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食べ物を紹介する番組である農家のニンニクを紹介していました。その農家の主人は一言二言でしたが収穫したニンニクを紹介しました。そのニンニクを使った料理が何品か紹介されタレントが感想を言います。基本的には「美味しい!」と言うことに違いはありませんが、「ニンニクが効いてますね!」「やっぱりニンニクは美味しいですね!」「もうたまらない!」「ギンギンになれる!」などのアピールが次々と飛び出します。これを見た視聴者は「美味しそう」「自分も食べたい」と思うはずです。このニンニク料理はどのように作るのだろうという興味も湧きます。ただ、ニンニクを提供した農家さんはショックを受けたかもしれません。なぜなら、世の中に流通しているニンニクの宣伝にはなっても、自分たちのニンニクが評価されていることにはならないからです。農家さんはこんなに美味しいニンニクはそうはないという自負があるのに、他の多くのニンニクと一緒に扱われたかのような落胆は大きいと思います。最近、とある小さなピアノのコンクールの採点をしました。自分は作曲が専門ですから課題曲の楽譜の表していることを解説しました。ピアノの先生は作曲家の分析的な楽譜の読み方が興味深いようです。ずべての演奏が終わった時に10分の講評を話しました。”目から鱗のような話だった”とお褒めの言葉にあずかりましたが最後に一言。「ピアノの◯◯協会はだからコンポーザーピアニストを優遇するんですね。」この言葉ももちろん褒め言葉。しかし、自分はピアノをそれほど弾かないし、楽譜から読み取れることをわかりやすく聞けるように話しただけなのです。しかし、その話は自分よりも他の組織を肯定する結果になっていました。どのように曲を読み取るか、それが演奏に役に立つかどうか、話がわかりやすいかどうかは人によって異なるわけで同じではありません。このひと言が誉められた喜びから瞬時に裏腹な気分に変えました。「誉めて育てる」と盛んに言われ出してから久しいわけですが、こどもであっても本気で誉められているかどうかは直にわかるようになります。単なるルーティーンとして誉められることはペットの躾のようなもので、誉められることに慣れると、他の人にも誉められないと苛立ってしまいます。今回の場合では、ニンニクの違いなどわからないというタレントの率直さ、他の人に当てはめて気づきを説く先生の自尊心、そんなことを感じました。しかし、懸命に頑張った人を本当に認める気がない人と関わっても、いつも誉められるだけでいつまで経ってもご褒美がもらえることはありません。上司や先生などが自分を認めていく気があるのかどうかは人生で大きなことです。結果を出しているのに置かれている立場が変わらず下っ端から抜け出せません。しかも”誉められる”ことでうまくいっているかのような錯覚にも陥ります。能力に関係なく出会う人や環境によって人生の可能性が全く異なってしまいます。「誉めて育てる」のではなく「誉めても育てない」人のほうが圧倒的に多いので、夢が叶うとその人を信じ続けるか、育てる気はないと判断するかは常に急務です。自分の能力を他で活かせるなら他で、他になければ関わり方を決めることです。悔しいけど弱者であることを実感したり、明らかな格差を認識する局面です。能力を観る尺度として流行っているのがコンクールやコンテストです。誉める=賞を与えることですが、その後に育つことができるのかが問われます。昔は”箔をつける”ためと言われましたが、鍵は受賞者を誰が育てるのかです。発信力があれば視聴者が育てますが、結局能力に比例しているとは思えません。生まれてから大学までの育ち方は国、家庭環境、学歴、周りの人によります。幼い頃から格差は起きます。が、世の中に惑わされずに強かに生きるべきです。日本の場合は同調圧力に負けずに、自分の居場所を持つことだと思います。それには、誉める・貶す関係なく心から話せる人を増やすことです。
2022.08.29
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区が行っているCKD重症化予防の保健指導を受けてきました。これは健康診断で血液検査の数値が悪いと慢性腎臓病になる怖れがあり、その予防のための保健指導を受けるシステムです。栄養管理士の方からの指導をこれまで何度も受けたことがあり、今回の保健指導も6ヶ月間ということで受けるかどうかとても迷いました。今までは自分としては実現不可能な目標数値を立てられていた気がしていて、生活習慣を改善しながら毎日記録をつけるというものでした。日々の血圧、体重、歩数、食事内容、服薬内容など記録だけでも労力を要し、なかなか目標に到達しないので当然改善なしという結果の繰り返しでした。これらを逆にストレスと感じずに楽しみながら記録するのは難しいので、予め今回の面談を受けても続かないかもしれないと担当者に伝え、自分がすでに持っている知識以上の耳寄りな情報が聞けたら続ける、そんなネガティヴな心持ちで話だけ聞いてみようと行ってみました。会場の区役所に行く途中で激しい通り雨に遭いますますネガティヴになりつつ、雨が止むまで暫し待ちました。