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私は昨日、今日と、大学でレポートの執筆を続けました。 発表は明日!大学院の憲法ゼミで発表を行うための準備なのですが、かなり難しいテーマで簡単に、はかどることができないのです。 そのレポートのテーマは 外国人の人権について。 外国人には入国の自由が保障されるのか?(厳密に言うと、保障されていない) あるいは外国人参政権を日本国憲法は想定しているのか?(禁止されていない、という解釈もある)・・・などなど。 昨日は夜7時過ぎ、今日は夜8時過ぎまで大学に残り、レポートの準備をしました。学部にいたころはこんなに夜遅くまで大学に残ったことはありませんでした。綿密に発表しなければならないことが、大学院のレポートであることから、かなり忙しい!しんどい!と思った日々でした。
Jun 30, 2009
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今日まで行われたオリックスVS楽天3連戦は、オリックスが手痛い負け越しとなってしまった。これでオリックスはパ・リーグの中で40敗一番乗り。さらに、5位・ロッテとのゲーム差が4.5まで広がった。おまけに自力優勝の可能性も消滅。最悪の事態だ。 今日の試合の一番の敗因は、ちぐはぐな攻撃だと思う。 オリックスは楽天よりも多くヒットを打っているのに、なかなか得点できない。これに対して楽天は、わずか5安打ながらホームラン2発などで効率よく得点を重ねた。 例えば8回ウラの攻撃。オリックスは先制のチャンスをつかんだ。四球と死球で無死二塁・一塁の状態。しかし後続の北川、大村、日高が凡退に倒れ、1点も取れなかった。怒りをどこに持っていっていいのか分からなかった。 最大の戦犯は・・・この選手だろう。 特にフェルナンデス。もう2軍落ちだ!!(激怒) 今日含めて最近7試合で23打数6安打、3打点。ホームランにいたっては5月30日(対横浜戦)以来出ていない。 大石監督はもうフェルナンデスをあきらめて、2軍から好調な選手を呼ぶべきだ!
Jun 28, 2009
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先月からF1予算削減を巡って、FIA(運営団体)とFOTA(F1チーム協会)が対立していた問題で、今日、重大なニュースが入ってきた。 F1分裂は回避! FIAが改めて来季エントリーリストを発表!(25日、ISM) 現地時間(以下、現地時間)24日、FIA(国際自動車連盟)は来季のレギュレーションをめぐり対立を続けていたFOTA(フォーミュラワン・チーム・アソシエーション)と合意したことを受け、改めて2010年のエントリーリストを発表した。 現在参戦している10チームのうち、フェラーリら8チームが、今年4月にFIAが提案した年間4,000万ポンド(約57億7,000万円)のバジェットキャップ、これに伴う2段階の技術規定を含む2010年のレギュレーションに反発。18日にはFOTAが新シリーズの設立を宣言し、一気にF1分裂の懸念が高まったが、24日にフランス・パリで行なわれた世界モータースポーツ評議会(WMSC)を経て、結局FIAとFOTAは合意に至った。 FIAのプレスリリースには、新シリーズの設立はないこと、2010年のレギュレーションは、今年4月29日よりも前に同意していたものを採用すると明言された。この合意の中には、チームは2年以内に参戦コストを1990年代初頭と同じレベルまで引き下げ、自動車メーカー系チームが2010年の新規参入チームに技術提供をすることも含まれている。 自動車メーカー系チームはさらに、FIAがこのスポーツの管理組織を恒久的に担うことや、2012年までのF1選手権に向けて商業協定(コンコルド協定)を遵守し、協定が失効する前には契約を見直し、延長することでも同意したと記されている。また、全チームが1998年のコンコルド協定の改訂版を支持するとのこと。 そして、分裂危機において渦中の人物であったマックス・モズレーFIA会長が、今年10月の再選挙に出馬しないことが明記された。 なお、2010年のエントリーリストは下記の通り。現在ルノーエンジンを使用するレッドブルの来季エンジンは未定に、新規チームのカンポスは「カンポス・メタ・チーム」に名称変更されている。 チーム名 / コンストラクター名 スクーデリア・フェラーリ・マールボロ / フェラーリ ボーダフォン・マクラーレン・メルセデス / マクラーレン・メルセデス BMWザウバーF1チーム / BMWザウバー ルノーF1チーム / ルノー パナソニック・トヨタ・レーシング / トヨタ スクーデリア・トーロ・ロッソ / STR TBA レッドブル・レーシング / RBR TBA AT&Tウィリアムズ / ウィリアムズ・トヨタ フォース・インディアF1チーム / フォース・インディア・メルセデス ブラウンGP F1チーム / ブラウン TBA カンポス・メタ・チーム / カンポス・コスワース マノー・グランプリ / マノー・コスワース チームUSF1 / チームUSF1・コスワース※ TBAは未発表 (引用終わり) 先日まで、予算削減などF1の将来をめぐって激しく対立していたFIAとFOTA。