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新型コロナウイルスの感染が広まって怖いこととは…。重症化しないためにはワクチン接種という話もありますが、BA.5はそもそも重症化することが極めて珍しく、過去最多の感染者が出ている東京のこの1ヶ月における死者数は約50人です。今の話の流れは後遺症が怖いという方向になっています。一方で、熱中症は7月の1週目だけで全国で14,353人の救急搬送があり、東京23区の死者数は100人を超えているとのことです。今は身体的には熱中症のほうが怖いと思われます。しかし、熱中症についてはあまり言われません。コロナの何が怖いかと言えば、陽性になると隔離されなければならないことで、10日間は大きいうえ濃厚接触者も出てしまうために精神的に追いやられます。今は以前のように経済を止めなくても自動的に止まってしまうことでしょう。近くのお店で店員さんがしょっちゅう変わっていることはないでしょうか。最近、始まったのは電力会社による節電キャンペーンです。主に日中の指定時間中に節電をすることによってポイントがもらえる仕組みですが、対象は企業ではなく家庭、頑張って節電しても8月までで2,000円程度とのことです。電気の値上がり分程度で、実施元の経産省の人の家庭はやるのか?すごいイベントかと思えば目標は45万人です。SDG'sのためとか家計のためとかで真面目な人や弱者がやります。お年寄りは消費量の多いエアコンをつける回数を減らすのではないかと心配します。熱中症で亡くなるのはエアコンが家にないお年寄りが多いためです。今生活支援のために頻繁に宣伝されているのがマイナポイントです。カードは以前から持っていて、保険証に紐づけるのと受取口座登録をやってみました。保険証に紐付けをしたら7,500ポイントは2-3日で付き、これはすごいと思いました。しかし、自分が行ったクリニックと薬局ではまだ使えませんでした。次に受け取り口座登録をしようとすると、何度アクセスしても最終的には、【混雑によりエラーが多発してします】という表示が出て、自動的にログアウトしてしまうという詐欺に遭っているかような状況です。一般的な企業のサイトならありえないことで、なぜ話題に出ないのか不思議です。マイナンバーカードの普及率そのものが45%ということです。もらえるポイントから言えばお得ですが、これも単に弱者のためかもしれません。接触確認アプリCocoaの時もそうでしたが、実質あまり使えまないのが実感です。”安倍のマスク”然り、泥縄式、おざなり的に巨額の資金をかけている気がします。
2022.07.27
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毎月薬を受け取りに行く通院がまた始まりましたがうんざり…。血圧を家で測ると朝だけ高く午後からは120以内に収まり、クリニックで測っても120なのですが、それは薬のおかげだということで、異常に下がることが続けば薬を減らしてもいいとのことでした。夜寝る前は100-110くらいになるので以前よりも早く眠くなります。これ以上下がったらどうなるのか?と逆に不安もあり、少し低めが続いたら薬を飲まない日を自分で作ればでいいのではないか、それでも正常値が続けば薬を自分で飲まないように調整すればいいのでは?病院は安定的に薬を取りに来てほしいのでしょうね。常連を増やすこと。レッスンを思い出します。レスナーは休まない真面目な生徒を増やしたい、コロナが流行ると感染したり、濃厚接触、出たくないなどで休みが増え、自分も貰ってしまうとダメージが大きいです。ただ受けている側は基本的に長く続けるよりも早く上達したいのです。あまりに素敵な先生でその先生に会いたいなどは別です。今風ですが…。忙しければ先生に会うことがストレス解消、薬を飲めばいいのならそれで、などのルーティーンで本来の目的から外れることもあるかもしれません。自分の場合はそうではなく身体をよくしたい、治したいのであって、音楽で言えばエチュードをこなす喜びではなく早く上達したいのです。これは証券会社や銀行も同様に、頻繁に長く大金を動かしてもらいたいわけで、お客に利益が出るかどうかは強いて言えばどちらでもいいと感じられます。お客や患者が求めていることと社員やお医者の求めていることは違い、そこに商魂がうっすらでも見えてしまうと嫌になります。SNSで見る吹奏楽や音楽の指導者が遠回しに良い先生を演出するのも同様、昔からの慣例もいらなければ、いいこと言おうとしなくていいですから。そこにあるのは個人的なコミュニケーションでしかありません。いつも衒いのない率直で親身な言葉が交わせるかどうかです。リスペクトまでいかなくともできた人と会えると幸せです。そんな仲間や知り合いを増やしていきたいと思います。
