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ゴールデンウイークに入る直前の昨日、証券会社から新規勧誘の電話がありました。こういう電話はどこの会社でも入社1-2年の若手です。少し話をしたところ、今の円安については当初やはり予想はできなかったと。(親身に話していたら、今日速達で御礼の言葉と再アタックされてしまいました。)多くの人は株価が想定外に下がって、こんな筈じゃなかったと思っているところ、勧誘の勢いで言われるがままに米ドル預金をしていた人は今ウホウホなわけで、いつの間にか幸運を呼んでいる人っているものです。反面、もし米国に家を借りていたら、半年で月1-3万円家賃が上がったことになります。さて、給湯器がまもなく海外に行けるくらい高価な新しい機種にきり変わります。すでに給湯温度があまり上がらなくなっているなか、何か楽しみを見出そうと考えた結果、毎日バブルバスにすることにしました。もう20年くらいやっておらず、初老のおっさんがやるのはシュールです!もっとも大きな効用は、外国産のバスジェルを使うと香りが外国になります。また、お湯の感触がかなりよく泡だらけにするとヌルヌルすぎたので、高価なこともありケチですが少量で長い期間続けられるようにしました。海外には行けませんが、今ちょうどいい癒しを感じられました。楽しいです!ジェルが混ざっていく様子を楽しみながら…。ジャブジャブやっていると徐々に泡が出ます。結構技がいります。オランダ産の「ミレニアム」は、よく言えば雲海、入ると自分が洗濯機の中に入ったような気持ちになります。何よりも香りが日本にはないもので、気分は海外。フランス産はオリーブ油が入っているので、ぬるぬる感がすごいです。石鹸感も強いので、残り湯をトイレのタンクに直結できればとてもSDG'sになって、トイレも泡で綺麗になっていい香りになる気がするのですが!
2022.04.29
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久々に規制のないゴールデンウイークが迫ってきました。原油高、円安、ウクライナ侵攻における情勢不安、コロナ感染など、マイナス要素ばかりでも海外に行く人が多いのには皆凄いなあと思います。日本ではコロナは減少傾向ですが、海外では国によっては増加です。国内においても感染者数は、島根、佐賀、鹿児島ではこの4月が過去最高です。海外でもロックダウンしていたり、日本よりも遥かに流行している国があります。また、マスクをしなくてよい国もあるわけですから日本とは事情も異なります。3回のワクチン接種を受けていれば指定国以外は入国隔離期間もなくなりました。以前と比べてウイルスの毒性は弱まり、感染率が高まったことは認識できます。しかし、オミクロン株の変異種は感染力の高いBA.2に置き換わっており、今はさらに感染力の強いXEが現れ、重症化や薬が効くかはわかっていません。テレビが言う「ウイルスの未知の部分」はまったく解消されていません。ワクチンの3回目接種が進んでいますが、ワクチンを打っても感染や発症します。またワクチンを打てば打つほど本来の免疫力が減り基礎疾患の悪化も考えられ、ワクチンの打ち過ぎによってお年寄りの死亡が増えているという話もあります。感染は身体が弱っている時、無防備になった時などで個人差があります。感染は各々が注意すれば避けられるものと考えています。芸能人は感染すると公表されますが、仕事が忙しい順でも移動が多い順でもなく、感染しない人はいつもしていないことに気づきます。その人達は、感染するようなことは控え、場所、人などを状況で選んでいます。結局、当初よりウイルスの特性が変異するだけで、状況は変わっていません。ワクチンの義務化、接種したかどうかで権利が変えられるのは納得できません。接種情報は個人情報であって、顔認証でワクチン接種記録を確認するのは、接種することへの強制力が働き、打たない権利や打てない事情を無視しています。ワクチン接種は3回済ませましたが、感染より副反応のほうが気掛かりです。前にも書きましたが、風邪などでで休めない立場である人であれば、コロナ禍以前から消毒やマスクをしていたし、感染しないような状況を判断し、ワクチン接種はしてもしなくても関係ありませんでした。岸田総理の優れている点は、テレビやメディアに批判されにくいことです。何か言われてもずっと引きずって言われることが少ないです。これが功を奏して、コロナ禍以前の日常を取り戻す転換期が来たと言えます。治療薬やワクチンが完全ではないにしろ、沈静化させるには落とし所でした。かたちだけでも皆がワクチン接種をして、治療薬も複数できてきたとなれば、世の中もすっかり変わったことですし、自国や海外の感染状況がどうあれ、「俺に感染させてもらっちゃ絶対困る!」と豪語している影の偉い方でも、そろそろ「もぅいっか」となってきたかもしれません。