それでも時間にかなり余裕を持って出たため、20分くらいのロスでも余裕で間に合いました。いつもエラーになっていた、マイナポイントの受取口座登録を補助してもらえる窓口にも行けました。昔の役所というイメージは最近なくなりとても親切で至れり尽くせりです。時間の15分前に面談の会場に行ったら扉を開けて待ちかねていてくれました。今までの担当者の中ではいちばん若く、世代を反映した気さくさが好印象でした。良い意味で堅苦しさがなく、少し歩み寄ればいろいろな話ができる方でした。ただ親や親より年上を相手が生活指導をどこまで本気で聞くかと言えば、難しいこともあるでしょうし、説得力と熱意がとても伝わりました。生活上の目標を3点立てるのですが、6ヶ月間で体重を2kg落とす、減塩に変える、アルコールは7%であれば5%に落とすなどゆるゆるな優しさにも大ウケしました。予め話していた日々の記録をつけることもしなくていいと受け入れられ、1時間半もみっちり話した割に大した要求もされないことが絶妙で、返ってやる気がくすぐられ本腰を入れる背中を押された気がしました。いつもは生活改善にここまでのモチベーションは出ませんでした。長生きに執着が少ないのか生活改善はほぼできないと諦めていたところで、ここまでポジティヴに捉えたことは珍しく一期一会から発するものです。生活指導とはこうすれば改善できますよと細かく教えることよりも、改善できるようにやる気を起こさせることが使命だと教わった気がします。
2022.08.24
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血圧、心臓、コレステロールの薬、飲むタイミングを変えただけで、血圧の安定感は早速変わりそうな感じで楽しみです。一方、親知らずの治療も大詰めを迎えてきました。神経を抜いた後の治療は意外と手間がかかります。歯医者さんは本当に技術師で全く違います。親知らずが虫歯になっら抜くことを勧める歯医者さんが多い気がします。これは奥なので治療することがたいへんなのだろうと推測します。しかし、治療のやり方によって歯のその後が決まってきました。ほぼ30年前に歯の治療をして留学した際に、行った直後にバゲットのサンドウィッッチをガブっと行ったら、歯に詰めてあったものが一発で取れてしまい困ったことがありました。しばらく悩んだ挙句フランスの歯医者に行ったら保険が効かず、見積もりまで出してもらいましたが1本8万円で暫し我慢。すると歯がっぺらペラからグラグラしてきて遂に自分で抜く!などという嘘のような体験をしたこともありました(笑)抜けた時の達成感は半端なかったことを憶えています。15年くらい前に通った歯医者さんでは殆どの治療が1-2回で終わり、その速さが魅力的だったのですが、被せた中が激しく痛みだし、他の歯医者さんに診てもらったら虫歯が残っていたのです。その治療をしてもらったのが今の歯医者さんとの出会いでした。その後、このブログでも以前に書いた他の歯医者さんにも行きましたが、結局今の歯医者さんが素晴らしいと身をもって感じた次第です。自分の作曲の師が自動的に4回変わったのと同じくらい、それぞれの歯医者さんが説明、方法、結果とも違っていました。歯医者さんは技工職、内科の先生は鑑定職の印象があり、音楽で例えると演奏者と批評家くらいの差に感じています。歯医者さんはまず経験、さらに手先や集中力が重要で一発勝負ですが、内科の先生は知識と経験が重要で温厚、柔軟が必要なのだろうと。今の歯医者さんは予約して行ったら待ち時間0です。今の状況はその場の判断もあるようで治療時間もまちまちです。内科の場合は予約して行っても待ち時間があります。診察時間があっという間ということも多く往復時間のほうが長いです。今の歯医者さんはとても頑張って治療していただいている印象でも、”こんなに安くていいのですか”というくらい治療費がかかりません。ですから、手間ややっていることから見ても歯医者さんはすごいです。内科は患者さんが多いためにスタッフも多くなる印象があります。若い頃はできる限りお医者にかかりたくなかったことが一番でしたが、今は身体全体がポンコツになってきましたので進んで行きます。ひとつ言えることは、お医者さんへの信頼が高くなればなるほど、自分のコントロールに対してやる気を発揮できることです。課せられているからやる、あまり好きではないけどやるでは、同じ時間を過ごすにしても自分をポジティヴにできません。時間の過ごし方は寝る、休む、遊ぶにしてもポジティヴさが必要で、充実した時間を持たなければ荒んだ気持ちになってしまいます。学校、家族のこと、習い事、家事などなど生きるために必要なこと、職場、仕事におけるポジティヴさは内容そのものや効率化よりも、人との出会いや影響から生まれることのほうが大きいと思います。例えば好きな人ができれば何に対してもポジティヴになれるように。
2022.08.23