2022.07.26
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20代前半までに誰と出会い、どのような影響を受けるか、それが人生を形づくることは確かだと言えます。特に10代に出会った人、次に20代に出会った人です。中でも生まれた環境、タイミング(時代)、学歴、この3点が重要です。個人の努力はその次のことで、努力で実らないことはたくさんあります。逆にうまくいっている人生は自分の力だけではないと自覚するべきです。つまり、生き続けられることが見込めたら悩む必要はありません。与えられた運命は変えられないし、そもそもそうしかならないのです。これまでものすごくたくさんの人と関わってきました。すべての方と等しく関わったわけではありませんが、いいことよりもやらなきゃよかったと思うことのほうが圧倒的に多いです。小さなことは気にせずもっと大らかに、もっと適当でよかったのですが…。細かいことを気にする繊細さ、神経質さは自分で好んでやっていません。生まれつきか、もしくはそんな性格になる出来事が幼少期にあったからです。また、人がわからないような洞察力を発揮しても理解が得られない割に、普通のことを話したつもりでもそれが言霊となり意外な反響になります。これらは自分の思惑ではなく、どうしようもできないことです。結果、数奇な人生を歩むことになってしまったとも思えるのです。以前にも書きましたが、占いの世界では全て仕組まれていたことと納得します。できることはこれから会う人に自分を啓き運命をよくしていくしかありません。家に訪れる人にはできる限りのもてなしをしようと考えています。簡単なことでは相手が女性であれば美味しいケーキを出すとかです。有名なお店のものですが、自分は買うだけで食べたことがありません。お客に出して美味しいと喜んでもらえれば、それだけでもじゅうぶん嬉しいです。Pâtisserie Française Tadashi YANAGI 季節限定のショートケーキ決して見返りを狙うものではありません。若い人ほど次に会うのはいつかわかりませんから、いつも最後のつもりです。有意義な繋がりを続けられるかどうかは、昔よりもかなり難しくなりました。現代における個人の繋がりは何かのついでなのです。それは儚くつまらないです。
2022.07.22
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昨日もコロナ感染が拡大している理由で中止になったコンサートがありました。世の中的には以前にそういう中止が多かったですが、受け止め方によっては出演者にコロナ感染者が出たのではないかと感じます。今や誰々が感染したから中止とは仲間内でも言えない話ですがショックです。Twitterでハッシュタグ#コロナ茶番がトレンド入りして1万件以上のツイート、分かりやすい理由でコロナはおかしいと皆が説明しながら盛り上がっています。このブログでも2020年発生当初からコロナ報道に異を唱えてきましたが、昨年の今頃はまだ茶番だという人は少なく、やっと浸透してきた感があります。例えば、日本はワクチン接種率が諸外国に比べて高いにも関わらず、海外と同じ変異ウイルスなのに日本だけが以前の対応と変わっていません。マスクを外しコロナ禍以前の日常を取り戻している海外に比べて、日本は戻る気配がなく、症状の軽い人が多いにも関わらず医療が逼迫します。日本の補助金はコロナにおいて手厚く、PCR検査やワクチン接種、患者受け入れ、また持続化給付金などの他、感染者の介助すらも格別の対応です。無料のPCR検査が街中のあちこちで受けられるようになってから、コロナ関連が産業化し始めたと思う人がいたかもしれません。無料で受けられるのはありがたいことですが、検査をする側はボランティアではなくお仕事ですから、多くの人に受けてもらったほうがいいでしょう。検査数が少ないとその検査場がなくなってしまい失職にも繋がります。今となっては新型コロナだから、夏風邪だから、熱中症だからどうこうではなく、重症化率の高い人、風邪以上の重度の症状が出た時に医者にかかり、軽い場合は市販薬による対処療法である程度は回復を待つこともできるわけです。熱が出たら救急車を呼ぶなど大袈裟に考え過ぎていないか重要です。「ワクチン接種会場は楽なお仕事です。」このことはスタッフ募集時点からそのように認識されているようです。それでも医療関係者はわざわざ出向いて従事するほどではない仕事のようです。接種会場によっては閑散としていることが多いように思います。従来の医療機関はお年寄りがたくさん来院しているイメージでしたが、コロナ感染者が増えると医療機関への受診率が下がります。そのこともあって、コロナ以外の内科検診を勧めるCMが増えています。医療機関でも発熱外来と一般外来で格差が出てきているように思えます。この数年間で政府や自治体は多くのお金をコロナ禍に費やしてきました。大きな損害を受けている業種もあれば、躍進した企業もある中、全体的には物価高とお金の出し渋りから格差は広がるばかりです。コロナを煽り自粛を促す同調圧力は強者が弱者を支配しているように感じます。
