全15件 (15件中 1-15件目)
1
山の帰りには温泉に寄ってから帰ることが多い。かといって温泉なら何でも良いというわけではない。スーパー銭湯には入ろうとも思わないし、銭湯に似たような設備の温泉にも興味がない。人気スポットではない温泉が良い。出来れば誰もいない露天風呂、まあちょっと譲って少人数、大勢の人が入っている人気の露天風呂は嫌いだ。数年前、岐阜の露天風呂に夕暮れ時に入った時のことだ。湯質も良く、人気もなく、広い露天風呂だった。しかし全く興醒めしたモノが露天風呂に設置してあったのだ。大画面のテレビ。バラエティ番組が映っていた。それだけでもう、風情が台無しである。そもそも露天風呂というものはのんびりする場所だ。俗世間から隔離された空間でなければ、というのが僕の考えだ。もしかしたら普通の入浴客からは好評なのかも知れないが僕は二度とその露天風呂に入ろうとは思わないどころかその1つのテレビのせいで今まで入った露天風呂リストのワースト1という記憶に残ってしまった。いや、記憶から忘れ去りたい程の嫌悪感すら覚えた。カネ返せ!とすら思ってしまうのである。それほど露天風呂には執着しているのである。さて、少し前に中秋の名月を見ながら露天風呂に入ったネタをこのブログに書いたのだが、雑誌のエッセイ用に校正したのがこちらになるのでよろしければどうぞ。 ⇒【露天風呂で月見】
2018年10月28日
コメント(6)

僕の母は書道家の長女として生まれ、高校を卒業した1ヶ月後の4月に結婚して嫁ぎ24歳の時に書道塾を開業した。最盛期には200人ほどの生徒達がいた。60過ぎの時にリウマチが酷くなって塾をやめた。息子の僕は一度も書道を習ったことがない。高校の書道の授業の際は一度も書かず同じクラスの永田ツカサ氏に代筆を頼み提出していた。ツカサ氏の失敗作を拝借して提出していたのだが当のツカサ氏は評価4、僕はなぜか評価5だった。大見先生は「さすが書道家の息子ですな」などとやかんに入っている水をコップに移して飲みながらお世辞なのか敬服なのかどちらか分からないが皆さんもこういう書を書いて欲しいもんですな、と禿げた頭をハンカチで撫でながら一席ぶるのだった。ツカサ氏は案外まんざらでもなさそうな顔で僕と目を合わせた。僕の母はとことん楽天的な性格である。いつも笑ってばかりいたのだが怒ると怖かった。僕が何かのことで泣いていると当時30歳前後の母は「男が泣くな!お前キンタマついとるのか!?」と言った。「ついとる」「は?聞こえん!」「ついとる!」その母も今では介護施設で寝たままだ。意識はある。身体が少しも動かないのだ。母の書体は上手いのか、ただ癖があるだけなのか分からない。塾に来ていた子供達に書道を教えるというよりも躾を教えていたという方が近かった。障がい者のための少数指導もやっていた。カルチャースクールの講師もやっていた。実家には母の書いた高さ150cmぐらいの作品がいくつかある。僕が子供の頃から見慣れた作品で、別に上手いとも思わない。いつか母が死んで形見分けすると言われても要らないほどだ。申し訳ないが筆遣いとかを見ても何の感銘も受けない。飾っておくほどの作品じゃないとさえ思うぐらい何も響いて来ない。数十年間、それは何と書いてあるのか読めなかった。今年になってやっと親父に尋ねてみた。「なあ、広間に飾ってある書ってなんて書いてあるの?」「傀儡(かいらい)。操り人形のこと」「何で傀儡って文字を選んで書いたんだろ?」「画数とか、語呂とかじゃないかな」今となっては会話もままならない母に訊いてみてもちゃんとした答えは返ってこないだろう。「自分で考えな!」ということか。子供の時から何度も何度もそう言われて育てられた。答えをとことん追求した時、真の答えが出るのだ。