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自分がレッスンする時は1回で何を向上させるかは明確で、学生の状況をいち早く知り、すぐに変えることを目指していました。受験や試験のための駆け込み、本番間近などが多かったからです。それに比べて年間の定期レッスンはどうしてもダラダラとしがちです。昔、自分が作曲を始めた頃に地方で受けていた和声のレッスンは、宿題を指定され自分でテキストを読んで自分で解くシステムでした。聴音も同じ先生だったので、聴音をやってるうちに朱を入れられ、説明は一言二言くらいで宿題がまた出されるという繰り返しでした。自分の頭の悪さも相俟って、テキストを読んでもよく理解できず、高校生ながらにこのシステムにも困惑していました。二人目の先生では解いたものにまず真っ赤っかに朱を入れられ、解答に近くなるまで直し1題を何週かかけてやっと答に到達しました。東京に出てきた途端に目から鱗くらいわかりやすく教えていただき、もっと早く東京まで通えていればよかったことを悔やみました。当時は教える側の効率性が優先されていて、感じたことを正直に言えば、短時間にいかに多くの生徒をレッスンするかが重要だったのです。今、自分の身体のことで治療に通っていて上記のことが蘇ってきました。血圧は薬が切れる起床時が高く、薬が効けば正常値に治まる繰り返しで、あとは自分が生活のリズム、飲食、ストレスを改善するしかないようです。よかったことは心臓にも有効な薬を処方され発作がなくなったことです。ただ、自分で記録した管理手帳では血圧がまだ高いから処方箋をいただく、そのためだけの通院の繰り返しは好きになれません。しかし、飲食(塩分)を減らす、飲酒をやめる、ストレスを失くすことは、キープすると言うよりも一種の諦めであるかのように感じられます。今回の受診で、飲むタイミングが朝から就寝時に変わった薬があり、これで朝晩の血圧の数値が見た目上は下がるかもしれません。それでも、もし今のルーティーンに少しでも改善が見られれば、やる気が出ると同時に諦めではなくポジティヴになれるかもしれません。
2022.08.22
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1990年代から「クラシックはそんなに敷居が高い音楽ではないですよ」などと、しきりにわかりやすく紐解く啓蒙運動のようになりました。「のだめカンタービレ」などドラマやアニメでも取り入れられ、楽器を演奏する人が増え、吹奏楽やオーケストラによって普及しました。嘗ては「高尚な音楽」と言われ毛嫌いする人も多かったと記憶します。「高尚」の意味は「知性や品性の程度が高いこと。気高くて立派なこと」で、本来は良い意味の筈が、蔑称として言われていたと考えられ、聴衆として流儀があって我慢を強いる割には退屈でわかりにくい例えです。ただそれは日本の古典芸能も同じことでルーツが異なるだけです。子供の頃、親に連れられて能を見に行きましたがとても退屈に感じ、クラシックのコンサートは長くても飽きずに聴くことができました。民族性をどの程度受け入れられるかは人によります。最近、コンクールで話題になりがちのショパンはどうでしょうか?子供の頃に「英雄ポロネーズ」がカッコよく感じいつも聴いていました。「軍隊ポロネーズ」はその次くらい、「幻想ポロネーズ」は謎でした(笑)しかし、音大に入りさらに教員になると嫌というほどショパンを聴きました。早い段階でショパンの恐るべき詩情の深さを識るようになりました。まず華やかで技巧的な部分が耳につきますが、同時に憂いや闇を持っていて、そのコントラストが表現の幅として演奏に顕れることがわかります。例えばスケルツォの第1番の演奏を聴けば、奏者の性格や経験量を推測できます。出版社にも寄りますが、ショパンがどう演奏して欲しいかは大方書いてあります。楽譜に全てが書いてなくとも、音符だけでも十分に窺い知ることができます。それがショパンの音楽なのですが、プロであっても演奏は全く人それぞれで、その詩情をどう表現するかは人としての幅に関係していると思っています。楽譜に書く用語は近現代にかけて増えていき、音符だけでは情報が足りず、従来にはない指示が書かれていることが増えていきます。ロマン派くらいまでは音符以外の記号や情報が少なかったわけですが、優れた音楽は音符だけでこう演奏してほしいということが読み取れます。ポーランド人のショパンは、音楽もポーランド語のイントネーションをもつ、それもあると思いますが、それよりも万国共通の詩情を音にできたことが偉業です。どう感じるかは個人差があると思われますが、どう弾いてもいいのではなく、ショパンの音楽性を尊重するべき偉大さを音符から読み取るべきだと思います。作曲者の意図や心情を表現から汲み取ることは難しいこともありますが、自分はこう感じるからこう演奏して何が悪いという考えは傲慢に感じます。最近はすぐに多様化という言葉で括り、個人の感性を優先化する傾向にあります。しかし作品を自由に解釈し本質を変えるのは「高尚」を「低俗」にしているだけです。「高尚」だと感じるならその高尚さを理解することで自分の嗜好を決めるべきで、ステレオタイプ(多くの人に浸透している固定観念や思い込み)な情報への依存は、結局自分が本質的な理解を深めずに時流に流され教養にはならないものです。クラシックを広めたいと思っている人こそが「高尚」だと思っていないでしょうか。受験生、学生の頃に楽曲分析のレッスンをたくさん受けました。一言一句事細かに決まっている厳格さがあり本来そうあるべきだと思います。ただ楽曲分析は多くの経験を通じて特徴や新しさを論じることができるもので、特定の1曲を分析しても様式を知る程度ですぐに役に立つとは言い難いです。これは時代背景を識ることも同様で、まず時代の流れを知っておく必要があります。結局、クラシック音楽を識ることは時間のかかる学問と同じであって、これまで形式ばった教えや崇拝的な上下関係など「高尚」を自ら演出していました。ただ近年、逆に形骸的で営利主義な軽さが目立つようになり無念に思います。
