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夫婦で映画「ボヘミアン・ラプソディー」を観てきた。バンド「Queen」の結成から1985年のライヴエイドまでボーカルのフレディ・マーキュリーを主人公にした映画だ。Queenといえば【ブログ仲間であり高校の同級生のBerry氏】はQueen評論家ではなかろうか?というほど詳しいのだが高校生の頃に彼の家に遊びに行ってて知ったんだよなあ。彼も高校時代からロックばっか聴いてたもんなあ。夫婦で映画に行ったのは多分「ザ・ビーチ」以来実に18年振りと思うが、2000年といえば僕は店をやってたので定休日に行ったのか?記憶が曖昧なのである。「ザ・ビーチ」を観たことは覚えてるが映画館だったのかなあ?で、映画は夫婦とも50歳以上なら割引入場可能ってことで1人¥1,800のところ2人で¥2,200で入れた。ここで疑問に思ったのだが、例えば僕とBerry氏の中年おっさんがチケット売り場で腕を組みながら「50歳以上の夫婦です」と言えば果たして夫婦価格で観れるのだろうか?「え~、お前ら夫婦やないだろ」と言われたら「失礼ね!同性婚に対する差別だわ」と言えばいいのではないか?まあそこまでしてBerry氏と一緒に安く観ようとは思わんが。平日の昼間ということでお客さんは30人前後。前から10列目の真ん中で観ることにした。最近の映画館ってこんなにフカフカのシートなんだな。映画の中でスターになっていく頃の長髪の時期のフレディ役の俳優さんはミック・ジャガーにも似てて観終わった後も夫婦で「ミックに見えちゃって」と話した。映画は評判通り非常に良かった。長男の嫁さんは「号泣しちゃって」と言ってたしTVの宣伝でも多くの人が「泣けた~」と言ってたし一緒に観た妻もグスグス泣いていたのだが僕は普通に「おお、すげえ!」って程で泣きはしなかったけどなあ。最後のライヴエイドのシーンは圧巻でしたな。タイのプラチュアップで日本料理店をやってるbegrit橋本氏もバンコクまで出掛けて行って観て来たと言ってたし僕らの世代にとってQueenはやはり伝説のバンドなのだ。フレディといえば1991年の11月にエイズで亡くなったのだがその年の暮れに僕はインドからネパールまで旅をしていた。バスの中で一緒になった日本人男性は半年インドを旅していてその頃は当然ネットとかなかった時代だから「最近日本で何かニュースありましたか?」の問いに「日本は相変わらずだけど、フレディ・マーキュリーが死んだよ」「え?フレディが!」という会話をしたことは覚えてるなあ。ジョン・レノンが死んだのと同じぐらいの衝撃だったのだ。僕個人的にはジョンの死の方が衝撃的だったけど。ブライアンやジミヘンの死はリアルタイムじゃないしね。今ミック・ジャガーやキースが死んでもきっと衝撃だろうがまあ大往生だわな、追悼アルバムや秘蔵映像すげえ出るだろうな、とどんだけその追悼ビジネスについて行くんだろうか?と思うけど。いかんいかん、ロックの話になると長くなっちゃうでこの辺で終わり。
2018年12月30日
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アジアに行っていつも驚かされるのは電線だ。これじゃ次の仕事の際に厄介そうである。どの電線が誰の家から配線されているか分からない。大らかなお国柄と言えばそれまでだが後の工程を考えない作業は日本では電気工事士失格だな。まさに知恵の輪状態。この画像はチェンマイのモン族市場を歩き回ってから裏通りに入って「GHIA」という安食堂で食事をした際、食堂内で食べずに外のテラスで食べる時に撮った。「あ、ココって去年来た店だよね」「おお、そうだ!カオ・パッ・ヌーが美味かったよな」数日後、ナイトマーケットに行く前に寄ろうと思ったがどの細道だったか分からず辿り着くことは出来なかった。画像のメニューはマンゴとバナナのスムージー、カオ・パッ・ガイとソーセージ。ナンプラーと唐辛子をブッかけて食べた。
2018年12月29日
