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去年の同時期のブログで岡崎城の藤棚を紹介したところ今年は30人ほどの見物人が訪れていた。恐らく僕の去年のブログに触発されて「今年は見に行かねば!」とやって来た人達であろう。藤は写すのが難しい。アップで撮ってもサマにならない。遠景で撮ってもボンヤリしちゃうっていうか何だか絵にならないのである。いっそのこと心霊写真でも写らないかとやや露出不足で幽玄さを切り取ってみる。主役を藤の花よりも木の幹にする。この藤棚は岡崎城直下にあるのだが残念なことに多数の松の木に邪魔されていて城と藤の2ショットが撮れない。それが出来れば観光用ポスターにして岡崎への集客につながるだろうに残念だ。
2009年04月30日
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豚インフルエンザの感染予防のためにタミフルが再脚光を浴びている。タミフルを扱っている製薬会社はどこだろう?とネットで調べたら「中外製薬」が総輸入元となっていた。すかさず中外製薬の株価をチェック。今年最高値で大躍進である。僕が気付いた時には既に上昇率は鈍っていた。投資家の俊敏さには驚いた。GW前に株を買うというのはリスキーだしクライスラー問題が30日に決定するし日本の企業が4月末から5月初めに決算なので様子見をするのが無難な時期なのにである。デイトレーダーは1日か2日間で大儲けしただろう。僕のような小売りの商売でもこういう先見の明は重要だ。いや、それよりも重要なのは「引き際」である。ヒット商品というものの寿命は長くて3ヶ月。売れていると思ってドカンと再仕入れすると大抵しくじる。ポップスや歌謡曲がいい例ではないか。ドカンと売れた曲やアルバムを半年後に聴いていると「まだそんなの聴いてんの?古~」と思われる。小説も同じでベストセラーになった本ほどブックオフなどに山積みされ激安で売られている。供給過多は価値観が下がるのは当然である。理屈では分かっているが実行するのは難しい。
2009年04月29日
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GW前半、山はとんでもない大荒れだったようだ。遭難死のニュースも入ってきている。確か数年前のGWも大量遭難死があったと記憶している。桜が散り、藤もそろそろ終わり、ツツジの頃となった愛知だが山の上ではまだまだ冬なのである。この【南岳HP】の4月25、26、27日の画像。僕の技術や装備、経験では単独行はとても無理である。GWが終わってしばらくしたら適度に残雪が残る山に行きたいと思っている。せっかく車にETCを付けたのに1度も使ってないし。
2009年04月28日
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先日のブログで友人のエロ話をネタにしたところ、タダシくん(あ、実名書いちゃった)からメールがあった。明らかに抗議及び削除要請のメールである。ブログを読んでいたところヨメがやって来て「何て書いてある?」とパソコンを覗き込むのでそれを遮りモニターを隠して強制終了したそうだ。「しばらくの間ブログ拝見はしねえ!」そうである。(笑)そういえば粟津くん(しまった、また実名書いちゃった)もエロサイトを見ていたらヨメが起きて来て「閉じる」をクリックしたのだが中々閉じず「何もねえ!何もねえ!」と言いながらモニターを抱え込み事なきを得たことがあると言っていた。(その行動時点でバレバレと思うのだが)ここでタダシくんのヨメさんに一応弁明しておこう。【あのブログネタはフィクションです】これでいいっスか、タダシくん?アメミヤくん(ああ!また実名書いちゃった)の浮気発覚夫婦喧嘩の仲裁に入るようなああいうキツい(笑いを抑える)役目はもうご免だからな。(笑)
2009年04月27日
