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今日もカメラマンの仕事で屋外にいた。午前中は蒸し暑くて1時間毎に500ccのポカリを飲んでいた。夕方、にわかに雲行きが怪しくなり風が変わった。こりゃ来るな、5分以内に土砂降りになる。あれ、このセリフ2週間前にも川の中州で言ったな。ピカッ!お~!光った!と同時に落雷の凄まじい轟音。ザーッと降って来たところで目の前の商品車に逃げ込んだ。相棒のカメラマン、22歳の鳥居坊ちゃんは助手席に。車のエアコンを最低気温にしてテレビを付けて雨宿りだ。ゲリラ豪雨は10分程度で通り過ぎたので濡れずに済んだ。夕方6時に仕事が終わり家路に帰る。車を走らせ始めたらまたしても凄い雷雨。ワイパーを最速にしても雨で煙って見えにくい。すぐ近くに雷が数度落ちた。青白い稲妻ではなくオレンジ色だ。自宅方面の空は真っ黒で、その中で稲妻が光っている。うわあ、あそこの中に車で向かうのか。しかし幹線道路の渋滞のため、真っ黒の空には追い付かず。西の空が急速に晴れてきて空気がひんやりしてきた。今は自宅2階の仕事場の窓からきれいな月を見ている。
2018年08月31日
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今は自分の車を新規登録する際に好きなナンバーを指定できる。自動車を買う時に「この番号にして下さい」と言って確か手数料¥7,000(?)で手に入るのだ。ドバイで「・・・1」のナンバーが競売にかけられ確か1,500万円だったかな?で落札されたこともある。中国では「88-88」も高く売買されているらしい。それに比べたら日本での¥7,000の手数料は安いものだ。TOYOTAの86は「・・86」や「11-86」「86-86」、ミニクーパーは「32-98」、TOYOTA bBは「・・68」、日産ジュークは「・・19」、MAZDA RX-7は「・・・7」、その他ランエボやシルビア、スカイラインなどエンジンの型式や製造開発コードのナンバーを付ける人が多い。例えばこの流れるようなサイドフォルムのAUDI R8には...当然「・・・8」というナンバーが付けられたりする。でも僕はこういったナンバーの取り方はあんまり好きじゃない。「・・86」なんて町で見てウンザリする程いるよね。逆に全然ひねりがないっていうか個性がないっていうか、「うへ、あんたもか」って感じちゃう。このAUDI R8はそんなナンバーを付けなくったって格好良い。なんたってリアにV8エンジンが載ってんだから。他には自分の誕生日とか奥さんの誕生日とか結婚記念日とかそういうナンバープレートを指定する人も多いよなあ。それは全然違和感は感じない。うちの娘はちょっと変な感性なのか、マイカーに名前を付ける。以前乗ってた軽にはジョルジーノって名前を付けてた。(ダイハツ ミラジーノだったから)今乗ってる軽はナンバーが「46-52」だから「喜び号」って名前。(某国の喜び組とは関係ありません...)ちなみに僕が昔乗ってたRX-7には最悪のナンバーが付いていた。当時は指定ナンバーなんてなかったのだ。「78-53」、覚えるための語呂は「7はゴミ」だったのである...。
2018年08月28日
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こうも暑いとアイスクリームを食べる日が多い。妻は大手スーパーの花屋さんのパートをやっているのでそのスーパーの特売日にはアイスクリームを買って来る。1個いくらというモノではなく、6本入りの安いヤツだ。先日は箱入りのホームランバーを買って来たんだが(ホームランバーって全国区か???)なぜか2塁打や3塁打ばかりのアタリばっか入っていた。12年前、一家5人でバリ島に遊びに行ってその時に子供達3人はクタという町にほったらかしにしてオメエら勝手に遊んでろや、何かあっても自分で対処しろ、と妻と2人でアクセサリーの仕入れ先を捜し歩いた。その時にハーゲンダッツのアイス屋さんを見つけたが「300円!ぎょへ~、高え!」と諦めた記憶がある。インドネシアの物価に慣れてしまっていたのだ。なにせ庭付きのただっ広いプライベートコテージが朝食(パンケーキ、紅茶、コーヒー、フルーツの山盛り)付きで約300円なので、同額のアイスなんてとても食えん。現地の氷アイスは数十円、いや、十数円と激安だが水当たりを起こす可能性が高いのであんまりお薦めできん。(海外で水当たりや食当たりになったことないけど)今月20日発売の雑誌「リバ」のエッセイにはスリランカのアイスクリーム事情を寄稿した。 ⇒ 【かき氷】