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バンコクのスワナントカ空港に無事着陸した。さて、今からバンコクの問屋街を回って買い付けである。久し振りにカオサンロードの問屋も行ってみるか。それから運河ボートに乗って別のメイン問屋街に行ってと。何しろ10時間以上も買い付け出来る時間があるのだ。荷物はチェンマイの空港で名古屋行きの便に乗せたので手ぶらで身軽に仕入れが出来るし、現金は手元にある。商品を買い付けて日本で売れば旅費は充分ペイ出来る。ところがである。バンコク市内に出れないのだ。乗り継ぎのための出発フロアーから出られない。係員と話しても「不可能」の一点張り。何と僕はチェンマイで大失態をしてしまったのだ。チェンマイのタイ航空でチェックインして荷物を預けた。そこでチェンマイ→バンコク→名古屋のチケットを貰った。荷物は同じルートで名古屋で受け取ることになっている。ここまでは特に問題はない。僕達はそのまま人の流れに沿って出国審査をしてしまったのだ。もしバンコクで途中降機したいのなら出国審査をせずに国内線の方に歩いて行って「出国審査」をせずに同じ飛行機でバンコクに乗って行けば良かっただけである。そしてバンコクで買い付けをした後にバンコクの空港に行ってそこで初めて「出国審査」をすべきだったのである。というわけで空港の出発フロアーで10時間以上過ごすことに...。免税店をのんびり見て回ったが免税店ってムチャ高い。市内の約3倍の物価なので勿体なくて何も買えない。下のフロアーにあるコンビニなら現地価格なのに...。たとえば皆さん免税店でお土産にタバコを買うがそりゃ日本国内よりは少し安いが市内ならもっと格段に安い。ジュース1本1ドル!日本より安いが市内なら半値だ。食事の料金も3倍から4倍! うは~、こんなんで???そんな電卓ばっか叩いてて免税店は高くて何も買えんわ。もうやること何にもないということで記念撮影。デジカメの設定を変えて時間を入れてみた。まずは14:53。17:17。19:23。22:06。23:04。というわけで買い付けは何一つ出来ずに帰国しました。(涙)スワナントカ空港の出発フロアーは完全攻略してきました。まあ旅が楽しかったからいいか。終わり。
2018年12月26日
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チェンマイは国際空港だがのんびりしている。空港係員はスマホで動画見て立ってる人が多かったし、ロビーの中には鳥が飛んでいるのであった。(画像には写ってないけど)最近はチェンマイ空港と市内の間は20バーツ(約60円)で周回バスが出てるのでタクシー業界は大ダメージだ。タクシーだと100バーツぐらいだったもんな。バスの中では停留所マップも自由にもらえる。今回はナッティのコテージに生えていたプルメリアの枝を貰った。彼女がナタで「えいや!」と切り、僕がその枝を5等分して新聞紙にくるんで持ち帰ることにしたのだ。プルメリアは別名「フランジパニ」という。切り口からは白い樹液がボタボタ滲んでくるがこれは毒なので触らない方がよろしい。さて、空港で植物検疫を申請することにした。輸出時の許可証があれば植物の日本国内への持ち込みがスムーズにできると聞いたからだ。チェンマイの空港インフォメーションで尋ねてみた。「プラント・エクスポート・チェック・カスタムはどこ?」随分いい加減な英語である。単語の順番も分からない。正解は「Plant quarantine」らしいのだがそんな単語は知る由もないのである。インフォメーションのお姉さんも全く分からず彼女はスマホ翻訳機能を使って「あ~、なるほど」と言い一番隅にある出入り口を教えてくれた。出入り口に座っていたおっさんもやはりスマホで動画を観ていて植物検疫の証明が欲しいと言うと別の人を呼びに行った。現れた人はこれまた英語が出来ず、僕がプルメリアの画像を見せ、枝を切っている絵を描き、許可証が欲しいと言うと「ごめん、今日は週末なので検疫の人が休みなんです」ええ?ええんかい、そんなんで?ということでそのまま日本に持ち帰ることにした。(結果的には帰国時に何もチェックされずスルー出来た)出国審査の列は実にスムーズだった。「中国人専用」のレーンがあったからである。よって横にズラリと並んだり横入りして来る中国人は優遇、或いは隔離というべきか、他の国の人とかち合わず皆さんストレスフリーで審査を通ることが出来たのだった。タイには華僑の人が多いのでそういう人を係員にすれば言葉も分かるし良い発案だなあと思ったのだった。そうすれば中国人のマナーの悪さでチェックインだけでも2時間遅れる中国東方航空のようなことにはならないで済むのだ。さて、無事に出国審査を済ませ機内の人となった。チェンマイが小さくなっていく。バンコクのスワナントカ空港に向けて1時間のフライトとなった。赤丸は初日に泊まった宿の場所、オレンジは最終日に泊まった宿。四角く囲まれた場所がチェンマイ旧市街。