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高3の息子が6月頃に弓道部を引退する。「お父さん、今年はいつでも山に行けるよ」と言うので「俺なあ、今年は避難小屋泊まりしてえんだよな」と答えたら息子も乗り気のようである。山に行っても常時一緒に並んで歩かない。親子共々、自分のペースで気ままに歩いている。追いつこうとしたり待っていたりはしない。大抵は息子を先に歩かせている。ルートを見つける感覚を身に付けさせるためだ。「後ろには父親がいる」という安心感も少しはあるだろうがそれすら感じさせないようにしているつもりだ。従って息子は僕と一緒に山に行っても実質は単独行みたいな感覚になっていると思う。それでいいのだ。親は単なる状況提示のきっかけを与えるだけであとは子供が自分で判断し選択していけばいい。BALI島の時も親子別行動の日を設けた。「俺、隣り村に行って来るからさ、オマエ勝手にやれや」そういう体験は大人になって生きてくると思う。いつか親を抜いてくれなければ困るのだ。それが親の使命だとも思っている。こんなサイトを見つけた。 【避難小屋サイト】
2009年04月26日
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久し振りに会う友人達との集合場所に着いたら車を見て「これが最近買ったラパンか」と言われた。「岡崎城と月の写真良かったよ」とか「夜桜一緒に行った女の人って誰?」とか「ほら、桃色の川の画像、携帯に取り込んでるよ」とかげ!みんなしっかりこのブログを読んでるではないか。今まで1度もコメントが入ってないのでまさか読まれているとは知らなかった。読まれていると分かった以上みんなのエロ事件を暴露出来ないではないか。ということでタダシくんの風俗3P話とかシンゴくんのお触りPUB話とかヒサシくんのFカップ嬢とのトイレ内ファック話とかそういうナマナマしいエロ話はここでは割愛する。僕は恥ずかしい話、風俗遊びはしたことがないのだ。0時半に自宅に帰って来て風呂に入った後にネット販売の仕事を始めたのでこんな時簡になってしまった。つくづく自分はマジメだなあ、と思った次第である。
2009年04月25日
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今日は定休日だったので愛犬ルーク大佐に先導されヨメと一緒にまた宮路山(みやじさん)に登ってきた。天然記念物のコアブラツツジは開花1週間前程度、キリシマツツジは満開だった。 こんなような小道を歩いたのだが途中広々と空が見える場所を発見。流星群の見える夜はココに決まりだ!と言うほど絶好のポイントを見つけた。その後、ツツジといえばココ!と数名の人が教えてくれた音羽町(おとわちょう)のつつじ展望台に行ってみた。露店が出て観光バスも来てて大盛況とのことだったので恐る恐る行ってみたら誰もいないどころかツツジはとっくに終わってしまっていて地面に落ちた花すら1つもなかった。しかも「つつじ展望台」と書かれたスポットは何と4畳半ぐらいのヤグラが組まれているだけであり今年最高のガックシを味わったのであった。お菓子もジュースもおにぎりも用意して行ったのにっ。 気を取り直して行った場所は地元の岡崎総合公園。芝桜が満開だった。
2009年04月24日
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藤の花は朝や昼に見るものではない。クマンバチ(熊蜂)がいっぱいいるからだ。しかも藤は何だか精彩に欠けるのである。桜とは違い、明らかに潔さが無い。通勤で通る裏道にある徳王神社は六尺藤で有名である。夜はぼんやりした明るさの提燈がぶら下げてあってけだるいような甘い匂いが漂っている。春なのに何だか寂しさが同居しており大した感動もなく、虚脱の混じった感覚で藤棚を一通り眺めてみる。桜も藤も本当の満開よりも7~8分咲きが良い。満開は「空白の美」がないからだ。藤棚に納められたように咲く藤よりも山に咲く野生の藤の方が風情がある。木曜日の定休日は山に咲く花でも見に行こうか。
2009年04月22日
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田舎者なので東京には2回しか行った事がない。中学の修学旅行で行った時とストーンズの初来日の時に行っただけである。それ以外にも理由がある。東京はどうも肌に合わないからだ。大阪と違い、取引先の業者のバカさ加減もあるがどうも鼻持ちならねえ感じがするからである。男でも女言葉のような言葉遣いをするとかしょせん地方出身者の集まった街じゃねえか、とかグレーの背広着たヤツラが下を向いて生きてるとも死んでるとも分からぬほどに無表情で歩いてる街というイメージがある。要は個性が無い街のような気がするのだ。個人的には東京が日本の首都なんて気に入らねえ。大阪の方が活気があって首都に似合うと思う。東京にはエネルギーが感じられない。ここでいう「エネルギー」とは「カオス」である。無機質な都市は面白みが無い。そんなこんなで僕は東京が嫌いだ。しかし、やはりみんなは東京に憧れるわけでそんなコンプレックスを雑誌のエッセイに載せてみた。 【ああ、東京】