2022.07.21
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感激したような発見したような驚いたようなイントネーションで、”C'est gentil!”と言われた時の嬉しさと言ったら今でも忘れられません。gentilとは直訳で「親切」という意味で、感謝を伝える時の言葉ですが、merciよりもgentilは意志をはっきり表していることが伝わります。日本では感謝を感じていても、それを伝える言葉が日常では少ないです。他人に対しては「ありがとう(ございます)」以外になかなか言えません。おまけに日本人は「ありがとう」ということすら照れたり、言わなかったり、儀礼的に口にする人もいて、本心かどうか分かりづらいこともあります。今は自分の気持ちだけで満たされ感謝を忘れている若者をよく見ます。独り善がり、すなわち独善的なあまり、人の親切に気が付かないようです。歳を重ねるに至り、人との関わりに益々興味が湧き一期一会の重要性を感じ、関わりを持った人とは伝わるようにできるだけ多く話すようにしています。連休中にいつもの予約制ではない美容室に行ってみると幸運にもガラガラ、暑い中歩いた甲斐がありました。汗だくな客はあまり好まれないと思いきや、座るや否やドライヤーの強力な送風をずっと頭の至る所に当ててくれたのです。濡れた髪の毛は切れないこともあったかもしれませんが、とても快適でした。冷房効果としては抜群で5分間くらいそのサービスをしてくれました。丁重に感謝を伝えると、そのままドライヤーを持たせてくれカットが始まりました。最近よく見かけるファン付き作業着の快適さがよくわかった気がしました。さらに数分したところで電気代も嵩むだろうとこちらから終わりを告げました。ここの店長さん、毎度本当にいろいろなことに気が利きます。襟足、眉毛、首筋はもとより、耳の中の毛まで処理してくれます。マニュアルで決まっているからやること、決まっていてもやらないこと、それとは関係なくお客のために個人的な気持ちで行うこと、全てモノが違います。自分が最初からいろいろ話かけることも功を奏しているかもしれません。それにしても居心地の良い時間があっという間に過ぎるのは幸せなことです。今更ですが、かたちだけではない気持ちの通う関わりが、今の何よりの喜びです。そんなことは当たり前だとすれば、自分には足りていなかったのかもしれません。
2022.07.19
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自分が通った昔の大学、今は全く異なり手厚いです。中でも教員としての自分は面倒見の良さでは格別だったはずです。大学院生を相手にした時、他大学から来た人からはとても感謝されました。それは、自分の大学と比較して初めてその手厚さがわかるのです。ただ、テレビで目にする音楽家は音大出ではないことが多く、音大を出ても社会では成果を発揮できないと考える人も増えたと思います。音大を出て音楽で食えなかった時はが潰しが効かないとも考えられますが、音大出は礼儀や信頼関係において高い評価を受けることもあります。クラシック音楽がクラシックではなくなってしまう方向に世の中が進み、筋金入りのクラシックを勉強した音大出が力を出しにくくなりました。ただ人前で演奏したい素人が増えたこと、何でも賛辞を贈る社会の悪癖、文化そのものに深みがなくなってしまったことが後押ししました。そんな中「音大崩壊」という本が出版され、音大の弱点が論じられました。その内容について書かれた記事があります。”音楽大学がここまで凋落してしまった致命的弱点、学生数激減で経営危機!何を間違えてしまったか”入試というものが形骸化し誰でも入れてしまう大学もあります。それでも専門の先生は自分の弟子が増えれば嬉しいでしょう。しかし、専門外の科目を教えている教員はとてもたいへんです。ただ入学した本人も立ちどころに自分の位置を把握する悲劇。音大に期待して入学したものの思っていたものと違っていた、大学院でも自分が研究したかったテーマを担当できる教員がいなかった、例えば楽曲分析などは生業として素人騙しみたいにやっているのが世の中に多く、本当に研究するのは生半可なことではないのだと知るべきです。正直なところSNSを見ていると皆で音楽ままごとをやっている感じに思います。音楽を真摯に捉えている音楽家はSNSに熱心ではないことも多いです。音楽だからと言って「チャラチャラしてんじゃんねえよ」ってことなんです。音楽が軽くなると、音大に行く意味などありませんから。