2022.04.27
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テレビにおいて、番組のメッセージ性に違和感を感じることはよくあります。民意を操作したり視聴率を取るという野心を随所に感じます。上から目線であったり、昔あったような媚びたナレーション演出も感じます。ただ、それはプロデューサーや極少数の人のスタンスだと思います。以前はテレビを定期的に見る習慣がなくここ数年よく見るようになりました。特にテレビ東京についてはほとんど見たことがなく、ゼミの卒業生が番組制作会社に勤めて担当したことから見るようになりました。全てではありませんがテレビ東京の番組がキー局に比べてとてもいいと感じました。民放でも、ドラマとCMにおいては嘗てない高いクオリティを誇っています。残念ながら、音楽においては良いものはごく僅かです。また、ドラマの原作や設定が極めて荒唐無稽なのは世相なのかもしれません。それ以外のことでは民放は似たり寄ったりことをしているように見えます。しかし、テレビ東京はたまに素晴らしい番組があります。斬新なアイディアがあるわけではなく、出演者の等身大の声が見れます。予算も少なく手作り感が強いために、上下関係のない連帯感すら感じます。同じ企画の番組であっても他の民放とは伝わり方が違います。ここにはもちろんプロデューサーの意図も加わっていると思われます。他の民放キー局には視聴率や予算ではおそらく比較にはならないでしょう。そこで敢えてウケを狙うのではなく、真摯にメッセージ性を狙うこともあり、突出したことがなくても味わい深さを表出することで人の琴線に触れます。どうしても埋めることのできない差は、ひいては生まれ持った環境からあり、それは人生において着いてまわるものです。親ガチャ、国籍もそうでしょう。シンデレラストーリーなども、人との出会いにとても強い運を持っていたからで、そもそも不利な環境は自分から変えたり、新たな出会いを求めるしかありません。それでも所謂世間的な一流にはなれず、二流と言われる所に収まった時は、一流とは異なる価値観を生み出したり、切り口を変えることが必要です。同じルールで1番を目指しても勝てませんが、基を尊重したうえでルールを変える、または異なる価値観を提唱することです。例えると野党と与党のような関係です。もっとお金があればもっとうまくできる、人や物の無駄な使い方はしないなど、弱者からは強者の盲点や弱点が手に取るように見えてくるのも確かです。いくら頑張っても埋まらない距離があるからこそ意識が糧にもなります。テレビ東京の一部の番組からはその気概が感じられるのです。人として魅力をつけることは競争でいちばんになることではないです。有名になればいいわけでもなく、組織のトップに立てばいいものでもない、自分の魅力をわかる人に会い、ひいては活かしてくれる人に出会うことです。皆を同じ価値観に誘導したり同調圧力をかけられた時は反発すべきだと思います。マイク・タイソンの殴打事件について、ウィル・スミスの時よりも、メディアは擁護しつつも暴力はいけないと言うようになりました。今、どの国に限らず世界は今までとは異なる支配のかたちを模索しているようです。中身をしっかり精査し、Noと言うべき時ははっきりNoと言うことが重要です。
2022.04.26