2009年04月21日
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自宅近くの道沿いに八重桜の木がある。西日しか当たらない場所なので今が満開だ。人目を引くことはないが枝っぷりが気に入っている。 フラッシュなしで撮ったら異様な雰囲気になった。森の中の1本の木に蝶が群がって休んでいる、そんなイメージが頭をかすめた。 花鳥風月ではなく花蝶風月。そんな言葉もありかな、と思った。儚きもの3つ、悠久のもの1つ。
2009年04月20日
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カグベニからムクティナートへ向かう途中でムスタン王国のある北の方角を眺める。ヒマラヤの圧倒的な砂の量。さらさらとした砂の上を歩いて来ている。枯れ草がところどころに生えているだけだ。乾燥した空気の中、飲み水は、ない。向かう方角にまだ村は見当たらない。道から外れて日陰に残っている雪を食う。小さなアンモナイトのかけらを拾う。砂に還れと放り投げて座り込む。何を求めてどこに行くのだ。歩きながら夢を見る。湖でボートに乗る夢。静かな波紋。大きな鳥に腕をつかまれて大空に舞い上がる夢を見る。無抵抗。目を開ける。質量に眩惑されて歩く。ああ、まだ生きている。そろそろ醒めてきた。
2009年04月18日
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年配の人が旅行に行った話を聞くと宿泊先の良し悪しの評価を必ずしている。「あの旅館の料理は良かった」とか「あのホテルの部屋は悪かった」など。観光が目的だったのかホテルが目的だったのか、多分ホテルが目的みたいなのである。旅館やホテルの料理や部屋が旅の基準だとしたら僕の旅は一体どんな評価をされるのだろう。(笑)日頃泊まれないような場所で贅沢な気分を味わいたい。価格に見合った料理や接待を受けて満足感を得たい。そりゃ確かに「ごもっとも」である。僕の宿泊に対する価値観は明らかに違う。きれい、豪華、サービス、広さ、明るさ、贅沢感、どれもハナから眼中にないのである。「ここに泊まる場所があること自体に感謝」という言ってみれば【避難所】みたいな宿に魅せられる。しかも電気が通ってないというのに惹かれるのだ。以下の2枚の画像は、昔からブログを見てくれてる人は何となく見覚えのある写真だろう。宿の夜の色彩は揺らめく灯りが好きだ。贅沢というのは与えられるよりも自ら感じるものでありたい。
2009年04月17日
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1学年上の友人が多い。今日はそのうちの1人からメールがあり近いうちに集まろうか?というお誘いがあった。そもそも彼らとの出会いは友好的なものではなかった。高校2年の時「何だオマエ、その髪型は!」と学校の階段でいちゃもんをつけられたり「昨日3年生に殴りかかったヤツはどいつだ!」と教室まで押しかけて来られたり。1番面白かったのは授業を抜け出して学校の外でタバコを吸っていたら「授業サボって何してやがる!」と数人の先輩に絡まれたことである。彼らも授業をサボっているのに。言っておくが僕は大した不良少年ではなかった。彼らも同じように根っからのワルではない。高校卒業後に急に親しくなってみんなでソフトボールチームを作ったりした。お互いの結婚式も必ず出席し合った。今ではみんないいオッサンになり頭髪微少病とか老眼とかなってる奴もいるが絵文字だらけのメールを送って来るのが気に入らん。
2009年04月16日