一時はFOTA側が新選手権立ち上げを宣言するなど(ミハエル・シューマッハーなど、新選手権立ち上げを支持する著名人まで現れた)、F1分裂は現実味を帯びてきた。それだけに今回の合意は驚天動地というべきか、F1ファンの一人として私もホッとしたというべきか・・・そんな気持ちだ。 先月15日の日記「F1、予算制限を巡って分裂の危機!」 「GP2の拡大版のようなF1は要らない」という関係者の声もあった。今回の騒動は、F1チームとしての品格、F1ドライバーとしての強さは何なのか、と考えるきっかけを与えたと思う。多数の無名チームで構成されるF1は、果たしてこれからあるべきF1の世界なのだろうか、など。 どのようにして、1990年代初頭のレベルまで引き下げられるかが、これからの焦点になるのではないか。セナ、プロスト、マンセル、ベルガーなど、個性豊かな役者がいた、濃厚なF1の世界が再来することを期待したい。
Jun 25, 2009
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23日、古賀・選挙対策委員長と東国原・宮崎県知事との会談が行われた。次期総選挙に自民党からの出馬要請だった。しかし会談の中で東国原知事は、「自民党総裁候補として出馬することが、国政転出の条件」と語ったそうだ。 これにより、東国原知事の現時点での国政転出の可能性はほとんどなくなったと思う。国会議員経験ゼロの人がいきなり公党の党首になれるわけがないから。また、自民党は次期総選挙では、比例区単独立候補は認めないそうだから、東国原氏を比例区で優遇となれば党内の反発必至だ。 東国原知事に対しては、国政転出に反対の声が多数寄せられた。私としてもまだ1期目を全うしていないのに、途中で県政の最高責任者という職を放り出すのはどうか、と批判的な目で見ている。 この会談について、古賀氏への批判が集中した。特に丸山和也参院議員からは「バカバカしい。党にエネルギーがないから『力を貸して』と言うこと自体が既に敗北。情けない。古賀氏の責任を追及すべき。即刻辞任してもらっていい」、山本一太参院議員からは「古賀氏とは思えない軽率な行動だ。自民党はそこまで困っているのか」と、それぞれ批判の声を上げた。 人気知事に出馬要請したことにより、自民党の人材不足が明らかにされた。麻生さん以外に、次期総裁として次期総選挙を戦う人は、もはやいないのだろう。ポスト麻生はまさに本命不在のレースになっている。自民党も落ちぶれたものである。2007年1月の宮崎県知事選挙で、自民党は別の候補を推薦し、東国原氏との協調は全く考えていなかった。それから2年半経って、このような急激な方針転換はどういうことだろうか。無責任すぎやしないだろうか? さらに、古賀氏は2008年4月、山口2区の補欠選挙において、元国土交通省官僚の山本繁太郎氏を擁立した。当時はガソリン税の暫定税率の撤廃か、復活かが政局の最大の争点となっていた。当然、国民受けするには「国民の負担を軽減する=暫定税率を廃止する」ことを主張する候補者を立てたがいいに決まっている。しかし古賀氏は、元国土交通省官僚を自民党公認候補として擁立した。ある関係者からは「古賀氏の感覚が信じられない」と批判の声が挙がったそうだ。結局、その補欠選挙において自民党は民主党の平岡秀夫氏に惨敗した。 これらのことにより、古賀選挙対策委員長の辞任を求める声が党内から出ても、当然という風潮があったのかもしれない。 今回の人気知事への出馬要請で、自民党の焦りが余計際立って見えた。
Jun 24, 2009
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浜川崎駅から東に向かえば川崎港郵便局がある。そこの角を南に曲がると、この通りに出た。産業用の大型トラックが多数走っていたので、普通の人々の生活に密着した道路とは言いがたかった。しかし、この通りには臨港バス、あるいは川崎市営バスが多数走っている。 写真の左側が鶴見線の線路。写真の正面が北側、私が歩いてきた道だ。 この道をまっすぐ行くと、鶴見線・昭和駅は近い。 しかし昭和駅に着いたのはいいが、なんと私が来た時間帯(午後3時頃)は、この駅に列車が来ない時間帯だった。何のために歩いてきたのだろうか。がっかりしつつ浜川崎駅まで戻ることにした。 実は鶴見線は今年3月のダイヤ改正において、日中の列車本数が大幅に削減されたそうである。浜川崎~扇町間は1時間1本は必ず走っていたのが、3月から2時間1本に削減された。 川崎港郵便局にあった石碑・「郵便の使命」。 愛と思いやりをとどけ、別れた友のかけ橋となり、わびしい心をいやし、遠く離れた家族をつなぎ、われらの日々を豊かにするニュースと知識を運び、商業と産業の助けとなり、世界の人々の間に、互いの理解を深めて、平和と親善を促進する。 右側が、これから私が乗る扇町行き(浜川崎16:13発・1607列車)。205系1100番台だ。 