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今まで生きた時代を振り返ってみて、今は最も明るい未来が思い当たりません。もちろん一部では左団扇が止まらない人々もいるでしょう。今、社会で問題になっていることはどれひとつ取ってみても得策がなく、すぐには解決できないことにも関わらず批判ばかりが聞こえて殺伐としています。物価高と円安で日本の誰しもの生活が脅かされているはずです。そのうえ頻繁に起こる地震や温暖化から起こる気候変動や生態系の変化、コロナウイルスには粛々と予防するしかないものを必要以上に騒ぎ、衰退する文化や伝統、自粛を強要される一定の業種など枚挙に遑がありません。そしてロシアのウクライナ侵攻や日本の隣国とのきな臭い動きも、かつては考えられなかったような一線をもはや超えている気がします。IT化は便利でスピーディな近未来システムを構築しましたが、目立つことは新手の要注意商法や特殊詐欺、サイバー攻撃などです。経済が安定しなくなった現在、リサイクルやオークション、メルカリなどが流行り、売り方そのものが変わり、買い手も注意深く見極めなければならなくなりました。商品を目の当たりにせず売り手と買い手が対面したり接することもない買い物は、速くて便利ですが信頼は薄く、品質にムラがある昔に返った気さえします。今の日本は原材料不足や物価高、円安の影響で価格そのものが上がるのみならず、いつの間にか商品の内容量が減っている、材料の不足で品不足が起きている、さらには味付けや見た目は変わらないが原材料の品質が落ちるなどですが、ネットショッピングではこれらの情報はほとんどわかりません。人生で1、2回くらいの大きな買い物も今はネットで行うようになりました。最近ではお風呂や暖房にも使う大きな給湯器の買い替えをしています。メーカーで買うと定価になり2倍くらい高いため給湯器専門業者で選びました。まずは希望メーカーの希望機種型番の在庫があるか、工事費込みの金額が選ぶ基準です。家の郵便受けに時折入るチラシから3社、ネット検索で3社を選び各社にまず電話をして、在庫確認と金額、工事日を確認したところ、3社は2-3ヶ月から半年待ち、3社は比較的早く工事ができるという返事で、各社のホームページから現状の機器の指定された箇所の写真をアップロードします。各社の担当者から連絡があり、そこで再度見積書を請求しました。3社ともが20万円台後半の金額提示でしたが、機器そのものは10万円台で、さらに工事費用、部品など5項目くらいと消費税など追加されます。また、気になっていたのは取り外した機器の引取処分料がいくらかです。ところが見積書が早々に届いたのは1社のみであと2社は何日経ってもきません。作成が面倒なのか、見積比較されると分かった時点で販売意欲を失ったのか、後から何かの代金を上乗せする気だったか、急ぎで即決の客しか興味がないのか…。安い買物でも滅多に買うものでもないので、客としては慎重になります。いずれにせよ、売り手の顔も品物も見ることなくネット上だけで取引を行うのは、簡単で早くメリットがある反面、リスクもたくさんあると思います。対面での買物の利点だったことが、ネットでは仕方がないこととして弱点となり、いつの間にか常識や良識さえも変わってしまうのです。世知辛なさに浸ります。
2022.04.23
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期待されて入社したものの、想像と違ったり問題に直面して、新卒社員が3年くらいで退職してしまうことが取り沙汰されています。音楽では大学に入ってきた時点でも似たようなことが起こることがあり、高校時代の部活で味わった栄華が忘れられず自己を見失うようです。高校生が華やかに取り沙汰され、特に部活に力を入れる時代です。部活目当てかさらにその先の大学進学を見据えて中学高校を選ぶわけですから、目ぼしい学校は綿密なカリキュラムを組み生徒の日々の予定が決められます。そんなレールの上を指示どおりに進めば華やかな高校生活を送れる筈なのです。そして、生徒の個性や発想を育むよりも指導者の自己実現が実践され、生徒はその指導者に憧れを持つものの卒業して一人になった時に何ができるか、大学で専門科目や授業科目になった場合は個の競争となり評価が加わります。各々が異なりレールは敷かれず、好きだからという理由だけでは続きません。レールの上を歩む意識は個の責任感が薄いとも言えます。今求められていることはこれまで考えられてきた然るべき道理を識ることで、安易な個人主義に対して識者がきちんと指摘や説明しなければダメです。昔はよく居たいちいち叱言の多い人にはそれなりの意味があったと言えます。SNSは人々を感化し良くないツールだと感じてしまいます。見たくもない人の裏側を見るばかり。見なければ良かったと。子供みたいなことを言ったり、出してはいけない感情の吐露、直接的な物言いをせず婉曲表現とか本当に勘弁してほしいと思います。