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歴代トップコンビ達による歌唱動画に続き、現トップスター5人による歌唱動画が配信された。更に、ニューヨークから元宙組トップスターの和央ようかと、作曲家のフランク・ワイルドホーンが参加。衣装は青系のシャツで統一されて、とても爽やかだ。彼らの後ろには、風に揺れる新緑の木立が見える。季節は梅雨だが、宝塚には一足早く夏が訪れたようだ。懐かしさや愛おしさが感じられた歴代トップコンビ達の動画に対して、現トップスター5人の姿からは公演再開に向けての気概や尊さが感じられた。まあ、自主制作に近い前者と違い、後者は飽くまでも公式映像なので、その差もあるのだろう。とは言え、どこか緊張した面持ちの3人に比べ、珠城りょうと礼真琴はこの企画を無心で楽しんでいるような表情だったのが印象的だ。特に、たまきちは最後に(ちゃぴと同じ)両手でピースサインまで見せて、とてもリラックスしているように映った。彼女の真意は定かではないが、何だかちょっと可愛かった(笑)。 (繋がってる2人)宝塚の公演が中断してから数ヶ月、最近こうした動画を観ながら、ふと考える事がある。「もし、宝塚を知らなかったら、僕はどんな日常を送っていただろうか…?」今の僕の余暇の中心は、間違いなく宝塚だ。好きなタカラジェンヌが増えれば増える程、退団後の活動も気になってチェックしてしまうので、宝塚に費やす時間は増す一方だ。趣味に使うお金も、宝塚が最優先されている。宝塚を知らなかったら、そうした時間やお金が全て浮く事になる訳で、その時僕はそれらをどこに使っていただろうか、と考えるのだ。やはり、音楽や映画だろうか。それとも、宝塚とは別の新たな趣味でも見付けていただろうか。僕が宝塚を知る切っ掛けとなったのは、言わずもがな音月桂だが、それ以前から天海祐希や真矢みきはテレビで観て知っていた。勿論、彼らが宝塚出身という事も知っていたが、だからと言って宝塚に興味を持つ事はなかった。もっと言えば、僕は中高生の頃に大地真央が大好きだったが、それでも宝塚を意識する事はなかったし、そもそも岐阜県に住んでいた僕にとって宝塚との接点はまるで無かった。(彼女が月組出身というのは、今更ながらに運命を感じる)そうして、僕が宝塚に辿り着くまで、40年以上もかかっているのだ。あの時、偶然ドラマで音月桂を見ていなかったら、今も宝塚を知らずに過ごしていた可能性は大いにある。その間も、ARIやずんは舞台に立ち続け、どんどん素敵な男役になっていた事だろう。インターネット、特にYouTubeが身近にあったというのも大きい。ドラマを観た後に直ぐ検索ができ、現役時代の音月桂に触れられた事によって、一気に火が付いた気がする。数日経っていたら、きっと熱も冷めていただろう。そして、暫くして【カフェブレイク】に出演したARIを見付けたのも、YouTubeの動画だった。こうして振り返ってみると、大阪に引っ越して来た事も、離婚した事も全てが、僕が宝塚と出会うために必要な出来事だったと言えなくもない。そのどれが欠けても、僕は宝塚に目を向ける事はなかっただろう。それは、ARIやずんばかりでなく、北翔海莉や七海ひろきなどOG達との出会いも無かったという事であり、そう考えるとちょっと怖い(笑)。それとも、やはりどこかで僕達は巡り会っていただろうか…。運命とは不思議なものだ。そして、巡り会うと言えば…。遂にキタ━━━━(゚∀゚ )━━━━ッ!!!美稀千種さぁあああああんッ!!!!そうだよぉおお、愛だよ、愛ッ!!!愛なんだぁあああああああッ!!!!♡*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*♡
2020.06.23
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ラジオで聞くまですっかり忘れていたが、今日6月18日はポール・マッカートニーの78歳の誕生日だった。一昨日、無性にビートルズの映画が観たくなったのは、彼に呼ばれたのだろうか(笑)。先週観た【市民ケーン】もそうだが、最近は満足度の高い作品が多くて嬉しい。【市民ケーン】…満足度★★★★★オーソン・ウェルズの監督デビュー作にして傑作。「バラのつぼみ」という言葉を残して亡くなった新聞王ケーンの生涯を、関係者の証言を基に回想形式で描く。ただそれだけの内容ながら、脚本から構成、演出に至るまで、ほぼ完璧に近い。