2018年12月25日
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チェンマイ郊外のナッティのコテージからバイクで1時間、幹線道路を通らずに田舎道を南に走らせる。とりあえずただただ南に向かって走って行ってどこかで進路を西に向ければいいという大雑把なドライブだ。迷ったら地元の人に「ここはどこ?」と尋ねればいいのだ。案の定、迷った。しかし迷うのは楽しい。旅人の特権だ。道端で道を尋ねてチェンマイに辿り着いた。Wifiスマホなんて持っていたら迷うことさえ出来ない。自分でその場でルート検索して迷わずに着いてしまう。つまり旅が自分一人の中で完結してしまうのである。現地の人との触れ合いもなく、滞りない旅になってしまう。空間は異国にいても、スマホ内で旅が完結するのはつまらん。だから僕はそういうモノはむしろ排除したいのである。確かにスマホを持っていれば便利だろう。迷うことなく安心して次に行ける。極端に言えば誰とも会話せず、接触しなくても旅ができる。果たしてそれって楽しいのか、面白いのか、刺激があるのか。僕はそういう旅だったら行こうとは思わない。チェンマイに戻って来て今夜の宿を探したが見つからない。コインランドリーにいた女性に訊いてみることにした。「分かりにくい場所だから案内するわ、ついて来て」彼女のバイクの後を追って裏通りへ行くと見つかった。そりゃこんな裏通りの宿じゃあ見つけれないはずだ。ていうか、そういう場所を選んだのは自分なんだけどね。感じの良いアパートメントタイプだった。オーナー夫婦もおっとりしていて話が弾んだ。部屋のベッドにはモン族の刺繍カバーが。初日に泊まった宿に行ってバイクを返したついでにモン族市場へ。数日前にもここに来たが更に裏通りを開拓である。その後再びナイトマーケットへ行ってお土産の買い足し。やっぱりチェンマイだったらこのソープフラワーだな。夜はサタデーマーケットへ行った。宿を出て誰も通らないような真っ暗な細道を歩く。近道といってもこれじゃ誰も通りたがらないだろうな。夜のサタデーマーケットはすごい混みようで歩くのもやっとだ。中国人が多くて立ち止まって写真を撮ったりしてるので渋滞してしまって進めないのである。売っている品物もローカル色が強くパッとしない。まあこのマーケットは再訪しないな。明日はいよいよ帰国日になってしまった。
2018年12月23日
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アジアの夜明けはいつも不思議な鳥の声で目を覚ます。部屋の裏戸を開けて庭に出てみてもまだ薄暗い。うっすらと明るくなった頃に池の前のテラスに行くと今朝もナッティはもう起きていてスマホをいじっていた。「ハイ、ナッティ。おはよう」僕の声で彼女が驚いて振り返る。太陽が昇って来る。鏡のような水面。しばらくすると霧が出て来た。幻想的な風景にうっとりする。土の湿った匂いがして空気が心地良い。霧は1時間もしたら晴れてきて、いつもの青空になった。ナッティが朝食を作ってくれた。コテージ内に咲く蓮の花を見るのもこれで最後だ。ここはまさに蓮の花咲く極楽浄土だな。別れ間際にナッティはタイのお守りをくれた。これは今後の旅でもずっと持ち歩くだろう。またここに泊まりに来るだろう。今後更にタイ北部に旅に出る時、ここを拠点にするだろう。妻をバイクの後ろに乗せてチェンマイへ戻る。お菓子を買った小さなお店の前を通り過ぎる。「おめえんとこで買ったクッキー、消費期限切れだったぞ」心の中でそんなことを叫ぶのであった。
2018年12月21日