鶴見線は扇町に向かう本線と、海芝浦支線、大川支線という2つの支線で構成されている路線だ。路線図にあるように、扇町行きは赤、海芝浦行きは緑、大川行きは黄色で表示される。 わずか4分で扇町駅に到着(16:17着)。西側に貨物列車向けの多数の引込み線があった。 白い猫が列車を見ている。他にも私が見た限りでは黒、ブチもいて、3匹の猫がいた。JR貨物の事務所で働く職員が世話をしているのだろうか。随分人になれているのだろうか、逃げようともしなかった。実に平和な時間が過ぎていった。 なお、ここから先は携帯電話の電池が切れたため、写真は残っていない。 私はこの後、折り返しとなる16:31発の鶴見行きに乗車。その後、浅野駅で海芝浦行きの列車に乗り換え。海芝浦駅で下車し、海を眺めたのだった。そして鶴見から京浜東北線、小田急線を乗り継いで家路についた。
Jun 21, 2009
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18日、私は南武支線と鶴見線に乗車した。その様子を写真にまとめてきたので掲載したい。どんな列車、風景に出会えたのか、お送りしたい。 EF66-100番台が牽引する貨物列車。 長い長い貨物列車の最後尾。横須賀線への連絡線を通過していったのだろう。 205系1000番台。2両編成のワンマン列車だ。 車内は意外にも賑わっている。 こんなに乗客がいるのならば、JR東日本は1時間3本程度へと増発を検討してほしい。 ちなみに大半の乗客は川崎新町駅で下車した。 浜川崎で撮影した、205系1000番台。 浜川崎駅付近の踏切から、南武支線ホームを撮影。 多数の側線があることから、ここは貨物主体の駅であることが分かる。近くにはJR貨物の浜川崎営業所もあった。 続きは後編で。
Jun 20, 2009
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今日、静岡県知事選挙と兵庫県知事選挙が告示された。いずれも投票日は7月5日である。しかしテレビ、新聞などの報道では、いずれも静岡県知事選に注目が集まっている。同じ日に兵庫県でも知事選挙があるということを知らない人が多いのではないか。 私事になるが、神戸に私の母の実家がある。神戸という町が好きな私としても、兵庫県知事選挙にはかなり関心がある。 なぜ兵庫県知事選挙には注目が集まらないのか。ただでさえ、投票率が低いのに(4年前は33.33%)。以下、産経新聞の記事より引用。 【選択09 衆院選】前哨戦 蚊帳の外 自、公に民主も相乗り(16日、産経新聞) ■18日告示の兵庫県知事選 衆院選の前哨戦とされた14日の千葉市長選で民主推薦の候補が当選し、7月に行われる静岡県知事選や東京都議選でも与野党対決が注目される中、今月18日に告示される兵庫県知事選が蚊帳の外に置かれている。3選を目指す現職は自民、民主、公明各党が相乗りで推薦しているためだ。過去6回と同様の「非共産対共産」の構図になる公算で、民主党県連関係者からも有権者に分かりづらいとの声が上がる一方で、「政権交代を目指す選挙ではない」と、党本部の相乗り禁止方針に反発の声も上がっている。 兵庫県知事選をめぐっては、自民、公明両党が現職の井戸敏三氏(63)の推薦を決定。民主党は「前回も県連で推薦したので、経緯は中央も理解しているはず」と県連が推薦を決めた。しかし小沢一郎代表代行が代表を務めた平成18(2006)年4月以降は、知事選と政令市での与党との相乗りを禁止しているため、本部への申請は辻泰弘県連代表に一任されたままの状態になっている。 小沢代表代行は9日、名古屋市内での記者会見で、「自公との相乗りを党本部で認めることはない」と明言。県連が推薦を決めた井戸氏の党本部推薦を否定し、「地元の事情が許せば、独自候補を立てていただきたいと期待している」とまで述べた。 この発言は、地元には「寝耳に水」(県議)。ある県議は「信じられん。何を考えとんのか分からん」と語気を強め、「小沢代表代行が何を言おうと、県議団としては井戸推薦でやります。知事選は政権交代のためではなく、県民のために誰がふさわしいかを選ぶものだ」と、井戸氏支持の姿勢を改めて強調した。 一方、「分かりづらい相乗り」を避けたい意識は自民、公明にもある。両党は、知事選の街頭演説に次期衆院選の立候補予定者を同席させないことを決定。県議らの応援に制限はないが、国会議員は選挙カーへの同乗や街頭演説参加は自粛。日程が近接する解散・総選挙を考慮し、「互いの立場に配慮した」(自民党幹部)という。 3選を目指す井戸氏に対し、団体職員の田中耕太郎氏(60)を擁立した共産陣営の幹部は「総選挙と知事選の日程が近づくほど、県議会の与党相乗りの構図が県民に分かりづらく映るはず」と話している。 (引用おわり) 他にも、社民党も県組織レベルだが現職・井戸敏三氏の推薦を決めた。これで、現職は自民、民主、公明、社民の4党相乗りという形となった。国政では激しく対立しているはずの与野党が、地方選挙では相乗りという、由々しき構造だ。 民主党の地方組織(ここでは兵庫県連)が、本部の「相乗り禁止」方針に公然と反旗を翻した形となった。私が問題としてみているのは「兵庫県知事選挙は、政権交代を目指す選挙ではない」という県議の発言のところだ。では、名古屋市長選、さいたま市長選、千葉市長選での「政権交代を!」という叫び声は何だったのか? 「地方選挙は、国政の動きに左右されず、自治体自身が決める選挙だ。」先ほどの県議はそう言いたかったのかもしれない。確かに、地方自治の本旨としては合致してるのかもしれないが・・・。 総選挙を前に、兵庫県内の有権者からは混乱と、民主党に対する失望が見えてくる感じがしてならない。