2018年08月23日
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介護施設に入所している母の喜寿のお祝いをした。なぜ77歳を喜寿と言うのかといえば、喜という字を草書で書くと七七七と見えるかららしい。大阪から姉が、地元から妹3人が集まった。お誕生日会は広い会議室みたいな場所でやった。妹その3の家族がフルートやサックスを吹いて他の入居者さん達も集まって来て賑やかな誕生会になった。童謡「ふるさと」を聴いて入居者さん達が一緒に歌う。その内の1人の老婆が泣いていた。遠くからお嫁に来て、今は嫁ぎ先の介護施設で独り。もうふるさとには戻る術もない。たとえふるさとに訪ねて行っても知り合いはいない。生まれた家もない、強かった父も優しかった母ももういない。1階の喫煙所に下りて行って煙草を吸う。上を見上げれば四角い空。僕達の母もいつかは死ぬ。この四角い空をここから眺めるのはあと何回だろうか。
2018年08月20日
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河川敷パーティーはゲリラ豪雨に遭い途中でお開きとなった。食べるはずだったランチの食材はほとんど手付かずのままだ。ずぶ濡れの服を着替えて橋の下でランチにする案が出たがスリランカ人の1人が「知り合いのパブを借りよう」と言い車4台に分乗して市内の猥雑な界隈のフィリピンパブに行った。夜になれば客引きや同伴やホストやホステスや酔っ払いが金や酒や男や女を求めて電燈に群がる蛾のように集まる場所だ。僕は20歳前後の頃、故郷のスナックでバイトをしていた。暇な夜にはママさんがお客の家に片っ端から電話をして久し振りに会いたいから飲みに来てよ、と勧誘をする。男はいそいそと飲みにやって来て意味のない乾杯なんぞをして兄ちゃんも飲めよ、と僕にグラスを差し出してさも自分は羽振りがいいんだぜ、って感じでふんぞり返る。僕も媚を売って、ありがとうございます、いただきますなんて心と裏腹の態度で店の売り上げアップに僅かながら貢献する。ネエちゃん達は厨房の裏で口に指を突っ込んで吐き平気な顔でおかわり頂戴と猫撫で声でビールをせがむ。僕はもともと酒には弱いが、スナックのバイトを辞めてからはますます酒が、特にビールが嫌いになった。裏で働いていればそのままそこに染まるか、或いは拒絶の心が働くかのどちらかではないだろうか。さて、真っ昼間のフィリピンパブに2個の炊飯器だのカレーの入った大きな鍋だのクーラーボックスだの河川敷パーティーで食べるはずだった食材をみんなで運び込みミラーボールが吊るされた場末のパブのボックス席で夕方の開店時間まで場所を借りて宴会をしたのだった。中年小太りのフィリピン人のママさんにあれ、あなた日本人?なんて言われたりして帰る時に空を見上げたら淡い淡い虹が出ていた。
2018年08月17日
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スリランカ人10数人と河川敷で宴会をやった。僕には休日の遊びに誘ってくれる日本人がいない。(笑)一緒に遊ぶのは大抵、いや100%スリランカ人だ。連日の猛暑がやっと一息つき、今日は朝から曇り空。河川敷にタープを設置して川遊びをした。皆さん普段着のままで川に寝そべって遊んでおる。僕もズボンを膝までまくって川に入って行って合流。いつのまにか小雨がぱらついて来たが気にせず。しばらくすると南の空が異常に黒い。こりゃ大雨が来るな、しかも5分以内に。みんなに「強い雨が来るよ」と声を掛けてタープに戻った。途端に竜巻のような突風と豪雨が襲って来た。ペグを地面にしっかりと打ち込んでおいたのに一瞬にしてタープが強風にあおられて飛びそうになった。僕ともう1人でタープの足をハッシと掴まえたがまるで暴れ馬の脚を掴んでいる程のタープの暴れよう。ヒョウでも混じっているんじゃないかと思う程の豪雨。スイカカラーの浮き輪はアッという間に転がって行き低空飛行で遥か彼方に飛んで行ってしまった。川の中にいた全員がタープを押さえつけに来た。豪雨の中、必死でタープを押さえているみんなを見ていたら何だか無性に面白くなって来てみんなの悪戦苦闘の姿をパシャリ。とりあえず自分の姿も自撮りしといた。いやあ、晴れて順調な河川敷パーティーより楽しかったわ。