何より、1941年の公開から80年を経ても尚、画面から伝わって来る熱量が全く失われていない事に驚嘆する。それは、取りも直さず、若干25歳にして監督・脚本・主演を務めたウェルズの才覚に拠る所が大きいだろう。古典でありながら決して古臭くならず、野心的かつ革新的で、何故この作品が名作と謳われるのかが手に取るように分かるクオリティの高さを誇っている。【ザ・ビートルズ EIGHT DAYS A WEEK】…満足度★★★★☆1963年に始まった15ヶ国90都市166公演に及ぶツアーから、最後のコンサートとなる′66年8月29日のキャンドルスティック・パーク公演まで、ビートルズの4人がアイドルの絶頂期からアーティストへと変容して行く姿を、貴重な映像や写真と共に描いたドキュメンタリー映画。どれだけ画質が悪くても、そこに動き歌うビートルズがいるだけで、ファンとしては大満足なのだが、この作品の意義は単に音楽的な熱狂を伝えるだけでなく、当時の世相の中でバンドを捉えた所にある。関係者による証言は、実に興味深い。特に印象的だったのは、米国の人種差別に対して、メンバー4人がはっきりと「NO」を口にしたというエピソードだ。この事が、後々ジョンの「キリスト発言」が(英国では全く問題視されなかったのに対して)米国内で大問題になる発端になったと考えると、現在まで続く米国の人種差別が如何に根深いものであるかを窺い知る事ができるのではないか。(最近もNHKの制作した動画が物議を醸したが、米国の人種差別や銃規制は、日本人が単純な善悪で割り切って語れるような問題ではない)確かに、ビートルズは世界中を熱狂の渦に巻き込んだ。しかし、誰も経験した事がないスピードとスケールで肥大化して行くそのムーブメントは、まだ20代前半だった4人の若者に背負い切れるものではなかった。やがて、メンバー自身がその渦の中で身動きが取れなくり、窒息しそうになって行く様子を、映画は分かりやすく描いている。それにしても、これだけ多忙な中で、次々と名曲を生み出して行った彼らの才能には舌を巻く。ビートルズ自体は決してハッピーエンドではなかったが、彼らの生み出した曲は解散から50年を経た今でも人々を魅了し、愛され続けている。そんな不世出な4人の才能と魅力を、ビートルズを知らない人達がこの映画から少しでも感じ取ってくれたら、ファンとしては嬉しい限りだ。満足度に関しては満点でも良いのだが、彼らの素晴らしさは1時間48分ではとても伝え切れないという意味で、敢えて☆1つマイナスに…(笑)。おまけ『音楽家が語るビートルズの凄さ』
2020.06.18

PIZZICATO FIVE【スウィート・ソウル・レヴュー】1993年今朝はじめて鏡を見て気がついたのあなたに恋してるのあなたに恋してるのお目かしして何処へ行くの?そう、あなたに逢いに行くのよベイビー 街はいつもパレードベイビー だからついて行こうよ世の中にはスウィートやキャッチーがいっぱいあるよね抱きしめたい 嬉しくてほほ 頬ずりしたくなるでしょほら レヴューが始まるほら 遅れないでねほら レヴューが始まるほら 忘れないでねたぶん今日は 私を見て気がつくはずあなたも恋してるって私に恋してるってTV で観た旧い映画ミュージカルのレビューみたいねベイビー 街はいつもパレードベイビー ほらね聴こえるでしょ世の中にはハッピーやラッキーがいっぱいあるよねくちづけたい 嬉しくてほほ 頬ずりしたくなるでしょほら レヴューが始まるほら 遅れないでねほら レヴューが始まるほら 忘れないでね世の中にはスウィートやキャッチーがいっぱいあるはず神様 パレードに雨なんて降らせないで世の中にハッピーもラッキーも全然なくてもあなたとなら 嬉しくてほほ 頬ずりしたくなるでしょ頬ずりしたくなるでしょほら レヴューが始まるほら 遅れないでねほら レヴューが始まるほら 忘れないでね
2020.06.15