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もともと観光地には興味があまりない、というか観光地よりも自然の中で過ごす方が好きなのである。そもそもチェンマイ郊外の更に田舎には観光地がない。ということでコテージからバイクで約1時間、1001号線を北上して滝登りに出掛けることにした。Bua tong(ブアトン)という山の中にある滝だ。石灰質から成る滝なのでデコボコしてて滑りにくく英語でSticky Waterfall とも呼ばれている。(粘着する、くっつく、ネバネバする滝という意味)もちろん入域するのに代金は不要だ。着いてみたらタイ人や欧米人がかなりいた。まずは滝の横にある道をどんどん下る。滝の最下部に着いて滝を見上げる。妻は「私、絶対無理っ!」と言う。「まずは俺が行ってみるよ。」妻も登れるかルートを探して登ってみる。「OK、右の方から行けそうだよ」裸足になって水しぶきを浴びながら登攀開始。といっても登攀と呼ぶ程のものではない。ロープを持って登っていく。欧米人なんぞビキニや海水パンツで登っている。タイ人は普段着のまま。濡れたら乾かせばいい。それだけだ。まあ確かに落ちたら大怪我するだろうがそんなに危なくはない。3段になった滝をクリアーして最上部まで完登。この滝の水が地下から湧き出しているという池に行ってみる。そちらはほとんど誰も行かない森の中だ。15分ほど歩くと祠の横に青い池があった。凄い透明度でどれだけ深いのか分からない。池と一緒に記念撮影。10秒タイマーで全速力、しかし間に合わん。偶然居合わせたドイツ人旅行者の男性が笑って見ていて「俺が撮ってやるよ。そうすりゃ走らなくて済むだろ?」そんで撮ってもらったんだけど、池も一緒に写してくれよ。滝で水を浴びて、バイクで風を切って楽しんできた。帰り道に田舎のお店で遅めの昼食。ガッツリ骨付きの焼き鳥(てかそのまんま焼いただけ)が串に刺されて1本5バーツ(約15円)、もち米も5バーツ。まあバンコクの半値か1/3の物価だな、安いわ。田舎の食堂はどこもそんな感じでメニューもタイ表記のみ、或いはメニュー自体が存在しない店だってある。この食堂は料理がどれも30バーツ、卵入りは別途5バーツ。タイ語しか話せないおばちゃんが作ってくれる。妻がオーダーしてくれるので今回の旅もハズレなし。今日も長く楽しい1日だった。ナッティのコテージに帰って来たらタイ人が数人来てて妻は女同士一緒になってタイのデザートを作った。バナナの葉を上手に折ったり巻いたりして作っていく。その日の晩ご飯は先日のブログに画像だけアップしたタイしゃぶパーティーを屋外テラスで楽しんだのだった。
2018年12月19日
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半年かけてアジアを旅している20代の日本人女性kiwaちゃんはコムローイ祭りを見ようとナッティのコテージに泊まりに来た。その日はちょうどkiwaちゃんの誕生日だった。コムローイ祭りは別名ランタン・フェスティバルといい、11月の満月の夜に数千個のランタンを飛ばすイベントだ。本来は宗教的な行事だったらしいが今では観光化されそれを見ようと、或いは飛ばそうと世界中から人々が集まる。その日の満月をデジカメでパシャリ+トリミング。せめて遠くからでも無数のランタンが飛ぶのを見たい、kiwaちゃんはそんな思いでチェンマイ郊外までやって来たのだが「じゃあ俺達夫婦と一緒に行こうよ」と誘ってバイク3人乗りノーヘルで祭り会場近くまで行くことにした。薄暗くなった頃にナッティのコテージを出発。去年来た時に僕達夫婦に水のペットボトルをくれたり椅子を持って来てくれた裏通りに住むおばちゃんにも再会した。桜の絵が描かれた「美濃焼の器」と「柿の種わさび味」をお土産に持って行ったんだが渡すことが出来て良かった。(ま、100均で買ったんだけど)言葉は全く通じないんだけど心が通じ合えたのが分かる。「あ、去年も来ましたよね!」と覚えててくれた人もいた。会場付近の屋台で食べ物を買ってランタンが飛ぶのを待つ。7時過ぎからチラホラとランタンが飛び始めた。8時頃になるとかなりの数のランタンがあちこちで飛んだ。「あれ?今年って去年より飛ぶの少なくない?」「もうすぐいっぱい飛ぶって。これだけで終わるわけない」「でももう帰り始めてる人が多いよ。一斉に飛ばす8時過ぎたし」「まだだ。絶対これだけじゃ終わらない」既に空には数百個のランタンが浮かんでいる。これだけでもすごくきれいだが、こんなんじゃないはずだ。