それは今やテレビのニュース番組も同じようなレヴェルです。アナウンサーやVTRナレーションの原稿は酷いと感じています。Twitterでいうところの中の人の意見や感性を出しもはや客観性がありません。音楽をつけること、いつも同じ語彙による上書き的な演出で拙さを感じます。今は、極めて深刻な戦争の問題を取り扱っています。プーチン大統領がショイグ国防相と話をした記事について、後から出したFNNのニュース記事は普通ですが、先のANNのニュース記事には、7行の記事の中に何故か二人がマスクをしていない話が入っています。この1文のみが前後と脈絡なく後から差し込まれたかのように見えますが、「マスクをしないで話をするのは悪」というような擦り込みにも見えます。戦時下で大統領と国防相の会談でマスク云々は余計なお世話です。ANNは当初からコロナ報道をスクープとして持続したい一面が窺われます。こういった擦り込みが多くの人を惑わせています。最近になってレジ袋有料化が推奨で義務ではなかった記事が出ましたが、義務だと思い込んだ原因は政府ではなく義務のように伝えたメディアです。これはマスクも同様で日本のメディアはどうしてもさせたいことが窺われます。これまで日本は消費税に対しても上がる時はきっちり価格に反映させますが、実は全ての値札を変える必要はなく、そんなに律儀に一斉に上げるのは稀です。日本の倍ほどもある消費税を数十年前から導入しているフランスなどの国では、あからさまに税金分高いと感じさせることがなく良い意味で柔軟でした。律儀なのかきっちり感を出しているのかわかりませんが、皆で無個性で右向け右をやっているような融通の利かない国民性を感じます。意見には多様性があって当然で、一方的に否定するような擦り込みや、またすぐに忖度して迎合する世の中が結局世界に遅れていると思います。
2022.04.22
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薬漬けになってから大きな不整脈は出なくなりました。ただ、薬漬けは性に合いません。血圧は高めで測る度に変わるのも納得できず、受け入れられない感じです。薬をやめてもそんなに変わらないんじゃないかとも思えてきました。朝の血圧が低め。薬は1日1回なので朝に飲むのをやめたらどうなるのか実験。夜測ったら逆転して高めになったので慌てて薬を飲み、結局やっぱり高めなのかなあと消沈。それでもセカンドオピニオンを聴きたくなっています。いよいよ次は副院長先生を指名しようか…それができるのは自分にとっていい病院です。最近諦めかけていた歩数をまた増やし出したので何とか自力で下げたいなぁ…歯医者さんは親知らずは3ヶ月後に診ていただくことになり、それ以外の歯を少しずつ治していくのかと思っていたら何と1回で終了!次は7月になりました。削った痛みはすぐに引いて今のところ良好。治療時は古典かロマン派初期のピアノ曲がいつもかかっていて結構和みます。口というのは自然に閉じないように頑張って開けていると疲れるものです。「緊張していますか?」と訊かれても口が開いてると答えられなかったけど、それもわかって訊かれている気がしつつ、答えは「口が疲れた」でした。
2022.04.15
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先日ゼミの卒業生と久々に会って自分のことを「怖い?」か聞いてみました。「(人を)見てる」と言われ、これは思わず誉め言葉と解釈しました!一生で1回しか会わないかもしれない出会いはたくさんあります。それでも数秒しかないような関わりでも人には興味があります。若い頃から気遣いを求められてきたことが多く、人が自分に対してどのような気持ちで接しているのだろうかと見ます。どうしようもない性格上の弱さでもあるのですが、職業病でもありました。ただどう見られても指摘することはなく、気がつかないフリをすることが多いです。コロナ禍になり、近所の店に行くことがとても増えました。どこに行くと何が安いとかここの仕事の出来がいいとかも考えますが、自分にとってはそれよりどんな人でどんな風に接客するかが最も大きなポイントです。特に会計時は、相手の一挙手一投足や発する言葉、間を見てしまいます。そのポイントでお店を選ぶことになり、スーパーなどではレジの人も選びます。