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両親の金婚式記念旅行の行き先が決まったようだ。今日、母親からメールがあり、「父はネパール希望、私はマレーシアのランカウイ希望。 真ん中を採ってベトナムにしました」だそうだ。どういう基準で「真ん中」なのか不明である。(笑)セントレア空港からのベトナム便はハノイはあるがホーチミンはない。チケットとホテルのみを取り、後はホーチミン3日間自由行動だそうだ。通貨とか気候とかをネットで調べてあげているうちにハノイの近くに「ハロン湾」という場所を見つけた。3000の島々のある海をクルージングして小さな舟の上で1泊するというオプションツアーがあった。もちろん両親はそんなタフなツアーには参加しないが僕だったら迷わず体験するだろう。何だか行きたくなってしまった。できれば1人で小さな舟を漕ぎ適当な無人島で寝袋かテントで寝てみたい。海でも山でも、地球で迷子になる旅がしたい。帰れる前提のある迷子は楽しい。
2009年04月15日
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朝、パソコンの仕事が一段落ついてウチャラさんのバンコク暴動のブログを読んでいたら実家の親からメールが届いた。「金婚式でもらったお金でタイに行こうと思う。 お前も行かんか?」おお、ニュース見てないんかい?今はタイは控えた方がいい、と返事した。「じゃあ他の国に行かんか?ガイド頼む」それは嬉しいお誘いだが、こんな感じで返事を書いた。「海外は何かと気が張り詰めるだろうし 息子の俺が同伴するよりも 夫婦2人でのんびりどっか行ったらどう? 例えば50年前を振り返るという意味で 新婚旅行で行った国内ルートにもう1回行くとか。 で金婚式旅行ベビーなんか作ったらどうでしょう?」
2009年04月14日
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妹その2がお盆に富士山に登るという。小学校低学年1人と幼稚園児2人の子供を連れて山小屋に宿泊してからご来光を眺めたいのだそうだ。妹その2夫婦はハイキングすらしたことがない。でも「何となく行きたいから山小屋も予約した」そうだ。「兄ちゃん、寒いかなあ?運動靴で大丈夫?」などと超初心者のような質問をしてきた。「ああ、寒いよ。運動靴でもええだろ」とこちらも随分いい加減な返事をしておいた。僕も初めての山はすごい服装で行った。アロハシャツ、スニーカー、懐中電灯だけで地図無し、食料無し、リュックも無しだった。6月下旬の八ヶ岳の最高峰赤岳に夜9時頃からライト片手に登った。真教寺尾根という鎖場のある山道を飲み水すら持たずに本当に手ぶらで登ったのだ。何時間ぐらいで山頂に着くのかも知らないし時計も持たずに登ったのだが今思えばすごく無謀なハイキングだった。知らないというのはある意味強い。だがあの初めてのサバイバルハイキングは今でもとても刺激的に心に焼き付いている。ヒマラヤでのガイド無し、地図無しトレッキングも自然の圧倒的な強さを知って面白かった。本当に山好きの人から言わせれば全くけしからん、山を甘く見るな!とこっぴどく叱られそうではあるが人間の中に眠る野生を呼び覚ます良い経験だった。妹家族の検討を祈る。
2009年04月13日
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昨夜は両親の金婚式のお祝いのために実家に行った。実家は築100年を過ぎた日本式平屋建てで昔の時代劇に出てくるような大広間がある。ほら、殿が上座に座り、家来が相対して座るような20畳だか24畳の大広間である。そこからは小さな日本式庭園が眺められる。小さな池もいくつかある。西側には離れのような座敷と白壁の蔵がありかくれんぼをするにはもってこいの家である。だが家が広いだけで、別に金持ちではない。母親が書道塾をやっていたので広間は板張りに替えてありみんなは「稽古場」と呼んでいる。そこにテーブル2つを並べて集まった。僕には妹が3人おり、その旦那と子供達も集まったので人数が把握出来ないほどの大変な大賑わいだった。とにかく幼稚園から小学生低学年のガキが多い。僕はクソガキを見るとくすぐるので「コチョコチョおじさん」と呼ばれガキ共に蹴られたりカンチョーされたり殴られたりして人気者なのである。ガキの名前を呼ぶにも数が多い挙句に双子とかもいるので名前がさっぱりわかんねえ。「おい、そこの...」って感じだった。あのガキ共が大人になって結婚して子供が出来たらとんでもない人数になると思うと恐ろしいわ。
2009年04月12日