2022.08.21
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昨日載せたお弁当屋さんはすごくいいのに日曜日がお休みという、今回のプロジェクトの決定的な問題が顕となりました…。そこで肉食系若者向きのお弁当屋さんを再発掘することになりました。家の近辺によくあるのは流行りかもしれませんが鶏唐揚げ専門店です。いくつかある中、最も近くにあるのが「唐揚げ専門 からり商店」です。とにかく1個がでっかく、ニンニクの匂いぷんぷんで、なかなか敷居が高く入れなかったお店です。しかし、今回はさまざまな条件を掻い潜って第1候補になりました。唐揚げ弁当(中)を購入しました。この写真のご飯はよくあるお弁当の普通盛りです。いかに唐揚げが大きいかわかるでしょか?醤油味と塩味を選ぶことができ2個ずつにしました。下のほう唐揚げの下にきんぴらごぼうがいるのですが見えません。一応完食してみましたが、1千キロカロリーは軽く超えていると思います。30代前半にパリで一人で入ったギリシャサンドウイッチのお店で、サンドウイッチについてきたフライドポテトがものすごい量で、お昼に食べたら次の日のお昼まで何も入らなくなるあの感覚を思い出しました。唐揚げ4個が3個になる唐揚げ弁当(小)ヴァージョンもあるのでそれにして、ともかく野菜を何か足さねばならないとの負い目に駆られました。野菜、野菜、そうだ、とっても美味そうなサラダにしよう!次に買うときはこのサラダを50gでいいから追加するとバランスがいいかも!第1候補は30品目サラダ。カボチャの味付け次第の第2候補。久々にサラダに凝ってみたくなる展開でした。調べてみたところ、近くにあったRF1が閉店しているとの情報に愕然でしたが、店名が変わっただけのGg(グリーングルメ)になっていました。ここのサラダをいろいろと試食してみようという楽しみが増えました。ただ、商品はどれもこれも美貌を目指す女性の食物って感じはします。年寄りにはそれでもちょっど良かったりしますがちょっと高級ですね。これを毎日食べると欲求不満になりそうです(笑)
2022.08.19
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テイクアウトが流行って早や数年になりますが、近場の目ぼしいお店のご飯はひととおり食べ尽くし遠ざかっていました。大手チェーン店以外は、悲しいことですが月日と共に様子が変わりました。外食が復活してきたこともあり、テイクアウトは淘汰されました。そんな中、あるコンサートにお弁当を差し入れがしたくなり、近場のお弁当屋さんを再検証することにしました。出演するメンバーは皆が肉好きとの声から、希望を踏まえて月並みではない個性的なお弁当の発掘が始まりました。いちばんに思いついたのは、行ったことはなかったのですが、近場の焼肉屋さんがお弁当を始めたというので早速買ってみました。韓国焼肉のお店のカルビ焼肉弁当は何と600円という価格です。一度は買ってみる価値があると判断し買ってみました。まず、お店は綺麗ですが店員さんの対応はちょっと無理な感じでした。今、焼肉屋さんは牛肉の価格高騰で存続が危ぶまれているため仕方ありません。注文して10分後に再度訪れた時には準備されていました。楽しみに家で食してみると肉の焦げが多くご飯も美味しくありませんでした。そこで、さらに探してみたところさらに2軒ほど出てきました。そのうち1軒に行ってみたところ、17日まで夏季休業とのこと。もう一軒に行ってみると、ちょうど行った日の15日まで夏季休業とのことで、悔しかったのですが翌日行ってみました。16日の日替わり弁当【赤】の玄米を選択しました。日替わり弁当は【黒】は肉・魚・野菜がバランスよく職人が手がける家庭の味日替わり弁当【赤】はこだわりの洋食料理シェフが丹精込めて作るレストランの味ネットでも評判が高い稲毛屋・自由が丘店のお弁当です。この日はハンバーグ・トマトチーズソース、豚ヒレカツ、カボチャと金時豆のサラダ、ゴーヤとツナのパスタで旬の食材を踏まえたボリュームたっぷりのお弁当でした。日替わり弁当以外にも唐揚げ、ロースカツなど定番のお弁当を選ぶこともできます。ほぼこの日替わり弁当で満足できましたが、次回は白米でも食べてみたいと思います。特に感動したのはカボチャと金時豆のサラダです。スーパーの豪勢なサラダを買うとカボチャのサラダがついていたりしますが、実は甘さがあまり得意ではありません。しかし!このサラダは違いました。これならいくらでも食べられる絶品カボチャサラダでした。
2022.08.18