Jun 18, 2009
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昨日、用事があって成城学園前から登戸まで移動しようと思ったときのこと。 成城13:47発の急行・小田原行き 前6両は8000系、そして後4両は・・・。 新松田~箱根湯本間でしか走っていないはずの、真っ赤な1000系だった。 車両は1061F。 登戸を出発する1061F。かなり違和感がある。 登戸でドアが閉まる様子。 私も実物を見るのは初めてだったので、思わずこの車両の乗ってしまった。車内には小田原~箱根間の沿線紹介マップがあった。 実は昨日(16日)、小田急線では朝ラッシュ時に柿生~鶴川間で人身事故が起こったらしく、ダイヤが大幅に乱れた。その影響で真っ赤な1000系が急行に連結され、新宿までやってきた・・・ということらしい。 予想外の珍客に、「今日はラッキーかも」と思った私だった。
Jun 17, 2009
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今のオリックスはどうも絶不調だ。どう見てもだらしない試合が多すぎる! 例えば13日、14日のヤクルト戦。 まず、13日の試合結果を。 Ys 030000000 3 Bs 100000000 1 ユウキよ、こんなところで恩返しされても困るわ! 一番の戦犯は、フェルナンデスだろう。4打数ノーヒット。次に、塩崎。2回ウラの無死一塁の場面で登場したが、痛恨のダブルプレー。チャンスを潰してしまった。大村も2安打を打っているが報われていない! 次に14日の試合結果。Ys 2000101100 14 Bs 101010502 10 ヤクルトに11打数連続ヒットという日本記録を樹立させたオリックス投手陣に、一番の責任がある。特に中継ぎ陣!中継ぎ3人で自責点11点ってどういうこと!?特に清水、大久保の2人は1死も取ることができずに降板。何くだらないピッチングしてんだよ!! 野手の方では、フェルナンデスが最大の戦犯。1回ウラ、逆転のチャンスでダブルプレー。この2日間で8打数ノーヒットである!2軍落ちさせて、別の選手を1軍に迎えろ! そして今日の試合。今日は横浜との試合。大雨のため6回表に試合中断、そのままコールド勝ちしてオリックスの連敗はストップした。 しかし、最弱横浜相手に1-0って、どういうことだ!! 今後、不安が尽きないオリックスである。
Jun 16, 2009
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金刀比羅宮を参拝した後、私は琴平駅前に預けていた荷物を引き取った。その後一旦、宇多津まで向かうことにした。そこから特急に乗り換えるのである。 1936年に完成した琴平駅の駅舎は、歴史が感じられるという点で風情がある。JR琴平駅は1日平均約2400人に利用されている。 琴平からは、快速サンポート・高松行き(13:13発、121系電車)に乗車。宇多津まで行く。土讃線内、及び坂出までは各駅に停車する。2両編成の車内は帰り道の高校生が多く乗車していた。もう終業式のシーズンだからか。 善通寺、金蔵寺と停車し、多度津に到着する。その後、四国の大動脈である予讃線を走行する。前述の通り、宇多津で降りる。そこで一旦改札を出て、特急券を買うことにした。宇多津から松山まで、特急料金込みで5180円なり。鈍行での移動も考えていたが、時間の都合上、特急に乗ることにした。その反面、8000系特急の振り子と俊足ぶりが体験できた。 ちなみに宇多津駅の改札は有人改札だった。 特急に乗る前、私は宇多津駅内のコンビニで飲み物を調達した。その中、コンビニのおばさんとこんなお話をした。 ニシケン「宇多津町の面白いスポットってないですか?」 おばさん「どうでしょうねえ、分かりませんねえ。旅行ですか?」 ニシケン「そうです。大学の卒業旅行なんですよ」 おばさん「1人? 友達はいないんですか?」 ニシケン「1人旅です。東京から来ました」 おばさん「東京からですか。私の娘も大学進学で関西に出て行ってしまって・・・」 ニシケン「そうなんですか。そして東京や関西といった都会で就職して、田舎には帰ってこないとか?」 おばさん「はい、そうなることが多いですね」 ニシケン「地元の香川大学に入学する人ってあんまりいないんですか?昨日(3月24日)、卒業式がありましたけれども」 おばさん「少ないですねえ・・・」 こんなやり取りだった。四国ではどの田舎町も、若者の都会流出に悩んでいるようだ。