2022.07.18
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4月に治療を受け、次は3ヶ月後に来てくださいと先生に言われたので、行くつもりにしていたところ、10日ほど前朝起きたら左上の歯に穴?突然の穴で痛くもないので虫歯ではない気がして、詰め物が取れたか?など気になったのでちょうど3ヶ月後がやって来ました。なるべく早い日に予約を入れ、行って早々にそのことを話しましたが、本来は4月に一度埋めた虫歯の親知らずの続きの予定だったとのことです。その親知らずは全く痛みがなくなっていて他の歯も良好でした。いずれは痛くなるとのことでしたが、今回はそれではなく左上の治療に。診ていただくと、虫歯でも詰め物が取れたわけでもなく、歯が欠けたとの意外な結果で驚きました。このクリニックに相性が合うかどうかは人によるかもしれませんが、ここの先生は本当に名医で、この歯はおそらく1回で完治した気がします。診療はレッスンと似ていて、1回の治療でどこまで治せるか、またいかに計画的に完全に治るようにするかが問われていて、いくらでも長く引き延ばすことも、うまく治せていないこともあります。しかし、この歯科は端的にうまく治すことに専念されています。さまざまなレッスンや面談を今まで本当にたくさんしたり見たりしてきたので、だからこそ診療や面談を受けても見る目が厳しくなり、1日で変えてほしいと望みます。受けた側においても、最近は臆せずはっきり所見や結論を出すことにしていて、それが一期一会と喜んでいただきたい。今週も初めて会う人と話すので楽しみです。
2022.07.17
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なぜそんなことがニュースになるのだろう?それを聞いて視聴者はどうすればいい?キャスター始め出演者が、「そうだそうだ」「それは大問題だ」と言い始め、皆の意見のような印象操作と同調圧力を感じてしまいます。最近はまたコロナが流行していますが政府は制限対象にしていません。海外では感染者数を数えないほどに話題にしなくなった国も増えています。規制を受けて人生が変わってしまう多くの人についてほとんど言及されず、テレビは規制の影響を受けず、コロナ医師はもはやタレント化しています。結果、日本人はいつまで経っても決断できずひとつになれません。責任を取りたくない、指示待ちの日本人をつくる所以です。テレビには政府の味方がおらず、政府に対する誹謗中傷すらあります。古市憲寿氏はそれを仲裁できる人で、SNSの暴走も指摘しています。日本のジェンダーギャップ指数が世界で116位だそうです。146カ国を対象に教育・健康・政治・経済を分析しているとのこと。しかし、それらの中でも何を基準としているのかよくわかりません。順位が低すぎるのでしておけないのか、何が足りないのでしょうか。音楽の世界では女性が統括したり、責任者であることはよくあります。また、他の職種でも女性の進出はとても増えたと感じます。政治家、経営者はやりたいと言っても簡単にできるものではありませんが、女性がやりたいと言った時に性別でNGが出るとはとても思えません。管理職を選ぶのは上層の数人でしょうから任せるしかありません。下の者は上司を選べないし、尊敬できる上司など殆どいないのが常です。男女平等のために女性を増やすと言うのではなく相応しい人でいいわけで、それでも女性が少ないのであれば、それは日本の国民性だと思います。日本は米国を支持し、近隣のNATO諸国はウクライナに武器を送っています。そしてロシアの制裁にも参加し、侵攻に対する意志は明確です。それにも関わらず、日本製エンジンが戦闘用のドローンに転用されたこと、しかも他国経由で購入されたものにいちいち拘るのは何故なんでしょう。エンジンを製作している斉藤製作所が使われ方に拘るのはわかります。しかし、周りまわって流用されることなど何であっても起こりえます。ニュースの意図は、日本のエンジンがそれほど優秀だと言うことでしょうか。こんなニュースを流しても、誰もどうしようもないです。何かと日本ハムの新庄監督が出ると視聴率が取れるのは想像できます。ただ野球ファンからすれば、事情がともあれ最下位でいいとは思いません。さも常識を覆して新たな監督として注目を集めましたが、野球以外のことで話題を取る一方で、本職の話題は影を潜めています。