全28件 (28件中 1-28件目)
1
珍しく今日2回目の日記だ。息子のバスケット部の話である。3年生主体の最後の大会になるので中2の息子は補欠で時々チラリと出場のみ。西三河大会で堂々の優勝、昨日まで愛知県大会を勝ち進んでいたが本日準々決勝で涙の敗退。愛知県ベスト4で終わってしまった。今日はせっかくヨメも名古屋まで応援に行ったが善戦空しく負けてしまった。来年のチームは多分息子が柱になる。(親バカの期待)来年こそは全国大会制覇だ!(無理か・・・)
2009年07月31日
コメント(14)
![]()
太宰治は夏目漱石が嫌いだったという。感情のままに生き、心のままに作品を書いた太宰は漱石の作品を綺麗過ぎると評した。心の叫びを隠さずに書いた太宰に対し漱石の作品は感情を押し殺した繊細な文章である。爆発している太宰に対し漱石は爆発しない。僕は太宰のファンだが漱石の【明暗】を読んでみた。執筆中に死んだので未完の大作という最期の作品である。時間の都合もあるしスラスラ読める文章ではないのでかなりの日数をかけて読破した。素晴らしい。これぞ漱石、純日本文学である。未完であるがゆえラストシーンでは「え~、ここで終わるのか!」とモヤモヤするがあとはご想像にお任せします、というわけである。ここまで心情描写が上手い本には出会ったことがない。太宰は漱石を妬んでいたのではないだろうか?太宰ファンとしては悔しい気もするのだが漱石には到底敵わない。完敗である。読後の感想は、ただただ唸るしかなかった。夏目漱石【明暗】
2009年07月31日
コメント(10)

太平洋高気圧の勢力が弱くて北上しないためにことしは各地で大雨の被害が相次いでいる。エルニーニョ現象だそうである。そんな天気も来週には一段落し富士山行きを狙っている日は好天に恵まれそうだ。仕事から帰ったら飯を食って風呂に入ってそのまま徹夜日帰りハイキングの予定だ。雲海の上に出て晴天の尾根を歩きたいものである。山で見た雲海で1番すごかったのはアグン山の雲海だ。眼下の熱帯雨林から南のオーストラリア方面、そればかりか東方面の遥か地平線の彼方まで飛行機から眺めるような見事なスケールだった。雲海の上にいる時は気分が良い。しかし下山時に雲海の中に下りて行くのは何かに引き摺り込まれるような違和感を感じる。先行していた人間が雲の中に消え下りるのを見る時、天界から自然界へ下りたのだな、と錯覚を起こす。
2009年07月30日
コメント(10)
富士山には1度も登頂したことがない。子供の頃に家族で5合目まで行ったことがあるだけだ。馬車がたくさん走っていたのを見た妹が「おんまちゃんに乗りたい」と言ったら却下された微かな記憶があるだけである。今でも馬車は走っているのだろうか?お盆の土日に家族で富士山に登るという妹その2から「そろそろ登山靴貸してくれる?」とメールがあった。「俺も8月頭に使うかも知れんからその後で」と返事した。実は富士山に登って来ようと画策しているのである。妹その2の家族のために下見に登らねば、登山初体験の彼らにナマの最新情報を教えよう、という妹思いの兄というのは、うわべだけである。先を越されたくないのだ。妹その2に「兄ちゃん、富士山よかったよ」と言われた時に「そうか、よかったな」と応えるのではなく「そうだろ、よかっただろ?」と応えたいのである。(笑)登山靴を貸す時にハイキングの先輩として、兄として、「先日、日帰りでちょちょいと登って来たけどさあ」とお兄ちゃん目線で対峙したいのである。この子供っぽい意地、理解出来るだろうか?
