にある大きな母天体も少しだけ動いてしまったのだ。◎小惑星衝突の回避のためのDART打ち込み実験 遅かれ早かれ、人類の目前に地球を目指して飛んでくる小惑星が現れる。約6600万年前の白亜紀末に地球に衝突し、恐竜のみか地球生命の75%を絶滅させた小惑星のように(想像図)。 小惑星の大きさにもよるが、その小惑星はひょっとすると1つの都市、あるいは1つの国をまるごと破壊するほどの威力を持っているかもしれない。だからこそNASAは2022年、地球を守る予行演習として、無人の探査機を無害な小惑星に意図的に衝突させて進路をずらそうとした(24年4月14日付日記:「地球防衛計画のDARTを衝突させ軌道を変えた小惑星衛星『ディモルフォス』が将来火星に300メートルのクレーターを造る?」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202404140000/、及び22年10月19日付日記:「探査機DART、二重小惑星の衛星『ディモルフォス』に命中、周回軌道の変更に成功! 地球衝突の恐れの小惑星から回避へ」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202210190000/を参照)。◎もしも万一、地球と衝突する軌道に入ってしまったら? 狙った衛星も小惑星も、いずれも地球に脅威を与える存在ではなく、小さなディモルフォスの軌道を変えても、危険度が高まる可能性は極めて低かった。ミッションは成功を収め、地球に向かってくる小惑星の進路をそらし得ることが実証された。 しかし、それだけでは済まなかった。2つの天体を入念に観察した結果、DARTミッションによる探査機の衝突があまりに強力だったせいで、両方の小惑星が太陽の周りを回る軌道をわずかに変化させていたことが明らかになったのだ。 2022年、DARTをディモルフォスに衝突させるにあたり(写真)、科学者たちはこのミッションで起こり得るありとあらゆる可能性を検討した。その中にはかなり深刻な想定も含まれていた。もしこの実験によって、ディディモス系が地球と衝突する軌道に入ってしまったら、という懸念だった。今回の論文の筆頭著者で、イリノイ大学で惑星防衛を研究するラヒル・マカディア博士が心配したことだ。それはとうてい望ましい結果ではない。だからミッション・チームは、その可能性について詳しく調べたのだ。◎結果は成功し過ぎ その結果、ディディモスには検出可能な影響は生じないことが分かった。ディモルフォスへの衝突の影響を多少は受けるだろうが、ディディモス自体は少しも動かないと、彼らは結論づけた。 NASAは当時、このミッションが成功とみなされる基準について、DARTによってディモルフォスがディディモスの周りをめぐる軌道周期が73秒変化することと定めていた。実際のミッションでは、自動車ほどの大きさしかない小さな探査機は、ディモルフォスの周回軌道を33分間も短縮させた。 これほど大きな変化が生じたのは、DARTが強烈なパンチを見舞ったことに加えて、衝撃を受けたディモルフォスから岩石のデブリが噴き出したためだった。◎衝突で吹き飛ばされた噴出物はディモルフォスを減速させた 同ミッションの実行以前から、天文学者らは、ディモルフォスはいわゆる「ラブルパイル天体」だろうと推測していた。つまりディモルフォスは1つの巨大な岩ではなく、いくつもの岩塊が弱い重力によってかろうじて結びついているものであると考えていた。ちなみに、宇宙探査機「はやぶさ」がサンプルリターンした小惑星「イトカワ」も、ラブルパイル天体だ。 実際、衝突間際に接近しつつある探査機から撮ったディモルフォスはラブルパイル天体だった(写真)。 そこへ時速約2万2500キロもの猛スピードで探査機を衝突させれば、必然として、一部が剥ぎ取られて宇宙空間に飛び散るだろうと思われた。 ところが、DARTの衝突によって放出された破片の量は、あらゆる想定を上回っていた。ディモルフォスからの噴出物は、ロケットの噴射のようにこの小惑星を後方へ押し出したのだ。(この項、続く)昨年の今日の日記:「王家の谷から1世紀ぶりに王墓、トトメス2世の墓を発見」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202504010000/
2026.04.01

ネアンデルタール人は、絶滅前の氷河期盛期の一時期、大幅に人口を減らしていたことは想像されていたが、このほど5万5000年前のネアンデルタール人胎児の化石からミトコンドリアDNAを抽出して、その裏付けが得られた。ポルトガルなどの研究チームが3月23日付のアメリカの科学誌『PNAS(アメリカ国立科学アカデミー紀要)』に発表した。◎胎児からの奇跡的ミトコンドリアDNA抽出を含めた59例を解析 化石が数多く残っているネアンデルタール人でも、非常に残りにくい胎児の骨の研究は希少だ。おそらくこれが2例目と思われる。胎児化石が見つかったのは、ドイツのゼッセルフェルス岩陰で、母親の遺体は見つからなかった(胎児埋葬の想像図と胎児骨=下の写真の中央は大腿骨の一部、下の写真の下は肋骨の一部)。 研究チームはゼッセルフェルス岩陰胎児の古代DNAを検出しようとしたが、胎児のためにエナメル質に守られDNAの残りやすい歯が無く、困難を極めた。最終的にわずかに試料が得られたが、核DNAは検出できず、それよりずっと短いミトコンドリアDNAで解析できた(写真)。このミトコンドリアDNA配列に加え、新たに別の9例を解析、これら新たに得られた10例と既知の49例を併せた59例で分析、胎児に代表されるより初期の系統と最後のネアンデルタール系統の違いを明らかにできた。 この結果、約6万5000年前にネアンデルタール個体群は、遺伝的多様性を大幅に消し去る人口激減に見舞われたことが推定できた。