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初老のおっさんとしては書いていても恥ずかしいし気持ち悪いのですが、前回載せたClassy Roseの今度はバスオイルです。少量で泡も立つしオイルというだけの油分もこれまででトップです。歳も歳なので、油分が多いと浴槽で滑りそうになります。ラヴェンダーの香りが好みなのですが、ローズがやはり強めです。いずれラヴェンダーのバスジェルを自分で購入したいと思います。食べる(呑む)こととお風呂くらいしか発散がないのですが、お風呂のアメニティはひと段落しようかと思います。他に何か楽しいことは…
2022.08.17
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今日の正午頃は自由が丘にいましたが、殆どの人がマスクをしていました。30℃は超えていたと思いますので、汗が滴り落ちる状況でした。自分の場合は身体の都合上1日の歩数を稼がなければなりません(笑)から、マスクをしていたら2-3枚必要なのでしないで歩くことにしました。厚労省が屋外でマスクを外すことを推奨し始めたのは6月末のことです。自国が規制することに反発する外国人はたくさん知っていますが、国が規制を弛めているのに自粛を続ける国民性は理解されるでしょうか?それは日本人が物事の本質ではなく建前で行動するからだと思われます。日本人が海外でマスクをしないことを批判すること以上に、海外から見れば日本人の行動は以前から不可思議なことが多いはずです。日本のメディアは考え方が正しいかのように言いますが決してそうではなく、愛国心が強すぎて他国の文化をわかろうとしない人が多いのです。「世界で最もマスクをしなかった国」オランダ、逆に日本人はなぜマスクをするのか?マスクをして街中を歩いていて、うっかり外して会話でもすれば、相手から感染したり、自分が感染させたりすると思うでしょうか?そんなリスクをまだ感じている人はコロナ脳に洗脳されていると思います。皆が待ち望んでいるのは、マスクを外せる同調圧力を待っているのです。同調圧力と印象操作を絶えず受け続け、日本人は麻痺しているのです。信念や本質で行動するよりも、同調圧力に屈するほうが楽で無難ですから。ビジネスで言えば、品質の良いものを一から作り出すよりも、良い悪いに拘らずすでに売れているものを真似たり乗っかるのと似ています。日本へのウクライナからの避難民は1,600人を超えているそうです。日本の立場から人道的な配慮として受け入れるべきとの声が大きいですが、日本に来てよかったと幸せを感じられるかどうかは人によります。言葉、食物、習慣、文化、気候だけでも慣れるには時間がかかります。キエフの気温は年間-7℃〜26℃で、日本の湿度と酷暑はまず滅入るでしょうし、それでも屋外でマスクをする日本人に合わせるのはたいへんでしょう。ただ本質より建前の強いこういう時の日本は他の行事同様に手厚いのです。ウクライナ避難民の65%は状況が落ち着くまで日本滞在を希望しています。ネットでは「日本人の仕事探しもままならないのに避難民まで手が回るのか?」という発信が見られます。また、日本に来ても「言葉と仕事探しの壁が厚い」と、29歳の避難民の男性は語り「支援はとても手厚い、あとは自分の問題」と。ただ選択肢は、日本に留まるかウクライナに帰るしかないのだろうと想像できます。大戦に負けた日本は、戦争があってはならないとこの時期しきりと言われますが、それはウクライナ侵攻を見て戦争体験あるなしに関わらず皆わかってきています。なぜ起こるのか、どのような集団心理、同調圧力、印象操作が働いたのか、本来は勃発する前にそれを止める会話が必要なのだと思います。あまり聞かれなくなりましたが、1908-1993に政府が進めたブラジル移住、1959-1984に在日朝鮮人とその家族を対象に9万3千人が日本から北朝鮮に渡航、当時は北朝鮮は無償治療、無償教育の「地上の楽園」だと宣伝しましたが、極貧と差別に苦しめられる日々が待っていた史実があります。何事も後になって検証されるわけですが、ポイントとなるのは、集団心理、同調圧力、印象操作による意識の支配を受けないことが肝心で、常に自由・平等・博愛(フランス革命の標語)を訴え守ることなんだと思います。ただ、ちょっとした思い込みでもこれらはすぐに侵されてしまいます。
2022.08.16
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歯医者さんに行きたいと思ったことは1年前までは1度もなかったです。しかし、自分に限らずこの歯医者さんなら続けてみてもいい、そんな風に思えることもあると思います。ただ、なかなか巡り合わないこともあるかもしれません。自分が治して欲しいのはこの歯ですと話したらその歯の説明と治療法を話し、そのついでに歯石もいつの間にか取って処置がとにかく早いのです。講釈が長く、処置に時間がかかる、或いは何日もかかる、処置で担当が変わる、過去にはそんな歯医者もありました。4ヶ月ぶりに親知らずの治療が再開しました。削ったところ神経にも侵食しているので神経を抜くことになりました。ここで麻酔を打つのですが、これはいつでも多少痛いです。そして少し削ったかと思えば、またいつの間にか神経を抜かれていました。この先生のいいところはたくさんありますが、これから「打ちますね」とか「抜きますね」とか直前に言わないことです。家に鎮痛剤があるかと尋ねられ、麻酔が切れると痛みが出るかもしれないので、先に飲むように言われましたが、無事に痛みは出ませんでした。抜くか残して被せるかを尋ねられ、ここまで来たのだから残すことを選びました。今後は歯の根っこの治療が当面続きます。なぜか通うことが楽しみです。他の歯医者さんだったら抜く方向だったかもしれません。この親知らずとは一生の付き合いになりそうです。