2009年07月29日
コメント(12)
先日の日記でjudgeさんの心温まるコメントを読み僕も数年前に行ったネパールからの帰国の際に日本で働く旦那に、と荷物を託されたことを思い出した。依頼人はこの家に住んでいる奥さんだ。その荷物とは大量のヤクの干し肉とヤクから摂ったギーというバターであった。その荷物を持ってポカラからローカルバスに乗り、カトマンズで数泊ネパール人の家に居候し、出国の際に空港で目をつむって許してもらい、バンコクで数日間仕入れの仕事をしてから帰国したが重いし臭いし言っちゃ悪いが大迷惑の荷物であった。帰国後にその荷物を日本で働くネパール人に渡した。グルン族の正装をした家族の写真も渡した。「うわあ、俺の妻、5年ですげえ太りやがった」と文句を言いながらも、すごく優しい目で写真を見ていた。ちなみにその彼が帰国したのは数年後で、計10年の不法就労でまさに巨万の富を手にした。「部屋が13室もある家は広過ぎてかなわん、 もう少し小さい家も作るわ」と豪語しておった。
2009年07月27日
コメント(18)

天候や仕事の都合のタイミング、はたまた不況による経済的打撃により今年はまだ山に行けないでいる。南岳小屋や槍平小屋などのHPを閲覧していて便利な時代になったな、と考えていたら25年ほど前のあるシーンをふと思い出した。岐阜県中津川あたりの河に足を浸しながら「半年ほど山小屋で働きたいんだよな」と当時の彼女(現ヨメ)に言ったら却下された19歳ぐらいの夏のことである。新穂高から穂高、涸沢、蝶ヶ岳、上高地、槍ヶ岳とのんびり中央アルプスを1週間近くかけて周り南岳小屋の前で日向ぼっこをしていた時に山小屋の人に声を掛けられた。「今から下山するならこの手紙を麓のポストに」と2通の手紙を託されたのである。多分あの手紙の双方の当事者間にはドラマがあったろう。良き内容と祈りながら下界のポストに投函した。まだまだ南岳小屋が小さな小さな山小屋だった時代である。 (南岳の朝 2007年9月)
2009年07月25日
コメント(18)
中2の次男が夏休みの自由研究をやっている。自由研究と言えばアサガオの観察とかおたまじゃくしがカエルになるまでとかをスケッチとか写真で記録するのが定番である。ところが最近のクソガキは違うようだ。そんなアナログ的な記録ではなくパソコンによる研究らしいのだ。いや、研究ではない、単なるプリントアウトだ。次男の自由研究のテーマがこれまたすごい。「自動車販売台数の推移」ってタイトルで「需要」とか「供給」とか調べている。しかもエクセルで円グラフを立体的にする、とかワケわかんない技も使うようなのだ。全く子供らしさのねえヤロウだ。中2だぜ?いっそのことトイモイブログでもプリントアウトして世界の珍スポ、蝋人形館、ラブランドの入場客数なんて先生が卒倒する自由研究を提出して欲しいものである。
2009年07月24日
コメント(10)
毎月月末には雑誌寄稿エッセイの締め切りがある。頭の中で構想を練っていても何も進まないのでとにかく不要な紙に文字を書いていく。それでも途中で接客とか電話とか用事ができる。そのまま原稿の存在を忘れてしまって「うわ、原稿送ってねえや、ていうか書いてない」と慌てる月も時々ある。そんな時にこのブログが役に立つ。過去ブログのネタを肉付けして原稿にする時もあるがそれよりも重要なのは「ブログを書く行為そのもの」が原稿を書く手順、段取りと同じことなのでおかげで原稿書きに苦しむ感覚はない。今月のエッセイの内容も要約してしまえば「玄関先で訪問者と話をした」というごく日常的な5分程度の物語だ。それを調理したのが【生まれた年】でも少々手抜きがバレる内容だな。
2009年07月23日
コメント(14)

トカラ諸島までぼったくり高額ツアーで出掛けた人、上海まで日食ツアーに出掛けた人、残念でした。まあ天候はどうしようもないですよ。旅行社に「せっかく高い金払ったのに!」と文句は言わないようにしましょう。さて、ここ愛知県も薄い雲に覆われ時々太陽が姿を出す程度。光学10倍xデジタル4倍のデジカメで下記のような写真が撮れました。 (オレンジ色のフィルターを通しての日食) (フィルターなしでの日食)
2009年07月22日
コメント(20)

明日の日食はどうやら天候が悪いようだ。平地がダメなら雲の上で観るまでじゃい、と今夜から富士山山頂に行こうと思っていたが天気予報を見ると富士もダメなようだ。天気ばかりはどうしようもない。まあ地元で雨雲が途切れるのを期待しよう。山では「雲が途切れるのを待つ」という場面がある。新穂高から双六岳へ登る途中に鏡平という場所がある。池の向こうに槍穂高連峰が見渡せる見事な場所だ。閑散とした池のほとりで昼寝をしたことが何度かある。同時にここは絶好の撮影ポイントとして知られている。雲から出そうで出ない槍ヶ岳の穂先を見ながらカメラマン達がのんびりと座っていたりする。さわさわと池を渡る風と鳥の声以外は無音の世界で時々人間が起こすシャッターの音がしてそれがまた眠気を誘うようなのどかな昼下がりもある。