2018年10月26日
コメント(8)

日曜日は故郷の碧南市の秋祭りだったので行って来た。母は介護施設、父は付き添いのため実家には誰もいない。築100年以上の古民家に独りでいると怖いのである。大広間の床が時々ギシッと軋む。霊の仕業ではなく、家が崩壊に向かって呼吸しているのだろう。母が書道塾をやっていたために人の行き来が多い家だった。床なんぞ擦れてピカピカになっている場所もある。天井に目をやれば意外に立派な木材を使用している。屋根裏は梁(はり)だらけで、広間の隅にも梁が見える。あまりに太く湾曲した梁なので天井裏に収まらなかったのか。離れ座敷は外から見ると日本的な佇まいだが鬱蒼とした木々に覆われていてむしろ不気味だ。窓ガラスの向こうに人影が写っていてもおかしくない。ここは人の出入りがないので空気が澱んでいる。家というものは人が住んでいないと早く朽ちるのだ。かといって誰もいない時に座敷まで行って建付けの悪くなったガラス戸を開けに行くのも怖い。両親が死んだ後はここどうするんだろ。解体するにも相当な費用、更地にしても売れないよなあ。田舎の交通の便が悪い奥まった場所だからなあ。古民家として再生利用だなんて、実際この立地じゃ難しい。
2018年10月24日
コメント(12)

秋が深まって段々と日の入り時刻が早くなってきた。カメラマンの仕事が5時で終わるとちょうど夕焼けの時間だ。駐車場の近くにコスモス畑があって迷路になっている。夕焼けの中、その迷路に入ってみた。意外と風が強い。コスモスが揺れている。ざわついている。コスモスの一枝一枝がまるで人間のようだ。蕾のうちは希望、歓喜の開花、そして苦悩、解脱。朝には紅顔なれど夕には白骨と化す、と南無阿弥陀仏の経の一説にあるが夕暮れの中の花畑の迷路の中にいると己の人生も夕暮れ時なんだよなあ、とシミジミするのである。この夜、同級生の永田ツカサ夫婦が我が家に遊びに来てまあツカサ氏はいよいよ病弱本格化一歩手前となり「人生を逆算しなければ。余命ではなく行動可能余命を」と僕はツカサ氏に「動けるうちに色々やらないと」と言った。稲を刈り終わった跡地には水が張られてあってその向こうの暗黒部分がコスモスの迷路畑だ。鳥の群れが飛んで行く。今日の昼、太宰治の「新ハムレット」を再読した。シェイクスピアの原作とは違うストーリーだが原作のセリフを太宰なりに解釈している。太宰にかかれば登場人物は全てが孤独の人となる。秋、この作品はお薦めだ。
2018年10月21日
コメント(6)

1ヶ月前まで庭で大合唱で鳴いていた虫達の声は今では数匹が弱々しくリーンリーンと鳴くだけとなった。秋の夜、縁側に出て空を見上げながらタバコを吸う。虫達が栄枯盛衰を身を持って教えてくれている。空には悠久不滅の月が浮かんでいる。いや、悠久不滅のものなんてこの宇宙には無いか。デジカメで撮った月をトリミング。
2018年10月19日
コメント(6)

昔の車のデザインは良かった。無駄があったのである。いつの頃からか空気抵抗値だとか居住性優先となり今やどのメーカーも同じようなデザインになってしまった。メーカーエンブレムを取り払ってしまえばどこのメーカーか分からない車がたくさんある。国産車に限らず世界中の車のデザインがその傾向にある。今年の随分前になるがこんな車の写真を撮った。これはさすがに古過ぎてどこのメーカーか分からなかった。ボンネットの先に縦長のモノが10個ぐらい付いている。よく読んでみると「OLDSMOBILE」とある。オールズモービル、聞いたことあるようなないような。