2018年08月16日
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同じ県内では短時間豪雨とか大雨で列車の運転見合わせとか気象庁のアメダス見ると雨量が真っ赤になっているのに我が岡崎市では雨が降ってもパラパラ小雨程度だ。先週のカメラマンの仕事では撮影を1時間続けているとカメラが熱暴走を起こして電源が切れてしまったりピントが合わなくなってしまったりで苦労した。連日の気温は39度、炎天下の車両の内装撮影ともなると車内温度は60度オーバーになっていてキツかった。点滴と同じ速さで髪の先から汗が滴り落ち、撮影を始めて20分経つ頃には汗も出なくなる。足が痺れ、そのうち舌の先も痺れ始めてお昼のおにぎりは舌が痛くて食べれない日が続いた。頭痛え、気持ちわりい、暑過ぎて寒い、コレって完全に熱中症の症状ですな。(笑)それでも頭の中は楽しいこと考えてるので別に苦とも思わないのであるが、舌が痛えなあ、でも俺この程度じゃ倒れないんだよな、この程度で倒れてもらっちゃ困るぜ、と自分に言い聞かせやっと1週間の夏休みに入ったのだった。なんかボクシングでいうところのゴングに救われた感じだ。今年の中部地方、マジ暑いっす。半端ねえって。昨日も自宅の西や北では局地的豪雨になってるのに我が市は小雨がすぐ止む程度で気温は下がらなかった。蒸したようなオレンジ色の夕焼けが溶鉱炉のように見えた。自宅のエアコンって滅多に使わないんだけど連日エアコンの部屋で愛犬ルークさんと寝ながら高校野球観てのんびり過ごしてます。
2018年08月14日
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岡崎市の花火大会は毎年50万人近くの見物人でごった返す。今年も自宅から歩いて5分の高架の歩道に座って見物。人は少ないし2ヵ所から打ち上がる花火の両方が見れてめちゃ穴場なのだ。風も通るし。ISO800、シャッタースピード1/40ぐらいで撮影。なんかタイのSAI CAVEを思い出した。見てた場所はこんな感じ。大渋滞にも巻き込まれずに徒歩5分で家に帰れるのがいいね。
2018年08月04日
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スリランカ人のロハンから電話があり、工場の解体バイトを手伝って欲しいという。「面白そうだね、水曜日休みだから行くよ」「日当¥12,000+食事だよ」おお、お金もくれるんか。尚更いいじゃん。ということで行って来ました工場解体。場所は自宅から1時間弱、生まれ故郷の近くの高浜市。というか妻の実家の町だ。人口3万人弱。3人で乗り合わせた車で現地に着いて驚いた。20代後半の頃、干支を作るバイトをしてた時期があって年末には僕達が焼いて作った干支を僕が軽トラに乗って瓦関係の会社まで配達してたんだが、その内の一軒の会社だった。あれほど大きな瓦の会社が潰れるとは。まあ確かに今じゃ屋根瓦って需要少なくなったもんな。巨大な工場は自動車関連の物流倉庫になるらしく解体工場現場は既にスクラップ屋が入ってガランとしていた。屋外には死に在庫の屋根瓦が無数のパレットに積まれたまま。現地で2人のスリランカ人と合流。今日の作業はスリランカ人4人と僕、計5人。2人は日本語が出来ないので会話は全て英語とする。こんな解体バイトをどこで見つけて来たかは知らないが初めて会ったスリランカ人の1人が僕を横目で見ながらロハンに向かって「Japanese?」と訊いておる。当たり前じゃ、ここは日本だわい。それとも不法滞在のどっかのアジア人かと思ったのだろうか?(笑)う~ん、目の周りを黒く隠すと労働者階級そのまんまですな。ちなみに1番左から静岡県から手伝いに来たホテルマン、僕、最近中古車の日産モコばかり買って修理して売ってるロハン、この仕事のためにスリランカから初来日して3ヶ月働く子。まあ彼は目の周りを黒く隠す処理をしなくても充分アブナいツラだ。切断された重い鉄のパイプを担いで運んだり備品を運んだり、重い鉄製の無数の金型をパレットに積んだりで超肉体労働。む~、日当¥12,000は頷ける...。今日は朝起きようとしたら身体が動かんかったわ。顔を洗おうとしても腕が重くて手が顔まで持ち上がらず、バナナの皮をむくだけでも筋肉痛だったぜ。
2018年08月02日
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