2009年07月21日
コメント(12)
事前にアポの電話を貰っていたのだが国際学講師として来日中のネパール人、キソル・チャンドラ博士が店に遊びに来た。何でもネパール国内では高い地位にあるそうでお付きの人と共に行動する程の身分らしい。僕はそういう身分とかには興味はないしへりくだり方も知らないのでどうでもいいが発する雰囲気は確かに品のある人であった。僕が日本で知ってるネパール人といえば不法就労15年のツワモノだとか闇で****をしているネパール料理店の人とか電話1本で10年で3億稼ぎだした奴だとかそんな付き合いばかりなので今回の博士の訪問は異色中の異色だとも言える。(笑)しかし僕は地位も身分も何もない人に惹かれる。カトマンズで居候したネパール人宅はスラムにあり、「俺の家には何にもねえけど泊まってくれ」と言われて実際に泊まってみたら水もトイレもなかった。人の飾り気のない生活、それをさらけ出された時に僕の心はキュッと揺れたりなんかする。
2009年07月20日
コメント(6)
今年のボーナス週間は異常である。年末年始に次いで忙しいはずの週だが商品が売れないし来客が少ない。去年の同じ週と比較して70%の減収。TOYOTA系の会社のボーナスは20%ダウン、夜勤、残業がない部署は実に毎月12万円程度の月給ダウンという恐ろしい状況をまともに受けている。同じフロアに中古衣料買い取り専門店があるが連日大きな袋に不要になった服を詰め込んで売りに来る中高年の姿が非常に多い。この光景だけでも不景気を反映している。しかも追い打ちをかけるように万引きの増加。先週だけでメガネ屋さんは15万円の損失、衣料品店はマネキンの服を脱がされての盗難、うちの店も4万円強の万引き被害。その他、置き引き被害などで連日警察が来る。販売業をやっている人以外はピンと来ないだろうが1年前と比べて酷い凋落ぶりである。売れないところに万引きが重なっているので精神的ストレスが半端ではない。どこかで気分転換をしないと潰されるぞ。
2009年07月19日
コメント(24)
生まれ故郷の碧南市まで行ってきた。今夜は自分を含めて6人での会食だが20年振りに会った友人もいた。僕とバッテリーを組んでいた1つ上の先輩である。と思い返してみると、今日会った6人は自分達で作ったソフトボールチームのメンバーだった。試合中にサインなどはなく、とにかく打て、塁に出たらとにかく盗塁、という感じで強豪相手に市の大会でベスト8まで行った事もあった。今夜の会食でのメインテーマは「子供」であった。恐らく主婦達がランチに行った時に話すであろう、子供の受験やら部活やらという内容で「ああ、俺らも父親なんだなあ」てな感じであった。驚いたのは彼らの子供達がみな優秀だということだ。すごい大学に入学した子供もいるし学年で2番とか3番とか、親からは想像もできない。子供は親を見て育つ、と言うがこの場合どう説明すればいいのだろうか。(笑)最後に、タダシくんにお触りPUBに行こうと誘われたが固辞してきたということはココでは伏せておく。
2009年07月18日
コメント(12)
![]()
高校の時だったか卒業してからだったか忘れたが【バリバリ伝説】というバイク漫画にハマって全巻揃えたことがある。タイトルからして昭和臭いというかなんか暴走族の漫画?って感じだがバイクレースの真面目な漫画だ。レース好きの人なら読んだことがあるだろう。先月からなぜか読み返したくなり引っ張り出してきて最初から読み始めた。自宅で時間が空くのはわずかなので1日1冊か2冊のペースしか進めない。昨日やっと最終巻まで読み終えた。僕は漫画は全くというほど読まないがしげの秀一の漫画はやはりすごい。何度泣きそうになったことか。(笑)ていうか、今日の日記はまるで「楽天アフィリエイト」の見本記事みたいだな。なんだかんだでアフィリの副収入あるんだよ。【バリバリ伝説】在庫あとわずか! 今買わなきゃ入手困難。
2009年07月17日
コメント(8)