子供、若者、男女、お年寄りなどお客の見た目で対応が変わるのは仕方がないにせよ、歳をとるとともに訝しげに見られることが増え先入観で見られている気がします。何度か行って顔見知りになって見られ方が変わっていくこともあります。「袋はお持ちですか?」と聞かれた際はできる限り明るく返答します。「袋にお入れしますか?」と聞かれるかどうかは人により異なります。聞かれたら入れてもらうようにしていますが、思惑が錯綜する瞬間です。入れてもらえたら親切と受け取り礼を言うようにしています。しかし、マスクにエコバッグはコロナ前のかつては不審者に見られやすく、店員は親切とは限らず抜き打ち検査を受けているような意味も感じます。かつてはお店の人とのコミュニケーションは買物の愉しみのひとつでしたが、今では嫌な印象を持たず持たれず、それが無理そうならセルフレジに行きます。20-30代の頃は自分の授業ではなくても試験週間になると試験監督をしました。試験監督はただ見てるだけと思われがちですが、大人数になればなるほど難しく、隣の席との距離や着かせ方、問題解答用紙の回収の仕方などの手際が大事です。100人を超えると何かしら不正が起きてもおかしくはありませんでした。不正の一番の理由は本人の性格や勉強を理解していないなどではなく、その科目の優先度が低く、指導教員との意思の疎通がはかれていないことです。また、指導する側がどんなに権威のある人や優しい人であろうが関係なく、不正が出ない時は全く出ず、出る時はたくさん出る傾向があります。他の授業の試験監督に行くと、その授業の教員と学生の関係が推し測れます。大人数になればなるほど指導教員が各々との意思の疎通が難しいのは当然で、教員は履修者がたくさんいて喜んでいる割に学生は冷めて見ているものです。試験監督の際にそんな指導教員に不正があったことを話すと、「ウチのクラスに限ってそんなことがあるとは信じられない」というようなことを言われたりしますが、それは過信です。試験監督とは割りに合わない仕事で、楽に終わらせるにはよく監視しないことです。不正は良くないと真面目に貫くには受験者をある程度は疑ってかかることになります。そこまでの強い信念があって実際にカンニングペーパーなどを発見できます。しかし、証拠があっても指導教員がペナルティを与えなければそれで終ってしまいます。今年の大学入試共通テストでスマートフォンを使った不正が報道されましたが、当該受験生は実は昨年もあったということです。スマホなどのツールは通常出してもいけないはずですが監視する側も難しいです。共通テストには何の意思の疎通もありませんから感覚的には不正が起こりやすいです。SNSで最近見かける教員の言葉は「新年度に入りまた元気な学生の姿を見れて嬉しい」などという学生思いの偉い先生風なもので、テレビなどでもよく聞かれます。しかし、本来は学生を前にして言うべきことであって、それを不特定多数に言うと、婉曲的に多くの学生を担当している偉い先生を演出している言葉に受け取れます。このような些細な思惑が実際には意思の疎通を乱していると言えます。書いた先生をリスペクトしようがしまいが、うまいこと書くのがSNSという安易さで、それが大人の社会だと勘違いしている人があまりにも多いと感じています。ただ今の若者は敏感で、「いいね」はSNS文化の現代の忖度として使われています。一昨日クレジットカード会社からフィッシングメールが届きました。普段は迷惑メールボックスに入っても受信箱に届くことはありません。銀行を偽るメールが過去にあり、その時も銀行に直接言いましたが、直接のサイバー部署や担当者でない限り被害がなければ前向きな対処はされません。カードや口座を止めることはできても防ぐことはできないことが明確なのです。偽メールのレイアウトや文言のおかしい箇所や差出人、リンク先URLなど、カスタマーセンターに電話では説明できず、窓口にコピーして持参しても無意味で、むしろ社員が不用意に調べたことによるウイルス感染を怖れていると見受けられます。偽メールも以前よりも巧妙になりつつあり、メールアドレスをさまざまなサイトに登録すればするほど送られることも増えます。しかし、調査や取り締まりがされなければ被害は増えるばかりでしょう。幸いなことに今回は信頼のおける担当者に事情を話すことができました。疑われるのは嫌ですが、監視する人もいなくてはならない、些細な関係でも不可欠なのは意思の疎通や信頼関係というコミュニケーションです。装ったフリやフェイクが多いSNSは人を惑わすことのほうが多くないでしょうか。そんな実態が露呈してきている今こそ考え直すべき時にきていると思います。