それにしてもこのグネッと曲がったフロントバンパー。空気抵抗も軽量化もあったもんじゃない。このドアの形、ドアの後ろとリアフェンダーの曲線、フロントガラスと三角窓の処理、クォーターガラスのデザイン、一体ナニ考えとんじゃい、ってデザインだ。そういえば昔、すごく小さい頃にこんなミニカーあったなあ。ブリキ製で走らせると「ウイ~ン」って音がするヤツ。うわ、細くて回し難そうなハンドル。ダッシュボードは本革を染めて縫ってあるワケね。こんなの燃費も相当悪いんだろうなあ。でもロマンがある。夢に溢れている。まさにアメリカン・ドリームだ。アメ車は全く欲しいと思わんが、見る分は楽しい。僕は無駄なデザインを見るのが好きなのである。思い描いたまま、一切の妥協なし、コスト関係なし。日本の美術品もそういうところが美術品たる所以であろう。
2018年10月18日
コメント(8)
今夜はやや遠い親戚のお通夜に夫婦で参列した。葬儀場に着いて出席カードを書いて受付に出し受付の人から香典返しの品を手渡された。斜め前に立っていた妻の二の腕あたりを触りながら「これ、車の中に置いて来るわ」と声を掛けた。で、振り向いたら自分の妻は目の前にいた。「誰に話し掛けてんの?」と妻。声を掛けて腕を触った女性は別の人だった。「ひえ~、間、間違えたっ!」周りの人は大笑いである。身長も細身の体型も柔らかいオーラも同じ、髪型も同じ一つ縛りで当然同じような喪服姿。顔立ちはもちろん違ったが。あ~、抱き付かなくて良かった。(お通夜会場で抱き付きはしないけど)読経をされたお坊さんの声はめちゃ張りがあって大きくまるでオペラ歌手のようだった。今まであんな声の読経は聞いたことがない。なんか夫婦でオペラを観に行った気分になった。そういえば10年以上前、知人のお通夜の時に葬儀会場間違えて行っちゃったことあったな。慌てて正しい会場に行って事なきを得たなあ。似たような事で20代の頃、夫婦で名古屋の鶴舞公園の公会堂にストリート・スライダーズのライヴを観に行ったことがある。2人揃って服装はスライダーズ・ファッションである。夫婦揃って大ファンで、妻はステージ前まで突入して警備員に引き戻されたということもあったりしたぐらいだ。で、名古屋のライヴ会場に着いたらファンがもう並んでたんだがみんなチェックのジャケット着て7分丈のチェックズボン履いてて「え~?今日のスライダーズのファン、おかしいぜ」と思ったら場所を間違えててチェッカーズのライヴ会場に行っちゃってた。慌てて正しい会場まで走って行ったのだった。皆さん、何事もきちんと確認しましょうね。
2018年10月15日
コメント(4)

ストーンズ、ビートルズ、クラプトン、ツェッペリン、ジミヘン、そのあたりのロックはほとんど聴いたりハマったりしたがアメリカン・ロックはどうも音が明るくて聴かない。ヘヴィメタルはどうも苦手である。ブルース、レゲエ、インド音楽、中近東音楽も色々聴いたがロックもこれらの音楽も新しい曲はどうも馴染まない。(馴染まないで思い出したが【NAJMAのQareeb】ってCD良いよ)そういやあパンクも一通り聴いたなあ。やっぱ1960年代から70年代の音楽がいいなあ。80年代に入ってからのピコピコ音楽は聴くに堪えんわ。ロックの他に何かジャンルを切り拓こうか、と思って先日ヤフオクで買ったCDがコレ。ていうか、休みの日のお昼寝用BGMとしてなんだが。心穏やかに眠りたいのだ。(いつも穏やかだけど...)ジャジャジャジャーン、ジャジャジャジャーンでお馴染みのベートーヴェンが作曲した弦楽四重奏13番と15番。僕はオーケストラはあんまり好きじゃない。