努力をしてキープして結果を出している人に注目を集めるべきです。その労いに欠けているために一生懸命やり抜くことが馬鹿らしくなります。人気者をつくって安定的な視聴率を得ることが見え透いていること、それこそ日本をダメにしている所以です。吹奏楽文化があと20年で消えるという記事が話題になっています。吹奏楽の多くの活動はコンクールを目的としています。SNSを見て感じることは、持続的に中心になっているのは、部員・団員ではなく指導者ではないかということです。指揮者、トレーナー、出版社が一丸となって吹奏楽産業を支えています。部員がどんなに少なくても、編成が偏った状態でも活動できるよう、ひとつでも多くの演奏団体を維持しようとしています。気になるのは音楽の在り方です。部員には音楽の何が残るのかが疑問です。ここに挙げたことは世の中がおかしくなっている例の一部です。昔はおかしなことに一石を投じる人がいましたが、今はまかりとおります。「子供のため」「若者のため」など言わずもがなの事を執拗に叫びながら、子供や若者はいつの間にか洗脳される状態になっていないでしょうか。
2022.07.16
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ジョリヴェは1974年12月19日に突然の心臓発作によって69歳で逝去、1934年の弦楽四重奏曲が出発点となり90曲以上を残しました。遅咲きであったことは否めませんが、画家で劇場関係者であった父や、ピアニストであった母の影響で、12歳で音楽、絵画、演劇を学びました。16歳で和声学を、22歳で対位法とフーガを学び始め、やはり早くはありません。音楽院には行かず1928年23歳で作曲をエドガー・ヴァレーズに師事。ジョリヴェがヴァレーズからもっとも影響を受けたと考えられる作品は、インテグラル(積分)とイオニザシオン(電離)と言うことになります。ジャン・ハモンの言葉によれば、ジョリヴェが影響を受けた事柄は、「まだ使用されないか、少ししか使われていない素材で創造する欲望、もう一つは機械化された今日の文明社会の騒音の異常発育への興味」1930年、最初の作品「3つの時」を聴いたメシアンから手紙を受け取ります。3歳年下のメシアンとの親交はもっとも興味深い点でもあります。素材としたものの対象、旋法の操作において極めて類似しているからです。材料が変わることによって作品の印象はこれほど異なります。しかし、お互いがかなり意識していたのではないかと想像しています。ジョリヴェの呪術性については残された言葉による部分も大きいようです。”音楽は呪術的に精神的病を治すことができる””太古において人は呪術を行うことにより、人間を滅亡に導く原因となるものをはねのけ、より高いものへの夢を持たせた”しかし、伝統的な構成力による楽曲も同時に作曲していました。ジョリヴェの音楽が体系化されづらいのは多様な要素が共存しているからです。分析はできてもなぜその手法を取ったか解明しづらいこともあります。比してメシアンは後に自らの語法をすべて理論的に説明したことが異なります。ジョリヴェの作品は多岐に渡ってさまざまな曲が演奏されていますが、代表作は1951年に作曲者の指揮で初演されたピアノ協奏曲だと感じます。打楽器群の乱舞とピアニズムが今までの協奏曲の概念とあまりにもかけ離れ、アフリカ、ポリネシア、極東などのテイストが色濃く斬新さが輝いています。それでいて構築性や緻密な構造は第1楽章から気が抜けない緊張をもたらしています。初演時、この個性の強い音楽に聴衆は口笛を吹き鳴らし演奏の中断を迫りました。ジョリヴェ夫人は隣の席で口笛を吹いている男性の頬を引っ叩き警察沙汰になるなど、「春の祭典」以来の物議を醸した後にパリ市民音楽大賞を受賞した問題作です。※ここまでの参考文献・宍戸睦郎:回想…アンドレ・ジョリべよピアノ協奏曲 「あんさんぶる」1993年9月号より70年経った今、どんな新曲であろうと日本ではブーイングはありません。ブーイングをしなくなったのではなくずっとできないでいるのです。心の中では何と思っていようとあたかも知っていたかのように皆が拍手をします。「そんなものだ」という知的好奇心だけが満たされ音楽が残りません。新曲が初演される際はいつブーイングされるかわからない、「こんなの音楽じゃない」といつ言われるか終わるまでハラハラドキドキ、後で真相がわかる、そんなコンサートだったらしょっちゅう聴きに行きたいです。西欧で実績のある作曲家の素晴らしい曲だと同調圧力を感じる必要はありません。賛否が誰にでもわかるかたちではっきりすればもう一度聴いてみたくなります。初演時は大ブーイングであっても、情報を整理してもう一度聴いてみるなど、皆で作曲家の考えや音楽の魅力について検証してみる過程が楽しいのです。そんなことを考えるまでもなく受け身で自己処理をする演奏会はつまらないです。それでも若い頃は今よりは楽しかったのです。演奏にもこのことは当て嵌ります。音楽のことを識れば識るほどもっと上や先が見たいと思うようになりましたが、演奏会全体がルーティーンに陥り、率直、真摯で革新的な表現が減ったと感じられます。素晴らしい作曲家・演奏家はたくさんいる筈、そんな人たちが萎えないで欲しいです。