2022.04.14
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世の中の価値観がほぼ真逆と言えるまでに変わるということを経験し、若い頃に思い描いていた未来像が崩れたのは人生の誤算です。教えられたことが全くそうではないなどということがザラにあるし、目上に気を遣いすぎて生きていたことが、今度は目下に変わるという…。パリに住んでいた頃、治安が悪いから行かないほうがいいという地域がありましたが、極右の人が多いとか、本当かどうかよくわからない物騒な話をよく聴きました。親玉がル・ペン氏でとにかく悪そうな印象がついていたところ、15年くらい経って娘が後継者となり、23年経った今では大統領候補なのです。過去のことは後からなんとでも言えますが、未来のことを言うのは難しいです。SWIFT排除と戦費のかかり過ぎでロシアは10日で破綻すると言ったのは木村太郎氏。一時はとても厳しい経済制裁だと目を見張るテレビの人がいましたが、通貨ルーブルが急落したのも束の間で、5回の利払を完了しルーブルは持ち直しました。テレビのワイドショーが言うことは当たっていないことが多く、ロシアの国内情勢は他国のインフレと同程度くらいしか影響が出ていません。今更にはなりますが、偏った見方で世論を誘導したがるコメンテーターについて、これまでと全く同じ意見が書かれた元プロデューサーの記事を見つけました。今ではテレビを見なくても情報を集めることができ客観的な意見を持つことができます。コメンテーターは不勉強な情報収集で経験のみを頼りとした憶測をさもリアルに言います。しかし、これまでその憶測がどれだけ外れていても言論の自由の下に許され、人々はその憶測に翻弄され、さまざまな不利益を被る人が出るのです。さて、テレビに度々登場する「スーパーアキダイ」は年間250回だそうです。アキダイが「今は葱が安いですよ」と言っても世の中の指標になるわけではなく、正しくは「今アキダイでは葱が安いですよ」というアキダイの宣伝にしか思えません。事実、自分の身近な所の大手スーパーではどこもそれほど安くはありませんでした。飲食店では何故か「根室食堂」という極めて個人的な店が世の中を代表し、今では蔓延防止措置が出る度にテレビに感想を求められているわけですが、少し聞けばわかるように客観性のある返答ではなく異状だと感じるわけです。この件についてはネット上でさまざまに指摘されています。人生における経験を言えば、今回の原油高は嘗てない長さで異常だと思います。日本が金利を上げないために円安は激しく、これは今後にとっていいとは思えず、今までいつの間にか収まっていた物価高と今回は違うようです。ウクライナ危機の影響が相俟って世界はペルーを追うかたちなのは確かなようです。ウクライナの大量虐殺が問題視されています。国境付近で予想以上に駐留し大きな犠牲者を出したのはロシアも同じことで、プーチン大統領の指示が云々よりも、同朋が死ぬのを目の当たりにし、やるかやられるかという現場でどれだけの理性をもって対応したでしょうか。戦場に送られている兵士は前の大戦に伝えられた兵士ではなく現代の若者です。そんな若者を追い詰めてしまった結果が今の惨状に繋がっていないでしょうか。" そんな指示は出していない”としてもそれ以上に追い詰めてしまったのです。そんな現実で多くの影響を受けている日本、浮かれている場合ではありません。
2022.04.06
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今年2回目になったよく行くやきとり屋さんに、元ゼミの20代卒業生と計4人で行きました。この日はやきとり半額デーということもあり、メニューの端から端まで大人注文しました!鶏肉の食材、焼き加減、塩味加減、タレの味、さらにコストパフォーマンスの全て整っています。言わなくても串から外して食べやすくしてくれました。さらに量が増えたように見え、食べたいものを食べたいだけ選べるのはいいです。歳と共に串から外さずに食べるほうに戻っていましたが、これもまた良しです。さまざまな部位が食べられるのもやきとり屋さんの醍醐味です。以前のように会食をもっとしたいと思います!