四国内の大学には魅力を感じず、東京や関西、岡山といった都会に出て行ってしまう。何とかできないものだろうか。 宇多津14:14発の、特急しおかぜ13号&いしづち17号・松山行き(8両編成)。ここ宇多津駅で、先に到着する高松始発のいしづち17号と、後に到着する岡山始発のしおかぜ13号とが連結する。 ちなみに私の席は、自由席の3号車(つまり、いしづち17号)。 この先の停車駅は、丸亀、多度津、観音寺、川之江、伊予三島、新居浜、伊予西条、壬生川、今治、伊予北条、松山。 松山まで2時間ほどの旅だ。 8000系は多度津以西の単線区間を最高時速130km/hで駆け抜ける。まさにJRを代表する俊足特急である。岡山からの新幹線客を四国方面に輸送するのが、しおかぜ号の最大の使命だ。 普通列車が頻繁に運行されているのは観音寺まで。香川県内の停車駅はここまで。川之江から先は愛媛県だ。愛媛県に入ると、すぐに「エリエール」「GOON(赤ちゃんオムツ)」などの巨大看板が見える。大王製紙の工場群だ。川之江駅、伊予三島駅がある愛媛県・四国中央市は、大王製紙の企業城下町として栄えてきた。 途中、伊予三島で上りの8000系と交換。車窓を見ると、天気がやや回復傾向にあることが分かった。曇りから晴れに変わりつつあった。 列車は海岸辺りの工業地帯(東予港だろうか、大型クレーンが見えた)を通り過ぎ、今治・松山方面に向かう。 今治市では、高校野球の強豪・愛媛県立今治西高校が春の甲子園に出場している。公立で、しかも野球の強豪ということで地元の誇りのように感じた。タオルの町・今治を過ぎたら、再び海岸線を走る。終点・松山はもうすぐだ。 特急しおかぜ・いしづち号、松山行きである。(松山駅で撮影) 松山到着、16:16。もうすでに夕日が差し込んでいた。 松山駅からは路面電車に乗る。市内観光を兼ねてである。ホテルには夕方5時までに到着しなければならないので、どちらかというと急ぎ足だったのが残念だ。
Jun 12, 2009
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ゆめタウン高松を出た私は、気を取り直して琴電・三条駅に向かう。そしてここから一気に琴電琴平に向かうのだ。ところが三条駅に戻ってきた頃には、すっかり晴れていた(下の写真を見れば分かっていただけるだろう)。何のためにゆめタウンに向かったのだろうか。変わりやすい天気に振り回されつつも、私は琴電に乗った。 三条(10:39発)→琴電琴平(11:30着) 琴電1100系(元京王5000系)。金毘羅さんの金色をイメージした、白と黄色のツートンカラーが印象的だ。ちなみに元京王5000系は松山市の伊予鉄道でも活躍している。 列車は高松市内を西に向かう。途中の岡本駅まで、平成の大合併によって面積が拡大した高松市内だ。車両工場のある仏生山を過ぎると、ぽつんぽつんと点在する民家と田んぼというローカル線らしい風景の中を走る。 途中、太田と岡田で列車交換があったのだが、高松築港行きの列車が到着する前に、私たちの乗る琴平行きのドアが閉まったのだ。まさかこのまま発車するのかと思い、びっくりした。首都圏の単線区間ではなかなか見られない光景を見てしまった。 途中、滝宮に到着する直前に、イオン綾川からのお知らせが車掌によって流れた。行政(綾川町)と鉄道会社、イオンとの連携プレーといえる車内放送だったと思う。 列車は讃岐平野を西に進む。途中、国道32号線と並行して走る区間もあった。なお、車内の乗客の多くは滝宮(綾川町)で降りた。滝宮駅というのは琴電の中でも運行上重要な駅である(日中に運行されている列車の半分がここで折り返すのである。高松築港~滝宮:1時間4本、滝宮~琴平:1時間2本)。 三条駅から乗車してから約50分、終点の琴電琴平に到着した。しかし琴平に着いたらまた雨が降っていた。どんだけ天気が不安定なのだろうか。琴電の電車とはここでお別れである。2日間で琴電を堪能してみた。ここでは触れなかったが、マスコットのイルカが可愛かった。癒された。総合的に見て面白い鉄道会社だった。 さて、これから金刀比羅宮に参拝するのだが、私は思いリュックを背負っている。500段以上も登ることを考えると、これは苦しい。そこで、JR琴平駅の近くにある手荷物預かり所にリュックを預けることにした。ちなみにそこに管理人さんと一緒にいた白い猫が可愛かった。左右の目の色が違う、ポッドアイだった。 参拝の前に昼食。もちろん、讃岐うどん。なかなか美味しかった。コシはあったと思う。 食べ終わったら、登山(違う、参拝)開始。私は時間の都合上、途中の旭社まで上り、そこから折り返すことにする。一番上の奥社まで登るとなると1368段もの階段を上がらなければならなくなる、というのもあった。 出発から30分ほど経っただろうか、旭社に到着した。既に息がゼエゼエしている。しかしず~っと登ってきた分、そこからは素晴らしい景色が見えた。旭社に着いただけでも、遠くの町まで見えてくるような気がした。 私はここ、旭社で参拝した。これからの旅の無事を祈った。 これで私の旅の目的が、また1つ達成された。これで四国に行ったという記念になるのだ。 帰り道に、東京へのお土産に金色のアメを買った。私は階段の上り下りに苦戦しながらも、琴平駅へと歩いていった。 次回は、愛媛県に向かいます。