みんなで音を合わせて盛大にやる交響曲よりも4人それぞれの出す音が聞き分けられるカルテットが断然好きだ。ヴァイオリンx2、チェロ、ビオラという構成だ。ベートーヴェンは運命、田園、第九などの交響曲が有名だが弦楽四重奏を確か16作品作っている。ベートーヴェン100枚セットというCDセットがあるらしいがそいつをヤフオクで1枚ずつバラ売りしてる出品者さんがいてそのうちの1枚を300円で落札したのである。画像左上に「CD98」とあるが、100枚中98枚目、まさに後期の作品。【詳しくは Wiki ベートーヴェンの弦楽四重奏曲を参照】しまった、13番15番じゃなくて14番を聴きたかったんだ。でもう1枚はメンデルスゾーンの弦楽四重奏2番と5番。メンデルスゾーンで僕が好きなのはヴァイオリン協奏曲ホ短調。これはあまりにも有名な曲だわな。でもやっぱ昼寝BGMには弦楽四重奏の方がいい。ヴァイオリン協奏曲ホ短調をカルテットで演奏してるCDないかなあ。さて、この2枚を聴いた感想だが・・・、すんません、2曲目の途中以降は全く覚えてません。いつか寝ずに聴こうと思います。やっぱ僕にはこういうジャンルは無理なのか・・・。
2018年10月13日
コメント(8)

僕のカメラマンの仕事は基本的に水、日が休みだ。本日久し振りに連休を取って夫婦で白山に登ろうとした。10月上旬は紅葉が見事なのだ。で、調べてみたら登山道に続く林道が土砂崩れで通行止め。次の候補地「湯の平温泉」も木曜日休み。ということで岐阜県美濃加茂市の清流里山公園に行って来た。ここは旧昭和村を再開発した入場無料の体験型公園だ。公園内はコスモスが見頃だった。古い民家の中はこんな展示物が。なぜかヤギ。高いとこ上るのが好きみたい。昭和の展示館の中にはMAZDA T360が。ダイハツ ミゼットと似てるね。昭和初期のバイク修理工場を再現。これは一般民家の居間。そういえば僕の実家の居間は6畳だったのだが妹達と一緒に木の柱にシールいっぱい貼ってたなあ。3枚入りだったか5枚入りのガムの包み紙に爪でこすって貼り付けるシールがあってさ。それから夜中にふと目が覚めちゃった時に柱時計が12回鳴るとか2回鳴るなら時刻が分かるんだけど1回だけボ~ンって鳴ると「え、12時半?1時?1時半?」って今の時刻が分からなくって怖かったなあ。うちって小さなオレンジ灯つけずに真っ暗で寝てたからな。だから今でも真っ暗にして寝るんだよね。駄菓子屋。あの頃は駄菓子屋に友達たくさんで行ったよなあ。公園内で食べた蕎麦 650円。帰る時に妻は出入り口の近くの売店で蕎麦を買ったりきゅうりを買ったり里芋を買ったり。そんなん家の近くのスーパーで売ってるやん、と思うが【吊り橋女 ゆみさん】同様、女は産地モノに弱いのである。まぁ、ゆみさんのようにご当地米を買わなかっただけええか。「岐阜県産コシヒカリ3kg 1100円かあ、ちょっと高いな」とうちの妻はほんの少しの値段にもめっちゃシビアなのである。
2018年10月12日
コメント(8)

チェンマイに住んでいるNuttyとは毎週LINEをしているが彼女は自分の美貌を充分に認識しているようでタイムラインには毎日のように自分の姿をアップしている。そして毎週どこかに遊びに行っている。ということは経営しているコテージはヒマなんだろう。そりゃあんなド田舎で観光スポットのない場所なんて誰も泊まりに行かんわな、と思うのである。広大な土地に離れコテージがポツンポツンと4軒だけ、すんげえプライベート感を満喫できるのだが自然の中でのんびりするのが好きな人はいいが普通の人じゃ寂しくなっちゃうんじゃないだろうか?11月の22、23日はNuttyのコテージに再度泊まりに行く。