2022.08.15
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高校生くらいの頃、ある先生から「人の役に立つために生きなさい」ということを言われたことを鮮明に記憶しています。多少宗教的な意味合いがあったかもしれませんが、その時はへぇ〜と思ったものの自分には足りないと思われたのかもしれません。人のための代表格は、自然災害の被災地にボランティアとして行かれる方です。しかし、多くの場合は人のためと見えていたことは実は自分のためだったり、人のためと思ってしたことが実はされた人は喜んでいなかったりします。事実その先生のレッスンはやる気がそそられるものではありませんでした。結果として一般に親切はしても思いやりや忖度はしなくなりつつあります。昔のお茶汲み、偉い方に先を譲るなどの気遣いが懐かしいですが、その習慣を一度持ってしまうと、する側もされる側も離れられなくなります。ここ10年以内に出た言葉でWinwinがありますが、それならいいのです。エレベーターで先に乗ってドアが閉まりかけた時に外に人が見えた時、乗れるスペースがあれば開くボタンを押して待っていたものが、今はコロナ禍でその気遣いが裏目に出ることすらあるわけで、他人への気遣いが煩わしくコミュ障への拍車がかかってしまっています。その煩わしさを解消したのが、実際に人と会わずして物事が瞬時に捗る、ネットショッピング、マッチングアプリ、オンラインミーティング、フリーマーケットなどなど、思いやりや忖度の必要がありません。しかし、コニュニケーションが欠落することはどうしても否めません。その結果、意思疎通ができない、文言や画像による齟齬などが生まれ、段取りどおり話が進めばいいのですが、一旦食い違ってくると、時間の空白を避けたいためにおざなりな空気になりやすく、楽しいことを話すにはいいのですが、真面目な話はしにくいです。さらにそれを利用した極端な表現や価格設定による売買があります。売る側と買う側の優位性は場合によって異なり、買う側は選択肢の多い割に少ない情報で比較検討しなければなりません。検索するスキルや時間、ちょっとしたタイミングが大きく影響します。実物を見ずに買物をするのは半ば賭けに出ているのと同じで、お金に余裕のある買物好きな人はそれが楽しいようです。利点としてはハンデキャップを持つ人やお年寄りが動かなくていいこと、売り手は人件費がかからずコストダウンできることです。人との関わりが不器用でこもって何かに打ち込む少年時代を送り、ビジネスとして成功した人にとっては今は夢のような社会なのかもしれません。しかし、人のことを考えなくてもいい=人の言うことも聞かないのであって、コロナ禍や物価高は返って人との関わりを求め元の日常を取り戻そうとしています。そして、世の中は音楽も含めて使い捨ての時代からリサイクルの時代に入りました。裕福だった社会が、質を落としギリギリを求められるような時代です。嘗ては数少くなっていた質屋さんがリサイクル業界として復活しました。古物、貴金属、ブランド品、ピアノ、車買取の宣伝は枚挙に暇がありません。それらが高く売れるのは作者、ブランドや型番などがはっきりしているもので、そうでないものは二束三文が基本ですが、この転売が繁栄する時代です。画像を送れば無料査定というシステムがありますが、それで値がつくことはなく、現物を見せることになります。売るのにリモートで事が運ぶことはまずありません。結果的に、主に素人がネットで購入をし、プロはネットで購入せず売るだけです。ネット社会で真に効率化できることは何かよく考えなければならないと思います。若者のコミュニケーションの悪さ、無責任な個人主義が助長されます。”昔は良かったな”としか思えず、その良さすらどんどん消えていく悪夢の世界です。
2022.08.14
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旧統一教会が山上容疑者の犯行のきっかけであったことはわかります。それが一点、政治家との結びつきの追求に波及しましたが、あまりにしつこい。反社会的勢力であったとしても選挙権を持ち、法的な拘束を受けていない人に対して、逆に関わりを拒絶すると言っていいのか…。このことでいちばん苦しんでいるのは、結局幹部ではない信徒の家族です。洗脳されていればどんなバッシングにも耐えられるかもしれませんが、信徒ではない家族はますます追い込まれ、容疑者と同じ思いに至るでしょう。何の解決にもなっていないし、救いにもならずますます断絶を生みます。岸田総理はこれまで民意(メディア)の風向きを読むことに追われてきましたが、あまり取り沙汰されていない彼のスピーチに正答が示されています。宗教団体の法令から逸脱する行為には厳正に対処すること、法務大臣をはじめとする関係大臣に被害者救済に万全を尽くすことを指示し、これらの徹底を通じて国民から信頼される行政運営を行っていくまた、経済的に追われるなど社会で自分の能力を活かせないことへの反発は、宗教的な事由に限って起こることではなく、弱者特有の現代的なジレンマです。それを乗り越えられるか、自分や他者に対して責めるかは人それぞれですが、今回のように銃規制されている社会で銃を自作できてしまったことが大問題です。政治家の落ち度をメディアが責めるのは当然のこととしても、投票によって信託されている人々が説いていることを無視して反対を唱えたり、早計な批判をするのを見るにつけ、世の中に対する嫌悪感を感じます。もっと苦しい人はたくさんいるのではと思うと居た堪れません。