2022.04.05
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マイノリティの存在を認め差別化しないことには何の異論はありません。ただ本来の平等を乗り越えて極端に取り沙汰されることが多いと感じています。例えばジャンルを乗り越えて音楽をクロスオーバーさせることは、それぞれのジャンルが活かされている必要があります。音楽では、例えばクラシックを単にポップスにしてみたというだけではなく、変えられてもクラシックのオリジナルの素晴らしさが残っていてほしいです。もとの意味や良さを知らなかったり活かさずして自分流に変えただけでは、オリジナルの作曲者の意思を無視していると言えます。クラシックはひと昔前に比べるとVTRのBGMなどでも頻繁に聴かれるようになりました。それだけ多くの人に知られる曲が増えたと思いますが、決まってポップス化されたり、微妙に変えられ酷似している別の曲にされたり、元の曲のタイトルや内容とは関係なくBGMとして使われています。今の時代は自由だ、もしくは多様化だと言うのかもしれません。しかし、それは日本の文化を紹介するVTRに韓国や中国の民謡をつけるのと同じです。ひと昔前の海外では事実日本のものが他のアジアものとよく取り違えられていました。欧米の人にとって違和感がないとしても、わかる人はナンセンスだと感じるはずです。ただ、今は日本の音楽の付け方が欧米人からすればおかしいと感じるはずです。クラシックであっても自国の作曲家の作品であれば、なぜそんなところで?と、映像と音楽の違和感を感じるのは必然です。そして、海外で感じる文化の違和感と同様に、日本人への違和感にもなりえます。テレビ朝日「題名のない音楽会」は前世紀までは硬派なクラシック番組でしたが、取り上げている音楽はもはやジャンルレスで、演奏者がクラシック系なだけです。しかし、番組の紹介ではクラシック系音楽番組とされ辛うじて「系」が付いています。これも海外の人が観たならば、クラシックの番組だと認識しない気がします。また、クラシック演奏家がポップスを演奏することでステイタスとするのは疑問です。プロならば本来得意分野ではない曲を演奏するよりも、餅屋は餅屋がやるべきです。海外の一流レストランにいたシェフが、ファストフードを作っているようなことです。これがNGだとは言いませんが、単に売れるためだと言うのであれば反対します。テレビ朝日「報道ステーション(月〜金)」のオープニング曲(坂東裕大作曲)は、このところのテレビで聴く音楽としては抜群のクオリティを誇っていると思います。それに比して「サタデーステーション」のオープニング曲(緑黄色社会)は、オリジナルとは反して、なぜ合わないヴァイオリンのアレンジにしたのか疑問です。多様化はそれまでアカデミックに裏付けられてきたことには関係なく変えること、これまでの伝統、風情、秩序、蓄えられた知恵などが失われることでもあります。本来はその時代に起こした業績が研究家によって価値を認められ変遷となりました。大衆の人気が文化の価値を決めていくべきではないと思います。世の中において優れた才能が埋もれているのは若者ではなくむしろ熟達者です。消費社会が発達したことで文化、こと音楽も消費されるようになりました。常に目新しいものを作り短期間で回していくことが大きな利益を生む方法とされ、時間をかけた凝った専門性の高いもの、名作を生むことはもはや必要とされません。これは演奏も顕著で、1回の演奏に精魂打ち込み名演を残そうとする考えは減り、短期間で数多くこなすことに力が入っていると考えます。コンクールやオーディションに時間はかけるものの個性を競うものではなく、賞を勝ち取るためであることは、もはや聴衆ではなく奏者そのものを向いています。自分の人生の一面として、熱烈なクラシック音楽ファンだったことがあります。好きであった音楽や演奏、個性的な表現が、ある時から途絶えてしまい、クラシック由来の音楽や演奏が殆ど聴かれなくなっていきました。昔ながらのファンは音楽芸術への喪失感を感じているのではないでしょうか。
2022.04.05
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大学に入るまで完全にクラシック音楽マニアになっていました。とにかく聴いたことのない評価の高い曲はその曲のどこがいいのかと、何度も何度も音源と音楽学者のレビューを突き合わせて考えていました。何度聴いても解説を読んでも好きになれないなぁとか感じながら…。器楽関係の曲が主で声楽曲はまだまだこれから聴くという頃、大学に入って友人が歌っていたのが中田喜直作曲の「さくら横丁」で、とても器楽的でメロディックだったこともあっていっぺんにハマりました。ここで大きかったのは身近な友人や先輩がこぞって生で歌っていたことです。そして、たまに別宮貞夫作曲の同じ詞の「さくら横丁」も聴かれましたが、中田作品に比べて地味で叙唱的な印象が10代の自分には刺さりませんでした。別宮先生ことは当時よく知っていて別に木管三重奏曲を聴き、D.ミヨーと和風が合体したような作風がとても新鮮に感じられました。その後、最初に入選したコンクールの審査委員長が別宮先生で、課題だった弦楽四重奏曲で自分の曲は不評で入賞を逃しました。