また湖の向こうから昇る朝陽をテラスで見ながらNuttyが作ってくれたコーヒーを飲めるのかなあ。(ちなみにインスタントだけど)ということで本日はかわいいNuttyの画像を公開しちゃおう。男性の皆さん、これが俺の愛人Nuttyだ。まあAKBとか乃木坂、エノキザカだかヒノキザカだかのアイドルに「オレの〇〇ちゃ~ん!」と妄想してる男がいるがアチラからしたらCDを何十枚買ってくれて握手してやっただけの数万人のファンの中の単なる1人の名も知らぬ男、それと同等だ...。でも、でもだな、俺とNuttyは個LINEしてるんだぜっ!うは~、かわいいっ!これで40歳。俺が去年会った時はロングヘア―だったんだがヘア・ドネーションをしてバッサリ切ったんだよね。心も清らかで素晴らしいな。さすが俺の愛人。で、これがつい先日、女友達数人で行ったらしいタイの「日本っぽいテーマパーク」での画像。他の女友達はきちんとした長さの着物を着ていたがNuttyだけはこんなミニの着物。自分の魅力をふんだんに出してますな。しかもNuttyは常に「自分が一番」的な写真の写り方をしており日本庭園の玉砂利の上で友人達と集合写真を撮った際にもこのミニ着物で1人だけ庭園の岩の上に立って扇子を高く掲げ「ワタシがナンバー1よ、オホホ」的な笑みを浮かべているのである。許す。可愛いから許す。そして次の画像。あわわ、ナ、ナッティ...。何か間違えてねえか? なんか工口い、工口過ぎるぞ、はぁはぁ...。これらの写真の微笑みは全て俺だけに向けてのもの、ニッポンにいる放浪の達人さ~ん、ワタシを見て!という写真だ。決して「コテージに泊まった客のうちの単なる1人のおっさん」、「日本人ってことは覚えてるけど名前なんだっけな?」だなんて決してそんなことはないだろう、と思いたい...。あ、ヤベ、俺の妻も次男もこのブログ読んでんだ。仕事関係のスタジオのおネエさまもヒラタくんも読んでるんだ。「うちのダンナの妄想ヤベ」とか「オヤジの思い過ごしキモ」とか「やっぱりサイトーさんってイヤラシ」と思われたらマズいな...。
2018年10月09日
コメント(10)

昨日のブログでは街を走っているプリウスの悪口を書いたがでも実際に運転してみると完成度の高い車なのである。自分では絶対あんな白物家電的な車は買わん。でも知り合いがプリウスを買うと言って来たらまあ賛成する。買ってみれば必ず満足するのではないだろうか。そりゃカタログ通りの燃費にはならん。あれはエアコンOFF、ワーパーOFF、ライトOFF、オーディオOFFでアクセルペダルに右足をそっと乗せるだけの運転方法ならばあの燃費になりますよ、ってだけのことなのだ。まあそれは他の車でもそうだけどね。個人的に笑っちゃうのはプリウスを改造してる人。エアロパーツなら別にいいけどマフラー替えてるやつな。ハイブリッド車でマフラー替えててもなあ。そういう人は別の車買えばいいのに。正直「プリウスのくせに!」と失笑してる人多いと思うよ。ま、話は変わって、最新型のプリウスの後ろ姿は斬新だなと思う。繰り返し言うと、自分では絶対に買わんがよくあんなデザインを商品化できたなと感心する。ヘッドライトもそうだけどテールのデザインが見事だ。組み立て工場の作業員泣かせだよなあ。あ、今はある程度ロボットが組み立てるか。さて、レクサスを前から見るとどれも皆同じに見えるがそして横から見てもどれも同じに見えるが、ついでに言えば後ろ姿も似たり寄ったりに見えてエンブレムを隠されれば車種の区別がつかんが(これはBMWもメルセデスもマツダも軽全般もそうだな)僕がすげえなと思うのはレクサスRCのライト周りのデザインだ。