両親がバリ島から帰って来たようだ。「最高だった、病みつきになるのもわかる」とのメール。終日フリープランだったにも関わらず色んな場所に行ったようである。実は両親にはバリ島には行って欲しくなかった。ホテルの設備で旅の良し悪しを決める老世代の人達にそのことだけでバリ島を批評して欲しくなかったのだ。最高だった、という評価を聞いてホッとした。何だか自分が褒められたみたいに嬉しかった。達(父は僕をこう呼ぶ)が何度も行っただけのことはある、とまで評価してくれて「だろ?」って感じだ。もちろん僕が言うバリ島は田舎のことであり両親が言うバリ島は観光地のことであるが(そして観光地がとことん嫌いな僕であるが)まああれだけ満足したのならとにかく良かった。その後、何通もメールが入り「もう1度行くために資金貯める」だそうだ。
2009年07月16日
コメント(12)
文房具店で4色入りのセロファンを買ってきて7月22日の日食を観るためのメガネを作った。【⇒作った日食メガネの画像はコチラ】黒いセロファンというのは売ってないのである。そりゃそうだわな、影絵みたいなの作っても黒いセロファンなんか使わんもんな。仕方なく色の3原則みたいな感じで青、緑、黄色を使ってみたのだが4色入りには赤色も入っていたので全色使って作ってみたので少々赤っぽく見える。店のレジ横で作っていたのだが他の店の人が遊びに来る度に「うわあ、ちょうだい!」と言うので10数個作ったけど数が少なくなってしまった。うち2つはberryくんち用、3つは妹の子供達用、残りは自分の子供達と僕のデジカメ撮影用である。デジカメ撮影用のは少し大きめに作った。さて、当日は店を定休日にして(今月は1日も休みがなかったので)どこかに出掛けてみようと思っている。
2009年07月15日
コメント(18)
先日、1人の染め職人さんが来店してくれた。雑誌に連載している僕のエッセイを読んで何気に寄ってくれたのだという。職人さんと言うべきか、芸術家というべきか若くて爽やかな好青年だ。オーガニック・コットンで作品を作っている。【⇒彼のブログはコレ】今日の彼のブログを読んで合い通じるものがあった。店をやっていると同業者のことをライバル視しあの店よりも売りたいとか、相手の店の悪口とかマイナスの感情で相手を見ることがある。僕は同業者を(顔見知りになった人のみだが)ライバルでなく「仲間」と思っている。現にお互い困った時には商品を貸し合ったりして窮場をしのいで助けられたこともある。1+1=3、WinWinの法則とでも言うのか。現在でも同業の仲間とハイキングに行ったり卸し先の彼らからの情報によって「お互いの利益」を得ることが出来ている。(商品持ち逃げしたクソ野郎も過去にいたが)染め職人さんの彼はチャンネルがブレてない。あとはこれで食って行こうとするならば1日あたりどれだけ売れば採算が合うか、という現実的な問題も考えねばならないだろう。本職とする以上、避けては通れない問題である。
2009年07月14日
コメント(8)
通夜や葬式はなるべく出席したくない。実は今年中に死んじゃうであろう親戚がいる。僕をとてもかわいがってくれた叔父だが叔父と伯父の区別って調べなくても皆さんわかる?ハルジさんの祖母様が死去された件がブログに書かれていたがハルジさんが考えた「お別れの挨拶」は必読である。葬儀とはこのように故人を送り出したいものである。5年ほど前に葬儀に出席したことがあるが参列者の皆さんが嗚咽している時に僕はブハ~ッ!と噴き出しそうになったことがある。悲しそうなBGMとナレーションに乗せて目の前の大きな白いスクリーンに水平線の映像。顔部分だけにコラージュされた伯父さんの生首画像が太陽のように昇って来たかと思うとその太陽はみるみる拡大されこちらへと向かって来たのだ。伯父さんの顔は笑っている。しかし太陽を彷彿させる程に頭は禿げている。しばらくの後、「みんな、さようなら」と言いながら伯父さんの生首がどんどん小さくなり(遠くなり)水平線の彼方にUFOのように飛び去るというものだった。葬儀会場が制作したPVである。(笑)本来ならギャハハ~!とのたうちまわる映像だが皆さんハンカチで涙を押さえている。母と目が合った。肩が激しく上下に揺れていた。
2009年07月13日
コメント(16)
岡崎城の北側に図書館がある。来月あたりからそこの近くにある広場で月5千円で屋台を出す企画が決定したそうだ。かつて買い物の中心街だったこの近辺は郊外に出来た数々の大型ショッピングモールにより今や集客が激減した商店街になってしまった。それを復活させるための企画の一環である。屋台は毎日出しても土日だけでもOK。屋台の広さは1.8x1.8メートル。僕は店舗があるので屋台出店はしないがこれはすごく羨ましい企画である。15年程前に数度フリーマーケットに出店したことがある。インド香やBALI雑貨、ネパール衣料を売った。売れる売れないよりも別の高揚感があり開放感も伴ってなんとも気分がいいのだ。地面に並べた自分の商品を買ってくれるとそれだけで自分を認められたような気になるというかこれでやっていけるんじゃないか?という期待がドキドキと押し寄せて来たものである。店の名前PASAR(市場)もそこが原点だ。それが今じゃどうよ?「店持ってるなんてすごいですね」だって?そうじゃねえよ、引き換えに失くしたものもある。全てを投げ棄てて屋台をひろげるのも面白そうだ。でもテナントの契約延長しちゃったばかりだしなあ。今や屋台には出し切れない商品数になっちまったし、「屋台やる」なんて言ったら離婚されるわな。(笑)