2022.07.14
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作曲家と言えば、ピュアでシャイで常にスノッブな人が多いです。これだけでも人としては距離を置かれて致し方がないわけですが、中には寂しがり屋な人も多く結局同属で集まるのが好きなようです。演奏家もそうですが、同属だけではなく如何に社交的かがポイントかと。この作曲家気質やルーティーンが自分は好きではありません。新しい発想や技術を編み出している筈なのに日常は極めてルーティーンで、そのルーティーンにも信念があって何年経っても変わらない人が多いです。音楽以外の部分が変わらなければ音楽の趣味や方向性も変わりません。自分としては作曲家同士で主催する同人会的なコンサートが嫌で、例えば曲が終わってからステージに上がって挨拶する習慣も嫌で、コンサート前後のよく知らない作曲家同士の記念撮影も嫌です。作曲家は組することは向かず孤独で、表舞台よりも裏方です。ホールの端ではなく真ん中で聴きたいのでステージからは遠く、演奏後に聴衆や演奏者に遠慮して小走りでステージに駆け上がる作曲家、それを見るにつけカッコ悪いなあといつも思っています。皆を黙らせるくらいいい曲を書いて上がるなら堂々とステージに。作曲家もいろいろですが、自分の師匠をリスペクトしまくっていて、すぐに師匠の全般でどうこうしていたということを口にします。別にそれ自体がいいのですが、昔のゴシップを引きずりすぎていて、師匠の名前を出すことによって自らを大きく見せる意図も窺えます。結果的によくも悪くも時代に沿っていない面が孤立化していきます。若者は若者で全く異なる信念を持っている人も見受けられますが、サステナブルな発展性を持たず自己満足なのが目立ち対照的です。過去を学ばない姿勢や世の中の風潮からは怖いもの知らずに見えます。作曲家を支えているのは助成や給付金、企業の日本文化への貢献事業として、世界に遅れまいと行われているコンサートです。若かった頃には多くの刺激を受け足繁く通っていましたが、20年ほど前にはすでに形骸化を感じ、影響力すらも感じなくなりました。参議院選挙が行われましたが、政治家の世界も似ている気がします。国民として候補者に1票を投じますが、選挙公報以上に何を信用するのか、どれだけ候補者のことを知っているのかと聞かれると全く情報不足です。支援者以外の人は何を拠りどころとして何を知っているのか疑問です。行おうとしていることが明確な党があることも事実ですが、大きな党は方向性が似ている割に実現可能かどうかが謎です。きれいごとを言うのは誰でも言えるわけですが、実行力や調整力があるのか、もっと言えば公約を守る気があるのか、誠実な人なのかどうかが問題です。新聞を熱心に読む、国会中継を観るなどしても奥底はなかなかわかりません。メディアは視聴率が取れないと考え政治家自身に話をさせず、評論家やコメンテーターに誰もが思いつくような理想論を展開させ、「やれるものならやってみろ」と影響力を誇示しているようにも見えます。多くの人にとって形骸化しているように思える政治の世界や選挙ですが、この大勢に明らかに波紋を投げかけている政党があることは救いです。皆が言う安易な理想を掲げるよりも、それに対する反意を主張すること、すなわちメディアへの反論を投げかけることは極めてわかりやすいです。今回、新しく参政党が当選したのはSNSでの発信が功を奏したからです。最近はNHK党もSNSでの発信が著しいですが、今回の選挙で変わったことは、今までの理想論ではなくアンチテーゼ主体のSNS発信をすることによって、少なくともこれまでよりわかりやすく人々の関心を集めたことです。今は、見通しが利かずさまざまなことに暗雲が立ち込める時ですが、時代の転換期でもあり、すぐに晴れることはないかもしれません。コロナ禍からすでに始まっていて、望まざる力や貧困の格差が広がり、さまざまな流れが変わることによって淘汰が加速すると思われます。
2022.07.13