Jun 11, 2009
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今日、楽天は中村紀洋の2軍落ち、並びに森田丈武選手(育成選手)の支配下選手登録・1軍昇格を発表した。これで森田選手は一気に2階級昇進となった。 ノリ代役は育成28歳ルーキー森田…楽天(10日、スポーツ報知) 楽天が育成選手の森田丈武内野手(28)を支配下登録することが9日、分かった。社会人野球から米国独立リーグを経て、四国・九州アイランドリーグの香川で活躍してプロ入りした苦労人が、交流戦最下位と低迷するチームの救世主になる。 松坂世代最後のプロ入り選手が、ついに1軍の舞台に立つ。米田球団代表は森田について「まだ発表していないが、彼は下でキッチリ実績を出している。年齢的なものもあるし、努力した者が報われるよう、対処していきたい」と支配下登録することを明言した。 これまでイースタンでは主軸を担い、44試合に出場。打率3割4厘、6本塁打、打点30と結果を残してきた。右の大砲として二塁打はリーグトップの15本とパンチ力もあり、長打不足に悩むチームの起爆剤となる可能性は十分にある。 この日は、腰痛のため不振が続いた中村紀が登録抹消。三塁を守る森田には代役としての活躍が期待され、10日の中日戦(Kスタ)では左腕・小笠原の先発が予想されることから、いきなりのスタメンデビューもありそうだ。28歳のオールドルーキーが、月見草のもとで遅咲きの花を咲かせる。 (引用終わり) 楽天の森田が支配下選手に=プロ野球(10日、時事通信) 楽天は10日、育成選手の森田丈武内野手(28)を支配下登録するとともに出場選手登録した。背番号は「125」から「98」に、登録名は「丈武」となった。 丈武は山梨・山梨学院大高から、社会人の三菱自動車岡崎、米独立リーグと渡り歩き、四国・九州アイランドリーグの香川から昨年の育成ドラフト1巡目で今季入団した。イースタン・リーグでは9日現在、44試合で6本塁打、31打点、打率3割4厘。 (引用終わり) 中村ノリは昨年、中日からFAで楽天に移籍してきたが、これまでに打ったホームランは1本。打率も低迷していて不振が続いている。腰痛の治療に専念するためか、再調整のためか2軍落ちとなった。 そして今日、背番号が125から98に軽くなった森田は、早速1軍の試合にスタメンで出場した。8番・サードで出場し、3打数1安打だった。森田にとってはうれしい1軍初ヒットである。 努力が足りないという私自身のことを省みるべきという考えはさておき、プロスポーツでは機会平等という考えの方がいい。お互いに競争し合ってこそ、自分も成長できるし、他人も成長できる。正に相乗効果というものだろう。 しかしながらノリにしてみれば、自分の代役が育成選手ということになると、ある意味で一大事だと思ったに違いない。要するに、3年前に始まった育成選手制度は、それほど日本プロ野球界に浸透してきているのである。 四国・九州アイランドリーグ出身でもある森田がパ・リーグでどのくらい活躍するのか、注目してみたい。
Jun 10, 2009
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最近、オリックスの調子がおかしい。現在、6連敗。交流戦の成績は5勝11敗。大石監督になってから最悪の状態だ。コリンズ監督が辞任したときより成績が悪くなっている。いずれ解消できると期待はしているが、いつ解消できるのかは全く分からない。 カブレラの復帰は7月頃になりそうだし、ローズ、後藤、下山についてはまだ1軍復帰の目途もついていない。これはかなり苦しい。 例えば、これは7日(対広島戦)のスタメン。 (中)坂口 (右)小瀬 (左)大村 (三)ラロッカ (一)フェルナンデス (捕)日高 (二)塩崎 (遊)大引 (投)山本 マツダスタジアムでの試合だったので仕方がないとはいえ、指名打者が使えないのはつらい・・・。特に、大村と坂口とで1番・2番コンビを形成できなかったのが敗因かも。それにこの試合は終盤に1点差まで追いつけたのだが、代打・相川が三振に倒れた。「あと一歩」が足りない。 他に、注目したのは5日の阪神戦(甲子園)でのスタメン。 (右)大村 (二)山崎浩二 (左)嶋村一輝 (三)ラロッカ (一)辻 (遊)大引 (捕)鈴木郁洋 (中)坂口 (投)金子千尋 捕手が本職であるはずの辻がファーストに入ってる。しかも5番。窮余の策だったのか? 他に、全体的に投手陣がダメダメな状態。特に中継ぎ陣の中で、菊地原! 最近打たれ放しである。川越、大久保もダメ。レスターも早くも信用できなくなった。投手陣の再建が一番の課題だろう。 阪神みたいに積極的な補強策を講じてもいいと思うのだが・・・。 次回は、10日、11日に本拠地での巨人戦。果たして投手陣は上手くやってくれるのだろうか。特に巨人の(打者では)坂本、ラミレス、(投手では)山口、越智あたりに要警戒!