30代前半まではいろいろな曲を聴きまくっていたと思いますが、それからは自分から聴き漁ることはなくなりました。しかし、40代に入ってからは昔好きではなかった曲や、良さがよくわからないと感じていた曲がとてもいいと思うようになったのです。知人が演奏をしたり、楽譜を見ながら聴くと曲との距離が変わることもあります。ただ、「さくら横丁」に関してはまったく自分の中での価値が逆転しました。ピアノパートの音が少ない割にとても多くの叙情を秘め、ピアニストのセンスが問われます。叙唱的でありながら和声と歌が深い表情をつくり上げることに感動しました。曲の聴き方や捉え方は年齢や経験によって明らかに変わるのだと実感しました。桜は1年のうち1-2週間しか咲かないから人もその時の記憶が鮮明に残り、それは年を重ねても消えることがなく、この詞や曲のように心に染み渡ります。若いうちは楽しいことが多くてそれほど哀しさが年と共に刻まれていき、詠嘆としての情緒が深く感じられるようになるのだと思います。桜恐るべし。加藤周一作詞 中田喜直作曲 さくら横丁メゾソプラノの小山明子さんは1994年の第1回奏楽堂歌曲作曲コンクールの本選で、自作「草野心平の詩による3つの歌曲」を歌っていただきました。加藤周一作詞 別宮貞夫作曲 さくら横丁西由起子(ソプラノ) 長町順史(ピアノ)加藤周一作詞 別宮貞夫作曲 さくら横丁前中榮子(ソプラノ) 花岡千春(ピアノ)いろいろ聴いてみましたが上記の演奏が素晴らしかったです。下記は2022年3月31日の駒沢オリンピック公園、呑川駒沢支流緑道、呑川本流緑道の桜です。
2022.04.02
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インターネット社会になって知りたいことは何でもわかるようになりました。何かが解明された時はセットでビジネスに結びつく社会でもあります。しかし、多くの場合は新たな発見や発明ではなく、今までよくわからなかったことを再認識するようなことが多いです。例えば除菌が日常的になったのはここ30年くらいの話だと思います。洗濯や調理、空気、あらゆる除菌シート、加湿、さまざまなクリーニングなど。それは清潔で雑菌から身体を守っていることになりますが、無菌の中で生きれば抵抗力は減り、ちょっとしたことで炎症を起こしもします。このことは日本がもっとも過敏である国でしょうから、例えば海外の水、食べ物、寝具などですぐに具合が悪くなることもあります。今や日常的にマスクをして1日に何度も消毒をしますから、逆にしなくなった時にはすぐに感染したり具合が悪くなることが考えられます。中高年になり検査を受ければ何かしら身体の異状が見つかることが多いです。よくあるのは高血圧、脂質異常などで薬が処方され始めるとなかなかやめられず、根治に向けて親身に考えるよりもせっせと薬を処方する先生もいる気がします。レッスンと同じで、真面目だけどあまり上達しない生徒を好む先生が多いですから。薬は通院して処方箋を出してもらわなければ手に入れることができませんから、症状を放っておけないと思うと先生を選ぶことも重要になってきます。しかし、このような予防をビジネスとする業種があまりにも増えてしまいました。義務付けられた保険以外に医療保険や介護保険、最近では地震保険などです。マンションでは火災保険に入ったうえで消防設備点検が年2回義務付けられ、排水管清掃、給水ポンプ点検などの定期的な点検のほかしょっちゅう工事です。マンションは資産価値を減らさないための意味のもと、何かと共用部分の耐久年数が決まっていて壊れなくとも交換します。これらは一例で、ほとんどは定期的な収入が入る意味で増えていると考えられます。サブスクリプションや動画配信などの業態が増え、選ぶ際には吟味が必要です。銀行の役割は嘗てのお金を預けて利息を増やす意味はなくなりました。ネットバンキングが便利ですが、すでにカードではなくスマホで入出金する時代です。今後もっとも心配なのは停電です。またATMや入出金ができなくなった時です。燃料が高騰し温室効果ガスのことを考えたら原子力発電はまだ必要でしょう。さらにサイバーテロが発生すると世界経済は大丈夫だろうかと考えてしまいます。悪い要素はいとまがないほどありますから、無責任な言動をしてほしくないです。ウィル・スミスのアカデミー賞ビンタ騒動について何度も騒がれています。事情はともあれ公然で暴力を振るっているシーンが珍しいからでしょうか。こんなのは何十年も見ていないシーンですが、通常は暴力に理由は問われません。子供が大事と言うテレビが、加害者に同情できるとか言っていいのでしょうか。それを言ったら、昔のビンタの多くも愛のあるものだったかもしれません。日本の火事は年々減りつつあり、そのうえで消防設備が壊れている確率は低いです。年に2回も点検するのは万一の保険のようなものですが、そんなに頻繁に行わないといけないものでしょうか。そして、もちろん、感染していない自分にとってコロナワクチンの年3-4回摂取にも抵抗があります。
2022.04.01
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