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「卑劣な蛮行、断じて許されない」「民主主義への挑戦」判で押したように著名人はこの言葉を口にしますが、別にそれほど何度も教えてもらわなくても皆わかっています。では、なぜ起こるのか、どうすれば防げるのか。「許されない」「許し難い」などの表現が多く、「許さない」という言い方は少ないです。「許せない、二度とさせない」昔であれば「俺が成敗してやる」的な、それほどの怒りや行動力を感じさせる言葉にも思えません。今のところ、容疑者は反体制組織とかではなく個人的なことのようですが、安倍元総理と個人的な知り合いだったのでしょうか?元総理のことをどれだけ識り、なぜ殺害するまでに至ったのか、何をどこで識り憎悪の感情が募っていったかが問題なのだと思います。暴力で力を誇示しないまでも民主主義は形骸化しているように見えます。選挙で選ばれた議員に対して何かと批判して責任を負わせようとする世の中、自分が投票した候補者ではない人が選ばれても多くの人が信任した結果です。それでも気が済まないのであれば自分が立候補して変えればいいのです。国会議員は昔からの体質が感じられ人として好きになれないかもしれません。偉くなりたいとか、自分の手で世の中を動かしたいと考える人もいるでしょう。しかし、それと政治は別のものであって、政治家としてどうかを見るべきです。総理になっても変えられないことのほうが多く労苦の絶えない職だと思います。病院の記者会見を見て、心肺停止状態で運ばれた元総理を懸命に処置し、結果的に回復しなかったことに例によって細かい質問がたくさんありました。その様子を見てわかることは、記者は弾創について認識不足だったことです。また、それまでは背後から撃たれたとされていましたが弾創は前にありました。容疑者が背後にいたから後ろから撃たれた、また映画かドラマのように、弾創は受けた箇所のみがダメージを受けると殆どの人が思い込んでいました。そんな中で記者が納得するまで質問を受けた医師の方は気の毒でした。医師への労いはなく、言ったことを猜疑心で見るだけなのかと感じました。記者の質問で医師が「昭恵夫人の様子」について訊かれた時に、うまく躱されていたのが印象的でした。記者は本人にインタビューすれば批判を浴びるために医師に聞き、もし医師がこれに答えればその発言が一人歩きし批判の対象になりかねません。奈良警察の記者会見は、まだ詳細が出ていないのに行った感が拭えません。警護について万全だったかという疑念がすでにちらほら聞かれます。おそらく悪い憶測が囁かれる前に一度記者会見を開いたと推測できます。病院も警察も瞬時にして計り知れない境遇に追いやられたことと思います。懸命に対処しているにも関わらず粗探しをされていることが気の毒です。この批判体質や致し方ないことに対して責任を追求することが蛮行です。そこにさまざまなフェイクニュースやミスリードが織り混ざり過ぎるのではないか、社会の煽りの中で元総理は思い込みをした容疑者の犠牲者となったかもしれません。恨みだったか、誤った正義だったかわかりませんが、どうして元総理に矛先が向いたのかを解明してほしいと願います。「民主主義の危機」とは暴力によることを指すと思いますが、暴力にはよらなくても同様の不満を持っている人がいるのではないか危惧します。
2022.07.09
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この10年くらいでしょうか、立場の弱い人に無条件に同情する輩が異常に増え、いかにも理解力があるとのアピールで好感度を上げようとする人がいます。テレビで見られる年配のアナウンサーやコメンテーターもそうです。メディアは皆が知る強者や団体を批判して視聴率をあげるようですが、それを真似したSNSでの発言を反面教師としだしたようです。SNSが発達してからのニュースは記者が取材するのではなく、SNSで反響の大きい記事を拾ってきて視聴率を上げるようになりました。渋谷駅で自分が線路に落とした財布を拾いたい一心で、線路を執拗に見下ろしたり降りようとして駅員を激怒させた動画の一件、駅員の言葉遣いがあまりに酷いのは確かですが、メディアがこの記事を取り上げた時点では珍しく駅員を擁護しています。今までであれば、乗客が線路に財布を落として助けを求めたにも関わらず、JR側はそれに取り合わず激昂したとJRが非難され続けたと思われます。話題になった動画が切り取られたものでその前の経緯がなかったことから、安全第一の信念から発せられた駅員の言動は理解できるということです。しかし、ここで再度この乗客のおかしな点を指摘したいと思います。①そこそこのラッシュ時に財布だけ線路に落とすでしょうか?線路に財布だけを落とした経験を持つ人はそうそういない筈です。②なぜ、駅員とのやりとり動画が至近距離で存在するのかです。緊急事態ですから予めSNSにアップするつもりでなければ撮りません。渋谷駅のような大きな駅ホームでなぜ財布を取り出し落としたか?そこを明確にするべき事案であるように思います。動画で拡散されましたが、切取り編集はテレビの得意とするところ、切り取られた部分だけで決めつけるのはNGだとやっとわかったかもしれません。動画をアップした本人はメディアがJRを叩いてくれると思ったでしょう。それは、今までメディアは経緯に関係なく弱者の味方をしてきたからです。日本人をダメにしているのはそこにあったと思います。欺瞞に満ちた正義を振りかざす人を増やしたのはメディアとSNSです。