Jun 9, 2009
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これは5日の日記の続編であり、小泉氏が作ったいわゆる「新しい自民党」を取り巻く環境について書きたい。 小泉首相は衆議院解散後、総裁権限で郵政民営化に反対した代議士を公認しないと明言。新自由主義・機会平等主義の「新しい自民党」へと変貌を遂げていった。そして2005年9月の郵政選挙で、小泉首相を中心とする「新しい自民党」は圧勝した。 一方で、郵政民営化を批判し続けてきた「古い自民党」は惨敗した。民主党は60議席も減らし、国民新党と新党日本は合計5議席しか獲得できなかった。 しかし2007年になると状況が一変する。いわゆる好景気なのに、サラリーマンの給料は上がらない。農業でも耕作放棄地の増大、経済や人口でも大都市圏に一極集中。社会に何らかのひずみが生まれたのは確かだった。機会平等、自己責任主義の裏で社会インフラが徐々に崩壊しつつあったのも確かだった。地方都市と中小企業という「古い自民党」が大切にしてきたものを、次々と捨てていったのだ。 現在、日本郵政グループ社長人事を巡って、鳩山邦夫総務大臣と自民党内の民営化推進派が鋭く対立している。これも「古い自民党」VS「新しい自民党」の争いと言ってもいいのではないか。 何でもかんでもアメリカ追随の「新しい自民党」というべきだったか。国民新党のホームページによれば、安倍首相は「古い自民党には戻らない」と宣言したそうだ。もはや田中派、橋本派が牛耳っていた頃の自民党ではない。町村派(森派)が牛耳る、新自由主義・市場競争を尊重する自民党に変貌した。 次期総選挙、または7月12日投開票の都議会選挙では、国民(特に低所得者)の生活、中小企業の経営状態を極限にまで落ち込ませた「新しい自民党」の議席数を大幅に減らさずにはいられないのかもしれない。
Jun 8, 2009
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今年、日本では9月までには総選挙が行われる。ここでは政権交代が最大の争点となっているのは言うまでもない。しかしここに来ての最大の疑問として「自民党と民主党ってどう違うの?」を取り上げたい。このテーマは過去にもこのブログで触れたことがある。 2006年1月11日の日記「自民党と民主党ってどう違うの?」 この話を語るには、1997年年末の新進党解散の時まで遡らなければならない。元々、自民党に対抗できる政権政党として結成された新進党だが、以下のような問題を抱えていた。第一に、小沢党首と旧公明党グループとの対立が激化していたこと。第二に、保保連合構想(いわゆる自民党と新進党による大連立政権構想)が持ち上がっていたこと。 これらの混乱を乗り切るために、小沢党首は新進党解散という手段に出た。これに対して岡田克也代議士(現・民主党幹事長)、中田宏代議士(現・横浜市長)、松沢成文代議士(現・神奈川県知事)などから異論が相次いだ。これが現在でも民主党内に残る、小沢アレルギーの原因である。 その後、旧新進党に所属していた国会議員は自民党に復党したり、あるいはそれぞれのグループで自前の政党を作ったりしていた。とにかく新党結成や政党の合併が相次いでいた時代だった。 そして小沢氏を中心とする政党は自由党と称した。1999年1月に自由党が、そして同年10月には公明党がそれぞれ与党入りすることで、保保連合構想が実現した。 一方、野党では民政党という保守系新党の連合体が結成された。そして1998年4月には民主党など4つの政党と合併し、現在の民主党が誕生したのである。現在、民主党の国会議員のイデオロギー的立場は、旧社会党系、旧民社党系、元自民党系など様々である。しかし右から左まで様々な立場の議員が参加しているため、「政策がはっきりしない」という批判が強かった。現在でも一番よく分からない分野は、外交・安全保障だ。 自民党では森内閣が総辞職表明後、自民党総裁選挙が行われた。そこで当選したのが小泉純一郎氏である。彼は「古い自民党をぶっ壊す!」叫び、多くの国民・一般党員の支持を集めて当選、首相に就任した。 彼は「民間にできることは民間に!」「地方にできることは地方に!」と主張した。新自由主義路線を掲げて、地方交付金の削減や、郵政民営化、道路公団の民営化、国公立大学や様々な特殊法人の独立行政法人化などを行った。 また、竹中平蔵氏を経済財政担当大臣に任命し、「機会平等」「自己責任」をそこまでかと言いたくなるくらい徹底させた。例えば、おばあちゃんの経済学では「老人は自動的に年金がもらえる、と甘えてはダメだ!準備してなければならないのが老人の責任」と主張した。 竹中氏は非常に冷たい経済学者だ。新しい自民党は、このような冷たい政治を目指していたのか、と思うようになってしまった。 私の知る限り、古い自民党はこのようなことはやらなかった。橋本派が支配していた自民党の方がマシだ!と思うのは私だけだろうか? しかし民主党はこれらの小泉改革、特に郵政民営化には反対した。「もし民営化すると民営会社になる。儲け第一主義になるので、過疎地の郵便局は閉鎖されてしまうので、全国一律のネットワークが崩壊するおそれがある」という言い分だった。 そして自民党内の一部議員からも民営化反対論が出た。そして郵政民営化法案が参議院で否決され、衆議院が解散されると、小泉首相は、自民党内の郵政民営化反対派を全員公認しなかった。そして公認されなかった人々は、国民新党、新党日本を結成した。これらも「古い自民党」とみなしていい政党だろう。この2つの新党は当初、民主党から「自民党A」「自民党B」「自民党C」とみなされて、相手にされなかった。 (続く)