2022.08.11
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明石と言えばタコのイメージですが、今回は穴子の老舗でご馳走していただきました。この「でん助」の穴子フルコースは穴子づくしの逸品揃い。穴子だけでこれほど堪能できるとは驚きで貴重な体験でした。穴子フルコース1.前菜5種すでに寿司が1貫ついていて、この前菜ですでに肴として完結しているようです。2.湯引き(サラダ付き)穴子が団子のようになっていた湯引きです。接写しましたが失敗…。3.お造り2種盛り見たとおり美味しいです。肉厚の穴子は絶品でした。4.天麩羅このあたりから怒涛の穴子づくしになってきます。5.塩焼き6.でん助しゃぶしゃぶ鍋が人数分1鍋で出てきて、7.でん助棒寿しで終了です。ここまで全て穴子です。ほかに汁物、デザート(アイス)がつきます。もう一度、復習しながら味わいたいと思える穴子のコースです。明石のお酒2種と合わせて至福のひとときでした。感謝です。このようなお店はこれからもずっと続いてもらいたい、食の文化は人として生きるうえでもっとも偉大な財産だと思うからです。
2022.08.10
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一人呑みも終わり、遂に贅沢呑みに入りました。新大阪は昔レッスンを受けるのに何度も経由していましたが、大阪に比べると味気なく殺風景なビジネス街の印象が強く、何か変わったかと言えば、あまり変わらず今もビジネスマンの街だと思います。駅の中は昔の広くて閑散とした印象はなく中継駅として華やいでいます。しかし、一歩外に出ると東口は新横浜と言うよりも菊名くらいです(笑)新幹線の乗務員が男女共制服のまま、牛丼の松屋に続々と入るのは新鮮です。安くて美味しいのは確か。管理職以外はホテルの従業員も外国人が多いです。そんな中で脚光を放つ飲み屋さんが「おーうえすと」です。このお店は関西系チェーン店、鮮魚に特化していて感激ものです。ここにも新幹線乗務員のカップルがお昼に来ていました。と言うわけで、昼呑みしました。お造り5種盛りのすごいところは、全てひと切れが大きいことです。ネタが新鮮でプリプリしていれば大きいほうがいいことを証明しています。一度食べたら他は食べられなくなるくらいの絶品です。たっぷりしらすのせ出汁巻き玉子とび魚が売りなようです。とび魚さつまあげは嘗て味わったことないさつま揚げでした。蒼天シメサバ炙り棒寿司も今まで食べたことのない味わい。自分から注文したものはないのですが、どれを取ってみても美味!今回は新大阪がいちばん思い出深く、発見が多くて楽しかったです。時間の調整にカフェを探しましたが、普通によくありそうなカフェはなく、やっと見つけたのがポンドカフェ。現金払いしかできない味のあるカフェでした。今回はアイスコーヒーしか注文しなかったけど、食べ物も個性的で美味しそう。また行くことがあれば、食べ物を注文してみたいです。ただ、年配中心でお客が多くはないので、まずは存続を願うばかりです。新大阪は地味ですが前時代の人情をいろいろ感じられて楽しかったです。子供や若者の街ではない気がしました(笑)
2022.08.09
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土曜日に米原に来ました。この日も暑い暑い日です。例によってホテルからできるだけ近場で夕飯を食べる場所をチェック。今回はホテルにも恵まれ、余り時間は近所を散策。しかし、暑すぎるのもあってそれも20分くらいで終了。この日は土曜日です。夕飯のお店は予約していません。めぼしいお店をチェックしておいて、開店した頃に行きました。行ってみてびっくりですが、黒塗りのプレハブで窓もない感じです。それでも「今日は予約でいっぱいです」とのこと。楽しみがぶっ飛びました。すでにわかっていたのですが、もう1軒の候補は閉店していました。今時あるあるです。知りもしないのに悲しくなります。お店は他にもなくはないのですが、検討の結果諦めてスーパーへ。初めて知る大型スーパー、フレンドマート!まず肴になる珍しい惣菜を探しますがそれはいつもなかなか見つからず、今回の掘り出し物は豆腐田楽160円です!それと普通のサラダ。土曜日は自慢のパンの日!だそうなので、3個278円に乗っかりました!下からトンカツサンド、ピザパン、シナモンロール。酒の肴にはなるけど、結局どこのパン売り場でもありそうなラインナップです。しかし、いつになく美味しいシナモンロール!顆粒シナモンの瓶をひっくり返したのかというくらい苦味も感じるシナモン!家で食べれば普通に終わりますが、ホテルで食べるとそれなり味わい深いです。充実した一人呑みになりました。1日くらいはこういうのもいいです!地方のスーパーではレジでもすぐによそ者だとわかるみたいで、レジ袋を買ったり箸をもらったりのいつものやりとりでも優しくしてもらえます。