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この時期、岡崎城の下を流れる伊賀川は桜の花びらによってピンクに染まる。何千万、何億、何十億もの花びらがその役目を終えて風に吹かれ川に舞い降りる。まるで安息の地を求めて行くかのように氷河が流れるようにゆっくりと下流に向かう。まだ呼吸をしている花びら、息絶え絶えの花びら、既に死んでいる花びらが、ひしめき合って渦を巻く。 またどこかで生まれ変われるのだろうか?この花びらと僕らと何の違いがあるというのか?いのちの川。
2009年04月11日
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おそらく数年に1度しか撮れない写真である。つまり一生に数度見れるだけということだ。曇っていたらその年は見れない。月の周期は28日に1回だけが満月。桜の開花時期と満月が重ならないといけない。さらに天守閣と満月を一緒に撮れるのは満月が昇ってしばらくした30分程度の間だけ。これらの要素が揃うというのはまさに数年の間の30分間ということになる。岡崎城から琴の音が聞こえて来る。天守閣の下を流れる伊賀川はピンク色。満月の光を川面に映さぬほどに桜の花びらが埋め尽くしている。今ここにいる奇跡。なんて言ったら大袈裟だろうか。 (こちらは2007年8月の皆既月食の時の画像)
2009年04月10日
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先日、家から30分の宮路山に登った時に麓の駐車場にヨメの車「ラパン」を停めておいた。下山して来るともう1台同じ車が停めてあった。街の中でラパンを見ることは珍しくないが我が家の「SSターボ」というのは少ない。ヘッドライト周りが違うのが特徴だ。しかもこんな山の中の駐車場に同じ色の同じモデルが停めてあるとは珍しい。独身時に僕がスナックで働いていた頃「ルノー キャトル」を買わないか?という話があった。屋根部分が幌タイプの物だった。当時の彼女に話したらすごく乗り気で「私が買う!」という流れになったのだが結局買うには至らなかった。現在乗っている「スズキ ラパン」は明らかにこのルノー キャトルをモデルにしたものである。昔の思い出が少し混じった可愛い車だ。
2009年04月09日
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家族5人+1匹で岡崎城の夜桜を見に行った。何百件もの露店が並んでいてごった返している。僕達は地元に住んでいるということで静かで桜がきれいな穴場を知っている。 写真を撮れば人の頭も写ってしまうような、歩くのを止めては迷惑がかかるような人混みは嫌いだ。露店で食べ物を買って来てこの穴場で遊ぶ。他には誰もいない公園遊具で遊ぶことも出来る。 この穴場は川沿いにライトアップされた桜並木も見渡せて岡崎城も桜の向こうに見ることが出来る絶好のスポットだ。こんな良い場所なのに誰もいない貸し切りである。岡崎の夜桜見物の際には案内します。
2009年04月08日
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こんな天気の良い日に仕事なんかしてられっか!ということでヨメ、次男、愛犬ルークと一緒に昼から宮路山(みやじさん)に登ってきた。2月末以来2度目のピクニックである。 三河湾が一望出来る山頂。 山腹は桜の花が見頃。 まだ咲いてない桜、満開の桜、散り始めの桜と太陽が当たる加減でまちまちだった。すごくのんびり出来る山なので愛知県の人にお薦め。
2009年04月07日
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20歳の娘は4月から動物病院の看護婦になり早番と遅番の2交代シフトで働いている。今週は遅番なので帰宅は22時半頃になる。22時半、いつもなら帰宅する時間に連絡があった。「今から帝王切開の手術があるので帰るの遅れます」どうやら緊急の手術が入ったらしい。0時を過ぎて帰宅した娘は 猫の帝王切開出産に立会い無事に産まれた仔猫にミルクを飲ませたそうである。自分達で取り上げた生命。何とやりがいのある仕事だろう。逆に先日は悲惨な手術に立ち会ったそうだ。野良猫の妊娠が分かり、処分してくれという手術。いつ正常に産まれてもおかしくないほど育った胎児を子宮ごと取り出して始末する仕事。仔猫をビニール袋に入れてゴミ箱に捨てる。だんだんと紫色に変色していく仔猫達。しかしお客さんからの要望なので仕方ない。その他、安楽死の要請もあるという。動物病院の悲しい暴露話になってしまうので病院側に迷惑が掛かるといけないからこういうことは書いてはいけないだろうけどそれがペット業界の現実なのだ。娘は生命の大切さを現場で学んでいる。