よくもこんな美しい曲線で作ったなと思う。美しいと言うと大袈裟だな、手の込んだ曲線ってのが正しいか。フロントバンパーの成型とかライトとの取り付けとか大変だよなあ。これも自分では絶対に買おうとは思わない。いや、正確に言えば...買えない...。中古で10万キロ走ってる古いやつでも買えない。このデザインの素晴らしさなら国際的に認められてても納得。もっとこういう斬新なデザインの車が増えないかなあ。今のトヨタ車ってどんどんフロントグリルが大きくなっててどこまでがグリルでどこまでがバンパーか分からんからな。アルファードとかヴェルファイアとかエスクワィアとかさ。エスクワィア、ネーミング悪いよね~。言えやせん。おっさん達はエックスファイヤとしか言えんのだよ。多分この車、1代で消えゆく運命だろうな...。
2018年10月07日
コメント(4)

愛知県では道を走っているとプリウスばかり見るが他の県のプリウス事情ってどうなんだろう?愛知の中古車会場ではこんな感じです。もう多過ぎて見るのも運転するのもウンザリするほど。プリウスを運転しているとメーターパネルの所にPOWERとCHARGEの表示が出て、それ見て運転するとやっぱりエコ運転したくなっちゃうような感じになる。ということで「走る障害物」と呼ばれるようになっちゃうのだ。高齢者がブレーキとアクセルを踏み間違える事故が多いが実はキャリアカーの積み込み時にもプリウスの事故が多い。特に今なんか前方に障害物があると自動で停まる機能があり積載をする時にもっと前まで積みたいのに勝手に停まっちゃう。で、アクセルを強く踏んでドカ~ン!って事故もある。今の車って安全機能を充実させてるが何かそれって本末転倒のような気がするなあ。機能に頼り過ぎて事故になる。そもそも高齢者xATの組み合わせがイカンと思うのだよ。しかもハイブリッド車のシフトレバーの「Bレンジ」を使ったことあるオーナーさんってほとんどいないんじゃない?山道や坂道走る時もずっと「Dレンジ」のままで度々ブレーキ踏んで速度調整してるよね?一回「Bレンジ」も使ってみてよ。マニュアル車だとクラッチ踏むという意識的行動がありそちらの方が事故が起きにくいと思うんだけどなあ。或いは一定の年齢に達したらそのドライバーさんに教習所コースだとかサーキットだとかを走ってもらい走行車の前に不意にボールを転がしてそれを避けるテストとか1周何秒以内で走れなきゃ不合格とか(コレ危ないか)「車の安全機能の充実」よりも「ドライバーの技術向上」、そちらを改善した方がいいと思うんだよなあ。運転中はスマホ出来ないようにするとか。今って逆にスマホホルダーとか通信デバイスとかそちらを充実させようとしてるけど根本的に違う気がする。町中を走ってる「走る障害物プリウス」を見ると逆に遅くてイライラしちゃってイカンのだよなあ。てか、プリウス自体が悪いんじゃなくてプリウスを買う客層が中高年のウエイトが多く、プリウス買う人は真面目タイプの人が多そうで、これだけプリウスが売れてると走ってる台数も多くだからプリウスが悪いように勘違いしちゃうんだよね。実際プリウスの中古車の内装写真を撮る時、プリウス乗ってた人って綺麗好きか几帳面な人が多いのかほとんど汚れてないし丁寧に乗ってるんだよね。てことでプリウス乗ってるオーナーさん、インジケータ―パネルばっか気にしてないで道を走る時はもう少し周囲の流れってモノを考えて欲しいな。通勤中、プリウスの後ろって渋滞してんだよ。いかん、プリウスの画像載せて何か別のこと書こうとしてたけど流れを読めないマイペースのプリウスのこと思い出して全然違うこと書いちゃった。何書くつもりだったっけ?