8時半頃、「うわ!飛んだ!」数千個のランタンが一斉に飛ばされた。周りは大歓声に包まれた。【動画:1分20秒 一斉に飛ぶ数千個のランタン】そして今年はそれだけでは終わらなかった。【動画:30秒 コムローイ祭りのクライマックス】動画では立体感がうまく出ないが、実際に目で見ると凄い。数千個のランタンが満月に向かって吸い寄せられるのだ。いやあ、今年はすごかった。恍惚とした感じで会場を後にした。帰りは渋滞に巻き込まれながらコテージに帰った。途中のお店でkiwaちゃんの誕生日のためのビールを買ってナッティのコテージのテラスでささやかな誕生パーティをした。テラスのライトは全部切って真っ暗にしてkiwaちゃんがインドで買ったキャンドル立てにロウソクを灯した。夜空には高く昇った満月が煌々と輝いていた。自分達の娘のようなkiwaちゃんと過ごした素晴らしい夜を僕達夫婦はずっと忘れないだろう。
2018年12月16日
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チェンマイからレンタバイクで約1時間走りメージョー大学前の交差点を右折し田舎道に入った。去年はレンタサイクルで走った川沿いの道を走らせる。【動画20秒:こんな道。見てると酔いそうになるな...】ナッティのコテージの看板前で記念撮影。コテージに着いて「Nutty!」と叫ぶ。「Oh! Saito! Nice to see you!」と抱き合う。(マジ)コテージにはアジアを半年かけて旅しているkiwaちゃん(20代の日本人女性)が泊まっていた。ココに泊まったことある日本人は僕達夫婦と彼女だけだ。それほど観光客が来ない田舎なのである。その日はkiwaちゃんと楽しい1日を過ごしたのだがそれは次回ということで今日のブログはナッティ特集である。ナッティには盲点がまるでないのである。容姿抜群、社交性すごい、料理も上手、広いコテージのオーナー。写真を撮られる時もモデルのように「女王ナッティ」炸裂だ。「今回の旅の目的はあなたに会うためだけなんだ」「オー、サイトー」って感じで一緒に記念撮影。あ、オレ裸足やん。(ちなみに撮影は妻)ナッティと共にみんなで記念撮影。こちらは早朝のテラス。日の出前にテラスに行くとナッティはもう起きていた。「おはよう。あなたが起きて来るのを待ってたわ」「オレもキミと一緒に太陽が昇るのを見たくてね」そんな会話をしながら日の出を待つ。こちらは2日目の夕方のタイしゃぶパーティー。ナッティの友人のダオちゃんとフランス人のご主人ジュリアン。このコテージのお値段だが、朝食はナッティが作るタイ料理、日中はコーヒー紅茶飲み放題、置いてあるバナナ食べ放題、夕食はタイ風しゃぶしゃぶ食べ放題・飲み放題、トイレ・ホットシャワー付きのダブルベッド(ペットボトルの水サービス)シャンプーやボディソープ、タオルなどは当然あり、部屋は普通の出入り口と、庭にそのまま出れる出入り口がありコテージはサッカー場ぐらいの敷地なのかな、そこにポツンと4軒の部屋が離れて独立して建っててなな、なんと、お値段2人で約¥3,000なのである!今まで色んなゲストハウスやコテージに泊まったがここは再訪したほど、そして今後も再訪を絶対にするほど超お気に入りのタイの宿なのである。ナッティ~、また来るよ。
2018年12月12日
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鳥のさえずりで目が覚めた。カーテン越しに見た外は薄明るくなっている。裸足のまま芝生を歩いて川に出た。異国の旅ってこの瞬間がたまらないんだよね。しばらくすると宿のスタッフがやって来て朝食は庭の隅にある場所でいつでもOK、と言ってくれた。画像の右に見える場所で食べた。僕達夫婦がトーストとフルーツを食べていると隣りの部屋に泊まっていたスイス人女性も起きてきた。同じテーブルに誘って3人で話しながら朝食。食べ終わってから宿の猫とのんびり遊ぶ。昨日のうちに宿のオーナーに頼んでおいたバイクを借りた。国際免許証なんて取得していないし、提示しろとも言わない。125ccのスクーターが1日200バーツ(約600円)、ヘルメット付き。パスポートを預けるか、保証金2,000バーツを預けるか、もちろん保証金を預ける方を選ぶ。