2009年04月06日
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今年になって初めて自転車で通勤した。通勤途中の裏通りの桜も満開である。しかし5ヶ月ぶりに裏通りを走ると自動車整備工場が更地になっていたり空き地に鉄骨が組まれていたりでじわじわと街は変わっているんだな、と思う。里山から街を見下ろす楽しみは消去法にある。あの鉄塔が建つ前は、あの道路が出来る前は、と建造物をどんどん消去していくのである。あの平野にある街は山を切り拓いたんだろうな、と街全体も消去すると見事に緑色一色になる。あそこの杉林、あれは植林だよな、その前は自然林だったんだろうと想像してみる。そうすると見事なジャングルだ。この100年200年で激変したんだろうな。あと100年もしたら山はもっと減るんだろうな。素直に文明社会の全てを享受出来ない自分がいる。
2009年04月04日
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昨夜は女性2名をはべらせて3Pをしながらついでに夜桜も楽しもうということになった。まだまだお盛んなお年頃なのである。待ち合わせてすぐに3人で向かったのはラ○○○○。もちろん最初にすることは●着を脱ぐことである。脱がねば何も始まらないのだ。早速●●●●を開いてオXXを▲▲する。どうやら待ちきれないようだ。女性2名は△△△△を●●ということで既にうっすらと汗をかいたようである。というわけで1時間程度でチェックアウト。次はいよいよ夜桜を見ながらの3P会場へと向かう。岡崎公園は露店でいっぱいだ。女性2名からチョコバナナをおねだりされないかとヒヤヒヤしながら歩くが、そこはオトナの女性である。こんな大衆の面前ではそんなモノは食さないのだ。その代わりにアツい◎◎◎が欲しいという。ええ~、まだ欲しいのか、と思いつつ3人は人気のないベンチに座って■■■■に精を出したのであった。まだまだ物足りなかったが翌日も仕事ということで少々早い時間ではあったが惜しみながら帰宅した。恒例の伏せ字部分は読者さんの想像にお任せしよう。
2009年04月03日
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先日登った愛知県の八曽山にはスギとヒノキが植林されている。僕は何の問題もなくピクニックを楽しんだが花粉症の人は行く時期をずらした方がよい。今回は野鳥の生態調査を本職としている人がこのピクニックを企画してくれたのだが色んな興味深い話を聞かせてもらった。生態調査というのは1日中、自然と同化しなければいけない。雨の日や雪の日も、時には一晩中じっとして定点観察をするというのだ。鳥の鳴き声によって雄雌の判断どころか若い鳥なのか成鳥なのかも区別せねばならないし鳥に関する知識が豊富でなければ務まらない。ところで八曽山には野鳥が少ない。スギとヒノキは除菌効果が高く昆虫が寄り付きにくいからだそうだ。餌の少ない森に鳥がいないのは当然である。木の種類によって昆虫の分布も変わってくる。すると鳥の分布にも直接つながってくる。これは人間の地域社会にも当てはまる。人も鳥も昆虫も植物もみな同じなのだ。深いレベルで動物連鎖を体験することが出来た。
2009年04月02日
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愛知県犬山市の八曽山にピクニックに行ってきた。八曽山は大規模な城壁の跡や祠が多いのだが誰の城だったのかなどの説明がない。それどころか城の存在自体の文献もない。山頂付近は崩れた城壁が回廊のようになっておりどの方角からも遠くの山まで眺望出来る。まさに戦国時代の遺跡という感がある。山肌のあちこちに山桜が咲いている。戦国時代の栄枯盛衰モードになっていた僕は「日本らしい美しさだ、サムライみたいだ」と同行者に言いながら風に散る山桜を見た。戦国武将の家紋で使われていない花が2つあるという。桜と椿。人の夢。
2009年04月01日
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