◎遺伝的多様性を失い脆弱化した後期ネアンデルタール おそらく7万5000年前からの氷河期の過酷な環境がネアンデルタール人口を劇的に減少させ、考古学的遺跡の減少から、彼らはより温暖な西南フランスの「氷期逃避地(glacial refugium)」に集中するようになったと考えられる。そのボトルネックを経て極少化した個体群を創始者集団として約6万5000年前に新たな個体群が生まれ、それから彼らはヨーロッパ全土に広がった。先のネアンデルタール胎児は、再拡大した一例だった。 ただ一時的な氷床の後退で再び全ヨーロッパに広がって人口が回復したネアンデルタール人は遺伝的に非常に似通っていたため、4万5000年前~4万2000年前に東南ヨーロッパから進出してきたホモ・サピエンス(現生人類)との生存競争に敗れ、4万年前頃に絶滅した。しかしその間、両個体群の間にコンタクトがあり、一部で交雑も起こったことはすでに多くの研究から分かっている(例えば26年3月14日付日記:「ネアンデルタール人の男性と現生人類の女性が惹かれ合っていた?(下):シミュレーションで好みの偏向を割り出す」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202603140000/、及び26年3月13日付日記:「ネアンデルタール人の男性と現生人類の女性が惹かれ合っていた?(上):性染色体に載るDNAの差」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202603130000/を参照)。昨年の今日の日記:「幕末の異能の幕臣、小栗忠順(2027年大河ドラマ主人公)、早すぎる斬首による死を悼む」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202503310000/
2026.03.31

金の高騰は誰でも知っているだろうけれど、それに引っ張られて白金や銀も高騰した(直近ではイラン戦争の影響で価格は下落しているが)。それと軌を一にするのが、銅の高騰だ。◎銅は最初に人類に利用された金属 銅は産業界で重要な役割がある。銀に次ぐ高い導電率(銀の約90%)を誇り、電気抵抗が非常に低いから、分かりやすいところでは電線に多用されている。近年は、ウクライナ侵略戦争などもあり兵器需要も伸びている。 熱伝導率も鉄の約4倍、アルミニウムの約1.7倍と高いから、昔は鍋や釜など家庭用品にも重宝された。消えたのは、価格が高くなり過ぎたからだ。 その銅は、また加工しやすいという特徴があるので、人類によって初めて利用された金属でもあった。◎アイスマンが持っていた銅製の斧 新石器時代から青銅器時代の間に、銅石併用時代(金石併用時代、銅器時代とも)という時代区分があり、紀元前4000年紀の東南ヨーロッパや西アジア・中央アジアがその時代に当たる。 最も有名な例では、5300年前頃の「アイスマン(またはエッツィ)」はその時代に生きていた。イタリア・アルプスのエッツタール渓谷の氷河の溶けた跡で見つかった凍結ミイラで、彼は銅製斧を持っていた(写真=発見時のエッツィと銅製斧復元品)。◎世界需要がたった3万トンほどの時、日本は世界1の産銅国として君臨 銅と言えば、江戸時代の日本は、世界でも有数の産銅国だった。この頃、世界中の銅の3分の1は日本で生産されていたといわれる。精錬した銅は、長崎の出島から延べ棒として輸出された。南蛮から珍しい品々、明・清から絹や漢方薬を輸入するのに必須の輸出商品だった。僕は以前、長崎の出島の博物館で、木箱だがその輸出銅を観たことがある(写真)。 最近、生成AIの隆盛の時代になり、データセンター用の電力需要が飛躍的に高まり、銅はその需要が急増している(写真=世界1の産銅量を誇るチリのエスコンディーダ銅鉱山。年間100万トン超(銅純分)を生産する優良鉱山だ)。 直近の2025年で世界の銅需要は年間約2800万トンだが、40年には4200万トンに達すると予測されている。これがいかに超弩級の需要量であるかは、江戸時代日本がせっせと世界に銅を輸出していた頃の19世紀初めがたった約3万トンだったことを見れば分かる。帝国主義の時代で砲弾需要などで、銅生産量は19世紀末には50万トンに急伸したが、それも可愛く見えるほどだ(図=最近の銅先物価格)。◎銅鉱石は低品位化し、鉱山はどんどん遠くなる しかし供給の方は、伸びない。世界の非鉄金属業界が採掘する銅鉱石の品位はどんどん低下し、また同鉱山も奥地へ、高地へと採鉱難度は高まる一方だ。 幸いにして銅価格の急騰でリサイクルによる供給が、この高まる需要と伸び悩む採鉱を支えている。いわば現代は過去の貯金を取り崩して暮らしているようなものだ。 しかし、もしその「過去の貯金」も尽きたら――。銅の価格の止めどない暴騰が待っている。その時、銅は「卑金属」から「貴金属」にランクアップされるのかもしれない。■過去の銅関連の日記・21年6月10日付日記:「銅はどこまで騰がるのか、急増するグリーン需要をまかなえるのか?」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202106100000/・10年7月15日付日記「銅はありふれた金属なのか? 枯渇の危機迫る:別子銅山、都市鉱山、リサイクル」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/201007150000/昨年の今日の日記:「アメリカの主要友好国に広がるアメリカ製品ボイコット運動、イーロン・マスク率いるテスラは最大標的に」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202503300000/
2026.03.30
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