2018年10月06日
コメント(8)
先日の夜、数年振りに日本人が家に遊びに来た。ここ数年、僕を訪ねて我が家に来るのはスリランカ人ばかりで日本人の訪問というのはすげえ久し振りである。玄関先でバッジと紙を出して「捜査開始」と言った7人組以来かな。(何もなかったんだけど)先日のその訪問客はツカサ氏という同級生で我が家から5分ほどの所にあるお寺からの帰り道だった。月に一度、数人が集まりお寺の和尚と座談会をしているらしい。宗教的な話ではなく何の変哲もない話をしてくるだけでそういうのは案外知的な刺激があって面白いかも知れない。僕も店をやっていた時はホテルで社長の集まりだとかチベット文化を知ろうみたいな有志の集まりだとか雑誌の特集のためのRock談義だとかレゲエ・パーティーだとか当時は合法だったキノコ観賞会だとか当時は合法だったキノコ食ってビックリハウス入ろうだとか当時は合法だったキノコ食って(キリがないので略)だとか気功の先生を挑発して気功の力で倒されちゃいましただとかなんかムチャクチャな集まりに誘われたことが結構あったのだが店を止めてからは異ジャンルの人達と会うことが無くなった。寂しいというとそんなことは全然なくてむしろ平穏で幸せだ。コオロギの鳴き声を縁側でタバコを吸いながら風情たっぷりに聞きサンダルを引っ掛けて庭の花の咲き具合いを見たり月が昇って来れば深呼吸して夜空を仰ぎ自分の時間を自分らしく使っている。
2018年10月04日
コメント(6)
11月にチェンマイ郊外のコムローイ祭りに行くのでbooking.comで安宿を検索していた。安宿といっても夫婦で行くため、ご予算は随分高めである。2人で1泊¥3,000、つまり1人1泊¥1,500を目安にしている。女というものは宿に泊まる際、電気やお湯が絶対必要条件らしい。しかもトイレ・シャワーは共同じゃイヤ!なんて贅沢言うからどうしても¥500以内の宿は見つからないのである。まあ僕も最近はカネに糸目をつけないようになったというか1泊¥30とか¥50の宿は泊まらず、或いは¥0の野宿はせず、¥200程の低級~中級の宿に泊まるようになった。今度の宿泊先も別に部屋はどうだっていいのだ。どうせナイトマーケットに行ったりして宿では寝るだけなので電気はどうでもいいし、屋根と壁があればいいし要はロケーションが良ければ設備なんぞどうだっていいんだがまあ今回は結婚30周年記念旅行という兼ね合いも含めて1泊目はチェンマイのピン川のほとりの小さな宿、ナイトマーケットにも近くてそれでいて静かな場所という夫婦2人の好みを兼ね揃えた宿に泊まる予定である。(まだ予約してないけど...)その次は【去年泊まったNuttyのコテージ】に連泊である。ココはもう直接LINEで予約を入れた。最終日はチェンマイの別のナイトマーケットの近くにあってだけど静かな裏道にある宿に泊まる予定だ。(ここもまだ予約してないけど...)と、booking.comを見ていたら急に香港の宿を思い出した。早速調べてみたらあったあった、チョンキンマンション。まあチョンキンマンションといっても数十軒の安宿が入っていて昔泊まった宿の名前は覚えてないので特定は出来ないが宿泊者のレビューを読んで「そうそう!」と頷いたのだった。先月9月20日発売の雑誌「リバ」のエッセイに香港のチョンキンマンションのことを書いた。 ⇒【香港の安宿】
2018年10月02日
コメント(6)
山の帰りに温泉に寄ることが楽しみになっている。設備の整った温泉に行くのを僕はいつも反対する。出来ればロッカーではなくカゴに衣類を置いて入る風呂、薄暗くて鄙びていて、しかし湯の質が良い露天風呂が良い。天生湿原の帰路に湯の平(ゆのひら)温泉に行った。途中、道を間違えて一旦引き返したので着くのが遅くなった。残念ながらカゴに衣類を置いて入る風呂ではなくロッカーを使って入る風呂だったがココはほぼ完璧だった。内湯には入らず露天風呂に向かった。かなり人気のある温泉風呂で10数人が入っていた。オレンジ色の薄暗い照明に立ち昇る湯気が照らされていて写真を撮りたい程だったが残念ながらカメラは持ち込んでいない。湯は無色、無臭だが炭酸ナトリウム性のためヌルヌルする。まるでリンスが混じっているような感触だ。露天風呂から出て頭と身体を洗い、また露天風呂に入った。するとさっきまで山に隠れて見えていなかった月が現れた。中秋の名月である。露天風呂から中秋の名月を眺めるなんて究極の贅沢だ。熱くもぬるくもない湯に加えてこの風情、ずっと入っていたい気にさせてくれた露天風呂だった。 湯の平温泉の紹介いやあ、今まで入った温泉の中で屈指の露天風呂だったなあ。
2018年10月01日
コメント(6)
全15件 (15件中 1-15件目)
1