2022.07.07
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いよいよ風呂好きも佳境に入ってきました。写真を撮るのが下手なので綺麗な色が出ていませんが、ゴミが浮いているのではありません。薔薇の花びらです!デュオロッサ バスソルト クラッシーローズの香りです!ローズとラべンダーの香りらしいのですが、全体にローズの香りでした。時間が経つと薔薇が花びらとして大きくなります。そこに入っている様子はとてもお見せできませんが、優雅さと言い、心地よさと言い王様か女王様のお風呂気分になれます。原産はオーストラリアで、KEYUCAで売っているようです。ちょっと自分が使うのは勿体無い気がしています。これからはなんでも値上げのリスクがありますから、そのストレスをどこかに持っていかなければなりません!
2022.07.05
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お年寄りは積極的になれませんが、購入で何かとポイントが付く世の中です。これほど多様なポイント制度があったり、クーポンがあるのは日本的です。ポイントが1円単位の細かさなのも日本人的です。これまでの日本人の心意気がかたちを変えた深いものだと思います。「一見さん」「顔が利く」などの言葉があるように「ご贔屓に」する文化、つまりお世話になっている人ほど贔屓する平等とは逆の文化でした。言葉だけではなくかたちにして気持ちを表す特徴は時と共に減り、今は家族間のプレゼントが主流になりました。今でも個人の飲食店では常連さんがサービスを受けたり「ツケ」が利きます。しかし、顔見知りや常連というだけでは特別扱いはされなくなりました。上品なお菓子を買うと箱代、袋代は別、ドライアイスは付かないとか散々です。それでもポイントカードを作ればそのお店では嘗ての常連さんの仲間入りです。和菓子は全く食べませんが、親への手土産に買うためのレパートリーが広がり、最近、亀屋万年堂のポイントカードを作りました。すると郵送で夏のクーポンが届きました。今まで買っていた和菓子よりも庶民的なものが多いのですが感心しました。500円分買えば100円割引、または162円までのお菓子プレゼントなどが、6月から9月まで毎月2枚ずつあり、他の老舗和菓子店とは一線を画しています。よくあるのは数百円でスタンプ1個を30個くらい集めて500円引きとかです。亀屋万年堂が庶民的で地元に根ざした老舗であることがよくわかりました。予めホームページで商品を調べ、今回はアイスを買うことにしました。亀屋万年堂のブランドアイスかと思ったら違いましたが、6個で500円を超え100円引きになりました。有り難みがあります。アイス以外で自分が食べたい商品はありませんが、使いたくなるクーポンです。SNSが決定的となり日本の義理人情はなくなり、建前と本音が残りました。SNSの仕組みは欧米の人の繋がり方であって日本人の伝統とは異なります。日本人はとって「友達」は特別な関係を意識する言葉で重みがあります。ところがfacebook上の「友達」はその意味ではなく「フォロワー」です。何かを発信すればフォロワー・友達には平等に流れますが、多くの場合その内容は平等性に欠けていて読み手は解釈を迫られます。例えば、「結婚しました」の記事はめでたいことには違いないのですが、詳細を知らない時には発信者との距離感を押し量り却って気を遣ったりします。少し前であれば一人一人に知らせ、知らせる過程にも意味がありました。儀礼的であるのが日本的で、面倒とか古臭いではなく深い文化だと思います。「おめでとうございます」と返してもその言葉だけでは重さが伝わりません。その「気持ち」を表すものが祝儀、香典などです。人と人の関わりが希薄になり、個人主義がますます進むなか、儲かれば良しとするだけではなく、その感謝を表す方法は変わっています。その関わりを時には面倒と考ることもあるかもしれませんが、時には生きる支えにもなり、人を想う優しさだと考えます。
2022.07.04
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