2009年07月11日
コメント(18)
今日は2時間にも及ぶインタビューを受けた。昨日、インタビュー申し込みのアポがあり男性2名が手土産を持ってご来店であった。まずは店内の写真撮影。これも昨日の電話で通達された通り。ヨメが店番を代わってくれて他の人がいないスペースに移動。今日のインタビューはそのまま僕の口述をノートパソコンでカタカタと打ち込んでいった。2時間後にはその場でプリントアウトしてこれでよろしいですか?てな感じである。面倒面倒。2度と受けたくない。
2009年07月10日
コメント(20)

店から徒歩2分、ネパール料理屋へ行った。今夜は女性2人と食事会であった。このネパール料理屋は単に食事だけでなく別件でお世話になっている店だがその件についてはココでは伏せておく。照明を撮るのが好きだ。薄暗い照明が良い。これで中にクリアー電球を入れれば模様が壁全体に影絵のように展開されるのに。昔ネパールの安食堂に入った時は注文してから(メニューなし)1分弱でダルバートが運ばれてきたことがある。さて、今夜行ったネパール料理店に話は戻るがネパール現地の食堂とは程遠く洗練された店内である。味は日本人向けにされておりさすがオーナーが1億脱税で捕まっただけあるほど来客数が多く流行っていた。(笑)
2009年07月09日
コメント(12)
![]()
梅雨時ということで最近は星も月も見えない。昨日の満月も見れなかった。さて、こんな本を見つけた。「もしも月がなかったら」というタイトル。「もしもツキがなかったら」ではない。そういう人には自己啓発書をお薦めする。このテの天文科学書は大好きだ。機会があったら読んでみようと思う第1候補だ。中学生程度でも読みやすい内容だそうなので家族で読むのもいいかもしれない。【もしも月がなかったら】
2009年07月08日
コメント(12)
昨夜は車で40分、久し振りに実家に行った。来たる7月22日の部分日食のために黒とオレンジのレンズフィルターを取りに行った。カメラ道具は座敷や蔵に行く途中の短い渡り廊下の近くに置いてあった。座敷に行く手前に笹が生えている場所がある。子供の頃は七夕が近付くと親が1本切ってきて色紙を細長く切って短冊を作ってくれた。妹達は下手くそな文字で「おりひめさま」だとか「あまのがわ」「ひこぼしさま」とか願掛けとは関係ない文字を鉛筆で書いていた。忘れかけてしまった遠い思い出である。僕は何を書いたのだろう。両親は何か書いたのだろうか。今なら何と書くのだろう。すっかり素直でなくなっちまった。
2009年07月07日
コメント(12)
朝一でバンコクからの商品が届いた。ネット販売のための商品撮影と店内への陳列で今日は1日中時間に追われそうな感じだ。おそらく今日中には終わらないだろう。商品撮影にはSONYハンディカムビデオのDCR-PC100という古い機種を使っている。ホワイトバランスの微調整も出来てマクロ撮影でもいい線いってるのでデジカメではなくデジビデの静止画像で撮っている。(もちろん現在はもっと高性能の物が安く買える)商品撮影を開始してたった1分、「バッテリーの使用可能時間がありません」ガ~ン!充電にかけたら充電完了まで2時間弱。まあ先に商品説明文のテキストを作っておこう。そんな感じで珍しく仕事をしている。この下ごしらえを済ませてしまえば後は売れるのを待つだけだ。
2009年07月06日
コメント(10)
7月1日にバンコク在住のインド人に大量の商品を発注したら即日納品明細が届き翌2日にUFJから海外送金したのだが本日「発送しましたメール」が届いた。荷物追跡をしてみると既にバンコクを出て7月6日配達予定になっている。まるで日本国内で取り引きしたような速さ。正直言って2週間はかかると思っていた。素晴らしい取り引き先である。従業員が何人もいる会社ではなく親子3人で問屋をやっているのが微笑ましい。彼らのことを考えると勇気が湧いてくる。ガンガン売ってまた再オーダーしてあげよう、と眠っていた闘争心に火が付くのである。不景気のせいにして落ち込んでいる場合じゃない。彼らはあんな裏通りで店をやっているのだ。「よし、俺も負けとれん」という気になる。うずうずしてきたぞ!