Jun 5, 2009
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3月25日(水) 4日目を迎えた。天気は曇り時々雨の予報。 6時半頃に起床、シャワーを浴びる。朝食を取った後、出発の準備。荷物をまとめたらチェックアウトして出発である。なお、前回において「次回は、金比羅さんに向かいます」と書いたが、その前に高松市内にある有名な景勝地・栗林公園に向かうことにする。 朝の高松市 中新町の様子。平日の朝方なので目抜き通りには車、バスなどがいっぱい走っていた。 7:50に東横イン・高松中新町を出発。徒歩で琴電瓦町駅を目指す。途中、菊池寛の銅像を発見。菊池寛と高松との深い関係を知る。 ホテルを出発して15分ほどだろうか、瓦町駅に到着。瓦町駅には天満屋がテナントとして入居しているが、もはや天満屋がメインで、駅はおまけみたいな印象を受けてしまった。 一宮・琴平方面行きの電車に乗り、次の駅が栗林公園駅だ。最近、改築されたロッジ風の駅舎が印象的だ。ちなみに駅名の由来となった栗林公園は徒歩10分。これまた結構離れている。 栗林公園はとてつもなく大きな日本庭園という印象を受けた。松の木や桜の木が植えられ、池ではコイが優雅に泳いでいた。特に飛来台、芙蓉台からみえる景色が美しかった。特に飛来台から桜がちょこんと咲いているのが良かった。また、池には鵜も見えた。 栗林公園の様子。 そもそもこの栗林公園は江戸時代初期(1625年)、当時の讃岐領主によって建設が始まった日本庭園。その後、譜代大名である松平氏が讃岐に入封した。完成したのはそれから約100年後だったという。また、1953年には香川県の特別名勝に指定された。 しかし今日は花冷え。肌寒く感じる。最高気温は12℃。3月の終わりなのに。 しかも徒歩で琴電・栗林公園駅に戻ってきた頃、大雨が降っていた。一種のスコールだ。ここで重大な事実が発覚。私は傘を持ってきてない。果たしてこのまま持つのだろうか。 とにかく私は次の琴平方面行きに乗車し、三条駅まで向かった。次の目的地は、ゆめタウン高松。ここで傘などを買っていこうとした。 ゆめタウンというのは九州、中国地方など、西日本を中心に展開されている商業施設であり、イズミ(本社・広島市)によって運営されている。首都圏ではまず見かけられない商業施設なので、物珍しさで入ってみたというのもある。 (続く)
Jun 4, 2009
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今日のオリックスは中日との2連戦。しかし私はセ・リーグの試合は見ない主義なので、今年の中日のデータはさっぱり分からなかった。 試合は7回ウラまでは5-3とオリックスがリードしていたのだが、大問題は8回表だ。 ここで投手は香月から菊地原に交代。 8回表に井端、荒木に連続して出塁されると、3番・森野に2点タイムリーを浴び、これで5-5の同点になった。これで菊地原は1死も取れずに降板。さらに次にマウンドに上がった川越もその直後、4番・ブランコに2ランホームランを浴び、一挙に逆転されてしまった。 Yahoo!動画で見ていたが、大石監督も茫然自失だった。 結果としてこれが決勝点となり、ブランコの勝ち越しホームランの原因を作った菊地原が負け投手になってしまった。 これによって私も、それまでの試合展開を全部忘れてしまった。フェルナンデスが打点を挙げたことすら忘れてしまった。 山本の勝ちを消した中継ぎ陣に一番の責任がある。 30日の神戸での横浜戦でも同じような問題があった。金子が好投した試合だが終盤にレスターが登板した結果、ヒヤヒヤものの勝利になったという試合だ。 9回表、オリックスが6-0でリードしている場面。レスターは初登板の試合で1死満塁というピンチを招いた。これでレスターは降板、香月が(当初の予定になかった)緊急登板したものの、吉村の満塁ホームランで2点差まで追い詰められたのだ。 30日では結局、6-4で何とかオリックスが勝ったが、今日の中継ぎ陣の無様な姿の前兆だったのかもしれない。 先発投手を完投させるしか、いい方法はないのだろうか?
Jun 2, 2009
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