戻って来たらレンタルバイク代を差し引いて返金してくれる。「メージョーに行くんだけど検問大丈夫?」「捕まっても200バーツの罰金だけだよ」「じゃあ3日後に。See you」宿の近くの細い裏道にはアジアっぽい絵が描かれていた。ガソリンスタンドで燃料をいっぱいにして出発。検問には引っ掛かりたくないので裏通りを北へと走らせる。チェンマイを抜け出した頃合いで曲がってみるか、って感じで適当に幹線道路の1001号線に合流。ここまで来たらもう検問の危機は脱したよな、と安堵して道路沿いのお店で休憩タイム。ジュースとお菓子を買ってタバコ吸ってのんびり。むむむ?画像中央の白い看板は何だ?うは~、派出所の真ん前で休憩しとるやないかい。そんでココってもうメージョーに入ってるんだ。しばらくしてメージョー大学の交差点を右折。「去年はあそこの修理屋さんで道尋ねたわね」そうだ、去年はパーイからのバスをこの辺で降りて宿の場所がさっぱり分かんないもんだからその修理屋の奥さんがタクシー呼んでくれたんだ。で、来たのは横にリアカーを付けたバイクのおじいさん。「もうすぐ薬屋さんがあるね」「ダブルラビット胃腸薬の」そこのお姉さんは薬を買うついでに別の宿の場所を訊いたら自分の車に僕達を乗せて連れてってくれたんだったな。出会った人達はみんな親切で親日的で嬉しかったな。懐かしい川沿いの道をバイクで走る。去年はナッティのコテージで借りた自転車で走ったな。今朝ナッティにはLINEで「昼頃そちらに着くよ」と連絡した。ナッティのコテージにあと少しで到着だ。【ナッティ、また会いに来たぜ】
2018年12月08日
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ロイクラトン祭りは深夜まで続くらしかった。僕達は川を離れてナイトマーケットへと向かった。妻は綺麗なソープフラワーをお土産に買った。【去年もたくさん買ったんだけどね。その時のブログ】自分へのお土産はさておき、知人へのお土産選びは楽しい。どれにしようか迷う妻の横顔を見てこちらも微笑ましくなる。おばはんの顔が童心の顔に戻るのである。1個100ドルをいっぱい購入。あ、違った。1個100バーツ(約300円)だったわ。こんな行灯(あんどん)も売られている。非常に心を惹かれるが「いかん、コレはご当地マジックだ」と買うのをやめるがやはりアジアチックな物っていいね。出た!1個5バーツから10バーツのミニ寿司。でもカマボコなんだよね。もう買わねえぞ。以前アユタヤで買ってガッカリしたからね。いや、でもこの店の10バーツのマグロ、本物かも。だったら余計やめておこうか。(笑)ということで腹減ったので食堂に入る。タイ風チャーハン「カオパッ」だがこの店の味はマイルドだ。ナンプラーや唐辛子を入れて食べる。エビのすり身揚げ。これが美味いんだわ。再びナイトマーケットに戻ってお土産を買う。コレは僕の会社の可愛い女の子2人に。この店のおじさんは漢字書いたことないんでダメ、と言ったが下手でも文句言わないから、と無理矢理頼んで書いてもらった。ゲストハウスの門限は夜8時とオーナーが言っていたが「もし遅くなったら裏口の開け方を教えとくよ」とも言った。ナイトマーケット行って8時に帰るわけないやん。もう10時回っとるわ。これでも早く帰って来たぐらいだ。かと言って別にお咎めはない。宿に帰って庭のビーチチェアーでのんびり。ライトアップされた宿は何ともアジアチックだ。部屋に入ってベッドに倒れ込むように眠った。1日中歩き回ったからな。とても今日1日の出来事とは思えなかった。妻は多分ベッドに入って20秒後には寝ていた。僕は夢うつつでロイクラトン祭りの花火の音を聞きながらさっき流したクラトンのロウソクの灯りを思い出していた。
2018年12月06日