良かった、ARIも元気そうだ。5月9日のずんから始まって約1ヶ月、ARIに会えて嬉しいと言うより、寧ろ安心した。実は、なかなかARIの出番が無かったので、「まさか、ずんの"Z"から始まって、ARIの"A"で終わらせるつもりじゃないだろうな…?」と疑心暗鬼になっていたのだ(笑)。(もしそうなっていたら、果たして僕はどれだけ待つ羽目になった事やら…笑)そして、昨日まではずんの時と同じように「うあ―ん、ようやくARIに会えたよ―!!」と書くつもりでいたのだが、ARIの真摯にメッセージを伝える姿を見て、ふざけては失礼だと思い直し、僕も真面目にする事に。(まあ、そもそも普段のキャラクターが46歳の取るべき態度ではない…笑)さだまさしの曲【奇跡 ~大きな愛のように~】から選んだという言葉にも、ARIの優しい人柄が滲み出ている。ありがとう!!僕も、ARIが夢を叶えられるよう、少しでも支えになれたらと思う。そして、いつか長い坂道の向こうに広がる景色を、ARIと一緒に見られたら幸せだ。公演日程の関係もあるので、劇場で実際に会えるのはまだまだ先の話だが、ARIと笑顔で再会できる日を楽しみにしている。今回は、ARIを指名してくれた小桜ほのかにも感謝だ。彼女と言えば、2016年の星組公演【桜華に舞え】から注目はしていたものの、あまりブログで話題にする機会が無かった。それでも、百人一首が特技だったり、【ジーザス・クライスト=スーパースター】が好きだったりと、僕と興味の対象が似ており親近感を抱いていた。(僕は、百人一首はやらないが、たまに和歌を詠んだりはする…笑)今回、ARIを指名してくれた事で、ますます彼女を好きになった。これから、君をもっと応援するぞ―!!☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆ありがとう!!
2020.06.06

この記事をブログに載せようかどうか迷っている間に、マヤ文明で最大級となる建造物がメキシコで発見された。なので、今回はそれに便乗して、僕が世界で最も興味を引かれる古代遺跡「ギョベクリ・テペ」の話をしてみたい。(この機会を逃すと、お蔵入りしてしまいそうだ…笑)この遺跡は、エジプトはギザのピラミッド建造から遡ること更に数千年、今から約1万2000年程前に建てられた。発掘チームによれば、その使用目的は「祭祀のための神殿ではないか」と言われているが、まだ確証は得られていない。何しろ、ギョベクリ・テペの調査は、これまでの考古学の定説を覆す発見の連続だからである。・定住生活をしていなかったであろう狩猟採集民の彼らに、何故ここまで巨大な構造物が必要だったのか?(これまで、「宗教」は農耕定住社会の成立に伴って生まれたと考えられていた)・彼らが何を拝し、何に祈っていたのか?(現時点では、先祖崇拝などを裏付けるような埋葬跡は見付かっていない)・これだけの構造物を建てるための人員をどうやって確保し、何を対価として払っていたのか?・陣頭指揮を執る(神官のような)立場の人間がいたのか?・石柱に掘られた動物などのレリーフが、果たして何を意味するのか?このように、まだ、ほとんど何も解明されていないのだ。更に、紀元前8000年頃、この遺構は放棄されるのだが、野ざらしにされるのではなく、何故か丁寧に土で埋められており、その理由についても議論を呼んでいる。分かり易い解説はこちら。しかし、本当に宗教関係なのか、個人的には疑問を感じる所だ。2本の巨大な石柱を中心とした円形の構造物が20もあると言うのだが(その内、現時点で発掘されているのは4つだけ)、それが祭壇だとしてそんなに沢山も造る必要があるのか、と思ってしまう。意外に、もっとお祭り的なイベントだったのではないだろうか…。例えば、『部族対抗!! 巨石を積み上げ、そこに綺麗な装飾を施そうコンテスト』みたいな…(笑)。何故かは知らないが、人類は昔から巨大なものを造るのが大好きだ。そして、細かい装飾を施すのも大好きだ。それを一緒にやってしまおうとなれば、盛り上がらない訳がない(笑)。(きっと、そこには音楽や踊り、部族間を超えた恋や友情もあったはずだ)1万2000年前の人類と言えば、「衣食住」が満たされていれば事足りる生活をしていただろう。狩猟と採取にかける時間を差し引くと、意外に余暇は多かったのではないかと思う。しかし、だからと言って、現代のような娯楽がある訳でもない。そんな時、僕のように馬鹿な事を思い付く人間が1人くらい居ても良さそうだが…(笑)。現時点で、ギョベクリ・テペ周辺から死者の埋葬跡などが見付かっていない事から、直ちに宗教や先祖崇拝と結び付けるのは尚早ではないかと思う。それに、得体の知れない信仰心より、何かもっと単純に盛り上がれる共同作業の方が、人々はコミュニティを形成し易いはずだ。(神などの信仰対象は、共同作業を続けている中で、それを造る理由として後付けで生まれた可能性もある)そうした何かが切っ掛けでギョベクリ・テペ周辺の部族が集まり、そこでの交流からもっと文明的な牧畜や農耕が始まったと捉える事はできないか。実際、今回メキシコで発見されたマヤ文明の遺跡も、権力者の存在を示す石彫などは見付かっておらず、研究チームは「人々が自発的な意思で集まって建てたのかも知れない」と話しており、そうであれば僕の妄想もあながち的外れとは言えないような気もするが…(笑)。それにしても、何故こうも人間は巨大なものや手の込んだものを造るのが好きなのだろうか…。そこに、どんな価値や意味を見出すのか。古代の遺跡を眺めていると、利用するために造るというよりは、寧ろ「造る」行為そのものに重点が置かれているように感じる。それは、人間の遺伝子に組み込まれた、一種の動物的な習性なのだろうか…。