2009年07月04日
コメント(20)
本日皆様にご紹介するのはUFJでの海外自動送金の方法の詳細である。慣れない人もコレを読めばバッチリだ。まずUFJのカウンター横にある個室に入る。防犯カメラをキョロキョロ探した後に座ってモニターのタッチパネルを色々選択。画面にCGではなく実物のお姉さん登場。「本日担当させていただきますのは ワタクシ○○と申します」と言われる。「あ、先回もお世話になりました、覚えてます」とまっすぐ画面を見つめ返し軽く女心をくすぐってみる。(実際に先回の担当者と同じだった)「あ、それはどうもありがとうございます。さて、」とあくまでも事務的かつ無表情にあしらわれる。色々なやり取りをして送金完了。どうだろう、お役に立てただろうか?【先回の海外送金】今日のレート1ドル=97円+無愛想対応。
2009年07月03日
コメント(12)
6月の店の売り上げが大激減した。レジを通った客数なんか去年の6月度の半分だ。僕の店に限ったわけではなくこのビルのどこの店も似たような状態である。イオンや高島屋などは6月末から「最終サマーバーゲン」に突入している。まだ夏になってもいないのに夏物最終セール。これは毎年どんどん前倒しになっていきもはや悪いジョークとしか言いようがない。今日は海外送金(合法な)をしに行くためにビルの1階の店の前を通り過ぎた。撤退のための掃除をしている店で僕の店で使えそうなショーケースがあった。訊けばこれからリサイクル店が引き取りに来るのでケース6本を5千円で売る話ができているという。その内の1本を3千円で売って下さい、と言ったら「それはありがたい」と交渉成立。買えば10万近くするようなケースである。設置場所を現在考えている。これで売り上げが伸びればいいのだが。(甘いか)
2009年07月02日
コメント(12)
最近のバンコクの業者はすごい。買い付けに行くと帰り間際に「再オーダーするならHPから出来るよ」とか「このCDRカタログあげるよ」などと先進国ニッポンよりも進んでいるのである。大国ニッポンは相変わらずダイレクトメールだの経費いくらかかっとんじゃい、というカタログだの頼みもしないのに送られてくる膨大なFAXだのとにかく経費がかさむ無駄が多いのである。さて、本日バンコクにかなり大量の商品を注文した。数分後に「メール受け取りました」と返事があり先程全アイテムの在庫状況と金額合計のメールが来た。あの商品数なのに恐ろしく速い。インド人なのに、というか、さすがインド人である。この速さは日本人でも無理だろう。品番と値段を照らし合わせてみても間違えてない。以前同じバンコクでTシャツを大量に作る時に僕がデザインを持ち込み見積もりを立てたのだがサンプルが出来るまでにタイ人の店は「2週間」と言った。2週間も滞在時間がない僕は中国人の店に行き同じ条件でサンプル完成までの日数を訊いたら「今日の夕方までに7デザイン全て出来るよ」と言われた。これが未だに僕のヤフオクで売れている梵字Tシャツ製造マル秘話である。(別にマル秘じゃねえか)いい仕入れ先に巡り合えて幸せである。炎天下のバンコクの路地裏をクタクタになってひたすら仕入れ先を探して歩いた甲斐があった。
2009年07月01日
コメント(16)
全28件 (28件中 1-28件目)
1