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モン族の市場からゲストハウスに帰って来て昼寝をした。昨夜は夜行便の飛行機で映画を観てて寝不足だったからだ。妻は部屋のベッド、僕は川を眺めるビーチチェアーで寝た。アジアの何と贅沢な昼寝!夕闇が迫って来てピン川にクラトンが漂い始めた。今日と明日はロイクラトン祭りなのだ。宿から見たピン川。絶好のロケーションだ。2人で朝食付き¥3,000とまあまあのお値段。ロイは流すとか放つの意味、クラトンは灯籠(とうろう)。つまりロイクラトンとは精霊流しということである。ナラワット橋から見下ろすとみんながクラトンを流していた。ちなみに僕達の泊まった宿は画像左上の電飾が途切れる場所。僕が20バーツ(約60円)で買ったクラトンはコレ。ロウソクと線香に火をつけて流す。妻が買ったクラトンはコレ。こんなきれいな花や葉の装飾を現場で作って売っている。材料費と手間賃を考えるとすごく安い。妻のクラトンを流す前に記念撮影。僕達のような観光客は視覚的に流すだけだがタイ人はクラトンを頭上にかざしてお祈りしてから流す。川面をゆったりと流れて行くクラトン。人々の祈りがうごめいているようでどこか切ない。竹で作った踊り場からクラトンを流すのだが水面まで届きにくいため川の中にいる人にクラトンを渡す。川の中に入っている人もいたのだがお風呂代わりなのかそれとも沐浴なのか分からないが、ふとインドを思い出す。クラトンが岸に溜まっている場所もあった。チェンマイにいるのにインドのガンジスにいるような混沌とした光と人と祈りのカオス。この日にチェンマイに来て良かった。人生なんてあっという間に過ぎ去ってしまう。この感動的な体験は僕が年老いて寝たきりになっても介護ベッドの上で思い出せば絶対的な幸福感をもたらすだろう。
2018年12月05日
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川沿いの宿から歩いて10分程度でワロロット市場に着く。この市場は主に食べ物、他には衣料品や日用品を売っている。上のフロアーから見下ろしてみた。しかしバンコク程の活気はない。バンコクのチャイナタウンなんかすごい人だもんなあ。ドリアン1個3000円から4000円ぐらい。中身をバラでも売っている。左にある黄色いのはジャックフルーツ。冷やして食べてもいいし、揚げて食べるとイモの味がする。次はモン族市場。ワロロット市場のすぐ南にある。こんなセンスの服はとても着れない。僕が気に入ったのはこの店。去年来た時はここで古布を5枚買った。本物のアンティークと最近作ったアンティーク風がごちゃ混ぜ。しっかり見れば区別がつく。モン族市場のテント群は蒸し暑いが楽しめる。妻はここで自分の財布やお土産のポーチを購入。1つ買おうが10個買おうが単価は同じ、割引なし。ここは問屋価格なのだ。このモン族のテント村市場で10バーツの物は路上やナイトマーケットでは3~4倍で売っている。
2018年12月03日
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チェンマイの旅ブログはちょいとお休みして昨日と今日撮った紅葉の画像を。まずは豊田市の高速道路の高架横の紅葉。ここは毎年まさに虹色のような紅葉になる。次は岡崎東公園の紅葉。家からすぐなんだが車で行こうとして幹線道路に出たらすんげえ渋滞しててそのまま家にUターン。やっぱ歩いて行った方が早いわ。夕方行ったんだが西日を浴びてすげえ綺麗だった。池をバックにパシャリ。木の幹が良いシルエットになってる。今夜行って来た同じく東公園の紅葉ライトアップ。池に映ってる紅葉が良い。こちらは紅葉のアップ。まだ真っ赤になってないグラデーションの時期が好きだ。紅葉を撮る時は背景が黒だと雅感が出る。でも今年の紅葉はちょっと色が悪いかなあ。
2018年12月02日
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朝のチェンマイに降り立った。空港から市バス(20バーツ=約60円)で市内へ。まずは市内の両替屋で日本円2万円をタイバーツに交換。日本と違い、店によって為替レートがマチマチだ。チェンマイ旧市街の東を流れるピン川沿いの宿を予約してある。すごい細道を歩いて行く。うわあ、こういう場所大好きだ。突き当たりに宿発見。全6室の部屋の前には芝生があって向こうはすぐに川。隣りの部屋はスイスから一人旅の女性。日本にも行ったことがあって築地の魚市場が良かったそうだ。今夜と明日の夜はこの川で精霊流しが行われるのだ。チェンマイ初日は最高のロケーションの宿だった。さて、街に出てみよう。
2018年12月01日
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