2020.06.04
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【ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ】の解説を書き上げてから暫く経ったある日、ふと気付いた。「もしかすると、デイミアン・チャゼル監督は【ラ・ラ・ランド】で、【ワンス ー】と同じ手法を使ったのではないか…?」【ワンス ー】では、ヌードルスが単に裏切られたとする「表ストーリー」と、ヌードルスも実は裏切っていたと見る「裏ストーリー」とでは、物語の印象が大きく変わった。これと同様に、【ラ・ラ・ランド】でも、ミアがセブを裏切って他の男性と結婚したと見る場合と、セブがミアを突き放す形で別れたと見る場合とでは、ラストの印象が随分と違う。そして、どちらも敢えて真相を隠すような演出がなされている。つまり、もしかするとチャゼル監督は【ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ】のトリックに気付いて、それを自身の映画に応用したのではないかという事だ。そう考えると、彼が「2人は絶対に結ばれない」というラストに拘った理由も、敢えて真相を分かり難くして色々な解釈が生まれるようにした事も、すんなりと納得できる。【ラ・ラ・ランド】が数々のオマージュで彩られた作品である事に鑑みても、そこにセルジオ・レオーネ監督が含まれていても不思議はないように思うのだが、どうだろうか。と、ここでもう1人、【ワンス ー】のトリックを見抜いたのではないかと思われる映画監督を紹介しておこう。それは【トレインスポッティング】や【スラムドッグ $ ミリオネア】、最近だと【イエスタデイ】で有名なダニー・ボイル監督だ。彼が手掛けた初の長編作品である【シャロウ・グレイブ】は、観てもらえば明らかだが、完全に【ワンス ー】を下敷きに描いてある。主人公がアレックスで、親友がデヴィッドというのも、如何にもといった感じではないか。そのデヴィッドが、冒頭シーンで語る台詞も意味深だ。「信頼と友情 この二つは生きる上で欠かせない もし友達が信頼できなくなったらどうする? これは誰にでも起こりうる物語だ」そして、あのラストシーン。最後に笑うのは誰か…。ルームメイトの女性ジュリエットも絡み、3人の関係が徐々に壊れていく様が不気味で怖い。【ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ】との類似点はさておき、観て損は無いサイコ・サスペンスだ。【シャロウ・グレイブ】…満足度★★★☆せっかくなので、最近観た映画の感想も。【パターソン】で主演していたアダム・ドライバー繋がりで選んだのだが、別の意味でタイムリーな作品になってしまった。【ブラック・クランズマン】…満足度★★★黒人の刑事が、白人至上主義者の団体『KKK(クー・クルックス・クラン)』に潜入捜査する…。そんな冗談のような実話を元に、スパイク・リー監督が米国の暗部を描いた話題作。人種差別を扱ってはいるものの、エンターテインメントの要素が強く、単純に娯楽映画としても充分に楽しめる。ただ、物語の序盤で、主人公が何を意図してKKK支部に電話したのかが釈然とせず、その後も成り行きで捜査が進み事件が起きるので、鑑賞後に心に残るものは意外と少ない。また、ホワイト・パワーとブラック・パワーを同等に扱った点は評価できるものの、全体的には挑発的だったり一方的な部分も多く、この作品が問題提起の仕方として果たして「正解」と言えるかどうかは怪しい所だ。(ラストの場面で、何故あそこにフィリップがいるのかも、日本人には解釈し辛いものがある…)こんな時代だからこそ、もう少し繊細な描写が欲しかった。
2020.06.03
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