2022.08.08
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7月末はお天気にも恵まれ暑かったです。今回は東海道を西に進みます。初日は静岡を少し超えた所にある焼津です。お刺身で1杯呑む、ごくシンプルで日常的な楽しみがありました。ホテルはできる限り駅近で、夜は一人呑みなのでなるべく近い居酒屋です。自分の方向音痴もあり焼津は地図を見ながら歩いても迷う…。少し余裕を持って歩くので街をふらふらするのもいいですが。焼津は鰹や鮪など食卓に並ぶお魚が美味しいようです。入ったお店は後でチェーン店と気がつきましたが、広くて明るく入りやすかったです。まずはやはりお薦めのお刺身をいただくことにします。炙り〆鯖は最近少し流行っているような気もしますが…ここは鰹と目鯛にしました。お通しがやや残念。鰹はいつも食べているものと変わらない感じでしたが美味しかったです。当たりは目鯛。新鮮さがよくわかるプリプリ感と程よい身の脂が良かったです。暑いこともあってビールが進み、2杯目はここならではの静岡麦酒(しずおかばくしゅ)です。1杯目とは全然違ったテイストで、キンキンに冷えているのがまたよかったです。写真を撮り忘れましたが、メニューでは軽そうに見えた白魚の天ぷらが最後の一品。この程度で十分だったのですが、意外と衣が厚く食べ応えがありました。このビールで終わるはずでしたが、結局肴が残ったので最後にもう一杯。このお店にはハウスワインがあったので好奇心でとってみました。店員さんに銘柄を尋ねてみましたが、よくわからない様子だったので期待しませんでした。ところが、安いなりの癖がどこの国と言えない個性になっていて楽しめました!グラスが冷えすぎですが、このワインにはこれでよかった気も…。
2022.08.07
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1週間ほど地方を回りました。発つ前日の7月28日にコロナ新規感染者が世界最多という日本、ただ先々で街中の人が少なかったかと言えばそうでもなく、少ないと感じたのは新幹線の乗客数でした。新規感染者数の推移のグラフを見ると驚愕します。(いちばん下のグラフを全期間で見て)1日の死者数は感染者数の0.06%ですが、今はこれまでの中でもっとも多い状況です。日本はロックダウンこそしていませんが、緊急事態宣言中でも感染者数が増えたり、飲食店に自粛を促し、マスクを徹底し、ワクチン接種率が高いのにこうなっています。これまでの状況を全て合わせても数の上では今が最悪です。これまで言われていたことが間違っていのか、今が間違っているのか検証の時です。検査数や検査の方法が数の増減に大きく関わっていることはないでしょうか。本当に検証すべきことは数でないことは確かだと感じられます。そんなことはお構いなしにどこに行ってもさほど緊張感はありません。自分が感染することはないし、人に感染させることもないのはいつもどおりです。なぜそんなことを決めつけられるのかと問われても洞察力でわかります。気をつければどうってことはない、消毒や接触はコロナ禍前からの習慣もあります。自粛を要請されても自粛するかどうかは自由でいいと思います。ただ感染して困るのであれば自粛しなければなりません。有名人が感染して公表しますが、普通は必要な人以外には知られたくないでしょう。何事も格差は大きく、「一生コロナでもいい」と言っている居酒屋経営者もいます。真意とは異なるところで押さえつけられたり自由を奪われることがあります。安倍元総理殺害で俄然標的になった旧統一教会について、昔のことはよく言われますが現在の被害はどうなのか、警察はどう考えるのか?現在国内信者56万人、相談件数は7月に12倍に伸び94件、どう見るかです。警護体制についても犯行が遂行されたわけですから警護側は猛省するでしょう。着目すべきは山上容疑者が計画性、実行力、意思表現に長けた人間だったことで、前日に演説先を長野から奈良に変更した元総理との運命すら感じます。自らの能力をこんなことに使わず、他に活かせたならば大成できたでしょう。メディアはすぐに政治家、警察、団体を批判することが目に付きますが、山上容疑者の犯罪は決して許されず、こうなる前の社会の摂理が大事です。今の最大の問題は地球温暖化で、異常気象が今よりもう減ることはありません。過去には凄惨な原発事故がありましたが、今進むべき道は一つしかないのでは?理想ばかりを言っていても弱者が煽りを受け別の問題に変わってしまいます。夢や構想は大事ですが、もはや足元から一歩ずつ。大人も子供も現実を見ること。
2022.08.06
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